二次創作小説(新・総合)

Re: Faveric~SS集~ ( No.12 )
日時: 2021/12/04 23:52
名前: 綾木 ◆sLmy/eUNds (ID: ANX68i3k)

「チノちゃん、おはよう!」

「おはようございます、ココアさん。今日は早いですね」

「えへへ~、私だってやればできる子なんだから!」

 いつも私がいないと起きることができないココアさんが自分でこんな時間に降りてくるなんて、いつ以来でしょうか。今日この後嵐にならなければいいのですが。

 今日は私もココアさんも学校が休みなので、朝からラビットハウスのシフトに入っています。こういう日は普通開店時間まで私が1人で準備を行うのですが、今日はココアさんもいることですし、少しは手伝ってもらいましょう。

「ココアさん、早速ですがここにあるカップとお皿を洗ってもらえないでしょうか」

「いいよ!ここにあるの全部?」

「はい。量が量なので大変だとは思いますが、私もお店の掃除が終わったらすぐフォローに入りますので」

「大丈夫!お姉ちゃんに、まかせなさ~い!」

 そう言うとココアさんはすぐにコーヒーカップを洗い始めました。仕事に取り掛かるのは人一倍早いのに、毎回謎の「お姉ちゃんポーズ」を欠かさないココアさんには複雑な心境しかありません。

 ココアさんがカップを洗ってくれている間、私はテーブル周りの掃除を行います。掃除と言っても、雑巾で軽く椅子やテーブルの表面を拭いて、メニューなど小物のセッティングを行うだけの簡単な作業なのですが。ココアさんには比較的大変な食器洗いの方を投げてしまいましたが、こっちを任せた方がよかったでしょうか。いや、普段は私が一人で全部やっているんですし、ココアさんには少しでも私の日頃の苦労を知ってもらうということにしましょう。

Re: Faveric~SS集~ ( No.13 )
日時: 2021/12/04 23:53
名前: 綾木 ◆sLmy/eUNds (ID: ANX68i3k)

 私が一席目の掃除を終えようかというとき、突然台所の方から何かが砕け散るような、高く鋭い音が聞こえてきました。

「うわぁっ!?割れちゃった!」

「ココアさん!」

 私はすぐにココアさんの元へ駆け寄りました。どうやらカップを落として割ってしまったようです。胸元で両手を震わせ立ち尽くすココアさんの足元には、無数の白い欠片が散らばっていました。

「ココアさん……大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

「うん……私は大丈夫。でも……」

「とりあえず、こっちに来てください。足元には気を付けてくださいね」

 破片の近くにいると危ないと思い、ココアさんを私の方へ呼び寄せました。ココアさんの手を引き、体勢が崩れないよう慎重にこちらに手繰り寄せます。その間、ココアさんはうつむいたままで私と目を合わせることはありませんでした。
 ココアさんの指先は洗剤まじりの水道水で湿っていましたが、どこを見ても傷は見当たりません。とりあえず怪我はなかったようで、私は一つ胸をなでおろしました。

「チノちゃん……ごめん……」

「気にしないでください。手が滑るなんて、洗い物をしていればよくあることです」

「……そのカップ……」

「カップですか?それなら、いくらでも替えのものがあります。1つ割れてしまったからといって、どうということは」

「違うの…………それは、普通のカップじゃないの……!」

 ココアさんの絞り出すような声を疑問に感じながら、私はもう一度台所の床に目をやりました。転がっている破片の一つに、水色の塗料がついているのが見えました。
 それを見て、普段なら些細な失敗を笑い飛ばしてしまうココアさんがここまで深刻な面持ちでいる理由がようやく分かりました。この破片は、私の一番のお気に入りのカップのものだったのです。このカップは私が小さなときからずっと使っていた私物なのですが、どういうわけかお客さんに出す用のカップと紛れてしまっていたようです。
 私は振り返り、ココアさんの顔を見ました。破片の方に乾いた視線を送り続けるその目に涙が浮かんでいるのが分かりました。瞳からはいつもの活力に満ち溢れた光が消えていて、まるでこの世の終わりを直視しているかのようです。

 「それ……チノちゃんがいつも使ってたやつだよね…………私いつも見てたから、分かるんだ…………」

「…………」

「それなのに……それなのに、私……!」

 とうとう堪えられなくなったようで、ココアさんの目から一粒、また一粒と涙が落ちていきました。その一粒一粒はラビットハウスの木製の床に受け止められ、やがて奥に吸い込まれていきます。

「チノちゃんごめん……私、いつもチノちゃんが準備頑張ってるの知ってるから……チノちゃんの力になりたくて……」

「…………」

「チノちゃんから食器洗い任されて、嬉しかったの……今日はチノちゃんの手伝いができるって思って……でも、こんなことになっちゃって……怒ってるよね…………?」

 ココアさんは両手で目元を拭いながら私に謝り続けていました。それでもその両目から溢れる涙はとどまることを知らず、ココアさんの顔はもうぐしゃぐしゃになっていました。

「本当にごめん…………こんな役立たずで、本当にごめんね……!」

「……役立たずなんかじゃ、ありません」

「……え……?」

 こんなに弱弱しい声で涙を流しながら私に頭を下げ続けるココアさんなんて、もう見ていられません。少し恥ずかしいですが、私の思っていたことをココアさんに話そうと思います。

「確かに、ココアさんは寝坊ばかりで、仕事中もお喋りで、それにコーヒーの味も未だに覚えてくれていません。正直、この店の店員としての品格を疑います」

「……私、やっぱり…………」

「でも、私にはココアさんが必要なんです」

「えっ…………何で……?」

「ココアさんが初めてここに来たとき、私はココアさんに何もしなくていいと言いました。実際、私1人でもコーヒーを淹れてお店を回すことはできます。でも、それだけではダメだったんです」

 昔のことを思い出しながら、私はゆっくりとココアさんに語り掛けました。こんなに自分から何かを話したいと思ったことはほとんどありません。私は、今人生で一番多くのことを語っているのかもしれません。

「私、ココアさんが来る前までは一人で仕事をすることが多かったんですが、本当に自分がこの仕事を楽しめているのか、私は本当にバリスタになりたいと思っているのかが分からなくて……」

「…………」

「そんな時に、うちに来たのがココアさんだったんです。ココアさんが来てから、私は変わりました。前よりも一生懸命に仕事をすることができるようになったんです」

 将来のことで悩んでいた私から不安や迷いを取り去ってくれたのはココアさんです。ココアさんがいれば、どんなことも何とかなるような気さえ湧いてくるんです。

「え…………それって、どういうこと……?」

「言わないと分からないんですか?本当にしょうがないですね」

「ご……ごめん……」

「わ……私は、ココアさんの笑顔が好きなんです!」

「…………!?」

 この気持ちに嘘はありません。ココアさんが来てから、私の周りのあらゆるものが色づき始めました。私には優しくて、見ていると元気づけられて、いざという時に頼れるような心の拠り所が必要だったんです。ココアさんは、まさしく私が必要としている存在だったんです。

「ココアさんと一緒にこの仕事をするのが楽しいんです。ココアさんの元気な姿を見ていると、何だか私まで元気づけられるような気がするんです。ココアさんは要領も悪いし失敗も多いですが……それでも、そばにココアさんがいるだけで、私はこの仕事をしていてよかったと思えるんです!」

「チノちゃん…………」

「だから、自分のことを役立たずとか言うのはやめてください。ココアさんがいなければ、今の私は絶対にありえないんです」

 ココアさんのおかげで、間違いなく私は変わることができました。ここまで積極的に誰かに喋ることができるようになっているのも、もしかしたらココアさんのおかげかもしれません。

「いつもの元気はどこへ行ったんですか。まったく、ココアさんらしくありません」

「チノちゃん、本当に怒ってないの…………?私のこと、嫌いになったり…………」

「はぁ…………カップ1つくらいで、私がココアさんのことを嫌いになったりするはずないじゃないですか」

「でも……あのカップは……」

「確かにあれは私にとって思い入れのあるカップでしたが、割れてしまったものは仕方ありません。そんなことより、ココアさんが無事で本当によかったです」

「チノちゃん…………!」

 ココアさんは制服の裾で目元を拭い、ようやく私の目を見てくれました。その瞳には精力いっぱいの光が戻り、いつもの自信に満ち溢れたココアさんの目をしていました。

「ありがとう、チノちゃん。私も、チノちゃんと仕事するの楽しいよ!」

「…………っ!」

 急に私の顔が熱を帯びていくのを感じました。ココアさんが私と仕事をするのを楽しく感じてくれていたのは何よりですが、こうして言葉で伝えられると何だか恥ずかしくなってしまいます。

「でも、本当にごめんね……?」

「こ、ココアさんが悪いと思っているのは十分伝わっていますから。だから、このことはもう気にしないでください」

「うわぁぁぁぁぁ!チノちゃぁぁぁぁぁん!!!」

「こ、ココアさん!?」

 ココアさんは再び泣き出したかと思うと、私に抱きついてきました。突然のことに私は驚いてしまい、2、3歩後ろによろめいてしまいました。

「ごめんね、チノちゃん…………私、もうチノちゃんに迷惑かけない!早起きして、チノちゃんのお手伝い頑張る!」

「ココアさん…………」

「コーヒーの味も頑張って覚える!あと、もうカップ割ったりしない!」

 私の耳元でそう言うココアさんの声は、涙のせいかひどい声でした。でも、ココアさんが本当は私のために頑張ろうとしてくれていることを知ることができて、素直に嬉しかったです。

「ココアさん……分かりましたから、一旦――」

「チノちゃんって…………あったかいね」

「ふぇえっ!?こ、ココアさん!?」

 ココアさんは私に抱きついたまま動こうとしません。ココアさんの吐息が私の首筋にかかるのを感じました。こんなに近くにココアさんがいる……そう思うだけで私の心臓は高鳴り、その激しさはとどまることを知りません。

「えへへ~、チノちゃん、もふもふ~」

「もう…………本当にココアさんは甘えんぼですね」

 私に密着して離れないココアさんはもう完全にいつもの調子に戻っていて、私は安心しきってしまいました。こうも切り替えが早いところがココアさんの短所であり、そして長所であると私は思います。
 ココアさんの胸元はちょうどよい温度で、私は開店準備のことも忘れてしばらくココアさんに自分の身体を委ねてしまっていました。

Re: Faveric~SS集~ ( No.14 )
日時: 2021/12/04 23:55
名前: 綾木 ◆sLmy/eUNds (ID: ANX68i3k)

「ココアさん、起きてください。開店時間ですよ」

「んー……あと5分だけ……」

 次の日の朝、ココアさんの部屋にココアさんを起こしに行っていました。私はすでに開店準備を済ませていて、あとはお客さんが来るのを待つのみです。

「それ、さっき言ってたことじゃないですか」

「じゃあ…………あと20分……」

 昨日、早起きをして私の手伝いをしてくれると言ったのはどこの誰だったでしょうか。決意表明をした次の日に早速寝坊だなんて、こんな話聞いたことありません。

「もう、ココアさんったら……」

 でも、きっとこんな適当で行き当たりばったりなところも、ココアさんの一部なんだと思います。まだまだ、私がしっかりしていなければなりませんね。

 私はココアさんの側に腰を下ろし、窓から射し込む朝日を反射して輝くその柔らかな髪をそっと撫でました。すると、ココアさんは気持ちよさそうに微笑みを浮かべながらこちらに寝返りを打ちました。

「えへへ…………チノちゃん…………」

「まったく…………本当にしょうがないココアさんです」

 幸せそうな表情で眠るココアさんを見ていると、何だか私まで幸せな気持ちになってきます。いつまでもこの寝顔を守りたい――そう思わずにはいられないのでした。

 それは、とても心地のよい朝でした。