二次創作小説(新・総合)
- Ep.02-s4【記憶はたゆたい 時をいざなう】 ( No.109 )
- 日時: 2022/05/11 22:03
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
現代のノボリとクダリを巻き込んだ一つの事件がとりあえずの終焉を迎えた頃―――。過去へと時を遡っていた2人の"迷い人"も、2人が戻りたいと願った時代への帰還を果たしていた。
後ろを歩いていたノボリが門を潜り抜けた直後、それは美しく輝く白い光になって飛散し、消えた。"片道切符"なのだと改めて2人は感じたが、それでいいのだ。今の2人が帰るべき場所はここ、ヒスイ地方なのだから。
早速コトブキムラに帰還したことを伝える為、ムラの門まで足を進める。すると、2人が現れたことに門番のデンスケは随分と驚いた表情を取った。
「デンスケさん、只今戻りました!門を開けてくださーい!」
「お、お……ん?ショウ?!それにノボリさん?!」
「はて?どうかなさいましたか?我々を見て随分と驚いている様子ですが」
「い、いや…えっと…」
当のデンスケは2人が現れたことに相当驚愕しているようで、まるで腰を抜かしたかのように言葉を失っている。その様子を不思議に思ったのだろう、後ろから"テル"と"ラベン博士"が顔を見せた。
テルもショウと同じく調査隊に所属する、ショウの先輩にあたる少年だ。ラベン博士もまた、ギンガ団に所属しポケモンの生体について調査を続ける博士だった。
テルもラベン博士も2人の顔を見た途端、デンスケと同じ表情を取った。
「2人までどうして驚くの?!私、別に幽霊になったつもりないんだけど!」
「そうじゃない!ショウ、お前今までどこに行ってたんだよ!一週間も連絡なかったから心配したんだぞ!」
「えっ…?」
一週間。テルから告げられた期間を自覚し、何故彼らが驚いていたのかをショウはやっと理解した。ショウとノボリはこの世界から一週間も姿を消して、あの世界にいたことが分かったのだから。ノボリもやっと理解したようで、珍しく目を見開いている。恐らく驚いているのだろう。
それだけの期間自分達がいないのだと分かったら、それは心配もするだろう。
「ごめん…。まさかこんな時間が経ってるとは思わなくて」
「ノボリさんも、突然一週間も姿が見えないとシンジュ団の皆さんが心配していました。もしかしたら元の世界に戻れたのではないか、との推測もありましたが…。どうやらそうではなかったようで」
「そうでしたか…。里の皆様には心配をかけさせてしまいましたね。後でお詫びに向かいます」
「誤魔化すわけにもいかないか…。テル先輩、ラベン博士。あの…突拍子もない話ですが、信じてくれますか?私とノボリさんが、今まで何処にいたのかを」
「突拍子も無いのはショウくんが空から落ちてきたことで証明済みです。どんな事実でも、しっかりと受け止めますよ」
「あはは…そうだった…。実はですね…」
2人に誤魔化せることも無いと、ショウは自分の身に起きたことを正直に話した。朝から時空の歪みにポケモン調査に向かっていたところ、ノボリ共々異世界へと転移してしまったこと。現地の人々の協力で、ヒスイ地方に戻ってこれたこと。そして、向こうの世界で目覚めてから一週間も時間が経っていたとは思わなかったことを。
彼女の話を聞いた2人は、最初は流石に開いた口が塞がらないような表情をしていた。しかし、ショウの話を疑うことはしなかった。隣にいたノボリも同じようにショウの話に頷いていたのと、彼女の話が到底嘘には思えなかったからだ。
ショウが粗方話し終えたのを皮切りに、テルが推論を口にする。
「時空の歪みのせいなのかな?」
「現状は分かりません。ですが、異世界の力が働いているとなれば…可能性もあり得るでしょうね。ですが!今は隊長に早く帰還を報告してあげてください。お陰様でまたイモモチの食べる量が減ったとムベさんが嘆いておられましたから」
「そうだったんですね…。じゃあ、私本部に報告してきますねノボリさん!」
「いってらっしゃいませ。わたくしも里に帰還したことをお伝えして参ります。終了次第、コトブキムラにて合流いたします故」
「気を付けてくださいねー!」
ノボリも一旦シンジュ団の里―――恐らく一番心配しているのは長であるカイであろう。彼女に無事を報告する為、ショウと別れ里までの道を去っていった。
彼の背中が見えなくなったのを確認した後、3人もコトブキムラの中に入っていったのだった。
―――コトブキムラの中央に位置する洋風な建物。それがショウが世話になっている"ギンガ団本部"であった。
ショウはテルとラベン博士に隊長に報告してくると伝え、彼らとも一旦別れ隊長が待っている執務室へと足を踏み入れた。
久しぶりの顔に、隊長―――"シマボシ"は表情1つ変えず、何故戻ってこなかったのを問うた。信じてくれるのかは危うかったが、ショウは正直に自分に起きたことの顛末を話す。彼女は少し考える素振りを見せた後、ショウにこう返してきた。
「時空の歪みに巻き込まれていたのだな」
「はい…。知らないうちに知らない世界に飛ばされていたみたいです。でも、現地の方々の協力のお陰でヒスイ地方に戻ってこれました」
「そうか。色々あったのだろうから暫く休め。これは命令だ」
「あの…。疑わないんですか?」
「疑う?君が時空の歪みに、ノボリ殿と共に一週間前の朝に突入したことは警備隊が見ている。事実が残っているのに何故疑えと?時空の歪みは分かっていないことも多々ある。ヒスイ地方には本来生息していないポケモンも現れる。
謎が多すぎる場所で、君達2人が別の時代に飛ばされる可能性が"ない"とは言えないだろう」
「そ…そうですね…。それと、休暇に関してなんですが『取れ。隊長命令だ』 は、はい…」
ショウに伝えるだけ伝えると、シマボシは再び山積みになった報告書に目を向けた。突拍子もない離しだったが、今は皆が自分の話を信じてくれている。ショウがヒスイ地方に落ちてきた当初は、こんなことは絶対に無かったし逆に疑われていただろう。
そんなことを思いつつも、彼女は休暇をくれた、迎え入れてくれた隊長に改めてお礼を言って、本部を後にしたのだった。
本部から出てきたショウを、テルとラベン博士が迎え入れる。どうやら彼女の報告が終わるまで待ってくれていたらしい。強制的に休暇を取らされたとやや愚痴るように伝えた彼女を、ラベン博士はぽんぽんと肩を叩いて労った。
「ショウくんが頑張っていたのを見抜かれていたんでしょう。羽を伸ばすいい機会ですよ」
「まだ図鑑完成してないのに~」
「ははっ。随分と図鑑完成にこだわってるんだな!やっぱり…元の世界に帰りたいとか思ってるのか?」
「私が何者なのか…ちゃんと知ってからだけどね。ここに来て、改めて思ったんだ。その土地に暮らす人には大切な家族がいて、友達がいる。それは…私だって変わらない。もしかしたら、急に消えた私を今日も両親が探しているのかもしれない。
私はまだここでやることがあるから帰らない。でも……いずれは、帰る選択肢を取るんだと思う」
「そっか…。ショウが帰ったら寂しくなるな」
「あ。それと、私が帰るのはノボリさんの記憶が全部戻ってから、だから…。もうちょっとかかるかな?私よりノボリさんの方が記憶失ってる量多いし…」
「ははは。それは大変な道のりですねぇ。もし取り戻せなかったら、ここを故郷にしてもいいんですからね?」
「もう!ラベン博士ったらすぐそういうこと言う!だから帰りにくくなるんじゃないですか!」
「そうだよ!せっかくショウが分かんない自分を探そうとしてるんだから、それを否定すること言うなよな!」
2人でラベン博士に言い寄っていると、ふとテルがショウの持っているバスケットに気付いた。ヴィルヘルムから貰った"お菓子"が入っているバスケット。
興味が湧いた彼は、ショウにその"籠"について追及してみることにした。
「なぁショウ。お前の持ってる籠、なんだよ?」
「籠?あぁ、これ?私を助けてくれた人が"お土産に"ってくれたの。現地のお菓子が入ってるんだって。私も中は開けてないからまだ分からないんだけどね」
「随分と不思議な形状のバスケットですねぇ。ガラルでも見たことありませんよ」
「そうだ!折角だし、これから一緒にこれ食べない?勿論ノボリさんが帰って来てからだけど…」
ショウ曰く、中に何が入っているかは彼女も分からないらしいが、"お菓子"と言っていたので食べ物だということは理解した。そう確信したテルの行動は早かった。
テルはそのお菓子の正体を知る為に、イモヅル亭へと駆け足で急いだ。勿論、席を予約する為だった。小さくなっていく彼の背中を目で追いながら、ラベン博士はショウに語りかける。
「しかし、2人共本当に時空を旅してしまったんですねぇ」
「まさか2回目になるとは思ってませんでしたけどね…。現地の人、いい人達ばかりで。だからこそ帰ってこれたんです」
「そうでしたか。ん?ならば…ショウくんの元居た世界に返してもらう、という選択肢もあったのでは?異界には何があるのか分からないので、どうとも予測がつきませんが…」
「私にもノボリさんにも"元々いた世界の記憶"が無いから、その時代に送ることは出来ないってハッキリ言われました。だから…ここに戻ってくることを選んだんですけどね。ここなら、迎え入れてくれる人達がいるって分かってるので。
でも…仮に、私が元いた場所に戻してもらえたとしても…首を縦には振らなかったと思います」
「どうして?」
ラベン博士は不思議に思っていた。ショウが元の世界に戻りたがっていたのは知っていた為、ここに来ずに元居た時代に帰れるならば帰った方が良かったのではないかと。しかし、彼女はそれには首を横に振る。
ショウにはまだこのヒスイ地方でやるべきことがある。だから帰ることは出来ない、と。図鑑完成もその1つだったが―――。彼女は、単身現代に帰ることを望んでいなかった。
その理由を問うてみると、ショウは真っすぐラベン博士を見つめてこう言い切った。
「私、ノボリさんと一緒に帰ると約束しましたから。私にも待っている家族がいると思うし…ノボリさんにも、彼を必死に探している大切な家族がいます。だから、彼を1人ヒスイ地方に置いてけぼりにするなんてこと絶対に出来ません。
だって、辛いじゃないですか。仲の良い家族が自分の意思関係なく引き裂かれちゃうんですよ?私だったら…そんなの、耐えられない。泣いちゃいますよ。
記憶がないからだろうけど…でも、ノボリさんはそれでも立ち止まらずにヒスイの人達の為に頑張ってる。もうあの人をひとりぼっちにしたくないんです、私」
「そう、なんですか…。ショウくん。きっと君は…僕の知らない向こうの世界で、大切なことを知って来たんでしょうね。その優しい心…どうか大切にしてください」
「……はいっ!」
そう言い切ったショウの瞳は、まっすぐ前を向いていた。だからこそ、今頑張れるのだと。彼女は未来を見据えていたのだ。
そんな彼女の姿を見たラベン博士は、また感慨深い気持ちになったのだった。
- Ep.02-s4【記憶はたゆたい 時をいざなう】 ( No.110 )
- 日時: 2022/05/11 22:05
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
イモヅル亭に足を運ぶと、既に席の予約が済んでいたのかテルが椅子に座って2人に向かって手を振っていた。近くではノボリが既に戻って来ていたのか、2人をみて制帽の鍔を掴みながら小さく礼をした。
まさか彼がこんなに早く戻ってくるとは思っていなかったショウは、口をあんぐり開けて驚く。そんな彼女の反応に対しても、ノボリは仏頂面を貫いていた。
「ノボリさん。シンジュ団の件は…」
「定刻通り報告を済ませ、戻って参りました。カイさまの方からわたくしの帰還をお伝えしてくださるそうです」
「あっ。だから戻ってくるのが早かったんだ。私、てっきりみんなに直接挨拶して遅れるものだとばかり」
「出来ればわたくしもそうしたかったのですが…カイさまが"やらせてほしい"と張り切ってしまい…」
「な、成程」
どうやらノボリは1人1人丁寧に挨拶に向かうつもりだったらしい。流石にその身体で無茶をしてほしくなかったとも思っていたショウは、カイの気遣いに心の中で感謝をした。
ノボリに事のあらましを話し、一緒に食事でもしようと誘う。最初は遠慮がちな彼だったが、テルもラベン博士も快くノボリを歓迎してくれたため、遂に折れた。ショウがテルの席の反対側に座ったと同時に、ラベン博士もテルの隣に座り、ノボリもショウの隣の席に邪魔することにしたのだった。
ムベに飲み物だけを頼み、早速持ってきたバスケットの中身を開けてみることにした。ノボリにこのバスケットのことを知っているかと尋ねると、彼も"自分のいた世界で見たことがあるかもしれない"と朧気に記憶があることを話してくれた。
ショウが恐る恐る蓋を開けると、そこに入っていたのは色とりどりに飾られた"クッキー"だった。ヴィルヘルムが言っていたように、保存用の魔法がかけられていたようで状態も全然悪くなっていない。
まさか彼がクッキーをわざわざ焼いてくれたのに、ショウは思わず感動していた。
「うわあ!クッキーだ!」
「久しぶりに見ましたねぇ。ヒスイ地方では絶対に見ることは出来ないと覚悟をしていましたよ。ノボリさんもご存じですか?」
「えぇ。覚えがあります。よく、わたくしと似た顔の男が好んで食べていたような…」
「ノボリさん?」
「……はて?わたくしは今何を…?」
ラベン博士もノボリも随分久しぶりに見た、と各々感想を漏らしている。普段見慣れないものを見たからなのか、ノボリの記憶がまた少しだけ刺激されたようにも見えた。
一方、テルはクッキーをじーっと見つめながら首を傾げていた。そうだ。彼はヒスイ地方で生まれ育った存在。クッキーのことなど知らなくて当然なのだ。
「く、くっきー?食べ物なのか?」
「ヒスイ地方には流通してないお菓子ですし、テルくんが知らないのも当たり前の話です。小麦粉を主材料とした焼き菓子ですよ。ガラルでは既に紅茶と共に定着しているお菓子です」
「そういやラベン博士、他の地方から移住してきたの俺すっかり忘れてた…」
「忘れないでくださいよ…。ですが、まさかコトブキムラでクッキーが食べられる日が来るとは!ショウくんのお陰ですね!もう食べてもいいのでしょうか?」
「はい!飲み物も来ましたし、いただいちゃいましょう!」
そう言い、ショウもラベン博士もバスケットの中に入っているクッキーを1つ掴み、食べ始めた。余程美味しいのだろう。口にした瞬間2人の表情が綻んだのがよく分かった。表情が緩む程美味しいのか。テルはその様子をしばらく見続けていた後、遂に並べられているクッキーを1枚手に乗せる。
クッキーはテルの掌よりも小さいサイズで、一口で全て平らげてしまえそうな程の大きさだった。しかし、食べたことのないものに対してそんな行動をする勇気は彼には無かった。恐る恐る小さく1口かじる。すると、かじったところからほろほろとした感触と、丁度いい甘さが口にの中に広がる。
"美味しい"。テルの表情も他の2人と同じように緩むのに時間はかからなかった。
「うまい!」
「でしょー!クッキーを持たせてくれた人が出してくれたケーキも美味しかったんだ」
「ショウくんは向こうでケーキもいただいてきたのですか?!いいなぁ、ケーキなんて言葉自体久々に聞きましたよ…。
ですが、これは本当に美味しいクッキーですよ。紅茶があればベストだったんですけどねぇ」
「紅茶はヒスイ地方にはありませんからね…。諦めてください、ラベン博士」
「重々承知しています。幸い緑茶にも合う味で良かったですよ」
一緒に飲むなら紅茶が良かった、と思わずラベン博士は項垂れた。テルとラベンが美味しい、美味しいと食べ進める中、ショウはふと隣を見た。
ノボリはバスケットの中のクッキーに手を付けない。3人が美味しく食べているのを親のように見守るだけだ。自分は食べる資格がないとでも思っているのだろうかと思い、ショウは声をかけた。
「ノボリさんも食べましょうよ。美味しいですよ?」
「わたくしがいただく訳には参りません。どうか皆様で味わってくださいませ」
「んもう!そのつもりなら最初からノボリさん誘ってませんってば!ほら!手を貸して!」
「わ、わっ。何をするのですかショウさま」
やはりノボリは"自分が食べる訳にはいかない"と手を付けていなかったのだ。そもそもテルに"ノボリが来るまで待ってほしい"と最初に言い出したのはショウ自身なのだ。その言葉にむっとしたショウは、思わず机においている彼の右手をぐいぐいと引っ張る。突拍子もない行動に珍しくノボリは表情を崩した。
そして、彼女はバスケットの端にあるクッキーを無理やり手に取らせた。そうでもしなければ彼は絶対に口をつけないだろう。そう判断したからこその行動だった。
ノボリはそのままクッキーを手に取り、申し訳なさそうにしながらも一口含む。長年味わっていなかった、とても懐かしい味わいだった。ああ、かつて自分はこれを食べていたのだろうか?そう、思わせる程に。
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『ノボリ!一緒に食べよう!これ、ぼくが買ってきた限定品のクッキー!』
『飲み物?ぼく、コーヒーがいい。とっておきの、あまいやつ!―――スペシャル!』
『ノボリは心配性だなあ。ぼく、甘い物食べないと元気が出ないの!』
『えへへ、美味しいね。買ってきて良かった。ノボリと一緒に食べたからもっと美味しい!』
『ぼく、もっと美味しいクッキー探して来る!だから、また一緒に食べよう。約束!』
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―――ふと、脳裏に浮かんだ優しい声は一体誰のものだったのか。あぁ、わたくしに優しく声をかけてくださるあなたは誰なのですか。しかし……彼の心の中に、ぽかぽかと暖かなものが流れてくるような気がノボリにはしていた。
浮かんできた記憶を心に刻み付けるように、大事に、大事に。ノボリはクッキーを噛みしめた。
「―――美味しゅう、ございます」
「本当ですか?!良かったぁ…。いや、私が手作りした訳じゃないんであれなんですけど。やっぱり美味しいですよねこのクッキー。いくらでも食べられちゃいます!」
「って、あー!ノボリさんが勝負以外で笑ってる!えっ、ノボリさんって笑うんだ」
「テル先輩ってば超失礼だよ!写真屋でも一緒に撮ってくれる時笑ってくれるもん!」
「ノボリさんって写真屋行くんだ…?」
「テル先輩はノボリさんを何だと思ってるの…?」
もっと失礼だよー、と怒るショウをノボリは優しく宥めた。そう思わせるのは自分の普段の行いなのだから、ショウが怒る必要はない、と。どこまでも滅私奉公を貫く彼に、ショウはジト目になりながら"私が納得いきません!"と返したのだった。
そんな2人の様子を見ながら、ノボリはまたふっと微笑む。ラベン博士も楽しそうに笑みを浮かべるのだった。
- Ep.02-s4【記憶はたゆたい 時をいざなう】 ( No.111 )
- 日時: 2022/05/11 22:08
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
4人で分け合って食べたからなのだろうか、バスケットに詰められていたクッキーは無くなり空になっていた。バスケットはショウが記念に持ち帰ることになり、4人は飲み物をいただきながらもう少しだけ話をしていくことにした。
話の中で、ふとショウはヴィルヘルムに言われたことを思い出す。ないとは思うが、もしかしたらヒスイ地方に預かっているポケモンのトレーナーがいるかもしれないと頭に浮かんだのだ。
ショウはごそごそとポーチの中を漁り、彼から預かったモンスターボールを取り出し、3人に見せた。まずヒスイ地方にない鉄製のボール。テルとラベンは初めて見るそれを興味深そうに眺めている。
「なんだこれ?モンスターボール?」
「ショウくん。こちらはどうしたのですか?」
「私を助けてくれた人から預かったんです。ポケモンのトレーナーさんを探してほしいんだとかで」
「うーん…。ヒスイ地方に鉄製のモンスターボールはありませんし、そもそもモンスターボールの流通が始まったのが今から2年前の話です。君に頼むんですから相手方は何か気付いていそうですが、ヒスイ地方に鉄製のモンスターボールを使う人間がいるでしょうか…」
「…………」
「……ノボリさん?大丈夫ですか?」
ノボリの様子がおかしい。隣に座っていたショウはすぐに気付いた。胸に手を当て、必死に気持ちを抑えているような。何か、このモンスターボールに関しての記憶が蘇っているのだろうか。明らかに目が泳いでいる。まるで、このモンスターボールを見て焦っているような。
声をかけるも、彼は震えた声で"大丈夫です"と答えるだけだった。声色が全然大丈夫ではない。このモンスターボールはきっと彼と関係がある。彼の様子から、ショウはそう判断した。
「助けてくれた人はこうも言っていました。"モンスターボールに入っているこの子が教えてくれる"って」
「どういうことだそれ?向こう、なんだか持ち主に気付いてそうだよな…。直接教えてくれればいいのに」
「きっと教えてくれない事情があるんでしょう。それでショウくん、このボールはどうするつもりなのですか?」
「……ちょっと、試したいことが出来ました。今ここでポケモンを出してみてもいいですか?」
「? ええ、構いませんけ『……おやめ、ください』 ノボリさん?」
「……申し訳、ありません。ですが……怖いのです。震えが、止まらないのです」
「…………。ごめんなさい。いくらノボリさんのお願いでも、今は聞けません。きっとこの子も……気付いてる。"帰るべきトレーナーが誰か"」
制止を計るノボリの言葉をショウは遮り、彼女は意を決して持っていたモンスターボールを投げた。ショウの考えが合っているのならば。恐らく、このポケモンは―――。
ポン、という軽快な音と共に飛び出したのは……まるでシャンデリアを思わせた、幽玄を思わせる優美なポケモンだった。
ヒスイ地方ではまず見ないその外見に、テルもラベン博士も驚きが止まらない。
「うおお?!見たことのないポケモン?!」
「ヒスイ地方には生息していないポケモンですよ?!」
ショウの手によって外に出されたポケモンは、見知らぬ場所できょろきょろと辺りを見回している。
そして、ノボリの表情が更に焦燥感に苛まれたものに変化する。ポケモンの姿を見て、心臓がドクンと跳ねるのが分かった。思わず胸に置いていた手をぎゅ、と強く握る。
わたくしは、このポケモンを、知っている。
頭の中に浮かんできた答えは、それだった。
欠けたピースがはまるかのように、ポケモンはノボリの姿を見つけ甘えるように近付く。外見は美しいが、内面は恐ろしいゴーストタイプのポケモン。しかし、このポケモンは襲うこともせず、ノボリをまるで"長年連れ添ったパートナー"のような瞳で見ている。
思わずノボリは目の前のポケモンに手を差し伸べる。ポケモンはそれに応えるかのように、彼の掌に優しく腕を置いた。
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『今日も非常にブラボーなバトルをありがとうございます!流石わたくしのパートナーでございますね!』
『ああ、そんなに悲しそうな顔をして…。わたくしは大丈夫ですよ。ゲリラ豪雨にタイミング悪く当たってしまっただけです。心配なさらないでください』
『わたくしが邁進できているのも、全てはあなた達のお陰なのです。さあ、疲れた身体はゆっくり休むに限ります。ご無理をなさらずに、お休みなさいまし』
『しゃん』
『おや?どうかしたのですか―――――。……ふふ、あなたは甘えん坊さんですね。こちらにいらっしゃい。ここからは星が…とても綺麗に見えるのです。――――に負けないくらい、輝きに満ちた夜空が…』
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「……ぁ……!」
靄がかかっていた箇所が一気に晴れていく。
わたくしは。わたくしは。
なんて愚かだったのでしょう。
大切なパートナーであるあなたを長年忘れてしまっていた、だなんて。
『シャン、デラ……!』
ノボリは目の前で優しく微笑むポケモンの名を、呼んだ。
彼の口から零れたポケモンの名前。それを呼ばれ、嬉しそうにシャンデラはひと鳴きした。
「ノボリさん、大丈夫ですか?」
「お気に…なさらないで……」
「でも、ノボリさん…泣いてるよ?」
「…………」
テルに指摘され、ノボリは思わず自分の頬に手を当てた。
濡れている。今まで彼女のことを思い出せなかったことの懺悔。思い出せたことの喜び。やっと会えたことの嬉しさ。今まで寂しい思いをさせてきたことへの後悔。自覚した瞬間、ノボリの瞳から溢れる涙は留まることなく再び流れ始めた。
「シャンデラ……シャン、デラっ……!わたくしは忘れていたのに…あなたは…あなたは…。わたくしのことを、覚えていてくださったのですね…!
ごめんなさいっ…ごめんなさい…!……あぁ……ぁ、ぁぁ……うぁぁ…ぁ……!!」
「でらっしゃん!」
今まで忘れていてごめんなさい、覚えていてくれてありがとう、とノボリは泣き崩れた。彼女との思い出、そして蘇った一部の記憶が濁流のようにノボリの頭に流れ込んでくる。様々な思いが交差し、ノボリは泣くことしかできなかった。思いを吐き出す方法が、今はそれしか思いつかなかったからだ。
そんな彼を、シャンデラはあやすように優しく抱きしめたのだった。
ノボリを隠すようにショウは立ち、自分の考えは合っていたのだと安堵した。シャンデラがヴィルヘルムに誰かを重ね合わせていたように見えたこと。恐らく、強いトレーナーのポケモンであったということ。そして、ボールの中のシャンデラがノボリを見た途端にガタガタとポーチの中で暴れ始めたこと。
その全てが一本の線に繋がった。シャンデラの目的地はここにあった。
「やっぱり、ノボリさんの子だったんだ…。良かったねシャンデラ、ノボリさん!」
ショウの背後ではなんだ、なんだとコトブキムラの人間が野次馬を作り始めていた。訓練場の強者として君臨しているノボリの感情の吐露。こんな姿を見せてしまったが最後、笑いの格好の的にされてしまうということは目に見えていた。
テルとラベン博士が必死に野次馬を鎮めているのを感じ取り、ショウもそれに混ざったのだった。
―――夕方。野次馬も次第に収まり、一同は一旦訓練場の方へと避難することにした。見たことのないポケモンの報告はテルとラベン博士に任せ、ショウは泣き止まないノボリを介抱する選択を取った。
ノボリが話してくれたことが正しければ、2桁の年も離れ離れだったのだ。やっと会えた。その事実がどんなに喜ばしいことであるかは、部外者であるショウでも痛いくらいによく分かる。
夕日が沈むか沈まないかといった頃、ノボリはやっと泣き止みショウに改めて詫びを入れたのだった。
「お見苦しいところをお見せいたしました」
「いいえ!私はノボリさんとシャンデラが再会してくれて良かったと思っていますから!だって…長い間離れ離れだったんですもん。泣くのは当然ですよ」
「そう、言ってくださるのですね。ショウさまは本当に優しいお方です」
「誰だってそう言うと思いますけどね?ね、シャンデラ」
「でらっしゃん!」
意見を求めるようにショウがシャンデラに同意を促すと、彼女は元気よくひと鳴きした。シャンデラだってずっとずっとノボリに会いたくて、ヴィルヘルムに言わせれば"衰弱していた"くらいに探し回っていたのだ。見苦しいなんて見当違いにも程がある。
落ち着きを取り戻したノボリを見て、ショウはふと疑問が浮かぶ。まだ時空の裂け目が閉じていない頃、洞窟の中で自分の気持ちを話してくれたあの時。確か、その時もノボリはシャンデラと、弟であるクダリの話をしてくれたはずだ。その時はまだシャンデラのことをはっきりと思い出していなかった筈だ。ならば、何故今なのか。
ショウは勇気を出して聞いてみることにした。
「あの、ノボリさん。それにしても、どうしてこの子がシャンデラだって分かったんですか?洞窟を一緒に歩いていた時は…多分この子のことだったと思うんですけど…。名前を覚えていなかったのに…」
「わたくしも、シャンデラがわたくしの手に触れてくださるその瞬間までは…彼女のことを思い出すことが出来ませんでした。彼女が、シャンデラがわたくしの記憶を呼び覚ましてくださったのです。
きっと…"双子の弟"だと仰っていたクダリさまを見ても何も思い出せなかったのは…。わたくしとあのクダリさまが、違うレールを走っているから。わたくしはそう思っております」
「つまり、この子は正真正銘ノボリさんのパートナーのシャンデラ、ってことでいいんですよね?」
「はい。間違いなく。わたくしを支え、共に邁進してくださる大事なパートナーでございます」
シャンデラに直接触れられたから記憶が呼び起された、とノボリは言った。確かに、ショウは彼の弟だと名乗るクダリに帰る直前に会っている。しかし、クダリを見てもノボリの記憶が蘇ることはなかった。
だからこそ、このシャンデラは正真正銘自分のポケモンだと、ノボリは確信を持って告げた。
粗方話し終えた矢先だった。訓練場へとかけてくる4つの足音があった。音の方向に顔を向けてみると、そこには息を切らしたカイと2人に向かって挨拶をするセキの姿があった。
「セキさん?!カイさん?!」
「はぁ…はぁ…。やっと着いた…。ねえ!ノボリさんが記憶取り戻したって本当?!」
「一部だけではございますが…。大事なパートナーのポケモンの記憶を取り戻すことが叶いました」
「そっかぁ…そっかぁ…良かったぁ…!」
「え、なんでカイさんが泣いてるの?」
「そりゃあ長としてノボリさんのこと心配してたに決まってんだろ。カイが産まれる前から記憶喪失だったってんなら、やっと思い出せて、しかも大事な相棒と再会できた。泣かない理由がないだろ」
「うん…。うん…。だって、ノボリさんずっと思い出さないまま死ぬんじゃないかって…わたし心のどこかで思ってて…!でも、良かった。本当に良かった…!」
「こいつがノボリさんの相棒…シャンデラっていうんだか。怖そうだなぁ」
号泣するカイの隣で、セキは興味深そうにシャンデラを見た。見慣れない人間に見つめられたのか、思わずシャンデラはセキに威嚇をする。シャンデラもゴーストタイプのポケモン。大事な存在であるノボリや助けてくれたショウではない人間に敵意を抱くのも無理な話ではない。
そんな彼女の行動に、セキはひゅっと息を呑む。ノボリはシャンデラを優しく撫で、制止をかけた。
「おやめなさいシャンデラ。あなたは本来はヒスイ地方に存在しないポケモンなのです。更に付け加えるならば…この時代のゴーストタイプのポケモンは皆狂暴です。誰でも初対面ではそう思うものですよ」
「しゃん」
「ははっ。でも、ノボリさんの相棒だってんなら安心できるな!いつか訓練で腕比べする時もあるかもしれないなぁ」
「それに、よく見なくても丸くてとても可愛らしいデザインだ!わたしも撫でていい?」
「わたくしは構いませんが…。よろしいですか、シャンデラ?」
「でらっしゃん♪」
ノボリが2人は敵ではないことを説明する。カイが撫でてみたいと名乗り出ると、シャンデラは快く身体を近付けてきた。そんな微笑ましい様子を見て、ノボリも思わず口角が少し上がったのだった。
彼の記憶が一部だけだが戻った。ならば、あの時代に迷い込んだのは間違いではなかったということの証明にもなる。あの2人が言っていたように、いつかは自分の記憶も取り戻せる時が来るかもしれない。
その時は。ノボリと、シャンデラと一緒に。自分達の帰るべき場所に帰る。ショウは改めてそう心の中で誓った。
「この調子で記憶を取り戻していけば…絶対に一緒に帰れますよ。私はそう信じています!」
「ショウさま。わたくしも、互いに記憶を取り戻すことを望んでいます。ショウさまが失った記憶が蘇るその時まで……。わたくしも、どこまでもお供いたしますよ」
「えへへ。なんだかノボリさん執事みたい」
「執事…。はて、わたくし過去にそういう経験をしたことがあるような…」
「無理に思い出さなくていいです!ゆっくり…思い出していきましょう!」
「……はい」
ノボリとショウは互いにそんなことを語り合い、笑みを浮かべたのだった。
こうしてヒスイ地方を巻き込んだ一つの事件はまた、幕を下ろすのだった。
Ep.02s-4 【記憶はたゆたい 時をいざなう】 END.