二次創作小説(新・総合)

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.12 )
日時: 2021/09/11 00:25
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)

 ―――終末の世界。邪神によって造り変えられてしまった、かつてのコネクトワールドは現在そう呼ばれていた。
 アカギと共に本部が跡形もなく崩壊したことを確認した後、各々情報を集める為アクラルは彼と別行動をしていた。しかし、1年程経った今でもサクヤのことも、本部のことを知っている存在の情報が表に出ない。
 まるで意図的に隠されているかのようだ、とアクラルは時折湧いて来る不安に陥る。それでも青空は変わらない。澄み切った空は、呆然として立ち尽くしている朱雀を優しく照らしていた。



「あれから1年近く経ったような気がするが…。サクヤの気配すら感じねー。まさか…クソ邪神に消されたとかねーよな?!」



 口にしてはいけない言葉が思わずぽろりと零れ、思わず空いている片手で口を塞いだ。
 これだけは言ってはならなかったのに。力を分けた双子の神。それがアクラルとサクヤだ。自分を生み出してくれた大切な妹の死を想像するなんて、兄のすることではない。
 最悪の事態を想像し真っ青になるも、彼はぶんぶんと首を大袈裟に横に振った。信じたくなかったからだ。愛する妹の死等。



「駄目だ、駄目だ!お兄ちゃんが最悪の事態想像してどーすんだ!!」



 自分に言い聞かせるようにそう叫び、アクラルはサクヤに関する不安をに無理やり蓋をした。
 このまま立ち止まっていたらいつ同じ考えに陥るか分からない。足を動かして無心でいた方がいい、と考えを切り替えた彼は歩いていた道を再び進み始めた。


 アクラルが現在歩いているのは、まるで城下町のような場所だった。しかし、街はもぬけの殻だった。夜ならばまだ分かるが、今は太陽が上っている。真昼間だ。
 普通ならば、これほど大きな街ならば誰かしら人間がいてもおかしくない。しかし、人の気配すらしないのだ。正に無人。壁や掲示板などにまだ使った形跡がある為、人がいなくなってからそれ程経っていないのだろうとは推測できるのだが…。
 アクラルはこの城下町に不自然な不気味さを覚えていた。



「街っつーから誰かに話を聞きたかったんだがな…。誰もいりゃしねー。こんなにデケー街に、多分あの奥のデッケー城はこの街を治めている奴らの城なんだろ?
 ……なんで、誰一人の生気もしねーんだ」



 ため息を零しても、聞こえてくるのは自分の吐息だけだった。
 しかし、人がいないのならば長居をしている暇はない。歩き疲れて少し休みたいとは思っていたが、生活をしていた形跡がある以上、勝手に休むわけには行かない。


 この街は諦めて、次の街で情報を集めようと足を動かし始めたアクラルの背後に、その場には似つかわしくない音がした。
 思わず後ろを向いた彼の瞳に映ったものは―――。






































 ――――――覚めるような銀色に輝く、1台のセダンだった。









 車が地面についた感触を覚えたサクヤは思わず目を開ける。無事に門を潜り、別の世界に飛んでいけたのだろうか。
 とりあえず、この場所がどこなのかを確認せねばならない。今だ気絶しているルーク達を起こさないように静かに動きながら、セダンの扉を開ける。
 扉の向こうには、懐かしい顔があった。夢ではないかと目をぱちぱちと瞬きさせ、もう一度見る。目線の先に、羽のような白い長髪をなびかせた双子の兄がいる。
 夢ではない。幻ではない。これは現実だ。サクヤは確信した。



「……サクヤぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!!」



 号泣しながら突進してくる兄に、先ずは手刀を喰らわせた。再び会えたのは本当に嬉しいが、抱擁する程ではない。サクヤはそう思ったのだろう。
 鈍い音と共に痛がるアクラルの悲鳴が木霊する。その声が目覚ましになったようで、半開きになっているドアから金髪が顔を出した。



「けほっ…こほっ…。あれ、サクヤさん…?」
「あっ。ルークさん…。起こしてしまわれましたか。申し訳ありません」
「いや…。確認、なんですけど。僕達、生きているんですよね?」
「はい。地面に足がついているので生きています。―――ルークさん。申し訳ありませんがナデシコさん達を起こして、車から降ろしてはいただけませんでしょうか」
「わ、わかりました!」



 "生きている" その言葉を聞き、どっと安堵の表情に包まれたルークだった。しかし、周りの仲間やナデシコ、スイは今だ気絶したままだ。
 サクヤに頼まれた通り、先ずは後ろの座席に座っていた3人を起こす。3人を車から下ろした後、ナデシコとスイの目を覚まさせ各々の座席から下ろしたのだった。





 車から降りてきた見慣れない人間を前に、アクラルは疑問符が取れないままでいた。
 何故彼らがサクヤと共にいるのか。そして、一緒にいる筈の大典太や鬼丸がどうして彼女と共にいないのか。自分の嫌な予感は当たっていたのか。アクラルの顔が再び青くなる。



「……確かに、兄貴が顔を青くなるのも否定はいたしません。実際私はアンラにコネクトワールドから切り離され、時の狭間に落とされたのですから」
「そうだったのか…って。サクヤの気配が全くしなかったのって…。コネクトワールドにいなかったからじゃねーかよ!うわー!俺の嫌な予感当たってたぁ~~~!!!」
「私も生死の淵を彷徨いましたが…光世さんと鬼丸さんが助けてくれたようなのです。その代わりに、顕現する霊力すら失い、今は深い眠りについています」
「はぁ…。アカギと別行動しながらサクヤ探しても見つかんねーしよ、俺本当に死んじまったかと思ったんだよ……ぐずっ……!」
「あの…。水入らずなところすみません。そちらの方は?」
「あぁ、すみません。こちらの背の高い男は私の双子の兄です。兄貴、彼らが私を病院まで連れて行ってくださった方々です。ほら、挨拶を」



 アクラルが号泣しているところにルークが横やりを入れてきた。
 このままではこの男のサクヤについての心配を延々と聞かされるのだという予感がしたからだ。ルークに気がついたサクヤは、素早く彼にアクラルを紹介する。
 サクヤがこの世界に戻って来た経緯を話すと、アクラルは納得して改めてルーク達に頭を下げたのだった。



「……つまり、だ。サクヤ。君の兄がこの場所にいるということは…。この世界は、君がかつて管理していたという『コネクトワールド』と考えてもいいんだろうか?」
「いや、そうじゃねー。もう…コネクトワールドっていう世界は存在しねー」
「え?じゃあ、今いる場所ってどこなの?」
「私達の乗った車は無事に門を潜り、サクヤの世界とは少し違う場所に到着した…。そう考えて良いのかもしれないな」
「理解が早いですねナデシコさん?!」
「おや?ルーク。君はもう少し事態を柔軟に考えることを覚えた方がいい。そもそも、我々がこの場に無事に立てているのも現実離れした行動を起こした結果じゃないか」
「それは、そうですけど…。次々に突拍子もないことが起き続けて、正直頭がついていけていません…」



 ナデシコとルークのやり取りを呆れた目で見つつ、アクラルはこの世界がどんな世界なのか、軽く説明をすることにした。
 ……とは言うものの、実はアクラルもアカギもそこまでこの世界について知れている訳ではない。それ程までにサクヤの探索に感情が向いてしまっていたからだ。
 全部を知っている訳ではない、と前置きをしたうえで、アクラルは話を進め始めた。



「さっきも言った通り、この世界は『コネクトワールド』じゃねー。アンラのヤローが造り変えちまったんだよ。コネクトワールドの跡形も無い状態にな」
「そう、だったのですね…。では、コネクトワールドに混ぜられた皆様は?」
「アカギは無事だ。だがよ…。それ以外の仲間を未だに見つけられてねー。俺がそっちに目を向けてられなかったってのもあるが、考えられる可能性は…。コネクトワールドごとアンラの造った『新しい世界』に混ぜられちまったってことだろーな」
「混ぜられた…。サクヤ嬢も仰っておりましたね。では、元々貴方がたが管理をしていた世界に住んでいた方々は…。現在は跡形もなく塵になっている可能性が高い、と…」
「ちげーよ、ちげー。そうじゃねー。この世界自体が造り変えられたモンに混じったんだ。アンラのヤローが邪魔だと思ってなけりゃ、命に関わる問題にはなってねー筈だ。あいつは高めて高めて高めたところで一気に突き落とすタイプだからな…」
「えむぜさん達は無事だ、と…」
「あぁ。そうだと信じてーが…。実際にこの目で見てねーからな…」
「つまり…。俺達が今まで住んでいた世界も、あの白い光に覆われる形で混ぜられちまった、と。ってことは、この世界歩いてりゃミカグラっぽいところにもありつけるかもしれないねぇ」
「はい。あの白い光は消滅させるものではなく、大地を混ぜて転移させる類のものです。最も、人間が巻き込まれた時の命の保証は致しかねますが…」
「とにかく。ミカグラの人達が無事ならわたしは問題ないよ。探しに行けばいいだけの話だから」
「…………」



 アクラルから聞いた話。それによると、この世界は悪の神アンラ・マンユがサクヤを時の狭間に突き落とした後に造り変えられた世界だということが分かった。
 コネクトワールドもその造り変えられる際に "混ぜられた" 。だから、本部で崩壊に巻き込まれたとしても無事ではあるだろう、と。
 ルーク達の世界も消えたのではなく、この世界と高確率で融合したということが分かり、スイの表情が和らぐのが見て取れた。気丈に振る舞っていても、故郷を失う恐怖は何物にも耐えがたいだろう。
 彼女とは対照的に、話を聞いてばつの悪そうな顔をアーロンはしていた。彼の表情を見て、ルークは彼の慕っている姉―――『アラナ』という女性のことを心配しているのだろうと悟った。
 ルークとアーロンが出会ったのも、彼女を救う道中で、だった。彼にとっても大切な存在であることは明白だった。



「アーロン。アラナさんは大丈夫だ。きっと何事もない。ハスマリーでいつも通りに過ごしてるよ」
「……余計なこと口走るんじゃねぇ」
「不安になるのも分かるけどねぇ。一瞬でミカグラ覆っちゃったんだもん」
「ですが、ミカグラも無事であればハスマリーも無事であるのは明白では?この世界のどこかで、怪盗殿の姉君は生きておられると思いますがねェ」



 アーロンを慰めている光景を見守っている最中、アクラルは思い出したように自分の懐から短刀を取り出した。
 本部が崩壊する前に、サクヤの部屋の中で回収した前田藤四郎の刀だった。サクヤが時の狭間に飛ばされてしまった影響を受け、顕現は解かれ何の反応も無い。
 忘れないうちに彼はサクヤに話しかけ、前田藤四郎を彼女に返したのだった。



「前田を顕現させられるのはお前しかいねーだろサクヤ。……きっと、すっげー心配してると思うからよ。早く起こしてやれよ」
「あっ…。そう、ですね。ありがとうございます…。前田くん…。刀を兄貴が拾ってくださっていたのですね」
「偶然見かけたかんなー。もし見つけられてなかったら今頃…。あの瓦礫の下だったかもしんねーかんな…」
「…………。本部のことは後程確認するとして、先ずは兄貴の言う通り前田くんを顕現させましょう。―――光世さんと鬼丸さんの手入れもしなければなりません」



 そう言うと同時に、彼女は受け取った短刀に力を込め始めた。
 優しく、淡く輝く青い光と共にそれは少年の姿を取り、淡い光が消えたと同時に現れたのは―――。






『………主君っ!!!』






 目を涙で溢れさせ、目の前の主に抱き着く栗色の髪の少年だった。



「……俺の時は全力で拒否した癖に!ずるい!!」
「あのですね。成人男性と少年の違いです。それに、兄貴に関しては日頃の行いです」
「なんだよーーー!!! 妹を愛する気持ちは前田にだって負けてねー!!!」
「さすがのあにぎみでも…今回ばかりはゆずりませんからっ……!」
「前田くん…。心配をかけさせてしまい本当に申し訳ありません。―――主、失格ですね」
「いいえ!こうして無事に戻ってきてくださったのです。僕はそれだけで安心しています!!」
「―――全く。貴方の言う通りですね光世さん。 "契約するんじゃなかった" などというのは…。非常に馬鹿げた言葉なのだということを今、改めて思い知りました」
「サークーヤー!!!俺も抱き着いていいだろーーー!!!俺達血を分けた兄妹なんだぞーーー!!!」
「兄貴。恥を知りなさい」
「いてっ!!」




 前田をそっと抱きしめながらアクラルに再び手刀を入れるその光景に、彼らを見守っていたモクマは "見覚えがあるなぁ" と顔を綻ばせたのだった。

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.13 )
日時: 2021/09/12 00:36
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)

 しばらくサクヤの腕の中でじっとしていた前田だったが、ふとサクヤの腰に帯刀していなければならないものが "ない" ことに気付いた。
 まさか、別の世界に堕とされてしまったのだろうか。不安になった彼は思わずサクヤにそのことを問う。大典太と鬼丸の刀の行方を。
 前田の言葉でサクヤはハッとした。堂々と刀を見せびらかしてもいい世界にいてまで、二振をキーホルダーのままにしておく理由はなかった。
 すぐに腰にぶら下げてあるキーホルダーに触れ、力を込める。すると、小さな飾りはみるみるうちに形状を変え、彼女の腰に帯刀する形に戻ったのだった。



「主君、まさか大典太さんと鬼丸殿の本体を…」
「申し訳ありません。この形状のままルークさん達の世界を歩いていたら、彼らと合流する前に警察にお世話になりそうだったので…」
「その僕が警察なんですけどね…。というかサクヤさん、わざわざ小さくして持ち運んでいた…ということは、その刀は本物だったりするんですか?」
「はい。特に優れた名刀と呼ばれている五口の刀。 "天下五剣" と呼べば分かるでしょうか」
「へぇ…。大層良いモン持ってんじゃねぇか」
「てんか……えぇっ?!」
「そら隠すように持ち歩くわな…。値打ちモンどころじゃないお刀よ?」



 刀を元の大きさに戻したことにルーク達は驚いたが、その後に彼女から告げられた言葉の方にもっと驚愕していた。
 宝石専門の大泥棒でも、その名前くらいは知っていた。そんな大層な刀をどうして彼女が持っているのか。保護されるべきではないのか。唐突に浮かんだ様々な考えがルークの頭の中をぐるぐると駆け巡る。
 混乱を避ける為、これは本物から分裂して刷り上げられたいわば "分霊" だとサクヤはルークに説明した。本霊、つまり刀の本家大本は別の世界でしっかりと管理されているのだと。



「この刀を精製しているのは霊力…。分かりやすく言えば、魔法を使う為の源のようなものが必要です。私が持っているから具現化が出来ていますが、それを持たない一般人には持てない代物なのですよ」
「そ、そうだったんですね。てっきり僕本物を使っているのだと早とちりしていました…」
「そもそも本物ならば、有事の際に抜いて闘ったり致しませんし…。歴史的価値のある美術品なので…」
「ですよね…」
「あ、あの。主君。そろそろお話を元に戻してもよろしいでしょうか?」
「すみません。話が脱線してしまいましたね。前田くん、貴方が顕現を解かれた理由は…私が時の狭間に飛ばされた―――。いわば、『コネクトワールドから切り離された』ことが原因です。
 その後、どうしていたのですか?意識が途切れているのは重々承知しておりますので、分かる範囲で良いです。教えていただけますか?」



 とりあえず、サクヤは前田が顕現を解かれた後のことを聞いてみることにした。人の姿を維持出来なくなっていることから意識がない可能性がある、とも考え "無理はしなくてもいい" と言葉を付け加えた上で。



「権限が解かれる朝、僕は数珠丸殿と協力して眠っている三日月殿と大包平殿を襖の向こうに運んでいたんです。その最中でした。急に視界がぼやけて来て、何か主君にあったのではと思いいても経ってもいられず穴の外に出たんです。
 でも、最後に見た景色はそれが最後で…。そのまま意識を失ってしまいました。主君の気配も感じることが出来ませんでしたし、ずっと心配をしていたのです」
「そうだったのですね…。穴の外に出てくれていたからこそ、兄貴に見つけていただけた、と。……重ね重ね申し訳ございませんでした」
「主君が無事だから、いいんです!顔を上げてください。それで…。大典太さんと鬼丸殿は権限をしないのですか?」
「…………」



 前田がその言葉を口にした瞬間、サクヤの表情が曇った。
 大典太と鬼丸に、いくら自分の力を注いでも人の形を取らない。それすなわち、人間の姿を維持するだけの霊力がないということに他ならない。
 重い口を開き、前田に自分が助かった経緯を話す。大典太と鬼丸の霊力のお陰で、今自分は地に足をつけていられるのだと。



「本当であれば、アンラに時の狭間に落とされた時に私の命は潰えている筈でした。ですが…光世さんと鬼丸さんが自らの霊力を限界まで使って、私をルークさん達がいる世界まで飛ばしてくれたようなのです。
 その代償に…。お二振は深い眠りにつきました。手入をしなければ、再び顕現することはおろか…。刀が折れてしまう危険性があります」
「そう…なのですか…」
「落ちた異世界が霊力に関係しない世界なのは幸いでした。無駄な消耗は避けたかったですから…。が、造り変えられたとはいえ、元はコネクトワールドだった土地も混ぜられています。戻って来た以上、光世さんと鬼丸さんの霊力を回復させねばなりません」



 サクヤから告げられた真実に、思わず顔を伏せてしまう前田だった。
 自分がもっと早起きをして彼女についていけば、大典太や鬼丸に霊力を使い果たす選択肢を突きつけなくても良かったのではないか、と。ただ…。アンラに抵抗できない以上、どうしようもなかったのは明白である。
 落ち込む前田にサクヤは "手入をする為本部に行きたい" と続けざまに告げた。右も左も分からないが、アクラルの言葉で本部だった土地は残っていると確信が持てたからだ。
 彼女にはまだ彼らを手入できる可能性が残っている、と信じていた。



「サクヤ…。本部に行きてーのは分かるが、さっきも言った通り跡形もなく潰されちまって、入れる余地がねーよ。手入出来る場所も全部潰されちまってる。
 俺達を邪魔だと思ってサクヤを時の狭間に飛ばしたってんなら、本部をボロボロにするのは納得できる話だ。奇跡的に無事だったとしても…。使えるとはとても…」
「……いえ。あの場所が無事ならば手入が出来る筈。厳密には、あの場所に繋がる代物、ですが…」
「中の物も全部潰されちまってる。……それでも行く、ってんなら止めねーけどよ」



 隠し部屋が無事ならば、その中に手入が出来る設備は整えていた。
 あの地は神域にも近い場所。本部の本格的な手入場よりも、戦いで擦れた刀を癒す為に隠し部屋の手入場を使っていることの方が多かった。
 しかし、あの場所にいく為には掛け軸を通る必要がある。あの掛け軸さえ無事ならば、と思ったが。アクラルはただ静かに、本部の物も全て壊されたとだけ伝えた。
 その言葉を聞きサクヤは少しだけ狼狽えた。彼の言うことは確かに理にかなっているからだ。アンラにボロボロにされたのであれば、掛け軸が無事だとは思えない。
 しかし…どうしてもサクヤには実際に目で確かめなければ納得できない、心残りがあった。それが大典太と鬼丸を助けることが出来る唯一の方法ならば、尚のことだ。


 悩むサクヤの元に、ルークが顔を出した。先程の話が聞こえてしまっていたようで、 "差し出がましいことではありますが" と前置きをした上で2人にこう提案をした。



「完全に破壊されていても、何か遺っているかもしれません。跡地を調べてみるのも、選択肢としてはありだと思います」
「ルークさん…?」
「すみません。先程の話、耳に入ってきてしまいまして…。前田くんのように、サクヤさんが今掲げている刀にも、彼のような人格が宿っているんですよね?」
「あぁ。そうだよ。一般的にはアイツらのことをみんな "付喪神" って呼んでるらしい。物が長い年月を得た結果生まれた、物に宿る神。そんなとこだな」
「なら、猶更行きましょうよ!眠るほどまでに力を使い果たしたのは本望かもしれませんけど。このままずっと離れ離れは辛いと思います。サクヤさんも、その刀に宿っている付喪神も…」
「…………」
「心当たりはあるんですよね?なら…それが無事かどうかだけでも、見に行きませんか?僕も一緒に行きますから!」



 ルークは、このまま彼女達が永遠に会えなくなる可能性を示唆しているのだろう。
 だからこそ行ってみるべきだ、と。彼らを助けられる方法がそこに残っている可能性があるのならば、調べてみる価値はある、と。
 様々な事件を調査することで解決に導いてきたからこそ、ルークはその言葉を語気を強めて言えたのだった。
 そもそも、サクヤは本部に行こうとしてアクラルに止められていたところである。ルークが一緒に行ってくれるのだというのならば、こんなに心強いことはない。
 彼女に渦巻いていた小さな不安は、いつの間にか彼の言葉にかき消されていた。



「心当たりは…あります。あの掛け軸さえ無事なら…何とかなると思います。私も思っていたのです。実際に見てみるまでは諦めたくないと。
 ルークさんのお陰で決心がつきました。跡地に―――本部跡地に、行ってみたいと思います」
「主君。今回は僕も一緒に行きますからね!もう二度と離れ離れはごめんです。勿論、大典太さんと鬼丸殿ともまた会いたいですから!」
「ん。決めたんなら俺は止めねー。オメーにも何か考えがあるってことなんだからな。だけど…。サクヤ、どうすんだ?本部の跡地とこの場所、少し離れてんだよな…」
「それならば問題ありません。私が龍に戻ればいいだけのお話ですので」



 表情を変えず、まるで当たり前のことだという顔でサクヤはそう口にした。
 人間ではないと聞かされてはいたが、まさか本当に戻れるとは思っていたなかったようだった。ルークとモクマの開いた口が塞がらない。驚いていないのは、ナデシコだけだった。


 話し合いの結果、サクヤと前田、そしてルークも一緒に行くとはいえ、全員がここの土地については右も左も分からない状況だ。もう1人ついて行った方がいいとのナデシコの提案で、モクマが3人と一緒に行動することになった。



「俺はアカギ達呼び戻してくるぜ。……ま、サクヤの気配なんてとっくの昔に気付いて飛んで向かってるのかもしれねーけどな」
「それに…。この城下町のような場所。少し気になるところがありますので、私は少し単独行動を取らせていただきます」
「オイ。おっさんとドギーがいねぇからって勝手な行動取るなよクソ詐欺師」
「……フフ。御心配には及びません。貴方がたに害のあることは致しませんよ。ボスに怒られてしまいますからねェ…」
「行くんなら、ちゃんと光世と鬼丸も起こして戻ってこい!―――例え無理でも、そのことを正直に俺に話すこと。いいな!」
「はい。兄貴、こちらのことはよろしくお願いいたします」
「お兄ちゃんに任しとけ!」



 アクラル達に見送られ、サクヤ達4人は早速本部へ向かう為、近くの原っぱへと移動を始めた。
 サクヤが元の姿に戻ると、その大きさで街を破壊してしまう恐れがある為だ。人が住んでいる形跡がある以上、むやみやたらに壊すことを彼女は良しとしていなかった。


 十分な広さを確認した後、サクヤは前田達に少し離れているように指示した。
 3人がそれに従いその場から離れると、サクヤは元の姿に戻る為無心になり集中を始めた。彼女の周りを水を纏った風が覆い始め、待っていた前田達の視界を覆う。

 強い風が吹き止んだと同時に3人は目を開けた。そして―――目の前に現れた "モノ" に、絶句した。



「……おぉ?」
「えっ」
「しゅ、主君…?」



 風が覆っていた場所にいたのは小柄な女性の姿ではなかった。
 青色と金色が混ざり合った、美しい東洋龍がそこにいた。
 思わず見とれてしまう程の美しさに、その場にいる誰もが言葉を失う。



「本当に神様だったんだな…」



 ルークは確信したようにそう言った。サクヤの言葉を信じていなかった訳ではないが、この姿を見てしまっては最早否定の言葉すら浮かぶことはないだろう。
 前田は龍の姿の主を初めて見たのか、硬直して動けずにいる。これほど大きな存在だとは思わなかったのだろう。
 彼らと対象に、モクマは意気揚々と龍の背に飛び乗る。その行動にルークが委縮したが、モクマは問題ないことを彼に伝えた。



「おーいルーク!早く乗れってサクヤちゃん催促してるぞー!」
「そんなに簡単に飛び乗っちゃっていいんですか?! ……女性なんですよ?!」
「性別はあってないようなもんだから気にしない、ってさ」
「気にしてください!! ……じゃなかった、モクマさん。龍の翻訳までマスターしたんですか?」
「んーん?仕草から推測して伝えてるだけだよ~。だから、間違ってる可能性も高い!」
「……流石に龍の言葉までは僕、分かりません。秋田や五虎退なら分かるかもしれませんが…」
「と、とにかく僕達も乗ろう!あまり他の人を待たせるわけにもいかないからね!」
「しょ、承知いたしました!」




 呆れているんだか呆れていないんだか、金色の龍はグルル、と小さく唸った。
 ルークと前田がしっかり背中に掴まったことを確認した後、龍は本部の跡地に向かって移動を始めた。
 速すぎず、遅すぎず。道中、ルークは空を見てみた。世界は変わっても、自分達が住んでいた場所と変わらない青空。それが、彼の視界に広がっていたのだった。
 金色の龍はそのまま瓦礫が広がる、かつての拠点へと向かって進んでいったのだった。

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.14 )
日時: 2021/09/12 22:00
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)

 車が到着した場所から30分程は空を飛んだだろうか。
 空から見下ろす世界は、自分が思い描いていたものとは随分と違う様に前田には見えた。かつて主が守るべき世界だったあの場所は、もうないのだ。その事実にチクリと胸が痛む。
 ふと、彼の目線の先に瓦礫が積み重なった場所が見える。前田にはその場所に覚えがあった。あの場所で主と出会い、彼女の夢を一緒に追い続けようと決めた、思い出の場所。

 かつて本部であったものが、前田の瞳に映った。


 目的の場所に到着し、3人は地上に降りる。そして、人に再び擬態するというサクヤを待ちながら瓦礫をよく見てみることにした。
 アクラルの言葉通り、頑丈なのが取り柄の1つだったかつての本部は跡形もなく崩れ去っている。これも全てアンラがやったのだろうか、と前田の表情が歪んだ。
 サクヤも素早く小柄な女性の姿に擬態し、本部であったものを見る。アクラルから話は聞いていた為覚悟は出来ていたが、あんまりなその惨状に彼女の心も痛んだのだった。



「ここに建っていた場所に、サクヤさん達は住んでいたんですね」
「はい。かつて我々が守り通す世界であった場所の、繋がりの礎として。そして、困っている方々の手を差し伸べられるような場所になればいい、と建設をしたのです」
「あんまりです…!これではどこからでも入れないではありませんか!」
「その気持ちも分かります。僕も、これまで酷いとは思っていなかったので…」
「大典太さん…鬼丸殿…」



 悲しい表情をするサクヤと前田を何とか慰めようとルークは積極的に口を開くが、ただでさえ思い出の場所を不当に潰されたのだ。その悲しみが分かる以上、自分がどうやっても心の闇が晴れないことは分かり切っていた。


 それでも何とか彼女達の背中を押して、せめてサクヤが探している部屋の入り口だけでも見つけたいとモクマに相談しようとルークは彼の方向を向いた。しかし、そこには誰もいなかった。
 彼が元々忍者を輩出している里の出身であることは分かっている。しかし、2人を差し置いて何をしているのだろう。あまりにも神出鬼没ではないだろうか。
 思わず口をついてその言葉がぽろりと零れると、反応するかのようにモクマが現れた。



「モクマさん…。こんな時にどこに行っちゃったんだよもう…」
「おじさんのこと呼んだ~?」
「う、うわぁっ?!」
「チェズレイだってふらっとどっかに行っちゃうこと多々あるし、そんなに驚くことじゃないでしょ!おじさん、悲しい…」
「驚いたことはすみません…って!どこに行っていたんですかモクマさん」
「ん?ちとあの瓦礫の山に近付いて偵察をね。こんな崩れ方しちゃったらどうしようもない、って思っちゃうのも分かるけどさ。まだ諦めちゃ駄目だよ。
 おじさん、こういう狭いところの潜入とか得意だからさ。ルークは分かってるだろ?」
「(あの細いダクトを軽々と通ってたもんな…)」



 話を聞いてみると、どうやらモクマはかつての本部を調べに行ってくれていたらしい。
 忍者だから、と上手くはぐらかす彼に心の中でツッコミを入れつつ、ルークは何か見つけたのかを改めてモクマに問うた。
 すると、彼はとある一点の山を指さした。よく見てみると、そこに小さな空洞があるのが分かった。



「人っ子が1人くらいなら通れる穴が残ってる。大きな瓦礫が積み重なって通路みたいになってんだな。で、入口に色々積み重なってたお陰で入れないように見えてただけみたいだ。
 もしかしたら、そこから中に入って行けばサクヤちゃんの使っていた部屋に繋がるかもしれないね」
「モクマさん…」
「諦めるのは簡単だけど、可能性が残されてるならおじさん、諦めないように足掻いた方がいいと思うんだけどね。……まぁ、おじさんも殺されそうになってからやーっと気付いたことなんだけどね。だから、行ってみようよ」
「……確かに、その穴からあの部屋に繋がる掛け軸が見つかれば…光世さんと鬼丸さんの手入が出来ます。―――駄目な時はその時、ですよね。
 ありがとうございます。行ってみましょう」
「主君、僕も一緒ですからね!」
「はい。勿論です」



 モクマからの助言を聞いたサクヤは、なんだか背中を押された気分になった。
 瓦礫の中に通路が出来ているのなら、何か使えるものがまだ残っているかもしれない。モクマの言う通り、何も調べないまま諦めるのは彼女のポリシーに反していた。
 前田も共に向かうと自らを奮い立て、わずかな可能性にかけつつ彼らは空洞がある場所まで移動を始めた。


 穴を見つけたモクマが先頭となり、4人は穴の前にある瓦礫をどかしながら中へと進んでいった。
 確かにこの辺りの場所は、大きな瓦礫が積み重なって1本の通路のような造りになっていた。サクヤも言った通り、本部は頑丈に造られている。だからこそ、アンラが壊しても完全に粉々には出来なかったのだとルークは推測した。



「サクヤさんも先程仰っていた通り、崩れた…にしては、割と大きな通り道が残っていますね。頑丈だったのは本当なんだな」
「元々この建物は地震や災害に強くなるように設計してあります。そう簡単に崩れる代物ではございません」
「だから、だろうねぇ。サクヤちゃんの思い出をぶっ壊したくても、完全に粉々にすることが出来なかった。だからこそ、俺達もこうやって瓦礫の中に入って調べ物が出来るんだけどさ」



 談話を続けながら瓦礫の中を進んでいると、サクヤがある一点の場所で足を止めた。
 何かあったのかとルークは問いかける。すると、懐かしむように彼女は言った。 "この場所が、自分の部屋だった場所だ" と。
 思わずルークはその場所を見てみる。そして驚いた。
 部屋であろう場所の一部が、壁にひびが入った程度で済んでいるということに。そして、そこにかけられている掛け軸が傷一つなく点在していたのだ。



「こんなに瓦礫が出来ているのに、ここの壁だけヒビの損傷だけで済んでいる…。この掛け軸のせいなのかな?」
「掛け軸…。あっ。主君、これってあの掛け軸ではないですか?!」
「掛け軸に至っては埃一つついてない…。これ、特別な代物だったりするんですか?」
「凄い高級品っぽそうってのは俺でも分かる」
「まさか…。こんなに無事な状態で見つかるとは思いませんでした。この掛け軸…。本来であれば誰から頂いたものかも定かではないのです。
 かつて本部を設立した次の日、誰も住所を知らない筈なのに速達で送られてきたものだったのです」
「もしかしたら…何か高名な神様の加護がついていたりしてね」



 モクマが放った言葉で、サクヤはハッとした。掛け軸が無事ならば、向こうの空間に行けるのではないか、と。そう考えたのだ。
 彼女はその考えを実証する為、恐る恐る掛け軸に触れその場から下ろしてみた。



「……あっ」
「穴が…穴がありましたよ主君!」



 あの空間に繋がる穴があったのだ。吸い込まれるような深い暗闇を示すそれは、時の狭間に落とされる前と同じ形状を保っている。ここを潜ればあの隠し部屋に行けるのだと。サクヤはそう確信していた。
 念の為ルークとモクマにも穴が開いていた場所を見てもらったが、2人は話を聞いても首を傾げるばかりだった。
 それも当然のことだった。この穴は神聖な場所に繋がる通路であり、例え善意の塊のような人間でも、人間である以上は行くことが出来ない場所だからだ。……即ち、見える筈がないのだ。
 やはり穴を通っていけるのは、現状だとサクヤと前田だけだった。手入をしている間、瓦礫がいつ落ちてくるか分からない危険性の中で待たせるわけにも行かない。



「黒い穴…はありませんでしたけど、きっと僕達には見えない"何か"が、サクヤさん達には見えているんでしょうね」
「ルーク、どんどん適応力が上がっているね~。感心感心!」
「突拍子もない出来事が次々に起これば流石に慣れますよ…」
「これから我々はその黒い穴を通って別の場所に向かうのですが…。通路があるとはいえ、いつ崩れ始めるか危険と隣り合わせの状況です。
 ……申し訳ありませんが、瓦礫の外で待っていてはもらえませんでしょうか?」
「僕達が大典太さん達の手入をしている最中、安全である保障はどこにもありませんからね。僕からもお願いいたします!」



 1人と1振が深々と頭を下げると、ルークとモクマは快くそのことを承諾してくれた。
 元々自分達がこれ以上関われない領域なのなら、首を突っ込まずに外で待っていようと最初から決めていたのだ。



「お二人の言うことももっともですし、それに…。僕達は皆さんの無事を信じていますから」
「手入した後の付喪神さんと一緒に戻って来てくれるのを待ってるよ。良い祝い酒もどっかから調達して来ようかな~?」
「右も左も分からない状況で、お酒なんて買えないと思いますけど…」
「ちっちゃいことは気にせんのよルーク~!ささ、この先はおじさん達の管轄外みたいだし、元いた場所に戻っちゃいましょ!」



 愉快な会話を続けながら、ルークとモクマは通って来た瓦礫の通路を戻って行った。
 彼らの姿が小さくなり、見えなくなる。無事に外に出たのだなと確認が取れた後、サクヤと前田は今一度黒い穴に向き直った。



「何故ここだけ無事だったのかは分かりませんが…。無事だったからこそ、光世さん達の手入が行えます。ここからは迅速に行きましょう。例え彼らが癒えても、戻って来た時に瓦礫に潰されていては意味がありませんからね」
「承知しております。主君の命、必ずお守り致します」




 お互いに気合を入れ直した後、サクヤと前田は黒い穴を通って隠し部屋へと進んでいったのだった。

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.15 )
日時: 2021/09/13 22:25
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)

 1人と一振が穴を潜った先にあったのは、あの時と何も変わらない隠し部屋の様子だった。
 畳に注ぐ柔らかな日差しに、そよそよと優しく吹きつける秋風。酒瓶が所々に転がっており、楽しく宴に参加していたあの時を思い出させる。
 流石に料理の皿は片づけられていたが、前田が大包平と三日月を運んだという布団もその当時のままだった。



「あの時、僕達が宴をした時のままです。布団も敷きっぱなし…」
「そういえば…。前田くん以外の刀剣男士はどうなったのですか?」
「数珠丸殿はアカギ殿の元へ向かって行ったのを覚えていますが、主君を見つけ出す為に周りが見えていなくて…。三日月殿と大包平殿は恐らくまだ寝ていたと思われるのですが…」
「寝ていたのですか。……でも、誰もいませんよね。前田くんの顕現が解かれてしまった後に目覚めて、穴から急いで脱出したというのがセオリーですが…。石丸くんも、ごくそつさんも。無事だと良いのですが…」
「数珠丸殿が無事であれば大丈夫だと僕は思います。彼らのことも心配ですが…。まずは、目の前の問題を片づけましょう主君」
「はい。あの場とは切り離れた場とは言え、出入口が塞がってしまっては遅いですからね」



 お互いに頷いた後、サクヤ達は襖の奥へと進んでいった。
 コネクトワールドでは、大典太と前田を迎えるまでは1人で寝室代わりに使用していたのがこの隠し部屋だ。特定の条件を満たさねば見えない穴の存在で、かつて本部が存在した頃には "サクヤはどこで寝泊りをしているのか" と、ちょっとした七不思議に数えられていたことがある。
 時は過ぎ、1人だったのが1人と二振に。そして三振に。少しずつ賑やかになっていったのだ。


 その襖の奥。布団が敷きっぱなしの部屋の奥にある襖の中に、小さな手入場があった。
 隣の襖には少しの資材が保管されており、有事の際にいつでも手入が出来る場所としてサクヤが整えていたのだった。
 敷かれていた布団を協力してどかし、サクヤは奥の襖を開けて中を確認する。中は何者にも弄られておらず、当時のままだ。
 アンラに何かされていた場合は手遅れだったが、流石のアンラでもこの空間を見つけることは不可能だったとサクヤは判断し、隣の札から必要な資材と手伝い札を2枚、取り出した。



「主君。資材の量はそれで足りるのでしょうか…。刀に傷がついていない、霊力が切れそうな今回の場合は…。重症として扱ってもいいのでしょうか?」
「うーん…。確かに言われてみれば。ならば一応重症の時の分量を用意しましょう。多いことに越したことはありませんからね」
「承知しました!」



 てきぱきと手分けをし、手入場である襖の中に大典太光世、鬼丸国綱の本体を、資材と手伝い札と共に入れ、襖を閉めた。
 早く治癒できますようにと、そんな祈りを共に乗せながら。



「上手く行ってくれるといいのですが…」
「大丈夫です。この場が誰にも荒らされておらず、無事だったのですから。―――大丈夫だと、信じましょう」



 そう呟いた彼女の言葉に応えるように、襖が淡く優しい光を放ち始めた。
 10秒間ほど光った後、徐々に光の強さは収まっていく。光が消えたと共に、サクヤは襖を静かに開けた。
 その中には…。堂々とした佇まいの、二振の太刀があった。離れていても彼らの霊力を感じる。 "強すぎる" せいで今まで散々な目に遭ってきた。しかし、その霊力のお陰でサクヤは地に足をつけて立っていられた。
 二振の太刀にそっと触れてみると、懐かしい霊力をその身に感じた。先程まで感じられていなかったそれが、手に取る様に分かったのだ。
 完全に回復出来たのだと判断したサクヤは、早速二振を再び顕現することにした。


 前田に少し離れているように指示し、二振の太刀に力を込める。
 すると…。青白い光と共に、刀から2人の人影が形作られるのが分かった。そのままサクヤが送る力を強めると、人影ははっきりと認識できるまでに人の形を取った。
 光が消え去った後に現れたのは―――。
















「……ある、じ」
「…………」



 陰気な顔つきの、大きな男が2人。そこにいたのだった。





 大男―――大典太と鬼丸は互いを見やり、そしてサクヤの方を向き直った。
 まさか主に再び相まみえるとは思っていなかったようで、その表情には驚きが隠し通せていなかった。二振のきょとんとした顔を見たサクヤは、へにょりと顔を歪ませたのち、深々と彼らに頭を下げたのだった。



「おい。どうして頭を下げる必要がある。普通逆だろうが」
「……お二振が私の命を救ってくださいました。それは変わりようのない事実ではありませんか。いくら"主命"と良い張っても、頭を下げる選択肢を取り下げることは絶対に致しません」
「……頭を上げてくれ主。あの時は…邪神を止められなかった俺達にも責任の一端はある。あんたが無事で、俺は安心したよ」
「随分と長い間眠っていたように思えるがな。何年経った」
「私の感覚としては…。1ヵ月かそこら、ですかね。こちらの世界のことは右も左も分かりませんので、もしかしたら年単位で時が経過している可能性もございますが…」
「すみません。僕も顕現を解かれていたので、そこら辺の事情は知らないのです」
「……俺にとっても随分な賭けだった。あんたに二度と会えない覚悟もしていたからな…。だが、結果的にそれが上手く巡って…こうして俺達はまた目覚めることが出来た。
 信じてみるもんだな。あんたは絶対に俺達を起こしてくれる、とな…」
「呑気なことを言っているな。蔵に籠っていたせいで感性まで鈍ったか、大典太」
「……どうせ俺は人の感情に疎い刀だよ…」
「そこまでは言っていない。目覚めて早々陰気になるな」
「相変わらずのお二人で…。僕も本当に嬉しいです!」
「あぁ…。……前田も無事で、本当に良かった」



 サクヤをあの場から今いる世界に飛ばしたのは、やはり大典太と鬼丸だった。
 自分達が助かっても、サクヤと契約している以上主を助けない選択肢はない。かなりの賭けだったが、思いは通じたのだ、と大典太の表情が緩んだ。
 改めてサクヤがどうやって自分を異世界に飛ばしたのかを問うた。大典太と鬼丸は、素直に自分達の霊力のほぼ全てを使い切り、『門』を生成して彼女と共に飛んだことを話す。
 その言葉を聞いた瞬間、彼女の中で疑問が生まれた。何故彼らは門を生成できたのか。門は神にしか造ることが出来ない代物だ。大典太と鬼丸も厳密には神なのだが、その性質は妖の方がよっぽど近い。
 何かで生成方法を読んだのか、と聞いたが、彼らは首を横に振った。その代わりに、大典太からはこんな答えが帰って来た。



「……時の蔵にいた時に、老人が言ったことを覚えていた。……そういや、あいつは何故その呪文を覚えていたんだろうか」
「元々、『門の創造』という魔法は外なる神が使用していた魔法です。……まさか。あのご老人は…」
「主。何か思い当たることでもあったのか」
「はい。私の推測ですので申し訳ないのですが…。天下五剣の皆様が何故異常な霊力を持っているのかまでは分かりませんが、あのご老人の正体は少し掴めたかと」
「あの…。お三方でご納得されているのは重々承知してはおりますが、そろそろこの場を出ませんと。外で待たせている方もおります」



 前田の言葉にサクヤ達はハッと我に返った。
 それに、このことは後々追及していけばいいはずだ。あの老人…。あの天下五剣を顕現出来た時点で只者ではないと踏んでいたが、もしそれが鍛刀と関係していたのならば。
 サクヤはそこまで考えて、考えを胸の内に仕舞うことにした。前田の言う通り、目的も果たした以上ルークとモクマを待たせるわけにはいかない。



「人を待たせているのか」
「異世界に飛ばされた先で助けていただいたのです。光世さん達と彼らのお陰で、私は地に足をつけて立っていられます」
「……そうか。善人に巡り会えたんだな…」



 大典太はサクヤが無事現地の人々に助けられたと聞いて、安堵の表情を浮かべた。呑気なものだ、と呆れる鬼丸の表情にもどこか明るいものが覗いていた。
 ならばここで駄弁っている訳にもいかんな、とサクヤと刀剣男士達は穴の外に出た。大典太と鬼丸も本部が壊されている想像はついていた為、瓦礫が広がっている景色にはあまりショックを受けなかったようだ。



「…これが、かつての本部です。酷いものでしょう。全て…アンラに壊されてしまったのです」
「ですが、奇跡的に掛け軸と、それがかかっていた壁の一部だけが無事だったのですよ」
「……掛け軸だけ無事だったのか」
「なら、その掛け軸は持っていった方がいいかもしれないな。壁ではなく、掛け軸に何か力が宿っているのならば…。拠点を新たにした時にでも、その掛け軸をかけた場所からいつでもあの場に行けるということだ」
「成程。では持って行ってみましょう」




 鬼丸の言葉に、サクヤは一理あると納得した。壁ではなく掛け軸に不思議な力が込められている可能性は高い。無事だった壁にもヒビは入っていたのに、掛け軸だけは無傷で、破れた形跡もない。
 壁から掛け軸を下ろし、丸めて小脇に抱えた。すると、今まで見えていた黒い穴が最初から無かったかのように消えてしまった。やはり、鬼丸の言うことは正しいのだろう。
 ルークとモクマに自分達の背中を預ける仲間を紹介したい。沸き立つ思いを胸にちらつかせながら、サクヤは三振の刀剣男士の後を追って瓦礫の道を戻って行ったのだった。

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.16 )
日時: 2021/09/14 22:00
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)

 瓦礫の通り道を再び足を進め、青空の下へとサクヤ達は戻って来た。
 山から少し離れたところに目的の人物はいた。ルークが先にこちらに気付き、手を振りながらサクヤ達に駆け寄って来た。その後を追うようにモクマが姿を現す。そして、サクヤの真後ろにいる大男達に目を見開いた。



「只今戻りました。待たせてしまい申し訳ございません。彼らが私の背中を支えてくださる、刀剣男士の方々です」
「えーと…そちらのビジュアル系バンドでベースとドラム担当しそうな人達がサクヤちゃんの?」
「モクマさん…。例えがマニアックすぎますって」
「中年のおじさんにはそうにしか見えんのよルーク…」
「……結構な度合いで言われるから気にしていない。大典太光世だ。主…サクヤの近侍をしている」
「……鬼丸国綱。青龍である主の下で主命を果たしている」
「あ、ご丁寧にありがとうございます。僕はルーク・ウィリアムズ。こちらの男性がモクマ・エンドウさんです」
「ショーマン…って肩書でいいのかな?をやってるモクマと言います。どちらさんもタッパがアーロンとタメ張れそうで驚いちょるけど、どうぞよろしく。そっちの白いお兄さんとはなんか気が合いそうだしね!」
「おれが、か」



 大典太と鬼丸、そしてルークとモクマは互いに自己紹介をした。サクヤの元で近侍を長い間やっていたからなのか、大典太の他人への恐怖はだいぶ薄れていた。彼らがサクヤを助けてくれた、という事実もあるのだろう。
 自分達と大して変わらない年なのに、彼らは刀剣の付喪神である。つまり、ルークよりもずっと年上なのだ。その事実に、彼は不思議な気持ちを抱いていた。



「刀剣…なんですよね。大典太さんも、鬼丸さんも。サクヤさんの帯刀している刀の付喪神、か…。前田くんも姿は僕よりもずっと年下だけど、大人びているのも刀だからなんだろうなぁ」
「そうねぇ。見た目はルーク達と早々変わらないけれど、刀が鍛えられた時代を考えれば…奴さんの方がおじさんより年上ってことだよね」
「……刀の年齢として考えれば…そうだな。だが、ここでは年齢は関係ない。見た目が若い癖に中身が化け物、なんてごまんといるからな…」
「あぁ。見た目で判断していればいずれ痛い目を見る。それだけは頭の隅にでも入れておけ」
「肝に銘じておきます…」



 互いの会話が続く中、彼らがサクヤを助けてくれた恩人だということを思い出した大典太は、不意に彼らに頭を下げた。
 隣にいた鬼丸は一瞬驚いたものの、彼の意図をすぐに読み取り浅く一礼。ルークとモクマは突発的なその行動にただ驚いているだけだった。
 どうしたのか、とルークは問う。すると、大典太は自分の思っていることを話し始めたのだった。



「……あんた達が主を助けてくれた、と聞いた。正直、俺達も賭けなところがあってな…。主が仮に飛ばされた先で助からなかった場合は、共に消滅することも視野に入れていた。
 俺達がここに立っていられるのも、ひとえに主を助けてくれたあんた達のお陰だ。……今一度、礼を言いたくて。突発的ですまないな」
「あ、いえ!急に倒れているのを発見したのは僕もびっくりしましたけど…。倒れてる人を放置なんて出来ませんよ!結果的に僕達も助けられたようなものですし、お互い様です」
「主がおまえ達の世界に来なくても、結局は世界が混ぜられていた、ということなのか。―――確かにそう考えれば、お互い様という言葉は間違っていないな」
「主君と再会できたのも、貴方がたのお陰です。本当にありがとうございます!」
「あはは、ルークってば本当にヒーローだねぇ」
「茶化さないでください!でも、1人を救ったことで、こうして繋がりを持つ人達も助かる…。些細なことだけど、とても大事なことだと僕は思うな」



 大典太は彼らに礼がしたかった。サクヤを、ひいては自分達を助けてくれた恩人なのだから、と。
 ルークは結果的には自分達も助かったのだからお互い様だと返した。サクヤも一緒に深々と頭を下げていたことに気付き、これではまた謝罪合戦になってしまうとキリの良いところで切り上げたのだった。


 その後、しばらく雑談を続けていた折だった。
 ふと、人ではない影が彼らを覆う。アクラル達を待たせてはいけないとのサクヤの判断で、龍神の姿に予め戻っていたのだ。
 再び見る、昔とは少し違う金色の龍に大典太と鬼丸は懐かしさを覚えていた。



「懐かしいな。傷だらけであの蔵に落ちてきた時も、血で汚れていたが…輝いていた」
「……あぁ。まさかこんなところでまた龍神の姿が見られるなんて、な」
「主君のお背中、風が感じられてとっても気持ちが良いんですよ!……あっ。大典太さんも鬼丸殿も、昔主君と会ったことがあったんでしたよね。ならきっと乗ったことも…」
「ないな。龍神の姿を見たのは、落ちてきた時と狭間から返す時だけだった」
「そうなのですか。なら僕と一緒ですね!早く乗りましょう鬼丸殿!大典太さんも、早く!ルーク殿とモクマ殿に遅れを取ってしまわれます!」
「主は逃げない。押すな前田」
「……ふふ」
「なにがおかしい」
「楽しそうだと、思ってな。前田と一緒に早く乗ればいい…」



 ルークとモクマは既に龍の背に乗っており、後は三振の準備が整えば出発できる頃合いだった。
 大典太も鬼丸も、龍神の背に乗ったことはなかった。そのことを聞き、一緒に体験できると前田は笑顔になりながら鬼丸の背中を押す。嫌がる言葉を吐きながらも、その表情は満更でもなかった。
 その様子にくすくすと大典太は小さく笑いつつ、龍神の姿のサクヤをじっと見る。―――力を分けたと彼女は言っていたが、どこか違和感を大典太が覚えていたからだった。



「(……あの時、あの蔵で出会った龍神。力の一部を朱雀として分けた、と以前主は言っていたが…。力が…戻りかけているのか?)」



 アクラルと分けた筈の龍神としての力。それを、大典太は目の前の龍から感じていた。
 そのままぼーっと見続けていると、既に龍の背に乗った鬼丸が呆れながら大典太に声をかけた。



「おい、どうした。おまえが乗らないと出発できないぞ」
「……あ、あぁ。すまん、考え事をしていた。すぐに行くさ」



 鬼丸の言葉に我に返った大典太は、すぐに鬼丸の後ろのスペースに飛び乗った。
 彼がしっかりと龍の背に掴まったと同時に、龍神は空を飛んだ。
 自分達を待っている、双子の兄達がたむろしているあの城下町へ―――。




























 無人の城下町近くの原っぱに降り立ち、2人と三振が地上に降りたことを確認し、サクヤは女性の姿へと再び擬態した。
 門の出入口から戻ってみると、そこにはアクラル達待機メンバーと…懐かしい人物が増えていた。
 真っ白な美青年―――アカギと、仏を思わせる美しい男性―――数珠丸恒次だった。彼らはサクヤ達に気付き、彼らに駆け寄ってきたのだった。



「戻りました!」
「おう。随分と早かったじゃねぇかドギー」
「ご苦労。人が増えている―――ということは、任務は無事成功できたようだな」
「運よく瓦礫の下に通路を見つけてね。そこからはとんとん拍子」
「良かったではありませんか。サクヤ嬢の表情も、心なしか寂しさが薄れています」


「アカギ。数珠丸さん。お久しぶりです。此度は色々と心配をおかけしました」
「本当だ…。消えたと思ったらコネクトワールドが跡形もなく消えてるんだからな…。アクラルが "サクヤが死んだ!!" ってどれだけ取り乱したか…」
「兄貴…」
「仕方ねーだろ!どこ探してもいないんだから!!」
「サクヤの察知が急に出来るようになって驚いた…。アクラルからサクヤが戻って来たのを聞いて、この場所に急いで飛んできたんだ…。まさか異世界に飛ばされてたんだってな…」
「正確には、アンラに時の狭間に落とされてしまったのを、光世さんと鬼丸さんが異世界に飛ばしてくれたのです。正直、再会できたのも奇跡だと思っています」
「そうか…。だが、無事で本当によかった…」


「大典太殿、鬼丸殿。そして前田殿。ご無事で何よりです」
「……数珠丸。あんたもな。顕現は解かれなかったのか」
「―――はい。主が無事でしたので、顕現は解かれませんでした。突如お二振の霊力が途切れた時には、三日月殿と共にいたのですが…。破壊されたのではと肝が冷えました」
「あの世界から切り離されていたんだ。霊力が途切れたのはそのせいだ。主を何とか異世界に飛ばしたお陰で、俺達もこうして地に足をつけていられる」
「……それで、三日月や大包平は無事なのか。あの世界が壊れる時、一緒だったんだろう」
「三日月殿と大包平殿は、主の元へ急いで走っていきました。私が見たのはそのお姿が最後で…。申し訳ありません、今どこで何をしているかは分からないのです。しかし、微かにどちらの霊力は感じますので…。この世界のどこかにいらっしゃるのは明白かと思われます」
「……いや、いい。あいつらが無事なら、それで」



 お互いに無事を確認し合った後、一同は集まって今後のことを話し合うことにした。
 最初の目的が果たされた上、拠点が壊されている以上…。新たな拠点を探さなければならない。この世界のどこかにあるオフィス・ナデシコを探す手もあるが、右も左も分からない土地で、地図もなく探すのは無謀というものだった。



「さて、これからどういたしましょう。本部は潰されて使い物になりませんし…。掛け軸の向こうも全員を連れていくことは出来ません」
「この世界のことを調べるったって、地図もなにもなけりゃ無理だよな…。サクヤ達が光世と鬼丸を起こしに行っている間も、人っ子1人通りゃしなかったぜ。アカギも…その顔だと収穫なしか」
「すまん…。戻ってくるのに必死で…」
「三日月殿も霊力は微かに察知できるのですが、どこにいるまでかは把握できないのです。申し訳ありません」



 アカギにも何か有用な情報は無いかと聞いてみるが、何もないという。三日月とも連絡が取れていない。
 正直、為す術がなかった。ここに来て、大きな壁に行く手を阻まれてしまった。



「……八方塞がりだな」
「行き当たりばったりですと、後々困りますし…。やはり、何か情報が欲しいところです」



 何か術は無いのか。考えても有用な策は思い浮かばず、しゅんとした表情をするサクヤと大典太だった。
 そんな彼らの表情を見て、ナデシコはきょとんとした顔でこう言ってのけたのだった。




『そうでもないぞ。私に考えがある。聞いてくれないか?』




 ナデシコの瞳には自信が溢れていた。まるで、今後の策を全て見通しているかのように…。

Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.17 )
日時: 2021/09/15 22:01
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)

 平然と言ってのけたナデシコの言葉に、サクヤは驚きを隠せないでいた。
 何故自信を持って口に出来るのかと、そう問うと、ナデシコは疑問を答える為に理由を話し始めた。



「この街…近くに城があるのは皆、分かっているな?それで推測したのだが…恐らく、ここは『城下町』と呼ばれている場所だと思うのだが」
「それは分かってんだけどよ…。もぬけの殻だ。城の中にも誰もいる気配がねー」
「えぇ。それはそうなのですが…。この場所、最近……具体的には、約一週間前程まで人が住んでいた形跡があります。
 何者かによって無人に "させられた" のではないでしょうか?」
「もし時の流れで廃れていたのなら、もっと生活感のない空気になっていればおかしい。ただ人がいないのと、廃墟と化しているのとでは全く意味合いが違う」
「クソ詐欺師がどっか行ってたのは、それ調べる為だったのかよ」
「意味のない行動程無駄なものはありませんからねェ」
「突拍子もなく消えたから、攫われたのかと心配したんだがなこっちは」
「チェズレイは攫われる側というかは、攫う側の人間なんだよなぁ…」
「フフフ…」



 ナデシコとチェズレイの言葉を元に、サクヤも今いる場所の周りを見回してみた。
 確かに街並みは人がいない "だけ" であり、人が消えたにしては生活感も残っており、綺麗な印象をサクヤは受けた。チェズレイの言うことも一理あるだろう。
 しかし、それを聞いてもナデシコが何を言いたいのかまでは推測することが出来なかった。人が住んだ形跡があるということは、元々ここには人がいたのだ。勝手に拠点にするのは彼女の良心が許さなかった。



「ナデシコさん。言葉通りであれば、ここは元々生活圏として動いていた街の筈です。勝手に使うことなど、許される筈がありません」
「フフ…。我々の拠点もどこにあるか分からない以上、無暗に探していれば我々の方が倒れるのが早いでしょうねェ。見つからない可能性が少しでもある以上、お互いの利を考えるのは当然でしょう?」
「お互いの、利…?」
「あぁ。だから私達で見つけ出すんだよ。『この王国の責任者』。王族を、な」
「な……!」



 ナデシコから放たれた言葉に、サクヤは開いた口が塞がらない。それほど彼女の言葉は突拍子もないものだったのだ。
 頭が混乱しているサクヤに、ナデシコは自分の推論を捲し立てる。



「君も先程言っていただろう。この世界には、元々君達が守っていたとされる世界も混じっているんだろう?ならば、君を知っている人物が君の帰還に反応して動きを見せてくるかもしれない。そこにいるアカギのようにな。
 ……それを利用するんだよ」
「無人になって日が浅いのであれば…。この世界のどこかに、この街の住人や城に住んでいる人物が捕らわれていてもおかしくないのでは?」
「しかし…。手がかりも無い中どうやって探せば…」



 確かにアカギは、サクヤがこの世界に来たことを察知したうえで、アクラルの言葉を受けて合流した。もしかしたらニアやアシッドもサクヤの居場所を掴んで、合流しようと動いているのかもしれない。
 ナデシコの言葉は一理あるが、この城下町を管理する王族など聞いたことが無い。コネクトワールドには無かった街の風景だった。そんな中、王族をピンポイントで探すなど無謀だったのだ。


 悩むサクヤの元に大典太がそっと現れる。そして、彼女に優しくこう言ったのだった。



「……主。これは俺の考えなんだが…聞いてくれるか?」
「どうしたのですか、光世さん?」
「俺は…。あいつらの意見に乗ってもいいと思う。このまま右往左往していてもどうにもならない。白虎もあんたの気配に気付いている以上、玄武や運命の神があんたの存在に気付かないわけがない。
 ……必ず、あんたの元に現れる。あんたがそれを望めば、きっともっと早く合流できる。そんな気がするんだ」
「もし、この王国の王様を救出出来れば…。滞在許可の交渉くらいは出来るようになるでしょうか?」
「人が戻ってくるようになるなら万々歳だろ。この街…元々交流が盛んな街だったようだからな。見ろ、これを」



 サクヤと大典太が話し合っているところに、鬼丸が割って出た。
 鬼丸も大典太の意見に賛成しており、近くの噴水広場に歩いて行ったかと思えば、そこにある掲示板を軽く叩いた。
 そこには、新しい紙質のチラシが何枚か貼ってあった。最近張り替えられたような画鋲の後も見える。



「音楽祭だの、特売の知らせだの頻繁に紙が入れ替えられている。それに…これを見ろ」
「ん…。"リレイン王国は いつでも移住者を歓迎しております" ?」
「住人を増やそうとしているような張り紙もありますね。―――主君。もし責任者を助けることが出来れば…。交渉どころではなく、恐らく拠点をまるまるいただける可能性も出てくると僕は踏んでいます」
「……それに。邪神のありかも探さねばならんからな、俺達には。この世界のどこかに邪神がいるのであれば…調べているうちに話が耳に入ってくるかもしれん。この街に拠点を立てるのにはうってつけじゃないか?」
「ふーむ…」



 大典太も鬼丸も前田も。ナデシコの案には前向きに考えているようだ。
 彼らの前向きな言葉に背中を押され、サクヤも考えを切り替えることにした。ナデシコの案に乗ってみよう、と。大典太の言う通り、彼女の案を否定したとして、代替する考えが思いつくとも思えなかった。


 ナデシコに王族を探すことを伝えると、彼女は納得がいったように静かに頷いた。
 ルーク達にも話は通してあるようで、全員サクヤに惜しみなく協力してくれるとのことだ。



「そんな!巻き込んでしまったのはこちらの方なのに…」
「困っている時はお互い様ですよ!それに、僕達もミカグラがどこにあるか分からない以上、拠点がないと正直困るんですよね…。最悪僕は野宿でも……いや、チェズレイが駄目だった」
「チェズレイはともかく、歌姫を野宿させるわけにはいかん。そういう意味でも、この街に恩を売っておくことに越したことはないと思うがね?」



 ルークが横目でちらりとチェズレイを見やると、彼は不敵に微笑んでいた。これは野宿の選択肢を取り潰さないと、絶対に何か害が及ぶだろうと。そういう顔をしているとルークは判断した。
 更にナデシコが重ねてきた言葉で彼は語気を強めた。自分はともかく、スイを野宿させるわけにはいかない。その考えは一番に浮かんでいたことだった。



「わたしは別に構わないけど…」
「スイさんが良くても僕達の気が済まないんですよ!なぁ、アーロン!」
「オレに振るな」
「若いおなごを野宿って、ちょっとおじさんも遠慮しちゃうわ。ならちゃっちゃと王様助けて寝床くらいは提供してもらわないとね~」
「…街を再起させるより、寝床を確保する方が先に行っていませんか?」
「……それはそうだが。寝床がないと困るのは俺達も同じだ。あんたに野宿しろ、とは俺も言えない…」
「光世さんも同じことを言っています。野宿でも大丈夫ですのに」
「主君。近侍ならばきっと誰でもそう言いますよ。諦めて素直に従いましょう!」
「近侍でなくたって、あんたになら大典太はそう言いそうだがな。諦めろ」
「うぅ…」



 刀剣男士達にまで野宿はやめてくれと詰め寄られ、遂にサクヤは折れた。そして、早速王様を探す手がかりを探しに近くの街まで向かうことにしたのだった。
 アカギの通った小さな村でなら何か情報が得られるかもしれない。彼がそう口にした為、彼の案内でまずは城下町の反対側の門まで向かうことにしたのだった。



「この城下町が無人になった理由もご存じかもしれません。もしかしたら道中、行商人にばったり出会う可能性もございます。近くの村に行ってみましょう」
「分かりました。とりあえず、まずはこの『リレイン王国』とやらがどんな国かを知ることから始めましょう。日が落ちる前には村に辿り着きたいものですね」
「1日で解決できるものじゃないからな…。今日はその村の宿を借りて、1日凌ぐか…」
「出来るだけ早く王様を救出したいところですね」
「あぁ。この世界がどんな場所かも、そこで聞いてみるとしようぜ」



 一同は互いに頷き合い、反対の門に向かって歩き始めた。
 ……この一歩から、新しい物語は幕を開ける。




 ―――これは、全てを『元に戻す為の』物語。その、はじまりなのである。




 Ep.00【舞い戻れ、新たな世界】 END.


 to be continued……