二次創作小説(新・総合)

Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.122 )
日時: 2022/05/20 22:25
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 さんさんと太陽が街を照り付ける真昼間のことであった。ネズは先に支度を済ませ、ホテルのロビーへと顔を出していた。他の3人はまだ準備に時間がかかるとのことで、ここで待ち合わせをする約束をしていた。
 ロビーには彼の他に大典太、鬼丸、前田、マリィ、ピーチ、デイジーの姿があった。刀剣男士達は着替える必要がなく、女性陣は既に準備が整っていたようだった。
 マリィがネズが現れたのに気付き、彼の前で身体をくるりと一回転させる。その表情はどこか上機嫌だった。



「アニキ、見て!」



 そう言いながら見せてきたのは、彼女に似合う淡い桃色のムームーだった。リレイン城下町には売ってなかった筈なので、恐らくピーチやデイジーに着せてもらったのだろう。マリィも相当気に入っているのか、珍しく笑みを零さずにいる。
 そんな彼女の様子を見て、ネズもふっと微笑んだ。



「似合っていますよ。着せてもらったんですか?」
「うん。どうせだから今日はこれにしろって言われた。あたしこれ気に入ったけん、帰りに買ってっていい?ドルピックタウンで売ってるらしいと」
「勿論。マリィが気に入ったんなら買って帰りなさい」



 仲睦まじい兄妹のやりとりを見て嬉しくなったのか、ピーチとデイジーも2人の傍に駆け寄る。そして、デイジーはマリィの肩に両手を添えた。
 自信満々な表情をしていることから、マリィが着ているムームーは彼女の私物なのだろうとネズは判断した。



「やっぱりアタシのセンスは最高ね!マリィちゃん、超イカしてるもの!それに、素材が良いからとっても似合ってる!」
「わたくしも買って帰ろうかしら…」



 素材が良いのよ、とデイジーがマリィのことを褒めちぎる為、ネズも少し誇らしげな表情になっていた。
 そんなネズも今はゆったりとした白いTシャツに黒いインナーと通気性のいいスキニーズボン、とかなりラフな恰好をしている。いつもは3本程にセットしている長い髪の毛も、テール状に1本に纏めていた。


 話をしている最中、先にキバナがロビーへと現れた。ネズはキバナと言葉を交わした後、双子はどうしたのか尋ねる。
 すると、キバナは"双子はもう少し時間がかかるから待っててほしい"と答えた。一体何に時間をかけているのか不思議だが、まだ時間はたっぷりある為待つことにした。
 キバナはドラゴン柄のネイビーのアロハシャツにゆったりとしたハーフカーゴパンツを身に纏っており、いつものバンダナと併せて"お洒落な男のたしなみ"と揶揄出来る程の恰好をしていた。


 間もなく、キバナを追う形でノボリとクダリがロビーに到着する。ノボリは黒、クダリは白のお揃いの柄シャツにネイビーのハーフパンツ姿と、いつものかっちりとした車掌姿とは打って変わった姿にキバナとマリィは驚いていた。
 何より、今双子は帽子を被っていない。銀髪をオールバックに纏めているノボリと、切り揃えた短髪姿のクダリを見た2人は各々感想を漏らした。



「帽子被る、被らないで雰囲気これだけ違うんだ…。オレさま、新たな発見しちゃったかも。それに、双子でも髪型違うんだな~」
「あたしも。双子だから髪型同じだと思っとった」
「ぼく、ノボリみたいにオールバックできない。だから長くなったらすぐに切っちゃう」
「気合を入れるおまじないみたいなものなのです。サブウェイマスターに就任してからは、大体オールバックで仕事に尽力しておりますね」
「へぇ~」



 キバナとマリィが楽しそうに双子と話を続ける中、ネズはノボリの方をじっと見つめていた。彼の髪型に何か思うことがあったらしく、彼に気付く範囲でくいくい、とジェスチャーを始めた。
 ノボリもネズが何か自分に指示をしていることに気付き、話をいいタイミングで切りネズの元まで歩いていった。すると、彼は近くにある椅子に座るように指示をした。そして、キバナに顔が見えるくらいの大きさの鏡を準備するように言ったのだった。
 ネズが自分に何をしたいのかが未だに理解できない。ノボリの瞳はネズに焦りを訴えていた。



「あの、ネズさま。どうかいたしましたか?もしかして、わたくしの髪型がお気に召さないとか…」
「違います。オールバック自体は似合ってるんで問題ないです。あのですね。前々から気になっていたので今言わせてもらいます。あんた、このままだと30代で前髪禿げ始めますよ」
「は……はい?!」



 ネズからジト目で言われた衝撃的な言葉。それは、若くして前髪後退が始まってしまうという宣告だった。予想だにしていなかった言葉を告げられ、ノボリは思わずショックを受けてしまい両手で口を覆ってしまう。
 クダリも同じようにショックを受けたようで、ノボリの髪を見ながら目が泳いでいるようだった。



「ノボリのおでこ…広くなっちゃうの…?」
「もれなく。もみあげだけ無事で前髪が綺麗に後退するでしょうね。断言します」
「ま、ましぃ…!」



 キバナはノボリが将来そうなった姿を想像してしまったのか、少しだけ噴き出していた。即座にネズに睨まれた為、彼は顔を隠すように自分の鏡を渡した。ジムリーダーでインフルエンサーでもあるキバナは、見た目にも気を遣わないといけない。常に顔全体が見える鏡を持っているのをネズは知っていた。
 ネズは無言で鏡を受け取った後、ノボリの目の前に鏡を置いて開いた。そして、"今から直すんで大人しくしてなさい"と自分の鞄からコスメポーチを手に取り、ノボリの髪に霧吹きを始めたのだった。



「ね、ネズさまっ!」
「今から直すんで大人しくしやがれ。髪質によってオールバックにもやり方というものがあるんですよ」



 驚いて振り向くノボリを大人しくさせ、ネズは彼のオールバックをセットし直し始めた。自分とは全く違う手際の良さに、思わずノボリは言葉を失っていた。
 後ろで見ていた残りのメンバーも、彼が器用に髪を整えていくのを興味深そうに眺めていた。



「あんた達双子は髪質が柔らかいんです。あんなにきつくしなくても、オールバックもふわっと乗せるようにするだけで決まります。ワックスだって本当はあんなに付けなくていいんですよ。
 ……ほら、出来ました」



 彼らの様子から、バカンス中は帽子を外して過ごすのだろうとネズは判断していた。その為、流すようにオールバックを整えた後改めてノボリに鏡を見るように言った。
 自分のセットしたものとは違う、髪質に合ったオールバックというものをノボリは人生で初めて見た。ネズは本当に軽くセットしただけなのに、これだけ結果が違うものになるのか。思わず彼は手を叩き、感嘆の言葉を漏らす。



「このような髪型…わたくし、初めてです。非常にブラボーです!」
「お気に召してくれたんなら良かったですよ。バカンスの合間にでもやり方教えるんで、自分で出来るようになっておいてください。世界が元に戻れば…セットし直せなくなっちまいますからね」
「レクチャーまで…!なんと感謝を申し上げればよいか。……ありがとうございます!」



 ノボリが至極丁寧にネズに感謝の言葉を述べている隣で、クダリが椅子に座りわくわくした表情で待機をしていた。クダリはノボリと違い、特に髪の毛をセットする必要はない筈である。
 そのことをやんわりクダリに告げると、彼は納得できないといった表情でネズに詰め寄った。



「あんたは髪の毛整えなくてもいいんですよクダリ」
「ノボリだけずるい!ぼくもやってほしい!すっごい手際よかった!」
「はぁー…」



 キラキラとした弟の眼差しをネズは無視できなかった。ネズはそれくらい世話焼きのお人好しだった。遂に彼の方が折れ、クダリの髪をくしで梳いたのだった。


 そんなやり取りを終えキバナに鏡を返した後、マリオとルイージも到着した。何をやっていたのか根掘り葉掘り聞こうとするマリオをルイージが止めた後、全員揃った為早速海に遊びに行こうとデイジーが提案した。
 一同は早速ビーチへと出発を始めたのだった。
















 大方の予想通り、ドルピックタウンには太陽が照り付けている。蒸し蒸しとした暑さに思わずネズがジト目になった。ノボリと共に対策はしてきたのだが、それを上回る暑さに彼の気持ちはどん底に落ちていた。
 そんな彼の様子を見て、ルイージは申し訳なさそうに告げた。



「予想以上にきついですね、これ…」
「あはは…。ビーチはもう目の前に見えてるし、申し訳ないけど少しだけ我慢してくれるかな?着いたらすぐにパラソル準備するから」
「具合悪くなったらすぐぼく達に言ってね、ネズさん。駅でも具合の悪いお客様の介抱するの、お仕事の1つ」
「わたくし共になんなりとお申し付けください。きっと役に立てる知識がある筈でございます」



 話しているうちにビーチに到着した。どうやら一部のエリアを貸切にしてくれたようで、彼らが使うであろうエリアには人が全くいなかった。
 ルイージは早速近くにいた大典太と鬼丸に助力を頼み、テーブルとパラソルの準備を始めた。彼はネズの様子をちらりと見た後、ノボリにこうも頼んだ。



「ノボリさんはネズさんを見ててくれる?なんだか随分しんどそうだから…」
「かしこまりました」



 ネズは自分よりも暑さに相当弱いということがノボリには見て取れた。しかし、彼からしてみてもドルピックタウンの気温は非常に高い。対策をしてネズがこれなのだから、もし対策をしなかったら共々倒れていただろうとノボリは心の中で思った。
 程なくしてパラソルとテーブルは完成し、椅子に座った瞬間ネズはテーブルに屈服した。どうやらかなり我慢をしていた様子だった。
 クダリはネズが大丈夫そうなら海に遊びに行こうと考えていたのだが、ネズを見て心配そうに声をかける。



「ネズさん。大丈夫?」
「大丈夫です…」
「大丈夫じゃないのに"大丈夫"って言っちゃ駄目」
「クダリ。ネズさまはわたくしが見ております。海に遊びに行きたいのでしょう?」
「そうだけど。ネズさんが心配」
「何かあればすぐに連絡をいたします。今しか経験できないのですから、遊びにいってらっしゃい」



 背後ではマリィがクダリの名前を呼んでいる。マリィはネズのことをノボリに任せることに決めているようだ。ネズにも"おれのことはいいんで遊びにいってきなさい"と念を押されてしまった為、クダリはマリィの呼びかけに応じ水着に着替えるメンバーが集まっている場所にかけていったのだった。
 クダリの背中を見守った後、ノボリもパラソルの陰になるように椅子に座り涼み始めた。



「想像以上に気温が高いですね。流石常夏の街…と、いったところでしょうか」
「油断してたつもりはねぇし、一緒に対策も充分にしたんですけどね…。これは…流石にきつい暑さです」



 そんな会話を繰り広げていた最中、ネズの首元にひんやりとした感触がした。思わず目を向けてみると、大典太が樽を持って心配そうに彼らを見ていた。樽には氷水とジュースの瓶、タオルが入っている。
 それに続き、ルイージも人数分のグラスを持ってやってきた。大典太から瓶を受け取り、器用に人数分のジュースを注いでいく。ひんやりしたものの正体は冷えタオルだった。



「すみません…。ありがとうございます」
「……熱中症には気を付けろよ。あんた達2人共暑さに弱いんだろう」
「お気遣いありがとうございます、大典太さま」
「水分補給はしっかりしてね!」



 ルイージから受け取ったグラスをゆっくりと傾ける。様々な果物が混ざった不思議な味がしたが、暑さに支配されていた身体が少しだけ和らいだような気がした。
 少しだけ体調が戻ったネズは、海の方を見てみることにした。既にクダリを含む水着に着替えていたメンバーは、海に入って遊んでいた。遠目で確認できたのは、マリィにクダリ、マリオとデイジーと前田だった。
 そんな中、大典太はクダリの装備が明らかにおかしいことに気付く。具体的にいえば、水着に大きな浮き輪、シュノーケルに水かき、ビート版を持っている。明らかに浅瀬で遊ぶような装備ではない。
 そのことを指摘すると、ノボリは目を伏せてこう答えた。



「実は…クダリはカナヅチなのです。ですが水が嫌いというわけではありませんので、泳ぎに行く際には必ず重装備をしているのですよ」
「……浅瀬だぞ。水もひざ下だ」
「仮にこれからちょっと深い場所に行くってなってもなぁ…。あの装備はちょっとオレさまもびっくりだわ。どうせからこの際泳ぎ教えてもらえばいいんじゃねぇの?マリオさんとかすっごく上手そうだし」
「泳ぎに関しては過去に何度も何度も共に練習をしてまいりました。しかし…一向に泳げるようにはならず、成人してしまったのです。恐らくクダリには"泳ぐ才能"というものが端から無いのでしょう」




 寂しそうにノボリはそう言った。共に泳げるなら泳ぎたかった、そういう思いがひしひしと伝わる。しかし、クダリは重装備ながらも皆と楽しく水鉄砲を掛け合いながら楽しんでいる。
 "本人が楽しんでいるならそれでいいや"と、キバナとネズはクダリの様子を見ながらそれ以上考えるのを止めたのだった。

Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.123 )
日時: 2022/05/21 21:58
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 一方、海で遊んでいる面子にも変化が訪れていた。浅瀬で楽しんでいたマリィの目線の先に、遠目に船と網が見えた。何事かと近くを泳いでいたマリオに問いかけると、マリオもマリィと同じ目線に立つ。船を見て、彼は思い出したように"あぁ!"と声を上げた。



「確か今日漁の日だったね!晩ご飯は海鮮料理が並ぶってホテルの人言ってたよ!」
「海鮮料理ですか?!お魚、最近口にできてなかったので楽しみですね…!」



 マリオの言葉に、マリィの近くで泳いでいた前田が反応をする。確かに最近魚料理を口にできていなかったとぱぁっと彼の笑顔が花開いた。
 浮き輪で浮かんでいたクダリも話に割り込んでくる。イッシュでは魚を生で食べる習慣がない為、彼はその調理法に非常に興味を持っていた。



「カントーとかシンオウでは、お魚を生で食べる習慣があるんだって。ぼく、興味がある。ガラルでもそうなの?」
「ガラルにはない。でも、カブさんがそういう話をしとったのを聞いたことはあるよ」
「では、マリィ殿もクダリ殿も生魚を食すのは今日が初めて、ということになるのですね!生魚は中々好き嫌いが分かれますが、僕は好きですよ!調理法でも美味しくいただけることがありますし…」
「ハッハー!キノコ王国でも"刺身"は珍しい文化だね!でも、ボクは大好きさ!」
「前田くんがそう言ってるならきっと美味しいんやね。楽しみになってきた」
「ノボリにも今から話しておかなきゃ」



 今日の晩御飯が一層楽しみになった、と話を盛り上げる一同だった。しかし、ふと前田の目に魚ではないキラキラと光っているものが映る。目を凝らしてよく見てみると、それは前田に見覚えがある形状をしていた。
 ―――見覚えがある。ではない。彼はそれを知っている。



「(あれ…?あの光り方…。それに、あの形は―――)」



































 浜辺で涼んでいるメンバーも前田と同じ気配を辿っていた。大典太と鬼丸が、船から出ている網に"刀剣男士の気配"を察知したのだ。
 彼らの目つきが変わったのをピーチは不思議そうに眺めており、彼らにきょとんとした顔で尋ねた。



「どうしたんですの?急に険しい顔をして」
「刀の気配がした」



 鬼丸が船の方向を指さす。それを追うように見てみると、今まさに魚と一緒に刀が引き上げられているところだった。回収を急がねば確実に誰かが刀に触れる。その場にいた誰もがそう判断するのに時間はかからなかった。
 終末の世界にばら撒かれた刀剣はもれなくアンラの呪詛を宿している。触ったが最後、暴走して街に被害を及ぼしたり命の危険に陥ったりするのは目に見えていた。



「不味いじゃないですか?! ……っ…!」



 最悪の想像をしてしまったのか、ネズが目を見開いて椅子から立ち上がる。しかし、暑さにやられた身体がいうことを聞かず椅子にへなへなと再び座り込んでしまう。海で遊んでいる面子を見守っていた時から日陰にいるようには務めていたが、今日のドルピックタウンは特別暑い日だった。机に肘をついた彼をノボリが支える。



「ご無理をなさってはいけません」
「でも、大典太さんと鬼丸さんがもう追ってっちゃったよ!どうするの~?!」



 その言葉にノボリは彼らがいた場所を見やる。刀剣男士の姿は無かった。ルイージの言葉の通り、刀を回収しに船の方向へ走っていったのだろう。ルイージがわたわたと慌て始める中、ぼーっとしているネズを心配そうにキバナも見る。
 ネズも刀剣男士達が去っていった方向を見ている。追いかけるつもりなのだろうが、とてもではないが彼を今動かせる状況ではない。無理やり動かしたとて、途中で倒れるのが関の山だ。



「…ネズ、大丈夫か?オレさま行ってこようか?」
「いや、おれが…」
「いけません!こんな身体で全力疾走しては確実に倒れてしまいます!キバナさま、申し訳ございません。彼らを追ってはいただけませんでしょうか。何かあればわたくしのスマホロトムにご連絡ください」
「了解。ネズ、オマエはゆっくり休んでな。無理する必要はない」
「……っ」



 ノボリが頭を下げてキバナに彼らを追うように伝えると、彼は二つ返事で了承しネズの背中を叩いた。そして、それでもキバナを止めようとする彼に"オマエはもうちょっと他人を頼ることを覚えねぇとな?"と伝えた後ビーチを後にしたのだった。
 ネズは彼の後ろ姿を見て悪態をつく。彼は他人に頼れない青年であった。



「クソ…好き放題言いやがって」
「好き放題じゃないよ!ネズさん、暑さでバテてるのに走ろうとするなんて無茶だ!」
「いいえ。この時点ではキバナさまのお言葉が正論でございます。わたくし、ネズさまに倒れられてほしくないのです。向こうも異変に気付いておられる筈。わたくしが介抱いたします故、お一人で無理をなさるような行動は慎んでくださいまし」
「…………」



 ノボリもここに残り、ネズの介抱を徹底して行うことをはっきりと告げた。重い顔を上げてみると、ノボリの言葉通りに海で遊んでいたメンバーも刀の気配に気付いているのだろう。皆海から上がっている途中であった。
 ネズの心は納得いかないままだったが、確かにノボリの言う通り倒れてしまってはこれ以上に迷惑をかけてしまう。今は大人しく他人の善意に甘えることにしたのだった。










 ―――大典太と鬼丸を追っていたキバナは、ボールホルダーから1つのボールを取り出し空中に放り投げる。そこから出てきたのはフライゴン。彼がジュラルドンと共に可愛がっている彼の手持ちの1匹であった。



「フライゴン!黒い髪と白い髪のバンドマンみたいな人の気配を追ってくれ!オレさまも追いかけるからよ!」
「ふりゃ!」




 キバナの指示を聞き、フライゴンは彼を先導するように飛び始めた。キバナには事の顛末がよく理解できていないのだが、ネズがあんなに焦った表情をしたのを見たのは久しぶりだった。止めねば相当不味いことに発展するのが分かっていたのだろう。彼が動けない以上、自分が動いた方がいいのは明白だ。
 足を止めてはならない。キバナはその決意を胸に、フライゴンの後を追ったのだった。

Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.124 )
日時: 2022/05/22 21:41
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ドルピックタウンの端にある港では、漁師のモンテ族により今まさに網が引き上げられようとしていた。彼らは勿論、引き上げられている魚達の中に刀が紛れ込んでいることなど知る由もない。
 そんな彼らの元に、何故か村長が姿を現した。普段村長はあまり港に姿を表さない。潮風に当たりすぎると気持ちが悪くなるからだと住民は知っていた。珍しいと思いつつ住民が村長に声をかけるも、彼は村長の様子がおかしいことにふと気付いた。



「あれ。どうしたんですか村長?」
「……何でもない。私に構うな」



 住民の声にも耳を貸さず、町長は打ち上げられている最中の網に向かってゆっくりと歩みを進めていた。その背後から、急に姿を消した町長を探していた副町長が姿を現す。彼は会議後、町長の様子がおかしいことに気付いていた。なんとか追いつき、漁の途中だから危険だと引き留めても払いのけられてしまう。


 突き飛ばされた副町長を船を追っていた大典太、鬼丸、キバナが発見した。刀剣男士二振は副町長に大した怪我がないことを悟り、今追うべきは町長だと目線を彼から話さない。
 キバナは転んだ町長に手を差し伸べ、彼を起こした。突き飛ばされ地面に身体を打ったが、本当に大した怪我ではないと心配するキバナを宥めたのだった。



「ありがとうございます…」
「何があったんですか?」
「実は…。町長が、漁が始まり網が引き上げられた瞬間普通では考えられない表情をしたんです。まるで、何か"探し物が見つかった"かのような恐ろしい表情でした。私が気付いた時には既に部屋からいなくなっており…。町長を探しにここまでやって来たのです」



 副町長が随分と怖い顔をしていた為、キバナはただ事ではないと大典太達が走っていった方向を見る。町長が普段ではあり得ない行動に走った為、野次馬の如くモンテ族が彼らの道を遮っていた。
 集まってきたモンテ族の波をかき分け、網に引っかかっている刀を回収しようと彼らも急ぐ。少し遠くで様子を見ていたキバナは、ふと遠目で町長が刀に何かしようとしていることに気付く。そして、ビーチから出る直前にノボリから受けた忠告を思い返していた。






『キバナさま。もし、刀に誰か触れようとしたのを発見した場合は即刻止めてくださいませ。最悪、この街が大変なことになってしまわれます』






「(大変なことになる…。ネズも、ノボリさんも。オレさまが知らない"何か"を知っているような素振りだった…)」



 町長が刀に触れたらどうなるか。キバナにはそこまで想像が出来なかったが、あのノボリが"嘘をつく"など彼には考えられなかった。
 少し頭の中で自分の考えを整理した後、キバナは空中を飛んでいるフライゴンに指示をした。



「フライゴン! "すなあらし" !!」
「ふりゃー!」



 キバナは町長の目をかく乱する選択をした。大典太や鬼丸も巻き込んでしまうが、砂嵐の中でなら自分が一番周りが見える。その間に刀から町長を遠ざけてしまおうという寸断だった。
 フライゴンがその場で砂嵐を巻き起こし、港があるエリア一体が一気に砂埃が舞う。街の住民は急に起きた砂埃に対応できず、混乱を極めていた。町長も砂嵐に巻き込まれ、目の前が見えずげほげほと咳き込みその場を退散し始めた。


 ―――動くなら今しかない。キバナは副町長にハンカチを渡し、"砂嵐が収まるまで凌いでほしい"と小さな声で指示をし網の方向まで走り始めた。普段天候を操る戦い方をしているキバナにとっては、いくら視界が悪くなっても周りを見通しポケモンに的確に指示が出来るようトレーニングを怠っていなかった。
 砂嵐で視界が遮られ、立ち止まっている大典太と鬼丸の間を駆け抜けキバナは刀の元まで走る。刀は網にしっかり引っかかっており、キバナが手を伸ばせば取れるくらいの距離にあった。



「(もう少し…!)」



 キバナが刀に触れようとした、その瞬間だった。





































 ―――刀が淡く白い光を放ち、キバナの視界を遮る。何が起きたのだろう。思わず腕で目を覆ってしまったキバナの首根っこを引っ張る人物がいた。彼が刀に触れようとしていたのをギリギリ察知し、鬼丸が刀から引き剥がしたのだ。
 その間にもすなあらしは収まり、町には日差しが再び照り付ける。それと同時に現れたのは―――。






 太陽のような橙色の髪をなびかせた、大典太と似たようなデザインの服を来ている男だった。



 男は自分の意識があることに気付き、はっとして周りを見渡した。そして、自分の兄弟刀である大典太を目に捉え、彼に向かって全速力で抱き着いたのだった。



「……兄弟ぃ~~~~~!!!」
「…………」



 小狐丸のように苦しみを耐えている表情ではない。抱き着かれた大典太が最初に抱いた感想はそれだった。鬼丸もその刀剣男士から"感じなければならない"筈のものの察知が出来ず、戸惑っている。
 町長はいつの間にか副町長と共にその場から姿を消していた。砂嵐が舞っている最中、咳き込みながらも人知れずその場から去ったのだろう。


 それと同時に、彼らの後ろから"おーい!"という声と共に2人のかけてくる足音が聞こえてきた。思わず振り向いてみると、クダリとマリオが彼らを追ってきているのが見えた。2人共水着ではなく、私服に着替えている。恐らくビーチで誰かから今の顛末を聞き、急いで着替えて追いかけてきたのだろう。
 クダリは案内をしてくれたアーケオスに感謝をし、ボールに戻した。



「なんか港で騒ぎ起きてたし、砂嵐が舞ってたらしいけど…。どうしたの?」
「あー。すなあらし巻き起こしたのオレさま。ごめん」
「……なるほど!フライゴン!」



 砂嵐、という言葉がキバナから飛び出たのと同時にクダリは空を見渡す。彼の上空をフライゴンが飛んでいるのを確認し、キバナがフライゴンにすなあらしを指示したのだと理解した。クダリがフライゴンに手を振ると彼は嬉しそうにひと鳴きし、キバナのボールへと戻っていった。
 そして、大典太に抱き着いている刀剣男士を見やりクダリはこう言った。



「もしかして、そこのオレンジの髪の人が。刀剣男士さん?」
「ん?おう。そうだぜ。大典太光世の兄弟刀だ!」
「なんか普通に元気そうじゃん?」
「……元気なのがおかしいんだよ…」
「そんなこと言うなって兄弟~!あの幻の空間ぶりの再会なんだぜ?もっと喜んでくれよ~!」
「……素直に喜べない…」



 ソハヤがポケモントレーナー達ににっと笑顔を見せる。大典太の兄弟刀だ、と言ったが彼はそれ以上言わなかった。恐らく、彼らの他にも色々関係者がいることを察知しているのだろう。
 大典太が未だにしかめっ面を止めない為、ソハヤはショックを受けたような表情をした。大典太の記憶が正しければ、彼は幻の空間にて秋田と共に闇に飲まれたのを見たのが最後だ。こんなに元気なのはおかしい、とぼそりと呟いてしまう。



「そうだね。ここで話をしてもなんだし、ビーチに戻ってから続きをしようか。あの異変についてみんなも気にしてるだろうし。異変の正体が"彼"ってことを教えてあげないと」




 マリオの言葉に一同は賛同し、一旦ビーチへと戻ることにした。
 兄弟刀に感じる違和感。隣で楽しそうに話をする彼を見ても、大典太はそれが拭えずにいたのだった。

Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.125 )
日時: 2022/05/23 22:00
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 一同がビーチに戻ると、既に海で遊んでいたその他の面子も全員着替えてパラソルの近くで待機をしていた。
 見たことのない人物が増えている。恐らく彼が探していた"刀の正体"なのだろうと一同は察した。大典太に自己紹介を促され、彼の兄弟刀は自分の名前を告げた。



「"ソハヤノツルキ ウツスナリ"……。この言葉が俺を示すもの。坂上宝剣の写しにして、大典太光世とは兄弟だな。徳川家康の愛刀として伝えられているのが一番有名な話かな!気軽に"ソハヤ"って呼んでくれ。これからよろしくな!」
「つまり…光世の弟みたいなもんなんですね…」
「……生きてるな。良かった」
「勝手に殺さないでください…。ノボリの献身的な介抱のお陰で…何とか熱中症は回避出来ましたよ…」



 大典太は自分が離れている間、ネズのことも心配していた。そもそもビーチに辿り着いた瞬間からかなりへとへとな彼を見ていたからだ。言葉通り、ノボリが徹底的に介抱したお陰で彼は今意識を保って話が出来ている。しかし、限界寸前なのは目に見えていた。粗方話が終わったら、素早くホテルへ戻った方がいいだろうというのは目に見えていた。
 ソハヤは自己紹介を終えた後、大典太から事の顛末を聞いた。自分が漁の網に引っかかっていたということ。そして、一足遅ければ町長に本体を持ち去られていたということであろうこと。キバナの機転のお陰で合流が果たせたということを。
 話を聞いた彼は、キバナに向かってにっと笑顔を向け礼を言った。



「つまり。砂嵐が起きてなかったら俺、あの町長に持っていかれて何が起こったか不明だった、って解釈でいいんだろ?ありがとな!」
「オレさまは別に大したことはしてない。結果的にいい方向に転がってよかったよ」
「いーや、お前はいい奴だ!俺が保証する。そうだ兄弟。……こいつとは気が合いそうだし、暫くキバナと一緒に行動させてくれないか?」
「何を言っている?」



 なんと彼はキバナと一緒に行動したいと言い出した。流石にソハヤが自我をしっかり持っているとはいえ、邪神の類に解呪を受けたという話は聞かない。彼の中に邪気がまだ残っている可能性の方が高い以上、普通の人間であるキバナと共に行動させることは危険極まりない行為だった。鬼丸は立場がまるで分かっていないと呆れている。
 彼の言葉に大典太はしかめっ面を続け、こう告げた。



「……キバナと行動するのは別に咎めはせんが。お前の邪気を取り除いてからだ」
「邪気?それなら自分で祓ったぜ。ほら、兄弟があの空間の中でやってくれた握手の霊力を参考にしてさ!」
「……何だと?」
「疑うなら俺の霊力調べてみろって兄弟!何ともないから!な?な?」



 "自分で自分の邪気を祓った"。突拍子もない言葉がソハヤの口から飛び出た。大典太は信じられないという表情をする。今までアンラの邪気に関する出来事は様々体験してきたが、刀剣男士自ら祓ったという話は聞いたことが無い。しかし、ソハヤの霊力を察知しても"彼の霊力しか感じない"のだ。燭台切のようなパターンを除き、かつての小狐丸や信濃のように、彼らの霊力に混じってアンラの闇も混ざっているのが常だった。
 ソハヤは嘘をついている訳ではなさそうだ。鬼丸も邪気を察知できず、彼の言葉を信じるしか出来なかった。


 彼の処遇についてどうするかを決めあぐね沈黙が続く最中、絞り出すようにネズが声を上げた。



「すみません…。話の腰折って申し訳ないんですが、そろそろ限界なんです…。続きはホテルの中でしてもらってもいいですか…」
「あたしからもお願い。そろそろアニキのこと、ホテルに戻してあげて。というか…アニキ、今日はよくこんな時間まで頑張ったよね。普段なら真っ先に日差しから逃げてるのに」
「ここまで暑いとは予想してなかったんですよ…」
「あはは。今日は例年よりかなり暑かったからね…。ボクもそろそろ涼みたくなってきたな。ホテルに戻ろうか!」



 マリオの言葉を皮切りに、一同はホテルへと戻ることにした。日差しのピークも過ぎ、気温は徐々に落ち着いては来ているものの、ネズに限らず皆身体を休めた方がいいのは明白だった。
 ピーチはパラソルとテーブルの片づけをキノピオに命じ、一同に戻ることを促した。立ち上がってもぼーっとしているネズを、ノボリとクダリが肩を支えるように腕を回す。



「クダリ、ネズさまはわたくし共が支えましょう!」
「うん!ネズさん、少しの辛抱だから。ぼく達一緒。安心して」
「……すみません。迷惑かけちまって…」
「いいえ!今の謝罪は非常にノイジーでございますよネズさま!人生とは、お互い助け合いの精神が大事なのです!」
「……おれの口調移ってんじゃねぇですか」



 どこか満足気な表情の双子に深くため息をつきながらも、彼らの行動に感謝を述べたネズなのであった。
 そして、双子に支えられネズは彼らの後を追ってホテルへと戻っていった。












 ホテルのロビーに入ると、涼しい風が彼らの火照った身体を冷やす。既に到着していたメンバーは各々椅子に座ったり、フロントに飲み物を頼んだりで各々涼んでいた。
 双子はネズを一番大きいソファに座らせる。室内に戻ったからなのか、ネズのしかめっ面も大分和らいだように見えた。しばらく休んでいれば、いずれ体調も元に戻るだろう。


 一方、ソハヤは未だに大典太に説得を続けていた。キバナのことが気になるから一緒に行動させてほしい、と。兄弟刀とはいえ、本当に彼の言葉を信用してもいいものか。大典太は判断を決めあぐねていた。



「兄弟!だから俺は何も問題ないんだって!信じてくれよ!」
「……別にお前のことを傍から信用していない訳じゃない。邪気だって感じていないんだからな。それに、そこまで言われて無理やり否定するわけにもいかないだろう…。
 ……変な行動だけはするなよ」
「おい、大典太」
「……弟にはやりたいようにやらせたい…」
「おまえ、あいつらに影響されすぎだ。おれ達は人間じゃない、刀剣男士だ」
「まぁまぁ、鬼丸殿!大典太さんも悩んでの答えだと思います。彼の行動を否定しないであげましょうよ!」




 遂にソハヤの言葉に大典太が根負けし、ソハヤとの行動を許した。鬼丸が即座に制止に入るが、"兄弟刀の望みは叶えてやりたい"と小さくぼそぼそ話しているのが聞こえ彼は呆れを通り越して真顔になっていた。あのお人好しどもに染まりすぎだ、と悪態をつくと、前田がまぁまぁと鬼丸を宥めた。
 やり取りを近くで見ていたキバナも、ソハヤが自分に興味を抱いてくれたことには嬉しく思っていた。彼の声に応じ、キバナもまた一緒に行動することを承諾したのだった。

Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.126 )
日時: 2022/05/24 22:41
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 共に行動すると決めた彼らは、改めて街の中を散策することにした。まだ夕食まで時間がある。ロビーを改めて見回してみると、既に一同は解散し各々やりたいことをやり始めていた。
 キバナは改めてロビーに残っている刀剣男士以外の人物の軽い紹介をソハヤにした。ふんふんと首を軽く彼は振り、ちらりと視界に見えたネズの方向を向いた。



「ん?ネズが気になるのか?」
「いや…。兄弟と雰囲気似てるなぁって」
「分かる。初見でオレさまもそう思って喋ったら腹に一撃喰らったもん」



 あの時は"光世に失礼です"って返されたっけな、とけらけら笑いながらキバナは思い出を口にしていた。彼はホテルの中で身体を休めていたからか、大分調子が戻って来ていた。
 そのままじーっと見つめていた最中、キバナは何か閃いたのかネズのいる方へと歩いていく。ソハヤも彼に付き従うように後ろをついていった。



「ネズ、なんか冷たい飲み物いるか?ホテルに持っていくようデリバリー頼むけど」
「大分体調回復したんで大丈夫ですよ」
「でも、デリバリーなら動かなくていい。ぼくも何があるのか気になる。キバナさん。3人分頼んでいい?」
「クダリ…」



 クダリが気を遣ってくれたのか、"自分が飲みたいから"と理由を付けてキバナに自分とノボリの分も含めてのデリバリーを頼んだ。何故そこまで他の地方の元ジムリーダーでしかない自分にかまけるのか、ネズは不思議でしょうがなかった。
 彼の言葉を聞いたキバナは笑顔でOKサインを作り、デリバリーを頼むことを約束してくれたのだった。クダリに続けるようにノボリも口を開く。



「回復したとはいえ、まだ万全ではございません。ネズさまはわたくしとクダリが引き続き見ております故、キバナさまはバカンスを楽しんでいらっしゃいませ」
「うん。そうするよ。ネズのこと頼んだ。そんじゃ、いってきま~す」
「まだ外暑いから気を付けて!」



 ひらひらと手を振る双子と、それに倣うように小さく手を動かしたネズをちらりと見やった後、キバナはソハヤを引き連れて街への散策を開始したのだった。



















 ―――真昼間よりは気温が落ち着いているものの、今日は特に温度が高い日だとマリオも言っていた。元々キバナは暑さに強い方だが、この暑さは長時間はいられないと早速商店街の方へ歩いていくことにした。
 お互いに身の上の話をしながら、気になった店や場所に向かう。まず彼らが目についたのは、お洒落なハイビスカスがストローについたジュース屋だった。



「何これ。ストローにハイビスカスの花刺さってんじゃん」
「こちら、ドルピックタウン名物の"ハイビスカスジュース"になっております!アップルベースとパインベース、2種類のフルーツジュースを提供しております」
「へー。テイクアウトも出来んのか。なぁキバナ、これあいつらにデリバリーしたら雰囲気楽しんでもらえるんじゃないか?」
「オレさまも同じこと考えてた。すいませーん!この店ってデリバリーって出来ます?」



 キバナは早速ジュースを試してみることにした。1人と一振の分とホテルにいる3人の分を購入し、3人の分はデリバリーを頼む。店員から出された爽やかな明るい色のジュースが入っているプラスチックの容器にはストローが刺さっており、それを飾るようにピンク色と水色のハイビスカスが刺さっていた。
 キバナがアップルベース、ソハヤがパインベースのジュースを受け取り、キバナは早速自分達が映るようにスマホロトムに撮影を指示。"パシャリ"という音と共に、彼らが写った写真が画面に現れた。



「おおっ?!」
「いやー悪いな。オレさまどんなもの持っても様になるからさ~。思わず1枚撮っちゃった。早速SNSにアップ、と」
「何してるんだ?」
「ん?これ?あぁ。オレさま、ジムリーダーと兼業してインフルエンサーみたいなこともしてんだよね。日々やったこととか見つけた美味しいものや綺麗な景色を写真に残して、SNSにアップして共有すんの。すると、色んな奴らが反応してくれる。注目した場所にも食べ物とかにも興味持ってもらえて、そこの知名度アップに一躍買ってる…的な感じ?」



 キバナのスマホロトムをソハヤが興味深そうに眺めてきた。彼は自分が普段何をやっているのかを伝える。ドルピックタウンは観光業にも盛んに手を出している為、自分も盛り上げに影ながら助力しようかとも思っていたらしい。
 彼は今撮影した写真をコメントと共に自分のSNSにアップする。すると、早速彼のファンであろうユーザーからコメントが届いた。



「早速反応が返ってきた」
「ガラルがあんなことになっちまって、今はみんなジムリーダー休業してんだよ。だから、こういう写真も今は結構広く受け入れられてるんだぜ。……んー!想像以上には甘すぎない。飲みやすいいい味だな~。そっちは?」
「パイナップルだから酸っぱいの想像してたけど、そこまで酸味強くねえな。どんな人にも勧められそうだ!あー、兄弟にもデリバリー頼めばよかった…」
「どうせ帰り通るんだしその時にまた頼もうぜ」



 気を落とすソハヤを宥めながら、キバナとソハヤはドルピックタウンの"いいところ"を次々訪れ、写真に納めSNSへのアップを続けた。
 先程訪れたのとは別の場所から見える海の景色や、常夏の街を彩る花々。食欲をそそる軽食のテイクアウト風景や、元気に街で活動するモンテ族とのツーショット写真。ソハヤとポケモンがじゃれついている写真も勿論撮影し、SNSにアップをした。


 パートナーであるジュラルドンを始め、フライゴンもヌメルゴンもソハヤの気さくなところを気に入ったのか、既に甘えている。大きなポケモンに好かれてソハヤは最初驚いたものの、キバナのポケモンはバトル時で無ければ明るい性格の子が多い。いつのまにかソハヤからも撫でたりなどのスキンシップを積極的に行っていた。



「あははっ!お前らかわいいな!」
「じゅら!」
「オレさまの手持ちもすっかりソハヤに懐いちまって。オレさま嫉けちゃう」
「ぬめ~」
「言葉の綾だって言葉の綾!ちゃんとオレさまも大事に思ってます~!
 ……結構いろんな場所投稿してきたけど、これでドルピックタウンの魅力も、リレイン王国が悪い国じゃないってことも分かってくれるといいけどな」
「キバナはいい奴だし、みんな分かってくれてるんじゃねえか?」
「そうだと良いけどさ~。ま、人気者にはアンチが付き物なのよね…」



 キバナはじゃれてくるヌメルゴンを撫でながら、自分のSNSを確認する。既に彼が投稿したいくつもの写真に大量のコメントがついていた。キバナは議事堂に世話になることが決まってからも、積極的に城下町のいいところや魅力をSNSにアップを続けていた。もしかしたら、移住者が来訪者が予想より増えているのも彼の影響があるのかもしれない。
 特にポケモンと笑顔で遊んでいる写真や、最初に撮ったジュースを持つキバナとソハヤの写真は瞬く間にバズり、注目の的となっていた。見慣れない男が写っている、とソハヤに興味を持つユーザーも現れていた。



『キバナ様、今常夏の街にいるの?!』
『キバナさまと誰これ、このイケメン?!一緒に遊んでる!尊い!』
『痺れるくらい素敵な投稿ね!わたしも行きたかったな…』
『一緒に写ってるイケメン誰?!超性癖抉ってくるんですけど!!』
『大乱闘に招待したい』
『ドルピックタウン、やっぱり綺麗だなー!インフルエンサーさんだから写真の写し方も綺麗で素敵だよー!』
『ブラボー ブラボー。トッテモ素敵な写真ダネェ!ボクも今度カービィと一緒に行こうット!』
『常夏の街で楽しむのもいいけど、ちゃんとポケモンバトルの腕も磨けよなー!』



 様々な反応を一緒に楽しむキバナとソハヤであったが、ふとキバナは彼の様子がおかしいことに気付く。ソハヤから笑顔が一瞬だけ消えたような気がしたからだった。
 心配になり声をかけると、彼ははっと我を取り戻したように辺りを見回す。そして、表情を歪めるキバナに"何でもない"と取り繕った。



「何でもないならいいけどよ。暑さでバテたならホテル戻るか?」
「いや、暑さは平気だ。俺は刀剣男士だからな!そうだ。さっき"映えスポット"ってのを街の人に聞いて回った時に"時計塔がある"とか言ってなかったか?街が綺麗に見下ろせるって」
「そろそろ夕方だしなー。あんまり帰りが遅くなって心配させても駄目だしな。よし、最後にそこで1枚撮って帰ろうぜ!」



 ソハヤからの提案を承諾し、キバナは手持ちのポケモンを全員ボールへと戻した。いつの間にか空が青から赤に変わりかけている。夜が訪れるのも時間の問題だった。
 回れる場所もあと1か所。ならば、行動は早い方がいいと彼らは早速時計塔へ向かったのだった。







 街の絶景が一望できると評判の時計塔。レンガで積み立てられた歴史を感じるその時計塔の前に、キバナとソハヤは立っていた。時計塔は誰でも屋上に向かうことが出来るよう、入口が常に解放されている。
 早速屋上に向かおうとソハヤに声をかけようとしたキバナだったが、先程と同じように彼の様子がおかしいことに気付いた。ソハヤはまるで表情が抜け落ちたかのように真顔で時計塔を見続けている。
 再び声をかければ先程のように戻ってくれると期待し、キバナが声をかけようとした瞬間だった。










 ドン、と自分の身体が突き飛ばされた感覚をキバナは覚えた。隣にいたソハヤに両手で突き飛ばされたのだ。コンクリートに尻もちをついた隙に、彼は時計塔の中に入り扉を閉めてしまった。
 キバナがすぐに彼の行動に気付き閉まった扉をどんどんと叩くも、彼の声は聞こえない。扉に何か細工を施したのかは分からないが、いくらキバナが力を込めても、ポケモンを出して手伝ってもらっても扉が開くことはなかった。
 そして、扉から離れたキバナは"もう1つの異変"に気付く。彼は暑さに強い。更に今は夕方が近付いている。真昼間のような暑さは感じない筈なのに、昼よりも暑い。彼はそんな気持ちを抱いていた。
 彼はタオルを取り出し顔の汗をぬぐう。何かがおかしい。何が起きている。



「夜も近いのに気温が上がっているような…。これ、やべえやつじゃ…!」




 そう気付いたキバナは、急いでホテルへの道を逆走したのだった。