二次創作小説(新・総合)
- Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.127 )
- 日時: 2022/05/25 22:01
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
駆け足でホテルに戻ってきたキバナをロビーで待っていたのは険しい顔をした大典太だった。ソハヤに異変が起きたのを大まかに察知しており、キバナの焦っている表情もすぐに理解した。
ソハヤの居場所を聞かれ、キバナは素直に時計塔で起きた事の顛末を話す。すると、彼は険しい顔を更に深め小さくため息をついたのだった。
「成程な。急に邪気が察知できるようになったから何事かと思ったら、あいつ自身が自分の霊力で隠していたのか」
「どういうことだよ?」
「……兄弟…"ソハヤノツルキ"は、元々俺の同位体と負けないくらいの強い霊力を持っている刀だ。察知能力や探索能力に関しては正直、俺より高い。周りを騙す為に自分の霊力を被せるなど…あいつなら造作もないことなんだよ…」
「つまり。ソハヤさんはキバナさんに悪い影響が出ないように、邪気を隠して一緒に行動していたってこと?」
「そうだ」
マリィが確認するように持論を述べると、鬼丸は表情を変えず頷いた。大典太にこれ以上迷惑をかけたくない気持ちと、キバナへの興味。双方が綯い交ぜになった結果、"自分で自分の霊力を隠す"行動に走ったのだと大典太は推測した。
ソハヤの邪気を表に出してしまうと、確実にキバナに悪影響が出る。彼はそれを分かっていた。だからこそ、彼に影響が及ばないように自身の霊力で邪気を抑えつけていたのだ。しかし、彼がそういう行動を起こしてしまったせいで邪気の察知にも遅れが生じ、このような異変が発生してしまったことも事実である。
表立った事実にキバナの表情が暗くなる。しかし、落ち込んでいる暇など無かった。
耳を澄ませていたネズがふと声を上げる。フロントの電話口で何やら慌てているらしいのが聞こえてきたのだ。
「今電話してたのを聞いただけなんですが。ドルピックタウンの中だけ、気温がどんどん上昇しているらしいです」
「え? 夜近いのに」
「それはオレさまも感じた。ソハヤが時計塔に閉じ籠った直後からだよ。汗が噴き出てきたのは。夕方なのに気温が上がってるなんておかしいってな。だから戻って来たんだ」
ポケモントレーナー達の言葉を聞き、大典太は考える。気温が異常に、更に一つの街"だけ"で上昇を続けている。確実にソハヤの霊力が影響しているのは理解したが、彼は"それだけではない"と、彼の邪気の向こうにある何かを思索していた。
大典太は一同に"今まで起きた中で何か様子がおかしかったことはないか"と尋ねた。すると、キバナが思い出したようにはっとして口を開いた。
「……兄弟の霊力と邪気の暴走と…もう1つ、何かが動いているな…」
「そういえば…すなあらしを起こしてあいつの本体を回収しようと動いた時に、町長が本体に何かしようとしているのを見たぜ。それで早く動かなきゃってオレさまも思ったんだよね」
「町長さまが…? 彼は一体何を考えているのでしょうか?」
「うーん。会議の時から気になってたけど。その町長、本物?」
クダリが疑念を抱き始めた矢先だった。ネズが険しい表情をして一同にフロントが慌て始めたことを告げた。どうやら町長が急に部屋から出て行ってしまったらしく、上役のモンテ族総出で探しているという会話の内容を聞き、彼らにそのまま伝える。
かなり小さな会話だったが、ネズは非常に耳がいい。彼の特技を遺憾なく発揮してくれていることに大典太は心の中で感謝を述べた。
「クダリの直感、当たっているかもしれないですね」
「だったらぼく達も早く町長さんを探さないと。きっと、ソハヤさんに何かをするつもり」
「………ッ!」
いてもたってもいられず、キバナは再びホテルを背に向け外に出ようとする。しかし、両腕をネズとノボリに掴まれてしまった。町全体に異常が起きている今、いくら暑さに強いキバナですらいつ倒れてもおかしくなかったからだった。
「無謀な行動はお控えください!キバナさまが倒れられてしまっては意味がございません!」
「だけど!」
ノボリの言葉にもキバナは納得できなかった。ソハヤが自分を巻き込まない為に今まで町を散策していた時に苦しみを我慢していたのだとしたら。それに気付けなかった自分にも責任があるとキバナは確信していた。
だから、彼が苦しみを表に出し始めたのだったら…自分が助けねばならないと彼は結論をつけていた。
キバナは力任せにネズとノボリの腕を振り払い、単身外に飛び出して行ってしまった。行先は勿論時計塔だろう。刀剣男士達もそれに気付いたようで、彼を追いかけるように走り出す。
「……追いかけるぞ鬼丸。あいつを放っておいたら大変なことになる」
「―――ちっ!」
小さく告げ走り出した大典太を追うように、鬼丸は舌打ちをした後彼の後に続いた。ネズとノボリも彼らの後を走ろうとするが、寸前でクダリに止められた。
昼以上に気温が上がっている今、感情で走り出そうとしている彼らが倒れてしまうことを彼は先に読んでいた。
クダリは近くにある自分の鞄からサンバイザーを取り出し、ネズに渡した。
「待って。そのまま行くとネズさん本当に倒れちゃう。ぼくのだけど、無いよりはマシ。これ使って」
「クダリ…。ありがとうございます」
「あと。2人だけで先走らないで。ぼくも一緒に行く。キバナさん止めなくちゃ」
「ええ。共に参りましょうクダリ!」
クダリの気遣いに感謝しつつ、ネズは彼からサンバイザーを受け取り頭に装着した。中々高性能のものを準備期間に買ったのを覚えている。暑さに弱い2人はともかく、クダリまで買って本当にいいのかと駄弁っていた時間をふと思い出した。
3人が出て行こうとする直前、デイジーが前に立って3人に言った。
「マリィちゃんはアタシとピーチ姫で見てるわ。だからお願い。追っかけてあげて。キバナさんと、ソハヤさんと、ドルピックタウンの人達を助けてあげて!!」
彼女の心からの叫びに3人は無言で頷き、大典太と鬼丸を追うように走っていったのだった。
彼らの姿がホテルから消えたと同時に、マリオも"よっこらせ"という声と共に立ち上がる。おじさんみたいだからやめなよ、というルイージの叱責を無視し、彼はピーチに話を始めた。
「ねぇピーチ姫。ボク、凄いこと閃いちゃった」
「どうしたんですの?」
「それで、ボクちょっとやりたいことがあるんだけど…。ルイージと一緒にこれから外行ってくるね」
「マリオさん達もアニキを追うの?」
「ううん、別行動。ルイージには向かいがてら話すよ。多分キミ達にも協力要請するだろうから、そのつもりでいてね。それじゃレッツゴー!」
「あっ!ちょっと待ってよ兄さん~!」
マリオの意図を何となく理解したのか、ピーチは何も言わず外に走り出すマリオとそれを追いかけるルイージを見送った。マリィとデイジーは未だに首を傾げている。
どういうことかと彼女に尋ねると、ピーチは"吉報を待ちましょう。マリオはいつでも頼りになる"スーパーヒーロー"なんですのよ?"と微笑みながら言ったのだった。
- Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.128 )
- 日時: 2022/05/26 21:57
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
クダリのアーケオスの導きでフライゴンの気配を追う。そうして時計塔へとまっすぐ到着した3人と二振だったが、そこにキバナの姿は無かった。代わりに、扉が開け放たれているのを確認する。しかし、彼がポケモンを放ち無理やり開いたようには見えない。ソハヤが霊力で無理やり扉を閉じた後に、キバナではない誰かがやってきたのだろうと大典太は推測した。
中から……いや、上から邪な気配を感じる。十中八九ソハヤのものであろう。大典太は顔をしかめた。
「……不味いな。邪気が強まっている」
「話している暇はない。早くあいつらを止めるぞ」
このままではアンラの邪気にソハヤが完全に呑まれてしまう。そうなる前に彼を何とかしないと、かつての鬼丸のように破壊せねばならなくなる。それだけは絶対に避けなければならなかった。
大典太はぎゅうと右手を握った後、時計塔へと入り屋上へ駆けあがったのだった。
―――同時刻。キバナは一足先に屋上へとたどり着いていた。後ろから誰かが迫っている気配を感じ、後ろ手で鍵を閉めソハヤの方を見た。ソハヤは屋上の端で、人間から見ても分かる真っ黒い気配を漂わせ苦しんでいる。自我があるのかないのか彼には判断がつかなかった。彼の表情すら黒く呑まれて見えなかったからだ。
「オレさまを苦しめない為にずっと我慢していたのか…?」
一緒に笑っていた陰で、ずっと独り苦しんでいたのだ。我慢せずに自分を頼ればいいのに。キバナは内心そう思うが、彼にも事情というものがあったのだろう。ホテルで大典太達の話を聞いた時、今の自分にはどうしようも出来ないことなのだということも悟っていた。
目の前のソハヤはキバナに気付いているのか、震えた手を彼に向かって伸ばしているように見えた。しかし、すぐに黒いものに呑まれ蹲ってしまう。
キバナが決断を出来ずにいる間にも、ドルピックタウンの気温はどんどんと上昇していた。留まるところを知らず、街を焼き尽くしていく。彼の耳にもはっきりとモンテ族が徐々に苦しみ始める声が聞こえてきていた。
早く彼を助けねば、町が壊れてしまう上自分達の命まで燃え尽きてしまう。しかし、どうやって助ければいい。ポケモンの力を借りることも出来ない。どうすれば。どうすれば―――。
竜の守り人は、遂に意を決して歩み始めた。助けを求める存在に手を差し伸べる為に。
『来……る、な……!』
呻きに混じり、こちらに近付くことを拒否する刀剣男士の声が耳に入ってくる。しかし、キバナは歩みを止めなかった。そのまま彼の足元へと辿り着くと、そっと手を差し伸べた。
「一緒に行動したのはちょっと、だけどよ。オマエがいい奴なのは充分伝わった。辛いこと、悲しいこと。吐き出せずに1人で抱える方がずっと辛いとオレさま思うんだよね。
辛いなら…半分オレさまが受け持ってやるからさ。我慢するなって」
そう言いながら彼はにっと笑顔を見せる。かつてソハヤがそうしていたように。目の前に差し出された手を掴むべきかどうか。掴んだら、きっと彼に迷惑がかかってしまう。闇に呑まれながらも、ソハヤは考えていた。しかし、相当の覚悟を持って自分の前に現れたのだとも理解していた。
ソハヤも覚悟を決める。キバナの手を取る決意を。震える手を少しずつキバナに近付ける。もう少しで彼の手を取れる、確信した瞬間だった。
―――何処からか黒い光が刀剣男士を貫いた。ああ、もう少しだったのに。目の前まで迫って来ていた光が遠ざかる。視界が、闇に、葬られる。
目の前の男に"逃げてくれ"と叫ぶ気力すら湧かない。彼の顔が霞んでいく。見えなく、なっていく。
キバナは刀剣男士の変貌に反応するのが一足遅れた。取ろうとした手は彼の腹を貫く。刃物で刺されたような酷い痛みと同時に、彼が受けていたであろう"負の感情"も一気に彼の身体の中に流れ込んできた。
同時に、屋上の扉が破られる音が聞こえた。3人と二振の視界に見えたのは―――。
邪気を貫かれたキバナと、貫いた刀剣男士の姿だった。
「キバナ!!!!!」
ネズが叫んだのも束の間。大典太が素早く動きソハヤとキバナを引き剥がした。彼が攻撃を仕掛けたのは霊力的なもの―――。人間に通用するようにいえば"精神的な攻撃"の類の為、腹に一撃を喰らってはいるものの、彼の身体に大きな穴が開いたということはない。
しかし、キバナは既に意識を失っている。彼の身体に、過去にネズやノボリに起きた蔦のような文様が広がり始めているのを見て、早く解呪を始めねば手遅れになることを大典太は察した。ソハヤも既に意識を失っており、鬼丸が彼の回収に動いていた。そのまま兄弟刀は彼に任せることにして、大典太はキバナの解呪に集中することにした。
そっと床に横たわらせ、身体に巡る邪気の状態を診る。幸い彼に貫かれたと同時に発見した為、すぐに呪いを解けば命に別状はないことがはっきり分かった。
「キバナ。しっかりしてくださいキバナ!!」
「……大丈夫だ。すぐに解呪すれば助かる。待っていろ」
「では、わたくし共は見張りをいたします!」
焦るネズを安心させるように優しく語りかける大典太。その姿を見て、ノボリとクダリも自分達に出来ることをやろうと見張りを立候補した。邪魔にならないようにその場から離れ、双子は街を見下ろす。
暑さに苦しんでいるモンテ族や、ひいひいと声を発しながら建物の中に逃げ込む住民や観光客の姿があった。楽し気な常夏の街が、一気に恐ろしい灼熱の街へと変貌するところだった。街の様子を見て、クダリは目尻を下げた。
「みんな、苦しそう」
「この暑さです。いくら耐性がある方でも苦しむのは手に取るように理解が出来ます。しかし、わたくし共に出来ることも限られております。今出来ることを誠心誠意実施するのです!」
「うん!」
暑さに負けてはいられない、と双子は再び見張りを始めた。彼らが怪しい人物がいないか確認を手伝ってくれたお陰なのか、妨害も入らずキバナに燻る呪詛が完全に解かれた。うぅ、と呻き声を上げながらもキバナは目を覚ます。最初に目に見えたのは、心配そうに顔を歪ませ目に涙の膜を張るネズの顔だった。
「あ、れ…?オレさま…確か…」
「心配させんじゃねぇんですよ全く…」
「あー…。追いかけてきてくれたのな。ありがとな、ネズ」
「おれだけじゃないです。みんな、おまえのこと心配してたんですよ」
そのままぐすぐすと泣き出してしまったネズをキバナは慰めながらも、大典太に改めて感謝を述べた。大典太からは1人で突っ走るなと叱責を受けたものの、兄弟刀を助ける為に動いてくれてありがとうと感謝も告げられた。
それと同時に、鬼丸がソハヤを担いで戻ってくる。気絶しているからなのか、先程よりは邪気の巡り方が遅くなっているように感じた。大典太は彼にソハヤを下ろすように指示をする。
下ろしている最中、大典太はソハヤの腹に目掛けて全力で殴打をした。"ぐえっ"という呻き声と共に、彼の身体の中に燻っていた邪気が全て弾き飛ばされ、霞となって消えた。今まで刀剣男士ですら丁寧に介抱してきた彼が、ここにきて雑に解呪を行った。その事実にネズとキバナは驚いていた。
「……迷惑料も込みだ。これでこいつの邪気は祓えた筈だ…。兄弟刀だからな、これくらい雑でも許してくれるさ…」
「だからといって腹パン一撃で済ませるのは流石に雑過ぎやしませんか?」
「オマエの塩対応みたいなもんなんじゃねぇの?」
「そういうものなんですかね?」
だが、ソハヤからは既に気分が悪くなるような雰囲気を感じない。殴打で痛そうにはしていても、苦しそうに呻いているようには見えなかった。大典太の言葉通り、彼の中に燻る邪気は全て消え去ったのだろう。
満更でもない表情をしている大典太に、また新たな発見をしたとネズは結論をつけることにしたのだった。
- Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.129 )
- 日時: 2022/05/27 23:14
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
時計塔への一件が解決したと同時刻。ドルピックタウンの街中にあるとある倉庫にマリオとルイージは向かっていた。マリオが閃いたということとは、"町長の居場所"だった。ロビーでの皆の会話を聞いていた彼は、クダリの言葉で"本物の町長が街の何処かに閉じ込められている"可能性があると予測していた。ルイージに外出した訳を話し、怪しい場所を片っ端から探索していたのである。
粗方探し終え、残りは街中にある倉庫だけとなった。普段、祭事等に使用している道具が仕舞われている為、滅多に人が寄り付かなかった。町長を閉じ込めるならうってつけだろう。
モンテ族に訳を話し倉庫の鍵を借り、マリオはガラリと勢いよく扉を開ける。彼らの思惑通り、中には縄でグルグル巻きにされ気絶している本物の町長の姿があった。
「やっぱりおかしいと思った。町長さんはあんなに怒りっぽい人じゃないんだよ。ちょっと考え方は古いけどね」
「縄で縛られている以外に何か怪我をした様子はなさそうだね。ずっと閉じ込められているからちょっと痩せてるけど…大丈夫。生きてるよ兄さん。
じゃあ、あの町長さんは…」
「変な黒い光が時計塔に飛んでいったのを見た。多分、あいつ悪い奴だよ!」
キノコ王国の双子はそう気付き、すぐに副町長にスマートフォンで連絡をした。本物の町長を発見した為、偽物の町長を捕まえてほしいと。
それだけ伝え、マリオは電話を切る。既に縄を解いていたルイージの手伝いを始め、目を覚ました町長に事情を話し、彼と共に偽物を捕まえる為副町長達との合流を急ぐのだった。
―――一方、連絡を受けた副町長達は、マリィのオーロンゲの力も借り偽物の町長を追い詰めていた。前田が自身の察知能力の高さを活かし、偽物は街の端に逃げ込んでいることを彼女達に伝えた。囲い込むように町長を追い詰め、後は捕まえるだけ、というところまで来ていた。
偽物の町長はギリギリと歯ぎしりをし、苦しい表情で彼女達を見る。
「観念して!こっちはもう全部分かっとるけんね!もうすぐ警察の人も来るけん、お縄に大人しくついて!」
"警察"。その言葉を聞いた瞬間、偽物の町長はマリィ達を嘲笑うように見下しながらゲラゲラと笑い始めた。その下品な笑い方に、思わず追い詰めていた一同の顔が歪む。
そして―――。"町長"の姿はどろどろと液体のように溶ける。皮がはがれるように出てきたその姿は……。金髪のオールバックをなびかせた、気だるげな表情の男性だった。パンキッシュな服装を身に纏った男の姿を見た瞬間、前田はとてつもない邪悪な力を彼から感じた。"人間ではない。アンラに関わる者だ"そう判断し、3人と副町長を守るように前に立つ。
前田の反応を見て、彼は笑っていた顔をつまらなさそうに鎮め、自己紹介を始めた。冷たい紫の瞳が一同を見下す。
「……ボクの名前は"マイケル"。キミ達は悪の神様って知ってる? このつまらない世界を破壊してくれる、力の強い神様さ。ボクはそんな悪の神様―――"アンラ・マンユ"から生み出された分身の1人」
「"分身"…!じゃあ、アニキとノボリさんを危険に晒したのもあんたがやったの?!」
「違う違う。あんな雑魚と一緒にしないでくれよ。ボクは分身の中でも特に強い力を持つ存在。アンラ様の忠実なるしもべなのさ!!」
ネズとノボリを死の淵に追いやった分身を"雑魚"と言い切った。しかし、その言葉に違わず目の前の男は尋常じゃない負の気をまき散らしている。いくら刀剣男士である前田ですら、気力をしっかり持っていなければ彼の空気に持っていかれる程だった。
自己紹介を終えてもしかめる表情をやめない一同を見て、彼はつまらなさそうにため息をついた後彼女達にこう告げたのだった。
「もう少しでこの街が干からびて、機能不全に出来たところだったのに。しかもボクの目の前に現れたのは"アンラ様が求めている魂"じゃない。残念だよ…」
「何を言っているか分からないけど、あなたはもう逃げられないわよ!さっさとお縄になりなさい!」
「……ボクが? お縄に? 笑わせてくれるよね。でも…街も騒ぎになってきたし、このままキミ達と言葉を交わしているのもつまらなくなってきたよ。期待外れの街にもう用はないよ」
「逃げるおつもりですの?」
「逃げる? 違うよ。戦略的撤退という奴さ」
そう言うと、彼は再びどろどろと地面に溶けるように消えていく。逃がさないようにマリィが素早く移動をするものの、彼の立っていた場所に追いついた時には既に彼の姿は消えていた。
"逃げられた"。彼が溶けた地面を見つめ、マリィは悔しい思いを胸に抱いたのだった。
逃げるなんて卑怯だとデイジーが悪態をついたと同時に大典太達がマリィと合流を果たした。どうやらマリィ達が動いている間に彼らに連絡をして合流を促していたらしい。マリィがネズに申し訳なさそうに敵を逃がしたことを謝ると、彼はほっとした顔でマリィの頭を撫でたのだった。
敵を逃がすことより、彼にとっては妹の無事を確認する方が大事だった。
「ごめん。逃げられた」
「いいえ。妹が無事ならそれでいいですよ。もちろん、この場にいる皆もです」
「それにしても…。さっきまで感じていた暑さが一気に消えたな~」
「……町長の偽物が消えたのと、兄弟の霊力が元通りになった。気温を上げる元凶が無くなったからな…」
マイケルが街から姿を消したこと。そして、ソハヤの暴走が収まり霊力が元に戻ったことからドルピックタウンの気温も戻り、街は平和を取り戻していた。
話をしている最中にマリオ達も合流を果たし、遂に本物の町長と邂逅を果たしたのだった。町長はマリオから事の顛末を全て聞いており、まずは事件に巻き込んでしまったことを深く頭を下げて謝罪をした。
「町長さん、普通にいい人。どうして閉じ込められてたの?」
「不甲斐ない町長で申し訳ない。実は…二週間前にリレイン王国との会議を取り決めた直後だった。夕食の買い出しに行った瞬間に何者かに襲われてな。今まで倉庫に閉じ込められて、気絶させられていたんだよ」
「二週間も、でございますか?! それはおいたわしや…」
「食料もなしによく無事でしたね…。いや、気絶してたからこそ助かったのか」
「交渉自体は本物だけど、タイミングが超絶悪かったということだね…」
彼らの反応を聞き、町長は改めて深々と頭を下げた。そして、リレイン王国についての噂についても謝罪をした。皇帝陛下が直々に声明をしたのは知っていたが、一部の心無い連中が流す噂に惑わされていたのだそうだ。しかし、今回リレイン王国の人々が住人と協力をし、街の為に奔走し知名度アップにも貢献してくれたことを受け認識を改めることを彼らにはっきりと告げた。
そして、彼らを信用すると決心し"リレイン王国との協力提携を正式にする"ことの表明を行ったのだった。
「やったー!」
「オレさまのSNSも効果あったよな? な?」
「たぶん、キバナさんのSNSの効果が一番抜群。ぼく、そう思う」
「反応凄かったもんな、主!」
「う、うん…」
影のMVPは明らかにキバナである。ソハヤにそう言われキバナは複雑な表情をした。褒められたのは嬉しいが、やはり"主"と呼ばれているのが性に合わないように見えた。
そして、町長は一同に改めて謝罪をする。何度も頭を下げているのを痛ましく思ったのか、ネズとノボリがそっと声をかけた。
「おれ達への謝罪はそこまででいいですよ。気持ちは充分伝わりましたし。おれ達が帰った後にでも町長に改めて連絡してやってください。絶対喜ぶんで」
「何よりも、ドルピックタウンの街の皆様への被害が誰一人出ず、全員無事で本当によかったのです。町長さま、今はそれを共に喜びませんか?」
「お主ら…」
彼らの優しい言葉に町長は胸がじん、となるのを感じた。そして、解散次第すぐにラルゴに連絡をすることを約束してくれたのだった。
本題も無事解決した為、残りの日数でバカンスを楽しんでほしい、と町長と副町長は最高のおもてなしをすることも約束してくれた。皆の楽しそうな表情を、夕日は優しく照らし続けていたのだった。
- Ep.03-1【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 ( No.130 )
- 日時: 2022/05/28 22:31
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
辺りはすっかり真っ暗闇になっている。ドルピックタウンに夜が訪れていた。ホテルに併設されているナイトプールにて、彼らはビーチで遊べなかった分を取り戻すように思いっきり遊んでいた。
プールサイドにはパラソルも用意され、一部の面子が椅子に座ってのんびりと夜を過ごしている。そんな中、ソハヤは大典太に改めて邪気を纏っていたことを誤魔化していたことを謝罪した。
「……まぁ、結果的に邪気は全部祓えたからいい。俺も解呪する為にお前を殴ったからな…。それでチャラだ」
「勢い凄かったですもんね。普段ネガティブすぎて、あんたが相当怪力なのを忘れていましたよ」
「……俺はどうせ力が強くとも制御が出来ない刀だよ…」
「そこまで言ってねぇからネガるのをやめやがれ」
キバナとソハヤは、キバナが呪詛を貫かれた際に既に契約を果たした状態になっており、"主と刀剣男士"の関係性になっていた。しかし、主であるキバナがソハヤに"主"と呼ばれることを嫌がった為、ソハヤもそれに習いキバナのことを名前で呼ぶように努力している最中だった。
刀剣男士とはいえ、自分達は"道具"として見ている鬼丸には到底理解が出来ない思惑だった。ソハヤがキバナのことをまるで友のように接していることに不貞腐れている。
そんな彼のしかめっ面を見ながら、大典太はふっと微笑み彼に語りかける。
「……別にいいんじゃないか?刀剣男士を"友"として扱う奴もいるってことさ」
「到底理解が出来んな。おれ達は道具だぞ」
「少なくとも、ここにいる連中はそうは思いませんけどね?その考え方は直した方がいいですよ、鬼丸」
「はい。本質が刀であろうとも、鬼丸さまはわたくしの目の前に生きていらっしゃいます。そんな方をどうして"道具"として扱うことが出来ましょう?」
「―――ちっ。勝手にしろ」
「……鬼丸はもう少し考えを柔軟にしろよ…」
不機嫌そうに眉を顰める鬼丸を大典太はからかうように煽る。そんな彼にカチンと来たのか、鬼丸は大典太の頬を強くつねったのだった。
鬼丸に好き勝手にさせつつ、大典太はソハヤの様子を弟を見守る兄のような目線で見ている。嬉しそうな表情を垣間見、ノボリも思わず目元が穏やかになる。
「大典太さま、なんだか嬉しそうでございますね」
「そりゃそうでしょう。呪いをかけられていた弟を無事救うことが出来たんですから。自分のことのように嬉しいと思いますよ」
ネズはそこまで言ってふと気づく。クダリは再び重装備にてマリィ達と共にプールで楽しんでいる。しかし、ノボリは今回も終始ネズの近くに座り、一同の様子を見守ることに徹している。今はネズの体調は万全であり、介抱される必要はない。ノボリだってクダリと共にプールで遊びたい筈だ。
疑問をぶつけると、ノボリはさも当然のように切り返してきた。
「あの。いつまでもおれについていなくていいんですよ? ノボリも遊んできてはいかがです?」
「いえ。わたくしはわたくしの希望でこちらに待機しております。余計な心配をかけさせてしまい申し訳ございません」
「それはいいんですけど…。おれ、元気なんですけど。介抱する必要はないですよ」
「それでも!わたくしは本日ネズさまを完璧に介抱すると決意しました故、完遂させてくださいまし!……それに、ネズさまとこうしてゆっくりお話が出来るのも貴重な時間でしょう? わたくし、あなたさまの人となりをもっと知りたいと思っております」
「はぁ…」
「ネズ、愛されてんな~。オマエももっと素直になればいいのに。ノボリさんと仲良くしたいって顔に出てるぜ?」
「ノイジーです。余計な一言はいらねぇんですよキバナ」
ノボリの滅私奉公は相当なものだ。鉄道員の時から薄々感じていたことだが、ここまで来ると最早狂気の域である。いつか自分の身を滅ぼしてしまうのではないかとネズは恐ろしくなった。しかし、彼が自分に興味を持ってくれていることも事実。その気持ちには答えたかった上、ネズ自身もノボリへの興味は尽きなかった。
キバナに茶々を入れられた後、背後で彼らを呼ぶ声に応え1人と一振もプールの中へと入っていったのだった。
再びはしゃぎだすプールの面々を見守りながら、ふと大典太が口にする。それは、偽物の町長を追い詰めた時に起きた出来事についてだった。
「……そういえば。あんたの妹が言っていたな。偽物の町長の正体が"悪神に仕えるもの"だと」
「つまり、おれ達をここに巻き込んだ張本人の関係者…と、考えていいんですかね?」
「あぁ。良い筈だ。おれ達が解呪に向かっているところを読んでいたかのような動きにも見えたがな」
「尻尾を逃してしまったことに関しては残念でございますが…。しかし。わたくし共にも"情報"という武器が残りました。これを手掛かりに、また地道に終着点への道を歩んでいきましょう」
"マイケル"と名乗った謎の男。自分達は姿を見ていないが、マリィ達がはっきりと"アンラのしもべ"だと言ったと報告をしていた。つまり、彼は自分達と敵対する存在。本来の目的を果たす為に、壊さなければならない大きな壁だった。
今は少ない情報だが、これを手掛かりに歩みを止めなければいいとノボリが前向きな意見を発する。そもそもが短期決戦を考えていない以上、一同は彼の言葉に賛同したのだった。
―――そのまま穏やかな時が流れると思った矢先であった。ネズがノボリの背後に誰かが忍び込んでいることに気付く。それを指摘すると、背後に迫っていた影はひょっこりと姿を現した。重装備のままプールから上がってきたクダリだった。
ちなみに、現在ネズとノボリは彼からの熱意に折れ水着を着ている状態である。
「クダリ。どうしたんですか。話したいならこそこそしなくてもいいのに」
「あっ。見つかった。ノボリもネズさんもプール楽しまないなんて損!だからぼくが誘いに来た」
「わたくしは皆様の笑顔を見ているだけで楽しいですよ。ほらクダリ、マリィさまが呼んでいらっしゃいます。まだまだ時間はたっぷりあるのですから、楽しんでいらっしゃい」
「んもう!ぼくはノボリともネズさんとも一緒に遊びたい!こうなったら実力行使。えいっ!」
「なっ―――?!」
頬を膨らませたクダリを宥めようとした瞬間だった。"引っかかったな"とでもいうようにクダリの口角がニッと上がる。同時にノボリの身体を勢いよく両手で押したのだった。
余談だが、彼らが座っているテーブルはプールのすぐ近くにある。つまり、押されたノボリが落ちる場所は―――。
「ましぃっ?!」
情けない声と共に、ぼちゃんという水の音がネズの耳に入ってきた。ノボリがプールに突き落とされた。それと同時にネズも気付く。クダリは"ネズさんも"とも発していた。つまり、自分のことも落とす気満々なのだと。
彼は構えるが時すでに遅し。クダリとネズでは筋力にも体格にも差がありすぎた。ネズの身体は軽々ひょい、と抱えられそのままプールに投げられる。
「あぁっ?!」
ネズもまた情けない声を出しながら水の中へと沈んでいった。満足したのか、クダリもプールへと飛び込み2人の元へと向かった。
その光景を見守りながら、大典太が"そういえば"と思い出したように口を開く。
「……執拗に2人に水着に着替えるよう迫っていたのはそれが原因だったのか」
「興味が無いな」
「……そう言いながらあんただって楽しそうじゃないか」
「おまえも突き落としてやろうか」
「……その時はあんたも道連れにしてやるからな」
ネズとノボリが突き落とされた最中、刀剣男士同士でも静かな攻防が続いていたのだった。
プールの中ではノボリがクダリに珍しく表情を崩して言い寄っていた。流石に突き落とされたのは腑に落ちなかったらしい。ネズは髪の毛にしみ込んだ水分を少しでも減らそうとしているが、彼の超ロングヘアーでは到底無理な話だった。
「何をするのですかクダリ!」
「今は辛気くさい話禁止!ぼく、一緒に楽しみたい!」
「遊びたいのならばはっきりと仰ってください!こうなったらわたくしも遠慮なく楽しませていただきます!」
「うんうん、ノボリもギア上がってきた!いいこと!」
「プールに入る予定があるなら髪の毛纏めてくるんですよ…。あぁ、自分の髪をこんだけ恨むことになるとは」
「確かにネズさんの髪の毛多い。じゃあ、こうかな」
ため息をつきながら髪の毛を弄っているネズのテール部分をクダリは持ち上げた。髪の毛にしみ込んだ水分がぽたりとプールに落ちる。彼も優しく絞ってみるが、一向に水分は減らない。
持ち上げてくれたことには感謝したが、ネズは呆れ顔でクダリの方を見た。
「そうしても意味が無いんです。あぁ、ゴムの類全部鞄の中です…」
「水で湿ってはいますが、リボンならばポケットの中にございました。こちらで何とか出来ませんでしょうか?」
「……できます? 双子で何とか。水の中なんでおれ自分で髪結えないんだよね。……申し訳ないですが」
「やってみる。やろうよノボリ。ネズさんの髪の毛纏めちゃえば一緒に遊べる」
「そうですねクダリ。半分ほど上に出して結べば髪の毛への負担が減るかとわたくし思います」
「いいねそれ。やってみよう!」
「(キバナに写真撮られませんように…)」
その後、3人もマリィ達に合流し皆で楽しいナイトプールの時間を過ごした。珍しい髪型をキバナに面白がられ、案の定隠し撮りをされ速攻でネズに写真を消されたのはここだけの話である。
こうして、ドルピックタウンを巡るひと時は幕を閉じた。夜に映える一同の笑顔はいつまでも明るいものであったとか、無かったとか…。
Ep.03-1 【ドルピックタウンにて最高のバカンスを!】 END.
to be continued…