二次創作小説(新・総合)

Ep.03-s3【狭間の世界での出来事】 ( No.133 )
日時: 2022/06/04 22:23
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ―――あぁ、身体が重い。


 ここは何処なのだろう。自分は一体何をされたのだろう。確認したくとも、身体が思うようにいうことを聞かない。確かめねば。今自分が何処にいるのか。


 ―――力が、身体に力が入らない。


 いっそこのまま暗闇に身を委ねてしまえば楽になるのではないか。少女は一瞬そう思うも、彼女の中に眠る正義感がそれを許さなかった。どうにかして目を覚まさなければならなかった。起きて、ここが何処かを確認せねばならなかった。



『おーい』



 ふと、頭上から声が聞こえる。誰なのだろう。自分を探しに来たのだろうか。しかし、意識を失う前に聞いていた声とは全く違う。



『おーい 生きてるかー?』



 どうやら自分を心配しているらしい。ならばその気持ちを長引かせぬよう、目を覚まさなくてはならない。少女は重たい身体を必死に動かした。覚ませ。目を覚ませ。この暗闇から早く脱却を図るのだ。

































「……ん、んぅ…?」



 ぼんやりとした瞳が最初に捉えたのは、"白"だった。視界が徐々にはっきりして、その白い何かの正体が"人"だと理解する。そして―――。
 その人間は、少女の顔のすぐ近くにあることを知る。見知らぬ男に顔をガン見されている。事実を知った少女―――"ユウリ"は、思わず叫んだ。



「い、いやぁぁぁぁっ?!」
「うおっ?!」



 あまりの大声に白い男は狼狽える。そして、ユウリはがばりと身体を起こした。彼女が目覚める前に見ていた世界とあまりにも違う光景に、思わず言葉を失う。自分が地面に横たわっていたことから、かろうじて地面が黒いことは分かる。しかし、それ以外も黒いのだ。何もかもが黒い。空も、地面も、見るもの全てが黒かった。


 だからこそ、目の前でユウリを見ていた男性の白さが際立った。はっとしたユウリは先程絶叫した無礼を謝罪した。男は"気にしていない"という素振りを見せ、彼女に向かって話しかけてきたのだった。



「いやー。まさかこんな道のど真ん中に堂々と倒れている人間がいるとは思わなかったな。俺も驚いたよ。君、名前は?」
「"ユウリ"といいます。けど…自分から名乗るのが礼儀というものではないですか?」
「おっと、そりゃそうだ。俺は"鶴丸国永"だ。平安時代に打たれてから、主を転々としながら今まで生きてきた刀さ」
「刀…。あっ。もしかして "刀剣男士" さん?」
「おや? 俺達のことを知っているのかい?」
「はい。以前、貴方とは別の刀剣男士さんを助ける為に協力したことがあったので」
「成程なあ。理解が早いってことは説明が省けていい。ま、これも何かの縁ってことだ。これからよろしく頼むぜ、ユウリ」



 男は"鶴丸国永"と名乗った。平安時代の刀工、五条国永の在銘太刀である。現の世界では皇室御物とされている為、滅多に公開されることのない神聖な太刀だ。
 ユウリが彼のことを人間ではなく"刀剣男士"と呼んだことに鶴丸は一瞬驚くも、刀剣男士自体のことを知っている素振りなことからすぐに理解をした。ならば彼女に敵対する必要はない、と判断し、ユウリに協力する姿勢を見せた。


 自己紹介が終わった後、ユウリは鶴丸にここが何処かを尋ねた。怪しいリーグスタッフに襲われ意識を失う前にいたシュートシティでは明らかにない。ならば、自分のいる場所が何処かを確認するのが一番最初にやるべきことだった。
 鶴丸は少し考える素振りをした後、かいつまむようにこう答えた。



「そうだなあ。複雑な事象が絡み過ぎてどこから説明したらいいものか。ユウリは"神"っていると思うか?」
「何ですか急に。神様と呼ばれているポケモンなら知っています」
「ポケモンとはちょっと違うなあ。だが、今はそいつらと似たような存在だと考えてもらっていい。ここは―――"悪い神が創り出した世界"。君が元々いた世界とは断絶された、別世界さ」
「つまり…私、元々いた世界からワープしてきちゃったってことですか?!」
「そういうことになる。そして…これは俺の推測なんだが。ユウリ。君は恐らく…"生贄"として選ばれてしまった。悪い神が復活する贄にな」
「……えっ?!」



 鶴丸の口から放たれる言葉にユウリは理解が追いついていない。かろうじてここが"ガラル地方ではない"ということはやっと理解が追いついたが、自分が悪い神に捧げられる生贄だということは未だに信じられなかった。確かにポケモンの神話には、人間を生贄にして村の平和を持続させる、などという話も存在したような記憶も薄っすらある。
 しかし、それに自分が選ばれてしまったなどとはっきり言われては、ユウリは返す言葉も見つからなかった。



「まあ驚くのも無理はない。まさか神が人間を犠牲にしてまで回復を速めるなんて俺も理解の外だったからなあ」
「早くここから出てガラル地方に帰らないと!私、まだ死にたくありません!」
「まあ落ち着け。実は、この空間に捕らえられているのは君だけじゃない。今から案内する場所についてきてくれるかい? 脱出の策を練るにしたって、一日二日じゃいい案なんてもんは思いつかない。安心して眠れる場所くらいは必要だろう?」
「私の他にも捕まった人がいるんだ…。でも、確かに鶴丸さんの言う通りかも。脱出する前に私が倒れてちゃ元も子もないし…。分かりました。鶴丸さん、その場所に案内してください」
「承知した」



 この空間に閉じ込められたのがユウリだけではないということを鶴丸から聞き、その人物と合流したいとユウリはせがんだ。訳の分からない場所に閉じ込められたならば脱出すべきだが、1人ではできることにも限界がある。ポケモンも、こんな危ない空間で出してしまっていいのか悩んでもいた。ならば、彼の案内する場所とやらに移動をしてから考えても遅くはないとユウリは判断をした。


 ユウリの言葉を聞き、鶴丸は早速暗闇を指さす。少し歩いたところに建物があるらしい。ユウリはまっすぐ歩き出した白い男を目印にして、見失わないようについていったのだった。


































 ―――鶴丸の言う通り、少し歩いた先に大きな建物が見えてきた。古びた外観をしており、真っ暗闇の中に建っている為一見"お化け屋敷"のようにも見えた。もしかしたら彼の言っている"捕まった人物"が幽霊の類ではないかとユウリは一瞬委縮するも、協力者が増えることには変わりがないと意識を変えてドアの取っ手に手をかける。勇気を心に刻み扉を開くと、音に反応したのか数人がこちらを向いたのが分かった。


 白い帽子を被った茶髪のポニーテールが特徴的な少女。2つのお団子ヘアーが目立つ快活そうな少女。そして、片目を髪で隠している物柔らかな雰囲気の男性の3人がこちらを向いていた。
 お団子ヘアーの少女が"他にもまだ人がいたのか"と驚く素振りを見せ、こちらに来るように手招きをした。動きに応じ素早く移動をすると、少女は笑顔で口を開いた。



「あっ!もしかしてあなたも誰かに襲われてここに?」
「そう、だけど…。貴方も誰かに襲われたの?」
「そうなの。って、自己紹介もせずに話を進めるのはおかしいわよね。まずはお互いのことを知らなくちゃ何も始まらないわ」
「あっ!そうでしたそうでした!さっすがトウコ先輩、頭がいいです!」



 話を進める前に、お互い自己紹介を始めた。ポニーテールの少女は"トウコ"、お団子ヘアーの少女は"メイ"。そして、片目を髪で隠している男性は"にっかり青江"と名乗った。青江は鶴丸と同じく刀剣男士であり、青江がトウコとメイを保護してこの屋敷まで連れてきたのだと鶴丸は説明をした。
 ユウリは自己紹介を終えた後、自分に何が起こってここで目を覚ましたのかを覚えている範囲で説明をした。すると、トウコとメイの目が見開いたのが分かった。どうやら、彼女達も似たような目に遭ってここで目を覚ましたのだという。



「ユウリさんもわたし達と同じような目に遭ってここで目を覚ましたんですか?!」
「そうなの…。トウコ達と違って、私はその時1人だったんだけど」
「ノボリさん、苦しそうでしたよね。大丈夫なんでしょうか」
「おっと。自分達の境遇を棚に上げて他人の心配かい? 優しいな」
「それはそうだけど!でも、あたし達は助けようとしてくれた人達が傷付いたのを倒れる前に見たの。心配するのは当然だと思う」
「私…1人で良かったのかな。もしかしたら、倒れた私を誰かが見つけてその人が被害に遭ったとか…」
「推測で物事を話すものじゃないよ。たらればの話じゃなく、君達は今出来ることをやらないと。君達が信頼する人達なんだ、絶対に大丈夫。そう思って行動をするんだ。
 それにしても…まさか生贄に選ばれてしまったのか、こんないたいけな少女達だなんて。笑えないよね」
「そうだなあ。何を思ってこの子達を攫ったんだかは知らないが、このまま何もしないんじゃ…ただこの子達がアンラのエネルギーにされるのを黙って見ているだけになっちまうからな」



 生贄としてこの空間に閉じ込められていることは明らかだ。ならば、3人をどうにかしてこの空間から出さなければ、いずれアンラが回復する贄にされてしまうことは目に見えていた。
 ただ、"今すぐ"という訳ではない。アンラの作り出した空間ではあるが、彼女の力は今は感じない。であれば、打てる策を考えるのも今だと彼女達は考えていた。
 しばらく沈黙が続く中、ふとユウリがある考えを閃いた。



「そうだ!この屋敷を今から探索してみようよ!」
「探索、ですか?」
「この屋敷も元々は別の場所にあったのかもしれないし…。もしかしたら、元の世界に戻る為の手がかりがあるかもしれない!」
「確かに考えてみればそうね。この屋敷以外に目ぼしい建物や木々すら無かったんだもの。この建物すら"別の場所から飛ばされてきた"って考えても無理ないわ」
「わたし、元気だけは有り余ってます!何でもやります!気軽に頼ってくださいね、トウコ先輩、ユウリさん!」



 この屋敷も元々は"この場に無かったものかもしれない"と推測を立て、屋敷の探索をしてみようと一同に持ち掛けた。これだけ大きな屋敷なのだから、何か知識が眠っている場所があるかもしれないとユウリは判断したのだ。トウコもメイも、ユウリの言葉に一理あると彼女の出した案に賛成をする。
 早速3人は意気投合し、屋敷の探索をする為に動き始めた。行動が早いと感心しつつも、刀剣男士二振は彼女達の背中を追うように動く。



「元気だねぇ」
「落ち込むよりはいいだろう。それに…。俺達もこの空間で全力が出せないことは事実だ。サポートは最大限するつもりだが…。俺達もいつあいつの邪気に意識が呑まれるか分からん。それだけは頭の片隅に入れておいてくれよ、青江」
「そうだね。僕達は最悪どうなってもいいけど…。せめて、被害者である彼女達だけはこの空間から出してあげなくちゃ」




 そんな会話を繰り広げつつ、二振も3人の後を追ったのだった。

Ep.03-s3【狭間の世界での出来事】 ( No.134 )
日時: 2022/06/04 22:25
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 屋敷を探索していた3人と二振は、1階のとある部屋に書物が沢山詰め込まれているのを発見した。試しに一冊開いてみると、ユウリには理解できない言葉で魔法のような記述がなされてあった。"これは何かある"。そう確信した彼女は一同に図書室を詳しく調べることを提案し、皆で手分けをして脱出の手掛かりになりそうな本を探し始めた。


 その最中、ユウリは天井付近にある棚から偶然一冊の本を落としてしまう。近くにいたトウコに拾ってもらい、棚に戻そうとした矢先だった。タイトルに見覚えのある記述があるのを彼女は発見した。
 本の表紙には"ウルトラホール発生 実験議事録"と書かれている。確かに、落としたものはノートのような作りをしており、タイトルも手書きのように見える。
 ユウリはノートを仕舞うのを止め、中身を見てみることにしたのだった。


 どうやらこの屋敷でウルトラホールを開ける実験をしたようで、その様子や実験結果などの記述があった。古い書物なのか所々くすんで見えない箇所があるが、"ウルトラホールを開ける為に必要なもの"等の記載は運よく残っていた。
 トウコも一緒にノートを覗き見、ウルトラホールの実験についての感想を言い合った。



「ウルトラホール…。アローラ地方特有の現象だったよね。なんか、数年前にホウエン地方にも開いたとかって話を聞いたけど。
 あれ? この屋敷にあるもので再現できるのかな?」
「どうかしたの?」
「ウルトラホールを開ける実験、この屋敷で行われていたみたいなの。なら、実験に使った物が倉庫に残ってるかもしれない。もし私達の手で開けることが出来たら、そこを通って元の世界に帰れるかもしれないよね」
「本当ですか?!」



 ユウリとトウコの話を聞いていたメイが背後から元気よく声をかけた。この屋敷を軽く探索して分かったことは、この屋敷には元々"人間が住んでいた訳ではない"ということだった。普通の人間が普段使用するような道具ではない、魔術的な道具が飾られてあったことも気になった。
 ならば、ウルトラホールを開けた実験に使った道具が残っているかもしれないとユウリは考えたのだ。早速倉庫の場所を確認し、取りにいこうと提案をする彼女。しかし、その声を鶴丸が制止した。



「おーい。いい考えを思いついたのはいいが、君達自身が危険な目に遭っては意味が無いのを忘れないでくれよー」
「分かってるって!でも時には勇気を出さなきゃならない時があるの!きっとそれは今なんだよ!」
「本当に分かっているのかねぇ」
「まぁ。本当に危険になったら僕達が止めればいい。そうだろう? 今はやりたいようにやらせればいいさ」
「俺達が止められる範囲のことであればいいんだけどねぇ」



 ユウリは鶴丸の静止の声を振り切り、早速トウコとメイと共に図書室を去っていってしまった。あまりにも危険に対して猪突猛進すぎないかと鶴丸は心配になるものの、青江が"やりたいようにやらせてみればいい"と彼を宥めた。











 ノートに記述があったウルトラホールを開ける為に必要なもの。"コスモウムの置物"とあった為、彼女達はそれを探しに倉庫まで向かった。もう1つの必要なものである"伝説ポケモンのエネルギー"に関しては、ユウリのザシアンとメイのキュレムの力を借りることにした。
 倉庫に立ち入った3人は、早速置物らしき影を探す。しばらく手分けをして探していると、ふと埃が目立つ棚の奥に宝石のような雰囲気を持つ、不思議な置物を見つけた。手に持ってみると、置物は淡く光り始める。思わず驚くトウコだったが、その光に気付いたユウリがノートに描かれた図と見比べ、"でかした"というように顔を綻ばせた。



「トウコ、これだよ!"コスモウムの置物"!これに伝説ポケモンのエネルギーを注げばウルトラホールが開くんだよ!」
「流石ですトウコ先輩!早速青江さん達の元に戻って実験を試してみましょう!」
「そうね。2人には伝説ポケモンをコントロールしてもらう役目があるし、置物はあたしが持って行くわ」



 3人の少女は"帰る道が見つかるかもしれない"という小さな希望を抱き、図書室へと戻っていったのだった。











 再び図書室に戻ると、鶴丸は本を見るのに飽きたのか机にぐったりとしている。青江に"ユウリ達が帰って来たよ"と唆され、寝ぼけ眼だった表情を一変させ彼女達の方を見た。
 お目当ての物を見つけたらしく、物珍しそうな顔で置物を見る。鶴丸や青江から見ても、置物からは不思議な力を感じていた。
 トウコが机に置物を置いたのを確認した後、ユウリとメイは早速伝説のポケモンをその場に出すことに決めた。



「出ておいで!ザシアン!」
「力を貸してください!キュレム!」



 空に放り投げられたボールから出てきたのは、剣を口にくわえた狼のような伝説のポケモン"ザシアン"と、氷のような雰囲気を纏った伝説のポケモン"キュレム"だった。
 ザシアンとキュレムは彼女達にひと鳴きした後、指示に従ってコスモウムの置物にエネルギーを注ぎ始めた。



「ノートの記述によると、エネルギーが溜まっていくごとに置物がどんどん光っていくらしいんだけど…」
「み、見てくださいユウリさん!トウコ先輩!言った傍から光ってます!すっごく怪しいです!」
「なんか、想像と随分違う光り方ね…?」



 メイが指さした先では、彼女の言った通り置物が光り始めていた。しかし、3人が想像していたものとはほど遠く、まるで邪悪なものが蘇りそうな程におどろおどろしい光り方だった。しかし、ここまできてやめるわけには行かない。ここで帰る手がかりを失ってしまえば、いずれ自分達は悪の神の生贄になって死んでしまうのだ。そう思ったら手を止める訳にはいかなかった。


 そのまま様子を見ていると、ふとコスモウムの置物の手前の空気に変化があった。鶴丸は小さな変化に気付き、3人娘を守るように前に立つ。
 それと同時だった。空間を割くように、いびつな小さな穴が空中に開いた。



「わっ!開きましたよ!でも小さすぎて1人も通れそうにありません!」
「エネルギーが足りないのかな。ザシアン、もう少しエネルギーを出す量を『君の全てを失いたくないならそれ以上はやめるんだな』 ……鶴丸さん?」
「嫌な予感がする。俺の近くから離れないでくれよ。―――っ!」
「本が、穴の中に吸い込まれていく―――?!」



 鶴丸がユウリに制止をかけたと同時に、開いたウルトラホールが周りのものを吸い込み始めた。その吸引力は小さくともかなり強く、もしもう少し大きな穴が開いていた場合人間を吸い込みかねないと鶴丸は予測をしていた。
 机に一旦置いてあった本が軽々と穴の中に吸い込まれていく。トウコもそれに気付き、近付いては危険だと穴から離れた。


 暫くすると、穴は徐々に小さくなっていき何も無かったかのように元通りになった。もし、あの中に誤って落ちてしまったら人間はどうなるのだろう。得体の知れない場所で、"自分が自分だと分からなくなってしまうかもしれない"。そんな恐怖を鶴丸は穴から感じていた。
 背後で"実験は失敗だなー"と呑気な声が聞こえる。ユウリのものだった。コスモウムの置物も、いくらザシアンにエネルギーの充填を指示しても先程のように光ることは無かった。仕方なくザシアンとキュレムをボールに戻したのだった。



「ウルトラホールは開けられたけど、あの小ささじゃ人は通れない。次やる時はもっと大きく開けなきゃ…」
「ユウリ。この方法は辞めた方がいい。君達があの穴に吸い込まれてはいけない気がする」
「どうして? せっかく見つけた手掛かりなのに…」
「仮にあの穴に君達が入れたとして、最悪記憶を失ってしまったらどうする? 命を落としてしまったらどうする? 元の世界に戻れたとして、元通りの生活には二度と戻れないんだぞ?」



 鶴丸が珍しく焦っている。青江もそれには気付いていた。あの穴が安全である保障はない上、鶴丸にとっては"危険なもの"だと結論がついたのだろう。青江も同じ考えを抱いていた為、彼に続いてユウリに考え直すよう優しく説得を試みた。



「僕も彼に賛成かな。入ったら最後、何が起こるか分からないものに無暗に飛び込んじゃ駄目だ。もしウルトラホールとやらで帰ることを決めても、もう少し穴の危険性について調べてからでもいいんじゃないかな?」
「そう、かな…。調べているうちに私達、生贄にされちゃったら意味無いんだけど…」
「そうすぐに捕まえた奴が来るわけないわよ!そのつもりならあたし達を自由にしている訳がないもの。それに…あたしも、あの穴を見た時嫌な予感がした。あたしの大事な人が、巻き込まれてひとりぼっちになっちゃう気がしたの。
 ねえユウリ、お願い。別の方法を探さない? 無理やり穴を開けたら、今度こそあたし達無事じゃ済まない気がするの」



 トウコも鶴丸達に続いてユウリの説得に入る。彼女のまっすぐな目にユウリは遂に折れた。みんなが"危険"だというならば、みんなを巻き込んで危険なことを続ける義理もない、と。彼女は大人しくノートを鶴丸に渡す。彼は"ありがとう"とユウリの頭を撫でた後、ノートを棚の中に戻したのだった。
 大事な人が巻き込まれる。ユウリはふとネズのことを思い出していた。もし彼が、あの穴に巻き込まれたらどうなるのだろう?ポケモンのことや歌うことも忘れて、死人のように知らない世界を彷徨い続けることになった暁には―――一体、何が見えるのだろうか。
 そう考えたら、ユウリは背中が凍り付くように冷たくなった。



「まぁ、生き急ぐこともない。アンラの野郎の気配を今は感じないってことは、まだ"手を出す時じゃない"ってことだからな。ゆっくり脱出方法を模索しても罰は当たらないと思うぜ?」
「そうですね…。わたし、クダリさんと早く会いたくてそわそわしちゃってたかもしれません」
「きっと一日二日じゃ脱出できるとは思えないからね…。折角見つけた屋敷だし、有効活用させてもらおう。幸いベッドやシーツはまだ使えそうだったからね。電化製品も電気を流せば動かせるはずだよ」
「(悪い神様がここに来るまでに…何とかここから脱出しなきゃ。生きて、もう一度ネズさん達に会うんだ…!)」




 ユウリの猪突猛進から始まった小さな脱出作戦は失敗に終わったが、まだアンラの気配は感じない。しかし、時間の猶予が沢山残されているとはユウリにはとてもではないが思えなかった。
 必ずここから生きて脱出する。そして、ネズ達に元気な姿を見せる。ユウリはそう心に誓ったのだった。




 Ep.03s-3 【狭間の世界での出来事】 Fin.


 to be continued…