二次創作小説(新・総合)
- Ep.03-s5【繋がりの温泉街】 ( No.151 )
- 日時: 2022/08/20 22:02
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
それはなんてことのない、とある日常が広がるある日の出来事だった。現在、議事堂ではラルゴの指示で刀剣男士達が各々彼の仕事を手伝っている。ポケモントレーナー達は皆仕事や用事など各々の要件を済ませに全員出払っていた。
鬼丸が持っていた一番重そうな荷物を町長室へ運び込んだのと同時に、ラルゴは休憩を入れることを提案した。朝から荷物の運び出しを手伝ってもらっていた為、まとまった休憩時間を取るようにと彼は一同に指示をした。
エントランスで話をしている矢先の出来事である。各々昼食を取りに行こうとしていたところ、彼らの背後からラルゴを呼ぶ声が聞こえてくるのが分かった。
振り向いてみると、そこにいたのは物腰柔らかそうな、黒髪で眼鏡をかけた男性と、茶髪をお団子に結んだ女性だった。彼らの左手には指輪をしており、2人は夫婦だということが見て取れる。
何か用かとまじまじとラルゴが夫婦の正体を探ろうとしたと同時だった。夫婦が彼の正体を悟り、ラルゴに飛びつくように突然縋りついたのだった。ラルゴも夫婦が顔見知りだと理解し、茫然としている刀剣男士を尻目に再会を喜んでいた。
「ママ!本当にお久しぶりです…!お店が潰されたと聞いた時は心臓が飛び出るかと思いました」
「私達、お店が潰れてからというもの気が気じゃなくて…。ママの無事をひたすら祈っていました」
「んもう、大袈裟ね!確かにアタシのお店は潰されちゃったけど、一緒に潰れちゃったわけじゃないわよ。こうして今は元気に頑張っているのよ」
話が弾む3人をよそに、開いた口が塞がらない刀剣男士達。いてもたってもいられず、思わず前田が悪いとは思いながらも話に口を挟んだ。
「町長殿!どういうことなのでしょう? 彼らは一体?」
「あっ。ご、ごめんなさいね…。嬉しい再会だったものだから、つい舞い上がってしまって。彼らはアタシの昔経営していたお店の常連さん。アタシと同じ世界出身で、元々宿屋業を営んでいたのよ」
「ツムグといいます。こちらは妻のハツネ。よろしくお願いします、皆さん」
「夫の紹介に預かりました、ハツネと申します。夫婦共々よろしくお願いいたします」
ラルゴの紹介を受け、夫婦―――ツムグとハツネは自己紹介をした。ラルゴと同じ世界出身だということも驚きだが、元々彼の営んでいた店に通い詰めていたことにも驚いていた。
彼は元々ネオンシティという場所でバーを経営していたが、その近辺で宿屋業を営んでいたらしい。懐かしそうに思い出を語る彼らにとって、ラルゴが恩人だということなのは本当だろうと仕草や声色ですぐに分かった。
「ネオンシティで宿屋業を始めたのはいいものの、中々経営が上手く行っていなかったんです。それで、落ち込んでいた僕達を助けてくれたのがママ…ラルゴさんだったんです。
それにしても10年ぶりくらいになるのかな。ママ、何も変わってないなぁ。当時のままだ!」
「本当。見た目もそうだけど、気さくなところも何も変わっていないわ!」
「うふふ♪ 皆の悩みを受け止める者として、常日頃から自分自身のケアを怠っていないだけよ!」
ネオンシティという場所は非常に治安が悪い。新人経営者として歩み出した夫婦が選択した場所がそこしかなかったというのも理由の1つだったが、やはり客の態度が非常に悪く精神的に参っていたらしい。
今は仲睦まじきおしどり夫婦になれているが、当時はお互いを理解する努力もせず顔を見合わせれば喧嘩、喧嘩の毎日だったらしい。そんな彼らに声をかけ、店に誘ってくれたのがラルゴだった。彼女の話やアドバイスを聞き、経営のコツを少しずつ習得していった夫婦は自分なりに宿屋業を営んでいくことに成功したのだ。それ以降、夫婦ともに彼女のバーの常連になったのだという。
夫婦に"何も変わっていないなぁ"と言われ、ラルゴは嬉しそうに笑ったのだった。
「……そうか。あんた達も苦労してきたんだな」
「それで、本題に戻るけど…。実は、アタシ今この街の町長をしているのよね。ここにきたってことは、アタシに会いに来たのとは別に何かご用事があるのかしら?」
「ママに会いたかったのが一番の理由だけど…。実は、そうなんだ。この王国で、温泉旅館を開きたいんです」
「温泉旅館、ですか?」
「ええ。わたし達、王国の皆さんの癒しの場を提供したいんです。微風の村の町長さんに城下町の話を聞いたところ、長年使われていない旅館がある、という情報を耳にしまして。そこに温泉を引いて、旅館経営をしていきたいと考えたんです」
ツムグとハツネが議事堂に現れた本当の目的は、城下町に"温泉旅館"を開きたいという願いを聞き入れて貰うことだった。確かに観光地としても少しずつ復興を遂げている今の状態で皆の憩いの場が増えるとなった場合、街をもっと知ってもらう為の足がかりとなるだろうとラルゴは考えた。
彼らの提案に嬉しそうに頷き、いい考えだと賛成をした。彼らの話通り、城下町には使われていない大きな旅館が存在した。ほんの少し建物は古いが、リノベーションをすれば立派に宿屋として経営していけるとラルゴは言ってのけた。
「本当ですか?!」
「本当よ!この街を観光してもらった後に癒せる場所があるってことは、街にとってもプラスになることばかりだわ。アナタ達がこの街に移住してくれるというなら、すぐにリノベーション工事の手配を進めるつもりよ」
「ありがとうございます!わたし、この王国も大好きなので…。夫と一緒に、もう一度宿屋を経営するなら絶対にこの城下町でやろうと決めていたんです」
「あら~!そう言ってくれると嬉しいわ~!それじゃ、色々希望とかも聞かなきゃいけないから一旦町長室まで一緒に来てくれる? あ、刀剣男士ちゃんたちはそのまま休憩に行っちゃっていいからね♪」
そう言って、ラルゴは夫婦と共に町長室へと姿を消した。自分も正に休憩に入ろうとしていた時でもせかせかと働く彼の姿に、どこからそんな元気が湧いて来るのかと鬼丸は不思議に思っていた。
このまま彼を待っていても何もないことは全員が分かり切っている。彼の言葉通り休憩に入ろうとした矢先、鬼丸が口を開いた。
「おい。あの男の言っていた言葉…。引っかかるものを感じた」
「……どれだ。主語を話せ」
「"当時のまま"という言葉だ。おれには、あの夫婦が言っている言葉が"あの時から全く姿かたちが変わっていない"という風に捉えられた」
「……化粧が当時のまま上手いからそう見えているだけじゃないのか? 町長は普通の人間だと俺は思う…」
「うーん…。鬼丸殿が感受性豊かな刀だということは承知しています。そんな貴方がそう感じたということは…本当に町長殿がお若く見えたのでしょうね。当時のまま」
「余計な言葉を口走るな、前田」
「おっと。失礼いたしました」
鬼丸にはツムグの言っていた言葉が妙に引っかかっていた。ラルゴの容姿についての感想だった。いくら外見が老けないといっても、いくら整った容姿だとしても人間には"老い"というものが存在する。10年も経てば、それなりに年を取った形跡が見えるのは当然のことだ。
しかし、ツムグはラルゴを"当時から容姿が全く変わっていない"と感想を口走ったように聞こえた。まるで、彼の身体が当時のまま時が止まっているかのように。
鬼丸の話を聞いて、前田も腕を組み考える。確かにラルゴは若々しい。しかし、その容姿に比例して世の中の情勢を深く知っているのだ。年配にならないと理解が出来ないレベルの話題にまでついていっている姿を以前見かけたことも思い出した。
考えれば考える程、ラルゴについての謎は深まっていくばかりだった。
「町長殿、よきお方なのは充分承知しているのですが…。不思議なお人ですよね。世の中を知っている割には、身体がずっと若々しいというか」
「……ネズみたいに、メイクで大人びているように見せている訳でもないからな…。前にそれとなく聞いてみたが、化粧は別に濃くないらしい…」
「人間ではありそうだが、只者じゃない…"普通の人間じゃなさそう"なのは考えねばならん」
「……今度それとなく探ってみるよ。まぁ、はぐらかされるだろうとは思うが…」
鬼丸と前田の言葉も受け止め、大典太は今度ラルゴにそれとなく話を振ってみようとふと思った。
そして、彼らは昼食を取りに話を切り上げ解散したのだった。
皆を支えてくれる、不思議な町長の正体。それは、本人以外には今は分かり得ないことだった。
Ep.03s-5 【繋がりの温泉街】 END.