二次創作小説(新・総合)
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.161 )
- 日時: 2022/10/10 22:04
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
部屋中に感じていた甘ったるく気持ち悪い気配が一気に消え去った。恐らく元凶であろうジェシカがこの場からいなくなったからなのだろう、と大典太は辺りを見回した。無事を喜び合う面々が視界に入るのと同時に、床に倒れ込んだノボリの手を掴み引っ張り上げるネズの姿が映った。
慌てて彼らに近付くと、丁度立ち上がった2人と鉢合う。戦いの中で少し汚れはついてしまったようだが、どこも怪我はしていなさそうに彼には見えた。
「……大丈夫か?」
「双方五体満足で無事ですよ。敵の大元には逃げられちまいましたが」
「……あんた達が無事ならそれでいい。無理を承知で来てもらっているんだ。怪我などされたら弟や妹に顔向けできないだろう…」
「お気遣い感謝いたします。しかし…これくらい想定の内でございますよ、大典太さま」
得体の知れない場所に行くと決めたときから、彼らはこういった目に巻き込まれることは覚悟していた。
人の常識を超えた力を持つ連中。一筋縄では行かないことは理解していたが、いずれは壁を越えねばならない。そのために、やはり彼女に逃げられたのは大きいとネズは改めて悔しそうに表情を歪めた。
そんな彼を大典太は改めて慰める。そもそも、今回は悪神のしもべと遭遇したことが想定外だった。審神者を助けられた。この場に参加した皆の命が無事だ。大典太にとってはそれだけで良かったのだ。
ノボリも大典太の言葉に賛同し、付け加えるようにネズに諭す。
「わたくしの推測の域ではございますが…。あの方は今回の暴走により、恐らく政府に目をつけられた筈です。そう簡単に表立って動くことは敵わないのではないでしょうか?」
「……確かにな。暴走したことは恐らく本部にも伝わっているだろう。今剣と厚のこともある。……本部もあいつを探して何とかするために動くだろうな」
「おう。今しがた本部の方からそう連絡があったぜ」
話し合っていた彼らの元に暁、そして明石が近づいてきた。彼らも―――本部にとってもジェシカの今回の暴動は看過できないと判断したらしい。本部でも彼女の気配を追うことをはっきりと口にした。
目的は違うが、政府は敵ではない。暁の目を見て、大典太はそう判断したのだった。
いつまでも離れた場所で話をしているのもなんだと、彼らは自分達が座っていたテーブルがある場所へと戻る。付近で眠っている参加者も、大部分が目を覚まし無事を分かち合っていた。
「今回の動き、天下五剣のことについては俺から本部の連中にはっきりと伝えるよ。"回収はしなくてもいい。自分達で制御できているから問題ない"ってな」
「そうかそうか。まあ、本部もかめら越しに俺達の雄姿を見ているはずだからなあ。証言があれば、反論は出るまい」
「そうとも限らんがな。あいつらのことだ、何かと理由を付けて難癖をつけてきそうだ」
「そりゃそういう意見も出てくることは分かってる。だけど、本部の連中もお前達がしっかりと皆を助けるために自分の力を使ったことは見てるんだ。難癖も何とかしてみるさ」
会場には監視カメラが何台も取り付けられている。ジェシカの悪事を本部が把握したのと同時に、天下五剣の回収も必要ないということも伝わっただろうと暁は結論をつけていた。四振とも、率先して自分の出来ることをやっていた。彼らも直に雄姿を見た以上、変な反論が出ても抑え込めるだろう。
無事に自分達がいるべき世界へと戻れることを確信し、四振は安堵の表情を浮かべた。それと同時に、信濃が思い出したように暁に問いかける。
「ねぇねぇ。今剣と厚はどうするの? 元に戻ったとはいえ、そのままってわけには行かないでしょ?」
「あー…。まぁ、そうだな」
信濃はそのまま二振のいる方向を指さす。そこでは、オービュロンと柊と共に楽しく話をしている彼らの姿があった。
暁は少し考える素振りをする。それをフォローするように明石が口を開いた。
「せやなぁ。あいつに何かされた後遺症が残ってへんか、一応検査することになるやろなぁ。後は、彼らが決めることや。自分は口出し出来ひんよ」
「一緒にお前達の世界に連れていくことは出来ないだろうなぁ…。お前達の世界に落とされたのは事実だが」
「……そうか。検査で問題がなければ、俺達のいる世界に戻れる確証はあるんだな?」
「あいつらが望めば、だけど」
見つめる気配に気が付いたのか、今剣がこちらに気付き目線を合わせる。そして、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってきた。自分達の話をしていることを悟り、大典太達の世界について聞いてみる。
彼らが今いる場所を簡単に伝えると、彼はきらきらとした瞳を彼らにぶつけた。どうやらリレイン王国に大層興味を持ったようだった。
「りれいんおうこく? なんですかそれ?」
「心が温かい方々が沢山いらっしゃる、とても良い国です。僕達のような人ではない存在も快く受け入れてくださいますよ」
「俺もリレイン王国気に入ってるよ。それに、大将が堂々と元の姿で歩けるからね!」
「皆さん懐がトテモ広いデース!」
「へぇ。お前らがそんなに気に入ってる国なら、俺も気になるぜ!」
短刀達の話を聞き、暁は納得がいったように静かに頷いた。検査で問題がなければ、しっかりとリレイン王国へと送り届けることを約束してくれた。
審神者達も各々話を続けている。これ以上余興に浸る意味はないだろう。そう彼は判断し、早速検査をするために今剣、厚を引き連れ本部へと去っていったのだった。
それと同時に、ジェシカに襲われた審神者とその近侍である山姥切が声をかけてきた。見たところ、審神者はしっかりと意識もあり話も出来る。無事に彼女から受けた闇が全て祓えたのだと彼らは判断した。
「助けてくれて本当にありがとう。山姥切達を残して死んじまうところだったよ…」
「俺からも感謝を述べさせてもらう。俺達の主を助けてくれて…本当に、ありがとう」
「……終わり良ければ総て良し、だ。気にするな」
「そうは問屋が卸さないんだ!聞いてくれよ、酷いんだぜあいつ!他の審神者のみんなが頑張って鍛刀したりイベントをクリアして迎え入れたレア刀を、片っ端から"寄越せ"って歩いて回ってたんだ!」
「逆に、俺達や粟田口の短刀みたいな刀には目もくれてなかったな。あいつ…何がしたかったんだ?」
「どんなのどうだっていい!皆の努力の結晶を横取りするなんて…ああ、思い出しても腹が立つぜ!」
「やっぱり色々な審神者にちょっかいかけてたみたいだな…」
どうやらジェシカはレア刀を引き連れている審神者に片っ端から声をかけ、彼らの刀を根こそぎ奪おうとしていたらしい。何が目的かは結局分からなかったが、今剣と厚に施した仕打ちから考えると―――碌な考えを持っていないことには簡単に結論がついた。
何はともあれ、皆無事に助かった。脅威が去ったことを喜ぶべきだと大典太が伝えると、怒りをあらわにしていた審神者も気持ちを切り替え残りの会合の時間を楽しむことにしたのだった。
山姥切達が元の席に戻ったのと同時に、襖から司会の女性が現れる。そして、今回の騒動で騒がせたことを謝罪した後、会合を続ける連絡を口にした。
幸い会場は刀剣男士とその場にいた皆の協力のお陰で軽いヒビが入った程度で、どこも壊されていない。このまま審神者会合を続ける判断を本部が下したのだった。
「よーし!気持ちを切り替えて私達も楽しむぞ!長曽祢さん!むっちゃん!」
「あたしも色々回ってこようかしら。この建物も歴史的な造りだもの。何か学んで帰りたいわ」
「じゃ、各々自由行動ですかね」
一同もネズの言葉に賛同し、残りの時間を楽しむことにしたのだった。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.162 )
- 日時: 2022/10/11 21:52
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
再度楽し気な宴の雰囲気が会場を包む中、ネズは1人屋上の展望台にいた。
静かに閉会まで過ごすつもりが、あのお喋りな審神者が彼らの活躍を大袈裟に口にしてしまったことで好奇の目に晒された。やれポケモンだ、やれ珍しい刀剣を持っているな、やれ不思議な恰好をしているな、と今までもみくちゃにされていた。
元々人混みはあまり得意ではなかったが、今回のことで下手に目立ってしまったのが裏目に出てしまったのだ。
眉間にしわを寄せるネズに気付いたのか、ひっそりと大典太は彼に屋上の展望台は自由に使ってもいいことを彼に話す。今ならば審神者は殆ど宴で盛り上がっている。人もそこまでいないだろうという算段で、自分を盾にして会場から人知れず逃がしたのだった。
ベンチに座り、ネズはぼーっと空を見る。どこまでも広がる青空。まるで、最初からあの騒ぎがなかったかのような静けさだった。
「光世たちには感謝せねばなりませんが…。この静けさが今は心地いい。まるで、さっきの事件が夢のようです」
そう、ぽつりと小さな言葉が口から零れる。彼の音色は空に溶けるようにふっとそよ風に消える。彼に合わせるように、隣に立っていたタチフサグマも雄たけびを上げた。彼の小さな声とは対照的に、空気を響かせるような大声が空に舞った。
「どうしたんですタチフサグマ。暴れ足りないんですか?」
「シャウトアウッ!」
「仕方ないでしょう。対峙した相手は人間じゃない、ポケモンでもねぇんです。五体満足で、誰も大した怪我もなく平穏が戻って来ただけでおつりが来るくらいですよ」
『暴れ足りないのであれば、わたくしと一戦交えてはいただけませんでしょうか?』
ふと、タチフサグマではない声が背後から聞こえてくる。思わず声の方向を振り向いてみると、コツコツと規則正しく響く靴音とシャンデリアの心地いい音が聞こえてきた。
黒い制帽を被った道化師のような車掌。ノボリとシャンデラがこちらに近付いてきていた。ノボリはネズと目線を合わせると、小さく手を振る。そして、ネズの座っているベンチの近くに静かに立ったのだった。
てっきり閉会まで宴を楽しむものだとネズは考えていた。ふと零したその言葉を聞いて、ノボリは小さく首を横に振った。彼にも思うところがあったらしく、他の面子が楽しく話をしている隙に会場をこっそり出たのだという。
「あのねぇ。タチフサグマもシャンデラも疲れてるでしょうよ。おれはここでポケモン勝負はしたくありませんね」
「しゃあん!でらっしゃん!」
「実はシャンデラも力を持て余し気味でして…。先程の女性―――ジェシカを取り逃がしたことに酷く憤慨しているようなのです」
「だからってそれを勝負で晴らそうとしないでくださいよ。きみの炎、どんだけ燃え上がるか自分で分かってるでしょう? 最悪この建物一瞬で燃えますよ。一瞬で」
「しゃん!しゃん!でらっしゃあん!」
「シャウトアウッ!」
「タチフサグマもやる気満々でございますね」
「はぁ~…」
シャンデラとタチフサグマはいつの間にか彼らから少し離れたところで鳴き声を響き合わせている。ポケモン勝負を断られた以上、せめて他のことで収まらない気持ちを何とかしようと考えたのだろう。
彼らの鳴き声をBGMに、ネズとノボリは無言で時を過ごしていた。いつもは町中に響き渡る彼の大声も、今はなりを潜めていた。
―――しばらくの沈黙の後、ふとノボリは思い出したように声をかけた。
「時に…ジェシカの確保を急ぐ算段の途中―――ネズさま。何故囮を買って出たのでしょう?」
「はい?」
「い、いえ。随分と手慣れた動きだったのが妙に引っかかったのでございます。あの時は彼女の動きを止めるのが最優先だと判断した故、こうして落ち着いて考えた末でのわたくしの思想なのですが…」
彼はネズの動きに何か引っかかりを覚えていた。ジェシカがネズの細い首を絞めようとしていたあの時。彼は逃げる素振りもせず、ただ運命を受け入れているように見えた。だからこそ、彼女に隙が生まれ一時的にでも動きを止めることに成功したのだが……。
首を絞められる。普通の人間ならば抵抗してもおかしくないその動きを、彼は静かに受け入れているようにもノボリには見えていた。それが、不思議でならなかったのだ。
言葉を聞いたネズはまた小さくため息をつき、"役割分担ですよ"と小さく返した。
「何も、あの時どっちかが囮にならなきゃあいつは捕まえられなかったんです。ポケモンに囮を頼むなんて以ての外です。だったら、力もあって対処の仕方も分かってるあんたが捕まえる役を担った方が明確でしょう。適材適所、って奴です」
「なんだか上手くはぐらかされたような気がしてならないのですが…」
「さて。どうだかね」
ネズから一応の答えは貰ったが、ノボリの心は腑に落ちなかった。いくら役割分担だといっても、普通ならば命の危機に晒されたならば抵抗の1つや2つ、するのが人間だ。
―――しばらく頭の中で思想を浮かべ、彼はふっと1つある考えが頭に浮かび上がった。そういえば、彼はスパイクタウンのジムを―――彼の愛する街を守るために、何をしてきたのだろうと。
「あの…。もし、わたくしの筋違いであればそれで構いません。が…。ネズさま。もしかして、スパイクタウンを守られるために…ご自分を犠牲にしてきたのでしょうか?」
「…………。どうして、そう思うんです?」
「以前、あなたさまに伺ったお話がふと頭の中に浮かびまして。もしかしたら…と、つい口にしてしまったのでございます。ご気分を害されたら申し訳ございません」
「……ご想像にお任せしますよ。でも…自分が盾になって街を守らなきゃ、スパイクタウンはとっくの昔に街という機能を失っていたかもしれない。……ガラルのリーグの娯楽に、使われていたのかもしれねぇ」
半ばヤケクソ気味にネズは吐き捨てた。今でも悔しい思いがあるのだろう。その言葉には様々な負の感情が滲んでいたようにノボリには聞こえた。沢山の後悔の念。我慢が得意な彼のことだ。この声の裏側には―――自分達が想像できない程の苦悩が詰まっているのだろう。そう考えただけで、ノボリの胸がチクリと痛む。
なぜこんな、自分達より一回りも若い彼がたった1人街を背負って、傷付かなければならないのか、と。
「街を存続させるため、必死にメジャーリーグを守ってきました。マリィに不自由させないため…エール団に心配をかけさせないため…そう思って、自分の気持ちなんて二の次です。ガラルのリーグは…"強さが全て"ですからね。愛する街を守るためならなんだって出来ましたよ」
「……そう、ですか」
「納得できました? こういう答えで」
ああ、また負の気持ちをあなたは隠すのですね。いつものように哀愁を浮かべた微笑みを見たノボリはふと、そう思った。そして、彼は確信に至った。
環境が彼をこうしたのではない。彼は元々、生まれつき"自分を後回しにする人間なのだ"と。エール団が王国の自警団のようなことをやり始めた時に、"ネズさんの『大丈夫』は、大丈夫じゃないときがある"という話を聞いたことがある。
元々、周りに頼ることが出来ない人間なのだ。だから、何でも自分で解決しようとする…。そして、自分がどんなに苦しくても周りに助けを求めない。彼は、そういう人間なのだと。
ちらりとネズの方向を向くと、彼は先程のように再び空を見ていた。しかし、その瞳は震えていた。スパイクタウンを廃れさせたことへの気持ちが、そこに全て現れているような気がした。
ならば。友として自分が出来ることはなんなのか。ジムリーダーを明け渡した今の彼を支えるために、自分は何が出来るだろうか? 考えるより先にノボリの身体は動いていた。無意識に、彼の頭に優しくぽんぽんと触れたのだった。
「あのですねぇ…。おれ、子供じゃないんですけど」
「わたくしからしてみれば十分子供でございます!それに…ネズさま。あなたはお優しい方です。ですから、周りをもっと頼るべきでございます!
わたくしも。あなたの友として、あなたの苦しみや悲しみを分かち合いたい。喜びや楽しみは共有したい。心からそう思っております」
「友、ねぇ」
ネズから皮肉のようにぽつりと零れた言葉に、ノボリはまたチクリと心が痛んだ。やはり、彼は表向き自分達と仲良くしてくれていただけだったのだろうか? あのセッションの誘いも、仕事上の関係だから? 彼の気まぐれで? ぐるぐると悪い考えが頭の中を駆け巡る。
そんな彼の考えをぴしゃりと止めたのも、またネズの言葉だった。
「……おれ、普段自分のこと絶対話さないんだよね。弱音も絶対吐かないようにしています。自分の弱点知って喜ぶ人間が何処にいます? そう、思ってましたから。
でも…なんで…なんで吐いちゃったんだろうね。あんた…いや、あんたたち双子には"吐いてもいい"って思っちまったのかもね」
「ネズさま…」
「あー。ここまで来て陰気になっても仕方ないですね。……ノボリ。さっきあんた"一戦交えませんか"って言ってましたよね?」
「えっ? は、はい。確かにそう申しあげましたが」
「時間的にもあれですし…盛り上がりすぎて会場壊すのも忍びないですし。1体と1体、入れ替えなしの一発勝負であれば。受けて立ちますよ」
まさか。今まで"ポケモン勝負"を何かと理由をつけて断っていた彼が。遂に、自分との勝負を受けてくれる気になった。
どういう心境の変化かは知らないが、ノボリにはその事実が大層嬉しく思えてきた。事実、彼はずっとネズとの勝負を望んでいたのだから。場所が場所だから変則的なルールではあるが、"勝負が出来る"。その事実があるだけでも、湿っていた彼の心にも光が差し込んできたような気がしていた。
途中から話を聞いていたのか、いつの間にか彼らの傍にはパートナーのポケモンが戻ってきている。ポケモン勝負が出来ると分かったのか、双方力を有り余らせているようだった。
「ネズさま…!遂に!遂にわたくしとの勝負を受けてくださるのですね?! この時をわたくし、待ち望んでおりました…!さあ!さあ!心躍るバトルをいたしましょう!」
「ポケモン勝負のこととなると本当暴走機関車になるねあんた…。ま、でも湿っぽい空気のまま帰りたくないですし、寧ろそっちの方が今は嬉しいですよ。元ジムリーダーのおれと、今やバトル施設の長のあんた。実力に差はありそうですが…喰らい付いてやりますよ。
さ、早速始めましょう。行けますか、タチフサグマ」
「シャウッ!」
「シャンデラ!わたくしとあなたのコンビネーション…ネズさまに余すことなく披露いたしましょう!ではっ、出発進行ーーッ!!」
「でらっしゃーん!!」
ガラルでトップ3の実力を持つと噂される男と、イッシュに蔓延る地下の王者である男。
後に彼らを迎えに来た大典太は呟いた。この勝負は"稀に見る大接戦だった"と……。
- Ep.03-ex【とある本丸の審神者会議】 ( No.163 )
- 日時: 2022/10/12 22:12
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)
一試合終え、双方満足そうな表情で会場に戻る。宴を楽しんでいた人々に話を聞くと、丁度先程閉会宣言が出されたばかりだった。周りを見回してみると、確かに帰り支度をする審神者の姿がちらほらと見えた。
同じテーブルに座っていた面子も、各々帰宅するため準備を整えていた。既に2人がポケモン勝負で大接戦を繰り広げたことは知れ渡っており、シロナからは羨望の眼で見られていた。
「聞いたわよ。今の今まで屋上で熱いポケモン勝負を繰り広げていたそうじゃないの。ずるいわ、あたしを差し置いてバトルするなんて。誘ってくれたら参加したのに」
「あのですね。ポケモンのわざで会場が破壊されたらどうするんですか。だから入れ替え無しの1vs1だったんですよ。しかもあの戦いの後休まないままだったのが不幸中の幸いです。もし全力だったら確実に会場焼け落ちてましたからね」
「それで? どちらが勝ったの? 稀に見る大接戦だった、って話だけど」
「……光世?」
「……すまん」
口が堅いと自分から言っておきながらシロナにしっかりと勝負の行方までばらしているではないか。そういった思いを込めて、ネズは大典太をじっと見る。流石の大典太も彼のジト目にはおろおろして言葉を失っている。
そんな表情を見た後、彼は大きくため息をついて口を開いたのだった。
「一介の元ジムリーダーであるおれが、現役のバトル施設長に敵うと思います? これだけで説明は充分でしょうに」
「いいえ、ネズさま。それは語弊がございます!聞いてくださいませシロナさま!大典太さまの仰られる通り、わたくしから見ても類まれなる大接戦だったのです!スーパーブラボーな勝負だったのでございます!!
わたくしの読みを上回る大変ブラボーな読み…!特にシャンデラのオーバーヒートをタチフサグマが見事ブロッキングした際は――『はいはい、長くなるならさっさと帰る準備しますよ』 ネズさま!わたくしまだ話したいことが…!」
「しぇからしか! 他の人待たしとるけんね、ちゃっちゃと帰宅の準備しんしゃい!」
「ま、ましぃ…」
「…………。白熱したバトルだというのは充分伝わったわ。今度シュートシティで会ったらあたしとも勝負してね」
「勿論でございます!」
「はい、じゃあこの話終わり。ほら、政府から言われたこと報告するんでしょ? 帰りますよ、光世」
「あ、あぁ……」
この時ばかりは、大典太の目にネズは幼子を叱る母親のように映ったという。後に、帰宅後本人にぼそりと伝えたところ、信じられないものを見るような目で見つめ返されたのだとか。
帰りの準備を済ませ、前田達の方を見る。そこでは柊達と別れの挨拶を済ませている光景が見えた。
「柊殿!本日はとても楽しかったです!またご縁がありましたら、今度はお茶でもしながらゆっくり話をしましょう!」
「私も終末の世界については全然知らないからなー。今度は観光目的で行こうな。むっちゃん、長曽祢さん!」
「そん時はリレイン城下町をごとごと散歩出来たらええのぉ主。わしも楽しみにしちゅーからの!」
「よし。別れの挨拶はこれくらいでいいか。今日は世話になった。また縁があったらよろしくな!」
「うん、そうだな。それじゃ、お先に失礼するよ。また縁があったらどこかで会おう!またね!」
「お世話になりましたー!」
「またねー!」
前田と信濃の声を背に、柊一行は自分の世界へと戻っていった。それと同時に石丸と三日月も一礼をして会場を後にするのだった。
シロナは一同と話し合った結果、リレイン王国に顔を出してからシュートシティへと向かう算段のようだった。やり取りを済ませているうちに、会場が静かになっていることに気付く。辺りを見回してみると、その場に残っているのは自分達と、場を管理している暁、明石だけになっていた。
「今何時クライでしょうカネ?」
「えーっと…。19時くらいかな。ここに来てから随分経ってたんだねー」
「遅くならないうちに我々も帰還いたしましょう。貴方の主がお待ちですよ」
「……そうだな」
一同も暁と明石に改めて礼をし、その場を後にするのだった。
こうして、審神者が集まる世界での大変な会議は無事、幕を閉じたのだった―――。
―――こんのすけが気を利かせて議事堂の前へと転送場所を変えてくれたのが幸いだった。彼に感謝をしながら、消えていく扉を見つめる。そして、一行は一旦解散をするのだった。
刀剣男士達はサクヤへ今回の顛末の報告へ。そして、ネズとノボリ、シロナはマリィ、クダリ、キバナを回収し夕飯の仕込みに向かう選択をした。議事堂の前で別れ、大典太達は早速神域へと帰還するのだった。
神域ではサクヤが彼らの帰還を祝福した。こんのすけから既に大体の話は聞いており、全振が何ともなく帰ってこれたことに安堵の表情を浮かべていた。
「おかえりなさいませ。まずは皆さんが無事に帰ってこれて本当に良かった」
「……まぁ、平和にとはいかなかったがな」
「本当だよー。大変だったんだよ? アンラの分身とかいう奴が、罪のない他の審神者を暴走させちゃって…。ね、大将?」
「ワタシも一時ひやひやシマシタヨ!」
「アンラのしもべは"ジェシカ"と名乗っていたそうですね。以前ドルピックタウンでキバナさんを一時闇に陥れた"マイケル"という存在と併せて考えてみても…。やはり、しもべを名乗る存在は他にも世界中に潜んでいそうですね」
「見つけたら斬ればいい。今回は逃げられたがな」
「……常にあんたみたいな考え方が出来る奴ばかりだとは思わない方がいい…。今回だって、ネズ達の助力があったからこそ審神者の呪いを解呪するのに集中できたんだろうが」
「ふん。あの悪使いの男といい、黒い車掌といい―――お人好しが過ぎる。いつか自分の身を滅ぼすぞ」
「縁起でもないこと言わないでください、鬼丸殿!」
やはりサクヤもアンラのしもべについては気にしていたらしい。マイケル、ジェシカ。この世界に潜んでいる"しもべ"と呼ばれる存在は他にもいるのだろうと推測していた。
斬ればいいという鬼丸を何とか宥め、サクヤ側でもしもべについての調査を自分なりに進めてみることを答えた。彼らの尻尾を掴むことが出来れば、打倒悪神への一歩に必ず繋がると考えていたからだった。
「……無理はするなよ、主」
「善処いたします。お気遣いありがとうございますね、光世さん」
大典太の言葉に、サクヤはふわりと笑みを浮かべたのだった。
―――サクヤへの報告も済ませた一行は、神域を出て食事をとることにした。最初は鬼丸が単独で離れようとしたのだが、前田と信濃に両側からがっちりホールドを受けており、今は自由に動くことが出来なくなっていた。
しばらく住居区の廊下を歩いていると、ふと鼻を掠めるいい香りが広がってくるのが分かった。
「おや? とても香ばしいかおりがいたしますね」
「美味しそうな匂い!もしかしたら誰か何か食べてるのかも!行ってみようよ前田!」
美味しそうな匂いに気付いた二振は、掴んでいた鬼丸の腕をぱっと離し匂いの元を辿る。その隙に鬼丸は逃げようとしたのだが、大典太が"短刀を裏切るな"という目で睨んできたため逃げるのを辞めた。大典太はつくづく短刀には甘いのである。
彼らを追いかけてみると、ダイニングキッチンのような広い空間に出た。そこでは、今まさに食事にありつこうとしていたネズ達6人と彼らの手持ち達、そしてソハヤの姿があったのだった。
「あ。みんなも今からご飯?」
「ええ。実はそうなのです。マリィ殿もそうなのですか?」
「うん。アニキが一緒に食べた方が効率的だからってみんな呼んだんよ。今日はカレーだよ。いっぱい作ってると思うし、前田くん達も食べてく?」
「いいのですか?」
「構いませんよ。張り切りすぎて作りすぎちまいましたから」
「そんなこと言って~。分かってたんだろ、前田くん達が来るの」
「キバナ、おまえの分だけ肉抜きです。皿を寄越しなさい、前田に渡しますから」
「えーー!!褒めたんだからそんなみみっちいことするなよネズ~!!」
やいのやいのと皿の取り合いが始まる中、大典太達は空いている席へと座った。キバナの猛攻を華麗にかわしたネズはそのままキッチンへと姿を消し、座った人数分の刀剣のカレーを持ってきたのだった。ちなみに、キバナのカレーは無事死守されたようである。
ガラルではカレーが名物料理として流行っており、その種類はなんと151種類もあるのだそうだ。勿論、ガラル出身であるネズやマリィ、キバナも一通り作り方を覚えている。
ノボリもクダリもシロナも、カレーは社食や外食で食べたことはある。しかし、ガラル地方の手作りカレーを口にするのは初めてだった。
「あたしもお邪魔して良かったのかしら?」
「既に町長さまにはお話を通しております故、本日は空き部屋を自由に使ってお休みください、とのことです。明日、ゆっくりシュートシティに向かうとよいでしょう」
「ノボリから大体話は聞いてる。大事なことははぐらかされちゃったけど…。シロナさん、今日は議事堂に泊まっていきなよ。まだ駅完成してない。ここから歩いていくのにはもう暗い時間」
「そう…。だったら、お言葉に甘えちゃおうかしら。あたしもガラルのカレーって、食べるの初めてなのよね」
「ふーん。じゃ、おれの作った奴じゃなくてマリィに作らせればよかったですかね。妹のカレーは天下一品ですから」
「……アニキ、それ全然正しくないよ。アニキの作った奴の方が100倍美味しか!」
「はいはい。じゃ、そろそろいただきましょうかね」
マリィが頬を膨れさせて不機嫌そうにしているのを宥め、一同は各々"いただきます"と挨拶をしカレーを食べ始めた。
どうやら様々なきのみが使われているようで、味のバランスが非常に取れている、家庭的な味のカレーだった。思わず無言で食べ進める前田と信濃を見て、思わずマリィの口角が上がる。
「アニキのカレー、美味しかろ? 今日のは自信作って言ってたもんね」
「美味しいです!とても暖かな気持ちになれる味です。あとでおかわりいただいてもいいでしょうか!」
「うん、とっても美味しい!俺もおかわり!」
「おかわりなら沢山あるんで沢山食べなさい。……って。マリィ、どこから聞いていたんですかおれの独り言…!!」
「ぼくも聞いてた。ご機嫌そうに鼻歌も歌ってた。絶対美味しいって自信 外から聞いてても分かる」
「美味でございますよネズさま!以前軽食をいただいたことはありましたが、本格的なお料理もお得意なのですね!ブラボーです!」
「の、ノイジーですよノイジー!黙って食べやがれ!!」
「……ネズって、照れることあるんだな」
「皮肉屋だけど心は真っすぐだからな~。激しい見た目で常識的なことやらかすから、結構な頻度で『そんな見た目でまともなことするな』って突っ込まれんの」
わいわいと賑わっている食卓を見守りながら、大典太も静かにスプーンを口に運んだ。前田の言った通り、心が暖かくなるような、どこか懐かしい感じのする味だった。料理には作り手の心が現れるとはよく言ったものだ。ネズの気遣いと優しさが、料理の中にしみ込んでいるような気が彼にはしていた。
―――楽しい食事の時間も終わり、作ってくれたお礼だと皿洗いと片付けは双子が率先してやってくれていた。シロナとマリィ、そして大典太を除く刀剣男士達は床につくために既に部屋を後にしている。
テーブルでゆっくりと食後の紅茶を味わうネズをよそに、大典太はサクヤのことについて考えていた。もし、時の政府の力を借りてサクヤを助けることが出来るならば。
誠実な暁や、自分達の考えを認めてくれた今の政府と会ったからこそ湧いた考えだった。
「……何考えてんですか。眉間にしわがついてますよ、光世」
「……あぁ、悪い」
ふと声の方向を向いてみると、ネズがじっと彼の方向を向いていた。どうやら考え込んでいたことを心配されたらしい。ネズも神域に腰を据える際、大典太達の本来の目的については話を受けている。そして、サクヤから告げられた"主命"についても同時に聞いていた。
「何か収穫でもあったんですかね。あの場所に行ってみて」
「……そうだな。今の時の政府は、話せば分かってくれる奴らだと分かった。―――だから、主のことに関しても…もしかしたら力を貸してくれるんじゃないかと、ふと思ってな」
「そうですか。サクヤをどうにか助ける方法……あれば、いいんですけどね」
「あぁ。………ん?」
ネズのふと発した言葉に大典太は違和感を持った。何故、大典太がサクヤを助けたいと思っていることを見抜かれたのか。彼に話したのは"信頼できる人間と絆を結べ"ということだけである。大典太はサクヤを助けたいとは心には思っても、口に出したことは一切ない。顔が読み取られやすい刀でもないため、鬼丸ですら考えを見抜けていない自覚があった。
「(何故? ……何故、その言葉を口にできる?)」
聞いてみようとも思ったが、はぐらかすのが上手いネズのことだ。話を逸らされてしまうことは目に見えていた。喉まで出かかった言葉をぐっとこらえ、彼は目の前にあった湯呑に入っていた緑茶をゆっくりと喉に流し込んだ。
何故、ネズがその言葉を口にできたのか。それは……彼以外には、今は分からないことである。
Ep.03-ex 【とある本丸の審神者会議】 END.
to be continued…