二次創作小説(新・総合)

Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.167 )
日時: 2025/09/06 21:59
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)

 あの不思議な夢を見た日から翌日。議事堂にあるエントランスでは、町長であるラルゴの指示で今日もせかせかと働く刀剣男士達の姿があった。
 大典太もラルゴの負担を少しでも減らすため、自分にもできる仕事を探しに刀剣男士達に近付く。
 そんな中、コツコツとエントランスに革靴の音が聞こえてきたのだった。



「やぁMr.オオデンタ。調子はいかがかな?」
「……運命の神か」
「あら~お久しぶりね、アシッド社長♪」
「Mr.ラルゴも久しいな。皆元気そうで何よりだよ」



 靴音の正体はアシッドだった。彼は再度『ネクスト・コーポレーション』を立上げ、敏腕社長として日々世界を回っていたはずだ。リレイン王国を取り戻す際に世話になったが、今度はどんな用事なのだろう。
 口調は軽快だが、表情はどこか切り詰めたような印象を感じる。それを不思議に思った大典太が何用かと尋ねると、彼は刀剣男士達の方を向き直ってこう口を開いた。



「サクヤはいるかね? 彼女の元へ案内を頼みたいのだが」
「主に用か。何があった。緊急の出来事なのか」
「まぁ、そういうことだ。何せ……"童子切安綱"の居場所が分かったのだからな」
「な……!」
「童子切殿の……」



 童子切の居場所が分かった。その言葉を聞き、刀剣男士達は各々驚きの表情を見せる。
 童子切は結局コネクトワールドの中でも見つかること無く、この終末の世界でも悪神、アンラ・マンユに邪気を注がれているはずだった。そんな彼が『見つかった』のだ。驚かない方がおかしいだろう。
 言葉を失う刀剣男士達に、アシッドは切羽詰まった表情でこう続ける。



「かつてのMr.オニマルと同じような状況であれば一刻を争う。サクヤに早く連携をしようと思ってね。急いでここまでやって来たんだよ」
「……そう、なのか。分かった、あんたを主の元に案内しよう。だが……」



 そう言いかけて、大典太は考える。このまま自分達だけでことを進めていってしまってもいいのだろうか。
 天下五剣の最後の一振が見つかったのだから、同胞には声をかけておくべきではないのだろうか。幸い、求めている彼の主である石丸も、苗木の勧めでスマートフォンを1台持っていたはずだ。彼を通じて話をすれば、三日月をここに呼ぶことは可能であるだろう。
 そう思い、サクヤのスマートフォンを鬼丸、数珠丸に見せ大典太は頼んだ。



「……鬼丸でも数珠丸でもいい。三日月を呼んできてくれないか。童子切が見つかった以上、あいつ抜きで話を進めない方がいいと思うんでな……」
「分かりました。すぐに連絡をいたしましょう」
「俺か~?俺ならばここにいるぞ~?」



 随分と間の抜けた声にその方向を向くと、へらへらと笑顔でこちらに手を振る三日月と、何故か大包平もいた。
 連絡も無しにこの場所にいることにも驚きだが、何故ここまでやって来たのだろう。
 その理由を問うと、三日月はへらりと再び笑い問いに答えたのだった。



「何やら不穏な気配がしてな。じじいの勘だよ」
「何を言う。貴様は童子切の気配を感じて議事堂に来た俺についてきただけだろうが!」
「……大包平の方だったのか。あんた達、主はどうしたんだ?」
「主か? 主は『きまつてすと』とやらで忙しそうだったのでなぁ。最近やることもなく、自由に行動してもいいと許可を貰っていたのだ」
「俺も同じようなものだ。主の兵器開発が忙しくて、俺も手伝うといったのだが大事な用らしくてな!」
「(……三日月はともかく、大包平の方は確実にあの2人に襲い掛かるためだな……)」



 どうやら三日月も大包平も主である石丸、ごくそつくんが忙しく手持無沙汰だったらしい。どちらもしばらく自由行動が許されているとのことだったので、二振も連れてサクヤの元へと向かうことにした。
 折角手伝いに来たのに無駄になってしまい申し訳ないとラルゴに頭を下げると、彼女は大典太達の用事を汲み、そっちに行ってきて、と寧ろ背中を押されてしまったのだった。
 改めて一礼し、サクヤの居場所である神域へと足を進める。そんな中、数珠丸が不思議そうに大典太に尋ねた。



「そういえば、ネズ殿はどうされたのですか? いつもならばエントランスで作曲をしていたはずですが」
「……フェス用の作曲に忙しいと最近席を外しているな。今日も朝早くから出かけていったぞ」
「そうなのですか」



 仕事で忙しい双子はともかく、常にエントランスに籠ることが多いネズの姿がない。不思議に思ったが、どうやらフェス用の音楽の作成に取り掛かっており最近朝早くから出かけているらしい。大方、作曲のヒントになりそうなものを探しに行っているのだろうと大典太は付け加えた。
 その説明に数珠丸はなるほど、と納得し、神域へと向かって進んでいくのだった。
















 神域のふすまを開けると、そこには前田とサクヤの姿があった。
 普段現れない客の数々に、1人と一振も驚きを隠せない。



「やぁサクヤ。調子はいかがかな?」
「アシッドさん!一体どうされたのですか。社長業は……」
「社長業とやら言っていられないことがあってね。……"童子切安綱"が見つかったんだ」
「え……?」
「なんですって?!」



 サクヤにも改めて"童子切安綱が見つかった"と話す。当然、驚かれた。
 昨日気にしていたことが今日進んだのである。しかも、行方不明になっていた最後の天下五剣が見つかったとの報告。サクヤは目をまん丸にして言葉を失うことしかできなかった。
 ――そんな彼女達をアシッドの一声が突き破る。"話がしたいから座ってもいいか"と。その言葉に沈黙を破った彼女はさっそくお茶を用意しようと立ち上がるが、前田に止められた。



「そういう末端的な仕事は僕達刀剣男士にお任せください!」
「わ、わかりました。では、前田くん。お茶を持ってきてください」
「はい、すぐにお持ちいたします!」



 そう言って、前田は厨の方まで姿を消す。
 その間に、サクヤは神域へとたどり着いた彼らに座ってもいいと許可を出したのだった。

Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.168 )
日時: 2025/09/07 21:56
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)

 前田がお茶を準備し、サクヤ達の元へ戻ってくる。
 暖かい煙がその場をまとう中、アシッドは早速本題に入ったのだった。



「さて、本題に入ろう。童子切安綱だが……現在、アンラの手元にはないようだ」
「なんだと?!あの悪神の元から逃げおおせたというのか」



 てっきり悪神の手元にあると思っていた一同はその言葉に驚いた。つまり、童子切が単身あの悪神の元から逃げているという事実に他ならないからだった。
 驚きのあまり大声を出す大包平に、アシッドはそうだなと小さく頷き話を続ける。



「アンラの元から逃げおおせた邪気を追っていたのだが……。どうやら、童子切は現在ここにいるようだ」



 そういい、アシッドは懐から世界地図を取り出す。広げたのち、彼は地図の北の方を指さした。
 そこは、雪に覆われた地帯が広がっている。その中に、ひときわ大きな屋敷が点在しているということが見て取れた。アシッドによると、童子切は現在そこに逃げおおせているらしい。
 現在自分達のいる場所からは随分距離がある。思わず三日月は"ほう"と息を詰まらせた。



「随分と遠いところに逃げたのだなぁ」
「少しでも悪神の元から遠くに逃げるため、でしょうね。ただ、それがどこまでの足掻きになるか……」



 三日月の言葉に数珠丸も続ける。
 そして、鬼丸も彼らの言葉に静かにうなずき、自分の見解を述べた。



「おれとは違って、童子切は邪気を祓われていない状態で逃げている。邪気が回りきって暴走するのも時間の問題だな」



 刀剣男士達の言葉を参考に、サクヤは考える。童子切を助けるべきか、否か。
 いのちを助けられるところまで来ているのであれば有無を言わさず助けるのが彼女のポリシーだが、今回は自分が助けに向かえない状態での救出。であれば、刀剣男士達に頼むしかないのだが……彼女の良心が、それを拒んでいた。
 童子切は鬼丸よりも多くの邪気をまとっている。それ故、戦闘沙汰になることも考えなければならない。


 考え込んでいる彼女に気付いたのか、大典太が優しく背中をさする。そして、こう呟いたのだった。



「……主。俺達を使ってくれ。皆、童子切を助けたいという気持ちは一緒のはずだ」



 大典太の声が聞こえたのか、皆各々静かにうなずいている。"童子切を助けたい"という気持ちは、この場にいる皆が思っているものだった。
 しかし、その為に彼らを失うわけにはいかないと小さく零す。そんな彼女に大包平が自信満々に言った。



「青龍よ。いらぬ心配をしているようだが、俺達はそんなに軟ではないぞ!自らが動けぬというのであれば、俺達に背中を預け無事の帰還を祈っていろ!」
「おまえは言葉はまっすぐすぎるな。だが……おれも考えは同じだ。余計な心配はするな、主」



 その言葉に背中を押されたのか、サクヤは小さく息を整えた後、刀剣男士達に向き直る。
 そして、頭を下げて"童子切を助けに行ってほしい"と頼んだのだった。


 皆、考えることは同じ。その言葉を聞いた彼らもまた、再び各々頷くのだった。



「もとよりそのつもりです。童子切殿……必ず助け出しましょう」



 童子切を助けに行く。そう、皆の足がそろったところで改めて世界を地図を見る。
 童子切は現在北の大地にある巨大な屋敷にいるということが分かっている。ここから出発する場合、アクラルの"門"の力を借りるべきだとサクヤは判断した。
 彼の持つ"門"は、調整した場所であれば好きなところに一瞬で向かうことができる。それを使えば、短期間で童子切を助け出すことも苦ではないだろう。



「ところで、だ青龍。リレイン王国にいる刀剣男士を全員向かわせるつもりなのか」
「いえ、それは考えていません。万が一のこともありますし……。童子切さん奪還にはこの神域にいる刀剣男士の皆さんで行っていただきたいと考えております」
「……わかった。俺達だけで行ってくるよ」



 三日月、数珠丸、大典太、鬼丸、大包平、前田。以上の六振で童子切の奪還に行くことをサクヤは命じた。
 童子切に邪気が回りきっている可能性が高い以上、今まで邪気を解呪したことのある、事情を知っている者がいったほうがスムーズに童子切を助けられると判断してのことだった。
 本来ならばすぐにでも出発してほしいのだが、アクラルへの連絡も必要だ。話し合いの結果、出発は明日の早朝となった。



「皆さん。くれぐれも準備は怠らぬようにしてください。童子切さんにどれだけの邪気が注がれているかわかりませんから」
「無論だ。童子切を奪還し、誰も折れず帰還する。それが絶対条件だ」
「簡単に言ってくれるな大包平。だが……そうだな。俺も給料分は働くとするか」



 そういい、三日月と大包平がその場を立った。双方、明日への準備に向かうのだろう。
 そのまま神域から姿を消した二振を尻目に、数珠丸と鬼丸も立ち上がる。



「我々も、最善を尽くせるよう尽力いたしましょう。では、失礼します」
「おれもやることがある。ここで失礼するぞ、主」



 そう言葉を残し、二振も神域から姿を消した。
 続くように、大典太と前田も顔を見合わせて立ち上がった。



「僕も、自分にできることで皆さんの援護を行いたいと思います。……童子切さんを助けるために!」
「……あぁ。必ず、童子切を助けるぞ」



 前田とお互いに頷きあった大典太は、サクヤに一声かけ神域を後にした。
 まずは、ラルゴに明日用事で席を外すと話をしなければならない。そう前田に言い、彼のもとへ向かうことにした。
 そのままエントランスまで歩いていると、議事堂に戻ってきたネズとすれ違った。
 彼の表情の変化を悟ったのか、彼は大典太を呼び止め話しかけたのだった。



「どうしたんです、そんな神妙な顔をして」
「……別に神妙な顔はしていないが」
「してますよ。いつもより眉間にしわが寄っています。何か、重大なことをしでかそうとしてる顔だねあんた」
「……適わないな。実は――」



 問い詰められたネズに大典太はため息を零し、自分たちがこれからやろうとしていることをかいつまんで彼に説明をした。
 童子切を助けに行くこと。おそらく、大きな戦いに巻き込まれるであろうということ。――必ず、友を救って帰ってくると誓ったこと。
 話を聞いたネズは静かに頷き、大典太の肩をポンポンと叩いたのだった。彼なりの激励のつもりだった。



「……なるほどね。お友達を救いに行くんですね」
「……だから、しばらくは神域には主しかいないと思ったほうがいい。席を空ける、すまんな……」
「いいですよ別に。おれにできることはあんたの無事を祈ることだけです。無事に帰ってきてください」
「……あぁ。ありがとう」



 他愛ないネズの言葉だったが、今の大典太には大きな支えとなるような気がしていた。
 そのまま彼とは別れ、ラルゴにも話を通しに行く。大体の事情を呑んだ彼女は、ネズと同じように"無事に戻ってくるのよ!"と激励を送ったのだった。


 この場には、暖かい仲間に囲まれているな。大典太はそんなことを感じながら、前田と明日の準備に備えることにしたのだった。

Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.169 )
日時: 2025/09/08 22:18
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)

 翌朝。再び神域へと集まった刀剣男士達の前に、アクラルがやってきた。
 彼も昨日、サクヤからの連絡を受け、目的の場所に"門"を出現させるため、調整を行っていたのである。彼の尽力のおかげでその日のうちに調整は終わり、早朝この神域までやってきたのであった。



「"門"の調整はできてるぜ。目的地の付近に行けるようにな」
「ありがとうございます、兄貴」



 そういって、アクラルはぱちりと指を鳴らす。それと同時に、彼の隣に白い"門"が現れた。
 "門"は柱の内側は現在真っ黒になっており、彼が神力を込めることによって"門"が起動し、目的の場所まで移動をすることができる。
 早速アクラルに頼もうとする大包平と鬼丸を止め、サクヤは一同を見渡し、こう言った。



「――あの地はスマホロトムも届かぬ場所。何かあった際にはすぐに門を潜りここに戻ってきてください」
「……わかった。気遣い、痛み入る」



 サクヤの言葉を皮切りに、アクラルが"門"を起動する。すると、真っ黒だった"門"の内側が虹色に輝くのがわかった。
 "さあ、童子切を助けに行くぞ"と意気揚々に大包平が一番に門を潜る。それに続くように無言で鬼丸が姿を消した。三日月、数珠丸、前田も彼らに続き、"門"を潜り神域から姿を消した。
 大典太も行こうとしたが、一度足を止めサクヤの元に振り向いた。不思議そうに首をかしげる彼女に、大典太は静かに口を開いた。



「……主。行ってくる」
「いってらっしゃいませ。無事に童子切さんと共に戻ってこられることを祈ります」



 大典太はその言葉に小さく頷き、無言で"門"を潜ったのだった。


























 ――"門"の向こうの場所。雪がちらつく北の大地。
 雪原の中に放り込まれた一行は、神域との気温の差に驚く。おそらく、屋敷がある場所は山の上なのだろう。周りから見える景色から、一行はそう判断した。



「成程。寒いな」
「北の大地なのだから寒いに決まっているだろう!何を呆けたことを言っている三日月宗近!」
「まったく、おまえ達は煩いな。少しくらい静かにできないのか」
「何?!この俺がついてきているのだからそんな覇気をなくすような言動は慎め鬼丸国綱!」



 やいのやいのと騒がしい大包平をなだめながら、前田は大地の向こうを見た。
 目線の先に、枯れ木に包まれた巨大な屋敷が見えた。そこが童子切が閉じこもっている屋敷なのだろうと判断する。
 数珠丸も静かに屋敷を見上げ、それを覆っている邪気を確認する。その中に、童子切の霊力が混じっているのも感じられた。
 "童子切は確実にいる"。それが、一行に突き付けられた。



「随分と巨大な屋敷なのですね……」
「あの場から邪気が感じられます。それと――童子切殿の霊力も一緒に」
「……あいつがあの場にいるのは確実だということだな。行こう」



 まだ騒いでいる大包平を全員で落ち着かせた後、目の前の屋敷に向かって歩いていくのだった。
























 屋敷全体を邪気が覆っていることは、屋敷に入った瞬間に分かった。屋敷の中は古びた洋館のようになっており、さび付いたシャンデリアが彼らを映している。空気がよどんでおり、人が住んでいる気配はなかった。
 一行が最初に足をつけたのはエントランスのような場所だった。そこで、大包平は息を吸い込み童子切の名前を叫ぶ。彼は、一刻も早く童子切を見つけたかったのである。



「童子切!!どこにいる!!返事をしろ!!!」
「見たところ、どこにもいらっしゃらないようですね」



 しかし、響いたのは大包平の声だけだった。童子切が屋敷のどこかにいることは確実だったが、この広い中のどこにいるのだろう。
 三日月はじっと蜘蛛の巣を見つけ、払いのける。すでに巣を張った主はどこかに消えており、随分と長い間使われていない屋敷なのだと彼は感じた。



「見ろ。蜘蛛の巣も張っているぞ。随分と長い間使われていなかったようだなぁ」
「気配から探したいところだが、邪気がそこかしこに漂っていて上手く察知ができないな。――チッ、面倒くさいことをしやがって……」
「……舌打ちをしても仕方がないだろう鬼丸。手分けして探すしかないか……」



 中は無人、魔物が襲ってくる気配もない。そう判断した大典太は、いったん手分けをして童子切の気配を探ることにしたのだった。屋敷の外では、邪気に混じって童子切の霊力も感じることができた。そうであれば、この屋敷のどこかに童子切がいるのは間違いない。
 大典太の提案に否を唱える者はおらず、皆バラバラに動くことにした。その道中、童子切が見つかることを祈って。




 ――しかし、屋敷をくまなく探しても童子切の気配はしなかった。屋敷のどこかには必ずいるはずだが、一体どこにいるのだろう。
 そんなことを誰かが考え始めた折、大包平の声が再び屋敷に響く。どうやら、気になるものがあるらしい。
 彼の声が響いた場所に来てみると、そこには巨大な扉があった。そして――その扉の奥から、異様な邪気と童子切の気配がするのがわかった。



「この奥から童子切の気配がする。異様な邪気も感じるが……」
「そりゃあ、童子切は長い間邪気を注がれていたのだからなぁ。しかし、この扉……開けることは敵わんようだなぁ」
「どいてろ。開けられないのなら、破壊すればいいんだろ」



 巨大な扉は、手を触れてもびくともしない。少し力を入れても開けることは敵わなかった。まるで、誰かに入ることを拒まれているように。
 しびれを切らした鬼丸が刀に手をかけ、力づくで破壊を試みる。一行もいったん彼から離れ、事の成り行きを見守る。
 その間に鬼丸は自らの刀に霊力を込め――



「――斬る!」



 ザン、と力強い一撃が放たれる。しかし、扉はびくともしなかった。



「鬼丸でも駄目か。ならば俺達全員駄目だなぁ」
「何か、霊力のようなもので封じられているのでしょうか?」
「霊力……」



 どうすればこの扉を開けられるのだろう。数珠丸の言葉をヒントに、大典太は扉に再び触れ、自分の霊力を注いでみる。すると、霊力を込めた場所から紫色の靄が出てくるのが分かった。
 そこで大典太は気づく。この扉を閉じたのは、"童子切"本人だということに。



「……童子切が閉じたのか」
「であれば、霊力を込めれば扉はひらくということか」



 鬼丸も大典太に続くようにそう言った。もし彼の考えが正しければ、この扉は"童子切の邪気"によってしまっている状態だ。であれば、その邪気をすべて取り払ってしまえばこの扉は開くのではないだろうか。
 そう思った大典太は、扉の前に両手をかざし、自らの霊力を強く込める。込めた場所から紫色の靄が次々に出てきた。そのまま霊力を込め続けていると、隣で鬼丸も同じように霊力を込め始めた。



「この大きさだ。おまえ一振では霊力が枯渇するかもしれん。おれもやる」
「であれば、俺も手伝おう」
「協力し、この扉を開きましょう」



 鬼丸に続くように、三日月と数珠丸も扉に霊力を込め始める。
 大包平も負けじと自分の霊力を込めようとするが、"何が出てくるかわからんから構えていてくれ"と、大典太に止められてしまった。
 悔しがる大包平だったが、そこで彼はこの四振は異常な霊力を持っていたことにはたと気づく。そうであれば、自分の出る幕ではないと前田とともに扉の向こうにいる"何か"に備え構えをとった。


 四振の霊力が合わさり、紫色の靄が大きくなっていく。その光景に、大包平は驚くばかりだった。



「靄が浮かび上がってくるぞ!」
「……なかなかに邪気が多いな」
「それだけ多くの邪気をあいつが受けたということなのだろう。さぁ、もう少しだぞ」



 四振の行く末を皆で見守る。巨大になっていた紫色の靄は、時間がたつにつれ少しずつ薄く、小さくなっていった。
 そして、仕上げとばかりに四振が力を込めると、紫色の靄は消え去ってしまったのだった。



「扉の解呪が完了したのでしょうか?」
「……あぁ。扉に邪気が感じられんからな」
「この中に、童子切殿が……」
「御託はいい。開けるぞ!そこにいるのだろう、童子切!!」



 大包平が扉に手をかけ、勢いよく開ける。そこは、大広間のような場所だった。
 その端。奥まった端のほうに、震えて座っている白髪の男がいたのだった。

Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.170 )
日時: 2025/09/09 21:57
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)

「童子切!!!」



 間違いない。白髪の彼から感じる覚えのある霊力は童子切のものだ。一行は、素早く童子切であろう男のそばに駆け寄る。
 当の彼は震えつつも一行に向かって真っすぐ目を向けている。彼からは、"感情"そのものが感じられなかった。



「童子切殿、大丈夫ですか。助けに参りました」
「それが、わたしの名なのか」
「な……!!」



 "童子切安綱"。その名が、自分のことであることもこの男は忘れていた。
 いや、違う。忘れたのではなく、邪気が彼の奥底まで混じり合った影響で記憶や逸話にまで影響が及んだのであろう。
 大典太は思った。童子切が"感情"を感じられなくなっているのも、かつて感情を封じていたサクヤとは違う。彼は――"感情"そのものを失ってしまっていることを。


 なおも変わらず大包平は童子切の肩を揺さぶり、"本当に忘れたのか" "俺がわからないのか"と問い詰める。しかし、帰ってくる答えは同じ。"なにもわからない"と言葉を紡ぐことしか、この男にはできなかった。



「忘れたとは言わせんぞ!お前は童子切安綱!紛れもない事実だろう!」
「大包平殿……」
「邪気が奥底にまで混じり合った結果、記憶まで失ったというのか」



 きょとんとしている童子切を前に、遂に大包平が項垂れた。これ以上彼に何を言っても返ってくる言葉は同じだと悟ったのだろう。
 彼の様子を見ていた刀剣男士達も、各々反応を見せる。やっと五振で"縁側で茶を飲み、しあわせに暮らす"と約束を果たせるかもしれなかったのに。彼を追い求めた結果が、こんな結末だとは。
 しばらくの沈黙が続く中、大典太がそれを破った。まずは、彼にくすぶる邪気を解呪せねばならないと。



「……各々思いはあるだろうが、まずは童子切の中にある邪気を解呪せねばならん。少しだけ、俺に時間をくれ」
「わかった。だが、お前一振で大丈夫なのか? 俺達も何か手伝ったほうがいいだろうか」
「……いや、いい。まずは俺がやってみる」



 心配する三日月に大丈夫だと声をかけ、大典太は変わらずきょとんとしている童子切の隣に屈む。そして、彼の心臓部分に手を当て、自分の霊力を込め始めた。
 いつもならば、大典太の霊力が童子切の中にくすぶる邪気と反応し、紫色の靄となって空気に溶け合うはずだった。霊力を込めていた大典太の指に、バチバチと小さな痛みが襲う。思わず手を離してしまう彼に、大包平が眉間にしわを寄せた。



「…………!」
「おい、どうした」
「……霊力が、弾かれた」
「何をしている大典太光世!貴様、この期に及んでまた契約を破棄したなどというわけではないだろうな!」



 違う。反射的にそう返した大典太に、大包平も"おう"と返事をするしかなかった。大典太がサクヤと契約していることは大包平も知っているはずだ。"外の世界を知れ"と、遠回しに新しい主探しを命じられているが、今まで契約を破棄したことはない。
 そうであれば、考えられることは――。大典太はその結論に、悲しそうな表情をすることしか出来なかった。



「……違う。童子切の中にある邪気が……魂の奥底にまで混じり合ってしまっているんだ」
「…………」
「ならばどうすればいい!どうすれば童子切を助けることができる!」



 大典太が"解呪できない"と言った以上、どんなに協力して霊力を高めても童子切の邪気を解呪することは不可能だった。
 ならば、どうすれば童子切を助けることができる。皆が思っていたことを大包平が口に出す。できるものなら既にやっている。誰かがそんなことを口にしたが、その言葉はすぐに静寂へと溶けて消えた。


 しかし、どうにかして童子切を連れて帰らねばならない。そのことをサクヤに相談するため、一旦は彼を連れて神域へ戻ろうと彼の肩に腕をかけた、その時だった。



















 ――ブオン。感じたことのない邪気が一行を襲う。



「これはッ……!」
「鬼丸殿、わかるのですか!」
「あぁ。忘れもしない。忘れるものか。この邪気は――!」



 その言葉と共に、鬼丸は刀を構える。それと同時に、窓が割れる音が聞こえてきた。
 それと同時に、現れたものは――。



「――ッ!!!」
「……おい!」



 今まで沈黙を貫いていた童子切が、大典太を突き飛ばした。それと同時に、童子切の胸元を黒い光のようなものが貫いた。
 一行はその光に見覚えがあった。かつてソハヤを暴走させた、あの黒い光だった。



「……ぅ……ぐぁぁ……!!」
「童子切?!童子切!!」
「……にげ、て……。わたしの、こころが、こわれる、まえに……!!」



 苦しみ始めた童子切に動揺する大包平を力づくで下げ、彼を何とかしようと近づく。しかし、それもすぐに無駄に終わった。
 童子切の微かな声と同時に、彼を覆う邪気が膨れ上がり身体を覆っていく。



「童子切!!!」
「……まさか、邪気を増幅させたというのか……!」
「そういうことだ。こうなったら……もう、解呪は不可能だと思ったほうがいいな。――かつてのおれのように」
「……わたしが、きずつけるまえに……!にげ……ァ……ァァア……!!!」



 童子切を覆う邪気は徐々に強まっていき、彼が見えなくなるくらい強いものとなっていく。
 それと同時に強い風と咆哮のようなものが響く。一行は立っているのが精一杯だった。


 風が止んだのと共に現れたのは――。










































『アァアァアァアアアァ…………!!!』



 ――自分達の何十倍もある、巨大な、巨大な、鬼だった。



「……くっ」
「そんな……馬鹿な……」
「呆けている場合ではないぞ大包平。ここで防がねば……世界が滅びるかもしれんからな」
「これが……これが……探し求めていた"童子切安綱"の姿だというのか……!!」



 大包平の声は、虚空へと消えた。

Ep.04-1【天下五剣が集うとき】 ( No.171 )
日時: 2025/09/10 21:44
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: 2EqZqt1K)

 刀剣男士達が鬼と化した童子切と対峙している一方、神域でも異様な気配を感じていた。
 世界を覆う異様な邪気――。まるで気分を下げるような重苦しいそれは、遠く離れた神域へも漏れ出していた。気配に敏感なのか、畳に座っていたオービュロンがヒッ、と悲鳴を上げる。そんな彼を信濃は宥めるようにそっと抱きしめた。



「この異様な空気……。童子切さんを助けに行った先で何かあったのかな」



 信濃のその言葉に、サクヤは目を伏せる。
 戦闘沙汰になることは覚悟していた。それは、待っているサクヤも、戦場へと向かう刀剣男士達もわかっていたことだった。しかし、まさかこれほどまでに童子切を覆う邪気が強くなっていたのかと、彼らを送り出したことを少し後悔していた。
 しかし、今更そう考えても遅い。どうにかして六振を折らずに帰還させなければならないが、彼らが逃げるような性格だとは思えなかった。
 そんな折だった。突然勢いよく扉が開く。その先にいたのは、焦った表情を見せたソハヤだった。
 彼も、異様な気配を感じいてもたってもいられずサクヤの元までやってきたのだった。



「ある……キバナには話をつけてきた。俺も兄弟がいる場所に連れてってくれ!兄弟が大変なことに巻き込まれてるってのに、黙ってられるか!」



 どこから聞いてきたのか、ソハヤは大典太達が童子切を救うために出かけたということを知っていた。そして、彼に危険が及んでいることを察知し、急いでここまでやってきたのだという。
 普段ならば流石兄弟刀だと褒めるべきところであるが、今回ばかりはそうもいかなかった。
 サクヤは"なりません"とソハヤをぴしゃりと止める。その言葉に、彼も静かに頷くしかできなかった。



「だがよぉ、このままだと兄弟が危ねぇんだって!このまま兄弟が折れるって考えたら、俺……!」
「わかっています。ですから――私が助けに参ります」
「……何するつもりなんです?」



 サクヤはその言葉と共に静かに立ち上がった。まるで覚悟を決めた表情に、ネズが眉間にしわを寄せて問う。
 すると、彼女は目じりを下げてこう答えたのだった。



「刀剣男士の皆さんを神域に引き戻します。それ故、少し外出をして参ります」
「えっ。それって大丈夫なの? サクヤさん、神域から出られないんじゃ……」



 "外に出る"。あの後、アンラから身を隠す為に一歩も神域から出なかった彼女が、遂に"外に出る"と言ったのだ。
 それはつまり、彼らに命の危険が迫っているということを察するのに、ネズはそう時間はかからなかった。
 信濃が至極まっとうな質問を彼女に投げかけるも、サクヤは目を伏せ静かに返した。 "今自分が動かねば、あの場にいる全員が折れてしまいます"と。
 そのまま消えてしまった彼女に、ネズはため息をつきながら首を横に振ったのだった。



「全く……。光世のお人好しがこの神から移ったってのは、本当のことみたいですね」
「兄弟……」



























『アァアァアァアアアァ!!!』



「――ぐあぁっ!!」
「ぐっ……!」



 一方。北方にある屋敷では、鬼と化した童子切と刀剣男士達との死闘が繰り広げられていた。
 鬼の一撃はとてつもない破壊力を誇り、すでに倒れて動けない者も存在する。
 大典太は三日月と大包平と支えあいながら、この鬼をどうすべきか考えていた。



「クソッ……。なんなんだこの力は!これが童子切の邪気の力とでもいうのか!」
「その通りだとも大包平。童子切が邪気に完全に吞まれている影響だろうな。まさか一撃でここまで持っていかれるとは」
「……来るぞ。次にあれを食らったら俺達も命がない!」



 次の攻撃に備える三振だったが、それより早く鬼が動いた。
 彼らに振りかぶる"爪"。傷ついた彼らは避けることもままならず、うめき声と共にその牙の餌食となってしまう。そのまま、巨大な鬼の前に崩れ落ちてしまった。
 かろうじて意識はあるものの、次に攻撃を食らえばほぼ確実に折れてしまうだろう。この場にいる誰もが、そう思っていた。


 鬼はそれをものともせず、この場にあるすべてを亡き者にしようと腕を振るう。ガラガラと、屋敷が崩れ落ちる音がした。
 瓦礫が鬼を傷つけても関係ない。鬼は周りなど気にせず、次々と周りにあるすべてを破壊していく。
 大典太はかすれていく目で鬼を見やる。まだ、戦える。まだ、戦わねば。童子切を助けて全員で戻るのだろう。その気力だけが、彼を突き動かしていた。



「……一振も 折れずに…… 童子切、を……」



 震える手で、目の前に落ちた刀を拾おうとする。しかし、思いとは裏腹に身体がいうことを聞かない。もう、身体の方が悲鳴を上げていたのだ。
 自分が動かなければ全員があの鬼の餌食になってしまう。それだけは避けなければならなかった。しかし、身体が動かない。



「(……ここまで、なのか)」



 大典太の脳裏に諦めの文字が浮かぶ。自分達はここで折れるのか。五振でゆっくり茶を嗜む、そういう約束も果たせず折れるのか。
 しかし、この鬼には太刀打ちできる力がない。自分達の限界は、ここなのだ。
 大典太はゆっくりと目を伏せる。その時だった。










































『――アンラ。自らが奪取した刀ですら"道具"としか見ていないようですね』



 いるはずのない、主の声を感じた。何故?何故ここにいる?



「……ある、じ」
「一旦戻りましょう。このままでは皆さんが全て折れてしまいます」



 その声に安心感を覚えたのか、大典太は遂に意識を失った。それを静かに見守った青龍は、静かに自らの姿を龍に変化させた。
 屋敷に龍の咆哮が響く。それと同時に、倒れていた六振を柔らかな光が覆う。そのまま、龍と共に六振の姿が消えたのだった。















『――クトゥルフ チカラ ……アァアアアァ』



 "鬼"は何かを探し求めるように、屋敷を壊しながら外に向かって進んでいったのだった。