二次創作小説(新・総合)

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.21 )
日時: 2021/12/08 22:10
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 リレイン城下町の門を潜り、一行は足を進めていた。
 町を出たあたりから、無人で閉鎖的だった雰囲気が徐々に和らいでいく。やはりあの国に人が全くいないのは異常なのだ。一行はそう改めて確信した。
 歩いている途中、サクヤはアカギに湧いて出た疑問を解消する為口を開いた。



「アカギ。今から向かう村、というのはどんなところなのですか?」
「旅人を快く迎える…小さな村だ…。多分…事情話せば1日くらいは宿泊させてもらえると思う…」



 今彼女達が向かっている村。小さいが、旅人の行き来が盛んで積極的に宿泊をさせているのだとアカギは答えた。
 そういう村であれば、行き場がないと言えば快く宿泊施設を借りられそうではある、とサクヤは考えた。
 しかし、その言葉にルークは待ったをかける。納得できないことがあったようだった。



「でも、結構大所帯ですよ?迷惑にならないかなぁ…」
「緊急事態だ。大所帯だ何だと言っている場合ではないことを上手く説明できれば…案外すんなりOKを貰えるかもしれんぞ?」
「(そこなんだよなぁ。現状僕達は客観的に見れば、唯の旅人集団だ。しかも結構現実味のない理由で国から移動している訳だし…。どうやって説明しようかな)」
「おいドギー。黙って考え込んでる暇があるんだったら直接話聞きゃいいだろうが。もう見えてんぞ、看板。あの向こうに村があんだろ?」
「結構近かったね~」



 考え込むルークにアーロンが一言突っ込んだ。そして、彼の指さした先に目線を向ける。ルークでも分かる距離に看板が立っており、その向こうに家らしき建物がいくつか並んでいる。
 彼の言う通り、あの場所が目的地なのだろう。ならば、考えているより足を動かした方が早いと思い直し彼は思い悩むのを一旦辞めた。


 足を踏み入れた村は、一般的な『田舎』と呼ばれるような土地だった。特に目ぼしい建物もなく、最低限の店と家、そして奥にあるこの村の長のものと思われる大きな家。
 まずは村の長に話を聞かねばなるまい、と自分達を見つめる人達を素通りし、村長の家らしき場所まで向かおうとする。


 足を進めていると、ふと背後から彼女達を呼び止める女性の声が聞こえた。
 振り向いてみると、そこにいたのは赤い髪をポニーテールに纏めた女性だった。顔を見た瞬間、サクヤは反応する。



「ねぇ。貴方達って…もしかして、 "マルス王子" のお知り合いだったりする?」
「あれ?見覚えがあるような…」
「それよりも、だよ!オメー、マルスのことを知ってるのか?」
「マルスさんは以前、我々がお世話になった方です。それに、私は貴方と会ったことがある筈なのですが……。"アンナさん"」
「ん~?私は貴方達とは初対面だけど……。あぁ、そういうことね!」



 知っている人物の名前を出され、サクヤは思わずその人物について受け答えをした。
 そして、サクヤは更に彼女について切り込む。赤い髪の女性―――"アンナ"は、以前『逃走中』という催しを開催していた時に関わった人物だ。同じ顔だから話したことがある、サクヤはそう判断し、彼女に自分のことを覚えていないか尋ねた。
 しかし、目の前の"アンナ"は『初対面だ』と首を傾げる。そして考える仕草をした後……妙に納得した顔でこう返してきた。



「貴方達が関わったのは、"アスク王国のアンナ"。ほら、他の人達から "隊長" って呼ばれてなかったかしら?」
「……あっ。確かにアルフォンスやシャロンに隊長、って言われてたかもしれない…」
「だったら勘違いするのも無理はないわね!私達、世界中に同じ顔の姉妹がいるんだもの。ちなみに、私は"イーリス出身のアンナ"よ。今はこの近辺を行商しながら旅をしているの。
 マルス王子が言っていた『探してほしい人の特徴』とよく似ていたからつい話しかけちゃったけど、案外間違いでも無かったのね!」
「同じ顔の姉妹が沢山いるって…。おじさん、たぶん間違えちゃう。女性の顔を間違えるなんて失礼にも程があるけどさ~」
「……話を戻すぞ。それで、マルスが俺達に何の用なんだ?」


 何故彼女がマルスの名前を出したのか。確かにマルスはファイアーエムブレムの顔たる存在だが、アスク王国にいたという記録は残っていない。
 イーリスのアンナは改めて自己紹介をすると、大典太の質問に早速答えた。



「マルス王子が貴方達をずっと心配していたみたいで…。あ、彼は今アスク王国にいるから心配しなくてもいいと伝言も預かっているわ」
「ということは…貴方はマルス王子とお知り合い、ということになりますかねェ」
「えぇ。マルス王子は顔の広いお方だから、アスク王国には沢山の知人がいらっしゃる筈よ。それじゃあ伝言は伝えたから、私はこれで…」
「待ってくれ。君は行商人なのだろう?ならば―――頼みたいことがあるんだが」



 どうやらマルスは世界が変わってからもサクヤ達を心配していたらしい。もしかしたら独自に捜索もさせていたのではないかとサクヤは思い、もし顔を合わせることがあったら感謝を伝えようと心に決めた。
 目的を果たした為、アンナはこの場を離れようと彼らに挨拶をした。それと同時に響いて来るナデシコの声。ルークは声色で『彼女が何かを企んでいる』ことに一発で悟った。



「何かしら?武器の手入れ?それとも輸送隊の準備かしら」
「そんな大きい頼み事じゃないさ。行商人ならば『この世界の地図』を持っている筈だと思ってね。もし余っていたら、1枚我々に分けてほしいんだ」
「ナデシコちゃん…?」
「今の世界がどんな状況になっているのか。今我々がどこにいるのか。村長に話をつけると同時にやっておきたかったのさ。これから私達が何をすべきかも、今いる位置から見えてきそうだしな」
「なんだ、そんなことで良ければお安い御用よ!擦りすぎて余っちゃった地図があるから、それを差し上げるわね」
「ありがとう。助かるよ」



 アンナは懐から1枚の折りたたまれた紙を取り出し、ナデシコに手渡した。覗いて見てみると、表紙には『世界地図 ポケットタイプ』と書かれている。
 近辺の地図ではないことは仕方がないが、これで自分達がどこにいるのかは把握できるだろうとナデシコは踏んでいた。
 ナデシコは素早く地図を広げ、一向に確認するように促す。何もかもが自分の住んでいた世界と違うことに、BOND4人は改めて思い知らされるのだった。



「わぁ…。俺達が住んでいる世界とまた全然違うねぇ」
「ちなみに、今いるのがここ。貴方達が歩いてきた逆方向にある大きな王国が『リレイン王国』って言うのよ。今は無人だけど…前は旅人同士の交流が盛んな、とっても賑やかな王国だったのよ」
「私の記憶している地理とも全く違います。……本当に、様々な異世界を呑み込んで混ぜたという疑いのない証拠でしょう」
「主君…」
「でも、この地図もすぐに使えなくなってしまうかもしれないわね…」
「どういうことだ?地理はそう簡単に変わるものじゃないぞ」
「本当はそうだと思いたいのだけれど、どうもその常識が通じないみたいなのよ。私も長く行商をやっているけれど、まだまだこの世界の地理は理解できていないの。
 昨日更地だった場所が、1日経ってみれば同じ場所に遺跡が出来ていた…なーんて。日常茶飯事だもの。その度に地図を擦り直さなければならないから、こっちも大変なのよ」



 アンナの苦言にサクヤははっとする。この世界は『現在も』他の世界を呑み込み、混ざり続けている。だから彼女が言うように、何もないところに急に土地が現れたり、逆に陸地だった土地が海になったりする。
 前田と大典太も気付いたようで、サクヤに口を開く。



「主君!この現象…僕達が顕現した『あの世界』と同じ状況ではないですか?」
「もしかしたらこの世界でも…今まさに隔たれている異世界を融合し続けている可能性があります。ルークさん達が経験したあの白い光に今まさに呑み込まれている世界があるやもしれません」
「……結局、性質はあの世界とあまり変わらないということなんだな」
「あぁ。もしかしたら、今後おれ達が融合の瞬間に立ち会う可能性だってある訳だ。……だが、今はこの『リレイン王国』とやらの周辺を覚えておけばいいだろ。助けに行くのはこの国の長だ」
「交流が盛んだった、ということだ。救い出せば色々と聞き出せるだろう。さぁ、行くぞ」



 ナデシコは現在地を確認した後、素早く地図を折り畳み懐へと仕舞った。
 そのまま村長の家がある場所まで早足で進んでいく。



「わわ、待ってくださいナデシコさん!」
「オメーが余計なこと考えてるからだろうが。追いて行かれんぞ、さっさと歩きやがれ」



 立ち止まっていたルークにアーロンがはっぱをかけ、慌てて彼女を追いかけた。
 サクヤは彼らが見える範囲にいるということを確認した後、後ろでまだ立っているアンナに顔を向けた。大典太以外の同行者は既にナデシコの後を追って、その場からいなくなっていた。



「アンナさん。色々と御足労をおかけいたしました。マルスさんによろしくお伝えください」
「勿論よ!アスクに寄ったら必ずマルス王子に伝えるわ。それじゃ、貴方達も元気でね!」



 こちらに背中を向けて再び行商へと戻ったアンナをサクヤは小さく手を振って見送り、大典太は感謝の意を述べる意味も込めて猫背気味だった背を伸ばし、深く礼をしたのだった。



「―――さて。我々もナデシコさんを追いましょう」
「……せめて今晩の宿くらいは提供してほしいもんだが」
「1人ではないのですし、きっと大丈夫です。合流いたしましょう光世さん」




 後ろを振り返ってみると、既にナデシコ達の姿は大きな家の前にあった。
 これは急いで合流しないと小言を言われるとでも思ったのだろう。サクヤは早速追いかけようと大典太に口を開いた。
 彼も黙って頷き、こちらに向かって手を振っている金髪の青年の元へと駆けていったのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.22 )
日時: 2021/12/10 22:21
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 村長の家らしき建物に合流した一同は、早速彼と謁見を試みることにした。
 代表でサクヤが戸を3回ノックし「村長さんはいらっしゃいませんか」と声をかけると、ノック音に反応しすぐ扉が開いた。
 しかし、扉の向こうにいたのは想像していたような村長の姿ではなかった。そう、そこにいたのは……。



「あ、アシッドさん?!」
「お知り合い…なのですか?」
「おや?何やら僕達と同じような霊力も感じますね」
「……いるのか。中に、刀剣男士が」



 戸を開けたのは、見知った金髪とグレーのスーツを身に纏った男性だった。向こうもまさか知り合いが訪ねてくるとは思わず、珍しく目を見開いてこちらを見ている。
 彼の少し後ろには、狐の耳を生やした、長髪で大柄な男性がこちらを不思議そうに見ていた。彼の霊力を察し、前田がぽつりと呟いた。



「……ふむ。待ってみるものだな。本当に君がここを訪ねてくるとは」
「私も驚きましたよ。まさかアシッドさんがここにいらっしゃるとは…」
「ぱったりと途切れていた君の力を少し前に感じてね。出来るだけ早く接触を図りたいと、村長に事情を話して待たせてもらっていたのだよ」
「もし逆の道を行ったらどうするつもりだったんだよ」
「この村から出て、気配を追って行けばいずれ追いつける。そのつもりで移動してきたのだからな」



 悪びれも無く言い放つアシッドにアクラルは呆れを通り越して真顔になっていた。
 『村長に事情を話している』ということは、今は家の中に村長がいる筈だと推測したサクヤは、立ち話も何だと村長がいる場所に案内してくれと彼に頼んだ。
 神々が移動している間、大典太達は部屋からひょっこりと顔を出していた狐耳の男性をじっと見つめていた。それに耐えられなかったのか、男性の方から口を開いてきた。



「……あの。私の顔に何か?」
「い、いえ!僕達と似たような雰囲気を感じましたので驚いてしまっただけです。もしかして…貴方も刀剣男士なのですか?」
「確かにそう言われてみれば…貴方がたの顔には覚えがあるような。ふーむ…。私の名は―――」



 狐耳の男性が自己紹介をしようとした矢先、部屋の向こうから聞き覚えのない声色で部屋に入ってくるように催促する声が聞こえてきた。大方、村長がいつまでも廊下に立っている刀剣男士達を純粋に心配して声をかけたのだろう。
 確かに、現在の季節は冬の入口を過ぎようとしている。つまり、日中でも寒いのだ。村長は人間の姿をしている自分達がまさか付喪神の一種だとは到底思わないだろう。
 男性も部屋に招くようなしぐさをしてきた為、一旦会話を中断しサクヤ達が入って行った部屋に足を進めるのだった。






 部屋にある大きな暖炉の火が優しく燃えており、部屋は快適な暖かさだった。
 村長らしき初老の男性は顔を出した刀剣男士達三振に近くにあるソファーに座る様促し、人数分のお茶を用意しにキッチンに姿を消した。
 流石旅人を快く迎え入れる村。ソファーの座り心地も中々だ、と思いながら大典太は腰掛ける。目線の先に、金髪の男性とは違う見知った男性の顔が見えた。
 男性はこちらに気付いた瞬間、苦虫を嚙み潰したように表情を歪め「げぇ」と悪態をついた。



「こらこら、久しぶりの再会なのにそんな顔をするもんじゃないぞ。Mr.オソマツ」
「分かってるよ!でも俺こいつらに良い意味でも悪い意味でも世話になってるの、あんた分かってんだろ!分かってて言ってんだろ!」
「おそ松さんは…現在アシッドさんと行動を共になされているのですか?」
「ん?あぁ、そうだよ。久しぶりに母さんの顔見ようって松野家に戻った瞬間に眩暈に襲われてさー。次に目覚めたら目の前の松野家は綺麗さっぱり無くなってるし!ついでに右も左も分かんねーし!って路頭に迷ってる時にこの社長に拾われたんだよな。
 見知った雰囲気感じたからカラ松達かと思ったけどさー、違うのかよ!でも、久しぶりだな!」
「弟君は全員行方不明なのですか?」
「そういうことになんのかなー。社長にトッティーのスマホの番号教えて連絡取ってほしいって頼んだんだけど、いくらかけても『圏外』もしくは『電源が入っておりません』のどっちかだったんだよ。
 今は弟の居場所一緒に探してもらう代わりに、社長秘書またしてんの」
「そうだったのですね…」



 おそ松の話によると、この世界で目覚めてから一度もカラ松達と連絡が取れていないらしかった。
 アシッドに協力してもらい弟達の無事を確かめようとしても、今まで一度も末弟の端末と連携をすることは出来なかった。その為、おそ松は現在アシッドの社長秘書として動きながら、弟達の行方を追っていた。
 新たに混ぜられたことにより、見知った存在も再び行方不明になったことに心を痛めるサクヤ。そんな表情を察したのか、おそ松は「ま、あいつらには松野家の血が流れてるしー?どっかで黒光りGみたいにしぶとく生きてるんじゃない?」とだけ口を出した。表情は、全く笑っていなかった。


 おそ松の話のいいところで切り上げ、次は狐耳の男性が自己紹介をする手番だった。
 先程は話の腰を折ってしまい申し訳ない、と一節加えた後、男性は自らの素性を語り始めた。



「私は"小狐丸"。大きいけれど小狐丸。いや、冗談ではなく。まして偽物でもありません。私が小!大きいけれど!」
「小狐丸殿―――うーん、もう少しで思い出せそうなところまで来てるんですけど…」
「……そういや前田は政府刀じゃなくて、他の本丸から奪取されて記憶を封じられていたんだったな。その反応ということは…前田もよその本丸で関わりがあったのかもしれない」
「私めも記憶が鮮明ではない故、自らのことをあまり話せず申し訳なく思うのですが…。恐らくそこの前田殿と同じく、どこかの本丸で顕現した存在なのでしょう」
「聞けば聞くほど訳が分からなくなっていく…」
「こういう話は黙って聞くのが一番よ、ルーク」
「現在は訳あって、この方に力を貸しつつ私の中に燻る"邪気"を祓う方法を探しているのです」



 大男は"小狐丸"と名乗った。小狐丸と言えば、平安時代の刀工である"三条宗近"作の刀だと言われている、稲荷明神の援助によって作ったと伝わる太刀だ。簡単に言えば、三日月宗近の兄弟刀ということになる。
 彼の名前を聞き、ぼやけていた記憶が少しはっきりしてきたと口にした前田だったが、しばし考えた仕草を続けた後首を横に振った。アンラの蔵は既に破壊されているが、彼女にかけられた記憶の封印は余程強いものらしい。大典太はそう解釈した。
 そして……続けて口から零れた小狐丸の言葉に鬼丸が待ったをかけた。引っかかるものがあったらしい。



「……"邪気"だと?」
「はい。……そういや、大典太殿と鬼丸殿はご存じでしたかね。あの『天界の蔵』…。私もあの場に仕舞われていた刀剣の一振なのです」
「そういうことか……チッ」
「舌打ちするなよ…。奪還したとはいえ、主が時の狭間に落とされた後こいつらがどうなったかは知りようもない。霊力の供給が切れて前田も顕現出来なくなっていたんだからな…」
「私が知りえる情報ではございますが、共有した方がいいでしょうかね」
「お願いします!他の刀剣も一刻も早く探さねばなりませんので…」



 真剣な目をしている前田に小狐丸は小さく頷き、小狐丸はサクヤが時の狭間に落とされた後にどうなったかを軽く説明を始めた。
 アンラが本部を破壊し、サクヤを時の狭間に落としたのは周知の事実である。その後、邪神は刀剣が手入されている部屋をも破壊し、刀剣を再び奪取してその場から消え去った。そして、自らの霊力に"何か"を混ぜられた後、アンラが改変した世界のどこかにばら撒かれたというのだった。
 小狐丸が淡々と告げるその事実に、一同は言葉を失っていた。奪取したかと思えば、再び手放すとは。彼女の意図が読めなかった。



「何故そんな回りくどいことを…。もし以前のように手元に置いておきたいというのならば、新たに蔵を造りそこに仕舞えばいいだけの話ではないのでしょうか」
「普通の思考回路を持つ奴であれば、な。だが…あいつは全く意図が読めん鬼だ。考えていることがおれ達の理解の外だったとしてもおかしくはないだろ」



 前田も不思議そうに首を傾げ、鬼丸は悪態をつく。そんな様子にルークは静かに提言した。



「あの…。これは僕の推測でしかないんですけど…。邪神が刀剣男士達を利用しようと"敢えて"世界中にばら撒いた可能性は無いでしょうか?」
「"敢えて"ですか?」
「はい。先程小狐丸さんが仰っていたことを思い出したんです。"アシッドさんの手伝いをしながら、邪気を祓う方法を探している"って。そこで鬼丸さんが喋っていたことと共通することがあって、ピンと来て―――」
「……邪気があることで刀剣男士の正常な判断を削ぎ、力『だけ』を暴走させて混ぜた世界を滅ぼす為―――あいつは世界中に刀剣をばら撒いたというのか」
「なんということを…!」
「下衆の極みですねェ。やり方が美しくない」
「暴走した刀剣男士が各地で何も知らない人間に顕現してもらえば、邪気に侵された霊力と一緒に暴れてもらえばアンラも直接手を出さなくて住むもんな。あー…自分で言っててなんだが腹の虫が煮えるぜ、これは」
「…………」



 刀剣男士達が邪神によって再び邪気を注がれたことに大典太は悲しんでいた。更に、その刀剣が悪事に利用されている可能性が高いということも。
 末端ではあるが、自分達は『神』と呼ばれる存在だ。そんな存在が人間に向かって力を振るったらどうなるか。大典太はかつてサクヤに振るってしまった時を思い出し、分かりやすく落ち込む。
 そんな彼の背中をサクヤは優しく擦った。悲しみを少しでも和らげるように。



「刀剣男士さん達が再び強奪されたのであれば、取り戻して邪気を祓わなければなりません。……邪気の暴走で街一つが滅びる等もってのほかです。皆、気持ちは同じですよ光世さん」
「……あんな思いは二度と御免だ。出来れば平和的に済んでほしいもんだがな…」



 鬼丸と死闘をしたことも思い出し、思わず言葉と共に鬼丸に指を差してしまった。
 そんな彼の行動が嫌だったのか、鬼丸は大典太の細い指をしっかりと握る。力が強かったのか、大典太からは「痛い」と返って来た。



「おれの場合は最悪の状況だったからだろうが。小狐丸の様子を見ていれば、完全に邪気には侵されていないとは思うがな」
「そう見えるのか。それならば―――私が横やりを入れているからだな。私の見解で申し訳ないが…彼は君達よりも伝承の意味合いが強い刀なのだろう?霊力の汚染の影響を受けやすいように思えたのだ。
 正直に言ってしまうが、私の横やりがなければ彼とまともに話を出来ていない状態だぞ」
「な…!そんなに酷い状況なのですか!」
「今のところは意識を保っていられるのですが、彼が『人ではない力』を注いでくださっているのも理解できます。恐らく―――彼の言っていることは正しいでしょうな」
「我々で邪気を祓ってしまえればいいのですが…小狐丸殿が危険にさらされる危険がある以上、迂闊に手は出せませんね」



 数珠丸がぽつりと言葉を零した矢先、村長が人数分のカップを乗せたお盆を持って部屋に戻って来た。神妙な空気を感じ、村長はこてんと首を傾げてこちらを不思議そうに見ている。
 今までは彼がその場にいなかった為『人ならざる者』の話が出来ていたが、彼が戻って来たとなれば話は別だ。第三者に関係ない話を聞かせるわけには行かなかったのだ。
 そのことを告げるようにアシッドが話を切り上げ、声をあげる。



「さて、私的な話はここまでにしよう。村長も戻ってきたことだ。本題に入らせてもらおうか」
「はい。お願いします。我々も村長に目的があってここまで来たのですし…大事な話を引き延ばすわけにも参りませんからね」




 サクヤとアシッドの話を聞きながらも、大典太はどうにか小狐丸の邪気を祓うことは出来ないかを静かに頭の中で考えていたのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.23 )
日時: 2021/12/11 22:40
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

「サクヤ。君がこの世界に戻ってきたことはこの通りだ。そのいきさつをまずは教えてほしい」



 アシッドはまず、サクヤに向かってそう口にした。
 こうして彼女と再会出来たとはいえ、サクヤが異世界に飛ばされていたなんて事実は当事者しか知ることのないものだ。どうしてサクヤの力を再び感じることが出来たのか。アシッドはそれをまずは知りたかったのだ。
 サクヤはその言葉に少し考える仕草をしつつも、簡単に自分の身に起きたことを説明した。



「実は…。コネクトワールドから別の異世界に飛ばされていたんです。本来ならばここに立ててすらいないのですが…光世さんをはじめ、様々な方の助力を得てこの世界に戻ってまいりました」
「ふむ。それで君は刀剣男士の他にも人をぞろぞろ連れていたという訳だな。その、金髪の誠実そうな彼の集団が『飛ばされた異世界』の住人ということでいいのかな?」
「まぁ…そうなりますかね。僕もサクヤさんからお話を伺った時は驚いたんですけど。こうして別の世界を見ていると、言っていたことは本当なんだなって改めて思ってしまいます」
「『事実は小説より奇なり』ということわざも実際にあるからな。起きることに驚いても無理はないさ。それで…君達は何故この村へ?単に宿を借りに来たわけじゃなさそうだが」
「私が造った拠点を潰されておりまして…。ルークさん達の故郷も見つからない以上、どこか拠点になるものを探しておきたいと思っていたのです。
 丁度降り立った場所が『リレイン王国』という地だったので、そこの責任者を救出すれば拠点を提供していただけるのではないかと思い…先ずは宿を確保しようとこの村を尋ねました」



 サクヤが現在の目的である『リレイン王国の責任者の救助』を話すと、今まで黙って聞いていた村長が渋い顔をしながら口を開いた。
 どうやら、彼はその責任者―――すなわち、リレイン王国の王と関わりがあるらしい。その渋い顔は、サクヤ達がやろうとしていることを止めようとも、王を助けてほしいという悲願にも見えた。



「かの国は『リレイン王国』。様々な世界からの住人が国を作り上げている、いわば『繋がりの王国』と呼ばれている王国なのです」
「ふぅん。掲示板に『住人募集』と掲示してあったのは…そういうことだったんですねェ」
「わしらもリレイン王国の皆様には世話になっている立場なのですが…。旅のお方。王族を救出なされるという選択は諦めた方がよろしいと、儂は思います」
「どういうことだ爺さん。助けねぇ方がいいって」



 村長が発した言葉にアーロンが突っかかる。複雑な表情をしている割には、随分と言い淀むことに彼は気付いていた。
 本心を話せと目くばせすると、彼は彼が放つ圧に押し負けたのか、ぼそぼそと小さな声で話を続けた。



「かの王国の王族は―――現在『クッパ帝国』に捕らえられているのです」
「は?!」
「"クッパ"…ゲームの中でしか名前を聞いたことが無い…。本当にゲームの世界に来たみたいだ…!」
「ボス、興奮するのは構いませんが…今はお話を聞いた方が賢明かと。して…何故彼らは帝国に捕らえられているのでしょう?」



 『クッパ帝国』。大魔王クッパが治める、赤い配管工が出てくるゲームを知っていればすぐに理解が出来る帝国である。そんな国の名前が自然に口から出たことで、ルークは驚きと喜びが混ざった反応をしていた。
 チェズレイがそれを宥め、村長に話の続きを促す。帝国に捕らえられていたとて、助けに行かない選択肢は無かった。それが見知った顔であれば猶更だった。



「王国から人がいなくなったのは、海を挟んだ大陸にある『ヴォイド大帝国』からの差し金だと聞いております。我々も、常に聞こえていた王国の賑やかな声が唐突に、ぱったりと途切れ驚いているのです」
「クッパさんのところにいるのですか…。クッパ帝国はそのヴォイド大帝国、という国と何か関係を得ているのでしょうか?」
「……前、あんた達に協力してくれていたとはいえ…。あの赤い配管工の敵だからな。一物抱えていても何もおかしくはあるまい」
「正直信じられないのです。あの拠点にいた頃も、クッパさんは好意的に接してくれておりました。部下であるノルンさんやカロンさんも"催しが大好きだから"と快く滞在を許してくれていた程です。
 そんな方が、王族を捕える等と…」
「まー、ピーチ姫はよく捕らえてんだろーけど…。それとは意味合いがちげーんだろうよ。マジでなんでなんだろうな」



 サクヤは村長の言葉が信じられなかった。確かにクッパはマリオと敵対しているとはいえ、彼が絡まなければとても好意的な存在だったと認識していたからだ。
 元々守護していた世界での催しにも快く協力し、部下まで派遣してくれていた。そんな帝国が、キノコ王国ではない王族を意味もなく攫う…。村長から語られた事実は、到底考えつかないものであった。


 混乱していることに気付いたのであろう。アシッドはサクヤに一度頭を整理することを促し、こう提言してきた。



「サクヤ。そんな君に私から提案だ。私はこれからクッパ帝国に向かい、王族を直接解放してもらうよう交渉をしに行くつもりなのだが…。共に来るかね?」
「えっ…?!」
「おい。何を考えている」
「別にやましいことは考えていない。我々も、彼女には互いに世話をかけている立場だからね。こういう時はお互い様なのさ」



 なんと、アシッドは "クッパ帝国に王族解放の交渉をしに行く" とはっきりとサクヤに告げたのだった。
 目的が一緒ならば行動しやすい。そして利害が一致しているのならば共に行動しない理由はない。表向きのアシッドの提言の理由はそんなところだが、鬼丸にはそれが本心からの発言だとは思えなかった。
 威嚇をする意味で彼に何故だ、と問いかける。流石に怖い顔をされたのに驚いたのか、アシッドは弁明した。別にやましいことはない、と。単純にサクヤとはお互い様の関係だ、と彼は答えた。

 はぐらかされたようで納得がいかないのか、鬼丸のしかめっ面は戻る気配すらない。そんな彼に大典太は静かにこう告げたのだった。



「……あいつは確かに腹の読めない男だが、主の不利益になることをした覚えはない。そう警戒する必要もない」
「大典太は甘いからな。こいつが裏の裏で何を考えているのかなんて誰にもわからないだろ」
「随分と警戒されているな…。まぁ、君達が今まで受けた仕打ちを考えれば…そうなっても仕方ないのは分かるが」
「鬼丸殿。警戒するのも良いと思いますが、少なくとも私には…青龍殿を利用しようという雑念は感じておりません。今のところは信用してもよろしいかと」
「―――チッ」
「相変わらず…あんたは他人を信用しないな」
「信用しても、不幸になるなら傍から信じない方が良いだけの話だ」



 鬼丸を宥めている大典太と数珠丸の横で、サクヤは申し訳なさそうに眉を潜めた。アシッドはサクヤよりも高位の神。そんな彼の協力を得られるのならば万々歳だが、お互い様と言われるのはどうも気が引けていた。
 そのことを伝えると、彼は余計な心配はしなくていい、と一言伝える。確かに神に序列はあるが、それ以上の恩をサクヤには感じていたようだった。



「本当によろしいのですか?確かに共に行動していただけるのは嬉しく思いますが…ご迷惑にならないかと」
「いいや?丁度私もリレイン王国との連携と取りたいところだった。寧ろ丁度いいタイミングで君が来てくれたものだからね」
「どういうことだ…?会社は無事じゃないのか…?」
「あの邪神はどうも君のことを敵視しているらしいね。君と今まで関わった人物に関する建物は、世界が混ぜられる前に徹底的に破壊していったよ。無論、私の会社―――本社も、支店も全て…ね。
 だが、そのようなことで私が潰れる筈がない。この世界で目覚めてからすぐに会社を立ち上げ、業績を上げていったのさ」
「相変わらずの行動力と判断の速さだな…」
「お褒めに預かり光栄だな」



 アシッドから、サクヤが時の狭間に落とされた後のことを簡単に聞くことが出来た。どうやらアンラはサクヤと直接関わった人間がいる施設を次々と破壊した後、今の世界を造り上げたらしい。
 しかし、そこでへこたれる彼ではない。新たな世界で新企業を立ち上げ、凄まじいスピードで出世街道を昇って行ったアシッドは…現在では世界的に有名な社長の1人として書籍に載る程にまで復活を遂げていた。

 相変わらずの行動力の速さと手腕に、サクヤ達は言葉を失うしかない。
 アクラルに至ってはアシッドの行動にただただ真顔になるしかなかった。



「本当オメー…」
「我々も、リレイン王国には元の賑やかな姿を戻していただきたいのです。お願いします。
 先の発言に関しては撤回させてください。どうか、王族を救ってはいただけませんでしょうか」



 村長もアシッドの言葉に続けて、立ち上がって深く頭を下げた。それ程までにあの王国に恩を感じているからこその行動だった。
 彼の真摯な行動にはサクヤも黙っている訳にはいかなかった。彼女の選択肢は―――『王族を助ける』以外残ってはいなかった。



「……分かりました。アシッドさん、貴方の提案に乗りましょう。私もクッパさんへの謁見を望みます」
「そう答えを返してくれると思っていたよ。持つべきものは友だな」
「友というより、オメーが選択肢を潰したようなモンだけどな」
「別にいいではないか。村長もこうして頭を下げてくださっていることだし…これで断ったら彼がどんな顔をするのか、彼女には理解が出来たんだろう。彼女は慈悲深いからね」
「どの口が言うんだよ…」
「あー…。それで、俺達も一緒にその『クッパ帝国』とやらに行く、ってことで良いんだよね?これからやるべきことは定まって来たけど…結構大所帯よ?全員で行ける?」



 ふと、部屋の中にモクマの言葉が木霊する。彼の言う通り、サクヤの元には現在10人以上の人間が合流している。更に、有事に対処できない女性陣も抱えている。
 クッパ帝国は火山の中にある国だということは、サクヤの記憶が覚えていた。特にスイは歌姫だ。暑さで喉がやられてしまえば、今後の活動にも差し障るだろう。

 スイとナデシコには村に残ってもらおうと口を開こうとすると、当の本人が口を挟んだ。



「あの!もしわたしのことを心配してくれているんだったら…その必要はありません。わたしも一緒に行きます」
「スイさん?!でも、今から向かう場所は多分…危険な場所ですよ。万が一、スイさんの身に何かあったら―――」
「わたしだけ残って、みんなの無事を祈るのは嫌なの。それに、サクヤさんの話だと―――その"クッパ"って人?はサクヤさん達に好意的だったんでしょ?事情を話せば大丈夫だと思うんだ」
「それに、これから大陸を挟んだ土地に向かうというのに…遠い場所に女2人を置いておこうと考えていたのか?いくらなんでもそれは寂しすぎるだろう。帝国に行くことで何があるかは分からんが…サクヤの見知った顔なら問題ないだろう。私も当然ついて行くぞ」
「な、ナデシコちゃん…」
「あぁ…それと、『もしこの場から大陸を超えて帝国に全員で行けるか』という心配をしていたのなら問題はない。既にヘリを手配してるからね」



 アシッドは悩みを潰していくように、次々と言葉を紡ぐ。モクマが心配していたことはスイやナデシコのこともそうだが、10人以上で行ける手段があるのかということが大きかったようだ。
 彼のその言葉を聞いて、モクマは納得したように引き下がった。全員で行ける手段があるなら問題ないだろうと判断したのだった。
 既におそ松の姿はこの部屋にはない。恐らく、移動用のヘリコプターを手配しているのだろう。しばらく待っていると、探していた人物が扉を開いて部屋に入って来た。



「うう、流石冬の始まり!さっみぃ~。シャチョー。ヘリの手配は終わったからいつでも飛んで行けるぜ!」
「ありがとうオソマツ。もしかしたら空の上から弟達の姿を見かけるかもしれんからな。君も乗っていくと良い」
「その話の流れで俺だけ置いていく選択肢はないでしょ~?!俺の扱い良いんだか悪いんだか!」
「おそ松が…ちゃんと仕事をしている…」
「弟達が行方不明になっているんだ。貸せる手は貸すが、相応に返してもらっているだけだよ」
「カラ松達が見つかったら仕事はあいつらにぶん投げてー、俺は社長秘書という肩書のニートに戻りまーす!それまでの辛抱だよ!」
「根本的な考え方は相変わらずで…なんだか安心した…」
「安心してんじゃねーぞアカギ」



 おそ松が珍しくしっかり仕事をしていることに驚いたものの、それはカラ松達が見つかるまでの期間限定らしい。その意見が平然と出たことに、アカギはなんだか安心感を覚えたのだった。

 その後、しばらく雑談を続けていた折だった。家の外からプロペラの音が聞こえてきた。
 手配したヘリコプターが到着したのだろう。



「さて。我々もお暇することにしよう。村長、お邪魔しました」
「色々ありがとうございました。王族としっかり話をして、必ず王国に連れて参ります」
「皆さん、どうかお気をつけて…」



 村長に見送られながら、一同は家の扉を開いた。
 その先には、大きなヘリコプターが1台止まっていた。12人が乗っても余裕な程の大きさで、サクヤは驚いていた。黒い機体にはアシッドの会社のロゴが1つ、大きく貼りついている。会社の備品をそんなことに使っていいのかと一瞬思ったが、アシッドは公務も兼ねてサクヤの用事に付き合うのだ。そう考えたら何も言えなくなった。



「うわ~。ナデシコちゃんが持ってるヘリよりおっきくない?」
「そうだな。こんなに大きなヘリコプターを見たのは初めてだよ。警察のものももう少し小さいな」
「世の中は不思議でいっぱいですね…。あ、早く乗らないと」
「全員乗ってくれ。確認次第、出発するとしよう」



 アシッドの指示に従い、全員がヘリコプターに乗り込む。
 彼はそれを確認した後、自分も乗り込み人員を改めて再確認した。その場にいた全員が乗っていることを確かめた後、扉をしっかりと閉めた。
 操縦士に出発するように促すと、それと同時に機体が揺れた。



「出発しますよ!しっかり捕まっててください!」




 その言葉と共に、ヘリコプターはクッパ帝国への空路を飛んで行ったのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.24 )
日時: 2021/12/13 22:43
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ヘリコプターはぐんぐんと加速し、すぐに窓の外には海の景色が広がった。
 サクヤ達がこの世界に移動してからどれくらいの時間が経っただろうか。太陽は傾きかけ、海を静かに照らしている。いつの間にか日没の時間になっていたようだ。
 ヘリコプターの中では、各々クッパ帝国までの時間を潰していた。窓から景色を眺める者、この世界の地理を改めて考える者、物思いにふける者―――。


 そんな中、ルークはちらりと隣に座っているアーロンの様子を見る。アーロンは空を飛ぶ乗り物が苦手であった。そんな彼のことだ。今暴れられたらひとたまりもないことをルークは理解していた。
 当のアーロンは―――。気絶するように眠っていた。いつもの4人であればいざ知らず、今は部外者も一緒に乗り込んでいる。自分がヘリコプターに乗るのが苦手なのを悟られたくないのだろう。
 目的の人物が大人しくしているのを確認したルークは、ほっと一息をついた。彼が様子を見ている間にも、ヘリコプターは空路を進んでいく。この調子であれば、日没までにはクッパ帝国に到着できるであろう。
 ルークはそう判断し、彼に習い少し仮眠を取ることにしたのだった。










「おーい。ルーク、ルークったら」



 モクマの声が聞こえる。ぱっと目を見開くと、目の前で手を振っている声の主がいた。
 どうやら仮眠をするつもりが深く寝こけていたらしい。思わずすみません、と謝罪の言葉が口から飛び出る。周りを見渡してみると、既にヘリコプターは陸地へと降り立っていた。
 ルークは慌ててよれていた服を整え、ヘリコプターから降りた。既に彼以外のメンバーは降りていたようだった。



「色々あったから当たり前だけどよ、よくヘリコプターの中で寝れるよなオメー…」
「すみません…。飛空船の中でも、気持ちよくなると寝ちゃうタイプでして…」
「本来ならば敷地の中で下ろせればいいのですが、急を要したのでここまでが限界でして…。歩いてすぐのところに城門が見えますので、そちらからクッパ城へお入りください」



 操縦士に見送られ、早速クッパ城への道のりを進んでいくことにした。
 先程まで青々としていた景色は真逆になり、至る所に溶岩やマグマが立ち込めている。間違って触れれば火傷では済まない。クッパ城までの道のりは幸い整備されているが、仮に落石などがあってもおかしくはないような場所だった。
 早く城門を潜った方がいいだろう。そう判断した一同は、教えられた道を真っすぐ進むのだった。










「暑いですね…」



 サクヤがぽつりと呟いた。
 大典太は横目で彼女の体調を見やるが、確かに熱気でいつもの元気を失っているように見えた。しかし、そういうものに弱いのであれば予め喋っておくはずだ。環境の変化についていけなかったのだろうか。仮にも『四神』と呼ばれた存在が。
 ぐるぐると頭の中で考えを巡らせている彼の耳に、アクラルが呆れたような声が入る。



「そりゃ溶岩とマグマに囲まれた中歩いてっからなー。サクヤ、暑さにめっぽう弱いから守ってやれよオメー等」
「えっ…?!」



 彼の言葉を耳にした瞬間、サクヤに仕える刀剣男士が一斉に目を丸くして驚いた。
 その反応に、アクラルも思わずぎょっとする。今の今まで誰も知らなかったのだ。当然の反応だが、一斉にやられた為アクラルも思わず同じ表情をしてしまっていた。



「まさか…聞いていなかったのか…?俺も暑さは苦手だが…サクヤの方がもっと苦手な筈だぞ…」
「そんなこと、主君は一言も仰っていませんでした!てっきり苦手なものはお酒だけかと…」
「神だからって何でも得意なワケじゃねーかんな。俺だって甘い物は苦手だし、ニアにだって嫌なものの1つや2つ当たり前にあると思うぜ」
「……主。大丈夫か」
「もう少しですし…大丈夫です。私のことは心配いりません…」
「……足元がおぼつかなくなっているぞ。俺に掴まれ、主…」



 サクヤは心配させまいと気丈に返すが、足取りが既にふらついていた。咄嗟に大典太が手を差し伸べ、サクヤに捕まる様に促す。
 彼が主を支える形で何とか姿勢を正したが、サクヤの握った手の汗が物凄い量になっていた。これは急いで建物の中へ避難せねば不味いことになる、と大典太が判断するのは難しいことではなかった。



「ほら、城門が見えてきましたよ!入ったら少し休ませてもらいましょう」
「いくらおじさんでも…この暑さは堪えるわぁ。寄る年波には勝てないのよ…」
「まだ40超えてねーのに何言ってんだおっさん」
「30後半も40前半もそう変わんないの!あー、建物着いたら水風呂入りたい…」
「サクヤ嬢が極端に暑さに弱いのは分かりましたが、我々が長居して良い場所でもなさそうですからねェ。早いところ門を潜ってしまいましょう」



 視界に城門が見え、歩く速度を速める一同。数刻もしないうちに目的の場所へと辿り着いたのだった。
 門の前にはヘルメットとコウラを装備した亀らしき人物と、のんびりした印象の生物がおり話をしている。恐らく彼らが門を守るいわば"門番"の役割をしているのだろう。
 早速彼らに話しかけようと近づくと、気配に気づいたのか2匹の生物はこちらに顔を向けてきた。



「な、なんだぁ?!ぞろぞろと軍隊みたいなのが来たぞ?!どうする?クッパ様にご報告するか?」
「うーん…。待って。クッパ様 何か言ってなかったか?」
「何か? ……もしかして、今日来る客人のことか?」
「うん。"黒い髪に青いメッシュの髪"のニンゲンが現れたら 客人だから 城の中に入れるようにって クッパ様が仰っていたはず…」
「おお…?おお!あの支えられてる奴か!なら門を開けないとな!」



 2匹は一同の姿を見て、城門を開ける為動いた。行動が伝わったようで、向かってくる人影の警戒する雰囲気もすぐに解けた。
 一番前を歩いていたアシッドが門の前に辿り着き、ヘルメットを被っている亀に話しかけた。



「クッパ大魔王の部下とお見受けする。先程謁見の依頼をした者だが…」
「亀と……何て言ったらいいのかな、わけのわからない生物がいる」
「分からないなら黙っていた方がいいですよ、モクマさん」



 アシッドが会話をしている間、一同は言葉を発さず黙って待った。それが一番早く城の中に入れてもらえると誰もが判断したからだ。
 クッパの部下は、その言葉に2回頷いてこう返してきた。



「クッパ様は玉座の間にいらっしゃる。この門を通ったら城の中に入るから、真っすぐ進めば謁見が出来るぞ」
「分かった。暑さでやられた輩もいるのでね。少し休ませたいのだよ」
「ならばそのことも伝えておこう。ガボン、他の部下に冷たいタオルを用意するよう伝えてくれ」
「分かった!ハンマーブロス!」



 ガボン、と呼ばれた緑色の生物はすぐに門の向こうへと走り去っていった。
 その後を追うように、アシッドは門の向こうへと消えていく。後ろを歩いていたルーク達もそれに続き歩いて行った。
 しんがりを歩いていた大典太とサクヤが城の中に入ったと同時に、ハンマーブロスは外に誰もいないことを確認する。そして、内側から門を閉めたのだった。
 外からの熱気が封じられたのか、サクヤが大典太を掴んでいる手を離した。大丈夫かと問われたが、その顔は溶岩地帯で見た時より多少良くなっているように大典太には感じられた。



「……無理するなよ」
「お気遣い感謝いたします。ですが…へたってはいられないのでね」



 相変わらず気丈に振る舞う彼女に、少し眉を潜める大典太なのであった。










「おお!懐かしい面々なのだ!久しぶりだな!」
「そういうオメーも元気そうだな!」
「ガッハッハ、元気満々だぞ!それに、最近はマリオパーティの邪魔を直々にしてやったところだ!悔しがるマリオの顔が忘れられないなぁ~!その時のマリオの顔、オマエ達に見せてやりたかったなぁ~!」
「楽しそうならそれでいいよ…」



 サクヤと大典太が一同に追いつくと、既にアクラル、アカギと玉座に座るクッパが楽しそうに会話をしていた。マリオパーティの宴でマリオを直々に痛めつけてやった、と豪語している。何があったかはご想像にお任せする。
 傍らではノコノコのノルン、そしてカロンのカノンが氷入りのバケツを持って立っていた。ガボンに言われた通り、中にタオルがあるのだろう。
 ノルンはサクヤの姿を見かけ、笑顔で手を振ってきた。



「サクヤさん!お久しぶりです!元気…ではなさそうですね」
「熱気でバテてしまいまして…。申し訳ありません、みっともない姿を見せてしまいました」
「仕方ない…。クッパ城があるのは…火山地帯の頂上…。暑さに弱い奴は…バテるのも…仕方ない…」
「ガボンさんに言われて氷タオルを持ってきました!使ってくださいね」
「ありがとうございます」



 ノルンから氷タオルを受け取り、首元に軽く押しあてる。ひんやりとした冷気が身体に伝わり、先程まで火照っていた身体が静まっていくのをサクヤは感じていた。
 その様子を見ていたクッパは窓から外の様子を見る。溶岩地帯ではあるが、空は他の地域と変わらなかった。既に日は落ちており、暗闇が空を覆っていた。



「うむ。折角来たのだから2、3日休んでいくと良い!客人用の部屋はたーっぷりあるのでな!ガッハッハ!」
「それはありがたい話だね。今晩どうしようか考えていたところだから」
「客人用の部屋って…檻の中、とかじゃないですよね…?」
「客人にそんな失礼な真似をするわけないじゃないですかーっ!大丈夫です、普通のお部屋です!」
「なら安心したよ。だが…部屋を使わせてもらう前に本題を片付けてからにしたいんだが…いいだろうか」
「本題…。あぁ、リレイン王国の王族についてだな」



 どうやらクッパの計らいで当分の宿には困らなさそうだ。彼の気遣いには感謝するとして、ナデシコは素早く本題に切り込んだ。休ませてもらう前に片づけておかねばならない問題があったからだ。
 クッパは思い出したようにそう言葉にするが、表情は明るいものではなかった。



「えーっと…。確かお話では、リレイン王国の王族のみなさんを王国に連れ戻したい…。そういうことでしたよね?」
「そうだ。それが我々の今回の目的だからな」
「むむ…。確かにあいつらは今、ワガハイの城の地下牢に閉じ込めてある。しかし勘違いするんじゃないぞ!これは不可抗力なのだ」
「不可抗力、だぁ?」
「あぁ…。悔しいことに…クッパ軍団も…今のヴォイド大帝国の軍事力には敵わない…。だから…表向きにでも従う振りをしなければ…クッパ帝国が滅びてしまうと…クッパ様はお考えになったのだ…」
「唐突だったのだ。ヴォイド大帝国のヤツらが急にワガハイの城に現れてな。縄でグルグル巻きにしたリレイン王国の王族を地下牢に閉じ込めろ、と。そう言ってきたのだ。
 ワガハイとて逆らいたかったが、従わなければ部下が痛い目に遭うとそうハッキリ告げられて…。つい、承諾してしまったのだ!苦渋の決断だったのだー!」
「……唐突にこの城に捕らえるよう命令が来たのか?妙だな」



 クッパは悔しがるように吐き捨てた。本来であれば総力を持って立ち向かったのであろうが、自分の軍とは桁違いに軍事力が違う。個々の能力が高くても、数で押し切られては意味がない。
 部下を失う訳にはいかない、と渋々大帝国の命を承諾し、リレイン王国の王族は現在地下牢に捕らえてあると言ったのだった。

 大帝国にとって脅威になる存在ならば、なぜ他の帝国の地下牢に閉じ込める必要があるのだろうか。相手の出方が分からず、頭の中は混乱を極めていた。
 沈黙が続く中、ふと小狐丸が口を開いた。



「口ぶりからして…彼らに手荒な真似はしていないという解釈でよろしいでしょうか?」
「はい。従わないと何をされるか分かりませんので、地下牢に閉じ込めてはいますが…。それ以上のことは何も。拷問などもってのほかです!食事も…その時だけ折から出してこっそり一緒に食べてます…」
「そうか…。でも、クッパさんの一存では王族の皆さんの解放は難しそうですね。ヴォイド大帝国、という国のトップに話をしないといけないわけか…」
「そのようです。とりあえず…王族の皆様のいらっしゃる場所は分かりましたし、謁見を試みては如何でしょうか。面会は大丈夫なのですよね?
 大帝国に向かうかは彼らと話をしてからでもよいかと私は考えております」
「あぁ…。会いたいのなら…地下牢の場所まで案内する…」



 捕らえはしたが、手荒な真似はしていない。クッパ軍団は全員そう答えた。
 ならば、普通に話が出来るのではないか。小狐丸の言葉に続き、数珠丸も自分の考えを一同に告げる。反対する者は特におらず、まずは彼らに会って話をする。それから大帝国へ向かうかどうかを決めることになった。
 クッパはノルンとカノンに案内を任せ、他の部下たちに客人用の部屋の準備をするように命令をした。2匹は早速地下牢へ案内する為、玉座の間にある西側の廊下に一同を案内した。

 冷やしタオルをしばらく当て続け、ふわふわとしていた頭からサクヤはやっと解放された。しかし、ぼーっとする感覚は収まらない。棒立ちになっていた彼女に大典太が声をかけた。



「……おい、主。皆はもう行ってしまったぞ」
「申し訳ありません。暑さで頭が想像していたよりもやられていたようです…」
「主君…。お部屋で休んでいた方がよろしいのでは?お話は僕達が聞いてきます」
「いいえ。今後に関わる大切なお話ですし、直接謁見がしたいのです。ノルンさん達の機転のお陰でだいぶ頭も冷えて参りましたし…もう大丈夫ですよ」
「ならばいいが。倒れるなよ、主」
「……あんたはいつでもストレートな物言いだな」
「回りくどく言うよりもいいだろ。ほら、見失うぞ」




 鬼丸が指さした先には、小さくなったノルン達の姿が見えた。確かにこのままでは見失ってしまう。
 サクヤ達は急いで彼らの後を追って走って行ったのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.25 )
日時: 2021/12/15 22:55
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 2匹の案内に従い、地下の階段を下っていく。
 その先に広がっていたのは、殺風景な檻が立ち並ぶ景色だった。重々しいコンクリートの壁と、そこに掛けられている飾りが目に入って来た。
 檻は殆どが使われておらず、中には誰もいない。しかし、一番手前の2つの檻の中に高貴な雰囲気を醸し出す人物が座っていた。

 最も手前にある檻に入っているのは、王冠を被った威厳のある男性と、ライトブラウンの美しい長髪をなびかせる、ティアラをつけた少女だった。
 その1つ奥にある檻に入っているのは、黒い短髪の爽やかな雰囲気の男性と、金髪をポニーテールに纏めた凛々しい表情の少女だった。
 確認をしなくとも、クッパの言っていたリレイン王国の関係者であろう。檻に近付こうとすると、ノルンが一旦その足を止めた。



「ご想像には容易いと思いますが…。一番手前の牢に入ってらっしゃるのがリレイン王国の王様とお姫様です。その隣の牢にいらっしゃるが、彼らに仕える兵士さんです」
「王族だけじゃないんですね」
「ボクは彼らを捕えた場に同席していないので詳しいことは分かりませんが…その場に残っていたのがこの4名だったそうなんです。
 王族だけを捕えるならば彼らも、と兵士さん達も一緒に連れてきたと聞いています」
「成程…。お話をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「あぁ…。ここから出たいなら…またオレ達に話しかけてくれ…」
「ありがとうございます」



 そう伝えると、ノルンとカノンは地下牢の出入口まで駆けていった。
 サクヤはそれを確認した後、国王であろう男性が座っている檻の前まで歩いて行った。



「リレイン王国の王とお見受けいたします。どうかお話をさせてはいただけませんでしょうか」
「……ぬ?お主は…」
「私は "サクヤ" と申します。ある事情から、リレイン王国の再起を図ろうと思っています。その為に……リレイン王国の関係者を探していたのです」
「どういうことです?いきなりそう言われても分かりませんわ」
「申し訳ありません。かいつまんでお話しすると、ですね…」



 サクヤの声に気付いたのか、王と姫は彼女の方を向いた。ストレートに"王族を助けに来た"と話したが、王と姫は何のことやら分からず首を傾げている。
 姫の言う通り、まずは何故ここに来たのかを説明しなければならない。しかし、異世界のことを話してしまっては更に不信感を募らせるかもしれない。サクヤは少し考えた後、異世界のことを黙ったまま事の顛末を王族に説明した。
 "自分達を助けに来た"。言葉だけで言えば聞こえがいいものだ。しかし、いくらなんでも唐突に訪れたその声に、王と姫は戸惑いを隠せないでいた。



「お話は分かりました。しかし…何故貴方達が私達を助けに来るのです?見たところ、リレイン王国の住人ではないとお見受けしますが。正直…唐突過ぎますし、信じられないという気持ちが強いです」
「それも無理はない。唐突なのだからな」



 サクヤが返答に困っていると、隣にアシッドが立った。どうやら助け舟を出してくれるらしい。
 王と姫も、流石の世界的に有名な社長の顔が分からない訳ではなかった。アシッドの顔を見た瞬間、驚きの声を上げる。



「な…!ネクストコーポレーションの社長がここに来るとはな…」
「存じ上げてくれていたか。それは嬉しいな。まぁ、彼女は私の友だ。今回は私の用事に付き合ってもらう形でここに来てもらっている。
 ……さて、本題に戻ろう。我々はこれから貴方達の解放の交渉をしに、大帝国まで直接向かう予定だ。君達を救いたい、という気持ちはこの場にいる皆が同じ思いを抱いているぞ。それだけの話だ」
「なんの疑いもせず、我々を助けに来たのですか?とんだお人好しですわね…」
「噂によると、リレイン王国は積極的に他の種族と関わる国だと聞いている。貴方達も似たようなものではないか?」
「そう言われると…返す言葉が見つからんな」



 続けてアシッドは"自分達のことは信用してくれなくていい。だが、必ず救う術を見つける"と伝えた。王も姫も自分達と同じようなお人好しなのは、彼らの瞳を見てすぐに分かった。
 自分達のことを見定めるような目ではない。しっかりと顔を見て、信用できるかどうかを判断しようとしているのだ。
 サクヤもアシッドの言葉に続け、自分の気持ちを伝える。



「私もアシッドさんと同じく、貴方達を助ける手立てを考えたい。それだけでも分かってほしいのです」
「ま、唐突に目の前に現れて『お前を助けに来た』って言われても…普通は信じられねぇよな。ドギー」
「あはは…そうだね…」



 ルークも似たような経験があるらしい。アーロンの皮肉に近い言葉に苦笑していた。
 王は彼らの話を聞いている間、顔を真っすぐ見ていた。そして―――納得したような表情でサクヤ達にこう返してきた。



「お主らの気持ちはよく分かった。だが…もし交渉が決裂した場合はどうする?儂等はおろか、儂等を捕らえているクッパ帝国…そして、お主等の命も危険に晒されることになる。
 ヴォイド大帝国とは、そういう危険な国なのだ」
「まぁねぇ。"王様達を解放してください!"って直接交渉しに行ったとて、素直に返してくれるとはおじさんも思えないよ」
「ここにいる奴の命が1つ、2つ消えてもおかしくはないな」
「……縁起でもないことを言うな」
「想定される可能性を言っただけだ。王の瞳がそう言っているぞ」
「ですが…。帝国の動きも妙だと私は感じています。もしお二人を脅威に感じていたら、わざわざ別の帝国に監禁を命じたりする、なんて回りくどいことをするでしょうか?
 これは帝国側がまだ温情を持っているという可能性に他ならないと考えています。だから…多分、交渉自体は出来ると私は踏んでいます」
「……今でさえ生け捕り状態みたいなものだからな。本気で潰す気なら、既にあんた達の命はないと考える方が普通だ」
「それも、そうだな…」



 王は次々と流れてくる言葉1つ1つを噛みしめ、そして彼らの顔を真っすぐ見て"お主らを信じよう。もし交渉が成立したら、出来るだけの援助を約束する"と告げたのだった。
 驚いて隣で確認を繰り返す姫を王は宥める。隣で檻を揺らす音が鳴り響いている為、兵士達も王の返答に驚いたのだろう。
 だが、王の決意は揺るがなかった。彼らの真っすぐな瞳を、一度信じてみようと思ったのだ。



「お主らの健闘を祈っているぞ。儂等もリレイン王国をあるべき姿に戻したい。その気持ちは同じだ」
「あぁ。確かに受け取った。私達が必ずその檻から出してみせるさ。信じて待っていてほしい」



 アシッドがそう言った矢先、カノンがこちらにトコトコと歩いてきた。
 クッパから連絡が来たことを告げ、そろそろ面会時間が終わりに差し迫っていることを彼らに告げた。



「クッパ様が…そろそろ戻って来いと仰っている…。だから…面会は…ここまでだ…」
「あの気まぐれ大魔王に左右されるのかよ!まぁこっちはいさせてもらう側なんだし文句は言わねーけどよ」
「すみません…。では、直ぐに客室に案内しますね。別のクッパ軍団が玉座の間で待っていると思いますので、そこまでは案内いたします!」



 そう言って、カノンは地下牢の扉を開いて階段を昇って行った。それに続くように、ぞろぞろと1人、また1人と地下牢から姿を消していく。
 サクヤは部屋から出る前、ちらりと王家のいる檻の中を見やる。王は―――こちらを真っすぐ見据えていた。



「(……これは 失敗できませんね。彼らの為にも…)」



 彼らの信用を失墜させない為にも。必ず交渉を成功させると心に決めてサクヤは部屋を後にした。










 別のクッパ軍団に案内され、サクヤ達は客室で休ませてもらうことにした。流石に続けざまに帝国に交渉しに行くのは死活問題だと考えたからだった。
 客室の扉の前でナデシコは皆に向き直り、告げた。



「さて。これからの行動は…今日はもう遅い。今から移動して向こうからの襲撃を受けても、逃げ帰る体力もなければ困るだろう。明日の朝、大帝国に発つということでいいのだな?」
「それで大丈夫です。ナデシコさんはクッパ城に残って、連携を取るということでいいんですよね?」
「あぁ、そうだ。勿論歌姫もここに残ってもらうからな。全員で行って全滅しても意味がない。ある程度は戦力を分散させねばな」
「だったら…交渉に向かうべき人員を今のうちに決めてしまいましょう」



 仮に帝国への交渉が失敗した場合、危害がクッパ帝国にまで及ぶ可能性も示唆していた。王族への攻撃から守る為、ある程度の人員は残した方がいいとナデシコは続けて言った。
 話し合いの結果、ヴォイド帝国に向かうのはサクヤと大典太、ルーク、チェズレイ、アシッド、小狐丸というメンバーになった。

 刀を振るうつもりでいた鬼丸は不服そうだが、大典太が諭した。



「……鬼丸。ここへの襲撃の可能性も考えねばならん。そうならないのが一番だが…。万が一、ということもある。あんたは残ってくれ」
「―――ちっ。普段であれば嫌なんだがな」
「鬼丸殿。大典太さんの強さは貴方が一番よく知っていらっしゃる筈です!だから…大丈夫ですよ。僕達は僕達の主命を果たしましょう!」
「防衛も立派な任務ですよ、鬼丸殿」
「私も警戒はしておきます。必ず交渉を成功させましょうぞ」


「おじさんとアーロンは交渉事苦手だし、ここはそういうのに長けてる2人に任せた方がいいよね。最悪戦闘沙汰になる可能性は否めないけど…」
「メインが交渉な以上、僕とチェズレイが行った方がいい。アーロンとモクマさんはここに残って、クッパ軍団の人達と一緒に襲撃に備えてくれ」
「暴れられるならそれに越したことはねぇがな」
「相変わらず野蛮ですねェ。そうならないように頑張るのが我々の役目なのに。戦闘前提で話をされても困ります」
「喧嘩売ってんのかクソ詐欺師」
「いいえ?私は思ったことを正直に言ったまでですよ」
「アーロン!チェズレイ!明日早いんだしそこまでにしてくれ…」



 明日に向けての話を各々続けている最中、サクヤは部屋の前で待っているテレサと話をしていた。
 どうやらクッパがヴォイド帝国にアポを取ってくれるらしいが、すんなりと通してくれる可能性はあまりないと思った方がいいらしい、との答えが返って来た。



「それは…そうですよね。相手は巨大な軍事国家。出会い頭に剣先を向けられる可能性も視野に入れなければなりません」
「とにかく…気を付けてほしいんだゾ!クッパ様がこんなに手厚い援助をするなんて珍しいんだからナ!無事に戻ってこいヨ!」
「ありがとうございます。ノルンさんとカノンさんにもお礼を伝えておいていただけませんでしょうか?」
「そのくらいお安い御用だゾ!そんじゃーナ、ゆっくり休むんだゾ!」



 テレサを見送り、後ろから声をかけてきた大典太の方向を向きなおす。
 先程まで聞こえてきていた賑やかな声は既に静まり返っている。全員就寝の為に各々客室へと入って行ったのだろう。
 サクヤも早く休もうと、近侍と共に自分達に宛がわれた客室に入って行ったのだった。









「……主も前田も寝てしまったか」
「おまえも早く寝ろ。寝ずの番はおれがしてやる」
「別に野営ではないのだから…見張りはいらなくないか?あんたも寝た方がいい…」



 部屋に入って30分が経った。サクヤと前田は疲れからか用意されたベッドに潜りすやすやと寝息を立てている。
 大典太はその様子を優しく見守りながら、鬼丸に声をかける。見張りはいらないから寝た方がいい、と。
 鬼丸は肯定も否定もせず、眉間にしわを寄せたまま大典太をガン見している。やはり交渉に行けなかったことが気に障っているのだろう。
 これはもう彼は放置して自分も寝た方がいい。そう判断した大典太は電気のスイッチを落としに扉の方向へ向かうか、鬼丸の小さな声が大典太の足を止めた。



「……気配がする。邪神の気配だ」
「……?」
「大帝国の方角。もしかしたら…誰かに化けて機を熟している可能性がある。だからおれも行くと言ったんだがな」
「そうだったのか。なら主が起きた時にでも…」
「もう遅い。それに、おれが無理やり行くことを通したらおまえの強さを否定することになるだろ」
「……別に俺は強さなんて求めてない。……鬼丸。邪神の気配を感じるということは…あんた、まだ邪気が…」
「違うな。完全に取り込まれている時の後遺症がまだ少し残っているようだ。―――忌々しいものを残していきやがって」
「…………」



 鬼丸は"邪神の気配がする"と小さな声で言った。一度破壊をして祓った筈だが、まだ残っているのかと不安げな表情をして大典太は彼に問う。どうやらそうではなく、長年侵されてきた後遺症のようなものらしい。
 忌々しい、と不満気に漏らす鬼丸に大典太はサクヤに鬼丸も連れていくよう交渉しようとしていた気が完全に薄れてしまった。こんな状態では、邪神を見つけたら真っ先に斬りかかりそうだったからだ。



「くれぐれも気を付けろ。おれはおまえが折れた姿など見たくない」
「……せいぜい注意するさ。無事に交渉が成立したら一杯くらいは付き合ってほしいものだ…」
「一杯でも二杯でも付き合ってやる。だから…主と共に無事に戻ってこい」



 いつにも増して真面目な表情でそう訴える鬼丸の姿に、大典太はそれ以上は何も言わず静かに頷いた。
 途端、訪れる無言。お互いに会話のネタが尽きてしまったのだろう。このままぼーっとしていても時間が過ぎ去っていくだけだ。大典太は最初にやろうとしていた目的を果たす為、電気のスイッチがある場所にのそのそと歩いていく。
 鬼丸は無言で空いているベッドの上で布団を被ってしまった。



「(……邪神の気配、か。何事も無ければいいがな…)」




 そんな思いを胸に秘めたまま、大典太は電気を消し床につくのだった。