二次創作小説(新・総合)

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.28 )
日時: 2021/12/17 22:18
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 サクヤ達が床についてから一夜が明けた。
 現在彼女達は、ナデシコが宿泊していた部屋を拠点にして作戦会議を開いている。単純に彼女達が使っていた部屋が一番面積が大きかった、というのも集まった理由の1つだった。
 少数人数での交渉の為、素早く行って素早く戻ってこなければならなかった。それを前提に話し合いを続ける最中、客室の扉が勢いよく開いた。
 音の方向を振り向いてみると、そこにはクッパとノルン、カノンが立っていた。



「ガッハッハ!おはようございます!朝の挨拶は大事だからな!」
「おはよう…だけど…。大魔王なのに大魔王らしくないことしてる…」
「キサマらの顔を見ていれば分かるぞ!クッパ城のベッドは皆一流の素材ばかりを使っているからな!よく眠れただろう!」
「そうだな。ぐっすり眠れたよ。感謝せねばな。……して、我々は雑談をしている猶予はあまり残されていないのだが…。本題に移って貰えるかな? 大魔王」
「おっと、ワガハイとしたことが本来の目的を忘れかけていたぞ!オマエ達!ノルンとカノンも連れていけ!ワガハイの遣い、ということで話は通してある!」
「それは有難い話です。関係者がいれば、交渉はスムーズに進みやすいですからね。ありがとうございます」
「オレは話すのが苦手だが…ノルンはそういうことは得意だから…任せると良い…」
「か、カノンくん?!行く前からプレッシャーかけないでよぉ~!」



 昨晩、ヴォイド大帝国にアポを取っている最中にノルンとカノンを自らの遣いとして派遣すると言ってきたのだ。クッパ帝国とヴォイド大帝国は現状繋がりがある。ならば、何の関係もない者達で向かうよりか幾分かは戦闘沙汰を回避できる可能性が上がるとクッパは踏んで、2匹を寄越してきたのだった。
 彼の気遣いに感謝し、礼を言う。クッパは満足げに大笑いすると、"今日もマリオをジャマしに行くぞ~!" と自分の定位置に戻って行った。



「さて。では準備が出来た者からヘリに乗ってくれ。クッパ軍団に頼んで、昨日のうちに敷地内に移動してもらっているから安心してくれ」
「溶岩がひしめく中を歩く必要はないわけか。ひとまず安心した…」
「いつでも出発できるから、さっさと乗ってくれよな!俺だって暇なワケじゃないんだからさ~」



 おそ松がそう一同に伝え、ヘリコプターのある場所まで移動を始めた。
 彼が姿を消したと同時に、大帝国へ向かう面子は持ち物の確認を改めて始める。万が一戦闘沙汰になってしまった時に、武器の調子が悪ければ一気に劣勢になってしまう可能性があるからだ。
 ……大体の動きが止まったと察知したナデシコは、彼らに向き直り告げた。



「…皆、くれぐれも気を付けるように。このミッションは思った以上に厄介な代物になりそうだからな」
「……主君。無事に戻ってきてくださいね!みんなで待ってますから」
「はい。必ず戻ってまいります。王族の解放の言葉と共に」



 ナデシコが放った言葉を胸に刻み、大帝国に向かう面々が客室を後にした。
 彼らの背中を見守りながら、前田は改めて主君が、大典太が無事に戻ってくるように祈るのだった。









 ―――ヘリコプターは再び空を舞い、ヴォイド大帝国に舵を切っていた。
 窓の外から出も分かる。小さな村々の街頭に、不気味な赤黒い目玉がついたデザインの旗が掲げられている。おそらく、ヴォイド帝国内の敷地だということを示すものなのだろう。
 随分と長い距離を飛んでいるが、見える旗は同じものばかり。不思議に思った小狐丸が口を開いた。



「随分と敷地が大きな帝国なのですな」
「『ヴォイド大帝国』…。私も仕事上でしか敷地内に入ったことはないが、大陸の約5割を占有している大帝国だそうだ」
「5割…って、陸の半分近くを同じ国が占めているということですか?!」
「あぁ。かの国は軍事力が特に優れている。武器や魔法の開発にも積極的。技術の発展の為には、自らの技だけではなく他の技も吸収する柔軟な国、なんだが…。そのやり方が少々横暴でな。
 知識だけを吸収するには留まらず、国自体を自らの帝国へと吸収合併することも辞さない。そうして滅びた小国を、私はいくつも知っている」
「そうやって面積を広くしていき、今の大帝国になっている、という訳ですねェ。正に『侵略』という言葉がよくお似合いだ」
「……略奪の為には戦争も積極的に仕掛けていそうだからな、それだと…。兵力は相当に高いと考えた方がいい」
「軍事国家、ですか…。気を引き締めて取り掛からなければ」



 ヴォイド大帝国。
 東の大陸の約5割を占めている巨大な軍事国家である。今も国の面積と技術吸収の為、小さな国を次々と吸収合併して今の形態になっている、正に『侵略国』という異名が似合う国だ。
 そんな帝国と正面から交渉しに向かう。随分と大きな目標を立ててしまったとサクヤは思うが、必ず救出すると誓った王族がいる手前、売った喧嘩から逃げる術は持ち合わせていない。
 
 ルークは改めてナデシコから預かった地図のコピーをタブレットで開き、西の大陸と東の大陸を見比べてみる。確かにアシッドのいう通り、西の大陸には大きな、名のある国が転々と存在している。対照に、東の大陸は中心に『ヴォイド大帝国』と書かれている以外はぽつぽつと建物の名が記されている程度だった。
 クッパ帝国が侵略されなかったのは、火山に囲まれ攻めにくい地形だからというのもあるのかもしれない、と彼は想像した。



「皆さん!そろそろヴォイド大帝国の中核にあります『ヴォイド城』に到着いたします。シートベルトをお閉めください!」



 操縦士の指示に従い、一同は各々取り出していたものをしまい、着陸に備える。
 しばらくすると機体が一瞬揺れ、大人しくなった。窓の外から見えたのは―――。クッパ帝国とは比にならない程に大きい城門だった。
 ヴォイド大帝国の敷地内だ。これから何が起こるか分からない。警戒を怠らぬよう改めて確認した後、ヘリコプターから降りた。


 同時だった。









































『何者だ!!』




 ―――一番最初に降りたアシッドの首元に、槍の矛先が突きつけられていることに気付いたのは。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.29 )
日時: 2021/12/17 22:21
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

「随分と物騒な出迎えだな。クッパ大魔王から連絡が行っていると思うのだが」
「確認をする。機体の中にいる全員も降ろせ。そしてその男の後ろに立て。下手なことをしたら首を跳ね飛ばす」
「そう言われなくても…我々には『降りる』という選択肢しかないのですが」
「つべこべ言っていないで黙って動け!死にたいのか!」
「ひ、ひぇ~!おっかない!」



 兵士に威嚇され、無言で機体に残っていた面子も降りた。武器を構えようものなら、アシッドの首が飛ぶ可能性がある。そう判断したサクヤ達は、兵士の言葉に従いアシッドの後ろに立った。
 しばらくにらみ合いが続いていた最中、確認を取っていたと思われる兵士が戻って来た。報告を受け、兵士はやっと首元に突きつけていた槍を下したのだった。



「確かに昨日、クッパ皇帝から連絡が来ている。……そこの亀が証人のようだな。付き人か?」
「は、はい!そうです!」
「皇帝陛下は謁見を許されたが、妙な真似をしたら首を跳ね飛ばす。そのつもりでいるんだな。大広間まで案内せよ!」
「はっ!」



 ピリピリとした空気が途切れぬまま、他の兵士に皇帝のいる場所まで連れて行ってもらえることになった。もしノルンとカノンを付き人として連れていかなかったなら…すんなりと城内に入ることはままならなかっただろう。サクヤは改めて、心の中でクッパに感謝を述べた。
 大広間へ向かう間、大典太はサクヤを隠すように歩いていた。自分の身長ならばサクヤをすっぽりと覆えるくらいの差だと自分でも分かっていたからだった。そして、"鬼丸を連れてこなくてよかった" と心の中で思った。






 ―――ヴォイド城の大広間。目が眩むような広さの奥の玉座に、見るからに気弱そうな藍色の髪をした青年が座っていた。その傍らには、黒いローブで顔を隠した人物が立っている。ローブで覆っている体つきから恐らく女性だと判断は出来たが、その"女性"にサクヤは言われようのない悪寒を感じていた。

 皇帝の座っている場所まで近づくと、青年は玉座から立ち上がり丁寧に礼をした。
 大帝国の評判とは打って変わって、第一印象はとても誠実な人間だという感想を抱いた。



「遠路はるばるご苦労様です。僕はヴォイド大帝国の第72代皇帝、"シャルト"と申します」
「こちらこそ謁見の許可をありがとうございます。失礼を承知で申し上げますが…シャルト皇帝陛下は最近皇帝の座を受け継がれたのですか? 私が以前仕事でこちらにお邪魔した時には、別の方が皇帝だったような記憶がございます」
「あぁ…。それなら、僕の父です。僕が皇帝の座に着いたのは1週間前…。まだまだ、周りも分からぬ新米の皇帝です」
「(1週間前…。チェズレイが抱いていた『人がいなくなった違和感』で具体的に示していた期間と一致するな)」
「貴方が帝国の現皇帝、という訳なのですね」



 お互いに自己紹介を済ませた後、シャルトは玉座に座り直す。そして、本題について早速話し合うことになった。
 ルークはシャルトが発した言葉を考えつつ、警戒を解かないでいた。恐らく、リレイン王国の王族を捕らえる命令を出したのは彼だと予測していたからだった。
 しかし、会話をすればするほど彼がそんな命令を出すような冷酷な人物には見えない。その為、よく観察する必要があったのだ。



「それで…本日は、リレイン王国王族の解放の交渉…ということでいらっしゃったと伺っています」
「はい。リレイン王国の方々とも少々お話を交えて参りました。彼らは何も悪事をしていない。それなのに唐突に別の大陸の国に連れ去られたと主張しております。
 同じ大陸にリレイン王国があるならば、吸収合併というていで侵略をするのは考えられます。ですが…実際にそうではない。皇帝陛下がもし判断した事項に迷っていらっしゃるのであれば、どうか『王族の解放』の宣言をお許しいただけませんでしょうか」
「え、えっと…」



 シャルトの瞳には迷いがあった。サクヤはそこで1つの可能性に行きついた。自己紹介の口ぶり、そしてその雰囲気から…『彼自身が自分の意思で王族を捕らえろと命じたのではない』ことだった。
 もし彼に裏の顔があり、冷酷であれば命令を出したかもしれない。しかし、サクヤにはどうも彼にそういう面があるとは思えなかった。

 そんな彼の耳元で、側近であろうローブの女性が口添えをした。あの、サクヤが悪寒を感じている女性が、だ。
 彼女の意見を貰ったシャルトは、改めて一同に向き直り口を開いた。



「確かに彼らを捕えるように命じたのは僕です。リレイン王国は大帝国を侵略しようとしている、だから早めに手を打てとの報告を受け……行動に移したまでのお話です。
 申し訳ありませんが、解放の宣言をすることは出来ません」
「ちょっと待ってください!僕達、少ししか彼らとお話が出来ていませんが…。そんな方々には見えませんでした。シャルト皇帝陛下は実際に、リレイン王国の王族と話をしたことがあるんでしょうか?」
「ボス。言い過ぎると首元を掠られますよ」
「でも…!」
「お気持ちは分かります。しかし、我々は戦争をしに来た訳ではないのです。もう少し言葉を引き出しましょう。
 彼に迷いが見られますが…どうも隣の女が余計な口出しをしているみたいですねェ。もしかしたら、その"リレイン王国は大帝国を侵略しようとしている"というのも…彼女の口車なのかもしれません」



 シャルトの言葉に納得できず、ルークが反論をする。ルークに向かって矛が向けられたことにチェズレイが気付き、彼を静かに制しながら自分の考えを小さく述べた。
 サクヤもルークと同じ気持ちを抱いていた。『偏見や色眼鏡で人の印象を決めつける』等、一番やってはいけないこと。神として世界を守護すると決めた際に、心の中で一番強く芯にしていた言葉だった。



「実際に会ったことはありません。しかし…配下が口を揃えて『リレイン王国は悪』だと言っていたという報告を受けております」
「……つまり、皇帝陛下自身は彼らを実際には知らない、と。そういう解釈でよろしいのですね?」
「は、はい…」
「陛下はこう仰っております。貴方がたが何を言われようとも、皇帝陛下のお気持ちは変わりません。お引き取り願えますか」



 シャルトの言葉にサクヤは強く違和感を覚えた。まるで、『1人から聞いたことをまるで全員から聞いたことだと思っている』ように感じたのだった。
 話が平行線を辿っているうちに、向こうが仕掛けてきた。余計な口出しをされるのを嫌がったのか、ローブの女性が遂に口を開いたのだ。その口ぶりは、明らかに自分達を邪魔者だと感じているようなものだった。
 このままでは王族との約束を守れず、彼の誤解も解けない。そう判断したサクヤはローブの女性の言葉を遮り、前に出た。今動かなければ、永遠に前に進まないと思っていたからこその行動だった。



「私は。皇帝陛下自身のお言葉をお聞きしたいです」
「……何を言っているのです?陛下のお言葉をお聞きになっていなかったのですか?」
「いいえ。先程申し上げられた言葉は…私にはまた聞きのようにしか聞こえませんでした。まるで…『1人から聞いたことを、まるで全員から聞いたことだと』思っているように。
 皇帝陛下。無礼を承知で質問いたします。その『リレイン王国が悪』だとは、実際に兵士の皆さんが口に出していた言葉なのですか?」
「皇帝陛下に許しも無く質問を投げるな無礼者!!」
「無礼はどちらですか。彼自身の意見を潰し、意のままに操っているのは貴方なのではないのですか?!私は "皇帝陛下自身のお気持ち" を知りたいだけです。その言葉に嘘はありません」
「…………」



 これ以上はまずい、と大典太はサクヤを制止しようと動いた。しかし、サクヤはそれに従わなかった。ローブの女性にどれだけ言葉で罵倒されようとも折れなかった。
 そして、大典太は気付いていた。ローブの女性が、サクヤ『だけ』に向けて明確な殺意を向けていることに。
 彼女は止まらなかった。自分の感じている悪寒に、彼を近付けさせてはならないという危機感も混じっていた。



「実際にお会いしたことがないというのであれば、この際ですので直接クッパ帝国まで来ていただき、直接お話をしていただければ解決すると思います。
 実際起きたことで判断せず、又聞きなどで色眼鏡をかけ、物事や人を判断するということが実に愚かなことをかを皇帝陛下には知っていただきたいと思っております。
 それに…皇帝陛下は即位して日が本当に浅い。他の国と交流を図るチャンスなのではないでしょうか」
「サクヤ。同じ思いだったが…流石に先走り過ぎだ」
「皇帝陛下も物凄い思い違いをしているようですが…。困りましたな、誤解というものは一度染みついてしまえば中々解ける代物ではありませぬ」
「…………」



 サクヤの言葉を真っすぐ受け止めているシャルトとは対照的に、ローブの女性からは怒りが感じられた。まるで、邪魔をするなと訴えているかのように。
 それを表すように、女性は声を荒げた。



「陛下。この者の言葉に耳を傾けることはありません。その女をすぐに殺しなさい!」
「えっ、でも…待って」
「いいえ。待っている暇はありません。この女もリレイン王国の差し金です。悪意の芽は芽のうちに摘んでおかねばなりません!
 何をぼーっとしている!!さっさとこの女を始末しろ!!周りにいる雑魚共諸共、だ!!!」



 兵士達も、シャルトとローブの女性の表情が全くの正反対なことに戸惑っていた。女性はサクヤ達をさっさと殺せと口に出しているが、シャルトは武器を構えないでほしいと目で訴えている。
 どちらも帝国の重鎮を担う大事な人物。即位した身ではあるが一番上の立場にいるシャルトに従うべきか、先代の皇帝から付き従っているローブの女性に従うべきか。迷っていた。

 誰も行動を起こさないことに苛立ったローブの女性は、目の前で呪詛を唱える。
 すると、近くにいた兵士が1人悶え始め、呻き声をあげながらサクヤ目掛けて槍を向けて突進してきたのだった。人間のはずなのに、発する声はまるで屍―――。言葉通りの『生ける屍』である。

 サクヤに向かって突進してくる男に大典太は刀を抜き、構える。
 戦闘が起きてしまう。誰もがそう思った、その時だった。













『やめてください!!!』













 ―――叫んだのは、皇帝陛下自身だった。



「アン。無理やり兵士を動かしたら駄目だと言っているだろう。やめてくれ」
「ですが…!」
「やめてくれ。兵士も苦しがっているじゃないか!!」
「……承知いたしました」



 アン、と呼ばれた女性がパチン、と一度指を鳴らすと、大典太の構えていた刀に触れそうだった槍が床に落ちる。それと同時に、呻き声を出していた兵士が我に帰った。混乱している男性に、仲間であろう兵士が駆け寄る。
 その様子を見て大典太は太刀を鞘に仕舞った。そして、アンの方向を向く。大典太は―――彼女が唱えていた呪詛に覚えがあった。



「(……あれは。あの時だ。確か、俺が幻の本丸の蔵の中に閉じ込められていた時と同じ…)」



「サクヤ殿。確かに貴方の言う通りです。実際に会って話をして、僕の目でリレイン王国が危険かどうかを判断したいと思います。それと…側近のアンモビウムが無礼を働いたこと、謹んでお詫び申し上げます」
「いいえ。分かってくれれば良いのです。それに…先程も申し上げました通り、皇帝陛下となられたのであれば…様々な国の情勢を直接目で見ておくのも大事です。先代の皇帝もきっと…そうだったのではないでしょうか?
 そうでなければ、ここまで国は大きくなっていません」
「……そうですね。僕はただでさえ新米中の新米なのだから、足を動かさないとですよね。それではすぐにクッパ帝国に向かいましょう。アン、それでいいよね?」
「―――皇帝陛下が仰ることであれば」
「(……随分と不服そうだ。皇帝が自分の意思を持つことを嫌がっているように見えますねェ。もしかすると―――先代の皇帝も…彼も…意思を発しなかった、のではなく。『発せなかった』…?)」



 希望に満ち溢れたシャルトの受け答えに対し、渋々了承を得るアンモビウムの姿。チェズレイは遠目に観察しながら様子を見ていた。口ぶりと兵士の反応からして、長く国の管理に関わっているのは明らかに彼女だ。
 だからこそ、チェズレイは思った。サクヤが先程発した言葉通り、皇帝自身の意思を封じているのではないかと。



「ケニス。しばらくこの国の管理を任せます。僕はこれからクッパ帝国に向かいます」
「承知いたしました。お戻りはいつごろになられますでしょうか」
「本日中には戻るよ。流石に長い間国を開ける訳にはいかないから…」



 シャルトは素早く近くにいた大臣を呼び出し、国の管理を暫く任せることを告げた。チェズレイは勿論彼のことも観察していたが、彼はアンモビウムではなく、シャルトに忠誠を誓っているように見えた。
 ケニスと呼ばれた大臣はすぐに兵士に他の大臣を呼びに行くことを伝え、部屋から去った。それを見守った後、シャルトはサクヤに向き直る。



「では、行きましょう。分かっておられるとは思いますが…ヴォイド大帝国はとても大きな国です。肯定ともあろう者が長期間席を空けていい国ではありませんので…」
「そうだな。では、素早く撤収するとしよう。あぁ、それと…」
「な…なんだね?!」
「これを。そこの女に呪詛をかけられた後遺症が残っているかもしれない。気分が落ち着いたら飲むと良い」
「あ…あぁ…」
「アンモビウム様が兵士に呪詛をかけるなんて…。彼のことは我々が介抱します。お気になさらずとも大丈夫です」
「そうか。だが、あの術式は元々人間にかけるものではないのでね。余計なお節介だったらすまないね」




 アシッドがそう言った時には、既にサクヤ達の姿は消えていた。恐らくアンモビウムがシャルトに付き従い部屋から出たタイミングを見計らって行動したのだろう。
 兵士は混乱していたが、素直に彼から薬の入った小瓶を受け取った。



「(あの呪詛…もしかして彼奴は…)」




 妙な違和感を抱えながらも、アシッドも兵士たちに別れを告げた後、大広間を後にしたのだった。
 そして―――一同を乗せたヘリコプターは、クッパ帝国へ戻る為、再び空路を進み始めたのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.30 )
日時: 2021/12/22 00:03
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 一同は来た道をまっすぐ戻り、クッパ帝国へと到着していた。
 彼らのあまりにも早い帰還に当の城主は驚きを隠し通せていない。もしや、交渉が失敗して逃げてきたのだろうか。一瞬そんな考えがよぎるが、彼らの顔に焦りは見えていない。そして、妙に人が増えているような気がする。
 何があったのかとノルンとカノンに尋ねれば、彼らは至極まっとうに『ヴォイド大帝国の皇帝陛下とその側近を連れてきた』と答えた。

 答えを聞いた大魔王は、玉座の間に響くほどに驚嘆の声を上げたのだった。



「何?!大帝国の重鎮を連れて戻って来たぁ?!」
「は、はいっ!お話の結果、直接皇帝陛下とリレイン王国の王族の皆さんがお話することになりまして…。すすす、すみませんクッパ様!夜ご飯のデザート抜きは勘弁してください!」
「え、罰ってそんなに軽いものなの?」
「やらかしたことがもっと重かったら…えげつないのもあるが…今回はまぁ…全員無事に戻って来たし…最悪交渉が失敗しても…晩ご飯抜きか…おやつ抜きか…どっちかだと思う…」
「……俺、クッパ帝国がちゃんと機能してるの今分かったかもしれねー」



 クッパは改めて、目の前にやって来た青年とローブの女性の姿をまじまじと見る。
 それは以前リレイン王国の王族を閉じ込めろ、と命じてきた時のままの姿だった。それが今になって意見を覆すとは。クッパの表情は明るいものではない。
 しかし、シャルトの瞳は不安げながらも、自分達を騙そうという気概がある様には見えなかった。



「……分かった。だが、手荒な真似をするならばワガハイも容赦せんからな!」
「承知しております。僕は彼らと話をしに来ただけです。行こう、アン」
「はい、皇帝陛下」



 近くにいたヘイホーに地下牢への案内を頼んだクッパは、改めてノルンとカノンに事の細かい説明を受けていた。
 小さな案内人に付き従い、廊下へと進もうとした矢先だった。
 黒いローブを勢いよく掴む感触があった。思わず振り向いてみると、そこでは真面目な表情で見つめるサクヤの姿があった。



「主君…?」
「アンモビウム殿、と仰いましたか。貴方とは直に話し合いたい。クッパさん、これからどこか一部屋お借り出来ませんでしょうか。小さい部屋で構いませんので…」
「ん?部屋か?昨日寝泊まりした辺りであればどこでも使っていいぞ!」
「感謝します。……皇帝陛下。配下に無礼な真似をして申し訳ありません。しかし、どうしても彼女にお伝えせねばならないことがあるのです」
「……分かりました。アン、そういうことだから。僕はしばらく1人で行動するよ」
「承知いたしました…」



 アンモビウムはシャルトの言葉に従ったが、渋々といったところだった。彼女の気が変わらないうちに一同に一声かけ、サクヤはアンモビウムを連れて地下牢とは反対の方向へと去って行った。
 シャルトはそれを確認した後、ヘイホーに改めて地下牢への案内を促す。様子をみたいと一部の面子も付いていくことになった。
 双方の影が小さくなっていくのを、大典太は不安そうに見ていた。特に、サクヤの去って行った方向を。



「(……やはり 何か感じたんだろうか。ついて来るなと釘をさされたが…気になって仕方がない)」



 ぼーっとしていると勘違いされたのか、背後から前田が名前を呼ぶ声が聞こえる。
 これ以上ここに立っていても仕方がない。そう思った大典太は、大人しく地下牢の方向まで歩いて行ったのだった。










 地下牢では、大帝国に向かう前と同様の光景が広がっていた。
 違うのは、一同が思いもよらなかった人物を連れてきたことによる驚きの表情が見えたことくらいだ。自分達を捕らえる命令をした張本人を前に、姫は声を荒げる。



「リレイン王国の国王 スノフェス殿とお見受けいたします」
「……シャルト皇帝陛下」
「ここまで何をしに来たのです!まさか我々を殺そうと…?そうはさせません。お父様は私が命に代えてもお守り致しますわ!」
「……貴方達の声も聞かず、一方的に捕らえたことに対しては本当に申し訳なく思っております。謝罪いたします」



 怒りの表情を見せる姫と、冷静ながらも瞳が揺れているスノフェスに対しシャルトはすぐに頭を下げた。彼の思いのほかの行動に2人は戸惑いを見せるばかりだ。
 どういうことだと目を泳がせている一同に、ルークが軽く経緯を説明する。



「直接話してきたのは本当のことです。そうしたら、シャルト皇帝陛下が直接貴方達とお話をしたいと…。だから、ここに連れてきたんです。どうかお話を聞いていただけませんか?」
「……本当に そうなのだな?」
「はい。僕自身も思い違いをしているかもしれませんので。互いの認識を今一度確かめたく、ここに参りました」



 シャルトはルークの言葉をクッションに一呼吸した後、自分の国で聞いたリレイン王国についての印象を2人に話した。
 リレイン王国は、他の国や大陸を支配しようとしている…。双方の合意ではなく一方的な略奪と侵略によるもので。そう、配下から話を聞いていい印象を持っていなかったことを素直に話した。
 そのことを聞いた姫は再びぷりぷりと怒りだした。リレイン王国はそんな国ではないと。事実無根だと。



「酷い!誰がそんなことを帝国内に言いふらしたのですか?問い詰めてぼっこぼこにして差し上げますわ!」
「こらこら。言葉が乱暴になってきているぞフローレンスよ」
「ですが、お父様!自国をそんな嘘で塗り固めた印象を植え付けられたのですよ?!どこの誰かは知りませんが、皇帝陛下にまでそう唆して!
 リレイン王国はそんな悪い噂の絶えない国ではありません!人と人との繋がりを大切にする、素晴らしい国ですわ!」
「王族がそう言っているだけならまだしも、近辺の小さな村の村長もそう言っていた訳だしねぇ…。きっとその村にも親切にしていたんじゃない?」
「『微風の村』か。村長にはいらぬ心配をかけてしまったようだな…。戻れるかどうかは分からぬが、もし王国に帰還出来たら謝罪しに行かねばな…」
「お父様。私も一緒に参りますわ!微風の村の方々はリレイン王国の大切な友。心配させたのならば顔を見せるのが常識でしょう!」
「…………」



 モクマが村長の話をした途端、スノフェスはしょんぼりとした顔で "謝らねばな" と零した。やはり村長とスノフェスには繋がりがしっかりと出来ていたらしい。だからこそ、よその村の村長が頭を下げてまで "王族を救ってくれ" と言ったのだと。
 現場を実際に見たわけではないが、シャルトの目には2人が真っすぐな心を持っているように見えていた。もし悪しき心が少しでもあるのならば、演技だという素振りが少しでも分かる筈だ。彼は、そういう波に呑まれて帝国で生きてきたのだから。
 しかし…彼らの瞳は、何一つ濁っていなかった。『彼らは信用してもいいのだ』と、思わせる何かが彼の中にあった。



「……やはり。貴方達に会う選択をして正解でした。僕が命じたことが間違っていたことも」
「皇帝陛下?」
「―――僕、決めました。サクヤ殿とアンが戻ってきたら、お二人の解放を宣言します。すぐにクッパ皇帝にもそうお伝えください」
「わ、分かりました…!」



 シャルトの瞳には決意が映っていた。彼らと実際に会って決めたことだ。だから、揺るがないことなのだと。
 彼の頼みをヘイホーは慌てて承諾し、クッパの元へと走る。そんな様子を微笑ましく見守りながらも、アクラルは『人間は成長する生き物だ』と改めて心の中で思った。



「ところで。……光世、サクヤは?」
「皇帝陛下の配下の女と共に客室の方にいる。……大方何かを察知したんだろう。俺も行くと言ったんだが、強く止められてしまってな」
「あー…。あのかなーり危険な香りのするヤツか。光世にも危険が及ぶと判断したんだろーが…そういう時の近侍だってことを全く分かっちゃいねーな、俺の妹は。
 ま、そんなとこも可愛いんだけどな!」
「…………」
「真顔で見るな!怖いだろ!!!」
「……あの女。嫌な予感がする。主は何を考えているんだ…」



 平和に交渉が進みそうな裏で、蠢く不穏な影―――。大典太は、地下牢の扉をただ見つめることしかできないのだった。






 一方、クッパから提供してもらった客室の一部屋の中では、サクヤとアンモビウムが立ったまま互いを見続けていた。
 沈黙が流れてからどれだけの時間が経っただろうか。サクヤはどこから切り込めばいいかを決めあぐねていた。向こうは悪寒がする程嫌な気配を感じている。迂闊に触れればこちらに危害が加わる。だからこそ、ついて行くと言った大典太を強く止めて1人でここまで来たのだ。
 ……そんな彼女の様子を見定めるように、アンモビウムが声を発した。



「どうかしたのですか?私は早く陛下の元へ戻りたいのですが…」
「今更とぼけないでください。その気配…人間ではありませんね。いえ―――。この際ですから言ってしまいます。貴方、 "アンラ・マンユ" ですね?」
「…………」
「先代から仕えていたと聞きますが。皇帝陛下に取り入って…何が目的なのですか。貴方は我々から世界を奪った挙句、この世界をどうしたいのですか」



 サクヤははっきりとそう告げた。自分を時の狭間に落とした張本人、アンラ・マンユ。目の前にいるローブを被った女がその正体だと。
 感じたことのある悪寒。それは、邪神のものだった。大典太を救う為幻の本丸に侵入した時と同じ。ゼウスに乗っ取られたアンラと邂逅した時と同じ。
 彼女の言葉を受けたアンモビウムは沈黙を貫くが……途端に彼女を見下すように嘲笑い始めた。わざとらしい拍手も添えて。



「……やはり貴様には見破られたか。あの時完全に殺してしまった方が良かったのかもしれんな」
「御託はいりません。自分の好き勝手に世界を造り替え、何が目的なのですか」
「コネクトワールドは異世界を吸い寄せ、自分の世界と融合する異質な特性を持っている。そんな世界を土台に、『全ての異世界をこの世界に集約する』。そして、『この世界を我が滅ぼす』。
 あの最高神の力が手に入った今、造作もないことだった。今正に、次々と異世界を呑み込んでいるところよ。そして世界が1つに纏まった時を狙って―――潰す。我の目的は果たされ、手間も省けるというものだ」
「なんということを…!」
「先代の王が病に倒れ、代替わりしたばかりだ。意思が育たぬ前に我が傀儡にでもしてやろうとしておったのに。
 貴様のお陰でとんだ恥をかかされたものよ」
「恥、ですか…。兵士をも言葉通りの生きた屍にすることでしょうか?いくら貴方がこの世界の性質を利用して、全ての異世界を1つにまとめ上げたとしても無駄ですよ。人間というものは、とても強い生き物です」
「ククク…やはり根底が甘い。甘いぞ龍神よ!!」



 言い負かされぬようにとしっかりと言葉を返していくサクヤが気に入らないのか、唐突にアンモビウムは声を荒げた。シャルトに謁見した時も、妙にサクヤのことを煙たがっていたようには見えていたが…最早ここまでとは、とサクヤは更に警戒を強めた。
 そして、アンラについてもう1つ分かったことがあった。彼女はサクヤに明確な『殺意』を向けている。サクヤがシャルト自身の意見を求めた頃からではない。あの時、ローブ姿を見てからずっとだった。
 サクヤが抱いていた悪寒の正体は、それだった。
 思わず大典太光世の本体に手をかけるが、それを察したアンラが口を開いた。



「この際だから良いことを教えてやろう」
「良いこと…?」
「あぁ。残念ながら、ゼウスの力は我にも手に負えん代物でな。世界を造り替える際―――。我の力も大半を持って行かれてしまったのだ。
 今のこの身体は―――我の『分身』の1つに過ぎない」
「分身…?!」
「何故我が小さき人間の傍にいるか分かるか?我の力が完全に回復するその時まで―――『我』は眠りについている状態なのだ。
 そして。我の分身は『ここにいる我』だけではない。世界中に散らばっていることをゆめゆめ忘れぬことだ」
「世界中……?!」



 アンラのその言葉を聞いた瞬間、サクヤはとんでもないことに気付いてしまった。
 サクヤは今この時も、『アンラ・マンユ』から明確な殺意を向けられている。そして、彼女の "世界中に分身が存在する" という言葉。即ち、世界のどこにアンラの分身がいるか、サクヤは分からないまま命を狙われているということになる。
 アンラはサクヤを確実に消し去ろうとしている。それがいつかは分からないが…。最悪、大典太や鬼丸達―――チームBONDの仲間達をも巻き込んでしまう可能性があるのだ。



「龍神よ。だが、今は貴様を消したりなどせぬ。勝手に滅ぼしては、皇帝に怪しまれるだろう?」
「……そうですね。今私が貴方を斬ったとて、どうなるか分からない。私も貴方も、傷がつく訳には参りません」
「フ。話が早くて良い。だが―――我の邪魔を今後したならば……貴様の命はないと思え」



 その言葉を最後に、アンラはアンモビウムへと戻った。今まで発していた嫌悪感が一気に薄れたのだ。
 普段からこのようにして帝国の人々を掌の上で転がしているという事実に、サクヤは言われようのない怒りを覚えていた。
 しかし…アンラの分身が世界中にあるという事実。それは、サクヤの自由を奪うということと同意であった。



「(アンラの分身が世界中に点在している…そして、恐らくこれから混ざってくる世界にも紛れている可能性がある以上。これから迂闊に表の世界に出る訳には行かなくなりそうですね…。
  私はいい。ですが…光世さん達は…。彼らには…ちゃんと外の世界が『素晴らしいものだ』ということを知ってほしい。その為には……)」



 大典太達のことを考えていると、ふっとアンモビウムが優し気な口調で手を差し伸べてきた。あくまでも『皇帝陛下の善良な側近』を演じ切るつもりでいるのだろう。
 サクヤはその手を払いのけ、部屋を後にする。彼女の手を取るつもりは毛頭なかった。



「……ククク。その威勢―――。いつまで続くか。見ものだな…。貴様も、果ては我に滅ぼされる道しか選択肢は無いというのに。
 せいぜい足掻け。そして―――足掻いた先にある"絶望"を噛みしめながら滅びの時を迎えるが良い」




 去って行った彼女が開いた扉を見つめながら―――。
 "邪神" はそんなことを呟いたのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.31 )
日時: 2021/12/23 22:15
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 玉座の間にサクヤ達が戻ってくると、既に地下牢に向かっていた面々は戻ってきていた。
 檻の中にいるはずのスノフェスやフローレンスと兵士達が同じ場所にいることから、会話は滞りなく無事に終わったのだろうと推測出来た。
 アンモビウムは先程の気配など微塵も感じさせることなく、シャルトの元へと戻って行った。
 戻って来たサクヤにアクラルが気付き、焦った表情を浮かべながら話しかけてきた。



「オメー何してたんだよ…。あっちの側近になんか感じてたのか?いや、俺も嫌な気配はしてたけどさ」
「野暮用です」
「説明責任を果たせ!!!俺も光世も心配してたんだぞこのーッ!!!」
「……主。俺も向こうで何があったのか聞きたい。駄目か…?」
「申し訳ありません。公には話せない事情なのです…」



 そう返したサクヤの表情は明るいものではなかった。確実に彼女との間に何かがあったのだろうとアクラルも大典太も察した。
 しかし、それ以上の詮索はサクヤが許さなかった。言葉をそれ以上発さずとも、放つ"圧"で、彼らは遂に押し黙ってしまった。
 そんなやり取りを続けている最中、シャルトが意を決して言葉を発する。牢獄で話したことを実践する為だった。



「皆さん。お待たせして申し訳ございません。ぼ―――いえ、私ヴォイド大帝国第72代皇帝、シャルトが命じます。リレイン王国現国王スノフェス、王女フローレンス、そして配下のラルゴ、ヴァルナ。以上4名を、大帝国の監禁から解放することを命じます!」
「はぁ…。本当に彼女達がやってくださいましたのね、お父様…!」
「これで祖国に帰れる…!良かったですね、フローレンス王女!」
「ええ、ええ!本当に嬉しい!まさかこんな日が本当にやってくるなんて…!」



 シャルトがリレイン王国の王族の解放を宣言すると、不安げな表情に満ちていた4人の顔がぱぁっと明るくなるのが見て取れた。やっと祖国に帰れるのだ。その喜びようは、何物にも代えがたいものだ。
 満足気に彼らを見ているシャルトとは裏腹に、どこか不満気な雰囲気を出すアンモビウム。サクヤ達の介入が無ければ、彼の思惑は自分の意のまま。それを崩されてさぞ気分が悪いのであろう。
 隣の側近の機嫌が悪いことに気付き、シャルトは心配したのか声をかける。アンモビウムははっと我に返り、「なんでもありません」と返した。その声には、憎悪の気持ちが密かに乗っていた。



「……本当によろしいのですか?陛下」
「もう決めたことだ。それに…実際話してみて分かったんだ。彼らは悪い人ではない、と。サクヤ殿の言った通りだね。又聞きだけで判断することは、その人間を色眼鏡で判断することと変わりない。
 東の大陸には、情報に長けた大きな国も存在する。まずはそこと連携を取って、僕が帝国にいても連携を取れるような政策を考えないといけないな。それと…」
「どうしたのかね、シャルト皇帝陛下」
「スノフェス王。僕はリレイン王国と、これから国同士の連携も取って行こうと思っている。謂れのないことで国1つを無人にし、機能を停止してしまったんだ。復興の為、助力も惜しまないつもりだ。それを伝えておこうと思って」
「なんと…!大帝国の皇帝陛下は優しい心の持ち主なのですな」
「違います!まだ皇帝を継いでから日が浅い。でも…僕の正しいと思うことで、大帝国をこれから良くしていきたい。『国を良くしていきたい』という思いは、双方同じだろう?」



 リレイン王国復興の為、ヴォイド大帝国が助力をすることもシャルトは誓ってくれた。大帝国はとても大きな国だ。国が有する技術も共有してくれる可能性が上がったということだ。
 彼の言葉に、更に喜びを言葉にするリレイン王国の王族達。そんな彼らに、アシッドが"話途中で申し訳ないが"と横やりを入れてきた。



「先ずは目的達成、ということでいいんだな。皇帝陛下の不在があまり遅くなると大臣達も心配するだろう。クッパ皇帝がシャルト皇帝を送迎してくれるとのことだが」
「そんなに時間が経っていたのか?!ああ、早く戻らなくては…!クッパ皇帝、お力添え感謝いたします!」
「ガッハッハ!そうかしこまるんじゃない!一時的にはギスギスした関係性だったが、オマエと実際に会ってワガハイも良かったと思っているからな!ワガハイの親切をありがたーく受け取るが良い!」



 シャルトとアンモビウムは一同に礼を言い、クッパに命じられた部下に連れられて玉座の間を去った。
 短い時間だったというのに、あっという間だった。まるで嵐が過ぎ去ったようだと思わずルークが零すと、モクマは彼の背中を優しくぽんぽんと叩いた。



「本当に一瞬の出来事でしたね。側近の方は不気味でしたけど…皇帝陛下はとってもいい人そうでしたよね」
「ね~。おじさんびっくりしちゃった。まるでルークみたい」
「えっ?!僕ですか?!」
「んな訳あるかおっさん。ドギーは上に立つような人間じゃねぇ。犬みてぇにおまわりしてる方が性に合うんだよ」
「あ、アーロン!確かに僕の天職は警察官だけどさ~!」
「何にせよ…丸く収まってよかったではありませんか。ねェ、ナデシコ嬢?」
「本当にそうだ。皆…危険なミッション、よくぞ無事に完遂してくれた。私としても嬉しく思うぞ」
「後はミカグラ島を早く見つけて、そこに帰るだけだけど…。時間がかかりそうだし、わたし達もリレイン王国のお世話になりそうだしね」



 ルーク達もミカグラ島が見つかるまではリレイン王国の世話になる、と言っている。これだけ恩を売ったのだから、それ相応の対価が返ってくるとナデシコは踏んでいた。
 そんな彼らのやり取りを聞いていたアシッドが再び横やりを入れる。それは彼らにとって『吉報』と言えるものだった。



「あぁ。ミカグラ島のことなんだが…少しいいかね?」
「アシッド。どうかしたのか?」
「実はな。先程部下から連絡があった。ミカグラ島らしき場所が見つかったらしい」
「えぇ?!本当ですか?!」
「私が嘘をつくように見えるか?故郷を探していることはサクヤから聞いている。ネクストコーポレーションの情報網を舐めない方がいい」
「(そういやこの人、超とんでもない敏腕社長だったっけ…)」
「部下の手配は明日になるが、ミカグラ島の人も無事だ。アーロンの姉君…"アラナ"だったか?彼女と彼女が預かっている子供達もミカグラ国際警察に保護されている。ハスマリー公国が見つかり次第、返還予定らしい」
「……!!」
「良かったなアーロン!ほら、言っただろう?!アラナさんは無事だって!」
「そっか…。ミカグラ島の人、みんな無事なんだ…!良かったぁ…!」



 アシッドから報告された事柄は、ルーク達の心を晴れやかにするものだった。ミカグラ島が無事だった。そして、アーロンの身内も全員無事。それだけの情報が、彼らに光をもたらした。
 更に、アシッドが現在部下をリレイン王国まで派遣している。明日までには到着し、ルーク達をミカグラ島まで送り届けてくれるらしい。



「詳しい話は追ってするが…。君達。リレイン王国に世話になるか、ミカグラ島へと帰還するか。今日のうちによく考えておきなさい」
「えっ…?どういうことですか?」
「実は…。リレイン王国とミカグラ島の距離が結構あってな。現在の地理からして、今後頻繁に王国と島とを行き来出来ないと思った方がいいだろう。
 つまり―――『ミカグラ島に帰る』場合は、サクヤ達とは別れるということになるな」
「えっ…。そう、なんですか」
「だから、今晩じっくり考えて決めたまえ。もし答えが決まったら、私のところまで来ると良い」



 それだけ言い残すと、アシッドは話の邪魔をしたな、と1人玉座の間から去って行った。恐らくおそ松に連絡をつけに行ったのだろう。
 自分達の故郷が帰って来た嬉しさと、折角仲良くなったサクヤ達と別れる寂しさ。どちらを取るか、彼らには大きな選択肢が目の前に現れたのだった。


 一方、サクヤ達はクッパにお礼を言っていた。何だかんだいって、影の功労者は彼らである。そう伝えると、クッパは"当然のことなのだ!"と愉快に笑った。そして、リレイン王国にノルン、カノン、そしてテレーゼを連れていくように強く言ったのだった。
 クッパの命令に3体は驚きを隠せないでいる。彼らもサクヤと長い別れが来ると覚悟していたからであった。



「ほ、本当にいいんですか?!クッパ様!」
「逃走中は…もうないけど…沢山…また勉強できる…!」
「だって、オマエ等行きたそうにうずうずしていたではないか!それを見抜けぬ上司ではない!」
「てか…オレはついて行ってないですケド?!なんでオレまで?!」
「テレーゼも羨ましがっていたではないか!この際だ、ついて行くが良い!」
「ケ~!」



 そう結論付いた瞬間、サクヤの耳元に念話が届いた。アシッドからの、ヘリコプターの準備が出来たという連絡だった。
 あまり彼らを待たせることもできまい、とクッパに帝国を去ることを伝える。クッパは寂しそうにしながらも、 "また困ったことがあったら気軽に連絡を寄越すのだぞ!" と笑いながら言ってくれた。
 サクヤはその言葉にじんわりと心が温かくなるものを感じながら、ヘリコプターが降りている場所まで急いだのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.32 )
日時: 2021/12/24 11:56
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 リレイン王国に到着した時には、すっかり日は落ち暗闇が街を覆っていた。
 王族と兵士はヘリコプターから降りた瞬間、祖国の懐かしさにじんわりと胸が暖かくなるのを感じていた。まさか本当に帰れる日が来るとは。その事実が、より彼らの心を暖かくしていた。

 一同が全員降りたのを確認し、スノフェスは彼らに向き直る。そして、改めて自己紹介を行うことにしたのだった。



「皆。自己紹介が遅れてすまない。儂はこのリレイン王国の現国王、スノフェスと申す者だ。隣は娘のフローレンス。そして彼女の隣にいるのが、儂に仕えてくれている側近のラルゴ、ヴァルナだ。どうかこれからよろしく頼む」
「国王スノフェスからご紹介をいただきました、フローレンスと申します。これからよろしくお願いいたします」
「同じくご紹介を与りましたラルゴと言います。一介の兵士ではありますが…どうかよろしくお願いします!」
「ヴァルナです。皆さんの雄姿…しっかりと目に焼き付けました。私も国王を守れるように、皆さんの強さを学ばせていただきたく存じます!」



 お互いに自己紹介が終わると、早速スノフェスはこの国についての簡単な説明を行った。
 サクヤ達がセダンで降り立った街は一等地に過ぎず、本来はもっと大きな土地を持っているという。リレイン王国は王族が暮らす城と、そこからなる大きな城下町に分かれていること。ここから少し北東に進んだ場所に『リレイン議事堂』という、城下町の管理をかつて担っていた建物があるということも教えてくれた。
 そして、スノフェスは自分達を助けてくれた礼に出来ることは何でもすると口を開く。その言葉を聞いたサクヤは、少し考えた後こう答えたのだった。



「議事堂があるのですか。では…もし現在使われていないのであれば、そこを少し住居として使わせてはいただけませんでしょうか?」
「ふむ…議事堂を住居に、とな。お主ら、何ゆえそれを求む?」
「すみません…。実は、我々資金が無くて、ですね。今日の寝床もない状態なのです。もし駄目であれば、また微風の村の村長さんに寝床を借りるよう説得を試みますが…」
「成程。そうであったか…」



 サクヤは自分達がこの世界に来た経緯を隠したまま、資金がないことと旅をしているわけではないこと、そして今日の寝床がないことを素直に話した。
 普通であればこんな突拍子もない話は信じられないのだが、目の前の彼女達は自分達の命の恩人だ。しかし、議事堂はこれから街を再起させていくのに大事な拠点となる場所。隣に客人を招き入れる土地は存在するが、どうすればいいか悩んでいた。
 更に、スノフェスはもう1つ懸念していることがあった。この街の町長についてである。



「議事堂を提供したいのは山々なのだが、我々も街の再起、そして復興の拠点として使用したい。同じ建物内に客人を招き入れるスペースも存在するが…うーむ」
「その客人に提供するエリアを、サクヤさん達の住居区として提供するのはいかがですの?お父様」
「それも考えたのだが…。そう思ったら、あの町長のことを思い出してな。どうも踏み切れんのだ」
「町長?この街を仕切ってた奴なのか?」
「あぁ…。儂等が帝国に掴まった際、真っ先に尻尾を巻いて逃げおってな…。恐らく、リレイン王国が元に戻ったとて戻ってくるような肝のある人間ではなかろう」
「人を見る目ねーのなあんた」
「なんとでも言うと良いですわ!前の町長、他の貴族にわいろを渡して無理やり町長になったんですもの。お父様の一存ではございません!」



 この街には、かつて街を引っ張る町長がいた。しかし、王族達が捕まってしまった際に真っ先に逃げてしまい今どこにいるかも分からないらしい。緊急事態に我先にと逃げ道を確保し、城下町の民を不安にさせたとして、フローレンスは彼に町長として戻ってくる連絡をすることには反対をしていた。
 また、スノフェスも彼の行動を直に見ている為、もし連絡をしても戻ってこないだろうと考えていた。
 しかし、街の人間に戻ってきてもらう為には『リレイン王国が復活し始めている』という噂を流す必要がある。口添えは微風の村の村長が行ってくれそうだが、それでも少ない。いざ街に戻ってきても、民の心を1つにする人間が国王1人なのは流石に酷だった。

 スノフェスはしばらく考えた後―――。ラルゴを指さしてこう言った。



「そうだ!ラルゴよ、お主にこの城下町の町長を努めてもらうことにしよう!」
「えっ…僕ですか?!」
「それは妙案ですわ!ラルゴさんはお城の中でも兵士からとても評判がいい。お父様や私も信頼する素晴らしい兵士ですもの。それに…兵士として働くよりも、もっと生き生きと人生を生きることが出来るのではなくて?」
「えっと…それは…」
「……訳あり、なのか?」
「そういう訳ではないんです。でも…この街で僕の『素』を見せてしまっていいのかなぁと思いまして…。唐突に僕の元の勤務先が潰され、困っていたところを助けてくださったのがスノフェス王なのです。
 僕はそんな彼に恩を感じ、兵士として生きていくことを決めていたのに…。そう、言われてしまうと…」
「それに…。ラルゴさん、貴方戦いよりも交渉ごとの方が向いているように私には思います。私も新しい村長がラルゴさんなら安心できます」



 クッパ帝国のいた頃は話す暇はなかったが、ここで少し会話を交わしてサクヤもラルゴのことを『兵士にしては人慣れしている』と思っていた。
 どこかの修道院には情報通の門番がいるという風の噂をコネクトワールドでも聞いたことはあるが、それに匹敵する程の引き出しの広さ、そして会話の上手さを感じていた。
 彼の言葉から、どうやら元々兵士として働いてはいない。寧ろ、前に働いていた場所が彼の『天職』だったのではないかとサクヤは推測していた。
 スノフェスの言葉にフローレンスやヴァルナも賛成し、ラルゴは引けに引けなくなってしまう。そして、覚悟を決めたのか頬を軽く叩いた後、彼はスノフェスに向き直った。



「了解しました。王命ならばお受けいたします。このラルゴ、本日を持ってスノフェス王の兵士を辞任。そしてリレイン城下町の新町長として尽力していくことを誓います」
「よく言ってくれた。お主であれば、この街をもっとよりよいものに出来ると信じておるぞ。困ったことがあったら儂に言うと良い。儂でなければ解決できぬ事柄もあるだろうしな」
「あぁ!それと、ヴァルナさん。貴方も勉強の為に議事堂に残ってはいかがかしら?世間のことをもっと知る為に!」
「え?!私はフローレンス様をお守りすることが生きがいです!そう易々と離れるわけには…」
「それがいけないのよ!視野を広く持たねば思考がロックされてしまうわ。そんなの、繋がりの国の民として相応しくないでしょ?それに、貴方にも私以外のお友達をたっくさん作ってほしいもの!ねぇ、お父様!」
「そうだな。ヴァルナよ、お主もラルゴと共に城下町の勉学を命ずる。特にお主は世間についてもっと知っておいた方が…将来的に、王位を継いだフローレンスの良き理解者となれるであろうからな」
「……分かりました。王命に従います…」



 そして、スノフェスは決意した。客人を招く施設として使っていた議事堂の右半分を、ラルゴ達の拠点として新たに造り替えることを。
 それにはサクヤ達も驚いていたが、彼はサクヤに話を持ち掛けられた時から決めていた。彼女達に助けられた命ならば、彼女達の助力になることは出来るだけしよう、と。
 ラルゴもそれには納得し、サクヤに確認を促す。あまりにもとんとん拍子に話が進んでしまい戸惑うサクヤだったが、大典太に "……貰えるものは貰っておいた方がいい" とひっそりと言った。隣の角の生えた輩に酒をほぼ奢ってもらっていた経験だからこその台詞である。
 サクヤは目の前に降りかかって来た大きな話を迷っていたが、恩を仇で返すことはないと結論を出し、スノフェスの提案を承諾することにしたのだった。



「勿論、拠点を提供していただけるのであれば。我々もリレイン王国の再起に尽力させていただきます」
「おお。そうであるか!ではこれからは儂等の仲間ということになるな!」
「まぁ嬉しい!私、その栗色の髪の可愛らしいお坊ちゃんと一度お話してみたかったんですの!」
「ぼ、僕ですか?!」
「それと…。ルーク殿、と言ったか。お主らも今日は議事堂の客室を自由に使ってくれ。回答は明日まであるのだろう?ゆっくり休み、答えを定めるが良い」
「ありがとうございます!それは大変助かります…!」
「我々は蚊帳の外かと思っていたが、そうではなかったみたいだな。……私はミカグラに帰るつもりだが、皆はどうするつもりなんだ?」
「私は勿論帰る。ミカグラの人が心配だし…」
「僕とアーロンはともかく、モクマさんもチェズレイも一緒に行く必要なんて無いんだよな…」
「そこなんだよね~。ま、俺達も一晩ゆっくり考えてから答えを決めるよ」
「久しぶりにボスと共に行動してみる…というのも、選択肢にはありますからねェ。フフフフ…」
「チェズレイが何を考えているかは分からないけど…。もし2人が一緒に来てくれるなら。またチームBONDとして活動してみるのもいいかもしれないな!」
「それって表の顔?裏の顔?」
「どうしたらそんな言葉が出てくるんですかモクマさん?!」



 ルーク達も今日は議事堂で一緒に休むということを返した。やはり、すぐに答えを返せる心境ではないらしい。
 彼らのやり取りにラルゴはうんうん、と頷きつつも足は議事堂の方向に向いていた。
 スノフェスとフローレンスも城に戻ることになり、城まで護衛すると言って聞かなかったヴァルナと共に先にその場を後にした。



「ラルゴさん。これから光世さん達が色々お世話になると思いますが…どうかよろしくお願いいたしますね」
「うん。よろしく。王様が『素』でいいって言ってくれたし…明日からは僕も猫を被るのを辞めるよ」
「………?」



 サクヤとラルゴのやり取りに、大典太は不思議な気持ちを抱えていた。明日から『素』を見せるというラルゴはともかく、問題はサクヤの方だった。
 具体的には、『光世さん達』と自分を除いて世話になる、という言葉だった。まるで自分が含まれていない科のような言い方。大典太はそれに違和感を覚えた。
 考えが頭の中をぐるぐると駆け巡っている間に、サクヤ達との間隔は遠ざかっていく。鬼丸が自分を呼ぶ声で我に帰り、大典太も急いで後を追ったのだった。






「うわあ…サクヤが造った拠点よりでかい気がする…」
「議事堂だもんなー。そりゃデカいよな…」



 目の前に聳え立つ巨大な建物を前に、アクラルとアカギはそう漏らす。想像以上に大きかったことを実感し、思わず委縮してしまう。もともと大きかったのか、街の歴史で大きくなっていったのか…。
 そんな建物に、当のラルゴは遠慮なく入って行った。彼は王国の民であるから当たり前なのだが、彼の後に当然のようについて行くサクヤ達を遠目に見ていた。
 数珠丸に手を引かれ、アカギ達も急いでその場を後にする。そして、議事堂の中で一旦解散することになった。



「えーと…。今日はもう遅いし、明日から忙しくなるから今日は解散で。客室は、エントランスから右手に進んでいった先にあるから好きなのを使って。
 これから自室になるかもしれないし、居心地のいい部屋で寝ると良いと思うよ。和室も洋室もあるから」
「それは有難いことですね」



 ラルゴの言葉で今日は解散となり、ラルゴの案内に従い各々客室へと散っていった。
 サクヤと刀剣男士達は、大広間から少し離れた和室を使わせてもらうことにした。素早く部屋に入り、壁に掛け軸をかける。すると、何もなかったそこに神域への出入口―――黒い穴が出現した。
 そして、サクヤは刀剣男士達に向かってこう言ったのだった。



「皆さん、申し訳ありません。神域に入ったら就寝する前に…少しだけ私の話を聞いてくださいませんか?」
「それは良いが、何の要件だ。随分と思いつめた表情をしているようにおれには見えるぞ」
「―――はい。とても、大事なお話をしなければなりません。今後に纏わる、とても大事なお話です」
「……今後に、纏わる」




 そう伝えたサクヤの表情には、何か『覚悟』のようなものが見え隠れしていることに大典太は気付いた。
 神域に入った後、自分達は恐らく大きな選択肢を突きつけられるのではないか。大典太はふとそう思ってしまったのだった。

Ep.01-1【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.33 )
日時: 2021/12/30 23:40
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 神域では既に彼女の刀剣男士達が座って各々待機をしていた。
 サクヤも素早く移動し、空いている場所に正座で座る。全員いることを確認した彼女は、早速本題に入ることにした。
 アンラと直接会ったことで決意した『大事な話』を。



「……さて。皆さん、お待たせして申し訳ありません」
「枕詞は良い。それで、大切な話とはなんだ」
「クッパ城での一存で…アンラを発見しました。やはり、シャルト皇帝陛下に仕えているあの側近の女性―――。彼女が、アンラ・マンユでした」
「―――えっ?!」



 結論を急ぐ刀剣男士がいることから、サクヤはまず結論を言った。アンラをクッパ城で発見したことを伝えると、彼らの表情が一気に緊迫したものへと変わる。
 サクヤの心配をし始めた前田を優しく宥め、サクヤは言葉を続けた。



「見つけた、と言いましても。発見したのはあくまで『分身』にすぎません。彼女から聞いた話ですが、本体は "地下深くで力を回復させる為眠りについている" とのことです」
「……あの全知全能の神であるあいつの力を得てしても、なのか。世界を造り替えるには、それほどまでに大きな力が必要だったということなのか」
「恐らくそうでしょうね。ゼウス様のお力は、どんな神よりも優れ大きなもの。それをもってしても眠りに付くほどの代償が待っていた、ということは…。アンラは相当大きな力をかけて……コネクトワールドをこのような世界に混ぜ、造り変えたのでしょう」
「前倒したやつらのことも考えると、ただ分身を斬っても意味がない。本体を探さないといけないのか」
「はい。それと…彼女はもう1つ言っていました。分身は、あのシャルト皇帝陛下の側近だけではないと。今なお、混ぜられていない異世界を含めて世界中に分身を創り出し点在していると」
「……えっ?」
「……つまり、世界中に邪神と同じ力を持つ存在が散らばっているというのか。……人間を呪詛で操ることができる程の。俺達に分からないように擬態までして…」
「だが、気配は追えない訳ではない。幸いにもおれが邪気を追える。見つけたところで潰せば何の問題も無いだろう。潰したところから、本体への道が開ければ目的は果たせる」
「鬼丸殿。その意見は最もですが、今回のように重鎮の側近を務めており簡単に叩くことのできない場合も考えねばなりません。―――それに、鬼丸殿のそれは『後遺症』なのでしょう?きっと今も気配が薄れている筈です」
「……チッ。気付かれていたか」
「……確信もないのに…あんたは…」
「それと―――光世さん。貴方も分かっていらっしゃるとは思いますが念の為言っておきますね。アンラは―――私の命を狙っています」
「…………」



 アンモビウムが嘘をついていないのであれば、現在アンラ・マンユは地下深くで力を蓄えている状態だ。世界を造り替える為には大きな力が必要なのだと改めて感じたと共に、分身だけを叩けば良い訳ではないということも理解していた。サクヤ達は、過去に二度も似たような経験をしていたからこその結論だった。
 鬼丸は分身を見つけ次第潰し、本体への道を切り開くことを提案した。しかし、前田がそれに待ったをかける。確かに鬼丸が気配を追えるとはいえ、彼女は邪神だ。気配などいくらでも隠せるのだ。さらに、アンモビウムのように国の中心を担っていることもある。もし邪神だからと斬ったとして、周りの人間にはその斬った側がどう見えるのか。最悪、こちら側が『悪』として裁かれる可能性だってある。
 前田の意見を聞いて、鬼丸は一理あると引き下がった。その言葉に続いて、サクヤはアンラに自分の命が狙われていることも話した。大典太の嫌な予感が本当になり、彼は思いつめた表情になる。



「……嫌な予感はしていたが。悪い方向に転がってしまったんだな…。俺も行けばよかったと後悔しているよ」
「だが、行ったとておまえも主も攻撃されない可能性はないだろ。寧ろ、主はそれを分かってておまえを付いて来させなかったんじゃないのか」
「アンラの分身が世界中にあって、それが全部主君の命を狙っている―――。つまり、主君は今、どこにいても命を狙われる危険性に晒されている…ということになるのですか?!」
「簡単に説明すればそうなります。そこで…私は今後この神域に籠り、アンラへの対抗策と『世界を元に戻す為の方法』を探してみようかと思っています」
「……そう、か」



 サクヤが世界中、どこにいるかもわからない存在から狙われていると知った以上、これ以上表の世界に顔を出すことは出来ないとサクヤは判断していた。そこで、サクヤは三振に『これから神域に籠ること』を話す。同時にアンラを倒す為の策と、世界を元に戻す為の方法も探すと。
 各々複雑な反応を見せ、サクヤも悲しい表情になる。しかし、自分が消滅してしまえば三振にも必ず影響が出る。刀剣男士達を守る為の、苦渋の決断だった。



「そこで、皆さんには表の世界でアンラの本体の捜索。そして、この世界について学ぶことを今後の主命として宣言させていただきます」
「意図が読めんな。邪神の捜索は分かるが、 "世界を学べ" だと?いくら人間について学ぼうとも、おれ達が過去にされたことは消える訳じゃないんだぞ」
「主君。僕、気になることがあります。『世界と元に戻す方法』と先程仰っていましたが―――。本当にそんな方法が存在するのですか?異世界とコネクトワールドの融合は、自然現象なんでしょう?世界の理を、本当に崩すようなことが出来るのでしょうか…」
「アンラが分身を異世界に無数に放っている理由。彼女に言われてから考えていたのです。アンラの最終目的は異世界を自分の造り上げた『終末の世界』に全て混ぜたうえで滅ぼすこと。恐らく、ゼウス様のお力を利用して理すら捻じ曲げている可能性がございます。その元凶さえ分かれば…もしかしたら、混ぜられた世界を元に戻すことも不可能ではないかもしれません。
 それに―――。私は今は世界の守護神ではございません。少し無茶をしたとて、世界に影響が出ることはないと考えて良いでしょう」



 コネクトワールドの自然現象である『融合』。異世界を引き寄せ、自分の世界と混ぜてしまうそんな現象をアンラは理ごと捻じ曲げている可能性がある、とサクヤは示唆した。もしそれが本当であれば、元凶を突き止め解決することで、混ぜられた世界を全て元通りに出来るのではないかとも考えていた。
 しかし、大典太は複雑な表情を崩さなかった。サクヤが無茶なことをしようとしているのが分かったからだ。



「……邪神の目から身を眩ませる為に神域を隠れ蓑に使うのは別にいい。奇跡的に掛け軸は無事だったし、神域もこの通り傷一つついてなかったんだからな…。だが…だったら誰が主の護衛をするんだ。
 いくら神域とはいえ、誰の侵入も防げるわけじゃない。現に三日月や大包平、数珠丸はここに来れるんだ。……考えたくないが、邪気を纏ったままこの神域に侵入する刀剣男士が現れるのもおかしい話ではないだろう」
「おれと前田で交代で主の護衛をする。それで問題ないだろ」
「……俺もや『大典太さん!貴方に一番外の世界を学んでほしいと思っているのは主君です!今まで蔵に封じられていたからこそ…外の世界を楽しんでほしいと、主君は思っているのではないでしょうか!』………」
「鬼丸さん。前田くん。お気持ちは有難いのですが、私に護衛はいりません。外の世界について学んでほしいというのは、何も光世さんだけの話ではありません。お二振にも同じ気持ちを強く持っています」
「うーん…。心配ではありますが、主君の方が位の高い神。主命であれば従うほかありません」
「誰が護衛になるか揉めると思ったから、三振揃って外の世界を学べと主命を出したのは……どうやら正解だったようですね」



 前田が語気を弱めサクヤの主命に従うと口にする。大典太も鬼丸も同じ反応だった。
 そして、サクヤは続けて三振にこんなことを言った。……これも、世界を元に戻す方法を探そうと決意した時から決めていたことだった。



「それと。三振にはもう1つ主命を与えます。『今後のことを考えて』、お三振には『自分で最も信頼できると思う、私以外の人間』を探してください」
「……何を言っている?本当にあんたの言っていることがおれには分からない」
「…………」



 サクヤの言った言葉に鬼丸は眉間にしわを寄せた。当然の反応だった。彼自身、大典太とサクヤに助けられた身。だからこそこうして彼女の元で刀剣男士として存在しているのだ。
 それなのに、彼女の口から出た言葉は……意味を考えれば『自分以外の主を探せ』と言っているようにも聞こえた。助けられたのに結局手放すのか。可能性が頭の中を過ぎり、鬼丸の表情に出ていた。

 彼の表情を見て、サクヤは慌てて弁解を始めた。別に彼女が『主が嫌になって』こんなことを言ったのではない、と。



「決して皆さんと嫌悪な関係になりたくてこんなことを言ったのではありません。それはまずご理解ください。アンラが滅茶苦茶にしてしまった世界を元に戻す方法が仮に見つかった際、相当大きな神の力が必要になる可能性が高い。その結果―――全ての神々の力が奪い取られるかもしれません。
 皆さんは神とはいえ、末端の存在です。だから、恐らく受ける影響は相当に大きいでしょう。力に潰され、記憶も思い出も消えてしまうことが―――私には耐えられないのです。だから……」
「……あんたの言いたいことは分かった。それ以上は言わないでくれ。俺が…聞きたくない…」
「大典太」
「……いい。納得できないなら俺が寝た後にでもあんたが一振で聞いてくれ」



 サクヤの言葉を大典太はふと遮った。小さい言葉でぼそぼそとしていたが、言葉に宿った意思は強いものだった。もう聞きたくない。そう呟いた彼の表情は、悲しみに満ちていた。
 今にも泣きそうな表情をする大典太に、鬼丸は心配そうに声をかける。何だかんだ言ってお互いに酒を嗜む仲である。心配の1つはするであろう。
 しかし、彼にも大典太は言葉を噤んだ。大典太にとって、それが一番考えたくない最悪の状況だと分かっていただからだった。



「……主。あんまり自分だけで抱え込むなよ。あんたがやらかそうとしていることで、俺達に影響が出る可能性を少しでも下げようと思って言ったのは分かるんだが…」
「善処します。でも…光世さん。それもですが、世界中には意外に良い人が沢山いるのだということを知るチャンスでもあります。生かさない手はありません。勿論、鬼丸さんと前田くんもですよ」
「……どうだかな」
「僕は重々承知していますが…。信用できる人間を探せ、となると…。中々難しい問題になってきますね」



 鬼丸は未だに納得が行っていなかったが、大典太のあの顔を見てしまった以上深堀をする選択肢を取れなかった。
 大典太も"納得できないなら個人で聞いてくれ"と言っていた。ならばその言葉に従ってやろうと、喉まで出かかっていた言葉を無理やり呑み込んだ。



「と、とりあえず!主命のことは今後ゆっくり考えましょう。急ぎの用事でもありませんし…。主君の言う通り、外の世界で過ごすことで考え方も変わってくるかもしれません。
 もう遅いですし、明日からまた忙しくなりますし…。本日はもう休みましょう!」
「はい、そう致しましょう。前田くん、向こうの部屋に布団を敷きに行きましょう」
「承知いたしました」



 もう夜更けだからと前田が話を中断するように提言した。確かにこれ以上この話題について話してても、何も前に進まない気がする。
 そう判断した一同は、眠りにつくことにした。休むことで考えが整理できると考えたからこその行動だった。
 サクヤの指示に従い、前田と共に彼女は襖の向こうへと消える。その様子を見守りながら、鬼丸は大典太に小さな声で告げる。



「大典太…。何を理解したんだ。主から」
「……俺も完全に分かった訳じゃない。だが…主の最終的な目的に、『主の命を掛けなければならない』。つまり……主は『主の消滅による俺達の消滅を避ける為、引継ぎが出来る程の人間関係を養え』。そう、俺に伝えているように思えた」
「はぁ…。おまえが泣きそうになった理由は分かった。……おれはあいつ以外の元に付く気はないんだがな」
「だったら帰るか?時の政府に」
「…………」



 大典太の心の内を聞き、鬼丸はやっと考えがストンと落ちた。サクヤが世界を元に戻す―――。その暁に、サクヤの消滅が含まれていることを大典太は察した。だから、泣きそうな表情をしていたのだと。
 それと同時に、サクヤがどうしてあんなに回りくどいことを言ったのかもある程度理解が出来た。サクヤは、刀剣男士達の平和を真に願っていた。自分と共に消滅するなど、以ての外だった。―――鬼丸には納得は出来ても、到底理解は出来ない考え方だった。

 サクヤ以外の主につくつもりはないと言い切った鬼丸に、"だったら時の政府に帰るか" と冗談交じりに大典太がからかう。鬼丸はその言葉にむっとし、思わず大典太の頬をつねった。



「……いひゃいぞ」
「随分前の仕返しだ。冗談でも次に言ったら本気で殴るからな」
「……おれはこんなにつよくつねってないぞ。はなせ。いひゃい」
「おれの怒りも込めてるからな」
「……布団を敷きに行くぞ」



 大典太は呆れた顔でぱしり、とつねっていた鬼丸の手を払った。そのまま彼も襖の奥に消える。
 はたかれた手を見ながら、鬼丸も "……力の加減が出来ないのはおまえもだろうが" と悪態をついたのだった。




 こうして、大変な一日の夜は明けていったのだった…。