二次創作小説(新・総合)
- Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.3 )
- 日時: 2021/09/04 22:29
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: F1WKsNfT)
―――ここは どこだろう。
……とても 懐かしい雰囲気がした。
懐かしくも暖かな記憶。神々に捨てられた存在が、また『神』を信じてみようと思えるようになった場所。だが、そこは既に壊されて跡形も無くなっている筈だ。
―――では、何故そこにいるのだろう。疑問を思い浮かべながら、少女はぱっと目を開けた。
―――目の前には、未来を共に約束した大男が立っていた。目に入って来た景色も、懐かしんでいたかつてのものと一緒だ。だけど…どこか違う。自分はこんなに目線が低くない。大男の方が身長が高いことは分かり切っているとはいえ、首が痛くなるほどに見上げなければならない差では無かったはずだ。
更に、問題はそれだけではなかった。自分が経験した記憶を探ってみても、この『蔵』の景色が赤く染まっているものは無かった。……おかしい。
この異様な景色に気付き逃げようとするが、身体が動かない。叫ぼうとしても口が動かない。まるで陶器人形にでもなったようだ。だが、少女は必死に目線を動かし恩人を探す。
―――いない。
いない。自分をこの姿にしてくれた、人間への擬態をする方法を教えてくれた老人がいない。そもそも、この蔵に落ちてきた時に彼らが言っていたはずだ。
『俺達は老人の手により付喪神として顕現した』と。
その老人が、いない。しかし『かれら』はいる。何故、どうして。頭の中がその言葉で埋まり始めると同時に、少女は見てはいけないものを見てしまう。
月が。数珠が。鬼が。童が。床に転がっていた。
彼らを彩る鮮やかな衣装は醜く、赤黒く染まっている。服は所々が擦り切れており、そこには痛々しい生傷が残っていた。そのどれもに生気を感じない。まるで『かれら』の全てを否定するように。
少女は目線の真下にいた白い肌を掌でぺたぺたと触ってみた。触られることを嫌がる彼のことだ、こうすれば眉間にしわを寄せて "やめろ" と言ってくると思った故の行動だった。
だが、そんな少女の儚い希望は悉く打ち砕かれていく。触れた掌は赤く、触った彼がもう『生きてはいないのだ』と認識するのに時間はいらなかった。触れた腕は、氷のように冷たかった。
恐怖で足がすくむ少女の耳に、コツコツと聞きなれた靴音が響いて来る。目線を上にあげてみると、視界に広がったのは優しく微笑む黒い光だった。
見た目はたった一振生き残った刀剣男士に見えそうだが、そうではない。少女にもまた、彼の生気を感じ取ることは出来なかった。それを象徴するように、人間の心臓にあたる部分が抉れ、そこが黒い液体のような何かで塞がれている。
少女はすぐに気付いた。目の前の大男が『未来を預けてくれた大切な存在』ではないのだと。
少女は逃げようと身体を捻り始めるが、やはり目覚めた時の感触と同じだった。足も、腕も、身体が動かないのだ。それを良しとしたのか、目の前の大男は目線を少女に下げて、優しく抱きしめる。
暖かいはずなのに、彼の身体は冷えていた。真っ白な鬼と一緒だ。生きてはいないのだ。頭の中で分かってしまった瞬間、思わず目元から涙がポロポロと零れ落ちる。
こんなのは嫌だ。もうこんな悪夢から目覚めたい。少女は心からそう思った。
『あんたはどこの存在でも無くなったんだな。だから…こんな夢を見る』
優しく響いて来るその声は、未来を守ると誓い合った存在と全く同じだった。やめて。やめてくれ。頭の中で拒否反応を示す。
しかし、男の言葉の中で引っかかるものがあった。恐怖で支配される前に、男はなんと言ったかを思い返す。彼はこれを『夢』と言った。夢。悪夢。
男は彼女の考えを見透かすように、はっとした表情の少女にくつくつと喉で笑いながら言葉を続ける。
『『世界を守る』なんて…。守る世界もないのにどうするんだ?あんたが守るべき世界は、もうないんだ』
そうだ。男の言葉と同時に少女の頭がクリアになる。
自分に何が起きたのか。何故こんな夢を見続けるのか。……自分が守る世界はどうなってしまったのか。彼女には―――かつて神として世界を守っていた存在である彼女には、それを知る権利がある。
見えないだろうが抵抗だけはしておこう。睨むことでその考えを目の前の男に伝える。男はしばらく沈黙を続けていたものの、少女が全てを理解したことに気付き、感情のない声で言い放った。
『……もう少し遊んでやるつもりだったが…。まぁ、貴様の心を引き裂いても何も面白くはない。
いいだろう。守るべき世界を失っても尚『世界を守る』などと宣うならば……。
戻ってくるが良い。我が世界へ』
最後の言葉は、既に男のものではなかった。
声の正体に気付いた少女だったが、彼女が反応するよりも早く襲い来る強烈な光。目も開けていられないそれに、少女は顔を塞ぐことしか出来なかったのだった。
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「あ……」
カラカラの空気がひゅっと喉に入る。痛さに思わずぱちくりと瞬きをする。身体も軽く、気だるさは残っているものの夢の中よりはずっとマシだった。
やっとあの悪夢から目覚めることが出来たのか。覚醒しかかっている頭で、黒髪の女―――『サクヤ』は考えていた。
「最近……あのような悪夢をよく見る。何故なのでしょう」
開口一番に呟いた言葉はそれだった。そう。邪神に異世界に堕とされ、その世界の住人に助けてしばらく入院することになったのはいいものの…。時たま、今日のような悪夢を見る。前は、自分がかつて建てた『本部』と呼ばれる場所で血塗れの神々が倒れていた光景だった。その時も自らの近侍を模した『男』はいたな、と冷静になった頭で夢を整理する。
サクヤはこの世界の住人ではなかった。かつて守るべき世界があったが、一瞬の判断の謝りでその『守るべき世界』から切り離されてしまった。
その後、飛ばれた異世界で善良な人間に助けられ、長めの入院生活を送っていた。その善良な人間が見舞いに来てから二週間後。サクヤは順調に快復し、今日が退院する日だった。
退院。
その二言を思い出し、はっとなりながらサクヤは準備を始めた。体感的に一か月も入院していたのだ。その間に情勢が変わっているというのはよくあることだろう。
窓からは夏の終わりを告げるように、朝日が部屋を照らしていた。
用意された朝食を食べ終え、病院着から普段着に着替える。黒いインナーと青い法被のような装束に袖を通すのも随分と久々に感じた。この装束も気に入っているが、そろそろ衣替えもいいかもな、と着替えながら彼女は考えていた。
身支度が出来た後、サクヤは傍の机に置いてあった二振の太刀を腰に携えた。その折に少し力をぶつけてみるが、どちらからの反応も無い。彼らは主を助ける為、有り余る霊力の殆どを使い切り深い眠りについていた。
かつて自らがいた世界ならば武器を帯刀していてもよかったが、この世界ではそうは行かない。魔法よりも化学が発展しているこの世界で、武器を堂々と持ち歩いていたらどうなるだろうか。
以前自らの手伝いをしてくれた、白い学ランの青年の言葉を思い出す。病院から出たところで捕まってしまっては意味がない。そう思った彼女は、刀剣に再び手を触れ、キーホルダー状のような形にして腰にぶら下げた。
「これならば、武器だとは誰も気付かないでしょう。それにしても…。やはり反応が無い。声も気配も感じ取れないとは。
……心にぽっかりと穴が開いたようです。寂しさの象徴なのかもしれません」
ぽつりと零すように呟いたそれを、受け止めた者は誰もいなかった。
こんなところで感傷に浸っている場合ではない、と彼女は気持ちを切り替え、早速病室を出て受付まで歩いて行ったのだった。
「……あっ!おはようございます、お身体の調子は如何でしょうか」
受付で目線が合わさる。心配していたのだろう、係の女性がこちらに向かって笑顔を見せてくれた。嬉しい心遣いに沈んでいた気持ちもどことなく和らいでいくような気がした。
退院することを告げる為、速足で受付へと急いだ。軽く会話をしてみると、どうやらこの若い女性はサクヤが担架に乗せられて集中治療室まで走っていく病院のスタッフを目で見ていたらしい。ならば心配するのも当然だろう、と彼女の脳内で妙に納得したのだった。
「随分と衰弱なされていたとお話を受けまして…。快復されたようで何よりです」
「この度はご心配をおかけいたしました。お陰様でこの通りです」
「はい。ご退院おめでとうございます。どこからいらしたのかは知りませんが、あまり無茶をなさらぬよう。健康が一番、ですからね!」
「(……『健康が一番』ですか)」
女性が放った言葉にサクヤは懐かしさを覚えた。自分に仕えていてくれた短刀がそんなことを過去に言っていたような気がする。……顔を浮かべたと同時に、無事だろうかと心配が込みあげてきた。
一緒に飛ばされてきた太刀二振とは違い、彼はかつての世界に取り残されている。自分のことを忘れてしまっているのではないか、と不安が募る。
「あの…。私、何かおかしいことを発しましたでしょうか?」
「えっ? あ、いえ、大丈夫です。個人的なことなので」
「はぁ…。そうであればいいのですが。また体調を崩したら、すぐに病院にいらしてくださいね」
「はい。今回のことは本当にありがとうございました」
改めて礼をしたサクヤは、受付の女性に別れの挨拶を済ませ病院の自動ドアを潜った。
外に出た彼女の目に入って来た景色は……。それはそれは、綺麗な青空だった。
まるで、自らが守らねばならなかった世界…『コネクトワールド』の空と同じように。
- Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.4 )
- 日時: 2021/09/06 01:09
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: F1WKsNfT)
懐かしさを覚えたのは青々と広がる晴れ渡る空だけ。地面も、建物も、動いている人々も。全てがサクヤが見たことのない、初めて見るものだった。コネクトワールドと似ているようで全く違う異世界…。彼女は改めて『自分の守る世界から切り離された』ということを自覚した。
折角だから歩いてみようか。脳裏にそんな言葉が浮かぶ。しかし、サクヤはすぐにその思考を首を横に振って頭から消し去った。右も左も分からないのに、何故そんなことが出来るのだろうか。路頭に迷って苦労するのは結局自分。そう結論付け、まずはこの世界が"どこなのか"を把握することから始めることにした。
しかし、このまま棒立ちしている訳にもいかない。何か目につく場所があれば、この街がどんな場所なのか分かるかもしれない。サクヤはそう判断し、とりあえず歩いてみることにしたのだった。
街には穏やかな優しい風が吹きつけている。遊歩道も整備されており、道路を走る車が現代感を感じさせる。しばらく考えた後、彼女は再び立ち止まってしまった。そして、キーホルダーに擬態させた太刀を優しく握った。
「こういう時に、光世さん達が傍にいてくださったら…。どんなに頼もしかったでしょうか」
今はいないのに。一人で足を進めなければならないのに。頭では分かっていても、心の中にぽっかりと開いた穴が塞がることはない。サクヤはそれくらい、彼らに寄り添えないことに寂しさを覚えていた。
背中を預けられる相手がいないことにちくりとする心を何とか持ち直し、再び足を進めながらこれからどうすべきかを考えることにした。
―――しばらく歩いていた折だった。ふと、かつて見舞いに来てくれた金髪の青年の顔が思い浮かんだ。そこで彼女は彼が言っていたことを思い出す。
"すみません。急に仕事が入ってしまって…。何かあったら名刺の番号にかけてくれれば僕、出ますので。病み上がりなのでゆっくり休んでください。それでは!"
「……そういえば」
サクヤは歩きながら、上着のポケットに仕舞った筈の青年―――『ルーク・ウィリアムズ』の名刺を取り出す。
病室で見た通り、彼の名前を示す文字が印刷されていた。その下に小さく、2つの数字が並んでいる。どちらも数字は10桁であり、同じ間隔で数字の間にハイフンが印刷されていた。恐らくそれがルークの言っていた『電話番号』というものなのだろう。
得体のしれない存在である自分を理由もなく助けてくれた。軽く会話を交わしただけだが、どこか彼のことは"信用してもいい"と思わせる何かがあった。
「救急車を呼べた位置、ということは…。病院からそれ程離れた場所に勤務している訳ではなさそうです。電話をしてみましょう」
そこまで言葉にしたと同時に、彼女は再びハッとした表情になった。致命的な問題点に気付いてしまったからだ。
サクヤは連絡出来るものを持っていない。かつて開催していた大会でも、基本的に出場者への連絡は協力者に任せており、端末を所持していなかった。必要な会話は基本的に念話か拠点同士の通信だった。彼女は人間ではない。言葉を伝える為に、何か道具を使う必要が無かったのだ。
「スマホ…は、大会用に開発したものを触れていただけですし…連絡は基本、念話で行っていました。―――この世界が私の常識が通用しない世界である以上、念話は使えません。どうやって連絡を取ればいいのでしょう…」
感情が薄いはずのサクヤが珍しくあたふたしている。もしこの場に近侍の大男がいたのなら、"あんた、慌てているな。珍しい"と返す場面であるだろう。
何もないのに何かないかと上着のポケットに手を突っ込んでみると、ふと指先に違和感を感じた。違和感に掌で触れてみると、それは薄く固い板状のものだった。
恐る恐るその板状の物を取り出してみると、手に握っていたものに見覚えがあることにサクヤは気付いた。つい先程まで考えていた『スマートフォン』。それと同じものを握っていた。
真っ白なスマートフォンをサクヤが購入した記憶は全くない。ならば何故、とサクヤは頭に疑問符を浮かべる。
更に、このスマートフォンから懐かしさを彼女は感じていた。まるで、全てを受け入れ"前に進め"と激励してくれているかのような、見守ってくれているかのような感触を。
―――そこまで考えたところで、サクヤは気付いた。
「このスマホから……。ゼウス様の力を感じる……?」
ぽろっと口にしたその言葉をすぐにサクヤは否定した。現に彼の身体を乗っ取った邪神のせいで、彼女は今この場に降り立っているのだから。
完全に否定する寸前、サクヤは1つの可能性に思い当たる。自分と近侍の大男があの世界で見たのは、邪神に乗っ取られたゼウスだった。ゼウスは全知全能の神である。もし自分が乗っ取られることを読んでいて、力の残骸を他の神に託していたとしたら…?そう考えれば、このスマートフォンからゼウスの力を感じても何らおかしくはなかった。不自然に上着の中に入っていたのにも納得がいく。
「…………。今は考えても仕方がありません。連絡する術は見つかりました。早速ルークさんに連絡をせねば」
スマートフォンの通話画面をゆっくりと探し、名刺に書いてあった番号を打ち込もうとした瞬間だった。
唐突にスマートフォンが鳴り響く。真新しく誰の連絡先も入っていないのに、明らかに不自然過ぎる。しかし、このスマートフォンにかかってきているということは、自分に用事でもある誰かなのだろう。
もしかしたら時を同じくしてこの世界に飛ばされてきた知人かもしれない。淡い期待を抱き、通話画面に表示された名前をサクヤは見てみた。
そこには、『ナデシコ・レイゼイ』という文字が浮かんでいた。
「ナデシコ?」
『ナデシコ・レイゼイ』という人物に心当たりはない。コネクトワールドにもいなかった存在だ。何故唐突に現れたスマートフォンの番号を知っているのだろう。
不審には思ったが、もしかしたら自分に用事がある人物なのかもしれない。考えを切り替え、覚悟を決めて通話ボタンを押す。そのままスマートフォンを耳に当ててみると、板の向こうから落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「もしもし。サクヤと申します。えーと…"ナデシコ・レイゼイ"さんで相違ありませんでしょうか」
『もしもし。あぁ、出てくれたか。不審に思われて切られると覚悟していたが、意外だったな。
そうだ。私はナデシコ。急に電話をしてきてすまないね』
落ち着いた女性―――ナデシコは、どうやら切られる前提で電話をかけたらしい。自分としても声も聞いたことのない初対面の奴に電話をかけるのはいささか気が引けたが、と前置きをした上で『顔は分からなかったが、勤務先にローブを被った男が現れて、その人物に"この電話番号にかければ問題解決への第一歩となる"と言われた』ことを説明した。
得体のしれない人物の提案を鵜吞みにしてしまったことを驚いたサクヤだったが、電話の向こうからは『何だか、従った方がいいと本能が疼いてね』と、訳の分からない言葉で返されてしまった。
『すまない。話題が逸れてしまったね。時間も惜しいし…そろそろ本題に入らせてもらいたいんだが』
「は、はい。どんな御用でしょうか」
『そうだなぁ。これもあのローブを被った男から聞いた話なんだが…。君、"ルーク・ウィリアムズ"という金髪の青年を知ってはいるか?』
「ルーク…?金髪の…。あぁ、救急車を呼んでくれた彼ですか。私が入院した後、一度見舞いに来てくださいました。忙しかったようで、会話はそれ程出来なかったのですが」
『そうか。知らない輩を理由もなく助けるとは…彼も変わっていなさそうで安心したよ。かつて、一時的にだが彼の上司的な役割を担っていてね。旧知の仲なんだ』
「そ、そうだったのですね」
『すまない、個人的な話にまた逸れてしまったね。それで、だな。君に折り入って頼みがある』
ナデシコとの会話から、サクヤを助けたあの青年とナデシコは旧知の仲―――正確には、一時上司と部下の関係だったことをナデシコは明かした。
雑談をし過ぎてしまったと彼女は詫びの一言を入れ、本題へと話を切り替えた。声のトーンが穏やかなものから深刻なものに変わったことを、電話越しでもサクヤは理解した。
『君の知恵と力を借りなければならなくなった。―――私達の。いや…"この世界"の死活問題になりそうでね』
「どういうことでしょうか?死活問題、とは…」
『この世界が滅びるか滅びないか…。そんな窮地に陥っていると私が口にしたら、君は信じるか?』
「…………!」
『ふむ。その反応は…心当たりがありそうだな。やはり電話をかける決意をして良かったよ。申し訳ないが、私は立場上この場から離れられなくてね…。
詳細は合流してから話すことにする。だから、今すぐに指定された場所に向かって来てほしい。なぁに、必要なものはこちらで用意するさ』
「(世界が滅びるか、滅びないか…。もしかして、この世界も"混ぜられかけている"?)
―――了解しました。話を聞かせてください。どこに向かえばいいでしょうか」
『話が早くて助かるよ。場所は……』
今いる場所が異世界である以上、邪神がいる異世界―――『コネクトワールド』がこの世界を融合してもおかしくはないと、ナデシコの会話からサクヤは読み取っていた。
彼女の言葉から、この世界がそうなるのではないかとサクヤは推測した。ならば協力しない、という選択肢は即時消滅するだろう。引き剥がされてしまったのだが、彼女は世界を守る神なのだから。
ナデシコとの通話を終えた後、指示通りにメールアプリを確認した。ピロリン、という軽快な音と共に、彼女からであろうメールが着信した。
その中に記載されている合流場所と、そこに向かう為のチケットをサクヤは確認した。歩いて行ける場所ではなく、飛空船という乗り物に乗って合流地点に行く必要があった。
「(ミカグラ島…。どんな場所なのでしょう。とにかく、空港へ急がなければ。メールにあったバスに乗ればたどり着けそうですね)」
この会話から、自分が元いた世界へ戻れることを信じて。
サクヤはスマートフォンを懐に仕舞い、近くにあるバス停に向かって歩いて行ったのだった。
- Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.5 )
- 日時: 2021/09/06 23:49
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: F1WKsNfT)
サクヤがミカグラ島へ出発してから一週間後。エリントン国際警察署の前で、ルークが背伸びをしていた。太陽は沈みかけており、橙色の美しい光が大地を照らしている。
電話で呼び出された後、ルークは無事に事件の犯人を現行犯逮捕することに成功していた。今までその取り調べを行い、今日犯人の起訴が決まった為釈放されたのだ。
大きな仕事がひと段落し、やっと落ち着いて帰宅できるとルークは安堵していた。犯人の男は反省する素振りを見せず、取り調べの際も"俺の視界に入るから悪い。俺が怖いと思った奴を殺したって何の問題も無い"と自分のしたことを正当化していた。彼は確実に有罪は免れなかった。
何故そうなってしまったのかは分からないが、ルークは犯人の男に憐みの感情を覚えていた。
「これ以上考えても仕方のないことだ。これからのことは裁判所の仕事なんだから…」
自分に言い聞かせるよう思ったことを口に出し、ルークは別の考えに頭を切り替えた。
次に脳内に現れたのは、サクヤを病院へ送り届けた後向かったパンケーキ屋だった。噂通りのふわふわなスフレパンケーキの味を今でも忘れられず、また行きたいと彼は強く願っていた。
「あのパンケーキ屋さんのパンケーキ、本当に美味しかったなぁ…!今度モクマさんと連絡出来た時に教えてあげなくちゃ。
そういえば…。あの人達今頃何やってるんだろう。2人で行動してるってことは分かってるんだけど…」
呟きながら夕暮れが照らす街道をルークは歩き出した。
現在別行動を取ってはいるが、彼には共に死地を潜り抜けた大切な仲間が3人存在する。そのうちの1人とは『相棒』と呼び合う仲で、現在もタブレット越しではあるが密に連絡を取り合っている。
久々に口にしたその名前に、ルークは思わず口元が緩んだ。また会いたいなぁ、そんな思いを抱きつつ歩道を歩いていく彼の上着のポケットが震え始める。
ルークの所持しているタブレットが振動していることに気付くのに時間はいらなかった。
「あれ?こんな時間に通話…誰だろう?」
他の歩く人の邪魔にならないように住宅側に移動した後、ルークは振動しているタブレットを取り出した。そして、画面に写っている名前を見て彼の表情は一変した。
タブレットの画面には『モクマ・エンドウ』と書かれている。つい先程名前を出した人物だ。こんな偶然もあるものだとルークは思いつつ、名前の下にある通話ボタンをタップし彼と通話を始める。
板の向こうからは、軽快そうにルークの名前を呼ぶ男性の声が聞こえてきた。
『もしもしルーク?久しぶり~。元気だった?』
「モクマさん…!僕はいつも通り元気ですよ。モクマさんこそお変わりないですか?」
『俺も元気だよ~。チェズレイと相変わらず一緒に行動してる。
それにしてもさぁルーク、この前はお手柄だったんじゃない? "エリントンで起きた殺人事件の犯人を類まれなる射撃の腕前で威嚇、その場で現行犯逮捕に成功した" ってニュースになってたじゃない』
「え?あの事件そんなに大事になってたんですか?」
『俺達が今いるところでも噂になってるよ~。それに、ミカグラでも大々的にニュースに取り上げられたって』
「僕は普通に仕事をしただけなのになぁ…」
『ははは。それ程お前さんのやったことが評価されてるってことさ。胸を張りなさって』
声の主―――モクマとは、以前共に行動をしていた時と同じように明るいトーンで話を交わす。
彼との会話から、ルークは自分が逮捕した犯人との寸劇を大々的にニュースに取り上げられていたことにちょっとした羞恥心を覚えた。誇るべきことなのではあるのだが、犯人の動機も身勝手なもので、大掛かりな殺害方法でもない。ここまで大袈裟に広がる方がおかしいと思っていたからだ。
そのまましばらく雑談を交わしていると、モクマが話題を変えた。少しだけ声のトーンを落としたのに気付いたルークは、彼が"大事な話"をするのだと身構えた。
『あ、ルーク。今時間大丈夫?』
「はい、大丈夫です。今自宅への帰路についていたところです」
『そうだったの?ってことは街中だよね?
ちょっち人に聞かれると不味い内容だから、ルークが家に帰ったタイミングで折り返ししてくれる?』
「……それは構いませんが。急ぎの用事なら、住宅街近いのでそこでお話を聞きますけど」
『まぁ、急ぎっちゃ急ぎ。実はナデシコちゃんにまたラブコール受けちゃって』
「ラブコール?モクマさんが、ですか?」
『そうだけどそうじゃないのよ。……ナデシコちゃん、俺達『チームBOND』に用事があるみたいで』
「僕達4人に…?」
モクマがチームBONDの名前を出したと同時に、ルークは胸中がざわつくのを感じた。更に、自分達を呼んでいるのはナデシコだとしりそのざわつきはより強まった。
もしかしたら、以前ミカグラ島に行った時と同程度の事件が起こったのかもしれない。真剣な表情をしながら、ルークは住宅街への移動を始めた。そして、人気のないところで立ち止まりモクマに話の続きを促した。
「しばらく人は来ないと思います。話を聞かせてください」
『うん、あんがと。それで、ナデシコちゃんからのラブコールってのが…。
"即時ミカグラ島に来てほしい"ってことらしいのよね』
「……随分とぼやかしますね。モクマさんも詳細を聞いていないんですか?」
『チェズレイがカマかけてくれたんだけども、駄目でさ~。 "ミカグラに君達全員が集合したら話す" の一点張りで。教えてくんなかった』
「そうなんですね。アーロンには連絡は?」
『もう既に連絡済み~。すぐ行くって返してくれたよ』
「そうですか…。でも、僕警察の仕事があるからなぁ…。すぐにってのは無理だと思います。ミカグラに行くまでに色々手続きがありますし」
『アーロンは問題なくてもルークは公務員だからなぁ。難しいことは薄々察してた。分かった、ナデシコちゃんにはそう伝えておくよ』
「はい、おねがいしま……ん?」
モクマからの電話の本題は "ミカグラ島に今すぐ来てほしい" というナデシコからの連絡だった。
ナデシコが直接連絡をすればいいのだろうが、折角のBONDの会話の場を設けてくれたのだろう。ルークはそう判断し、彼に話の詳細を聞き出すことにした。
しかし、彼から帰ってきた答えは "詳細は全員が揃ってミカグラ島に到着してから話す"というものだった。チェズレイのカマかけが失敗したということは、余程全員が揃わないと話が進展しないということなのだろう。
ただ、ルークには問題があった。彼は現在警察で働いている。ミカグラには、最短でも片道10時間のフライトをかけて向かわなければならない。最低でも3日の休暇を要請しなければ目的地に向かうことが出来なかった。
ナデシコが招集しているのだから大事だとは思うが、すぐに向かうことは出来ない。そう返信して欲しいとモクマに言いかけたその時だった。
背後からルークの名前を呼ぶ声が聞こえる。思わず振り向いてみると、そこには警察署で働く彼の同僚の男性がいた。
「ルーク。ルークってば。そんな道路のど真ん中にいれば車に轢かれるぞ」
「はっ?! あ、あぁ、すみません。電話に夢中になっていたもので」
「真面目なお前にしては珍しいなぁ。寝不足か?」
「そうかもしれませんね…あははは……」
「あ。それで…お前に連絡あったんだった。署で伝えようと思ったんだけど、お前もう帰っちゃっててさ~。帰り道でばったり会って良かったわ」
「え? ……僕に連絡ですか?」
この住宅街に住んでいるらしい同僚が心配そうにルークを見ていた。指摘を受け、素直に道の脇に移動した後、同僚は思い出したようにルークに連絡があると口を開いた。
こんな時に自分に連絡があると聞き、もしかしたら例の犯人についてまだやることがあるかもしれないと思ったルークはその話を聞き出すことにした。
しかし…。その思いを、目の前の同僚はぶった切ることとなる。彼から返って来た答えはあまりにも呆気ないものだった。
「なんか明日からお前に2週間休暇命令が出てるぞ。えーと…確か、ミカグラ警察署の署長直々の命令らしい」
「……え?! (ナデシコさん、絶対に僕をミカグラに連れて来ようとして強引に交渉を通したな…!)」
「あの犯人逮捕の瞬間、全世界でニュースになってたくらいだからな。お前に特別休暇でも出そうと動いたんじゃないか?」
「それは…嬉しいですね…。ありがたく身体を休めようと思います…」
同僚から告げられたのは "2週間の休暇" のことだった。ルークは明日から2週間、仕事が休みになるということだ。
あまりにも唐突過ぎ、更に電話のタイミングも良すぎることに彼は顔をしかめていた。ナデシコはルークが休みを取りにくいことを先回りして推測し、エリントンの警察署に交渉を持ち掛けていたのだとすぐに想像が出来た。勿論、彼の犯人逮捕の報酬を餌にして、だ。
苦笑いをしたルークの顔を不思議そうに見た同僚だったが、伝えたいことはそれだけだったらしい。同僚はじゃあ、と自宅があるであろう道路の先を歩いて行った。
しばらく無言を貫いていると、タブレットから再びモクマの声が聞こえてきた。そこでルークは通話を切るのを忘れていたことを思い出した。
慌ててすみません、と詫びを入れるとモクマはそれを愉快だな、と笑い飛ばしたのだった。
『いや~、随分とタイミングのいい休暇を貰えたんじゃないのルーク。それに、ナデシコちゃんが "ルークも絶対にミカグラに呼ぶ" って気持ちが伝わったんだろうしさ』
「こっちだって驚きましたよ…。でも、これで僕も明日ミカグラに発てます」
『オッケー。じゃあルークにも了解取れたって俺の方から連絡しとくから』
「はい。お願いします」
『アーロンもチェズレイもお前さんに会いたがってたし、また会えるのが楽しみだね!ミカグラに着いたらおじさんと居酒屋で一杯やっちゃう~?おじさんルークの食べたいもの何でもおごっちゃうよ?』
「先にナデシコさんの用事を済ませてからでお願いします…」
『あらやだルークったら、大人の返しをいつの間にか覚えちゃって!おじさん、ときめいちゃう…!
そんじゃ、ミカグラの空港で落ち合おう。ナデシコちゃんからチケット預かってるから、通話終わったらすぐに送るね』
「ありがとうございます!僕も皆に会いたいなぁって思ってたので、楽しみです!」
『俺も俺も!そんじゃ、またミカグラで!またね~』
その言葉を最後に、タブレットが真っ黒になった。彼はそれを内ポケットに再び仕舞い、薄暗くなった空を見る。
もうそんなに時間が経ったのか。早く帰らないと暗くなってしまう、と彼は曲がって来た道を戻り始めた。
何はともあれ、再び仲間達と相まみえる。その喜びから、ルークの帰路につく足取りは軽いものだった。
―――翌日。エリントン国際空港にて、ルークは改めてモクマから送られてきたメールを確認する。
ナデシコが用意してくれたチケット。彼は今日これを使い再び空の旅に向かうことになる。右手には最低限の荷物を詰め込んだスーツケースを転がしており、"前"とは違うのだということをルークは自覚した。
「そういえば、最初にエリントンからミカグラに発った時は…。手荷物以外は丸腰だったよなぁ。あの時はアーロンの意外な面も見れたし、あの飛空船でモクマさんやチェズレイと出会った…。
思えば、チームBONDが始まったのは飛空船が最初だったのかもしれないな。……つい最近起こった出来事の筈なのに、随分と昔のことのように思えるよ」
過去の出来事に思いを馳せながら、ルークは受付を済ませ飛空船の中に乗り込んだ。初めて乗った時と変わらない景色。今度は大きな事件に巻き込まれずともミカグラに辿り着けるだろう。彼の心の内は、不思議とそう結論付けられていた。
懐かしい顔ぶれもちらほらと見え、彼らと挨拶をしつつルークは指定された席で空の旅をゆっくりと楽しもうと決めたのであった。
久しぶりのチームBONDの再会に沸き立つ思いを馳せながら、今度こそ何事もなく飛行船はミカグラ島への空港へと飛んで行ったのだった。
……海の向こう。微かに "白い光" が遠目に写るのを目に焼き付けながら。
- Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.6 )
- 日時: 2021/09/07 23:25
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: F1WKsNfT)
ルークが空の旅を楽しんでいる道中、ミカグラ島にある国際空港の中では、彼を待っている3人の男性の姿があった。
1人は野生動物のように荒々しい雰囲気を纏っており、その隣にいるもう1人は気さくそうにその男性に話しかけている。彼も見た目はみすぼらしい中年の男性だが、並々ならぬ雰囲気を放っている。その隣で様子を窺っている長髪の男性は、まるで見る者全てを虜にしてしまうような美貌を持っていた。
3人共ルークと共に、このミカグラ島の"影"ともいえる大きな騒動を沈めた大切な仲間である。各々別行動を取っていたが、同様のタイミングでナデシコから招集がかかり、ルークよりも先に島に到着していたのだった。
「ドギーがもうすぐ到着するんだったか?おっせぇな」
「いやいやアーロン、エリントンからミカグラ島に向かうのに一番早いのが飛空船だってお前さんも分かってるよね?一緒に乗った仲なんだからさ~」
「うるせぇ!あんな屈辱二度と味わうか……!クソっ、思い出したら鳥肌立って来やがった」
「フフ…。当時の思い出が鮮明に蘇ってきますよ。……もしかしたら、また何かの事件に巻き込まれていたりして…。ボスならばあり得る話です」
「お前さん、その事件の一端担ってたのに華麗に棚に上げるその仕草っ!清々しすぎていっそ惚れちゃうっ…!」
相変わらずな中年男性と長髪の男性のやり取りを見て、荒々しい男性―――アーロンは1つため息をついた。すかさず中年男性―――モクマがアーロンに対して"ため息をつくと幸せが逃げる"と口を挟むが、彼は返そうとした言葉すら呑み込んだ。言ってもよかったが、公共機関で乱闘騒ぎは出来れば起こしたくなかったからだ。
雑談も程々に、と長髪の男性―――チェズレイはちらりと電光掲示板に表示されている時間を見た。そこには、黒い板に薄緑の光で"18:40"と表示されていた。
ルークが乗っている飛空船の到着予定時刻は19時。何事も無ければ、後20分程で到着するだろうと彼は目線をモクマの元へ戻したのだった。
その後も雑談を続けていると、雑音に混じって聞きなれた声が3人の耳に入って来た。
音の方向に身体を向けてみると、誰かがこちらに向かって近付いてきているのが分かった。3人共女性のようだった。2人は顔を見知っているが、1人は初対面だった。
彼女達の中央に立っている、スリットの入った妖艶な雰囲気を纏わせる女性が3人に向かって声をかけた。言うまでもなく、彼女がルーク達4人を招集したナデシコ本人だった。
「やぁ。随分と早い到着だね」
「ナデシコちゃ~ん!元気だった?俺は超元気!世の中年に負けないくらいフルパワーで生きちゃってる!」
「お前は世の中の中年と比べる程の男だったのか?彼らよりは優れた身体能力を持っていると私は分析しているんだが」
「え~っ! こんな見た目してるけどもう40近いんです! ナデシコちゃんだって人の事言えないでしょ!」
「お前よりは年上だからな。だが問題ない。私もこれで人生を楽しんでいるから」
「流石ナデシコさん。モクマさんの茶々も華麗にスルー…。これが "大人の女性" って奴か」
「……おう。元気そうじゃねぇか」
「そっちもね。ルークは元気?連絡取り合ってるんでしょ?」
「ぼちぼち、な。ドギーの野郎、毎回小言が多すぎんだよ。うぜぇったらありゃしねぇ」
「それくらいアーロンのことが大事なんだよ。話聞いてたら普通に元気そうみたいだね。それが知れただけでも嬉しい」
ナデシコのすぐ後ろから近付いてきた少女―――スイは、このミカグラの歌姫と呼ばれている存在だ。彼女も島を巡る陰謀に巻き込まれた中で、ルーク達4人と絆を紡いでいる。現在は次期市長を継ぐ為に勉強中だという。
アーロンのルークに関する愚痴を聞きつつ、彼は元気なのだ、とスイはどことなく嬉しそうだった。
彼女達が会話に混ざり始めた頃、チェズレイはもう1人の小柄な黒髪の女性の方向を見ていた。まるで彼女の"心の内"を見透かすかのように―――。
黒髪の女性は一歩引いたところでナデシコ達の会話の様子を伺っている。身内の中に部外者が入っていく訳にもいかないと思っているのだろう。裏表が無さそうではあるが、ルークのように騙されるわけではない。冷静に物事を見定める。まるで、水中に揺蕩う消えない灯火のようだ。チェズレイが抱いた彼女への第一印象はこうだった。
じっと女性の方を見ている彼が気になったのか、ナデシコが口を挟んで来た。
「どうした?一応私の客人だから、あまり見定めはしてほしくないのだがね」
「おや、そうでしたか。それは失礼…。初対面の人間を疑り深く探ってしまうのが私の性分でしてねェ。……それで、そちらの方は?」
「あぁ。話がしたいのか?なら呼んでこよう。少し待っていてくれ」
ナデシコはそう伝えると、素早く彼女の元に歩いて行き戻って来た。傍らに目的の黒髪の女性を連れて。
スイも名前を聞いていなかったようで、いつの間にかチェズレイの近くに移動していた。アーロンもモクマも彼女のことが気にかかっていたのは同じだったようだ。
ナデシコに自己紹介を促され、言葉が詰まってしまう女性の姿が見て取れた。しかし、小さく深呼吸をして女性―――サクヤは自己紹介をした。
「サクヤ、と申します。諸事情でナデシコさんと共に行動をさせていただいております。よろしくお願いいたします」
「ん?サクヤ…。どっかで聞いたような。うーん……あっ!」
「どうかしたのですか、モクマさん?彼女を見たことが?」
「いやいや。俺も初対面なんだけど、名前だけはどっかで聞いたことあるなーって思っててさ…。ほら、ルークが言ってたじゃん。"助けた女性がいる"って。
その女の子の名前が "サクヤ" だった筈だ。あの時スピーカーにしてたからチェズレイも聞いてた筈だよな?」
「……あぁ。あの話の女性でしたか…。ボスと同じような雰囲気を感じたのは偶然ではなさそうですねェ」
「え…っと。ルークさんをご存じなのですか?」
「まぁね~。この島で色んな事に巻き込まれて、その事件を解決した大切な仲間だよ、ルークは」
「気持ちわりぃこと言うんじゃねぇ、おっさん」
「そんなことを言いながら、満更でも無さそうだぞ? アーロン」
「―――チッ」
そこまで聞いてサクヤは思い出した。ルークとした雑談の中で、大切な友達がいるという話をしていたことを。恐らく、この3人とナデシコ、傍にいる少女がその『大切な友達』なのだろうと彼女は察した。
個性的ではあり、根っからの悪人も中にはいる。しかし、その誰もが強い志を持っている。まるでコネクトワールドで共に過ごした仲間のようだ、とサクヤは一瞬懐かしさを覚えた。
思わず腰にぶら下げたキーホルダーに優しく触れる。この場に彼らもいたならば。この個性豊かな人間と話が出来ていたのだろうか。また、サクヤの心がチクリと傷んだ。
サクヤが一同の方向を向きなおしたと同時に、アーロンが空を見つつぽつりと"ドギー、そろそろ来そうだな"と呟いた。
目を凝らして見ても何も見えないが、世には視力が以上に高い人間も存在することは知っている。アーロンもその類なのだろうと考えを切り替え、彼の言葉に従い発着場へ急ぐことにした。
発着場に足を踏み入れしばらく進めていた矢先だった。こちらに向かって手を振る金髪の青年が遠目に見えた。間違いなく、目的の人物であるルークだった。
彼は再び仲間達と会えたのが嬉しかったのか、自分で持っていたトランクに足を引っかけながらも走ってこちらに近付いてきた。そして、3人の顔をぐるりと見た後 "久しぶり!" と明るい声で告げたのだった。
「3人共元気そうで良かったよ。普段から連絡取り合ってるとはいえ、顔が見れないと不安にもなるもんだな」
「オレはテメーがくたばってるかと思ってたぜドギー。ま、そんだけキャンキャン鳴けてれば良い方だろ」
「全く、アーロンは相変わらずだなぁ…。でも、その言葉が安心するんだよな、なんだか。
そういえばチェズレイ、前送ってくれた野菜凄い美味しかった!どこの産地なんだ?通販が出来るなら買いたいから教えてほしいんだけど…」
「ボスが知る必要はありませんよ。美味しかったのならば、またお送りいたします」
「えっ」
「フフ…。秘密のルートを経由して入手しております故…ボスにも明かすことは出来ないのです。申し訳ありません」
「(一体どんな流通ルートを使っているんだ…?!)」
「まさかこんな早くに再会出来るとはおじさんも思ってなかったよ。いや~、ナデシコちゃんに感謝感謝だね!」
「僕も1年くらいは会えないと覚悟してましたからね…。お変わりなくて安心しました。スイさんも!」
「あっ うん。ルークも元気そうでよかった…」
仲間達と再会の会話を交わすルークだったが、ふと背後に見覚えのある黒い髪が見えた。顔をずらして覗き込んでみると、そこにはあの時助けたサクヤが立っていた。
何故アーロン達と一緒にいるのかという疑問より、無事退院できたことの嬉しさが勝り、会話を切り上げルークはサクヤの元へ駆け寄った。
「サクヤさん!退院なされたんですね、本当に良かった…!仕事が忙しくて優に連絡も出来ず、本当にすみません」
「いえ…。ルークさんは警察官だと仰られていましたし、お忙しいのも分かっていました。無理して私に連絡なさらなくてもいいのに」
「いいえ!退院までしっかり見届けるのが、助けた者の責任です」
連絡が出来なかったことを詫びると、サクヤは頭を上げてほしいと申し訳なさそうに両手を振った。
寧ろ心配をかけたのは自分の方だ、と彼女も頭を下げる。そして、ルークに今までの事の顛末を話したのだった。
「連絡先を教えていただいたのは嬉しかったのですが、連絡手段を何も持っていなくて…。こうしてお礼を告げるのも遅くなってしまいました。申し訳ありません」
「あぁ、それなら大丈夫ですよ!そこまで考えず名刺を渡した僕の責任でもあるので。配慮が足らずすみません」
「オイ。いつまで "スミマセン" 合戦すんだテメーら。このまま朝まで犬みてーに地面に頭這いつくばるつもりかよ」
「そんなことはないよ!ただ、相手には最低限の礼儀をだな!」
「向こうもテメーの "セイイ" っつーモンは過剰なほど伝わってんだからいいんだよ!これ以上頭を下げるならオレが直々にテメーの頭を地面にめり込ませてやる」
「アーロン!それは尋常じゃない程痛いのが想像できるから絶対にやめてくれ!」
「……痛いで済むかな~?」
「怪我ならば私が診ますので安心してくださいねェ、ボス?」
「2人共見てないで止めてよ!!」
アーロンの言葉でルークはやっと我に返った。ミカグラには観光をしに来たのではない。ナデシコの招集に応じて来たのだと。
やっとの思いでナデシコの方向を見てみると、彼女は呆れ半分、楽しみ半分という複雑な表情をしていた。楽しんでいたのだ、この茶番を。
確かにナデシコはこの個性豊かな4人を、一時的に部下として匿い共に事件を解決した技量と度胸の持ち主だ。こんなやり取りなど、彼女にとっては戯れそのものなのだろう。
「急を要する事柄ではあるが、君たちの気が済まないのであれば謝罪合戦を続けても構わないぞ?」
「すみません!あの、本題に入りましょう」
「あぁそうだな。雑談の続きはオフィスで続けるといい」
その言葉と同時に、彼女の表情が真剣なものに変わるのを一同は見逃さなかった。
「……私が今回君達を呼び出したのは、少々急を要する件でな。こんなところで油を売っている時間は正直ないのだよ。だから、ナデシコオフィスへ向かうぞ。要件はそこで話す」
「は、はいっ。やっぱり急ぎの用事なのか…」
「…………」
そう言うと、ナデシコは一同の先陣を切ってバスターミナルまで歩き始めた。いつの間にかチェズレイがその場にいないことから、いつもの如くリムジンを借りに行ったのだろうとルークは悟った。
ナデシコが速足で歩いていることはすぐに分かった。彼女を見失わないように、一同も後を追う。
その道中、どうしても気になったルークは後ろを歩くサクヤに自分の疑問をぶつけてみたのだった。
「サクヤさん、すみません…。多分、貴方もナデシコさんからの招集を受けてここにいるんですよね?―――もしかして、ナデシコさんが隠している事柄に関わっている…とか、ありますか?」
「……関わっていない、と言えば嘘になります。ですが…。公の場では話せない事でもあります。ナデシコさん所有の建物に移動してから、お話の続きをしてもいいでしょうか?」
「分かりました。では、今はこれで話を切り上げますね」
サクヤが関わっていそうなのは分かったが、詳細を人前で話すのは憚られる内容だということを知ることが出来た。ならばこの場で突き詰めてもはぐらされるか、相手の気分を落としてしまいかねない。
そう結論付けたルークは、目的地まではその話題を出さない事に決めた。その代わり、彼女の好みなど他愛のない会話を話題として出したのだった。
モクマも興味を引かれたのか会話に混じり、張り詰めた空気が少しだけ穏やかな雰囲気になったところで、一同はバスに乗り込んだ。
一同を乗せたバスはオフィス・ナデシコ付近のバス停へと進んだ。到着後、彼女から告げられる話が深刻ではないものであってくれ、という願いを乗せながら…。
- Ep.00【舞い戻れ、新たな異世界】 ( No.7 )
- 日時: 2021/09/08 22:05
- 名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: Z28tGAff)
国際空港からバスに乗って数十分。車体は夜の街並みを静かに動いていた。
ミカグラ島一の都会、その名は『ブロッサム』。かつてアッカルドという男が、この孤島をエンターテインメントの島へと一代で発展させた。
光が強ければ強い程、それを覆う影は濃いものとなる。ルーク達はその言葉を体現するかのように、このブロッサムの街を拠点としながらかつて活動をしていた。
まさか再びこの地に舞い降りるとは。彼らの思いとは裏腹に、バスはエンジン音を静かに立てながら道路を進み―――住宅街のバス停へと止まった。
静かな夜の街の一角に、大きなビルディング状の建物がある。そこが彼女の言っていた『オフィス・ナデシコ』だ。かつて表の顔を投資家として見せていた彼女は、その一環で自分の職場を構えていたのだ。
彼女の案内で一同は建物へと足を踏み入れる。半年も経っているのに、まるで昨日まで暮らしていたような懐かしさだ。そのまま案内に従って一同はエレベーターで昇り、共有リビングへと入って行った。
共有リビングはオープンキッチンもついている為、軽い料理も出来そうだった。持ってきた荷物を端に置いた彼らを確認した後、ナデシコは一同に "適当に座ってくれ" と声をかけた。
その指示に従い、近くにある椅子に各々腰を下ろす。最後の1人が着席したのを確認した後、ナデシコも静かに空いている椅子に腰を下ろした。
「さて諸君。私が君達を急に招集した本題に移ろう。あまり人前で話すような事柄ではないのでね…。どうしても場所を移動する必要があったのさ。すまないね」
「何か悪い組織が関わっていたりするんですか?『DISCARD』みたいに…」
「いや?今回は彼奴等は関係してないよ。今だ残党の特定には時間がかかっているが…。まぁ、あいつらが先陣を切ってくれている今ならば、殲滅も時間の問題だろう。
……さて、話を戻そう。これから話すことは信じがたいことだろうが、全て真実だ。先ずは彼女の話を聞いてほしい。サクヤ、頼めるか?」
「はい、承知いたしました」
ナデシコが話を促すと、サクヤは再び軽く深呼吸をした。そして……自分がナデシコに話した顛末を、そのままルーク達に話し始めた。
「……実は、皆さんの住まわれているこの世界が、他の世界に呑まれかけています。言っても信じられないでしょうが、私は以前住んでいた世界で "自分の住んでいる世界と別の世界が混ざり、1つの世界になる" 現象を何度も見ています。
―――そして、この世界にもそれが近付いてきています。私もナデシコさんからのお話を聞いて、尚且つミカグラでのニュースを見た上での判断なので、確実にとは言えないのですが…」
「……随分と、突発的なお話ですね?現実離れしすぎているというか…」
「現実離れしてるっていうなら、俺達が前に解決したデカい事件もそんなもんだったけど、この話はそれを軽く凌駕しちゅう話、ってことだよね…。ちょっとこれはおじさんもびっくり仰天だわ」
サクヤから告げられた事実をルーク達は、その話を理解できないでいた。彼女が元々いた世界、コネクトワールドでは日常茶飯事のように起こっていた事象だったが、彼らが住んでいる世界では全く無縁の話だ。信じろという方が酷な話だった。
これまでも現実離れした事柄には巻き込まれてきたが、今回の話はそれを凌駕している。モクマの零した言葉にルークも頷いた。いくら理解しようとしても、言葉を噛み砕いても納得が出来なかった。
彼らの反応を見て、サクヤは分かっていたように静かに頷いた。信じてもらうに値する話ではないと、彼女も分かっていたからだった。
「信じられません…!この世界が呑まれる…ナデシコさんがさっき話していた "世界が滅ぶかもしれない" って、そういうこと…なんですよね?」
「私も信じられなかった。だが…信じるに値する程の証拠と事実が私の元に集まってきてしまってね…。諸君。これを見てくれるか?」
スイが信じられない顔で自分の意見を伝えると、ナデシコもその言葉には素直に頷いた。今だにあの白いローブを被った男の言葉も、サクヤの話も信じ切れずにいた。しかし…彼女にはそれらを信じるに値する証拠が揃ってしまっていたのだ。
ナデシコは話を切り上げ、テーブルの前にある大きなテレビを起動させる。ゴールデンの時間帯らしく、バラエティ番組が流れている。お笑い芸人がひな壇で自分の好きな物事に関してを熱く語っていた。
彼女は素早く手に取ったリモコンを操作し、録画の画面から1つの項目を選択する。再生ボタンを押すと、ぱっと画面がニュースの映像に切り替わった。
『速報です。昨夜から発生している、海を白い光が呑み込んでいる現象が現在も続いています。
現在、原因を調査しておりますが依然、原因は不明となっております。
光は徐々に大陸を呑み込みミカグラ島まで接近しております。ミカグラ島に在住の方は充分気を付けてお過ごしください。
以上、夕方のニュースを終了いたします』
淡々とニュースを読み上げるアナウンサーの声が途切れ、テレビの画面は元々映っていたバラエティ番組のものに戻った。
信じがたい話だが、実際にニュースになったものを録画した。嘘偽りだったのであれば、この時間までに何らかの謝罪がはいる筈だ。それがないということは、あのアナウンサーの言っていることは本当なのだろうと一同は察した。
白い光。その言葉を聞いたルークは何かが引っかかるような感触を覚えた。どこかで見たような。彼が自らの記憶を漁っている間、モクマが流れていた沈黙を破り口を開いた。
「あの…さ。これ、実際に他の大陸で起きてる話、ちゅうこと?」
「あぁ。実際に他の大陸の警察から相談を受けている。この話が来たことによって、私はこの事象を『事実』と捉えて話を進めなければならなくなった。
―――だからこそ、サクヤをオフィスにしばらく匿うことに決めたんだよ」
「成程。サクヤ嬢から話を持ちかけたのではなく、警察同士の連絡が彼女をここに呼び寄せたきっかけだった…と」
「警察から連絡が来たのは、今から丁度一週間前くらいだな。ニュースでは "昨夜" 等と言っていたが、実際にはもっと早い時からこの事象が発生していたのかもしれない」
「チッ…。一週間前まで警察のヤローの一握りしか知ってなかった情報なんだろ。急に呑み込むスピードが大きくなったってことは考えられねぇのかよ」
「信じて…くださるのですか?」
「あんなニュースを見せられて、それでも信じないという方が野暮ですよ。それに…あの話をしている貴方、どうにも嘘を言っているようには思えませんでしたからねェ。ナデシコ嬢がどんな辻褄合わせをしてきても、私は信じるつもりでいましたよ」
「……ありがとうございます」
ナデシコに見せられたニュースで、サクヤの話に一同はやっと納得がいった。そして、彼女の話を信じ共に行動をすると提言してくれたのだ。
事情は分かったが、これからどうするか。それについて話を進めようとした矢先、ルークがやっと心当たりを見つけたようであ、と声を出した。
「あっ! ……そういえば、僕見ましたよそれ。白い光、とかいうの!」
「ルーク、見たのかい?!それはいつ、どこで」
「さっき乗って来た飛空船で、です。窓の外から遠目ではあったんですけど、見えたんです。海の上に白い光があるのを…。
まだ昼間だったし、太陽が反射して光ってるのかなとも思ったんですが…。夕方になってもその白い光は色も、輝きもそのままで。何か違和感があったんですよ。
貴方の話とあのニュースを見て、やっと納得が行きました。あの白い光は世界を呑み込んでいたんですね…」
ルークのその言葉を聞き、サクヤは覚悟を決めた表情で一同に向き直った。急がなければならない。最初にそう理を入れた後、今後のことについて話題を切り替えることにした。
今はミカグラに白い光が迫って来てはいないが、海を呑み込んでいるということはこの地に光が迫るのも時間の問題ということだ。先ずは仮に呑み込まれてしまった場合、自分達はどうなるか。そして、それを回避する術はあるのか。それをサクヤに聞いてみることにした。
「ねぇ。まずは、わたし達があの光に呑まれちゃった場合の話をしようよ。いずれミカグラに来るんだしさ…」
「あの白い光…。私も、その光については殆ど何も分かっていないのです。あの光が何故世界を呑み込み、吸収し混ざるのか…。調査している途中で、この世界に落とされてしまったのですから」
「うーん…。聞きたいことが増えたんですが、とりあえず今は話を進めましょう。その白い光に僕達が仮に呑まれてしまった場合、どうなるかは分からない。最悪死ぬことも考えないといけないな…。
じゃあ、サクヤさん。その白い光を回避する方法は何か無いんですか?回避をする術があるのなら、その成功確率を高める行動を起こした方が僕はいいと思います」
「あの白い光を回避する為には…。あの白い光には、時折『門』が現れることを過去に確認しています。
あの門は、この世界から別の世界へ飛ぶ唯一の方法といっていい代物。門を潜ることで、この世界ではないどこかの世界へ飛ぶことが出来ます。
白い光に直接呑み込まれるよりかは、門を潜った方が身の危険は少ないと考えて良いでしょう」
サクヤの提示した解決方法も現実離れしたもので、一同は更に混乱を極めていた。
白い光の中に『門』というものがあり、それを潜ってこの世界ではない別の場所に向かうのが、現状唯一の自分達が助かる道、だというのだ。
そして、ルークはサクヤに更に踏み込んだ話をすることを決めた。ここまで来て、彼女の素性を明らかにしておく必要があると思ったからだ。
あの時助けた相手だから、その仮を返してもらうのではない。単純にルークは彼女のことを知り、その上で協力したかっただけだった。
「サクヤさん。ご無理を承知でお聞きします。貴方は…一体何者なんですか?その話しぶりからして、この地の出身ではないですよね」
「はい。私は別の世界…。元々は『コネクトワールド』という世界を任されていた龍の神です。今のこの人間の姿も、擬態しているだけで…。今は擬態を解くことが出来ないのですが、本当の姿はこのオフィスの一角を巻ける程に大きな龍なんです」
「人間じゃなくて、神様なの…?!え、なら態度改めた方がいいよね…?」
「いいえ。お世話になっているのはこちらの方ですので。それに…神と言いましても、なんでも出来る訳ではありません。たまたま特別な力を持った生命なだけです。
ですから、態度を改めず今まで通り接してください。そちらの方が私は嬉しいです」
「にわかには信じがたいお話ですが…。実際に白い光が世界を呑み込んでいる現実がある以上、信じるしかありませんねェ。
それに、ボスも貴方のことを信頼していらっしゃるようですし…。私はボスの決定した事柄を覆すような部下ではございません故」
「少し話をしただけだけど、何だか親近感があったんだ。だからほっとけなくてさ」
「犬が増えたな。ケッ!」
「扱いやすそうであるのには頷くが、今は雑談をしている場合ではないぞ。話を元に戻そう」
「す、すみません!」
サクヤは意を決して彼らに、自らが人間ではなく神であること、そしてこの世界の人物ではないことを正直に話した。彼らに隠し事をしても、いずれ根掘り葉掘り探られることは目に見えていたからだ。そして…自分の素性を知っても邪険にしない。何故か彼らからはそんな気がしたから、素直に話すという決意が出来たのだった。
彼女の話を聞いた一同は更に驚くが、直ぐに言葉をかみ砕き理解した。こんな現実離れした話が続いているのが事実な以上、サクヤが人間ではないことであることも、何故かすんなり納得がいったからだった。
身の内の話も終わり、ルークは早速これからの話について切り出した。厳密には―――自分達がこれから何をすべきか、ということだ。
「白い光が世界を呑み込み続けている以上、ミカグラやエリントン、ハスマリーを呑み込むのも時間の問題だろう。
なら…僕達が回避できる唯一の方法である『門』についての情報を集めればいいんですね」
「ルーク、君の十八番の "捜査" で情報を集めればいいんじゃないか?居場所くらいは見ている奴がいそうだな」
「まぁ、ミカグラは今でも観光名所だ。世界各国から観光客が流れててもおかしくない。その『門』ってのを見たっていう輩もいるかもしれないね」
「フフ…。ブロッサムに運良くいればいいですがねェ」
「わたしも手伝うよ!ブロッサムの危機なんだし…。次期町長としてやれることはやりたいもん」
「んなら、ここでモタモタしてねぇでとっとと捜査はじめっぞドギー。時間が勝負なんだからな。今回に限っては、よ」
「ああ。行こうアーロン。善は急げ、だからな!」
『門』の場所や情報が集まらない以上、自分達ががむしゃらに動いても意味がない。それは全員分かっていた為、ルークの合図で早速ブロッサムへと調査に乗り出すことにした。
バラエティ番組が終わりに差し掛かっているが、まだまだ街には人が蔓延っている時間帯だ。もしかしたら観光客から何かを聞き出せる可能性がある。動けるうちに動かねば、その情報を聞き逃す可能性が高まってしまう。
早速調査に向かう為部屋を出ようとした一同だったが、その矢先バラエティ番組から音がしなくなる。
嫌な予感がする、とテレビの画面の方に顔を向けてみた。そこに映っていたのは先程見た録画の映像にいたアナウンサーだった。かなり切羽詰まった表情をしているように一同には感じられた。
『速報です。
謎の白い光がミカグラ島に到着し、島の端を呑み込み始めました!
危険区域にお住まいの方は、すぐに安全な場所に避難をお願いいたします!
繰り返します、謎の白い光が―――』
「……ねぇナデシコちゃん。録画したあれ、昨日のニュースだよね?」
「そうだな。―――もうミカグラまで到達したのか…。ルークが白い光を見てから、随分と速度を上げたんだな」
「冷静に分析している場合ですか!ミカグラの端まで来てるってことは、ブロッサムを巻き込むまでもう時間がないってことなんですよ?!」
「捜査してる暇はねぇみてぇだな…クソッ!」
「困りましたねェ…。どうでしょう怪盗殿。この近くまで来た時に飛び込んでそれを報告する、というのは…」
「どうなるかわかんねぇものに突っ込んで行けるか!!少しは考えて喋れやクソ詐欺師!!」
「(こんなに到達が早いなんて…!この世界を誰かが意図的に吞み込もうとしている…?)」
速報が告げた事実に、猶予は残されていないのだと一同は危機感を更に強めた。
サクヤはタイミングが良すぎる速度の上昇に、何かが意図的に動いている可能性を頭の中で考えた。しかし、誰なのか。そこまでは分からない。自分を落とした邪神が、自分がどの世界に落ちたまでかは把握していない筈だ。
ただ、それを考える暇が残されていないこともサクヤは理解していた。ならば、今できることは…。
「(皆さんを犠牲にしないよう、彼らを助ける案を考えること…。白い光のことを多少知っている、私がやるべきこと…!)」
ここに大典太や鬼丸がいてくれたらどれだけ心強かっただろうか。しかし、彼らは今深い眠りについている。
彼らの分まで死力を果たさねばならない。改めてそう強く心に誓ったサクヤは、彼らを助ける為の案を必死に考えるのだった。