二次創作小説(新・総合)

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.74 )
日時: 2022/04/03 22:03
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 シュートシティでの一件が解決してから3日が経った。
 ここ2日で中々に濃い出来事が立て続けに起こる中、ネズはマイペースに作曲を進めていた。この世界でも自分に出来ることをやっていこうと決心した末での行動だった。大典太からも"この世界には音楽に精通している連中がいる"という話を聞いている為、やる気もひとしおなのである。
 そんな彼の近くには大典太が立っていた。単に彼の作曲に興味があるのも勿論だが、一応は邪気を纏っていた人間だった為、経過観察も兼ねての交流を試みていた。

 ネズは思いついたフレーズをカタカタと自前のPCに打ち込んでいく。作曲データの入っているPCをシュートシティに持ってきていたのが幸いだった。
 各々自分の時間を過ごす彼らの元に燭台切が現れた。ごく最近起きた"濃い出来事"を引き起こしたうちの一振だった。



「やぁ、朝から元気だね」
「……燭台切」
「どうも。町長は今忙しいそうで部屋から出てきてませんよ」
「違うよ、勘違いさせたらごめんね。オーナーから新作のスイーツを試食してほしいって頼まれてね。近くにいる城下町の人に分けて歩いていたんだ」
「……こんな広い街を、か?」
「うん。僕、まだここにきて2日しか経ってないからね。街にどんな施設があるのかも兼ねての散歩みたいなものさ」



 そう言うと、燭台切は持っていたバスケットの蓋を開ける。そこには綺麗に並べられたスコーンが入っていた。これが彼の言っている"新作スイーツ"なのだろう。
 スコーンごとに色が違うものがあり、もしかしたら味が複数存在するのかもしれない。彼はバスケットの中からスコーンを2つ取り出し、それぞれネズと大典太に1つずつ渡した。
 保存状態もいいのだろう。適度にしっとりとした感触から食欲をそそる。ネズはそのまま一口ぱくりと口にした。その瞬間、飲み慣れた紅茶の風味が口いっぱいに広がる。美味しい。頭に最初に浮かんだのはそんな言葉だった。
 大典太はスコーンをまじまじと見つめている。刀剣男士には見慣れないものなのだろう。



「紅茶の風味がしますね。美味いですよ」
「本当かい?!嬉しいなぁ。しかも味を当てるなんて…。やっぱりガラルの人って紅茶に詳しいの?」
「まぁ、ガラルでは紅茶を飲むのが一般的な風習になってますからね。誰に聞いたんです?」
「オーナーが一度シュートシティに顔を出してね。その時に会った……ええと、ダンデ、さん?彼から紅茶の文化を聞き出したそうだよ」
「ダンデですか。成程ね。これはミルクティーと合わせて食べたいね」
「だったら今度レストランに来てよ!美味しいミルクティーも御馳走するからさ」
「是非そうさせてもらいます」
「…………」
「……大典太さん。見つめててもスコーンは無くならないよ」
「……そのままかじってもいいのか?」
「う、うん。寧ろかじってくれないと味の感想を貰えないよ」



 ネズとスコーンの味の感想を言い合いながら、燭台切は大典太の方を見た。彼は未だにスコーンを見つめている。声をかけてみると、彼は不思議そうに食べ方を訪ねた。食べたことのないものはやはり恐怖心が付きまとうらしい。
 そのままかじればいい、と素直に答えると、大典太は恐る恐る手に持っているスコーンを小さくかじった。大典太の貰ったものはネズのとは違い、少々緑色に染まっている。口にした瞬間、彼はそれの正体に勘付いた。
 見慣れない形状はしていたが、味は知っているものだった。



「……抹茶だ」
「変に食べなれない味を選ぶと大典太さん委縮すると思ってね。抹茶なら喜んでくれるかと思って渡したんだよ」
「刀剣男士って、こっちで言う…ホウエンとかシンオウの文化が根付いているんでしたっけ。そりゃスコーン知らなくても当然ですね」
「……確かにな。ガラルの文化は聞いたこともないものばかりだ。でも…美味いよ、燭台切」
「そうかい?良かった!抹茶味は作るの初めてでね。失敗したらどうしようと正直不安だったんだよ」
「他にも味がありそうですね。スコーンの色が少しずつ違うように見えます」
「うん。今色々味を試していてね。スコーンと相性のいい素材を見つけている最中なんだ。ほら、店に出すなら美味しくないものは出したくないだろう?それに、ただのスコーンの詰め合わせじゃ食べる時に楽しくないだろう?」
「確かにね」



 意気揚々とスコーンについて話す燭台切を見て、ネズと大典太は"彼は本当に料理が好きなのだ"と改めて確信した。
 そのまま話を続けていると、寄宿舎の方向から2つの足音が聞こえてきた。マリィとオービュロンだった。



「アニキ、大典太さん。おはよ」
「……おはよう」
「おはようございます、妹よ。オービュロンも」
「オハヨウゴザイマス!……アノ、何をシテイルノデスカ?」
「……燭台切から"すこーん"を貰って試食していた」
「スコーン?マリィも食べたい。試食、まだ出来る?」
「勿論だよ!沢山の人に感想を貰いたいからね。はい、どうぞ!」



 マリィがスコーンに興味を持った為、燭台切は笑顔でバスケットから1つ取り出し彼女に渡した。早速口にしてみると、ほんのり甘い味がほろほろと口に広がる。ネズとも大典太とも違う、薄いピンク色のスコーンだった。
 燭台切はオービュロンにも1つ渡すが、彼はぶんぶんと首を横に振った。



「いちご味!美味しい!」
「ストロベリーは王道ですよね。良かったね、マリィ」
「うん。今度レストランに行ったら頼んで絶対に食べる!」
「……オービュロンさん、スコーン嫌いかい?」
「イエ。嫌いな訳デハ無いのデスガ、ワタシ熱い食べ物が苦手ナノデス」
「人肌程度に冷ましてはいる筈なんだけどね…。分かった、君にはお店に来た時に冷えたのを試食してもらうようオーナーに頼んでおくね」
「アリガトウゴザイマス!」



 オービュロンは熱い食べ物が苦手だった。以前ハンバーガーショップに寄った時も、わざわざ冷めたポテトではなく"冷やしポテト"を頼むほどの徹底っぷりだった。
 燭台切の心意気にオービュロンが感謝していると、町長室からラルゴが顔を出した。どうやら話が壁越しに部屋まで届いており、自分もスコーンを食べたくなったらしい。



「みんなで朝からおやつタイムかしら~?いいわね、アタシも混ぜて♪」
「町長さん、おはようございます。良ければスコーンおひとつどうぞ」
「ありがと♪ 後で飲み物と一緒にいただいて感想送るわね~。……アタシ、本当にみんなには感謝しているのよ?ハスノちゃんやジンベエちゃん、ネズちゃん達が来てくれてから、街が賑やかになってるって住民達からも喜んでもらえているの。この調子なら、王国がかつての輝きを取り戻すのもそう遠い話ではないかもしれないわね!」
「……街全体が前に進んでいるのなら、俺はそれに越したことはないと思っている。主の願いでもあるからな」
「なんだかんだ言って、街の発展喜んでますからねサクヤ」
「ハスノちゃんにお礼伝えてもらえる?燭台切ちゃん」
「オーナーも喜ぶと思う。絶対に伝えるね」



 街が賑やかになっていることにラルゴは喜んでいた。確かに、大典太達が最初に街を再起させようと躍起になってから少し時間が経った。色々と事件に巻き込まれてはいるものの、街は少しずつ賑やかになり、明るさを取り戻している。笑顔でそう口にするラルゴを見ながら、大典太も満足そうに表情を緩ませたのだった。
 ふと燭台切がエントランスの時計を見る。ここに来てから1時間が経とうとしていた。まだスコーンを街の人に試食してもらっていない、と彼は議事堂を去ることに決めたのだった。



「ごめん!早く次の場所に行かないと時間が無くなっちゃうや。みんな、試食ありがとうね!」
「美味しかったってハスノさんに伝えてね。絶対お店いくけん」
「うん。オーナーと一緒に待ってるからね!」



 マリィの声に笑顔で答えながら、燭台切は議事堂を去って行った。彼の背中を見守りながら、ネズとオービュロンは言葉を交わした。



「……たまには食べに行ってやらねぇと、ですね」
「すこーん、楽しみデス!ドンナお味のが出るノカナ?」
「あんたの口に合う味だと良いですね」



 燭台切の姿が見えなくなったと同時に、ネズは険しい顔をした。バタバタとエントランスに走ってくる足音が聞こえたからだった。
 ネズは非常に耳がいい。どんなに遠くの小さな音も聞き逃さない自信があった。更に、数回聞けば足音ですら"誰のものか"判別出来る程である。しかし、ネズには知っている人物の足音には聞こえなかった。










 燭台切と入れ替わる様に、白いコートを纏った男性がエントランスに飛び込んできた。全力で走ってきたようで、膝に手をつきながら息を切らしている。コートは白、スラックスも白、被っている制帽も真っ白。コートの形状や、ネクタイをしていることから車掌のようにも見えた。
 息を切らしながら男性は顔を上げる。その銀色の瞳に、ネズは覚えがあった。



「(……見たことが、あるような)」



 声が喉まで出かけた最中、男性は人が集まっている場所にずんずんと大股で近付く。そして、彼らの目を真っすぐ見てこう口にした。



「ねえ!どこ行けばお願い聞いてもらえるの?!」
「街のことであればアタシ達が受け持つけど…。そんなに焦ってどうしたの?」
「…………」



 ラルゴが事情を聞こうと声をかけると、男性は今にも泣きそうな表情になっていた。何か彼にとんでもないことが起きたのではないかと察知し、とりあえず話を聞いてみようと決断した。
 言葉を求めると、目の前の男性はラルゴに縋りついて叫んだ。






『お願い…!!ノボリと、メイと、トウコ!探して……っ!!!』






 名前を口に出す度に、男性の瞳からはぽろぽろと涙が零れている。遂に最後まで要件を伝えることは敵わず、男性は泣き出してしまった。マリィが思わず男性の背中を擦る。
 男性はパニックに陥っているように見えた。話を聞くにしても、彼を落ち着かせないと前に進まない。それに……彼が発した"ノボリ"という言葉にネズは心当たりがあった。この世界で目覚める直前、シュートシティでも彼らについてキバナと話したばかりだった。



「だ、大丈夫ですか?!」
「とにかく、まずは泣き止ませないと。相当パニックになっているみたいですよ」
「……暖かい飲み物持ってくる」
「頼みます」
「トリアエズ、ソコにアルそふぁに座りマショウ。ユックリ、深呼吸、デスヨ」




 給湯室に向かった大典太の背中を見守りながらも、一同は泣き止まない男性をソファまで誘導する。
 彼に一体何があったのだろうか。ネズはそんなことを思いながらも、今は男性を落ち着かせることに神経を集中させたのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.75 )
日時: 2022/04/04 22:11
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 男性がソファに座って少し時間が経過した。大典太がお茶の入ったコップを持って戻ってきた。
 静かに男性が座っている目の前の机に置く。そして、彼に飲んで気持ちを落ち着かせるよう言った。
 男性はそのコップをじっと見ていたが、おずおずと手を伸ばしゆっくりと飲み物に手をつける。丁度いい温度のお茶が喉を潤す。暖かさが身体に染みると同時に、パニックだった脳もいくらか落ち着きを取り戻した。

 男性の涙が止まったところで、ラルゴは優しく語りかけた。



「アタシ、まずはアナタのことを知りたいわ。お名前を教えてもらえる?」
「ごめん。一番落ち着かなきゃいけないの、ぼくなのに」
「ううん、いいの。結果的に落ち着いてくれたから」
「ぼくクダリ。イッシュ地方のライモンシティでサブウェイマスターをしてる」
「いっしゅ地方…らいもんしてぃ…。聞いたコトノナイお名前の街デスネ」



 男性は"クダリ"と名乗った。その名前を聞いて、ネズは自分の考えが合っていたのだと静かに頷いた。
 ライモンシティにある娯楽施設、バトルサブウェイ。電車に乗りながらポケモン勝負の連勝を狙っていくイッシュ地方の名物バトル施設だ。
 そんな施設を取り仕切っている双子の車掌、それが"ノボリとクダリ"。会いに行こうとしていた人物が、まさか向こうから目の前に現れるとは。とはいうものの、ネズが彼らに会ったのは遠い昔の話である。向こうが自分のことを覚えているとは思えない。
 ネズは気持ちを切り替え、マリィとオービュロンにバトルサブウェイの説明をした。彼女達は一瞬驚いたものの、すぐに説明の内容を理解した。



「今のダンデさんみたいな役割を担っている人、ってことだよね?アニキ」
「そうですね。それが一番分かりやすいと思います」
「そんなに凄い人なんだね…。でも、なんだってこんな場所に来たの?お兄さんとはぐれたと?」
「はぐれた。というか…いなく、なっちゃった」
「……"いなくなった"だと?」



 クダリは冷静さを取り戻したのか、ぽつぽつとここに来た理由を話し始めた。
 自分達はライモンシティのギアステーションで、ノボリと一緒に挑戦者を待っていたこと。その挑戦者が、探してほしいトウコとメイだということ。怪しい駅員に襲われたこと。その駅員の攻撃をノボリが庇い、身体が冷たくなったこと。そして……トウコとメイは、駅員に攫われてしまったということ。ノボリもまた、倒れた場所から消えていたということ。
 事実を淡々と話す。おおよそ普通では想像もできない、突拍子もない出来事だった。



「ぼく、いつの間にか気絶してた。気付いたら、この街の端っこに倒れてた。街を探せば3人が見つかるかも、と思ったけど。分からない場所でぼくが迷ったら駄目だと思って街の人にここを聞いた」
「……そうか。やはり俺の予測は正しかったというわけだな…」
「ここに来れば、悩みが解決するかもしれないと言われた。だから来た」
「そうだったんですね…。でも、ここは何でも屋でもなんでもねぇんですが」



 見知らぬ街で単独行動を起こし、自分まで行方不明になってはいけない。その思いから城下町の住民に話を聞き、クダリは議事堂まで走って来たのだった。
 彼が話し終えるのを待って、大典太はぽつりと零した。しかも、ガラル地方が終末の世界に混ぜられるまでの背景とよく似ている。議事堂として依頼を受けることは出来ないが、自分達の本題にかなり近い場所に、彼らもいるのではないかと大典太は思っていた。
 ネズの冷静な切り返しにオービュロンはたじろぐ。彼はクダリの涙を見て、彼を助けてあげたいという気持ちが強まっていた。



「待ってクダサイ!ソウ斬り捨てるノハ駄目デスヨッ!泣いてイル人を放ってはオケマセン!」
「オービュロンちゃん。アタシも本当にそう思うわ。でもね?議事堂として…リレイン城下町としては、クダリちゃんのお願いは少し考えなきゃならないの。ここはあくまでも、街の管理や運営を取り仕切る施設。何でもかんでも依頼を受理していたら、街がパンクしてしまう。ごめんね、それだけはなんとしても避けなければならないの」
「ウゥ…」
「あたしもクダリさん、助けてあげたい。何とかならんと?!」
「そうは、言われましても…」
「…………」



 ネズの言葉に続けて、ラルゴは優しくオービュロンを諭した。何でもかんでも引き受けていたら街がオーバーフローを起こしてしまう、と。ただでさえこの城下町は発展途上なのだ。ここで管理する側が個人の感情にかまけてしまえば、その後悪い方向に街が向かった時に立て直しが不可能になってしまう。
 しかし、クダリが本気で3人を探してほしい気持ちも本物だった。どうにかして助けたいとマリィもネズを説得しにかかる。そんな彼らの様子を見て、大典太は静かに口を開いた。



「……町長。3人の捜索、俺に―――いや、俺達に任せてくれないか」
「光世ちゃん?」
「……こいつの言葉に引っかかるものがあった。もしかしたら、ネズに起きた件…ガラル地方が巻き込まれた件と共通することがあるかもしれない」
「アニキに起きたこと…。そういえば、さっき"クダリさんのお兄さんが何かからクダリさんを庇った"、とか言っとったよね。お兄さんの身体が冷たくなったって」
「成程?確かにそこは共通しますね。なら…おれ達も光世を手伝った方がいいかもしれません」
「本当?本当に、ノボリ達を一緒に探してくれるの?」
「―――分かったわ。じゃあ、今回の件はアナタ達に一任するわ。アタシの力が必要になったら言って。出来る範囲でだけど、お手伝いするわ」
「……あぁ」



 ノボリ達の捜索を引き受ける決意をした。ガラル地方で起きたことと似ているのもあるが、大典太も兄弟刀のいる身だ。ここまで本気で泣かれては心が動かない訳が無かった。
 それを伝えると、クダリの瞳に光が宿ったような気がした。希望のひとかけらをやっと見つけた。そんな表情だった。
 ラルゴは大典太の手をぎゅっと握り、困ったことがあれば自分を頼れと真っすぐ見つめて言った。そして、自分の仕事をしに町長室まで戻ったのだった。



「さて。手伝うとは言いましたが…おれ、あんたの兄についての情報しか分からないんですよね。探してほしい残りの2人…トウコと、メイ、でしたっけ。特徴を教えてもらえますか?」
「うん。トウコはポニーテール。白い帽子を被ってる。ぼくとは違うデザイン。照れ屋で恥ずかしがり屋。メイは、お団子頭。すっごく元気。それと、イッシュの新チャンピオン」
「チャンピオン?!ユウリと同じだ」
「ユウリが攫われた件といい、なんでこんなに強者ばかりが狙われるんでしょうね…」
「彼女達を攫った犯人にも共通する特徴がアルのかもシレマセン!」
「……単独犯なのか、そうではないのか。調べる必要がありそうだが…。だが、まずは3人の捜索が最優先だ。犯人についても調べれば自ずと分かってくるだろう」
「外見的特徴は分かりマシタが、コレカラドウスルノデスカ?探すと決まったトハイエ、アテも無く探索をスルノハ無謀とイウモノデス」



 オービュロンの言ったことは最もだった。クダリから捜索する人物の特徴を聞けたとはいえ、この終末の世界は広い。少しずつ城下町の活気が賑わい、大陸の様子も少しずつ分かるようになってきたとはいえ、目星も付けずがむしゃらに探すのはいくら体力があっても足りなかった。
 大典太は少し考え、先程自分で口にした言葉を思い返す。ユウリの拉致にはアンラが関わっている。ならば、サクヤに聞けば何か目星がつくのではないかと思いついた。
 彼はスマホロトムにサクヤに連絡するように指示する。背後でそれに気付いたのか、ネズはマリィとクダリの目線をこちらに向けることにした。サクヤのことは今話さない方がいいと判断しての行動だった。
 もう少しでサクヤが通信に応じる。その矢先だった。



「―――誰か、来ますね」



 ふと、ネズがそんなことを言った。同時にエントランスに2つの人影が見えた。1つはネズもマリィも知っている、シュートシティに滞在している人物だった。



「来てるのカブさんだよね?」
「何しに来たんですかね…。こことシュートシティって結構距離ありますよ」
「ジョギング?」
「じょぎんぐをスルヨウナ距離デハ無いと思いマス!」



 1つはカブで間違いない。ポケモンを鍛え、特訓をするのが日課だという彼ならばこの距離をジョギングしてもおかしくはないと考えたのだったが…。見えてきた"もう1つの人影"が問題だった。
 その人物が明らかになって来た瞬間、クダリが小さく口から零す。






『ノボリ…?』






 兄が見つかった。そう判断したクダリの行動は早かった。ネズの静止も振り切り、現れた黒い車掌に向かって全速力で走った。
 自分と似た男が目の前に現れたことで、黒い制帽を被った男は驚いている。隣にいたカブも、その行動に目を丸くしていた。
 クダリは自分の兄であろう人物の肩を揺らし、見つかったことの喜びを口に出した。



「ノボリ!ノボリ!!どこ行ってたの!!ぼくすっごく心配した!!」
「……あの…」
「ねえ!!なんでそんなボロボロなの?!どこか怪我した?!どうして髭、生えてるの?!」
「……え、えっと…」



 必死にノボリに向かって話しかけるクダリ。しかし、ノボリであろう人物は訳が分からないというような顔をしている。ネズはそれが不思議でならなかった。
 彼らは兄弟―――しかも双子。クダリの様子から、普段から相当仲がいいであろうということは簡単に推察できた。しかし、クダリはともかくノボリの様子が明らかにおかしかった。



「双子にしちゃあ随分と雰囲気が違いやがりませんか?クダリの様子からして、仲が悪いなんて絶対に考えられません」
「……それに。双子にしては…随分と歳が離れているように俺には見える…」
「同感ですね。あの2人…一回り…いや、最悪二回りくらいは年齢の差があるようにおれにも見えます」



 背後で耳打ちをしあうネズと大典太をよそに、クダリはノボリに声をかけ続けていた。
 本当に心配した、と。身体の調子は大丈夫か、と。しかし―――ノボリは言った。



「申し訳ございません。失礼を承知で申し上げますが……」









































『どちらさま、でしょうか?』




 クダリを再び絶望に突き落とすには、あまりにも簡単すぎる言葉だった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.76 )
日時: 2022/04/05 22:05
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 突きつけられたその言葉にクダリは言葉を失う。一瞬光が差し込んだ目からは、再び涙が零れていた。
 芽生えた恐怖心からなのか、思わず彼は目の前の男から手を離してしまう。当のノボリであろう男は、目の前で自分と瓜二つな人物が泣き出したことにおろおろとしていた。
 折角また会えたのに。ずっと探していたのに。こんな結末だなんて。クダリの心には闇が差し込んでいた。

 様子を見ていたネズは、隣で同じように固まっているカブに事情を聴くことにした。クダリに気付かれないように忍び足で動き、カブの元へ近付く。そして、彼に耳打ちをしてソファの方へ移動させた。



「カブさん。どういうことなんですか。彼は一体何なんですか」
「ぼくも詳しくは分からないんだよ。今朝、ポケモンくん達とシュートシティをジョギングしていたんだ。走っていたら、道路のど真ん中に彼が立っていてね。随分とぼーっとしていたから、最初はダンデくんのところに連れて行こうとしていたんだ。
 でも、彼の目線がこの街を離さなかった。もしかしたら、この城下町に思い入れのある人物かもしれないと思って一緒に来たんだよ」
「でも、この城下町はイッシュ地方にないよ。なんで見つめてたんだろう…」
「とにもかくにも、あのノボリに事情を聞かないといけませんね。クダリもまたパニックになっちまってますし」



 カブに事情を聞いたところ、このノボリがシュートシティで立ち止まっていた為この街に連れてきたのだと答えた。しかし、リレイン王国という場所はイッシュ地方に存在しないのはこの場にいる全員が分かっている。
 ならば、どうしてあのノボリはこの街を見ていたのか。話を聞かねばならないと思い、2人もソファの場所まで誘導した。クダリが落ち着くのを待った後、大典太は彼と瓜二つの男に尋ねることにした。



「……確認させてもらうぞ。あんた、"ノボリ"という名前で間違いないのか?」
「確かにわたくしは"ノボリ"と申します。シンジュ団のキャプテンを務めております」
「シンジュ団…?あれ?ノボリさんって"サブウェイマスター"なんじゃ…」
「シンジュ団なんて知らない。ノボリは、サブウェイマスター。ぼくとおんなじ」
「端カラお話が食い違ってイマスネ…」



 確かに彼ははっきりと"ノボリ"と言った。しかし、サブウェイマスターとは答えなかった。
 彼が発したシンジュ団とは何なのか。覚えがあるかクダリに尋ねるも、彼は首をぶんぶんと横に振る。かつてイッシュ地方で悪事を働いた"プラズマ団"という組織がいたことは覚えているが、シンジュ団という組織など露も知らない。
 話を聞いて、改めてノボリを見てみる。近くで見たからなのだろうか。クダリと比べ、明らかに歳を取っているのがはっきりした。目元には隈のようなものも見え、顎には髭も生えている。ピンと背を伸ばして立っていたクダリと比べ、彼は猫背気味だったことも違う。ボロボロの黒いコートの下に着ている、薄紫色のパーカーについてもクダリは"見たことがないもの"と答えた。

 ふと、淡々と質問に答えていたノボリが俯いた表情で口を開いた。恐らく、目の前の白い彼に言わなくてはならないと判断しての言葉だった。



「申し訳ございません。恐らく…わたくしはクダリさまと関係があった存在なのだと思います。しかし…わたくしは自分に関する事柄をなにも覚えておりません。記憶を…失っているようなのです」
「そんな」
「妙に会話が嚙み合わないのはそれが原因だったんですか。姿かたちが瓜二つなら、顔を見れば何か記憶に刺激が入って思い出せるもんだと思っているんですが…。見た限り、そうには見えません」
「サブウェイマスターのコートもボロボロ。ノボリ、ものを大切にする。酷い目に遭ったの?」
「これは…。長年、野生のポケモンに囲まれてお世話をしていますと、いくら頑丈なコートでもほつれや破れが目立つようになります。記憶を失いヒスイ地方で目を覚ましてから…何年程経ったのでしょうか。それも、覚えていないのです」
「うーん…。お互いに食い違ってんですよねぇ…」



 クダリが語ってくれた情報と、ノボリの口から出る言葉。その中身のどれもが食い違っていた。しかし、ネズは昔彼らに会ったことがある。クダリが"双子だと嘘をついている"可能性は0だと確信している。
 ならば何故こんなにも会話が食い違うのか。まずはそこを紐解いていかねばならない。大典太も首を傾げており、今後の対応に悩んでいるようだった。

 そんな彼らの耳に、静かなテノールの音が聞こえてきた。



「当たり前だ。彼は、そこにいる"白い車掌が知っているノボリ"ではないからだよ」
「…………!」



 大典太はその声に聞き覚えがあった。声の方向を向いてみると、こちらに向かって歩いて来るアシッドの姿があった。
 まさかの姿に目を見開く大典太。その反応に、アシッドは少しだけ眉を潜めた。自分が何を司る神か忘れたか、と彼の目の前に立ちはっきりと告げる。



「……あんた、どうしてここに?」
「本来ならば、Mr.ラルゴと我が会社が開発している新商品について話し合いをしたかったんだが…。その前にこっちの手助けをしてやれと協力を頼まれてね。調べてみたら、時空の迷い人の気配が2つもある。ただ事じゃないと思って急いでここまで来たんだよ」
「時空の迷い人、デスカ?」
「あぁ。本来いるべき時空とは違う時間に飛ばされてしまった人間のことを差すのさ。元々、この終末の世界が…沢山の異世界を吸収し、1つの世界として混ざっているのは知っているね?」
「一度巻き込まれたから知っとるよ」
「だが、混ぜられる"時間"についてはほぼ同じ時間帯の世界が混ぜられる。つまり、"過去と未来が1つになる"ことは絶対にないのさ」
「……あんたが言いたいのはこうか。このノボリが"時空の迷い人"だと」
「ご名答。そもそもの時間が違うから、互いを認識してなくても変ではないのだよ。記憶喪失については…私も分かりかねるところではあるのだが」



 どうやらアシッドはラルゴに頼まれて、"時空の迷い人"である2人の人物について調べていたらしい。恐らく、そのうちの1人がこのノボリであろうということも推察していた。
 ―――しかし。ならば、クダリが探しているであろう"現代のノボリ"は何処にいるのだろうか。ネズが尋ねると、アシッドは目を伏せながら口を開いた。



「彼が何らかの原因で現代に来てしまったせいで、少々面倒なことになっているんだ」
「面倒なこと?」
「基本的に、同じ人間は同じ時代に降り立つことは出来ない。お互いを認識してしまい、タイムパラドックスを起こすのを防ぐ為にね」
「……前にもあったな」
「光世、覚えがあるんです?」
「……あぁ。幽霊という存在ではあるが、一度別の世界の存在が現れたことがあってな。それを思い出していた…」



 アシッドの説明を聞きながら、大典太はMZDが一度行方不明になった事件を思い返していた。確かにあの時も、この世界のミミとニャミ、そして異世界のミミとニャミが邂逅していた筈だ。最も、彼女達は道化師の力を得て"この世の存在ではない"ものになっていたからこそ、邂逅が出来てしまっていたのだが。ネズの問いに、彼は言葉を濁しながら答えた。
 そして、それまで静かに聞いていたノボリが黙って深く頷いた。彼の話が納得できたようだった。



「つまり。わたくしがこの時代に存在してしまっているせいで、クダリさまの探しておられる"ノボリ"は永遠にこの世界に現れることはない…。そう、あなたさまは仰りたいのですね?」
「その通りだとも」
「ノボリ…」



 ノボリは真っすぐアシッドの方向を向いていた。クダリの覚えている彼もそうだった。話をする時は、必ず相手を真っすぐと見る。そして、自分が原因であろうとも回り道をせず、ストレートな物言いをした。
 姿形は老けてしまっても、心までは変わっていない。そのことに酷く安心したと同時に、ノボリが考えていることも何となく透けてしまいクダリは俯いた。ノボリは、自分よりも他人を優先する。どんなに自分が酷い目に遭っても、その時やれることを探して周りの為に動くことができる。そういう人間なのだ。クダリはそのことをよく知っていた。



「……で、"時空の迷い人"とやらが分かったことで。あんたは何をしに来たんだ?」
「そう急かすなMr.オオデンタ。私の役目は運命を操作すること。少し運命を捻じ曲げるならまだしも、神自らが操作するなど普通なら"禁忌"とされている力だ。普段ならこんなことは御免被るが、今回は異常事態だ。何せ時空が関係してしまっているのだからな。
 私は…君。Mr.ノボリと…もう1人の時空の迷い人を"飛ばされた元の時代に戻す"為にここに来た」
「つまり。ノボリをイッシュ地方に帰してくれるの?」
「……覚えていれば、な」
「…………」



 アシッドの正体は運命の神"アリアンロッド"である。人間の運命を簡単に捻じ曲げられる、とても大きな力を持つ高位の神。しかし、人間自らが迫りくる運命に立ち向かい、必要あらば捻じ曲げることを誇りと思っている彼には、自分自身が人間の運命を変えてしまうことはご法度だと結論をつけていた。
 しかし、今回ばかりはそうも言ってられない。自分の力で無ければ彼らを元の居場所に戻してはやれない。そう判断し、大典太達に力を貸すことを決意したのだという。

 その言葉にクダリは"ノボリをイッシュ地方に帰してくれるのか"と尋ねた。もし彼が自分の生きている時代より未来から来たのならば、未来のイッシュ地方に帰ればいいと思いついたのである。しかし、アシッドは渋い顔をして答えを返す。その言葉に、クダリは押し黙るしかなかった。



「クダリさま。いいのですよ。わたくしのことをお気になさらないでも…」
「心配!すっごく心配!ノボリ、すっごくボロボロ。心はボロボロじゃないってさっき分かったけど。それでも、ぼくきみのこと放っておけない」
「優しいのでございますね。クダリさまは」
「やっぱり、覚えてないんだね」
「……申し訳ございません」
「ううん。思い出せないなら仕方ない。今のはぼくのわがままだから」



 自分に向ける仕草や表情は自分の知っている兄と全く変わっていないのに。"クダリさま"と呼ぶ彼に、どことなく虚しさをクダリは覚えていた。
 そんなやり取りを見守る中、オービュロンがふと疑問を浮かべる。"時空の迷い人"は2人いると言った。1人はノボリと判明したが、もう1人は何処にいるのだろうか。



「アノ…。あしっどサン。のぼりサンの他に、"時空の迷い人"トヤラがイルのデシタヨネ?今何処にイルンデスカ?」
「もう1人か。人物の詳細は掴めていないが、場所はある程度分かっている。だが…私には立ち入り出来ない場所で困っているんだ。向こうから動いてくれるのを待つしかない」
「勿体ぶらずに教えてくださいよ。どこなんです?」



 一同に場所を迫られるアシッド。その声を聞き、彼は黙って床を向いた。








「我々が今立っている土地の地下深く―――。"魔界"に、迷い込んでしまっているよ」