二次創作小説(新・総合)

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.77 )
日時: 2022/04/06 22:08
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 人間が住まう世界の地下深く―――。生きる者は、その土地を"魔界"と呼んでいた。
 悪魔や魔族、幽霊など人間ではない、幽世の存在が住まう土地である。この魔界と呼ばれる世界と、雲の上に浮かぶ空の世界―――"天界"と呼ばれる世界は、地上とは違い1つの世界が繋がっている。故に、様々な種族の存在が一堂に会することだって普通にあり得る場所なのだ。

 そんな魔界の通路を、マゼンタの髪を揺らしながら1人の男が歩いていた。彼の名は"ヴィルヘルム"。高名な魔族の1人であり、音を司る神である"MZD"が率いる世界の管理者集団の一員としても活動している。過去に色々あったのだが、そこは以前の物語を紐解いてもらいたい。
 彼は整った顔を歪ませ、不満そうに大股歩きをしている。自分の待遇に納得がいっていないという表情だった。



「全く。ここ最近忙しかったからとはいえ、Masters全員に無理やり休暇を取らせることもなかろうに。KACも終わってこれからだという時に、だぞ。私は働く気満々だったのに…」



 どうやら管理者集団の総長であるMZDが、忙しかったから休めと強制的に休暇を取らせたことに不満を持っていたようだった。確かに最近は現世で色々とあった。だからこその休みだと彼は強調して言っていたが、その間の仕事は全て彼が背負うこともお見通しだったのだ。
 何のための管理者集団なのか。今一度あの子供姿の神に叩き込む必要がありそうだな、とヴィルヘルムは内心思っていた。



「それにしても。ミサとはいえ、流石に人通りが多いな…。早く城に戻らねば。下手に目立てば後々面倒だ」



 魔界では本日、定期的なミサが開催されていた。現在はその帰りのようで、道路は人でごった返していた。もう少し歩けば、彼の城がある森へと辿り着けるのだが…。もしかしたら道中顔見知りと鉢合わせて時間を無駄にしてしまうかもしれない。今の彼には、知り合いと話をする元気は残っていなかったのである。
 もっと増える前にさっさと城に戻ろうとヴィルヘルムは歩く速度を早めた。そして、森の近くの墓地に差し掛かったところで―――。気になる存在が目線の先に見えた。



「(……ん?)」



 墓地の中で項垂れているポケモンの姿があった。ヴィルヘルムはその姿に覚えがあった。しかし…前に会話した時よりも、ずっと炎が小さいことに気付く。紫の炎を揺らしているシャンデリアのようなポケモン。"シャンデラ"である。
 以前交流を持ったシャンデラは、マスターハンドの手持ちとして数えられていた筈である。魔界に来るような用事もない。現在でも、ファイターが放つ炎を養分に自分なりに楽しんでいるのだろうとヴィルヘルムは推測していた。
 しかし、目の前に見えているシャンデラはそうではなかった。寂しそうに俯きながら、暗闇を見続けている。あの先に広がっているのは、木々が生い茂る森…。魔界では"黒い森"と呼ばれ、子供が迷い込めば攫われると噂されているほどに広く、深い森である。ヴィルヘルムの城は、その森の奥深くに鎮座していた。

 シャンデラが気になったヴィルヘルムは、一人墓地への道を進みポケモンの隣へとそっと立ち止まる。そして、静かに語りかけた。



「この先は森が続いている…。君のようなほのおのポケモンが入れば、燃えてしまうかもしれんな」
「―――?!」



 急に隣から声をかけられ、シャンデラは驚いて一歩下がった。しかし、敵意がないことにすぐに気付き警戒を解く。そして、なおもまた森を見続けている。
 この先に誰かが迷い込んだのだろうか。ヴィルヘルムは問いかけてみることにした。



「この先に、誰かがいるのか?」



 語りかけると、シャンデラは寂しそうにしゃん、と鳴いた。あながち間違ってはいないのだが、どうも確信が持てていないらしい。しかし、森の奥にあるのは自分の城だけ。例え森の中を熟知しているヴィルヘルムでさえ、迷い込んだ存在を探すのは一苦労なのである。
 しかし、会話している間にもシャンデラの炎は弱く、小さくなっている。もしかしたら、他のシャンデラとは違い"栄養が取れていないのでは"という考えにヴィルヘルムはふと行きつく。マスターハンドのシャンデラは、他人の霊力やファイターの生み出す炎を養分にして生きていると前に聞いたことがある。種族が同じなら、自分の城に連れ帰れば幾分か回復するのではないかと彼は考えた。



「……君。この森の奥に私の城がある。一緒に来てくれ」
「しゃん!しゃあん!」



 連れ帰ろうとするも、シャンデラは嫌がった。意地でもここにいたいらしい。それは明らかに、いなくなった誰かを探しているかのような仕草だった。
 しかし、ここでシャンデラを放置すればいずれ倒れるのは目に見えていた。ヴィルヘルムは意地でも彼女を連れ帰らなければならなかった。



「誰か待ち人でもいるのか?だが、ここに人間は来れない。君がどういった経緯で魔界に来たのかは知らんが、待ち人と再会する前に野垂れ死んでは意味がない。再び相まみえたいと思うのならば、私についてきなさい」
「しゃあん…」



 ヴィルヘルムの説得に、遂にシャンデラは折れた。待ち人がいるのは確かなようで、もしかしたら森に迷い込んでそのまま帰ってこれなくなった可能性がある。森の中を歩いている途中で見つかるかもしれない、と口添えすれば、シャンデラの表情が少し明るくなったような気がした。
 ならばさっさと帰路につかねばとヴィルヘルムは再び歩み始める。その後ろ姿を誰かと重ねたのか、優しい表情になりながらシャンデラはついて行った。















 ―――黒い森に入って暫くした頃だった。時折背後を確認し、シャンデラがついてきていることを確認する。珍しい存在を連れているな、と森に暮らす幽霊にちょっかいをかけられるも、同族なのか上手くやり過ごしているようだった。
 彼女の様子を見て安心すると同時に、どこか不思議な気持ちも芽生えた。シャンデラは基本、人間やポケモンの魂を養分にして生きる恐ろしいポケモンの筈である。しかし、彼女は触れ合った魂を吸い取るどころか慈しみ去っていくのを見守っていた。明らかに異常だった。



「(誰かの、手持ちなのだろうか)」



 そんな思いが芽生えるが、それ以上は城に帰ってから考えることにした。この森は本当に深い為、熟知していても気を抜けばすぐに道が分からなくなるからだ。
 ……無言で森の中を進んでいる最中のことだった。目線の先に、普通ではあり得ない光景が見えた。



「あれは…?肌が普通の人間のように見えたが…」



 何かの見間違いだと一瞬思ったが、そうではなかった。ヴィルヘルムの目線の先には、ほっかむりを被った黒髪の少女がはっきりと見えた。服装は少し古い時代の和服のように感じた。健康的な肌色をしていることから、魔族や幽霊の類ではないとすぐに確信する。
 人間は魔界に来れない筈なのに、どうしてこんなところにいるのか。もしかしたら彼女のトレーナーなのかもしれないと判断したヴィルヘルムは、白いほっかむりの少女の影に潜むように闇に溶け、少女を連れ去った。
 後ろをふよふよとついて行っていたシャンデラも彼の動きの変化に反応し、闇の中を追いかけて行った。



































「いやー!助けてくれてありがとうございました!気付いたら不気味な場所で倒れてるし、右も左も肌の色が変な人ばかりで。言葉も通じないで困っていたんです。挙句の果てには森の中に迷い込んじゃうし…」
「あの森は手練れでも迷う森だからな。それでよく生きていたな、君」
「サバイバル術には自信があるもんで」
「そこで自信をひらけかすな。私が見つけなければ一生迷っていたんだぞ」



 ―――ヴィルヘルムの城の一部屋にて、少女は彼にお礼を言った。影の中からにゅっと現れた存在をポケモンだと勘違いしたらしく、少女は思わずギガトンボールをヴィルヘルムの頭の上にぶつけていた。
 ポケモンではないと次に見えた部屋の中で気付き、彼女が謝ったところで今に至る。シャンデラにこの少女がトレーナーかと尋ねるが、シャンデラは身体を横に振った。どうやら彼女ではないらしい。



「見たことのないポケモンですね!ヒスイ地方には存在しなかったはずです」
「ヒスイ地方…?待ってくれ、今"ヒスイ地方"と言ったのか?」
「はい。ここはヒスイ地方じゃないですよね?こんなに不気味な場所、私知りませんもん」
「…………。すまない。君の名前を教えてもらえるか?」
「あぁ、助けてもらったのに自己紹介が遅れてごめんなさい!私、ショウっていいます。ギンガ団の調査隊として、今は活動しています!」
「…………」



 ショウ、と名乗った少女の言葉にヴィルヘルムは引っかかりを覚え、部屋の高い場所にある棚から古い本を一冊魔法で取り出した。本が宙に浮いたことに驚きの反応を見せるショウの様子を尻目に、彼は本の中身を漁る。取り出した本の表紙には"シンオウ地方の歴史と歩み"と書いてあった。
 ぺらぺらと数ページ開いたところでヴィルヘルムはページをめくる手を止める。そこで彼は確認の為に、ショウにもう一度尋ねた。



「ショウ殿。君が来たのはどの地方だ?」
「えっ?"ヒスイ地方"ですけど…」



 ショウの口からその言葉が零れた瞬間、ヴィルヘルムは眉を潜めた。ヒスイ地方。現在は"シンオウ地方"と呼ばれている、かの地の昔の呼び名だったからだ。具体的な年数は書かれていないものの、ざっと見て150年から200年程前の情報だと彼は確信した。

 そう。ショウは、過去からこの時代に飛んできてしまったのだ。その事実が判明した瞬間、潜められていた眉がもっと狭まった。
 終末の世界は異世界を混ぜる。しかし、今までは"時代まで影響することは無かった"筈だった。しかし、目の前にヒスイ地方から来たと正直に話す少女がいる。ここから分かることは1つ。
 終末の世界の影響が"時代を超えてしまった"という事実だった。



「なんてことだ…!」




 本をぱたりと閉じながら、ヴィルヘルムは頭を抱えたのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.78 )
日時: 2022/04/07 22:06
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ヴィルヘルムが話の間にちらりと横目で時計を見やると、ショウを城に入れた時から小一時間ほど時間が経っていた。
 そろそろこの少女をどうするか決めねばならないと思った矢先、彼女の近くから大きな腹の鳴る音が聞こえる。思わずきょとんとしたヴィルヘルムをよそに、ショウは照れ笑いをした。



「あっ。すみません…。今朝からずっとポケモンの調査に出かけてたんです。それで、何も食べて無くて。えへへ」
「そういうことは早く言いなさい」



 どうやらショウは朝から仕事詰めで何も食べていないらしい。今の自分とは真逆だと思いつつも、ヴィルヘルムは彼女に近くにある椅子に座る様に指示した。大人しく椅子に腰かけたショウを確認した後、彼は何か持ってくると部屋を後にしたのだった。
 その間、ショウはきょろきょろと部屋の中を見やる。本が沢山詰め込まれている。どれだけの知識が眠っているのであろう。ギンガ団の本部にもこんな部屋はない筈だ。彼女の中の好奇心が疼く。しかし、今の自分は客人であることも分かっている。勝手に人の物に手を出したら怒られる事は、流石に自覚する年齢だった。

 大人しく椅子に座って待っていると、ヴィルヘルムがお盆を持って戻ってきた。上にはショートケーキの乗った皿とグラスに入ったジュースが置かれていた。
 無言で彼女の傍に再び来たヴィルヘルムは、ショウが座っている椅子の近くにケーキとジュースを置いた。甘い香りが食欲をそそる。
 ケーキなど食べるのはいつぶりだろうか。ショウの目はキラキラと輝いていた。



「すまないな。食べられるものがこれしか残っていなかった」
「いえいえ、充分です!ありがとうございます。いっただっきまーす!」



 ご厚意に甘え、フォークを持ってケーキを一口サイズに切り口の中に運んだ。ふわふわとしたスポンジとなめらかなクリーム。クリームは程よい甘さで、使われているイチゴの甘味との調和が取れているようにショウには思えた。このケーキならいくらでも食べられてしまう。一口、また一口とショウの食べる手が早まる。
 あまりの食いつきに、ヴィルヘルムも流石に狼狽えた。確かに自分が作ったものではあるが、こんなに無性にぱくぱくと食べ進める人間は珍しかったからだった。



「ヴィルヘルムさんっ!このケーキ本当に美味しいですね~!ん~、しあわせ~♪」
「喜んでもらえたようで何よりだ。しかし…君はケーキが好きなのか?随分と食べ進めるのが早いようだが」
「えっと…。好きは好きなんですけど。お腹が空いているのもあるかもしれません。それに、ケーキ自体を食べるのが久しぶりで。久しぶりに食べたなぁ、美味しいなぁって思ったら手が止まらなくて…」
「そうか。君は過去から……。ん?"久しぶりに食べた"?初めて、ではなく?」
「はい。私、ヒスイ地方に元々いた訳じゃないんです。"時空の裂け目"ってところから落ちてきて…。多分、未来から来たと思うんですけど。アルセウスに呼ばれて、過去に飛んだんだと思ってます」
「ややこしいな…。君は元々未来の人間で、ポケモンの力で過去に飛ばされた、と」



 ショウの会話から、彼女はもっとややこしいことになっているとヴィルヘルムは結論をつけた。彼女はヒスイ地方出身ではなく、元々は未来からやってきた存在だということなのだ。
 ならば、今後取るべき選択肢の幅が増えてしまう。最初はヒスイ地方の元いた場所に戻せばいいと考えていたのだが、彼女に"本来の帰る場所"があるのであれば、そちらに帰した方が彼女の為にもいいのではないかとも思い始めていた。

 ショウがケーキをぺろっと平らげてしまった裏で、ヴィルヘルムはシャンデラの様子も見ることにした。シャンデラには城に残っている霊力を少し分けることに決めていた。人間の魂とは少し違うが、幽世に連なる存在であれば養分として吸収できるはずだと思っての行動だった。
 シャンデラは、最初に会った時よりは炎が少し大きくなっていた。これなら、彼女が飢え死にすることは無いだろう。
 ショウもその様子を見ていたようで、ヴィルヘルムに語りかける。



「シャンデラ?ってポケモンなんですよね。この子、ゴーストタイプなんですか?」
「そうだが。なんだ、気になるのか?」
「気になる、というか…。私がヒスイ地方で出会ったゴーストタイプのポケモンは、みんな気性が荒い子ばかりなんです。でも、この子凄い大人しいじゃないですか。ヴィルヘルムさんに魂みたいなのを分けてもらった時も、なんか遠慮がちでしたし…。特殊な個体なのかな?それとも、シャンデラ自体が大人しいゴーストポケモンだったりするのかな?」
「いや?シャンデラというか…ヒトモシ系統は皆人の魂を吸う恐ろしいポケモンだと図鑑にも載っているぞ。私も知り合いにそう教えてもらったからな。だから…驚いているのだ。こんなにも大人しいシャンデラは実に珍しい」
「もしかしたら、この子のトレーナーさんが凄く良い人なのかもしれません。もしくはとんでもなくポケモン勝負が強い人とか!勝負が強い人って、ポケモンに対しても、慈しむ、というか…とっても大切に思う人が多いんですよ!」
「誰かの手持ちだったことは間違いないとは思うが…。何故魔界に姿を現したのか分からん。魔族や悪魔はポケモンなど普通は持たぬからな」



 2人で感想を言いつつシャンデラを見守る。彼女は現在も遠慮がちに霊力を吸っていた。このことから、誰かの手持ちであったことは確実だと2人の中で結論がついていた。
 しかし、魔界にいない可能性が高い以上探すとしても範囲が広すぎる。シャンデラの記憶を頼りに、地上を探す必要がありそうだとヴィルヘルムは思索した。

 そんな中、扉がガチャリと開けられる音が聞こえる。連絡も無しに自分の城に勝手に入ってくる存在など1人しかいない。部下であるジャックはそもそも城に寄り付かない。
 振り向いてみると、城には似つかわない帽子をかぶった、サングラスをかけた茶髪の少年が立っていた。物珍しそうにショウを見ている。ショウはその特徴的なもみあげを見て、いつもは穏やかだが訓練場では容赦がないとあるキャプテンを思い浮かべていた。



「よーっす。ヴィルがちゃんと休んでるか確認に来ましたー」
「アポも無しに勝手に入るなMZD。仕事の類は入れていない」
「なら良かったけど…あらら。また珍しいモン引き入れてんじゃん。コレクションにするの?」
「え?コレクション?」
「ここにいるってことは、魂が綺麗な子なんでしょ?こいつ、魂集めが趣味なの。しかも綺麗な奴限定。人間がこんなとこにいるってことは、オレそうとしか考えられないんだよね~」
「ここから追い出されたくなければその口を閉じろMZD。この世界に巻き込まれてから軽口が過ぎるぞ」
「えーっ。事実言っただけじゃーん?」
「わ、私…魂吸い取られちゃうんですか?!」
「しゃん?!」
「しているならもうとっくに君の魂は貰い受けているぞ。そんなことはしない。変な考えを起こすな。……シャンデラも」
「でらっしゃん」



 "MZD"と呼ばれた少年は、どうやらヴィルヘルムと知り合いらしかった。冗談なのか冗談じゃないのか分からない話を目の前でされ、挙句の果てには魂を吸い取られると言われてしまった。いくら生存本能が高いショウでも魂を吸い取られるのだけは真っ平御免である。ヒスイ地方で何度もゴーストタイプのポケモンに襲われ、魂を取られかけ死にかけたことが何回もあった。
 その言葉にはシャンデラも驚いたようで、ショウとMZDの間に遮るように立った。少年を威嚇するように目つきを悪くしていた。反応を見て、彼女はトレーナーによく育てられている"賢い子"だとヴィルヘルムは判断した。



「冗談だって!本気にしないでよ。今のヴィルが易々と他人の魂集めるような奴じゃないのはオレが一番良く分かってるし。てかコレクションすればオレの寿命減るし」
「程々にしてくれ…。お前の冗談のせいでどれだけ私が尻拭いをしてきたか分かっているのか!」
「あの、ヴィルヘルムさん。この子は…」
「オレ?この世界では"MZD"って呼ばれてる。ポップンワールドを納めている神様でーす。音とか音楽を司る神様…って言えば分かりやすいかな。世界の管理してる集団の総長なんかもやってるよ」
「神様…アルセウス?!この子が?!」
「わぁ。久しぶりの反応でちょっと新鮮なんだけど。でも、アルセウスとはちょーっと違うね。あいつは神の分身だけど、オレは本物の神様だからね」
「は…はぁ…」



 MZDが自己紹介をすると、ショウは目を見開いて驚いた。そんな反応をされたのはいつ以来だろうか。"フレンドリーな神様"を目指してきた弊害なのか、最近は自分が神と言っても当たり前に受け入れられたり、冗談だと真に受けられなかったりと様々な反応を見てきたつもりだった。
 そんな中での素直な驚愕。MZDは久しぶりの反応に嬉しそうに返すも、アルセウスとは違う存在であることを正直に話した。そして、彼はこう続ける。



「次はオレから質問していい?お前さん…故郷、ヒスイ地方じゃないんでしょ?」
「はい。元居た時代は覚えてないんですが…」
「かけらも?」
「もやもやして…何も覚えてないんです。自分のいた時代であったことは断片的に覚えてるんですけど、家族のこととか。どこに住んでたとか。自分のことは全く思い出せないんです」
「記憶障害なのか…」
「そっか。分かった、教えてくれてサンキュね」



 ショウの話を聞いて、彼女に聞こえないようにMZDはヴィルヘルムに耳打ちをした。彼女に聞かれたくない話だったからだ。



「記憶喪失だって。大方アルセウスに面倒な気持ち持たされないように、って記憶を一部弄られたんでしょ」
「何故そんなことを?」
「目的を果たす前に帰りたがられたらどうすんの?ショウはねぇ、多く見積もっても恐らく15歳。まだ充分親の庇護が必要な年齢だよ?まだ子供なの。何がどうしてあの子を過去に連れて行ったんだかは知らないけどさ。
 しっかりした思い出があればあるほど、人間って帰りたがるもんだよ。お母さんに会いたい、家に帰りたい、ってさ。未来から来たってことは覚えてても、家族のこととか"ショウに一番必要な記憶"がごっそり抜けてんの。ってことは、アルセウスがショウを"未来に帰したくない"って思ってる最大の要因ってことっしょ」
「…………。だから神は嫌いなんだ。身勝手で、自分勝手で、我儘で。自らの思い通りに行くように人間を操り誘導する…」



 ショウの記憶喪失の原因は、恐らくアルセウスの仕業だとMZDは持論を述べた。アルセウスがショウをヒスイ地方に連れて行ったのであれば、"連れて行った理由"が存在するはず。その目的を果たす前に、うら若き女の子に帰りたがられてはアルセウスもたまったものではない。だから、彼女の大事な記憶"だけ"を消し、帰る気持ちすら浮かばないようにしているのだと。
 MZDの考えを聞いて、ヴィルヘルムは虚空を睨んだ。彼は神が大嫌いだった。神々のせいで、自分も。隣にいる大事な友も。散々な目に遭ったのを知っているからだった。

 そんな彼らが小さく会話をしている様子を、ショウは不思議そうに見つめていた。何を話しているのだろうと思わず声を出す。



「あの。どうしたんですか?急にこそこそして…。あっ。まさか私の魂を『貰わない。勘違いするな』」
「こちらの話だ、何でもない。すまないな。……まだもう少し時間がある。ケーキのおかわりはいるか?」
「いいんですか?」
「いいんじゃない?ヴィルがここまで上機嫌なの珍しいし。お言葉に甘えてけば?あ、オレにもケーキちょうだい!」
「お前の分はさっきこの子が美味しく平らげた。お前の分はないな」
「え~っ!一切れくれいいいじゃんかよケチ~!」
「冗談だ。飲み物もおかわりを持って来よう。少し待っていてくれ」
「あはは、ならいただきます!ヒスイ地方って洋菓子がないので、食べれるうちに食べとかないと!」
「ちゃっかりしてんなぁ」



 ショウの返答を聞いて、ヴィルヘルムは空になった皿とグラスをお盆に置いて再び部屋を去った。その間、ショウは近くにあった本に手を出してみることにした。MZDも、彼女が手にした本について追及はしなかった。
 適当に1冊開いてぱらぱらとめくってみる。本には、"イッシュ地方の観光名所"と表題がついていた。

 興味深そうに本を読むショウを見守りながら、MZDは意識を集中させていた。実はアシッドと同様に、MZDも"時空の迷い人"についての情報を得ていたのだ。
 アシッドが動き出していることについても勘付いており、どうにかして彼女を地上に届けなければならないとも思っていた。迷い人がいるのならば、元の時空へ帰してやらねば歴史がおかしくなってしまう。それだけは、絶対に阻止しなければならなかった。



「(時空超えてきちまった奴がもう1人…。ショウの関係者、なのかな?とにかく、ヴィルが戻ってきたらショウを地上に連れて行かないと。どうやってヴィル説得するかな…)」




 写真を見ながら楽しそうに笑みを浮かべるショウと、一緒に冊子を見ているシャンデラを再び見守りながら、MZDはそんなことを思ったのだそうな。