二次創作小説(新・総合)

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.79 )
日時: 2022/04/08 23:14
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ―――時は地上、議事堂の話にまで戻る。
 現在、エントランスでは次のステップに話が進んでいた。ノボリの他にいる、魔界にいるという"もう1人の迷い人"のことについてだ。誰だか分かっていた方が話が進めやすいとノボリに似たような経験をした人物はいないかを訪ねる。彼はしっかりと覚えていた。時空の裂け目から現れたという、あの少女を。



「恐らく…。その"魔界"とやらに迷い込んでおられるのは"ショウさま"だと思われます」
「ショウ?」
「はい。ヒスイ地方の"コトブキムラ"という場所を拠点として活動しておられます、ギンガ団調査隊の一員です。彼女もまた、時空の裂け目から落ちてきた違う時代から来訪なされた人間です」
「……ポケモンの世界って、簡単に時空を超えられるものなのか?」
「そんなわけないでしょう。そんな話アローラ地方でしか聞いたことありませんよ。……いや、前にホウエン地方で誰か唐突に行方不明になったとか噂をカブさんから聞いたような…」
「アニキ!この期に及んで不穏なこと口にしないで!」
「だが、Mr.ノボリの話を聞いて腑に落ちたよ。ヒスイ地方には"時空の歪み"という謎の現象も起きているのだったな?」
「左様でございます。歪みの中には珍しいポケモンも生息しておられますので、わたくしも現在は時折ショウさまの調査にご同行させていただき、ポケモンの育成や捕獲に勤しんでいるのですよ」



 ノボリの話を聞いてアシッドは納得した。現在魔界にいるショウと、地上にいるノボリ。2人共、一度"時空を転移している"経験者だということが共通している。
 ならば、時が歪む現象に終末の世界の力が作用し、世界が混ざった際に時を超えてしまってもおかしくはないと彼は持論を述べた。



「……過去に一度時空を超えたことがある者が、また時空を転移してしまったということか」
「その可能性が一番高い。今回の場合は、終末の世界の現象だけではなく"時空の歪み"とやらも関わっていそうだがな」
「そういえば…たった今思い出しました。本日は今朝から、わたくしショウさまの調査に同行していたのです。その時に…時空の歪みが発生し、共に突入をした筈です」
「成程。時空の歪みに入っている間に、ヒスイ地方がこの世界に混ぜられちまった。そのせいで、この時代に来ちまったという訳ですかね」
「そう考えるのが一番確実だろう。私も時空の歪みについては知らん単語なのでな。次会う時までに何なのかを煮詰めてくるつもりだ。
 それはともかく。どうにかして2人を元の時代に戻してやりたいが―――。私が戻せるのは"記憶にあるもの"だけだ。Mr.ノボリが元々いた世界の記憶が存在していない以上、彼が元々いた世界には戻してやれない。勿論、Ms.ショウに関してもだ。彼女も、推測するにどこから来たのか分からないんだろう?」
「はっきりとしたお答えは聞けておりませんが…恐らくは。わたくしと同じく、故郷に纏わる記憶を失っているように思えます」
「覚えてないなら、帰れない。当たり前」
「くだりサン…」



 ノボリが今話した事実は、ショウは自分以外には話していないことだと付け足した。
 ショウはあまり自分の見の内を相手に話したがらない。ノボリに自分が記憶喪失だということを教えてくれたのは、恐らく同じ境遇だったことからなのだろう。ヒスイ地方とは違う時代から来た存在。たったそれだけの事実でも、どこかひとりぼっちだったショウは安心を覚えたのではないだろうか。
 ショウもノボリも、故郷の記憶が無いのならば故郷には帰れない。しかし、この時代にいれば"クダリの知っているノボリ"が永遠にどこかを彷徨い続ける結果となってしまう。それは、ヒスイ地方に飛ばされたノボリと同じ境遇になってしまうことを示していた。
 ノボリは目を伏せ、少し考える。そして―――真っすぐアシッドを見つめ、彼に頼んだ。



「記憶にある場所ならば、戻していただけると仰いましたね?」
「あぁ。だから、君の故郷には帰れない」
「……わたくしを、"ヒスイ地方"に戻してはいただけませんでしょうか?」
「えっ?」
「今のわたくしは、シンジュ団のキャプテンでございます。わたくしは…まだ、ヒスイ地方でやらなければならないことが残っております。ですから…。ヒスイ地方への帰還を、希望いたします」



 ノボリは"ヒスイ地方に自分を戻してくれ"と強く言った。銀色の瞳が真っすぐアシッドを射貫く。イッシュ地方の記憶は無いが、ヒスイ地方で助けられ今の自分がある。だからこそ、まだやるべきことがあるのに投げ出してはいけないとノボリは思っていた。
 アシッドも同じ考えだったようで、ヒスイ地方になら戻せるとはっきりと言った。その言葉を受け、ノボリは安心したように微笑む。"今の"自分が帰る場所はそこなのだと。微笑みが示していた。

 しかし。その言葉に待ったをかける者がいた。隣にいたクダリは、拳を強く握りしめノボリを見る。その瞳には再び涙が滲んでいた。



「ノボリは、本当にそれでいいの」
「どういうことでしょう?わたくしがヒスイ地方に戻れば、あなたさまが探している"ノボリ"もこの時代に現れる可能性が高くなります。あなたさまにとっても良いことだと思うのですが…」
「違う。全然よくない。ヒスイ地方に帰るのはいい。ノボリが選んだことだから。でも、ぼく…今心がぎゅって痛い。なんでかわかんないけど、すっごく痛い。
 ノボリが、イッシュのこと思い出すのやめたんじゃないかって。思っちゃった。ヒスイで、死ぬんじゃないかって、思っちゃった。
 駄目なのにね。ノボリを止めちゃいけないのに。でも、辛い。辛くて涙が止まらない。ちゃんと送ってあげなきゃって思ってるのに。心がついて行かない」
「…………」



 クダリはノボリの言葉に胸が痛くなっていた。彼がヒスイ地方に帰る選択を取ったことで、イッシュ地方のことを…"本来帰るべき時代"のことを思い出すのを諦めてしまったのではないかと、一瞬頭に浮かべてしまったのだった。
 キャプテンとして、今できることをする。ノボリはまっすぐ見つめてそう言った。つまり、記憶を思い出せない限り彼は"帰る選択肢を取らない"。最悪、ヒスイ地方に骨を埋める覚悟もしているのだろう。
 クダリはそんな考えまで見据えてしまっていた。分かってしまうのだ。時代が違っても、彼らが双子なことは変わらないのだから。

 声を殺しながら涙を流すクダリを、ノボリは何も言わず優しく抱きしめた。それは、クダリの戦績が悪い時や本部に酷いことを言われ悲しい気持ちになった時に、いつもノボリがしてくれていた仕草だった。
 手袋をしなくなりささくれが目立つ、歳をとった硬い手。それでも、クダリは分かった。ノボリはいくつになっても、心根は何も変わらないのだと。



「ノボリ」
「……このまま、聞いていただけますか?」
「なに」
「確証は持てておりませんが…。わたくしの人生のレールの終着点はここではない、と思っております。勿論、ヒスイ地方でもないことも分かっております。その終着点が何処にあるのか。それが分かるまで、わたくしはキャプテンとして、バトルの先導者として、ヒスイに生きるみなさまのことを優先いたします。それが…わたくしに今できることなのですから」
「うん」
「こうして見知らぬ皆様と邂逅できた。そして、わたくしと瓜二つなあなたさまと会えたのにも関わらず、わたくしの記憶は戻りませんでした。そうなのであれば…きっと、"今はその時ではない"のだと思っております。
 わたくしの記憶が戻るのは…きっと、"その時"が訪れた瞬間なのでしょうね。ええ、探し続けますとも。わたくしの、いるべき場所を」



 ノボリもヒスイ地方に飛ばされてきた当初、何も思い出すことが出来なかった頃。最悪、ヒスイ地方に骨を埋める覚悟は既にしていた。しかし、彼と同じ境遇の少女と出会い、ポケモン勝負を通して断片的に記憶のかけらが戻って来たのだ。それは、きっと彼にとって大きな進歩だったのだろう。
 彼は、今でも諦めていなかった。自分の記憶が戻ることを。そして、その為にどうやって進んでいけばいいのかも。道がなければ作ればいいのだと。その道が、自分の戻るべき道へと導いてくれるなら猶更だった。

 ノボリは涙で顔を濡らすクダリの背中を優しく撫でながら言った。



「あなたさまがわたくしを大切に思ってくださっていること。しっかりと、わたくしの魂に届いております。だから…心配なさらないでくださいませ。あなたさまのことは…絶対に、わたくし忘れません。お約束いたします」
「ノボリ……っ、ノボリっ!!うぁ……あ……あぁぁ……あぁ…!!!」



 老けてしまっても、ノボリはノボリなのだ。ノボリの手がクダリの背中を優しく擦ると共に、クダリの心に温かい気持ちが流れ込む。記憶を失ってしまっても、変わらないものが確かにあるのだ。
 クダリは気持ちが抑えきれず、遂に大声を出してわんわんと泣きだしてしまった。そんな彼の背中を、ノボリは優しく擦り続けていた。











 クダリの涙が移ってしまったのか、マリィも両手を顔に当てて静かに泣いている。ネズはその様子を静かに見守りながら、アシッドに確認を促した。



「方針は固まったみたいですが…。もう1人の答えを聞かない限りは何も動けませんよね」
「そうだな。今我々に出来るのは、魔界からの来訪を待つだけだ」
「……当てはあるのか?最悪、魔界で迷っているなんてことも…」
「一番想像シテハイケナイコトデスヨッ!」
「魔界に迷い込んでしまった人間、なんて目立たない訳が無いだろう?誰か心のある魔族が拾ってくれていることを祈るしかないが…。まぁ、それに関しては心配することは無いだろう。魂を吸い取られたという心配もな」
「…………?」
「神様のことは分かりませんが、あなたがそう言うならおれも信じることにしますよ」



 今自分達に出来るこれ以上のことはない。アシッドはそう言い、魔界にいる迷い人が地上に出ることを待つとだけ言った。今どこにいるのかは分からないが、"迷い人は必ずここに現れる" アシッドにはその確証があった。
 ネズはちらりと横目で彼の表情を見やる。そして、信じる以上のことは言わなかった。


 クダリもやっと泣き止んだらしく、つたない言葉ではあるがノボリと話をしていた。まだしばらく時間がかかると自由行動を促すと、ノボリはクダリに向かってこう語りかけてきた。



「もしよろしければ…あなたさまの知る世界…そして、あなたさまのことをわたくしは知りたいと思っております。お話…していただけませんか?」
「いいよ。ノボリの知らないこと、ぼく全部知ってる。教えてあげる。ぼく達の世界のこと。きみが思い出すべき世界は、とっても凄いんだってこと!」




 クダリは涙をぽろりと流しつつも、ノボリの問いに笑顔で答えたのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.80 )
日時: 2022/04/09 22:00
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 時は、魔界にいる3人へと目線を変える。
 ショウがおかわりのケーキを食べ終えた頃―――。皿を片付けようとしたヴィルヘルムにMZDが話しかけた。先程自分なりに纏めた考えを、彼に聞いてもらう為だった。



「ねぇヴィル。地上でなんか動いてるっぽいし、サクヤに顔出しに行くのも兼ねて出ようよここ」
「どういうことだ?はっきりと言え」
「オレもびっくりしたんだけどさ~。ショウ以外にも過去から飛ばされた人間いるっぽいの。で、今アシッドの近くにいるんだよね。もしかしたらそっちで過去に戻す方法を練ってるかもしれないから合流しない?」
「えっ?私の他にも過去から飛ばされてきた人がいるんですか?」
「うん。いるっぽいの。"誰か"まではオレでも分かんないんだけどね。もしかしたら知り合いかもしれないよ?」
「私の他に時空を超える可能性がある人…。あの人くらいしか思いつかないけど。会えるんだったら会いたいです!」
「もしショウ殿の知っている人物だったならば、猶更一緒にいた方がいいだろうな」



 そう言うと、ヴィルヘルムはお盆を机に置いた。良いのかと確認を促すも、ショウを送り届ける方が先決だと彼は言い切った。皿とグラスは帰って来てから片づけるらしい。
 ショウの今後のことは決まったが、問題がもう1つあった。シャンデラは3人から少し離れたところで大人しく待っている。彼女も連れて行った方がいいのか。ヴィルヘルムは悩んだ。ここにしばらく置いておくことも考えたが、魔界にシャンデラのトレーナーがいるとは思えない。

 思索を繰り返した後、ヴィルヘルムは静かにシャンデラの前に立つ。そして、彼女に自分のモンスターボールを出すように言った。何故ポケモンが自分で自分のボールを持っているのかは分からなかったが、言われた通りシャンデラは素直に自分が入っているボールを差し出した。
 そして、ヴィルヘルムはシャンデラにボールの中に戻る様に指示した。"彼女も連れていく"。それが彼の下した決断だった。
 シャンデラは言われた通りモンスターボールのスイッチを腕で押し込み、ボールの中へと戻った。



「これでよし。ショウ殿…これを」
「えっ?」



 ヴィルヘルムはボールをショウに手渡した。自分のポケモンではないのははっきりとしているのに、どうして自分に渡すのだろう。ショウは訳が分からないという顔で尋ねた。



「この子、私のポケモンじゃないですよ?」
「知っている。だが…君は信用できると判断して、このボールを託す。私はたった今そう決めた。君なら、シャンデラのトレーナー…このボールを渡すべき人物が見つけられる筈だと信じてな。
 探すべき人物は、この子が知っている。君に教えてくれる筈だ。だから、どうか預かっていてくれないか」
「うーん…」
「オレからも頼むよ。ヴィルが人様に頼むなんて滅多にないんだから。それくらい、お前さん信用されてるってことなんだよ」
「そういうことなら…分かりました。責任を持って私がシャンデラのトレーナーさんに渡します!」



 ヴィルヘルムは自分ではトレーナーを探すことは不可能だと判断した。だからこそ、ポケモンに触れポケモンに愛される目の前の少女にシャンデラを託したのだ。この子なら、きっと彼女のトレーナーの元へ届けてくれると、そう信じて。
 責任重大だ、と思いながらショウはボールを受け取った。シャンデラもショウを信じていたのか、手の中のボールはほんのりと暖かかった。
 それと同時に、MZDがピンとした表情で閃いた。ショウがケーキを食べている時に言っていた言葉が引っかかっていたようだった。



「そうだ!どうせだからヴィルのお菓子少し貰ってけば?過去じゃ洋菓子なんて食えないんでしょ?」
「そこまでして貰わなくていいですよ?!」
「なんだ。折角準備したのに持って行かないのか」
「用意早っ?!いつの間に…」
「君のケーキを用意している間に少し、な。私の手作りだから、お気に召すかは分からんが…持って行って食べてくれ」
「ヴィルのお菓子、美味しかったでしょ?これもきっとほっぺたとろける程美味いから!持って行きなって」
「そこまで言うなら…。お言葉に甘えていただいちゃいます!」



 いつの間にか、皿があった筈の机には手頃なサイズのバスケットが置かれていた。蓋はしっかりと閉じられており、既に彼の手作りのお菓子が入っているのだろう。彼からバスケットも受け取り、早速中を確認しようとしたが止められた。どうやら、時空を超えても大丈夫なように魔法がかけられているらしく、もし蓋を開けてしまったが最後魔法が解けて食べられなくなってしまうらしい。
 その言葉を聞いて、蓋に伸ばしていた指を思わずひっこめた。あんなに美味しいケーキを御馳走になったのに、自分で腐らせてしまっては言語道断だと判断したのだろう。



「何から何まで…本当にありがとうございます!」
「いいのいいの。オレにとっても、お前さんにはちゃんと記憶を取り戻して、本来の元の世界に帰ってほしいと思ってるだけだから。今はその、ほんのちょっとの手伝い」
「はい。私、記憶を取り戻せるよう頑張ります!」
「時が解決してくれることもあるが…。人間の時というものはあまりにも短い。記憶が戻らないまま、ヒスイの地に骨を埋める…なんてことが無ければいいがな」
「あはは…。あるかもしれないって、今ちょっと思っちゃいました」
「笑い飛ばすなよ~。割と大問題よ?」



 ショウが地上へ出る決意を固めたところで、MZDも椅子から立ち上がる。そして、自分の近くにいるように指示した。ここからなら、神の力を使い議事堂の前まで転移するのが一番手っ取り早かった。
 その後のことは、きっとアシッドも考えていることは同じだろう。とりあえず、彼らのやるべきことは1つ。この魔界からショウを脱出させることだった。



「よーし。そんじゃ、目を閉じて手を繋いで…深呼吸。リレイン城下町の議事堂まで……レッツゴー!」



 MZDの明るい声と共に、3人の姿がその場から消えた。

















 ―――リレイン城下町の議事堂前。地上は、既に日が傾きかけていた。
 クダリが議事堂に駆け込んできてからかなり時間が経っていた。魔界にいるだけでは、時間の感覚が狂ってしまうと、落ち行く夕日を見ながらショウは思った。
 議事堂前の道路に光が立ち込める。その中から現れる3人の陰に、通りすがった住民は驚きを隠せないでいた。


「うわっ。夕日が傾いてる…!」
「魔界にいると時間の感覚おかしくなっちまうもんな~。びっくりするのも分かる」
「そういう意味ではない!何故お前はいつも人通りの多いところに急に転移するのだ!!ああ、驚かせてしまって申し訳ない…。怪しい者ではないのだ」
「急を要してるんだから言い訳無用!ほら、この建物の中にアシッドいるんだからさっさと行くぜ~」



 驚いている住民にひたすら謝っているヴィルヘルムとは対照的に、MZDは平気な顔をして議事堂へ歩いて行った。彼らが怪しい者ではないと分かったのか、驚いていた住民もすぐに彼らを気にしなくなり、各々がやるべきものの為に動き出した。



「あっという間にワープしちゃうなんて。本当に神様みたい…!」
「神様なんですけどね~。まぁいいや。じゃ、さっさとアシッドんとこ行きますか」




 感心しているショウにツッコミを入れつつも、3人は議事堂の中に入って行ったのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.81 )
日時: 2022/04/10 22:03
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 エントランスに入ってくる3人の人影にアシッドはいち早く気付いた。ようやくか、としわを寄せていた表情が緩やかになる。
 大典太は3人のうち2人に見覚えがあった。動いていた"彼ら"の正体に思わず目を見開く。



「遅かったな」
「これでもなる早のつもりなんだけど~?お届け人を送りに参りました」
「……動いていたのはあんた達だったのか」
「久しぶりだな。本来なら地上に出てくることはしばらくないと思っていたのだがな…。運命というものはどう転がるか全く分からん」
「だからこそ見守っていくのが面白いんじゃないか。……その、ほっかむりの少女が"ショウ"で間違いないのだな?」
「はい。ショウです!」



 2人が差していた"アシッド"という男性とショウは挨拶を交わした。それと同時に、後ろにいる見覚えのある人影にも気付いた。ボロボロの黒い制帽とコートに、どこか哀愁を匂わせる猫背姿。暗闇の中自分を導いてくれた、同じ記憶喪失の、未来からの来訪者。
 ショウがその人物の名前を元気よく口にすると、彼はショウに気付き安心したように微笑んだのだった。



「ノボリさん!」
「ショウさま。ご無事で何よりでございます」
「もう1人の迷い人ってノボリさんのことだったんですね!」
「そうでございます。お互いに、再び時空を旅してしまったようですね」
「あはは…。ヒスイ地方の時間がどうなってるのか分かんないけど、シマボシさん怒ってるだろうなー…。テルもラベン博士も絶対に心配してる」
「早く帰還し、彼らに元気なお姿を見せて差し上げてください」
「勿論そのつもりでここまで来たんですから!……助けがなきゃ今頃森から抜けられてなかったんですけどね」



 2人で楽しく現状を言い合っている最中、クダリがショウのことが気になったのか近付いた。ノボリを若くしたようなその姿にショウの目が点になる。こんなにも姿かたちが瓜二つの人間がこの世に存在するのかと。
 ……そういえば。彼は洞窟の中で"自分に似たような男"と零していたことをショウは思い出した。もしかしたら、記憶の中の大事な人物は、彼だったのかもしれない。



「ショウさま?如何なされましたか?」
「あっ!えっと。びっくりしちゃって。あまりにもそっくりだったので」
「そっくりなの当たり前。ぼく達双子」
「えぇ?!双子?!この人、ノボリさんのお兄さんか弟さんってことですか?!」
「そういう…ことなのでしょうが、この方とお話をしても記憶が蘇ることはありませんでした。わたくしと彼は…どうやら、"平行線上"の存在であるのが原因らしいのですが」
「うーん…。難しい言葉がいっぱいで混乱しますね」



 頭を抱えているショウの姿を見て、クダリは"彼女なら大丈夫だ"と確信した。真っすぐと未来を見据えている、希望を胸に抱えた子。この子なら、このノボリも未来へと導いてくれるかもしれない。そんな思いを、彼女から感じていた。
 彼のことをどう説明しようか悩んでいるノボリに変わり、クダリは勇気を出して自分のことを話した。



「あのね。聞いてほしい。ぼくクダリ。ノボリの双子の弟。でも、きみの傍にいる…きみの知っているノボリの弟じゃない。でも、ぼく達サブウェイマスターをしてる。それはおんなじ。ボロボロになっても、そのコートをノボリは捨てなかった。それが、ぼく達を繋いでくれてる。ぼくは、そう信じてる。
 それだけ、伝えたかった」
「サブウェイマスター…。なんだか凄い肩書ですけど…」
「凄いどころか、地方のチャンピオンと同レベルの強さを持ってますよ。そこにいる双子」
「えぇーっ?!じゃああんなにポケモン勝負が強いのって…!」
「身体に染みついてるんやね。勝負の経験が」
「やっぱり凄い人だったんじゃないですかー!そうならそうと早く言ってくださいよノボリさんー!」
「そうは言われましても。わたくし、まだピンと―――っ……!」



 ショウが"新しいバトルの形式とか言って、難しいバトルばかり挑んでくるじゃないですか"と、ノボリをつつく。その瞬間、ノボリの脳内に一瞬、雷が落ちたような衝撃と同時に頭痛が襲った。開けてくる景色はまだ分からないが、何か…何か、きっかけを掴めたのかもしれない。クダリとショウの言葉を受けて、彼は確信していた。
 ノボリが顔をしかめたことにネズは気付き、"大丈夫か"と声をかける。



「具合が悪いんでしたら、少し休んでからでもいいと思いますよ」
「いえ。大丈夫です…。少々、頭痛がしただけですので」
「……本当に大丈夫なのか?」
「お気になさらずとも。問題ございませんよ」
「ノボリ、結構頑固。一度言い出したら止まらない。何言っても無駄」



 問題ない、と答えた頃にはノボリの頭痛は収まっていた。そして、胸の中に流れてくる暖かい気持ち。きっとこれは、かつての自分が大切にしていたものなのだろうとノボリは確信した。
 そして、クダリを真っすぐに見据えこう口にした。



「……クダリ。サブウェイマスター。未だ思い出せませんが、とても大事な言葉だったように今は思えるのです」
「ノボリ」
「そう思えるなら、絶対に記憶を取り戻せますよ!一緒に頑張って、いつか絶対にそれぞれの時代に帰りましょうね!」
「ショウ。その言葉が出るということは…君も、ヒスイ地方に帰ることを望むのか?」
「はい。ヒスイ地方に帰る為にここに来ました。私も、元々いた時代を覚えてないんですし…。ヒスイ地方でやることたっくさん残ってますからね!それに…。私、決めてるんです。ノボリさんと一緒に未来に帰るって。ヒスイ地方じゃないところから落ちてきてるのに、私だけ未来に帰るなんて不公平じゃないですか」
「ショウさま…」
「……そうか。君の覚悟もしかと聞き届けたぞ」



 アシッドは改めてショウに尋ねる。彼女はヒスイ地方に帰ることを望んでいた。ノボリと同じく、"まだやることがあるから"と。そして、その先に自分の戻るべき未来があると、ノボリと共に必ず未来に帰ることを決意していた。
 はっきりとした決意を聞き、アシッドは立ち上がる。そして、誰もいない空いているスペースに向かって手をかざした。その瞬間、強い光と共に"白い門"が現れる。MZDとヴィルヘルムには見覚えがあった。壊されたかつての本部で使用していたものと同じ形状だったからだ。



「お久しぶりのお目見えって感じ?」
「神の代物だとは思っていたが…お前も出せたんだな」
「高位の神であれば誰だって出せる。運営本部で使用していたものもゼウスからの賜り物だろう。それをあの朱雀が管理していただけの話だ」
「これを通れば…ヒスイ地方に帰れるんですか?」
「あぁ。時空を君達の望む場所に設定しておいたから心配することはない。
 おっと、Ms.ショウとMr.ノボリ以外の人間が近づくんじゃないぞ。今回のは"片道切符"。足を踏み入れたが最後、彼女らと共にヒスイ地方から戻れなくなるからな」
「カタミチ…怖いデス!」



 アシッドが強く警告をする。元々、門は神々が使用しているもの。人間が簡単に手を出せる代物ではない。恐らく、コネクトワールドの本部にあったものはアクラルが厳重に管理をしていたからこそ使えた物だった。
 門に入ってしまったが最後、彼らと共に過去から戻れなくなる。その言葉を聞き、ショウとノボリを除く全員がその場から少し後ろに下がった。



「門を潜れば、向こうに光の道が見える。それを真っすぐ辿って行けば、もう1つ門が見える。帰る場所を頭に思い浮かべながら門を潜りたまえ。そうすれば、望む場所に帰れるだろう」
「了解しました!」
「何から何まで…。本当にありがとうございます。この御恩は忘れません」
「いいんだ。神々の気まぐれだとも思っておいてくれ」



 ショウ、ノボリはそれぞれ世話になったと振り向き深く頭を下げた。そして、背後にある門にショウが先導して門を潜った。それについて行くようにノボリも門に足をかける。
 同時だった。背後で自分の名を呼ぶ声がした。思わず振り向いてみると、クダリがノボリに向かって叫んでいた。






『ノボリ!!ぼく、絶対に忘れない!!きみのこと!!


 きみもぼくのこと!!忘れないでね!!


 だから!!!今は……今は、ばいばいっ!!!ノボリ!!!』






 クダリの瞳からは涙が零れていたが、彼は笑顔で彼を送っていた。ノボリに届くようにと、最大限に手を振りながら。
 あぁ。最後までなんて優しい子なんだ。ノボリは彼に最大限の笑顔を見せた。精一杯の笑顔を。別れが、寂しいものにならないように。



「いつか…わたくし共の道が。再び交差することを…わたくしも、願っておりますよ。―――クダリさま」



 彼の笑顔を見て、クダリも涙ながらにスマイルを見せた。自分が得意としている、めいっぱいの笑顔を。
 ノボリはその笑顔を噛みしめながら、待っていたショウの後を追い、門の向こうへと姿を消した。











































「またね。ノボリ」




 2人の姿が見えなくなったと同時に。門は淡い光を放ちその場から消えたのだった。