二次創作小説(新・総合)

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.82 )
日時: 2022/04/11 22:11
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ―――議事堂での一件が終わったと同時刻。リレイン城下町の噴水広場で、主を待っていた一振の刀剣男士がいた。
 名を"大包平"と言う。池田輝政に見出された太刀であり、『刀剣の西の横綱』と言われている。天下五剣にも連なる力強い刀剣なのだが、彼は何故か天下五剣を一方的にライバル視している。
 そんな彼だが、現在は世界征服を目標とする軍人、"ごくそつくん"と契約し、彼に仕えている。彼も気に入らない者に対しては容赦がないが、大包平に関しては"自分の右腕"と言えるまでに信頼しているようであり、例え世界征服を果たしたとしても隣に彼がいてもらわなければならない、と言い切る程だった。

 現在、大包平は主とは別行動をしている。ごくそつくんが新しい武器を開発するにあたり、良い部品が入ったとのことで城下町まで買い物に来ていたのだった。大包平はその付き添い、いわば荷物持ちだった。
 しかし、意外に彼のお眼鏡にかなうパーツが多かったらしく、主から"もう少し時間がかかりそうだから噴水広場で待っていてほしい"と言われ、彼は素直に広場で景色を見ながら主の帰還を待っており、今に至る。

 ごくそつくんがパーツ屋に入ってから小一時間は経っただろうか。広場に掲げてある時計を見ながら、大包平は街の景色を楽しんでいた。



「開発する武器の"パーツ"とやらを買いに行って暫く経つが…。そんなに細かいものなのだろうか?俺もついて行った方が良かったんじゃないだろうか」



 もしかしたら大荷物になる可能性も否めない。単に買うものを吟味しているだけならば良いのだが。
 独り言にはあまりにも大きな声を出しながら、大包平は主を待つ。ぼーっと空を眺めていると、ふと彼の目線に"違和感"を感じた。
 空中に何かを感じる。彼はその地点に目を凝らした。



「……なんだ?」



 空を切り裂くように、違和感は広がる。そして、目線の先に"白い門"が唐突に現れた。大包平はその門に見覚えがあった。大典太達が拠点にかつてしていた場所に置いてあったものと、全く同じものだったからだ。
 何が起きているのだろう。そのまま門を凝視していると、唐突に門が光り出す。思わず目を塞ぐと、そこから人のような影が見えた。



「なっ……?!」



 人間が空中に投げ出された。大包平は咄嗟に判断した。あの位置からだと、コンクリートの地面に確実に落下してしまう。放置すれば大怪我は免れなかった。誰であろうが、手の届く存在は助けねばならない。刀剣男士としての誇りを、彼は何よりも大切にしていた。
 考えるより先に身体が動く。門から落ちてきた人間を受け止める為に。噴水広場からは幸い走っていける距離だった為、大包平は全速力で走った。最悪、地面すれすれでキャッチできれば落ちてきた人間への被害をぐっと減らせる。
 走って間に合わないのが一番駄目だと判断し、落下地点の真下へと移動が完了した。そのまま落ちてくる人間を受け止める。正体は、小綺麗な黒いコートと制帽を身に纏った、背の高い若い男性だった。

 なんとか受け止め切れたと安心したと同時に、大包平の背中に悪寒が走った。



「……なんだこれは…!どうなっているんだ…?!」



 受け止めた男性の身体がまるで氷のように冷たかったのだ。生きているとは決して思えない冷たさ。しかし、弱いながらも鼓動はしっかりと刻んでいる。彼は"生きている"のだ。
 更に、大包平は男性の"もう1つの違和感"を発見した。頬、そして首に黒い蔦のような文様が広がっていたのだ。その文様から感じる邪気に、彼は覚えがあった。かつて対峙した道化師や邪神と全く同じだったからだ。



「何故こんなにも身体が冷たいのに生きている?いや、問題はそこではない。……何故この人間が、邪神の邪気を身に纏っている?あいつの配下か何かなのか?」



 疑問が次から次へと湧き出てくるが、大包平はこの男性をどうにかしなければならないという思考に陥っていた。このまま放置しておけば、邪気に蝕まれ彼の命は尽きるだろう。身体の冷たさと、鼓動の弱さから彼はそう判断した。
 ならばどうすればいいのか。そこまで考えた時点で、背後から主の声が聞こえて来た。



「大包平く~ん。ごめんね、良いパーツが多すぎてついつい買いすぎちゃったよ。待った?きょひょひょ!」
「…………」
「あれ?大包平くん?」



 いつもならば暑苦しい程の出迎えがあるはずだが、珍しく無言だ。明日は槍でも振るだろうかとごくそつくんは思ったが、彼が抱えている男性の気配を察し、彼が何を考えているのかを彼はすぐに理解した。
 いけ好かないが、今は街の中央に自分の知っている神々の気配がする。この男性の邪気を解いてもらうならば、彼らに話をつけに行った方が手っ取り早いとごくそつくんは判断した。



「……主」
「分かってる。その男の人、やばいんだよね?んま~偶然あいつらが街の中央に陣取ってるでっかい建物にいるみたいだしさ~。本当は行きたくないけど。いこっか、大包平くん」
「―――あぁ。あいわかった。感謝するぞ主!!」
「ま、ぼくもきみのこと待たせたしおあいこってことで~。きょひょ!」




 ひょうきんにごくそつくんは笑い、すぐに議事堂の方向へと足を向けて歩いて行った。
 大包平は男性を抱え直し、彼の後ろを早足で追って行ったのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.83 )
日時: 2022/04/12 22:02
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 その頃。議事堂のエントランスでは、再びソファに座り込んで泣き出したクダリをネズが宥めていた。世界線が違うとはいえ、双子の兄を過去に送り返したのだ。"離れ離れになってしまった"そんな気持ちが、彼の中に残ってしまったのだろう。
 彼が涙を頑張ってこらえるごとに、後ろで見守っていたマリィとカブが喉を鳴らす。どうやら彼の涙が移ってしまったようだった。



「ちゃんとあんたの気持ちはノボリに伝わっていますよ。だからもう泣くのはおよしなさい」
「うん。分かってる。泣いちゃいけないって分かってるけど、涙が止まらない」
「そんだけあんたが頑張ったっていう証拠です。でもね、笑顔で見送るって決めたんでしょう?ならやり遂げなさいよ」
「うん。…ひっく」



 貸したハンカチは既に彼の涙でびしょびしょになっていた。もう吸う箇所など残っていない。大典太が自分の持っているハンカチをクダリに貸し出そうとポケットに手を突っ込んだその時だった。
 誰かが走ってくる音が聞こえると、ネズが耳打ちをした。



「光世。誰か向こうから来ます」
「……誰か分かるか?」
「いや。おれの知らない足音なんで、知らない人かと思います」



 大典太は玄関の方を見る。ネズの言う通り、向こうから人影が2人来る気配がした。その正体がはっきりしてくると同時に、大典太とMZD、ヴィルヘルムの表情が変わる。
 音の神と幽玄紳士は物珍しいものを見たという表情で彼らを見ていた。どうやら彼らにとって、"その行動自体"が奇異なものに見えたらしい。
 ごくそつくんと大包平が急ぎ足で議事堂までやって来たのだ。大包平の片腕には、黒いコートを纏った男性が担がれていた。その男性に大典太も違和感を感じた。―――オービュロンがネズを背負って帰って来た時と同じ邪気が、彼からも感じられたのだ。



「おい!大典太光世!!貴様しかいないのか!!」
「……あいにく他の連中は出払っているぞ。……その男が…ん?」
「御託はいい!!早くこの男を何とかしろ!!!」



 そう言い、担いでいる男性を大包平は空いている手で指差す。その顔に大典太は表情を崩した。先程門から帰って行ったノボリとほぼ同じ恰好をしていたからだった。
 具体的には、ヒスイ地方に帰って行った彼とは違い、身に纏っている黒い制帽やコートは破けておらず綺麗なまま。顔つきも彼より随分と若いように感じた。"クダリを鏡写しにした姿"そう言っても過言ではない。そこで大典太は気付く。彼が、彼こそが。"クダリの探しているノボリ"本人なのではないかと。



「……大きな声を出すな。その男がどうした」
「説明している暇はない!!こいつが死んでもいいのか!!!」



 大包平が抱えている男性の顔がちらりと見える。クダリと瓜二つの男性。そこで、オービュロンはとあることに気付いた。かつてのネズと同じものを見つけ、思わず声に出す。



「アノッ…!コノお方、ねずサンと一緒デス!ねずサンをワタシが連れてキタ時と同じ!頬に文様がアリマス!」
「おれと、同じ…?」
「あっ…。ほん、とうだ…!」
「マリィ?どうしたんです?」
「アニキ…。あれ…!」



 男性の頬に広がっている"それ"を再び見てしまい、マリィはがたがたと震え始めた。その蔦のせいで、兄は一度死にかけたのだ。平常心でいられないのは当然だろう。
 マリィが指さした先をネズも見やる。メイクとは到底思えない、黒い文様が男性の身体に広がっているのが分かった。傍から見ても異常だと分かるそれに、自分は死の淵まで追い詰められていたのか。思わずネズは目を伏せたが、マリィを落ち着かせるのが先決だと判断し彼女の頭を撫でたのだった。
 それと同時に、泣いていたクダリも男性の姿を見た。そして、彼の名前をぽつりと呟いたのだった。



「ノボリ…!」
「身体が異常に冷たい。心臓が動いていること自体がおかしい!原因は分からないのか、大典太光世!!」
「……分かってるよ。現に似たような現象を直近で経験している。それに…こっちの方が時間の猶予が無いかもしれん。すぐに医務室に連れていく。ついてきてくれ」
「ノボリ、ノボリっ!」
「落ち着いてクダサイくだりサン!今はワタシ達の出る幕デハアリマセン!」
「でも、ノボリが!」
「……医務室の鍵はおれが取ってきます。オービュロン、申し訳ないですがマリィとクダリを見ててもらえますか?」
「合点承知デス!お任せクダサイ!」



 ノボリが死にそうだと判断したのか、クダリもパニックに陥り彼に触れようと大典太を押しのけようとしていた。しかし、寸のところでオービュロンに止められソファに再び腰かけられる。オービュロンはマリィを隣に座らせ、医務室の鍵を借りに行ったネズを見送った。
 その間、大典太は見てくれだけだがノボリの状態を確認する。しかし―――感じる邪気の強さに、ネズの時と相当差があることに彼は気付いた。



「……急がないと不味いかもしれん。ネズの時より…症状が重い」
「なんだと?!」
「ミンナで医務室に向かっては色々と時間のろすデス!ココハ手分けをシテ役割分担をスベキダト思いマス!」
「そうだな。……オービュロン。神達と連携して医務室付近の人払いと、議事堂に来た奴らの対応をお願いできるか。それと…鬼丸達も呼んできてくれ。多分あの場所にいる筈だ…。医務室には必要最小限の人数で行く」
「ワカリマシタ。神?」
「……あの少年と魔族だよ」
「エッ?!……ヒィッ?!」
「オレ達バケモンだと思われてる?」
「実際化け物と変わりないんだが」
「そういう問題じゃ無くない?」



 ネズが戻ってくるまでは医務室に入れない。急いでくれと心の中で祈りながら、比較的冷静なオービュロンに色々と後のことを頼んだ。他の刀剣男士達への連絡も、神域に入ることの出来る彼だからこそ頼むことが出来た。
 粗方指示が終わったと同時に、ネズが戻ってくる。チャリ、という音と共に大典太に鍵を見せた。



「鍵、借りましたんで。行きましょう」
「……感謝する、ネズ。クダリ、あんたも来い。呪いを解除するには…身内の祈りも対抗策になるからな」
「うん」
「マリィ。おまえはオービュロンと一緒にいてください。嫌だったら、部屋に戻って寝てても大丈夫なんで」
「そんな甘えたことしてられない。あたしも…あたしに出来ることをするよ」
「まりぃサン。……トッテモ、強い子デスネ!」




 各々がやることを決め、動き出す。ごくそつくんも今はオービュロンについているといい彼について行った。その場に残ったのは大典太と、ノボリを担いだ大包平。医務室の鍵を持ったネズ、そしてクダリだった。
 急がなければノボリの命が潰えてしまう。それだけは何としても避けなければならない。大典太は改めてそう心に刻み、医務室の道を急いだのだった。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.84 )
日時: 2022/04/13 22:07
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 医務室の鍵を開けて中に入った一同は、まずノボリを一番近くのベッドに横たわらせた。顔も青白く、まるで死んでいるように眠っている彼を見てクダリはショックを受けた。肌が白いのはお互い様だが、このように病的にまで白いのは初めて見た。
 2人と一振に少し下がって大典太の行動を見守る。彼らの動きを確認した後、大典太は横たわっているノボリに触れた。
 大包平が言うように、氷のように身体が冷たい。そして、やはりネズの時よりも症状が酷いことを彼は確信した。



「……完全に呪詛を取り除くつもりではいるが、助かるかどうかは正直五分五分だ。それを…覚悟しておいてほしい」
「おねがい。少しでも助かる可能性があるなら。ノボリを、助けて」



 クダリは目の前の"助かる可能性"に賭けた。それしか希望が残っていなかったからだ。涙声でそう訴える白い車掌の気持ちは痛い程に分かる。大典太もまた、"兄"のような存在なのだから。
 出来ることはやろうと大典太は決心し、早速ノボリに蠢く呪詛を取り除く為に彼の心臓に手を置いた。精神を集中させ、ノボリの中に自分の霊力を注ぎ込む。すると、彼の身体が淡く光った。

 大典太がノボリの呪詛を取り除くのに集中している間、彼の背後でネズは小さな声で大包平に声をかけていた。現状の原因をはっきりさせる為の行動だった。



「おれの時よりも酷いって…。もしかしなくとも、彼がこっちの世界に来られなかったのが原因ですよね」
「あぁ。こいつは"門"から落ちてきた。何が原因かは知らんが、今まで門の向こうの世界にいたんだろう」
「門の向こう…。元々のイッシュ地方にいた訳じゃないんですよね?」
「イッシュがどうなったかは分からない。ぼくが戻った時にはノボリはいなかった。だから、ノボリがイッシュにいたのは違うと思う」
「門とイッシュ地方が直接繋がってるわけじゃないってことですか。なら…ガラルと同じく…"混ぜられちまった"ってことなんですかね」



 後ろでの話し合いが聞こえていたのか、ふと大典太が大包平に"門の色"について尋ねた。自分もアンラに時の狭間の落とされた経験があるのか、色を確認しておきたかった。このノボリをこの世界に呼び寄せたのは誰なのか。方向性だけでもはっきりさせておきたかったのだ。
 聞かれ、大包平は素直に"白だった"と答えた。白い門。アシッドのような、天界に住まう神々が創り出す門の色だ。それとは対象に、邪神や悪神が創り出す門の色は"黒"だという。



「……そうか。白だったのか。……誰かがこいつの存在に気付いてこの世界に落とした可能性が高いな」
「あのノボリが過去に帰ったから、ではないんですか?」
「……あぁ。白だったということは、長時間"時の狭間"という場所に閉じ込められていたんだな。厄介だな…」
「時の狭間?」
「……どの世界からも切り離された"世界と世界の狭間"だ。そこに普通の人間が投げ込まれれば、普通は永遠と狭間を彷徨いどこの世界にも降り立つことは出来ない。……誰か、高位の神が干渉すれば話は別だがな。
 ……この世界と他の世界を繋いでいる役目も担っていると主から聞いた。それ故、世界同士を渡る際には、ショウ達が帰った時に使った様に『門』を潜り抜けていく必要がある」



 言いながら、大典太は目を伏せた。ノボリがこちらの世界に来られなかったのは、ヒスイ地方に帰ったノボリがこの世界にいたからなのも確かに一因している。同一人物同士が鉢合わせをしてしまい、タイムパラドックスによる互いの消滅を避ける為に"同一の存在は同じ世界に立てない"のだ。
 しかし、彼には別の原因もあった。今まで彷徨っていたのが時の狭間なのなら、門から投げ出されるまでずっと放置されていたということに他ならない。体力も精神力も削りに削られるのも目に見えて分かっていた。

 大包平はそんな大典太の説明を遮るように声を荒げる。今は目の前の人命が助かるのかどうか。彼にとってはそれが一番最優先だったからだ。



「くどくど説明は良い!!助かるのか、助からないのか!どっちだ!!」
「……最初に五分五分だと言ったはずだ。それに、これだけ酷いと……正直、かなりきつい」
「…………」



 大典太は話をしている間も意識を集中させノボリの呪詛を取り除き続けていたが、時間が経っていたことが原因で彼の身体の深いところにまで入り込んでしまっている状態でおり、解呪にかなり苦戦しているようだった。
 その様子を見て、ふとクダリは大包平に尋ねる。



「ねえ。ノボリを苦しめてるのって、呪い?」
「呪いの類だろうな。俺には分からんが」
「そう。なら」



 何かを閃いたのか、クダリは大典太の反対方向まで大股で歩く。そして、ノボリのボールホルダーに手を出した。"ごめんね、ノボリ"と一言詫びを入れ、彼は迷いなく1つのモンスターボールを取り出し、地面に投げた。
 ポン、と勢いよく出てきたのはシャンデラだった。ノボリの状況を理解しているようで、今にも泣きそうな表情だった。



「ごめんね、シャンデラ。きみに頼みたいことがある」
「しゃん」
「……その、ポケモンは?」
「シャンデラ。いざないポケモン。ノボリのパートナー。とってもいい子。ノボリを苦しめてるのが霊的なものなら。シャンデラ、手伝ってくれるかも。シャンデラはゴーストタイプだから」
「……成程。呪いの類には呪いで対抗しろと。考えたな、あんた」
「えへへ」



 サブウェイマスターはパートナーは各々違うものの、お互いのポケモンを共有して使っている。だからこそクダリはシャンデラのことをすぐに思い出すことが出来た。
 クダリはシャンデラに、大典太を指さしながら"この人のお願い、聞いてあげて"と指示した。シャンデラは彼の言葉に素直に応じ、大典太の傍にふよふよと移動する。



「……シャンデラ、だったか。あんたの主の魂を守ってくれるか?呪いが絡みついて苦難している…。あんたが力を貸してくれれば、こいつは助かる可能性がぐっと上がると俺は踏んでいる。……頼めるか」
「でらっしゃん!」



 大典太の言葉にシャンデラは元気よく返事をし、ノボリの魂に念じる。すると、彼の心臓付近を紫の炎が覆った。それと同時に、大典太は邪気が少し薄まったのを感じた。彼女が主の魂を守護したことにより、彼を蝕んでいた邪気がひるんだのだろう。何故ゴーストポケモンであるシャンデラが容易にそんなことを出来たのかと一瞬不思議にも思ったが、今はそんなことを考えている暇は無かった。
 ひるんでいた邪気はすぐにノボリの魂まで辿り着こうと蹂躙を開始する。その前に、何としても彼の身体から全て取り除かなければならない。大典太は手に込める霊力を増やした。短期決戦が一番いい。彼はそう判断した。



「(……これなら、いける)」



 大典太が霊力を強めたと同時に、ノボリの身体から一気に蔦が地面に落ちる。ネズの時と同様に、床に落ちた黒い蔦はぱきり、という音を響かせガラスのように砕けて消えていった。それと同時に、ノボリの顔色も少しずつ良くなっている。彼が助かっている。様子を見て、クダリはそう思った。

 ―――20分程経った頃、大典太はシャンデラに魂を覆うのを止めるように指示した。シャンデラはクダリの元へ戻りモンスターボールに戻すよう彼に言った。
 大典太は少し疲れた顔をしながら彼らを振り向く。その顔は満足そうにしていた。どうやらノボリの処置は上手く行ったらしい。



「……呪詛は完全に取れた。もう…身体が呪いに蝕まれることは無いだろう」
「本当?!」
「……手を、握ってみるといい」



 大典太に唆され、クダリはそっと眠っているノボリの手を握った。手袋越しにも分かる体温。それが、戻って来ているのが伝わった。ノボリは助かったのだ。その事実が、彼の心を安堵させた。



「あったかい。ノボリの手、あったかいよ」




 兄が生きている。その実感を胸に刻む。同時に、張り詰めていた空気が全て抜けたのかクダリは床にへたりこんだ。その背中をネズが支える。クダリの表情は安堵に満ちていた。
 さぁ。後は彼が目覚める時を待つだけだ。

Ep.02-2【黒と白と翡翠の車掌】 ( No.85 )
日時: 2022/04/14 22:02
名前: 灯焔 ◆rgdGrJbf0g (ID: jX8tioDf)

 ノボリの呪詛が完全に取れてから数十分後。別々に行動していた面子も全員医務室へと入ってきた。
 顔色の戻ったノボリを見て、各々反応を示す。そして、彼の起床をしばらく待つことになった。



「クダリさん。良かったね」
「うん。本当に。ノボリが生きてる。それだけで、嬉しい」
「後は彼が目覚めるのを待つだけだが…」
「ソレハ待ってみるシカアリマセン。ねずサンの時もソウデシタカラ」



 雑談をしながら時間を潰すが、ノボリは一向に目覚めることはない。小一時間ほど様子を見たが、彼の様子が変わることはなかった。
 ネズの時は、呪詛を取り除いてからしばらくした後に自力で目を覚ましたのだ。しかし、彼とは状況が違う。大典太は口に出すか悩んでいたが、覚悟を決めて一同に話を始めた。



「……呪詛は確実に全部取り除いた。体温も徐々にだが元通りになっているよ。だが…ネズよりも長い間邪気に蝕まれていたんだ。体力も精神力もかなり削られている。すぐに目覚められるとは思わない方がいい…」
「具体的にはどのくらいなの?」
「最低でも一晩は見たい。最悪―――二度と目覚めず、このまま眠り続ける可能性も考えなければならない」
「エッ」
「それだけ彼を蝕んでいた呪詛の力が強い、ということだろう。Mr.ネズは本当に幸い中の幸いだったのだよ」
「そう、だったんだ…。クダリさん…」
「ノボリ…」



 大典太から説明を受けた一同の表情が落ち込む。だから言いたくなかったのだと大典太は眉を潜めるも、これは伝えなければならない事実。ネズとは明らかに状況が違うということだけは、必ず説明しなくてはならなかった。
 医務室を沈黙が覆う。このまま二度とノボリが起きなかった場合、彼をどうするのかも考えなければならない。しばらく張り詰めた空気が漂う中―――。ラルゴが口を開いた。



「いつまでもここにいても仕方がないわ。ノボリちゃんが目覚めるのを信じて、アタシ達は今出来ることをやりましょう。一旦解散ということにしない?大勢で医務室にいても、ただ時間が過ぎ去っていくだけだわ」
「そう、ですね…」
「ノボリちゃんは意思の強い人なんでしょ?歳を取ってもそれが変わらなかった、環境が変わっても魂までは変わらなかった。それはアタシ達もよく学んだ筈よ。だから、今は彼を信じて待ちましょう。クダリちゃん。アナタはノボリちゃんの傍にいてあげて?」
「うん」



 ラルゴの言葉を皮切りに、1人、また1人と医務室から姿を消していく。確かにいつまでも医務室を大勢が占拠するわけにも行かなかった。今は彼が目覚めるのを信じて、自分達にやれることをやっていくしかないのだ。
 クダリ、ネズ、マリィと眠るノボリを残し医務室はしんとした空気を取り戻す。マリィの様子がおかしいことにネズはすぐに気付き、マリィに優しく語りかける。



「マリィ。どうかしたのですか」
「ごめんアニキ。シュートスタジアムでアニキが倒れてたこと…思い出しちゃって。ノボリさんが一番苦しいのは分かってるのに…。怖くて」
「そうですか…。おれはここにいますよ。ノボリもきっと起きます。部屋まで送りますよ」
「うん。そうしてほしいと」
「ということで…クダリ。すみませんがおれも失礼します」
「ネズさんの判断は正しい。一緒にいるの、すっごく大事」
「また様子見に来るんで。それじゃあ」



 震えが止まらないというマリィを落ち着かせる為に、ネズも彼女と一緒に医務室を出た。眠り続けるノボリと共に医務室に残ったクダリは、静かに傍にある椅子に座る。そして、ノボリの手を再び握った。
 自分の体温が伝わって、ノボリが起きたりしないかな。そんな淡い希望を胸に抱いて、彼の起床をひたすら待ち続けるのだった。




























 ―――リレイン王国には夜が訪れていた。具体的に時間を言えば、夜中の1時頃だろうか。
 クダリはあの後医務室にずっと1人でいた。ノボリが目覚めるのを待っていたが、その間彼が目を覚ますことはなかった。
 しばらく時間が経って気持ちが落ち着いたのか、マリィがクダリの分の夕食も持ってきて、一緒に食べた。どうやら2人共双子のことを本当に心配してくれているようで、ネズがわざわざ手軽に食べられるもの、とサンドイッチを作ってマリィに持たせたのだ。
 ノボリ以外の手料理を食べたのはいつぶりだろうか、とふとクダリは思想にふける。ここ最近はライモンシティの行事が立て続けに起こり、ギアステーションも本当に忙しかった。やっと訪れた休みで、久しぶりにノボリの手料理を一緒に食べたのだ。やはり手作りはあったかいな、とクダリは改めて思っていた。

 しかし、恐怖心は収まらなかった。本来ならば泣き疲れている彼も眠りにつかなければならないのだが、一睡も出来なかった。自分が眠っている間に、ノボリが死んでしまったらと思ったら眠るに眠れなかったのだ。
 ノボリの手を握り、目が覚めるのを待つ。そんな彼の元に、扉を3回ノックする音が聞こえてきた。"入りますよ"という低い声と共に、白と黒の派手な髪の毛の青年が入ってくる。ネズだった。
 彼はクダリに向かって小さく会釈をした後、椅子を持ってきてクダリの隣に置く。そして、静かに座ったのだった。



「様子を見に来ました。まだ起きそうにないみたいですね」
「ノボリ、寝たまんま。起きない」
「最低でも一晩、でしたよね。もう少し様子を見てもいいとは思いますが…。あんたが早く起きてほしいと思う気持ちは痛い程に分かります」
「マリィちゃんはどうしたの。大丈夫なの」
「妹ならば大丈夫ですよ。今は部屋で寝ています。あの子は自立していますし、しっかり者です。ちゃんと立ち直りましたよ」
「そっか。なら、良かった」



 ぽつり、ぽつりと会話の羅列が続く。このまま一人で夜明けを待つのは怖かった。だから、正直にネズが来てくれて嬉しいと気持ちを伝えた。その言葉に彼は"おれも眠れなかったんで"と言葉を濁しているが、彼らを心配して様子を見に来たのは事実。その行動が本当に嬉しかったのだ。
 ―――ふと、クダリはネズに吐き出すようにこう呟く。あの時、ノボリは自分を庇ったことを。だからこそ、彼は死の淵までに追いやられたのだと。クダリは責任を感じていた。



「電車にいたあの時。ノボリ、ぼくのこと庇った。だから死にそうになった。ぼくのせい」
「それは違いますよ。おれも兄だからね。ノボリの気持ちは不思議と分かっちまうんですよ。兄弟のことをとても大事にしています。そうでなきゃ庇うなんて行動取れないでしょうに。
 下の兄弟が危ない目に遭いそうな時―――自然と身体が動いちまうんです。危険な目には遭わせたくねぇって」
「…………」
「おれだって、もしマリィがあんたと同じような状況に陥ったら…真っ先にマリィを庇いに行きますよ。兄弟が苦しい思いをしているのを見るのが、一番嫌なんです。
 まぁ…信用が置ける奴だったら、おれはマリィ以外でも庇ったのかもしれませんが」
「そんなこと望んでないのに。それで死んじゃったら意味ない」



 身勝手だ、とクダリは思った。狙われるのは運命だ、自己責任だ。それに勝手に介入するなと。エゴだと。そう思いたかったが、庇われたからこそ自分が元気でいられるのも事実だった。だから、クダリは複雑だった。
 もしノボリが庇わなかったとしたら、確実にクダリがノボリのような目に遭っていた。ノボリも恐らく自分と同じように、助けを求めていたのだろう。だが、残される側が同じように辛い気持ちになるのも、クダリは痛い程に感じていた。



「残される人達の事、考えてない。身勝手。酷い」
「酷いよね。でも…兄ってそういうもんなんです。血を分けた兄弟―――特にあんた達は双子だ。なら猶更…生きていてほしいと願うとおれは思うんですよ。だから行動に出来る。ノボリも…きっと、そう答えると思います」



 ネズの言葉を聞き、クダリはノボリの手を再びぎゅ、と強く握り直す。彼が自分に気付いてくれますようにという、願いと祈りがこもっていた。
 このままノボリの話をしても気が沈むだけだと、クダリはサンドイッチの礼を改めてした。そして、マリィについての感想も口にした。



「サンドイッチ、ありがとう。美味しかった」
「そうですか。喜んでいただけて何よりですよ。あれ、マリィの好物を具材に入れたんですよ。あんたの口に合うかどうかまでは考えてませんでしたね」
「それ当然。だって、ぼく達お互いのことをよく知らない。でも昔、助けたあの子なのは知ってる」
「……覚えててくれたんですね」
「すっごくバトルが強い子。忘れるわけない。見た目はとっても変わっててびっくりしたけど。根っこがなにも変わってなかった。だからぼく、安心した。マリィちゃんも、いい子だね」
「でしょう?自慢の妹です。だからこそ…守りたいんですよ。ノボリがクダリを守りたいというのと同じようにね」



 ネズがそう言い終えたと同時に、握っていたノボリの指がぴくりと動いたのをクダリは感じた。思わずクダリがノボリを顔を見ると、彼の瞳が動き始めているのが分かった。
 目覚めそうだと2人は判断した。クダリの祈りが届いたのだろうか。いや、そんなことは今はどうでもいい。今はただ、彼が目覚めるのをこの目で確認したかった。
 ―――しばらく様子を見ていると……閉じられていたノボリの眼が、ゆっくりと開けられるのが分かった。そして、その瞳はクダリを真っすぐ射貫く。



「……こ、こは…?」



 確認するよりも前に背中に暖かい感触があった。クダリがノボリに抱き着いたからだった。ひっく、ひっくと泣いている声が耳に入ってくる。自分がどういう目に遭っていたのかは分からなかったが、クダリを悲しませたことだけは理解した。ノボリは、力の入らない腕をクダリの背中に回した。そして、あやすようによしよしと撫でた。



「くだ……り?クダリ、なの、ですか……?」
「ノボリ。ノボリ。ぼくだよ、クダリ。ノボリ…!」
「くだ、り…。よか、った……無事、で……。ほんと、うに……」



 この期に及んで自分よりも弟の無事を言うか。ノボリの方がもっと酷い目に遭っていたのにとクダリは思った。彼は素直にその思いを言葉にしてぶつけた。泣いているのか怒っているのか。自分でも判断は出来なかったが、どうしても彼に伝えたかった。
 自分自身に興味がとんでもなく薄いのは、ノボリの悪いところだ。クダリはそう思っていた。



「ノボリ、死にかけてた。なんで自分の心配しないの」
「クダリが、無事…ならば……わたくし、それだけで、安心でき、るのです……」
「もっと自分に興味持って。今それ言える立場じゃない。ノボリ」



 もっと自分の心配をしろとクダリは怒った。その様子を見て、もう大丈夫だと判断したネズは立ち上がる。そして、再び医務室の扉の方に歩いて行った。
 部屋を立ち去る前に、背中越しにクダリに彼は伝えた。



「医務室のベッドは自由に使っていいそうです。だから、寝なさいよ。クダリ」
「ぼく、大丈夫。夜勤慣れてる」
「そういう問題じゃないですし、何が大丈夫なもんですか。今まで泣きっぱなし、泣き疲れて目が酷いことになっていますよ。ノボリも病み上がりですし…諸々は早朝に連絡します。今は夜中ですし、他の連中を起こすのも忍びないんで。おれ戻ります。
 2人共さっさと寝やがれ。寝不足で諸々の事情を説明できなかったら話になりませんよ」
「そこまで言うなら。そうする」
「心の整理も色々したいでしょうし、まずは寝て気持ちをリセットしやがれ。それじゃ、おやすみなさい」



 それだけ伝えると、そのままネズは医務室を後にしてしまった。扉が静かに閉まる音だけが双子の耳に入ってくる。それと同時に、クダリはノボリから離れて椅子に再び座った。
 気だるい身体を起こし、ノボリはクダリを見やる。今までずっと泣きはらしていたのか、確かに目は充血しており腫れていた。自分をそれだけ心配していたということが、痛い程に伝わった。



「お母さんに怒られたみたい。叱られたのも、久しぶり」
「……そうで、ございますね…。ですが、こんなに、目が腫れて……。辛かった、でしょうに」
「ノボリの方が大変だった。それに比べれば、ぼくは全然軽い。超軽い」
「……気張らなくても、いいのですよ?それに…わたくし、眠い…。今は眠りたい、気分なのです……」
「じゃあぼくも頑張って寝る」



 ノボリが"眠りたい"と言ったのを確認した後に、クダリは隣の空いているベッドに移動をした。しわにならないようにコートをフックにかけ、帽子を机に置いて布団を被る。スラックスとシャツは仕方がない。兄が無事であったことの安心感が疲れを引き寄せたのか、クダリは急に眠くなった。



「なんだか、ぼくも眠いや」
「……おやすみ、なさい……クダリ」
「おやすみ、ノボリ。良い夢見られるといいね」
「はい。ほんとう、に……」




 その言葉を最後に、双子の安らかな寝息が聞こえてきた。お互いに疲れ果てたのか、同時に意識を失うように眠りについたのだった。