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二次創作小説(新・総合)
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.25 )
- 日時: 2023/06/10 16:32
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: .4xJpncQ)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
部屋が揺れた。
大きな振動である。一人の青年は地震かと思い、目を覚ます。
目が開けられたことで、自分が居る空間の情報が入ってくる。横になっていた身体を起こすことで、よりその情報は多くなる。
彼は自分の部屋に居た。自身が所属、立ち上げた組織。その基地にて作られた、あまり広くない部屋だ。
その部屋に窓は無い。基地そのものが地下に作られているせいだ。
東京都八王子市。都内北西部に位置する、自然が多く残るこの街のとある林。その中に棄てられた工場、その跡がある。その地下に、組織の人間百人から二百人ほどの人間を集められる空間を、彼は作り上げた。
ジェノサイド。
"裏の世界"において、その名を知らない者は存在しなかった。
深部集団。その裏の世界を、人はそう呼ぶ。
その裏世界、深部集団において頂点に位置し、存在するだけで情勢そのものを、世界全体を左右させるほどの影響力の強い人間へと彼は成ってしまっていた。
事の始まりは四年前に遡る。
二〇一〇年。この年は決して忘れられない一年となった。ポケモンがこの世において実体化したのである。
非力な人間とは比べ物にならないポテンシャルを秘めたその存在を、人間は有難がり、日常の扶けとする一方で、手頃な武力として悪用する者も現れる。
そのような無頼なる人間の及ぼす治安の悪化を防ぐ為に、自警団のような存在として彼らが生まれたのだ。
その果てにおいて、本来の意義も目的もとっくの昔に失ったはずの彼は、いつしか莫大な強さと富を手に入れ、Sランクなどと不可解な称号をも手に入れ、この世界における最も命を狙われる存在として化した彼は。常に命と金を狙われる、暴力の世界に全てを委ねた彼は。
「おめーらうるせええぇぇぇ!!! こっちは寝てたんだよ! 静かにしろや!」
仲間たちが集まり、何やら騒いでいる広間へと駆け上がると、そう叫んだ。
「お前らなぁ! この広間で皆して集まるのは良い。別に構わねぇことだ。だがこの部屋の真下に俺の部屋があるって事を忘れんな!」
「いや、そう言われましてもリーダー……」
彼の怒りに反応したのは広間の真ん中で格闘技か相撲でも取っていそうな構えをしている、彼の部下の一人ケンゾウだった。
坊主頭で筋肉質という、"強い男"を思わせる彼はその見た目に反してか細い、弱々しい声で答える。
「これだけ広い部屋だと……暴れたくなるじゃないですか!」
意味が分からなかった。
瞬間にしてジェノサイドの脳は動きを停止した。
寝ぼけていたせいで細くなった目が、余計に細まる。
あまりにも、予想の斜め上を突き抜けた返事でついポカンとした。
「……はい?」
「ですから……」
確かにケンゾウの言う通り、この部屋は広かった。今見るだけでも構成員の二、三十人ほどが此処に居る。大きなホールに居るような、トレーラーハウスを幾つかくっ付けたような大きな空間がそこにはあったのだ。
考えてみれば、この部屋を含めた基地全体も相当に広いものだった。地上こそは今にも崩れそうな廃工場でしかないが、その地下一体が彼らの住処となっている。正に秘密基地だ。
この地下には、広間に加えて同等の広さを有する食堂や、それらを囲むように設けられている廊下、暖炉付きの休憩部屋である談話室、そして個々人の部屋までもが存在する。流石に全員分の部屋は無いが、工夫次第では幾らでも出来そうだった。
それはそうとして、寝起きでボサボサになった髪を掻きながらジェノサイドは尋ねる。
「んで、何してたの?」
「リアルポケモンファイトっす!」
聞いた自分が馬鹿だった。
そう思うしか無かったジェノサイドは、直後にそれに混ざることとなった。
†
「って事が昨日あった」
「揃いも揃ってバカなのかな?」
翌日。ジェノサイド改め隠洋平は自身の通う大学の構内で友人と会うと、早速この話を披露した。返しが正論なのでそれ以上言い返すことは出来ない。
裏の世界ではジェノサイドと名乗っている彼ではあるが、"表の世界"では何の変哲もないただの大学生である。講義のある日に限っては裏の身分を隠して勉学に励んでいる。
隣を歩く友人は同じ大学にして同じサークルに所属している、佐伯慎司だ。
数ヶ月前に発生した事件のせいで、隠はサークル所属の友人や先輩たちから大いなる不信感と敵意にも似た何かを生み出してしまったが、その直後に起きた騒動とその顛末によって彼は許されたようだった。何かが起きた訳では無いが、誰もその話題をしなくなった。
表面上では隠が深部集団の人間であると判明する以前の空気に戻っていた。そのお陰で、一時はサークル脱退も考えていた隠も後ろめたさを感じることなく彼らと接する事が出来ている。
「それよりもさ、レンに伝えておきたいことがあって」
「なんだ、告白か? 生憎俺は女子が好きな訳だが……」
「仮にこっちが告ってきたとして、嬉しいの?」
「すまん冗談だ……」
隠は友人らからは"レン"と呼ばれている。中学時代にやらかしたテストの珍回答が元となったあだ名だが、それで呼ぶよう彼は周りに呼び掛けている。お陰で本名よりもこの名で呼ばれる身となってしまった。
佐伯も特徴的な人間である。眼鏡を掛けた高身長で自身でも認めるほどの大人しい性格の人間なのだが、一人称が"こっち"である。お陰で彼との会話は分かりやすくてやり易い。隠は常々そう思っていた。
「サークルに常磐先輩っているでしょ? 先輩から聞いたんだけど……」
「あぁ、やけに俺らの世界に詳しい人だよな。あの人ホント何なんだろうな?」
「ま、まぁ、とにかく……先輩が言ってたことなんだけど、メガシンカってあるじゃん?」
「あぁ。ゲームで使えるあのギミックだよな」
「それがこの世界で使えるようになったんだってさ!」
「なに?」
隠は反射的に聞き返した。今自分は幻でも聞いていたのか、それとも佐伯が話の内容を理解して真面目に話しているのかを。
「それは……おかしいんじゃねぇか? だってメガシンカは……それだけじゃなく、関連するギミックやアイテムがこの世には反映されてないんだ。誰かが意図的に手を加えない限りそんなものは有り得ないと思うんだが?」
「うーん……それに関してはこっちもよく分からないんだけど、どうも先輩の知り合いでメガシンカに成功した人が居るらしいんだって」
にわかには信じ難い話だった。
メガシンカが成立しないことは、隠が身を持って証明させている。
数ヶ月前のバルバロッサとの戦いにおいて、ジェノサイドはゾロアークの"イリュージョン"を駆使して誤魔化したことがあったが、逆を言えばそのように表現しないと成し得ない動きのはずだ。
この世界でポケモンが実体化した。それだけで言えばそれ以上の変化は起こりようが無い。
しかし。
「世界そのものが……変わっていっている……としたら?」
隠は半ば無意識に呟く。
「ん? なんだって?」
うまく聞こえなかったのか、隣の佐伯が聞き返そうとするも隠はそれに答えることはしない。余計な混乱を生みたくないからだ。
「とりあえず……メガシンカは俺も興味があるな。常磐先輩に尋ねてみるしかないな」
「でも今日は水曜。サークルは休みだね」
「そう言えばそうだった……」
隠はスマホを開いてカレンダーを確認する。
彼らが所属するサークル『Traveling!!!!』はその名の通り旅行サークルではあるのだが、特別な日でない限り旅行はしない。普段は毎週月曜日と火曜日、木曜日に特定の教室に集まっては各々自由な時間を過ごすという、ゆるい集まりだ。
先輩に個人LINEを送るのも気が引けるので、これ以上の事は今日においては出来ない。
隠はひたすら時が過ぎるのを待つしかなかった。
†
翌日。
隠はその日の講義すべてを終えると、いつもの教室へと向かった。片手には講義で使う教科書やノートが入った手提げの鞄、もう片方にはお菓子の詰まったビニール袋がある。
サークルの活動場所となる教室の扉は開いていた。そこには見知った人の顔がある。
お菓子の袋をその辺の机に置き、直後としてそれに群がる友人の姿を横目に、隠は先輩の元へと向かう。
「こんちはっす、先輩」
「よう。レンか。どうした? バトルの申し込みか? 悪いが今、佐野とやり合ってるからその後で……」
「いえ、そっちではなくてちょっと聞きたいことが……」
「んあ? まぁそれもバトルの後にしてくれや」
暫くしていると、自分の座る席の近くに自分より学年が二つ上の先輩が二人ほどやって来た。
一人は常磐将大。もう一人は佐野宏太。
何故佐野まで来たのかよく分からないが、隠にとって一番親しくしてもらっているのが彼なので、聞かれる分には何の問題も無かった。
「聞きたいことって?」
「えっと、バトルどうでした?」
「僕が負けちゃったよー。常磐強ぇもんな」
佐野が軽く笑いながら言った。どうやら実力で言えば常磐はこのサークル内ではかなりの上のものらしい。
「聞きたいことってそんなの?」
「いや、それとは別で……。えっと先輩、"メガシンカ"って分かります?」
「今更なんだよそんな事!」
常磐は大いに笑う。後輩の隠が深刻そうな面持ちで言うので何事かと身構えていたくらいだ。
「ゲームの話じゃなくて、どうも実体化したとかで……」
「あぁ、そっちね」
話が長くなりそうなのを肌で感じたのか、常磐は隠と机を挟んで向かい合うようにして、つまり隠の前の席に座りだした。
「俺もこの目で見た訳じゃねぇが、どうも今のこの世で、実体化したポケモンを使ってメガシンカを成功させた奴が居るらしい」
「詳しく聞かせてください! 俺としても信じられないというか……有り得ないというか……」
「何となくだが想像はつくぜ。その気持ち」
常磐はスマホのゲームを例えに出した。アップデートという名の更新があればゲーム内の世界や環境は変わる。しかし、この世界、この世においてそのような概念があるはずもないが故に、新しいギミックが反映されるのはおかしいと。だからお前の言いたい事は分かるとその様に代弁した。
「そうです。ただでさえポケモンがどんな理由や目的、どんな原理で動いているのかも分からないのに……。誰もそんな説明出来る筈が無いのに……」
「まぁそれは関係無いって事なんだろ。だが、メガシンカとは言わずここ最近お前の身の回りで何か変わった事は無かったか?」
「変わったこと……」
そう尋ねられた隠は、記憶を頼りにあらゆる事象を思い出そうとした。
とは言ったものの、すぐに思いつくのはここ最近営んでいた日常生活と、その裏で繰り広げていた組織間抗争ぐらいしかない。
だが、数ヶ月のスパンで見てみるとまた違った景色が見えてくる。
「九月の事になりますけど……"うつしかがみ"が発見されたり、その力を使って俺の仲間だった奴が伝説のポケモンを使ってましたね……。本来使えないポケモンなんですけど。メガシンカみたいに」
「正にそれだ。ってかモロ関わってそうな出来事ばかりじゃねーか」
常磐は含みを持った笑みを浮かべる。
彼は直接的な表現をあえて避けているようにも見えるが、"それ"は隠には何となくだが伝わる。
「俺が戦った場所は神奈川県の大山ってところです。そこに行けば……何かがある、とか?」
「かもな。俺の知ってる話ではその山でメガシンカした訳では無さそうだが、まぁヒントくらいはあるだろ」
「ありがとうございます。時間見つけて行ってみますよ」
「おう」
そう言うと常磐と佐野は席を立った。
会話に混ざる事は無かったことで何故佐野まで寄ってきたのか結局分からずじまいだったが、そこまで深い理由は無いのだろう。
この日最大の目的を達成した隠は、いつも通りポケモンのゲームを開くと育成を始めた。
†
「ただいまー。誰か居るか?」
ジェノサイドが基地に帰ったのは夜の十一時を過ぎた頃だった。
基地は木々が生い茂る林の中にあるせいでどっぷりと深い闇が広がっている。
はじめの頃は得体の知れない恐怖に怯えた事もあったが、この生活を続けて四年も経つといい加減慣れてくる。
基地の中の広間に着くと、彼の部下の一人ハヤテが出迎えた。
「お帰りですか、リーダー」
「いつもの時間通りさ。飯は食って来たから俺の分はいらないよ」
「それを見越して用意はされてないと思いますよ」
「ならいい」
ジェノサイドは数歩広間を歩くと、適当にその辺に置かれている一人がけのソファに座る。
「突然だけど、明日大山に行こうと思う」
「また急ですね。何かあったのですか?」
「何かあったって程のことじゃないが……」
ジェノサイドは今日あった出来事をハヤテに話した。裏の世界に生きるハヤテやジェノサイドが知らなかった情報を、表の世界に生きる人間が知り得ていたという点が気掛かりではあったらしく、終始ハヤテは唸る。
「その話は……本当なのでしょうか? 何かしらの罠の可能性も……」
「先輩に限ってそれは無いだろ。まぁ、この手の情報に少し詳しい人ってのが気になるがな」
「僕も明日ご一緒しましょうか?」
「いいよ別にそこまでしなくても。仮に何かあった場合の対策ぐらいなら俺一人でなんとでもなる」
ジェノサイドの相棒は"イリュージョン"を駆使するゾロアークだ。幻影さえ魅せてしまえば、並の人間を倒す事も、逃げる事も造作もない。
「お前はお前でやって欲しいことがある」
「なんでしょうか?」
「この組織内に居る人間限定でいいから、この手の話に詳しそうな奴等を集めて情報を集めて欲しい。それと、俺が仮にメガシンカに関わるアイテムを手にしたときにそれを解析出来そうな奴も揃えておいて欲しい。そういうグループと言うか……班を作りたいと思ってる」
「未知のアイテムを調べ尽くせる人間がこの世に居るかどうかすらも怪しいでしょうが……分かりました。やれるだけの事はやってみます」
「ありがとう。バルバロッサが居なくなった今、お前らが頼りだ」
二ヶ月ほど前、ジェノサイドは長きに渡って親しくして来た盟友とも言える存在を亡くしている。
そのせいで組織の運営にも支障をきたす不安もあったが、結局それは杞憂に終わり、今現在問題無く活動を続けるに至っている。
「じゃあ俺もう寝るわ。明日も色々あるしな」
「おやすみなさい、リーダー」
日中は騒がしく多くの仲間でごった返すこの広間も、夜中ともなれば嘘のように静まり返る。
そんなポッカリと空いた空間において、ハヤテは敬愛するリーダーの背中を目で追い、見えなくなると自分も寝るために自室へと移動し始めた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.26 )
- 日時: 2023/06/07 00:11
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: YnzV67hS)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
夜が明けた。二〇一四年の十一月七日。金曜日。
この日ジェノサイドは基地の食堂で一人悩んでいた。それを見かねたのか、それとも単に出来上がった朝食を運びに来ただけなのか、一人の構成員が彼の元へやって来る。女性だ。
「どうしたの? 何か考えごと?」
「お、おう……。秋原か。おはよう」
「深刻そうな顔してるの珍しいなって思ってた」
彼女とは高校の頃からの付き合いだった。そして、元々はと言えば深部集団とも無縁の存在だった。ある時に深部集団の陰謀に巻き込まれて以降非戦闘員として保護するに至ったのだ。彼女もまた、闇の世界の犠牲者であった。
そんな彼女、秋原友梨奈は、眩しいばかりの笑顔を彼に注ぐ。
「大学の講義に行こうか山登ろうか迷ってた」
「ええっ!? それって迷うことなの? レン君って時々よく分からない事言うよね……」
まともな人間ならば誰もが言いそうな反応だった。ハヤテなど、事情を知り尽くしている一部の人を除いたらの話だ。もっとも、当のハヤテも「学校はサボるな」と言うかもしれないが。
秋原は非戦闘員とはいえ、組織"ジェノサイド"を取り巻く環境の一切を知らないという訳ではない。二ヶ月前に起きた戦いのこともある程度の事は把握しているはずだ。かと言って、自分ほど最新のポケモンにのめり込んではいない彼女にメガシンカ云々について語っても、恐らくだが完全に理解する事は出来ないだろう。なので、ジェノサイドとしてはそのように言うしかなかった。
「授業はきちんと出た方がいいと思うけど……」
「やっぱりそうだよな。今日の講義は昼前のコマにひとつだけだし行ってからにするか」
「それだけなのに何でサボろうって思ったの!?」
「出来るだけ早く山登りたいなと思って」
これだけ聞くと熱心な登山家である。秋原は明るい笑顔から一転、引きつった苦笑いを浮かべている。
「そ、そんなに重要なんだ……ね」
「あぁ、重要だ」
ジェノサイドはそう言うとコーヒーを一口啜る。思ったほど熱くはなかった。
「この組織のこれからを二分させる程のものになるかもしれねぇからな」
数分後。軽めの朝食を終えたジェノサイドはトレーと食器を流しの手前の台に置くと、目の前で洗い物と格闘している秋原を眺める。
「ごちそうさま。ここに置いとくからお願いな。それと、今日の成果は今夜中にも分かるかもしれねぇから乞うご期待な」
「ナニソレ。行ってらっしゃい」
彼女は慣れたような笑顔で彼を見送る。思えば、二人が会話をしたのはかなり久々であった。
†
昼前の講義は十一時前に始まる。
ジェノサイド改め隠洋平は開始十分前に教室に入る事が出来た。
自分がいつも座る席の隣には、深部集団ともサークルとも無縁の友人が居る。挨拶を互いに交わすと隠も座った。
しかし、隠の意識は講義には向かない。彼の頭の中は大山へ行くことと、メガシンカの事で既に一杯だ。
程なくすると、講義を担当する教員が教室に入ってくる。チャイムが鳴り終わるのと同時に、抑揚の無い声で講義を始めた。
隠にとってこの時間は苦痛でしかなかった。はじめは面白そうだと思っていたこの講義も、蓋を開けてみれば真面目一本の退屈な内容のものでしかなく、面白味を感じられない。いつもならば聴いているフリをしながらノートを取っているのだが、今回はそれすらもしない。意識がそこまで向かないからだ。
(メガシンカに必要なアイテムって何だろう……? キーストーンだよな? メガストーンだよな? あと、キーストーンを埋め込むデバイス的な物もだよな。ゲームの主人公はメガリングとか言うの装着してるしな……)
隠の座席は窓際である。教員と、彼が説明しているプロジェクターには目もくれず隠は外の景色をボーッと見つめてはそのように考える。
しかし、意識がフッと戻ったような感覚を覚えるとプロジェクターに写った日付を見て今日が十一月の第一金曜日だという事に気が付いた。
そう言えば、と隠はポケモンの新作『オメガルビー』と『アルファサファイア』の発売日が近付いている事を思い出す。
(どっち買おうかな……)
今この世に現れているポケモンとは、持ち主のゲームのデータがそのまま反映されている。たとえ最新作が出たとしても今現在『ポケットモンスターY』で育成したポケモンを転送してしまえば何の問題もない。あとは暇を見つけてゲームを進めるのみである。
流石に講義開始時点からあらぬ方向を見ていたせいであろうか、隠のそのような態度に気が付いたからか、教員はそちらをチラチラ見ては時折睨むようになった。
†
「レンさぁ、ずっと何してたんだ?」
講義終了後、隠の隣に座ってた友人がニヤニヤしながら尋ねてくる。
「ん? 何で」
答えになっていない答えを隠は返すと、友人は一層笑みを強めた。
「いや、だからさ……。先生が明らかにレンを見ながら授業進めてたんだぞ。んで、肝心のレンはずっと外見てたよな。気が付かなかったのか?」
その通りで全く気付かなかった。とはどこか言いにくかった。意識が集中し過ぎると周りの視線や反応が気にならなくなる性分らしい。
「あー、あれかー……」
隠は少し考えた。会話の相手は深部集団などを知らない人間である。正直に全てを話す気にはとてもでは無いがなれない。
「この後どうしようかなーって。山とか登りてぇなぁって」
「ん? 何だよそりゃ。意味わかんねー」
本日二度目となる"不可解なモノに遭遇してしまった微妙な反応"を受け取ることとなった隠であった。
その後、友人は午後も講義があるらしく、コンビニの前まで歩くとそこで別れた。
†
先月と比べて少し肌寒い。
冬が近付いて来ているのを日に日に感じている隠は、シンプルなシャツの上にジャケットを一枚羽織る。
本来であればこの日は一日の講義を終えたことになるのでポケモンに乗って直接基地まで帰るか、大学から出ているバスに乗って駅まで向かい、そこから基地の最寄り駅まで交通機関で移動するかのどちらかであるのだが、今日だけは違った。
「頼むぞ、オンバーン」
隠は大学の裏門を出て人気のない裏道まで歩くとポケモンを放った。ここまでする理由は、構内でのポケモンの使用は一切禁止されているからである。注意から免れるためだが、ぶっちゃけ即座にポケモンに乗ってその場から飛んで行ってしまえば注意のされようが無いので気にする事でも無いのだが、念には念をである。
「この前行った山まで頼む。分からなかったら時折指示出すからな」
隠はそう言っては飛び乗る。オンバーンは元気よく返事をし、翼を大きく広げた。そして、瞬く間に空へと浮かぶ。
目指すは丹沢山地が広がる神奈川北西部、不思議な力が宿っているであろう聖山、大山だ。
到着には三十分ほど掛かったようだった。やはりと言うか、長い時間一定のスピードを保てないのは人間もポケモンも同じようである。モンスターとは言われてはいるものの、このような一面を垣間見ると怪物と言うよりは自然界に生きる動物のようである。
「ご苦労さん」
大山阿夫利神社には拝殿が二箇所ある。標高千二百メートルの山頂に立てられた本社と、山の中腹にある下社と呼ばれる位置にそれぞれだ。
下社まではケーブルカーなどの連絡手段が通じており、通常の参拝客は下社に集まる。本社は信仰心の篤い参拝客であったり、登山家が参るのがほとんどだ。
恐らくだが、バルバロッサが戦いの場に山頂を選んだのもそういう人気の無い点が絡んでいるのだろう。隠は今更ながらそう考えた。
隠はオンバーンに労いの言葉を掛けてボールへと戻す。
この山の頂きに来たのは二度目だが、心境には大きな変化がある。
以前は戦いのために赴いた。だから他に集中するものが無かった。今回は違う。大きな違いとして、景色を楽しむことが出来た。
「ん?」
そこで、小さな違和感に気が付く。
参拝客の多くは下社に集まる。その対応のため、社務を執り行う神職の方々もそちらに集まり、社務所などもそこにある。
しかし、隠は今山頂にて祀られている本社と共に、社務所らしき建物もその目に捉えていた。
中腹にあるのならば、存在する必要の無い建物だ。
「そういう神社……なのかなぁ」
「はい、その通りでございます。理由があるからこそ、存在しているのであります」
背後から冷たい声がした。
時間の問題からか、平日だからか。しかしどういう訳か此処には自分以外に人は居なかった。そのせいで突然響いた声に、隠は内心強く驚く。
それだけでない。隠は思ったこと全てを口に出したわけではない。心情の一部を吐露したに過ぎない。にも関わらず、背後の声は全てを見透かしている。そんな気がしてならなかった。
振り返ろうか悩んだ。もしも背後の人間が得体の知れない存在であったとしたら。
もしも、敵対する深部集団の人間だとしたら。
そう思うと迂闊に動くことは出来ない。
「誰だ?」
「どうかこちらをご覧になっていただけないでしょうか。私は敵ではありません。この社の者です」
そのように言われて何度騙されてきただろうか。片手にゾロアークのボールを握る。振り返ると同時に化ける作戦だ。
深呼吸をして即座に身体を回転させる。
そこには。
新品と見紛うほどの純白の礼服を着用し、手に笏を持った、神主を思わせるような若い男性が柔らかな表情を見せて立っていた。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.27 )
- 日時: 2023/06/18 11:35
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: IAmTfG0H)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
敵意が感じられない。
気を集中させたジェノサイドは直感ながらそう結論づける。
「お前は……」
言いかけたジェノサイドだったが、それを察してか純白の和服の男が笑顔を絶やさずに口を割る。
「私は此方で神主をしております、皆神と申します。とは言え、正式なものではなく貴方たち向けのものになりますが」
柔和な表情と声色から漂う不穏な影。
ジェノサイドはそれを決して見逃さない。
「俺たち向け? それはつまりお前も俺と同じ……」
「はい。深部集団の者でございます」
ジェノサイドは呆れる思いだった。
神社という神聖な場においても、深部集団の闇の手が蠢いている。穢れを赦さない世界が穢れに満ちている。その事実にジェノサイドは失望しかける。
「いえ、そういう訳ではございません」
意を察した皆神が突然否定する。どうやら、この男は心を読み取る力があるようだった。
「元々この社には正式な神主がおります。ですが……どういう訳かこの社にも深部集団出身の参拝者が現れるようになりました。"本来の"神職の方々にご迷惑をかける訳にもいきません。そこで抜擢されたのが私ということでございます」
この世界は、二分されている。
ポケモンとは無縁の人々も含めて、一般の人と呼ばれる人間たちによって作られ、日々営まれている"世間"とも"社会"とも呼ばれている表の世界。
ジェノサイドのような、ポケモンを行使して裏稼業に生きる裏の世界。
表の世界と裏の世界は相反するものであり、決して交わってはいけない領域だ。
そのような接触を避けるために設けられたのが、今ジェノサイドの目の前に立っている男ということになる。
「深部集団の人間が神頼みねぇ……。一番似合わないと言うか、そういうのとは無縁な世界だと思うんだが?」
「深部集団の人間も元々は"あちら側"から来られました方々です。何気なくお祈りをされたり、大事な局面の前では御参りもされますでしょう? それらと同じ感覚かと。それからこの社は歴史も古く、古来から山岳信仰という側面からも……」
営業トークなのだろうか、皆神は社伝を語り始める。あまりにも長々としているのでジェノサイドはその話をほとんど聞かず意識も別の方へと向いていた。
「あの……聞いておりますでしょうか?」
「悪い。何だっけか……。確か最近になって色々変化が起きたとかなんとか……」
「話聞いていませんね……。そのような話題は一つとして挙げる事は無かったのですが」
皆神はため息をついた。
神聖な土地を踏んでいる以上参拝目的か、少なくとも畏敬の念くらいは抱いていてもいいものだが、目の前の男からはそれが感じられない。明らかに自分が深部集団の人間だと公表してから態度が変わっている。
「まぁ、それも良いでしょう。では、貴方の目的は……」
「メガシンカ。それに関わる物品が無いかと思ってやって来た」
ジェノサイドは山頂の開けた土地を眺めながら言った。そこは、かつてジェノサイドとバルバロッサが戦った地点である。当然だが今は何も無い。"うつしかがみ"は戦いの後回収している。
「成程、貴方も"それ"をお望みという訳ですね……」
「まぁ、そういう事だな。って待て。貴方"も"ってなんだ。まるで他にも居るみたいな言い方じゃねぇか」
皆神の細い目がより細くなった。ジェノサイドも仕草では表さないものの内心身構える思いである。恐らくだが、この後何かがある。長い間戦いに身を投じたジェノサイドの中で冴える勘がそう訴えている。
「……少々宜しいでしょうか。お見せしたいものがございます」
そう言った皆神はこちらの返答もなしにさっと背を向け社務所のある方へと歩き出した。やや遅れてジェノサイドは一歩後ろをついて歩く。
「二ヶ月ほど前でしょうか。此方で大きな争いがありました」
「……」
ジェノサイドは念の為、自分がそれに関わっているとは言わないでおいた。皆神に心が読める能力があればこの事実も知り得ているかもしれないが、この状況下で自分からでしゃばりたくは無かったのだ。
「その日は夜であるにも関わらず昼のように明るくなったと言います。白夜など、この日の本の国では観測されません。となると、人智を超えた"なにか"があったと言うことになります」
皆神は少し歩いては立ち止まる。身を屈んで木片を拾った。戦いの余波を浴びた社務所か本殿のものかもしれない。掌でクルクルと回したかと思うと投げ捨てた。
「ところで……貴方様はいつまでお黙りになるおつもりで?」
「やっぱり知っていたのか」
ジェノサイドは舌打ちをして皆神を睨んだ。
「私は目撃者の一人ですから。ですが、"ただの"目撃者ではありません。今の私ならば、あの戦いの本質と、それらが与えた影響。それら全てが見通せます」
「流石は神に仕える人だ」
「お名前はジェノサイド。貴方様がこちらの世界で名乗っている名前で間違いありませんね?」
「一応見た目は特徴の無い大学生を意識しているんだがな……」
「ジェノサイド。それは、この世界における王者にも等しい存在であると見受けられます」
「どうだかな。俺はただひたすらに戦いに勝ちまくっただけだったんだがな」
皆神が社務所の前で立ち止まる。そして、両手でゆっくりと扉を開けた。
「さぞお辛いことでしたでしょう。二ヶ月前。貴方様は此方でお仲間だった方と戦いました。あまり知られていませんが、あの戦いを鎮められた事で今現在、こうして世界が保たれております」
「奴は言葉を濁していたが、やっぱりそうだったんだな」
「あの力は人智を、世の理を超えていましたから」
扉をくぐったジェノサイドは、そこで靴を脱ぐよう指示される。滑らかな木の床が足裏を冷ますかのようだ。
「貴方のお仲間……バルバロッサは少々特殊な方法で本来使えるはずのない伝説のポケモンを行使されました。それが完全なるオカルトな方法であったか、そうでないかは断言出来かねますが……とにかく、それにより世界そのものが少しだけ変質してしまいました」
「変質だと? 特に変わった様子は見られないがな。どこがどう変わった?」
「こちらです」
皆神は一つの扉の前で立ち止まる。この建物の奥にそれはあるようだった。
「その一件以来、どういう訳かこの社の境内……いえ、この山の範囲内ではありますが妙なモノが発見されるようになりました。それも無数に」
ジェノサイドは何となくだが想像出来た。だが、問題はもっと別なものにある。それは皆神も察していた。
「原因は今をもって不明です。どうしても分からないのです。因果関係が見られません。なので、我々は伝説のポケモンを無理矢理に扱った事で"世界が変質した"と結論づけるしかなかったのです」
皆神は扉をゆっくり開けた。見た目に反して重い音が響く。
部屋から冷気が伝わってきた。
「ご覧下さい。こちらが、大量に発掘されたキーストーンでございます」
その部屋には空間を囲むようにショーケースが並べられており、皆神はそれを指している。
見ると、布が敷かれており、その上に透明な石が鎮座してあった。それは不可思議なまでに眩しい光を放っている。
「これが……キーストーンと呼ぶべき物なのか……? ゲームでしか見たことないから何とも言えない」
それは予想していたものよりもずっと小さかった。丸い石は二センチメートルほどしかない。だが、それがケース内にずらっと並べられている。百個以上はあるだろうが二百個までは無いようだ。
皆神はガラスを取り外してはその中のひとつを掴み、それをジェノサイドに見せる。
「先の戦い以降になって発見されるようになったキーストーンでございます。不思議なことに、私は特に公表などしている訳ではないのですがそれ以降、深部集団の人間を名乗る者が連日参るようになりました。私は断る理由も無いので、余程のことが無い限り全ての方々にこちらをお渡ししています」
そう言って皆神はキーストーンによって輝いている右手を差し出している。受け取れということだろう。
「これからの深部集団の戦いはより熾烈なものへと変わっていく事でしょう。今まで通用していた強さが、昨日までの最強が明日も最強とは限らないものへと成ります。数多の人間たちが、このキーストーンを手にすることによって」
ジェノサイドは右手を見つめるだけで、まだ受け取ろうとはしない。
「じゃあお前は、自分が元凶である事を自覚しているんだろうな?」
「勿論でございます。だからこそ、私は貴方様に期待しているのです」
「期待だと?」
「はい。今回貴方様が戦いを鎮められたように、これから訪れるであろう災禍をも止められると信じてのことです。私はこれまでお気持ちと引き換えにこちらを渡してまいりましたが、貴方様には特別で無料で差し上げます」
「がめつい奴め……」
その言動に反して笑顔でいるのが一層不気味であった。皆神は催促するように右手を時折振る。
「じゃあそもそもの話、なんでこんな石を配るんだよ。激化するって分かっているのなら、戦いが起こるくらいならいっその事秘匿しちまえばいいだろそんな物」
「それでは貴方様が来られないかもしれない。逆に、こちらの石をどなたにもお渡ししなければただひたすらに時間だけが過ぎていってしまうかもしれない。それでは駄目なのです。ハッキリと申し上げますと、どうしてもこの石を貴方様にお渡ししたい。と言うだけのことなのです」
皆神がそう言うのでジェノサイドも断る訳も無ければ理由も無い。彼が小さく笑ったあとにジェノサイドは彼の右手の中の石を握る。
「じゃあ貰ってくぞ。いいんだな? 俺が持っていっても」
「ええ。躊躇する位なら、はじめからどなたにもお渡しすることはありませんから」
†
社務所を出ると既に陽は落ちていた。空は闇に染まりつつある。
「メガシンカを駆使したくば、他にキーストーンを抑えるデバイスと、個々のメガストーンが必要になります。メガストーンについても報告が相次いでおりますので、見つける事は可能かと思われます」
「可能って言ってもな……限度ってもんがあるだろ。なんの手掛かりも無しに少なくないメガストーンを全部集めるとなると大変な作業になるぞ」
「……と言う声が多数ありました」
「ん?」
言いながら皆神は袖の中に手を入れゴソゴソと探る。若干の間を空けて取り出したのはスマートフォンだった。それまで笏を手にしていたせいで古風な姿にメカニカルなアイテムが混ざると強い違和感がある。
「そういう時はこちらを! 私が作りましたスマホのアプリ。その名も『メガ石Go!』。位置情報を利用したアプリでございます」
「そのクソダサいネーミングどうにかならなかったのか……」
引き気味になりジェノサイドは自分のスマホでアプリの検索をする。ご丁寧に有料アプリとしてストアに登録されていた。
「キーストーンや個々のメガストーンからは特殊なエネルギーが生じておりまして、それらを探知する地図アプリという名目で運用しております。それから、注意事項としましては……」
皆神はメガストーンのあり方について述べ始めた。メガストーンは全国に散らばっており、数も無数に存在している。地図アプリである程度反映はされるものの、誰もが手に入れられる代物なので現地に赴いた際には実物が残っていない場合もあること、しかし数に限りがあることは現段階では確認されていないので再度探せば入手は可能とのことだ。
「出現場所に縛りみたいなものは無いのか?」
「無いようですね。これまで公園であったり施設内にあったり、川や森といった自然の中、道路などなど……。共通点は皆無です。あまりにも不自然なので、人の手が加えられていると考える方がおかしいくらいです」
「一般の人でも触れてしまう可能性があるのか……」
それはそれで危険ではないか、とイメージが脳裏をよぎる。しかし、たとえジェノサイドであってもどうにも出来ない話だ。
「メガストーンは現在三十個ほどございます。全てを入手……されるかは貴方様にお任せしますが、その過程で多くの衝突がある事でしょう。どうかご武運を」
「俺を誰だと思ってる。深部集団の頂点に君臨するジェノサイド様だぞ?」
わざとらしく作り笑いをしてはそう言い捨てて彼は山を下りた。その足に迷いは無く、すぐにその姿は見えなくなる。
皆神はジェノサイドが立ち去ってもなお、それまで彼が立っていた部分を見つめている。
「その最強の名が何処まで、何時まで通用されるかは分かりかねますが……彼ならばやってくれるでしょう。お願いします。この世界の危機は未だ去ってはおりません」
足元を見ると、細かい木片が散らばっている。戦いの余波を浴びた建物の保全状態が少し気になるところだった。どのように修復しようか、そもそも修復作業が必要かどうかを考えながら、皆神は薄く小さく笑う。
「バルバロッサとの戦いは、まだ終わっていませんから」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.28 )
- 日時: 2023/06/22 22:08
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: gfjj6X5m)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
キーストーンが手に入った。
ジェノサイドは改めて眺めてみる。石の中央部分にDNAの二重らせんを模したような模様が刻まれており、非常に綺麗である。これはメガシンカのシンボルだ。
ジェノサイドはたった今到着した基地の地下に作られたひとつの扉の前に立っている。扉を通して騒ぎ声が微かに聞こえる。その先は広間だ。また騒いでいるのだろう。
何も言わずに扉を開けた。開く音と人の気配に、部屋にいる人間全員が一斉に振り向く。見たところ彼らはゲームで対戦をしているようだ。対戦者を囲む塊が二つ出来ている。
「あっ! リーダーどこ行ってたんすか!? 帰りにしては遅すぎますよ!」
手に持っていたゲーム機を放り投げ、塊を掻き分け、そのように叫びながらケンゾウが寄って来る。
「わざわざこっちに来なくてもいいだろ……」
「答えて下さいよ! どこ行ってたんすか?」
「分かった分かった。言うからとりあえずアレ。あれどうにかしろ。お前の3DS勝手にいじってんぞあいつら」
疲れ気味なのか、淡々とした口調でジェノサイドはケンゾウの後ろを指す。観戦者だった構成員たちがケンゾウのゲーム機に触れて勝手に操作しようとしていた。
「いやいや、今答えてくださいよってオメーら何やってんだやめろーー!」
ケンゾウの情緒が安定しない。それまで興味津々だったジェノサイドを捨てて彼らの元へ戻ろうとする。それを見た皆が笑う。
「それで結局、何処に行ってたんですか? リーダー」
再び対戦で燃える集団の輪から離れた、一人の背の小さい構成員が声を掛けた。名前さえも知らない人だ。
ジェノサイドはそれに無言で答える形でポケットに手を突っ込みながら彼等へと近付く。
「いいかお前ら。俺は今日コレを取るために帰りが遅くなった。見て驚くな? ほら、キーストーンだ」
まるで大学において自身が所属しているサークル『Traveling!!!!』に居る時のような高いテンションだった。自分で気が付いていないだけで自然と興奮しているのかもしれない。
そう言いながらジェノサイドは手に持った小さな石を掲げる。
それを見るやいなや、方々から歓声が上がっては部屋にいる人"全員"がこちらに駆け寄って来た。有無を言わさずジェノサイドは揉みくちゃにされる。
「見せて見せて!」
「もっと近くに寄せてください!」
「お前邪魔だどけバカ」
時に揉まれ、時に払いのけようとして空を切った平手が顔や体に直撃する。
痛い思いをしつつ自分がここで宣言したこと自体が間違いだったと悔やみながら、あとで見せるから落ち着けと叫ぶことしか出来ない。天下のジェノサイドも数の暴力には弱いのだ。
身体の細いジェノサイドは人と人の間の細い通路に活路を見出すと、身をくねらせ翻して波をくぐり抜ける。
彼が逃げたと知ると残念そうな声が上がるも、それを無視してジェノサイドは部屋から逃げた。
「危なかった……小さいから気を付けないと失くすよなこれ……。そしたらヤバいじゃ済まねぇよなぁ。また山登りに行くなんて勘弁だぞ俺」
こういう時は自室に篭もるのが一番だ。皺だらけになったシャツを整えながら廊下を歩く。
皆が皆キーストーンについて興奮していたが、まさかここまで騒ぎになるとは思わなかった。それまで有り得なかった現象が、力が身近なものになったのだからそれも仕方なかったのかもしれない。
神社には大量にキーストーンがあったのだから、おまけにあと二、三個は貰うべきだったと若干後悔しつつ静かに自室の扉を開けた。
†
キーストーンを手に入れてから休日を挟み、月曜日。
ジェノサイドは隠洋平として大学に向かっている。キーストーンはハヤテの尽力によって寄せ集められた、技術開発を担当とする者たちに預けている。
「今日はサークルあるけど、天気もいいしメガストーンの探索やってみようかな」
空を見上げながら隠は呟く。雲ひとつ無い晴天だ。好きなサークルに行けないのは少し残念だが別にそれは痛くも痒くもない。むしろ、組織の戦力確保のために必ず必要なことだ。どう見てもサークルよりもこちらが重要である。
そういう意味では大学の講義も全部放り投げたいところだが、生憎とそういう訳にはいかない。
†
「えっ、キーストーンを手に入れた!?」
珍しく声を上げたのは隠と同学年にして友人の一人であり、同じサークルに所属している佐伯慎司だった。最近眼鏡からコンタクトレンズに変えたようで印象がかなり変わっている。元から顔は整っている事が分かっていたものの、改めて見るとその顔は綺麗だ。
時刻は昼休み。彼らは学校の文化祭終了後に設けられた部室に集まっては昼食を食べていた。部活でないのに部室を与えられた事の意味が分からないが、どうも部屋が空いていたところを部長が申請したらしく、それが通ったらしい。
「元々怪しいと睨んでいた場所をピックアップしたらドンピシャだったよ。だから入手自体はかなり楽だった」
隠は部室をぐるっと眺めた。そこまで広い空間では無いが、二年生は隠と佐伯の他に二人いる。あとは先輩がチラホラ居る程度だ。
隠は彼らと会話をする。
ポケモンとは縁の無い御巫や他の先輩たちにとってはどうでもいい話で実際聞いてもいないが、佐伯や他の先輩たちには関係があると言えば関係あるもののようで、熱心に聞いている。話の内容柄どうしても深部集団が絡むので話すかどうかはかなり悩んだところだが、結局話したい衝動が勝ったので今こうして話している。
しかし、彼らが深部集団と関わりを持って欲しくないので一部事実とは異なる表現を混ぜる。
「じゃあレン君、どうやって入手したの?」
隠のあだ名に君付けで呼ぶのは佐野宏太しか居ない。
隠ら二年とは学年がふたつ上の四年生の先輩。十一月も始まったこの時期にこうして部室に来ているという事は来年の内定が決まっているのだろう。
関西地方出身の彼は他の先輩たちとはノリが良く、明るく陽気な性格をしている。身長は隠とほぼ同じくらいだが、体型はかなりガッシリとしている。単に太っているだけかもしれない。しかし強そうにも見える。
だが、彼の良いところはその性格だった。
陽気でノリが良いのに加えて、彼は誰とでも仲良く接する。特に輪に入れずに一人で居る子には自ら率先して声を掛ける。隠もそんな彼の優しさに救われたお陰で仲がかなり良いのだ。
そのように慕っている先輩の前で隠し事をするのは良心が痛む思いだが、こればかりは仕方の無いことだった。
場所を隠す代わりに事実を話す。
「"俺たちのグループ全体"からしていわく付きな場所がありまして……。昨日行ってみたんですけど案の定他の組織の奴等も来ていたみたいで既にメガシンカゆかりの地として有名になってたっぽいです。なんか普通にそこに居る人と話をして貰ってきました」
言葉を濁したが、それが深部集団だと分かったようで、佐伯は不安そうな声を上げる。彼が他の組織の人間から狙われている事実は以前の騒動の時に知った。
「レンそれ大丈夫だったの?」
「大丈夫だったよ。途中で他の連中と出くわすなんて事は無かったし。別に"こっちの"人間の全員が全員その情報を把握している訳でもないし、時間の都合もあったしな」
情報を知る深部集団の組織は恐らくだがまだ少数に留まっているはずだ。でなければあの日に誰かと遭遇していてもおかしくはない。もっとも、それは今限定の話で今後は事実を知る組織も増えていくだろう。
それに、余程のことがない限り冬が近付きつつあるこの季節の中で標高千二百メートルの山を登ろうなんて普通は考えないだろう。軽いハイキングを通り越して登山である。軽い気持ちで行けば遭難してしまう。隠としてはそれらを含めての昨日の行動だったのだ。
「って事で今日はサークルパスしてメガストーン探しに行ってくるわ。何かあったら宜しくな」
「えっ……。でもレンそれは危なくない? 狙われているんでしょ?」
「うーん。確かに不安っちゃ不安だけど大学でもなければ基地でもない所にいきなり俺がいる訳だからな。事前情報が無ければバレるとは思えないし。偶然でない限りは大丈夫だと思うけどなぁ。それに、探さなきゃすべて始まらないし、かと言ってそれが怖いからって部下に全部押し付けるのも可哀想じゃん?」
佐伯のこの気持ちは、今ここに居て事情を知る者たちの代弁でもあった。しかし隠は楽観的である。それが彼の本性であり真の性格かもしれないが、危機感が無さすぎると彼等は思ったことだろう。
「でも危ないよ? 絶対に目立たないでね」
「わざわざ目立つかよ! 一応これでも無個性で特徴皆無の大学生のつもりでいるんだがなぁ」
そう言う隠の服装は確かに特徴が無かった。白と紺のボーダーシャツの上に薄緑の薄いパーカーを着ている。下は青のジーンズだ。
そこまで言って隠は昼食に全く手を付けていない事に気付く。喋りすぎたせいで時間を浪費した。彼は急いで食べ始める。
†
退屈な講義がやっと終わった。時計を見ると十五時前だ。外を歩くには丁度いい時間である。
「じゃあね。お疲れ」
隠はこの講義を一緒に受けていた友人に一言掛けて足早に教室を去る。とりあえず今は早く大学から出たかった。
構内を歩きながらスマホを開く。大山の神主、皆神が作ったメガストーンを探す地図アプリだ。
地図は広範囲であれば反応も多いが、自分の姿が分かる範囲まで拡大すると反応は極わずかとなる。
「反応はひとつ……。この近くだとあの公園か……」
それは、隠も知っている場所だった。
と言うのも、隠の通う大学の周辺は住宅が多く並び、それでも土地が余っているので公園の数も多い。多摩のニュータウンはそんなものである。
彼も暇な時間を見つけては、近くの公園にフラッと立ち寄っては時間を潰すなんてことはよくある事だ。
「どうせ取るだけなら後は暇だしな。公園内でゆっくり休んだ後に帰るか」
場所を確認すると隠はスマホをしまう。同時に取り出したのはオンバーンが入ったダークボールだ。
此処が大学構内だと言うことを忘れているくらい大胆にそれを投げる。
オンバーンが元気良く飛び出し、隠はそれに飛び乗った。
あっという間に大学が遠ざかってゆくが、地上付近で何やら怒鳴り声が聞こえた気がする。
そう言えば、今大学では以前にポケモン絡みの騒ぎがあったせいか監視と罰則が厳しくなったとかいう話があった気がしたのを彼は思い出す。
「ったく、誰だよ……そこまで騒いだアホは……」
風を浴びながらそう呟く。
その原因が自分だということに全く気付いていない隠洋平であった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.29 )
- 日時: 2023/06/30 21:46
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: W5vVCrjS)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
空の移動は便利である。
陸と比べて距離も縮まり、渋滞や混雑に巻き込まれる心配も無い。唯一の欠点は目立つことだろうか。
しかし、このような生活を続けて四年である。今更"目立つからイヤ"とはならなかった。
今、彼が居るのは"長池公園"と呼ばれている広い自然公園だった。
大学からここまで来るのに徒歩だと一時間、車などで十五分ほど掛かるものだが、空旅では五分ほどで到着する。
この土地は住宅地の真ん中に立ち、農業用の用水を池として溜め、その周囲を公園としているものだ。
しかも、その周りと言うのが元々この地に存在していた自然そのものを保存しているためか、面積もかなり広く、東京都でありながら自然を楽しめるという不思議な体験が出来る場所だった。開発される前は此処は山であったのだ。
池の周りには野鳥が多数生息し、野生のリスやタヌキ程度ならば簡単に遭遇出来る林も茂っている。都内では珍しい動植物もあるそうだ。
そして何より、特徴的なものがひとつ。
「……綺麗だけど、なんでよりにもよって此処に持ってきたんだ? あれ」
池の水は水路を通して団地の傍を通り、近くの駅まで流れている。
その上に建っている、煉瓦造りの橋がなんとも言えない存在感を放っていた。
この公園には橋にまつわるモニュメントが立っている。それによると、この橋は大正時代に実際に造られたもので、元々は四谷にあった。
当時橋の上は電車が通っていたようだが、流石に今は電車は通っていない。線路の一部が公園の敷地内に展示されているに留まっている。
橋をよく見ると、それに似合う西洋風の街灯が幾つか置かれている。夜になると点くようだが、今はまだ明るいため光は灯っていない。
「まさか……な」
隠は辺りを見た。橋が見え、水路が見える。
その傍らで遊ぶ子供たち、そんな子供たちに踏まれる青い芝生、そして公園の敷地をぐるりと回るように広がる散歩コースから見える林。
「……」
言葉が出ない。敷地が広すぎる。
この公園の面積は一九万八四〇〇㎡もあるのだ。その中から決して大きいとはいえない石を一つ見つける事など最早不可能に近い。不可能でなくとも、かなり骨の折れる作業となる。
「はぁ……。今日はせめて二個ほどはメガストーン見つけておこうかと思ったのに……。これじゃあ無理だな。ここで一日潰れる」
ひとまず隠は橋の付近を探すことに決めた。
ゲームに則っているとすれば、石の埋まっている地点は光り輝いているはずだ。確証は無いが、せめてそれくらいはあってほしいと淡く考えるのみだった。
橋の周辺は石畳で覆われている。
仮にメガストーンが埋まっている地点が輝いていれば、陽の光が反射して分かりにくいだろう。そのため、隠は意識を足元に集中させ、目を凝らす。途中、意識しすぎたせいで足がもつれた。
しかし。
「……ねぇな」
アプリでは確かにこの地を示している。しかし、それらしい物は皆無であった。全く見当たらない。
「見落としているかもしれないけど、一応近くを見たつもりだ……。芝生、石畳、橋の下……。どこを見ても見つからねぇ。やっぱりダメなのか? キーストーンが無いと」
自分でももしや、とは思っていた。
メガストーンを手にする際はキーストーンも手元に無いと反応しないのではないのか、と。
もしもそうであるのならば非常に面倒である。基地に戻ってキーストーンを取りに行かなければならない。そこから、またこの公園に来なければいけない。その内にメガストーンが他人に取られる可能性もある。
どうすればよいだろうか、と隠は腕を組み、唸りながら橋を見上げた。レトロともモダンとも思える、綺麗な橋だ。
「何を諦めているのですか? まだ探していない所がありますよ。例えば……あなたの目の前の池とか」
突然何処からか声がする。知らない人の声だ。
反射的に振り向こうとしたが、それよりも先に本能が、身体が勝手に動いた。池に入れば全て終わると直感にして瞬間に気付いたのだろう。
隠は濡れて冷えるのも構わずに足をつけて池に入った。そして手で水を掻き分ける。
「ここか!? ここのどっかにあるんだな?」
池の水は農業用の水である。見た目からしてあまり綺麗とは言えない。しかし、はっきりと汚れていると見て分かるほどでもない。せいぜい少し濁っている程度だ。
その中で、隠は必死に手を振る。
その功を奏したのか、指先が水底にある固いものに触れた。感触でそれが普通のものでないことが分かる。そしてあまり大きくない。
迷う暇はない。隠はそれを掴むと一気に引き上げた。
見たことの無い石だった。
色合いは非常に透き通っており、青と黒の模様が刻まれるように付いている。その色でメガシンカのシンボルである遺伝子を模した模様が彩られていた。
この時隠は気付けなかったが、その石は"ギャラドスナイト"とゲーム内で呼ばれている道具である。
「これは……。これがメガストーンか?」
「はい。その通りです」
同じ声がした。隠は今度こそ振り返る。声は背後から響いているからだ。
そこには、二人の人影があった。
一人はキャスケットを深く被って目元を隠し、シンプルな柄のカーディガンを着てカーキ色のチノパンを履いている。
もう一人は白装束に身を包み、髪も真っ白に染め、背が高かった。髪がかなり長いので女性とも思えたが、先程の声が如何にも男のものだったのですぐに男性だと判断する。声の主はこの白装束の男だった。
「お前は……」
「失礼ですが、あなたはジェノサイドで宜しいでしょうか。いえ、言葉を間違えました。あなたはジェノサイドですね?」
その男は、隠が何か言うのを許さないかのようだった。遮られる。
同時に、隠の全身を悪寒が走った。一瞬ではあったが恐怖を感じた瞬間でもあった。
それはつまり。
「……ったくよぉ、絶対バレねぇ気でいたのに、何でお前らは見破る事が出来るんだろうな? 言っとくけど、俺は"そんな気分"じゃなかったんだ。こんな時に俺の名を求めてかかってくんじゃねぇよ馬鹿が。それに……」
隠は白く長い髪の男をじっと見つめる。服も靴も白いので正に真っ白な人間だ。
「今、深部集団では和服でも流行ってんのかよ」
その直後、接触が起きた。
ジェノサイドはゾロアークが入ったダークボールを、白い男はもう一人にアイコンタクトを送ると、その人は無言でモンスターボールを投げてはエルレイドを召喚する。
エルレイドは真っ直ぐにこちらを駆けた。ゾロアークは一足遅れてボールから飛び出ては迎え撃つ。
今回ゾロアークは変身させなかった。生身でぶつけるつもりだったのだ。
ゾロアークは普段の"カウンター"と同じ要領でエルレイドの剣と化している肘を受け止め、その動きを止める。
「やはり、私の目に狂いはなかった……」
白装束の男が静かに呟くと、まるでそれに応じるかのようにエルレイドがゾロアークの手を払うと主の元まで跳んだ。
ゾロアークもジェノサイドの傍まで寄る。
「何の真似だ? このメガストーンが欲しいのか?」
「いいえ」
男のその返答はあっさりしていた。
自分に対して放っていたであろう迸るほどの敵意も今となっては全く感じられない。
しかし、お互いのポケモンは睨み合っている。それに共鳴するがごとくジェノサイドも目の前の二人を睨む。
「お前は誰だ」
メガストーンの事情を知っていることと、自分の正体を知っていること。明らかに二人は深部集団の人間である。こんな時に彼に近寄る深部集団の人間がどんなものかは決まっている。彼の持つ名声と財産目当てにその命を狙う怖いもの知らずの愚か者だ。今までが、もう何年もの間そうだったのだから。
「お前は誰だ」
はじめの質問からしばらく呼吸が空いた。その間なんの返答もなかったのでジェノサイドは再び尋ねる。一度目の時より感情が篭っている。
「私は……。私たちは"赤い龍"。この名を聞いた事はありますか?」
聞いたことがあるはずがない。そもそもジェノサイドは他の深部集団の組織の名などいちいち覚えることはしない。その必要が無いし、そもそも興味が無いからだ。だが、その名が組織の名前である事だけは理解出来た。
「知らねぇな。だから何なんだ?」
「そうですか……。私たちはAランク組織"赤い龍"と申します。私はレイジ。長の補佐役……といったところでしょうか」
レイジと名乗った男は、そしてと言いながらもう一人の肩に手を乗せる。乗せられた方は嫌がったのか、身体を震わせ手を払い除けた。
「この方が、我らが"赤い龍"の首長ミナミです。以後、お見知り置きを」
ジェノサイドとしては白い方が組織のリーダーだと思っていたがゆえに意外に感じた。軽い衝撃みたいなものを覚えたせいか二秒ほど固まる。
「じゃ……じゃあなんで此処で俺と接触した? メガストーンが目的じゃないとなるとやはり欲しいのは……俺の命と金か」
ハッとして我に返ったジェノサイドはレイジを睨みつけて言う。
「いいえ。それでもありません」
レイジは再び否定する。心做しか先程よりも否定の思いは強そうだった。
「私はあなたを探しに……ここまでやって来ました。私たちの目的はメガシンカでも、あなたの財産や名誉でもありません」
「あぁ? じゃあなんなんだよ……」
不信感は消えない。むしろ強まる。ジェノサイドとしては、このように油断させておいて無防備になったところをバッサリと斬るような曲者にしか感じられない。過去にもそのような敵は居た。
しかし、変化があった。キャスケットを深く被って顔を隠しているミナミという名前らしい人間が突如エルレイドをボールに戻したのだ。その代わりとして別のポケモンを出す素振りを見せない。
つまりは武装解除の意を示している。
私たちは戦うつもりはありません、と無言ではあったがそう言っているようだった。
レイジが跪いて叩頭した。
「お願いがあってここまで参りました。ジェノサイド様、どうかお願いです。私たちを、赤い龍を助けてください」
「えっ?」
あまりにも予想外な言動に、ジェノサイドは間抜けな声を発する。
レイジは頭が床に擦れるほど深く下げている。
出会った直後に攻撃してきたと思ったら助命嘆願をしている始末だ。やっている事の意味が分からない。
しばらく互いに黙り込み、沈黙が空気を包む。
だがジェノサイドはいつまでもそれには耐えられない。
「とりあえずさ、」
「助けてくれますか!?」
ジェノサイドの言葉にレイジは頭を上げた。
「いや、そうじゃなくて……。なんと言うか、意味が分からない。何を持って助けて欲しいのか、もっと説明してくれ」
それが返事でも無ければ許可でもなかったからか、レイジは顔を曇らせる。と、同時に袖から綺麗に折り曲げられた一枚の白い紙を取り出した。
「これはあまり見せたくなかったのですが……。以前この手紙が私たちの元に届きました」
紙を向けられたジェノサイドはそれをひとまず受け取る。罠の可能性は否定出来ないが、かと言ってレイジの嘆願も嘘のようには見えなかった。
ジェノサイドは恐る恐る折り畳まれた紙を広げる。A四サイズの簡素なものだった。
『解散礼状
当該組織は、議会による審議と調査の結果、解散に相当する危険な行動が認められたため、組織の解散を命ずる。
該当組織:赤い龍(該当ランク:A相当)
なお、命令に従わなかった場合は、強制執行の適用を認めることとする。
中央議会下院議長 五百城 渡』
「……」
ジェノサイドは無言で紙をレイジの掌に叩きつけた。
「いかがでしょう?」
「いかがでしょう? じゃねーよ! どう見てもただのイタズラじゃねぇか馬鹿馬鹿しい。結社の連中が、こんな不幸の手紙じみたレベルの低いイタズラする暇があるかっつーの」
この世界を支配している存在をジェノサイドたちは"結社"と呼ぶが、彼らは自分たちの事を"中央議会"もしくはそれを省略して"議会"と呼んでいる。その方が威厳があるとでも思っているのだろう。
呆れたジェノサイドは二人に背を向けた。
「どこへ行かれるのですか?」
まだ返事を受け取っていない。不安そうにレイジは声をかけるが、ジェノサイドの背は遠くなってゆくのみだ。
「あっ、まっ……。待ってください! どうか私たちを見捨てないで下さい! このままでは殺されてしまいます!」
その叫びには必死さしか無い。ジェノサイドがそれを受け取ったのか、それとも最後の物騒な単語に反応しただけなのか、足を止める。
そして振り向いた。
「おい、待て。それどういう意味だ? もっと詳しく話せよ」
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.30 )
- 日時: 2023/07/16 12:15
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: b/ePXT6o)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
意識が遠のいている。目の焦点がはっきりしない。頭もぼーっとしているようだった。
時間が経過していくにつれて徐々に、はっきりとしてゆく。明瞭になってくる。
ジェノサイドは横たわっていた体を起こす。どうやら少しの間寝ていたようだった。視界に映った景色には見覚えがあった。自分の部屋だ。
部屋に灯る蛍光灯の光に覚めたようだった。寝落ちでもしたのか、それは点けっぱなしだったかもしれない。
扉の平行線上にはあまり大きくない机があった。大学で使うためのファイルが二枚と、基地での生活を初めてから一切勉強していないのを物語るほどの、一度として使っていない筆記具が置かれている。思えば、ジェノサイドはこの部屋で勉強した事など無かったかもしれない。それが道具にも表れている。
机は大きくない代わりに、縦に長かった。上部には小さな本棚が備え付けられており、中には大学で使う教材や教科書の他に参考書から、自著であることをアピールしたかったからなのか教授本人から半ば強制的に買わされた本まで並べられている。当然ほとんど読んでいないので新品同様の綺麗さだ。
目を机から他に移す。
部屋の真ん中には安物の椅子が一脚。壁の一部分はクローゼットと一体となっており、私服は全てこの中にある。
そして、扉に足を向ける形でベッドがあった。
こうして見ると、空間いっぱいに家具を置いているようだった。実際彼の部屋の広さは六畳ほどだ。組織の長の部屋としてはかなり狭い方だろう。
もっとも、この基地の小部屋は共用のものでない限りはこの広さらしい。変に気取らないのが彼らしい部分でもあった。
ベッドの上で考え事をしていると、誰かがノックをした。長い間共同生活をしていると足音やノックの音だけで誰かが分かってしまう。ハヤテだ。
「あれっ、もしかして寝てました?」
返事を聞いてハヤテは扉を開き、彼の姿を見るなりそう発した。
「まぁ、ちょっと眠くてな」
ジェノサイドはぱっちりと目覚めたにも関わらずわざとらしそうに目を細めては擦る仕草をした。ハヤテはそれを察してか知らずか、見届けてから部屋の中に入る。よく見るとその手元には数枚の資料があった。
「とりあえず……」
ハヤテはクリップで簡単に留められた紙を二、三枚ほど捲る。
「先ほどリーダーが会われた"赤い龍"という組織について調べてみました。どうやら実在する組織のようですね。Aランクと高いレベルではあります」
鼻で笑いたくなった。深部集団の世界において上位のランクに位置しているとされるAランクも、"最強"からしたら格下にしか見えない。とはいえそう頻繁には会う存在でもない。少し珍しい鳥か昆虫に遭遇するのと同じレベルだ。
時計を見る。
ジェノサイドが長池公園でメガストーンを探してから三時間は過ぎていたようだった。既に外は夜だ。
寝る前の記憶が断片的に蘇ってくる。ジェノサイドは今日起きたことをハヤテたちに伝え、調べるように命令していたはずだ。
その調べ物とは。
「事例がかなりあります。リーダーの言われた脅迫文とほぼ同じ内容の文書があらゆる組織に送られているようですね。その組織らに今のところ共通点は見られません。ランクも活動拠点もバラバラ。完全にランダムですね。何を基準に選んでいるのか全く不明です」
「ランダム……ね。益々イタズラくせぇな。その……何とかっていう人間は何とも思わねぇのかな? 自分の名が勝手に使われている訳だし。騙っている奴を徹底的に調べてしまえばこんな呪いの手紙の騒動も終わりそうだがな」
「いえ、イタズラでは無いかと」
ハヤテの声と紙が捲られるパラパラという音が同じタイミングで放たれる。彼は今ジェノサイドの話を聞き、内容を理解して考えた上で資料と符合させようとして否定した。器用な男である。
「残念なことにイオキ ワタルという男は実在しており、実際に本人の意思で調査という名目で脅迫文を送り続けて組織を解散させているようですね。目撃情報もあります」
「じゃあ肩書きは」
「出回っている文書の通りですね。中央議会下院議長……。間違いなく結社の人間です。かなりの大物の議員ですね」
ジェノサイドは目だけをギョロリと動かしてハヤテの持つ紙を捉えた。興味もやる気もない。だが、その眼差しだけは本物だった。
脅迫文には"強制執行"という物騒な単語も含まれていたはずである。
「それから、強制執行についてなのですが……」
ハヤテは言葉を詰まらせる。もしかしたら言い難いことなのかもしれない。
「この強制執行なのですが……かなりエグいものでして、どうやらこの脅迫文に従わなかった場合は深部集団全体として……即ち結社にとっての反乱分子として解釈されるみたいで強制的に排除されるようです。財産は全て没収、住処も奪われ、悪質な場合は該当組織の構成員は皆殺しにされるようで……。まるで存在そのものが無かったことにされる勢いですね」
想像以上だった。
いくら平気で命を奪い合う人の道を外れた獣しか存在しないこの世界の人間であったとしても、そんな世界を作り上げた結社がそこまで過激な行動に走るのかと未だ信じられない自分が居た。
「いや……奴等ならやりかねないかもな」
冷静に考えれば。
元々ポケモンを悪用して治安を脅かす連中を絶やすために作られた深部集団だ。その目的が達せられた後になって個々の組織同士を争わせるように誘導したのも、そんな世界を生み出したのも紛れもない結社だ。
元々ジェノサイドのような、深部集団に属する組織を設立するには結社の援助の下、かなりの金が動くことになる。その為設立以後は結社に対して組織の活動で得た利益は幾らか献上しなくてはいけない事になっている。これはジェノサイドとしても同じで例外は存在しない。
結社からすると、現状はそんな組織が増えすぎている。その分結社側の出費も馬鹿にならないほど大きくなっている。
「俺が多くの組織に狙われる理由だが、この世界で一番強いというのもそうだが、それはつまりこの世界で最も財産を手にしているという事でもあるな。組織を相手取って戦い、勝てばその組織の財産が丸ごと手に入る。だが全部じゃねぇ。その財産の四割は結社に払わなければいけない事になっている。……んだが、四割取られても有り余るほどあるだろう。そう思われてっから俺には敵が多いんだ」
ジェノサイドは忌々しそうに自分語りを始めた。ハヤテは嫌な顔はしない。どれも事実だからだ。
ジェノサイドはもしも、と考えた。
もしもこの呪いの手紙が自分に来たとして仮に無視をしたとすると、このイオキ ワタルという人間はジェノサイドの人間を皆殺しにするだろう。本来は他の組織の手助けもあって四割得られる利益が、他組織を介さないことで十割となる。利益の回収としては無駄が無いし、上手くいけば新たに生まれる組織誕生の抑止に繋がる可能性も期待出来る。
野蛮で卑劣で強権的だが、手段としては有りだ。
「外道にも程があるな。まぁこんな世界を作り出した連中がマトモな人間な訳がねぇのだが、だからって殺すことを厭わない時点で俺らと何ら変わりゃしねぇ。むしろクソさで言えば奴らの方が最低だろうな」
相変わらず言葉が過激で強いだけのジェノサイドだった。彼は命を奪うことまではしない。深部集団最強という肩書きを利用して強い言葉を乱用して恐怖感を与える癖がここに表れているのだ。
ハヤテはそれをよく知っている。だから何も言わなかった。
「ところでリーダー」
ハヤテは持っていた資料をくるくると丸めた。見たところ発表は終わりのようだ。
「なんだ? まだ言いたい事でもあるのか?」
「いえ、それ程のことではないとは思うのですが……」
ハヤテは視線を落とす。躊躇しているようにも、モジモジと恥ずかしがっているようにも見える。
「基地の外の敷地に……見慣れない二人組があるのですが」
「……」
「まさかですが、あのお二方が"赤い龍"ですか?」
「……」
「もしかして、連れてきちゃいました?」
「……」
「なにか答えてくださいよ」
「……らない」
「聞こえませんよ?」
「分からないんだもん……こういう時どうすればよかったのか……。無視しても付いてくるしよぉ。すっげぇ困ったような、弱ったスズメのような目してこっち見てくんだもん! なぁ、どうしたら良かったんだ?」
「だからって基地の前まで連れて来ないでくださいよ!」
珍しくハヤテは声を上げた。安全保障からして絶対に行っていけない行為を目の前の男はやらかしたのだ。バルバロッサというリーダーの片腕が居なくなった今、自分がリーダーや組織を支えなければいけないという思いが強まりつつある今、ハヤテはジェノサイド相手でも強気にならざるを得ない。
「いや俺だって最初はあいつらの言葉信じてなかったよ!? 今の今までイタズラに振り回される頭の悪い奴らとしか思ってなかったよ!? でも凄い必死に訴えてくるしさぁ……結局あいつらの言ってる事全部本当だったけどさぁ!」
「だからって連れて来ていい理由にはなりませんから。もういいですよ……。いつまでも外で待たせる理由もありませんし呼びに行きましょうか」
ハヤテはジェノサイドの許可も得ずに勝手に歩を進める。階段を上り、廊下を歩いて外に通じる重い扉を開ける。
外界と通じた瞬間、冬が近づきつつある季節の冷気がどっと押し寄せた。同時に景色も映る。
林に囲まれた自然の中で二人組が佇んでいた。
「お待たせして申し訳ありませんお客様。たった今我がリーダーから許可をいただきましたので、どうぞこちらへ」
そう言ってハヤテは地下に通じる道を示し、譲る。
二人のうち白装束を着た背の高い男が真っ先に反応した。安堵からか駆けていた。
もう一人はポケモンを出して何かをしているようだった。よく見るとキノガッサに"やどりぎのタネ"を命じている。植物でも増やそうとしているのだろうか。
「若! 何をしているのですか? さぁ早く!」
部下から若と呼ばれたミナミは急いでポケモンをボールに戻すと鉄の扉に向かって走った。
二人が吸い込まれてからハヤテは周囲を軽く見回してからゆっくりと重い扉を閉じる。
†
「んで? お前らはどうして欲しいの?」
ただっ広い広間と同じ階の地下一階に置かれている談話室に、ジェノサイド、ハヤテ、レイジ、そして"赤い龍"のリーダーのミナミが揃う。
木目調の壁紙、異国風の絨毯、ほの暗い照明、天井にも届く高い本棚、そして暖炉が揃っている、あまりにもレイアウトの本気度が違いすぎるこの部屋に彼らは集まった。ジェノサイドが普段この部屋を利用する時は一人の時か、その時にハヤテやケンゾウが割り込んでくるパターンが多い。その為どこか窮屈にも感じる。
「望み通り話も聞いてやったし、基地にも入れてやった。他には何を求める?」
未だ心の中に残る敵意の残滓のようなものを吐き出す態度でジェノサイドは臨む。
彼の性格とまではいかないが、深部集団の人間と接触する時はどうしてもこうなってしまうのだ。それは四年という時間が生み出してしまった癖とも言えるし、護身術とも悲劇とも言えた。
「はい」
応じたのはレイジだった。ここに至るまで何故か彼しか喋っていないように感じる。
「いや……はい、じゃなくて」
「はい」
「……」
「ご理解頂けたかと思いますが、いま深部集団は異常な議員によって振り回されている状態です。これが一時の暇潰しとか、ただの我儘であれば良かったのですが……こうなってしまえば身の危険も感じてしまいます。実際に私たちにもそれが向けられてしまいました。私たちはこんな所で倒れたくありません。死にたくありません。だからこそ、私たちは欲しかったのです。保障が」
「それで絶対に倒れる事も無ければ死ぬこともない、安全が保障される俺の元へとやって来たわけか」
レイジはそれに無言で頷く。
「そりゃそうだもんな。俺らはこの世界の頂上に位置するSランク。中々壊れないもんな。と言うより壊れたらマズイよな。けどお前、場所間違えてるぞ。ジェノサイドに避難してそれで安全って訳にはいかない。最強故に俺らは多くの連中から狙われているんだ。その矛先がお前らにも向く。此処は決して深部集団で一番安全な場所なんかじゃない。むしろ、一番危険かもしれないんだぞ」
「いえ、それはありません」
偽りに近い敵意を放つジェノサイドに臆することなく、レイジは彼に強く熱い視線を投げる。逆にジェノサイドが目を逸らしたくなるほどだった。
「仰る通り、こちらは深部集団最強の組織ジェノサイドの秘密基地であります。外敵から身を守るために生活上の空間をわざわざ地下に設けている。お陰で外から見れば工場にしか見えません。見事です」
ハヤテはじろりとジェノサイドに不穏な視線を放った。連れて来たせいで見破られたじゃないか、と。
「ですがジェノサイド様。それは誤りです。此処は世界一危険な場所ではありません」
「なに?」
「そうでは無いのですよ。もしかしたらジェノサイド様。貴方にその自覚が無いだけなのかもしれませんが」
言ってレイジは椅子から立ち上がった。四人が一箇所に固まっているものの談話室は狭くもなく、かと言って広くもない。暖炉から火が焚かれているので部屋は暖かい。
「この世界で頂点……Sランクであるという事実は何を意味していると思われますか?」
「何をって……言われてもな」
人差し指を立てて説明したそうにしているレイジの反応に困ったジェノサイドはハヤテと顔を見合わせた。彼も疑問を浮かべた顔をしている。
「すっごく強いなんていう単純なものではないのです。深部集団で一番と言うことは、この世界のバランスを保っている存在でもあると言えるのですよ」
「バランス? 俺がか?」
レイジははい、と頷く。
「貴方は先ほど多くの存在から狙われると申されましたが……それは正確ではありません。それは組織ひとつを狙ったものと言うよりはジェノサイド様。貴方を狙っただけのものが多いのではないのでしょうか」
この世界の人間は組織のジェノサイドを狙うのではなく、"人間"のジェノサイドを狙う者の方が多い。レイジはそう言いたかったし、ジェノサイド本人も薄々気付いてはいた。それでも、これまでに組織間での戦いは幾度とあったが。
「貴方という存在だけでも、この世界にとっては財産なのです。ジェノサイドという大国を持つボスに、深部集団一というブランド。そこからイメージされる莫大な財産。何でもありなこの世界で、歩く宝物を見つけてしまえば誰だって手を伸ばすと思いますよ? 普通ならば」
歩く宝物と呼ばれていい気はしなかった。なんて自分は損な役回りなんだと自分自身に嫌気が差してくる。それを初対面の人間に言われるのも、たとえそれが事実であったとしても個人的には良い気分にはなれない。
「ですが、貴方の正体はジェノサイドという最強の組織の一員。余程な酔狂な人間でない限り組織を相手取って戦おうとする人間はまず現れないのではないでしょうか?」
「一理ありますね。それに、ジェノサイドという組織があるだけで抑止にも繋がる、と」
「そういうことです。そして、それこそが私たちが最も求めていたものになります」
「お前たちが俺を支持する事で正しい存在だと周りから見られたいって事か」
「それも有るといえば有りますが……」
長い間立ちっぱなしだったレイジはミナミとジェノサイドを見比べた後に用意された椅子に座った。思えば、何故彼が立ち上がったのかその理由がよく分からない。
「言ってしまえば、ジェノサイドはそこらにある小さい組織よりも戦いの頻度は少ないはずなのです。勿論今の話ですよ? 過去についてはその限りではありません。それと、リーダー個人に対しては別として。こちらは過去とは変わらないものかもしれませんね」
ジェノサイドは小さく舌打ちをしてテーブルに置かれたコーヒーカップに手を伸ばす。中には熱いコーヒーが満たされている。
「要するに、これは極端かもしれませんが、ジェノサイドという組織がこの世界に、深部集団に存在し続けていることで今のこの環境を生み出しているのです。私の言った危険でない場所……という意味がお分かりになりましたでしょうか」
ジェノサイドは、理解した。
同時に、ハヤテもあっと声を漏らす。
「あなた達が此処を選んだ理由……。それは深部集団が最も懸念している、"環境の崩壊"を避ける為に絶対に起こりえない、我々に対する脅迫や解散を避けるため。つまりイオキ ワタルの魔の手から必ず逃れられる環境を求めてのことだったのですね!」
「その通りです! ご理解頂けて恐悦至極であります」
結社は馬鹿ではない。噂によれば現職の国会議員も絡んでいる世界だ。つまりエリートが存在する場。そんな彼らが絶対にしないこと。それは、この環境を維持し続けているSランクの破壊だ。
五百城渡という人間が繰り返しているのは強制的な組織の解体。環境の破壊である。
対象が小さな組織であれば影響は極小であるだろうし、生じる問題も懸念する程でもない。だが、それがジェノサイドとなるとそうもいかない。
ジェノサイドの消滅は深部集団の消滅。ひいては、自分たち結社の、中央議会の消滅を意味する。
それらを理解しての、赤い龍からの"望み"だったのだ。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.31 )
- 日時: 2023/08/07 19:01
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: EVVPuNrM)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
意見を交わした結果、"赤い龍"は組織"ジェノサイド"へ統合するという結論で一致した。しかし、その動向には注視するようにというジェノサイド直々の命令も付随している。
「やっとリーダーもお気付きになりましたか。他所の組織の方を平和裏に呼び込むことに潜む危機というものに」
「いや違う。あの白い方。俺アイツちょっと苦手かもしれん」
「えぇ……」
その気持ちは分からなくはなかったが、ハヤテの求めていた意識の高そうな意見が無いだけに内心ガッカリする。
「そう言えば二人の姿がねぇな。どっか行ってるのか?」
「荷物を取りに行くために一旦元々あった基地へ戻るそうです。あと、残りの構成員のお迎えなども」
「あー、そっか。そういやそんな事言ってたなさっき。もう出たのか、早いなー」
ジェノサイドが心ここに在らずのような、意識が向かない、まるで他人事のように呟いていたのはスマホをいじっていたためだ。あまりにも熱心に画面を睨んでいる。
「あ、あの……リーダー。何をされているのですか?」
「ん。メガストーンの確認」
「まさか今から取りに行くつもりですか!? 確かに今朝は二つほどは欲しいとは仰ってましたけど……えっ、今からですか?」
「そうじゃねーよ。って言うかそれだけじゃない。奴ら二人の基地の場所はさっきの話で聞いた。その近くにメガストーンが無いか地図アプリで見ていただけだ」
「な、なるほど……」
大山の神主、皆神の作ったメガストーン専用の地図アプリはスマホに元々備え付けられている大手の地図アプリと比較すると大雑把ではあるものの、日常における利用としては使えない事はない。レイジとミナミの基地の周辺に絞って、メガストーンがもしもあったならば取りに行く。そんな算段をジェノサイドは立てていた。
「俺が今懸念しているのは」
ジェノサイドが俯いていた顔を上げた。確認が済んだのかスマホをポケットに仕舞う。
「今日に限って二人に『呪いの手紙』に書いてあるような"強制執行"が適用されるかどうかなんだ。こういう、大事な場面に限って何か嫌なことってのは起きるもんだからな」
「その強制執行自体よく分からないものですしね。一体誰が現地で"執行"するのかとか、それに関わる手続き等も、僕たちは何も分かっていない……」
「別に気にする事はねぇだろ。無いとは思うが今日俺がそんな場面に立ち会ったら撃退ついでに色々聞いてみてやるよ」
あまりにもさらっと言ったのでスルーしそうになったハヤテだったが、確かに今ジェノサイドは"撃退する"と言った。結社の人間を相手取ることを前提に、である。あれほどにもレイジの事を苦手だと明言したり、話を聞く際も不機嫌になる彼ではあったが、既に二人に対して仲間意識が生じている。つまり、守る気満々という事だ。
彼のこういう部分があるからこそ、ハヤテを含む、組織ジェノサイドの人間は皆彼の事が好きだった。
ある人は「ツンデレ」と評し、ある人は「素直じゃない」と言い、またある人からは「オラついてるだけ」など散々な言われようなジェノサイドではあるが、実際彼は実力も高く強いのでそれ"込み"で愛されているわけである。
「お気を付けて」
「おう」
談話室を出て廊下を抜け、地上に通じる扉を開ける。外に出ても思ったほど寒いとは感じなかった。既に廊下が冷えきっているためだ。
ジェノサイドは赤い龍の基地の場所を改めて確認する。東京都に接する、神奈川県内の某所。そこの一軒家。
「そこまで遠くはねぇな」
ポケモンに乗った空の移動では二十分程度で到着する距離だった。この時期の移動である。抵抗はあるが有効な方法はこれしか無い。他の手段では回りくどく、時間も余計に掛かるし非効率でしかない。そう思うようになってしまった以上、ジェノサイドは余程の例外を除いては空旅をするしかなくなってしまったのだ。
ポケモンの背に乗り、空を漂いつつ風を浴びるジェノサイドはもしも可能であれば「ギブアップ!」と叫びたくなった。
とにかく苦痛なのだ。
「く、くそ……。寒い、かなり寒い……。なんかもう手に熱が伝わってねぇんじゃねえかってくらい寒い……ちくしょう、どうにかなんねぇのか……」
そう言ってはジェノサイドはブツブツと呟きながら手の甲をさすっている。こんな事を言ってはいるが掌にはじんわりと熱が篭っている。そんな訳が無いのだ。
主を乗せているオンバーンはこおりタイプが弱点のポケモンであるためか、強い拒否反応を示す程ではないが、寒さが苦手なようで若干我慢をしているような、堪えているような表情を見せている。あくまでもポケモンにおける弱点とはバトルのみでのもののようだ。
メガストーンはどうやら赤い龍の家の近くにある寺の敷地内にあるらしい。
まず先にメガストーンを手に入れてから赤い龍と合流する。安全だと分かればそのままジェノサイドの基地に戻る。
言うだけならば簡単ではあるが、行動を移すとなるとそうにもいかない。特に、ジェノサイドはメガストーンを見つけるまでに苦労している。その場に到着して済むことではない。
「まぁいい。次のお寺は長池公園ほど広くは無いし、ササッと済ませちまおう」
ジェノサイドは凍える気持ちを押し殺して地上を睨んだ。
†
その玄関は、決して広くはない。人一人が出入りするための境界線だ。これがもし、例えば業務用の搬入口ともなればどれほど楽だろうか。
レイジは、中から船舶で使うための大きめなスーツケースや鞄を運び、背負いながら何度も出入りする構成員たちを見ながらそう思った。その誰もが疲労のため苦悶の表情を見せている。
(申し訳ありません、皆さん……)
せめて一人は周囲の状況のための監視役が欲しい。重い物を運んでいる正にその時にイオキ ワタルがやって来たら逃げられない。
レイジはそんな状況下で家の中には入らず、周辺の様子を探っていた。
自分の背後で呻き声がする。レイジははっとして振り返った。
見ると、構成員の一人が大きめのスーツケースを組織が所有するミニバンのトランクに積めたところだった。単に重かっただけらしい。
それから、構成員たちはその場から動こうとしなかった。まるで今回の仕事は全て終わったとでも言いたげに。
「これで全部ですか?」
「えぇ。元々何も無かったですしね。個人で使う分の……例えば服とか生活用品とか。それらを纏めてしまえばもう済んでしまいます」
レイジに反応したのはたった今荷物を車に運び終えた大柄な男性だった。赤い龍という組織はジェノサイドと比べるとかなり規模が小さい。あちらが二百人に満たない程度の構成員が居るのに対し、こちらはレイジ自身を含めて六人しか居ない。実際はもっと多くの人間が居たが、解散令状に恐怖を感じて脱退した者が何人かあったためだ。
このままでは、仮に解散令状の問題を乗り切ったとしても組織としての今後の継続が果たせない。それもあって、今回ジェノサイドの元へ避難する事になったのだ。単にイオキ ワタルから逃げるため"だけ"にジェノサイドを頼った訳ではない。
玄関を覗き込むと、丁度そのタイミングでリーダーであるミナミがやって来た。
「終わりましたか?」
「……うん」
これで全員揃った。
予定通り二手に別れて移動を開始する。
その時、突如として上空から不自然な冷たい風が降りてきた。
見つけるのに苦労した。メガストーンではなく、彼らを。
メガストーンは予想に反して簡単に見つけられた。目的地である寺だが、当初は日が沈んだのもあって門が閉ざされ、入れないものかと思っていたものの、運が良いことにまだ開かれていたお陰で境内に入る事が出来た。
そして、夜ともなるとメガストーンの放つ不思議な光がよく目立つ。敷地も広いものでもなかったので、一つ目の時と比べてかなり楽に入手出来た。
問題はレイジたちだった。
まず、今ジェノサイドは見知らぬ土地の上空に居る。そこから地図で大雑把な位置を見つけられたとしても、周囲は住宅地。家しかない。
そこから、少しでもヒントになりそうなものを暗い空の下探し続けたのだ。
「よう、やっと見つけた」
「ジェノサイド様!?」
「大体この辺かなと思って回り続けていたら、特徴的な姿をしたヤツを見つけてな。近寄ってみたらお前だった。とりあえず見つけられてよかった」
冷たい風の正体はジェノサイドが乗るオンバーンの羽ばたきであった。
一時は遂に結社の人間に見つかってしまったのかと震えたレイジであったが、その不安も解れる。
「わざわざありがとうございます。丁度今荷物を運び終えたところです。今から移動を開始します」
「どのようにだ?」
距離が離れて聞き取りにくかったジェノサイドはゆっくりと降下し、地上に着地する。
オンバーンはその時に一旦ボールへと戻した。
「あそこに赤いミニバンがありますよね? あれは私たちが所有する車です」
「見たところお前ら含めて六人……か。じゃあ車で来るんだな」
「いえ、六人の内四人です。あとの二人……私と若は空で移動します」
「空でか? 空で移動と言っても距離があるぞ。それに寒い。あまりオススメは出来ないが……いっその事お前らが車に乗ったらどうだ?」
「いえ、それは出来ません」
レイジはさも予定通りとでも言いたげにごく自然に首を振る。
「車がロケットランチャーなどで攻撃されたらひとたまりもありませんから」
「……」
ジェノサイドは言葉を失った。あまりにも突飛で、非現実的なそれに返す言葉が見つけられない。返事そのものが無意味なのかもしれない。
「これも全て若を守るためですから!」
「あのさぁ、お前さぁ……考え過ぎかもしれんがもう少し有り得そうなビジョンにしようぜ。まだ車を特定されてポケモンで攻撃される、とかなら分かるけどよぉ……」
「お相手は結社の人間です! そういう物を持っていてもおかしくはないという私の想像に基づいています!」
「……」
やはり返事は無意味なようだった。
説得しても無駄なのを悟ったジェノサイドは彼らと共にまずは赤い龍の構成員たちが乗ったミニバンを見送る。目的地の情報は既に共有されているため問題は無い。
「さて、私達も向かいますか」
「俺らがロケランで狙われると考えたことはねーのかよ」
「まさか……。手ぶらで丸腰の私たちをわざわざ狙います? 狙うとするならばより財産的価値のある車を狙うと思うのですが……。私ならそうします」
「いや、せんでええ! つーかアイツらがそんな物騒なモン持ってるわけねーから!」
ジェノサイドは内心、何をふざけているんだと一人ノリツッコミをかますと気持ちを切り替えんとオンバーンの入ったダークボールを空へと向ける。
「ふむ……。ならば実際に持って来た方がよかったかなぁ? まぁそんなもの持ってるわけがないんだけどね。でもいいな。今後の参考にさせてもらうよ」
知らない人間の声だ。
その場に居たジェノサイド、レイジ、ミナミがほぼ同じタイミングで体を構え、声のする方へ顔を向ける。
知らない人間、知らない男。
だが、彼が何者かは察しがつく。
「お前……。お前か。あのふざけた呪いの手紙をバラ撒いている暇人が」
「礼儀がなってないなぁ君ぃ。僕を誰だと思っている?」
「結社の……方……ですよね」
どこか余裕のあるジェノサイドの口振りとは裏腹に、脇に立つレイジの声は震えていた。
そうなるのも仕方が無かった。正面に立つスーツ姿の男は、仲間と思しき大柄な男を数人従えて構えているのだから。
「その通り! 正解正解だぁい正解!! 私こそが結社改め"中央議会"の"下院議長"の五百城渡でーす。ヨロシクね」
ここで会うには最悪としか言えない存在と、遂に衝突してしまった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.32 )
- 日時: 2023/08/22 19:29
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: P0kgWRHd)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
今、目の前に問題の結社の人間がいる。
それを事実だと半ば認めたくない己がいる。
まず、結社の人間。それ即ち議員である。ジェノサイドのような暇を持て余す学生とは違って多忙を極めた人間のはずだ。自分らのためにわざわざ出向く理由が存在しない。だから、本物か偽物かその区別も付かない。ジェノサイドは本物でも偽物でも、両方の可能性を念頭に置いたうえで対応するのみだ。
「五百城 渡とか言ったな? ってことはお前は本物の議員か」
「だーからさっきからそう言ってるでしょーお? もしかして僕のこと偽物だと思ってる? とんでもないとんでもなぁい! 正真正銘本物の五百城さんですよ僕は」
「じゃあ丁度いい。質問に答えろ。何の用だ」
「何の用って……聞き方が失礼すぎるよ? そんなキミには罰として質問を質問で返す。何でキミがいるの?」
五百城にとっての予想外。それは今この場に、深部集団というならず者たちを力づくで上から押さえつける支配者"ジェノサイド"が居る事だった。本来であればそんな支配者を支配する結社というポジションであるため力関係はこちらが上であるのだが、此処で相対してはならない。そういう関係性だ。
「そ、それは……ジェノサイドさんが私と仲間であるためです!」
ジェノサイドの背後からレイジが精一杯叫ぶ。議員が相手であっても余裕を保つジェノサイドとは裏腹に、普段の冷静さを欠き、もう一人の仲間をまるで互いに庇い合うかのように絡まっている男が声を震わせる。
「ふむ……仲間ぁ?」
五百城はチラッと後ろに目をやる。それだけで彼が連れて来た黒いスーツを纏った数人の男たちが全員各々のポケモンを呼び出す。大したことの無いポケモンから、戦えば厄介なものまでその種類は多彩だった。
「……コイツらは突然俺の所へやって来た。どうもオマエに滅ぼされるのが嫌らしい。オマエの言い分もかなり身勝手のようだからな……俺が保護することにした。もうこの世に、組織"赤い龍"は存在しない。コイツらは俺の仲間……俺の組織ジェノサイドの構成員だ」
レイジではまともに彼と会話が出来そうな精神状態では無い。そう判断したジェノサイドは勝ち誇るように言い放つ。
「今の彼の言った事は全て事実に即しているかい?」
対して、五百城はレイジに冷たい視線を放つ。レイジはその瞬間肩を震わせたがその後大きく返事をした。
「ふむ、なるほど……。仲間、か。……仲間ねぇ。……仲間ぁ?」
五百城は考え込むように適当に間を空けながら呟くと数歩こちらに向かって歩く。その足取りはかなりゆっくりだった。
「認められるかなぁ?」
三歩ほど歩いて立ち止まった。彼等との距離にほとんど変化は無い。
「みーとーめーらーれーるーわけがー……無いだろーおー!」
すると突然、五百城は大声で叫びつつ自分の太もも辺りを何度も叩いた。威嚇のようでその効果は赤い龍の二人には十分にあるようだが、ジェノサイドからすると気が狂った関わってはいけない人のようにしか見えない。
「君たちの言い分は大変身勝手で聞き入れる事は出来ない! 何故なら一切の報告が無いからだ! 君たちにあるのは僕が作成した解散令状のみ。つまり、この令状こそが最新の情報な訳だああぁぁぁ!!」
叫びながら五百城は胸ポケットから丁寧に折り畳まれた紙片を取り出しては折り目に沿って綺麗に広げる。暗くて見えないが、それはジェノサイドも目にした解散令状らしかった。
「君たちは我々に報告したか!? 赤い龍を解散し、ジェノサイドに編入される。そう伝えたか!? なんも入って来て無いんだけどなぁぁ!? 有効なのはこの命令のみだ、大人しく従いなーさーいー!」
「まぁ、ちょっと待てよ」
さっさと力づくで捩じ伏せて彼等を連れて帰りたい。そんな本音を押し殺してジェノサイドは五百城の意識を向けさせる。
「確かに連絡が無かったのは俺らの落ち度だ。それは認めるしかねぇ。だが、俺からするとお前の言い分も身勝手極まりねぇのよ。最低でもコイツらは組織を解散させると意思表示をしている。俺はそれを認めた。俺には仲間を護る義務がある。なぁ、これがどういう意味か……分かるか? お前に、この俺と……深部集団最強の人間と戦える度胸と覚悟はあるんだろうな?」
どうせ相手は自分より権力があるだけでポケモンの腕も人間的な強さも大したことは無い。だが、それでもジェノサイドは可能な限り交渉で事を終わらせたかった。戦えば後々面倒な事になるのは目に見えている。そのためなら、自身の肩書きを最大限利用するつもりだ。
「ふむ……確かに。それも一理あるかなぁ」
五百城は早口でそう言うとぐるっと身を一回転させ、自身が連れて来た部下たちを一瞥する。
「ほらほら、そういう事だから帰った帰った。お前たちに彼はやっつけられない。この件は僕が一人で処理する。っつーことでさっさと散れ」
人を人として見ないような言い方だが、そう言われた部下たちは誰もが戸惑ったのか、互いに顔を見合わせたりするもポケモンをボールに戻すとそこに居た全員が一目散に走り去って行った。
「さて、これで余計な人間は消えたね」
五百城は笑顔のまま再びこちらに顔を向ける。言動に難がある人間だったが、話が通じるものだと彼らはひとまず安堵した。その時だった。
「ルカリオ、"はどうだん"」
俊敏な動作だった。ポケットから取り出したボールからポケモンが躍り出ては力の塊が発射される。ジェノサイドは突然姿を見せたゾロアークに目配せすると、ゾロアークは意思を感じ取ったのか命令無しに技を放った。"ナイトバースト"だ。
互いの特殊技が直撃、炸裂しては住宅地の真ん中で爆発音を響かせる。
「今のは宣戦布告って事でいいんだな?」
「まぁ本音を言うとねぇ。僕もキミとは戦いたくなかったんだけどねぇー。でもこうしてぶつかり合っちゃった訳だし、僕の要望も聞いてくれそうにないしねぇ。君のような逸材をここで失うのはかーなーり勿体ないけど、替え自体は利くからね。Sランクの組織はキミのところだけじゃなくて他にもあるからね。それに……」
ルカリオがアスファルトを蹴って飛ぶ。上空で浮いた状態のまま、ルカリオは掌をゾロアークに向けている。
ゾロアークの"カウンター"は物理技にしか対応出来ない。離れた箇所から特殊技を撃たれてしまえば、こちらから迎撃するか単純に避けるしか対応策は無い。だが、此処で避けてしまえば人間たちに被害が及ぶのは必至だ。
そこまで考えての行動かは不明だが、ゾロアークはまたしても命令無しに"かえんほうしゃ"を放つ。驚きの目を向けたルカリオだったが、"はどうだん"を撃つことで自身にとって効果抜群の技を相殺させる。
五百城は「奇妙だ」と呟きつつも、そちらにはほとんど意識を向けることはしない。
「キミとは少なからず因縁があるからね」
「因縁だと?」
ジェノサイドはゾロアークの名を呼んで離れつつあった距離を戻す。あくまでもゾロアークを使役する目的は自分を含めた仲間の保護だ。制圧ではない。
「今日がはじめましてだと思うんだが? 俺とお前は」
「僕とじゃない。僕の後輩さ。"元"後輩のね」
「あっそ。だから何だよ」
ゾロアークは再び"ナイトバースト"を放つ。しかしルカリオは軽やかに避ける。
「"しんそく"。当ててやるんだ」
五百城の静かな命令は即座に移された。
目にも止まらぬ速さで姿を消したルカリオは同時にゾロアークに拳を叩きつける。
その動きは人間であるジェノサイドでも、ポケモンであるゾロアークにも捉えることは出来ない。だが。
「"カウンター"だ!」
技の後ならば対応は出来る。命令から一秒にも満たない文字通りの"一瞬"の間に、ゾロアークも負けじと拳を握り渾身の一撃を放つ。
ルカリオは軽く吹っ飛ばされたものの、体勢を崩すことなく主の目の前まで戻る。あまりダメージは負っていないようだった。よく見ると、ゾロアークもほとんど受けていない。
「てめぇ……加減したか」
「僕は議員だぞ? キミぐらいの人間の特徴なら覚えるに決まってる。キミのゾロアークのタスキからの"カウンター"は厄介だからね。潰しておくことにしたよ」
ジェノサイドは大きく舌打ちした。たとえ加減された技であっても、受けてしまえばきあいのタスキは消費される。ジェノサイドとゾロアークは戦い方の変更を余儀なくされたこととなる。
「これで不安は解消された……かな。でも念には念をだし、僕の実力も見せびらかしたいしなぁ」
力強く叫ぶ五百城の腕が不自然に輝く。
「さて、愚かな貧乏人たちに教えてあげよう。僕は何者だ? 立派な議員さ。この国のね。その事実をキミたちは再認識すべきだと僕は思うのだがねぇ……」
彼の腕には、ゲーム上でしか見たことの無い装飾品が施されており、そしてそれは七色に光っている。
「要するに!! 僕は君たち愚民とは違って生まれ持ったスペックも! 手にしている財も!! 世の中で通用する名誉も!!! 全てを備えた完璧な人間であると言うことさ!」
五百城は腕を掲げる。その輝きに呼応するかのように、ルカリオもその身を光に包んでは激しく輝く。
「見せてあげよう……これが、正真正銘の……メガシンカだ!!」
漆黒に包まれた闇の中。まるで黒一色の闇という名の宇宙空間で孤独ながらも輝きを放ち続ける太陽の如くその光は、辺りの闇を塗り潰す。
あまりの眩しさに目を瞑ったジェノサイドらが改めてその目で見たもの。
それは、歴戦の戦士を思わせるような凛々しい体躯と、果てしない殺気を走らせる姿を変えたルカリオ。メガルカリオだった。
- Re: Re:Re:ポケットモンスター REALIZE ( No.33 )
- 日時: 2023/09/07 00:18
- 名前: ガオケレナ ◆DsVre1ex/o (ID: VhCiudjX)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
いつかは見る光景だと思っていた。
だが、それは今じゃない。深部集団の人間と比較すると戦いとは縁が無いであろう結社の人間が、ここに来てメガシンカを使うはずがない。そう思っていたジェノサイドはただ驚くのみだった。
それも手馴れている。恐らくだが、このバトルで初めてのメガシンカではないようだ。これまでの"強制執行"でメガルカリオを振るっては多くの深部集団の人間を葬ってきたのだろう。
ジェノサイドは改めて現状を確認した。
五百城のポケモンは今のところメガシンカを果たしたルカリオのみだ。
メガルカリオの特性は"てきおうりょく"。単純な火力が底上げされている。
一方、こちらはきあいのタスキが消滅したゾロアーク。耐久の薄いこのポケモンでは、あらゆる技を受け止める事が出来ないのは明白だ。
このまま作戦もなしに一直線に戦闘を続ければ敗北は必至。
そこでジェノサイドは一計を案じた。
「逃げろ!」
ジェノサイドはルカリオから視線は外さずに、しかし後方の二人に対して叫ぶ。
「何してんだ! ボケっとしてんじゃねぇ! どの道お前らでは対処出来る人間じゃねぇ……。隙を見て俺も後から合流するからひとまずお前らは逃げろ! 今だ!」
「ジェ……、ジェノサイド……様? 何を……?」
レイジは困惑している様子だった。すぐに動ける様子ではない。
しかしそれを見兼ねたのか、彼に"若"と呼ばれ、キャスケットを深く被っているミナミが躊躇を見せない調子で彼の腕を思い切り掴むと走り出した。彼らが今居るのは住宅地の真ん中であり、行き止まりだ。道は五百城が塞いでいる。そのため、二人は隣の民家の敷地に侵入しては塀を越えようとしているようだ。
「おっと! さーせませんよぉぉ!?」
いち早く気付いたのは五百城だった。彼は命令すると、その瞬間にはメガルカリオは二人の前に姿を見せる。数十mは距離があったはずだが、その壁をメガシンカは易々と超えてしまう。
「ッッ!?」
「さぁルカリオ、"はどうだん"で二人を吹き飛ばしてしまいなさい!」
「バッカじゃねーの!?」
勝ち誇り気味に小さく笑った五百城だが、その不意を突くようにジェノサイドが吠えた。
「敵を目の前にしてガラ空きたァ嘗めてんなテメェ!」
ルカリオは今まさに"はどうだん"を撃たんと両手を輝かせる。対して、ジェノサイドのゾロアークが無防備となった五百城に対して赤黒い閃光を、"ナイトバースト"を放とうとしている。
「テメェらが創った深部集団のルールだ……。ポケモン同士ぶつかり合って勝つだけが勝利じゃねぇんだよ、あの世で文句言うなよなぁ!?」
「き、貴様……っっ!」
メガルカリオの"はどうだん"とゾロアークの"ナイトバースト"が発射されたのはほとんど同時であった。味方が死ぬ場面を見るのは今見ても心にくるものがあるが、それと引き換えにふざけた議員を制圧出来たのだからそれは勝利といえるだろう。
(これで……いい。結果的には勝った……)
その時、ジェノサイドもまた油断していたと言えよう。
ミナミとレイジを狙った"はどうだん"が物理法則を無視するような軌道を、大胆なカーブを描いてジェノサイドへと突き進み出した。
「なっ……えぇっ!?」
「ちょっ、なんで!?」
呆気に取られた二人はここに居る誰もから無視をされる。しかし当のジェノサイドはそれに気付かない。
彼よりも先にゾロアークが動いた。
既に"ナイトバースト"は放たれた。放った瞬間だ。
ゾロアークは自身の主を何としてでも守らんと光線を放ち続けている腕を振り上げる。
ゾロアークは腕を下から上へと振り上げた。"ナイトバースト"はルカリオから見て上から下へと叩きつけられる弧を描く。
ルカリオは難なく避けた。その場に取り残された"はどうだん"は光線と相殺され、爆発が生じる。
ジェノサイドだけが反応に遅れた。二つの技から生じた衝撃波に巻き込まれ、向かいの民家の外壁に叩きつけられる。
「痛っ……。しくった……、"はどうだん"は必ず命中する技……。はじめから俺を……? いや、それはどうでもいい……」
しかし、ここまでは想定通り。
二人を逸らす事に成功させ、あとは自分が五百城に勝てば全て終わりだ。
この状況では正攻法で勝つ気など更々無い。
「ぞ、ゾロアーク……」
背骨を強打し、思うように声を発せなかったジェノサイドは呟くようにポケモンの名前を呼ぶ。普通のポケモンならば通じる事は無かったかもしれないが、彼のゾロアークは特別だ。それだけでこのポケモンは想いを汲んでしまう。
「う、うわあああぁぁっ!?」
五百城が突然叫び出した。
アスファルトの上に倒れ込むように四つん這いになり、怯えの表情を浮かべ、叫び続ける。
それを見てルカリオも戸惑った。何も無いところで突然主が奇妙な言動をし始めたのだから。
たとえメガシンカしたといっても、彼のルカリオは普通のポケモンだ。命令が無いと置物と化してしまう。
ルカリオは何も出来ず、ジェノサイドの逃走を許してしまった。
ジェノサイドは二分も経たない内に二人と合流を果たす。レイジが特徴的な服装をしているお陰で、暗くとも遠目ですぐに分かる。
「おい、早く逃げるぞ! これ使え!」
「ジェノサイド様!? まさか……勝ったのでは……?」
ジェノサイドはレイジにリザードンの入ったボールを手渡す。二人共それに乗れ、という意味だった。そんなジェノサイドはオンバーンのボールを放り投げて咄嗟に飛び乗る。
†
「勝ったとは言えなかった。あのままだとどう頑張ってもゾロアークで倒す事は不可能だったからな」
「では、どのように対処を?」
三人は暗い闇の中の空を漂う。
既に県境を過ぎ、神奈川県から東京都に入っている。五百城が連れて来た従者たちも見えないことから、上手く逃げ切ったようだ。あとは基地に帰るだけである。
「五百城に幻影を見せた。深い闇の中で、底無しの穴に落とした幻だ」
「それはー……効果あるのでしょうか?」
「そうだな……。説明が難しいんだが、夜寝ている時の夢を想像してほしい。高い所から落ちる夢だ。夢の中のお前には落ちる感覚があるだろ?」
「そう言えば彼の叫び声が聞こえたのですが……そういう事だったんですね」
「前触れなく突然起こしたアクションだったから不安もあったが、たとえ非現実的なものであってもリアリティがあれば引っ掛かるもんだな。この方法で過去に何度死線を潜り抜けて来たことか……」
「ジェノサイド様の事です。これまで常に勝ち続けてきたものかと思ってましたよ」
「んな事ねーよ。俺だって無茶な戦いは何度もしてきたさ。特にまだ高校生だった二、三年前なんかはな。深部集団においては"負け"は全てを失う事を意味するが、"逃げ"は同義とはならない。逃げても生きていれば問題ないのさ」
「覚えておきましょう」
空で交わした会話も、基地である廃工場が見えてくると自然とその口も止まった。
†
基地に入ったジェノサイドを待っていたのは激しく狼狽えたハヤテだった。
傷だらけの彼を見て強く衝撃を受けたらしい。
「な、何があったのですか!?」
「ちょっとその辺転んだだけだよ。なんて事はない。爆発に少し巻き込まれただけで」
「どう見てもちょっとどころでは無いんですが!?」
そう言ってハヤテはジェノサイドの服を脱がす。どうやらすぐに手当をしたいようだが、それくらいならば自分でも難無く出来る。しかも広間で繰り広げられている場面であるから周囲からの注目も浴びる。大したこと無い問題を大きく取り上げられるきらいがあって居心地が悪くなるのを彼は感じる。
「ほら! 無数に傷が……」
「それは昔の傷だアホが!」
ジェノサイドは上裸になる。その身体には無数の、形がどれも違う傷痕が刻まれていた。傷の一つひとつが戦いの記憶だ。
「五百城が……現れたんです」
目立った傷は特に無かったものの、手足にガーゼを貼り終えたレイジが視線の投げる方向に迷いつつ呟く。
「今回は命からがら逃げる事は出来ました……。しかし、今後はどうすべきでしょうか? 彼の強制執行から逃げ切った前例を私たちは知りません。私たちのせいで皆さんが……ジェノサイド様が狙われてしまいます」
「それについてはお前は心配しなくていい」
古傷を纏めて包帯に巻かれているジェノサイドが首だけを動かしてそれに答えた。巻く作業をしているハヤテが「動くな」とばかりにその身体を押さえつける。
「確かに俺は今日、これまで誰もすることの無かった"結社の人間の命令の否定"を果たしてしまった。五百城個人から目を付けられる可能性はあるかもしれないが、奴はアホでも結社の人間……中央議会の議員だ。組織ジェノサイドをぶっ壊せばどうなるかそれくらい誰でも分かるだろう。此処を強制的に排除するとは考えられないし、個人的に俺だけを殺しにかかって来るのも……まぁそれは分からないけどさ」
五百城は最後まで話の通じない人間であった。どれほどの正論を並べ立てたとしても、その間に命を取ってくるのが彼だ。そうなると従うしか他に無い。だからと言ってそれが正しいと言えるだろうか。今回、ジェノサイドは彼を拒絶した。これをきっかけに"否定しても良いのだ"という風潮が深部集団の世界全般に広まる事があれば、多少は変わるかもしれない。
「そういう訳で、これからは奴を気にすること自体が無駄なわけであるから俺は奴を無視する。俺は俺で引き続きメガストーンの探索を続けるよ。それからお前ら。お前らはまずやる事として、結社に自分らの組織を解散した旨を報告すること。本来だったら別組織に移った事も伝えるべきだが……そこまではしなくていいだろう。誰もそこまではしないからな」
「報告ですか……。それは書面でないと駄目でしょうか? ネットになりますが一応既に議員向けに報告は完了しております」
そう言ってレイジは結社のサイトを経由して作成した"解散届"なるものを見せてきた。そんなものが用意されているのをジェノサイドは今初めて知った。彼とは無縁の話であるから当然と言えば当然である。
「じゃあ大丈夫だろう。しばらく様子を見るからお前たちはここでゆっくりしててくれ。今まで追われてて疲れただろ? またなんかあったら俺から連絡するからよ」
そう言うとジェノサイドはソファから立ち上がった。ハヤテがまだ終わってないとその身体を押さえつけようとする。
「あのなぁ、もう十分なんだって! てか今回とは関係ない箇所も包帯で巻かなくていいから! 全身包帯でぐるぐる巻きにする気か」
「何を言っているんですか! 僕はただ傷を保護しようとしているだけです。菌が入り込んで悪化したらどうするのですか!?」
「オーバーなんだよどいつもこいつも! 俺が今まで怪我で苦しんだことあったかっつーの!! とにかく飯だ飯。俺は今猛烈に腹が減っているから食堂行くぞ」
そう言うとジェノサイドはハヤテの作業を強制的に途中で終わらせると脱がされたシャツを着て広間を出た。行先は廊下を少し歩いた先にある食堂だ。
夕食の時間はとっくに過ぎているが、調理係の構成員が居てくれたら何か出してくれるかもしれない。
食堂の空間に入って調理場を覗くと見知った顔がいた。
「よう、秋原。もう時間過ぎてて悪いけど何か出せるかな?」
「おーそーいー。まぁ、まだ今日出したカレーが残ってるけど……。それでもいい?」
「あぁ。すまない」
ジェノサイドは席を確保して見回す。
ピークを過ぎているからか、利用者はゼロとまでは行かないがまばらだ。それも、食事を済ませて時間を潰している者がほとんどだ。
彼は、今日起きた事の一切を振り返る。
メガストーンの初探索、レイジとミナミとの出会い、そして五百城との衝突。
日記を書く習慣があったならば、今日だけで膨大なページを費やしていたかもしれない。色々な事があったものだと長く重いため息を吐いていると、秋原がわざわざトレーに乗せて運んで来てくれた。
「はい。お待ちどおさま」
「いつも悪いな。皆のために」
「今更何よ? 変なの」
「別にいいだろ……いただきます」
普段はそこまでしないのだが、ジェノサイドは目の前に料理を作ってくれた人が居るために手を合わせた。それを見て微笑んだ秋原は調理場へと戻ろうとする。
「あっ、ちょっと待った」
ジェノサイドのその声に、彼女はピタリと体を止め、強ばらせた。
「食べながらで悪い。ちょっと話がしたいんだけど……いいかな?」
「レン君が私に? な、なんか珍しいね」
「忙しいか?」
「ううん。今は平気」
秋原はそう言うと付けていたエプロンを解き、彼の向かいの席に座った。座った瞬間に目が合う。彼女はにっこりと笑った。
「どうかしたの?」
「まぁな。今日一日色々あり過ぎたんだ」
ジェノサイドは熱いカレーを口に運びつつ、何処から話そうか少しばかり悩む。しかし、いきなり物騒な話題を振るのも気が引けるのでまずは雑談から入ることにした。
「どうだ? やって行けそうか? 此処で、この環境で」
「ねぇレン君どうしたの? なんかおかしいよー? ……なにかあったの?」
「まぁ色々とな。それでどうだ?」
「その質問は本来だったらもっと前にするべきだと思うんですけどー。でも大丈夫だよ。私は問題なくやれてる」
「岩船はどうだ? 最近姿が見えないが……あいつも元気か?」
「元気だよ。萌えちゃんは先生になりたがってるからいつも勉強頑張ってる」
「そうか……」
ジェノサイドは一旦スプーンを置いて宙を眺めた。秋原と岩船とは高校以来の仲だ。ここに至るまでに多くの騒動があった。それを微かに思い出そうとしてやめた。
そして、彼は決心するかのように強く目を閉じては開く。
「今日、結社の人間と一悶着あった」
「えっ……?」
眩しい笑顔に包まれていた秋原の顔は瞬時にして青ざめた。ジェノサイド以上に恐れているようかのように。
「話せば長くなるしあんま関係ないから今回は省くが……まぁ何があったかは近々耳に入ると思う。てか問題はそこじゃない。とりあえずこの事を伝えておこうと思ってな」
「どうして? 一番大事でしょ? 話してよ……」
「秋原、重要なのはここからだ。いいか、今回の件でお前や岩船は何の関係も無い。これだけは断言する。だけど今回の件でお前の事が頭をよぎってな」
「私……?」
「秋原、お前はこれからどうしたい? お前が皆のために食事を作ってくれるのは非常に有難いし、この組織には無くてはならない存在だと思ってる。だけどお前にもお前の人生があるはずだ。岩船は夢に向かって進もうとしている。俺の大学の友人もやりたい事があって学んでいる。お前は……今のままで大丈夫か?」
「さっきから変な事を聞いてくるな、と思ったら……そういう事だったんだね」
秋原の目が潤んだように見えたが、光の反射にも見える。一瞬ジェノサイドはやはり余計な事を言ってしまったかと肝を冷やす思いに駆られたが杞憂に終わった。
「私は……大丈夫だよ。ちゃんと学校にも行ってるし私は私で夢あるから。って言うかレン君戦ってる最中に私の事考えてた訳ぇ? 集中しなさいよ!」
「悪い悪い、ちょっと気になっただけさ。それじゃあ秋原、もしも俺や組織に……」
「私はレン君について行くよ。勿論自分の夢を追いながら、ね」
ジェノサイドはそれを聞いて言いかけた言葉を飲み込んだ。言う必要は無い。それを理解したからだ。
ちなみに彼は"何かあった場合は他の仲間を頼れ"と言いたかった。今日の五百城との衝突で一瞬だがこの組織が無くなった時の光景が浮かんだためだ。
「そうか。そう言ってくれて嬉しいよ」
「今何か言おうとしたよね? なに?」
「何でもねぇよ」
そう言うと、これまで会話に夢中で食べるペースが遅かったために急いで食べた。
「ご馳走さま。今日は動き回ったからか特に美味しく感じたよ」
「本当に!? 隠し味入れた甲斐があったなぁ」
「おい待てお前何を入れたんだよ……」
「ひっみつー!」
嬉しそうに笑いながら、秋原は空いた食器をトレーに乗せると調理場へと運んで行った。
ジェノサイドは彼女の後ろ姿を見てこの話をして良かったのだろうかと最後まで悩む。
しかし、同時に心に誓った。何が何でもこの組織は守り抜くと。ふざけた議員やその辺の組織から狙われようと、命を懸けて守り切ると。彼女のようにこの世界の安寧を願っている者が、此処には多いためだ。
ジェノサイドが彼女にこの話をした理由はもう一つあった。
三年前。彼女と彼女の友人である岩船は、深部集団を知らない一般人の身でありながら、結社の人間絡みで騒動に巻き込まれた過去があった。当時の景色が蘇ったためだ。
(奴は……五百城は当時の事件をチラつかせた……。元後輩が俺と面識があるだと?)
ジェノサイドは秋原の後ろ姿を追いながら、心の中でそう呟く。
五百城のその発言については彼女には一切しなかった。余計な心配事を生まないためである。
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