二次創作小説(新・総合)

Re: 逃走中:恋路迷宮ターミナル ( No.56 )
日時: 2023/07/01 23:55
名前: 綾木 ◆sLmy/eUNds (ID: ANX68i3k)

Case 1 ~シロの場合~



シロ
「いやぁ、実に楽しみだな」


トシタカ
「えっ?あぁはい、そうですね」


約束の時間からおよそ30分。



俺は、会長と共に花火大会の会場へ向かって普通電車に揺られていた。






シロ
「~♪」


トシタカ
「会長、機嫌よさそうですね。花火大会、そんなに楽しみだったんですか?」


シロ
「何を言うか、当たり前だろう!昨日は楽しみすぎて一睡もできなかったんだからな」


トシタカ
「そうだったんですか……すみません、こんなに楽しそうな会長は初めて見たもので」



電車を何本か乗り継ぎ、俺たちはようやく花火大会の会場の最寄り駅に到着した。



普通電車での鈍行旅で、時刻は既に午後の4時を回っていた。





シロ
「やっと着いたな……」


トシタカ
「この辺りは空気がおいしいですね~」


シロ
「津山、すまないな。こんなに長いこと大変な思いをさせてしまって」


トシタカ
「いえいえ、そんなこと気にしてませんから。それよりも、早く会場に行きましょうよ」


シロ
「待ってくれ。会場に向かう前に1つやることがあるんだ」


トシタカ
「ん?……あぁ、浴衣ですね。どこかで着替えるんですか?」


シロ
「近くの美容院で着付けを頼んである」


会場へ向かう途中にある美容院で、会長は持って来た浴衣を着つけてもらう。


家から浴衣で来るには移動時間があまりにも長いし、この判断はまぁ妥当だろう。




待合スペースで待つこと30分、ようやく奥から店員さんが出てきた。どうやら着付けが完了したらしい。


店員さんに続いて、きらびやかな浴衣に身を包んだ会長が出てきた。


会長の浴衣は濃い青がベースで、全体に大きな朝顔の模様があしらわれている。


普段は腰まで伸びている長い黒髪は上の方でまとめられており、露わになった左耳の近くでは2・3本の細長い髪留めが光沢を放っていた。


俺が立ち上がると、会長は少し顔を赤らめて手に持った白い巾着袋をいじり始めた。




トシタカ
「……会長……」


シロ
「津山……どう、だろうか……?」


トシタカ
「うん。すごく似合ってますよ、会長」


シロ
「ほ、本当か?よかった……時間をかけて選んだ甲斐があったよ」



そう言うと、会長は少しほころんだ表情を見せた。



今、俺の目の前に立っている会長は……これまでに見たこともないくらい、綺麗な女性だった。





シロ
「そういえば、津山は浴衣じゃなくてよかったのか?」


トシタカ
「あぁ、俺ですか?なんというか……浴衣は、性に合わないというか……」


シロ
「そうなのか?直接ズレ直しするには最適な服装だと思うのだが」


トシタカ
「余計な心配ありがとうございます」


会長がいつもの調子に戻ったところで、俺たちは美容院を後にし会場への道を歩き始める。


会場が近くなるにつれて、俺たちと同じ道を同じ方向に歩いて行く人が増えてきた。


中には、俺たちと同じように男女2人で並んで歩いている人もいる。




シロ
「みんな浴衣だな……なんというか、日本の夏って感じだな」


トシタカ
「そうですね……こんな格好してるの、俺くらいかもしれないですね」


シロ
「……ふふっ」


トシタカ
「……どうかしましたか、会長?」


シロ
「やっぱり、君は相変わらずだなと思って」


トシタカ
「な、なんかすいません……」


シロ
「いや、気にするな……君はいつも通りが一番いい。そういう着飾ろうとしないところ、私は嫌いじゃないぞ」


トシタカ
「うーん……着飾らないというか、俺はただ無頓着なだけなんですけどね」



他愛もない会話をしているうちに、俺たちはようやく目当ての花火会場に着いた。


打ち上げまでまだ1時間以上あるというのに、会場は見渡す限り既に沢山の人でごった返していた。


気付けば空は暗くなり始めており、会場のあちこちでぽつぽつと明かりがともり始めているのが見える。




シロ
「おぉー……祭りだ、花火だーー!!」


トシタカ
「会長、はしゃぎすぎですって……打ち上げはまだですよ」


シロ
「だったら、花火の前に屋台を回ろうではないか。津山、早く来るんだ!」


トシタカ
「ちょっ……待ってください、会長!」



会長に手を引っ張られ、俺たちは人であふれる屋台の列へ飛び込んだ。


水風船を釣ったり、綿菓子を買ったり、射的をしたり。


屋台を回っているときの会長は子どものような無邪気な表情で、普段の厳しい佇まいとは180度違うその印象に、俺は心を奪われていた。






打ち上げ開始時間が近くなってきたので、そろそろ川沿いの観覧場所へ向かうことにした。






シロ
「どうだ津山、楽しいか?」


トシタカ
「はい、とても。普段はあまりこういうイベントには行かないんですけど……たまにはこういうのもいいですね」


シロ
「だが、満足するのはまだ早いぞ。メインはこの後の花火だからな!」


トシタカ
「分かってますよ。確か、ここの花火は日本一美しいと言われてるんですよね」


シロ
「あぁ。死ぬまでに一度見てみたいと思っていたんだが……今日、こうして君と見ることができて幸せだよ。ありがとう」


トシタカ
「っ……こ、こちらこそ……今日は本当に――」




ビュオォォォォ!!!






トシタカ
「うわっ……!」


シロ
「……っ!!」



何の前触れもなく、突風が俺たちを襲った。


ふと前の方を見やると、会長は風でめくれ上がる浴衣を手で必死に抑えていた。


やがて突風が止み、俺は会長の方に駆け寄った。




トシタカ
「会長!大丈夫ですか?」


シロ
「あ、あぁ……何とかな」


トシタカ
「すごい風でしたね……やっぱり田舎の天気は読めないですね」


シロ
「どうだ?横方向にめくれるとチャイナドレス味があって興奮するだろう?」


トシタカ
「ぜーんぜん?」




ヒュルルルル……








パーン!!




トシタカ
「……!会長、始まりました!」


シロ
「津山、急ぐぞ!」



花火の打ち上げが始まり、俺たちは観覧場所に急いで向かった。



しかし、川辺に着くとそこは大勢の人でごった返しており、とても奥へ入り込める状況ではなかった。



しかも土手は堤状に盛り上がっているため、俺たちからすれば上の方に人がいることになり花火が非常に見づらくなってしまっている。






シロ
「相当混み合うとは聞いていたが……まさかここまでとはな」


トシタカ
「まいりましたね……これじゃろくに見えやしませんよ」


シロ
「だが、こんなこともあろうかと事前に第二の場所を調べておいてある」


トシタカ
「おぉー……さすが会長。それで、その場所はどこにあるんですか?」


シロ
「えっと……こっちだ。付いて来てくれ」


会長に導かれ、俺たちは木々に覆われた暗い山道を駆け上がった。


花火の音は相変わらず大きな音量で響いてくる。どうやら、第二の場所といってもさほど離れたところではないらしい。




シロ
「ここだ!」


トシタカ
「ここですか……本当に誰もいませんね」



移動することものの5分で、俺たちは開けた場所に着いた。



さっきまでの会場とは打って変わって明かりも人の姿もなく、辺りは薄暗かった。




トシタカ
「ここからだと、花火はどの辺に見えるんでしょうか?」


シロ
「多分、あっちの方だと思うんだが……」




ヒュルルルル……








パーン!!




トシタカ
「……会長、見えましたか?」


シロ
「あ、あぁ……上の方だけ……」



人ごみから逃れることはできたものの、肝心の花火の見やすさはさっきとほとんど変わっていないように感じる。



不都合なことに、花火の打ち上がっている方角は木々が濃く立ちはだかっているからだ。




トシタカ
「……おっ、会長!あそこならもっと見やすいかもしれませんよ!」



たまたま近くにジャングルジムのような構造物を見つけたので、俺はそこに登ってみることにした。






トシタカ
「この高さならきっと見えるようになりますよ!会長、登ってみましょう」


シロ
「まっ、待て!」


鉄格子を掴んで上にあがろうとしたとき、会長は俺の腕をがしっと掴んできた。




トシタカ
「会長?」


シロ
「その……これ、本当に登るのか?」


トシタカ
「はい。絶対にこのてっぺんの方がよく見えますから」


シロ
「そ、そう……だよな……」



そう言う会長の声は、心なしか弱弱しく聞こえた。



よく見ると、俺の腕を掴む会長の右手も少し震えているように感じる。






トシタカ
「会長……もしかして、高い所苦手なんですか?」


シロ
「……っ……」



俺の腕から手を離さぬまま、会長は無言でおもむろに頷いた。



どうやら会長は高所恐怖症らしい。



普段強気な会長が俺の前でこんな弱みを見せたことには、正直少し驚いた。






トシタカ
「だったら、会長が先に登るのはどうですか?」


シロ
「……!?わ、私が先……!?」


トシタカ
「俺が会長のすぐ後に登ります。そうすれば、会長が落ちてきても下で俺が支えられますから」


シロ
「……津山……」



会長は俺の提案を受け入れ、鉄格子を掴んでジャングルジムを登り始めた。



俺もそのすぐ下から会長を追うようにして上へあがっていく。



会長は運動能力も高いため、高い所が苦手だという割には結構スムーズに登っている。




トシタカ
「もうすぐです会長、頑張ってください」


シロ
「わ、分かってる――あぁっ!」


トシタカ
「会長!」



突然会長は足を滑らせ、バランスを崩した。


俺は咄嗟に両腕と胸腹部で会長の身体を支えた。


会長の手はしっかりと鉄格子を掴んでいたものの両足は完全に外れてしまっており、体重のほとんどを俺に委ねる格好となっていた。




シロ
「すっ、すまない……!」


トシタカ
「会長、大丈夫ですか?」


シロ
「この体勢……傍から見ると立ちバックに見えそうだな」


トシタカ
「うん、どうやら平気みたいだ」



会長はすぐに体勢を立て直し、そのままジャングルジムの頂上に登った。



会長に続いて俺も頂上に到達し、花火の打ち上がっている方向の空を見やる。




ヒュルルルル……








パーン!!




トシタカ
「おぉー……!」


シロ
「見える……見えるぞ!」



俺の予想通り、ジャングルジムの頂上からは日本一の花火がよく見えた。



俺たち2人のことを祝福するかのように、色とりどりの花火が真っ暗な空を染め上げている。




シロ
「これだ……これが見たかったんだよ、私は」


トシタカ
「やっぱり登ってみてよかったですね」


シロ
「あぁ……津山がいなかったら、きっと私はこんな景色を見ることはできなかっただろう」


俺たち2人はそのまま互いの身体を支えながらバランスをとり、夜空に咲き乱れる花火の美しさを楽しんだ。






やがて花火ショーは終わり、空には何筋もの煙のみが残った。




トシタカ
「終わっちゃいましたね……」


シロ
「あぁ……本当に、あっという間だったな。でも、今日は楽しかったよ。最後に最高のスポットで花火を見ることもできたしな」


トシタカ
「はい。色々ハプニングはありましたが、俺も大満足でしたよ。会長、今日は本当にありがとうございました」


シロ
「おっ、お礼をするのは私の方だ。津山……今日は1日付き合ってくれて、本当にありがとう」



やはり俺の会長を選んだ判断は間違っていなかった。



会長のおかげでこんなかけがえのない体験をすることができたし、それに今日1日を通じて会長への想いを再確認することができたからだ。




トシタカ
「そろそろ下りましょうか、会長」


シロ
「津山!」


トシタカ
「……どうかしましたか?」


シロ
「そ、その……だな」



会長はいつになくぎこちない様子で震えた声を発している。


そして、会長は一呼吸おいて俺にこう言った。



シロ
「わっ……私は、君のことが好きだ」


トシタカ
「…………?」



一瞬、時が止まった。



俺の聞き間違いでなければ、会長は今俺にプロポーズをしたことになる。



あの全校生徒が慕ってやまない、完璧生徒会長の天森シロが、である。




津山
「か、会長……?」


シロ
「私は……ずっと前から、君のことを見ていたんだ。君には普段厳しいことを言うこともあったが……そのたびに、ドキドキしっぱなしで……」


トシタカ
「…………」


シロ
「全校集会で演説するときも、まずいつも君のことを探していたんだよ……君の顔を見ると、心が落ち着いて上手くしゃべれるんだ」


彼女は真剣な眼差しで俺を見つめている。


俺はというと、あまりに突然の出来事に頭が真っ白になり、思考回路が完全にショートしていた。




シロ
「津山……君のことが好きだ。私と、正式に付き合ってくれないだろうか?」


津山
「……会長……」


俺は自分の耳が信じられなかった。


まさかみんなの憧れの対象である会長が、本当に俺のことを好きだなんて。


もう夜だし、俺は実は夢でも見てるんじゃないだろうか。




トシタカ
「会長……ちょっと、頬をつねってもらってもいいですか?」


シロ
「……?津山の、ほっぺをか?」


トシタカ
「だってこれ、夢かもしれないから……力いっぱい、お願いします」


シロ
「まったく……君は本当にMなんだな」


そう言うと、会長は右手を差し伸べ、俺の左頬をつねった。


痛い。確かに頬に痛みを感じる。


つまり――これは夢ではなく、現実ということになる。




シロ
「こっ、これで……いいだろうか……?」


トシタカ
「夢じゃない……俺、本当に……」


シロ
「それで……その、君は、どうだろうか……?」


トシタカ
「えっ、何がです?」


シロ
「にっ、2回も言わせるな!……君は……私のことを、どう思っている?」


トシタカ
「…………」


俺はショートした思考回路を元に戻すために少し時間をおき、深呼吸をした。


そして、あらためて会長の目を見つめ、声を発した。




トシタカ
「俺も好きですよ、会長のこと」


シロ
「…………!?」


そう言うと会長は驚いた様子で、目を見開いた。




シロ
「ほ、本当か……?君も、私のこと――」


トシタカ
「最初は服装とか、行動とか、細かいところまで厳しく指摘されて、正直少し苦手でした」


シロ
「そ、そうか……それは申し訳なかったな……」


トシタカ
「でも、それも会長が俺たちのことを思ってやっていることなんだって。しっかり生徒会長の務めを果たしているからこそ、うちの高校のみんなが会長のことを支持しているんだって思ったんです。会長がいつもお仕事頑張ってるの、俺分かってますから」


シロ
「…………」


トシタカ
「会長の仕事ぶり、いつもかっこいいなって思っていました。勉強も運動もできて、それに美人で……会長は、俺の持っていないものを沢山持っていて、本当に尊敬しています」


シロ
「……津山……」


トシタカ
「だから……そんな会長に好きだって言ってもらえて、本当に光栄です。こちらこそ、これからよろしくお願いします」


シロ
「…………!」


会長は再び目を見開き、右手を口に添えて固まった。


本当に驚いてるのはこっちなのに、会長の方が驚いている様子である。




シロ
「…………」


トシタカ
「……会長……?」


シロ
「す、すまない……腰が、抜けて――」


トシタカ
「会長!」


腰を抜かした会長は、座ったままよろけて体勢を崩した。


会長が下へ転げ落ちてしまわないよう、俺は咄嗟に会長の身体を両腕で抱えるようにして支えた。


よっぽど緊張していたのか、全て伝え終わった会長の身体は気の抜けた風船のように柔らかかった。




シロ
「つ、津山……」


トシタカ
「会長……大丈夫ですか?」


シロ
「……津山の身体、暖かいな……」


トシタカ
「すっ、すみません!夏なのに、暑苦しいですよね――」


シロ
「いや、このままでいい……もう少しだけ、この時間を堪能していたいんだ」


トシタカ
「会長……」


そう言うと、会長は自分から両腕をそっと俺の肩にまわした。


俺を包み込む会長の温もりは、夏の暑さなど忘れてしまうほどの心地よさだった。





シロ
「津山……愛しているぞ」


トシタカ
「はい。俺もです」



空からはいつの間にか花火の煙が消え、幾多の星が瞬いていた。


そんな幻想的な夜空の下で、俺たちはしばらくの間抱き合い続けた。






             -完-