二次創作小説(新・総合)

Re: 逃走中:恋路迷宮ターミナル ( No.58 )
日時: 2023/07/03 23:55
名前: 綾木 ◆sLmy/eUNds (ID: ANX68i3k)

Case 3 ~ルルの場合~



ルル
「結構混んでるわね……」


トシタカ
「あぁ……今日の朝、なぜか止まってたからな」



約束の時間からおよそ30分。


俺は、ルルと共に水族館を目指し満席の地下鉄に乗り込んだ。




ルル
「~~~っ、~~~っ!」


トシタカ
「…………?」


ふとルルの方を見やると、彼女は背伸びをしながら一生懸命吊り革に手を伸ばしていた。




トシタカ
「萩原。なにもそんなに頑張らなくても――」


ルル
「うっ、うるさいわね……これくらい……!」


トシタカ
「はぁ……仕方ないな」


そう言って、俺は空いていた左腕をルルの方へ近づけた。


するとルルは少しだけ目を見開いて、俺の方を見た。




トシタカ
「ほら。袖でも裾でも、適当な場所つまんどけよ」


ルル
「……うん……」


ルルは上着の袖を右手でつまみ、再び下を向いた。






発車から20分弱で、俺たちを乗せた地下鉄は目的の最寄り駅に到着した。


水族館までは、さらに徒歩で10分ほどである。




トシタカ
「この道をただまっすぐ行けばいいんだよな。これなら1人でも迷わないぞ」


ルル
「つっ……津山」


トシタカ
「ん?どうした?」


ルル
「……て……ない……」


トシタカ
「えっ?何か言ったか?」


ルル
「その……手、つながない……?」


トシタカ
「萩原……?」


ルル
「一応私たち、今日は初めての……でっ、デート……なんだし……」


トシタカ
「…………」


ルル
「いっ、嫌だったらいいわよ。私だって、別にアンタなんかと――」


トシタカ
「いいよ」


ルル
「……へっ……?」


トシタカ
「俺の方は全然構わないぞ。ほら」


ルル
「つっ、津山……」


俺が左手を差し出すと、ルルはゆっくりと右手の指を絡めてきた。


ルルの指は、とてもすべすべした心地のよい感触だった。


俺と手をつないだルルは、なぜか耳を赤くしてうつむいていた。




歩くにつれ、周りに同じお客さんと思われる人たちが増えてきた。


中には、俺たちのように手をつないで歩いているカップルや家族連れもいる。




トシタカ
「萩原」


ルル
「なっ、何よ?」


トシタカ
「俺たちってさ……傍から見ると、デート中っていうより親子って感じ――いでででで!!!」



ルルは俺の左手を力まかせに握りつぶしてきた。


俺はその激しい痛みに悶絶してしまった。






そうこうしているうちに、俺たちはようやく水族館の入り口に到着した。




ルル
「津山、チケットは持って来たわよね?」


トシタカ
「あぁ。ちゃんとここにあるぞ」


そして、俺たちはようやく水族館の中へと足を踏み入れた。


そこは青々とした水槽に囲まれた幻想的な空間で、さながら海の中にいるようだった。




トシタカ
「綺麗だな……さすが、噂の水族館なだけあるな」


ルル
「ほら、いつまでそこに突っ立ってんのよ。時間がないわ」


トシタカ
「えっ、時間?何か急ぎの用でもあるのか?」


ルル
「すぐに分かるわ。とにかく今は私に付いて来て」


ルルのリードで、俺たちは水族館の内部を見て回った。


中にはいろんな種類の魚がおり、ルルはその1つ1つを見るたびに目を輝かせていた。


今日のルルは普段の冷たい雰囲気からは想像もつかないほどに表情が豊かで、少し顔がほころぶたびに俺は胸の高鳴りを感じていた。




トシタカ
「あっ……この水槽はちょっと高いな。萩原、見えるか?」


ルル
「だっ……だいじょう……ぶ……!」


トシタカ
「無理しなくていいぞ。ほら、俺が持ち上げてやろうか?」


ルル
「その必要はないわ」


そう言うと、ルルは大きなバッグの中から折り畳み式の踏み台を取り出し、その上に乗った。




ルル
「どう?これで持ち上げられて恥ずかしい思いをすることもないわ」


トシタカ
「いや、結構見られてるんだが」




順路の半分を過ぎたくらいのところに、大きく開けたスペースがあった。


中央には大きな丸いプール・その周囲には多数の座席があるのが見える。




ルル
「これからここでイルカショーを見るわよ」


トシタカ
「なるほど、急ぎの用ってこのショーのことだったのか」


ルル
「でも、始まるまであと2分しかないわ。急いで席を探すわよ」


ショーが始まる直前だったこともあり、座席はほとんどお客さんで埋めつくされていた。


しかし思いもよらぬことに最前列にちょうど隣り合った2つの席を見つけたため、俺たちはそこに座ることにした。




ルル
「はぁ……何とか間に合ったみたいね」


トシタカ
「まさかこんなところが都合よく空いてるなんてな。ラッキーラッキー」


ルル
「あれ……あれっ、あれ……?」


トシタカ
「……どうした?何か探しものか?」


ルル
「ないわ……レインコート、持って来たはずなのに……」


ルルはレインコートを持ってきていたらしいのだが、バッグの中を探しても出てこない。


俺たちの列は最前列であり、ここでは水しぶきを浴びることは避けられないだろう。




ルル
「どうしよう……このままじゃ私たち、確実にずぶ濡れよ……」


トシタカ
「どうする?後ろの席に移るか?」


ルル
「もうどこも空いてないわよ……それに、もうショーが――」




~♪





ルル
「……始まったわ……」


トシタカ
「この際しょうがないな。できるだけ水がこっちに来ないことを祈るしかない」


結局、俺たちは生身でイルカショーを見ることになった。


ショーが始まると、いきなりプールの中央から3頭のイルカが飛び出し、高く宙を舞った。




ルル
「おぉー……!」


トシタカ
「すごいな……こんなに高く飛べるものなのか、イルカって」


大きな音楽に合わせ、3頭のイルカは縦や横に回転しながらジャンプしたり、背中にインストラクターを乗せて周囲を泳いだり、中心で立ち泳ぎをしたりした。


そのたびに客席からは歓声や拍手が飛び交い、会場のムードは最高潮だった。




トシタカ
「そういやあのイルカ、他のに比べて小さくね?」


ルル
「今気づいたの?あの子はまだ生まれたばかりなのよ」


トシタカ
「へぇ、そうなのか」


3頭のうち1頭は生まれたばかりで他の2頭に比べて極めて体長が小さかったが、泳ぐ速さや飛ぶ高さなど、技のレベルは他の2頭にも引けを取らないレベルだった。




トシタカ
「あんな小さいのにすげぇな……なぁ、萩原」


ルル
「何よ、それ。私に喧嘩売ってんの?」


トシタカ
「いやいや!ああいう頑張り屋なところ、萩原にそっくりですごいなと思っただけだよ。きっと毎日一生懸命努力してるんだろうな……」


ルル
「ふ、ふぅん……」


トシタカ
「何と言うか……一寸の虫にも五分の魂というか――痛い痛い痛い痛い!!!」


ルルは座ったまま俺の右足を踏みつけ、力いっぱいつま先をねじ込んできた。


俺はその激痛に再び悶絶してしまった。




そんなことをしている間にショーはクライマックスに突入していた。


これまで水しぶきがプールの外まで達する場面が何度もあったが、幸い俺たちのいるゾーンはほとんど被害なしだった。




ルル
「時間的にこれがラストかしら」


トシタカ
「何か、ここはレインコート無くても大丈夫そうだったな」


ルル
「そ、そうね……」


プールの中心部から、3頭のイルカが一斉に回転しながら飛び出してきた。


イルカたちは、今日1番の高さまで舞い上がった。


その後、大きいイルカの1頭が俺たちの近くに落下してくるのに気づいた。




トシタカ
「萩原、危ない!」


ルル
「えっ……!?」


イルカは俺たちのすぐ目の前の水面に飛び込んだ。


落下の衝撃はすさまじく、すぐに激しい水しぶきがこちらに向かってきた。


俺はその津波のような水しぶきの直撃を受け、背中が一気に濡れていくのを感じた。




ルル
「つっ……津山……」


トシタカ
「萩原……濡れてないか?」


ルル
「うっ……うん……」


俺は何とかルルの目の前に両手を広げて立つことにより、彼女をかばうことに成功した。


ルルは突然のことにびっくりしたのか、目を丸くしていた。


閉幕後、会場はお客さんたちの拍手に包まれていた。




トシタカ
「へっ……へっくし!」


ルル
「もう……津山、ずぶ濡れじゃない」


トシタカ
「ははは……でも、萩原が無事でよかったよ。まさか最後にあんな大きいのが来るなんてな」


ルル
「つっ、津山……その、ありがとう……」


トシタカ
「お前のことちゃんと守れるか自信なかったけど、萩原が小さかったおかげで何とか防げたよ」


ルル
「もう一度足踏まれたいのかしら?」


トシタカ
「すいません何でもないです」


その後俺たちは会場を後にし、上着を乾かす目的も兼ねて屋外で少し休憩することにした。


俺がテラスの席を探す間、ルルは売店で飲み物を買って持ってきてくれた。




ルル
「はい。これがアンタの分」


トシタカ
「おぉ、サンキュー。これいくらだった?」


ルル
「おっ、お金ならいいわよ……これ、一応さっきのお礼だから……」


トシタカ
「お礼なんかいいって。気が済まないから俺にも払わせてくれよ」


ルル
「いっ、いいって言ってるでしょ!アンタは黙って受け取りなさい!」


トシタカ
「は、はぁ……」


ルルの威圧に圧倒された俺は、結局彼女に対価を支払うことはなかった。


まさか初デートで女の子におごってもらうなんて、男としては不本意な限りである。




空は雲一つない快晴で、真夏の太陽が容赦なくテラス席を照らしていた。




ルル
「外はホントに暑いわね……」


トシタカ
「あぁ……でも、これなら俺の上着もすぐに乾いてくれそうだな」


ルル
「ふふっ……そうね」


そう言ってルルは俺の飲みかけのボトルに手を伸ばし、口をつけて中身を飲んだ。




トシタカ
「はっ、萩原!」


ルル
「なっ、何よ急に」


トシタカ
「それ、俺のなんだけど……」


ルル
「え…………っ!?!?」


ルルは間違いに気づくと目を丸くし、右手で口を覆った。


普段冷静沈着なルルがここまで慌てているのは初めて見た。




ルル
「え……あ……嘘……」


トシタカ
「ははは、萩原もドジなところあるんだな」


ルル
「わっ、私……今……!」


トシタカ
「でも、俺はそういう方が愛着があっていいと思うけどな」


そう言ってボトルに口をつけると、ルルが勢いよく立ち上がった。




ルル
「えっ……ちょっと、何飲んでんのよ!!」


トシタカ
「え?だってこれは俺の――あっ……」



俺はようやく、ルルが顔を真っ赤にして取り乱しているわけを理解した。


このボトルを通じて、俺とルルは互いに間接キスをしてしまったのだ。


その事実に遅れて気づいた俺は、少しだけ顔が熱くなるのを感じた。




トシタカ
「その……萩原、本当にすまん……」


ルル
「バカじゃないの……ホントにバカじゃないの……!?」


その後はしばらく気まずい時間が流れ、互いに話すことも見ることもできなかった。




しばらくして落ち着いた俺たちは、さっきのことは触れないようにして水族館に戻った。


そして、残りの展示スペースを見て回った。


ルートの最後には水槽でできたトンネルがあり、そこをくぐり終えたときには俺もルルも完全にいつもの調子に戻っていた。




水族館を出ると陽が沈みかけていて、空は淡い橙色に染まっていた。


俺たちは近くにあった無人の公園に立ち寄り、ベンチに腰掛けた。




ルル
「つ、津山」


トシタカ
「ん?どうした?」


ルル
「その……今日は付き合ってくれてありがとう……」


トシタカ
「あぁ。俺の方こそ、誘ってくれてありがとう。今日はすげぇ楽しかったよ」


ルル
「わっ……私も……」


そう言うルルの顔はうつむいていて、表情をよく確認することができなかった。


その後しばらく無言の時間帯が続いたが、その静寂を破るようにルルがこう切り出してきた。




ルル
「ねっ……ねぇ、津山」


トシタカ
「ん?何だ?」


ルル
「その……私、実はまだ津山に言ってないことがあるの」


トシタカ
「俺に?何か言うことがあるのか?」


ルル
「えっと……その……」


ルルは下を向いたままもじもじした様子だった。


10秒間の沈黙の後、ルルはようやく口を開いた。




ルル
「私……チケット、間違えて2枚買ったって言ったでしょ……?」


トシタカ
「ん?あぁ、そういやそうだったな。それでその1枚を俺にくれたと」


ルル
「その……本当はね、あれ間違えて買ったんじゃないの」


トシタカ
「……えっ、そうなのか?」


ルル
「……うん……」


トシタカ
「じゃあ、一緒に行く予定だった人が急に行けなくなったとか?」


ルル
「違う……そうじゃなくて……」


トシタカ
「……?それじゃあ、何で――」


ルル
「……と………たの……」


トシタカ
「えっ、今何て?」


ルル
「私……ここにアンタと来たかったの……」


トシタカ
「…………???」


頭が真っ白になった。


俺は、ルルの言葉の意味が理解できなかった。




トシタカ
「えっと……つまり、萩原は俺とここに来るためにチケットを2枚買ったってこと?」


ルル
「そっ、そうよ……何回も言わせるんじゃないわよ」


トシタカ
「うーん……でも、どうしてなんだ?俺と一緒にここに来たかった理由ってのはなんなんだ?」


ルル
「…………よ」


トシタカ
「………ん?」


ルル
「…………きよ」


トシタカ
「えっ……すまん、もう1度言ってくれないか?」


ルル
「だから……好きって言ってるの!!」


トシタカ
「…………!?」


ルルが唐突にこっちを向いて大声を出したため、俺は思わず後ろにのけぞってしまった。




トシタカ
「えっと……好きって、何が?」


ルル
「……っ!?何でそこまで言わなきゃ分かんないのよ!」


トシタカ
「すっ、すまん……でも、本当に分かんなくて――」


ルル
「……た…………なの」


トシタカ
「えっ、もう1回――」


ルル
「私は、アンタのことが好きなの!!」


トシタカ
「…………!?!?」




顔を赤く染めてそう言うルルの前で、俺は自分の感情を隠すことができなかった。


俺が今驚いているのはルルが急に大声になったからではなく、その内容が信じられなかったからである。


ルルは、俺のことが好きだと言った。




トシタカ
「はっ……萩原……!?」


ルル
「アンタは……どうしようもないほどバカでヘタレで……最初はアンタのこと、嫌いだったわ」


トシタカ
「ひっ、ひでぇ言われようだな……」


ルル
「でも……アンタって、何だかんだで頼りになるのよ……私にできないこと、嫌な顔せずにいつも率先して引き受けてくれて……」


トシタカ
「そんな……俺は全然……」


ルル
「それに、アンタは他の男と違って威張ったりしないし……アンタと話してると、楽しいし……」


トシタカ
「…………」


ルル
「いつの間にか、頭の中はアンタのことばかりになってて……授業中も、気づいたらアンタのこと見てて……」


トシタカ
「……萩原……」


ルル
「それで、自分の気持ちに気づいたの……本当は私、アンタともっと一緒にいたいんだって」


トシタカ
「そっ、そうだったのか……」


ルル
「だから私……もっと、津山の近くにいたい……。私は……アンタの、1番になりたいの!」


トシタカ
「……萩原……」



俺はルルのことはずっと友達だと思っていた。


ルルはよく俺にバカだとか無能だとか言ったりするし、正直内心は見損なわれているとすら思っていた。


だから、まさかルルが俺のことをこんな風に思ってくれていたなんて思いもしなかった。




トシタカ
「…………」


ルル
「みっ……見てないで、何か言いなさいよ!……笑うなら笑いなさいよ……無反応より、そっちの方がよっぽど――」


トシタカ
「笑うわけないじゃないか」


ルル
「…………?」


トシタカ
「ただ、ちょっと驚いてただけだよ……萩原が、俺と同じこと思ってたなんて考えもよらなかったからさ」


ルル
「…………えっ……?」


ルルは目を見開き、まるで何が起こっているのか分からないかのような顔をしている。




トシタカ
「俺、萩原のこといつも頼りにしてるんだよ。俺が頼んだら勉強教えてくれたり、些細な相談にも乗ってくれるし……本当に、お前には感謝してもしきれないよ」


ルル
「そっ……そんなこと……」


トシタカ
「何より萩原の頑張り屋なところ、俺は好きだぞ。俺が手出す前にいつもまずは1人で解決しようと一生懸命努力してるところ、俺は知ってるからな」


ルル
「…………っ!」


トシタカ
「でも俺、萩原は頑張りすぎだと思うんだ。地下鉄のときもそうだったけど、自分の力でどうにもならないことがあったら、もっと甘えてもいいと思うんだ」


ルル
「わっ……悪かったわね……」


トシタカ
「だから、萩原にできないことは俺が全部やってやる。俺、これからはお前にもっと俺のことを頼って欲しい」


ルル
「え……それって……」


トシタカ
「萩原は俺のできないことをやって、俺は萩原のできないことをやる。萩原……これからは2人で、恋人として支え合っていこう」


ルル
「…………!!」



ルルは俺の方をじっと見つめたまま、その場で固まった。


彼女の頬は紅潮していて、目はより一層丸く開いていた。




トシタカ
「萩原、これからよろしくな」


ルル
「…………嫌よ」


トシタカ
「……えっ……?」


ルル
「私たち、恋人同士なんでしょ……?そんな堅苦しい呼び方、私は嫌」


トシタカ
「呼び方……萩原、じゃダメなのか?」


ルル
「ルルって呼んでよ……苗字呼びなんて、なんかよそよそしいじゃない」


トシタカ
「そっ、そういうことか……」


ルル
「その代わり……私もアンタのこと、これからは名前で呼ばせてもらうわ」


トシタカ
「ま……まぁ、お前がそれでいいなら……」


恋人生活開始の第一歩として、俺たちは互いの呼び方を改めることにした。


いきなり名前呼びになるのはだいぶ違和感が残るが、これから少しずつ慣らしていきたいと思う。




ルル
「じゃあ……いいかしら?」


トシタカ
「あぁ、いいぞ」




ルル
「これからよろしくね……トシタカ」


トシタカ
「こちらこそよろしくな、ルル」


お互いに少し照れくさくなって、俺たちはくすっと笑い合った。


濃いオレンジに染まった空の下、俺たちはぎゅっと手をつなぎ合って無人の公園を後にした。






             -完-