ALLジャンルのオリジナル小説、ライトノベル、二次創作、ss小説やイラスト投稿なら「小説☆カキコ」

　第18話　生ト死ノ狭間

　癒月がトレイターに連れ去られてから、四日が経った。
　現代から未来へと連れて来られてからは、六日も経過しているのだが、未だ現代に戻れそうな気配は無い。
「…現代に戻りたいけど…、癒月が、心配だ」
　フェイがぼそっと呟いた言葉を聞いて、月牙が少し目を丸くした。
「珍しいね。フェイがそんな風に思うなんて」
「思うも何も、それ以前に師匠はどうなんですか？

　——癒月は貴女の義娘でしょう？」
　
　フェイから飛んできた言葉に、月牙は瞠目する。
「私、貴方に話したかしら？」
「いえ、太陽から聞きました。癒月は生まれた後に月城家の養子となったと。彼の父親が、よく話していたそうなので」
「…成程。癒月の双子の兄ね…まあ、教えられていた可能性はあったわね…」
　その筋から漏れると思っていなかったのか、考えている月牙の横でフェイは。
「所で、何故師匠は——

　癒月の記憶を封じたんですか？」

　そんな言葉を放ち、それに月牙は再び瞠目し、嘆息した。
「…一体どこまで？」
「僕はそこまでしか知りませんよ。ただ、何となく癒月が過去の記憶を失っているような気がしたので」
「…そう。なら、その先は知らないのね」
「？」
　月牙が言った言葉に、フェイは首を傾げた。
「私が癒月、あの子の記憶を封じたのは、マルサグーロから身を守る為と、氷炎使いを継がせる為、それと——」
　言いかけて、月牙は口を閉じた。
「…これ以上は言えないわ」
「………」
　暫く月牙をフェイは見つめていたが、諦めた様にして息をつく。
「大体、分かったからいいです。貴女がそんなに酷い人とは、思わなかった」
「私だって、記憶を封じたくなかったのよ。でも、仕方なかった。頼まれたから」
「たの…まれた？　…っ、まさか…」
「ええ、あの子の本当の母親から。行き成り、彼女に『この子を預かって』って言われた時はどうしてって思ったけど…、これの為だったのね」
　そう言って、月牙はどこか遠くを見る目をした。

「今頃…、彼女は笑っていそうね…」

　意味深な言葉を呟きながら。

　◇　　　　　◇　　　　　◇

　ぴちょん。
　薄暗い何処かで水滴が落ちる音が響き、その音で癒月は目を覚ました。
「此処は…何処？」
　前までいた師匠の前ではない。何処か違う所だ。
　気になった癒月が立ち上がって、動こうとした時。
「——氷炎使い氷の継承者月城癒月」
　そんな声が響いたかと思うと、癒月の体が動かなくなった。
「なっ…!!　縛魂…っ!?」
　そう驚くと同時に、トレイターが奥から姿を現した。
「！　トレイター…っ!?」

「やぁ。初めて会うのに私の名を知っているとはね。流石」
「何をする気!?」
　トレイターの言葉を無視して、癒月は訊いた。
「…何をするのかって？　それはねぇ…」
　彼がつかつかと癒月に近寄って、破壊死書へと手を伸ばす。
「!!　触らないで!!」
　その手から癒月は逃れようとしたが、縛魂の術の所為で逃げれず、トレイターの手が完全に破壊死書に触れた。
「————」
　トレイターが聞いた事の無い言葉を呟く。
　刹那。

　破壊死書が蠢き出したかと思うと、癒月の体内へと少しずつ侵入していった。

「————————っ!!!!」
　金切り声を上げた癒月に、嘲笑しながらトレイターはその様子を見ていた。
　癒月は抵抗しようとするが出来ず、仰向けに倒れる。
「…っ、————」
　不意に、ひくりと息を吸い込んだかと思うと、力を失って彼女の瞼が落ちた。
　その間にも破壊死書は体内へと侵入し続け、それが終わる頃には———
「ほう…、思ったよりもいい結果になったな」
　
　破壊死書の姿は何処にも無く、まるでそれの代わりのように、癒月の右頬に痣が現れていた。

「これなら十分に使える…」
　トレイターは癒月を担ぐと、何処かへと向かった。

　◇　　　　　◇　　　　　◇

「おい、お前等二人、トレイター様が呼んでいる」
　フェイと月牙を呼びに来た男が、半ば強制的に二人を外へ出した。
「この先の階段を上がった所にある部屋に行け。…決して、間違えるな」
　二人は顔を見合わせながら、その部屋へと向かった。


　その部屋には、トレイターではなく、雨宮、神童、霧野の三人がいた。
「!?　皆どうして此処に!?」
　驚いたフェイの声を聞いて、三人が彼等に気付いた。
「フェイ？」
「分からないんだ、此処に連れて来られた理由が」
「気付いたら此処に…」
　口々に言う三人の言葉を聞いて、フェイは歯軋りをした。
「…一体、何を企んでいるんだ、トレイターは…」
　そう言いつつ、ふと顔を上げると、三人が一様に月牙を見ていた。
「フェイ、この人は誰だ？」
「僕と、癒月の師匠だよ」
「！　もしかして」
「うん、僕達が助けたかった」
　フェイがそう言うと、月牙が自己紹介をした。
「先代氷炎使い炎の継承者、月城月牙と言います。癒月の義母です」
「癒月の…義母!?」
　瞠目する三人に、月牙は苦笑した。
「様々な諸事情があってね。そういう感じになってるの」
（（（何か本当にありそうだな…色々と）））
　三人がそう思った時。
「——癒月？」

　フェイから聞こえた言葉に弾かれる様にして振り返った皆は。

　そこに癒月が立っている事に気付いた。

「癒月！」
　フェイが駆け出して、癒月の許で立ち止まる。
「大丈夫だった？　怪我、は…」
　そこまで言った時、フェイは胸元にある筈の破壊死書が無く、右頬に痣がある事に気付いた。
「破壊死書は？　その、痣はどうし…」
　瞬間、戦慄に似たものが背中を這い登る。
　フェイの動きが止まった事に気付いたのか、癒月が、にぃと嗤った。次いで、瞳に残虐な光が宿ったのを、フェイは見た。
　刹那。

　——衝撃が、腹部から背中へと突き抜ける。

「————………っ!!」
　重い息と共に、生暖かいものが口端に零れて滴る。
　ややあって、衝撃が激痛に変じた。
　再び衝撃が体を貫き、力を失って、フェイの体は倒れた。緩慢な動作で手を腹部へと持っていくと、熱いものが恐ろしい速さで溢れ出ているのが分かった。
　どんどん広がっていく血溜まりの中に、何かが落ちた。
　ぼんやりとする頭で、フェイは考えた。
　歪な形のもの。赤いもので濡れている———。
　瞬間、誰かが自分の名を呼んだような気がした。
「……ゆ…づ…」
　彼女の名を呼ぼうとして、だがしかし言い終える前に、フェイの意識は闇の中に消えた。


　それは、ほんの僅かな時間だった。一刹那程の。
　たった、それだけの時間に、４人は違う方向に意識を向けていた。
　まず、最初に気付いたのは月牙だった。
　空気中に鉄の臭いを感じた彼女は、癒月とフェイの方を見た。
　フェイの腰から何か細いのが飛び出ていて、それが癒月の指だと分かった瞬間、月牙は叫んでいた。
「癒月———!!?」
　その声に弾かれたようにして、三人は癒月達を見て、絶句した。
　フェイがその場に倒れ込む。その近くに、癒月は何かを投げた。
　どちゃ、とその何かが落ちる。それが何なのか、月牙は予想がついた。
　あれは、抉られ引き千切られた、肉の塊だ。
「フェイ———!!」
　思わず叫んだ月牙の言葉に重なるようにして、癒月がフェイを掴んで放り投げた。
「！　————」
　咄嗟に唱えた呪が、間に合いフェイを包み込む。ばたばたと血飛沫が飛んで、地表にまだら模様を作る。
　ゆっくりと降ろされたフェイの許に、四人が駆け寄った。
「フェイ！　しっかりしろ!!」
　霧野にそう言われたが、既に虫の息状態のフェイは、浅く速い呼吸を繰り返すのみだった。
　腹の肉は完全に抉られ、内臓が見えていた。その内臓も所々が損傷し、出血が激しく、脈打つ度に激しく噴き出している。腹部を貫通した指が穿った三つの孔からも出血しており、既にフェイの顔色は紙のように白かった。
「間に合って…！　——治癒膜（セラピア・シールド）…!!」
　瞬間、フェイを覆うように緑色の膜が出現し、彼を包み込んだ。
　すると、出血が治まり、傷口が少しずつ塞がっていく。
　と同時に、フェイの顔色も少しずつよくなっていく。
「一応…、これで大丈夫ね」
　月牙は癒月を一瞥してから、皆に障壁魔法をかけると彼女と対峙した。
「——さて、破壊死書。癒月の体を返してくださらない？」

「断る。折角、マルサグーロの奴等がこいつと同化させてくれたというのに」
「！　貴方、まさか…っ」
「そう。今や、こいつの体は我の体も同然。何せ、我の本体がこいつの体内にあるのだからな。自由に扱える。我の中の鉄則（ルール）を守らなくて良い。——それに、こいつの意識は魂の奥底に封じられているが、我が見て聞いている景色や音を全て見聞きし、しているからな」
「って事は、さっきのあんなに酷い事も…！」
　月牙の言葉に、にやりと破壊死書は嗤った。

「ああ。余す事無く見ていたよ、手に掛けたほうの目線で、この会話も。感じるぞ、こいつの酷い感情が」

——止めて！　大事な人を手に掛けないで!!　お願い！　手を出さないで!!　お願い………!!
　癒月の感情が、月牙にも流れ込んできた。
「癒月…っ!!」
「無駄だ。既にこいつの体の隅々まで我が支配した。もう、こいつが舞台に出て来る事はない」
「あの子を…、返して！　破壊死書!!」
「返さないといっているだろう」
　破壊死書が氷破刃を作り出し、放つ。
　が、全て障壁に防がれた。
「…我の攻撃を防いだから、教えてやろう。

　——期限は、今の世が終わる日の夜中。それまでに、我からこいつを取り戻して見せろ。もし、期限内にこいつを助け出せなかったら、こいつは我に喰われて存在が消えると思っておけ」

　そう言って、破壊死書は消えた。

　神童達の許に戻った月牙は、障壁魔法を解くと、横たえさせていたフェイを抱え、踵を返しかけた。
「待って下さい！」
　が、神童に止められる。
「…何？」
「フェイを、何処に連れて行くつもりですか？」
「…良い仲間を持ったのね、二人共…。大丈夫、安心して。完全に回復したら貴方達の許に連れて行くわ。だから、今暫くは私がいとくわ。——貴方達は帰りなさい。——天空移動」
　月牙が唱えた呪で、三人の姿が消える。
　ぽつりと、彼女は呟いた。

「…一体、何処まで自分の娘をモノとして扱うつもりなの？　こんな、惨い事までして、何を狙っているの…！」
　
　彼女の呟きを、静寂だけが聞いていた。

　◆　　　　　◆　　　　　◆

　フェイは、何処か分からない場所にいた。
「此処は一体…」
　周りは薄暗くて見えない。音も聞こえるのは辛うじて先から聞こえる川の音だけである。
　一応、進んでみようと思った矢先。
「——あら、あっちは彼岸よ。こっちは此岸。間にある川が、三途の川」
　そんな声が飛んできたかと思うと、目の前に少女が降り立った。
「…!?」
　少女の顔を見て、フェイは驚愕した。
　だって、——先程見た癒月の顔と同じ顔だったから。
「——申し遅れたわね。私はサクリファイスよ」
「サクリ…ファ…、！　もしかして」
「そう。氷炎使いなら知っている事。それに、この姿は借りているだけよ。私には、実体が無いから」
　そこまで言って、サクリファイスは彼方を一瞥した。
「…この先は、死者しか渡れない。生者は渡る事が出来ない。——だから、貴方は渡れない」

「？　僕はまだ、生きてるって事？」
「そういう事。

　——貴方は片割れに殺されかけたけど、生きているわ。

　貴方の周りの人のおかげで」
「…!!」
　　サクリファイスの言葉に、フェイは驚愕した。
「あら、分かってなかったの？　——それとも、思い出さないようにしているだけ？」
「………」
　彼女が言った事が図星だったのか、彼は無言になった。
「…確かに、認めてないよ…。癒月に怪我、負わされた事…」
　が、やがて、ぽつりと言った。
　サクリファイスがじっとフェイを見つめる。
「癒月が、仲間を手に掛けるなんて、考えてなかったから…、破壊死書が無い事に気付くのが遅かったから…、こうなったんだと思う」
　目の前にいたのは、確かに癒月だった。
　あの姿は何者でもない、紛れも無く彼女だった。
　だから、油断をしてしまった。何も、考えてなかった。
「…でも、あれは癒月じゃないんだ。彼女じゃない、違う誰かが憑いて、したんだ…！」
　フェイの目がサクリファイスを捉える。
　姿形は癒月にそっくりだけど、中身が違う。
　彼女がする動作や仕草は、似ても似つかぬもので。本当の彼女とは、違くて。
「だから、僕は、癒月を助けたい。彼女が何かにか囚われているのなら、そこから解放したい。

　——彼女は、僕の大事な人だ…!!」

　決意を宿した目で、フェイはサクリファイスを見た。
　彼女はその視線を受けていたが、暫くすると逸らし、嘆息した。
「…いいわ。大事なあの子の片割れだから、助けてあげる。ただし…、貴方の体を使わせてもらうけど、いいかしら？」
「構わない」
「そう。ならOKね。…じゃあ、この道を戻って。皆、待っているから」
　最後に放たれた声は、明らかに、癒月の声だった。

　◆　　　　　　◆　　　　　◆

　重たい瞼をゆっくりと開けると、ぼやけた視界の中に、誰かの顔がある事に気付いた。
　やがて視界ははっきりとしていき、それが誰の顔なのかを映し出す。
「師…匠…」
「…目覚めたのね、良かった」
　月牙がふわりとした笑顔を浮かべる。
「…師匠、太陽達は…、っ！」
　訊こうとして、少し体を動かした彼は、体中に激痛が走ったのを感じ、顔を歪めた。
「動かないで。まだ、完全には恢復してないから」
　その言葉を聞いて、フェイははっと何かを思い出し、月牙に問うた。
「師匠、癒月は…」
　彼女は悔しげに顔を歪めながら、言った。
「癒月は…破壊死書に取り込まれて、行方知れずになっているわ」
「!!」
　破壊死書に取り込まれたという事を聞いて、フェイは驚愕すると同時に、安堵していた。
「じゃあ、やったのは癒月じゃないんだ…」
　安心したような口調を聞いて、月牙の瞳に一瞬翳りが横切る。
　が、それを見せずに、彼女は言った。
「…兎も角、しっかりと安静にしときなさい。幾ら魔法で治癒したからって、私達炎の継承者よりも氷の継承者の方が治癒能力が高いって事は分かってるでしょ？」

「分かってますよ、それ位。

　——だから、救えなかった」

「……!!」
　何処か遠くを見ながら言ったフェイの言葉を聞いて、月牙が驚愕した。
「…ごめんなさい、あの時の事を思い出させるつもりはなかったわ」
「いいですよ、もう過ぎ去った事ですし。それに、あの時の出来事がなければ、今頃僕は此処にいませんでしたし」
　そこまで言ってから、フェイは瞼を落とした。
　暫くしてから、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「………」
　近くにあった椅子に座り込み、月牙は手を額に当てた。
「…本当に、ごめんなさい…。あの時の事を、思い出させるつもり何て無かった…。あの、惨状をおもいださせる何て事は。あれは、二人にとってのかなりのトラウマだというのに…。

　——それに、彼女の事も…」

　彼女の頬を、一筋の滴が通った事を、誰も知らなかった。