二次創作小説(新・総合)
- Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【更新再開】 ( No.187 )
- 日時: 2023/10/04 21:05
- 名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)
第26話 【破滅と破壊の装置(アポストロス)】
破壊死書を封印して、自身の事を覚えていないと思っていた母親にも死ぬ間際に覚えられていて、更には異父兄がいてと立て続けに色んな事があったけど、終わったと思っていたのだ。
これからは、平穏な日々に進められるのだと。
だから、すっかり失念していたのだ。
――自分の身の内に、現れることが出来る者がいた事を。
「ッ!?」
突然心臓が跳ね上がり、呼吸が苦しくなって地面に頽れる。
「「「癒月っ!?」」」
彼女が倒れた事に皆は瞠目し、駆け寄った。
「……っ………ぅ……」
何で。どうして。心臓が。呼吸が。苦しい。息が。できな、い。
誰かに何かをされたけどそれも分からない。皆の声が聞こえたのに。誰が視界に入っているのかも分からない。
《――中々にしぶといわね。流石》
不意に声が聞こえたと思うと、癒月はモノクロの場所にいた。
聞こえた声と、この場所。
その存在を忘れていた事を、彼女は内心で後悔した。
《久しぶりね、氷の継承者。まさか私が炎の継承者の中にいる間に封印までする何てね。びっくりよ》
「……そうね、楔贄の存在(サクリファイス)。私はてっきり、消えたのかと思っていたけど」
目の前に現れた、自分の姿を借りたサクリファイス。
足が震えぬよう叱咤して、毅然とした態度で応える。
《私が目的も果たさず消えるような存在だと思った?》
「いいえ。でも、あなたの目的は終わったのではないの? 破壊死書は封印されたんだから」
癒月からの問いに、彼女はしばし目を見開き、嘆息すると。
《……だったわね。知らないわね。私にはもう一つの目的がある事を》
「……え?」
もう一つの目的? 何だそれは。
《貴女には関係無いことよ。――私に体を使われるんだから》
ふわりと浮き上がったサクリファイスが、癒月へと向かってくる。
彼女の見せた不敵な笑みを最後に、癒月の意識は途切れた。
苦しんでいた様子の癒月だったが、急にその手が止まった。
「――癒月?」
それに嫌な予感がして、無意識に名を呼ぶ。
瞬間、吹雪が巻き起こり、視界が真っ白に染められ、何も見えなくなった。
「「「なっ……!?」」」
吹雪が止んだと同時に、ふふふ……という嗤い声が響く。
皆がばっと一斉に声の聞こえた方向を見ると――そこには、癒月がいた。
「癒月…!?」
いや、違う。あの蒼玉の瞳の奥に見えるのは、氷の結晶。
「サクリファイスか……!!」
「ええ。貴方達が破壊死書を封印してくれたおかげで、私はこの子の体を使う事が出来た。感謝するわ、炎の継承者。これで、目的を果たせる」
ふっと癒月――サクリファイスが呪文を呟く。辺りに地響きが鳴り渡る。
同時に、彼女の後ろから何かが山盛りになり、そこから謎の機械が現れた。
「【破滅と破壊の装置(アポストロス)】。これが、その名前よ」
後ろに鎮座しているのは、世界を破滅させるものなのだと告げる。
そしてこれは、彼女の命令で動くとも。
「何故、そんなものを起動させようとする!」
- Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【更新再開】 ( No.188 )
- 日時: 2023/09/06 22:26
- 名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)
訳が分からないという表情で問うフェイに、サクリファイスが答える。
「何故って? 分かっているでしょ、私を作ったこの世界に復讐するためよ」
私は氷炎使いの為だけに作られた。氷の継承者にとり憑いて、破壊死書の動向を探るために。私には実体が存在しない理由は分かっていた。けど、実際には――素体が、いたのだ。
素体となったのは、当時研究員としていた一人の女性の、幼い子供だった。組織を裏切ろうとした為、みせしめで子供を殺され、私を作るための材料にされた。
私の容姿はその子供にそっくりだった。それはそうだ、その子供を元に作られたのだから。
一度だけ、私はその研究員の記憶を、覗いた事がある。
監禁されていた彼女の記憶には、私の元となった子供との楽しい記憶が残っていた。…無論、殺された時の記憶も。
そこで見たのは、子供に対する謝罪だった。私のせいでごめんなさい、あなたを死なせるつもりはなかった、生きていけるようにしたかった…。その記憶に触れ、徐々に私に気持ちの変化が訪れた。
それが決定的に変わったのは、その研究員が殺された時だった。
許さない。私を――母を殺したのを許さない。この世界ごと、滅ぼしてやる。
「……だから、私はマルサグーロを唆して、この装置を作らせた。自分達が滅びる為のものとは思わずにね。そして、私がとり憑いている者にしか、扱えないようにした。これが真相よ」
更に、自分の容姿を捨てた。とり憑いた継承者の姿を取るために。
彼女の作られた過去の――真相を聞いて、彼らは絶句した。
サクリファイスには、いたのだ。母親と言える人が。
その人がそのように殺されれば、滅ぼすという考えにいくのも無理はない。
だが、その為にこの世界ごと道連れにされては困る。
彼らには、帰るべき家があるのだから。
「確かに、君の行動には納得できる。でも、だからといって世界ごと滅ぼされたら僕達が困る。その為に、ここで、君を止める」
ざっとフェイが一歩踏み出し、そう宣言した。
「やれるものならやってみなさい。氷炎使い炎の継承者」
うっそりと、サクリファイスが笑い、そして。
「――『カタストロフィ』」
アポストロスが起動する呪文を、唱えた。
地響きが鳴り渡ったと思うと、アポストロスの先端部分が持ち上がる。
そこに光が集まり始めたのを見て、瞬間的にフェイは障壁を作った。刹那、それが光線となってこちらに放たれる。
何とか防ぎきったものの、光線が終わると同時に障壁が音を立てて崩れていく。
「やばいな……」
威力が高すぎる。最大まで高めた障壁でこれなら、次は防ぐのが難しくなる。
「皆、僕から離れないでね!」
「……俺も協力するぞ。折角妹を取り戻したってのに……また奪われちゃ流石にな」
それまで黙っていた闇焉が、同じように進み出る。
「俺が守る。弱点が何処かにかある筈だ、探せ」
言うや否や、皆に不可視の障壁が張られた上に大きな障壁まで張られた。
「ありがとう、闇焉。――雷電大渦!」
礼を言うと同時に、機械が苦手そうな魔法を放つ。しかし、効いている気配はなかった。
「無駄よ。アポストロスには貴方達の魔法は効かないわ」
今度は先端に電気が集まり始めたと思うと、それが上空に放たれた。一瞬外したのかと思ったが、すぐさま理由に気付き、闇焉が障壁を更に重ねた瞬間――大量の雷が、上から降り注ぐ。
だが、今回は罅が少し入るだけで済み、彼の障壁の防御がどれほどなのかを知る。
言葉通り任せていいと判断し、自身はまた別の攻撃魔法を放った。が、打ち消されているのか表面には傷一つつかない。
「ちっ――暴雪大嵐」
埒があかないと思ったのか、闇焉も加勢に出たが、やはり効果はない。
「ははは! 無理よ、貴方達に勝てる要素なんて一つもない!」
高らかに、嬉しそうにサクリファイスが嗤う。
「だから――さっさと消えなさい」
- Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【更新再開】 ( No.189 )
- 日時: 2023/09/06 22:24
- 名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)
刹那、機械音のような嫌な音が響いたと思うと、皆にかけていた障壁が音を立てて崩れていった。
「「なっ……!?」」
すぐに闇焉が障壁を張り直そうとしたが、違和感があり張ることができない。
フェイも同じ事をしたが、張ることが出来ずに終わる。
「魔法を使えないフィールドに作り変えたわ。これで、防がれる事もない。終わりね」
キュイィィィと先端に光が集まり始める。だが、魔法が使えない以上、防ぐ事は不可能であり、それは詰みを意味していた。
「ここ……までなのか……!」
全て終わったと、思ったのに。癒月を取り戻せて、破壊死書の封印が出来て、氷炎使いの役目も終わらせる事が出来たのに。
まさか、最後に、サクリファイスが敵として出てくるとは。彼女によって、自分達は殺されるとは。
「くそ……っ!」
「さようなら、氷炎使い炎の継承者とその仲間達。この体は、有り難く使わせて貰うわ」
光線が、放たれる。目の前に迫ってくるそれ。
逃げたって、躱したって無意味なもの。死が、やってくる。
「――残念。私がいなければ、殺せただろうに」
そんな声が耳に届いたと思うと、紙一重で築かれた障壁が、光線を防いだ。
「「「なっ……!?」」」
そこにいた者達の声が重なる。
「どうやら、私は魔法を使えるようだね。まぁ、アポストロスを作ったのは私であるから――使えるのは、当たり前なんだがな」
何で。ここに。この人が。
「どう……して……トレイター………貴方がここに……」
「至極単純な事だ。――彼女の忘れ形見を、守りに来ただけだ」
フェイがその名を呼ぶと、たった今自分達を助けた人物――マルサグーロのボスであるトレイターがこちらを振り返る。
「……お前達が破壊死書を封印してくれたおかげで、私は記憶を取り戻し、元の人格へと戻る事ができた。それに、彼女……神楽を、人として還してくれただろう。本当は、彼女にひと目会いたかったが……間に合わなくてな。だが、おかげでお前達の窮地を救う事が出来たのだから――これは彼女がそうしろと願ったのだろうな。ならば、私がする事は一つ。――お前達を守る事だ」
口調は変わらないが、言葉の端々は柔らかい。それに、神楽とは恋仲だったと神楽から聞いていた。
だから、彼の言った言葉が本当なのだと信じる事ができる。
「……まさか、貴方が敵に回るなんてね。予想していなかったわ」
「ほう、あのサクリファイスが予想していないとは――余程、私の事は甘く見られていたようだね。お前とその機械を作り上げたのは、私の組織だ。作り物が、創造主に刃向かえると思うな」
「っ黙れ!!」
彼の言葉に激昂した彼女が、アポストロスから光線を放つ。
だが、瞬時に呟いた言葉が障壁を築き、それを防いだかと思うと、別の言葉を紡いだ。
刹那、体に感じていた違和感が消える。
「魔法を使えるようにした。お前達が守りたい人でもあるだろう? ――共に戦え」
「「……言われなくとも!!」」
絶対に見られないと思っていた、敵と並び立つ。
「……必ず殺してあげるわ。この世界に復讐する為にも」
サクリファイスが不敵に笑って、アポストロスから魔法を放つ。
それを闇焉が作り上げた障壁が防ぎ、トレイターとフェイが攻撃した。が、傷一つつく様子はない。
「何か弱点はないのか、トレイター?」
障壁を練り直しながら、闇焉が問う。
「……」
無言のままの彼に怪訝そうな顔を二人揃って浮かべたが、次いで脳内に聞こえた声で察した。
- Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.190 )
- 日時: 2023/10/04 21:06
- 名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)
《サクリファイスに聞かれては困るので直接届ける。アポストロスの弱点は、機械の中心の真裏のコアだ。だが、特殊な魔法でそこが守られているようだ。しかし、真下へと潜り込み近距離から高火力魔法を放てば、弱点へと届き勝てるかもしれない。ただ、一筋縄ではいかないだろう》
トレイターから告げられた弱点を受け、その部分を一瞥する。
四つの足と先端に囲まれた、中枢ともいえる機械の真裏。そこに、弱点のコアがあるという。
恐らく、作り上げている時に万が一自分達に牙を剥いた際の対策として、作られたであろう弱点は、だがサクリファイスに弱点だと思われたのか、魔法で守られているという。
「……上等さ……!」
やってみせる。
フェイの目にその意志を感じたのか、ふっとトレイターが表情を緩めた。
「……私も、そのような気持ちを忘れていなければ……」
「どうした、マルサグーロのボス?」
ぼそりと呟いたことが聞こえなかったのか、闇焉が訊いてくるが、何でもないと言うように首を振ると、
「――私が道を作ろう。行け」
そう言って、霧と風を起こした。
あたり一面霧となって見えない。が、風がアポストロスの弱点まで導いてくれる。
「小癪な……!」
サクリファイスがアポストロスから竜巻を呼び起こす。覆っていた霧が晴れていく。
だが、晴れた先には、フェイの姿はなかった。
彼の姿が見えないことに気付いた彼女は、もしやと思いアポストロスの下へと動く。
「ッ!」
そこには、今にもコアに最強魔法を打ち込もうとしているフェイの姿があった。
「――これで、終わりだ!!」
ありったけの魔力を込めて放った魔法は、弱点に仕掛けられた魔法陣へぶつかり――消えた。
「……なっ……!?」
「コアに辿り着いたのは褒めてあげるわ。でも、私がただ守るために魔法陣を設置したと思った?」
サクリファイスが嬉しそうに口角を上げる。
すると、魔法陣が輝き出す。
「これはね、くらった魔法を二倍にして返す魔法陣なの。――自分の魔法に巻かれて死になさい」
告げると同時に、魔法陣から光が襲ってくる。
先程の魔法で魔力を大幅に消費した彼に、この魔法を防げるほどの障壁を出す魔力はなかった。
「しまっ……!」
目の前に迫ってくる光。このまま、自分は焼かれて死ぬのかと思った、刹那。
「……ッ!!」
ばっと目の前に飛び出た人物――トレイターが、その魔法を代わりに受け止めた。
「トレイター……!!」
「あら、まさか自ら庇うなんて。よっぽど、その子が気に入ってるのかしら?」
二倍の威力となった魔法をもろに受け、血みどろで傷だらけになった彼だったが、何故か不敵な笑みを浮かべていた。
「――当然だろう。私みたいな化け物でも、氷炎使いとして生きた過去がある以上、人々を守らないといけないのだからな。……また、忘れ形見の大事な子を守らねば、彼女に顔向け出来ないだろう?」
それに、と笑みを浮かべたまま続ける。
「どうやら、これで私が死ぬのだと思っているようだが……残念ながら、死ぬのはアポストロスの方だ」
瞬間、トレイターの目の前に魔法陣が現れる。
同時に、コアに張られていた筈の魔法陣が消え去る。
「なっ……!! 何をしたの!?」
「簡単な事だ。私の魔法陣に書き換えた。貴様よりも私のほうが上だったな。――これで終わりだ」
刹那、魔法陣から光線がコアに向かって放たれる。
それを防ぐ術を行う前に――光線はコアにぶつかった。
「……ッ!!」
直撃を受けてアポストロスの動きが止まる。同時に、光が消えていき完全に停止した事が分かった。
こうして、最強かに見えた【破滅と破壊の装置】は、それを作ったマルサグーロのボス――トレイターの手により、息を止めたのであった。
- Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.191 )
- 日時: 2023/09/12 22:38
- 名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)
「トレイター……っ!」
彼の体を何とかアポストロスの元から、闇焉の元まで連れてきたフェイは、彼が虫の息な事に気付いた。
「……いい……私の命が………助から…………ない……のは……分か……ってい……る……」
だから治療はしなくていいと言外に告げる。
「じゃあなんで、あの時庇ったんだ…!?」
自分を庇わなければ、深手を負う事なく、こうやって死に向かう事もなかったのに。
「さっきも……言ったが………氷炎使い……として……と……彼女の……忘れ形見の……大事な…子だからだ……」
「大事な子って……どういう」
「――癒月にとって大事な子って事だよ、お前が。だから、守った」
理解出来ていないフェイに教えるように、闇焉が答える。
「流石……彼女の子だ…………まぁ……氷炎使いの……大事な後継として……守った事も……あるが……」
「えっ……」
思いもよらなかった理由に、フェイは困惑する。
「……分からない……なら……それで……もいい……そやつが……理解……して……いる…………から……な……」
不安げな表情になった事に気付いたのか、トレイターが安心するように告げる。
フェイがその言葉で落ち着いた様子に変わったのを見て、通じたことに安堵すると一筋、口の端から血が流れ落ちた。
「……感謝……するぞ……初代……として……あとは……彼女も……頼……む……」
彼のいう彼女が誰なのかを察したフェイは。
「必ず、助けてみせるよ」
決意を宿した目で彼に答えた。
「……ああ……、……いま……逝く……ぞ…――」
その答えに少しだけ笑みを浮かべたトレイターは。
脳裏に神楽の事を想いながら、静かに光の粒子となって消えていった。
「……ありがとう」
様々な意味を込めて、もう届かない言葉を述べる。
敵だった筈なのに。会ってはいけない人物だったのに。実は初代で。しかも、破壊死書によって人格が変わっていて、封印したことで元に戻って。元の彼は、ぶっきらぼうだけど優しかった。
最終的には自分を庇って、自身の体を犠牲にして、アポストロスを止めてくれた。
そして、最初で最後の頼まれごとを伝えて消えていった。
初代から、最後の氷炎使いへの。実在しないと思っていた、初代からの。
だからこそ――全て、終わらせないといけない。
「――闇焉」
「分かっている」
言い終わる前に返事が来る。
彼も理解してくれている事に安堵し、二人でサクリファイスに向き合う。
そして、一歩踏み出した。