二次創作小説(新・総合)

Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.192 )
日時: 2023/09/12 22:41
名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)


 第27話 楔贄の存在(サクリファイス)

「…………」
 コアを破壊され、完全に動かなくなった【破滅と破壊の装置(アポストロス)】の許にいたサクリファイスの前に、フェイと闇焉は立った。
 暫く俯いていた彼女だったが、やがてゆらりと上空に浮かぶと、
「――ふふふ」
 不気味な嗤い声を上げたかと思うと、狂気に満ちた瞳をこちらに向ける。
「止めたわね、壊しちゃったわね!?」
「「ッ」」
 その異様な表情に思わず二人が後退る。
「いいわ、そうやって私の邪魔をするために、アポストロスを壊したのなら――別のモノで、償ってもらうから!」
 刹那、サクリファイスが何かを胸に込めたかと思うと、癒月の姿を借りて体外へと出た。
 落ちてきた彼女の体を闇焉が受け止めると同時に。
「ッ!!」
 彼女の表情が苦悶に染まり、胸を押さえ苦しみ始める。
「癒月!?」
 驚きの声をあげた彼らに聞こえるように、サクリファイスが嗤う。
「――貴方達が私の邪魔をするから悪いのよ。もう今更、謝っても無意味よ」
 言葉を切って、癒月を一瞥してから残りを紡いだ。

「だから――その代償に、月城癒月の命を奪う!」

「「「ッ!?」」」
 その発言に全員が瞠目する。
「ふざけるな……! そんな事させてたまるか!」
 叫んだフェイに、彼女は冷たく言い放つ。

「無駄よ。その体に術を埋め込んだから。――私の声にしか従わない、命を奪う術を仕込んだ玉をね」

「なっ……!?」
 絶句するフェイに、サクリファイスはその顔が見たかったと言わんばかりの表情で嘲笑した。
「――、だけど、君の声にしか従わないってことは、君をその気にさせたらいいって事だ」
「やれるものならやってみなさい。その間にもあの子の命は奪われ続けるけどね」
「ッ」
 言外にこのまま戦っていたら死ぬということを告げられる。
 長引くのはサクリファイスにとっては有利にしかならないのはフェイも理解していた。

Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.193 )
日時: 2023/09/14 21:31
名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)

 だが、対策が思いつかず、こうして会話をしている間にも癒月の命は奪われ続けている。
 思考をフル回転させても何も思いつかず、無策のまま彼女と戦うしかないのかと、考えを諦めかけたその時。

「――ようは、時を止めればいいって事だ」

 そんな声がふと聞こえ、振り向くと癒月の動きが止まっていた。
 しかし、よく見ると薄い緑色の膜に全身が覆われている。
「結界で時を止めさせてもらった。これならまだ時間が稼げるはずだ」
「闇焉……!!」「貴方……っ!!」
 フェイとサクリファイスの声が重なった。
「俺はこっちに集中する。だからそっちは暫く頼んだ」
 そう言いながら闇焉が投げてきたものを彼は受け取る。
「魔力回復の薬だ。破壊死書がいない今、回復手段がないと思ってな。これで分かるな」
「うん、ありがとう」
 貰ったそれを飲み干し、サクリファイスへと向き合う。
「――必ず、術を止めさせてみせる」
「やれるものならやってみなさい。絶対に、命を奪ってあげるから」
 二人の間を、一陣の風が吹き抜けた。
 瞬間。
 同時に動いたと思うと、互いの魔法が衝突していた。
 初手は遠距離での攻撃だったが、互いに肉弾戦の方が得意な質――サクリファイスは癒月の身体をコピーしているようなものなので実質彼女と同じ身体である――であるからか、段々と魔法を身に纏っての殴り合いに近くなっていく。
「手加減してくれないのね……この身体なのに」
「そりゃあね、癒月はこっちにいるんだから。君が破壊死書みたいに身体を乗っ取っている感じだったら揺さぶられたかもだけど、姿を借りただけの別人だったら遠慮なく殴れるさ」
 突き出した魔法を纏った拳を受け止められ、逆にカウンターをくらうも、それすらも取り込んで自分の力に変えて放つという、魔力を持たない者では何が起きているか分からない光景が続いていく。
「一度は助けてもらったから、悪いやつじゃないって思っていたんだけどな」
 脳裏に浮かぶのは、あの時――破壊死書が癒月を乗っ取った日の光景。
 死ぬ一歩前、三途の川手前で助けてもらった時。
「……あれも、最終的に私の目的を達成するためにした事よ。貴方に死なれたら全てが終わるから。だからわざわざあの場まで行ったのよ。あそこは、生者は感じないでしょうけど、生者以外には地獄なのよ。本当しんどかったんだから」
 あくまでも自分の為だと話すサクリファイスの言葉に、何かがあるように感じて、思わず後方へ跳躍した。
「本当にそうなのかい? 僕にはそれ以外の理由も見えた気がしたけど」

Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.194 )
日時: 2023/09/16 22:41
名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)

「そうよ。それ以外に理由なんてないわ」
 私が抱えているものは叶う筈ない。叶えて貰おうとも思っていない。だからこそ、感づかれてはいけない。
 そう奥底に封じ込めて、彼女は嗤う。
「無駄話はここまでよ。さっさと死になさい」
 瞬間放たれた氷の塊を、既の所で障壁で防ぐ。攻撃がやんだと同時に炎の蛇を放つが、あっさりと氷漬けにされた。
「炎と氷は正反対だから勝てると思うでしょう? 残念、氷の継承者の氷は解けないのよ」
「ッ……!?」
 何だそれは。そんな事、聞いていない。癒月が使っていた時は、氷は解けていたはずだ。
「まぁこればっかりは力量の差ね。あの子だって強いけれど、散々氷の継承者に憑いて来たのだから私がその力を振るえないはずがないでしょう?」
 氷漬けにされた炎の蛇が砕けると同時に、切っ先がこちらを向く。
「それに、こういう使い方も出来るのよ?」
 パチンと指を鳴らす。瞬間、先の氷だけ解けて炎を纏った氷の刃が襲いかかる。
「っリミッドシールド!」
 間一髪で間に合い、障壁に当たって氷の刃が砕けていく。
(ほんっとうに、面倒くさい……!!)
 相手は代々氷の継承者に取り憑きながらその力を特等席で見てきた者。そこに癒月の魔力が加わっているため、敵としては今まで以上に手強かった。
 何なら破壊死書の方が、まだマシだったと思える程。
 それほどに、サクリファイスは強かった。
(防戦一方じゃ駄目なのはわかっているけれど、自分の魔法も相手に使われるようじゃ……結局こっちが不利なのは変わらない)
 どうしたものかと思案ながら戦いを続けるフェイに、畳み掛けるように彼女が連続で魔法を放つ。
 それらを打ち消しながら、ふと一つ思いついた。
 自分にも多少、自傷ダメージが入るけど。癒月かのじょに比べたら、こんなもの屁でもない。
 実行するために一度距離を取る。バレないように少しずつ魔力を練り上げていく。
 その間にも攻撃は飛んでくるので応戦しながら続ける。
「どうしたのかしら? 防戦一方じゃない」
「別に、君が攻撃の手を緩めてくれないからだよ。それに、僕が魔法を使った所で君に使われるんじゃ、放ってもあまり意味がないからね」
「……さっきの事がそんなにも驚きだった? 攻撃魔法特化の炎の継承者の魔法を止めた事が」
「癒月がしていなかった事をされたら流石にね。僕だって、癒月が強いのは分かっているけどさ」
「ふふ、本当にあの子が大事なのね。ますます命を奪いたくなってくるわ」
 うっそりと嗤うサクリファイス。対してこちらは術が完成したので、こっそりと身に纏う。
 そして、反撃の機会を得るために一気に近付き、大振りの攻撃を行った。
「――貰ったわ」

Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.195 )
日時: 2023/10/04 21:06
名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)

 用意された隙だと思わず、彼女が極大魔法を放つ。
 しかし。

「残念だったね。僕の策略だよ」

 当たったはずの魔法が消え失せ――代わりにフェイの身体が輝き始める。
「なっ……!?」
「隙を見せればそうしてくると思った。だから僕は、これにかけたんだ」
 【破滅と破壊の装置】(アポストロス)戦でトレイターが行ったカウンター魔法。それに似た術を作り上げ、彼女からの魔法を吸収した。それを倍にして返す。
「さよなら、サクリファイス。これで終わりだ」
 刹那、彼の身体から光が放たれる。障壁を張る間もなく、サクリファイスは巻き込まれた。

「……ッ……」
 肩で息をしながら、フェイは彼女の方を見る。
 全身が痛みで悲鳴を上げている。だが今ので大分弱まったはずだ。癒月にかけられた術を解く術を訊かなければ。
「……ふふ……っ」
 ボロボロになったサクリファイスから笑い声が漏れる。
「まさか、カウンター魔法なんてね……流石、炎の継承者達は考えが似ているわ」
「ッ」
 土煙が舞う中、ボロボロの体で立ち上がった彼女は――戦意を喪失していなかった。
「まさかこれで倒せるとでも思った? 残念、それに私にはまだ策があるのよ」
 サクリファイスが指を鳴らす。瞬間。
「ッ!!」
 時を止められていたはずの癒月が苦しみだしたと思うと、その身体から白い玉が飛び出す。
 その玉はサクリファイスの元まで飛ぶと、そのまま体内に溶け込んだ。
 刹那、彼女の周りに冷気を纏った風が吹き荒れ視界が遮られる。
 ややあってそれが落ち着くと――そこには、傷ひとつないサクリファイスの姿があった。
「なっ……」
「やっぱりあの子は凄いわね。半分くらいしか奪えなくてこの力……。全て奪えたらどうなるのか考えるだけでぞくぞくするわ」
「――」
 かたや癒月の命の半分を奪い復活を遂げた彼女に、かたや満身創痍の自分。
 自傷ダメージを受けてまでカウンターをしたというのに、それをあっさりと覆され、フェイの表情が絶望に染まった。
「もう策がないって顔ね。私に勝てるなんて思うからいけないのよ。私があの子に術をかけていたのは分かっていたでしょうに。その術を使って自分を強化するという考えに、辿り着かなかった自身を恨みなさい」

Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.196 )
日時: 2023/09/23 00:31
名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)

 つかつかと歩み寄り、右手に長い刀身の氷破刃を作り上げる。
「悪いけど、私の目的の為に貴方には死んでもらうわ。あの子の為にもね。――さようなら」
 振り上げられた氷の刃が迫ってくる。その場から動けないほど消耗している彼に、避ける術などなかった。
 今度こそ死が目前に―――。

「――させるかよ」

 だがやってくると思われた衝撃は来ず、バキンと折れる音が響いた。
「っ貴方……!!」
「眼の前で殺られる訳にはいかねぇ。トレイター(あいつ)にも頼まれたしな」
 きらりと氷の刃を折った短刀を煌めかせ、闇焉が守るように立っていた。
 隙を見てフェイを抱えると、後方に跳躍すると同時に回復魔法をかける。
「闇焉……」
「とりあえず今は回復に専念しろ。大丈夫だ、癒月いもうとには再び結界を張ってある。他の奴らにもな」
 言外にいいから回復してろと言わんばかりの彼に思わず苦笑いして、ちらりと癒月を見やる。
 少し離れていたが似たような結界――おそらく時を止める上に侵食をおさえるもの――で守られている彼女と、障壁で守られている彼らに安堵した。
「ありがとう、助かったよ」
「問題ない。さっきまでは術がかかっていた以上目を離せなかったが、今はな。逆に、あいつから取り戻さないとだろ?」
「うん」
 取り戻すの意味が通じたのか頷いたフェイを見て、サクリファイスの方へ向き直る。
「という訳で、暫くは俺が相手だ。お前にとって不確定要素だろ?」
「そうねぇ……貴方がいなければ炎の継承者を殺れた訳だし……多少は助けてもらったとはいえ、私の目的の邪魔になるのなら殺すわ」
 瞬間、大量の氷破刃を作り出すと一気に放出した。しかし、瞬時に構築された障壁で防がれる。
 それが落ちると同時に水に電気を纏わせたものを幾つか作り上げると、サクリファイスに放つ。
 が、あっさりと同じものを作られ、相殺された。
 反撃の手を緩めずに今度は別の魔法で畳み掛けるが、彼女にはどこ吹く風なのか、かわされていく。
「貴方が氷の継承者として育てられた過去があって良かったわ。何を使うか分かるから」
「道理で躱される訳か。読んでたな?」
「これ位出来なきゃね。今までの氷の継承者の力を見てきているんだから、殆ど分かるのよ」
「成程な。そういう事か」
 ならば、対策が一つあるな。
 それを実行するために、闇焉は地面に向かって風魔法を放った。

Re: イナクロ 〜炎と氷を受け継ぎし者〜 【板移行】【更新再開】 ( No.197 )
日時: 2023/09/23 00:29
名前: 風龍神奈 ◆NmgNyaN6Ak (ID: Wz7AUOMy)

「ッ!」
 土煙が舞い、視界が遮られる。相手の姿が見えない以上、気配で捉えるしかない。
 すっと目を閉じて魔力を体から波のように放つ。返ってきた気配は二つ。
「そこねっ」
 目を開け気配を感じた一箇所目に氷破刃を撃ち込む。しかし、当たった感じはなかった。
「違ったか……ならこっちね」
 もう一つの気配に向かって再度放つ。すると、今度は手応えがあった。
「これしきの目眩ましで私を防げると思って? 気配を捉えれば大丈夫よ」
 その気配の方へ近付く。だが。
 視界に入ったのは、闇焉が纏っていたフードだった。

「――残念だったな。フェイクだよ」

 そんな言葉が聞こえてきたと同時に身体を貫かれる感覚。ごぽりと口の端から血が溢れる。
「同じ……気配だったはず……! どうして……っ」
「簡単なことだ。お前のことだから確実に気配で追ってくると思ったからな、フードにそういう細工をしたんだよ。逆に俺の気配は消してな」
「そんな……器用なこと……」
「出来ないとでも思ったか? 俺は、氷炎使いを殺す者(トラディメント)であり、神楽の息子だぞ。それに――俺に貫かれたって事は、分かるだろ?」
「っまさか……」
 彼がしようとしている行為に気付いたのか、抜け出そうとするも、不思議と突き刺された短刀が抜ける気配はない。
「お前の力、消してやるよ」
「やめ、――――!!」
 闇焉が力を込める。瞬間、サクリファイスから悲鳴が上がる。
 自分から力が消えていくのが分かる。奪い取った力が、この身体の力が、氷の継承者の力が、楔贄の存在(サクリファイス)の力が消えていく。
(やだ、だめ、だめ!)
 掴もうとしても消えていく。取り込むことが出来ない。どう足掻いても、失った力を取り戻す事は不可能だった。
「……ぐ……ぅ……っ」
 短刀が引き抜かれ、サクリファイスが蹌踉よろめきながらくずおれる。
「これで氷炎使いの力は消えたはずだ。それに、お前が奪った癒月いもうとの命も返してもらった」
 刃先に集まっていた光を集めると、玉の形に凝縮し、フェイへと投げた。
「わっ」
 慌てて受け止める。手の中できらりと光る真っ白な玉。これが、癒月の奪われた命の半分なのか。
「持っていろ。なくすなよ、大事なものだからな」