二次創作小説(新・総合)

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.279 )
日時: 2019/01/31 23:38
名前: ガオケレナ (ID: nCjVBvXr)
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天使を、目撃した。


そんなものがこの世に存在したのだろうかと考える余裕すらもない。

それは、今この目の前に存在しているからである。


果たして、その出会いは彼にとって幸か不幸か。そんなことは誰にも分からない。


ただ、彼の生き方を変えたことだけは明らかである。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.280 )
日時: 2019/02/02 16:00
名前: ガオケレナ (ID: mkDNkcIb)
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Ep.1 戦いの果てに


1人の、孤独な男がいた。

あの戦いから半年が過ぎようとしている。

男は、その日までは最強の名を振りかざして生きてきた。
生きる為、目的の為、愛する者の為、男は最強を名乗って戦い、傷付け、生きてきた。

しかし、生きていけば生きていくほど、時間が経てば経つほど、現実という名の表の世界と、自分が生きる深部という名の裏の世界との隔たりから、徐々に蝕まれていく感覚が生まれた。

本来は、初めはこの世界に足を踏み入れた時はそれを望んだはずだった。

それなのに。

彼は垣間見てしまった。

幸せそうに生き、"今"という名の時代を楽しむ人達の生活、その空間を。

最強という名が崩れた瞬間でもあった。
その男は強かったはずなのに、心が砕けた。

憧れを抱いてしまった。
平和と、幸福に対して。

思いを思うほど、抱けば抱くほど今の生活と本来生きていけたはずの生き方にズレが生まれていく。

それが何よりも彼は嫌であり、耐え難いものだった。

その想いが頂点に達した時、想いが現実となってしまった時、彼は最強ではなくなった。
本気で戦い、本気で勝ちを狙った戦いで本気で負けた。

彼にとっても初めての体験であった。

その後、望み通りの最強ではない人間になれた。

彼は、普通の人間になれ、普通の生活を手にし、普通の学生という身分を手に入れたのである。

その男のかつての名は"ジェノサイド"。
今の名を"高野洋平"といった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.281 )
日時: 2019/02/14 07:42
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
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「え?大会?やんの?」

昼前の授業が終わり、これからお昼ご飯、という所で一人大学の食堂にいた所を高野洋平はサークルの後輩に声をかけられた。

食券を手に取り、今から実物と取り替えようと受付に並ぶ列にとにかく待ちながら二人で交わした会話である。

後輩の名は宮寺みやでら正彦まさひこといったはずだ。人の名前を覚えにくい高野だが、彼とは今年で二年目の付き合いとなる。ここまで来ると流石に憶えてくる。

「そうなんですよ!今年の夏、正式には6月からですけど、ポケモンを対象とした全国大会をやるんですって!」

やけに宮寺が目を耀かせてハイテンションでいられるのは、彼が慕う先輩である高野がポケモンを使う人間の1人であるからだろう。
自分の身の回り且つ仲の良い人がいれば、例え自分がポケモントレーナーでなくとも教えたくなるものだ。

と言うのも今は2015年の5月中旬。その全国大会までそろそろ開催1ヶ月前になる頃だ。
自分の後輩の言葉を興味深そうに聞いていたあたり、この時期になっても大会の存在を高野は知らなかったのだろう。
実際に目を丸くして「マジ?そんなん知らなかった」と普通に言ってきている。

実際こうなったのも仕方がなかった。

高野洋平は、12月までは今とは正反対の生活をしていた、深部の世界では最強の人間だった。
そんな彼が自身の友に破れ、自身の名を冠する組織"ジェノサイド"は解散し消滅、そこで深部とは別れを告げた。

それからもう5ヶ月が経った。

ジェノサイド解散の手続きを行い、深部の人間達との永遠の別れをし、普通の人間として生き始め、その途中の3月には組織を解散させたと言う意味でお世話になった佐野剛や松本幸宏、船越淳二、常磐将大といったサークルの先輩たちが卒業し、ここでもまた別れがあった。

そんな彼だからこそ、深部の事情はおろか今こうして自分が生きている世界で実体化しているポケモンに関する出来事やニュースを全くと言っていいほど知らなかったのだ。知ろうともしなかったのかもしれない。

元々ジェノサイドでいる時も敵対勢力の事情もあまり詳しくなかった事もあったので単に情報収集が苦手なだけなのだろう。

だからこそ、自分に色々な情報を与えてくれる人がいるこの世界が好きだった。

「先輩、出ましょうよ。今の感じだと香流先輩も出るって言っていますよ?」

「あいつが出るのなら、俺も出てみてぇな。リベンジしたいかも」

話につい熱くなるあまりに、自分の前に列がもう無い事にも気付かないでいた。
食堂のおばちゃんに呼ばれるまではずっと渋滞の原因であったことだろう。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.282 )
日時: 2019/02/02 16:19
名前: ガオケレナ (ID: mkDNkcIb)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「おっすー」

「あっ、レンだー」

扉を開けるなり、優しそうな声が聴こえる。
その声の主は高畠美咲。教室のド真ん中に座り、誰かが用意したであろう皆へのお菓子をひたすら食べている、彼とは同学年の友人である。

今日は、サークルの日であった。まだ5人程度しかいないという事は、全員は集まっていないようだ。
だが、あの一件以降このサークルの雰囲気が変わった気がする。勿論いい意味でだ。

「今日の昼、宮寺君と一緒だった?」

3年生となった高野の中では2人しか居ない女子のうちの1人の高畠はもう1人の女子、石井を待っているまでただお菓子を食べているようだった。後輩達がトランプを出して遊び始めようとしても一向に動こうとしない。彼女が来るまでに菓子が残っているかどうかが不安なところだ。

「あぁ、たまたま一緒になったからな。ってかよく見てたなお前」

「レン何だかんだで目立つからね」

"レン"、とは高野につけられたあだ名である。

彼が中学生の頃にやってしまったテストの珍回答以来、周りの人間から呼ばれた名であった。
あまりにも呼ばれすぎたので吹っ切れたのか、高校に進んでも、大学生となってもこの名で呼ぶよう"自分から"呼びかけた結果、本来の苗字よりも高い頻度で無事に呼ばれるに至ったのだ。

適当に高野も座ると、即座にゲーム"アルファサファイア"を開く。既に殿堂入りも済まし、シナリオはすべてクリアしたので思う存分ポケモンの育成を行っているところだ。

ポケモンの大会をやるとなると、実体化しているポケモンたちを戦わせるのだろう。
その元となるデータがゲームの中に入っている。要するにゲームと現実世界がリンクしているのだ。

ゲームのポケモンを強くしない限り現実の世界でもそのポケモンは強くなれない。
それを逆手に取って少し変わった育成を高野は行ってきた事もあったが。

暫くしていると香流がやって来た。このサークルにおいて恐らくポケモンの実力が最強の男が教室に入るやいなや高野へと近付いていく。
これからやる事など既に決まっていた。香流も、自分の鞄から携帯ゲーム機を取り出した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.283 )
日時: 2019/02/14 07:47
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

「……。いや、いい試合だった」

勝負を終えると高野はそっと3DSを閉じた。誰も言及しなかったのでどちらが勝ったかなどはお互いに言う事はない。
だが、二人の反応を見れば丸わかりであった。

「な、なぁところで香流お前さ、お前は大会?あれについて知ってたりするか?」

「大会?もしかして6月にやるあれの事を言ってるの?出るもなにも……」

香流は言いながら窓を開ける。3階なので景色を見ようとすれば見れるのだが、目当てのものが見れなかったのか、すぐに窓を閉めた。

「ここからすごく近いから知ってる知らない以前の問題だけどね?」

「えっ、なにそれ。初耳なんだけど」

「こっちがここに入学する前から会場の工事してたの、知らない?」

「いや、知らねぇ」

「うっそでしょ!?本当にレンってジェノサイドだったの!?」

偶然立ち聞きしていたのか、たった今教室に到着した石井真姫が今にも笑い出しそうに、調子よく尋ねる。
だが、話が話のせいか、"ジェノサイド"という単語が出た瞬間、トランプに励んでいた他の部員達が固まる。一瞬気まずい雰囲気へと変貌した。
自分の発した言葉に今気付いた石井はハッとしたかと思うと、何故か高野に向かって頭を下げる。

「ごめん」

「いや、何で俺に」

「黒歴史掘り出しちゃったね」

「てめっ……、何が黒歴史だコラぁ!!」

実際には深部という世界があり、そこで築かれた地位であるので決して黒歴史などではないのだが、仮にジェノサイドを滅ぼした一因となった彼女たちでも、その世界のすべてを知っているわけではない。認識のズレとでも言うべきか、とにかく彼女らが「黒歴史」と思ってしまうのもそれが限界なので仕方の無いことではあった。

「ホントにレン知らないの?聖蹟で工事してたこと」

「いや、知らねぇな。聖蹟って聖蹟桜ヶ丘の事だろ?確かにここからは近いが、今まで通ってた方向とは逆だったしまともに来たこともあまり無かったから知らないよな、やっぱ」

「ホントにレンってジェノサイド……」

「あーうるさいうるさい。深部の人間すべてがポケモンに関わるすべての事柄に詳しいとか勝手に思ってんじゃねぇ」

机の上にドカッと座った高野は、それまで高畠が食べていたスナック菓子を頬張る。懸念通りもうほとんど無かった。

「聖蹟の駅の近くに森があるのは知ってる?」

「石井、それを言うなら緑地だよ……」

途中に香流がツッコミを入れるも、どちらにしても分かるわけがない。高野はただ「知らん」とだけ返す。

「その緑地と周辺の土地を使って、大きいドームを作るんだってさ」

「つまり、そこが開催地と言う事か?」

「そう!ここからすごく近いんだよ!」

聖蹟桜ヶ丘となると今いる神東大学からはバスが出ているほど近い距離にある。この大学は神奈川と東京の堺、厳密に言えば八王子市にある。歩いても1時間かからない程度だ。
身近な存在であるからか、高畠と石井が2人で、

「いつか見に行きたいなー」

「ねー」

などと言い合っている。

高野は、香流から差し出されたスマートフォンの画面を見つめながら何度か頷くとスクロールしていく。
どうやら例の大会の詳細が書かれているサイトのようだ。

「"全国学生選手権大会"と書いて"Pokémon Students Grand Prix"……。ねぇ。長ったらしい名前だな。へぇー、聖蹟にこんなにデカいドームを……金掛けてんなぁ」

画面に写し出された競技場とも言うべきドームの上空から見た完成予想図を見ている。頷いているのはこの為だった。
見た感じ周辺の土地も含めると自分たちの大学の敷地よりも少し広い程である。

他にも興味深い事が書いてあった。
バトル内容はゲームではなく、実際に手に持っているポケモンを呼び出して戦うやり方のようだ。まるで深部での戦いに似ている。その時の光景を思わず高野は思い出した。

「戦闘形式は予選では2VS2、本戦以降は3VS3のシングルバトル……。予選で2体の理由はスムーズに進行を進めるため。ってあるけどさ、この大会ってそんなに大人数の参加者になるのか?」

一度画面から目を話す。瞳を向けた先には前の座席に座っている香流がいた。

「すごいらしいね。その大会、近年の中高生に見られるポケモン離れを解消するため、なんて言っているから特に学生が中心のものみたいだな。全国から中高生が一箇所に集まるみたいだし、まぁ相当数になるだろうね」

「へぇ。コアな内容だから万人にはウケなさそうな代物だと思ってたが、本格的に人集めるみたいだな。開催時期も6月から8月としているのもその為か。まぁ実際は思ったよりもショボくて思ったよりも早く終わるのが目に見えてるがな……」

再び画面に目を戻して今度はまともに見ずにひたすら画面をスクロールしていく。何となく内容は頭に入ってくるしゆっくり見ていると時間が勿体ない。
すると、画面が指の動きに反応しなくなった。どうやら一番下まで来たようだ。思ったよりも早かった。
そこにはよく見ると、この大会の主催にしてこれまでの準備を主導してきた者達の名前があった。

「どれどれ、こんな面白そうな大会を企画したのは……携帯獣保全協会だとっ!?」

ここにそんな名前が載っていると自分でも思わなかったのだろう。思い切り机から立ち上がろうとしたせいでバランスを崩し、尻餅をついて床へと転んだ。
何とかお菓子を押さえていた高畠がいたのでそちらは無事だったが、耳障りな音に「あーっ!」なんて言って彼を見ている。

しかし少しも痛がる様子を見せずに、高野は立ち上がって画面を香流に押し付けた。

「お前、こんな大会に出ようとすんのかよ!やめとけ!」

「えっ、何でだよ……。折角の大会なんだしいいじゃん」

香流は、何故高野が顔を真っ赤にしているのか、その理由が分からなかった。だがそれは、香流が普通の人間であるが故の結果だ。

「この携帯獣保全協会ってのは、議会の別の名前だ!深部の奴等はコイツらを議会議会言ってはいるが、その議会がお前らの世界ではこんな呼び方をされている……。ようやく分かったよ。何で深部での争いみてぇな大会内容なのかなーと思ったがなるほど、そういう訳か」

「ちょっ、ちょっと待ってレン、要するにこれは深部絡みの行事って事?」

「深部絡みも何も、コイツらはその深部を運営しているヤツらだ。ここまで大々的に、しかも学生中心とアピールするだなんて裏しか感じねぇよ」

高野はスマホを持ち主である香流に手渡して背を向ける。荷物を持っている辺り教室から出ようとしているのだろうか。

「待ってよ、レン。何処行くの?」

このサークルの会長である高畠の声だ。責任者らしくこの集団での生活に変化がある事には敏感になっているようで、普段は気にしていない高野の動きにもやや過剰に反応している。

「時計見ろよ。もうサークルの活動時間終わりだろ」

時計は20時を回っていた。活動開始してから2時間経っていたことになる。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.284 )
日時: 2019/02/02 18:18
名前: ガオケレナ (ID: mkDNkcIb)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


一旦サークルは解散となった。
この後は希望者たちの間で外食となる運びである。
普段通りの光景だ。

と、言う訳で高野たちは今大学を出て近くのファミレスへと向おうとしていた。
メンバーの大体が去年以前からの付き合いである3年と自分たちの後輩の2年だけと言うのが少し気になるところではあるが。

「話戻るけどさ、レン」

「なんだ?香流」

大会責任者が議会と知って以来少し気分が落ち込んでいるようだ。と、なると彼もそれなりに参加したかったのかもしれない。

「その議会がどんなのかは知らないけどさ、自分たちに馴染みのありそうな方の名前で売りにしている以上、あまり裏はないんじゃないのか?」

平和に慣れている、彼らしい言葉だった。何が何でも悪なる部分はない。裏なんて存在しない。そんな風に自分を思い込ませている希望的観測が表れているのを高野はすぐに理解した。ふざけた言葉過ぎて反論したい点がいくつか生まれたが、可哀想だとまず先に判断したのか、黙っておく。

「参加したいならすりゃいいじゃん。俺は出ねぇけどな」

「……深部が絡んでるから?」

「あぁ。俺はジェノサイド'だった'人間だ。今の深部最強が誰かは知らねぇが俺が深部の世界に片足突っ込んだらどうなるか……。お前でも何となく想像はできるだろ」

「観戦にも来ないのか……?」

「来る気はねぇな。もう深部とは一切関わりたくねぇからな。つーかそうでもしなけりゃジェノサイド解散なんてする訳ねぇだろ」

ファミレスへの近道である向かいの細い道へ行こうと一旦車道へと歩いた時だ。
初めは真っ暗で何も見えなかった。

だが、近づくにつれ、自分の真ん前に、車道のど真ん中に誰かが突っ立っているのが分かる。

「?」

「……やっと、見つけた」

「あ?」

女のような、高い声だ。そもそもな話、辛うじて見えたシルエットから長い髪があったので最早性別は断定できたが。

「今度の大会……。あなたは出ないのね。それじゃあ困るの」

「はぁ?いきなり出てきて何言ってんだテメェは。まず名前から名乗れよ気持ち悪い」

「あら、もう忘れちゃったのね」

「あ?」

ガチャッ、と金属が擦れる音がする。不審そうに目を細めると、その瞬間には自分の目に何か鋭いものが向けられていた。

速すぎる動きに、目が追いつかなかったようだ。

「どういうつもりだ……」

「やっぱり忘れてしまったのね。名乗る前に対象を倒すのが私たちのやり方だと言うのに」

「まさかお前っっ……」

「その、まさかよ」

目の前には鋭い爪をしたマニューラがいた。その手は自分の顔に向けられている。

「ばいばい、'ジェノサイド'」

女が小さくニヤリと笑った。それを合図にマニューラも爪で目の前のものを引き裂こうとほんの少し更に顔に近づけるよう爪を動かす。

「そーかい。生憎俺は"Pacifist"。平和主義者なものでな。平和的に動くことにするわ」

なにを……と女に言わせる隙すらも与えなかった。

何故なら、高野の声が女の後ろから聴こえたからだ。

振り向こうとした時、女は両腕を押さえられた。
細い手首が一気にまとめられ、高野の右手のみに押さえつけられる。
それに留まることはしなかった。

躊躇なく高野は、その女のポケットに手を突っ込み、固い感触が伝わるとそれを持って引っこ抜く。

手に持っていたのはモンスターボールだ。

「ちょっと、何を……っ!」

女が振り向く前までにやってのける。そして、その顔がこちらに向いた瞬間、ボールがマニューラに向けられ、スイッチが押された。
本来のトレーナーの意思を無視してマニューラがボールに吸い込まれていく。

「ふんっ!!」

ドンっと、本気で蹴りを入れられた。その足は腹を目掛けて振るわれる。

「う、ぐあっ……」

鋭い痛みが腹を中心として全身を駆け巡り、力が抜けていく。ボールがするり、と手から離れていった。

「普通逆でしょ」

腹を抑えてうずくまる高野を呆れるように見ながら、マニューラの前に立っていたそれに指を差した。

「'イリュージョン'。あなたにゾロアークを変身させるなら、もっと自分を安全な場所へと置いておかないと。蹴りで済んだから良かったものの、もし私がナイフとか持ってたらどうしてた気?」

車道に立っていた方の高野は周りの空間を歪ませながらゾロアークへと姿を戻した。だが、痛そうにしている主人を見るとそちらへと走って行く。

「ま、まぁこんな風にしたら呆気に取られるだろうなと思ってな」

「そりゃ最初は確かに驚いたけど、そんなやり方じゃあ甘すぎる。暫く居ない内に平和ボケしたようね」

もう痛みは引いたのか、立ち上がってゾロアークを自身のボールに戻した。ずっと二人でやり取りしているせいで忘れていたが、ファミレスへと向かっていたサークルのメンバーは全員が怯えた目でこちらを見ている。

「まるで俺が深部の人間であることが前提のような言い方だな。お前らなら分かるだろ。俺はもうとっくにそっちの世界からは退いた。もう俺は関係ねぇよ。何かあるんなら勝手にやってろ」

手招きをして自分の友達を集めようとする。だが隣に深部の人間がいるせいか、中々彼らも動こうとしない。一応もう大丈夫だというサインでもあるのだが。

「……"デッドライン"」

女がボソッと呟くのを、高野は決して聞き逃さなかった。

「なに?」

振っていた手がふいに止まる。ガードレールをまたごうとしていた後輩である宮寺の動きもそこで止まった。

「深部から手を引いたあなたでも、流石にこれは知っているんじゃないのかしら?」

「いつまでも面倒くせェ女だな。何かしでかすんなら勝手にやってろと言ったろ。勿論俺の知らない所でな」

「いいえ。この謎を明かそうとすると、どうしても突き当たる壁があるの。それを破るにはあなたが……5ヶ月前までは深部最強だったあなたの力が必ず必要になるの」

「なるほどそういう事か。だったら協力してやろう。そんなモン知らん。以上だ」

「あなたが何処かで関わっているとしか思えないの。いや、関わっていなくともきっと何かを知っている」

何度否定しても、何度興味を見せないでいても、どこまでもこの女は引っ付いて回る。
その不気味さに高野は引きつつも、どこかではしっかりとその女の話を聞いている姿勢があった。

「ジェノサイド解散直後に現れた名前以外謎の組織、その名もデッドライン……。巷では次期ジェノサイド候補なんて呼ばれ方もしているけれど……。あなた、本当に知らないのかしら?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.285 )
日時: 2019/02/03 08:43
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no



「……と、言う訳で私はデッドラインを追っているのよ!」

「いや、全然分かんねぇし」

高野は物凄く都合の悪そうな顔をしている。それもそのはず、ファミレスに友達たちと来たのはいいものの、この女まで付いてきた挙句に堂々と皆の前で安さがウリのパスタを食しているからだ。

「あっ、申し遅れました。メイって言いますよろしくお願いします」

「全くもって歓迎できない。帰れ」

自分の頼んだものだけが来ないのも相まって非常にストレスが溜まっているようだ。周りにいる友達は異様な光景に緊張しつつも談笑などをしている。

「ったくよぉ……。俺はこの世界に戻るために負けて来たって言うのにどうしてこう言う物好きな輩がわざわざ訪ねてくるんだか」

「それはあなたがジェノサイドだったからよ」

「クソッ、嬉しくもねぇ」

苦い事実を突き付けられながら高野はあまり冷たくない水を飲む。少しぬるくなっているせいで尚更気分が落ち込む。

だが、逆に考えれば折角の機会ともなるので、半分諦めながら高野は話を戻すことにした。

「んで、お前は深部の世界に名前だけ蔓延っているデッドラインが気になって気になって最早解明しないと死んじゃう病に冒されたわけだな」

「半分間違ってて半分合ってるのが何とも」

「で?何で'ただの'深部の人間がそんな闇だらけの世界に足を突っ込もうとするんだ?何の為に追っかけてんだ?」

「何で、ねぇ……。」

意地でもフォークだけで食べようとするからか、しつこいくらいに何度も何度もフォークを回すも中々纏まらない。話が進んでいるのもあってか、全く食べようとせずに口と手だけを動かす。ちなみにもう半分以上は食べている。

「まずロマン?それがあるからかねぇ。あなたとは違って名前だけで有名になるなんておかしいもの。私たちの知らない所で何が起きたのか。そして、これから何が起きるのか。それを知りたいっていう探究心が強く働いているの。あとは、単に強くなるから?」

「あ?」

そんな胡散臭いものを追っかけるだけで強くなるものかと鼻で笑う高野だったが、そんな意思に気づくことなくメイは続ける。

「仮にデッドラインを追っかけてその謎が分かったとすると、その強さのヒミツが私にも分かると思うの。ネームバリューが凄い'それ'が私の身近なものになったとしたら……」

「要するにデッドラインの力を取り込む。自ら最強になると言う事か」

「まー簡単に言えばそれかな」

くだらなすぎて高野は溜息をついた。脳内がハッピーで夢一杯の女の話に付き合ったのがそもそも間違いだったと今更後悔する。
だが、何よりも彼を絶望させたのが、表の世界の人間、言い換えてしまえば今此処にいるサークルのメンバーを巻き込んだ結果がこのつまらない状態だったという事。言ってしまえば高野は少し期待していたのだ。

「じゃあ決まりだな。お前はお前でデッドラインを追う。俺はこれまで通りこの生活を続ける。以上な。そのパスタ食い終わったらとっとと消えろ」

「いや、だから何度も言ったじゃない。デッドラインをこれ以上追うにはあなたの力が必要だって」

「……だからどんな力なんだよ……。俺はもう深部じゃねぇって言ってんだろ日本語通じてるよな?オイ」

眉間の皺が深くなる。彼の我慢が限界なのはその顔を見て明らかだった。
だが、メイも諦める姿勢を見せない。

「あなたが大会に出れば、必ずデッドラインは尻尾を現す。何故なら、少なからず深部の人間を表の世界にて集める事が出来る唯一のチャンスにしてイベントだから」

「だからそれが嫌だって言ってんだろ!深部に身元がバレる上に俺の生活すらも危ぶまれる!そんな危険だらけの空間に俺が足を踏み入れるメリットがねぇだろうが!」

とうとう高野は拳でテーブルを叩く。
傍から見れば痴話喧嘩のように見えるのが救いか。本人からしたら最悪でしかないが。

「メリットならあるわよ。優勝すれば日本一になれる」

「俺は別に優勝しようだなんてこれっぽっちも思ってねぇよ……」

「4位までに入ることが出来れば賞金が貰える」

「!?」

その言葉に、高野だけでなく、ポケモンユーザーである香流、吉川、石井が反応した。目を丸くして口元を緩めているのが全員に共通しているのが少し気持ち悪い。

「1位に50万、2位は25万、3位は10万、4位は5万。少なくとも4位に入ってもお小遣い稼ぎにはなるでしょう?」

「俺にはジェノサイド時代に懐に貯めた莫大な金があるんだが」

「仕事も何もしていないあなたなら遊んでいる内に全部無くなるよ。夏が終わるまでに残ってたらいいわねぇ~」

そのふざけた口調に高野は舌打ちをする。水を飲もうとコップを傾けるも、既に中は空だった。再び舌打ちする。

「とにかく、私はどうしてもこの謎を突き止めたいの。あなたに対するメリットは少ないかもしれないけど、その分あなたの安全は私が保障する。徹底的に隠す術をあなたに与えるし、あなたのこの日常も決して荒らしたりはしない。それだけは約束する。だからお願い。協力してほしいの」

フォークを一旦置き、両手で右手に触れてきた。
ハニートラップではないが罠でしか感じない以上、彼女の潤んだ目を見ても不快感と不信感しか生まれない。
高野は思いっきりその手を振りほどく。

彼の目の前に今日の晩御飯が来た頃にはもうほとんどの人がそれぞれの食事を終えようとしているまさにその時だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.286 )
日時: 2019/09/23 18:09
名前: ガオケレナ (ID: ylDPAVSi)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


翌日。

高野は眠そうな顔をして聖蹟桜ヶ丘駅にいた。

「……眠い」

だるそうに顔を見上げて見る。確かに前方に高いタワーのような建物があった。

結局昨日はあれから特に面白い話をしないまま時が過ぎ、各自帰路に着いた。
何食わぬ顔で皆と同じようにメイも帰っていったのだけは少し許せなかったが。

それに、彼女から別れ際に変な約束事も持ち掛けられた。

そして、今。

「ありがとう、来てくれて。まぁあなたなら来るとは思っていたわ」

その女が今目の前にいる。

「ナニ俺を知った気になっているんだか……」

「でも実際来てくれたじゃない」

「うるせぇ。行くんならとっとと歩け」

苛立ちが募ってくる。どうも高野はこの女が苦手なようだ。ズケズケと他人のテリトリーに入り込んで更に仲のいいアピールをするところが許せないのだろう。本人の前で口には出さないが。

今日は二人で開催地を見て回ることに急遽決まった。
と、言うのも高野がこの大会に関して何も知らなさすぎるのと、二人が出場するにあたって準備しなくてはならないことがあるのだとやたらとメイが昨夜声高にして熱弁してくれていたのでこんな事になったようである。

二人は駅からタワー方面へと歩き始めてから、高野が疑問に思ったことを言う。

「なぁ、聖蹟桜ヶ丘って言えば立派なターミナル駅じゃねぇか。あんだけ立派な建物作ってんのにバスはねぇのかよ?」

高野はタワーとバスターミナルを交互に見ながら質問をする。

「あるわよ。一応ね。でもまだ開催期間でなくて募集期間だからね。あの周りもプレオープン状態だよ」

「あの周り?」

メイがタワーを指差しながら説明していたのでその時点で分からなかった。

「あなた本当に知らないの?」

その高野の無知っぷりに驚きを隠せないでいる。馬鹿にしている様子はないものの、高野はイラついている顔をしている。

「どうして約150000㎡の土地をわざわざ選ぶのよ。周辺施設を作るためでしょ?」

「何があるってんだよ」

「行けば分かる」

二人は駅から遠ざかり、遂に川に掛けられた橋に辿り着く。
目の前に広がった道路はアップダウンの激しい坂道である。

「おい……これ歩いて行くってのかよ。どんだけウネウネした坂があんだよ。ってかこんな所に巨大な施設作って大丈夫なのか?」

「山頂付近……って言い方もおかしいけれど、この坂道を登りきった所が施設……桜ヶ丘ドームシティよ」

「っつーか何だよこれ!桜ヶ丘いろは坂って何だよこんな所歩かせんな!」

坂を歩き始めた地点に目に写った地名の書かれた看板を見て荒らげる。さらに少し登って行くといろは坂桜公園という少し開けているものの何も無い土地が見えた。奥の方には何かエレベーターのような細長い建物がある。

「ったく……なにこれ辛い……。なんで、この地域は坂が多いんだ……」

「元々多摩ニュータウンって山だったからねぇ。その名残よ」

「いらねぇよそんな名残」

無茶な事を言う高野だったが、公園内に入って足を止めると、フェンス越しではあるが街を見渡せる景色が広がっていた。

「……意外といいな、ここからの景色」

「でしょ。景色目当てで此処に建てたって噂もあるくらいだし」

「おいおい……此処って元は住宅密集地だっただろ?それに加えて緑地……いくらなんでも景観破壊しすぎだろ。誰も文句言ってねぇのかよ」

ただでさえ木々が生い茂っていたであろう公園内に無機質なエレベーターがある時点でおかしいと思えてしまう。
二人は丘の山頂に続くエレベーターに乗る。

「ここの建設が始まったのは五年前だけど……最初は反対もあったらしいわね」

「でなければおかしいだろ。こんな丘に東京ドーム1個分の建物作るとか頭おかしい」

「それでも地面は均したみたいだし、山頂付近の住宅20何戸かを潰した上で建てたから大丈夫よ。地元住民も駅に近い此処から立ち退きされた事には可哀想だと思うけれど……もっといい駅の近くの土地貰えたみたいだし良いんじゃないの?」

「どんだけの金動いてんだよ……」

深部の金銭事情に戦きながらドームシティに着いたことを告げる機械音によって二人はエレベーターから出た。

「うわ。これは……」

その光景は高野の想像を絶する世界だった。

丘の上にあるとは思えず、また、住宅地だった場所であることすらも疑わせるようだった。

開けた広い土地に、大きなドームとその後ろに高い塔がそびえ立っている。

「何だこれ、すげぇ……」

「でしょ」

敷地面積は約100000㎡と町のパンフレットには載っている。
細長くある緑地とその周辺のほぼ全域を占めているその様は驚きだけでは表せない。

プレオープンの段階だからか、ドームまでの直線上には左右それぞれに数多くの店が構えてあるがそのすべてが開いてはいない。
ここに居る多くの人間はどうやらドームへ向かっているようだ。

「此処の多くの施設は宿泊施設よ。日本全国から集まる大会というのもあるし期間が長いから地方から来る人を配慮しているみたい」

「じゃああのタワーは何だ?ドームがあるんだからいらねぇだろとは思うが」

高野はドームの後ろにそびえるそれを差す。

「この大会はマスコミも取り上げる程の大規模なものになるわ。そんなマスコミ専用の施設とか、何かしらの放送局も構えてるみたいだしその為のものじゃないかしら?後はトレーニングルームとか色々あるみたいよ」

確かにここまで大きいとマスコミも騒ぎそうであると高野は思った。主に否定的な意味で。

「あそこにバスターミナルがあるのが見えるでしょ?オープン以降はさっきの坂を登りきった地点に置かれたあのターミナルに続いているから開催期間の内はそれを使えばいいいわ」

「金かかるんだろう?面倒くせぇ。俺だったらポケモンで行く」

そう言って高野はボールを取り出しサザンドラの入ったそれを投げようとする。すると、

「ダメっっ!!ポケモン使うのは絶対に駄目!」

何故だか、やけに甲高い声でそれを制止される。

「この施設内はポケモンで移動するのを禁止しているの。安全の為とも危険防止の為とか色々言われているけれど……。勿論ポケモンを連れて歩くのはOKよ?でも、ある一定の地点以上をポケモンで飛行すると強制的にボールに戻される電波が伝わるみたいなのよ」

「何だその恐ろしい非殺傷兵器は。いくら何でも盛りすぎだろお前」

「疑うならやってみればいいわ。技の'ほえる'や'ふきとばし'のメカニズムを応用した、ポケモンを精神的に攻撃する電波を放射して強制的にボールに"戻させる"みたいよ?これは公表していることだから嘘ではないと思うし」

物凄く不便だと高野は舌打ちした。開催期間に突入したらどのように行こうか悩む事が一々面倒である。
どこを目指して歩いているのかも分からないまま、二人は黙りながらとぼとぼと歩くその時。

メイが自分と近いであろう女性とすれ違った。その女性が二人を通り過ぎた後に急にメイの足が止まる。

「……?おい、何してんだお前……」

高野も異変に気付き、声を不意に止めてしまう。メイの顔が驚きに満ちていたからだ。
その目は大きく見開き、肩を時折震わせ、ぽかんと口を開いているその様に。

「おいお前どうしたんだよ」

「……い、今の人……」

「あぁ?」

高野は徐々に離れるその女性の背中を見つめる。顔はあまり見ていなかったから覚えていないが、眼鏡をかけていて髪型がポニーテール以外の特徴が見られない地味そうな人という印象でしかなかった。

「い、今の人よ……。唯一デッドラインについて知り得ていると云われている人物……。その名も'デッドラインの鍵'……」

そんな都合の良いモンがいるかと疑うばかりであったが、それでもメイの驚きは普通ではなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.287 )
日時: 2019/02/03 10:16
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


何故あの人がこんな所にいるんだ、とでも言いたげだった。
その目には戸惑い、迷いが見える。
そもそもデッドラインの鍵とは何なのか、それすらも聴けそうにないようだ。

「あ、……あの人が此処に居たことにはすごく意外で、驚いたけれど……」

「おい、あいつでいいんだろ?」

メイが'デッドラインの鍵'と呼んだ長身の女性は段々と遠ざかり、最初に自分が使ったエレベーターの方向へと進んで行っている。

「ちょっと、何する気?」

「お前も知りたいんだろ?デッドラインについて。だったら怪しいヤツ取っ捕まえて何か聴くだけでもいい」

「ちょ、ちょっと!!」

高野がメイから離れた途端、何故か彼女が叫んだがそんなものは気にならない。それよりも何故デッドラインを追う側のメイがその人の存在を知っているのか。そもそもデッドラインの鍵と呼ばれる人物を誰が用意したのか。何故そんな人間が存在するのか。それらの疑問が無限に出る湧き水のように次々と表れる。

普通にしていれば影の薄い高野が、その女性の後ろにぴったり張り付くことなど容易である。

「なぁアンタ、ちょっといいか」

高野は真後ろからその女性に声をかける。だが、反応はなく相変わらずの少し早いスピードで歩くのみだ。

「ちょ、無視かよ……。おい、ちょっと待てって!!」

今度は少し声を出してみた。が、それでも無反応だ。

「なぁ!ちょっと話があるんだってば!!!」

更に声を上げて腕を掴む。
その女性は押さえられたのに加え、触れられた手の強さにびくつかせて反射的に体を止め、振り向いた。

「えぇっ!?どちら様?」

落ち着きのある、静かな声だった。身なりも相まって非常に大人しそうだ。
少し速かった歩行ペースと、普段出さない大声とによって呼吸が乱れた高野は到底自分は運動は無理だと感じながら「いきなりすまない」とまず始めに言ってみる。

「それで、あなたは私に何の用?」

傍から見れば不審者でしかないそれに、そう言われるのは当然である。

「あ、あのさ……」

声を掛けて顔を見て高野は初めて気づく。
何から会話を始めればいいのかと。

(あれ?待てよ?こんな時どのように会話を始めたらいいんだ?此処凄いですねぇとか、大会面白そうですねぇとかか?いやいや、それじゃあ俺がコイツに声かけた理由としては怪しすぎる!ってかこれ最早ナンパにしか見えねーよ!なんか清楚そうな見た目だから尚更に!)

頭の中で自分と会話しているが為にグルグルと様々な単語が回る中、高野はチラッと目線を上げるようにしてその人の顔を見た。
眼鏡をかけているというイメージもあってか、すごく知的で真面目そうなのが表情を見て取れるようだった。整っている顔も相まっている。髪型はポニーテールと言えばそうなのだが、伸びてしまったからとりあえずポニーテールにしておこうとしているみたいで、結んだ髪先もやや長かった。
加えて長身である。170より少しある自分と比べてほぼ同じくらいであった。

総じてとっつきにくそうな印象である。掛ける言葉も見当たらないので思い切って言いたいこと、知りたいことをぶちまける事にした。

「ウワサで聞いたんだけどさ、アンタデッドラインの鍵って本当か?だったらさ、少し教えて欲しいことが……」

そのキーワードを聞いた瞬間、女の表情は固まった。
いきなり声を掛けてきた'変な人'から、'関わるべきでない敵'へと彼女の中でシフトしているように。

「……でさ、まず教えて欲しいんだけど、デッドラインの鍵ってまず何?」

もう目の前の男の声は聞こえなかったようだ。ただ本能に従って体が動くのみ。
ポケットからモンスターボールが取り出される。

「おい、聞いてる?だからデッドラインの……って何ボール出してんの?」

何か言っていたようだが耳には入らない。ただただ憎しみ、怒りに駆られるだけだ。

躊躇なくボールを手前に落とし、ポケモンを呼び出す。

「……エレキブル?」

女と高野の距離が近いので、女は丁度高野の隣にエレキブルを立たせるようにしたようだ。その為にボールを投げたのではなく、落とした。

「な、なんで今エレキブルなんか……?」

高野の意識がエレキブルに集中したその時、ボソッとした声が左耳が捉えた。

「黙れ……二度とその単語を言うな……」

「えっ、何だって?」

一瞬女の方へ顔を向けた時だ。エレキブルの腕が光り輝いたと思ったら、拳を握り、それが間髪を容れずに突き出された。

つまり。

目の前で何が起きているのか、頭が処理を終える前に高野はエレキブルに殴られる。
やや離れたメイからも、インパクトの衝撃が、ドン!という痛そうな音が聴こえた。

「なっ……えっ?」

2mほど吹き飛んだ高野はコンクリートの地面に叩きつけられて倒れる。

「ぐっ……がはっ……ゲホッ!!」

痛みと呼吸の乱れで咳が出た。全身を打ったせいで痛い事は痛かったが、殴られた拍子に吹き飛ばされた事に1番驚いている様子であった。
仰向けになった高野は顔だけを動かす。
エレキブルをボールに戻す女の姿が見えた。
そしてそのまま、何事も無かったかのように再び歩き出す。

「ま、待て……」

聴こえたのかすらも怪しかったがその女に向けて言ってみる。
すると、聴こえたのか、それとも唇の動きで何か言っているの事に気づいたのか、それとも後ろからもう一人女性が高野に向かって走ってきたからなのか。それらを察して女は憎たらしそうに、そしてそれまでの清楚で大人しそうなイメージから離れるような、まるでこの世の悪の権化をも思わせるような、その睨みだけで人でも殺せそうな目付きで高野を睨むと、

「二度とその言葉を使うな……っ。私の日常と、未来を奪ったそれを……」

「えっ?」

離れていたせいですべてを聴き取った確証が無かったために聞き返そうとしたが、それを無視して女は歩き去ってしまう。

メイが駆け寄って体を起こすのを手伝ってくれた。

「大丈夫?」

「悪ぃ。聞き出すのに失敗した」

メイが心配したのはそこではなかったが、一連の流れから見て確信へと繋がるものが二人にはあった。

「まさかいきなりポケモン使って殴ってくるとは思わなかったけど……お前は大丈夫だったか?」

「大丈夫に決まってるでしょ。私は何もしていないもの。彼女が何者なのか気になるところだけど、ひとつの犠牲があったお陰で知り得たものがあったわ」

「おい待て。その犠牲って俺か?俺のことか?」

自分でも分かりきっていることをわざわざ言ってみるが、笑顔で頷いてくれたので軽く舌打ちしてみる。

「単語聞いただけで拒否反応を示しやがった……。あいつは確実に、」

「えぇ。デッドラインの鍵、若しくはデッドラインに何かしらの関与がある人間ね」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.288 )
日時: 2019/02/03 13:26
名前: ガオケレナ (ID: LaqAx/EG)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


二人はその後、静かな雰囲気の飲食店で軽食を済ませながら会話を続けることにした。
店に入る前、高野は此処には本当に様々な店があるものだと思わせられた。

「さっきの女に話しかけたせいで一瞬忘れてたが今思い出した。お前さ、デッドラインを追ってるんだろ?」

高野は特に何かを食べる事はせず、コーヒーだけを頼んで今片手に持ちながら話を続けている。

「えぇそうよ。今日ここに来た理由の一つに、デッドラインに関わる情報が手に入ったらいいな~なんて思ってたし」

対してメイは具がそれなりに乗っている分厚いサンドを食べている。彼女は休まずに食を進めているが、高野からしたら見るだけで胃が重くなりそうになる。

「じゃあ聞くけどよ、ただ噂話だけが横行している存在を追うにあたって、何故さっきの女が鍵だって事を既に知っていたんだ?俺からしたら不自然でしか無いんだが」

「あぁ、それかぁ……」

メイは一度手を手を止め、目を少し泳がせる。まるで何か考え事をするかのように。

「じゃあ私からも聞くけれど、どうしてあなたはジェノサイドを解散させたの?何故解散させるまでスムーズに事が運んだの?」

「人の話聞けよ。まず俺が聞いてんだよ。それにその話は今とは全く関係ないだろ?何の脈略のない事を……」

「あなたが先に答えなければ、私も答えない」

「てめっ……ふっざけんなよ。こっちはただでさえ恐ろしい思いしながらここまで来てるってのに……っ!?」

その時、高野は彼女のありきたりな反応を見て裏に気付いた気がした。熱くなってコーヒーを零しても困るのでまずはカップをテーブルに置く。

「お前……、要するにそれは今は言えない秘め事でもあるだろ?」

メイは分厚いサンドを食べるため、前屈みになって顔を皿に近付けるようにして食べていたが、高野のその言葉によって口が止まり、一瞬上目遣いのような目で彼を見ると、またすぐに意識は目の前の食べ物に移る。

「勘が鋭いのか、ただいやらしいのか……」

「どうなんだ?俺とお前が初めて会ったのは昨日。しかも大学の前でお前が待ち伏せていてな。それによって今俺はお前と居るんだが。どうも都合が良すぎると言うか何というか……ただお前のペースに乗せられている気がするんだよ」

メイは遂に自分が頼んだサンドを平らげた。顔を上げながら口に手を添えて零さないように意識を集中させる。

「ほんなに、わひゃひにふいてふのがほわいの?」

「……頼むから日本語か人間の言葉で話してくれ。流石の俺も外国語は知らん」

「そんなに、私について行くのが怖いの?」

「それが言いたかったらあとからゆっくり言えよ……」

やや呆れながら高野はカップを持ち上げてコーヒーを少し口に入れる。

「怖い、ねぇ。さぁて、そんな事を怪しい人にわざわざ言うか?言ったとしてもそれはそれで問題だろ。どんだけ構ってちゃんなんだよ」

「ちゃんと答えてくれるかどうかには期待していないよ。ただ、私もまだあなたがどんな人かあまり知らないからね。最近の経歴も相まって」

最近の、とは恐らくジェノサイド解散についての事だろう。高野にはそれがすぐ何を表しているかを理解した。

「お前は俺に何を期待してんだよ。自分の目的にちゃんと動いてくれる手足が欲しいとか?だとしたら尚更俺に付き纏う理由はなくなるぞ。何度も言うが俺はデッドラインを知らないからな」

「でも、あなたはデッドラインの鍵と接触してくれた」

「なるほど、俺と居れば自分は何もせずに事が運ぶから引っ付いていく訳か。通りで絶妙なタイミングで体を震わせて一歩も動こうとしなかったわけか」

「あんたさ……何でそんな捻くれてる訳?」

流石に穏やかな性格のメイも今の言葉にはカチンと来たようだ。他人を思いやらない無情な発言と彼の無表情ともとれるその顔が更に際立つ。

「悪いな、俺は人を信じたらそれだけで死ぬような環境で生きてきてたんだよ。これまでに誰も信じなかったし誰も思いやろうとはしなかった。だからこそお前を疑うのは当然だろ?お前の前には誰が座っている。ジェノサイドだった男だぞ?」

「だったら何故あなたはそのスタンスを引きずるの?もうジェノサイドでないのならばそれを気にすることもないじゃない?」

「そう簡単に人の性格が変わるかよ」

「無理でしょうね。でも、周りの人と、今ある環境と自分の強い気持ちがあればいくらでも変えられるじゃない?」

「……?何が言いてぇ」

「ついて来て」

メイは椅子から立ち上がる。丁寧に自分が支払う分を既に手の中で握らせている。

「確か最初に言ったと思うの。あなたの身と日常を守るって。その為の場所に行くのよ。ついて来て」

言われるがままに高野も立ち上がる。自分の心の内を、少なからず勇気を出して言ったのに向こうの本音は聞き出せなかった。
それだけで自分が不利に思い、損をした気分になり、益々信じろと言われても信じられなくなってしまう。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.289 )
日時: 2019/02/05 22:50
名前: ガオケレナ (ID: f9c/TndF)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


代金を払って飲食店から出て彼女に黙ってついて行くと、最終的には古そうな民家の前に到着した。
一応ここから大会の会場であるドームは見えるが大分遠い。どうやらこれまで来た道とは真逆の方向に、ドームの裏側をひたすら歩いてきたようだ。

「さぁ、ここよ」

と言ってメイは木造の古い民家を指さす。最早これが何かすらも予想がつかない。
見るからに放置された小屋にも見えてしまうからだ。

「……いや、なにコレ。捨てられた家か何かか?それとも俺にここに住めってか。確かに身バレはしにくいだろうがいつ崩れるか分からないこんなボロい家なんか住みにくいってかそもそも住めねぇだろ!」

「誰が民家なんて言った?」

「……え?」

高野の発言にただきょとんとするメイの態度が気にかかる。
本人は至って真面目に喋ったはずなのにその反応が薄すぎるからだ。

「まぁいいわ。とりあえず入ろう」

「いやおいちょっと待てって……」

苦い顔をしている高野を無視してメイはボロい建物の割に綺麗な木の扉を開ける。

念のためゆっくり開けたが、扉の動きは気持ちが良かった。案外この建物は古くないのかもしれない。

扉の向こうは何かの工房のように見えた。
開けた空間の中に、あらゆる道具を床に放置しただ散らかっているだけなのにどこかメカニカルなイメージを与えてくる。
それに加え、床も壁もすべてを木材で統一している。露わになったそれは耐久的な意味で不安を覚えさせるが、同時に心地よさをも生む。会場を含めたドームシティは緑地と住宅地をさらに開発したものだ。まるでここはその緑地の名残であるかのようだ。厳密には違うが、デザイン的にそんな風に思わせられる。

低い木のテーブルに肘を付いて小さい部品のような物を眺めている老人の姿が見えた。
この工房の人間だろうか、額にゴーグルを掛けている。
扉に鈴がついていたからメイが開けた時には鳴ったはずであるが、どうやらこの老人はその事にも気がついていないようだ。
意識を集中させて白くて小さい玉を眺めている。

「こんにちは、おじいちゃん」

と、言ってメイは老人の目の前、テーブルに懐中時計をコトン、と置いた。
それで初めて気がついたようだ。

「お、おぉ!久しぶりだなおめぇさんよ。お?どうだ?元気してたか?」

「まぁね」

メイはそこら辺に放ってあった小さめの丸椅子を押してテーブルの前にまで持ってくるとそれに座った。
そのまま彫って作ったのか、その丸椅子も木で出来ている。テーブルと同じく加工品が混ざっていない100%木製だ。

「そんでおめぇさんよ、その懐中時計の調子はどうよ?」

老人はテーブルから肘を離し、普通に座り直すとそんな風に聞いてくる。
少し離れた位置から二人のやり取りを見ていた高野には何の事を言っているのかさっぱり分からない。

「勿論いいわよ。普段は時計として使えるのにメガシンカのデバイスまで付けてくれるなんて。流石江戸っ子の職人ね」

「よせやい。おれァ生まれが下町だったってだけで別に江戸っ子を名乗った覚えはねぇよお」

「メガシンカ……?」

散らばった道具や壁にかけてあった鋸などを見ていた高野の耳に突如ここで聴くには不自然すぎるワードを掴んだ。

「おい、それってどういう……」

高野は彼らに近づき歩き始めたのと、老人が高野の存在に気づいたのは同時だった。

「ん?おめぇさん誰だ?今日は二人も客がいるのか?」

「えぇ。丁度良かったわ」

メイは椅子から立ち上がり、高野の隣に立つと彼を指さす。

「実は今日の客は私じゃなくてカレなの。高野洋平くんって言う私の友達よ」

「おいお前いつ俺が友達に……ッッ!?」

言っている途中にメイから肘打ちを食らう。丁寧にきちんと脇腹を狙っていた。

「ほぉー……?おめぇさんが今日の客か。と、なるとお目当ての物はおめぇさんと同じ物でえぇんだな?」

「えぇ。私と同じものじゃなくていいからとりあえずデバイスの方を改造して欲しいの」

「おいちょっと待てお前ら。何客であるらしい俺を差し置いて勝手に話進めてんだ。説明しろ」

その瞬間、真顔になったメイはあたかも面倒臭いと言うのを目で言った後、高野の方へ振り向く。

「紹介するね。この人は大貫銀次。ぎんじおじーちゃんって皆呼んでるわ。彼は'ある'種の職人でね、特に今はメガシンカに使うデバイスを……キーストーンをアイテムやアクセサリーに組み込んでそれを作る仕事をしているの」

なるほどと心の中で呟いたのちに二、三度頷いてから老人もとい大貫を見た。
白い口髭を蓄えた、いかにも優しそうなお爺ちゃんといった身なりだ。彼も深部の人なのかと逆に疑いたくなる。

「それでね、おじいちゃん、彼は高野洋平。大学生よ。既にデバイスを持ってはいるんだけど、飽きたとか何とかでおじいちゃんの手を貸して欲しいの」

「てめ……適当な事を……」

高野は恨めしそうにメイを睨むも、大貫へ笑顔を振り撒いているため気付いていない。
大貫は理由が理由だったからか、高野を軽く怪しそうに見つめると手を出してきた。

「ったく……物は大事に扱え。そんなつまらねぇ理由で改造なんて依頼するなや。だがまぁいい。出しな」

「?」

高野は何に対して言っているのか分からなかったのでその場で固まってしまう。

「デバイスよ」

メイが隣で耳打ちして彼の鞄を差す。中には杖を改造したメガワンドが入っている。

「……あー、あれね。そうかそうかそういう事か」

高野は独り言のように呟くと、ことを理解したのか何の躊躇いもなくメガワンドを大貫に渡した。

「ほいよ。じゃあこれは預かった。暫くしたら連絡するからまた来な」

「あ、ちょっと待っておじいちゃん!ねぇあのさ、あなたって目はいい方?」

話を遮り、メイは高野の目を見つめる。
大きい瞳に見つめられるのは苦手であるからか、やや目を逸らしてそれに答える。

「いや、目は悪いな。裸眼じゃ何も見えねぇ。今もコンタクト付けてるし」

「そう、分かった。じゃあおじいちゃん、眼鏡の型で頼める?」

唐突の注文に高野は驚きながら咄嗟に大貫へ振り向く。だが彼は顔色一つ変えずに、

「それくらいお安い御用だ。おれぁそれくらい簡単に作ってやらぁ」

と、言うと壁に掛けてある道具を幾つか外して工具のキットを何処からか持ってくると小さいテーブルの上に広げる。
小さいテーブルのため細かい部品や道具が散らばりつつ床へと落ちた。散らかっているのはこの為だったようだ。

「悪ぃな。作業中は気が散るってもんだから出てってくれるとありがてぇ」

「あぁ、そう言えばそうだったわね。ごめんね。また来るね~」

半分無理矢理に高野の腕を掴んでメイは扉を片手で押しつつそれを開けて外へと出て行く。
扉を閉めると同時に掴んでいた腕を離した。

「いきなりでごめんね。でも、私が何故此処に連れてきたのか分かったんじゃない?」

もしもここで理解が出来ていなかったら彼女の顔は膨れていたことだろう。

だが、高野の表情は至って穏やかであった。

「まぁな。お前、俺を元ジェノサイドと悟られない為に象徴でもあった杖を改造に出したんだな」

「そんな所かなー。私に感謝しなさいよ?」

口元が緩んでいるメイだが、高野は感謝の意を述べるどころか、迷惑そうな口振りで、

「元はと言えばお前が俺に参加しろとかしつこく聞いてきたからだろうが。俺がここでありがとーなんて言うのはちょっとばかしおかしい」

「相変わらず可愛くないのねー……」

鬱陶しそうに答えたものだからメイは残念そうに溜息を吐く。

「テメェは俺に何を求めてんだ!!」

「まーまー、とにかく今はデバイスの改造に時間がかかるわ。その間に他行きましょう。次は服装ね。あなた、大会中もジェノサイドのローブを来て参加するなんておバカな事はしないわよね?」

「そんな無意味な事するわけねぇだろ。私服ならいくらでもあるからいらねぇっつの」

等と言ってはみるものの、またしても腕を引っ張られて無理矢理歩かされるものだから仕方なくもう少しは彼女のペースに付き合うことにする。
何を言っても無駄である事を悟ったが故である。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.290 )
日時: 2019/02/06 08:05
名前: ガオケレナ (ID: zKu0533M)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「はい。あなたが着るのはこれとこれ」

「どんなのかと思って行ってみたら白のワイシャツと黒のスラックスじゃねぇか!それくらい俺の押入れに入ってるっつーの」

二人が次に来たのはよく見る紳士服量販店である。高野は元から来ないこともあってか高価な売り物が並んでいる店はハードルが高く行きにくい印象があったが、メイから手渡されたワイシャツとスラックスに拍子抜けした。

むしろスーツではないのかと。

「むしろここまでシンプルが一番いいのよ。この大会に参加するのは中学・高校生の学生からあなたみたいな大学生、さらには普通に働いている社会人までよ。今挙げた人たちは皆制服やスーツを着るじゃない?特にこれからの季節よ。クールビズじゃあないけど妥当と言えば妥当の選択よ」

「いやまぁそれならまだ分かるんだが……、ってか何でドームシティに紳士服の店まであんだよ……どんだけ揃えてんだ意味わかんねー」

「いいじゃない。無駄に広い土地だったんだし。あらゆる物が揃っていた方が需要も伸びるわよ」

「確定ではないけどな」

そう言って結局高野は手渡された服を持ってレジに向かう。
安いとも高いともいえない金額を求められた高野はそれでも何の躊躇もなく自分も財布からお金を取り出した。

涼しさをも感じる自動ドアの音が耳を刺激する。
二人は支払いを終えるとすぐにその店を出る。案の定店員の挨拶も聴こえてきた。

「安くはなかったはずだけど……抵抗ないのね?」

「まぁな。全部という訳ではないが少しならジェノサイドの時代の金が残ってる。学生の俺にはそれでも充分すぎるくらいだ。それらがある内は不自由なく過ごせる」

「いつまでそんな事言ってられるかなぁ~?」

自慢ともとれる高野の発言に対抗するためなのか、メイが意地悪そうな笑みを浮かべて意地悪そうな口調でわざと視界に映ってきた。
面倒臭そうに高野はその顔を払おうと手を振るい、メイを少しばかり遠ざける。

「ところでよ、さっき気になったんだが」

「ん?私が連れてくる店のセンスがいいとか?」

「逆にその自信過剰な所はどこから湧き上がるのか知りたい。そこじゃねぇよ。さっきの職人みたいな……」

「あぁ、ぎんじおじーちゃんね。お爺ちゃんがどうかしたの?」

二人は紳士服量販店から遠ざかってひたすら歩く。来た道がどちらだったかも分からなかったが見えるのはコンビニのような小さな店が大半だ。一つ一つの店の外観が近代的を思わせるデザインで普段は見慣れなさそうなものばかりである。
特に欧米風なものが多いので恐らく主催者の好みなのだろう。

「そのお爺ちゃんも深部の人間なのか?お前を知っていたし何だかそっちの世界に詳しいように見えたからよ」

「あー。それね」

メイは小さく微笑む。高野の口調が少し情けなさそうだったからだろうか。

「お爺ちゃんは深部の人間ではないわよ。完全に表の人間。ただ、客に私みたいなデバイスの改造を希望する人が多いから雰囲気とか外見から見て'それっぽい人たち'が居ることには気付いているみたい。結構深部の人間って特徴的と言うか変わった人が多いじゃない?世間と同化しないだとかアウトローぶってるのかは知らないけど」

もっとも、これから表の人間でもメガシンカを使う人が増えるけどとメイは最後に付け足す。
要するに考えすぎる必要は無いということだった。


ーーー

「おぅ、待たせたな!出来たぜおめぇさんの眼鏡」

ぐるっと町を見て回った二人は最後に工房へと戻った。タイミング良く高野の眼鏡も完成していたところだった。
高野はテーブルに置いてあった眼鏡を手に取る。
焦げ茶色を基調にしたシンプルなスクエア型である。
右のレンズの近く、蝶番付近がやや広い。手で触れて確認するとそこにキーストーンが埋め込まれていた。
「メガシンカさせたきゃそこに触れりゃいい。ズレた眼鏡を直すのと同じ要領で触っちまえば簡単だろ?」

「すごーい!そこまで考えてたなんて流石お爺ちゃんね!……でも、度は合ってるの?」

「……大丈夫だ」

高野は試しに掛けた眼鏡を外す。目を何度かパチパチさせながら言っているので説得力が微塵もないがどうやらコンタクトの上に眼鏡を掛けていたらしい。

「あらかじめコンタクトの度がどのくらいかを伝えておいた。形に関しては特に診てもらってないから不安だったけど、逆にピッタリな事に驚いている」

「そりゃそうだ。おれァおめぇさんぐらいの顔だったら見るだけでどのくらいかってのがわかっちまうもんでな。念の為に検査なんてしてたら時間の無駄だろ」

「すげぇな……本当に職人って感じだな」

高野は特に不備が見られない完璧な眼鏡をケースに入れると鞄へと仕舞う。

「ありがとうな、お陰で助かったよ」

「おい待てぃ。まだ金払ってねぇだろうが」

強い口調で言われたものの、レジが見当たらない。大貫が手を差し出していることから恐らく手渡しだろうか。

「金、払うんだな」

「ったりめーよ。こちとら商売でやってんだ。5万」

「うわ、高っ。んじゃ5万な」

またしてもなんの躊躇もなく財布から5万円を取り出して大貫の大きい掌の上に乗せた。
それを見た大貫は若干申し訳無さそうな顔をすると、

「冗談だよ馬鹿野郎。2万でいい」

そう言って5万のうち3万を高野に返す。彼は彼で冗談には聞こえなかったからか終始きょとんとした顔で3万を握り締めた。

「ったくおめぇってやつぁ……いつかダマされんぞ」

「騙されてもさらに余裕があるから平気」

店を出た二人を大貫が見送る為に彼も外へと出る。
まず目に映ったのは木々に囲まれた一直線の道だった。
大貫は最後にと忠告をしてみたつもりだが平然と突っぱねられてしまう。

「かーっ!言うねぇ。ま、そんな事言ってるといつ落とし穴にかかってもおかしくはねぇな。気をつけんな」

「ありがとうね、お爺ちゃん」

メイが振り向きざまに笑顔で手を振った。
大貫は右手を左右に小さく振ることでそれに応えた。

「じゃあこんな所かしらね。あなたの準備は」

「案外すぐに終わったな。しっかし、今日の格好をするとなると……今までの俺とは全く違う雰囲気になりそうだな」

「そうね。さっきチラッと見たけど眼鏡のあなたはただの爽やかそうな青年だったわね。爽やか'そうな'だけど」

「あくまでもイメージで、しかも見えるだけかい」

「イメージなんてそんなもんよ」

高野はつまらなそうに舌打ちすると荷物を持ちながら町を下る。バスターミナルを越え、見えた先には行きにも使ったエレベーターだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.291 )
日時: 2019/02/06 15:04
名前: ガオケレナ (ID: My8p4XqK)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「それじゃあ、今日はここまで。色々あったけどどうだった?」

メイと高野、二人は既にドームシティの最寄り駅である聖蹟桜ヶ丘駅に辿り着いていた。
と、言うのもただ坂を下るだけだったのでそれほど時間はかからなかったが。

「せんせー、色々ありすぎて頭が混乱してまーす」

「そう。じゃあおさらいがてらもう一度ドームシティに……」

「俺が悪かった、頼むからもう帰らせてくれ。疲れた」

珍しく自分からふざけたのを若干後悔する高野。メイの瞳が何故だか輝いていたからだろう。よほど高野が苦しむ姿が見たいようだ。

「話は戻して、いい?これからについてよ。これからあなたは、元ジェノサイドとしてではなく、学生としての高野洋平として大会に出てもらうわ。期間中はワイシャツに、黒のスラックスを着用すること。あとこれ、キーストーンを抜き取った杖よ。一応返すけど、何があってもそれを人前で出すことはしないで。常に眼鏡で……メガメガネでメガシンカを行ってちょうだい」

「……そのダサい名前はどうにかならんのか」

高野は、メイからかつてのデバイスの抜け殻である白い杖を受け取る。程よく手にフィットしていたが故にこれを手放すのは少し残念である。

「仕方ないでしょ。一応ポケモンの公式でもメガメガネって名前なんだから。とにかく今後はそれを使うこと。いいね?」

「別にメガグラスでもいいじゃねぇかよ……まぁ名前なんてどうでもいい」

高野は受け取った杖を鞄に仕舞いこむ。長いせいで上手く中に入らなかったが、そこは無理矢理押し込む事でどうにかなった。

「お前はこれからどうするんだ?」

帰ってもおかしくないタイミングになってもメイは何故だかそこを離れようとしなかった。もしかしたら電車を使わないのかもしれない。

「私?そうねぇ……、私はここから電車で向かう方向に住処があるわけじゃないから適当に帰るわ。そういうアナタは?ジェノサイドという最大の住処を失ったあなたの方が気になるんだけど」

「あー、それなら気にすんな。適当に大学のすぐ近くのマンション借りて一人暮らししている。クソ狭くてホント不便だがな」

高野は部屋を想像したのか、ダルそうな目つきで真昼の空を眺める。これから夕暮れ時に迫る丁度境目あたりの時間だった。

「そう。それなら良かった。じゃあ気をつけてね」

メイは一旦彼から離れた後の背を向ける直前に手を振った。
これで暫く彼女と出会う事はない。そう思った瞬間に、高野は思い出したかのように「あ!」と叫んでメイの動きを止める。

「な、なに……?どうかした?」

「お前にさ聞きたいことがあるんだ。いや、厳密にはお前の考えと言ったところか」

今まで忘れていた事自体がおかしいと感じていた。それは自分がもうあの大会に出ると決まったようなものだったからか。

何故この大会が開催されることになったのか。何故主催者……本当にそんな存在の人間がいるかどうかが怪しいが、その人がここまで派手に彩る事を選択したのか。そして何故あの場所で。高野の脳内にはそんな事で一杯になる。
そこで彼は簡潔にするため、

「何故あんな大会が開かれることになったと思うか?」

と聞いてみることにした。

それに対しメイはそれまで別れを感じさせない程の明るい雰囲気を一瞬にして消し、やや上目遣いで彼を見定めつつ声のトーンを低くしてこう応える。

「そうね……あなたはこの半年間深部に居なかったから分からなかったわよね」

そう言うと、メイはいきなり歩き出した。そのペースが早くない事を考えると、その行先は目の前のベンチのようだ。

「あのね、あの会場を作るための工事が始まったのは今から5年前なの」

「それは今日お前から聞いた」

「いいから、これには続きがあるの」

先に座ったメイが、隣に座るように指で合図する。
高野は周りを少し気にしながらそこに腰をかけた。

「ねぇ、おかしいと思わない?」

「何がだ」

「今から5年前と言えば、ポケモンが実体化を始めた直後よ?それなのに議会が組織されて、大会の話もまとまって、工事を始めたなんて時間を考えるとおかしくない?」

「……確かに。最初に5年前と聞いた時は何か引っかかるとは思ったが」

高野は言いながら当時の自分を振り返った。その時はまだ高校に入ったばかりである。

「まぁここはどんなに深く調べても議会の裏事情に当たるからいくら私でも無理よ。問題は大会の開催理由。これを聞けば尚更時系列に無理があるんじゃないかしら?」

「開催目的……?」

高野は、つい昨日自分の友達が話していたそれを思い出してみた。この大会に何故学生が多いのかを。

「近年の中高生に見られるポケモン離れ……これを解消するための大会……?」

「ね?五年前からと考えると少しおかしくない?」

高野は特別な物知りでは無いため、5年前の学生のポケモン事情など知らない。ましてや、ポケモンの人口なんて5年やちょっとじゃ変わらないのかもしれない。
それにしても工事の開始時期と公表されている理由を照らし合わせると、都合が良すぎるようにも思えてしまう。

「簡単な理由よ。それは建前。もっと言えば偽りの理由だからよ」

「偽り……?」

高野ははっとした目でメイを凝視する。そこで彼は初めて冒頭でメイの言った「あなたは半年深部にいなかったから分からなかった」の意味が分かった気がした。

「まさか……今の深部は……」

「えぇ。実を言うとね、今議会は相当焦っているの。あなたを失ったからではなくて、今急激に深部の人口が減り出しているからよ」

「議会が奨励した組織間の抗争……あれに過ちがあったんだな」

高野の言葉にメイは深く頷いた。

「議会の定めたルールには致命的な欠陥があった……。抗争を続ける内に、日本の全国規模でそれが展開されると深部の人間が一気に減少してしまう。それの対策が存在しなかったからよ」

つまり、とメイは隙間を作ることなく続ける。

「今の深部には綻びが見えているの。このままでは深部が深部として成り立たなくなる。ともなれば自分たち議員の収入源がなくなるわ。そうなる事を一番恐れているの」

「ったく、どいつもこいつも結局は保身と金かよ……俺達の命を何とも思っちゃいねぇんだな」

初めて知った最近の深部の裏事情に驚愕しつつ、相変わらずの議会の人間ぶりに高野は苛立ちを募らせる。

「勘のいいアナタならもう分かったんじゃないかしら?このタイミングで大会……」

「つまり、ヤツらはポケモン人口を増やすことではなく深部の人間を増やすためにこの大会の開催をこの時期にしたわけか」

そういう事、と言ってメイはベンチから立ち上がる。しかし、彼女は手を高野に手を差し伸ばしながらこう付け加える。

「これはあなたの質問通り、私個人の考えよ。これがすべてではない。でも深部が綻び始めているのも人口が少なくなっているのも本当よ?」

高野は溜息を吐きつつ、メイの手を無視して自分で立ち上がる。
横目でジロりと彼女を見つめる高野は、

「まさかその真相を確かめる為に俺を利用しようとしている訳じゃねぇよなぁ?」

ほんの少し生まれた敵意にも似たそれを彼女に向ける。

「さぁ~ねぇ~それは今のあなたが追うべき事柄じゃないわ」

わざとらしく、意地悪そうに薄ら笑いを浮かべるメイが、そこにはいた。

「どういう意味だお前、わざと苛立ちを募らせてその様を見続けるのがそんなに楽しいか」

「違うよ。要するにこの大会は楽しめると言いたいのよ」

「あ?」

メイは指を二本立てた。薄ら笑いはもう消えている。

「1つは、あなたがこの大会を一般人として普通に参加し、普通に優勝目指して戦い抜く意味において。2つ目は、深部の謎を追う、本当の意味でのアウトローとしてこの大会の裏側を調べることにおいて、よ。だからお互い楽しみましょう。ね?」

自分はつくづく気味の悪い女と仲良くなってしまったと強く感じた。
果たして高野は、まるで普段から友達を見送るかのように、ただ彼女の去る姿を眺めていたままで良かったのかとそれだけの事で自分の頭を痛くするほど考えた、哀れな姿を晒す結果に終わってしまった事に怒りと呆れが生まれて初めて1日の終わりを感じた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.292 )
日時: 2019/02/06 15:24
名前: ガオケレナ (ID: My8p4XqK)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

時空の狭間

その天使に出会ったのは、彼が幼い時であった。

天使の正体はただの人間である。だが、その者はただの人間とするのも、ただのクラスメイト、ただの他人と評するのも失礼だと思えるくらい素晴らしく美しい存在だった。

それ故の天使。

さて、彼が天使に出会った時は、今の時代の区分に分けられるのならば中学1年生の頃だろうか。

偶然だった。同学年の人が200人近い中でその者と一緒になれたのは偶然であった。

さらに、彼が弱きゆえ虐めを受けていたのも、その虐めから助けようとしたのも偶然だったのだろう。

そしてその虐めを救おうとした者が、その天使だったのは最早奇跡だっただろう。

厳密には暴力が止み、野蛮な人間が立ち去ったその直後。
ボロボロになってへたり込んでいた所へ声を掛けただけなので救いでも何でも無かったのだが、人に恵まれていなかった彼からしたら救いと同義の事だった。

そんな事が何度も続き、学年も変わり、中学最後の年となったとき。

二人はやっと遊ぶようになった。

何故ここまで時間がかかったか。単に遊ぶ時間が無かったこと、単に家が遠かった事が挙げられるがそれ以上の理由に、彼が上手く会話ができない事にあっただろう。
その影響か、やっと遊ぶ時になっていても二人きりではなく、彼の友達一人と彼女の友達が一人の、計四人で遊んでいる。

遂に彼らは卒業を迎える。

学校が離れ離れになることで会う機会が大幅に減ってしまう。
もうこれまでかと思ったその時、彼は初めて自分が天使に対し好意を抱いていた事に気が付いた。

それと同様に、強い後悔も生まれた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.293 )
日時: 2019/02/07 16:25
名前: ガオケレナ (ID: FA6b5qPu)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

Ep.2 旧友との再会


2015年5月26日。

大会開催日が6月24日の為1ヶ月を切った。
昼まで授業だった高野は放課後のサークルまで暇であったため、如何にして時間を潰そうかと大学構内を歩いていた時のことだ。

「あれ?岡田か?」

目の前にはバスロータリーがある。
神東大学は主に3つから4つの駅まで繋がっているため、自然とバス停が3つまで設立されることになる。その為校舎からはかなり離れた位置になるものの、バスロータリーが設けられているのだ。
そのロータリーの1箇所のバス停に、高野と同じ学部の友達にして同じサークルの仲間である岡田翔がいた。

彼は最近、毎週火曜日はサークルには来なくなった。授業終わって足早に去っていくのでどうかしたのかと普段から思っていたが、今彼はそこで貧乏揺すりをしながら時計と時刻表を交互に見ている。

「よぉ、岡田。お前どうしたの?」

「あぁ。レンか……。いや俺さーこれからバイトだから」

「だからいつも授業終わったら帰っていたのか。バイトは毎週なのか?」

高野の質問に、岡田は頷くだけだった。それらの態度を見る限りバスが来なくてイライラしているのだろうが、バスが来るのは5分後のようだ。それくらい待てないのかと高野は本人の前では言えないために心の中で呟く。

バスに乗り込み、離れていく岡田を眺めて高野は思いに耽った。

(今日の最後の授業が終わるのは18時。あと3時間近くあるのか……。どうやって時間を潰すか?いっそ家までここから10分なんだし帰ってポケモンの育成をすべきだろうか?)

ロータリーからとぼとぼ歩くとコンビニが見えてくる。普段なら何か軽い物を買って行くところだが昼食を食べて時間があまり経っていないのでスルーしようかと通り過ぎたときだ。

コンビニの自動ドアから見知った人間が出てきた。

「あっ、レンだー」

「ん?」

聞き慣れた声を聞き取りそちらへ振り返ると小さい袋を下げた、岡田と同じくサークル仲間の石井真姫の姿があった。

「なんだお前か」

「なんだとはなんだ」

ところで、今はもう授業開始時間を過ぎている。時間は大丈夫なのかと聞いてみる。

すると、

「ところでレン、1つの授業につき5回まで休めるのは知っているかな?」

「それくらい知っているけど、それがどうし……っ!?」

高野は自分の意思で自分の喋る口を止めると、まさかと言ったような驚愕の表情で石井を見つめた。

「まさかお前……」

「そのまさかでーっす!レポートの為にサボりまーす!」

なんだかこのやり取りを、しかも同じ人とこれまでに何度も行ってきたはずだと違う意味で彼の頭を悩ませた。

「お前なんか時間の使い方間違ってる気がする」

「よく言われる気がする」

終始ふざける彼女に高野は毎度呆れるも、笑っている気がした。逆に何故ここまでふざけられるのかと若干悩ましいが羨ましくもあった。

「……ワニノコのモノマネ」

「……!?わにわにっ!」

高野の言葉を合図に、石井は小さい頃にテレビで写っていたであろうポケモンのアニメに出てきたワニノコの鳴き真似をし出した。最早彼女のネタとなりつつある。

「お前それ意外と似てるよな」

「でしょー!!唯一のモノマネだからね」

女子大生の唯一のモノマネがワニノコとはこれいかにとは思うが、高野はそれによって何かを思い出したのか3DSを取り出して起動中のポケモンを開いた。

「レン?なにしてんの?」

「お前さ、ポケモン持ってるか?だったら渡しておきたいものがあってな」

高野はゲーム内のパソコンを開いて、持っているポケモンをざーっと見ていく。目当てのものがあったようで安心してパソコンを閉じた。

石井は持っているよと言ってカバンからゲーム機を取り出す。
高野はそれを一度受け取ると彼女のポケモンを起動し、すぐさまローカルで繋がっているゲーム内での高野本人に対して交換を申し込む画面にして彼女にゲーム機を返した。

「ん?何してるの?」

「今のモノマネで思い出した。一匹だけ育成途中のワニノコがいてな。と言うのも既にオーダイルを育てた後に気づいたもんだから放置していて。お前だったら受け取っても問題はないだろ」

「ないけどさ、でもどうして私に?ゲームなんてたまーにしかやらなくなったし大会にも出ないよ?」

「いや、だからこその育成途中だ。そいつはもう下準備を終わらせてあとはレベル上げと技構成だけを済ませばいい所までいっている。今や実体化するポケモンがそこらにいる時代だ。お前も1体くらいはそれなりのポケモンは持っておけ」

「実体化したポケモンって今レンの肩に乗っているゾロアとかそういうのでしょ?」

突然ズシッとした重みがした理由が分かった。ゾロアが命令等を無視して勝手にモンスターボールから出たのだ。
頭を軽く叩いてからボールへと戻す。

「例えば今見たくゾロア本体か、ゾロアの入ったボールを私に渡せばそれで交換……と言うか譲渡?それは完了するんじゃないの?」

「それだったら楽でいいんだがな。このポケモンたちはトレーナー、即ち俺らみたいな人間の持つゲームのデータと連動している。ボールを今ここで、はい手渡し、となっても何故か元の主人の手に戻ってしまう。どういう仕組みなのか本当に分からないがな。しかも中身のポケモンだけという嫌らしい仕様でな。つまり、連動している以上元の存在であるデータをゲーム上で交換しないと無理ってことだ」

お互いのゲームの画面を操作し、交換を終えたようだ。石井のゲームに今ワニノコが渡った。

「ふーん。結構面倒なんだね」

「そこは仕方ねぇだろ。でもゲームを介さずにスマホのアプリだけで済ますポケモンボックスなんてのもあるからその内誰かがゲームを介さずに交換できるアプリを開発してくれるだろ」

まるで交換が目的だったと言わんばかりにそれを終えた今、高野は「じゃあ俺一旦帰る」と言うと石井に背を見せてその場からバスロータリーとは真反対の位置にある校門を目指して立ち去ってしまった。
石井は折角なので受け取ったワニノコを見てみる。

技がいくつか遺伝されていただけでなく、丁寧にも隠れ特性の'ちからずく'という個体であった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.294 )
日時: 2019/02/10 16:12
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平が所属しているサークル『traveler』は毎週火曜と木曜、そして金曜の放課後に活動する。

彼は今、そのサークルの活動場所としている教室でポケモンを起動している3DSを机に放置しながら窓の景色を眺めていた。

(やる事ねぇーなぁー……退屈だ)

あれから高野は結局一旦家に帰った。
少し寝た後ポケモンに時間を費やしていたらサークルの活動時間となった訳だ。
時間の使い方を間違えている自覚はあるらしく、他のサークルメンバーがボードゲームに参加している光景を時折眺めながらその視線を真下のゲーム機に移したあと、結局はまだ明るい外を眺めるに至っている。

サークルとは本来大人数で集まってワイワイするものである。それがスポーツになれば何処かの施設を借りてそれに励むのだが、彼の所属するサークルはそう言った類が全く存在しない。

「とにかく皆で集まってゆる~くまったりと何かしようぜ。んで、長期休暇時に旅行行こうぜ」的な雰囲気が漂っている場所なのだ。
そもそも高野が此処に来たきっかけは1年の入学まもない時に知り合った岡田がこのサークルに興味を示し、それの付き添いで来ただけであった。3年となった今、岡田があまり来ないので自分でも何故来たのか気になるものなのだが、今の彼には友達と言えるべき存在がおり、この日常の為に深部を捨てたことになるので深く考えるのは彼自身を否定することに繋がってしまう。

適当に考える事を止めた高野はとりあえず新たにメガシンカが可能となったヤミラミでも育てようかと下準備の為に"そらのはしら"で夢特性のヤミラミを捕獲することから始めた。

「先輩、ババ抜きしないんですか?」

今年入ってきた1年の女の後輩が間隔ごとに声をかけてくる。香流たちがその後輩に「今は話しかけなくていいよ」なんて言っているのが聴こえた。

目だけを動かして彼らをチラッと見てみる。
彼の友達である3年生が5人ほど、後輩にあたる2年生が7人ほど、さらに後輩にあたる1年生が5人いた。
あまりに人数が多いので幾つかのグループに別れているが、やっていることは皆同じだった。

出てきた個体が目当てのものでなかったことにため息しつつ、操作する手をひたすら動かす。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.295 )
日時: 2019/02/10 16:20
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


夜の7時を越えると、流石に空も黒くなってきた。
窓から見える夜景が更に際立っている。

時間の都合でヤミラミの親となる個体しか手に入れられなかった高野はやや不満げに時計を睨む。
サークルの活動時間も残り30分程度だった。

高野がずっと外を眺めているからか、やることが無くなって暇になったのかは知らないが、他の人たちも窓を開けて景色を眺めている。

そんな時だ。

「ん?」

1年生の女子が丁度この階の外にあるベンチに座っている人影を見つけた。
その人は地上から四階に及ぶこちらに向かって微笑みながら手を振っている。
もしかしたら隣の教室の人に対してではなかろうか。そう思い窓からその女子は顔を出して辺りを見ても、どこの教室も窓は開いていなかった。

つまり、外にいる人は自分に向けてのものだと今理解する。

しかしその子にとって外の人は全く知らない人間である。暗いせいであまり顔が見えないのかもしれないがそれでもうっすらと見えたその顔に見覚えはなかった。

まさかと思い、近くに座る石井に声をかける。

「先輩、外に先輩の知り合いがいません?」

奇妙なその言葉に、個人的な嫌な予感がしつつも石井は窓からその顔を見せる。
すると、今度は外の人がベンチから立ち上がって、より強く手を振った。時折跳ねている様子から何やら喜んでいるようだ。

「あれは……」

確証はなかったが、まず捉えた外見からその人が女性であることが分かった。そして自分の知り合いであることも。

(でも、もしかしたらあの人は……私の友達じゃないな)

石井は机を3つほど離した位置で今度はスマホを操作している高野を見る。
そして、また外の彼女の顔を見ようとした。
今度こそ誰が居るのかを理解した石井は、

「レン!外見て外!」

高野のあだ名で彼を呼んだ。案の定、レとンの間でこちらに振り向いた。

「どうした?石井」

「いいから外!レンの友達がいるよ」

不思議に思った高野は面倒な事させやがると小さく呟いて下を覗く。

はじめはよく見えなかった。
だが見つめて5秒は経った頃だろうか。

直後に顔を引っ込める。

「レン?どうした?友達でしょ?やっぱり」

なんて隣からの声に耳を傾けずに何故彼女がここにいるのかの整理を頭の中で始める。

(もしかしたら何かあったのかもしれない……。それとも"大会"に関することだろうか?)

此処に呼ぶのはマズいと考えた高野は息を軽く吐いた後に窓に手をかけると。

何の躊躇もなく飛び降りた。

四階から黄色い叫びが上がるがそれすらもドップラー効果で小さくなってゆく。
墜ちる直前に高野はボールを地面に投げた。

サザンドラが地上に着地した状態で高野の真下に姿を現す。
サザンドラの習性からか、飛び上がろうとしたその時、主が上から落ちてきたのでその巨体でキャッチした。

だが落下エネルギーを浴びたせいでさらに重くなった高野を身に受けたせいか、バランスが保てないサザンドラも地面に崩れ落ちる。

「あー……悪ぃサザンドラ……」

凶悪なるドラゴンに睨まれた直後、体が振り払われると三つのうちの一つの頭に叩かれ、軽く吹っ飛んでしまう。

「相変わらず無茶するんだから」

「お前が来たもんだから何事かと思ってな。わざわざ下降りるよりこうした方が早いだろ」

アスファルトでひっくり返っている男からその姿に相応しいあまりにも馬鹿げた台詞が聴こえた……気がした。

「相変わらずで安心したよ」

「そういうお前も元気そうじゃねぇか」

赤い龍のミナミ。

高野の目が、かつて同じ組織に所属し行動を共にしていた、服装が少しオシャレな女の子がいることをしっかりと捉えていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.296 )
日時: 2019/02/11 08:19
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「何かあったのか?お前から来るなんてどうかしてる」

「そんな言い方ある?折角の再開……それも半年ぶりなのに」

ミナミに言われて時の流れの早さを再確認した。 香流と戦った後に負けてジェノサイドを解散してもう半年になろうとしている。

「そういやもうそんなに経つんだな。こっちの世界が平和すぎて時の流れすらも忘れちまったよ」

「こっちも色々あるお陰で時の流れが早いよ?今度は大会までやるんだもん」

思えば高野は今日になって初めてそのワードを聴いた気がした。今の深部の事情も気になるがそれよりも、彼女らの間でも優先度が高いのはそれに関する話題なのだろう。

「んで?お前は大会出るのかよ。議会の連中が開催するアレにさ」

「勿論出るよ。たとえ何か裏があったとしてもウチには関係ないよ。ウチは"ただのAランク組織"の『赤い龍』。でしょ?」

あの日。

去年の12月18日に高野は深部の抗争に乱入してきた香流に突如敗北した。
表向きは香流と高野の口約束に則っての敗北だが、秩序を守る議会側からは「闇討ちによる敗北」としてジェノサイドの敗北を承認。最強のSランク組織ジェノサイドはこの世から消えた。

それと同時に設立……という名のすり替えで生まれた赤い龍という組織の長が彼女だ。
本来ならば居場所を亡くすはずだったジェノサイドの仲間たちの安全を確保するための措置であるがこれも高野の作戦であったのだ。

ちなみにSランクという概念は最早あってないようなものである。
ジェノサイドは解散、ゼロットはジェノサイドに敗北後その後の処理を有耶無耶にされ、アルマゲドンは長がいない状態である。

「どう思った?憎かったバルバロッサが戦線から退いた時は」

ミナミの言葉である。どうやらバルバロッサが戦いの最中に負傷し未だに生死の狭間を彷徨っていることは皆知っているようだ。

「別に。ただバルバロッサが確実に死んだわけではないから理由無くしてあの組織を解散させる事はできない。ゆっくりだろうが徐々に滅んでいくよ。アルマゲドンは」

相変わらずの論者ぶるような口調に安心したミナミは口元を緩めた。

「じゃあ、『デッドライン』は?」

彼女のこの言葉に、高野は目だけをジロリ、と動かす。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.297 )
日時: 2019/02/11 08:58
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「お前もそれか……」

何の前触れもなく表れたその単語に高野は頭を掻きながらため息をついてどう返答しようか頭の中をグルグルと回転させる。

「お前もって言い方ぁ……、むしろ今の深部の人間ならほとんどの人が知っていることよ?……ん?ちょっと待って。お前"も"ってなに?他にもあんたに接触してきた人が居たりするの?」

会わないうちに益々勘が鋭くなった気がする。何故こんなにも自分と関わりのある深部の人たちは皆勘が鋭いのだろうか。
隠しても何もメリットが無いと考えた高野は1週間か2週間前だかよく覚えていない時期にミステリアスな女を気取った、謎に包まれた深部の人間メイについてと、彼女と共に行った準備についてすべてを話した。

はじめに女の子と一緒に行動したという事で凄く不機嫌そうな顔をしていたが、女とは電話をしながらテレビの内容を覚えていられる程の器用な存在である。
彼女も終始不満げな顔をしながらすべての話を聞き、また理解していた。

「デッドラインを追っている謎すぎて怪しさMAXの電波ちゃんについて行くだけついて行ってやった事がイメチェンと食事?何それデート?」

「俺も認めたくないけど、世間一般ではそんな扱いされるのか?」

互いにこの調子では話が進まないと察したのか、それまでの態度を改めたのが傍から見ても分かるぐらい雰囲気を一変させていく。

「それで、分かったことは鍵の存在が確定しただけってことでいい?」

「そうだな。何も得られた情報がないから謎が謎を呼んだ感じか」

この時高野は明言しなかったが、大会に参加することを表明したことになる。
謎であることを放っておきたくないことと、知り合いがあまりにもこの大会に関わろうとしているからだ。

「話は変わるけど、予選からグループで行動することになるのよね。あなたはもう仲間は決めた?もう既に3人いっぺんにエントリーできるようにもなったけど。やっぱり友達と参加する?」

大会の内容が個人戦ではなくグループである事をすっかり忘れていた。なので誰と共に参加するかなんてこれっぽっちも考えていなかったが。

「まぁな。やっぱり俺はあいつらと一緒にいた方が楽しめるしな。皆でワイワイとはしゃぐ事にするよ」

と言って顎で自分が飛び降りた教室を示す。そこには彼の友達がいる。

それを聞いたミナミはくすっと笑うと、

「そう。……そうよね。じゃなかったら深部なんて辞めないものね」

これまでには見た事の無いほどの眩しい笑顔を見せた。

「それってどういう……」

「いやいいの。気にしないで。こっちの勝手なあれだから……」

と言って高野の言葉を無理矢理遮る。一周回って不自然な動きだ。

「それじゃあ邪魔したね。でも久しぶりに会えて嬉しかった」

それまでベンチに座っていたミナミは立ち上がるとカイリューを呼び出させる。

「今度会う時はバトルフィールドだね!」

「だな。互いに戦える日を楽しみに待っているよ。今日は会えて良かった。元気そうなのが何よりだ」

「それじゃあ、気をつけてね」

涼しい風をその身に受けながらミナミはカイリューに跨る。このあとすぐにも彼女の姿は夜空に消えてゆくことだろう。

「お前もな。何かあったら連絡していいからな」

高野は手を振った。その動作は慣れというか、反射的に出たものであった。

ミナミは頷くと一気に空へと羽ばたく。校舎が既にちっぽけに見えていた。

(連絡か……そんなの、できるわけないよ……)

ミナミは旧ジェノサイドの基地の跡地の方角を目指して強い風を浴びながら物思いに耽る。
ちなみに方角に関してはただの偶然である。今の住処がそちらにあるのだ。

ミナミは幸せそうで、まるで大きな呪縛にでも解き放たれたような、あの自由そうな姿をただ記憶に焼き付かせることしか出来ない。
平和で幸せな彼の領域に対して更に1歩踏み込むことがどうしてもできなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.298 )
日時: 2019/02/11 12:09
名前: ガオケレナ (ID: Q19F44xv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


今度は歩いて教室に戻る事にした。
また皆を驚かせたくないし窓も閉められている可能性もあるからだ。
しかし今度は入口から入って4階にある教室に行くまでが面倒になる。幸い入口のすぐ目の前にエレベーターがあるが金のかかる大学の癖にポンコツと呼べる代物なのだ。
とにかく遅い。上の階行きのボタンを押してすぐポケモンで戻ろうか考えた程であった。

エレベーターで4階に着いた彼は教室まで来ると引き戸である扉を開ける。
扉のすぐ近くで駄弁っていた一番年下となる1年生女子の後輩たちが一箇所に固まっていたが彼の姿を見るなりさらにその身を固まらせた。
それもそうだろう。つい先程飛び降りた光景を見てしまったのだから。

「せ、先輩か~……も~びっくりしたぁー……死んじゃったのかと思いましたよぉ」

「その割には呑気に喋ってんじゃねぇかよ。本当にびっくりしていたら心配するもんだろ普通」

「いやでも二人で会話している光景がなんだか気まずそうでこちらも入りたくとも入れないからこの階から眺めることしか……」

「オメェ死んだとか思ったのって嘘じゃねぇかよ!!」

今高野と会話しているのは初めにミナミの存在に気づいた子である。
だからこそ今2年も学年が上の先輩とこうして話ができているのだろう。普通ならば話す機会も話題もないためスルーしがちである。その証拠に彼女以外の1年生の女子とは全く会話をしていない。

「って言うかそんなんじゃねぇ。お前がいたから忘れるところだった。なぁ、香流!」

高野は毎度の如くボードゲームに参加している香流を呼び出した。
彼は突然響く大声に肩を震わせる。

「な、なに?」

「まだしっかりと聞いていなかったんだけさ、お前結局大会出るの?出ないの?」

大会、と聞いて真っ先に思い浮かんだのはやはり来月に開催されるポケモンの大会、"Pokémon Students Grand Prix"のことであった。
略して『PSG』とも、『ポケグラ』とも呼ばれているが。

「んー、それがさぁ……」

香流に珍しくかなり険しい顔をしている。穏やかな彼があまり見せない表情だ。

「前にレンが言ってた通り、議会?だっけ?が、主催していて何か変な事をしでかすようならちょっとどうしようかなぁ……って思ってる」

前回の脅迫じみた言動がかなり大きかったのだろう。気持ちが揺らいでいるのが明白だった。
彼がかなりあの大会を楽しみにしていたらしかったが、それを考えると彼もかなり悩んでいるのだろう。
だが、このパターンは答えが出せずに引き伸ばしにしてしまい、最終的には大会を観戦する側になってしまうものだ。

しかし、

「そうか?俺は出るよ。出ることにした」

あまりにも予想を上回る発言をしたもんだとこの時高野は自分の発言の意味に気づかなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.299 )
日時: 2019/02/11 12:16
名前: ガオケレナ (ID: Q19F44xv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

「えっ、どうして?」

「レンあれ程出ないって言ってたじゃん」

2人から一斉に問われた高野だったが、互いのタイミングがズレていたのでなんと言っていたのかは理解出来た。
ちなみに話してきた人は香流と高畠である。

「色々と事情が変わってな」

言いながら、高野は鞄から細長い黒の入れ物を取り出した。

眼鏡ケースである。
不思議に思った眼鏡男子の香流がすぐさま彼の持つ眼鏡ケースに気付き、それを持っているのか尋ねた。
すると高野は眼鏡を手に持つと自分の周りにいる人に見せるように掲げ、周りの視線を集める。

「この眼鏡を見てくれ。キーストーンがある事に気が付いたか?」

と言って高野は特に人が集まっている方向に右の蝶番付近を見せつける。光を反射した透明な石がそこに埋まっていた。

「レン……まさか眼鏡をデバイスに?」

事前情報を知っていた香流と高畠と石井が瞬時に理解する。
だが、彼のデバイスは杖だったはずだ。この中の誰かもそう思った事だろう。

「お前らさ、先週だか先々週に飯食いに来てた訳の分からん女を覚えているか?」

いつまでも答えを言わない高野の質問に皆が交互に座る人たちと顔を見合わせる。
誰もその返事をしないと思った時、高畠ただ1人がそれに答えた。

「もしかして、メイちゃん?」

まさか彼女たちがわざわざ覚えているとは思わなかった。高野は無駄な記憶力に感心しつつそうだ、と言う。

「あの翌日、俺はあいつに誘われて会場に行ってみたんだ。全部成り行きだったけどな。んで、そのま時間に身を流していたらいつの間にか俺が大会に参加することになり、デバイスも変えてもらったんだ」

それでもやはり彼ははっきりと答えを言わない。
感情の消えた顔で高畠はもう一度「だから何で?」なんて言っている。

「俺もよく分からないけどな、どうやらあの女は俺の力を求めているらしい。今の俺に何も残ってないのにな。ホントおかしい奴だよ。だけど、大会で上位に入ればお金が貰えるしその過程で裏の情報まで手に入れたらちょっと面白いと思ってな。それにさ……日本一って響き、カッコよくない?」

最近の彼にありがちな、半分嘘で半分本当の事を言ってみた。高畠がどこまで信用しているかは不明だが珍しく高野の話を真剣に聞いていたようだ。

だからこそ高畠は、「関係ないんだよね?レンと深部は。今のレンと深部は関係ないし、これからもそれは変わらない。そうだよね?」

と、日本一のくだりの一切を無視した。
そこを突っ込んで欲しかった高野だったがあえてそれに対する反応もせずに、そんなの当然だろと言いたげに小さく笑う。

「でなけりゃ、俺は解散なんてしない。深部に関わるのは全部あの女だ」

大会が始まってから具体的に何をするかなどを全く考えていない彼にとってはここまでが限界だった。
だが高畠もやや満足したのか顔を向けて席を離れる。

「要するに香流、メンバーがいないんだ。一緒に参加してくんない?」

そして彼の一番の本音はこれである。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.300 )
日時: 2019/02/11 12:25
名前: ガオケレナ (ID: Q19F44xv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


この時香流はどう思ったのだろうか。

闇の世界を渡り歩いた男が仲間の為にその世界での生活を捨て、また今片足を突っ込もうとしている。
そして自分もこのままでは闇の世界を知ってしまうのかもしれない。

しかし、それは勝手な想像であり確定したことではない。

そもそも自分も出ようか悩んでいたのだ。そこに友達が参加意欲を見せるのならば答えは自然と固まっていく。

「いいよ。こっちも出るよ」

たとえ深部の連中が現れても高野さえいれば大丈夫。その気持ちが答えを最終的に決めた。
すると、それに便乗するかのように、

「マジ?香流出る?じゃあ俺もいいか?」

このサークルにはポケモンをやっている者は多数いるものの、実力を持った者いわゆる"ガチ勢"はかなり少ない。
それこそ香流と高野くらいだ。

だが、このサークルにはもう一人のガチ勢がいる。
それが今参加を希望した豊川とよかわしゅうだ。
学年は高野や香流と同じ3年。香流と同じく眼鏡をかけており、背は低いが体は少し大きい。
痩せ型の高野や香流、北川とは全く違う印象だ。
性格も基本穏やかであるため高野は彼を勝手に"小さな巨人"と評している。背が自分よりも小さかったからだ。

「豊川も出るのか?だったら大歓迎だよ。なぁ、香流」

「うん。豊川がいいのなら全然ね」

元々誰もメンバーがいなかった高野は彼の申し出には快いものであり、香流も異論はなかった。
ともなれば、やる事は大会の参加への申し込みである。

「ポケグラのサイトあるじゃん?そこに申し込みのページあるから入ってみ」

何も知らなさそうだった高野と香流に1からすべての手順を教えてくれているのは豊川だった。
どうやら元々参加したかったらしく色々と調べてはいたが先ほどの高野と同じく特にメンバーがいなかったようであった。

「お前詳しいな」

「事前に調べたのもあるからな。そうそう、そのページ。そこの団体申し込みってとこあるだろ?」

豊川は高野のスマホの画面を見ながら説明をしていた。そのお陰か迷わずに目的のページまで来れた。

「希望人数?3人でいいよな?」

出てきた画面と2人の顔を交互に見る。香流と豊川は無言で頷いた。
すると次に出てきたのは個々の名前欄と電話番号、メアドを載せるための空欄だ。
どうやらこの場合は操作するスマホは1つでいいみたいだ。
高野は知っている限りの情報を自分で書くと、メアドや電話番号と言った個人情報は本人にスマホを渡す事で書かせる。

「俺らってメアド交換してなかったな」

高野のスマホで自分のメアドを入力しながら豊川は呟く。

「今はLINEの時代だからな。メアドを聞く機会なんて無いだろ」

とスマホを返された高野は念の為チラッと確認すると今度は香流に手渡しながら言った。

「2年くらい前だったらまだメアドだったかもね」

香流は自分のメアドを忘れたのか、時折自分のスマホの電話帳にある自分のページを見ながらゆっくりと書いていく。
高野はその後に返された自分のスマホでページ下部にある「申し込む」のボタンを押す。

すると、ページが切り替わり、
「完了いたしました!!」と大きく派手な字で描かれた。
それを確認した高野はページを閉じ、スマホを仕舞おうとしたところでメールが一通届く。
自分だけではない。香流と豊川にもそれは来ていた。

そのメールを開くと先ほどの申し込みが終わった事を告げるメールだった。
だが特徴的だったのは大会開催日に受付にてこのメールを見せろという注釈文が付けられていた事だ。

「ようはこのメールを捨てるなって事だろ?」

「別にスクショでもいいだろ。恐らくは振り分けか何かに使うんだろ。参加者が多いと運営側も参加者の把握が困難になるから番号か何かで振り分ける為の目安として使うんだろうな」

高野がそう言った理由としてそのメールに仮番号が振られていたからだ。
3人に共通してその番号は"573"であった。

既に572人もの人間が大会に登録したという事だろうか。そのやけに大きい数字は勝手に想像を膨らませる。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.301 )
日時: 2019/02/11 12:30
名前: ガオケレナ (ID: Q19F44xv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「とりあえず、エントリーだけならこれでいいかな?」

仮番号が書かれたメールを直ぐに保護に設定し、高野はすべての画面を消した。

「これで俺も来月から最強のポケモントレーナーの一人になる訳か。案外簡単だなぁ!」

「豊川、それは色々誤解してるよ。まだ最強になった訳じゃない」

「そりゃーエントリーの時点で難関だと萎えるモンがあるだろ。とりあえずお前らは一度練習試合でもいいから実際に目の前で自分のポケモン戦わせとけ。大会で使うのはゲームではなくポケモンだからな」

偉そうな口ぶりでこんな事を言う高野ではあったが彼は約半年前に香流に負けた人間である。ここまで上から目線で言う筋合いは無いと何人の"当時の目撃者"は思ったことだろうか。

現にこの後吉川が「れ~~ん~~?」と、ニヤニヤしながら、いじる事を目的としたふざけた調子で彼の名を呼んでいる。

だが、そのお陰で思い出したのか、吉川も続け様にこう言った。

「そういやお前、さっき言ってたメイとかっていう女の子はどうしたんだ?それ以来会ってないのか?」

「あぁ。会ってないよ。ミステリアス気取りたいんだろ。そう何度も姿を現しちゃ意味ねぇだろ」

「……さっきからそうだけど、レンかなり辛辣だね」

香流が隣から割って来たがその顔は苦笑いしている。
「いつも通り」と代わりに言っているようなものだ。

「当たり前だろ」

高野はメイの顔を思い出したのか、何も無い空間を見つめて睨む。

「いきなり現れて俺をまた深部に引き戻そうとする奴なんか好きになれるかっての。こっちはのんびり平和に暮らしていてぇの!なのになーにがデッドラインだとか鍵だとか訳の分からん事ばかり……もうウンザリだね」

と、ある程度の高野節を披露した後にため息をついてスマホのカレンダーを眺め始めた。

「とりあえず、香流と豊川は大会に向けて引き続き準備を続ける。今週空いている日は?」

と、ずっとカレンダーとにらめっこしながら一方的に話を進めている高野の態度が少し気になりながらも香流と豊川は一通りは覚えている自分たちの予定を告げていく。

「俺は何も。明日も予定無いからいつでも」

「こっちも多分大丈夫。あ、明日の話ね」

「じゃあ決まりだな。明日授業が終わり次第連絡してくれ。まず初めに連れて行かなければならない場所がある」

此処にいる誰にも伝わらないであろう事を言われてピンとくるはずがない。

「大会の準備だけで行かなきゃいけないところがあんのかよ」

豊川は案の定といった反応だった。彼は1年の頃からの仲とはいえ、高野の裏事情をつい最近まで何も知らなかったからだ。

「まぁな。それを手にするまでがちょっとダルいがこの時期ならば大丈夫だろ」

高野はそう言って窓の景色に映る遥か遠くを見つめる。
真っ暗で何も見えなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.302 )
日時: 2019/02/11 14:53
名前: ガオケレナ (ID: Q19F44xv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「……そこで何をしているの?」

辺りは静まりかえっていた。
緑が多い地域のためか時折虫の音が聞こえる。

ミナミは、自分たちの基地にさせた団地に到着し自分の部屋がある建物の方向へ進んでいた時だった。
数ある住棟の中でミナミの部屋のある棟の前にひっそりと置かれている錆びれたベンチ。

そこに見慣れた男がどこを眺めているのか確認は出来ないがボーッとしながら座っているのが分かった。

「あんたはここの棟の人じゃないはずでしょ?だってこの建物内では見慣れないもの。もう遅いんだしほら戻った戻った」

対してその見慣れた男は彼女を全く見ようともせずに、

「キャプテン気取りの説教はもういらねぇと前にも言ったはずだろ。つぅか20時のどこが遅いんだよ?お前の体内時計ズレすぎだろ」

相変わらずの反応だった。
此処ではよく見る光景ではないものの、この2人が鉢合わせするといつもこんな感じになってしまう。
互いが互いに「よくやるもんだ」と思っていることだろう。

今回もそうだった。
だが、今日はそれだけでは終わりそうもないようだ。

いつも通りミナミが少しムッとしながら通り過ぎようとした時だった。

「今日、ジェノサイドの所へ行ったらしいな」

聞き捨てならなかった。何故知っているのかと。

もしかしたら連れのレイジから聞いた可能性もあるが、

「どうしてあんたが知っているのよ?」

「そんなのはどうだっていいんだよ。それで?ヤツはどうだった?ただの一般人に無様に散った深部サイキョーとやらの今は」

最早これ程までに他人を貶せるのも彼の特技なのであろう。内容によっては怒りを覚えることもあるが、割り切って聞けば逆に面白くも感じる場合もある。

「あんたの想像通り」

「……クソぬるい環境で自堕落な生活でもしていたのか」

かなり極端な言い方だが間違ってはいないというのが彼らなりの考え方だ。
事実云々よりも偏った考え、思いが先行して極端な結論へと行き着くのは仕方の無い事だった。そのように世界が、あらゆる出来事が見えてしまうからだ。

「まだお前は追っかけてんのかよ。そんなだっせェ男」

「そういうあんたもまだあの未練だらけのダサい男と絡んでるの?ねぇ?雨宮」

雨宮と呼ばれた若い男は大きく息を吐くとベンチから立ち上がる。

「お前には分からないだろうな。奴の仲間の生き残りは俺だけなもんでな。奴のためじゃねぇ。互いの為に共に行動してんのさ」

雨宮は自分らにとっては深いことでも言っていたのだろうが、文字通りそれが分からないミナミにはピンと来るものではなかった。

「やっぱりうちとあんたじゃ一生分かり合えそうにないね」

「テメェ絶対今の話ちゃんと聞いてなかったろ。まぁいい」

雨宮は1歩ミナミに近づく。彼女の顔の真ん前にわざとらしい程に"それ"を見せつけて。

「何よ……これ」

「Pokémon Students Grand Prix……ねぇ。お前がわざわざジェノサイドの元へ行ったということはこれからのあの野郎の行動が何となく読める。こいつは一波乱どころか、混乱しか起きないビッグイベントになるだろうな」

見せつけられたのはただの紙切れだった。
少なくともミナミからは"ただの"だが。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.303 )
日時: 2019/02/11 15:31
名前: ガオケレナ (ID: Q19F44xv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


時空の狭間

気づいていたら、いつの間にか中学を卒業していた。
中学生特有のくだらない馴れ合いから始まり、あの天使と仲良くなれた事で終わった。
今思えばロクな思い出が無かっただろう。

異様に長い春休みを過ごしている最中の事だった。

『来週遊ばない?』

中学で唯一の友達から急にそんなメールが届いた。
ただ何もせずボーッとしていた彼からしたらこれほど嬉しい誘いは無かっただろう。

『もちろん。どうせ暇だし遊びたい』

と顔文字も一切付けない面白味のない返事をする。

すると、向こうも暇だったのだろうか、更なるメールが直ぐに来た。

『もう一人来るけどいい?』

突然過ぎて意味が分からなかった。元々2人でしか遊ばない仲であるので誰か遊び相手が増える事はまずない。

一体誰が来るのか、何故来るのか。

それが不思議で堪らなかった。だが、心のどこかでは強く望んでいるものもあった。

天使であれ。と。

だがそんな思いを徹底的に隠し、

『誰が来るの?』

とだけ送る。
向こうも調子に乗り出したのか、
『誰だと思う?』だの、『ほら、あいつだよあいつ(笑)』など、とても男子とは思えない女々しい文面ばかりが送られてくる。

少しばかりメール文の口調を変えて送ると、向こうも折れたのか、

『卒アル開いてみろよ!俺らの最後のクラスの24番。そいつだよ』

一目散に卒アルを引き出しから引っ張り出し、思い切り開く。
一生懸命に目が番号を追っていた。

24番に目が止まったとき、あまりの驚きに呼吸も一瞬止まってしまった。

そこからの1週間はとても長く感じた。
それ以外の娯楽が無かったせいもあっただろう。

いざ3人で集まる日。
全員が全員の家を知らない為に中学校に集合する事になった。

そこには2人が既に居た。1人は唯一の男友達。もう1人は……。

季節柄風がとても心地よく暖かかった。
気分も自然と穏やかになるからか、口調も一段と優しくなってくる。

そこで彼は2人に尋ねた。

『何故2人が今日此処で遊ぶ事を決めたの?』
『何故2人が来たの?』
『何故2人はそんなに仲がいいの?』

すべては興味ゆえの質問だった。彼は2人の関係など何も知らないからだ。
それに対し友達がこう答える。

『親友だからだよ。今後ともずっと親友であり続け、絶対に互いに裏切らないって。そう決めたからさ』

意味が、理解ができなかった。
そこに深い意味は無かったのだろうが、今の彼には正常な意味として聴くことができなかった。

隣にいた天使は、ただ微笑むだけだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.304 )
日時: 2019/02/13 07:18
名前: ガオケレナ (ID: ZIg4kuY4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


Ep.3 Pax-準備期間-


「おい、ちょっといいか」

豊川が苦しみと怒りを混ぜたような表情をしている。
まるで期待外れだったとでも代わりに言っているかのように。

「どうした?もう少しで辿り着くから……今は前見て歩け」

「だから今のこの、前見て歩く状況がおかしいから言ってんだろうがアアァァ!!」

彼には珍しく叫んだ。
と、言うのも何も知らない彼が目的地に到着早々急斜面をひたすら歩くハメになるのならば叫ばれても仕方が無い。

やはりと言うか、案の定とも言うべきか。

高野は香流と豊川を連れて大山へと来ていた。
今回も真面目に麓にある阿夫利神社から山頂目指して登山中である。

5月下旬という暑くなり始めたこの時期に標高約1200mの山を登れば涼しいものである。
しかし、ロクに運動もしない文系大学生に対していきなり本格的な山登りなど無茶である。何度か登ったはずの高野もバテそうに見えている。

「この……先に、お前たちに……必要なものがある……」

「キッツい山いきなり登らされて手に入るものなんて何だよ!金銀財宝じゃなかったらキレるぞ俺」

「…………」

三人の中で一番後ろを歩いていた香流は具合の悪そうな顔をしながら無言で歩くも、二人に気付かれることはない。だが、時折うるさくしながら登った甲斐もあってか、遂に木造の建物が見えてきた。

「おい、レン。これは……?」

初めて見る本殿に、豊川は恐る恐る聞いてみた。本当に自分が今登山を終えたのか知りたかったためである。

「本殿だ……。この山の山頂にある……社。そこに、お前らにとっておきの代物が……」

「いよっしゃあああああ!!!やっとクソみてぇな山登り終わったぁぁ!!」

まだ高野が説明している途中であるにも関わらず、豊川はガッツポーズをして達成感に満ちた声色で叫んだ。
その姿は久々に自由を手にした労働者のようにも見える。

「何やら外が騒がしいと思ったら……お前いつもいるよな!?……とか言ってもらいたいのでしょうか?」

建物から三人を眺めていたのか、高野らが到着早々に、全身真っ白な礼服を着て手には笏を持った青年にも見える神主のような出で立ちをした男が現れた。

「レン、この人は?」

登頂してから気が回復したのか、元気になりつつある香流が尋ねてくる。

「コイツは武内っつーここの神主だよ。お前たちに会わせたかった人だ」

「成程。今日の予定はこの御二方ですか」

高野のその一言で武内もすべてを理解した。

「今しがた説明がありました私、ここの神主の武内と申します。本日はお時間を割いてこちらにお参り頂きありがとうございます」

「今俺たちお参りに来た訳じゃねぇんだけど。おいレン、いい加減何の為にここに連れてきたのか説明しろよ」

豊川が武内をほぼ無視して高野に迫ろうとする。しかし、

「いえ、説明でしたら私が。ひとまずこちらへどうぞ。案内しながらご説明致します」

と、武内が本殿の扉を開く。
社の内部をあまり見たことがないせいか、二人はやけに凝視している。

「まず始めに言っておきます。私は深部の人間です」

本殿内を歩きながら、武内はいきなりこんな事を言ってみせる。
その意味を知っているせいか、香流と豊川は互いに顔を見合わせて肩をびくつかせた。

「ですがご心配なさらずに。彼……高野さまは既に深部とは何の関係もない身……。本日は深部との繋がりを求めてここにいらっしゃった訳ではございません。そうでしょう?」

勝手にそう判断しておきながら、同意を本人に求める。高野は面倒そうに適当に返事をした。

「話は長くなりますが、これをまとめますと……、まずこの聖山においてほんの少し前に争いがございました。」

「争い……?」

「それは深部絡みのですか?」

豊川よりも事情の知っている香流は咄嗟に思い出した単語を口に出す。
武内はその反応に満足そうであった。

「はい。正確には当時の深部最強の……さらに詳しく言うならば、あなたのご友人である高野さまが、かつての自分の仲間と争ったものになります」

豊川は驚きつつ後ろを振り返った。自分の後に高野が何食わぬ顔で歩いているからだ。

「それって……もしかして……あの時の!?」

香流は去年の秋に起こった摩訶不思議な自然現象に出くわしたのを急に思い出した。

空が突如黄金に染まった記憶。

高野が突然教室の窓から大空へと翔け出したこと。

高野が「すべての異変が終わるまで教室から出るな」と言ったこと。

あまりにもインパクトが大きすぎて忘れられない謎に満ちた騒動である。

「ご存知でしたか。と、言うことは不可解な現象が遠く離れたあなた方が居られた大学まで確認できたと言うことですね」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.305 )
日時: 2019/02/13 09:34
名前: ガオケレナ (ID: ZIg4kuY4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「ところで、」

武内はふとその足を止めた。目の前には一際大きい扉がある。

「あなたたちは、これまで戦ってきて力不足を感じた事はございますか?」

その質問は2人に向けられたものだった。高野とは明確な違いがあるため、その質問に彼は含まれない。

「力不足?」

「えぇ」

「力不足だなんて言われてもなぁ。俺あんましポケモン呼び出して戦った事なんて滅多にないぞ?お前は?香流」

「うーーーんどうだろう……。こっちもあんまり戦った事が無かったから……でも……」

香流の脳裏には、微かな戦いの記憶があった。
普段の生活だったら絶対に遭遇しない深部との戦い。

そこに力不足を感じる場面は無かった。だとしたら彼は深部には勝てなかったからだ。

だが、自分と相手の戦い方の違いだったら分かることがある。
単に慣れの問題もあるが、元々備えている戦力なども。

香流はそれに気づいてはいたが、ここで言い出す事は出来なかった。度胸の無さと恥ずかしさゆえである。

無言になった2人を見て武内は扉と彼らを交互に見る。

「話を戻しましょう。ここで起こった争いについてです」

豊川は聞き飽きたかのような、まともに話を聞こうとしない態度を顔で示す。その証拠に欠伸をしていた。
一方で香流は、その言葉を聞いて肩を一瞬震わせて顔を上げる。

「ここで争ったのはそちらにおります元ジェノサイドの高野さま。対する相手は、元々は高野さまのお仲間だったバルバロッサというお方でした」

「バルバロッサ……?」

香流にはどこかで聞き覚えがあったようだが上手く思い出せない。
実際に会ったかどうかも微妙だったからである。

「そのバルバロッサという方は少々特殊な方法を用いて争いに臨みました。と、言うのも我々深部の人間は予め自身の持つゲームのデータをこの世界に連動する形で実体化させ、それを使えばよいのです」

「実体化……?連動……?何を言ってんだ?」

一般人からすればまともに公表されていないポケモンの出現方法。
それを聞いた豊川が頭を混乱させるのは当然の事だった。

だが、これ以上時間を割くわけにはいかない。武内は彼を無視した。

「要するに、我々はゲームさえあれば戦えるポケモンは用意できるのです。しかし、バルバロッサは違っていました。使用するポケモンを直接召喚したのです」

「はぁ!?!?!?」

余計に意味が分からなくなった。
事前にちゃんとした説明が無かったのもあるが、ポケモンがこの世界に召喚される意味が分からない。

そんな豊川の気持ちを理解したうえで武内は続ける。

「意味が理解出来ない事は承知しています。ですが、これを抜きにした場合、現実では考えられない気候の変化を、どう説明すれば宜しいでしょうか?」

本来では考えられない天候の変化や植物の急成長。
そんな有り得ない出来事が実際に"有り得ない出来事"によって引き起こされていた。

豊川がそれを察した時。
自分は深部には絶対に向かない人間なのだと気づく。
つまりいつまでここに居ても意味がない。だが、何かが手に入るようだから帰れない。何も出来ないこの瞬間が苦痛になり始めた。

「しかし、そんな有り得ない事だらけの人間は敗北によってすべて終わりへと向かいます。不可解な現象は敗北と同時期に消失し、召喚されたポケモンも消えていきました」

遂に武内は目の前の扉を両手で開く。
やや薄暗い部屋に照らされて"それ"は地味ながらも光を放っていた。

「問題はここからでした。その争いが終わった途端、これらがこの土地において多く見つかり出したのです」

少し広そうなその部屋には、また更に大きめのガラスケースの中に大量のキーストーンが大事そうに保管されている。

「うおっ!これ……まさかキーストーンか!?」

「はい。本物のキーストーンでございます。このキーストーンと、こちらを埋め込む為のデバイスと、特定のポケモンのメガストーンがあればどなたでもこの世界でメガシンカを扱えるようになります」

「誰でも……?そう言えばレン、前にメガストーンを探していた時期があったよね?それって……」

「あぁ。ここでキーストーンを手に入れた直後の時期だったな」

彼らのやり取りを聞きながら武内はケースからキーストーンを二個取り出す。

「私が先ほど質問した力不足とはメガシンカの事でございました。ですが、そもそも私たちの世界をご存知でいるかどうかも怪しい立ち位置……質問が少々違っていましたね」

恐らく武内は二人に対して向けて放った言葉であるだろうが、香流に至ってはその質問の内容も少なからず察しており、深部の戦いを知り、更にはジェノサイドをも実力で破った人間である。

その事を武内が知ってはいたかどうかは本人にしか分かり得ない事だが。

「今日俺は、お前らにメガシンカを扱えるようにするためにここまで連れてきた。アイツからキーストーンを受け取ってくれ」

扉付近の後方から聞き慣れた声がした。
二人が振り返るとそこに高野が扉に寄りかかっていたのが見える。
再度武内のいる方向へと戻り、ゆっくりと神主のもとへと歩んでゆく。

「あ、少々お待ちください。1人3万で宜しいでしょうか?」

「金取んのかよ!!」

てっきりタダで渡してくれると思ったばっかりに、豊川は足を止めて高野に対して叫ぶ。

「悪い。忘れてた。コイツこんな奴だからさ……観光客に対してもお前らみたいな奴に対しても金取るし、また別の時には深部の個人情報売ろうとする奴なんだよ」

「なんだよそれ最悪じゃねぇか。一歩間違えたら詐欺だぞ。第一本物のキーストーンかどうかも怪しいし」

「いや、このキーストーンは本物だ」

高野が2人の間を割って武内に近づいた。その手にはお札を何枚か握っている。

「現に俺はこいつから手に入れたしな。そもそも深部で生きていくには戦うかこのように稼ぐかの限られた方法しかねぇからな」

そう言って高野は合計6万円を武内に渡し、それと引き換えに2つのキーストーンを受け取った。

「宜しいのですか?あなたがお支払いなどしてしまって」

「別に構わねぇよ。金なら今は満足できる程あるからな。それにコイツらで大会出るんだ。コイツらが負けたら俺も負けることになる。それを避けたくてな」

「なるほど、大会の為だけにここまでいらした訳ですか」

武内は分かってはいたものの、若干小馬鹿にしたような声で彼を嗤った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.306 )
日時: 2019/02/13 17:10
名前: ガオケレナ (ID: UK8YjfXC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


二人にはキーストーンを渡しておいた。
その時、香流と豊川は遠慮する姿勢を見せていたが「普段から世話になってるから」と言って半ば強引に渡す事で終わった。

窓を見れば二人が外で何やらはしゃいでいた。
ポケモンを出して対戦までとはいかないじゃれ合いをしていたのだ。

その光景を本殿の窓から眺めるのは高野と武内だった。
「いかがですか?平穏な世界は」

「平和すぎてボケちまうな。このままだと」

高野は出されたお茶を飲みながら話を続ける。

「だがあいつらを見ているとこれが普通の世界なんだなとつくづく思うかな。今まで俺は戦いしかしなかったな。特にこれまでの四年間はな」

「要するに、今まで平和な日常のイメージが分かりにくかった、と?」

「まぁそうなるな」

外を見てみる。
今度はじゃれ合いが発展したのか、遂にバトルすることになってしまったようだ。

「では、本題に入りますね。ジェノサイドさん」

一瞬にして空気が変わった。
だが、

「悪いけど俺はもうジェノサイドではない」

高野がそれを拒む。

「失礼しました高野さま。あなたにどうしてもお伝えしたい事がありまして……」

「何だ?もしかして例の大会についてか?だとしたらもうそれに深部が……議会が絡んでいる事も今の深部の事情も少しは知っている」

「では話が早いです。と言いますのも、先ほどの話に関わるものです」

どうやら高野が思っていたものとは違ったようだ。

「先ほどっていつまで遡るんだ?」

「バルバロッサがポケモンを召喚した……。その儀式までです」

「あれは摩訶不思議な宗教儀礼。それで終わりじゃなかったのか?」

「この世の出来事が'よく分からない現象'で包まれていてはたまったものではありませんよ。あれもすべてメカニズムがあります」

科学を追及せず慣習によって行事をなす神主の言葉としては少々ナンセンスにも思えた。……が、この人間はエセ神主なのでそんな思いはすぐに消え去る。

「これも最近判明した事なのですが……いえ、言ってしまえば推測の域を出ないのですがね。と、言うのもこの世界に存在しているポケモン。あれはすべて予め入力されたデータをこの世に放出しているのが原因のようですよ。と言っても少し前から分かっていたことですがね」

「予め入力って事はそれが無ければポケモンは現れないんだよな?」

ポケモンもひとつの生物。心のどこかでそう思っている高野の思いをこの男は砕いているようだった。
だがそれが事実であれば受け止めなければならない。
それ故に好奇心も生まれてくる。

「はい。もっと言えば、特定のポケモンのデータを世に放つことも防ぐ事ができます。未だに伝説のポケモンが存在しないのもその為です」

「準伝は?今は使えているよな?」

「私はまさにそれを言いたいところでございました。準伝説のポケモンについてはいつから現れたのかは定かではありませんが、普通に呼び出せるようです。と、言うかあなたも実際使用したことがありますよね?」

深部の情報を売り買いしている武内にはすべて筒抜けのようだった。
と、言うのも彼も武内から情報を手にした事があるのだから自分の情報が他に渡っていても不思議では無い。

「バルバロッサが行ったのは、儀式でも召喚でもありません。ただ'そうなるように'直接トルネロス、ボルトロス、ランドロスのデータを入力したに過ぎません。ゲームで言うならばチートに近いものですね」

「そしたら、此処でやる意味がなくないか?何故バルバロッサがこの山まで来てあんな事を?」

バルバロッサは信心深い人間である。歴史や宗教に疎い高野ならばピンと来ない内容であった。

「彼は、単に宗教や彼の信仰心のみによって此処を選んだのでしょう。我々からしたら迷惑極まりないですが、そのお陰で思わぬ副産物を手に出来たので微妙なところです」

「それを言うためだけに俺を呼び出したのか?終始意味の薄いものだったぞ。俺からしたらな」

「でしょうね。ここで終わったらここまで来た苦労がすべて無駄になります」

「……?」

「そこから先ですよ」

武内は立ち上がって外を眺めた。バトルも終盤なのだろうか、豊川のポケモンが圧されていた。

「まだバルバロッサは生きています。厳密には、彼の意志を持った人間が存在している、という意味で」

「アルマゲドン……」

高野は、以前彼を襲ったバルバロッサが主導する組織を、そこに在籍するメンバーを頭に思い浮かべる。

外見は自分より少し幼そうな男女。彼らがバルバロッサの信仰心を継いでるようにはとても見えなかった。

「ですが技術がある……かもしれません」

その言葉に、あらぬ方向を向いていた高野の視線が一気に武内へと集中する。

「彼らに伝説のポケモンを呼び出す技術が……特定のデータを入力できる術があるのならば、これはかなりの脅威ともいえます。ですがこれもすべて推測ですがね」

「推測だとしてもこえーよ。もしもそんな事になったら大会どころじゃなくなる」

「だとしてもいいんじゃないんですか?もうあなたは深部の人間ではありませんから。そんなおかしな事を気にしながら生きていかなくていいんですから」

「それもそうだな」

最後まで高野は自分が小馬鹿にされている事に気が付くことはなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.307 )
日時: 2019/02/13 17:17
名前: ガオケレナ (ID: UK8YjfXC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


香流と豊川のじゃれ合いも終わったようであり、高野と武内の会話もキリのいいところで途切れたようなので彼等は外で集まると下山する準備を始めた。

「では頑張って下さいね。例の大会。こちらから応援させていただきます」

「……まぁそういうのは勝手にやっといてくれ」

「ところで、」

武内はそう言ってスマホを取り出す。

「これからあなたたちは、メガシンカを扱う為の準備を行うのですよね?デバイスはいかがなさるのですか?」

「心配すんな。デバイスに関しては心当たりがある」

「では、個々のメガストーンは?」

「……」

言葉が出てこない。写し鏡を気軽に持ち込めない今、高野はメガストーンを探す事が困難になってしまっている。根気よくそこらに目を通しながら探してゆくしかない。

「……仕方ねーから、運にすべてを任せて地べたを見ていくしかない」

「かなり辛くないですかそれ?何か発信機のような……かつてあなたが使っていた写し鏡があればよいのですが」

「そんなモン派手に持ち歩いていたら目立つし最悪俺がジェノサイドだとバレる!!」

「と、仰ると思っていましたよ」

ニコニコ笑顔で武内は手に持つスマホを操作する。
それに映し出された画面を高野にまじまじと見せつけた。

「何だ、コレ」

「私が開発したスマホのアプリにございます。このアプリさえあればあなた方のスマホが写し鏡の代わりになりますよ。言い換えてしまえばこのアプリはメガストーン探索専用のアプリです」

「マジかよそれお前早く言えよ!!」

声を高らかにして彼のスマホを奪い取るようにして手にし、確認の為にアプリを起動してどんなものかを見てみることにした。

開いてみると、どうやらGPSを活用するもののようだ。
画面にはこの世界の地図が映し出されている。
何も反応がないが、メガストーンが近くにあれば振動で伝え、その地点が光るらしい。

「まるで位置情報を使ったゲームのようだな」

隣から覗き見た豊川がそんな事を言っている。

「はい。それらのようなアプリをパクり……参考にさせていただきました。これのお陰で多くの高評価を受けております。主にこちらにお越しいただいてキーストーンを手にした方々から」

暗に"深部の人間から"と言っているのだろう。
高野はスマホを持ち主である武内に返す。

「俺らでも出来るか?そのアプリ」

「はい。検索すれば出て来ますよ」

と、言われたので三人は血走ったような目で検索のための指を早く動かす。
確かにそのアプリは出てきた。見た所ダウンロードも可能のようだ。

「……おい、このアプリってもしかして」

だが、高野がダウンロード可能の画面を前にして一気に表情を曇らせる。
似たような反応を香流と豊川もしていた。

「はい。有料でございます」

「ふっざけんな!!何でアプリごときで1000円もすんだよ!!」

その画面には丁寧に「¥1000」と書かれている。開発者が目の前の男ならばまさかとは思ったところではあったが、どこまでもがめつい男である。

「だがレン、これでメガストーンすべて手に入るのならば安いんじゃないか?」

豊川にはそう言われたがこれまで高野はお金をほとんどかけずに多くのメガストーンを集めてきたので、メガストーン探索の為にお金を支払うという事にあまり納得ができていなかった。

しかし、これが無いとなるとかなり地道な作業を強いられるので仕方ないと言えば仕方ない。

「まいどありがとうございまーす」

三人がダウンロードした光景を見て武内は満足そうであった。

今度こそ下山へと向かう。
三人は本殿に背を向け、来た道を下ろうとする時だった。
先に二人が歩き、高野がそれに続こうと一歩踏み出す。

「あ、そうだ。なぁ、武内お前さ……」

ふと一人の少女のシルエットが脳内に浮かぶ。
一人不自然な位に「デッドライン」を追う少女を。

「はい。何でしょうか?」

デッドラインを知っているか?

高野は恐らくこう聞いておきたかったに違いない。
だが何故か、喉元までに来た言葉がそこで詰まってしまう。

誰も知りえない秘密をこの男が持っているかもしれないから。それを知るのが怖いと思えてしまう自分がいるから。
これを伝えることで自分とメイとの関わりが暴かれるから。
何か大会や深部に関して都合の悪そうな情報も含まれていそうだから。

そんな不確かな先入観のせいで言い出せずにいる。
そして、

「いや、なんでもねぇ」

彼は武内と本殿に背を向けて歩き出した。

「おや、彼らしくないですね?あんな弱気な素振りを見せるなんて」

武内のその独り言は、彼には聴こえていなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.308 )
日時: 2019/02/13 17:23
名前: ガオケレナ (ID: UK8YjfXC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「これからどうすんの?レン」

山道を自分よりも前の位置で下ってる豊川の声だ。
恐らくメガストーンについて聞いているのだろう。タイミングから高野はそう察した。

「そうだな。次は聖蹟桜ヶ丘に行こう。そこから大会の会場へと向かう」

「会場?まだエントリー期間だし何もやってねぇだろ」

「いや、」

高野は以前メイと共に見て回った光景を思い出す。

「会場と言ってもとてつもなく広い。バトルフィールドとなるドームにはまだ入れないかもしれないが、それ以外は普通にやっている。店とかな。あそこは無駄に広い土地と無駄に多い店舗のお陰で一種の街みたいな扱いを受けることもあるからな」

「じゃあ、その会場内に何かある訳だな?」

高野は、豊川とあまりにも離れているので駆け足になって隣の位置までに追いつく。
思ったより急勾配だったので少しバランスを崩すところであった。

「あぁ。あそこにデバイスを作ってくれる工房みたいなのがある。そこでお前らのデバイスを手に入れるって予定だ。まぁでもお前らはもうキーストーンに触れているし、先にメガストーンの探索でもいいんだがな」

「レン、1つ質問。そこの工房では予約はいる?」

2人のやや後ろを歩く香流の声だった。
彼は声が小さい方であり、疲れているせいか足音で所々掻き消される始末である。結局3人並んで歩くことになるが見事に道を塞ぐ格好となる。

「いや、予約は必要ねぇよ。大体この世界でメガシンカを扱えるようになるためには多くの情報が必要になる。その情報を持ってんのが大体深部になるからな。あまりデバイス目当てで来る人もいないんだろう。あの工房のオヤジが別の仕事を引き受けているとならば話は別になりそうだが」

「そうか。じゃあどっちでもいいんだね」

……下山を終え、下社の麓に着いた頃には話は大体まとまった。
大学から近いという意味と、「会場先にもしかしたらメガストーンがあるかもしれない」という勝手な理由で先にデバイスを作る方向に決まったようだ。

「じゃあまた適当に3人の日にちが合う時にまた会おう。今回みたいに遠出する訳じゃないんだし」

「あの会場を回るとなるとかなり時間はかかるがな」

香流の機嫌が良さそうに見えた。やはり彼はそれなりにポケモンの大会というものを楽しみにしていたのだろう。
当然彼は一般人であり、深部の事情には関係ない。参加するとなってもそのスタンスは変えないつもりだ。

「ところで、レンはここからどうやって帰るの?」

下社には近くの駅に通ずるバスやケーブルカーがある。
一応そこから帰れると言えば帰れることになるが、

「俺?俺は当然これだよ」

そう言ってポケモンが入っているであろうダークボールを頭上に投げる。
出てきたのはサザンドラであった。

「あっ!!てめぇ……その手があったか!」

丁寧にも交通機関でここまで来た豊川は頭を抱え出す。
ポケモンを使うことに慣れていない彼らにとって"ポケモンで移動する"という考えが浮かばなかったようだ。
そんな2人を見上げる形でサザンドラに乗り込んだ高野は優越感に浸りながら空へと消える。

その後の2人はどうやって帰ったかは直接聞いてはいないが、どうやら高野の真似をしてポケモンで帰ったようだという事を後日聞いた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.309 )
日時: 2019/02/13 21:12
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


大山に行ってから1週間ほど経過した頃だろうか。
と、言うのも高野は開催日に近づいているというものの、日程を日頃から確認しなかった。その為、そう思ったのはすべて感覚だった。
狭く散らかったワンルームに敷いてある布団に寝そべって天井を見上げ、何かを思い出したかのようにはっと顔を上げる。

「やべ、聖蹟に行かねぇと。奴ら待たせているかもしれねぇ」

今日は6月3日。香流と豊川とでデバイスを作りにいこうと、東寺方の緑地に建てられた大会の会場へと連れて行く日であった。

また、大会開催から残り3週間の日でもある。

そこらに放っておいてある適当な服を着て、適当な荷物を詰め込んで部屋から出る。途中でゴミ箱につまずき、ひっくり返すが気にする程でも無かったので舌打ちをしながらドアを開けた。

このマンションは大学からすぐ近くの位置にある。
もしかしたら知り合いも同じマンションに住んでいるかもしれないが、他に誰がいるのか見たこともなければ興味もないのでどうでもいい事だ。

(ここから大学まで歩くと大体5分で到着する……。大学から聖蹟桜ヶ丘まで歩くとなると30分ほど。だったら一番早いのかやっぱコレだな)

高野は階段を降りて車がほとんど通っていない車道のど真ん中に立つと、日常動作へと化したオンバーンの呼び出し、つまりダークボールを頭上へと投げた。

時間と場所からオンバーンも何をされるのか想像したらしく、身を屈めて背を高野に向ける。

「サンキュー」

足をかけ、完全に乗った体勢へとなるとオンバーンの背中をポン、と軽く叩く。

「行け」という合図だ。
その瞬間にして体が消える。否、上空へと昇り自由な空を駆け回り出したのだ。

彼の住む地域のあらゆる交通機関のどれほどよりも速いスピードで、待ち合わせ場所となるとある駅へと急ぐ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.310 )
日時: 2019/02/13 17:29
名前: ガオケレナ (ID: UK8YjfXC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「案外見つけるのは楽なんだな。メガストーンって」

豊川は待ち合わせ場所である駅の改札の入口付近で高野が来るのを待ちながら、同じく彼が来るのを待っている香流とこれまでの1週間で手に入れたメガストーンの見せ合いをしていた。

「既にキーストーンには触れているから在り処は分かる。ついでにこのアプリがあるから行くだけで見つけられるからな。ホント、どんな仕組みで地面に埋まっているのか知りたいくらいだよ」

「こっちも幾つか見つけてみたよ。あまり時間無かったから7個ぐらいだけど……」

豊川はちゃんと用意できなかったからか、コンビニ袋に自分で見つけてきたであろうメガストーンを10個ほどをそれに入れていた。
対して香流は、小物入れのような外見が少しお洒落なものに石を綺麗に並べて入れている。
二人の性格が表れているようであった。

「あっ、来たんじゃない?豊川」

「レンがか?どこに?」

豊川はバス乗り場から改札口と地上の至るところを見回してみるも、その姿はない。
だが香流は、

「違うよ、ほら空だよ空」

上空に浮かぶ黒い影を指差す。

彼らが立つ広場にその黒い影が覆い被さるように舞い降りた。
辺りに翼の羽ばたきで生まれた風を吹き散らして着地する。
場所が公共の場のためか、過剰に騒いでいる声も時折聴こえた。

「お前ポケモン使って来んのかよ!」

豊川が突っ込みのような第一声をあげた。

「いやだって俺の家からだったらコイツが一番速いし……」

と、言いながらオンバーンをボールへと戻す。

「しかし、あれだな」

高野は自分の周辺をぐるっと見る。
自分たちの周りが円のようにぽっかりと空き、その外側から人が集まってこちらを眺めていた。

「まだこの時代になってもポケモン使う姿ってのは珍しいみたいだな」

「そうじゃねーよ。お前みたいに移動のためにポケモン使っていきなり現れるのが驚きなだけだ」

ずっとこの場に居続けて混乱を起こすのも面倒なので3人は丘の上に立つ塔を眺めつつ歩き出した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.311 )
日時: 2019/02/13 17:39
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


まず初めに映った景色は丘とも山道の一箇所とも見られる勾配のきつい坂道だった。

「え?なに、これ登るの?」

山道はもうウンザリな気でいる豊川の悲痛な叫びが聴こえるが、無視しないと前には進めない。

「ここはお前らも知る通り元々かなり広い緑地だったんだ。それを上からぶっ壊してある程度均してその上に建てたのが大会の会場。別名ドームシティ」

「おいそれって普通に自然破壊だろ」

「それだけじゃない。立ち退きやら何やらして住民も追い出している」

「……」

あまりの議会の横暴っぷりに声が出ない豊川。
だが彼が、その議会が深部を仕切り、支配し掌握していると言うことを知れば少しは納得するのかもしれない。
そもそも彼らは通常では有り得ない平日のディズニーリゾートを突然貸切にする人たちであるのだから。

「だけど安心しろ。この坂……桜ヶ丘いろは坂を少し登った先にあるいろは坂桜公園に、ドームシティに繋がるエレベーターがある」

「初めから移動手段置いておけよなー……」

2度目となる高野は勝手が分かるからいいものの、豊川からは文句しか来なかった。香流はそもそも穏やかで我慢強い性格なので特に何も言ってこない。
前に自分が来た時もこんな気持ちだったと過去の記憶を掘り起こして豊川と自分を照らし合わせる。

この時に望んでいたものとは早急なる移動手段であるが……。

「もう無理だポケモン使う」

いつかの自分と全く同じ行動を示した豊川にやや引き気味になるも、腕を伸ばしてボールを握った彼の動きを封じる。

「おい、レンお前何だよ?」

「ポケモンは使えない。理由は俺もよく分からないが運営側がポケモンの移動を禁じているらしい。使ったが最後、ポケモンが変な電波か何かで強制的にボールへと戻り、お前は地上へと真っ逆さまだ」

「死ね糞運営」

どーかんだ、と意味合いは少し変わってくるが高野も議会に対する不満を間接的に吐く。
そんな感じで登った末に、グネグネな山道の途中にぽっかりと空けた小さな空間が見えてきた。
遊具も何も無く、あるとすれば街を見回せる柵があるだけの公園だ。

そんな公園に金属で出来た現代的なエレベーターがぽつんと。

「おい、これが開催会場の所謂バトルタワーか?」

「だとしたら、この空間全体が会場か。議会にしちゃまともな土地を手に入れたもんだな」

豊川と高野は、互いがわざとと分かりきった上でこの上ない冗談を言ってみる。
議会の能無し議員が聴いていたら恐らく顔を真っ赤にして怒鳴っていたことだろう。

3人は無言でエレベーターへと乗る。
開催日が近いせいか、降りてきたエレベーターからは自分たちとあまり歳が離れていない人々が続々と降りてくる。
よく見れば3人だけ乗るととてつもなく余裕のあるエレベーターだ。

時間の経過をあまり思わせない程だっただろうか。
3人がほぼ同時に「そろそろか?」と偶然にも思いが一致した瞬間、エレベーターは止まった。

ドアが開き、3人が外へと放り出された時だ。

「うわぁ……」

「さっきの嘘だったじゃんかよ」

高野を除く2人の目には、まるで某スポーツ祭典のテーマソング辺りにでも出てきそうなCGの景色を想像するような、綺麗で圧倒的でしかし爽やかな景色が突然現れた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.312 )
日時: 2019/02/13 17:45
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


拓けた景色と微かに残る自然が上手い具合に近未来的な建造物と混ざり合い、見慣れないがどこか心が揺れるような思いが込み上げてくるようだった。

「うわー、すっごい。ここで皆で戦うのか。それにしても広い!確かに色々ありそうだな」

香流が無駄に広い歩道を歩く人々を眺めながら、歩道からドームまでの一直線の道にくっつく形で展開されている店の特に看板や標識を見る。

どんな店舗なのか確認しているのだろう。

「それでよぉレン。今日はここでメガストーン探すのか?」

言いながら豊川がメガストーンを探す為のスマホアプリを立ち上げる。
かなり新しい施設だと言うのに自分たちが居る地図がきちんと表示されていた。

「それもあるが、まずはデバイスだな。そこの外れた道を歩くとボロい工房みたいな建物があるからそこにいる人に事情を説明すればいける」

「お前は来ないのかよ」

まるで自分たちだけで行けとでも言っているかのような言動でそう思った豊川だったが咄嗟に高野は首を横に振る。

「いや俺もついて行くさ。ただ、もしもの事があったらってだけで……」

「もしもの事って何だよ?」

高野が何のことを指して言っているのか分からない豊川であったが、

「あれぇ~?何であなたが居るのよ?珍しい」

いつか何処かで聞いたことのあるウザったい女の声が。
明らかに自分たちに向けられている事に瞬時に気づく。明らかな声の大きさだからだ。
そちらに振り向かず、聞こえないフリをしてその場をやり過ごそうと思ったがいつまで経っても後ろに立つ気配が消えない。
軽く息を吐いて高野は振り向いた。

「やっぱりお前か」

「久しぶり。元気にしてた?」

そこには当たって欲しくなかった予想がやはりと言うくらい的中していた。
ミステリアスを気取り、デッドラインを独自に追う女、メイだ。

「……えっ、何だ?知り合い?」

互いに黙る光景を見た豊川がつられて無言になるも、その不自然すぎる空気に堪えられなかったか少しの勇気を振り絞る。
メイを軽く睨んだ高野は彼の一言で少しリラックス出来たのかやっと数秒の沈黙を破る。

「まぁな。俺はコイツに前ここに連れられて色々見て回ったってもんだ。これから行く所も前にコイツと一緒に行ったところだったしな」

「えっ、前ってことは……おじいちゃんのとこへ行く予定だったの?そう言えば一人は見たことあるわね……友達?」

メイが言った見た事ある人と言うのは恐らく香流の事だろう。高野と初めて会ったときに彼もサークルの集団の中に混じっていたはずである。

「まぁな。友達ではあるがお前には関係ないだろう」

相手が深部の人間ゆえの一方的な不安が高野を包む。
今の深部の人員不足という背景を考えると尚更である。

「えっ、待ってよ~。まだ話聞いてない!わざわざここに来て銀次おじいちゃんの所へ行くってことは何か進展があったって事でしょ?何か手助けすることがあったら手伝うよ。どうせヒマだし」

「はいはい。俺らでどうにかするからお前はデッドラインでも探してろ。ほらそこに鍵がいる」

面倒事を増やされたくない高野は適当な事を言って適当な方向を指差す。

「いねぇよ」

だが、適当の為にすぐにバレる。

「なぁさっきから2人で一体何の話してんだ?俺からしたらサッパリなんだが」

一般人である豊川がこう言うのは当たり前であった。彼が深部の事情を知るはずが無い。それは香流も同様だった。

「悪い悪い。こっちの話だから早いとこ行くとこ行こうか」

高野が2人の背中を押して広い歩道から外れたやや狭い道へと足を向ける。
何故かその後ろをメイがついて来ていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.313 )
日時: 2019/02/13 17:48
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「俺やアイツは深部での経験があるからな。前もそれに関する話をしていた。さっきの話もソッチの話だ」

高野は工房のある方角へと続いている道を歩きながら後ろをついて行くメイを睨みつけている。堂々としていない辺りが尚更気に入らないようだ。

「でもレン……バトルした時の約束覚えてるよな?」

その言葉に何か感づいたのか、香流が普段の穏やかを消した口調で割り込んでくる。

「レンが負けたら深部から綺麗さっぱり引く。それで結果は……」

「はいはい分かってるっての。忘れた時なんて一時もねぇよ。俺は深部からフェードアウトしたはずなのにアイツみたいな熱狂的なファンが追いかけてくる。ただそれだけだ」

「誰が熱狂的なファンよ。話盛ってんじゃないわよ」

それまで離れた位置を歩いていたメイが工房が見えてきたのを合図に高野の隣へとかけ出す。

「ほら、あれよ。あれが……」

「見りゃ分かる。その周りになーんもねぇんだからよ」

友達に会うような感覚で舞い上がり始めたメイの、ドアを開けようとする手を高野が払い除けてノックもせずに開けた。

「よぉ、久しぶり。今日は客を連れてきたからコイツらにデバイスを作ってくれ」

高野に続いて他みんなが工房内へと入ってきた。
相変わらず機材が散らかっている。
だが、そのような注文を一方的に告げた高野だけが背を向けようとする。

「どうしたの?おじいちゃんの話聞かないの?」

「今日の客は俺じゃなくてこいつらだ。俺には関係ねぇ話だ」

「おい!ここに連れてくだけ連れてお前どっか行くのかよ!」

豊川の叫びだ。そこには一人黙々と作業するお年寄りがいるだけで状況があまり分からない。そんな時での高野の退出である。
だが、先程の豊川の叫びが聴こえたのだろうか、やっと大貫は作業を中断した。

「ん?何だ客か?ノックくらいしとけや」

その調子では何も聴こえていない様子だった。

「おじいちゃーん!久しぶりー!」

メイがはしゃぎながら大貫へと近づく。

「ん?またお前か!どうしたんだ?また誰か連れてきたんか?」

「いや、今日は俺が」

ドア付近で声がした。大貫がそこへ振り向く。

「あぁ、おめぇはあの時の……。確かこいつと一緒だったな!」

……といった調子で3人だけのワールドが展開され、またも居ずらい雰囲気に立たされる豊川と香流。
2人は仕方なくその場でコソコソと話すしかなかった。

「……なぁ、香流。最近こんなんばっかじゃね?アイツ何考えてんだろうな」

「……こっちたちを深部にスカウトなんてだったらゴメンだよ?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.314 )
日時: 2019/02/13 17:52
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


三人が相変わらず会話をしている中、豊川は木製のテーブルの上に適当に置かれている"それ"を手に取ってみた。

「豊川、勝手に触ったらマズいんじゃないのか?」

「大丈夫だろ。未完成品をそこらへんに置いている訳じゃなさそうだしよ」

と、そんな香流と豊川の会話が聞こえたのか、大貫はメイと高野の間からひょっこりと頭を上げてそちらを見る。

「おいやめろ。そこにあるデバイスはまだ作ってる途中のモンだから触んじゃねぇぞ」

「ウソだろおい!適当に置くなよ!!何も知らないと触られるぞこれ!」

「おじいちゃんはこんな感じで適当なのよ。そこは突っ込まない方針で」

メイは二人に近づき、豊川の持っていたペンダントにでもするのだろうか、まだ何も埋め込まれていないただの金属を取り上げて少し見た後にテーブルへとまたも適当に放り投げるように置いた。

「あ、っちゅーことはおめぇらデバイスが欲しいのか?」

「アイツ何も知らねぇし聞いてねぇじゃねぇか!!おいレン、お前ちゃんと話し合わせておけよ!」

とぼけた様子の大貫だが、メイは終始ニコニコであり、高野も逆に豊川をあしらうさまである。

いくらなんでもグダグダすぎやしないかと段々とイライラし始める。
だが、

「んじゃあ既に出来ているやつの中で気に入ったのがあればそれ持ってけ」

と言いながら店内とも部屋とも何とも言い難い空間の右端を指した。
そこには商品を売るには何とも粗末なテーブルの上に余り物なのか、新品の出来立てなのか分からない物がいくつかまたも適当に置かれている。
これでは買う気も失せてしまうのが本来なのだろうが。

「……なぁ香流。デバイスってのは皆がみんなアクセサリーや装飾品になるのか?」

「さぁ?ゲームでは大体がアクセサリーだけどね。さすがにこっちではどうかは分からないな」

テーブルには指輪や腕輪といったメガリングとして王道のものからネックレスやメガネやピアスのような見慣れないものまで揃えてある。

「もしも気に入らないのがあるなら俺に直接言えや。今から作る」

「作るって……そんな簡単にすぐには出来ねぇだろ」

高野の場合はすぐには作れていたようだが、どうやら素材の問題らしい。
元々アクセサリーを好まない豊川はどれにも手を触れずにいた。

「じゃあさ、何かヘンなモンない?何でお前そんなの付けて勝負してんだよ!みたいなのさ」

「ヘンなもの……?」

「例えばどんなのだ。人によって変なモンなんて違ってくるだろが」

大貫は製作途中なのだろうか、歪な形の籠手を持つと椅子に座る。

「んーー、例えばゲームに則るなら錨とかかな」

「はぁ?イカリ?」

「錨でゲームって事はアクア団のアオギリみたいなの?」

豊川のその言葉に、まず高野は理解が追いつかなかったが香流はアルファサファイアを持っていたのですぐにその意味を理解した。

「あんた……メガシンカのデバイスに錨求めるなんてどんな変態よ……私も色々な人間を見てきたけどそこまで拗れている人は滅多に見ないわよ」

「いや、だって思わないか?普通じゃつまんなくねぇか!?」

「あ、それ凄く分かる」

メイに対し自分の主義を貫く豊川であったが、それに瞬時に反応、賛同したのは高野である。

彼の本音が分からないが、もしも「普通じゃつまらない」という理由で深部に身を落としたとしたら笑えない冗談である。

「……こっちは普通でいいや」

そんな中香流は見た目も綺麗で輝いているところから恐らく完成して間もないであろう白のメガバングルをその手にはめた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.315 )
日時: 2019/02/13 18:01
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


4人は結局大貫の工房をあとにした。
錨は今すぐには用意出来ないために1週間はかかると言われ、豊川は何も入手できずに終わるも、香流は白のメガバングルを手にすることができた。
が、請求額が彼の予想以上のものであったためキーストーンの時と同様高野が仕方なく払うという羽目に。

ちなみにこの時メイは「値段はおじいちゃんの気分次第」などとフォローしているつもりなのだろうが、全くなされていない事を言っている。

偶然なのか工房の前でメガストーンの探索アプリが反応していた。
その地点まで歩き、手をかざす。
すると、掌の中で何か硬いものが衝突したような感覚が伝う。
目の前まで持ってきて見てみるとやはりメガストーンだった。
手に入れる時はいつもこの感じだが、この違和感にはさすがに慣れたようでいる。高野もはじめの頃はかなり戸惑ってはいたが。

「やっぱりだな。香流、豊川」
たった今工房から出たであろう2人に声をかける。
2人は趣旨が伝わっていない以上何の事か分からないためにゆっくり近づいてくる。

「ここにメガストーンが1個埋まっている。3人全員共通の石なのか個々によって違うのかは分からないが」

その言葉に反応した2人は先程の高野と同様の動きを取ってメガストーンの入手に成功する。
3人の掌を見てみたが、偶然か3人とも同じメガストーンのようだ。
深い紫色をしているあたりヤミラミナイトだろうか。

「仕方ないと言えば仕方ないが今回でデバイスは買えなかったがメガストーンを探すだけならキーストーンだけでもいいもんな」

「でも豊川、1週間って言われたよね?大会開催ギリギリになるけど大丈夫なの?」

と、香流が不安そうに声をかける。しかし、豊川は気にすることなく合計で11個となったメガストーンを他の似たような石が入った袋にしまう。

「大丈夫だろ。俺は普段からポケモンを育成する際は厳選から始めてる。今までの努力が報われたかそれなりにポケモンは集まってきているからな。適度にメガストーン探しに時間を割けばどうにかなる」

「ならいいんだけど、そもそもあなたたち"ポケモンを扱う"ことには慣れているのかしら?」

後ろから嫌な声がする。
高野はそちらを睨みつつ振り向いた。

「だからお前には関係ないだろ。こっちの世界に割り込んでくんなっつーの」

「あら?酷くないその言い方?私も普通の日常を普段は過ごしてる身。私はあなたの友達が負けた事が原因であなたも敗退するなんてことを心配してるのだけれど」

「余計なお世話だ」

高野がすれ違いざまに肩をわざとらしくぶつける。
華奢な体をしているものの、それでふらつく事は無かった。高野自体も男の割には細い体つきをしているからだろうか。

「もう行こうぜ。香流、豊川。続けてメガストーン探しに行こう」

と、足を踏み入れた時だった。

「ダメよ」

後ろのウザったい女の声を半ば無視したせいだろうか。

突然高野の着ていたワイシャツを中心に、目にも止まらない速さで何度も切りつけられた感覚が全身に伝った。

「?」

ワイシャツの一部が破かれ地に落ちる。
そのせいで胸から、腕から、顔からをも正体不明の刃が赤い傷を生み出していく。

「おい、レン!」

一体目の前で何が起こっているのか。それを理解する前に体が動き喉が震えた。
豊川は走る。目の前に切り裂き魔がいるかもしれないのを忘れて。

ぐらっ、と高野の体が傾いた。体重を失ったその体は支えを失ったがために前へと自然に落ちてゆく。

豊川は高野の左腕を掴む。
しかし、意識を失った体は予想上に重かった。よろけつつなんとか踏ん張り、彼の綺麗な顔を汚さずに済んだ。

「おいどうしたんだよレン!しっかりしろ!」

豊川は何度も声をかけるも、高野は反応しない。

(一体……一体どこから攻撃が!?)

一部始終を見ていたメイはその攻撃の正体が何なのか、仮にポケモンだったらそのトレーナーが誰なのか。
"深部の世界"を渡り歩く彼女だからこそ、"表の世界"の人間には分かりえないその正体が見えてくる。

今、彼女の視界には変わり映えしない「プレオープン中の大会会場」が見えている。
いや、ここにいるすべての人間にはそう見えているだろう。

だが、彼らはそんな日常に潜んでいる。それを見破ることが出来るのは同じく深部に身を宿す彼女のみ。

(パッと見、見分けがつかないように見せかけているのだろうけど……私には意味無いわ)

「マニューラ!出てきて!」

メイはボールを地面に向かってではなく、何かがある訳が無い虚空へと放つ。

だが、その先。
ボールから出たマニューラの先には一本の木がある。
その木も、元々この土地が緑地だった頃の名残を表すほんの少しだけ残った林とも言えない木々の群れの一つに過ぎないが、

「私から見ても隠れているのはバレバレよ」

太く長い枝が伸びている地点をマニューラは切り裂く。
枝と大量の葉と一緒に間抜けな叫び声を上げて男が落ちてきた。

「うわっ!何だアイツ!」

高野を支えたつもりでいる豊川はそれを見て叫ぶ。

「離れていなさい。早くこっちへ」

メイが豊川と彼の後ろにいる香流に対して手を振って呼びかける。
香流は二人を気にしつつも走るが、豊川は一人では重い高野の体を起こして担ごうとした時だった。

「離せ。俺は大丈夫だ」

聞き慣れた声がした。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.316 )
日時: 2019/02/13 18:08
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平はそう言うと自分の力で立ち上がり、豊川の手を振りほどき、香流と豊川をとりあえずメイと自分の背に避難させると木から落ちたそれを睨んだ。

「あなた大丈夫なの?あなたは"一般人"のはずよ」

「やられた人間が無事ならばやり返すのはごく自然の事だろ。少なくとも俺はそういう人間だ」

メイがため息の後にやれやれと言っていた気がしたが高野はそこまで意識が向かない。

問題なのは、何故木から落ちた人間が自分を狙い、そしてただ切り傷を負わせただけに留めたのか。
更に、ここに来て一般人を狙う理由。そして、そんな奴に対抗するために使う自分のポケモンだ。

「間違ってもゾロアークなんて使っちゃダメよ。あなたの場合使う結末が分かりきっててワンパターンなのだから」

「そのワンパターンを"いつ使うか"が俺の強みなんだがな。そんなのは分かりきってるが」

と言うと思いついた末なのか、ネットボールを投げる。
出てきたのはエレザードであった。使われるのも久しぶりなのか、顔周りのエリを目いっぱい広げて体を伸ばしている。

2体のポケモンが自分を狙っているからか、襲撃者は高野を切り裂いた正体を自分の身を守るように配置させる。

その正体はやはりポケモンであり、更に鋭いカマが特徴のストライクであった。
羽を震わせて嫌いな人にはとにかく不快に思わせる雑音を周囲に轟かせる。

「……どういう訳か知らないけれど、気に入らないようね」

互いが互いを読み合っているのか、どのポケモンも動かない静寂の時が広がり始める。
そんな中、相手の集中力を奪うかのようにメイが対話に出た。

「気に入らない?」

しかしその効果は逆効果であった。仲間の高野の意識がそちらへと移ってしまう。高野は無駄に考えるのをやめ、メイをちらっと見た。

「えぇ。こんなにも人で埋め尽くされる環境下で名前すらも知らない一般人を狙うなんて何か気に入らない事があるからこそでしょう?襲撃者サン」

だが、メイは決して高野へと目を移そうとしない。

「あなたは、大会の参加者を狙いたかったんじゃない?違う?」

その言葉に今度こそ。

「気に入らない、ねぇ。ハッ!ちがいねェな!こんなふざけたお遊びをブッ潰す以外に理由があるかよ!」

恐らく深部出身の襲撃者は怒りと笑みを交えた複雑な表情を見せてメイへと敵意を放つ。

「テメェみてぇなのは何も思わねぇのかよ!この大会の主催者は誰か。知らないとは言わせねぇぞ?俺の気配を読み取ったそのウデ……俺と同族のはずだ」

乾いた声色から時折ほとんど聴こえないほどの小さな呻き声を漏らす。肘を抑えているあたり木から落ちた時に強打したのだろうか。

「同族……、主催者、ねぇ。なるほど。あなた反議会の人間ね」

「……反議会?」

初めて聞くワードに高野は首を傾げる。自分が居ない間にあらゆる造語が生み出される程そっちの世界が変わっていったのだろうかと勝手に想像を始めた。
だが、自分が今まで置かれていた立場を考えると意味は自然と分かってくる。

「紛争地域にあるでしょ。反政府の人間が起こすテロ。それと似たようなものよ」

「うえっ!じゃあコイツテロリストかよ!」

姿勢を低く保っていた豊川が本音の叫びをあげた。
高野はつくづくコイツは"一般人"だと再認識したがそんな一般人から見て深部の人間はやはりテロリストなのかと溜息のつく思いに駆られる。
もっとも、自分もかつてはテロリストと世間からは認知されていたのだが。

だがそんな思いが積み重なることにより、高野の中にも怒りの感情が生まれ始める。

理由は単純だった。

「だからってよぉ……何も関係ねぇ人間を傷つける理由にはならねぇだろうがよ」

直後に腕を振るう。
エレザードがストライクに向かって走り始めた。

「お?来んのか?」

ストライクは両腕のカマを振ることによって威嚇をしつつ足止めさせる。
エレザードの走る速さが一瞬緩む。

だが。

「跳べ、エレザード!」

エレザードも高野もそこで思考停止することは無かった。
一気に無防備な頭上へと狙いを定める。

「上から来るってのか。ストライク、迎え撃て!」

腕の動きを止めたストライクが己の真上に姿を見せているエレザードを睨む。
今まさにストライクも真上へと飛ぼうとしたその時。

エレザードの目が、ストライクから相手のトレーナーへと向き、電撃を纏い始めた。

「!?」

一気に自分の命の危機を感じた襲撃者は、ストライクに向かって叫び、自分を守るよう命令する。
ストライクがエレザードの存在など忘れて自分の主のために高野たちに背を向けた瞬間。

ストライクはトレーナーのもとに辿り着く前に倒れる。

「なん……っっ!!クソッ!しまった!!」

襲撃者は悔しそうに拳を強く握る。
突如隣の木から現れたメイのマニューラがストライクを餌食としたのだった。

守るものが何もなくなった無慈悲なテロリストに、正義を象徴するかのような雷が全身を強く浴びせる。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.317 )
日時: 2019/02/13 18:13
名前: ガオケレナ (ID: Hh73DxLo)
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「とりあえずどうすんだ?コイツ」

高野はエレザードをボールに戻しながらバタリと倒れた襲撃者を指す。
これ以上面倒事を起こしたくないというのが彼の本音のため、放置して自分たちはとっととここから去りたい一心である。

「そうねぇ。まずは"彼ら"に引き渡さないとね」

そう言ってメイはスマホを取り出して何処かへと電話を始めた。
彼らとは恐らく議会だろう。もうこの世界に疎くなった高野でも想像は容易だった。

「もしもし?私。早速だけど出てきたわ。どうせそっちの人たちも何人か此処にいるでしょう?悪いけど来てくれると有難いわ。場所?場所は~……」

メイの通話など端から興味が無い。
怯えているだろう豊川と香流の様子を見てみた。

「レン、お前大丈夫か?」

「大丈夫。もうこのワイシャツは使えねぇだろうが大した問題じゃないよ。あいつらの目的は反議会のテロだっただろうが死者を出すことではなかっただろう。恐らく俺みたいに"あえて"生存させておいて証人にでもしたかったんだろう」

などと言ってはいるが腕や胸からは至る所から血が流れている。
多量ではないが切り傷が多くあるためかなり痛々しい様子だ。
三人で会話をしていると、電話を終えたメイがこちらにやって来る。

「さて、この件に関してはもう大丈夫よ。一応あなたも怪我をしているし、あなたたちの本来の目的もそれなりに済んでいるようだし、手当をしつつ適当に降りましょう」

「別に俺からしたらもう帰ってもいいけど、こんだけ広い施設だ。医務室くらいあるよな?」

高野がチラッと舞台であるドームとタワーを見た。
相変わらず高く壮大にそびえている。

「当たり前じゃない。ゲーム上のバトルならまだしも、今回の戦い方はさっきと同じよ。ゲームからポケモンを呼び出してそれで戦わせる。当然人間にもポケモンのエネルギーの余波は飛んでくるわ。それなりに保健も充実してないと逆にマズいわ。さ、"バトルドーム"に行きましょう」

そう言うとメイは綺麗に真っ直ぐ伸びている丁寧に舗装された道路をゆっくり歩く。
彼らも自然とついて行くが無防備過ぎる直線の道路にやや不安が過ぎったのはついさっきの襲撃のせいだろう。
相変わらずそこを歩く人の数はかなりのものだったが。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.318 )
日時: 2019/02/28 17:08
名前: ガオケレナ (ID: i0ebQTFn)
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「はい、これでもう大丈夫よ。お大事に」

そう言って高野の上半身と腕にガーゼと包帯でぐるぐる巻きにした看護師は診察室に彼らを残して何処かへ去ってしまった。
プレオープンの時期ゆえに人手を割いてしまったのか。そのせいで予想以上の忙しさを招いて結果少ない人員で医務室を仕切る羽目になってしまった。

「どっか行っちゃったけど……これでいいのか?」

「いいんじゃない?あなた別に命に関わる怪我をしている訳じゃないし。ここにずっと居ても仕方ないわ」

そう言うとメイはドアを開けてくれた。怪我人への配慮のつもりだろうが自分がほんの前に言った通り日常生活に支障が出るほどのレベルではない。配慮そのものがいらないのだ。

ドアを出てすぐが医務室の受付だった。
見ると五人ほどが座れる長椅子が二つ。それぞれに一人か二人くらいが座れるほどの余裕しかないのを見るとそれなりに混雑はしているようだ。

ひどい怪我をしている人がいない辺り転んで擦りむいたりした程度の軽傷で済んでいるような人がほとんどだろう。中にはマスクをして咳をしている人までいる。まるで地域の病院の姿だ。

先頭を歩くメイが受付をすっ飛ばして今まさに医務室から出ようとするのを香流が呼び止める。

「ちょっと待って。お金は払わないの?」

「いらないわよそんなの。ここに医務室が出来た理由は"ポケモンバトルにて傷ついた人間"のためのものなのよ?逆に言えばポケモンバトルさえ無ければここを利用する人は居ないということになる。つまり怪我を負わせた責任は大会の運営にあるって事よ。その為の無償で使える施設。あなたたちもこのことは覚えておいた方がいいわ。いつ利用するのか分からないのだし」

とは言われたものの、怪我で処置をしてもらったのにお金を払わずに出ていく事に慣れない事もあって戸惑う。
受付をチラチラ見ながら三人はそそくさと医務室から出て行った。

そもそもこの医務室は大会の会場となるバトルドームの一階に作られたものだ。
受付と待合室の扉を開けるとそこにはワンフロアすべてを大会の参加受付として作られた広い空間が眼前に広がる。

まだ開催前だと言うのにインフォメーションを示す「i」の大きな模様を掲げた受付には参加希望者と見られる人達が列を成している。
たまたま聴こえた会話を汲み取ると、どうやら不明な点を聞いていたり、直接大会へのエントリーをしようとしている者たちのようだ。

「ここでもエントリーってできんのかよ」

その列を他人事のように悠々と眺めながら高野が問う。

「本来は大会へのエントリーはネットなんだけれども、中には機械が苦手な人だっているじゃない?そんな人への配慮よ。後はネットがパンクしたときの対策とも」

それに並ぶ人々を眺めてもかなりの人間が一箇所に集まっている。
仮にここに並ぶ人間全員が参加者だとして、さらにこのフロアにいる人間全員が参加者もしくは大会関係者だと思うと1つ疑問が生まれる。

「なぁ、この大会の参加者ってどのくらいになるんだ?」

「そんなの私が知る訳がないでしょ。まぁでも、知り合いの話によると3000人以上7000人未満の予定らしいわよ」

「結局知ってんじゃねぇか。でもその割にアバウトすぎねぇか?」

メイの知り合いが誰なのかが気になるがどうせ教えてくれないだろう。そこはあえて触れないことにした。
だがその大きな数字が予想の範囲を超えていたのか、後ろで香流が「ななせんにん……」と絶句している。

果たして自分たちはメガストーンの探索だけで時間を費やしていいのか各々は思いを巡らす。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.319 )
日時: 2019/02/14 13:23
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
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複雑な思いを抱いた3人は無言でバトルドームの自動扉を抜けて外へと出た。
メイがまた電話をしていたからか、通話をしながら走ってこちらへ着いて来ている。

「おい、これからどうするよ?」

さっき告げられた参加人数にビビったからか、気弱そうに言うのは豊川だった。

「どうすると言われてもな。今こうしてメガストーンを探してみても反応がない。恐らくこの土地に1個だったんだろうな。今日来てこの大会の問題点もまざまざと見た事だしデバイスも買ったり予約したりで目的は終わった。もう帰ってもいいんじゃねぇの?」

「そうだね。ポケモンも育てたいし扱い方にも慣れたいから今日は解散する?」

香流のその言葉が合図となって、3人は無言で頷くと初めに来た道へと戻る。
メイはそれに気付いたのか、早々に通話を終えた。

「あれ?もしかしてもう帰るの?」

相変わらず距離が少し空いていたので高野は一度立ち止まって振り返る。
つられて2人も足を止めた。

「まぁな。もうやれる事なんて無いだろ」

「でも、もう少し回ってみたら?ほら、色々お店あるんだから何処にどんなお店があるのか覚えるいい機会よ」

「そんな暇があるのなら厳選に費やしたいね」

呆れた高野は再び歩き出す。
何故かメイがついて来る事は無かった。その為に傍から見たら彼女を置いていったようにも見えただろう。

メイは終えたと思わせた携帯を再び耳にゆっくりと近付けた。

「えぇ。彼は帰ったわ、たった今ね。怪我をしてしまったのが少し気になったけれど……大丈夫そうよ?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.320 )
日時: 2019/02/14 13:29
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
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この時期のいい所は何物にも追われる心配がない、という事だった。
一年のうち春と夏の前期と、秋と冬の後期に別れており、今が前期での講義中盤に当たる。
まだ試験対策に追われる事がないというのが何より安心できるのだ。
またオマケ程度に、時期故か講義そのものを受けている人も少ない。恐らくほぼすべてがサボりだろうがそのお陰で普段は教室の真後ろに固まっているうるさい連中も居なくなっているのが心地よい。

前日に香流と豊川と3人でドームシティに行ったのに加え軽傷ながらも怪我をしたのもあるが、講義内容が産業革命期のドイツについてという、高野にとっては相変わらずつまらない内容ゆえにかなりの眠気に誘われるが何者にも邪魔されずにノートが取れるだけでまだいい方だ。

このような環境に満足した状態で幾つか講義を受けた後、キャンパス内を様々な思いを絡ませながら歩いているときだった。

「おっ、レンじゃん。おーーい」

普段ならば顔を見れば思い出すはずだが、今の彼の頭の中は大会の事と今後の予定、深部の現況、議会の動向、そして今の生活と過去の生活のギャップについて……。などと、キャパシティーの限界を心配させるほど埋め尽くされているため、外部を許す余裕がなかった。

しかし、名前を呼ばれた事により正気へと戻る。

「な、なんだ、北川か……」

北川弘。高野とは学部こそは違うものの、同学年にして同じサークルのメンバーである。
彼はポケモンユーザーではないにしろ、近々開催される例の大会を楽しみにしている旨を何度かサークル内で聞いた記憶がある。かつて無い戦いを観戦したいのだろう。そう言えば、彼は元からスポーツ観戦が趣味だったことを思い出した。

「どうしたんだよ?浮かない顔して歩いてさ」

北川からは俯いて歩く高野が気になっていたようだ。そもそも普通の状態ならばあまり偶然居合わせても会話もほとんどしないのが高野なのだが、

「別に。相変わらず地雷な授業引いちまったなーと思って」

「アッハッハ!それはドンマイだなーお前」

北川は笑いながら高野の肩をバシバシと叩く。フォローのつもりだったのだろうか。

「あ、それじゃあ俺次授業だから行くわ。じゃあなー大会頑張れよー」

まだ大会まで3週間もあるのに気が早くないかと心の中で呟いた高野は北川と別れる。

だが、彼のおかげで大会に対するモチベーションも少なからず上がってきたのもあったのは確かだ。
この後は本来ならば講義が一つあったはずだが、

「別にいいか。まだ1回も休んでねぇし。今日くらいサボってポケモンと慣れるための特訓やっとくか」

本来目指すべきの教室とは反対方向の、自分の住むマンションのある裏門へとゆっくりと歩を進めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.321 )
日時: 2019/02/14 13:39
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
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邪魔となるカバンはマンションに置いてきた。
高野は人気の少ない公園の広場まで行くと最近ゲーム内にて育て終えたヤミラミを現実の世界へと召喚する。
持ち物はヤミラミナイト、即ちメガシンカポケモンである。

ヤミラミの対戦相手となるのはゾロアークであった。
高野のゾロアークは本人も「奇跡のポケモン」と認めるほど、主と現実世界での性格も行動も全く同じ、つまりは命令無しに彼の思った通りに動いてくれる非常に珍しい存在であるのだ。

つまり、トレーニングの相手には相性の問題こそはあれど最適ではある。
最悪相性の悪さはイリュージョンによる化かしで少しは誤魔化せるのもいい点だ。

「まずはヤミラミ、'おにび'だ」

突如ヤミラミの周囲に妖しい火の玉が複数現れると、それらはゾロアーク目掛けて発射される。

(さぁ、俺ならそうしてみるが……お前はどうする?)

高野の思った通りに、ゾロアークは横に大きく駆けて火の玉を避けようとした。

だが。

(だが間に合わない。やったな)

ヤミラミの特性は'いたずらごころ'。ゾロアークが避ける前には既に技は放たれ、また避けようとした時にはもう既に眼前に火の玉は迫っているのだ。
何もするにしても先手を打たれすぎているヤミラミを前に、ゾロアークにはなす術がなかった。

ボン、とまるで体に大きな火の塊が直撃したような鈍い音がする。
ダメージこそはないものの、ゾロアークは火傷を受けてしまう。

(さて、これでゾロアークは火傷状態。あまりいい状況とは言えないが、お前ならどうする?)

高野は、仮に自分がゾロアークに指示を出していたらどんな立ち回りになっていたかを脳内でシュミレートしながら今目の前で起こっている様を見つめる。

ゾロアークは間髪を入れずに巨大なポケモンへと化け始める。

「お、おい……マジか」

それは高野にも予想外のものだったのか、彼も驚きを隠せない様子だった。
ゾロアークは、どこでその情報を手に入れたのか不思議だったが、巨大に相応しいディアルガへと姿を変えた。

そしてヤミラミの戸惑いをよそに、'ときのほうこう'を放つ。
ヤミラミはその放出されたエネルギーにビビったせいか化けたゾロアークに背を向けて逃げ出しているようだった。

「おい待てヤミラミ!あれは'イリュージョン'、すべて虚像だ!」

高野の声が果たして聴こえているか謎だがヤミラミは変わらず逃げ回っているだけである。

(ゾロアークのそれは'イリュージョン'だ……。実像が無いゆえにダメージが入らない。言うなればただの見かけだけだ。だが……)

高野はゾロアークの魅せるイリュージョンを見てつい魅入られた。
自分も「イリュージョンである」と分かっているのに、化けた先のディアルガの放った'ときのほうこう'から発せられた逆風を浴びていたからだ。

「奴の見せるイリュージョンはリアリティを増すためにあらゆる物を再現させる。本来は無いはずの反動やその一種であるこの逆風も、すべてゾロアークが生み出したものか。すげぇな……もうどこまでがリアルなのか分からねぇや」

本当に風を浴びているのか、それとも風を浴びていると脳が認識させるための誘導をゾロアークにより受けていたのか。
それさえも高野すらも分からなくなった時にゾロアークは元の姿に戻った。

突如巨大なポケモンが消えたからか、頭を抱えて丸くなっていたヤミラミは顔を上げてキョロキョロ見回す。
起き上がった先のゾロアークを見つめるも、何があったのか理解出来ていない様子だった。

(ポケモンでもあそこまで考える力があるとするならば知能的に凄いもんだが……そこは関係ないか)

高野はここから本番とばかりに掛けていたメガネをつまむ。

「行くぞヤミラミ、メガシンカだ」

その言葉が合図となり、ヤミラミは強い光に包まれた。

ほんの少しの時の後に自ら光を破ったヤミラミは胸をまるで裂くかのように巨大化した宝石を放出させ、自分はその宝石の後ろへと身を守るかのように隠れた。

(痛くないのかな、あれ……)

高野は初めて見たヤミラミのメガシンカのシーンを見てまず思ったのはそれだった。
当のヤミラミは苦しそうな素振りを全く見せずに後ろで真っ赤な宝石を支えるように立っている。
逆に高野は自分の胸を押さえていた。

「特性は'いたずらごころ'から'マジックミラー'か。素早さもかなり下がってきているし気をつけないとだな」

先にゾロアークが動く。
射程圏内まで走ると、手先から赤と黒の入り混じった禍々しいオーラを纏わせると地面に叩きつけ、一気に飛ばす。
ゾロアークの得意技の'ナイトバースト'だ。

(問題はここ。ヤミラミがどこまで耐えるかだ)

禍々しいオーラはヤミラミを宝石ごと全身を包み爆発を起こす。
だがそれはヤミラミを吹き飛ばすには足りないまでの火力だったようだ。

ヤミラミはその場に留まっていた。

「ゾロアークの'ナイトバースト'をキッチリと耐えたか!まぁいい方だ」

今度はヤミラミの反撃だ。主の命令通り、ヤミラミは支えていた宝石から手を離すと瞬時にその天辺へと駆け登る。

すると、そこからついさっきの'ナイトバースト'をまんま真似したかのようなオーラを放った。だが違うところと言えばオーラが青く黒いところと、異様なまでに叫んだことくらいか。

「ゾロアークは'ナイトバースト'だがヤミラミは'バークアウト'だ。コイツはお前のと違って一度でも受ければお前の技の威力が下がるぞ」

威力こそは期待できる程のものはないがゾロアークは襷持ちである。
あらゆる相手からの技をシャットアウトしないとそれは敗北へと繋がる。
ゾロアークは右腕から'ナイトバースト'を生み出すと迫る'バークアウト'のオーラへとぶつける形で相殺させ、またも爆発を発生させた。

「と言っても火傷になってるけどなお前」

煙が晴れ、ゾロアークとヤミラミお互いにとって長引く試合になることを察した高野は「そこまでだ!」と叫ぶと先にヤミラミをボールへと戻した。

「今回はヤミラミの受けの強さをどこまでなのか知りたかった。上出来だ。化けにビビった以外はな」

そう言いながらゾロアークを撫でたあと、ボールであるダークボールへと戻す。

「んじゃあ今日はここまででいいか」

広い公園であっても流石に爆発まで起こして騒げば怪しまれる。
高野は近所で騒動になる前に早々と立ち去った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.322 )
日時: 2019/02/14 13:48
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平は遂に、どのように時を過ごせば良いのか分からなくなってしまった。
最早彼らには、今からどうにかしようという思いと言うよりは、今持っている実力をすべて出し切って勝つ。今の個人のポテンシャルがどこまで通用するのか頑張ってみる、という考えにシフトしているのだ。

そんな思いを抱いて残り2週間、1週間、3日前と差し掛かってきた。
それぞれ、豊川が「とりあえず今存在しているであろうメガストーン全部揃えたぜ」とサークル内で自慢され、その1週間後には香流が「メガストーン全部揃えたよー。レンは?」と、逆に心配され、本日早朝ともなると珍しく大学内にメイがやって来た。
その内容が、

「イカリとかいうゲテモノを頼んだ変態に会えたら伝えて欲しい。おじーちゃんがメガイカリを完成させたってよ」

と言ったものだった。

そのように、周りに翻弄され続けた高野はと言うと、その大会3日前になってもメガストーンがすべて集まっていない状況にあった。
問題はポケモン厳選を何よりも優先させたからによる。

『お前さ……?俺や香流よりも既にメガストーン揃えてたよな?なのに追加分のメガストーン揃えてないってどういう事だよ?』

開催3日前の今日、即ち6月21日は日曜日であったため、当然大学は休みだった。今高野はスマホを使って豊川と連絡を取り合っている。

『んな事言われても無理があるだろ。俺は既にある分取れる枠が少ないんだ。行動範囲も無駄に広くなるしそれがキツい。それに俺は一人暮らししているお前と違って暇じゃない』

『とか言って、今のお前も一人暮らししてんじゃん』

豊川からのすぐに来た返信に返す言葉が無かった。今自分は一人暮らししている事を再確認したが、それ以前も基地暮らしである。メンバーの存在を除けば自分の事は自分でやっていたからあまり実感はなかった。

そんな彼は今、休みだというのにメイに呼び出されて大学にいる。
雨が降った後なのでじめっとする外の空気が嫌なのであえて図書館にいるのだった。

「そんな不毛なやり取りしてないで早く言いなさいよイカリの事」

「人のスマホを勝手に覗くな!!」

休日ゆえに課題をやりに来ている生徒が少なからず居る。
そんな中で周りを考えずに叫んだせいか冷たい視線を周囲から向けられた。

「……大体何で今日なんだよ。休みなんだから家でゆっくりさせろよ」

「あなた深部に居てもそんな調子だった訳?悪いけど私に休みなんて無いの。おじーちゃんからの連絡が私に来たのよ?これでもすぐにあなたの元へ駆けつけたのだから感謝してほしいくらいだわ。早く連絡しなさいよ」

「別にそれ明日でもいいじゃねぇかよ……明日は講義あったのに」

仕方なさそうに高野はメール文を打つ。内容は今までの流れをぶった切って『お前のデバイス出来たってよ』というつまらないものだった。

「でもアナタ今日暇でしょ?メガストーン探索も出来るしで一石二鳥じゃない」

「でも厳選の時間が……」

「今からやったところで使えるポケモンが1匹出来るかどうかよ?間に合うとでも思ってるの?」

要するに1日2日で扱いに慣れるポケモンで突き通せる程甘いイベントではないと言いたいのだろう。
『明日でいいからまた桜ヶ丘ドームシティに行ってこいよ』と最後に打つとスマホを仕舞った。

「じゃあ行こうぜ。その、メガストーン探索とやらに」

「まさか私を同伴させるの?馬鹿言わないで。私は人の用事に付き合わされる程暇じゃないし優しくない」

「ふざけんな!そしたら俺が外に出た意味がねぇ!!」

だったら出てけと言わんばかりに今度こそ警備員に2人はつまみ出された。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.323 )
日時: 2019/02/14 13:52
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「あとどのくらいメガストーンが足りないのよ」

2人は大学から離れ、そこから一番近い駅へと向かうところであった。ちなみに一番近い駅はモノレールの駅である。
何もない地域だが、モノレールだけはこの地域の名物や象徴だと勝手ながら高野は思っていたりする。

「あとひとつ……。ボーマンダナイト」

「必須級レベルで重要なものじゃないのよ。どうして今まで放置してきたの?」

呆れたメイはわざと足早に歩き、高野よりも先を歩く。

「いや別に俺も狙っていた訳じゃないんだ。偶然アプリを頼りに探した結果こうなった」

「アプリ込みでこれだなんて……ジェノサイドの面影はいずこに……」

今自分と居る男が深部最強だった人間などと全く想像出来ずにメイは頭を抱えるが、彼はただの大学生である。今までが異常だったのだ。

「……アテはあるの?」

「さぁな。この近くに小さい川がある。ドームシティに続く道の途中に橋があったろ?あれに続いてる川だ。駅のすぐ目の前にある。この辺だとそこら辺か……」

と、言って高野はアプリを開く。
しかし当然と言った調子で反応は0だった。

「ダメじゃない」

「他にもあるって言いたかったんだよ。この辺だと小さい神社と温泉がある」

「温泉にメガストーンとか本気で言ってるの!?」

「お前に一つ教えてやる。おバカな男子大学生の行動目的のほぼ100%はノリだ」

深部の人間の面影すらなくなったその台詞にメイは、

「あっっっきれた!やっぱり男ってのはいつまで経ってもガキね。下らないわ。勝手にやってなさい」

呆れ過ぎて最早呆れという感情も失せ、何かを思う前に口が出る。
とにかく今言えることを言っているに過ぎない様子だった。

「あぁ。当然だろ。俺の問題なんだから俺の好きなようにやらせてもらうさ」

と言って高野は来た方向を戻るようにして勝手に歩き始めた。置いていったつもりが、置いてかれたメイは如何に彼が自由人かここではっきりと理解したことだろう。

神社は今歩いている途中にあるので今からでも確認できるが当然反応は無かった。そのまま彼は温泉に向かって歩くだけだ。

15分ほど歩いた頃だろうか。
温泉が見えた頃、ふと高野は自分よりも後方に声が渡るように頭をやや傾けた。

「ところで、温泉は大学を挟んだ先にある。つまり初めに川へ向かおうと大学を出て、その真反対に位置しているもんだから俺は今大学を突っ切っての目的地の目の前にいるんだが……」

あえて後ろは振り返らない。
どうなっているか分かりきっているからだ。

「何でお前はついて来てんの?」

自分はバレていないと思っていたのだろうか。必死に爪先立ちになって3m離れた所をメイは居た。

「も、元ジェノサイドの人間が怪しく見えるのは当然でしょ!どうせ暇なんでしょ?後ろに誰かが居てもおかしくないじゃない!」

完全なる開き直りに、彼は返せる言葉がなかった。むしろ掛けようとも思わなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.324 )
日時: 2019/02/14 18:48
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「いらっしゃいませー。2名様で宜しいでしょうかー?」

「いえ、1人で」

「ふざけんじゃないわよ。じゃあ何で今鍵2つ渡したのよ」

高野は大学のすぐ近くにある温泉のフロントにて、靴をしまったロッカーの鍵を店員に渡したところだ。
混乱した店員が「ふ、2人ですよね……?」と少し素を出している。

「好きにしろと言ったのはお前だろ」

脱衣室に続く廊下を歩きながら高野は言う。思ったよりも返しが早かった。

「えぇそうね。私は確かに言ったわ」

「じゃあ何でついて来ているんだ」

「決まってるでしょう?私も暇だから好きにやらせてもらうだけよ」

あえて「手伝う」と言わないところに高野は意地悪を感じる。

「じゃあ素直に、暇だから手伝ってあげるね☆くらい言えや」

「誰が手伝うなんて言ったの?私はただ温泉入るだけよ」

男湯の手前で立ち止まった高野に対し、そう言って意地悪な女は奥にある女湯の方向へと歩いて行ってしまった。

脱衣室にて服を脱いだ高野はあらかじめ鞄に入れて置いたタオルを持つと中へと入る。
一人暮らしゆえに毎日は風呂には入らない。この時のようにいつでも外で湯に浸かる為に彼はタオルを入れていたのだが、この時ほど入れて置いて良かったと思った日は無いだろう。

ひとまず全身にかけ湯を浴びると、シャワーのある方へと向かう。
今日に限って眼鏡をかけてきていた。お陰で今は視界がぼやけて見えるため、その足取りも非常にゆっくりだった。床が濡れているせいもあるのだろう。

よく見ると、これもぼやけてだが自分の他に客がちらほら居た。
ほぼ全員が老人である。

(そういや、近くに広い敷地の団地があったっけか)

椅子に座った彼は蛇口を捻り、シャワーの水を浴びる。
この時に今日の目的を思い出したからか、目を瞑ったままとりあえず手に触れた壁や床を摩ってみた。
しかし、硬い石が突っかかった感触が無い。

ここには無いようだ。

(おかしいな……確かに反応は此処にあったはずだ)

大学の近くにも関わらず温泉地にメガストーンがある事に気付かなかったのは単純なる理由だった。

高野の家の方向が今いる温泉とは真反対に位置するからだ。
普段からここまでの道は滅多に使わないのも気付かなかった理由のうちの一つだ。

「仕方ねぇ、すぐに洗って露天風呂に……」

そう思った瞬間だった。

もしも、メガストーンの埋まっているのが女湯だったら?と。

マズい。と高野は変な汗を出す感覚に陥ったが単にそれは体を伝うシャワーの水だった。

(まさか、こうなる事を見越してアイツはついて来てくれたのか?)

初めて彼女に対して感謝の気持ちが芽生えた高野は急いで全身を洗うと室内のお湯には一切浸からずに外へと飛び出る。

そこには真ん中にぽつんと石でその周囲を囲ったいかにも、な露天風呂が一つあるだけだった。
彼は丁度いい狭さのそれにホッとして体を包むために肩まで浸かった。

「ったく、何の為に来たんだ俺は。少しぐらいこうやってゆっくりしててもいいだろう」

外はあまり寒くないがお湯を浴びたせいで外に出た瞬間一気に冷えた。
そんな中で熱すぎずぬる過ぎないお湯に浸かっていられるのが何よりの至福だ。

石床となっている底を手で摩るように撫でていくが一向にそれらしい反応がない。
もしかしたら室内の湯船にあるのか、それとも水風呂にあるのか、それとも女湯に……。
考えれば考えるほど難易度が高くなっていくそれに戦慄しながら、撫でるのを止めない。
ここで見つかるのが一番都合が良いからだ。

「頼むからここにあってくれよー。もう大会まで3日しかねぇんだからよー」

必死すぎるその思いが届いたのか、手に固い何かに触れる感触がした。

「っ!?」

すぐさまそれを手の中で掴み、引き抜く。

まさか今日この日まで想像すらもしなかっただろう。
願いが叶った瞬間というのが、彼はマッパだったということに。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.325 )
日時: 2019/02/14 14:05
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


間違いなかった。

正真正銘のメガストーン、それもボーマンダナイトだ。

「遂に見つかった……。本当に長かった……やっと、やっと俺はコンプしたぞ……っ!!見つかった以上もういいし、さっさと出るか」

最大の目的を達成した今、長風呂する意味もない。
手に取り次第さっさと上がってさっさと脱衣室へと高野は戻って行った。

元々着ていた服に着替えて適当に髪を乾かした後に彼は食事処へと歩いて行く。ここで何かを食べるつもりは無いが彼も喉が乾いているしメイを待つためとりあえず来てみた感じだ。

当然だが彼女の姿はない。温泉に来てまだ1時間はおろかやっと30分経った頃であるから容易に想像できることだ。

「アイツが来るまで何してようか……。適当に水でも飲んで待っとくか」

そう独り言を呟いて無料で飲める給水器の前まできた彼はコップに手をかけようとしたところでピタッと動きを止める。
ふと、ある考えが駆け巡ってきたからだ。

(この半年で……見違えるほど俺の環境は変わった。いや、これまでの学生としての俺が100%反映されてると言うべきか)

高野洋平という男はこれまで、「学生50%、深部50%。それが俺」という考えを持って行動してきた。もしかしたらパーセンテージは違っていたかもしれないが。
だがあの時、香流に敗北したことでこの数値は成り立たなくなり、これまでとは全く違う生活を強いられた。

だが、これが本来過ごすべき自分なのだろうと。
学生50%深部50%ではなく、学生100%こそが自分なのだと。

(いいんだろうか、俺がこんな平凡な生活をしていて)

時期が時期だけに1月から3月は大学がずっと休みだったが、今日までに非常に落ち着いた過ごし方をしてきていた。好きな時に寝て好きな時に起きる。受けるべき講義を受けてサボる時はサボる。そこには血も殺戮もない。文字通り平和だった。

だが日本人と言うものは一時いっときの幸せを感じると「この先いつ不幸が降りかかるのだろうか」と不安になるものである。
彼もまた同じであった。

(この時間がいつまで続くんだろうか。もしかしたら、もう……)

そこで彼は考えるのをやめた。
いつの間にか自分の後ろにオジサンが並んでおり、

「オイ、いつまでお茶か水にするかで悩んでるんだ」

と不意に突っ込まれたからである。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.326 )
日時: 2019/02/14 14:10
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「あら?早いのね」

食堂兼休憩室に高野が入って40分ほど経った頃だろうか。
髪が完全に乾いていない状態でメイがこちらにやって来た。

「女子の割には早いのな」

「誰を基準にしているか分からないけれど、私はもしかしたら早い方かもね」

あらかじめ買っておいたのか、缶ジュースをテーブルに置いてメイは向かい側に座る。
チラッと壁にかけてある巨大なテレビ画面を見たあと、顔を戻してメイは聞いてきた。

「それで、メガストーンは?」

「あったよ。ボーマンダナイトがな」

実物をテーブルに置き、メイはそれを手に取って少しばかり眺めると鼻で笑って同じ場所へと置き戻した。

「ここまで時間かけてメガストーンコンプか。これだと大会が始まってもメガシンカを完全に使いこなすのは無理そうね」

「だからってメガシンカ全種を使う訳じゃねぇだろ。どうせメガストーンコンプが目標だったんだ。それについてはこれからでも明日でもいいだろ」

「あなた分かってるの?大会まであと3日よ?本来だったら遠くから来る参加者はもう大会側から部屋でも借りてるところよ?」

高野も話だけなら聞いたことがある。

桜ヶ丘ドームシティは元々は緑地と住宅地であった。
それをほぼ完全に破壊して今のイベント用の施設を作った際、その広大な土地を余らせない為にと遠くの地域から来る参加者の為に大会期間中に生活が出来るようにマンションやバンガローをかなりの数建設したのだとか。
それらが一箇所に集中しているからか参加者の間では'選手村'と呼ばれているらしい。

「俺は別に地方から来ちゃいねーよ」

「でもいいじゃない。生活費は食費以外かからないわよ」

「えっ、マジ?」

宿泊施設はすべて議会持ちである。
水道代や光熱費はもちろんの事、建物を利用する賃料も一切掛からない……。これはすべて大会用のホームページに載っている事だがそんな事に興味がなかった高野には知らないのも当然だった。

「さすが裏の目的として深部へのスカウトに必死になってるのな」

「あなたもどう?今の生活だと色々お金かかるでしょ?」

予想外のオイシイ話に、高野は唸り、それからは言葉が出なかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.327 )
日時: 2019/02/14 18:44
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


曇り空の下、高野とメイは歩く。
あれから食事の1つの注文もしなければ、それ以上の会話の進展もなかった。

理由は2つ。
無駄に値段が高いとの時間が勿体ないからだった。

「結局どうするのよ?部屋は借りるの?借りないの?」

「今更感がどうしてもあるんだよなー。俺別に金には暫く困らないしさ、それに気持ちの問題もある」

「気持ちの問題?」

「深部じゃねーのに議会に都合良く使われるってのが嫌」

「くっだらない……」

もし仮に高野洋平という男がこの大会の主催が議会と知っていなければ文句の1つも言わずに選手村の仲間入りをしていた事だろう。
真実とはある意味人を不幸にしてしまうものだ。

「ん?」

突然、高野のスマホがメッセージを受け取った事で振動し出した。
何事かと思いそれを開くと、どうやら豊川からの返事だった。

「なんて来たの?わかったー的な?」

「……面倒だから取ってきてくんね?……だとさ」

高野は決して忘れていた訳ではなかった。
豊川修という男が極度な面倒臭がりだと言うことを。
彼が何の用もない日に大学に来る事など有り得ない、ましてや、休日に「デバイスを取りに行く」という理由だけで家から出る事など決してしない人間だと言うことを。

「……あぁそう」

メイもため息を着くと高野のスマホの画面から顔を離す。
顔がかなり近かった為にシャンプーの良い香りがこちらにまで伝わってきていた。

「っつーわけで面倒だけど今から行くかな、ドームシティに」

高野がそう言って塔の見える方向に足を向けつつモンスターボールを取り出した時だった。

「いや、いいわよ。そこまでしなくて」

何故か今日の発端であるメイが手を差し出して止めようとする。

「なんでだよ?」

「それは明日行えばいいわ。あなた、講義あるんでしょう?」

「そしたら尚更俺が今日ここに来た意味がねぇだろ!!」

「そうじゃなくて、あなたたちには明日にやってもらいたい事があるの。明日講義が終わってからでいいわ。例の友達2人連れてドームシティに来てちょうだい」

「……今度は何を企んでやがる?」

相変わらず高野の不信感は健在だった。
彼女の行動の真相が見えない以上仕方の無い事だが、だからと言って疑う本人も共に行動し過ぎている。
自分でその矛盾に気付いてはいたが決して口には出さなかった。

「やぁねぇ。まーたそうやって疑う……」

「自覚が無いのなら本当におめでたい奴だ」

「そうじゃなくて、明日は大会に関係する事よ。受付番号の照合をしてもらいたいの」

「照合?」

メイの簡単な説明と共にかつて自分で保護したメールがある事を思い出した。
香流と豊川と3人で一斉に大会にエントリーした際に受け取ったメール。
それに振られていた番号を大会運営事務局に照合させる事で少しでも大会進行の一助となってほしいとのことだった。

「当日には何千人という参加者が1箇所に集まるのよ。1人1人の番号の照合をしていたら日が暮れちゃうわ。だから……」

「それは構わないんだが、それをする事で当日メリットとかあるのか?」

「一応あるわよ。予選の対戦順は照合が済んだ人から先に組まれるわ。あ、当然ランダムでね」

「極端な言い方すると、より本戦に近づく事が出来るって事か?」

「そういう事」

それならば悪くない、とこの時高野は思った。
自分たちの結果を早く知る事が出来るのと対戦をより早く消化出来ること、そしてイベント進行の手助けにもなれることなどいい事尽くしである。
つくづく上手く出来ているとも同時に思った事だろう。
要はそれほど必死になっているとの表れでもあるのだが。

「じゃあ明日何とかして2人を連れてくるよ。どーせ空き時間の1つや2つあるはずだ。それがダメだったら昼休みにでも呼んでやる」

「私も待ってるわ。何かあったら宜しくね」

何やらお別れムードっぽくなってきたので高野も今日に限った用事は済ませた事だし、この後は家で厳選なり特訓なりをすればいい。

じゃあな、と手を振りながらメイとはそこで別れる。
高野は大学敷地内を突っ切って向かい側へと行く為そちらへと歩き出した。
メイは何故か、彼のその姿を見送って。

暫く歩いた頃だろうか。
大学の敷地を抜けたあたりで高野はふと思い出した。

「ん?何で明日あいつは"待ってる"なんて言ったんだ?俺と香流と豊川だけの話なのに……。まぁいいや」

彼にとっては些細な事だった。
もっと重要な事が待っている為である。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.328 )
日時: 2019/02/20 12:41
名前: ガオケレナ (ID: jFu2moab)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「暑いな……」

もうそう思うようになってしまったのかと、高野は改めて時間の進む速さを実感してしまう。

翌日の22日。
遅刻せずに朝からの講義を受けながら高野は夏の始まりを肌で感じていた。
11時前から開始されたこの講義が終われば昼休みである。
この後高野は香流と豊川と合流して時間内にドームシティに行くか後で改めて行くかまずは決めるところから始まる。

連絡で済ませなかったのはまず豊川から返事がなかったことと、高野が講義開始ギリギリに家を出た事などから後手に回ったのである。
ちなみに豊川からは講義中に『ごめん寝てた』と連絡が来たのでとりあえず昼休みに部室に来るよう伝えておいた。

講義内容は中東世界におけるツーリズムについてだった。
高野にとっても何の関わりのない地域を扱ったもののため、理解が難しい点もあるものの、講師の説明が分かりやすく、自然とノートに字が走ってゆく。

眠気を感じずに講義を終え、恐らく既に集まっているであろう香流と豊川に会いに部室へと向かう。

つい半年前まで此処が、構内までもが一時戦場になっていたとは思えない。

ふと蘇った過去を思い出しながら高野は歩く。
大学側も隠していたいのか、この場で起きた戦闘の一切は公表されていないばかりか、彼自身も何のお咎めもなかった。
一部を除いて彼がジェノサイドであった事を知る人は居ないからだ。

暖かいを通り越して若干暑い陽の光を浴びつつ部室のある建物へと向かう。
入口を入ってすぐがそれだった。
案の定2人と高畠を含む3年が何人か居た。

「よう、おはよう」

「レンやっと来たな!んで、どうかしたのか?」

豊川が3DSを閉じながら聞いてきた。
2人にはまだドームシティに行くとしか伝えていない。

「お前らすぐに向かうぞ。ドームシティでやる事があるんだ」

「メガイカリを取りに行く以外にもか?」

「あぁ、そうだ」

部室の扉を開けっ放しにしながら高野は移動を促す。
相変わらず豊川は面倒臭そうだからか、動作が非常にゆっくりだった。香流は真反対である。

「あんたたち大会出るんだよね?」

ポケモンユーザーでない高畠の声だ。
彼女はポケモンとは縁もゆかりも無いため、恐らく観戦に来る程度の認識なのだろう。
もしかしたら高畠からしたら「たかがポケモンで……」とも思っているのかもしれない。
それを含む声色のようだった。

「あぁ。もう明後日だ。時間の流れって本当に早ぇよ」

「それで、これから何をしに?」

「豊川はさておき、お前のやる事は1つ。照合だ」

「なんだそれ」

ーーー

3人はそれぞれのポケモンに乗りながら最短ルートでドームシティへと向かう。
高野が3人いっぺんに乗れるほどの大きなポケモンを持っていなかったためである。
妨害電波を受けないために入口手前で降りる事を頭に入れながら。

「つまり、俺達の持つ番号を照らし合わせて早めにエントリーするって事でいいのか?」

「まぁその通りだな。お前らも出来ることならば早めに1回1回のバトル進めたいだろ」

10分するかしないかの時間で"桜ヶ丘いろは坂"の標識が目に映る。
ポケモンから降りた後はひたすら徒歩であった。

きつめの坂を登り、その先のエレベーターに乗って暫く待つといつか見た現代的な聖塔と開けた大地が見えてくる。

「いつ見てもすげぇなこれ」

「いいから行くぞ。2人共本来は昼休みの後に講義あるんだろ?」

「いや、こっちは無いよ」

「俺はあるけどサボるわ。面倒くせぇ」

対象的な2人の反応を見て高野は暫く悩んだ。
これなら急いで来なくてもよかったのでは?と。

「先にどっち行く?」

「荷物増やしたくなければドームでいいだろ。とにかく照合を先に済ませよう」

大貫の工房へ続く分かれ道の前で立ち止まった2人に対し高野は直線に進むよう提案すると何の意見も交わさずに無言で歩いてゆく。
香流も豊川もそうだが、このサークルのメンバーたちは自分からリーダーを名乗るような、自分以外の人たちを纏めて行動に移す人が少ないように感じてしまう。
彼らの口癖が「どっちでもいい」がその表れでもあった。

と、考えながら高野は前に進むとやはりと言うか、昨日も見た女がそこにはいた。

「やっほー」

「お前いつもいるよな?」

そのまま素通りしようとした所を左腕を掴まれて動きを止められる。
つられて豊川と香流も足を止めた。

「何だよ……」

「今日は照合しに来たのよね?やり方分からないでしょう?教えてあげるわ」

「いらねぇよ……って待て待て!こっちの言葉無視して歩き出すな腕離せっての!!」

半ば無理矢理に連れていかれる形で高野はドームへと入ってゆく。
香流と豊川は以前似たようなパターンを見たぞとでも言いたげな顔をしながらそれに続いていく。


人はそれなりに集まっていた。
運営側もそれを見越していたのか、人員を大量に動員して対応に当たっていた。

「そこのiの下の受付でいいのか?」

「えぇ。とりあえず待っていればすぐに番は回ってくるわ。照合にはほとんど時間は掛からないし」

「お前はもう済ませたのか?」

「えぇ。この通り」

メイはポケットから"412"と振られた紙の入ったプレートを見せてきた。
412番目の登録者と言うことだろうか。

彼女の言葉通り5分程度で順番が回ってきた。
香流と豊川もそれぞれ隣に立ち、目の前の係員にメールに届いた仮番号を見せている。

だが、1つ気になったのは、いつまで経っても高野に対し番号が振られたプレートが渡されない事だった。
目の前の係員は見せられた仮番号とパソコンの画面を交互に見ながら首を傾げている。

番号が3人で共通なのだろう。
その為、香流と豊川にもプレートは中々配られなかった。

「少々お待ちくださいね」

高野は目の前の係員に言われると仮番号が表示されたスマホを持ちながら、上司らしき男性を呼ぶと2人で画面とにらめっこを始めた。
少しすると、男性職員が指を差した。
その先はスタッフ専用と書かれた扉である。
受付の女性と男性職員が何やら一言二言話をした後そちらへ消えていく。

本来なら終わるはずの5分が経った頃、受付の女性がプレートを持ちながら「大変お待たせいたしました」と言いながら"それ"を渡してきた。

「では、こちらで以上です。お待たせして大変申し訳ございませんでした」

と最後に言いながら。

少し時間経ったよなと思いながら同じく照合を済ませてロビーで待機していた香流と豊川、そしてメイと合流する高野。

「なんかお前だけ遅くなかったか?」

などと豊川に言われながら頷き、高野は番号を皆に見せる。

そこでやっと違和感に気が付いた。

高野の持つ番号は"412"。
対して、香流と豊川は"438"。

全く違う番号であったのだ。

「あれ?」

「レン……お前おかしくね?」

そもそもな話。
この大会は団体戦であり、3人で申し込んだ時から仮番号は共通していた。
チームの振り分けなので本来であれば1つの団体で同じ番号であるはずである。
高野も受付でそう聞かされた。

しかし、実際に持った番号は高野だけ違っていた。

そもそもこの番号は……

「この番号……お前と同じじゃねぇかよ!」

高野は、小さく微笑んでいるメイに振り向き、睨んだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.329 )
日時: 2019/02/20 16:46
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「そーいえばそうねぇー。奇遇ねー」

「シラ切ってんじゃねぇよテメェ何か仕組んでんだろどういう事だ説明しろ!!」

鋭い眼光を向けながら高野は今にもメイの胸倉を掴もうと腕を伸ばす。
しかし、騒ぎを起こしたくはないと内心思っている香流が彼の腕を押さえることで止めた。

「説明も何も……私は本当に知らないわよ……でもあなたの言った通り仕組まれているのは事実ね」

「だァからそれを言えって言ってんだよ!元々お前は怪しい人間だったし……何かあっても適当にはぐらかして説明逃れしやがってよォ……テメェが知ってる事全部吐け!そしてこれを、この大会の裏を全部喋れ!!」

周りの状況を一切考えていないようだった。
広いロビーに高野の怒号が響く。
近くの人間が何人かこちらを眺めたが所詮はそれに留まるだけだ。
それでも黙るメイなので、彼女に向かってこれでもない程の敵意に満ちた怒りの表情を見せながら思い切り舌打ちをして、直接受付に文句を言おうと踵を返した時だ。

「みっともねェな。ギャーギャー騒いでんじゃねぇよ……」

騒ぎの一部始終を見ていた男が自らのプレートを持ちながらこちらに向かって歩いてきた。

季節柄着れば暑いであろう緑のジャケットを腰あたりに巻き、古い街並みが描かれたデザインの、簡素なシャツを着た男が。

「……?お前は?」

「まさか忘れたとか言うんじゃねぇだろうな?わざわざ時間稼ぎの為だけにお前に協力してやったこの俺をなぁ?」

忘れる訳がなかった。
事ある毎に姿を現した、嘗ての敵を。
素直になれずにいつまで経っても仲間になろうとしなかったその男を。

そして、彼が忘れるはずがなかった。
自分たちの友を救う為に乗り込んだアジトで戦った、嘗ての敵を。
香流という男が彼を忘れるはずがなかった。

「お前は……」

「なんだ、お前も居たのか。と、言うことは無事平穏とやらを取り戻せたってか?いいねぇ、一般人とやらは」

フェアリーテイルのルーク。
時には敵として戦い、時には共闘した仲間がそこに居た。
奇しくも、"412"の番号を携えながら。

ーーー

「待って。わけがわからない」

メイとルークを連れて高野とその仲間たちは近くにあった飲食店で昼食を摂っていた。
何故こんな運びになったのか自分でも理解が追いついていないようだ。

「これで分かったろ。オマエは深部から抜け出そうが何だろうがマークされている。どんなに叫ぼうが抗議しようが無駄だ」

ルークは紅茶を飲みながらそんな事を言っている。
その姿からは以前命のやり取りをしていたとはとても想像が付かないほど柔らかくなっていた。

「だからってこの仕打ちはねぇだろ……俺はこいつらと出たかったのに……」

「逆に考えるべきよ。あなたと一緒だったら2人の命も狙われていたかも。特にあなた」

と、言いながらメイはケーキを食べながらフォークで香流を指す。

「あなたはちょっとした危険人物よ。何故だか分かる?」

「はいはい。どーせあれだろ。イケメンだから」

「やかましいわ」

若干アウェーな豊川がそれでも笑いながらボケた高野に突っ込む。
当の香流は目を泳がせ始めた。

「ブッサイクな議会の連中がカッコいい香流に嫉妬してるだけだろ、はいはいつまらんつまらん」

「あなたを、ジェノサイドを倒した功績があるからよ」

メイはあまり面白くなかったのか、表情を一切変えずに高野のおふざけを無視して結論だけを述べる。
それでも、議会が一般人すべてを網羅している訳では無いと付け加えながら。

「大体、奴らの一般見解ではアルマゲドンと議会から逃げてた俺は名も知らない格下のランクの奴に不意打ちされたって話じゃなかったのかよ?」

「それでも知っている人は知っているわ。塩谷なんかは直で見ているし。ほとんど無いだろうけど、過激な思想を持った議員なんかはジェノサイドの代わりだと言って狙ってくるかもしれないわ」

「しつけぇな……奴らも」

自分のこれまでの行動で友が狙われている。
過去の自分に後悔しているのはこれで何度目だろうと思いながら高野はコーヒーを飲んだ。

「でも、ほら……レンと戦うって決めたのはこっちなんだし、結局はこっちの責任じゃん?」

最もらしい事を香流が言うも、高野は苦い顔をしながら「そういう事じゃ無いんだがな」と小さく返事する。

ところで、大会における団体は3人で1組である。
このままでは香流と豊川のチームは1人抜けた事になってしまうので2人は参加出来なくなる。

そんな懸念を豊川がメイに対して言ってみた。

「1人分空けておくよう掛け合ってみるわ。その間にあなたたちは友達の1人でも連れてくればいいわ」

「少しは巻き込んでんだから協力してやったらどうなんだ?」

高野は彼女の軽い発言に反発する。

「だから言ったじゃない。掛け合うって。明日までに連れて来てくれれば問題ないわ」

「そうじゃねぇ。アテがねぇから言ってんだろうが」

「あなた友達いないの?」

心に深く突き刺さる思いを覚えた気がした。
それは、高野だけでなく、豊川や香流も同様であった。

「やめろ……」

「それを言うな……」

案の定2人はわざとらしく頭を抱えながらそんな事を言っている。

高野はフォローするつもりで、

「そんなことはない。ただ、ポケモンをやっている奴が周りに居ないだけだ。居たとしても戦力にならない」

「友達が少ねぇ証拠じゃねぇか」

そんな事を言ってみるも、またしてもルークから鋭い刃物が突き刺さる。

「んーーー、それはどうにかするしか無いわね。こちらから用意してもいいけど、深部の人間と一緒なんて嫌じゃない?」

「それか大会に自体を諦めるかだな」

微かに覗いてしまった議会と深部の闇。
高野は巻き込まれたくない一心で2人にそう言うも、

「でも今更なぁ……」

「勿体ねぇよなぁ……」

嫌な顔をしつつも2人はそれでも抜けたいとは思ってはいないようだった。
むしろ2人は高野に同様の思いを抱く。

「俺か?俺は参加するよ。仕方ねぇし。それに久々に敵って奴を見つけた。……この大会に参加するフリして俺にとっての"敵"って奴を捩じ伏せてやる」

深部最強の名残を見せつつコーヒーを飲み干した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.330 )
日時: 2019/02/20 17:13
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


もう一つの用事である、豊川の"メガイカリ"の受け取りに大貫の工房にやってきた高野と仲間たち。
豊川は受け取る際、「こんなにもふざけた注文はお前が初めてだ」と、正式に変態さん認定を受けながらそれを首に掛けた。

見た目に反して重くはなさそうだった。
ネックレスが多少大きくなった程度のようだ。

「満足か?豊川」

代わりに代金を払った高野が面白おかしい物を見ながら尋ねる。
当の豊川は割と喜んでいるようであった。
常にニヤニヤしているからである。

「そうだよ……こういうのだよこういうの!普通じゃつまんねぇって!」

「性癖はどうであれ喜んでくれるなら俺ァ満足だ」

「今回もありがとうね、お爺ちゃん」

メイは最後にそう言って扉を閉めた。


今度こそ個人レベルでの準備を終えた彼らは大学に戻るため、大貫の工房を後にする。
エレベーター方面を歩きながら高野は、何故かついて行こうとするメイにこう言った。

「お前確かこんな事言ってたよな?俺の安全を保障する的な事。それ撤回していいから代わりにコイツら守れ」

言いながら豊川と香流を示す。

メイは「別にいいけれど……」などと言うのみだ。

ルークは既に帰ったのか姿が無かった。
未だに稼働していない反対方向のバスターミナルを眺めながらメイは、

「それじゃあ、気をつけてね」

「なーにが気をつけろだ。既に片足が沼に嵌ってるっつーの」

「だからこそ、よ。決して油断しない事」

つまらなそうに高野はため息をつく。
とにかく面倒だった。
すべて終わったと思ったら最後の最後で仕事が増えてしまった事に。

一波乱起きる予想はしていたが、既にその片鱗を見てしまったのが彼にとっては精神的にくるものがあった。

ーーー

「どうする?誰がいる?」

1番気にする事はやはりもう1人の仲間についてだった。
明日までに用意しなければ香流と豊川は参加出来ない。焦るのも無理はなかった。

「吉川はピカチュウが強いだけだし、石井なんかはストーリーすらも終わってねぇから話にならねぇな。最悪佐野先輩あたりを呼ぶしかないかぁ?」

「それは無茶だろ。もう働いているんだろ?」

豊川の言う通り、彼等の先輩は大学卒業後それぞれ就職し、既に働いている。
大会には顔を出すかもしれないが、参加者として呼ぶのは少し無謀にも見えたのだ。

「とりあえず……学部の仲間や、過去作だけならやっている岡田を頼るしかねぇ。かな……」

「じゃあ同様に吉川と石井にも協力してもらおうよ!周りにポケモンやっている人が居るかどうか探してもらおう」

香流はそう言って提案する。

幸いにも明日はサークル活動がある日である。
間に合えばサークル中に顔合わせが出来るかもしれない。

これからやる事が見えてきた。
吉川と石井、そして岡田に声を掛けて仲間を探してもらう事。

3人に共通していた事は、それぞれの講義は二の次だったことだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.331 )
日時: 2019/02/21 09:11
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


時空の狭間

「誕生日おめでとう!」

友達から祝福された16の誕生日。
彼の目の前には、中学時代唯一の友達と、例の天使と、天使の友達の3人がいた。

後悔と悲しみと、少しの期待を持って迎えた高校の入学。
それまでの友達との日常を犠牲にして手に入れたものは決して良いものではなかったというのが彼の感想だった。

まず、抱いたものは"恐れ"。
周りの人間は知らない人のみ。
会話は一切成されていない異常な空間。

入学初日に見た光景がそれだった。

他人があまり好きでない彼は恐ろしさのあまり逃げ出したくなった。
今この場で窓から飛び降りたくもなった。

恐れと不安を抱きながら過ごした新たな環境ではあったが、それでも手放さないものがあった。

それまでの友人との交流である。

2010年の秋から冬にかけた境にあたる時期。
彼の誕生を祝う声があがった。

彼の友人は相変わらず面白おかしい性格で、天使の友人も明るく朗らかで、そして天使は相変わらず美しく輝いていた。
彼らは何ひとつ変わっていなかった。

自分がひどく臆病になった位だ。

『どう?高校生活半年過ぎたけど』

『勉強が難しくて忙しいかなぁ~』

『よっしーは?』

天使が中学の頃から呼んだあだ名で自分を呼ぶ声がした。

何を言えばいいのか戸惑いながら、

『い、忙しい……かな』

それだけしか言えなかった。

春に「決して裏切らずに大事にする」と約束した間柄であったにも関わらず、彼はこの時親友たちに隠し事を、嘘をついていた事を心の中では分かっていたものの、口に出そうとはしなかった。

自分は既に"深部"と呼ばれる環境に身を置いてしまっている事を。
自分が既に何度も命を狙われ、時には死にかけた事もあったことを。

ひたすら黙り続ける。
天使の泣く姿など見たくないからだ。

だが、この時彼も知らなかった。

天使の身に、彼女の環境に異変が起きていた事も。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.332 )
日時: 2019/02/21 10:25
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


Ep.4 夏のはじまり


「はじめまして。山背やましろ 恒平こうへいです」

火曜のサークル活動時間。
自身の学年を3年生として突如現れたその男は「新しい友達が欲しいから」という理由で今日やって来たとの事だった。

それは嘘ではない。
だが、本音は別に存在していた。

「僕は、吉川と石井と同じゼミ出身なんですけどー……」

この大学では3年生になると"ゼミ"と称したクラス単位の活動がある。
当然講義内容はゼミによってどれも違うのだが、山背と名乗った男はそのゼミで一緒だった石井と吉川と交流が少なからずあった。

そして、3人の共通点も。

「なんか、ここはポケモンのサークルって聞いたんですけれど……」

「違う!違うよ!!誰デマ教えたの!お前か、吉川!!」

今年からサークルの部長となった高畠が叫ぶ。
そして、あらぬ疑惑を吉川にぶつける。

高野らの目的は今度こそ達成された。
石井と吉川に事の顛末を説明すると、「ガチ勢が1人居る」とのこと。
それが山背恒平だった。

とても優しい顔つきと吉川に負けず劣らずのふくよかな体格をした彼は穏やかな性格が相まってサークルにはすぐに溶け込む事が出来た。

「これで決まりだな。香流と豊川は山背君と組んで明日から大会に参加する事。改めて照合は済ませてるか?」

「いや、まだだ。これからでも大丈夫だよな?」

豊川に言われて時計を見る高野。
ドームシティが何時までやっているかは分からないが飲食店と宿泊施設があるくらいだ。ある程度遅くまではやっている事だろうというのが彼の予想だった。

ちなみに今は18時を少し過ぎた程度である。
空はまだ明るい。

「まさかあなたに出会えるとは思ってもいませんでした……」

山背が少し緊張しながら高野の元へ近寄ってくる。
高野は何のことを言っているのかさっぱり分からなかった。初対面だからである。

「ジェノサイドだったんですってね?」

「……えっ、何で知ってんの?」

幾らガチ勢と言っても一般人に含まれる人間である。
深部の存在を知っている一般人などごく限られているはずなのだが、

「石井と吉川から……」

「お前らの仕業かよ……」

高野は手で顔を覆った。
自分の知らない所でペラペラとバラされていてはたまったものではない。

「でも、深部みたいなのがあるって言うのは前から知ってました!」

「それは何でだ?議会の連中はカモフラージュで徹底的に隠しているはずだが?」

「まず、僕は日本文化学科です。地理や歴史が得意なのですが……」

そこで高野はハッとした。
関連ワードが次々と浮かんできたからだ。

「神奈川の大山で起きた異変とか……」

「やっぱりな」

ここで高野は山背という男がどんな人間かを理解した。
物知りでカンが鋭く、そして意識が高い人間だと言うことを。

でなければその後に「深部を上手く利用してビジネスなんて出来ないかな?」などと言っているからだ。

上手く輪に溶け込めて高畠や後輩と共にトランプに興じている山背の背を見ながら、こっそりと高野は吉川に近付いた。

「アイツ大丈夫だよな?実は深部の人間だったなんてオチじゃねぇよな?」

「それは大丈夫だろ。さっきゲームをチラッと見せてもらったけど確かにウデの立ちそうなパーティだったから最初はそう思った……。でもあいつが知っているのは大山で起きた"異変"ってだけと、ポケモンを使う反社会的勢力があるっていう都市伝説から連想した結果、"たしかに深部らしいものがある"っていう結論を見出したってだけだ」

「……つまり、どういう事?」

「大山でどんな戦いがあったかってまでは知らない事と、深部として括られている組織があるはずだって気付いたってだけ」

「初めからそう言えよ分かりにくい……」

サークルが始まる前にコンビニで買ってきたチョコを1口食べると高野は、

「じゃあ、あいつは正真正銘の"表側の人間"って事でいいんだな?」

「あぁ。それは確実だ。信じてくれ」

信じて欲しいという言葉ほど信用出来ない言葉は無いと裏では思っている高野だが無駄に疑ってもしょうがない事である。
トランプがキリよく終わったところで高野は山背と香流を呼んだ。

「んじゃあ、あまり遅くなってもいい事ねぇからな。今からドームシティに行くか?」

「えぇー?もう行くのー?」

残念そうに呟くのは高畠である。
折角来た新人が早々に途中退室するのが面白い光景には見えないようだった。

「しょうがないだろ。大会はもう明日なんだぜ?今行かないと間に合わねぇよ」

ーーー

この時も空の移動だった。
オンバーンに乗った高野と、トロピウスに乗った山背、ぺリッパーの口の中にすっぽりとハマっている豊川、そしてネイティオに乗る香流。

豊川と香流の2人は何故かついてきているようだった。
訳を聞くとそれぞれ「暇だから」、「特訓したいから」との事だ。

ドームシティに降り立ち、今度も真っ直ぐバトルドームへと向かう。
流石に今度はメイは居なかった。

「そうだ、山背君。ゲームでメガシンカって使っているかな?」

「僕?使ってはいるけれど……この世界では何故か使えないっぽいよね?」

「だと言うと思った」

そう言って高野は自分の鞄からそれまで使っていた白い杖のメガワンドと、ジェノサイドの基地から逃げる際偶然見つけた、余っていたであろうキーストーンを取り出すと無言で彼に手渡した。

「えっ!?これは……?ってか貰っていいの!?」

「構わないよ。皆が勝ち残る為には必要なモノだろ」

「でもレン、今初めて山背君がキーストーンを受け取ったって事はさ、メガストーンは1個も持っていないんじゃないかな?」

「流石香流だな。俺も今気付いたところだ。そこまでは用意できねぇ」

「メガストーン??どういう事?」

事情を知らないであろう山背に、香流が説明を始める。
ドームまでの道のりには丁度いい暇つぶしだった。

「つまり、こっちでメガシンカするには1つひとつのメガストーンを探す必要があって、しかもその時見つかるメガストーンはランダムって事?」

「そう。結構根気要る作業だよー」

最も、1番面倒な"大山に赴いて高い金払ってキーストーンを手に入れる"、"デバイスを用意する"という作業が省かれたので彼等ほど苦ではないのだが。

4人はドームの自動扉をくぐる。
やはりと言うかメイは居ない。居たら逆に恐怖である。

話が通じていたのか、あっさりと山背は"438"の番号を取得出来ていた。

「これでやーーっと終わったな。お疲れ、みんな」

「ホント面倒だったぞ今まで!特訓あまり出来なかったんじゃないか?」

「じゃあ豊川、今からこっちとバトルする?」

等の会話を繰り広げながら4人はドームを後にする。

明日は開会式。
遂にこの日が来たのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.333 )
日時: 2019/02/21 14:59
名前: ガオケレナ (ID: 9hHg7HA5)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


祭りを告げる号砲の花火が空に爆音を轟かせる。

高野はすでに眠りから覚めていたのか、それともこれによって起きたのか、やけにはっきりと目を開けていた。

(祭り……?夏祭りかな……)

若干寝ぼけたまま体を起こす。

何か変わったことでもあったのかと部屋を見回すも、白い壁と一通り揃えた家具以外におかしな物は無い。

ふと、枕元に置いていたスマホを手に取る。
号砲は相変わらず鳴りっぱなしだった。

「6月24日……今日は水曜かぁ……」

暫くボーッとする高野。
何か大切な事を忘れているような気がするが思い出せない。

「8時か……少し早いけど大学行こうかな……」

時計を見ながら立ち上がり、適当な私服を取り出そうとクローゼットを開く。
まず、目に映ったのはメイと一緒に居た時に買った白のワイシャツ。そして黒のスラックス。

またも固まり、今自分は何を忘れているのかを思い出そうとする。

「24日……?……今日大会じゃねぇか!!」

突如大量の情報が脳内に流れ込んでくる。
一瞬で寝ぼけから目覚めた。

急いで目の前のシンプルな服装に着替え、特別な眼鏡を掛けて昨日までの自分とは真逆な印象を与える格好になると、開会式が何時から始まるのかの確認をしようと資料を漁り始める。

部屋の何処かに放り投げた広告から、過去のメール。
とにかくあらゆる情報源を洗い出そうと部屋中をバタバタと駆け抜ける。

「あ、あった……」

つい一昨日のメールに日時が書いてあった。
開会式は10時と書かれている。

「なんだよ……焦って損したじゃねぇか」

ホッとしながら布団を眺めるも、今更改めて寝る事など出来ない。
冷蔵庫を開けて簡単な朝食を食べるとまずは大学に向かうことに決めた。

大会期間中も講義はあるが、時間の都合上受けられるものは受けて、不可能ならば特別に補講を行うとのことらしい。
今日は特別受けられない講義というものは無いみたいなので安心して過ごせられる。

香流や豊川ももしかしたら講義を受けてから開会式に臨むかもしれない。
そんな思いから高野はドームシティではなく大学に向かう事を決めたのだ。

8時45分頃に家を出た高野は癖でモンスターボールを取り出そうとするが、今日は時間の余裕もあった。
久しぶりに徒歩で向かうことにした。

花火の空砲が一旦なり止む。

曇り空の真っ白い空に変化は見られなかった。
せめて晴天だったら……と思った高野だがこの時期に晴れは期待出来なかった。

9時から始まるこの日最初の講義が始まる時間丁度に高野は到着した。
やはり今日が開会式というのもあってか、本来ならば少ないはずの人影が若干多く見える。
そこに知り合いは居ないが。

「来たはいいが……やる事ないよなぁ。とりあえず香流と山背君が何してるか連絡してみるか」

豊川に連絡しない理由は1つ。
この時間に何かをしている訳がないからだ。
大学から歩いて20分程で着く寮で寝ているに決まっているからだ。

2人に連絡を飛ばした直後、聞き慣れた声が自分を呼んでいる事に気が付いた。

「あれー?レンじゃん珍しいな」

「岡田か、おはよう」

岡田翔。
サークルのメンバーにして高野と同じ学部の友人である。
彼がこの時間にいる事が珍しく見えた高野は何故ここに居るのか尋ねてみる。

「全く同じことを俺も思ってたよ。レンがここに居るのが珍しすぎる。……俺?俺は大会の観戦の為に早めに来ただけだよ。その間まで此処で時間潰したり課題やったり、休講の確認に来たり色々さ」

「課題なんてあるのか?開会式までに間に合うのか?」

「俺は参加する訳じゃないから開会式に間に合わせようとは思っていないさ。課題と言っても大したものじゃないからすぐ終わるし」

一応彼にも目的はあったようである。
そうなると何の目的も無しに此処に来た高野の意味が無くなってしまう。

「……じゃあ俺はこっから歩いてドームシティ向かうかな。歩けば30分程度。暇潰しには丁度いいし」

「じゃあ一緒に行かね?俺すぐ終わらせてくるからさぁー」

と、言うと岡田は図書館のある方向へと走って行った。
図書館にあるPCでも使うのだろう。
高野も自然とそちらへと歩みが進んでいった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.334 )
日時: 2019/02/27 18:00
名前: ガオケレナ (ID: pVjF2fst)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


岡田が図書館のPCで課題を始め、高野が隣で眺めること20数分。

岡田は宣言通りすぐにそれを終えた。

「ごめんなー待たせて」

「いや、課題を終わらせるって時間じゃねぇぞ……いくら何でも早過ぎないか?」

「課題が簡単すぎるからね。前回の授業の感想を絡めた例題を提出するだけだし」

「?意味が分からん」

「要は、自分で授業受けて疑問に思ったことを問題として提起し、自分で回答例を作るって感じ」

「メンドくせー……」

自分はこんな授業に受けなくてよかったと心底思った高野は、今度は格好について突っ込まれたのでそれに応える。

「あ?この格好か?大会期間中はこの姿で居るようにとお達しがあってな」

「凄く爽やかに見えるよな?いつもより雰囲気が全然違うというか……、サラリーマンかな?」

「……悪かったな普段テキトーな服装で……」

お互いボケとツッコミを繰り返しながら歩みを進める。
丁度今正門を潜ったところだ。
ここから聖蹟桜ヶ丘の方向にひたすら歩いていけば自然と会場には着く。

「でもさ、大会期間中だけってのが気になるんだよなー俺は」

「何でも、俺の顔を見ただけでジェノサイドだったって分かる奴が居るんだとさ。……ぶっちゃけスーツ着て眼鏡掛けるだけだと意味はないけどな。でも、こうすることで、人づてに聞いたって奴の目を掻い潜る事ができる。これだけで敵の6割7割は減るんじゃないか?」

「……えげつねぇんだな」

「やっぱり"元"とはいえジェノサイドだったってのがかなり強いみたいだからなぁ。物好きな戦闘狂なんかはいつ俺を狙って来てもおかしくねぇよ」

「てかさ、前々から気になってたんだけどさ……」

2人は車道沿いに出る。
大通り故に交通量も多く、時折岡田の声が掻き消されてしまい、聞き取れない。

耳を近付けて「なんだって!?」
と、高野が叫ぶ事で岡田も声のトーンを上げて会話を続ける事には成功した。
ちなみに、その続きは「なんでレンは深部なんかに入ったの?」と、いうある程度は予測出来た事柄だった。

高野はどこまで話そうか、どこまで脚色を加えようか空を眺めながら少し考えて、

「成り行きみてーなもんだ」

とだけのつまらない返答をする。

「どんな成り行きだよっ!」

と、岡田が笑いながら問いかける。

高野も内心(それはそうだろうな……)などと思いながらも、これまでの自分の記憶を思い返しながら簡単な話だけを始めた。

"歓喜の誕生"

そう呼ばれ祝われた日があった。
2010年9月20日。
ポケモンのデータが実体化した日である。

まず初めに思い浮かんだ情景は、当時高校1年だった高野はゲーム屋でひたすら遊んだ帰り道ゾロアを呼び出して遊びながら帰路に着いていた時の事だった。

「突然ポケモン持った奴に襲われてな……。俺らではそういう奴を'暗部の連中'って呼んでいた」

「暗部?」

「ポケモンを使って犯罪行為に走る人間たちさ。元々深部ってのはそういう奴らを一掃する為に作られたもの。んで、その時たまたまバルバロッサに会ってな……」

その瞬間を妙な髭面のオッサンに助けられた事、犯罪行為に走る者が存在している事、それを取り締まる側の人間達を集めている事などを聞かされ、勧誘され、いつしか高野は集団を組織するようになり……。

「ひたすら敵を倒しまくっていたね。やっぱり最初から"敵を殺す"って行為には抵抗があったから俺はどうしても出来なかったけど……」

「え、待って。じゃあレンはスカウトされたって事?」

「そういう事だな。助けた代わりに仲間になれ、的な」

高野の話は会場に着くまで続いた。

年が変わった頃にそれまで暗部集団と呼んでいた人達が居なくなったこと、代わりに自分らがそれの代わりになってしまったこと、それまで地獄だと思っていた世界が更なる地獄に、いつ死んでもおかしくない世界に自分は足を踏み入れてしまったんだと絶望したこと、血で血を争う組織間抗争に明け暮れたこと、それまで仲間だと思っていたクラスメートが翌日には敵の組織の人間だと知ったこと、泣く泣く昨日までの友達と戦ったこと、身勝手な大人達の陰謀に巻き込まれたこと、いつしか「敵も味方も含めたすべての人間が幸せに、平和に生きていけるように、それらの要因をすべて殲滅する……そんな意味合いで名付けた"ジェノサイド"」を組織名にし、自らも名乗ったこと、決して人を殺さないと誓った程のトラウマを浴びてしまった事など……。

それらすべての話を詳細には語らなかった。
あくまでも、例えるなら概要程度に。

自分でも何故こんなにもスラスラと自らの記憶を語ることが出来たのだろうと不思議でならなかった。

それを聞いていた岡田は怖がる様子もなく、かと言って同情を含めた哀れみの目を見せることもなかった。
それこそ、"不思議な話"を聞いている感覚のような、一見無表情にしか見えないが感情は表している顔で終始ただただ聞いていた。

そして、

「色々苦労してたんだね」

と、他人事でしかない感想を述べる。

「ま、まぁな……」

それだけかよ……と内心思った高野だったが、これまでの生きた印を途切れることなく喋り続ける人間というのも思い返すだけで気持ち悪いと思えてしまう。

ここはお互い様、と心の中で呟くと、2人は坂を登り切ることで見えてきた"開けた土地"へ辿り着くと、休むこと無く足を向けていった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.335 )
日時: 2019/02/28 11:43
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ドームシティの混雑具合はこれまで来ていたプレオープン時とは比べ物にならない程であった。

辛うじて歩けるスペースがあるものの、周りに見えるものは数多の飲食店やその他の店などではなく、人の頭である。

「岡田……普通にエグくねぇか?これ」

「ヤバいな……多分ドームの中は歩けないと思うよ?」

現在時刻は9時50分になろうとしていた。
もう少し早く歩くべきだったか?と一瞬思った高野だったが、ここまで混雑していれば時間通りに開会式が始まるとは思えない。
むしろこのままゆっくり歩いていても10時丁度にはドームに入れそうである。

高野は岡田と二人で目視で確認しながらそんな風に言い合う。

ある種の行進を続けていた高野と岡田だったが、1つのコンビニを越えた辺りだっただろうか。

高野は、自分の名が呼ばれた気がした。

しかし、どこを見ても見知った顔は隣を歩く岡田以外に見当たらない。
後ろを見ても黒い頭が見えるのみ。
東の方角にも、西にも、それは同様だった。

気のせいかと思い探すのをやめた高野は変わらないペースで静かに建っているドームへ視線を戻した時。

突然、左腕を掴まれた。

「えっ?」

「やーっと見つけた!あなたを探すのにどれ程苦労したと思っているの!?」

デッドラインの追っかけことメイだ。

やはり先程のは気のせいではなかった。
彼女の背が周囲に埋もれていたせいでその存在に気が付かなかっただけだった。

「もうルークも待っているわ。特に確認の作業は無いけれど急ぐわよ」

「ちょ、待てって!別に開会式があと10分だとしても参加選手は決まった場所に居なきゃいけないとか、そう言うのは無いだろ?」

「無いけれど、コレが終わればすぐに予選は始まるわ。簡単な準備位は済ませておきなさい!ほら、行くわよ。もうあなたの友達とやらも来ているわ」

「香流と豊川も居るのかよ!……あの野郎、俺への連絡より先にこっちに来ていたとは……」

忌々しくスマホを開くとメッセージが何件か届いていた。

30分ほど前に香流と山背から似たような中身のメッセージが届いていたようだったが、その時彼は自分の昔話に夢中になっていた頃である。気付くはずもなかった。

「……まぁ、いいや。ってかそうだ、岡田!」

高野はメイに引っ張られて遠ざかっていく岡田に対して叫ぶ。

「今誰か居るか分からないけれど石井とか高畠あたりに連絡してみてくれ!もしかしたら此処に居るかもしれないから合流してもいいかもな。悪いけど俺は此処で!!」

「あぁ、頑張れよ」

岡田はと言うと人を見送るようなにこやかな顔で彼の姿が人混みに埋もれるまで手を振り続けている。

「なぁ、メイ」

「なぁに?」

二人は人混みを掻き分け、時には突っ込みながらも先を急ぐ。
何故かメイは常に高野の腕を掴みながら先を進んでいるのだが。

「流石に開会式が終わっていつ頃に俺らの試合があるのかってまでは分からないよな?」

「分からないわね。私はすこーし裏事情に詳しいってだけで、運営については何も。でも、何戦か前には私らの番号でアナウンスが流れるからそれを聞いていれば問題ないわ。3戦前かららしいから余裕もあるだろうし」

「それならいいけどよ」

外もそうだったが、ドーム内も相変わらずの混雑具合であった。
その混み具合はラッシュ時の都内に位置する駅をも思わせる。

視界にまず初めに映った長椅子に彼は居た。

「……やっと来たか」

「友達とお喋りしながらゆーっくり歩いていたわ。別に悪い事ではないのだけれど」

「悪い、待たせたみたいだな。ルーク」

軽く睨まれた気がした高野はまずそのように言って反応を伺う。だが、ルークは鼻で笑うだけで特別反応は無かった。

「それじゃあ私たちはどうする?開会式と言っても何も参加者は此処に居ようが観客席で眺めてようがコートに出て直接話を聞こうが何も問題はないけれど」

「何処でもいいだろう。見てみろ周りを。好きには動けねぇだろ。見る感じコートに出てるのも観客席を陣取ってるのも早い者勝ちみたいだしな。俺は此処のモニターでお偉いさんの開会宣言を見るだけでいい」

ルークの冷静な分析に納得したのかメイは彼の隣に座り出した。
だが、何故かメイの隣が空いていない。
高野の座れるスペースが無かったのだった。

「……と、ところでこの後に出てくる開会宣言するお偉いさんってのは誰なんだ?」

自分だけ立ちっぱな事に不満げな高野は二人に向かってそんな質問を投げる。
答えたのは当然メイだった。

「幾ら大きな行事とは言っても上院の議長とか、議会最大のトップなんて人は出て来ないわ。私は塩谷が来るものかと思っていたけど違うみたい。上院の議員の誰かみたいよ」

「それはあれか?狙われるから、とか?」

「そんな所ね」

高野が時間通りに到着して20分。

開会予定の20分遅れた辺りに、観客席に囲まれたバトルフィールドという名のコートの真ん中に、そのコートに続くドームの建物内で待機している高野たちが見続けているモニターの中に、黒いスーツを来た見た目だけは若々しい男性が1人その姿を現した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.336 )
日時: 2019/02/28 15:15
名前: ガオケレナ (ID: i0ebQTFn)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『えー……。本日は天気予報通りの真っ白な曇り空の下……』

はじめの言葉で高野は確信した。

これは朝礼の校長先生並に長い話になると。

「つまり、これは……俺があと少なくとも30分は立ちっぱなしになってしまう、と言う事か……っ!!」

「なに訳の分からない事言ってるの?」

メイは彼の本音に気が付かなかった。
暑苦しい環境下で1時間近く立ち続けるという事は朝礼途中に倒れる生徒と同じ運命を辿る可能性が高いということに。

『ポケモンと人が共存して、もう5年の月日が経とうとしています。……中には喜んだ方も居た事でしょう。中には恐怖を覚えた方も居た事でしょう。そのような、多くの混乱と期待を持って生きてきました。そして、今。私たちは新たな時代を生きようとしています……』

新時代。

高野洋平は開会宣言を行っているはずの議員の言葉の内、この単語だけに引っ掛かった。

本当に自分は今そんな時代に、世界に生きているのかと。
日々国際的なニュースが飛び込んでくるものの、新時代を迎えるという自覚が無かった。
世界は惰性で進んでいる。そんな感覚しか覚えないからだ。

ふと目に映ったメイの隣に座る男のスマホの画面にはニュースの映像が流れている。
中身は今目の前で繰り広げられている開会宣言だ。

恐らくモニターが遠いから見えにくいのか、それともその人の目が悪いなどの理由で見えないという理由なのだろう。

モニターと違うのはテロップが流れていること。
そのテロップには議員の名前が表示されている。

片平かたひら 光曜こうようという名だった。

(知らねー名前だな……)

いつまでも盗み見しては悪いので、高野は目をモニターへと戻す。

『この行事は、今までの私たちとポケモンとが作り上げてきた素晴らしい日常を称え、そして、これからも、共に生きてゆく事を……生きてゆけるよう望む事を願い、奉るために開かれました』

もしも高野という男が深部とは何の関係もない人間だったら、今の言葉をどう受け止めていただろうか。

希望を覚えただろうか。
感動していただろうか。

しかし、彼は裏の世界を、深部を知ってしまった身である。
その言葉たちが全くのデタラメであり、嘘でしか無い事に彼は気付いてしまっている。
ゆえに嫌悪感に襲われるのみだ。

(だけど……俺も同じかもしれねぇ……)

かけがえのない日常。
それを守る為に戦ってきていた自分の姿が一瞬脳裏に浮かんだ。

片平が一礼し、背を向けてモニターからその姿を消してゆく。それはつまり、開会宣言の終わりを意味していた。

所詮自分も勝手な事を言って勝手な事ばかりする人間のうちの1人であると言う事。
それを思い出すことしか出来ない最低最悪の開会式であった。

それを嘲笑うかの如く、彼の周りでは拍手喝采が鳴り響きながら。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.337 )
日時: 2019/03/03 16:25
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「チッ……」

周囲との大きなギャップを感じた高野は軽く舌打ちをすると、観戦の為に更なる移動を始めた人混みに反して反対側の方向へ、つまりドームの外へとその場から逃げるかのように歩き出す。

「あら?どこへ行くの?」

声を掛けてきたのはメイだ。
彼の本音が見えない以上、高野の行動が不思議に見えてしまっているようである。

「あと少ししたら1戦目が始まるわ。じきにアナウンスも鳴るでしょうし。観ないの?」

「観たって何かある事なのかよ?どーせ此処から離れていてもメールかLINEでも通知来るんじゃないのか?ってかそんな風に設定出来ないの?」

「うーん……一応デフォルトの設定ではLINEからアナウンスと同じメッセージが送られるはずだから大丈夫だと思うけれど。それよりも何処へ行く気?」

「別に何処にも。少し1人にさせてくれ」

「はぁ……」

人の出入りが非常に激しい。
満員電車の如くそれに揉まれると一瞬にして高野の姿はメイとルークから消えてしまった。

ここに来る途中に岡田に昔話を語ったせいも相まって嫌な記憶が次々に蘇ってしまった。
それに加えた議会の綺麗事である。

不快指数がMAXなのは言うまでもなかった。

(とにかく喉が渇いた……適当に近くの喫茶店でコーヒーでも飲むか……)

期待に目を輝かせてドームへ歩いている人たちを後目に高野はひとまず目に付いた1番近い店に入ると、案内されるがままに一人席に座らせられ、予定通りコーヒーを頼む。

「あれ?」

店員が注文を受け去っていった後、自身のスマホで何か調べ物しようとしたとき、視界にふと見た事のある顔が見えた気がした。

「アイツ……確か……」

知的そうなイメージを持たせる眼鏡に、"とりあえず"なポニーテール。

"デッドラインの鍵"と呼ばれていたはずの少女だ。

(アイツ……まだ此処に居たのかよ。ってかアイツが此処に居る理由って何なんだろうな?)

予想以上に早く来たコーヒーを手にその少女の背中を高野は見送る。

仮にもデッドラインを冠した組織に関わる人間である。
一般人からは何者にも見えなくとも、ただでさえそれに紛れている深部の人間の、更なる一部の人間には知られている存在である。
メイだけならまだしも、より過激な連中や議会の人間に目をつけられる事必至であるはずだ。

にも、関わらず堂々と出歩くだけならまだいいにしても、開催地に居続ける理由がよく分からない。

「また話しかけようかなぁ……。でもまた殺意向けられんの嫌だしなぁ……」


結局彼は見逃すかのように何もすること無くデッドラインの鍵を外へと放してしまった。
決して恐れている訳では無い。
何を話せばいいのか分からず戸惑っていたら逃げられてしまった。それに近かった。

高野にとっての1つの話題が去った直後、思い出されたかのようにこれまで苦にしていた過去の記憶が再び舞い戻ってくる。

(クソっ……今更どうしろってんだよ……)

気が付けば驚く程に自分以外の客が極端に減っていた。
多くの人間は今頃始まったであろう予選の試合を観に行っているのだろう。
逆に言えばこの人の流れは試合の始まりを告げているかのようであった。

(いつまでも……逃げる訳にはいけねぇな)

深部の世界から離れた事で薄まってしまっていた、嘗ては自分自身に強く誓った約束を再び思い出し、胸に誓う。

(例え気に入らない人間共が居たとしても……俺のやる事に変わりはない。変わっちゃいけないんだ……)

議会の連中は確かに憎い。
相も変わらず殺意と敵意を向け続けることしか出来ない。
こんな環境を作り出した議会が確かに嫌いだ。

だが、今の自分がここに居るのは自分が起こした選択の果てにある。
そして、苦悩の最大の原因は議会ではなく自分だ。

過ちを犯した時から背負っていた十字架。
それが今になって重くのしかかっているようだった。

自分が弱ったのか、それとも重さに今気が付いたのか。

それでも、今は自分がやれる事をやるのみだ。

「ん?」

"逃げてはいけない"というワードから、大学講義専用のメールボックスから出されていた課題を取り組もうと1字か2字ほど打った直後、メイから直接電話が来た。

(そういや3人で会った時にそれぞれ電話番号交換したんだっけ?)

このタイミングでのメイからのコールだとしたらある程度予想はつく。
その上で電話に出た。

「もしもし?」

『あなた今どこにいるのよ?アナウンス流れてるわよ!』

「えっ?メッセージはまだ届いてないけど?」

『少しばかりズレているのよ。とにかく、どうせあなたのことだからあまり遠くにはいっていないだろうし、すぐに戻って来て!今やっているバトルの次の次よ』

わかった、と返事をする前に電話は切られる。
改めて画面を見ると、どうやら今メッセージが届いているようだった。

『チーム番号412番様。現在、出場される試合の2試合前です』

という『通知』が来ていた。
それを開くとLINE画面に移り、より詳しい内容が書かれている。

やれやれやっとかと長く長く待たされた感覚でこれまでやって来ていた高野は、残りのコーヒーを飲み干すと重い腰を遂に上げた。

レジで代金を支払うと迷わずドームへと突き進む。

待ちに待った戦いが今、始まろうとしていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.338 )
日時: 2019/03/10 17:09
名前: ガオケレナ (ID: dSEiYiZU)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


店から外に出ればドームはすぐ目の前だ。
少なくともこれを見越していた高野の表れであったが、ここまで自分たちの出番が早く来るとは思ってはいなかったようで、やや駆け足になってバトルドームへと向かう。

近未来なデザインの自動扉をくぐるとメイとルークはそこからは一番近い位置の長椅子に、つまり開会宣言を聴いていた時と同じ場所に居た。

「悪い、待たせたか?」

「全く同じセリフを言われた俺の身にもなってみろ……」

「と、とりあえず皆揃ったことだし控え室に向かいましょ?」

と、メイは2階に続く階段を指す。
観客席にも続いているのだろう。明らかに3人グループの参加者以上の数の人々が今にも登っている。

「これは予選だから各自2体のポケモンを使う訳だけど……皆は使うポケモンは決めているかしら?」

階段に登りながらメイが高野とルークに質問した。

「まぁ、一応は」

「同じく」

確定的でないものの、2人の反応を見てとりあえず彼女は無言の了承をする。
階段を登りきると、正面から見て右側の通路が観客席に通じる道のようだった。
多くの人が出入りできるよう、広く長い。

対して控え室に通じる廊下は特定の人しか受け付けないためかやや狭く扉もすぐ前だ。

開けた先には、これから出場するであろう選手らしき人達がそれぞれ思うことがあるのだろう。
緊張感を醸し出す表情をしている者がほとんどであった。

そして、全員が若い。
学生主体とした大会の為だろうか。
普段は中学高校の生徒と思しき人ばかりだ。
高野らと年齢が近い人はパッと見では見られなかった。

2試合前のアナウンスというシステム上そこまで多くの人はいない。
1つ前の試合を終えて居座っている者達も含めて20人前後と言ったところか。

その為席も空いている。
高野が座りだしたのを合図にメイとルークがそれぞれ彼を挟むようにして座る。

「順番はどうする?勝ち抜きではないから2回勝つ……つまり最低でも2人出ることになるわ。誰から行きたい?」

「特に拘りが無ければ俺が行こうか?」

真っ先に名乗り出たのは高野だった。

次にメイはルークの顔を伺うが無表示ゆえに意思が読めない。
今此処で出るか否かどちらでも良かったメイはしばしの無言の為自分が出ようかと思いを表に出そうと1言目を発した直後、

「じゃあその次は俺な」

ルークが突然一切の表情を変えずに、相変わらず壁のある方向を見つめながら呟いた。

「そ……そう、分かったわ。それから……」

次にメイは作戦会議のつもりだろうか、屈みながら顔を近付け、小さく続けた。

「これは予選よ。あなたたち程の実力を持った人ならば本気を出さずとも突破は出来ると思うの。そりゃ勿論、たまには強い人も出てくるだろうけど……あなたたちなら問題は無いわよね?」

「結局何が言いたいんだ?」

「ここで全力を出さないで欲しいの。出来れば持ち駒もあまり見せずに。絶対に今後手持ちを調べ尽くされて対策してくる人も出てくるはずよ」

「幾ら相手が未熟な学生達と言っても使うポケモンの制限は厳しくねぇか?6体の内1,2体だけで予選突破しろと?」

「そこまでじゃないわよ……」

メイは確認がてらスマホで大会専用のサイトを開きながら画面を見つめつつ説明を再開する。

「この大会はネットでの大会とは違って手持ちの制限は無いわよ。勿論使うポケモンはその時の手持ちのポケモンのみだけれど。スマホの使用は試合中は認められないわ。……でもね、手持ちポケモンは1試合毎に幾らでも変えていい事になっているの。だから好きなポケモンをいつでも使えるのよ」

「……なるほどな。つまりアレか。常に今の手持ちポケモンで出来るだけ予選を勝ち抜け。そう言いたいんだろ?オマエは」

「さっすがAランクのリーダーね。私が言いたかったのはそれよ」

何か馬鹿にされたような気がした高野だったが、深部の事情は確実に高野よりルークの方が詳しいだろう。そこは素直に認めるしかなかった。

1つの試合が終わったようだった。
より高く、より大きな歓声が微かに聴こえたかと思うと、試合を終えた2つのグループが対称的な表情を浮かべながら控え室にやって来た。
やはりと言うかどちらも学生のようだった。
中には制服を着ている者もいる。

「面白い事するわねぇ。あれアピールの1つよ」

「?」

作戦会議は終わったはずなのにまだ顔が近いメイが高野に向かってそう言った。
所々甘く優しい香りを発しているあたりつくづくあざとい女だとしか彼は思えなかったが。

「ウチの学校の生徒はポケモンが強いですよ!みたいなアピールをする学校も現れるなんて予測はこちらでもしていたけれど、まさか本当に来るとはね。あぁする事で来年の入学者数を増やす目当てなのかしら。ポケモンが強いってステータスは"表の"世界ではまだまだ浸透していないけれど。若しくは深部の人間がああやって制服着ることでカモフラージュしているのかも」

「単に着る服が無いだけだろ」

メイの深読みに半ば呆れつつ高野は嘗ての自分を思い出しつつ返す。

「いや、今日平日だろお前ら」

だが、ルークが最もらしい、学校帰りか若しくはその途中である事を思わせる"事実"をボソッと述べた。

「なんつーか、簡単だよな。一般人と俺らみたいなのを見分ける方法。被害妄想じゃねェが悉く深読みするのが俺らだな」

「間違ってないかもね」

メイはルークを見つめながら微笑む。
だが彼は一向にメイを見ようともしなかった。

「終わったようね」

待つこと10数分。
ストリートバスケットを彷彿とさせるようなブザーと共に大きな歓声が再び上がった。

同時に自分たちが出る前の試合が終わった事を告げている。

「さて、と。準備はいい?」

「いつでも」

「……待ちくたびれたぞ」

3人はそれぞれ呟くとと立ち上がる。
アナウンスでチーム番号を呼ばれつつ徐々に募ってくる緊張感を背負いながらバトルフィールドへと歩く。

控え室の扉とフィールドを繋ぐ短い廊下を歩き、外に出た瞬間、一気に心臓の鼓動が早まった。

まるである種の球技の世界大会を思わせる景色、雰囲気。

360°観客席で包まれた一般的なサッカーのコートと同じくらいのフィールドを、高野を先頭にメイとルークが歩く。
向こう側も同じく対戦相手であるだろう三人のグループがぐるっとフィールドを周りつつ眼前にやって来た。

時折解説者が進行状況を観客に伝える為かマイクを通してドーム全体に声を響かせる。

歓声が止むことを知らない。
これから起こるであろう派手なバトルを楽しみでいるせいか興奮が止まらない。それを思わせた。

だが、1つ違っていたのは歓声に紛れた音楽。
恐らく何処かの学校の吹奏楽部なのだろう。
選手を鼓舞する為か場を盛り上げる為か。

観客席から演奏をしていた。

対戦相手が制服を着ている辺り学生だとして、初めは彼らの応援かと思っていたが演奏は1箇所からではなく、少なくとも2箇所から聞こえた。
それぞれが違う曲、違う制服の為限定的な応援というわけでは無さそうだった。

作戦通り高野がまず初めにフィールドに立つ。
よく見ると、トレーナー専用の地点なのだろうか、白線で囲まれた小さな枠が設けられてあった。
此処からどうやら、ポケモンに指示を出したりボールを投げたりするのだろう。

白ワイシャツに眼鏡の格好をした青年の前に、制服を着た一人の男子高校生が同じくラインに立つ。

『バトル、スタート!!』

という解説者の合図とブザーと共に両者が動いた。

舗装されたフィールドの上に高野のポケモン、サザンドラがボールから飛び出す。

対して相手の学生はと言うと、

「いけっ!ワカシャモ!」

言葉を疑った。

だが、その宣言通りフィールドに現れたのは正真正銘の中間進化のポケモンワカシャモだ。

「えっ?どういう事?」

高野は戸惑いと、未だ止まぬ緊張を抱きながら'だいちのちから'を指示する。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.339 )
日時: 2019/03/13 20:04
名前: ガオケレナ (ID: rMENFEPd)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野の初試合はその後も奇妙なことだらけだった。

まず、サザンドラは命令通り'だいちのちから'を発動させ、地面から地脈の類なのだろうか。
不思議な熱のようなエネルギーを吹き出すとそのまま直立していたワカシャモに直撃する。

この時、相手の学生トレーナーは「かわせ!」とは叫ばなかった。
避けつつ次の攻撃を繰り出そうともしていなかった。

道具なども持たせていなかったようで何のアクションも起きることなくワカシャモは倒れる。

悔しそうな表情を見せたあと、次に相手が出してきたのはマッスグマであった。

(マッスグマ……?まぁ、'しんそく'とか'はらだいこ'使えばそれなりに戦えるポケモンではあるけれど……何で今にそのポケモンのチョイスなんだ?)

相手の考えが全く読めない高野は、今度は'あくのはどう'を命令する。

サザンドラの全身から放たれた黒いオーラは鋭く一直線にマッスグマに突き進む。

この時も学生トレーナーは何も命令しない。
むしろマッスグマ程度のポケモンならば十分に避ける事は可能な、単純なバトルであるにも関わらず。

(何でヤツは何も命令しないんだ!?まさか、戦い方を知らないのか!?)

抱いた懸念が増すかの如く、マッスグマは一撃で倒れる。

高野のポケモン1体で勝利してしまった。
直後、終わりを告げるブザーが鳴り響く。

『試合、しゅううりょおおぉぉぉぉ!!!!』

迫力のある叫びに、会場は沸く。
一方的且つなんの面白みもないバトルであるにも関わらず、だ。

サザンドラをボールへ戻し、2人のもとへ高野は歩く。

「一体なんなんだ?あれは。戦ってるこっちも訳分かんねーんだけど?」

何年も深部という世界で戦い続けてきた高野にとって今ある光景を理解出来ていないのは無理もなかった。

目の前の状況ゆえ喜びが芽生えているメイはニコニコしながら、

「とりあえず勝ちね。お疲れさま。あとは彼のバトルでも眺めていましょう?」

高野の質問を無理矢理遮るかのように控え選手用のベンチへと誘導する。

今度はルークがラインの前に立った。
天井が無い構造上、風で腰に巻いた緑のジャケットが揺れている。

ルークに向かい合ってボールを向けているのもどうやら学生のようだった。
まだ真新しい名残を見せている制服だ。

『これより、チーム番号412番対チーム番号309番による2回戦目……開始ィィ!!』

元気すぎる司会の叫びを合図に、新たな試合の始まりが告げられる。

「さぁ行け、ニンフィア!」

ルークはと言うと彼の切り札的存在のポケモンを初っ端から繰り出す。
短期決戦のつもりだろうか。

相手はと言うと相性など何も考えていないといった調子でアゲハントを呼び出した。

「ニンフィア、'ハイパーボイス'だ」

ルークの感情が篭っていない冷たい命令を素直に受け取り、ニンフィアは直線上の敵に向かって音の衝撃波を真っ直ぐに飛ばして行く。

今度も相手は避けようとも技をぶつけようともしない。

まるで、"ゲームでのバトル画面のような"光景を辺りに見せつけて。

「まただ……」

高野はルークの戦いを眺めながら呟いた。

「'ハイパーボイス'は一見して形が見えないから避けにくいかもしれないけれど……それでも範囲を考えたら"それ"自体は難しくはない。なのに……」

「なのに相手は避けなかった。何故かしらね?」

まるで勝利を確信した笑み。
それを浮かべながらメイは高野に問いかける。

「分からねぇよ」

呟いた頃にはアゲハントは倒れ、今度は相手はヤジロンを繰り出す。
続けざまに起こる違和感を考える高野であったが、答えが出る前に勝負は決してしまう。

当然、ルークの勝ちで。

ーーー

「何がどう起きてるのか分からねぇよ……」

予選を1勝した彼ら3人組は休憩ついでに少し早い昼食を取りにドームから一番近いファミレスへ寄っていた。

相変わらず天気は曇り空で時折薄い雲から陽が差してくるも一向に晴れてこない。
そう思わせる空だった事を思い出しながら高野は2人にまるで相談するかのような重い口ぶりで話し出した。

「なにが?」

「何ってさっきの試合だよ。とても大会に出るような戦い方じゃなかった。そう感じてさ」

言いながら高野はフォークを回しながらパスタを口に運ぶ。

「少し考えれば分かることよ?だって、まず使って来たポケモン全部ホウエン地方のポケモンでしょ?」

「?」

ここで戦いを思い出す。
その中で対戦相手が使って来たポケモンはワカシャモとマッスグマとアゲハント、ヤジロン。

確かに第三世代のポケモンではある。

「だからって何だよ。今はオメガルビーとアルファサファイアが1番新しいソフトなんだからそれに寄ったポケモンが出てきたって……」

言いながら気が付いたようで、高野はフォークを動かす手を止めながらポカンと口を開けている。

「まさか……アイツらって……」

「やっと気付いたか」

隣に座っているルークは一言だけボソッと言いつつも意識をそちらに向けずにただひたすらに目の前の肉料理に集中する。

「戦い方を知らないのも無理はない……。シナリオも途中の初心者だったって事か!」

「そ。だから最初に言ったじゃない?本気を出すなって。こちらの世界を知っている私らとポケモンバトルを全く経験していない人達だと戦い方に差が出るのは当然だわ。あなたが戦ったのは深部とは無縁なんてレベルじゃない。ポケモン自体ほとんど知らないビギナーよ。だからポケモンも中間進化だったり、ゲームでしか見たことないバトルだけをするの」

納得しか出来なかった。
普段遊んでいるゲームも1番最新のものだけなのだろう。
だからこそ使って来たポケモンもシナリオ上でよく見るポケモンだったし、自分のサザンドラを不思議そうに見つめていたのもすべてが同じ理由だった。

だからこその本領を出すな、という作戦。
今後当たるであろう強敵に少しでも隙を見せない為に。
少ない手駒でも勝てる相手に多くの手を使わない為に。

「"彼ら"にとっても都合がいいわね。ここでふるいにかける事で素質のある人を選び抜く……。本来の目的にしっかり沿ってるじゃない。そこだけは感心するわ」

「俺からしたら全く嬉しくない」

人手不足である深部の世界へのスカウト。
その為の大会だということをしばしの間忘れていた高野であった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.340 )
日時: 2019/03/17 10:17
名前: ガオケレナ (ID: 0hhGOV4O)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「このあとってどーなるんだ?何も無ければ大学に行きたいのだが」

ある程度満足のいった食事を済ませた高野、メイ、ルークはドームシティ内を行先もなくフラフラと歩きながら雑談を交わす。

高野はと言うと、開会式と予選を一戦ほどしたら今日はもう自分の番は終わりだと思っていたばかりに、『今日は講義と被っていないから大丈夫』とは言っていたものの、いつまでも此処に居座っていてはそれが嘘になってしまう。

これから講義があるのだ。

「そうねぇ……。予選のシステムはというと、ひとつのグループが一定数勝ち抜くと本線に出場出来る仕組みになっているのよ。例えば私たちのチームが予選を10試合行ってそれに全部勝てば見事本線出場、という風に。まぁ本当ならばもっと回数はあるでしょうけど。つまり……」

と、言ってメイは一呼吸おく。
少し早口になってしまったからだ。

「一定数勝つだけでいいから待つ必要は無いのよ。試合の組み合わせは、運営側がランダムでチームをピックアップするから日によっては2回以上戦う時もあれば1回も試合がない日だってあるの。つまりこれから予選試合がハッキリと無いとは言えないのよ」

「トーナメントとかでよくある、組み合わせ順ごとに戦う訳ではないのな。それってかなり面倒じゃね?」

「仕方ないわよ。大会の参加者は7005人言われているわ。それだけの数を捌くにはこれが手っ取り早いのだから」

とは言われたものの、肝心の解決策には至らない。
本当にどうするべきか改めて2人に問う。

「とりあえず、私とルークで出るわ。さっきのように2連勝しておけば3人用意する必要は無いのだし」

「でも大丈夫なのか?もし途中で誰かが負けたら……」

「オマエさ、俺を誰だと思ってる?」

静かに冷たく言い放ったのはルークだ。
鋭い目で高野を睨み続ける。

「そういう事。問題はないわ。と、言うことで早くあなたは大学にいってらっしゃーい」

と、メイは若干戸惑いを見せている高野の背中を押す。
一応連絡だけはしてくれ、とだけ言うと彼も聖蹟桜ヶ丘行きのバスが停まっているターミナルへと歩いていった。

「さて、と」

見送りを済ませ、今やれる事を終えたメイはルークに顔を向ける。
何をしようか提案するために。

「私たちは何をしましょうかね?やっぱり観戦?」

「いや、その前に聞いておきたい事がある」

ルークは2歩ほど歩いてメイに寄る。
だが、それは対話しようとする姿勢ではない。

一回り背の低い彼女の隣に立って口元を耳に近づけるだけの動作。

そして彼はこう言った。

「オマエは何者だ?それだけを今言え」

一旦深呼吸したメイは、いつか聞かれた事であろうそれに、事前に自分の中だけで用意していた模範解答を述べるため、にっこりと笑ってから体をくるっと左に回り自ら対話するんだという態度を見せつける。

ルークが不信感を抱いていたのは目を見て明らかだった。
暗く大きな陰謀を見つめているような何とも言えない目だ。

「いいわ、あなたになら話してあげる」

高野洋平という男がいなくなった今、そして、もう1人のチームメイトという存在ならば出来る事。

語り部、メイによる物語が始まろうとしていた。

「塩谷利章という人物はご存知かしら?」

開幕早々告げられた人名にルークの瞼が寄る。
知る知らない以前にこれまでの自分の経歴にとって強く関わりのある人物だからだ。

「忘れる訳がねぇよ。アイツが居たから杉山をぶっ殺せたようなモンだ」

「そう。なら話は早いわね。私は彼の元行動しているわ」

単刀直入。
それはルークが一々1つの単語に反応する事で会話が伸びることを防ぐやり方でメイは淡々と告げてゆく。

「主に2つの頼まれ事の為に私は動いていると言ってもいいわ。まず1つが……」

「ちょっと待て。その前にこれだけには答えろ」

ルークは無理矢理彼女の言葉を遮る。
ズボンのポケットに手を入れ、それを掴む。

「オマエは俺にとっての敵か?味方か?答え次第ではここでジジイの計画とやらを摘み取る事に成り得るぞ?」

モンスターボール。
それをチラリと彼女に見せる事で己の感情を見せつける。

どうやらメイにとってもここまで敵意を持たれていたとは思っていなかったようで、少し焦りながら、その証拠にやや早口になって止められた会話を再開する。

「ま、待って?あなたにとっての塩谷の位置を知ればそれは分かることよ?」

「……杉山が死んだから塩谷がヤツと同じポジションに着いた。そうだろ?」

「それは、利害の一致よ。確かに塩谷は元々杉山の使いパシリだったけれど、彼の行動には理解出来ない部分が多々あった。だからあなたたちに接触して杉山を排除出来たのよ」

「……その後のジェノサイドの運命についても同じ事が言えるのか?」

「それは彼がしくじっただけ。確かにジェノサイドが議会の人間を排除したってのはかなり大きなニュースよ。それによって明日は我が身と考えた人は相当のものだった。でも、その話とジェノサイド解散は別問題よ。バルバロッサと議会は何の関係もない」

その言葉にルークが黙った事を確認したメイは脱線した話を戻してゆく。

「1つ目。塩谷直々に"デッドラインを追え"というもの」

メイは右手の5本の指のうち人差し指以外を曲げながら続ける。

「塩谷にとってもあの存在は分からないものなの。巷でよく噂されている"次期ジェノサイド候補"というワードも誰が言いふらしたのか分からないし、自分たちが撒いたものかもしれない。その割には戦績も不透明。おかしな点だらけなの。だから議会としてでもハッキリさせたい。だから塩谷にこれを頼まれた」

「2つって言ったよな?もう1つは何だ」

「2つ目」

メイは今度曲げたはずの中指を立たせてピースサインを作る。相変わらず表情はにこやかだ。

「高野洋平。彼を可能な限り監視し、常について回る事で彼を護衛する事」

「なんだそりゃ」

一見前者と後者で相反するワードに疑念を抱きながら、ルークは彼女の解説を待つ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.341 )
日時: 2019/07/21 13:30
名前: ガオケレナ (ID: aOtFj/Nx)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


拍子抜け。

彼が抱いた"感想"はこの一言で片付いてしまう。

今までに費やした準備に実戦が合わさっていない。
本当にこれは"試合"なのだろうか?と。

「無理もないよ」

不満そうな顔をしながら友達が待つ観客席に戻ろうと移動していた豊川に対し、山背がこれまでの戦いを見てきてとりあえず分かったことを解説混じりに宥めようとしていた。

「この大会は学生主体だと謳っているんだ。全国から多くの人が集まったとして、そのほとんどが初心者だと思うんだよ」

「だからと言ってもナメすぎだろー?大会を何だと思ってんだよって感じ」

「……」

その様子を後ろから黙って見守る香流。
彼は豊川のように新参を低く見るような姿勢は無いものの、"本当にこれで良いのだろうか?"と今後の大会への進み具合についてしばし考える。

「まぁまぁ。それも今だけだよ。その内僕達みたいに強い奴だけになるんだからさ」

「それもそうだけどよぉ……」

観客席には石井と高畠、そして彼女らと合流を果たせた岡田がいた。
皆3人に対し手を振っている。

「観てたよー。皆の戦い。余裕だったね?」

「と言うより勝てて当然だよ。何なんだよ野生個体のドンメルって!おかしいだろ」

「むしろ野生個体って当てる方がおかしいわ」

石井らしいツッコミだった。
彼女のポケモン事情はストーリー未クリアで止まっている。

「なんかどれを見ても同じような試合だね?」

早速ポケモンにあまり詳しくない高畠が退屈になってきたようで、スマホを取り出そうとしている。

「そうだけどね。でも、この間に僕達はその中から明らかに強い人をピックアップして対策する!それが最後まで勝ち抜く為に課せられた使命さ!」

と、言って山背は席に座ると早速バトルフィールドを凝視し始める。
今彼らの眼前に行われている試合も学生同士のバトルだ。

「そう言えばレンは?見た?」

香流が思い出したかのようにこの中には居ないサークルメンバーを思い浮かべる。
すると、顔に帽子を被せて寝ていたであろう岡田が帽子を取り除けて、

「1回試合に出たみたいだけどそれからは知らね。多分帰っただろ」

「……岡田、寝てたの?起きてたの?」

高畠に突っ込まれるのを込みでその光景を眺めた香流は何か連絡が来ているかスマホを開くも、高野からのLINEはゼロだ。

歓声が上がる。
例の学生同士のバトルが終わったようだった。

「山背君どうだった?どっちが実力者か観ていて分かった?」

高畠が若干ニヤニヤしながら隣に座る山背に尋ねる。
当の本人は時折頷きながら、

「うん、ダメだ!分からない!」

無駄に元気良く答えた。

試合が終わった事への移動のタイミングと、昼の休憩が重なったせいか、人の波が一際大きく揺れる。
大会自体にも昼食の為の昼休憩があるようだった。
まるで運動会である。

「それじゃあウチらも帰ろっか」

高畠が立ち上がり波と一体化しようとするも香流たち参加者グループの3人が動こうとしない。

「どうしたの?帰らないの?」

「いやー……出来ることならそろそろ大学戻りたいけれど……」

「次の試合がいつやるのか分からないんだよねぇ。そもそもやるのかどうかすらも分からないし」

山背たちも高野と同様の悩みに立たされた。
しかも彼のグループの2名と違って待機する人を常にこの場に残すのも難しい。

「じゃあ、どうするの?」

「とりあえず俺は残るわ」

サボり癖のある豊川らしい発言だった。
この後仮に講義があっても気にしないらしい。

「講義終わったらまた来るよ」

「はいよー」

香流に対して豊川が適当に返事すると1番近い出口から豊川も外へと出て行く。

この大会は1日あたり19時まで行うとパンフレットには書いてある。
この時刻まで一体何をしようかと頭を抱えながら一先ず豊川は喫煙所へと向かった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.342 )
日時: 2019/03/21 16:54
名前: ガオケレナ (ID: 3CTEqyYl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ドームシティから離れて約2時間。
高野洋平は1時間半の講義を終えて大学構内を歩き回りながら試合会場に戻ろうか考えていたところであった。

現在時刻は15時。今日の分の大会スケジュール終了まであと4時間もある。

「俺たちの試合に関しては2人に任せればいいのだけれど……」

高野はスマホの画面を眺める。
大会運営事務局からの、試合を告げるメッセージ画面が写っているも、そこには先程戦った初戦以外の連絡以外無い。

つまり、高野が離れた2時間の間チーム番号412番の試合は一切なかった、という事だ。

「待てよ?折角空き時間がこんなにあるんだから新しいポケモンの厳選すりゃいいじゃん!」

1つ閃いた高野は1人で静かにゲームが出来る場所として最適な、サークルの部室のある方向へ歩き出した。
本当だったら家に帰りたかったところだが、1時間半後にまた講義があることと、万が一2人から連絡があった場合を考えて構内からは出ない事にしている。

やる気になった高野は鍵のかかっていない部室の扉を開けると早速ゲームを起動し始めた。


ーーー

ルークはしばしの間何とも言えない感覚に五感が包まれていた。
彼は今、ドームシティ敷地内にある誰もが利用できる休憩場"公共ラウンジ"でポケモンを起動しながら1人の少女を思い浮かべていた。

(奇妙だ……あの、メイとかいう女……)

およそ1時間半前あたりに言われた彼女の告白が頭から離れられない。
彼女に目的があるとして、その目的とやらに大会そのものをも巻き込んで今此処に在るのかと思うと多少の危機感というものを覚えてしまう。

(アイツは言った……元ジェノサイドの奴を守ると。やはり奴がアレに関係しているとしか言えないのか……?)

ルークの、フェアリータイプのポケモンばかりが並んでいるバトルパーティに手が加えられていく。
それまで拘っていたタイプ縛りを捨て、勝つ為だけのポケモンで彩られていく。
しかし、相棒と呼んで愛用するポケモンは別として。

("ジェノサイド"……"デッドライン"……そして"塩谷"、か)

ルークの頭の中で様々なワードが交錯するも、それらは必ずしも1つの線で繋がることはない。
その時点で、自分は渦中の人物にはなれないと悟った瞬間でもあった。

ーーー

ゲームを始めて2、30分は経った頃だろうか。
部室の扉がひとりでに開いた。

「「あれっ?」」

それは同時に、同じタイミングで発せられる。

「レン……こんな時間に此処にどうして?」

「いつまで経っても理想個体が出ないと思ったら……親の特性おかしいじゃん!!」

扉を開けた吉川裕也はこの時間この場所に、大会に参加しているであろう人物が1人でゲームに盛り上がっている姿が不思議でならなかった。

ふくよかな体格と優しそうな声色から一部では『カビゴン』とあだ名をつけられている彼は、1つの講義を終えた今、バイトが始まるまでの空き時間が暇すぎて此処に来た次第であった。

「あれ?吉川か?講義終わった系か?」

「講義終わったところだけど……お前大会は平気なのか?」

「平気に決まってるだろ。講義の空き時間に一々会場に行くなんて面倒だしキツい。どうせあと2人そっちに残してるんだから俺は此処で次の講義までポケモンやってるよ」

「お前が大丈夫ならいいのだが……」

吉川はそう言うと高野のゲーム画面を覗き込む。
すっかり見慣れた、タマゴを孵しているシーンだ。

「今度は何の厳選してんの?」

「とりあえず夢サメハダーかな。俺メガシンカが好きだから結局メガシンカさせちゃうんだけどね」

「余ったら俺にもくれないか?」

「別に構わねぇよ。ただ、厳選終わってからでいいよな?」

高野のその言葉を最後に沈黙が支配する。
部室のある建物がサッカーのコートに近いせいか時折スポーツ実技の講義に燃えている盛んな声が聴こえる。

「なぁ、レン」

「なんだー?」

「此処に来るとビックリするぐらい大会の話題聞かないよな」

吉川は今日1日で感じたギャップを彼に伝える。
どんなに大会が盛り上がっても、どんなに世間がポケグラに注目していようと、その世界から少し離れれば全く話題にならない。

「そりゃあね。ここの大学生全員がポケモンユーザーで、大会の参加者とか観客って訳でもねーからな。世間と言うかメディアが少し過剰になってるだけで少し離れた位置から見れば全く話題にならないもんさ」

まるでかつて自分が過ごした深部の生活そのもののようだ、と高野は少し思い出すかのように思った。

巷ではどんなに大きな噂になろうとも、どんなに大きな騒ぎを自分が起こしても違った世界から見ればなんの関係もない。
これは彼がジェノサイドとして大学内で騒ぎを起こした時や、嘗てその世界に入ったばかりの自分が経験した、昨日までクラスメイトだった人間と戦った翌日、その高校内では何の騒ぎにもならなかった事と同じであった。

そんな事を思い出しすぎて遂にゲームを進めている手が止まった高野は、吉川の「なんつーか……暇だな」という呟きによって我に返った。

「そうだな……。でも、俺はこれが欲しかったのかもしれない」

「へっ?」

「いや、何でもねぇ」

親を取り替えた瞬間理想個体のポケモンがポンポンと出てくる。
予想よりも早く厳選が終わり、本当に余りも出てしまった高野は吉川に交換を勧めるも、「今日ポケモン持ってきてねぇ」と言われ、自分から求めてきた交換も半ば無かったことになってしまう。

時計を眺めながら高野は引き続き作業を進めていく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.343 )
日時: 2019/03/26 19:45
名前: ガオケレナ (ID: A7M9EupD)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


都内の学校に通う高校1年生の吉岡よしおか 桔梗ききょうはホッとため息をつくと友達らと顔を合わせた。

「作戦通り上手くいったね!どうだった?感想として」

「相手のポケモンの見極めが重要になってくるからなぁ〜。この作戦はいつまで続けるの?」

と問われて同じ学校に通う彼の友人の1人、相沢あいざわ 優梨香ゆりかは答える。作戦立案者は彼女だ。

「ある程度予選が進んだらかな?負けちゃったらどうしようもないけどねー」

「そんな俺は初戦早々負けちまったけどな!ははっ!」

そんな2人の会話に割り込んできたのは彼等とは同様の高校に通い、そして常に行動も共にしている友人、東堂とうどう きらだ。

「いやね、いけると思ったら相手のが上だったわー。ちょっとばかし準備が足りなかったなぁー」

「あたしは"少し育てた野生個体"を使えって言ったじゃん?でもキー君のは"ただの野生個体"だったよね?違いわかる?」

「へいへーい。サーセンしたっ!」

「勝てたからいいけどさ……その調子だとこれからも不安だよ〜僕は」

三人に課せられた作戦。
それは、簡単に言えばカモフラージュであった。

比較的勝つのが楽な予選の前半戦はこの為だけに用意した野生のポケモンで勝ち進み、予選を進む事で本領を発揮していく。
稀に現れる強い相手には初っ端から、育成させたポケモンで対抗する。
その育成済みのポケモンは手持ち6体の内3体。

その作戦の目的は自分たちの正体を見抜かれないため。

即ち彼らは深部の人間なのだ。

「なんだかんだでもう少ししたらお昼休憩終わっちゃうし今の内に何か食べに行く?」

「行こーぜ行こーぜ!俺ハンバーガー食いてぇ!」

「はぁ〜……。まぁ2人に任せるよ」

相変わらず、どんな時でもテンションが高い東堂に吉岡は若干疲れていた。
とは言っても彼との交流はもう2年以上経っている。
そのため既に見慣れた光景ではあったが、今がたまたまその"疲れる"時のようだった。
年がら年中彼に対してそう思っている訳ではない事は自分でも分かっているのだ。

「それにしてもさ、あの噂本当なのかな?」

「ん〜?相沢、それって何のこと?」

「"ジェノサイド"がこの大会に出場しているっていうやつ」

「ジェノサイド、か……」

3人はいつかどこかで聴いたことのある単語の意味を改めて理解しようとするも、縁の無さすぎることだった。
何も浮かんでこない。

「さぁ?だとしても僕らには関係ないんじゃないかな〜?」

「今までがそうだった」

相沢は吉岡と東堂に挟まれる形で真ん中を歩きながらドームから外に出る。

「でも、今となっては別よ。だってみんなが此処に集結しているじゃない?あたしらにも接触できるチャンスはあるって事よ!」

「でも、接触したからと言って何か起きるのか?だってジェノサイドはもう解散しているんだろ?今更何かがあるってわけでも無さそうだけどな〜」

「そこは会ってみないと分からないわね。暇を見つけてジェノサイドを探すのも有りかもね!」

「おい!とりあえずあそこのバーガー屋でいいよな!俺腹減った!!」

全く話を聞いていなかったであろう東堂がここから80mほどの距離にある飲食店が立ち並ぶエリアの中に紛れているその店の方向を指しながら目を輝かせて2人の会話に再び割り込む。

相沢はくすっ、と笑うと

「いいよ。そこにしよう!」

と東堂について行き、吉岡も、

「絶対さっきの話聞いてなかったよな〜……」

とボソッと呟きながら2人の後を歩く。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.344 )
日時: 2019/03/27 10:36
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
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16時半を過ぎた。
それを意味するのは、高野洋平という1人の大学生の、今日の講義がすべて終わったことだった。

「やーーっと終わった……結局あれから一度も通知来なかったな?薄々思ったけど向こうに意識し過ぎたりするのもあまり意味ないのかもな」

行われるかどうかも分からないのに他の都合を犠牲にしてまで会場に居座ったり、通知が来ないか一々時間を気にするのも馬鹿馬鹿しいと思っていた頃だった。
高野は、最終試合時間の19時までもうすぐ2時間というこのタイミングでなんとなくだが時間配分に対する掴み方を段々と分かってきたような気がしていた。

「と言ってもあれから4時間近くあいつら待たせてた訳だしなぁ。今日はもう予定無いから会場戻るかなぁ。これから試合をやるとは思えないけど」

7000人超えの人間を一気に捌くとどうなるか、というのを少し理解した高野。
そう簡単に自分の出番が来るわけがない。
少なくとも、参加者がまだ多い今は。

「でもそう考えると……会場内にある宿泊施設を利用するとなると大分便利だよな……?しかも金掛からないんだろ?」

高野はいつかのメイとの会話を思い出す。
深部へのスカウトに必死な議会がお金を惜しまずに水道代、光熱費、賃料が掛からないという貧乏学生からしたら進んで入りたい部屋だが、あの時自分は拒否したはずだった。

「議会に利用されるから嫌、ね。今の状況考えるともう訳わかんねーがな」

相変わらず1人で呟き、終いにフッと軽く笑う。

流石に怠くなって来た高野は朝の時とは変わってポケモンでの空の旅を過ごす。
そちらの方が楽で速いからだ。

会場まではポケモンでは行けないので、バスが出ている聖蹟桜ヶ丘まで移動する。
そこからドームシティのバスターミナルまでのバスに乗れば仲間とはすぐに会える。

高野は、駅を歩く中周りに異様な数の学生らが居ることに若干不思議な眼差しを向けた。
大会の存在と、今の時間帯が帰宅時間だからだろうか。
それが重なった結果自分の周りは自分よりも若い子たちで溢れ返っている。

「こんな事している内に大学も3年目かぁ……」

神東大学に入学したのがつい最近だったはずなのに何故か高野は今"ビジネスマナー"とかいう名前の講義を受けている始末だ。
いつの間にかそんな所まで来ていたのかと認めたくないものの時間の流れ、即ち老いを実感する。

そんな下らない事を考えていた間にバスが到着し、特に意識せずにそれに乗り込み、適当に空いていた窓際の席に座って外を眺める。

相変わらず自分の周りだけ時間の流れおかしくないかと思うほどそれは早かった。

会場に降り立った高野はメイに何処にいるかを伝える。
返信は早かった。
ルークと2人で公共ラウンジにいるとのことだ。
どの辺りにあるのか高野は分かっていた。
これまでに必ず視界に映っていたからだ。

周りの制服集団と比べると目立つ2人の姿はすぐに目に止まる。

「よう、お待たせー」

「……なんか遅くねぇか?そんなモン?」

「講義2つあったからな。空き時間が1つあったもんだから余計に時間かかっちまった」

「まぁまぁいいじゃない。通知見てれば分かると思うけれど、あれから私らの出番は無かったわよ。この調子だともう無さそうねー。また明日かしら」

高野は、メイとルークの2人の会話が少し気になるところだったが、変な深追いは止めることにした。

とてつもなく嫌な予感がするからだ。

「お前らは4時間近くの間何してたんだ?」

「色々よ。観戦したり少しお茶したり厳選したり……あとはお爺ちゃんのところ行ったりね」

「そこそこ楽しんでんだな」

高野は少し安心した。
自分が居ないことでただひたすらに時間を潰すだけの物凄く退屈そうに過ごしているのではないかと思っていた節があったからだ。

「と、言うことでこれからどうする?」

「俺は少し観戦したいかな。思えば今日自分以外の戦いを見ていない気がする」

と、言うとルークは退屈そうに重いため息を吐く。

「あぁ、ほら……彼にとっては面白くない試合ばっかりだったから……」

「俺、もう帰っていいか?」

ルークはバスターミナルのある方角を向いて2人に訊く。

「えっ?別に構わないけれど……花火観ていかないの?最終試合時間が過ぎたら上がる予定だけれど」

「そんなモンの為だけに居座りたくねぇよ俺は」

と言うとルークは去ってしまった。
彼にとってはどうやら退屈な時間だったようだ。

「それも今だけよ。予選なんて突破したら今ほど暇な時間は無いはずだから」

「だと良いけどな」

高野はメイと共にドームへと向かう。
少しでもライバルとなる人達の戦いを観るために。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.345 )
日時: 2019/03/27 20:12
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
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一際大きなブザーが鳴り響いた。

6月24日における最終試合が行われ、それの終わりを告げる合図だった。

一瞬だけ生まれた静寂。
それからすぐの事だった。

多摩川から打ち上げられた大きな花火が、既に真っ黒に染まった夜空の中で輝いた。

1つ、2つと打ち上がる度に観客席からは「おぉ〜!」と声が上がる。

大会初日が終わった。
高野洋平は2時間弱眺めていたこれまでの試合に対して「つまらない」だの、「わざと手を抜いている奴がいる」だの色々な思いを巡らせていたその思考を一旦ストップさせて隣に座るメイと共に空を眺めた。

「いつ見ても綺麗ね〜花火って。大会開催を祝してのコレなんだってさ」

「こういうのって普通閉会式の後とかにやらないのか?別にいいんだけどさ……」

「私って小さい頃から花火が好きなのよね。なんと言うか……この瞬間にだけ美しく咲いて、最後は静かに散ってゆく……諸行無常を表していて素敵だなあって思うの」

「いい例えだけど小さい頃から諸行無常を悟っていたって事の方が俺は心配なんだが」

「いや流石に意味は分からなかったわよ!?言葉に表さずとも理解していたというか……」

「いいから少し静かに見ていろよ……」

空を見上げながら軽く睨んだ高野の横顔を見てメイは不満足そうに黙る。

1つの間隔を空けることなく夏の風物詩と言われたそれは上がり続けた。

ーーー

「いい眺めだな。やはり此処からだと見やすい」

ドームシティからやや離れた、宿泊施設が密集する敷地内に構えた1つの事務所のようにも見える無機質な外見の建物から、その男は空に上がる花火をベランダから眺めていた。

周囲に邪魔になる建物や木々などが無いことから成せることだ。
それは、この地域にはまだ自然の名残がある事も意味をする。
人間が完全に開拓していないが故に自然との調和が取れているのは現代社会に対する皮肉だ、とその男、片平光曜はそんな風に思いながら低く笑う。

「どうかした?何か面白いことでも?」

後ろから声がする。
片平は振り返り、こちらに来るよう目で伝えた。

それに応じて女は隣に立つと空を眺め始める。
そのタイミングで1つの大きな花火が上がった。

「綺麗ね」

「だろう?この街で、この場所でいつかこれを見たかったんだ」

片平は満足そうにニヤけながら隣の女を見つめた。

知的そうな眼鏡を掛け、伸びたからという理由だけで後ろに束ねたポニーテール。

見た目から物静かな雰囲気が漂う。

「いい街ね」

「私もそう思うよ。だからこそ、この地を開催地にしたようなもんだ。人とポケモン。互いが築き上げた、美しい街だ」

酔いしれたように滑らかに喋る片平だったが、その女は話を聞いているという姿勢ではなかった。
花火を見つめてはいるが、その目は寂しさを魅せている。
ゆえに隣の男の話などが入ってくる余地が無かったのだ。

「……まだ今までの世界が恋しいかい?」

「別に。もう過ぎた事よ」

首が若干痛くなってきたのか、見上げるのを止めて隣の男を見る。
家屋の中だというのにその人の格好は現代的なスーツというつまらない姿である。

「私には使命がある。そうでしょう?」

「よく分かっているじゃないか」

片平はタバコを取り出すとガスライターの火を付けて吸い始めた。
風の向きと女に対する配慮の為か、背を向けている。

片平は大きく息を吐く。

「色々と思う事はあるかもしれないが、やるべき事というものがあるんだ。……頼んだよ」

女の顔をチラリと見た。
既に花火に意識は向けずに、ただただ夜景という夜を美しく飾り付けるもう1つの存在に目を奪われていた。

二、三分ほど花火を眺めた片平は咥えていたタバコを口から離して消すと、部屋へと戻っていく。

「それじゃあ、引き続き頼んだよ。デッドラインの鍵」

果たして彼女は去り際の男のその言葉を聞いていたのかどうか傍から見るだけでは分からなかった。
ただ1つ、デッドラインの鍵はこう呟くだけである。

「やっぱり良いわね。この街は」

花火の音をバックに広がる街の灯り。
彼女の目にはそれしか映らない。

若者たちの、夏が今始まりを告げた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.346 )
日時: 2019/03/29 18:51
名前: ガオケレナ (ID: 4sTlP87u)
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時空の狭間


『あっ、いたいたー!よっしー、こっちこっち!』

16の誕生日から約1ヶ月。
中学卒業して大分経つというのによく会うものだとその声を聴きながらつくづく思った。

断られるのを覚悟で高校の文化祭に誘った結果、なんと天使は来てくれた。

学校中を探し回って半ば諦めつつ一旦自分のクラスの教室に戻り、そこで再度メールを送ろうとした時のことだ。

あらかじめ自分が1年6組だと言うことを教えていたからか、彼女は教室の前で待ってくれていた。

『き、今日はありがとう……来てくれて』

『いいのいいの。どうせ暇だったし。ねぇ?』

と言って天使は隣を見て同意を求める仕草をする。
よく見ると見知らぬ男と一緒だった。
今まで会った中で一度も見たことの無い顔。
しかし、年齢は自分らと近いか、もしくは同じに見えた。

『その人は?』

心が震えるのを感じつつ平静を装い、しかし少しばかりどもりながら言う。

『うん?彼氏だよ?』

天使は隠す素振りも見せず平然と言ってのけた。

その時受けた衝撃は当時の拙い表現力しか持てない彼にはとても無理な事であった。

誰よりも輝いていて、美しく健気な天使に彼氏が居た。
普通に考えれば16にもなって共学の高校に通えば男女間の交流などよくあるものだ。
しかし、彼にはそれが恐ろしく認め難いものに見えてしまう。

『こんちは……』

まるで、自分や嘗て共に行動していた友達に似た物静かそうな男子。

外見と声色でそう判断できた。
彼は勝手に、部活で知り合った人なのだろうと推測した。
確か彼女は吹奏楽部に入っていたはずだったからだ。

『会えて早々申し訳ないんだけどさぁ、此処って現金使えないんだってね?』

天使のその言葉に、彼はハッとした。
彼が通う高校の文化祭では現金は使えず、換金した金券しか使用出来ない。
しかし、2人が来た時間は昼をとうに過ぎ、大規模な来客を見込んでいない一般の高校生にしてみればキャパオーバーを迎えた時間なのだ。

即ち、どこの出店も"売り切れ"の文字が並び、何かを楽しむという時間は終わりを迎えていた。

『ごめんね。一緒に回れなくて。でも、会えただけでも嬉しかったよ。それじゃあね!』

天使は笑顔で元気よく手を振る。
その顔は眩しく見えたが、今日の、しかも数分の間だけでそれまで保っていた彼女との距離が一気に遠く離れてしまった。
それしか感じられない、ある意味で忘れられない1日となった。

ーーー

それから更に2ヶ月後。
既にクラスの人とは完全に打ち解け、しかしもうすぐで進級を迎えようとしている冬のある日。

彼は中学時代四人でつるんでいた内の友達を1人連れて天使に招待された吹奏楽の定期演奏会に来ていた。

確かにホールの真ん中辺りに座り、得意の楽器に触れている彼女がいる。

しかし、気掛かりな事が1つ。
ついこの前に会った天使の彼氏の姿が見当たらない。
そもそも、これは彼女の部活の演奏会なのかと友達に彼は聞いてみた。

『あれ?知らなかったのか?お前。あいつ色々あって高校の部活辞めたらしいよ?』

またも衝撃を受けた。
中学の頃から好きで続けていた部活を辞めるなんて彼女らしくないからだ。

頭が真っ白になったせいで友達の、

『てか最初に言ったろ。この演奏会は地域のクラブ活動だって。高校の部活辞めたあとすぐにコレに入ったんだよ』

という言葉が聞こえなかった。

自分よりも友達の方が天使の事情に詳しい事が少し気に食わなかったが、今彼女の身に起こっている事がよく分からない。
そんな自分も周囲の人々に絶対に言えない隠し事を幾つかしているが、そんな事はどうでもよかった。

天使の今が知りたい。
彼女が今何をして生きているのか知っておきたい。

心地よい演奏を聴きながら、彼はいつしか覚悟を決めた。

そして、その年の春。

議会から正式に、『ポケモンを悪用して犯罪行為に走る者達、即ち"ダーク集団サイド"の消滅』という発表があった。

それは例えるならば、更なる地獄を意味する新時代を告げる喇叭の音色。

そして、すべてはここから始まった。
いつしか、"深部最強"と謳われることとなる、生ける伝説とその歴史が。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.347 )
日時: 2019/03/31 11:34
名前: ガオケレナ (ID: Y92UWh7z)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


Ep.5 繋がり始めた点と線

大会開催から1ヶ月後。
最早見慣れたテレビのチャンネルのニュース番組の天気予報士は、『今週末で梅雨明けです!』と、元気そうに言っていたのを思い出しながら高野洋平は家の窓から空を眺めた。

黒に近い灰色の空。
少なくとも小雨とは言えない雨量の雨。

見過ぎてそれだけでもイライラしてくる空模様だった。

「いい加減雨の降らない日になれよ……今日もズブ濡れの中大学とか会場に行けって言うのかよ?」

メイ曰くあと3勝ほどで自分らのチームの予選が終わるとの事だった。
昨日も雨の中戦った気がするが、相変わらず相手は弱い学生だった。
1戦も無い日もこれまでに何度かあったので感覚的には今日がその一度も戦わない日だと勝手に予想するが、それを抜きにしても今日は講義のある日である。

どんなに嫌でも外に出なければならない日であったのだ。

高野は雨の日であっても絶対に傘を差さない人間である。
傘を使っても必ずどこかが濡れるのと、高校時代に台風の日に深部組織同士で戦ってから雨に慣れてしまったからだ。

周りの人間の言う雨は、彼にとっては小雨である。
だから彼は傘を差さない。
鞄にタオルを1枚入れるだけであった。

雨に打たれながら高野は家を出て歩く。
数分もすれば大学なのでそこに苦はなかった。
案の定少し雨に濡れた程度の高野は、講義の為の教室に入ると席に座る前に鞄からタオルを取り出して頭を拭く。
ワイシャツに眼鏡という、大会の為の新しい格好で来ていたせいで眼鏡も水滴だらけでよく見えない。
コンタクトには無い欠点だと頭で呟きながらついでに眼鏡も拭きながら適当に空いている席へと座った。

出来ることなら今日は誰とも会うことなく、それこそ講義を受ける為だけに大学に行って、隙間時間にサークルの部室でポケモンを少しやって帰りたいと思っていた。

そう考えた瞬間、意識諸共スイッチが切り替わり、ひたすらに講義の内容に集中していく。

そのせいか、普段以上に研ぎ澄まされた感覚の中1時間半の講義を苦痛と思うことなく受ける事が出来た。

ーーー

講義終了を告げるチャイムを合図に、次はポケモンでもやるかと思っていた矢先、メイから連絡が来る。

念の為会場に来いとのことだった。

『面倒くせぇよバーカ』

というつまらない1行を秒の速さで打つとすぐに彼女へ送る。
すると、突然の挑発的でガキのような言い草から疑問に思った節があったようで、

『なんで?』

『はやくきて』

『きなさい』

と、立て続けに短いLINEが送られてくる。

ここがメールの怖い所だ、と高野はメッセージを無視してスマホをしまいながら考えた。

簡素すぎる文字の羅列では、相手の感情が全く読めないからだ。
紙面に書かれたものでも同様であるが。

重く長いため息をついて高野は大学構内のバス停へと向かった。
そこには、聖蹟桜ヶ丘駅行きの車両があるからだ。

「今日は行かねぇと決めてたのに……」

誰かに宣言した訳でも、誰かと約束した訳でもないのだが、これからの予定が狂わされて勝手に苦労しているのが気に入らない。

せめてもの救いはバスがすぐに来た事だったか。
岡田あたりがいつもこの為に待っているイメージがあったが、時間がたまたま重なったお陰で無駄に雨に打たれることがなくなった。

ここから聖蹟まで15分、そこから更にバスで会場まで5分か10分といったところか。
メイの希望通り"すぐ"には来れないが、来ないと決めていたのと比較すると早い方だ、と相手の事情を考えない結論を勝手に導く。


『今どこ?』

あれからのLINEを無視していたせいで、彼女からそんなメッセージが届く。

『バスなう。聖蹟行きの』

と、本当は無視したかったが今度もスルーすれば直に電話が来そうである。
なので正直に伝えることにした。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.348 )
日時: 2019/03/31 16:26
名前: ガオケレナ (ID: Y92UWh7z)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


バスを乗り継いで会場であるドームシティに到着した高野が見たのは、大会関係者らしき人に捕まり、連れられている男を眺めていたメイだった。

「何してんだ?お前」

「あー、やっと来たぁ……」

ひと騒動を迎えた後のような疲れた顔をしてメイが後ろから来た彼に気付く。

「何かあったのか?」

「えぇ。反議会の連中がまた暴れてね……」

以前高野は同じ場所で議会に対して否定的な考えを持つ男からテロ紛いの攻撃を受けていた。
また、それと同じようなものなのか。相変わらず治安は悪いと思ったところだった。
が、

「違うわ。そういう人達が暴れているという話を今までにあまり聞かなかったでしょう?運営側がそういうのに対して予防拘禁し始めているからよ」

「まさか……見た目が怪しいヤツを片っ端から捕らえてるなんてモンじゃねぇよな?」

「それは稀。大体がこれまでの深部での活動経歴を調べ上げられた連中よ」

「って事は俺もそろそろヤベェな」

状況は大体理解できた。
高野が思っていた程ではなかったが、それでも危うい事に変わりはない。
冗談交じりに自虐ネタを1つ言ったのは少しばかり和ませる為だ。

「と言うか移動しようぜ。俺はいつまでも無意味に雨に打たれたくはない」

「なんで傘差さないのよ?」

そう言うメイはコンビニで売ってそうなビニール傘を使っていた。
隣に入れるつもりで空いた空間と傘そのものを彼に差し出そうとするも、

「いらねぇよ。こんなの雨なんて言わない。小雨だから」

「とか言いつつビショビショだけど?」

「そう見えるだけ」

とは言い返すが、今の気温と相まって気分は最悪だ。

予選についても何か変化があったか確認の為ドームへと向かう事になった2人は退屈しのぎに到着までの間会話を始める。

「あんなに必死にLINE送ってきたのはさっきの奴らの為か?」

「それもあるかもね。一時期私1人でも中々止めにくい状況になっちゃって。幸い周りも私も怪我は無かったけれど」

「今日は講義終わったら家に居たかったんだがな……」

「ん?何か言った?」

メイには、高野の最後の言葉が小さすぎて聞こえなかったようだった。
本人からすれば独り言のようなものだったので聞かれるための言葉ではなかったが。

「とりあえず、シャワーでも浴びてくれば?施設内にあるわよ」

「俺も全く同じこと考えた。ここまでデカい会場だ。後ろのタワーなんかはポケモンの特訓施設もあるって言うじゃんかよ?だったら軽くひと浴びできるようなものもあるんじゃないかなって」

「じゃあ家に帰らずとも最初からここに来るつもりでもよかったわね!」

ここに来るまでがダルいんだ、という本音があったがここまで来てしまえばもう過去の話だ。

ドームの自動扉をくぐると、メイはくるっと振り返り、

「じゃあ私は此処で待っているわ。バトルタワーまではそこの廊下に続いているし、あとは案内にしろ看板にしろそれに従っていればたどり着くわよ。じゃあ、またあとでで!」

何がまた後で、なのか。
高野は今後起こるであろう面倒事がただただ嫌で仕方がなかった。
メイの指した方向へとゆっくりと歩いていく。
確かに、バトルタワーという名称の施設へと道が続いていた。

ドームシティの敷地やバトルドームと比べるとタワー内の人の出入りは多かった。
やはり屋内となると自然と利用する人も増えるのだろう。
ましてや、此処には大会の為の特訓が出来る施設もある。
戦いに慣れていないユーザーからすれば模擬試合が出来るこの施設は何よりも使いたいものなのだろう。

高野はそんな個々で盛り上がっている選手達を後目に、1人シャワー室へと向かう。

ーーー

それから30分後。
高野は全く同じ光景を同じ場所から眺めていた。
よく友達や、かつての組織の仲間からも「男のくせに風呂が長い」とよく言われたものだったが確かに長かったなと先程までの温もりと心地良さを思い出しながら高野は歩く。

「今日はいいけれど、今度此処を利用するのもいいかもな。ゾロアークの幻影を使った練習試合が出来そうだ」

高野はこれまで、家や大学の近くの公園で新たに育成したポケモンに対しゾロアークを使った練習をよく行っていたが、それらは満足のいくものではなかった。
此処のような予め整備された場所ならば、のびのびとそれも行える。

そんな独り言が飛び出た時だった。

1人の女子高生とすれ違う。

この時期ならば高校生をやたらと見るのは珍しくもない。
ましてや、制服姿の学生など大会期間でなくとも街中で見かけるほどだ。

ゆえに、高野はその人に対し特別な思いは抱かなかった。

「あの……すいません……」

すれ違った女子高生が、高野の背中に声をかける。
一瞬、ほんの一瞬歩く動作が止まる。

彼女は、それに追い打ちをかけるように続けた。
高野洋平という男がそれまで抱いていた、『あっ、JKがいる』程度に留まっていた思いを砕くかのごとく。

「あなた……"ジェノサイド"、ですよね?……Sランクの……」

足が止まった。
突然の事に驚愕に満ちたその表情で、背後にいるただの学生のはずの、そこらで見かける女子高生をその目で捉える。

恐る恐る振り返る。
しかしそこに居たのは、やはり何処にでも居そうな、社会に溶け込んでいてもなんの違和感のないシンプルという文字を姿で表した、1人の女の子だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.349 )
日時: 2019/04/07 18:26
名前: ガオケレナ (ID: bh4a8POv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平という男の思考はこの時止まった。
聞こえた言葉ひとつひとつの意味をゆっくりと、しかし確実に理解し、捉えていく。

そのせいで10秒ほど硬直してしまった。

何故自分の事をジェノサイドと呼べたのだろうか?
何故既に面影のなくなったはずの名前で自分を呼んだのだろうか?

そして、それらを意味することは1つ。

高野はこの時どう返すか悩んだ。
最後の最後まで一般人を装い、嘘をつきこの場を去るか。
それとも、"そっち側"の人間に相応しい返事をするか。

「え、えっと……」

高野は苦笑いしながら目の前の高校生を見つめる。
この場や街に居てもどこもおかしい所が見当たらない純粋な女子高生にしか見えない。

だからこそおかしい。

深部の人間にしか知り得ない情報を、彼女が持っていることこそが。

深く考えるべきではない。
適当に捨て台詞でも吐いてさっさと退散しようかと思った頃か。
微かに発見した。

彼女の後ろから、友人らしき男子高校生がこちらに向かってダッシュしてくるのを。

(同じ……制服!?という事はコイツと同じ人間……)

高野がそうだと分かった理由は単純にも高校が同じである事を意味する、共通の制服を2人が着ていた事だった。

(まさか、新手か!?)

途端に察知した危機感。
これからやる事など既に決まっているようなものだった。
高野は周りの目も気にせずにゾロアークをボールから出す。
それは、つまり迎撃の意思。

「ゾロアーク……」

高野が呼び出したと同時にゆっくりと腕を標的に向ける。
それと、男子高生の起こしたアクションがほぼ同時だったのは奇妙な運命か否か。

「お〜い、相沢ぁ。勝手に行くなって言ったじゃんかよ〜……」

強大な敵を見つけたとしてはあまりにも間抜けすぎる声だった。

高野の腕と思考が一瞬止まる。
そして、男子高生も突如現れたゾロアークに驚き戸惑い、足が止まる。

急に止めたものだから体育館でよく聞くようなキュッ、というスニーカーを擦った音が綺麗に磨かれたトレーニングルームの床を響かせる。

「ちょっ、ちょっとストップ!!」

すべての元凶であった女子高生が叫ぶ。
それは2人と1匹に対して言われたものだった。

高野は恐る恐る視線を標的よりやや下を、アイザワと呼ばれた少女の方へ向ける。
それは、敵だと勘違いさせてしまった為か申し訳なさそうな顔をしているようだった。

「あれ?お前らってもしかして……」

高野も何かを察しようとした時。

「テメェ!!俺の友達に何してんだゴルァァァ!!」

真横から怒号と共に拳が飛んでくる。

その拳は高野の右のこめかみ辺りにヒットすると、ぐらっと体が揺れた。

(てめっ……やっぱり俺の命を狙う……敵かよ)

床に落ちるまで高野は激しく己を後悔し、そして無垢に見えた高校生たちを恨み、睨む。

だが、倒れた高野が聞いたのは、3人の他愛もない会話だった。

「何やってんだよ〜!東堂!コイツは敵じゃないって!!」

「だったら何だよさっき明らかにお前に向かってポケモン出してたじゃねぇかよ吉岡ァ!」

「2人ともやめて……原因はあたしだから」

幸か不幸か、気を失わずに済んだ高野はその会話を聞いて彼らが敵でもなく、そして自分と自分に対して殴りかかってきた男子高生が勘違いをしていた、という事を分かったことができた。

ーーー

「んで、お前達は一体何なんだ!?」

その後必死に謝られて唐突に自己紹介され、少しばかり会話せざるを得なくなった高野は適当に近くの喫茶店に寄って話を聞くに至る。

最初に話しかけてきた女の子が相沢優梨香、後ろからダッシュしてきた男が吉岡桔梗、そして隣から拳で語りかけてきた男子高生が東堂煌と各々名を名乗る。

「僕たちは同じ高校に通う、友達で〜……」

「いや、そこは良いからもっと重要な所をだな」

「つまり、これが知りたいんですか?」

相沢がストローでアイスコーヒーの中の氷をくるくると弄びながら静かに答え、そして続ける。

「"ディープ・サイド"なのかと」

高野はここで確信した。
彼らは深部の人間だと。
でなければ、一般人が知り得ない単語をそう簡単にポンポン出すはずがない。

「いや、それらの言動で分かったからもういいよ。重要なのは何故俺をジェノサイドと呼べたか、って事だ」

「それはつまり、自分はジェノサイドだと認めたって事ですか?」

「それをハッキリさせる前に答えてくれ。何故お前らは俺をジェノサイドだと仮にも突き止める事が出来たんだ?」

高野の薄い目が3人を見つめる。
東堂と言う男は、やってしまったと言う目をしていること以外何も分かる事はなかった。

(感情を上手く隠せてる……。コイツら、やっぱり深部の人間だ。それも、ある程度環境に身を置いてから時間が経ってる……。ったく恐ろしいガキだ)

対して高野も決して悟られない事を声に出さずに呟く。

「なんとか調べました」

「へぇ?」

やはりと言うか、口を開いたのは相沢だった。

「公にはなっていませんが……。以前神東大学内にてちょっとした騒動がありました」

「あそこはポケモン絡みの騒ぎが多いからどの事を言って……」

「ジェノサイドが写し鏡を奪って、尚且つそこに潜伏していると。それを奪うべく幾つかの組織が攻撃をした、という情報があったことを……掴んだんです」

「あれか……」

高野はうっすらと思い出した。
バルバロッサが写し鏡の解析の為に邪魔が入ってこないよう、"意図的に流した情報を元に対ジェノサイドの包囲網を形成"させ、襲撃したあの日の事を。
あの時は確かまだルークが敵だった頃の話だ。

「また懐かしい話題を……。じゃあそこから順に追っていって、」

「はい。あなたを、見つけました」

自分たちが掴んだ情報が確実。
それを表すかのような強い目だった。

高野は、これは1杯食わされたかと言う代わりになりそうな大きなため息をつくと、

「全く……何の意味もないじゃんかよ……。この格好」

初見の敵の目を欺く為のワイシャツとスラックスと眼鏡と言った格好のはずだった。
赤と黒のローブ姿=ジェノサイドというイメージがある彼等の目を騙すための。
その筈だったが、ここで簡単に見破られる。

高野はメイを軽く恨んだ。
面倒な事してやってんのにバレたぞ、と。

「そうだ。お前達の情報は正しい。確かに俺は半年前までジェノサイドなんて呼ばれていたよ」

その途端。

それまで緊張していた3人の表情が安堵のものに代わり、言葉やガッツポーズといった仕草で喜びを表す。
まるで、ジェノサイドを見つけることこそが大きな任務であったかのように。

「じ、実はっ!!お話がしたいな〜なんて、思ってて!」

吉岡がやや慌てながらテーブルから身を乗り出す。

「もう話ならしてるけどな。今になってお命頂戴致す!とかならやめて欲しいがな」

「いやいや!!そんな事じゃないです!ほら、コイツと違って!」

吉岡の体を無理矢理引っ込めさせ、東堂を強く指した相沢もまた、テンションが高くなりながら高野を一直線に捉える。
逆に東堂は「もうやめろ!」と言いながら手を払い除けながら、

平和な世界で平和な語り合いが広がっていく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.350 )
日時: 2019/04/07 20:53
名前: ガオケレナ (ID: bh4a8POv)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「強くなるにはどうしたらいいかって?」

吉岡から言われたばかりの言葉をそのままオウム返しすると暫く唸る。

「はい!ジェノサイドさんみたいに常に強くあり続ける為の秘訣が知りたいんですよ〜!」

「と、言われてもな……」

確かに自分はつい最近まで最強だった。
いつから最強だったか、それは個々の解釈によって変わってくるが、強者であり続けていたのは事実だ。
彼らが少ない情報を頼りに接触し、こんな事を聞いてくるとなると何を求めているのかが段々と分かってきた。

強くありたい。もしくは、その実力が欲しい。
これに尽きてしまう。

「俺は……組織を結成した当初から狙われ続けて来たからなぁ。迎え撃つのを繰り返していたら自然とランクが上がってきちゃったよ。最も、こちらから攻めた事もあったけど」

「でも……普通に考えると奇跡みたいなものですよね?組織を結成したのはいつですか?」

「そーだなぁ。俺がバルバロッサと出会ったのが高校入って暫くした時だから……5年前の2010年かな」

懐かしさも相まって過去を思い出す高野だったが、東堂の「ごねんまえ……?」という驚きしか読み取れない呟きが聞こえていないようだった。

彼らからすると5年も同一の組織を構え続けることに加え頂点に位置することなど有り得ないことらしい。

「で、でも〜……普通だったら5年も、しかもSランクで有り続けるなんて……」

「まぁ無理だろうな。だから俺は俺だけの強み……言い換えれば他の組織との差別化を図るための力を身に付けた」

「それは何ですか?」

「ゾロアークだよ」

相沢の質問に対し高野は抵抗力皆無で言い放った。
ジェノサイドという存在がもう無いからこそ言えることなのだろう。

「俺のゾロアークは幻影を魅せる事が強みだけど、普通のものとは少し違う。ポケモンの力を最大限引き出すにはトレーナーの力が必要みたいでな」

「どういう……ことっすか?」

声色と言葉のチョイスで、高野は相手の顔を見ずに誰が言ったのか分かった。東堂である。
運動部に所属していそうな筋肉質な体格から発せられる野太い声だ。

「まずタイミング。ゾロアークがその場に居ると分かった時点で相手に幻影を使っているとバレてしまう。その為にゾロアークを出していないかのように徹底的に隠す事と、仮にバレても、いつ使っていてもおかしくない風を装う。つまり自然すぎる幻を見せるのさ」

「確かに〜、派手過ぎるとその時点で幻影だってバレそうですもんね」

「それもあるし、それを俺は控えていた。だけど重要なのは単に自然な幻影を魅せる事じゃない。相手に思わせることさ」

早くも理解がついて行かなくなったようで、東堂と相沢が苦い顔をしながら頭を抱え始めた。
涼しい顔をしているのは吉岡だけとなる。

「相手に、"もしかしたら今幻影が始まっているのかもしれない"と言う思い込みをさせる。その為に俺がジェノサイドである事のハッキリとした証拠と、俺がゾロアークを使っているという事前情報が必要になるのさ」

その為の派手なローブ。
街中で着れば目立つ事間違いなしのそれにも、意味はあった。

「話を戻そう。事前情報を持った敵が相手ならば相手からして、突き当たる戦略はふたつ。"今幻影が始まっている"か、"これから幻影が来る。もしくは使ってこない"のどちらか。つまり相手は心理的なロックを強いられる事となる」

「じゃあ……あなたがゾロアークというポケモンを選択したのもそれらが理由ですか?」

「まぁそうだな。心理的ロックが掛かった人間は大体が単純な動きしかしなくなるから対処しやすいって理由なのと、後は単に好みだな。結局愛着が沸かないと強みを引き出す事は出来ないからね」

最後にと高野は結論付けた。
強くなるにはポケモンを知ることと自分自身の戦闘に対する経験を積むことだと。

偉そうに語ったクチだったが、言ったことでそっくりそのまま自分にも跳ね返る。
たとえ最強でなくなっても、それらは最早永遠のテーマだ。
高野洋平という人間として強くなるには今後も必要なものである。

「最後に、いいですか?」

と、静かに相沢がゆっくりと手を上げながら聞いてきた。
最後、という事はこれまでのものは満足のいくアドバイスとなったのだろうか。

「あなたのゾロアークが魅せているのは、本当に幻影なんですよね?」

「ちょっ、何が言いたいんだ?」

「話で聞いた事があるんです。幻で出たはずの炎が本当に熱かったり、幻影の風が本当に冷たかったり風の感触があったりって……五感が感じることがあったと主張してくる人や話を何度も耳にしました」

高野は、なるほどなと何度か首を軽く縦に振りながら話を聞くとまたもや抵抗0で答える。

「俺はゾロアークを使うにあたって強く意識している事があった。暗示……即ちプラシーボ効果だ」

聞いた事はあるけれど意味は詳しく知らない。
3人の思っている事がまさにそれだと言いたげな顔だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.351 )
日時: 2019/04/10 10:10
名前: ガオケレナ (ID: ol9itQdY)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「相手に強く思い込ませる事であたかも本当に物事の測定の変化を現すことさ。まさに例えるならばさっき言ってた熱い炎とか強い風とかだな。でも俺が魅せていたのはあくまでも幻影だ。すべてがすべて暗示が作用し成功していた訳ではないがな」

「それが上手くいった1番の要因は何ですか?」

ここに来て高野は若干の違和感を覚えた。
そもそも相沢含む彼らは何を求めて自分に会い、話を聞きたがっていたのだろうか?と。

「1番の……か。まずはプラシーボ効果がどんなものか、と言うのを調べたね。組織ジェノサイドがSランクになるまでの間に」

自分がまだ最強と呼ばれる前の、戦いに明け暮れた日々の頃を思い出す。
朧げで最早その記憶は鮮明ではないためか、確実にあったはずの事実も思い出せずにいた。
それでも、自分が暗示について深く調べていたことと、命令を必要としないゾロアークの育成をひたすら行っていた事を。

「もしも君たちが、強くなりたいと思っている上でこれらを参考にしようと考えているのならオススメはしない」

「えっ?どうしてですか?」

「多分絶望する」

高野は、嘗て彼らと同じ年齢で行っていたが故に身を持って体験した事をそのまま伝える。

それは、強さと引き換えに垣間見てしまったこの世への絶望。

「まず、幻影ばかり魅せられるもんだから俺自身現実との区別がつかなくなった。何が現実かどこからが現実なのかが分からない。暫く身の回りのあらゆる物を疑い、不信感を向けていたね」

高野は口元を緩めながら腕を組む。
傍から見れば大分リラックスしているようだ。

「慣れてくると"それ"もなくなって改善されるけど、今度は幻影に対する強い憧れ、現実に対する嫌悪と絶望に飲まれちまう。……もう二度と体験したくはないね。生きる意味を失う思いをするのはもう散々だ」

「そこまで思ったらなら、死のうとか思わなかったんすか?」

「何度も思ったさ。でも出来なかった。……死ぬ事すら出来ない臆病者だったからさ」

どよんとした空気に包まれる。
高野が喋り終えて数10秒の沈黙が訪れてから、原因となった自分もやっとこの事に気づく。

「お、おい待てよ!別にお前らが落ち込む事じゃないだろ!……もしかして、俺と同じ方法で強くなりたかったとかか?だったら尚更オススメしない。上位ランクを目指すならもっと別の方法で高みを目指していくのがいいさ」

「別の方法とは?」

「ひたすら任務を行うのと、あと今有効なのは議会に近づく事かな。議会若しくは1人の議員直属の組織になるってのも悪くないと思うぞ」

間隔なくスラスラと喋ったように見えたがこの時高野の頭の中では知識と単語の無間地獄のような空間で、苦しみながら答えになるような考えを持っていく。

「実際増えているらしいけどな?議会側も俺みたいな制御の効かない人間が現れ始めて苦労しているのに直接の戦力を持ち合わせていない。誰もが杉山渡のように強くはない。でも力は欲しい。その結果、深部組織自ら議員に擦り寄る直属部隊ってのが出来上がって来ているらしい。お前らもどうよ?見た所同じ学校内で集まって出来た組織だろ?って事は人数も少ないだろうし少数精鋭を求めている議会とも合ってる」

ーーー

小雨ながらも止む気配を見せない灰色の空の下、高野はバトルタワーへと戻ろうとそちらへと向かおうとしていた3人の姿を再び記憶に留めようとじっと見た。

やはり、深部の人間には見えないどころか、そう思いたくもないような複雑な気持ちが芽生えてくる。

(俺も……かつてはそう思われていたのかな……)

自分が高校生の頃、周りから似たような感情を振り撒くような言動をしていたのだろうか。
自分が抱いた思いはそのまま自分に跳ね返る。

「悪いな、力になれなくて」

「いえいえ!話が聞けただけでも嬉しかったです!」

相沢は少しにやけながら答えた。

「僕も、いつか会って話がしたかったと思っていたので〜……」

「まぁ参考になった話になったかどうかは分からんが……強くなれるよう頑張れよ」

「ハイっす!!」

それじゃあそろそろお別れかと高野も背を向けようとした時、

「戻るのにいつまで掛かるのかな〜?なんて思ってたらあなた、放ったらかしにしてお茶でもしてた訳!?」

「あー……やべぇ忘れてた」

時間にして1時間以上待合室で待たされていたメイが、退屈しのぎにお菓子と飲み物を買おうと外に出た時だった。

待っているはずの高野が、3人の高校生と仲良さそうに話をしている光景が目に止まったのだ。

「忘れてた!?1時間以上待たせられた私の身にもなってよ!」

突然呼び出したのはそっちで、結果的に待っていたのもそっちの勝手だろと言いたくもなった高野だったが、何やら吉岡たちの様子がおかしい。

不思議そうで、且つやや怯えていそうにメイを見ている。

「まさか……彼女?」

「ストーカーと言った方が正しい」

「本人の前で好き勝手言ってんじゃないわよ、とにかくこっち来なさい!!」

と、メイは半ば無理矢理に高野の手を引くとドームへと連れて行き、ついには姿も消えてしまう。

置いて行かれた相沢ら3人はポカンとしながら2人を吸い込んだドームの自動扉をひたすら眺めるも、変化はない。

「何だったんだ〜?今の」

「よく分からないけど……やっぱりジェノサイドって大変なのね……」

「それよりもどうするんだ?ジェノサイドから話を聞いて、奴と同じ方法で最強を目指すって作戦。結局やんの?やらないの?」

東堂の言う本来の作戦。
それを思い出した2人はこれまでの高野の言葉を振り返りつつ答えをまとめていく。

「もちろんやるわ。まずはジェノサイドのゾロアークと同じ技構成のゾロアを用意すること。これはキー君に任せるわ。次にプラシーボだとか暗示については吉岡、あなたが調べて」

「相沢は何するんだ〜?」

作戦に名前が上がったのは2人のみ。肝心の作戦立案者の名が無いということは楽をしたいという事だろうか。

「あたし?あたしはまず最初に議会と接触出来るか試してみるわ。ポケモン自体が強くても実績が無ければこれから先やっていけないわ。それから、ゾロアークに対する育成を行う。命令無しに動かすにはゾロアークそのものの、現実に対する性格を矯正しないといけないもの」

最強を目指す彼らの意志に揺るぎはなかった。
高野が散々言っていた警告に一切の興味を向けることなく。

ーーー

「おい、痛いって!いい加減離してくれよもう屋内だろ?」

高野はメイに連れられてバトルドームに入り待合室まで歩かされると、バッ、と手を思い切り離される。

「お願いだから勝手な行動は控えて」

「はぁ?俺がこっちに帰る途中に向こうから絡んで来たんだが?むしろ被害者みたいなもんだろ?」

「そうじゃなくて!!あいつらは深部の人間よ!無害で純粋な高校生たちだとか思っていたわけ?」

「お前が俺に何を言いたいのか分からないがそれは流石に分かったさ。だって俺に対してこう言ってきたんだぜ?"あんたはジェノサイドだろ?"って」

メイはその言葉を聞くと表情が固まった。
そして、再度尋ねる。

「ねぇ……それ本当?」

「本当だよ。怪しいから何で俺がジェノサイドだと分かったのか理由を聞いてみた」

それから、高野はこの1時間の間どんな話をしていたのかをメイに伝えた。
このまま変な疑惑や不信感を抱かれっぱなしなのも気分が悪いからだ。

「少なくとも……あなたの命を狙う輩ではなかったようね」

「とりあえずはな。俺を殺して最強になるってパターンの奴はゴロゴロ居たが、まさか俺から話を聞いて最強になるってパターンも生まれるとは……深部も平和的になったもんだ」

呑気な高野を見てメイは無駄に蓄積された疲労を吐き出すかのごとくため息をつく。

「今回は良かったけれど……今後もこういう人達が現れるわ。あなたは簡単について行こうとしないで。あなたがジェノサイドだとバレた以上服装を変えても意味がないって事も分かったでしょう?あなたはそれ程有名人なの。だから……」

高野は未だ知りえていないメイの目的。
彼女はただ純粋にまでにそれに沿った行動をしただけの事であった。
高野がその事に気付くことは無かったが。

「分かった分かった。今回は俺も甘かった。色々話しちまったしな。確かにこのチームから1人死人が出れば大会もやりにくくなるしな。気ぃつけるわ」

「ちょ、……私はそれを言いたくて言ったわけじゃ……っ」

「だとしても、俺にも俺自身の身の守り方ってモンがある。引き続き警戒していく」

と言うと、高野は観客席へと続く通路を歩いていった。折角シャワーを浴びたのにまた雨に濡れるような事はしないだろう。恐らく様子を見に行くためだ。

「まったく……何も分かってないわね」

メイは1人呟くと彼の後ろをついて行った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.352 )
日時: 2019/04/10 17:32
名前: ガオケレナ (ID: 3lsZJd9S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「それじゃあ、いってきま〜す」

普段通りの光景すぎて心が篭っていない声を発しながら大学3年生の香流慎司は家を出ると自転車で最寄り駅まで走り始めた。

今日は7月27日。
予報とは少しズレて今日に梅雨明けとの発表があり、朝のニュースもそれを何度も報道していた。

ここ暫く雨のせいでアスファルトに染み込んだ雨の匂いを錯覚しながら香流は晴天の下、自転車を漕ぐ。

彼が住むのは東京スカイツリーが家からでも見える両国だ。
自転車で隅田川を沿っていけば駅はすぐそこにある。

月曜に組んだ講義は2つ。
昼前と昼休みを挟んですぐの時間にある"それ"を終えたら、あとは大会会場に向かって観戦とトレーニングルームでの練習をひたすら行い、最後は聖蹟桜ヶ丘近くに一人暮らししている山背の家に何人かで泊まって火曜に臨む。

そんな予定であった。

(これまでに予選ではこっちのグループは負け無しで続けて来れたけど……今日はどうなるかな?楽しみだな〜)

最近眼鏡からコンタクトに替えたからか視界がやや広く感じる。
暑い夏の陽射しを浴びながら風を受け、見えてきた川を沿ってひたすら直線を走る。

両国駅に着けば乗り換えを繰り返して神東大学に到着する。
いつもの光景、いつものパターンだった。

それは、他人の目から見ても同様に。

突然、不自然な風の流れを頬を伝った。
それは、車道を挟んだ左頬に流れた。

つまり、香流は今反対車線を自転車で走っている事になるのだが、それもあってか、異変に気付くことが出来た。

自転車のスピードを緩めながら左方向を少し覗いてみる。

そこで、香流は戦慄した。

自分の真隣に、何処からか飛んできたであろうエイパムが、ニンマリとした顔でその大きな尻尾を振り回していたからだ。

「えっ……?」

思考が巡る余裕も許さない。
エイパムはその尾をターゲットである男に振り下ろす。

スピードの乗った高エネルギー物質が人体に当たる鈍い音が響いた。

ガッシャーン!
という、自転車がアスファルトに叩きつけられた音が街の静寂を乱し、香流は自身の体が吹っ飛ぶ感覚を覚え、宙に浮いた。

落ちる。

下は見慣れたはずの隅田川。
危険に晒されたその頭は、そんな単純な事実だけを自身に突きつける。
しかし、彼が川に落ちることはなかった。

香流が走っていたのは反対車線上の歩道であった。
川の敷地内にある遊歩道を挟んだ先に川があるのであって、道の隣や真下にそれがある訳ではなかった。

香流は歩道から川を見渡すために作られた手すりに体を、全身を打つことでその体は静止した。
右足と腰、そして右肩を酷くぶつける状態でその場にへたり込む。

自分の身に何が起きたのか、果たして自分は何者かに狙われたのか。

それすらもよく分からないまま、彼は真っ暗になった視界を確認すると意識が途切れた。

幸いだったのは怪我した場所が駅の近くゆえに人通りが多かったことと、攻撃したであろうエイパムがそれ以上の追撃をしなかった事であった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.353 )
日時: 2019/04/10 18:27
名前: ガオケレナ (ID: 3lsZJd9S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


胸ポケットの中のスマホが振動する。
それが分かっていても、それに出る事はなかった。

何故なら、本日分の大会スケジュール開始早々にメールと、同じグループのメンバーからお呼び出しがあったが為に現在ドーム内の広すぎるコートにてバトルを繰り広げていたからだった。

「くそっ!今日の敵は中々やるな……やっぱりここまで来ると向こうのレベルも上がってくるか!!」

「呑気に喋ってる暇あったら戦略の1つ2つくらい立てとけー!」

味方の座っているベンチから心配している声が聴こえる。
大きな歓声の中それが拾えたのは距離のお陰かそれとも奇跡か。

とにかく、高野洋平という男は今目の前の学生が繰り出ているポケモン、アイアントに苦戦していた。

(くそっ……この期に及んで炎タイプのポケモンを連れて来ていなかった……。しかも奴の特性が'なまけ'だとは……これはやられたな)

高野の使ったポケモンのヤミラミが'おにび'を外し、特性を'なまけ'に変えられたせいで上手く攻撃出来ず、ジワジワとダメージを与えられていたところだった。

「クソっ……このままじゃやられちまう」

高野は手持ちのポケモンのモンスターボールを見つめながら打開策をひたすら考える。

アイアントの'シザークロス'がヤミラミに命中した。
あと一撃で倒れるだろう。
それを察した高野は悔しさを噛み締めつつヤミラミをボールに戻す。

「アイツ駄目だな……このバトルは負けたろ。次俺の番な」

ルークが隣に座るメイにそう言った。
既にこのチームはメイが1勝している状態なのであとは高野が勝てば良かったのだが、それが見られない。
ルークが彼に失望しつつ準備がてら手持ちを眺めていた時だった。

観客が大きくどよめいた。

メイも驚き、ルークも周りから一足遅れて何があったのかバトルフィールドを見つめる。

こだわりスカーフを巻いたガブリアスの'じしん'が急所に当たり、アイアントを倒した瞬間だった。

「はあぁぁ??アイツ最初から用意してたんならやられる前に出しとけよ!!」

ルークはその戦い方に納得が行かなかったのか、彼に向かって怒鳴る。
高野も高野で、「今気付いたんだよ!アイアントより速いポケモンがいた事に!」と、逆ギレする始末だ。

その後に相手が繰り出したポケモンはガメノデスであり、こだわりスカーフのせいで'じしん'しか出せなくなったガブリアスの攻撃をきあいのタスキで耐え、'からをやぶる'で攻撃と素早さを上げるも、ガブリアスの速さには追いつかなかったようで反撃が出来ず、2度目の攻撃で沈んだ。

これにより高野は何とか勝利を手に入れる事が出来たが……。

「お前嘗めすぎだろ?」

「なんでもう少し早く気付かなかったかな!?もっと早い段階でガブリアス出せたよね!?」

と、終了早々仲間から総ツッコミを受ける始末であった。

「いやぁ悪い悪い。'なまけ'アイアントなんか初めて戦ったからさぁ……」

「まぁいいわ。勝ちには勝ちだし、そろそろで予選も終わる頃よ。いい加減今までの緩いバトルは忘れて本気で臨んでほしいところね」

言いながらメイはちらっと高野を見つめる。
そこには、彼女の話を全く聞かずに自分のスマホを見つめている高野の姿がそこにあった。

「って、あんた私の話聞いてるの!?」

「ちょっと待てって。試合中にスマホが鳴ったんだから確認したっていいだろ」

「もういいだろ……コイツに何言っても無駄だ」

ルークは呆れながらメイに対し呟く。

だが、高野の様子がおかしかった。
画面を見ては硬直している。

「……ん?何か様子が変ね?何かあったの?」

高野は、相手側が無視されたと感じたのだろう。何度か来た通話の後に来たLINEのメッセージを眺めてはフリーズしていたのだった。

「ねぇ、どうしたのよ?」

「香流が……。俺の友達がポケモンで襲撃された」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.354 )
日時: 2019/04/17 13:01
名前: ガオケレナ (ID: uqFYpi30)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「カナレ?誰だそいつは」

ただ事では無いことを察知したのか、ルークが関心を寄せながらそんな事を聞いてくる。

「俺の大学の友達だ。当然深部なんかとは関係ないがお前が知らないとは言わせない。以前戦ったはずだ」

「あーーー……」

ルークはもう既に過去の出来事となった、南平の工場跡地で戦った香流とその友人達の姿を記憶の底から引っ張り出す。
初心者ながら十分な腕前だったことが印象的だった。

「何で……しかも今に……。クソっ、あいつが何かしたわけじゃないだろ……」

突然の報せに狼狽える高野。
だが、ルークとメイは他人事ながら何故このような事が起きたのかが何となくだが分かる。

「そりゃお前、あれだろ。ソイツお前に勝ったんだろ?」

「ジェノサイドに勝ったなんて深部の中ではかなり大きなニュースになり得るものねぇ。すべてを知っている人が居たとしたら彼を狙うのも不思議ではないかもよ?」

「だとしてもおかしいだろ!俺は逃げている最中に利益を狙う奴らから闇討ちされた。それで負けたから解散……確かそんな事に"なっているはず"だろ。香流の事とかあの日に起きた事が知られるなんてこと自体がおかしいんじゃないか!?」

「議会を信用しなかったり怪しんだりしている人達なら捜査なり何なりして真実を知る、って事は案外少なくはない事例よ。よほど彼らも暇なのでしょうね」

自分のせいで狙われた。
それが直接的であれ間接的であれ、自分が存在していた事で起きた事ならばそれは許せないことだった。

高野は己の弱さと限界を噛み締めると急ぐようにしてバスターミナルへと向かい始める。

「ちょっと、これから何処に行くつもりなのよ?」

「もしもし?香流か?お前無事か?生きてるよな!?」

高野はメイの言葉を無視して前へ進みながら電話を始めた。
相手は香流で、しかも難なく繋がっているようだ。

『……し、もし。ごめんね、心配したよな……?』

いつもの彼の声だった。最低でも生存確認は出来た。
だが、やはり不安は拭えない。
痛みに耐えるための呻き声が時折聞こえるからだ。

『ぃま……学校にいる……』

「はぁ!?」

その声に高野は予想を大きく裏切られた。
彼が両国から大学に来ている事はかなり前から知っていたので、通学途中で怪我を受けたとなると居場所はかなり絞られる。
高野の予想では彼の地元の病院か、駅で救急車を待っている途中、若しくは大学に行くのを諦めて家で伸びているかのどれかだと思っていたのだ。

だが、大学に居るということは、

「お前、怪我は?歩けるのか?」

『……あぁ。歩ける。痛いけどね……』

思った通りだった。
深部の人間から狙われたとなると1番最悪なビジョンをまず最初に思い浮かべてしまう高野は、本当にこれが深部の人間の仕業なのか、だとすると甘すぎるのではないかと余計な事も同時に考えてしまう。

だが、彼が大学にいる以上まずはこの目で見なくてはならない。

高野はメイとルークに振り向き、大学に行ってくるとだけ告げるとターミナルに止まっていたバスに乗り始めた。

はずだった。

「……なぁ。これは俺の問題だって言ったはずだよなぁ……なのに何でついて来てんだ?」

高野は聖蹟桜ヶ丘駅行きのバスの座席に座りながら隣に座る女と通路でつり革を持ちながら立っている男に言う。
当然相手はメイとルークだ。

高野としては適当に捨て台詞吐いて2人の前から去ったはずなのだが、珍しくもメイとルークが大会以外で行動を共にしている。
果たしてどんな意味があるというのだろうか。

「少し確認したくて。本当に深部の人間の犯行なのかという事とあなたに勝った人がどんな人か見たくて」

「いやお前は何度か見たことあるから……」

「俺にもお前にも勝ったアイツが今更やられたなんて不自然だしな。まぁ何かあんだろ」

「だからってお前らが来る事はないだろ……。一応無事である事は分かったんだからよ」

「だったら良いじゃない。私達は"仲間"なんだから」

都合のいい言葉に聴こえて仕方がない。
だが、これほどにも、この時ほど頼りになる存在は他には居ないだろう。高野という人間の環境を見る限り。

それに嬉しさと困惑が混ざり合った不快な感情を抱きながらバスに揺れ続けていく。


ーーー

香流は大学に着くとまず敷地内で1番初めに目についたベンチに腰掛けた。
足腰を主として下半身がひどく痛むからだ。

香流はスマホの時計を確認する。
講義開始まではまだまだ余裕があった。

(此処に来れるほど元気という事だから大丈夫だろうけど……一体アレは何だったんだ?)

香流は深部の世界を垣間見たとはいえ、それに関しては何も知らない素人だ。
だから自分の身に起きた事が何だったのか、果たして深部絡みなのかすらも分からなかった。

それでも1つだけわかる事。

(あの時……あの場所で襲って来たって事は……こっちがいつも通っている道だと知っていることだろうな……タイミング的に考えても事故とは考えにくい……やっぱり故意か……)

などと考えすぎて深刻そうな顔つきになった頃。
バス停から自分の名を叫ぶ声が聞こえた。
その声で誰の声なのかもすぐに分かる。

「おーい、香流ぇぇ!!」

「レン……?わざわざこっちに来たのか!?」

香流が見た姿。
それは、大会会場でしか見たことないメンバーを引き連れた、彼の友達の姿。

即ち高野洋平だった。

「お前大丈夫か!?一体何があったんだ?」

「大丈夫……大丈夫だから落ち着いて」

右頬辺りに小さな痣があったがそれ以外に目立った外傷は無いように見えた。
高野はそれでまず安心したが、それでも平静を取り戻すことは出来ない。

「病院とか、ここに着いてから医務室とかには行ったか?」

「いや、まだ行ってないよ」

高野は松葉杖を香流本人が持っていない事を確認すると周囲をキョロキョロし始める。

何かを察したのか、メイとルークも彼の傍へと早足で駆けてきた。

「なぁ、ルーク」

高野は珍しく彼を名指しで呼んだ。
彼はそれには無反応だったが続きの言葉を待った。

「チルタリスとか持っていないか?」

「は?何でチルタリス?」

「こいつを医務室まで運ぶ。無理に歩かせる訳にはいかないからその為のポケモンを……」

「なるほどな。ちょっと待ってろ」

と言いながらルークはスマホを操作し始める。
画面の先はアプリ『ポケモンボックス』だろう。
ゲーム本編とリンクしているそのアプリを使えば、わざわざゲーム機を用意せずともポケモンを呼び出す事が出来るからだ。

ボックスの奥底に眠っていたであろうチルタリスが彼らの目の前に出現する。

「さぁ、コイツに乗れ」

「いいよ大丈夫だよ、歩ける……」

相変わらず遠慮しがちな香流だったが高野はその言葉を無視するとルークと共に彼の体を持ち上げ、柔らかそうなチルタリスの体へと放り投げた。

「よし、このまま医務室まで行くぞ」

「全く……なんて強引な奴だ」

高野を先頭に医務室がある建物へと向かう。
確かそこは最近まで工事をやっていて春から開かれた新しい建物だったはずであった。
当然そこは医務室だけでなく教授たちの研究室も含めた10階建ての建物だが。

「香流、お前講義は?」

「あるよ……あと3〜40分くらい後だけど」

「じゃあ間に合うな。診てもらって松葉杖辺りでも借りるだけなら10分もかからない」

「それよりも、どうしてレンの仲間まで来てるんだ?大会とは関係ないはずじゃ……」

香流のその言葉にまず反応したのはメイだった。
初対面ではなかったものの、今日まで名前を知らなかった彼女はこのタイミングで名前と顔とこれまでの記憶を一致させる。
そして、口を開いた。

「あなたを襲った人間が深部の人間かもしれないからよ」

「えっ……?」

当然と言うか予想の範疇すぎる反応だった。

「どうして……こっちが?」

「お前まさか本気で自分は深部とは一切関わりがありません、なんて思ってんじゃないだろうな?」

次に喋り始めたのはルークだ。
彼も初対面ではなかったが、これまで名前を知らずにいたという点ではメイと同じだった。

「お前はこれまでにも、ゼロットと協力したり、アルマゲドンとジェノサイドとの戦いにも首を突っ込んだり、俺と戦ったり、それに……コイツに勝ちやがった」

ルークは忌々しそうに高野を指した。
それでも、香流はピンとは来ていなさそうだ。

「まだ分からない?深部最強の人間と戦って勝った男が平然と街を歩いている……これはチャンス以外の何物でもない……。そう考える過激な人もこっちの世界では当たり前のように存在しているのよ?」

「ちょっ、ちょっと待って!?レンが言うにはこっちじゃなくて別の人に倒された事になったって聞いてたから安心はしていたのに……」

「何事にも陰謀論は付き物よ。あなたはたまたま真実に気付いた人に襲われた。そうやって考えるしかないわね」

理由がよく分からない以上、メイのその言葉をそのまま受け取るしかなかった。
香流は小さく「うっわー……」と呟くと、それがたまたま聴こえたのか、高野が申し訳なさそうに謝る。

「レンは悪くないよ。だってあの時のあの行動はすべてこっちが選んだものなんだし。その結果レンも救われたでしょ?」

救い。
確かにあの日を境にして高野の生活は一変したが、そのせいで現に香流は怪我を負っている。

その時の戦いが無ければ負わなかった傷だ。

「それでも……俺は許せねぇよ。お前とお前達を守れなかった自分と……敵に」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.355 )
日時: 2019/04/20 18:02
名前: ガオケレナ (ID: 1kYzvH1K)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


医務室のある校舎が見えてきた。
高野は少しばかり早歩きをして先を進む。
それにメイとルークが続き、香流を乗せたチルタリスが静かに浮かぶように飛ぶ。

そんな、普通でない光景を周囲に見せてしまったせいだろう。
当然ながら注目も浴びてしまう。

「ちょっとちょっと〜!大学構内はポケモン禁止ですよ〜。そこの人たち止まって!」

明らかに自分らよりも年上の人の声だった。
その甲高い声色から見るに、女性のものだろう。
だが、高野はその声に若干の聞き覚えがあった。

ゆっくりと、そちらに振り向く。

「伊藤……先生!?」

伊藤莉佳子。

神東大学の講師の1人だ。
見た目30代前半といったところだろうか。
その外見は若々しさや可愛げが名残のように残っているその女性は、男が多い学科では人気の講師である。現に高野もこの人の講義を受けた事はあった。

だが、それはどうでもいい問題だ。

彼女は、深部そのものを知っている節があるのだからだ。

「あら?……あなたは……」

伊藤の目に映ったのはこの大学の生徒としての高野洋平と、嘗て覗き見てしまったジェノサイドとしての彼の姿。
それが重なり、ポケモンが顕現しているのも相まって徐々に顔が暗くなっていく。

「お前ら、先に行け」

高野は医務室の方向を指した。

「ここの生徒でないお前らでも、流石に医務室の場所位は分かると思う。ここ入ってすぐ右だ」

高野の指の先には校舎の自動ドア。
よく見ると、ドアの先の壁にも医務室の方向が描かれた矢印が示されている。

「それはいいけれど……あなたは行かないの?ってかその人誰?」

「それは後で話す。とにかく面倒事になる前に早く行け」

高野はメイの言葉をほぼ無理矢理無視するかのように指示をして彼らを先に行かせる。

呼吸を整えて、高野は改めて伊藤をその目に収めた。
彼女も何か話したい事があったようで、一連の流れが終わるまで待っていてくれたようだ。

「すみません、お騒がせしてしまって」

「また何かやらかしたの?」

意外だった。
彼女の声と表情は、やけににこやかだった。そこに怯えや恐怖はない。

「話は聞いていますかね?先生ほどの人だったら、何かしら情報が行ってると思ったんですけど」

「知っているよ。ジェノサイドはもう居ないんだってね」

やはり知られていた。
彼女がどういう人間なのか、講義を受けていただけの高野にはそれがまだ分かっていない。

「やっぱり……ご存知でしたか」

「どんなやり取りがあったかまでは知らない。あなたにどんな心境の変化があったのか、どんな環境にいたのかも。でも勘違いしないでね。それであなたの過去は赦されたわけじゃないからね?」

「それは分かっています。ところで……さっきのは、」

「ポケモンを呼び出すなって何度も注意されているはずよ?いい加減守ってもらわないと処罰の対象になるのだけれど」

「あれは、俺のせいなんです」

高野はこの時ばかりは正直に話そうと思っていた。
それで何かが変わるかは分からないし、そこまで望んでもいない。
ただ、深部の事情を少しでも知っている人が聞けばどんな反応をするのか。それを知りたかった。

「なるほどね……深部とは何の関係も無い、ただあなたの友達ってだけで狙われた……と」

「えぇ。何処かで俺をジェノサイドだと見破った奴がいて、そこから辿ってあいつに行き着いたんでしょう。……あいつが大怪我をしなくて良かったけれど……、俺がジェノサイドだったせいで周りに被害が及んでしまった」

「そんなの、今に始まった事じゃないよねぇ?」

胸に刺さる言葉だった。
高野は、もしかしたらこれ以前に、誰かが自分のせいで傷付いたかもしれない。いや、確実にあったであろうそれを思い出させられて苦悶の表情を一瞬浮かべる。

「先生は……何者なんですか?」

高野は黒目だけを上げて彼女を見た。
伊藤はその言葉に一切動じないようだった。

「先生は……"こっちの"世界の人間のはずだ……。なのに、何でそれを知っているんですか?何で俺の存在や……あの日、写し鏡の事も知る事が出来ていたんですか?」

高野は、それでも表情に一切の変化がない伊藤に対して叫ぶ。

「あなたは一体何者なんですか!?」

それを聞いた伊藤はくすっと笑う。
まるで、傍から見れば小さな事で叫んでいる子供を、色々知ってしまった大人が宥めるかのように。

「私の専門は刑法よ。つまり、どういう意味かわかる?」

「どういう……って?」

「私だけじゃない。少なくともこの大学の……いや、日本全国の法学の教授、講師、先生はあなたたちの存在を知っているわ。日本の法律を追えば必ず何処かでぶつかる存在だもの」

「それだけ……?たったそれだけですか?」

「えぇ。識者ならば絶対、にね。関わるか否かはその人次第だけれど」

これまでに深部の存在が公にされなかった理由。
それが偶然によるものだと初めて知った。
これまでにも存在を匂わせる出来事は何度も見てきたしやって来た。

だが、大きな勢力がこの国の背後にあるためか思った通りのことにはならない。
そのせいか、いつしか高野も"あらゆる国民は自分たちの存在を知らないものだ"と、思い始めていた。

実際は違った。

知っていたどころか、自分たちの動きもすべて把握されている。

「でも、安心して。私たちはあなたに対してはもう何もしないわよ」

と、なると平気で規則を破っている生徒を確認出来るようになるのだが、それでも伊藤はそう言う。

「何故ですか?」

「知った所で私たちには何も出来ないからよ。下手に動いたとしても別の勢力にやられかねないもの」

「別の……勢力?」

「余計な事言っちゃったかも……ごめんね、忘れて。ほら、あなたのお友達が戻ってきたわよ」

伊藤が笑って顔を向けている方向を見ると、メイとルークに挟まれながら、松葉杖を借りてきた香流がこちらにやって来たところだった。

どうやら、医務室での診断を終えたようだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.356 )
日時: 2019/04/22 18:02
名前: ガオケレナ (ID: ghfUqmwe)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「香流、お前もう大丈夫なのか?」

「あぁ。打ち身で済んでいたって。しばらくこうなるけれど、こっちは大丈夫」

2人でやり取りをしている内に、伊藤の姿が無い事に気が付くも、それはもはやどうでもいい事だった。
高野は、香流が講義の為に教室へ移動するまで荷物を持つなどして彼について行く。

「おい、俺らはどうしろと?」

置いてけぼりにされそうになったところを、ルークが叫んで高野の動きを止めた。
高野はチラリと彼とメイを見る。

「あ、あぁ……。さっきはありがとう。お陰でこいつもどうにかなりそうだ。こっちの件は大丈夫だから、先にお前らはドームシティに戻っててくれ。俺はコイツが会場に行くまで一緒にいる」

「ったく……自分の出番よりもそっちの方が大事か」

「違うそうじゃない。お前達との会話にあったような、香流が深部の連中から狙われているという話を想定のもと動く。アイツが1人でいるのと、俺が共にいるのとでは敵の動きにも変化があるかもしれないだろ」

「はいはい、友達を大切にするのはいいが1つ忘れるな。お前はもう深部の人間じゃない」

ルークの言葉がやけに高野の胸に突き刺さった。
特に最後の言葉だ。

「どれだけ今まで深部で我が物顔でやっていたとしても、それは過去の話だ。今の深部事情に深部でない者が首突っ込んだら面倒な事になるのはお前でも少し考えれば想像出来るはずだ」

「じゃあ……俺にどうしろと?」

汗を流して不安そうな表情が見える。
本当にこれがジェノサイドだった奴なのかと思わずその顔を2度見したルークだったが、

「知るかよ。今以上に最悪な結果にならない事を祈る事だな」

と、言うとメイと共にポケモンに乗ると空の彼方へと飛んでいってしまった。

「レン?」

聞いていたのかそうでいなかったのか、中途半端な距離を離して歩いていた香流が、高野が後ろを歩いていないことに気がついてこちらに振り向く。

「どうした?大丈夫?何ならこっちはもう平気だから先に……」

「いや、なんでもねぇ。ほら行くぞ」

高野は香流の背を押しながら彼の目当ての教室がある建物へと歩いていく。

(深部の人間でない……か。やっぱり違和感があるなぁ)

そんな事を考えながら高野は歩く。
無理もなかった。本来ならば、彼が深部の世界に入って今年で5年目になるのだから。
そう簡単に長年培ってきた感覚を失うのは難しいものがあった。

「なぁ、香流」

「うん?」

「今朝、ポケモンがお前を狙ってきたんだよな?やっぱり、あいつらの仕業だと思うか?」

唐突な会話だ。
現にまだ高野はここまでの流れで香流本人の考えを聞いてはいなかったから気になっただけである。

「うーん……。それ以外に理由が思い浮かばないからね。大会も始まってまだ1ヶ月。予選の途中だしこっちたちが目立っているとは到底思えないんだよね。だから……」

素人にしては冷静な判断である。
高野は率直にそう思った。

明らかにあの戦い以降、香流も考え方や戦い、そしてこの世に対する感覚に変化が起きている。

「やっぱり、俺と関わったせいか……」

「だからレンは悪くないって!こっちと会う前からジェノサイドだった訳だし、こっちと戦わなければレンもジェノサイドのままだったんだ。どっちが悪いとか、もうそう言うのは無いと思うんだよ」

建物に入ると、エレベーターに乗り、教室のある5階のボタンを押す。
2人以外に人がいなかったお陰で話も続けられている。

「だと有難いな……。よし、俺も協力しよう」

「協力?」

高野は少しでも罪悪感という物を少しでも消すため、そしてこれ以上の仲間へ向けられる危険を排除するため、誓う。

「今回の襲撃の首謀者を特定してブッ叩く。お前やお前らの平和を俺が守る。それで俺が逆に狙われるもんなら返り討ちにしてやる」

「待って、それじゃレンが危険だ!もう深部の人間じゃないのに……」

「だったら大丈夫だ。幸い俺の大会メンバーの2人は深部の人間だからそこは何とかなる。お前も嫌だろ?通学の度に自転車から放り投げられるのなんて」

高野は極僅かに恐れを抱いた。

香流の考え方、戦いに関する感覚、そしてそれらに付いて回るような危機管理能力。

それらは、その考え方は深部の人間に近しい何かを感じたからだ。

最悪な結末を辿る訳にはいかない。
だからこその、誓いであった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.357 )
日時: 2019/04/28 15:51
名前: ガオケレナ (ID: tOQn8xnp)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no

講義の終了を告げるチャイムが鳴り響く。
肩をびくつかせて顔を上げた高野は、今自分が食堂の席を2人分取った状態で、何も頼まずに1時間半耐え忍んでいた結果寝ていた事に気が付いた。

スマホを見て時間とLINEを確認する。
時刻は12時。香流の講義の1つが終わったところだ。
そしてLINEはゼロ。
どうやらこの間バトルは無かったようだ。

ここのところ対戦が頻繁に続いている気がした。
しかしそれは気のせいではなく、勝ち進んだ結果参加者が減っていったが為に当然に起きる事だった。
それは自分たちだけではない。
香流たちもそうだし、他の参加者も同様である。

チャイムが鳴ってから20分後。
香流が食堂にやって来た。

「よう、大丈夫か」

「大丈夫だって!来るのに時間が掛かるだけさ」

香流が座るのを確認すると高野は食券を買いに席から立ち上がる。その時香流の分も買ってこようか聞いてみたが断られた。それ位自分で出来るとの事だった。

「どんな講義受けてたの?」

高野はカルビクッパを、香流はうどんを席まで運ぶと食べ始める。
その時の高野の質問だった。

「さっき?さっきのは……絵画とかから隠されたメッセージじゃないけれど、真意?それを理解するって内容の授業だよ。象徴学みたいなものだよ」

「絵画に隠されたメッセージって……それって本当にあるのかよ?解釈次第ではなんとでも出来そうな気がする」

「場合によりけり、ってやつだよ」

石井にしろ山背にしろ彼にしろ、自分には到底追いつけない分野をよくここまで学べるものだなとその精神性を疑う。
少なくともその考えは高野本人を中心としているので間違いではあるのだが。

「講義中連絡はあったか?」

「いや、何も。こっちが講義にいる間は豊川と山背君が会場に居てくれてるし心配ないな」

「この後はどうするんだ?」

「この後にもう1つ講義あるし、それ受けたら会場行こうかな。ここまで残った人達の戦いを見ておきたいし、そろそろトレーニングもしたいしね」

ここまでは予定通りであったが、それ以降の事を言うと香流は少し考えながら、

「まぁ、あんな事があったからね。山背君には悪いけど2、3日お世話になろうかなって思ってる」

「その方がいいよ。俺としてもやりやすい」

「やりやすい?何が?」

「何でもねぇよ」

お腹を空かせていた事もあって即行で食べ終えた高野は飲み物を買うついでに席を立ち、LINEを開いた。
相手はメイである。

ーーー

「何よ……急に……」

メイは会場に着いてから少し観戦をした後、軽食のためにいつもの喫茶店で休憩していたところである。
その時の高野からのLINEであった。

「んん?『前に会った高校生を憶えているか?』一体どういう事よ……」

メイは思った通りの事を返信してみる。
すると、高野からの返事は早いものだった。

前に自分に接触してきた高校生たちが深部であったこと、だが彼らが何処の学校の人間かは分からないこと、即ち見たであろう制服から場所が特定出来るだろうかという内容であった。

『分かるわけないでしょ』

メイからのメッセージもシンプル且つ質素なものであった。
当然ながら、それに既読が付くともうメッセージは来なくなった。

ーーー

「だと思った。少しばかり分かるかなーとは思ったんだけどなぁ」

「さっきからどうしたの?様子がおかしくないか?レン」

彼に続いて昼食を終えた香流が杖を付きながらゆっくりと高野に近付く。
あえて何も言わない高野に、香流は妙な胸騒ぎを覚える。
嫌な予感がしてたまらない。

歩行速度が著しく下がった香流に追いつくことは出来ない。
高野は彼を置いてさっさと歩いて行ってしまった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.358 )
日時: 2019/05/01 04:35
名前: ガオケレナ (ID: OJjBESOk)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「だから、違うって言ってるだろ〜!」

トレーニングルームに響く怒号。
しかし、その声には普段の穏やかさと優しさが少しばかり残っているかのような色を含んでいた。

「あらぁー。苦労しているみたいねぇ。吉岡」

騒ぎを聞き付けて、同じ高校生グループの相沢と東堂がやって来る。
声の主は吉岡桔梗。彼は一通りの基礎ポイントを振り終えたゾロアに対し、現実世界における性格の矯正を行おうとコミュニケーションを取っていたところだったのだが、

「コイツ全然言うこときかねぇよ〜。勝手に僕に変身したりするし!」

と、必死ながらも意味の分からない事を言う吉岡なので、2人はじっとゾロアを見てみる。

すると、
しゅん、と空中で一回転したゾロアが吉岡桔梗その人の姿へと変化した。

吉岡と化したゾロアは広いフロアを走り回り、それに対して顔を真っ赤にして本物の吉岡が追いかける。

そんなおかしな光景に相沢と東堂の2人は腹を抱えて爆笑しだした。

「笑い事じゃないって〜!」

「悪ぃ吉岡、お前とゾロアのやり取りがおかしすぎて……くっ、ははは……」

「同じ顔が2つもあると気持ちが悪いというかおかしいと言うか……でも片方は人間の格好しながら4足なんだもん笑うしかないって!!んふふっ……あはははっ!!」

「だからそんな悠長でいいのかよって……これじゃあ最強のゾロアークなんて出来るのかよ〜」

「我慢するんだ男子。初めはそんなもんさ」

読みが当たっていた。
一連の流れを見ていて彼はそう思いながらまだまだ幼い彼らにアドバイスを投げる。

高野洋平の声だった。

「あっ、あなたは〜……」

「ジェノサイ……高野、さん?」

「久しぶりだな。まさかな、とは思っていたけどゾロアを育てていたなんて。いいのか?今の環境ではかなり使いにくいぞ」

「ゲームでも現実世界こっちでも、使いこなせてみせますよ!……ところで、突然どうかしたのですか?」

「あぁ。ちょっと相談がしたくてな」

香流と別れて1時間ほど経った後、高野は大会会場であるドームシティへと移動し、彼等がいるだろうと踏んでバトルタワー内のトレーニングルームを覗きに来ていた。
ここに来れたという事は自分らの出番はまだ無かったということだ。

「厄介な敵に目をつけられたんだ。俺一人じゃ少し難しくてな」

「"あの"ジェノサイドに厄介とかあるんすか?」

ニヤニヤしながら東堂が横槍を入れてくるが、それに対し高野は横目で流す。

「厄介なのは、敵の居所が分からないって事なんだ
。それと、明確な対象も分からない」

話を聞いた3人はどんな顔をしていいのか分からないといった表情をしていた。
何をもって敵としているのか、高野が何を伝えたいのか全くもって分からないからだ。

「すいません……何が言いたいのか分からないと言うか〜……」

「悪い説明足らずだった。実は俺の友達が突然襲われたんだ。当然そいつは深部とは無関係なんだが、俺の交友関係を調べ尽くした気持ち悪い奴が俺じゃなく友達を攻撃した。そいつは無事だけどな……。でも友達は他にもいるし、これ以上犠牲者を出したくない。だから、少し協力してくれないか?」

「別に構いませんが、どうしてあたしたちを?友達居ないんですか?」

「さっき居るって言ったじゃん!いや、あの、深部絡みとなると頼める人が居なくなるだけなんだ」

自分の友達の少なさを少しばかり呪った瞬間だった。
決して知り合いや友人は少なくはないのだが、高野の、他者との交流を疎かにしてしまう性格がここで裏目に出てしまった。
本来であればジェノサイドの面々や、高校時代共に深部にて行動を共にしていた人達を集めることも出来たはずだったからだ。

「勿論タダでとは言わない。金は出すし機会があれば議会の人間とも接触させる。何ならゾロアーク育成の手助けをしてもいい。だからここは1つ助けてくれないか?」

「いいけれど……俺たちはいつ動けと?大会期間中はまともに会場から出れないのにか?」

「キー君……あんたパンフレット見てないのね……。29日から1週間大会はお休みになるのよ」

「「えっ、マジか!!」」

東堂の叫びと同じタイミングで高野も同じ台詞を吐き出した。
その後すぐに高野は東堂と顔を合わせ、互いに「なんでだよ……」みたいな表情を見せると気まずさからか黙ってしまう。

終始唖然としていた相沢は、高野がそもそも何を思って相談しに来たのか、どのような段取りでいるつもりだったのか全く理解出来ずにいる。そんなギャグみたいな空気の中、誰もがこう思った事だろう。

奇跡ってあるんだな、と。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.359 )
日時: 2019/05/06 17:24
名前: ガオケレナ (ID: M0NJoEak)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


13時から14時半の講義を終えた香流は、大学からのバスを経由してドームシティに到着していた。

事前に来ることを知らせていた山背と豊川がターミナルで待ってくれていたようで、彼がバスから降り立つと同時に2人が駆け寄ってきた。

「大丈夫かお前!?派手にやられた、って聞いたけど……」

「うん、大丈夫大丈夫。ほら、こうやって歩けるし本当だったらこの松葉杖もいらないんだけどね」

「でも何で香流が狙われるんだ?理由がよく分からないよ!」

2人には『ポケモンに襲われた。多分深部絡み』程度しか教えていなかったので、山背からしたら香流が狙われる理由が分かっていなかった。真相を完全には知らない豊川も同様ではあったが、彼はまだ何となく察する事が出来ていたようで彼ほど驚いてはいないようだ。

「それよりも大会の方は?何か動きとか、こっちが見落としていて実は試合があったとか、そういうのない?」

「お前が居ない間に試合していたかって事か?それは大丈夫だ。俺も山背君もずっと此処に居ただけで何も変化はない」

「そうか……なら良かった」

バス停から離れた香流は杖で地面をカンカン鳴らしながらゆっくりと歩き始める。
当然ながら2人もそれにつられて歩く。

「前から気になってたんだ。今からバトルタワーに行ってトレーニングしてもいいかな?」

「別に構わんが……お前にトレーニングなんて必要なのかよ?」

「必要だよー……皆はこっちの事を強い強い言うけど、こっちではそう思わないし、やっぱり実戦では慣れない事ばかりだし。ゲームとリアルの動きはやっぱり違うよ」

「思ったんだけど、香流ってそんなに強いの?まだ対戦したことないから分からないんだけれど?」

山背の発言だった。
彼は6月23日にサークルに参加しだして約1ヶ月経った今でも香流との対戦はまだ未経験であった。
そのため、彼の強さが分かっていないのだ。

「一応それはさっきの話とも少し繋がるんだ?」

「さっきの話?どれくらい前の?」

「丁度2人にも相談したい事があったんだ。続きを話すね」


ーーー

「いい?29日から1週間空くって事は何を意味するのか」

「……いつもの実況者というか……解説とかしてるDJが疲れたから」

高野のふざけた答えにメイは「違う」と言う代わりにぺしっ、と軽く彼の頭を叩いた。

「予定では、今日と明日……もし少し予定とズレたら29日の前半までにすべての予選が終わるからよ!つまり予選から本選までの運営側の準備の為の1週間よ!」

「そんなんで終わるのか!?もっと掛かるイメージだと思ったんだが」

「まぁ、ゆうてここまでに何十回とバトルしたからなぁ?20回くらいは勝ってきたんじゃないか?」

ルークはそう言ってきたが高野にそこまでの記憶は無かった。
何回戦って何回勝ったかなんていちいち覚えていられないからだ。

「んで?お前は何が言いたかったの?」

高野は逸れた話を戻すためにメイに戻させるよう仕向ける。
メイは「なんだったっけなぁ……」と小さく呟いてから何かを思い出したかのような顔をすると、

「そうだ!1週間の予定は!?」

「は?」

「だから、あなたの明後日以降の1週間の予定よ。何をするつもりだったの?」

「俺か?俺はひとまず香流を襲った奴らを探すよ。また同じような事が起きても嫌だしな」

「お前のとこの大学はいつまでやってんだ?もう夏休みだろ」

「神東大学は8月の14日からだ。そっから2ヶ月近く休み」

「そう言えば今日、変なLINE送ってきたわよね?あの高校生たちに何か用でもあったの?」

高野は、あぁ、それかとわざと改めて作ったようなノーリアクションで反応すると、隠しもせずと言った様子でこう言い放つ。

「アイツらと一緒にこの1週間行動する。だからアイツらがどこの高校の人間か知りたかった」

「……あの子たちよりも私達と行動した方がいいと思うけれど?見たところあの子たち初心者よ」

「いや、いいんだ。俺にも考えがある。その為のチョイスだ」

「あぁそう。ならいいけど」

ーーー

「レンの様子がおかしい?」

豊川はバトルタワー内のトレーニングルームにて派手に技を繰り出している香流のバシャーモを横目に、香流の話にそのように言い返した。

「いや、まぁ……誰だって友達がヤバい奴らに襲われたらビビるだろうが」

「そうじゃなくてさ……こう、敵を徹底的に探し出してぶちのめすみたいなように見えて仕方がないんだ」

「つまり、お前はこう言いたいのか?」

豊川は隣に山背が居るにも関わらず、いや、居るからこそ敢えて言ってやるといった口調で、

「レンが深部に戻るかもしれない。そう思ってんだろ?」

「そこまで極端じゃないよ……ただ、相手が深部絡みとなると不安ってだけで」

「ちょっといい?レンが深部に戻る事ってそんなにヤバいの?」

山背の声だ。
あれからまだ何も聞かされていない者の言葉にそれは等しい。

「色々と問題があるんだ。そもそも、レンがジェノサイドでなくなった1番の理由って知ってるか?」

「いや、僕にはサッパリ……」

「コイツに、香流に負けたからだ。コイツ、レンの為だけに深部組織同士の戦いに混ざって最終的に勝っちゃったんだぜ!?深部最強のアイツに」

「そんな事……でも、そんな……君にそんな事が……?」

山背は顔を真っ白にすると理解できるまで何度も豊川の声を頭の中でリピートさせた。
情報量が突然多くなって戸惑う。

ジェノサイドが終わった理由が、まさか今まさにその目の前にあるなどとどんなに想像力を膨らませても決して到達しないものだからだ。

「待って……それじゃあ、まさか、香流が襲われた1番の理由って……」

しかし、そこは山背恒平という男である。
理解さえ出来てしまえば背景や本質と言ったものをすぐに表すことができる。

「そういう事なんだ。こっちが、今1番心配なのは"そこ"なんだよ」

香流の声が、余計に響いた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.360 )
日時: 2019/05/14 17:57
名前: ガオケレナ (ID: sCyn8lHK)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


大会会場から少し離れた、バスターミナルとは真逆の位置に置かれた駐車場に雄叫びのようなサウンドが響く。

ガラガラに空いたそこに、夏の夜のような色をした真っ青のスポーツカーが入ってゆく。
ひと昔かふた昔前に流行っていた車だった。今となっては珍しいモノ程度でしかないが。

「あのなぁ……今更言うのも遅すぎるけどよぉ……」

その車の運転手であり持ち主である男が鬱陶しそうに言う。

「何でテメーが乗ってんだよミナミ……」

「え?もしかしてダメだった?ごめんね、今から靴脱ぐよ」

「土足厳禁とかじゃねぇよ!しかももう着いてるしな!」

4人乗りの雨宮の車からまず降りたのは旧ジェノサイドのメンバーにして現赤い龍のリーダー、ミナミ。
次いで助手席から降りたのは彼や彼の仲間であり、ルークと親交のあるモルト、運転手の雨宮が降りた後に、彼の真後ろに座っていたハヤテがアスファルトに足を付けた。

「ウチらも勝ち続けているとはいえ、あと2日だもんねー。少しは練習しておかないと」

「だからって俺の車で来るこたぁねーだろ」

「いいじゃない。そこにアシがあるのだから」

「だからテメーって奴はトコトンムカつくなぁ!!おぉん?」

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ雨宮さん。たまには良いじゃないですか!4人でドライブと言うのも」

あまり話をしない癖に畏まった話し方をするハヤテがいるせいか、それまで募っていたストレスや敵意がその時限定で若干薄まる。

まぁいいや、とだけ吐き捨てた雨宮はロックをすると車から離れた。

平日であり、参加者の大半が学生との事だけあって駐車場は観客のものを除くと空きだらけであった。

「お前のメンバーって、あとは確かケンゾウとか言うのが居たよな?そいつはどうした?」

「ケンゾウは今日は用事があって来てないの。だから今日はハヤテと特訓かな?」

「僕では練習相手になるかどうかも分かりませんけど……」

「観る方が楽しいだろうなって思って初めから参加しなかったけどやっぱり戦いたくなるよなぁ!とにかくルークは元気でいるかなぁ?」

「賑やかなことだな……」

はぁ、とため息をついて雨宮は歩く。
はしゃぐ彼らと、楽しそうに歩く周りの学生たち。
深部の世界では考えられないほどの平和がそこにあった。

(思えば、ジェノサイドの野郎が負けてから奴の人間が赤い龍として再結成してからこんな感じだよな……?つまり、それはジェノサイド本人が争いを産む原因って事だよな……。まぁ、深部最強だから当たり前っちゃ当たり前か。害悪でしかねぇけどな)

などと考え事をしている雨宮の隣を、知的でとっつきにくそうな少女がすれ違う。

雰囲気から多少の違和感を感じ取った彼だったが、左目だけを動かしてその女をほんの少しの間追ってはみるものの、その程度の興味だったのか特に何もせずに視点が元に戻っていく。

「オイ、」

雨宮は、勝手に色々な話で盛り上がっている3人に対して問いかける。
それに唯一反応したのはハヤテだった。

「練習するとか言ってたが何処でやるつもりだ?あまり面倒だと勝手に帰るからな」

「試合会場の後ろにあるバトルタワーですよ。そこにトレーニングルームがあるので」

「はいはい、どーぞご勝手に」

ーーー

「いっっ……けぇぇぇ!!ワルビアル!'ストーンエッジ'!」

東堂の強い叫びに呼応して、彼のポケモンであるワルビアルが鋭利な石の刃を生み出し、射出する。

相手のポケモン、クリムガンに幾らか直撃するもそれだけで倒れるほどヤワではないようだ。

彼らの本来の作戦である『本気を出さない選出』を、ここに来て東堂は無視をする。
純粋に自分の力で育てたポケモンで本気で挑みにかかるつもりのようだ。

「ねぇねぇ〜、東堂のヤツ……」

「分かっているわ。キー君にはあえて自由にやらせる。此処で無駄に負けるのも嫌でしょう?」

「そうだけどさ〜……」

「大丈夫。キー君は自分で育てたポケモンを使わせるのならば強いから」

吉岡は多くの不安を抱きながら、フィールドに立つ東堂と彼のポケモンワルビアルを席からじっと見つめる。
"負けるかもしれない"とか、"敵に主戦力のデータを取られる"とか、そういった類のものではなかった。
確かにそれは1つの不安要素として抱いてはいたが。

「あいつ……す〜ぐ油断するから……」

吉岡の懸念通り、相手のクリムガンの'へびにらみ'でワルビアルは忽ち体を痺れさせる。

片膝をついて思うように動けない所を今度は'げきりん'で仕留めようとする。
鈍足ながらも走り、怒りのパワーをぶつけようと力を溜めた拳を振るおうとしたその時。

負けじとワルビアルも'はたきおとす'を放つ。

叩かれて落ちたクリムガンの"いのちのたま"が転がった。
対戦相手の学生は驚きつつ舌打ちをしたようだったが、一々相手の様子を見るほどの余裕を今の東堂は持っていない。

ここで決める。それが叶わなくば次点で決める。
東堂の戦略は相手の'げきりん'を挟まれる形ではあったが達成できたようなものだった。

辛くも怒りの乱撃に耐えたワルビアルは、次点となる予定だった'じしん'を放つ。

会場を揺らし、振動とエネルギーでダメージを受けた相手のクリムガンは、遂に倒れた。

それまでの蓄積ダメージと"いのちのたま"による反動によって。

「いよっっしゃぁああああ!!!」

これでもかと叫び、喜びを体で表す東堂。
熱くなるバトルを見て燃え盛る観客たち。
学生達で組まれた吹奏楽の応援団による演奏。

"祭典"がそこにあった。
人間的にはまだ若く未熟な学生たちが主体となって次世代を担う。
それを象徴する祭りが。

「派手に喜んでるよ東堂のヤツ〜……」

「吉岡の言う通り、調子に乗って油断しなければいいけどね」

冷静にバトルを見つめる仲間の2人であったが、その後の戦いの展開は読み通りであったのは言うまでもない。


ーーー

「はあぁぁぁーーーい、リッキーでぇぇぇーーす!!」

ミナミらがバトルタワーに向かう途中の事だった。
ドームシティの敷地のど真ん中にして会場であるバトルドームの前に、どこかで聞いたことのあるようなフレーズを言い放ってはしゃいでいる男を見かけた。

その男はマイクの前で、まるで動画投稿サイトにおける実況者のようなモノマネをするような調子で今自分がいる場所と、大会の説明を行っている。

傍から聞いていてそんな風に思えた。

「ねぇ、なにあれ」

「……本気で言ってんのか?オマエ」

「何処かで聞いたことのあるような声とフレーズな気がするのよねぇ……」

「……だから本気で言ってんのか?オマエ」

「あの人の姿もどこかで見た事がある気がするし……でも何でマイクの前で喋ってんだろう?なにかの実況?」

「……マジの本気で言ってんのか?オマエ」

本気で気付いていないミナミと、本気でそのワードを彼女に対して叩きつけるようにして言う雨宮。

そして、すべての状況を知った上で遠くから眺めつつニヤニヤしているハヤテとモルト。

だが、いつまでも天然でいるミナミに、それに対して異常なまでにイライラしているが故に決して答えを言おうとしない雨宮のやり取りを見て収拾がつかないと感じ取った2人は駆けながらやや興奮気味にこう言った。

「何言ってんですかミナミさん!!あれ、リッキーですよ!」

「リッキー……?」

「ほら!いつもバトルの解説をしているDJのリッキーですよ!どこかで聞いたことがある声だと思いませんか!?」

「………………。あーーーっ!!!大会実況者の声じゃん!!!」

「だから、さっきからコイツがそう言ってんだろうが!」

雨宮が、それでもとぼけているミナミに対しハヤテをビシッと指しながら叫ぶ。
それなりの大声だったはずだが、当のリッキーはそちらにマイクを向けることなく、そこから1番近い飲食店へと入っていった。
どうやらラジオ番組の実況のようであった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.361 )
日時: 2019/05/16 14:48
名前: ガオケレナ (ID: cqX79mXG)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


試合を終えた相沢と吉岡は観客席へと移動し、これから始まるであろう試合を待ち侘びていた。

隣に1つ席を空けて。

「え〜っと……。これから始まるんだよね?高野さんの試合」

「そのはずだけれどね……さっきのアナウンスでも言っていたけれど、設備調整のため少し時間かかるってさ」

「う〜ん……早く始まらないかなぁ。改めて高野さんの戦いぶりを見てみたいんだけど。……あと、東堂のヤツ来るの遅くないか〜?」

「悪ぃ遅くなっちまった!席ずっと探してたよハハハ!」

と、ある意味絶好のタイミングで響いた仲間の声が。

「何やってんだよ〜……。ほら、席空けといたから座りなよ」

と、言って吉岡は自分のリュックを隣の座席から下ろすと彼の為の椅子が出来上がる。

「サンキューな」

と言いながら東堂も座り始めた。

「結局あの後負けちまってすまんな!でもあの後お前が勝ってくれて助かったわー」

「今の段階で負けてるようじゃ、この先が思いやられるわ……1週間の内に特訓ね」

相沢がため息混じりに呟く。
試合がまだ始まる気配は無かった。

ーーー

「こんな事ってあるのかよ……」

「何してんのよ!!とっくにアナウンス流れてるのよ!?もう諦めて早く来なさい!」

高野は頭を抱えていた。
と、言うのも彼とメイ、そしてルークで談笑しながらバトルドームへ向かっていた途中の出来事だった。
ここ最近ボールから出さないでいたことが災いして、悪戯好きのゾロアが自由と解放を求めて勝手に飛び出したと思ったら、何処かへ行ってしまったからだ。

今、彼らはそのゾロアを探しに右往左往していたのだった。

「もういいだろ。こんな下らねぇ事に時間費やすようならアイツ残してさっさと行くぞ」

「あー……悪い、そうしてくれると助かるんだが」

一連の流れに全く納得出来ないメイは顔を赤くし、何か言いたげだったが彼女の頭の中の情報量が多すぎて結果何も言えずにいる。

無言で2人は高野から離れると全速力で試合会場へと駆けて行く。

「はぁ……。さて、と」

しゃがみこんで建物の隙間を覗いていた高野はその合図で立ち上がる。

そして、北西に続いている細い道から、その先の、大貫の工房がある方向の道から、彼のゾロアを大事に抱えながら1人の少女がやって来る。

「すまない、助かったよ。助かったけれど……」

「よりにもよってお前かよ、と言いたげな顔ね」

デッドラインの鍵。

とっつきにくそうで彼のような一般人では話が通じなさそうな一風変わった少女。
質素な服装と軽く束ねたポニーテールと掛けている眼鏡から漂う知的で且つクールビューティといった雰囲気から、つい話をする事すらも何処か躊躇っている。

だが、今回は彼女からその壁を破ってきた。

「歩いていたら突然この子が走ってくるんだもの。それに、この子と目が合ったらこうしてみたくなるわ」

「ソイツかなりのいたずらっ子でな……。命令も無しに急にボールから出たりするんだ」

「きちんと育てる事ね」

「あぁ。だが今回ばかりはコイツを褒めたいところだよ」

何故か高野はゾロアを受け取る為の手を差し出そうとしない。
そんな異変に彼女が気付いた時には、次の単語が襲いかかって来た。

「こうして、"デッドラインの鍵"と話が出来たんだからな」

その刹那。

彼女の目の色が変わった。

目の前に居るのは自身のポケモンに逃げられて捜索するも、見つけられずにいる哀れなトレーナーから、"知られてはならない事を"知っている危険人物へと映りが変わる。

彼女は対象者を排除せんと、視線をポケットに移す。
しかし、両手がゾロアのせいで塞がっていてエレキブルのボールを出せずにいる。

怒りと驚きを混ぜたような眼差して高野を睨んだ少女はゾロアを放り投げると、ボールの入ったポケットへと手を忍ばせる。

だが、高野はその隙を見逃さない。
宙を浮かんでいたゾロアが、そのままニドキングへと変身すると地面へ着地し、彼女の手を掴んだのだ。

「ちょっ……離して!!」

「俺も手荒な真似はしたくなかった……。だが、どうしても俺はお前と話をしなくてはならないんだ」

「…………ぅっ、……このっ……!」

強く睨みながら手をばたつかせようとするも、たった1匹のポケモン、それも、ゾロアの腕力にすら適わない。

そろそろ蹴りでも入れようか考えたときだった。

「俺はジェノサイドだ。まぁ、元だけど」

少女の動きが止まった。
その顔から、怒りといった感情を抜き取った表情で彼を見つめながら、

「それ……本当……?」

とだけ呟く。

「去年の12月18日。俺は香流慎司という一般トレーナーに負けた。決まりに則ってジェノサイドは解散。俺は深部とは離れた事で一般人へとなった……。んだが、それでも証拠が必要か?この事実に加えてゾロアークでも出せばいいのかな?」

「そんな人間が……何の用!?」

「知りたいんだよ。お前が何者か。今、俺の周りで何が起きているのかをね」

高野は1歩進んでニドキングの肩辺りを叩く。
もういい、という合図のつもりだ。

その場で一回転するとゾロアは元の姿へと戻り、高野の背後へと走り回った。

「……ジェノサイドとデッドラインには何の関係が……?」

「何も無いよ。ただ、勝手に"次期ジェノサイド候補"なんて呼ばれていると気になるだろ」

「たかが一般人が……踏み込むんじゃないわよ」

「まぁ、普通はそうだよな。でも、そういう訳にはいかなくなった。……さっき言った香流という俺の友人が何者かから攻撃を受けた」

その言葉に、少女は一瞬だけ目を見開く。
だが、流石に高野はそれだけで彼女の感情まで読み取ることは出来なかったようだ。

「……私とどんな関係が?」

「はっきり言って無いだろう。だが、俺は個人的にこう思った。仮にもデッドラインを名乗っているんだ。お前の背後に、議員の1人くらい居てもおかしくないんじゃないかな、って」

「……」

「どんな形であれ今回の事件、議員が絡んでいるんじゃないか。そう思ってな。まぁ確かな証拠は無いし俺の勝手な想像だけどな。それで……」

「それで、議員が付いているであろう私に接触してきた……と?わざわざ私が通るタイミングで意図的にゾロアを放してまで」

「あからさま過ぎたのは悪かったと思っているよ。……でも、こうでもしない限り真相には近付けないと思ってな。……俺にも大事な人たちってのが居るんだよ」

何処からか風が吹いてきた。
大貫の工房の近くに、林のような木々が生い茂る場所があったはずだ。
そこからだろうか。風に揺れて葉と葉が触れる音が微かに聞こえた。

「私にも……大事な人たちが居た時があった……」

突如、少女が話し始めた。
向こうから自分の話をするのは珍しい、と思いながら風に掻き消されないよう、聴く事に意識を集中させる。

「毎日平和で楽しかった……。皆と居てよかった。そんな風に思う時が確かにあったわ」

それでも、彼女が何を伝えたかったのか、まだ分からない。
引き続き意識を傾けていた高野だった。

「おやおや、急に姿が消えたと思ったら……。こんな所に居たのかい?」

高野から見て遥か前方。
つまり、大貫の工房のある方角から、以前何処かで聞いたはずの声がした。

「あまり離れると心配するんだが……おや?君は……」

片平光曜。
この大会の開会式で、参加するすべてのトレーナーが見て、聞いていた議会の人物。

そして、その登場は、彼の予想が的中した瞬間でもあった。

しかし、

予想外の出現に、高野は目の前の彼女から注意を逸らしてしまうこととなる。

結果。

高野と少女の間に割って入ってくる形で現れたエレキブルの'かみなりパンチ'に、彼は殴り飛ばされることとなってしまった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.362 )
日時: 2019/05/22 18:50
名前: ガオケレナ (ID: Se9Hcp4Y)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


突然吹き荒れた風に、メイは肩をびくつかせた。
この暑い真夏において冷たい風というのは心地良ささえも覚える。
しかし、心に余裕が無い状況に置かれるとあらゆる予期せぬ自体にいちいち過剰に反応してしまうものだ。

「遅いわね……」

メイの視界にはバトルフィールドに立つルークの姿が見える。
あと1勝か2勝かで本選出場決定となる大事な試合に今、彼が臨もうとしている。
せめてこういう試合には3人全員揃っておきたい。

そう思っていたメイだったが、高野が来る気配が無い。
試合はたった今始まろうとしていた。
ついさっき2人が到着した、というのもあったが。
対戦相手は学生のようには見えなかった。私服だからだ。
だが、大学生というのも有るし、もしかしたら深部の人間の可能性もある。

固唾を飲んで静かに見守る中、試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

ーーー

殴られた左頬と肩を中心に、体が痙攣する。
高野は土の上に横たわりながら自身の体の異変を感じ取る。

「やめるんだ」

「でも……っ、!……こいつは……」

「いいから、今はやめておくんだ」

敵意を周囲にほとばしりながら続けて命令しようとしたデッドラインの鍵と呼ばれた少女に、肩を優しく叩いて平静を促そうとする片平。

彼の眼差しは細く、強く、鋭いものだった。

片平はゆっくりと、倒れている高野に近付きながら問いかける。

「あまり嬉しくない情報を聞いてしまったねぇ。君、元ジェノサイドなんだって?」

「……」

立ち上がりたくとも立てない。
話したくとも口が思うように開けない。
しかし、声だけは聴こえる。

もどかしさを噛み締めながら高野は黙って聴いていた。

「まぁ……それは知っていた事だし改めてハッキリと確認できただけでいいのだが……。そんな君が彼女に何か用でもあるのかな?……それとも本当に用があるのはこの私とか?」

「……、……だ」

「ん?何か言ったかな?」

「……オ、れ……は、……お前、に。……」

「これはちょっと強く殴り過ぎじゃないかなぁ?もう少し手加減してあげても良かったんじゃないかな?」

「……これでも手加減した」

頭を掻きながら溜息をつく片平。
つくづく事は上手く運ばないばかりだ、と小さく独り言のように呟いた。

そうしている内に、痺れが無くなってきたのか高野が起き上がった。
まだ気だるさがあるのだろうか、その場で立たずに座り込んでいる。

「俺に用があるのは……お前だ……」

と、高野はまだ震えが残る手で片平を指した。

「やっぱりね」

「俺の友人が……突然襲われた」

「さっきの話のことかい?それならさっき聴いたよ」

「だったら……なんか言えよ」

「うん?」

「アイツの襲撃には……テメェら議会が、絡んでいるんだろ……?一体誰の命令だ……。そんなにジェノサイドを倒した男が邪魔か?だったら……」

「もういい、もういい。君がそこまで被害妄想激しい人だとは思わなかったよ。まぁ、これまでの経歴考えたら変ではないか。でもね、いいかい?私は……いや、実は多くの議員が、君が君のお友達に敗れて深部を離れたという事を知らないんだ。知っているとしたら……塩谷議長くらいじゃないかな?とにかく、」

塩谷利章。
久々にその名を聞いた気がした。
下院議長にして上院議員の1人であり、様々な場面で彼を助けてきた、議員の中では珍しく彼等深部に対しても優しい人物だ。

だが、引っ掛かる。
何故この場面でこの男がその名をピンポイントで挙げたのか。
議長だから何でも知っているという先入観の表れなのだろうか。

「とにかく、私は君の事情なんて知らないし、その香流慎司とかいう人も知らない。君の予想は鋭いのだけれど、怪しいものは全部議会のせいという固定観念だけはやめて欲しいね?」

「じゃあ……」

「?」

「じゃあ何で襲撃者は香流の事を知っていてアイツを襲えたんだよ?奴は深部とは無関係の人間だぞ!?」

「だから……、私にそれを聞くなって。何も知らないんだ。それとも、君はこう言いたいのかい?ジェノサイドを倒した男の情報を、議会という名のツテで入手した人がいる、と」

「……でなければおかしい」

「いやぁおかしくは無いね?情報なんて幾らでも手に入れられるだろう?君とその人の戦いに目撃者が居たとしても不自然ではないだろうし、その事実を知っている者からルートを辿る形で第三者が手に入れた、とか。ほら、パッと思い付いただけでもこんなにあるじゃないか?」

「お前が知らないだけで……他の議員ならば知っている奴だっているかもしれない。議会にとって……、俺がどんな見られ方をしていたか……。それを考えると……、」

「はぁ。分かった。もういい。君と言い合っても何の意味もない事が分かったよ。疑うだけ疑って、何も出来ないのならばそこで諦めた方がいい。だって、君は今"一般人"なんでしょう?」

小さく笑い、見下ろすようにして座り込む高野を眺める片平だったが、その時の高野の視線に異変を感じ取ることまでは出来なかったようだ。

高野は、何か信じられないようなものを見るような目をして真正面を見つめている。

はじめは、片平はそれを自分か、攻撃態勢を保ち続けているエレキブルに対してのものだと思っていた。

しかし、彼が見るのはそれよりも遥か後方。

デッドラインの鍵と呼ばれた少女を無視するかのように通り過ぎ、拳に氷の塊を形作りながら迫ってくるオーダイル。

高野は、そんなポケモンと、そのポケモンの持ち主であろう見知った顔の女子を捉えていたのだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.363 )
日時: 2019/05/29 08:53
名前: ガオケレナ (ID: KcroCul6)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


石井真姫は躊躇しなかった。
同じゼミの友人にして今や同じサークルのメンバーにもなった山背恒平から、大貫の工房の存在を知り是非とも自分もメガシンカを使ってみようかと思いながら見学がてら北川弘と高畠美咲と共に散歩していた時の事だった。

近くで不安を煽るような大きな音がした。

爆心地グラウンド・ゼロはすぐ近くのようだった。
高畠も北川もポケモンを所持していないせいで、自分が2人を守るしかない。
考えるよりも先に足が動く。

足が止まった先で見たのは、やはり不安の種でしかなかった。

ーーー

氷の塊を形成しながら力を溜め、エレキブルへと迫るオーダイル。
そこに誰かが制止しようとか、声を上げて中断させるといった間を入れる事すらも許されない。

短く咆哮を上げると、オーダイルは'れいとうパンチ'をエレキブルにぶち当てる。

高野洋平には、目の前に起きている光景が何故に繰り広げられているのかが理解できなかった。

しかし、それは当然の事である。
すぐさまに石井がこのように叫んだからである。

「レンっっっ!!逃げてっ!」

普段のゆったりしている彼女からは想像出来ない程の足の速さを周囲に見せつけながら、石井は高野の前に立ち、オーダイルと共にエレキブルと対峙する。

ここで高野は、彼女が勘違いしていると判明した。

「待てっ……!石井、俺は別に……」

高野が伝えようとした時にはもう遅かった。

2体のポケモンの戦闘が既に始まってしまったからだ。

それぞれのポケモンの拳と拳が激突する。

オーダイルからは氷の破片が、エレキブルからは火花が散る。
石井からも、向こうの少女からも敵意がひしひしと伝わってくる。最早言葉だけで止めるのは不可能だった。

「やれやれ……面倒な事になったな」

片平は感情が篭ってない声色で呟く。
彼は既に高野から離れ、少女の隣へと移動している。

「もういいだろ。終わらせてあげなさい」

片平は隣の少女に呟く。

と、同時にオーダイルの体から多量の水が噴き出した。
石井が'たきのぼり'を命令したからである。
オーダイルは、まるでサーフィンのように勢いのある水の上に飛び乗ると、そのままエレキブルへと突っ込んでいく。

対して、エレキブルは全身に電撃を浴びるとオーダイル同様突き進んでゆく。

'ワイルドボルト'だ。

どうなるかなど目に見えている。
相性の善し悪しがこの戦いの大きな差であるからだ。

石井でもポケモンの相性は知っているはずである。
そして、エレキブルが既に現れていることも知っていたはずである。

だが、彼女はオーダイルを選んだ。
いや、オーダイル"しか"選べなかったのだ。

エレキブルがオーダイルとぶつかり合うと、紙を切る刃の如く停滞と言うものを見せずに容易く貫いてしまう。

オーダイルは頭上遥かに弾き飛ばされ、遂には無防備な石井が視界に映る。

それでも、エレキブルは止まらない。
むしろ拳に小さな稲妻を魅せながら迫る。

その姿に、高野はまたもや戦慄した。
また自分の仲間が傷付いてしまうと。
しかも今度は目の前で。

だが、立ち上がって割り入る時間はもう無い。
ポケモンを出して返り討ちにしようにも、間に合わない。

「やめろ!!デッドラインの鍵!!」

高野は叫ぶ。
少しでも、自分に意識を逸らそうと。

その瞬間、エレキブルの動きが止まった。
恐らく、エレキブルにも直接"デッドラインの鍵"という言葉に反応するように現実で育てられているのだろう。

だからこそ、石井の前で止まることが出来た。
少しでも遅れたら殴り飛ばされていたであろう位置で。

「コイツは関係ないだろ。お前の敵は俺のはずだ。狙うなら……俺を狙え」

立ち上がって高野は石井とエレキブルの前に立って少女と片平を睨んだ。
標的を逸らすには十分な動きである。無防備だからだ。

ドシン、という鈍い音が聞こえた。
オーダイルが地面に叩き落とされた音だ。

「……先に狙って来たのはそっちだけれど?」

デッドラインの鍵と呼ばれた少女は石井を鋭く指す。

石井の表情が見れないのが高野にとって非常にやりにくかった。
彼女は元々意思を読み取るのが難しい人間だったからだ。
尚更彼女の動きが分からなくなる。

しかし、今は不思議と分かる気がした。

それは、自分の今ある立場と恐らく無関係ではない。

「こいつは、ただの勘違いだ」

「へぇ?」

「こいつも香流と同じ俺の友達だ。少なくとも、事実を知っている。だからこその、この行動なんだろう?」

と、言って高野はチラッと振り向く。
案の定石井は「えっ?」とでも言いたげな顔をしていた。

「俺を深部に連れ戻そうとするように見えたんだろう。こいつも"あの戦い"には少なからず関わっている節がある。だからこそお前たちが許せなかった。そういう風に見えたはずだ」

「だとしても……許されないね」

少女の声だと一瞬思ったが、その主は片平だった。

「だとしても駄目だ。きちんと君自身にも見せなければならない。私たちに敵意を向けたらどうなるか。……あの事件に関わるのならばどうなるのかをね」

その言葉に強い殺気を覚えた高野は、すぐさまポケットに手を入れボールを掴むと振り返る。

狙われる。

高野は石井を守る為、絶対に手出しをさせまいと意識を片平と少女から、エレキブルへと向ける。

彼の目が捉えたのは、

「えっ、」

石井真姫のみであった。

そこにエレキブルは居ない。
驚きつつ片平らを確認してそちらを見てみるも、そこに彼等の姿は無かった。
一瞬の内にポケモンをボールに戻し、'テレポート'あたりで逃げたのだろう。

高野は舌打ちをしてその場に座り込んだ。
ひどく疲れた。

見ると、やっと北川と高畠がこちらにやって来たようだった。

高畠が石井に「大丈夫!?」と声を掛けている。
本当に2人は仲がいいなと思いながら高野は、3人に対してこれまでの経緯の説明の準備と、疑惑から確信へと変わった"それ"の狭間で苦悩する。

それ故の、ひどい疲れであった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.364 )
日時: 2019/06/03 16:15
名前: ガオケレナ (ID: LaYzdlO4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ルークはまず、頭の中で状況整理をしてみる。

今自分が立っているのは大会会場であるバトルドーム。
そのフィールド。

自分の前には対戦相手が立ち、今にもポケモンを繰り出そうとしている。

今自分が行おうとしているのは、"ポケグラ"の"予選"であり、状況としてはあと2、3回勝てば予選突破となる。
何故なら、1グループにつき決められた勝利回数を重ねることで予選を突破出来るからだ。そこにトーナメントといった形式はない。

予選は2対2のポケモンバトル。1グループ2勝すれば1つの試合が決まり、終わる。

(そして今……この会場に居るのは俺とあのメイのみ……。ジェノサイドのクソ野郎は此処には居ねぇ……。だったらどうするか……)

ルークはポケットから1つのボールを取り出した。

「手っ取り早くこの試合を終わらせるなら……俺1人で2回勝つだけでいいんじゃねぇかよぉ!?」

叫び、放り投げた。

ルークのポケモンが現れた時、会場は沸いた。

サーナイトが降臨した。

対して相手が繰り出したのはフシギバナだった。
相性だけで見ればこちらの分が悪い。

だが、ルークには苦痛が感じられない。
確信している強い気持ちが、勝利に繋がる想いがそこにあるからだ。

「ゲームでの対戦環境ってのは退屈だ……。対戦に使えるポケモンと、そうでないポケモンとの間に大きな差があるからだ。余程の物好きでない限り、メガサーナイトなんてモンは使いはしねぇよな?他に有用なメガ枠があるからだ」

対戦開始を告げるブザーが鳴り響く時、ルークはメイに視線を一瞬向けた。

今までの作戦はもう使わない、という合図のつもりだった。

「だが、この世界では別だ……。ポケモンが実体化する以上、それまでの平面的なバトルは突如として空間的なバトルとなる。そこには、それまでの大きな壁は無い。必要なのは1つのポケモンのポテンシャルと、トレーナーに求められる頭脳、判断力、経験そしてポケモンのポテンシャルを引き出すための魅力そのもの……。それさえあればこの世界ではキノガッサでもバシャーモに勝てるってなぁ!!魅せてやるよ、俺とサーナイトの"強さ"ってヤツをよぉ!!」

ルークの首に巻かれているチョーカーが輝き出した。
呼応するかのようにサーナイトも光に包まれる。

やれ。

という、彼の命令と同時にサーナイトは動き、凛々しい姿へと変わると、相手のポケモンへの攻撃を開始した。

ーーー

「香流が……狙われる?なんで?どうして?」

「俺に勝っちゃったからだ」

手頃な太い木の幹に寄りかかりながら、高野は石井、高畠、北川に今日起きた事の説明を始める。
どうやら、3人は香流が怪我をした事自体まだ知っていなかったようだ。

「あの日、お前ら2人も見ていたから知っていると思うけど、香流と俺が戦ったよな?あれ自体にも意味があったんだ」

「意味?ポケモンバトルって遊びとかじゃねぇの?それで物事が決まるって簡単な世界だなー」

如何にも、一般人らしい北川弘の言葉だった。
高野もこの度に思うが、つくづく一般人と深部の溝はかなり深い。それ故の"深部"という名なのだが。

「まぁー、ポケモンなんて使い方変えれば誰でも持てる安価な兵器だからな。裏少しでも覗いてみれば死体なんて幾らでも転がってるさ」

「レン……北川の不安を煽るのはやめて」

高畠に釘を刺され、言葉に詰まる高野。
一応事実ではあったのだが、説明する為の言葉のチョイスに戸惑ってしまう。

「つ、つまりだ……。俺が深部に足突っ込んだのは5年前の2010年。まだ高校生の時だ。それからずーっと戦い続けてた結果、俺はいつしか深部最強なんてのになっちまった」

「ええっ!?先輩や香流との対戦ではいつも負けてるイメージしか無かったのに!?」

北川は、自身の記憶の片隅にあった、サークルの時間内に行われていた光景が蘇った。

かつて、高野が今は卒業してしまった先輩や、香流とゲームで対戦していた過去。
彼は傍からしか見ていなかったので、詳しくは覚えていないが、よく見たのは高野が対戦に負けて悔しがっていた場面だったはずだ。

「最強なのに……負けてたの?」

「……も、問題なのはゲームと現実の戦略の違いだ……。わざと負けた時もあったし、新しく育成したポケモンの実験として負けざるを得ない対戦もしたこともあった。でも、それはどうでもいいんだ」

問題なのは、現実世界において、高野がジェノサイドとして香流慎司と戦ったこと。
その戦いには深部のルールに則っていた事。

「深部の世界には確かに強さを示すピラミッド……ヒエラルキーがあった。俺が頂点に立つ強さの序列があった。そこに、香流が踏み込んだ、と言うことはだ……お前でも分かるよな?」

「香流が……最強のレンに勝っちゃったって事だよな……?それってつまり香流が最強になったってことだよな?」

北川の言葉に、高野はそういう事だと呟きながら何度も頷く。

「ちょっと待って?それって香流が襲われる理由になるの?強かったってだけでしょ?」

またもや、一般人らしい高畠の声だった。
認識の違いが何度も見れるのは面白い反面不安材料の1つだと高野は口には出さずとも思うだけに留まらせる。

「いいか?深部の世界にも過激派ってもんが存在する。俺も嘗ては、"最強であるジェノサイドを直接倒して俺が最強になる!"っていう考えを持つ奴らに何度も襲われた。実際そういう奴は今も存在する。そして香流は……そんな過激な思想を持つ奴に襲われたんだ」

「そんな……」

「最強に勝った香流を倒して自分が最強になる……ってことか?ひでぇ……」

絶句する3人を視界の片隅に入れながら高野は改めて決意する。
その為に立ち上がる。

「俺は、香流の安全を守るためと、同じ事を繰り返させないためにこれから動く。だから幾つかお願いがあるんだが、いいか?」

高野は彼等に指を3本立てたスリーピースを見せながら続ける。

「1つは、この事は秘密にしてほしいこと。一応表向きでは俺は通りすがりのトレーナーに襲撃されて負けた事になっていて、香流の存在は秘匿されているんだ。真実を知った過激派に香流はやられた、ということ。つまり、今話したコレは、ただでさえ一般人であるお前らが知っているという事がかなりヤバい。だから秘密にしておいて欲しい」

「……あとの2つは?」

「2つ目。さっきの石井の行動がそうだったけれども、如何なる理由であってもそちらから深部や議員にバトルを仕掛けるのはやめて欲しい。はっきり言ってかなり危険だ。香流の次に狙われるかもしれない」

「悪かったわね……攻撃しちゃって」

石井はバツの悪そうな顔でそう言う。

「いや、正直あれは助かったし嬉しかったよ。あの時渡したワニノコをきちんと育ててくれた事に。でも、あれで石井も分かったと思う。危ないって。最後に3つ目」

高野はそれまでの会話をぶった斬る形でそれまでの話を続ける。
説明の度に折った指を戻しつつ。

「今後俺が起こす行動に深入りしないでほしい。傍から見れば深部の人間のような行動をするかもしれんが、騒動を鎮めるためだ。そっちはそっちで、1人の学生としての生活を行っていてほしい」

「つまり、レンには関わるなってこと?」

「まぁ……そういう事だな」

「はぁ〜……」

高野の言葉を聞いて北川は深くため息をついた。
それにどんな想いが込められているのか、高野には分からない。

「分かったよ。その代わり気を付けろよ」

やれやれと言った表情で北川は高野を見つめ、肩を叩く。
引き止められるか拒否されるかと思った高野の予想を裏切る形ゆえ若干安心した高野は、今度こそ迷いを断ち切る事が出来た。

そんな心境だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.365 )
日時: 2019/06/03 16:15
名前: ガオケレナ (ID: LaYzdlO4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「サーナイト!'サイコショック'だ!」

ルークが命令し、彼のポケモンは忠実にも命令をこなす。
いくつかの、実体化した念波が意図的に操られた速度をもって相手のフシギバナに迫る。

相手に避ける程の余裕は与えていない。

「まずは一撃」

アドバンテージを持った上で不利な相手を遠距離から倒す。
これが今のルークの作戦だった。

だが、相手も何もしない訳でも無い。

「'ヘドロばくだん'」

実体化している以上、念波に対しても物理的に当てる事は可能である。
少しでもダメージを軽減させるため、相手も技をぶつけて威力を抑えようと試みる。

果たしてそれは成功し、幾つかの粒子を叩き落とす。
ドン、という体に重い物が直撃した音が聞こえはしたものの、フシギバナはまだ平然としている。

「まぁ……それくらいはやってくるよなぁ……」

ルークは一旦、ここで'めいそう'でも積もうか考えたが、それは止めた。
眠らされるのがオチだし、しっかりと技を当てさえすれば倒せる相手だからと知ったからだ。

「とりあえずこのターンも様子見だ、'サイコショック'!」

サーナイトが再び粒子と化した念波を生み出すと、それをまたもフシギバナに向かって飛ばす。
ついさっきと同じ光景。
だが、'ヘドロばくだん'では抑えきれないのは確認済み。
少しばかりの優位を見出したルークだったが、

「'リーフストーム'だ!」

大学生にも見える相手が発した声だった。
一瞬ルークはハッとする。

「'リーフストーム'だと!?威力がケタ違いだ……こちらが押されちまうじゃねぇか!!」

叫んだのも束の間、彼の懸念通り先程作り出した念波がすべて掻き消される程の"嵐"がフシギバナの背後から生まれると力強い打撃の如くサーナイトに降りかかる。

避ける暇は無い。
サーナイトは、無数の刃と化した鋭い葉の嵐に巻き込まれる形で呑まれていってしまった。

「チッ……」

ルークは舌打ちをした。
トレーナーというのは無力なものだと。
自分のポケモンが相手の技を受けている際は黙って見守ることしか出来ないのだから。

空中まで押し上げた刃の塊はサーナイトに連撃を加えていき、ついには解放させる。

だが、そこは足場のない宙の上。

何も成さないままサーナイトはフィールドの地面へと叩き落とされてしまう。

「クソが……サーナイトっっ!」

不安が混じったような声でルークは叫ぶが、すぐにそれは安堵へと向かう。
ヨレヨレながらも立ち上がったからだ。

見たところまだ戦える。
だが、先程と同程度の技を受けてしまえば倒れてしまう。

(つまり……'ヘドロばくだん'ですらも受けたらお終いって訳か)

ならば、と。

ルークはニヤリと笑い、あえてサーナイトには指示を飛ばさずにいた。
つまり、サーナイトは何もしない。

少しばかりの沈黙の後、訝しんだ相手ではあったが、無防備な以上これと言ったチャンスは無い。

「'ヘドロばくだん'」

フシギバナの口から毒の塊が出される。
距離はあったが当たらない訳では無い。

今まさにサーナイトに直撃しようとしたその時。

「'みちづれ'」

ルークの、呪いでも与えているかのような不気味な声が会場に響いた。

邪眼でもって相手を捉えているのではないかと思ってしまうほどの目を、視線を向けたサーナイトは破裂する毒の塊をその身に受けてしまう。

爆発が止んだ時。

サーナイトは確かに音もなく倒れてしまう。
しかし、それは相手も同じであった。

道連れという名の呪いを受けたフシギバナも今この場で倒れてしまったのだ。

「両者戦闘不能ー!!」

実況者であろう、ハイテンションの男性が叫ぶ。

「サーナイトの'みちづれ'が成功したようだー!これにより両者の2体中1体のポケモンが倒れたぞぉー?さぁ次でお互い最後だ。どうなるー!?」

「どうなるも何も、こうなるに決まってんだろが!」

ルークは込み上げてくる笑いを堪えながら、青空に向かってボールを投げた。

「さぁ行け、チラチーノ!」

その名と、ボールから現れたポケモンを見てメイは驚いた。

「あ、あなたはフェアリータイプのポケモンしか使うんじゃなかったの!?」

「誰がいつそう言ったよ?俺は確かにフェアリーに偏ってはいるが他のポケモンを使わない訳じゃねぇ。短期決戦ってやつだよ」

見た目がフェアリーっぽいけどな、とルークはワンテンポ遅れて思い出したかのように付け足しながら相手に意識を向ける。

対して、相手繰り出したポケモンは今流行りのファイアローであった。

勝利を確信した瞬間である。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.366 )
日時: 2019/06/03 20:32
名前: ガオケレナ (ID: LaYzdlO4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「どうなったって構わねぇ!ファイアロー、'ブレイブバード'ォォ!!」

チラチーノがどういうポケモンか知っての命令らしかった。
でなければ、この男から焦りという感情が湧いてこないからだ。

「急所だ!急所に当てさえすれば俺たちは勝てる!」

「チッ……先制出来るからって調子のいいことを……」

'はやてのつばさ'の効果により、誰よりも速く舞う相手のファイアロー。
そこに相性の良し悪しとか、状況なんてものは無い。

有るのは、理不尽なまでの暴力。
捨て身の特攻で迫るファイアローに、チラチーノとルークは為す術もない。

「ロック……」

覚えている技の名を途中まで言ったルークだったが、ファイアローがチラチーノを貫いた事でそれは遮られてしまう。

吹っ飛ばされたチラチーノはフィールドを囲んでいる広告にもなっている壁に激突すると、ぱたり、と軽い音を立てて倒れてしまった。

「おっと……これは……?試合しゅーりょー……」

「いや、まだだ!!」

実況者の言葉を遮ったのはルークの声ではなかった。
辛くも立ち上がったチラチーノだ。

「なにっ!?チラチーノがブレバを耐えただと!?」

対戦相手のトレーナーも驚きを隠せないようで、ファイアローと共に戸惑いを見せている。

チラチーノが何故まだ戦えるか、それが判明した瞬間会場は一体となった。
歓声が上がり、大いに楽しませてくれているバトルに皆が燃えている。

はらり、とチラチーノの体から布のようなものが落ちた。

"きあいのタスキ"である。

「なるほど……彼はファイアローを仮想敵の1つとして襷を持たせていたのね……。チラチーノの防御面じゃ耐えることは出来ないもの。ただ、この後の技が当たればだけれど」

心臓に悪いものを見せられたメイは一連の流れを見てホッとしつつ静かに分析をする。
だが、心配性のメイをよそにルークは命令通り'ロックブラスト'を命令すると合計で5つの岩の塊を、飛んでいたファイアローに命中させて見事に墜落させてみせた。

今度こそ、1つ目の試合終了を告げるブザーが鳴った。

「サンキューな」

労いの言葉を掛けながらルークは自身のポケモンをボールへ戻す。
そこに、メイが席を離れて寄って来た。

「まずは1勝お疲れ様。どうする?あなたの望みがあれば代わってもいいけれど……続ける?」

「当たり前だろ。サクッと終わらせたいんだ。2戦目も俺が出て勝つ。お前はそこで見ているだけでいい。……ところで、アイツとはまだ連絡付かないのか?」

「えぇ。まだゾロアを見つけられていないみたい。仕方ないけれど3人目は期待しない方がいいわね」

「最初からそのつもりさ」

そんな風に話を続けていると、相手方の準備が整ったようだった。
また別のもう1人が白線の前に立ったのが合図となった。

ルークも同様に、決められた白線の前に立つ。

互いが互いを見つめ合い、対峙する。

2回目の祭りが始まった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.367 )
日時: 2019/06/04 13:30
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


バトルタワーのトレーニングルーム。
バトルドームの会場でルークがファイアローに勝利していたその時、香流とその仲間たちはそこで練習試合を行っていた。

香流は現在主力となっているバシャーモ。
対する相手は山背恒平で、使用ポケモンはジュカインである。

どうやら、ORASにおいて初めに選んだポケモンを元に育成したもののようだ。

「いいのかい?こっちのバシャーモの特性は初めから'かそく'だよ!?'フレアドライブ'っ!!」

怪我をしたとは思えない、力強い香流の叫びに呼応してバシャーモは炎を纏って突進する。

狙うは一直線上に立つジュカインだ。

「当然、承知の上さ!」

対して山背は、手に持つ白い杖メガワンドを振るうと、突如として"進化を超える進化"が発現する。

「メガシンカ……か。それに、あの杖はあの時レンから貰ったやつだな?」

腕を組み、2人の試合を眺めていた豊川はそう言いながら冷静に見つめる。
メガシンカするジュカインがどんなポケモンか分かっている以上、期待は出来ないが同時に未知数であるのも事実であった。

豊川は、そのような複雑な心境を表す便利な言葉を浮かべられないまま、黙って見続ける。

バシャーモの'フレアドライブ'が直撃する頃にはジュカインのメガシンカが終わっていた。
ドラゴンタイプが追加される事で相性に変化が生じ、ダメージにも変化が現れる。

「よかった……間に合ったな」

「良いタイミングだなぁ。でも……メガジュカインがバシャーモに勝てるとは限らないよ!?」

「分かってるって……。'りゅうのはどう'だ!」

ジュカインの背が輝いたかと思うと、それに反応するかの如く口から光線が発射される。
バシャーモの避ける範囲を意識してか、首を曲げながら発射する形でそれは横一閃の輝きとなった。

対して、バシャーモは動かない。
香流は「避けろ」とも指示しない。

代わりに告げたのは「'まもる'」という技の名前だった。

バシャーモは横から迫る光に対し体の周囲に厚い壁を張ることで完全にブロック。
直後、素早さが1段階上がった状態で駆け出した。

「くっ……!?さっきより速くなってる!!」

ジュカインもいつ来るか分からない技をいつでも避ける為にとバシャーモと距離を取る。

しかし、相手の迫るスピードが即座に取り戻し、更に詰めていく。

「間に合わないな……ジュカイン、'きあいだま'だっ!!」

熱くなった山背が吠えた。
追い詰められつつあるジュカインが掌から光弾を生み出すと、それをバシャーモ目掛けて発射する。

しかし。

'きあいだま'が直撃する1歩手前でバシャーモが空中へと翔んだ。
回避と次の技を放つための準備段階を併せ持つ動き。

そして、その特徴的なフォルムは1つの技を思い起こす。

「'とびひざげり'……?」

山背の予感は当たった。
落下エネルギーを伴わせたバシャーモがジュカインの上に落ちる。
'かそく'が乗ったスピードにジュカインが対応出来るはずもなく、文字通り為す術なく地に倒れた。

「あちゃー。負けちゃったかー」

「ありがとう、バシャーモ。山背君」

決して自分に自信の無い香流は絶対に自分が勝つだろうとは思ってはいなかったが、代わりに山背の戦法を褒め称えると次にフィールドを使用する人のために早々と山背と共に立ち去ると豊川の立つ壁際へと歩いていった。

「どうだ?これで香流の強さが分かったんじゃないか?」

「そうだねぇ。やっぱり僕じゃ香流には敵わないか!」

「いやいや、そんなこと無いって。メガシンカのタイミング最高だったよ」

合流し、笑い合いながら歩く3人だったが、それはまた別の人の視線を集める格好となる。
より正確には、山背の持つ白い杖。
嘗て、ジェノサイドが所持していたデバイスそのもの。

「あれあれー?何処かで見たことがあると思ったら……」

丁度その頃バトルタワーに到着したミナミが見たものは、練習試合を終えて移動しようとしていた香流と、彼等と隣り合わせに歩いてメガワンドを手で弄んでいた山背の姿だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.368 )
日時: 2019/06/05 12:06
名前: ガオケレナ (ID: jwGMIFov)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


はじめ、香流は自分たちが声を掛けられていると気付くことはなかった。
彼女の声が人を呼ぶには小さいのもあったが、そこら中が話し声で包まれていたからだ。

だが、ミナミが香流に駆け寄ったことで、彼も見た事のある顔を見つけられた事で出会いを果たす事が出来た次第であった。

「久しぶりね。香流くん……だったかな?」

「あー……確かレンのー……友達でしたっけ?」

豊川と山背は彼女と、彼女の後ろに控えている仲間たちの事を知らない。
それはつまり、深部の人間だということに気付いていない証拠であった。

しかし。

「ん?レンって誰だ?」

「この女に敬語……マジメだねぇ」

「あぁーっ!!それ、見間違いじゃなければ……リーダーが使っていたメガワンドじゃないですか!!」

ジェノサイド改めて高野洋平の仲間だったハヤテが、尚も手の上でくるくると回しながら遊んでいる山背の持つメガワンドに向かって叫んだ。

この時点でまず、ミナミの仲間たちの疑問が解決した。

「なるほど……レンってのはジェノサイドさんのそっちサイドのあだ名だったわけか!」

モルトが理解したかのように頷く。
それを聞いた豊川、山背サイドも疑問が解決する。

「ジェノサイド……?リーダー……?って事はこの人たちって……」

「深部の連中、って訳か」

出来ればその事に気づいて欲しくなかった香流は、やってしまったと言わんばかりに額に手を当てながら「そうだよ」と告げる。

「と、言うことはリーダーはあなたたちと幾度か接触しているということですよね!!如何ですか!?元気にしていますか!?」

「落ち着けハヤテ、お前のかつてのリーダーについては何度か観客席かテレビで観ているだろーが」

「ところで……香流くん。その松葉杖は……どうしたのかな?」

ハヤテと雨宮の会話を背景に、ミナミが不思議そうな目で香流と、彼の持つ"それ"に意識を傾けた。

ーーー

「ところで、何でレンはあんな所にいたのさ?」

「それは俺もお前達に聞きたいのだが……。まぁ、ざっくり説明するとゾロアと大会メンバーを利用してあの2人と接触したかったってだけさ」

例の騒動を終えた高野とその友人たちは、改めて会場へ向かおうとしたが、今更間に合うはずがないということと、石井のポケモンの強さを今一度確かめたいという目的の元バトルタワーへと移動していた。
その時の、高畠が高野に掛けた質問である。

「えっ??じゃあワザとやったって事?」

「悪く言えばそうなるな。香流の問題を解決するにはあいつらに何か聞いて知る必要があった。まぁあれで俺の印象最悪になっちまったけどな」

「それで……何か掴めたの?」

「一応な。あのスーツの男は最後にこう言った。"私たちに敵意を向けたら、あの事件を追ったらどうなるか"って」

「ただの脅しじゃん」

「言葉だけを抜き取ったらな」

話を続けている内に、彼らはバトルタワーへと到着した。
真上から見るそれは、まさに夏の青空を、天空を突き破らんとする禁断の塔にも見えてしまう。

「"あの事件"と言うのは、多分2つの意味が込められているんだと思う。俺と香流が戦ったあの試合についてと、今朝起きた香流襲撃について。特に前者についてはお前達にも向けた警告だと俺は思ったんだ」

「考え過ぎだと思う」

石井だった。
声色から見るに深く考えての言葉のチョイスだったのだろうが、その表情からは何も読み取れない。無表情そのもの。
彼女が何を考えているのか分からないとよく言われる所以だ。

「それに、レンは1つ気をつけなければならない事があるよ。全部それ推測でしょ?」

その言葉に何か発しようとしていた高野は黙り込んでしまう。
ごもっともだ。心の中でそう呟いて。

「確実な証拠が無いのに、レンはあの人たちに接触して、色々聞こうとしていた。でも何も分からなかった。それなのに、今レンはまた確実な証拠が無いのに疑っている。それは少し違うかも」

「違うくは……いや、ごめん。何でもねぇや」

だが、今の高野には言えなかった。
かつて、メイから教わった事を。

この大会が、決して近年見られる中高生のポケモン離れ解消を目的としたことでは無い事を。

高野には、この事に香流慎司という1人の人材が付き纏い、渦巻いて仕方がなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.369 )
日時: 2019/06/07 20:18
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


バトルタワーに到着した途端、高野は北川と石井を前面に押し出す形で彼本人は2人の影に隠れた。

どういうつもりかと北川が尋ねると、どうやら高野にとって今会うと都合が悪くなる人を見かけてしまった、とのことだった。

しかも、その人は香流と何やら話をしているようで、彼の持つ松葉杖を指したかと思うとひどく驚いている。

と、言う訳で高野はそそくさとその場から立ち去ると真っ直ぐバトルドームへと向かった。

その先で最早見慣れすぎて違和感のない顔を見つけて一言掛けられる。

「遅せぇよ。今更。俺1人で終わった」

「助かったよ、本当に」

ルークとメイである。
激しくなった戦いを生き抜いたとは思えない程清々しい顔をしている。そこに苦は見られなかった。

「きちんと育てておく事ね」

「それ言われたの2度目……」

「?」

メイは高野の言っている意味が分からないようだが、彼も彼で説明しようとしない。
互いに興味のない話というのはすぐに流れるものである。

「どうする?予選は明日までよ。私たちのこのグループが今日1戦行われたからそれで終了、という訳にはいかないの。大会全体が急ピッチで進んでいるわけだから、この後にまた1戦ある可能性も、明日に2戦やる可能性があるのよ。当然今度はあなたにも出てもらうわ。何か質問はある?」

「何も無い。それでいいよ。今まで大学の講義の為だとかで2人で調整してくれて助かったよ。本当にありがとう」

「今更改めて言われてもなぁ……地味に気持ち悪い」

ところで何故ルークという男は大会が始まって以来自分に対する当たりがキツいのか、と高野は彼のその言葉を聞きながら思う。

しかし、3人の中で考えが纏まっていてもそこから動かなければ何も始まらない。

観戦しに行こう、という高野の提案に乗った2人は観客席目指して続いていく。

ーーー

「さて、と」

赤い龍のリーダー、ミナミはある程度自身のポケモンを好きなように放して遊ばせた後に一旦周囲を見回した。

既に香流たちレンの友人たちは皆居なくなっていた。
夕刻を過ぎている。
香流たち参加者は恐らくドームへ、石井や北川と言った観戦者は帰ったようだった。

「そろそろ帰らね?」

と北川が言っていた事を朧気ながらも彼女は覚えていたからである。

「ウチらもそろそろ会場戻ろっか。いつ呼ばれてもいいし、少しでも多くのライバルの動きを見てみよう!」

「そうですね、結局ケンゾウが来なかったのが気になりますが、僕とミナミさんで勝てばいい話ですし!」

「……見るのは勝手だがお前に学べるほどの器用さがあるのかよ?」

「雨宮ぁ……あんまリーダー苛めるなよ」

苦笑いしながらモルトが雨宮に絡むも、ミナミもミナミで少し大人になったのか、柔らかくはにかむとそれを流した。

何故か雨宮は舌打ちをする。

「でも……ちょっと大変ね」

「ん?どうかしたのですか?」

「いや……リーダーの友達の……香流君についてよ」

「あぁ……」

ハヤテが深く、低く唸るように言う。
その点では彼はミナミと同じようなことを考えていたようだ。

「もしかしたら……と思いましたが、彼も狙われてしまいましたね……」

「えぇ。でも速すぎるわ。こんなにも情報が早く回るなんて思わなかったわ」

「だが、起きたモンは起きたんだ。今更騒いだところでどうにもなんねーよ」

他人事のはずなのに彼等も彼等で真剣な顔をしながら意見を言い合う。
この時、この場面で高野洋平がいたらどんな顔をしていただろうか。
恐らく、ほっと胸を撫で下ろしていたことだろう。

何故なら、そこに「自分たちもこの事件に介入しよう」と言い出す者が誰1人として居なかったからである。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.370 )
日時: 2019/06/07 21:25
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


7月28日火曜日。

自然に囲まれた桜ヶ丘ドームシティは蝉の声がこだましていた。
夏の風流を感じつつも、それを理解できない人からは雑音だと一蹴される空間で。

午前10時。

高野洋平は明るく暑い陽射しを浴びながら強く目を瞑って大会会場のフィールドに立っていた。

遂に、ここまで来た。

大会に互いに参加している以上、どこかでぶつかるとは思っていた。
それが今になって現実となる。

『さぁ、観客の皆さん!!しかとその目に焼き付けろぉーー!!熱いバトルが今、始まろうとしているぜぇーー!!』

実況兼とあるラジオ番組のDJのリッキーが叫ぶ。
それに反応するかのように観客も吠えた。

高野洋平。
1人の戦士の前に、

嘗ての仲間にして長い間自身の右腕としてその実力を重宝していた男。

筋肉質で坊主頭という屈強そのものな男、ケンゾウが目の前で佇んでいる。

互いのグループが呼び出され、フィールドに立ってから5分程度が経過しようとしていた。
だが、2人ともポケモンを出そうとしない。
何か言いたげなその様子に、歓声の中からチラホラと罵声やブーイングが微かに聞こえてきた。

「何してんのよー!早く始めなさい」

高野の後ろからメイの言葉が飛んでくる。
すると、高野はスッと静かに両手を広げて何らかのアピールを始めた。

どうやら、「静かにしてくれ」と言っているようだった。
だが、完全に静かになる訳もなく、ほんの少し静まったタイミングをピンポイントで掴むと、ケンゾウに向かって叫んだ。

「色々言いたい事があるんだが……恐らく今俺とお前の考えている事は同じだ」

「リーダーぁぁーーっ!!俺は今でもあなたについて行きますよー!!」

高野の声が完全に掻き消されるレベルでのケンゾウの叫び。
彼の声が一際大きかった。

「いいか!俺とお前は嘗ては仲間同士だし今でも俺は同様の思いを抱いている。けどなぁ!」

「分かってますよリーダーァァ!!」

「お互い遠慮は無用だっ!」

「分かってますってリーダーァ!」

「行くぞ!!」

「だぁから分かってるってリーダーァァァ!!!」

高野がボールを掌に浮かばせる。
そのモーションだけで観客たちは沸き出した。

『お待たせしました猛者の皆さん!!遂に、今!始まろうとしている!!』

「行け、ボスゴドラ!」

「ドサイドン!!」

ほぼ同時に2人の手からボールが滑り落ちる。

そして、頑強なポケモンたちが、互いが互いを立ち塞ぐかのような壁の如くどっしりと構え、強く睨んだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.371 )
日時: 2019/06/08 17:23
名前: ガオケレナ (ID: tDifp7KY)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ストリートバスケを彷彿とさせるようなブザーが鳴り響いた。
即ちそれは、試合開始の合図。

音そのものがポケモンの本能を刺激したのか、2体のポケモンはそれぞれ主の命令なしに突撃せんと走り出した。

続けて高野が叫ぶ。

「ボスゴドラ、まずは'ステルスロック'だ」

足を止めたボスゴドラは両手を使って小石をばら撒く。
それは、ケンゾウのやや手前に落ちてゆく。

「ならばっ!!こっちは'アームハンマー'だ!」

ケンゾウの轟きにドサイドンが答える。
腕を広げ、大きく振るうとボスゴドラ目掛けて振り落とす。

だが、小石を撒いて終わる高野とボスゴドラではない。
ボスゴドラの持つ道具と、彼の眼鏡が淡い輝きを放っている。

つまり、

「これで終わりではないぞ……?ボスゴドラ、メガシンカだ」

メガシンカのデバイスとなった眼鏡から光が放たれる。
あまりの眩しさに高野は、「ぶわっ、」と反射的に声を発して右手で眼鏡を支えながら光の発信源から顔を逸らすようにして俯いた。

ところで、放たれた光はボスゴドラと共鳴し、地鳴りと共に一際大きな鎧に覆われたようなメガボスゴドラが降臨する。

その姿を見たケンゾウは若干悔しそうな顔をするも、構うもんかと指示通りに事を運ばせる。

ドサイドンの腕が、叩きつけるようにボスゴドラへと突き刺さる。

まるで、大岩を鐘に思い切りぶつけたような音が響くも、ボスゴドラは微動だにしない。
ジロリ、と目だけを上げてドサイドンを睨むと。

「'アイアンヘッド'」

高野の命令と同時にドサイドンを突き飛ばす。

「メガボスゴドラの特性は'フィルター'だ。ただでさえクソ堅いコイツだ。タイプ不一致の'アームハンマー'程度じゃ響かねぇぞ!?」

「わぁかってるって言ってるじゃないすかリィィダァァァ!!!」

メガボスゴドラとドサイドン。
鈍足同士のポケモンの対決になると言うことは、距離を離す戦い方が出来ないという事だ。

つまり、ひとたび激突すればどちらかが倒れるまで止むことは無い。

「もう一度'アイアンヘッド'っ!」

「くっ……だったらドサイドン!!'じしん'だ」

突如としてフィールドが、大地が揺れた。

技を打とうとしたボスゴドラは揺れによって強制的に動きを止められ、振動と衝撃でボスゴドラはダメージを受けているようで1度、地に膝を付けてしまう。

「やっぱりドサイドンだし、来るよなぁ……」

のそのそと起き上がったボスゴドラを見て高野が呟く。
幾ら頑丈なポケモンで今は問題ないにしても、連発されると当然ながら負けてしまう。
如何にして対処しようか悩んでいる時の事だった。

「リーダー、どうしたんすか!?攻撃しないんですか!?……それとももしかして、そのボスゴドラの攻撃技'アイアンヘッド'1つしか無いんじゃないすかぁ!?」

高野は彼の言葉に舌打ちせずにはいられなかった。

見抜かれていた。

元々このボスゴドラは'ステルスロック'を撒いたら'でんじは'と'アイアンヘッド'で嫌がらせをする型である。
元から電気技の効かないドサイドンが相手だと幾らタイプ一致の抜群技を打っても戦いにくい事に変わりはない。

ならば、と。

相手のドサイドンが再び大地を揺らそうと足を上げたその瞬間。

「ボスゴドラ、'ほえる'だ!!」

命令を聞いたボスゴドラはすぐ様行動を移す。
力一杯に会場全体に響かせるように大声で吠えると、びくついたドサイドンはトレーナーの命令を無視して勝手にボールへと吸い込まれるように戻って行く。

代わりに、ケンゾウのポケットからもう1体のポケモン、カメックスが出てきた。

高野洋平は知らない。
彼のそのポケモンは、"最後の決戦"と呼ばれたあの戦いにおいて、侵入者を蹴散らす為に大いに活躍してくれた事を。

高野洋平は知らない。
そのポケモンが、そのトレーナーと強く共鳴出来るという事を。
彼の持つメガリングと、持ち物であるメガストーンが輝いていたことを。

「強制交代させられた時はマジか!!って思ったが……逆に考えるべきっすよねぇ?チャンスだと!!」

「まさか、お前……使えていたのか!?」

「カメックス!!メガシンカだぁー!!」

膨大なまでの光が灯るとそれは一点に凝縮、爆発したかのように放たれる。

まるで大砲でも積んでいるのかと思わせるほどのメガカメックスが今、爆誕した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.372 )
日時: 2019/06/09 11:49
名前: ガオケレナ (ID: YgiI/uLg)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


変身したのも束の間、カメックスはまず先程ばら撒かれたはずの小石に挟まれ、ダメージを受けた。

ポケモンが着地した直後。
まるで迎撃装置のように反応した小石は突如として浮かび上がり、巨大化すると対象を挟んだのだ。
そして、元の小石へと戻り、土へと埋まっていく。

「さぁどうする?何ならまた吠えてやろうかァ!?」

「勝手に言ってろリーダーァァァ!!!」

まるで見境無しと言ったところか。
勝負に熱くなりすぎたケンゾウは相手が誰であれ言葉のドッチボールを展開するかの如く乱暴になってゆく。

次いで、カメックスの砲身からある種のエネルギーが充満しだした。

「さぁ、放てカメックス……。"はどうだん"!!」

特性"メガランチャー"で加速する高威力技が、大幅に上昇した特攻に乗って発射され、ボスゴドラへと突っ込んでゆく。

「よけろ」

横に身を投げる形で辛くも回避したボスゴドラではあったが、

ぐいん、と。

真後ろへと突き進んだ弾道は、綺麗なカーブを描いてボスゴドラの背中へと迫り来る。

"はどうだん"は必ず命中する技である。
高野洋平はそれを忘れた訳ではなかった。
嘗て、ルカリオを使った嫌らしい男と戦った際にも見せつけられたシーンだ。
その行動に何の意味があったのか。深い理由は恐らく何も無い。
ただ、"避けたら何か起こるかも"と、希望的観測によって導き出したものに過ぎなかった。

先程のドサイドンの猛攻によって疲弊したボスゴドラの背に、高威力にして弱点を突いた特殊技が今、大きな音と光を乗せて直撃した。


ーーー

大学にて、講義を終えた香流は暇な1時間半を過ごす為に敷地内にある図書館へと向かおうとしていた。
彼はこういう時、部室に向かって暇を潰すか、図書館で本を読むか映画を観るかのどれかの行動を必ず行う。
大学3年にもなれば、ある程度単位は取れてきているのが普通である。
人によっては1週間の内、来ない日の方が多いという場合もあるのだ。

「おーい、香流くーん」

いざ図書館に入るといったところで、つまり、建物の真ん前で彼は声を掛けられる。

いつか聞いた事のあるその声に、ハッとして振り返った。

そこには、今年の春に卒業したはずの先輩、佐野剛が軽い笑顔で手を振っている。

「佐野……先輩!?」

「今日仕事休みになっちゃったから来ちゃったよ。例の大会の観戦ついでにね」

「久しぶりじゃないですかー!お元気でしたか!?」

唐突すぎるその再会に、香流はこれから自分がやる事をすっかり忘れて先輩の方へと駆け寄る。
松葉杖など要らない様子を伺わせるほどその動きは軽やかであった。

「うん。僕は元気だけれど……香流くん、その松葉杖は……どうしたんだい?」

「まぁ、これは色々ありまして……。それより先輩あの大会の事知っていたんですね」

「まぁ、ね。本当は僕も出たかったからね。エントリーをしたまでは良かったんだけれど、まさか出勤の日に対戦があったなんて気付かなかったせいで失格になっちゃったんだ!対戦相手の人は何10分も待たされたんだろうなぁ……」

この大会では、対戦開始のアナウンスの後、準備が出来次第次の対戦が始まる。
その時に、一方の対戦相手が開始時刻になっても来なかった場合幾らかの時間の猶予が与えられるが、それすらにも気付かなかった佐野はそのまま失格、予選敗退となったのである。

「まぁ……いつ行われるか分からない試合の為に四六時中会場に居る事なんてかなり難しいですからね……」

「ところで、香流くん。今は暇?僕はこれから会場に向かって試合を幾つか見ようと思ってたんだけれど……」

「いいですよ!行きましょう。こっちも暇で図書館で映画なり何なりを観ようと思っていたところだったので」

久方ぶりの再会の後、香流は急遽予定を変更し会場へと向かう為に、大学敷地内にあるバス停留所へと歩き出した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.373 )
日時: 2019/06/16 19:10
名前: ガオケレナ (ID: 2jjt.8Ji)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


会場は静まり返ったあと、再び大いに歓声が上がりだした。

高野のメガボスゴドラが耐えたからだ。

膝をつきはしたものの、倒れることなく。

「そんな……バカな……」

ケンゾウは狼狽えた。
ここで必ず倒せると確信を持っていたがゆえに。
目の前で起きている事が理解出来なかったのだ。

「ボスゴドラが……カメックスの'はどうだん'を耐える事が出来るのかよっ!?」

「普通は無理かもな」

さも余裕そうに返す高野だったが、内心冷や汗ものだったに違いない。
声が微かに震えていた。

「だが、俺のボスゴドラは体力と特防に力を入れていてな。勿論性格補正も加えて。それなりの特防はあると思っていたが……まさかメガカメックスの'はどうだん'ですらも確2なんてのは正直俺でも驚いたよ」

高野はゆっくりと指を広げて右手を前方へと上げてゆく。

恐らく何かの合図だ。

「さぁ、反撃だ。ボスゴドラ……。'でんじは'」

鋼の巨体から小さな電気が一瞬またたいた。
ボスゴドラは手にその電気を集めると、目の前のカメックス目掛けて投げる。

その直後、カメックスは動きが鈍くなりだした。
麻痺状態となったがために。

「いいか、今のお前にやれるだけのコトをやれ」

高野の言葉を合図に、ボスゴドラの反撃が始まりだした。

ーーー

そんな状況をテレビの中継で観る者が1人。

大山阿夫利神社の神主、武内である。

彼は今、標高1252mの山頂に設けられた大きな社の中の登山客と参拝客用に作られた休憩室に置かれた椅子に座った状態でテレビを眺めていた。

「高野洋平さん……ですか。白いワイシャツにネクタイ、そして眼鏡という格好で最初こそは何かの間違いかと思いましたが……やはりあの方ですね。お元気そうで何よりです」

1人で呟きながら手に持っていた冷たいお茶を飲む。
ちなみに、このテレビは最近まで無かったものである。
彼が深部の人間専用の神主というポジションの都合上手に入れた物である。
未だに、この山にはキーストーンと情報を求めに深部の人間がやって来る。

そんな事を考えながらふと外を眺めると1人の人間がこちらにやって来るのが見えた。
武内は早速客が来たと思いつつ席から離れると、社の前で待っている客の元へと歩く。

近付いてみると、その人が女性で、尚且つ褐色肌だと言うことが判明した。

と、言うことは外国人なのだろうか。
普段あまり感じない不安を抱きながら外へと出る。
偶然だろうか、テレビでは麻痺に苦しみつつあるカメックスがボスゴドラに向かって再び'はどうだん'を打ち、倒したところだった。

「この暑い中ご苦労様です。ご参拝でしょうか?」

「あぁ、どうも。あなたが……カンヌシのタケウチ……で合っているかしら?」

予想は的中した。
その喋り方は日本語に慣れた外国人そのものだった。
不備はないものの、聞き慣れない言葉は何処か片言であった過去を思わせるような、名残がある。

武内はそうだ、と答え彼女を伺いに行く。

褐色肌の女性は少し考えたあと、

「そう。じゃあ情報の提供をお願いしたいのだけれど」

「構いませんが……その価値はあなた次第です」

「じゃあ問題ないわね」

武内は瞬間体を震わせた。
暗に彼は今、「お金次第で情報を提供する」と言ったのだが、彼女が躊躇する様を見ることは無かった。

つまり、欲しい情報に値する程の金を今持っている、という事だろう。

「して……、あなた様のお求めの情報とは一体?」

「1人の男について」

言いながら、女性は手に持っていた鞄とアタッシュケースを地に落とす。
中に入っているものは明白である。

「كيش بن شداد」

「……はい?」

明らかな外国語。
日本語以外話すことの出来ない武内に、今発せられた言葉の意味を理解する事は出来なかった。

「あの……。申し訳ございません。もう1度宜しいでしょうか?」

「كيش بن شداد ……可能な限りで構わないの。彼についての情報を、教えてちょうだい」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.374 )
日時: 2019/06/23 08:48
名前: ガオケレナ (ID: 8GPKKkoN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ボスゴドラはついに倒れた。
ドサイドンの猛攻と、メガカメックスの2発の'はどうだん'には流石に耐える事が出来なかった。

しかし、改めて考えても、ボスゴドラがカメックスに勝つための策は当然ながら存在しない。
'ステルスロック'を撒いて尚且つ相手を麻痺にすればそれで問題なかったのだ。

「今までゴクローさん。あとは……コイツに任せろ」

口元を横に広げながら高野は静かに言って1個のモンスターボールを握る。

「あとは暴れるだけでオッケーだ。何故なら相性が最高に良いからな……。さぁ、行け!ロトム!」

真上に投げ出されたモンスターボールに陽の光が反射する。
それをまるで合図であるかのように、その直後洗濯機に入ったロトム、ウォッシュロトムが飛び出しつつ久方ぶりの戦いに喜んでいるのか、そこら中を好き勝手に飛び回った。

ケンゾウはそれを見て苦い物を噛み潰したような顔をしてロトムを睨む。

(ここで勝たなければ……負けるっ!!)

夏の暑さも伴って大量の汗を吹き出したケンゾウは痺れに苦しむカメックスに'はどうだん'と指示をする。

果たして、攻撃は成功した。
この技は狙いこそズレても打つ事のみが出来ればそれでいいのだ。
当たるまで追尾するからである。

しかし、対策していない訳が無い高野は、待ってましたとばかりに'10まんボルト'と叫ぶ。
ロトムの長い腕から電撃が伸びると、淡く華やかな砲弾に接触、共に破裂音を立てて爆発した。

「必ず命中する技……とは言うがそれは障害物が無い時に限った話だ。こんな風に相殺する形で技をぶつける事が出来れば必ず防げる」

「リーダーぁ……まさか俺がそんな事知らないとでも?」

煙の向こうからケンゾウの返事をする声が聴こえた。
耳の良さは相変わらずのようだ。

「それだけじゃない……。リーダーのロトムは戦闘にこそあまり出さなかったものの、いつも……それこそほぼ必ず手持ちに入れていたポケモンっすよね?それが何故なのか……俺には分かる」

高野は黙ってケンゾウの言葉を聞いていた。
流石に出会って4年もの間一緒だった人間の、"すべてを知り尽くしている感"は普通の人間とは違うものがある。

「それは……ゾロアークが化けやすいから。ロトムの耐久をわざと落としているリーダーは、物理技を誘うようにロトムを育成した……。そうっすよね?俺は何度も、ロトムに化けたゾロアークが敵を殴り飛ばしたシーンを何度も見たっすよ」

「……それはつまり、今この場でロトムはゾロアークに変身している、と言いたいのか?」

「いや……」

ケンゾウには珍しく弱気な小さい声だった。
自信がないのか、確実性が自分の中で無いのに言わざるを得ない事に迷いでも感じているのだろうか。
とにかく、いつも声が大きいケンゾウのイメージとは掛け離れた声色だ。

「リーダーのゾロアークの……真の強さは相手を迷わせる事にある……。現に俺は今、ロトムに化けたゾロアークと、本物のロトムという2つのパターンを考えながら戦わなければならない事を強いられているっす」

「なんて言うかお前……冴えたなぁー」

先ほどの'10まんボルト'は見た目を偽装してしまえば'ナイトバースト'だろうが何だろうが技を打ち出してしまえば防げる。ケンゾウは恐らくそれも考慮している。

今までアホの子だと思っていたケンゾウのイメージが過去のものだと痛感した瞬間だった。
彼は今、大きく成長している。

そしてそれは、組織ジェノサイドが解散したことと無関係ではないだろう。

仲間の成長と未来への期待が持てた高野は実感した。
彼らにとって自分は必要なくなったのだ、と。
これなら、大いに動ける事が出来る、と。
即ち。

何も考えずに暴れる事が、この戦いに勝つ事が出来ると。

宙に浮いたロトムが先に動いた。

腕に電撃を纏わせながら。

「ケンゾウ!!よくお前はここまで来れたな。お前のその姿が見れて嬉しいよ。……だが」

と、高野はひとつ間を空ける。
ケンゾウが怪訝そうにこちらを見つめてきた。

「お前は未来を……この先を見る事に集中して過去に学ぶという事が少しばかり足りなかったようだ。俺と戦うにあたって悩みながら戦っていたヤツらは……これまでの敵がどうなったかをお前は思い出すべきだった」

「じゃあ……そのロトムはやっぱり……」

「そうだ!自分では意識せずとも選択肢を抱えた状態で俺のポケモンやゾロアークの前に立った時には必ず何処かで隙が生まれる。その隙を突かれた瞬間ってのがソイツにとっての敗北の瞬間だ。お前は"ロトムかゾロアークか"ではなく、今目の前にいるのはロトムだと断定した心持ちでこの場に立つべきだったのさ!」

正面からロトムが発した'10まんボルト'にメガカメックスが包まれた。
しかし、その一撃だけで倒れるポケモンでは無いということは高野もケンゾウも知っていた。
だからこそ、高野は多量の光が瞬いた瞬間を好機と見て背後に回り、'ボルトチェンジ'で相手を撹乱させつつとどめを刺した。

メガカメックスが倒れたと言うこと。
それを意味するのはお互い分かりきっていた。

再登場したドサイドンが岩に挟まれたその瞬間、ウォーターカッターを彷彿とさせるような水の塊が飛び出し、巨体を誇るドサイドンの体が吹き飛ばされる。

嘗ての組織の長としての威厳が保たれた瞬間でもあった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.375 )
日時: 2019/06/25 23:02
名前: ガオケレナ (ID: z5NfRYAW)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


歓声が発生しだした。
遅れてブザーが鳴り響いた。
高野洋平は戦えて満足した、とでも言いたげなロトムをボールに戻しながら前へ前へと歩く。

その先にいるのはケンゾウだ。

2010年。
世界にはまだ深部という概念が無く、ただひたすらにポケモンを悪用した輩に対する恐怖に怯えながら生きていた時代に出会った友。
奇妙な成り行きで仲間になり、次第に自身の右腕として互いに信頼し合っていた仲。

そんな彼とは組織ジェノサイドを解散した2014年12月から一切の交流を断っていた。
それがこの日になって改まった瞬間となったのだ。

互いの健闘を称えるための握手が今、交わされる。
観客の99%はこの行為の意味が分からないであろう。
にも関わらず、雰囲気とノリで楽しみたい観衆たちは大いに叫び、猛る。

そんな騒がしい世界の中で高野は真っ直ぐにケンゾウを見つめる。
日焼けしたような肌に坊主頭の見た目をここまで見たのは久しぶりにも感じてしまうほどだ。

「ありがとう。いい試合だったよ」

「それはこっちのセリフっす!……っあ〜あ。一瞬勝てる!と思ったんすけどね!」

言葉に感情が乗っているのか、手の力が次第に強くなる。
地味に痛い高野はそろそろ手を解いて戻ろうかと思ったがケンゾウがまだそれを許さない。

ずいっ、と不意にケンゾウが顔を近付けてきた。
高野の左耳に声がはっきりと聞こえる位置で、隠し事でも話すかのような調子でこそこそとケンゾウは話す。

「……例の件"それらしい"情報を見つけたっす。また後で連絡するっすよ」

「あぁ。わざわざ済まないな。これで奴も今まで通り無事に過ごせるだろう」

高野が軽く笑い、ケンゾウが手をパッと離す。
これで戻る事ができると思った高野だったが、

突然ケンゾウが思い切り高野を抱き締めはじめた。
太い腕から発せられる怪力により、背骨あたりからボキボキボキッッ!!と嫌な音がする。

「ちょーっと待ってくださいよぉぉ!!久しぶりに会えたんだから前見たくぎゅーってさせてくださいよぉ!!」

「ごふあぁぁっ!死ぬ……っ、死ぬから!ケンゾウっっ……」

確かに組織にいた頃は「リーダー軽いしスマートだから」なんて理由でよく抱き締められた気もするが、まさかここでやられるとは思っていなかったようで、久々に聞く骨のきしむ音に妙な不安を覚えてしまう。

「ケンゾウのやつ……見境なしだな」

「いいじゃないの?久々に会えて嬉しいんでしょ」

「勝負に負けて物理的に勝つつもりか……」

その光景を向こう側から見ていた同じチームのミナミ、ハヤテは懐かしさと恥ずかしさを覚えつつまだ戦いは終わっていないがために急かせるためにケンゾウの名を呼び叫ぶ。

遂に解放された高野は背中を擦りながら戻って来た。

「いってぇ……あいつの腕力更に上がってんじゃねぇのか?」

「あなたのお友達って面白いのばかりなのね?」

「……Sランク最強の組織が友情ごっこで維持されていると聞いて発狂する奴らが果たして何人いるかな?」

やっぱりコイツらは少しばかり捻くれている。
ここ最近普通の世界で生きて、かつての仲間とたった今接触した事で過去を思い出した高野はそうとしか思えない感情を生み出すに留まった。

見ると、メイがモンスターボールを幾つか持って外のバトルフィールドへと出ようとしているようだった。

「次、私でいいかしら?」

「悪い。ちょっと待ってくれ。俺が前の試合勝ったから引き続き俺は戦えるよな?」

「ん?勿論よ。負けるまでだったらいくらでも戦えるわよ」

「だったら、今度も俺に戦わせて欲しい」

高野の目には、遠くながらも、今にもフィールドに立とうとしているミナミの姿があった。

組織赤い龍のミナミ。
今となってはジェノサイド後継のトップである。

今まで戦ったことが無いが故の興味と仲間を束ね纏めていた者同士。
正しくどちらが最強かを決めるには売ってつけすぎる瞬間だった。

状況を限定的に察したメイは口元を緩ませる。

「いいわ。行きなさい。その代わり私が出ようと思っていたのだから勝たなきゃダメだからね?」

「おいおい……俺を誰だと思ってる?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.376 )
日時: 2019/06/30 16:28
名前: ガオケレナ (ID: gf8XCp7W)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


一言二言仲間と言葉を交わした後、高野洋平は再び戦場に立った。

その先にいるのは当然ミナミだ。

出会った当初は性別を隠すような格好をし、口数も少なく、しかし1度心を開けば気の強く負けず嫌いだった少女は今、ショートヘアは相変わらずだが若干伸びた、ある意味では少女らしい髪型をし、薄緑色のワンピースを着ている。
去年まででは考えられなかった光景だ。

「正直な話をするとね」

広いフィールドに騒がしい観客の声に掻き消されてその声はほとんど聴こえない。
だが、所々を捉えることは出来た。

「あんたとはもっと勝ち進んでから当たりたかったよ」

「本選で戦いたかった、ってか。こればっかりは仕方ねーだろ」

「ウチね……これまで大変だったんだよ?……どっかの誰かが無責任に組織ほっぽり出して行方不明になるもんだからウチが纏めるしかなくて……そんな中少なからず現れた敵とも戦って……それで、大会の準備もしなくならなくて。……本当にこの半年間大変だった」

彼女の言葉から何となくだが想像できた。
彼もまた組織を束ね、倒しても倒してもしつこく沸いてくる害虫のような敵を倒し、それを繰り返し……気付いたらもう5年の月日が流れていたからだ。

「だから……この戦い……。ウチがあんたに勝てば少しは報われるよね?これまでの苦労がっ!!」

そして、いつか自分もそんな台詞を言ってみたい。
ミナミの言葉を聴いて小さく笑った高野洋平はそう思いながら1つのボールを放り投げる。

ミナミもつられてモンスターボールを手前へと投げた。

それを見ていた大会実況のリッキーは、自身の合図を無視した流れに慌てふためき、

「おっ!?おおっとぉ!?!?試合開始だぁー?」

と、翻弄されたさまを伝えてしまう。

「さぁ、見せるわよ!!強くなった……ウチらを!」

そう言ったミナミの前には凛々しい姿のゴウカザルが現れる。

対する高野洋平が繰り出したポケモンはコジョンドだ。

「格闘タイプ同士のポケモン……!?リーダーは……ミナミさんが格闘タイプのポケモンを好んで使う事を知っていたはずだぞ!?ファイアローは使わないってのか!?」

「それは多分……気持ちの問題だと思う……」

始まり出した試合を眺めて狼狽えるのはケンゾウ。そして、それを制したのは隣に座っているハヤテだ。

「確かにリーダーはファイアローを持ってはいる。こだわりハチマキを持たせて'ブレイブバード'を使うだけのポケモンだったらミナミさんだろうが草タイプだろうがなんだろうが……とにかく簡単に倒せると思うよ?でも、そういうのを許せないんだと思う……。あくまでも対等なバトル。それを行いたいんじゃないかな?」

「大会でそのスタイルか……ミナミさん的にはやりやすそうだが……ちょっとばかし甘くねぇかな?」

「もしくは、ファイアロー無しで勝つ。リーダーは……きっとそれを伝えたいんだと思う。ジェノサイドのリーダーだった過去を踏まえて……"俺とお前には大きな差がある"……なんて事は無いか、流石に」

ハヤテとケンゾウが確証も無い推測をしている内に、ゴウカザルとコジョンドの両者が同時に動く。
そして、互いに"全く同じ動作"をしようとしていた。

"似ている"のではなく"同じ"動き。
それに目を奪われはするが、どこか気持ちの悪い。
妙な感情を生む光景だ。

全く同じ動きの正体、それは、

「「'ねこだまし'」」

高野の声がやや遅れて2人は命令を送る。

ポケモンバトルにおいて重要なのは技を指示するタイミングである。
ポケモンがどんなに有用な技を覚えていようが、トレーナーが命令しなければポケモンは決して動かない。
高野のゾロアークという例外こそは存在するが。

1歩遅れたかのように見えたコジョンドだったが、それを自身の素早さがカバーする。

性格の問題で相手より速いコジョンドが、先に手を伸ばす。

しかし、俊敏性があり身軽なゴウカザルが身を捻りながらコジョンドの手を避ける。
本来ならば動きを止められる空間であった場所にゴウカザルは居ない。

しかし、技の命令を受けたのはゴウカザルがほんの少し早い。

つまり、

「相手のゴウカザルが……避けながら技を……!?」

「ゲームでは何をするか分からないなんて評されていたポケモンだったが……現実世界こっちではまた別の意味で何するか分からねぇな」

メイとルークはそのゴウカザルの動きに魅入られ、しかしゾッとしながら試合を見つめる。
本人たちは気付くことはなかったが、観ている立場でいながら熱くなっているようだ。

互いの'ねこだまし'は不発に終わった。
互いが互いの差し伸ばした掌同士がぶつかり合ったからだ。

互角。

誰もがそう思った。
そして、彼らの関係を知る者はこうも思った。

ミナミという赤い龍の人間は深部最強の人間と互角の強さを持っている、と。

「横に跳べ、コジョンド!」

高野は叫ぶ。
あのゴウカザルと常にくっついているのは危険。
これまでの経験と直感が悟った。

足場を使ってジャンプしたコジョンドは跳びすぎた影響でフィールドの壁に迫ろうとしている。
このままでは壁に当たり、相手に隙を与えてしまう。
しかし、そこで止まるトレーナーとポケモンではない。

「壁を利用して上に跳ぶんだ!」

ひとたびジャンプしたコジョンドは、その命令に答えるためにその言葉通り壁に足を当てると力を込め、その反動で何メートルも上に跳んだ。

そのアクロバティックな動きに観客達の首がつられて動き、そして誰もがその目を丸くする。

そして理解した。

コジョンドが、ゴウカザルの真上に移動した事に。

「さぁ、ブチ当てろ。'とびひざげり'!!」

動きの早いゴウカザルには打つのを躊躇する技。
しかし、それは正面からで且つ正攻法のやり方に留まること。

少し工夫して動けば無くなる不安などザラにあるのだ。

ガンっ、と音を立ててコジョンドの蹴りが命中し、ゴウカザルは地面に叩きつけられる。

成功した。

そして勝利に1歩近付いた。
それを見て勝ち誇って笑みを浮かべた高野。

「まだだよ」

ミナミの声が突き刺さる。

見ると、ゴウカザルが頬を拭いながら立ち上がった、その瞬間だった。
その間しゅるり、と布のようなものが落ちた。

きあいのタスキである。

「耐えたァァ!!確定1発の技を……ゴウカザルはきあいのタスキで見事に耐えたァァァ!!」

さも当然の事をこのDJは大袈裟に叫ぶ。
だが、場を高揚させるには十分のようであった。

スタジアムが余計に騒がしくなる。

「ゴウカザルに襷か。意外と普通なんだな」

「普通?果たして本当にそうかな?」

「なんだって?」

「"コレ"を見ても普通だって言える?」

直後。

ゴウカザルの体が燃えだした。
特性の'もうか'込みのせいかその炎の揺らめきが強く思えるのは恐らく気のせいではなかっただろう。

「待……て」

高野洋平は知っていた。
ゴウカザルはいたずらに自身の全身を燃やしているだけでは無いということに。

高野洋平は知っている。
その炎の性質を。その技の名前を。

「お前さっき……ゴウカザルが落とした道具を見たよな?……お前は、襷を持たせておきながらその技を覚えさせていたって言うのかよ!!」

'フレアドライブ'。

きあいのタスキという道具の性質上相性が合わない反動技。
それをこの女は、このタイミングで使おうとしている。

完全に油断した。そして後悔した。
ついさっきまで"普通"だという言葉を使って評したことに。

技を当てたせいで近い距離に立っていたコジョンドを、ゴウカザルは炎を身にまとって突進する。

吹き飛ばされ、壁にその体を打ち付けるコジョンド。
残り体力1の状態で反動技を使ったゴウカザル。

戦闘不能となり、倒れたその瞬間までも同時だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.377 )
日時: 2019/07/07 14:50
名前: ガオケレナ (ID: VbQtwKsC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


果たして、ここまでの戦いを予想した者がこの中にどれほど居ただろうか。

相打ち。

白熱した戦いに呑み込まれないはずがなかった。
誰もがその結末を見届けようと熱い眼差しを送っている。

「なんつーかさぁ……」

高野洋平はコジョンドのボールをポケットにしまい込んでからのんびりそうに、しかし面倒そうに言うと案の定ミナミは意識を向けたような目つきでこちらを見てきた。

「お前やっぱり変わったな?戦い方といい強さといい、性格といい……。お前には何か大きな"目的意識"を感じる。確かにジェノサイド解散は大きな出来事ではあったけどよぉ、お前に強い想いを抱かせる何かがあの日にあったのかよ?」

言いながら、高野はリザードンを繰り出す。
飛行用兼特殊技専門のリザードンとは違う、"もうひとつの"リザードンだ。

「あるに決まってるよ。決まってるじゃない!……ウチらがもっと強ければ……守れたんだもん」

「?それって、もしかして……」

「ウチがもっともっと強ければアルマゲドンとかゼロットとか!!杉山渡にも勝てたんだもん!守れる人だって……あんただって、あの組織だって……全部守れたのに!!……だから、決めたの。もし次会う時には……また皆で再会できた日には、もっともっと強くなって、それこそあんたよりも強くなってまた会おうって。皆で誓い合ってからウチはこの大会に参加したの」

まさか、と思った時が彼にもあった。
何処かに一定の勢力があったとして、彼等が"それ"を望んでいる可能性があったとしたら、と。

ほんの少しばかりだがその勢力とは今のミナミが束ねた集団じゃないか、とも嘗ては思ったことはあった。

それが今、彼女の台詞で確信した。

彼等は、ミナミは、組織ジェノサイドの復活を求めていると。

その為に抱いた彼女の強い意識。
そして、それは目的を成さない限り失う事はないだろう。それまでの強い圧迫感を高野はヒシヒシと受けている。

(と、言うことは……この勝負この俺が呆気なく負けたらある程度気持ちは揺らぐのか?)

意地悪そうに思い浮かべながら高野は今の仲間たちを横目に見る。
不安そうに見守るメイと、長期化してきている高野の独擅場に飽きてきたルークの冷たい眼差しがあるのみだ。

「余計な事は……考えない方がいいか」

高野はリザードンの持つ特別な石と、眼鏡に嵌め込んだキーストーンの光を交互に見る。

そして、眼鏡の蝶番部分に軽く手を触れた瞬間。

突如としてメガシンカが始まった。

明るく眩しいその体は、漆黒に染まる。
自由を象徴していそうな、空を思わせるかのような蒼も混ざり合ってゆく。

メガリザードンX。

最後の2体目に選択したメガシンカ。
その意味は、

「ここで終わらせる」

強く決心した眼差しで高野の目はミナミと、たった今彼女が召喚したエルレイドを睨んだ。

負けじとミナミの髪に留めてあるかんざしとエルレイドが輝く。
見慣れたと言うよりも数秒前に起きたそれを高野は再び観測することとなった。

「お前も……メガシンカかよ」

「正直ほっとしたよ。Yの方だったらどうしようかと」

鋭く伸びた刃と一体化した腕を振るい、マントのように伸びた体毛を風になびかせながらエルレイドは突如として駆け出した。

その腕に、サイコパワーをイメージさせるような仄かな紫色の発光を灯らせながら。

「'サイコカッター'のつもりか!?だったら飛べ、リザードン!」

主人の命令に頷いたリザードンは翼を軽くはためかせただけでその体は上昇していく。
直線上に刃を振るおうとしたエルレイドは、それまで足元だった位置まで走ると、飛んでゆくリザードンを呆然と眺めつつその足を止めた。

「と、思ったぁ!?」

瞬間。

エルレイドは土を蹴る。
リザードンの飛ぶ5mの位置まで、助走無しでジャンプしてしまう。

「なんだとぉ!?」

「簡単には逃がさないよ!お互い負けられないバトルだもんね!」

エルレイドに射程距離があるとしたら、それの課題はクリアしていた事だろう。
手を伸ばせば届く位置に、リザードンが居るのだから。

「さぁ、エルレイド……見せてあげなよ!ウチらの変わった実力を!!」

そして、高野はまたもや度肝を抜かれた。
彼女の発した命令に、その技に。

「'しねんのずつき'」

結果。

刃よりも威力の高い頭突きを至近距離から受けたことにより、リザードンは地へと叩き落とされ、周囲には土埃が舞った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.378 )
日時: 2019/07/17 17:36
名前: ガオケレナ (ID: 2A4ipe89)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「お前はいつの間に……」

高野洋平は汗を流しながら一点を見続けた。

エルレイドが存在している上空ではなく、地上に落とされたリザードンでもなく、ミナミを。

「エルレイドの主力技を'サイコカッター'から'しねんのずつき'にしたんだ?ゲームと違って威力に差異あれど、技ひとつにも利点がある。だからポケモンを強くする事を"極めようと"すると技の威力に目が行きがちだ。必ずしも正解ではないが……お前は何よりも手っ取り早い方法として"それ"を選んだ……」

「ひとつ間違い」

ミナミは高野の言葉を遮りつつ否定から入った。
彼の言葉には興味が無いということか。

「ウチが過去に'サイコカッター'を選んでいた事の理由なんて無いよ。単に覚えられたから。あんたとは違って物事を深く深く考えようとはしない。……それが違いだったのかな。でも、この戦いでウチが勝ったらその"違い"にも変化が出るよね!?」

スタッ、と爽やかな音がした。
エルレイドのその身体が地上のフィールドに着地した時に生じた音だった。

そのままリザードンの元へと駆けてゆく。
対するリザードンは何故か動けずにいるようだ。理由はひとつ。

「あの野郎のポケモン……怯んでやがる」

試合を静かに眺めていたルークが思わず発した言葉だ。
隣に座るメイも静かに頷く。

「奴も変わったな……。今までは一時いっときの感情や目先だけで動いていたはずの人間だったのに、いつの間にか1つのアクションであらゆる恩恵を得られるような動きをするようになっているな」

「今のジェノサイド……じゃなかったわ。赤い龍は思った以上に厄介な集団、という事かしらね」

拳に力を入れ、駆ける足を早めるエルレイド。
対してリザードンは苦しみ呻くことしか出来ないでいる。
高野はその様子を歯噛みしながら指をくわえて見守ることしか出来ない。

「クッ……ソっっ!!」

ミナミが'しねんのずつき'をチョイスした理由は威力だけでなかった。
このような追加効果に期待するためでもあるからだ。
そして、彼女の描いたシミュレーションが現実になろうとしている。

「'インファイト'」

ミナミの命令だ。
予め頭に叩き込まれていたからだろうか、エルレイドは命令と同時に技の動作を始めだした。

拳と脚からくる肉を乱打する音がドームに響く。
長く暫く続けて聴いていると不快感でも生まれそうな音は高野洋平を、彼の仲間の顔を引きつらせるには十分すぎるものだった。

これでもかと乱撃は続く。
まるでその時その瞬間だけ神が悪戯に時間の流れを遅くしているかのように。

その間、エルレイドはリザードンを殴り、消耗しているさまを表している顔を蹴り、アッパーをかまして重い体を宙に飛ばした後に思い切り蹴り飛ばす事でフィニッシュ。

……になる予定のはずだ。

「ミナミ……。お前のさっきの言葉だけど……。俺も全く同じ感情だったよ」

勝負を諦め、結果を受け入れる様子の高野の言葉……。

には聞こえなかった。

「俺も、お前とは本選で戦いたかったよ」

完全に晴れない中で暴れたせいで余計に砂埃が濃くなっているようだった。
観る側の人々からはリザードンがどのように伸びていて、エルレイドがどれほどの華麗な動きをしているのかがよく分からない。

だが、高野洋平は違う。

何故なら、

「すべて……想定通りだ」

ミナミが晴れつつある霧の中で見たのは、"蹴り飛ばされるはずの"リザードンが、エルレイドの細くしなやかな脚をガッチリと両腕で掴んでいたその時だった。

「え、……待って。まさか……」

「そのまさかだっ!!」

化けの皮が剥がれる。

メガリザードンXに化けていたゾロアークが周囲の空間を捻じ曲げているような演出で真の姿を現す。
その直後、エルレイドのバランスを崩さんと掴んでいた片足を放り投げるように離した。

'イリュージョン'に驚いているトレーナーとポケモン共々が見せた、体の動きを止める一瞬。

それを狙った'カウンター'が、ゾロアークの両腕に集中している倍加したエネルギーを纏った拳が今。

エルレイドに炸裂した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.379 )
日時: 2019/07/21 14:17
名前: ガオケレナ (ID: aOtFj/Nx)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


試合を眺めていたハヤテとケンゾウは戦慄した。
その光景、その現実が、嘗ての戦いをフラッシュバックさせたからだ。

「ケンゾウ……今の」

「あぁ……。まるでバルバロッサ戦のリーダーを見ているようだな。1度見たとは言っても、現実そのものを常に疑っていないと防ぎようがねぇ……」

エルレイドの爆撃をきあいのタスキで耐えたゾロアークは、己の拳という一点にそれまで受けた痛みを、エネルギーを集める。

結果。

自身の'インファイト'の倍のダメージを受けたエルレイドは綺麗に宙を舞った。

今目の前で何が起きたのか理解が追い付いていない観客と、本来の仕事を忘れて思わず見とれていた実況のリッキーらが作り上げた沈黙という空間の中で、ただ一人高野洋平だけが決着が着いた事を確認するとゾロアークをボールに戻そうとダークボールを取り出そうとした。その時だった。

「う、嘘よ……今のは何!?まさかアンタ……不正でもやったって言うの!?一体何が起きたのよ!!」

「待て待て。とりあえず落ち着け」

混乱し、若干のパニックを引き起こしたミナミは現状を理解できずにヒステリックに叫ぶ。
何が起きているのか脳の理解が追い付いていないのだ。

「落ち着けですって!?こんな時こんな所で……おかしな不正されて落ち着く方がおかしいわよ!大体アンタはなんで……」

「いいか、今から俺の言う言葉をゆっくりでいいから理解しろ。ゾロアークは……」

「そのゾロアークがリザードンに化けたところまではいいわよ!問題はなんで"きあいのタスキが発動しているのか"ってところよ!」

「だからさぁ……ゆっくり聞けっての。ゾロアークって何タイプだよ?」

彼の言葉に口が止まるミナミ。
そして、それから2、3秒ほど考えたのだろう。
黙り込み、沈黙すると何か大きな真実に気付いてしまったような驚愕に満ちた表情を見せると大急ぎでエルレイドをボールへ戻すと仲間の方へ走り去っていってしまった。

そこで観客の連中も全体を理解したのか、事の流れを見た結果か、大いに熱の篭った声を上げた。

「ええぇぇっ!?……と、試合しゅーりょーだぁぁぁ!!」

と、リッキーも素を出しつつその旨を告げた。

高野洋平は今度こそゾロアークを戻すとメイとルークのいる方へと歩いていく。

その背に、「よって勝者、412番チームっっ!!」という言葉を受けながら。


「お待たせ。これであと1戦で予選は終わりかな?」

「相変わらず心臓に悪いものばかり見せるわね?流石の私も騙されたわよ」

「まさかメガリザードンXに化けるだけでは飽き足らず……'しねんのずつき'を受けたフリ、もしくは幻影を見せるとはな……テメェが最強だと言われてた所以だとつくづく痛感させられる」

「……と、とにかくこれで彼の言う通り本選出場決定まであと1戦。しかもそれも予選最終日の今日中に決まるわ。大きな相手を倒したからって油断しないことね?」

「分かってるって。でも俺は少し休憩してぇ」

ーーー

交通機関や徒歩で40分以上かかる距離でも、ポケモンに乗って移動すれば10分もしない。

香流と佐野が会場に到着した時は丁度試合の終わりを告げる観客の大歓声が上がった時だった。

何事かと佐野が階段を駆け上がり、香流も遅れて彼に続くと、コートを遠く観客席から頭を出して見た。

高野洋平とミナミが互いにポケモンを戻したその瞬間だ。

「あれは……レン君?と、見た事のある顔だね?」

「終わった……のか。一体どっちが勝ったんだろ?」

仲間であるが故に高野の勝敗が気になる香流だが、これまでの交流もあってミナミのチームの結果も気になる。
その悩みは直後のリッキーの言葉で解消されたが。

「チーム番号412……。レンが勝ったのか」

「あれ?そう言えば大会が始まってそれなりに経つよね?これまだ予選……だよね?いつまでやるの?」

「予定では今日までです。レンがあと幾つ勝って予選突破かは分からないけれど……こっちのチームはあと1つで予選が終わります」

「へぇー!もうそんなところまで行ったんだ。それなら僕もきちんと情報を知っておくべきだったなぁ。レン君や香流君とも戦えたかもしれないのに〜……」

「その代わりこっちたちの戦いを観て楽しんでくださいよ!悔いのないバトルをするつもりなので!」

「なんて言うか……香流君コンタクト付けて見た目の印象も変わったけど言葉もカッコよくなったね?どうしたの?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.380 )
日時: 2019/08/04 10:06
名前: ガオケレナ (ID: .blKIhjH)
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陽射しが頂点に達する頃。

山背恒平は苦悩していた。
自身の体の震えが止まらないのを自覚しながら。

(何しているんだ……豊川の奴……)

燦然と輝く太陽の光を浴びながら山背は今、大会会場のフィールドに立っている。
コートの向こうには、既にほとんどの学校では夏休みに入っているはずであるにも関わらず制服姿の男子の姿があった。

手にボールを持ちながら周囲をキョロキョロと確認するように何度も見ている。

「ねぇ、まだ連絡つかないの?」

観客席からこれから始まるであろう試合を眺めに来た高畠美咲が同じく観戦に来た同じサークルのメンバーにして同学年の吉川裕也に急かすも、吉川は困惑するのみだ。

「俺だってよく分からねーよ!LINE送っても返事が来ねぇんだ!」

山背恒平を含む香流慎司、そして豊川修の3人が集った438番チームは彼と香流だけしか来ていなかった。
更に運の悪い事にこれが彼らにとって予選の最終試合となっているようで余計な緊張感がこの2人には重くのしかかる。

(香流が居るから最悪の結末には……ならないと思うけど……)

暑さと緊張で大量の汗を滲ませた掌からジュカインが現れる。

そして、試合開始が告げられた。

ーーー

会場となるバトルドームからやや離れた位置からも、ブザー音が微かに聴こえた。

色とりどりの店が立ち並ぶ整った通りを歩きながら、高野洋平は懐かしい顔ぶれの面々と再会しようとしている。

「悪いな。試合の後で色々忙しい時に」

「別に問題ないっすよ!さっきのとは別にこうやってリーダーに会えたんすから!」

隣を歩くのは嘗ての組織の右腕的存在だったケンゾウ。

そして、そんな2人を待つようにして道の真ん中に待ち構えるように立っていたのが今のケンゾウたちの面倒を見ている組織、赤い龍のリーダーミナミだ。

「よう。大学で会った以来だな」

「ついほんのさっきバトルフィールドで会ったはずだけれど?」

ミナミの様子が若干おかしく感じたのは高野の錯覚ではなかった。
目付きが悪く、微妙に視線もこちらに向けようとせず、そして吐き捨てるような口調。

何がそんなに彼女の機嫌を悪くしたのかと少し考えた高野だったが、

「多分さっきの結果を……」

「あー……引きずってるのか……」

「小声で話しているんでしょうけど聴こえているわよ。一体何しに来たのよアンタは!!」

高野は気難しそうな人を相手にしているかのような顔でケンゾウと目線で「やれやれだぜ」と言うと、半歩踏み出した。

「どこから話せばいいかな?」

「だったらウチから話そうか」

つられてミナミも半歩近付く。
ここ最近で話題の種が増えてしまったのは彼だけではないようだった。

「とりあえず、アンタが組織を抜けたあの夜からそうねぇ……この大会が始まるまでかな。範囲は」

それは、言い換えれば高野洋平という男が深部と一切の接触をして来なかった期間でもある。
これまでの間に、彼ら赤い龍の中で何があって、どのようにここまで来れたのか。

それは嘗ての仲間だったとはいえ、彼の性格上知りたい事柄であった。

「月が変わるまで……要するに2014年の間には何も無かったわね。議会とアルマゲドン双方の脅威であったアンタが居なくなってからは名前を変えたウチらも平穏にやれたのは確かね。場所が変わって色々揉めはしたけど」

「……それは悪かった。外から見たら大きくて広い団地だったから貸し切り同然にしてしまえばいけるかなーとは思ってた」

「まぁ、それはいいわ。問題はこの後よ。新年早々デッドラインという名の組織が議会の持つ"名簿"に追加されてね。しかも妙な事に"組織ジェノサイドの後継者"なんて宣伝文句と共に。当然ウチらとは何の接点も無かったから調べてみたわ。でも、おかしな事に何処にも突き当たらない。情報を意図的にカットしているかのように、途中で行き詰まってしまうの。これはレイジや他のベテランの人たちから見ても明らかだったわ」

「そこで、デッドラインが何者か探るのを諦めてしまったわけか?」

「いいえ。もっと奇妙な存在とぶつかったわ」

「?」

と、言うとミナミは1枚の写真を取り出した。
高野は彼女の傍によって写真を受け取ると、それは見覚えのある顔だったせいか、怪訝な表情がより深くなるのを自身の顔の皺の動きで自覚した。

「デッドラインの鍵。そんな風に呼ばれている少女よ」

「コイツは……俺も知っている。此処で何度も会った」

「おかしいのは、これまでウチらが2,3ヶ月ジェノサイドと同質の捜査網を駆使しても何の手掛かりも無かった存在に、いきなり外部から手を加えられたように、女の子が現れた事。これで確信したわ。デッドラインには何者かの息がかかっている事。しかも複数人のね」

「そのデッドラインの鍵は議会の人間とも繋がっていたからな。その直感は正しいな」

高野はここで内心、自分しか知り得ていないだろうと少しドヤ顔で言ってみたものの、

「そんなの知っているわ」

と、一蹴される事で無駄に終わる。

「そこで、ウチらはこの写真の女の子が何者なのか、"デッドラインの鍵"という肩書きを無視して調べてみたの」

「そ……それで、何か分かったのか」

「えぇ。全部」

前日まで調べていたであろうケンゾウが、自身が背負っていたリュックサックから数枚紙をミナミに渡すと、彼女はそのまま続けた。

「本名は湯浅ちえみ。神奈川県の公立高校に通う"本当にごく普通の"女子高生よ」

「なーにがごく普通だよ。こんな子が普通な訳が……」

「だからウチも今本当の、って言ったじゃない。いい?この子はそもそも、深部とか、議会とかそんな裏の面々を一切知らないどころかポケモンさえも遊んだことの無いただの一般人なのよ」

「本気で……言ってるのかよ」

高野は手を差し出す仕草をしてミナミの持つ資料の何枚かを受け取り、掴む。
そこには確かに少し古臭いデザインの制服に身を包んだ何処か初々しい雰囲気を放つデッドラインの鍵の姿があった。

「話にはまだ続きがある」

言うと、ミナミはドームの方向へ振り向いたかと思うと視線をこちらに戻した。
だが、目は未だ合わせようとしない。

「その学校、今年に入ってから物騒な事件が起きてね……。1人の女子高校生が行方不明になっているみたいなの」

「家出か何かか?」

「いいから聞いて。この行方不明になった少女こそが湯浅ちえみ本人。行方不明になってからもう半年経つけど未だに学校には姿を現していないみたいなの。にも関わらず学校には1度きり連絡が来たみたいでね?」

「どんな連絡?」

「主は湯浅の親御さん。『今喧嘩して家出している影響で学校にも行っていないかもしれないけれど、どうか在籍したままにしてほしい』っていうものだったそうよ?」

「まぁ、何事もなく行方不明のまんまだったら警察も動くだろうしなぁ。そうした方が動きやすいのかもな」

「それで、今までの情報とデッドラインの鍵の家出騒動。おかしな点だらけだから昨日ケンゾウにある依頼をさせてたの。ケンゾウ!」

と、ミナミが彼を呼ぶ。
ケンゾウはリュックからスマホを取り出すと外部から入手したであろう動画が正に再生されるところだった。
それをケンゾウは2人に見せようとしている。

「これは?」

「或る日の地域の防犯カメラの映像。粗いからよく見ていてね」

何も映らない町の通りの一角。
それを延々と映しているに過ぎなかったものだったが、2分ほどすると変化が訪れる。

「学生の姿……?」

「そう。帰る時間のようね」

帰路につく学生たちの姿。
そこに紛れるが如く彼女の、デッドラインの鍵こと湯浅ちえみの姿が。

「奴が映っているのか……んん!?」

異変は突如発生した。
彼女の目の前で白いバンが止まったかと思うと果たして本当にそんな短時間で可能なのかと思うくらいに、車から伸びた腕が彼女を掴むと一瞬で闇の中へと吸い込んでしまったのだ。

「おい……これって……」

「誘拐のひと場面よ」

その瞬間。高野の頭の中ですべてが繋がった。気がした。

行方不明になった女子高生。突如現れたデッドラインの鍵という存在。何故か一緒に居る議員。
そして、今目の前で繰り広げられている大会。

「この時、この瞬間……目撃者は!?」

「いない。早すぎて誰にも気付かれなかったわ。若しくは、何者かの圧力で"なかった事にされている"」

高野は信じられないといった表情で、2、3度動画を再生する。しかし、それだけで何かしらの変化が起こるはずもない。

「湯浅ちえみは、突然それまでの生活を奪われただけでなく、無理矢理拉致されて無理矢理深部や議会の世界に入れられて、無理矢理デッドラインの鍵としての存在で行動している……。結局彼女がデッドラインとどんな関係なのかは分からないのは相変わらずだけれど……、いくら何でも横暴が過ぎるとは思わない?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.381 )
日時: 2019/08/11 13:43
名前: ガオケレナ (ID: jwGMIFov)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「何故……こいつなんだ?」

高野洋平は動画をなんでもないところで止めると、薄く小さい声で呟くように言った。
2人には聴こえなかったようで、彼は同じセリフを2度言う。

「それに関してはまだ分からないわ。それまでポケモンという"メディア"に一切関わりの無かった1人の女子高生が何故連れられたのか……。そして何故未だにこの子が議員と……片平光曜と一緒にいるのか。片平は何故この子を選んだのか……。本当に分からない事だらけね」

「それだけならまだ良かったのにな」

高野は見飽きた動画のスマホをケンゾウに返し、彼がそれを仕舞うのを確認する。

「まだ?他にもあるんすか?リーダーを悩ませる何かが」

「あるさ。昨日起きたじゃねぇか」

「あぁ……香流君の」

「予選は今日までだ。俺達はあと1戦残っているがそんな事はどうでもいい。ほとんど勝てる試合だ。んで、俺は明日から香流を襲った連中を調べ上げる。苦労はするだろうが何も手が無い訳じゃない。アプローチの仕方は幾つかある」

「それで……もし犯人を見つけられたらアンタはどうするの?」

「全部吐かせる」

高野は立ち上がる。
椅子でもなんでもない石の上に座っていたがために尻のあたりの埃と土汚れを払いながら。

「誰の命令でそんな事したのか、何故あいつを狙ったのか、全部。思い当たるフシが幾つかあるからそれと照らし合わせながらな」

ところで、と言いながら高野は振り返る。
そこにはミナミとケンゾウの2人が立っている。
高野はミナミの、風で翻るワンピースをしばし見つめた。

「お前たちはどうするんだ?赤い龍には赤い龍としての今後の目的とかあるのか?」

「特には……無いかもしれないわ。それを考えようとするとアンタたちに会う以前の赤い龍にまで遡らないと。だからアンタが言ってくれればいつでも動かすわよ。デッドラインでも香流君の問題にも。どうする?」

「……そうだな」

会場で何かしらが起きたようだ。
そう思わせる空気の変化を仄かに高野は感じ取る。

「今は何とも言えないから"その時"でいいか?正直言って人手が足りないから助けて欲しい」

「分かった」

ミナミは優しく一瞬微笑むとケンゾウに瞬きをして合図を送る。

「レイジにも相談して今後の動きをある程度立てておくわ。アンタは……そうね。ハヤテと戯れてればー?」

「ちょっ、俺はその程度としか見てないってか!?」

「……頑張ってね」

適当に振られたケンゾウが吠えているものの、ミナミは無視して高野に語り掛ける。

彼には優しく、しかし寂しそうなミナミと、その後ろで何かしらの意味があるのか、やや大袈裟なボディーランゲージを送りながらケンゾウが叫んでいる。

その光景がどこかシュールでどこか懐かしくて、高野は思わず小さく笑い声を漏らす。

「残りの大会と……今ある問題。難しいし危険だけど、気をつけてね。それで……またいつか皆で会おう?……って、どうしたの?笑ってるの?」

「何でもねぇよ。ほら、行けよ。仲間が待ってるんじゃねぇのか?」

「はいはい、敗者はさっさと去りますよーだ」

ーーー

最初相手のポケモンを見た時は選出を失敗した、と思った。

だが、それは情報の1つの捉え方によって思っただけであり、別の捉え方をすれば状況は別の姿に変化する。

「カエンジシ、'だいもんじ'」

対戦相手の男子高生が元気良く叫び、カエンジシは炎を吐く。

山背は避けるように命令した後に、高野から譲り受けたメガワンドを取り出すとジュカインの姿にも変化が表れる。

「これは驚いたァ!ジュカインのトレーナーはメガシンカの使い手だー!!」

大会実況兼地元のラジオ番組のDJのリッキーは山背をあえて"ジュカインのトレーナー"と呼ぶ。
何もこのような表現は彼に限った事ではない。
プライバシーの保護のためと、それだけでも十分ここに居る人たちには伝わるからだ。

ジュカインは飛んで相手の技を回避する。
そして、上空から'りゅうのはどう'をカエンジシ目掛けて放つ。
だが、命中はしない。
カエンジシの佇む四方の地面に当たるだけでダメージは無かった。

「しかし残念!軽々と避けたジュカインだったがその技は外れてしまったぁぁ!カエンジシにダメージは無いッ!」

乾いた土のフィールドに直撃したせいでカエンジシの周囲に視界を覆うには十分すぎる程の土埃が立つと案の定、カエンジシとそのトレーナーはどう動けばいいのか分からずにいる。

つまり、無防備。

ジュカインが着地する。
動きが一切無ければ直線上にカエンジシがいるはずだ。

「カエンジシの位置は覚えているよな?さぁ、撃て。'きあいだま'!!」

ジュカインの掌から、気を込めた弾丸が発射される。
頻繁に外れる技故に少し回りくどいものの掛けた補正。
山背の作戦は完璧だった。

(レンがよく言っていたよな……)

山背は、大会が始まる前と予選真っ只中の時期に高野からよく言われていた言葉を思い出す。

(ゲームは平面。この世界は立体だって。だから僕たちは立体的に動かなければならないと。そしてそれは戦いでも同じ……)

「この大会、この戦いで勝つ人間はゲームに慣れすぎて平面的な動きしか出来ない人間じゃない!立体的にポケモンを動かせる人間が勝つんだ!」

視界が晴れてゆく。
直撃したらしき音も聞こえて少し経つ。

だが、そろそろ見えてくるはずのカエンジシの倒れた影がいつまで経っても見えてこない。

「……?おかしい。カエンジシは確かにそこに居たはず……だよな?」

山背の作戦は、"カエンジシがある地点に立っている事が"前提にある。

だが、山背は作戦通りに動くには敵の情報が足りなさ過ぎたのだ。

「山背君、上だっ!!」

観戦している香流の叫びは観客のどよめきによって隠され、彼には届かない。

奇しくもその時気が付いた。

ジュカインの真上にカエンジシが居た事を。
'みがわり'によって技を回避していた事を。

「'ハイパーボイス'だっ!」

そして、最早避ける事は不可能だと言う事を。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.382 )
日時: 2019/10/12 17:41
名前: ガオケレナ (ID: nj0cflBm)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「これで満足か?」

「えぇ。もういいわ。出して」

ミナミは駐車場に停まっている群青色のスポーツカー、つまり、雨宮の車に乗るとそう告げた。

「これで俺もお前を乗せてここまで来るという作業が無くなるわけだが、いい加減感謝の言葉くらい欲しいモンだがな、リーダー様よぉ?」

「うん。ありがとー」

「……てめぇ、まぁいい」

雨宮はミナミとハヤテ、ケンゾウの3人を乗せると車を走らせる。
窓から見える高い塔、バトルタワーとバトルドームが段々と、小さくなってゆく。

視界から離れていく。

それは、彼らの夏の終わりを意味していた。

「まさか最終戦1歩手前でリーダーと当たるなんて……運が悪いとしかいいようがなかったですね」

「仕方ないわよ。予選のうちはランダムで当たる仕組みだもの。予想はしていたわ」

「俺はお前が無様に負ける瞬間を見る事は出来なかったが……実際はどうだったよ?」

「無様なモンかよ!!」

助手席に座っているケンゾウが思わずと言った調子で大声を発する。

「"あの"リーダー相手に互角に戦ってたんだぞ!?ゾロアークに勝てなかったけど……」

「俺だったら特殊技で攻めるけどな?要はアイツの'カウンター'が怖いんだろ?」

「違うわ。いつ'イリュージョン'が来てもおかしくないバトルをするのが上手いの。アンタの場合ハピナスとナットレイで止められるのがオチよ」

「あぁそうかよ」

勝てなくてもいいとか、参加しただけでも良かった。
そう言えば嘘になってしまうが、ミナミに心残りは無かった。
今の自分の本気というものが最大限に引き出せた。しかも、それをジェノサイドに見せつけることが出来た。

それで満足だった。

彼女達の大会はここで終わってしまうが、やるべき事が残っている。

「それよりも、この後基地に戻ってからが本番よ!今のウチらがやるべき事!勿論忘れた訳じゃないわよね?」

「えぇ。引き続きデッドラインを探っていきますよ」

「えーーっと……俺は何すればいい?」

「アンタもハヤテと一緒に追うこと!いいね?」

「やれやれ……組織のボスが真面目すぎるのも難ってやつだな。疲れる」

レースで聴くと言われても違和感の無さそうなエキゾーストを響かせて、1台のスポーツカーは街を駆け抜けていく。

ーーー

香流慎司は全身から汗が吹き出るのを自覚しながら、一点を見つめて立ち尽くす。

そして、暫しの沈黙の後。

思い切り溜めて溜めて遂に吐き出たと言わんばかりのブザーが鳴ったのだ。

「勝った……?」

今自分が見ているものが本物なのか、現実なのか。
五感を総動員して確認しようとしている自分がいた。

肌に当たる風、はしゃぐDJ、歓喜している人々の声、巻き上がった土の香り、緊張と興奮で何度も飲み込んだ唾。

あまりにもリアルすぎるその様は、とても夢とは思えなかった。

「勝った……勝ったぞ……っっ!」

「やったなぁー、香流!!」

喜びのあまり、彼の元に駆け寄ってきた山背と抱き合う。

自分でも不思議だった。
普段感情は表に出ないはずなのに、零れるように表れていく。

香流は確かに今、予選を突破した事に感動していた。

「やった……遂にやった……。勝ったんだよね!?山背くん!」

「あぁ、僕達やっと予選突破したよ……。長かった、本当にここまでっっ!!」

香流は友人たちが座っている方角の席を眺める。
結果を見てハイタッチし合っている高畠と石井、緩んだ表情を見せている吉川と岡田、そして北川の姿も見えた。

「さぁ、早くすっぽかしやがった豊川に連絡だな!」

「あぁ!……それにしても……」

山背はバトルフィールドの向こう側を見つめると突然へたりこんだ。

「僕が負けたからどうなるかとは思ったけれど……本当に香流って強いよな。つくづく強さのレベルが違う世界にいるんだと思えてしまうよ」

「何言ってるんだよ。山背くんだって1戦目は勝ったじゃないか。カエンジシの'ハイパーボイス'を耐えた後に'みがわり'で疲弊したところを'りゅうのはどう'で倒した時は観てるこっちもスカッとしたよ」

鳴り止まない歓声と拍手。そして、勝利を称える学生たちの演奏。
フォローのつもりの彼の優しい言葉は時折それらに掻き消されていく。

「それはありがとう。あとは……アレだけだな」

「うん。レンが最後の試合に勝つのを見守ろう」

ガッツポーズをしながら、山背はフィールドを背に歩く。
夏は、まだまだこれからである。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.383 )
日時: 2019/08/18 18:37
名前: ガオケレナ (ID: Zxn9v51j)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「わるーい、寝てたわ」

香流たちの予選が終わってから1時間半後。
激戦の元凶が遂に姿を現した。

「寝てたぁー。じゃねぇよお前気楽すぎんだろ!」

あまりにもボケている豊川修の発言に吉川は笑いを堪えきれずに笑い声を含ませながらそう返す。

「どうなった?まさか負けたのか?」

「負ける訳ねぇだろ。香流と山背が頑張ったよ」

「そうか、よかった……」

「んで、今俺らはアレを観てるわけだよ」

吉川は、観客席にぐるりと囲まれた中心点を、ポケモンバトルのフィールドを指す。

そこに居るのは高野洋平とその仲間である。


「どうする?」

「どうする、って何が」

「まず誰が出る?」

「誰でもいいだろ、どうでもいい。予選最後と言っても俺やお前が苦戦する程の相手ではないんだろ?ここでコソコソと話すことじゃねェ」

「じゃあいいわ。私が出る。私1人で最後の戦いを済ませてくるわ」

メイがそう名乗ると高野とルークの2人を押し退けてフィールドまで歩くと、決められた白線の前で立ち止まる。

「大丈夫なのか?」

高野が不安そうにメイの背中に声をかける。

「少なくとも、あなたが心配する程じゃない。私だってAランクそこそこの力はあると自覚しているところよ」

「どんな基準だ……」

高野とルークが離れる。
遥か後方の、観客席の真下にある参加者用のベンチへと2人は腰掛けた。

同時に、試合開始を告げる熱い実況が始まった。

「すげぇよな、あいつ」

「?」

「実況やってるアイツだよ。1日に何十って試合やってきて始まりから終わりまであのノリ崩さないって普通に凄くないか?単なるコミュ力の問題じゃない気がしてくる」

「それを凄いって思うテメェのコミュ力もたかが知れてるがな」

メイは颯爽とボールを放り投げ、マニューラが宙を舞う。

「さぁ、私の相手になるのは誰?あなた?それともあなた?」

と、メイは一直線上で佇んでいる男を指したあと、隣に立つ日傘を差した少女へと視線を向ける。

すると、男の方が「俺が行く!」と叫んでボールを投げた。

出てきたのはデンリュウだ。
外見に反して器用に動く事の出来るそのポケモンは、決して楽な相手と言うわけではない。

「なぁ、ルーク」

「あん?」

「メイってメガシンカ使えんのかな?相手がもし使ってきたら……って思うと少し不安じゃね?」

「知るかよ。あの女に対して持つ情報なんてお前と程度は同じだ。そして気にしたこともねぇ。あの女が負けたらお前が出る。それで問題ねぇだろ」

1、2歩歩いた相手のデンリュウは、すぐに止まるとそのままの姿勢で'10まんボルト'を放つ。

しかし、フィジカルがウリのメイのマニューラはそれを簡単に避けてしまう。
その際、動きが速すぎて姿が分身したような残像が見えたのは観ていた人々全員に共通していた。

「マニューラ、'つじぎり'よ」

軽く飛んで距離を一気に詰めたマニューラは、トン、と片足で右に飛ぶようにデンリュウの視界から消えてみせる。

そして、背後に回ったと見せかけて、目に鋭い爪から繰り出す一閃を見舞う。

限られた時間ではあるが視界を奪われたデンリュウは屈み、手で顔を覆う。

それが絶好の機会となる。
まだ技は繰り出していないからだ。

マニューラの魔の爪が迫る。
それは果たして、すれ違いざまに薙ぎ払うかのように振るうと、ゆっくりとデンリュウは倒れた。

1匹目の戦闘不能。
ここに来てもまだ余裕そうなメイだが、それを改めて周囲に見せつける。

「あ、こりゃ心配する必要ねーかもな」

と、言って高野は胸を撫で下ろした。

「何がヤバいってこれまでの戦いアイツマニューラ1匹でここまで勝ち上がってきた事だ。仲間である俺らにも頑なに教えようとしないから俺も奴がどんなポケモンを持っているのか分からねぇ。そこはお前も同じなはずだ」

「あ、あぁ……。初対面の時からメイはマニューラしか使ってこなかった」

間髪を容れず相手は次のポケモン、パチリスを出してくる。

「終わったな」

そう言うとルークは立ち上がる。

「この勝負、あの女の勝ちだ。即ち俺らのグループが予選突破だ。それが分かれば俺がこれ以上此処に居る意味は無い。帰る」

「ちょっ、ちょっと待てよ!これから色々あるだろ!?」

「それ含めて俺は帰るって言ってんだ。こっちにも帰る場所だとか、都合ってモンがあるんだよ。無駄に馴れ合う為に俺は此処に居る訳じゃねぇ」

何か言いたそうな高野を通り過ぎ、控え室へと続く扉を開けるとその先へと迷いなく突き進む。
試合の最中であるにも関わらず彼は嘘偽りなく本当に姿を消してしまった。

「え、マジで帰った?そんな事ある??」

高野はそのような戸惑いを隠せずにいる中、メイはWCSの真似事で固めたようなパチリスを涼しい顔で倒すと、1戦目を終えたがためにこちらに戻ってきた。

だが、ルークが居ない事を確認すると再び戦場に自ら身を投じていく。

ーーー

「試合の途中じゃなかったか?いいのか?」

「構うもんかよ。ああいうのはお祭り事が好きな2人に任せりゃいい。とにかく俺には俺のやるべき事があるってもんだ」

「特に変わったわけじゃないけど、報せならあるぞ?」

ルークはバトルドームから出ると、あらかじめ約束でもしていたのだろう。
そこに、かつての仲間モルトが待っていた。
そんな風に一言二言会話を交わし、2人は飛行可能な地点まで歩くと目的の場所目掛けて空へと飛び立っていった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.384 )
日時: 2019/08/21 20:43
名前: ガオケレナ (ID: 13XN7dsw)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


次にメイの前に立ったのは先ほど日傘を差していた少女だ。

試合やボールの投擲の妨げになることが容易に想像できるのに片付けようとしない。
よほど自信の肌の方が大事のようだ。

「私は引き続きこの子よ。あなたはどうする?」

メイは一旦はボールに戻して体力やPPが回復されたのを確認してからマニューラを呼び出す。
対して、対戦相手の少女は中々ポケモンを出そうとしない。

DJの姿をチラッと見て合図が出るのを待っているようだが、彼の試合開始宣言より先に少女の掌からポケモンが躍り出た。

「相手のポケモンは……エンペルトか」

楽に勝てるポケモンではないのは高野の目から見ても明らかだった。
これはそろそろ自分の出番かと手持ちポケモンのモンスターボールと睨めっこし始める。

が、

「'ねこだまし'。からのー、'けたぐり'」

相性の悪さなど知ったもんかとでも言いたげに、メイのマニューラは定番の先制技でエンペルトを転ばして怯ませると、足元を狙った軽い蹴りを放ったあと、再び転ばす。

最早弄ばれているかのようだった。
エンペルトと、そのトレーナーはまともに動く事も指示することも出来ない。

ひとたび動けばマニューラの格好の餌食になるのみだ。

「んじゃー、最後に'はたきおとす'で!」

やっとこさ起き上がったエンペルトを、マニューラは両手で叩き落としてまた更に地に伏せさせる。

その際、エンペルトの持っていたきのみが零れ落ちた。

そして鳴り響く戦闘不能の合図。
彼女とマニューラの顔に苦戦だとか苦痛だとかを思わせる表情は一切持ち合わせていない。むしろ、これで予選の最終試合なんだぞと周りに逆の意味で見せつけてゆく。

「よーし、予選の終わりまであと1匹ね!さぁ、次はどのポケモンなのかな!?」

ーーー

「おや?倉敷か?仕事は済んでいるのかい?」

「合間の視察ってところさ。俺も君が作りたかった大会というものを見ておきたくてね」

大会会場から少し離れた、"選手村"と参加者たちの間で呼ばれている住宅密集地。

その中に埋もれている片平光耀の借り家に1人の男が立ち寄って来た。

倉敷くらしき 敦也あつや

片平とは同期の議員であり、大会運営に関する資料作りを主に行っていたはずの男。

横に長いその体に低い身長。
片平はこの男を見る度に「だらしのない人だ」と心の中で呟いていた。
それは、今日も同様に。

「どうせ今日で終わりやしないんだ。だったら少しくらいやりたい事をやらせてもらうさ」

「その開き直り具合……じゃないね。判断能力は参考になるよ、本当に」

「ところで光耀。君相変わらずその煙草かい?」

退屈そうな表情で口に咥えた煙草に今まさに火を点けるところだった。
彼は場所を弁えるものの、煙草は普段から吸っている。故に自分が喫煙所である事は同じ事務所の人間ならばほとんどが知っている事柄である。

「私は昔から吸っているが?今更聞くことかい?」

「いや、前とは香りが違うから銘柄変えたのかなと」

「私は気分屋なんだ」

そう言うと片平は遠くを見つめた。
丘陵地帯のこの場所は眺めも良く街の姿が見える。

その内の1箇所。大会会場となるバトルドーム。と、その後ろに控えているバトルタワー。

その2つの巨大な建物を見つめていた。
当然ながら会場内のバトルの様子や喧騒の類までは確認できない。

だが、ある程度までしか栄えていなかった街に突然大きな施設とタイムリーな事柄を扱ったイベントを引っ下げるとなるとそれ迄には有り得なかった盛り上がりを見せてゆく。いや、実際に見せてきた。

そんな姿が片平の脳裏には浮かんでいた。

「ところで、視察に来たんだろう?」

彼は、隣に立つ倉敷に声をかける。

「いつまでもこんな所でサボっていていいのかい?それよりも会場に行ってみたらどうなんだ?」

「冷たいこと言うなよ〜。此処は参加者の為に建てられた住居があるって言うじゃんか。そしたら、ここも立派な大会会場だろう?」

「全く……好きに見ればいいさ。その代わり、余計な仕事は増やすなよ?色々と危ない要素を抱えたままなんだよ、アレは」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.385 )
日時: 2019/09/01 18:07
名前: ガオケレナ (ID: MJZFt8Ev)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


戦いの始まりと終わりのブザーは音の質は同じだがリズムが違う。

始まりと比べて若干長いそれは、高野洋平に考える時間を与えるには十分だった。
高野は、ブザーが鳴り終わってから体が動くまでの数秒間、その頭の中では大量の情報が行き来していた。

このタイミングで終わったということ。
それは即ち自分たちが勝ったのかと言うこと。
本当に勝ったのか?夢じゃないだろうか?
夢だったら何処から何処までが夢なのか?
ここで勝ったということは予選突破という事だろうか?
と、すると今後はどうなるか?

結論が出る前に高野は思わず駆ける。
その先はフィールドに立つメイである。

会場から歓声が上がった。
特別耳のいい人間ならば、彼の友人たちが喜んでいる声も聴こえただろう。
DJのリッキーも、「予選突破おめでとう」的な事を言っている。

しかし、彼の目には目の前の仲間にしか意識が向かない。
興奮と喜びのせいでこれまで彼女に抱いていた不信感がこの時だけその一切を失った。

とにかく今は祝福したい。
労いの言葉をかけ、喜びを分かち合いたい。

高野は隣まで走ると、メイに対してハイタッチを求めようと右手を差し出す。

しかし、何故だかメイはこちらに意識を向けようとしていない。
何処か遠くを睨んでいるようだった。

それは、彼女の言葉で理解できた。

「あなた……手を抜いたわね?」

その言葉の先には先程の対戦相手が居る。
2人の男女はきょとんとした表情で、メイと彼女の放つ雰囲気には場違いの男の、はしゃいでいる姿が見えていたことだろう。

男の方がクスッと笑うと、

「それについては後な。ほら、今は横見ろ横」

と、暗に高野を指すような仕草をする。
不思議そうにメイも真横に振り向く。

そこには、喜びから一転、微妙な表情をした高野が未だにハイタッチを求めんと右手を差し出していたところだ。

「……え、なに?」

「……予選突破、おめでとう。的な?」

彼の予想に反して物凄く小さいそれを交わすと、高野も段々と普段の調子を取り戻してきたようで、先程のやり取りについて聞き始めていた。

「もしかして、さっきの奴らとは知り合いか?」

「えぇ。まぁね。実を言うと古い仲よ。ここだとアレだから移動しながら話さない?」

ーーー

「さっきの対戦相手、私の知り合いなの。"First Civilization"って聴いたことある?」

高野とメイは今、バトルを終え、会場を抜けるとバトルタワーへと続く通路を歩いている。
そこには彼には彼の、彼女には彼女の目的があるからだ。

「ふぁーすと……シヴィライゼーション……?」

聞き慣れない単語に、高野はしばらく考えた後に小さく笑いだす。

「くっ、……ははっ……それってアレじゃねぇか。俺が3年前に倒した組織の名前だ」

「私はそこの構成員だったわ」

「えっ、」

「あなたの言った通り、3年前の2012年。突然宣戦布告されたあなたたちジェノサイドに為す術なく敗れたわ。それまであった組織の環境や仲間、そしてお金。すべて失ったわ」

「お前が……俺に負けた組織の人間だったとはな……。あれ?でも俺はお前とは会ったことないし戦った事もなかったぞ?」

「当時の私がその立場になかっただけ。ポケモンを始めたばかりの人間が、最強の組織との戦いの最前線に行くかしら?フツー」

「って事はあれか?お前が俺と接触したがってた1番の理由は組織を潰された事による復讐か?決して敵は殺さない俺だけど、それのせいで復讐の目に遭うのは何回かあったが……お前もそのクチか?」

「本当に復讐が目的なら初めて会った時に背後からマニューラの爪で引き裂いてるわよ。目的はまた別。これからバトルタワーでそんな彼らと合流する所だったけれど……あなたもどう?」

「お断りだ。なんか気まずい。それに俺も俺で会わなきゃいけない仲間がいる」

通路を抜け、扉を開けるとそこはもうバトルタワーの1階である。
やや大きな扉は既に開いていたが。

彼女の嘗ての同胞は目立つ場所に居たようで、メイはすぐに駆けて行った。

高野の仲間。
即ち大学のサークルの友人たちはまだ来ていないようだった。

適当に座りながら待っていようと思った矢先。

「HEY!HEY!HEY!お疲れSummer!!さっきの試合観てたよー?」

隣から、何処かで聴いたことのあるような声が聴こえる。
最後の試合に出場しなかった彼からすれば結果が重要であり、試合の中身はどうでもいいことである。
「はいはい、どーも」と、軽く返事をして移動中に買った飲み物を飲みながら、折角だから声の主が誰なのか確認しようとした時。

思わず飲んでいた飲み物を吹き出した。

「うっ……ゲホッゲホッ……なっ、何でリッキーが此処に!?」

しかも、丁寧にカメラマン付きである。
リッキー本人がマイクを持っているあたりこれはラジオ番組のための取材だろう。

「さて、先程試合を終わらせて見事予選突破した事について何か一言!……ついでにお名前もいいですか?」

「ちょっ、ちょっと待って!!さっきまで大会の実況やってましたよね!?コレどういう時間!?ってか多忙すぎくない??」

「あー……労いの言葉ありがとう。……と、いう訳でー……」

高野はそんな彼の言葉で察した。

これは生放送だと。

リッキーはこの大会の実況をやっているが、本業はローカルなラジオ局のリポーター兼DJのはずだ。
そのせいでこちらでもDJ呼ばわりされている。

「えっと……高野洋平、20歳、学生です」

簡単な自己紹介を済ませてこれまでの大会での経験、感想を言うとそのままスタジオへ、そしてラジオを介してリスナーの元へ届いたのだろう。

『はーい、リッキー君リポート有難う御座います!』

と、いう現在ラジオで放送中の番組DJの声なのだろう。リッキーのマイク越しにそれが聴こえると彼のひと仕事が終わる。即ち合図だ。

「はい、カットです!ご協力ありがとうございましたー!」

と、リッキーが放送関係者や周囲の人々、そして高野に声をかけていく。

「なんで俺に、しかもこのタイミングで……?」

小さく独り言を呟き、その場を後にしようと歩き始めた高野だったが、

「あーちょっと待ってキミ。少し話いいかな?」

ガシッと肩を掴まれる。
声の主は当然リッキーだ。

「高野洋平って言うの?」

「ええ、そうですけど……?」

「そうかぁー。本名なんだね」

結局今高野は取材を受けるまで座っていた場所にリッキーと2人で座っている。
彼の時間は平気なのかと思った時もあったが今は大会の方も暑さ対策のための休憩中であった。

加えてラジオの方もたった今仕事を終え、カメラマンなどの姿も見えなくなっている。

つまり、リッキーとしても今は休憩中なのである。

「声だけのラジオだから良かったけれど……深部の人間が軽い気持ちで名前名乗っちゃダメだよ?」

高野はまたもや吹き出しそうになった。
そして戦慄した。

何故、外の世界の一般人がそんな事を知っているのかと。

「うん?あぁ、ごめんね。驚かせちゃったかな?僕も深部の人間なんだ。とある組織に属していて、ね。だから君がジェノサイド"だった"ってのも知っている。だからこうして今取材という名目で君に近付いたんだ」

「ローカル局のDJが深部の人間……??そんな事って有り得るのかよ……」

「十分あるさ!現に君だって色々な人間見てきたでしょうに!君が組織のトップの割には世間知らずだっていう噂は本当だったみたいだ」

「それで、そんなアナタサマがどうして俺なんかに?」

「いや、特に目的は無いし今の深部どーのこーのって話をする訳でもないんだ。僕はどちらかと言うとメインは"こっちの"世界のDJで副業みたいなノリの深部だからね。ゆえに深部の人間で僕がDJやってるってのを知っているのは君ぐらいさ」

「益々わからん……」

「目的は特に無いって!僕は単にこの大会を楽しめているのかなーって思ってそれを聞きたかっただけさ。僕もこの大会を作っている側の人間だからね。ある意味」

「まぁー、そうですね。楽しいですよ」

「それは良かった!君とはまたこの期間中に会えたらいいね。それじゃ、また!」

と、言うとリッキーは何処かへと走り去ってしまう。
時計を見ながら席を離れたので、恐らく時間か何かだったのだろう。

多忙の極みだと彼の走る後ろ姿を見ながら高野は呆然としながら思う。

そうしている内に、彼の仲間がやって来た。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.386 )
日時: 2019/08/31 15:56
名前: ガオケレナ (ID: 4CP.eg2q)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


今日1日だけでドラマが有りすぎた。
それが、高野洋平の率直な感想だった。

既に陽は落ち、空は闇に包まれている時刻。

彼は今、山背恒平の家に寄ってサークルメンバーらと予選突破を祝って宅飲みをしている所だった。

「ほら、香流お前もっと飲めって!全然進んでねぇじゃんかよー!」

「いやこっちは酒弱いんだって……。それに怪我人!!もっと労わってよ〜」

会場から近いという理由だけで集まった山背の家だったが、如何せん人が多すぎる。
スペースが少なく窮屈だったが、そんなもん知るもんかと言いたげに吉川が香流にビールを勧めてくる。

そんな香流は既に顔が真っ赤であった。

「なーにが怪我人なんだか……ピンピンしてるじゃない」

「大したもんじゃなかったからだよ……みんな心配し過ぎなんだって」

「おーい、とりあえずお好み焼き出来たけど食うかー?みんな」

高野は改めて思った。
こいつら自由過ぎるだろ、と。
このメンバーで大学が休みの日など、外で遊ぶ機会もあってその時も何度も思ったが、全員が全員マイペースなのだ。
そこに結束とか団結は無い。にも、関わらずトラブルは起きない。

つくづく不思議な空間だ、と思いながら高野は一旦外に出ようと立ち上がる。

「ん?レン、どうした?」

お好み焼きを山背と一緒に作っていた北川がキッチンを横切った高野に声をかける。
高野は「ちょっと外に出たくて」と言うと鍵のかかっていないドアを開けて夜中になりつつある外へと出て行った。

結局あの後も何の問題や滞りも起こることなく大会の予選は進み、予定通り終わりを迎える事が出来た。

山背の家に皆で集まろうと提案されたのはバトルタワーにて彼らと会った時だ。
どうやら既に企画だけなら進んでいたらしい。

冷たい夜風を全身に浴びながら、買い出し時に近くのスーパーで買った瓶のビールをゆっくりと飲んでいく。

「どうしたの?外にでも出たい気分?」

後ろから母親のような、姉のような優しい声色の声がする。
だが、高野は振り返らない。
声の主を知っているからだ。

「俺は気分屋なんだ」

「知ってる」

メイ。
高野と同じチームの、深部の人間。
当然彼らサークルの人たちとは何の関わりも無いのだが、誰かが突然、

「レンの仲間たちも一緒に呼ばね?」

と提案した事でたまたま予定が空いていた彼女がお邪魔したことになったのだ。
一応ルークにも連絡こそはしたのだが、返事は分かりきっていた。

『あァ?ジェノサイドのオトモダチと飲みィ?っざけんなよ。こっちにはこっちの居場所と仲間が居るんだっつーの』

と、いう何とも彼らしい言葉が返ってくるのみだったのは既に過去の話だ。

「平和ね、みんな」

「当然だろ。あれが普通なんだよ」

「やっぱり、あの平和を壊してしまうのが怖い?」

高野は念の為メイの顔を横目でチラッと見た。
顔色に変化はない。
あまりにもおかしな事を聴いてくるので飲み過ぎて本音が出てしまうほど酔っているのかと思ったがそうではなさそうだ。
と、言うより彼女は1杯も飲んでいない。

「そうじゃねぇよ。あいつらが普通で俺らが異常なだけだ。異常な俺達はあそこに踏み入れるべきではない。分けて切り離すべきなんだ。壊すとか護るとかそうじゃないんだよ」

「それがあなたの信念……なのね」

「だからこそ昨日香流が怪我をしたと聞いて割と焦った。遂に俺のせいで狙われたんだなってな。分けて切り離されるべきが、向こうから踏み荒らして来やがった」

「それで、どうするの?確か明日から行動するのよね?」

「それについては幾らか考えがある。問題は無い」

そう言うと高野はビールをもう一度口に含めて飲んでいく。
瓶特有の冷たさが未だに残っているのが舌触りで分かった。

「それにしても信念……ね。どうして深部最強とまで言われたあなたがそんな事を強く意識するのか不思議だわ。何かそう思ったきっかけとかあったのかしら?」

分かっているはずなのに、高野はメイの顔色を確認するも、やはり変化はない。
むしろ自分の頭がボーッとしてきているのか、振り向くだけでそんな違和感が伝ってきた。

「きっかけ……まぁ、トラウマみてぇなもんかな。色々あったんだよ」

「あなたがこれまでどういった道を歩んできたのか……個人的に気になるわ。いつか話してほしいなぁ」

「絶っっっ対に話さないから安心しろ」

話しながら高野は星なんて見えない空を見上げた。
そうする事で、山背の家が選ばれた理由がよく分かるからだ。

ここからでも聖蹟桜ヶ丘の駅前に広がるビル群が見える。
要するに、会場に1番近いのが彼の家だったのだ。

「それにしても……あなた中々洒落たモノ飲むのね。コロナよね?それって」

「……マッチョな登場人物たちがスーパーカー乗り回すアメリカ映画の主人公がコレ好きなんだよ。試しに俺も飲んでみたけど思った以上に飲みやすくてハマってな」

「要するに影響されたってこと?あなたって意外にも影響され易いのね」

夜になっても涼しくならない。
そんな事を思いながら風を浴びる高野は、明日以降の事しか頭になかった。

大会は一旦の区切りが付いた。
今度は、こちらが反撃する番だ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.387 )
日時: 2019/10/06 18:38
名前: ガオケレナ (ID: UbyZEBNe)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


蝉がうるさい。

動物や昆虫らが活発な地域は総じて田舎だという固定観念を見事に砕いた都内のど真ん中の、とある学校。

相沢優梨香と東堂煌は互いに顔を見合わせると普段から通っている高校に入っていくように進み始めた。

大会の予選が終了し、1週間のインターバルが設けられた初日の7月29日。

彼らは高野洋平の連絡の元、自身らが過ごす東京都内にある私立しりつ稜爛りょうらん高校に辿り着いていた。

「おはよー。時間通りだね?」

「あぁ。でも……」

東堂は誰かを探すかのような少し不安な顔をしながら周囲をぐるりと回りながら言う。

「吉岡はどこだ?アイツだけ居なくないか?」

「正式には高野さんもね。2人は別行動をしているのよ。何でも、それが高野さんの望みらしくて。……ってか、この事もLINEのグループで話し合っていたはずだよ?ちゃんと見てた?」

定期的に笛の鳴る音が聴こえる。
恐らくは校庭で練習している陸上部だろう。

その音の中をくぐり抜けるようにして2人は校舎のある方へと進んでいく。

ーーー

同時刻。
東京都墨田区両国。
スカイツリーを望める下町を感じさせる街の中で、吉岡桔梗は体を震わせた。

どこかで自分の噂をされている。そんな気がしたからだ。

「あの〜、高野さん……?」

「ん?なんだ?」

呼ばれた高野洋平は歩きつつも振り返る。
歩道が狭く人1人しか歩けない幅だが、それでも躊躇せずに高野は後ろの吉岡を見た。

「本当に僕で良かったんですか〜?バックアップはあの2人でいいんでしょうか?」

「もしもの事を考えたら、の結果さ。本当だったら3人で調べ物してても良かったんだが、人数が半々の方がいいかなと思って」

「此処って〜……両国……ですよね?これから何をするんですか?」

「まず香流の家に寄る。そこから、あいつの駅までの通学ルートを辿る。あいつが怪我をした地点までな。一種の追体験みたいなもんだよ。そこで何かしらの手がかりを掴む事が出来れば万歳ものだ」

「それって〜……最悪敵と遭遇する事も有り得ますよね?そうだと1番実力のある相沢を連れて来ていた方がよかったん……じゃあ……?」

「なんだ?自分の実力に不安でもあるのか?」

「いや〜……不安と言うか……」

吉岡は本心を言おうか悩んだ。
だが、不自然に顔を逸らして顔をほんのりと赤らめたところから、高野も高野で察するものがある。

「なるほど、確かに不安かもな」

その言葉に、吉岡は小さく「えっ?」と呟くと顔を上げて彼の顔を見る。
前を向いているせいで表情は見えなかったが、その鋭さに心臓の鼓動が早まるのを感じた。

「お前、さてはあの女の子の事が好きだな?自分の知らない所でもう1人の友達と2人きり。だから不安になった。そんな所かな?」

「その……高野さんって……凄いですね。あっ、で、でもっ!!……その事は秘密に〜……」

「分かってるって!そういう話題の秘密に関しては特に口が堅いと評判の俺だ。安心してくれ」

「でも〜……よく分かりましたね?それもゾロアークを使い続けた結果とかですか?」

「ゾロアークと心の読みは必ずしも密接の関係とは限らないさ。俺も同じだったからな。だからその気持ちはよく分かる」

「えっ?……そ、それって〜……」

「いいから。その気持ちは表彰式まで取っておけよ?優勝した暁に告白とかちょっとイケてるんじゃないか?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.388 )
日時: 2019/09/26 14:57
名前: ガオケレナ (ID: EugGu6iE)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「それじゃあ始めちゃおっか」

相沢と東堂は普段の学校生活において、情報の授業でしか使わないパソコン室へ入ると適当な席に座って適当なPCを立ち上げた。

ちなみに、これを使うにあたって2人はわざわざ教職員たちに対し自習で使う旨を伝えた。
夏休みの宿題をネタにしなかったのは、彼らの学年の課題でPCを確実に使わなくてはならないものが無いため、嘘をついたことがバレないための措置だ。

「さっさと調べてさっさと見つけて終わらせちゃおう!そっちは大丈夫?」

「あぁ……。だが……」

東堂には分からなかった。
何故学校に来てまでパソコンを使うのかを。
目の前の機械だけならば家にもある。

「ここまでする必要ってあるのか?俺には分からん」

「高野さん曰く有るみたいよ?とりあえず、言われた通り『深部』とか、『ジェノサイド』みたいに、あたしらに関連した事柄を調べてみようよ」

ーーー

「へぇ〜……」

吉岡は目的地に着いてまずはその意外性に驚いた。

建物自体は古いわけではないが、古都などでよく見られる、背景に同化したかのようなデザイン。
それを思わせる木造建築だった。

「凄いですね。高野さんの友人さんの実家って和菓子屋だったんですか〜」

「そう。なんでも、明治創業の老舗らしいぜ。とにかく、これ食えよ」

と、高野は売り場の隣に設けられた食堂のようなスペースで腰掛けると、吉岡に三色団子を渡し、自分はみたらし団子を食べ始める。

すると、高野洋平が来たという噂を聞きつけて建物の奥から聞き慣れた足音がこちらにやって来た。

「レン……?一体どうしたんだ?」

「おう。お邪魔してるぜぃ。それよか、お前こそどうしたんだよ。大学の講義は?」

「……先週試験があって、それが最後。だから夏休み明けまで水曜の講義は無いよ。レンは?」

「聞くな」

即答だった。恐らく吉岡には伝わらなかったが、香流は香流で察するものがあったのだろう。
冗談で「あっ、察し」と言うと若干ニヤけながら吉岡の隣に座った。

「今日来たのってもしかして……」

「そう。そのまさかだ。俺1人じゃ辛い部分もあるから助っ人として彼にも手伝ってもらってんだ」

と、言って向かいの吉岡を指す。
吉岡は応じるかのように香流に対し、軽く会釈した。

「これ食ったらすぐ向かうよ。あまり長居しても迷惑だろうし」

「そんな事ないよ。折角ここまで来てもらったのに……。こっちも何か手伝おうか?」

「いや、」

高野は香流の良かれと思って言った提案をはっきりと否定すると、団子を飲み込むために一呼吸置いてから続けた。

「前にも言ったけど、相手によってはお前の身元もバレてる。最悪此処が狙われる可能性も無きにしも非ずなんだ。本当だったらコイツを置いていきたいところだけど、とりあえず様子見たいし……。だから俺としては逆に目立たないようにしてほしいんだ」

「そうか……。でも、そう言うと思ってたよ。分かった。今日は部屋で大人しくしてる」

「悪いな。……本当だったら、犯人を探すだけなら此処に来るべきではなかった。敵に、より多くの情報を与えてしまう危険性があるからな。でも、俺はやる。俺が居たからって理由で何の罪も無い人間が傷ついていい訳がないんだ……。バックに誰が居るのかも全部ハッキリさせてやる」

「レンの悪い癖だな。全部自分で抱えようとしているのか?こっちだって戦えるよ?」

と、言って香流は少しはにかむ。
彼は最悪を想定したうえで、「この家を守る為に」戦うと言ったはずだった。

それは高野にも伝わった。

が、

「そうか……。そりゃそうだもんな。俺に勝ちやがった奴だからな」

ニヤニヤしながら立ち上がり、「また今度な」と、捨て台詞のように吐いて出ていってしまった。
それを見ていた吉岡は違和感を覚えながらも、いそいそとあとを着いていくように走り去る。

「はぁ……」

2人が離れて数分経っただけで香流の店に静寂が訪れる。
香流は、石井から聞いた話をうっすらと自身の頭の中で思い出そうとしていた。

(レンは……議会の人間の何かしらの繋がりがあると考えている……んだよな?)

デッドラインの鍵と片平光曜のコンビの前に挑もうとしていたあの日。
その時の話をしていた石井真姫の不安に満ちた顔と声が忘れられなかった。

「石井は……レンが考え過ぎているとか、危うい思想を持っているとか言っていたけれど……」

その一方で、高野のチームメイトであるメイやルークといった現役で深部に身を置いている人間が語った、自分が狙われた理由についての説明。

その時の妙なリアルさに少なからず気持ち悪さを覚えたのは錯覚ではないはずだった。

「案外……レンの読みは当たってるのかも……しれないな」

引いてはきたものの、まだ軽く痛む足をゆっくりと上げて、香流は軽くテーブルを片付けると店の奥でゴミを捨て、2階にある部屋へと戻ってゆく。

途中、母親と目が合ったものの、特に会話を交わすことなく、互いが互いを干渉することなく何事も無かったかのように通り過ぎる。

「こっちも……調べなきゃいけないかな。議会の事とか」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.389 )
日時: 2019/09/28 20:35
名前: ガオケレナ (ID: 3T3.DwMQ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「なーるほどなぁー」

高野洋平は、吉岡桔梗と共に事故現場に辿り着いて一言発した。

2人が立っているのは隅田川の流れに沿った、両国駅へと繋がっている歩道である。

「奴は、ここを自転車で走行中にポケモンに襲われた……。真面目なアイツが反対車線の、しかも歩道を走っていたっていうのが少し気に入らないが、」

「使われたポケモンは分かっているんですかね〜?」

こんな状況でそんな事を気にするのはお前ぐらいだ。警察かよと心の中で突っ込んだ吉岡は、そんな事を一切悟らせない為に無表情で気になった事を言ってみる。

高野は聴きながら、ガードレールや川を見渡せる為に設けられた手すりを触り、眺めている。

「香流が言うにエイパムらしい」

「エイパム!?何でそんなポケモンを〜……」

「いいか。一応お前も深部の人間だから覚えておいてほしいんだが……」

高野は、本当だったら言いたくないと言いたげな沈みかかった表情をしながら続けた。
暗い表情の訳は香流をネタに使っていることも相まっているのは、彼には分かった。

「対象を狙う時に強いポケモンを使う事が最適解だとは必ずしも無いんだ。例えば、闇夜に紛れて相手を倒す際にテラキオンなんかは使えないだろ?」

「圧倒的な〜……存在感……」

深刻な顔をしつつシュールなギャグを使ってくる高野に、吉岡は笑いを堪えるのに必死だった。
ここで笑うのは彼と彼の仲間のためを思うとやってはいけないと、吉岡の脳は絶えずサイレンを鳴らし続けている。

「少し例えが極端すぎたが、人とポケモンなんて持っているポテンシャルが違うんだ。生身の人間相手ならキャタピーの'いとをはく'だけで動きは封じられる。大きくて強いポケモンに比べてどんな所も進む事が出来て、その存在もその瞬間になってからでないと気付かれないって点で未進化のポケモンや中間進化のポケモンは刺客として好まれる事もあるんだ」

「じゃ、じゃあ〜香流さんはもしかしたら殺さていたとか……?」

「そこがおかしいんだ。対象である香流をし損じただけにあらず、止めの一撃なんてのもやっていない。相手は、エイパムの尻尾の一撃だけ食らわせて即退散と来ている。これの意味が分からなくてな。俺からするとそれで済んだとホッとするしか無いが、どーも違和感しか湧かねぇんだな。これが」

当然ではあるが現地に行くだけでは何の手がかりも得る事は出来ない。
高野としては本物を見れただけでもピンと来るものはあったが、それでも分からないものは分からないのだ。

これからどうするべきか5分か10分ほどその場をウロウロしたり考え込んだ後に、

「そうだ、お前さこれからどうする?ぶっちゃけ今の段階ではどうしようも無いからさ」

高野は吉岡に1つの提案をしてみた。

「どうする……とはどういう事ですか〜?」

「今の俺にはどうする事も出来ないって訳よ。だから帰りたければ帰ってもいいし、学校に行って友達と合流するのも良しだし、何ならついでにスカイツリー寄って少し買い物するとかどうよ?折角此処まで来たんだしさ」

「何呑気な事言ってんですか〜!!ソラマチって大体高いんすよ!?はした金しか持っていない高校生が気軽に行けるもんじゃないですよ!」

対して、吉岡は愛しの子に対する不安と高野のズレた提案に自然と声が大きくなってしまう。
結局、その後の2人の行動は分かりきったものとなってしまった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.390 )
日時: 2019/10/03 15:54
名前: ガオケレナ (ID: WwlU5OLB)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


機械音が漏れ出ている空間の中、相沢優梨香は困惑していた。
当初の予想を大幅に超えたそれに、以後どうしていいのか分からなくなっているのだ。

「ダメねー……。一体どうすればいいのかしら?」

「おーい、とりあえず昼飯買ってきたぞ。パンとおにぎりどっちがいい?」

「んー。じゃあおにぎりで」

近くのコンビニまで昼食の買い出しに行っていた東堂が、PC室の扉を開けてそう言った。
相沢の隣の席に座り、コンビニ袋を2人の手の届くようにお互いのキーボードの間にぱさっと音を立てて置く。

「何か見つかったか?」

「全然ダメ。それらしい単語が含まれた掲示板や呟きなら幾つかヒットするんだけど見れなくてさー。フィルタリングのせいよ」

「フィルタリングぅぅ??それじゃあ意味ねぇーじゃん。何の為に俺らを此処に呼んだんだか」

「本当にそれよ。だから今自分のスマホからPCからは入れないサイトにアクセスしてる。吉岡からも連絡が来たわ。手掛かりはナシって」

「ったく……」

2人は高野から、「学校のパソコンから深部やジェノサイドについてとにかく調べて欲しい」と言われていた。
しかし、結果はこのように2人が退屈する運びとなっている。

記事やサイトといった類が全く表示されないのだ。
出てきたとしてもフィルタリングが掛かって入る事が出来ない。

最早ここに居る意味が分からない相沢は出来ることなら帰りたい思いに駆られたが、その感情は吉岡からのLINEで即座に消える。

「ねぇ、吉岡がこっちに来るって。高野さん連れて」

「マジで?何の為に?」

「分からない。だからまだ帰らないでくれってさ」

「ちぇっ、いいけどさぁ。それくらい」

東堂は初めからこうすればよかったと思わんばかりに、相沢同様に自分のスマホから色々なサイトへ接続するも、デマを掴まされてはため息をついてそのサイトを閉じる。

それが昼食を食べ終えるまでの簡単な作業と化していった。

「ねぇ、キー君……。どうして高野さんはあたしらにこんな事させたんだろうね?」

「さぁー……。単に面倒だからだろ」

「面倒、ね」

相沢の脳裏に高野の横顔がよぎる。
寂しそうな雰囲気からは想像も出来ないような、残虐性と絶対性を兼ね備えているといった勝手に生まれたイメージ。

そんな彼が、何を思って自分たちにお願いしたのか。

そんな時。

「えっ?教室どっち?こっち?あ、ここでいいの?」

「そこです、そこ。そこで合ってますよ〜」

突然、普段から聞き慣れた声と1度か2度聴いたような声が外からしたと思うと、引き戸であった教室の扉が開かれる。

「おぉ……。合ってた……。待たせてごめんな、2人とも」

「高野……さん?」

相沢と東堂の視界は確かに捉えていた。

急いでやって来たせいか、汗をびっしょりかいた元ジェノサイドの高野洋平。
両国から彼をここまで迷わせること無く導いた吉岡桔梗の2人のその姿を。

高野は、ほっとしたような緩い笑顔を見せると教室へと入っていった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.391 )
日時: 2019/10/03 17:16
名前: ガオケレナ (ID: WwlU5OLB)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「状況はどうだ?」

「どうもこうも無いっすよ!それらしいサイトはヒットするけどフィルタリングだとかで入れないんすよ」

「あ〜、やっぱりな」

高野は東堂の使っていたPCを横から掠め取るかのように、彼が昼食を食べ終えていない隙にいじり始める。

「やっぱり?……って事はある程度予想していたって事っすか?」

東堂が益々自分たちがしてきた事が無駄に思えてきたせいでイライラを募らせながら彼に問いかける。

「少しはな。だが、そのお陰で犯人が何処にいるのか掴めそうだ」

言いながら高野は手当たり次第にヒットしたサイトを見ては閉じてを繰り返す。

「高野さん……そもそも学校内に入れた……のですか?」

「相沢ぁ〜、それが問題なくてさ。夏休みだしそういう監視も緩いだろなんて2人で話してたら本当にスンナリ入れたよ」

「此処……私立だったわよね?確か」

相沢が学校側のその防犯性にドン引きしながらペットボトルのお茶を飲んでいる時、隣では動きがあった。

「やっぱり、俺の読み通りだったな」

高野は言うと、3人に表示された画面を見せる。

「何ですか〜?それは」

「個人が立ち上げたポケモンのゲームの攻略サイト。その掲示板さ」

学校のパソコンからは一切のSNSや掲示板を遮断されている。
にも関わらず、サイトのオマケ程度に作られた掲示板はその網を潜り抜けて今、確かに見えていた。

「そろそろ教えてくださいよ!高野さん何を考えてこんな事させたんすか?」

「分かった分かった。読みが的中した今全部話すよ」

夏休みの割には更新頻度が高いとは言えないその掲示板に少し目を通すと、カーソルを止める。

「普通な状態でネットの海から"ポケモン"とか"ジェノサイド"なんて単語で探そうとするととても苦労するだろ?多分2人も試したと思うけど、俺の名前で検索しても変なサイトや嘘っぱちばかりが出てきたと思う。それらの大半をブロック出来るのが学校のパソコンって訳」

「じゃあ、本当に初めから分かってて……?」

「そう。無駄な情報網をカット出来るこいつで、犯人のいる居場所に辿り着けるかが今日の目標だったけど……多分それは達成出来そうだな」

「いや、待ってくださいよ!だったら初めから俺らにそれを言ってくれれば、なんの手掛かりも無いなんて状況は回避出来たかもしれないんすよ!?何でそれを言わなかったんですか?」

「それはちょっと申し訳ないと思っているよ。でも、俺の中でもちょっとした賭けだったんだ。例えば、俺の事を殺したいくらい憎い奴が居たとする。そいつが俺に対する恨みつらみをネットで吐いたとしよう。大手の掲示板やSNSだったら速攻で消されるのがオチだ。俺らの存在を表向きにしたくはない連中がいるからな。……でも、もしもな。もしも、そいつが学生だったら?」

3人がそれぞれの顔を見合わせた。
共通してピンとくるものがあったようだ。

「授業中でも部活中でもいい。学校から、俺への悪口を吐いたとして、そこから入れる場所と言ったら……こういう所だと思うんだ」

そう言いながら高野はその掲示板にある、サイト内を検索できるバーをクリックすると"ジェノサイド"と打つ。

すると、幾つかのスレッドやレスが検索された。
中身は確かに自分に対する恨みや悪口、殺人予告紛いのものまで様々なものが表れる。

「どうして……」

相沢は、彼が来て5分かそこらであるにも関わらず言った通りの状況になっているのが不思議でたまらなかった。
何故こんなものを知っているのか。
何故こうなっていると知っているのか。
ただそれを聞きたかった。

「どうして……こうなっていると分かったんですか?だって、普通思い付かないじゃないですか!フィルタリングを潜り抜けるサイトのことなんて……まるで初めから全部知っていたとしか……」

「実を言うと知っていた……と言うか60%くらいかな。それくらいの思いではあったよ」

「じゃあ、なんで……?」

「昔、全く同じような状況があったからだよ」

ピクリ、と喋っていた相沢の体が震える。
昔ということは彼がジェノサイドとして活動していた時以外の何物でもない。

「4年くらい前になるかな。正体不明のトレーナーから突然攻撃を受けたんだ。不意打ちなんて初めて食らったから自分の身を守るのに精一杯でポケモンの強さ比べなんて頭に入る余地は無かった……。宣戦布告が無かったから組織の人間として俺を攻撃したのか、そういうのに属していないけれど俺の存在は知っているっていう奴が単独で攻撃したのかその2択が容易に想像出来たけど……問題はそこからだった。"誰が"やったのかが分からなかったんだ」

高野は、話し相手が年下だと自分の経験談を長々と話すのはつまらないオヤジ共だけかと密かに馬鹿にしていたのと同じ事をやっている事に薄々気が付くも、最早そういうもんだと今までの考えを半ば否定しながらも話を続けた。

「当時mixiの勢いがまだある頃でさー……」

「うわっ、懐かしー」

「mixiとかあったよね」

彼らが意外にもそれを知っていた事に少し驚きつつも、構わずに高野はその遮りを無視していく。

「俺も表向きは普通の高校生を演じていたから、友達やクラスメートと共にそれをやっていたんだけど、ある時偶然見つけちゃってさ。そこでジェノサイドについて話してた奴を。リアルタイムで見てたから観測出来たのはその時だけだったし、噂を拾った程度の一般人の投稿だったから気にならないものだったけどそこで閃いたんだ。表向きには隠されている存在だけどネットで調べたら出てくるんじゃないかってね。そしたら見事に見つかったよ。敵も判明した」

「何処にヒットしたんですか?」

「今はもうサービスが終了しているSNSだったよ。確かアバターが売りだったかな?そこのサイト内にあるサークルがソレだった」

「敵は……どんな人だったんですか?」

「同じクラスの隣の席の奴。まさかの知人ってオチさ」

「えっ……」

彼の話に魅入ってた相沢と東堂は傍から見ればわざとかと思うほど瞳を大きくさせて静かに話を聞き、そして想像した。

もしも、自分が同じ立場だったら、と。

「当時学校内でポケモンが流行っていたとはいえ、まさかこうなるとは思ってもみなかったよ。普段仲良く会話していた奴が実は深部で、俺を殺す事だけを考えいた、なんてさ」

「それからは……その後はどうなったんですか!?」

「奴の居場所を突き止めて戦ったよ。結果は分かるよな?俺が今此処に生きているって事はさ」

2人はそれも気になっていたが本当に知りたかったのはそれではなかった。
その知人がどうなったかだ。

「そいつは友達でもあったんだが……いやぁある意味辛かったな。あのバトルは。その事実もショックだったけど、ひこうジュエルからの'アクロバット'を使ってくるあのアーケオスが恐ろしかったね 」

「あの……その友人は……どうなったんですか?今も元気ですよね?」

いつまでも引っ張る高野に焦れったさを感じた相沢は自分から尋ねた。
正直今知りたいのはそれだけで、その時のバトルだとか、使われたポケモンだとかに興味は無い。

「あいつはもう居ない。戦いの後に死んだんだ」

高野はその時の光景がまるで昨日見たかのように鮮明に自身の記憶の中で蘇る。

深部同士の戦いを繰り広げた2人。
片方は命のやり取りは御免だと叫びながら説得し、もう片方は掟に厳格になれとそれを否定する。

誰も殺したくない。誰も傷付けたくない。
自分は確かにそう言った。
しかし、敵は真っ向から否定する。

『掟に従え。半端な気持ちで戦うな。どんな御託を並べても俺もお前も深部ディープサイドだろう?命を差し出す覚悟を持って戦え。……俺は、この通り……持ったからな?』

彼の最期の言葉は未だに重くのしかかるようだった。
一言一句正確に覚えていられている、という事は未だに引き摺られている現れである。

「そう言って、あいつは自分の脈切って死んだよ。本当に色々とショックだった。つい昨日まで親しかった奴がこうも簡単に動かなくなると言うか、無造作に放り投げられた人形のようにぱったりと動かなくなる事が出来るんだな……って。その時は思ったっけな。人の命って案外脆くて弱くて儚いんだなぁ……」

その友人がもしも、無駄に真面目で、知っているルールは1つの漏れも無いかのように厳格に振る舞うような性格でなければ今も生きていたかもしれない。

しみじみと思い出すかのように語って、初めて高野は周りの空気が白けていた事に気が付いた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.392 )
日時: 2019/10/12 18:25
名前: ガオケレナ (ID: nj0cflBm)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「なんか……ごめんな。凄くシケちまった」

「いや、高野さんは何も悪くないですよ〜……」

そろそろ15時に差し掛かろうとしていた時刻。
4人は学校をあとにしていた。
今日のうちにやれる事はすべて達成出来たので解散する流れだった。

「まさか知らなかった……高野センパイにそんなエグい過去があったなんて」

「腐ってもジェノサイドだったからねー。何でもありな世界の頂点に立った人間だったわけだし、まぁ……その……色々あった訳さ」

「でも、これでハッキリ分かったよね〜?2人とも……」

深刻そうな顔をして吉岡が相沢、東堂の先をゆく足に向かって投げかける。

「僕たちじゃあ最強になるなんて無理だよ〜……。そうなる為には覚悟が足りなさ過ぎるよ……」

「正直俺もヘコんだわ」

言いながら、ペースの落ちた吉岡の歩調に合わせて東堂もゆっくりと歩き始める。
隣を歩く相沢も遅れてそれに合わせてきた。

「住んでる世界が違いすぎるなってな。やっぱり俺たちみたいなポケモンやってワイワイやるだけの連中じゃ無理な話なんだな」

「いや、そんな事は無いんじゃないかな?」

諦めかけていた彼らに優しく励まそうとしたのは何を隠そう、高野本人だった。

「俺だって最初はポケモンを好んで遊んでいた高校生だったわけだしさ……本当にたまたま変な人に声掛けられたのがきっかけだったってだけで……。確かに天才と呼ばれる人だとか、人から注目を浴びられる人ってのはそれに至るまでに想像も出来ないような下積み時代と言うか……苦難を伴う時ってのがあると思うんだ。それを経験したわけじゃないのにそんな話を見聞きして夢を諦める……ってのは少し話が違う気がするんだ。だってさ、自分のこれからの境遇とか運命とかがそうなるとは限らないじゃん?自分次第じゃん?」

彼らの"最強になりたい"という純粋な夢を否定も肯定もしない。
ただ、自分の過去を聞いて夢を諦めるということには否定する。

必ずしも自分とは同じ道を歩むとは限らないからだ。
高野は、その事だけを伝えたくて長々と、やや早口で語り続けた。

ーーー

「じゃあ、俺はここで」

高野は、学校から歩いて15分ほどで到着した駅にて彼らにそう言うと手を振った。

「あとは俺の方から探りを入れてみるよ。何かあったら連絡するけれど……また来てくれる、かな?」

不安が一瞬まとわりついた。
今日1日で彼らに重い荷物を背負わせてしまったかもしれない。
これに対し彼らが「もう、いいです」と言っても高野はその気持ちを尊重するつもりでいた。
この一件に彼らを巻き込んだのは自分だからだ。

ところで、3人も同様の事を考えていたのだろう。
高野の問いの後に、しばし考え込んでいるのか静かになったかと思うと、

「いいともーーー!」

「タモさんかっつの」

東堂のボケに相沢が軽く頭をはたく。
高野も吹き出したかのように軽く笑ってしまった。

そうだ、彼らに求めていたのはこれなのだ、と。
友人同士時にはふざけて、時には悩み、苦難を乗り越える。
3人まとめて自分の話で暗くなる必要など一切無いのだ。

そう思い、安心した高野は再度手を振って駅の中の人混みへと吸い込まれていった。

「いいとも……去年で終わっちゃったけどね〜」

「知ってるよそんなの」

インターバル1日目は普段通りの日常を写しながら、時は過ぎてゆく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.393 )
日時: 2019/10/06 17:12
名前: ガオケレナ (ID: ylrcZdVw)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


講義の終わりを告げる心地よいチャイムが鳴った。

「ふぅ。終わった……」

高野洋平は書き終えた答案用紙を教室の1番手前に置かれた教卓の上に優しく乗せると、そそくさと出て行った。

7月30日木曜日。
今日は、彼の今季最後の登校日だ。
つまり、彼も明日からやっと夏休みな訳だが、先程の「終わった」と言うのが、果たして今季における終えた講義全てに対してなのか、試験の結果に対して言ったのかは心の中を覗かない限り決して分からない。

時刻は12時を過ぎたところだった。
最後の授業を終えた今、あとは帰るだけなのだが本来ならば木曜といえばサークルのある日だ。
どれほど集まるのか分からないが、それによっては今帰るのは少し勿体無い。

試しにとコンビニで軽く昼食を買っては部室へ行ってみる。

「やっぱり、誰も居ないか……」

文字通りの空室。
それもそのはず、大学も3年となればある程度単位は取れてきているので毎日来る必要がなくなるのだ。
更に、今週はすべての講義の最終日。
集まりが少なくなるのは最早必然だった。

「一応LINEのグループで聞いてみるかな?今日のサークル来るかどうか。……いや、やっぱりいいや」

やる事も限られてくる上に人も少ないのならばわざわざ行く必要もない。
ならば、本来のやるべき事をやるのみだ。

「さてと……?」

高野は結局誰もいない部室へ入り、昼ご飯を食べながらスマホを開く。

画面には昨日見つけたポケモンの掲示板が写っている。

(俺の予想だと此処に香流を狙った奴がいる……。あとは此処でどれだけの会話をしたのか、犯人が誰で仮にいた場合、どうやって接触するのかだよなぁ)

何度かページを更新しては画面をスクロールするのを繰り返こと3分。

『ジェノサイド死ね』

……という、物騒なスレッドのタイトルが目に付いた。

「これはもしかして……もしかするやつか?」

レスは300ほど付いていた。
パッと見、人がもうほとんど居ない掲示板であるらしい中ここまで伸びたスレも少し珍しいものだった。

高野は即座にスレを開く。

スレ主の唐突な恨み節をスルーしながら、1つひとつのレスに目を通す。
最初の内は怪しいものは見当たらない。

「どうやらこいつは……俺の事を知っていて尚且つ本当に恨みを持っている人間のようだな?噂で聞いただけなのか、こいつ自身も深部の人間なのか……それはまだ分からんが……」


思いながら見ていくと、

ーーー

Re:ジェノサイド死ね(No.57)
2015/5/4 18:35
名無しさん

>>0
ジェノサイドとやらについてkwsk

ーーー

「へぇ……57番目にしてやっと言及来たか」

ーーー

Re:ジェノサイド死ね(No.58)
2015/5/4 18:37
名無しさん

>>57
ポケモンを使って悪さしている連中がいるのは知ってる?
その中の大ボス言い換えればマフィアのドンみたいなのでジェノサイドって言うのが居るんだよ

ーーー

「話盛ってんじゃねーよっっ!!」

高野は思わず誰もいない部屋だからこそ叫ぶ事が出来た。
あまりにも行き過ぎた表現を見て認識の違いというものをつくづく痛感する。

だが、

「でも待てよ?こいつ、俺の事知ってるのにマフィアのドンとかいう表現はおかしくないか?どういう事だ?」

スレを進めながら3つほどの可能性をすぐさま浮かばせる。

ひとつは、深部を単に知らないパターン
ふたつは、深部を知っていて、悪意ある表現をしたパターン
みっつは、深部を知っているのだが、知らない人向けに表現したパターン

「とにかく今のままじゃ分からん……スレを進めるしかない……」

画面をスクロールしていく速度が少しづつ上がっていった。
つまり、ひとつひとつのどうでもいいレスに対しては記憶に留めないほどの速さで流し読みしていく。

ーーー

Re:ジェノサイド死ね(No.92)
2015/5/4 21:02
名無しさん

>>91
実を言うと俺も裏社会にいた人間だった
所属していたチームというか組織みたいなのがあって、普段から他の組織と潰し合い殺し合いをしている訳だが俺の組織も結構前にジェノサイドに潰された

だから憎い

ーーー

「なるほど……」

ここで高野は理解した。
このスレの恨みの原因は組織間抗争において自分に敗れた人間であること。
即ち彼がまだジェノサイドだった頃の話で、2014年12月以前にまで話が遡る事が出来ることだった。

それ以降は「嘘乙」だの、「んんwww有り得ないwww」といったレスが大半を占めるようになったが、結局のところ一般人には理解できないということだろう。

スレの勢いが投稿時間を見る限り落ちていった頃。

ーーー

Re:ジェノサイド死ね(No.113)
2015/5/9 13:05
名無しさん

>>0
私でよければ協力しましょうか?
差し支えなければ私のメアド宛に連絡をいただけないでしょうか
ーーー

遂に事件への繋がりを匂わせるレスに辿り着いた。
突然の来訪に当時スレ主も驚いたのだろう、これに対し「わかりました」とだけレスしたようで、そこから1ヶ月ほどスレの更新はなかった。

「この113がどんな奴か分かるわけがないが……この後に裏で色々と接触していたのは確かだな。あとはコイツらが香流を狙ったすると確実な証拠があればいいんだけ……ど??」

変化は急に訪れる。

ーーー

Re:ジェノサイド死ね(No.120)
2015/7/27 9:02
名無しさん

作戦完了。
ターゲットは地面に倒れた

ーーー

「は????」

高野は思わずまた叫んだ。
この1つのレスだけで彼にとっては情報量が多すぎたからだ。

「いや、待て……こいつ……やっぱりこいつだ……。こんなにもあっさりと見つけられた事に驚きだけど、本物だ」

彼が目を付けたのは投稿時間。
この日のこの時間こそ、香流が襲われた直後の時間だったからだ。
更に前後のレスで"両国"の単語があったこと、彼がエイパムを使ったことまでやたらと詳しく書いていた事もあり、この瞬間確信へと変わる。

「あとはコイツとどう接触するかだな……」

画面を睨みながらしばし考え、何かを思い付いたかのような顔をすると、スマホを何度か叩く。

無機質な掲示板の画面が、アドレス帳へと変化していった。
そして、表示された1つの番号。

(こいつは以前言った……。ジェノサイドと同等のネットワークがあるって……)

高野の記憶に1つの情景が蘇る。
デッドラインの鍵と呼ばれた少女の話を聞いた時のあの時、あの瞬間を。

迷いはなかった。
画面を押して電話をかける。

コール音は4度か5度くらいで切れた。
つまり、相手が出たのだ。

「もしもし?ミナミか?少し頼みたい事があるんだけどさ……」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.394 )
日時: 2019/10/09 17:24
名前: ガオケレナ (ID: quQfBDMh)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「おっすー。……あれ?」

「あーカビゴンだ」

サークル活動場所として借りている教室に、太い体に太い声をした男が入ってくる。
年長者にしてサークル会長の高畠美咲がギャグを振り撒くような柔らかい声で、まるで彼が来たのを喜んだかのように言う。
実際会長としての立場上、サークルに誰かが来ることは嬉しいことなのだが。

「だーれがカビゴンじゃぼけ」

最早言われ慣れて自分からもネタにするレベルだが、彼のその持ちネタは返しも"込み"だ。
自分から「カビゴンって呼んでくださーい」って言っているにも関わらずデブを否定する。
そんな面白おかしさを持ちネタにしているのが吉川裕也という男だ。

「なぁ、珍しくないか?レンの奴来てないよな?」

吉川は初めに気付いた違和感を、椅子に座って改めて周りと共有しようとする。
すると、木曜日に来る事が当たり前となっていた岡田翔がいち早くその声を拾った。

「レンなら来ないよ。用事があるとかで」

「用事ィ?……あいつに何かあったのか?」

「いや、レンに何かあった訳じゃないよ」

お菓子を食べながら高畠が2人の話に入ってくる。
このサークルの活動内容と言えば皆で集まってお菓子を食べるかボードゲームするかポケモンするかの3つしかない。
今日のような、長期の休みが目前に控えている時は旅行サークルらしく旅行先を決めたりスケジュールの作成などがあり、今日はまさにその為に集まったようなものだが。

「今日の2限にレンが試験受けてるのを見たよ。だから今日ここに来ているのは確実。んでもって、3限のはじまりくらいかなー?レンが停留所からバスに乗って駅に向かって行ったのもたまたま見たよ」

「バス?あいつ確か大学近くに一人暮らししてたはずだよな?」

「あぁ。俺もレンにLINE送ったんだけど来た返事は『用事があって行けない』って。あいつも忙しいんだろ。香流もとっくに今季の講義終えたから来ないし。まぁー、俺たちで話するしかねぇよな」

「うーん……レンなぁ……。また、あの事で動いてなきゃいいけどな」

吉川たちの後ろで声がした。
男の声だ。

「北川ぁ、お前かよ!ってお前居たのか」

「居るわ吉川が来る前からな!」

北川弘。
飲み会とイベントと旅行、そして最近では大会の観戦あたりにしか姿を表さない彼がサークルに来るのは少し珍しかった。これも、旅行の日程決めが少なからず絡んでいるからだろう。

だが、彼の疑念を大きくさせたのは彼のその一言だ。

「ん?北川……"あの事"って何だ?」

「あの事ってあの事だよ!香流が怪我した事故の犯人追ってるアレ!」

「あぁ……そういや前にレンそんな事言ってたなぁ……。何か進展あったんかね?」

「ワカンネ」

そんな会話の中、また新たな影が入り込んでくる。
特別仲のいい高畠が先にその存在に気が付いた。

「あぁ、真姫じゃん!」

石井真姫。
偶然拾った会話のせいか、少し怖い顔をしているような気がするのは、誰もが抱いていた。
だが、一瞬で元の穏やかな表情かおへと戻る。

「お疲れ、みんな!もう皆は今季終わった?」

それが合図となった。
彼等の、何事も無い日常。
外の世界で起きている物騒な事件や陰謀などといったものから隔絶された平和な日常というものが確かにそこにあった。

彼等のサークル活動は、その後にチラホラとやって来た自分たちの後輩も含めて進んでいく。

ーーー

一昔前か二昔前に建てられたようなシンプルなデザイン。
特別な感情を抱かせない姿の校舎を瞳に写した彼女は、仲間の声で自分の世界から引き剥がされた。

「いつまで見てんの?」

「いや、別に。あそこに湯浅ちえみが居たんだなー……って思って」

「お得意の妄想か」

仲間の1人がくくっと笑う。
それに対し女の方は否定も肯定もしなかった。

デッドラインを追う女、メイ。
彼女もまた、デッドラインの鍵の正体が湯浅ちえみという名のごく普通の女子高生だったという所に辿り着いていた。
彼女"たち"First Civilizationの元メンバーは湯浅が通っていた高校の前に来ている。

だが、する事と言えば現地に来て校舎を見つめることだけだ。
怪しい外部の人間が「行方不明者を探しています」なんて言えたものでは無い。

そもそもメイの提案した、「湯浅ちゃんが通ってた高校に行ってみたいなー」とその時の気分も交えて発したものが原因だったようなものだ。
実際に攫われた場所も確認したかったというのもあったが。

「んで、これからどーすんのさ」

「そうねぇ……。今度は両国にでも行こうかしら」

「はぁ!?」

大会にてあの時対峙していた男が、嘗ての自分の仲間だった男が、有り得ない理不尽を被ったときのような声で叫ぶ。

「お前ぶっ飛びすぎるよ!此処からどんだけ離れてると思ってんだ!!」

First Civilization。
それを意味するのは先駆者。

先を往く者たちが、それぞれの世界を、それぞれの糸を、点と点を結んでゆく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.395 )
日時: 2019/10/12 18:54
名前: ガオケレナ (ID: nj0cflBm)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「名無しさんと接触出来ている?」

「あぁ。狭いコミュニティが幸運だったよ。疑われる事無く雑談を交えて連絡を取れていてさ」

日付が変わって7月31日金曜日。
高野洋平は、再び稜爛高校の3人と会いに来ていた。
ちなみに今居るのは池袋のサンシャインシティである。

「この掲示板が1人のユーザーに対してIDが固定だったのが良かったよ。お陰で名無しでもある程度の特定が出来る」

「……それで〜、この後はどうする予定で?」

「俺としてはLINEでもTwitterでもいいから別で繋がりたいかな。んで、掲示板では話せなかった事を聞く。俺からも話す。最終的にはオフ会と称して会いたいかも」

「大丈夫なんすか?友人を襲ったヤツと会うなんて危ないというか……」

「それは向こうも同じだろ。敵対意識を共にする奴が実はジェノサイドだったらビビるだろう」

「でもでも、」

相沢優梨香が男だけの会話に入ってきた。
変な抵抗が無いのは男2人女1人というコミュニティで既に慣れたのだろうか。

「会うとなるとある程度の情報をこちらから差し上げないと無駄に疑われますよね?どうする予定なんですか?」

「そこなんだけどさ……」

高野はチラッと相沢を見つめては何度か唸り、ため息を吐く。

「ちょっとさ……写真に写ってくれないか?」

「え?」

言われているのが自分だと相沢は理解していた。
高野はこちらを一点に見つめているからだ。

「それってつまり……」

「相手に渡す証明写真の代わりとして肖像権を貸してほしい」

「ちょっ〜……なに言ってんですか!高野センパイ!!」

突然声を荒らげたのは吉岡だった。
当然、彼の気持ちを理解している高野にとってはこれも予想通りである。

「相沢の顔写真使うのだけは絶対やめて下さい!!危険だし、たとえ2人だけのやり取りだったとしてもネットで拡散されたら終わりですよ〜!?まだコイツは現役のJKだし、深部の中で顔が割れたらそれこそ危険だっ!!」

「いや、お前も現役の高校生だろ。それ言ったら」

普段の光景が逆になったように見えた。
熱くなっている吉岡に対し、静かにツッコミしたのが東堂だったのだから。

「だよなぁ……こうなったら適当にTwitterから知らない人の写真拾うしかないかぁ」

「俺の使っていいっすよ」

意外にも東堂が話に乗ってきた。
本来であれば釣りやすいという理由で女子の顔写真を求めていた高野だったが、ある意味彼らの顔を使うのも悪くない。そう思い始めた。

「いや、キー君は駄目でしょ」

「えー?なんで?」

「キー君バカだしそれこそ身バレしたら対処出来なさそうじゃん?」

「あ〜……。分かった分かった。僕の顔使って下さい!ってか、逆に使っても問題ないですよね?」

「いいのか?本当に使ってもいいか!?」

助け舟に拾われた思いで高野はこのチャンスを逃すまいと必死に頼み込む。

幾らか歳が上の人間に強く頼まれると反応に困る高校1年生だったが、これまで共に行動し、そしてこれからも手伝ってくれるとの事なのである種の覚悟を持った上で彼は了承した。
ついでに、彼らは高野が例の名無しさんと掲示板内にていくつか会話を交わした後、LINEへの誘導に成功した瞬間も確認した。

「ありがとう……お陰でかなり助かったよ。これで大分先に進む事が出来た」

「いえ、礼には及びませんよ〜。あっ、でも〜……1つだけお願い良いですか?」

しかし、そこで終わる訳にはいかない。
吉岡は高野に交換条件を申し込む。

「なんだ?お前ならもう何でも聞くぞ」

「この後ってどうするんですか?実際に会うつもりなんですよね〜?」

「あぁ。なんとか理由を付けて会うつもりだよ。それがどうかしたか?」

「その時僕達も同行してもいいですか〜?犯人を捕まえるまで協力させて下さい!」

意外だった。
高野はてっきり、普段は言えない無理難題を言ってくるのかと思ったがその予想は大きく裏切られた。
本来であればこれ以上迷惑をかける訳にはいかないと名無しさんと接触する際は自分1人だけで動くつもりでいたが、写真を使って会う以上その人間が居なければその瞬間すべてがバレる。
仕留めるその瞬間まで信頼を得るには吉岡本人にもいて欲しいというのが本心であった。

なので、彼からの要望は何よりも嬉しいものだった。
当然、彼は二つ返事でOKした。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.396 )
日時: 2019/10/14 09:44
名前: ガオケレナ (ID: eOcocrd4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


趣味が共通している友人と遊びに行くというのは実に気楽なことである。

高野洋平は、自分が池袋のサンシャインシティに居ることでつくづくそう思った。

青春真っ只中の3人の高校生はポケモンセンターメガトウキョーに入るやいなや、グッズ漁りや、店内放送やモニターで流れている新しいニュースで盛り上がったり、お互いに対戦するなどして大いにその時というものを楽しんでいる。

その光景に若干の微笑ましさを覚えながらも、高野は一切参加しようとしない。
ただひたすらに、スマホの画面を睨んでは文字を打つのを繰り返すのみだ。

「吉岡は何買うの?」

「僕?僕はとりあえずシャーペンとマグカップかな?相沢はどうすんの〜?」

「あたし?あたしはとりあえずクリアファイルかな。丁度新しいのが欲しいと思ってたの」

「高野パイセンー?買い物とかしないんすか?」

何処かで似たような光景見たぞとデジャブを感じつつ、今大事なところだからと東堂を適当にあしらう。

高野は今、今後の行動を左右する局面に辿り着いていた事を肌で感じていた。

画面に写る文字列を見続ける。

(いける……)

写し出されるはLINEのトーク画面。
あたかも嘘を真実であるかのような事しか言っていないにも関わらず相手は食いついて来ている。
その純粋さと言うか正直さには一種の嫌悪感が芽生えるも、ここで引く訳にはいかなかった。

(俺も相手と同じジェノサイドに財産を奪われた人を演じる事で同情を誘う……。意見と思想を一致させる事でより信頼感を得させ、最後の最後で自分の写真をupさせる。その後でジェノサイド打倒の為、『会いませんか』と提案する事で行動させる。そして今……)

高野は何度も瞬きして相手からの返信を確認した。

自分はその以前に、

『オフ会しませんか?』

と言ったはずである。
そしてその返事が、

『いいですよ。いつ会います?私はいつでもOKです』

ここまでスンナリいけるとは思ってもみなかった。
もしかしたら、相手も相手で罠を仕掛けているかもしれないが、それはお互い様である。

(俺がそうであるように、相手が実はジェノサイド打倒を目論む人を釣るような奴だったとしても、そこまで行けばほぼ100%深部の人間だろう……。そうなれば、現役深部組織の人間のあの3人に任せてしまえばいいし、本当にコイツが香流を狙った人間ならばこのままいけばいいし……。どちらにせよ進むしかねぇな)

高野は日時指定について、「いつでもいいが大会再開までには会いたい。大会に紛れて始末したいからその為の話し合いをしたい」と言ってみる。

本来であれば、本人にとって1番キツいシチュエーションである。
それを惜しげも無く言うところに彼の大胆さが垣間見得た。

大会再開まであと4日。
高野の勝手な予想で相手の名無しさんは都内在住と見ているが、だとしても会える可能性は限りなく低いものだろう。
ここばかりは彼の都合と言うかワガママが押し出されてしまう。

だが、今度ばかりも相手の気前の良さに予想を裏切られてしまう。

高野は目を丸くさせたまま、ポケモン部の3人を呼び出した。

「みんな、聞いてくれ。名無しさんと会う事になった。日曜だ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.397 )
日時: 2019/10/14 18:38
名前: ガオケレナ (ID: eOcocrd4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『いやぁ〜やっぱり高幡不動と言ったら団子ですよねぇ〜。もう甘くてなめらかで最高です!』

普段は全くと言っていいほど聴く機会のないラジオ。
これも恐らくジェノサイド……改め高野洋平が置いていった物の1つなのだろう、と思いながらミナミは何棟ものある広い団地の敷地内に置かれた錆びれたベンチに小さな丸テーブルを用意し、そこにラジオを置いて聴いていた。

すると、何処からか最早聞き慣れたロータリーサウンドが聞こえてくる。
音の方向からして、敷地内の駐車場からだ。

「ったく、リーダー様ってのも気楽でいいよなぁ?部下に命令下しといて自分は優雅にコーヒーブレイクときている」

「組織の長が自由気ままに動いていたらそれはそれで危ないからねぇ。優雅でのんびりしていると見るか、動けない自由の女神と見るか、それはあなた次第よ」

「てめっ……言い方が段々とジェノサイドに似てきていやがるな。気持ち悪い」

そう言いつつ、雨宮は車から降りてずっと手に持っていた数枚のコピー用紙をテーブルへと放り投げ、彼女の隣へと座る。

ミナミはと言うと、雨宮の置いた1枚目の用紙に視線を落とすも、大した興味も見せずに引き続き飲んでいたアイスコーヒーとラジオに意識を向けた。

「んで、オマエは何聴いてる訳だ?」

「ん?ラジオのこと?"FM田無"っていうローカル局だよ。ほら、大会DJのリッキーが出ているラジオ局」

「あー、通りで聞いたことがある調子のいい声だなと」

番組を聞く限りだと、リッキーは今高幡不動にいるようだ。
東京都田無市(現在でいう西東京市)を拠点に、都内の色々なスポットを回り、そこにあるものや場所の実況をするというのが彼の仕事らしかった。

「珍しい試みよね。ウチは西東京市ってお年寄りばかりが住んでるイメージだと思っていたけれど、若者向けの番組を作るなんてねぇ。意外だわ」

「……西東京市がどうとか俺はよく分かんねーがラジオがそもそもお年寄り向けのツールなんじゃねェの?」

「Twitterと連動してるんだよ。呟きとかをDJが読んでくれるの」

「……ヘェー」

それには全く興味がありませんと声色で伝える雨宮だったが、いつまで経ってもミナミが用紙を手に取ろうとしないので若干キレ気味に、

「ってかよォ……この俺が折角ソレ持ってきたってのにテメェは一切興味がねェってか!?あれをやれこれをやれ言う割にはそれはねェんじゃねェの?」

と言ってはみるも、

「でも、それに重要な事は書かれていなさそうかも」

「オマエは全然コイツのスゴさを分かってない。いいから読んでいけ」

強く催促される事でしぶしぶページを捲るミナミだったが、異変はすぐに目に付いた。

「議事録……?ねぇ、これってもしかして……」

「議会の資料だ。お前らにも馴染み深い立川議会場からかっぱらって来た」

「盗んで来たって言うの!?バレたらどうなるか分かってるわよねぇ!?」

「ンなモンバレなきゃいいんだよ。その為にもさっさと折り曲げてあるページを早く捲れ」

別に今から急いだところで何も変わる訳がないのだが、不思議とミナミの手が早まる。

そして、例のページへと辿り着くと、

「デッドラインの……協力……者?」

「そうだ。そこにあるのは議会の連中しか知り得ないモノ……決して外には出てはいけないモノだ。よく見て頭に叩き込んでおけ」

ミナミは、自分の声が震えているのが分かった。
声を発し、遅れて脳がその声1つひとつを理解しようとするため、総合すると若干のタイムラグがあったが。
そのせいか、内容が中々頭に入ってこない。
ゆっくりと、呼吸を整えながら文字を追っていく。

「もういいか?」

「……えぇ」

ページを捲った事で読み終えたことを確認すると、雨宮はその用紙の束を取り上げるとポケットからライターを取り出し、燃やし始めた。

「ちょっ……何するのよ!?」

「いつまでも持っていたら危険極まりねェ。内容は頭に入ってンだ。ならばもう、コイツは不要だ」

赤い炎は揺らめきながら静かに束を燃やし、その灰を風に運ばせる。
最後に、雨宮が持っていた紙片のみが残る。
彼はそれさえも迷いをみせずに投げ捨てた。

「デッドラインには協力者……と言うか設立の為に働いた者が居た」

「でも……その名前が本当なら、存在する意味が分からないわ……。デッドラインの真の正体が分からない限り何も」

「そういう事だ。デッドラインの鍵と呼ばれたヤツの存在も丸々無意味なものにも見えてくるが……どうする?捜査は続けるか?ここで止めるか?」

うーん、とミナミは唸りながら悩んだ。
状況と最新情報を整理しなければ次の行動に移せない。
もっとも、その作業にそれなりの時間が掛かりそうではあるのだが。

「塩谷利章……。杉山を排除して自ら下院議長となって、これまでに色々とウチらを助けて来た彼が……デッドライン設立の協力者ですって?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.398 )
日時: 2019/10/18 12:44
名前: ガオケレナ (ID: ix3k25.E)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


日付をまたいで8月2日。
街ゆく人は相変わらずだと思うほどに暑く輝く真夏の日差し。

照らされて焼石となった砂利の上を、

「イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!!!!」

と、叫んで水の中へと飛び込む者が1人。

「やべー、すっっげぇ気持ちいい!!」

「んじゃあ俺もー!」

と、大きな体と大きなしぶきを上げてそれは水の中へと沈んでいく。

彼ら、神東大学の旅行サークル"traveler"の面々は、大会会場のすぐ近くの多摩川河川敷でバーベキューに励んでいた。
その中で、いてもたってもいられなかった北川と吉川が川へと飛び込む。

食材を焼いている香流と高畠が元気の良さそうな子供に対して見ているような眼差しで2人のじゃれ合いを見つめていた。

「元気ねー、あいつら」

「ね。暑いから気持ちは分からんでもないけどねー」

木曜の話し合いの結果、"今季のお疲れ様会"と称したついでに、"香流チームとレンチーム予選突破おめでとう会"と称した打ち上げ紛いの集まりを行う事になったのだ。
そのためか、普段サークルにあまり来ていない後輩の子達や北川や岡田と言った珍しい人らもやって来ている。

「さて、私はポケモンをやってないからよく分からないけれどー?……予選突破おめでとう!香流、豊川!そして山背くん!お気持ちの方はどう?」

既に焼きあがった肉を皿に盛り付けたかと思うと一目散にベンチへと座ると高畠はそんな事を尋ねながら食べ始めた。

相変わらず食い意地だけはスゲェなと思っても言えない言葉を頭の中に思い浮かべてはすぐに消すと香流は、

「うーん……どうって言われてもねぇ……」

と、だけしか言えずにいると今度は豊川も乱入してきた。

「これからだからな。俺らは」

「でも僕2人の足を引っ張っていないかずっとヒヤヒヤしっ放しだったよ!……大丈夫?僕、やれてる?」

申し訳なさそうに言う山背をよそに、そんな事は全然無いという意味も含めて2人は大丈夫だと言う。
声色でそれははっきりと分かった。

「結局レンの奴来なかったな……」

高畠に代わり、岡田が野菜を焼き始めながらそんな事を言った。

「薄々感じてはいたけど来なかったねぇ。この前なんかこっちのウチにも来たし」

「は!?」

と、驚く素振りを見せたのは岡田でも吉川でもなく、石井だった。

「それっていつの話?」

「えっと……29日の……水曜日」

「今週のだよね?それって何で!?」

「何でって言われてもなぁ……理由はアレしかないよ」

香流は明確には言わない。
だが、それだけで互いに理解出来るものがあるからだ。

「来たのはレンだけじゃなかった。見た感じ高校生くらいの男子も一緒だったよ。話を聞く感じ先輩と後輩というか仲間同士って雰囲気だった」

「へぇ……そ、そうなんだ」

高校生というワードに違和感が残るものの、今の高野がまたよくない連中とつるんでいるらしい事はこの瞬間石井の中で確定した。

もっとも、メイやルークといった人たちもいたが彼らはあくまでも大会限定での交流というイメージだったのだ。

「ねぇ……レンってさ」

石井は特定の誰かに尋ねるような言い方ではなく、とりあえず今の気持ちを吐き出すかのような淡々とした雰囲気をあらわにした。
それにまず最初に反応したのは香流だった。

「香流との……前のバトルで約束したはずなんだよね?もう二度と……深部とは関わらないって。そのはずだよね?」

「勿論そうだよ!……そう、だと……信じたいけれど……」

だが、今回のような場合は?
仮に自分が、高野洋平という男が真面目にも香流との約束を守って深部とは一切の関わりを持たない状況において一方的にあちら側から仕掛けてきた場合は?

香流にも答えは分かりきってきた。
同じような悲劇を繰り返さない為にも、その道のプロに協力、依頼するはずだ。

それは、自分の仲間を守る以外の意味はない。
香流は、嬉しさ反面複雑な気分で満たされる。

焼きすぎた肉の焦げ付いた臭いが鼻を刺激した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.399 )
日時: 2019/10/18 14:37
名前: ガオケレナ (ID: ix3k25.E)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「こ、こんちは〜……」

「……あっ、こんにちは」

吉岡桔梗はただひたすらに緊張していた。
まさか本当に高野の友人を狙った犯人とオフ会する事になってしまって、今目の前にその人本人がいるという普通に考えれば普通でない事態に陥っているせいで。

一応の作戦は頭の中に入ってはいる。
その為にわざわざ金曜に皆で池袋に集合したからだ。

(あとは自然な流れでこの人を例の袋小路まで誘導しないと……でも、出来るのか!?僕に〜……)

「えっと〜……なんて呼べばいいですかねぇ?ハハハ……」

「そ、そうですね。じゃあヨシキって呼んでください。それか名無しさんで」

「わ〜かりました!では、ヨシキさんでっ!」

怪しまれないようにと元気そうな声で振る舞うも、いざ2人で歩こうとなると途端にこれでもかと言うほど周囲をキョロキョロ見だす。
相手を罠に誘うことばかり考えていたせいでオフ会そのものはノープランだった。

だから彼は緊張していたのだった。

「どんだけ口下手なのよ吉岡ァァァ!!……」

そんな2人の光景を建物の壁から顔をひょっこり出してはじーっと見つめ、思わずひそひそ声のまま叫んだ相沢は共に隠れて覗いている東堂に同意を求めた。

「つーかどうすんだアレ……まともに話そうともしないから相手ぜってぇ警戒してるぞ」

「吉岡じゃあダメだったのかな……」

2人からそれなりに離れているにも関わらず小さく話すとはこれ如何に。
しかし、最早ツッコミ要因が居ないため2人は引き続き出来の悪い漫才を続けていく。

「あの〜……ヨシキさんはジェノサイドに対してどんな作戦を……」

吉岡が言いかけた時、男は不自然に彼を睨んだ。
まるで、自分を騙そうとしているんじゃないかと思われる人に対面した時のような顔だ。

「えっ……!?あっ、えっと〜……」

吉岡が混乱して何を言えばいいのか上手く回らない頭を無理矢理回転させようとするも言葉が出てこない。

「静かに暗殺。これが1番やりやすいと思ってはいます」

「そ、そうですか〜」

作り笑いを浮かべながら吉岡はとりあえずペースだけは作ろうと彼より一足先に歩き始める。

今彼が居るのは池袋駅周辺。
周りの地理は金曜に来た時にある程度は確認済み。
作戦通り事を上手く運ばせるしかない。

「や、やっぱり試合を観戦している時にサックリやるのが良いんですかねぇ〜!?目立ちそうで案外目立たなさそうですね!?」

「いや、1人で歩いている所を狙います。ドームシティは広いです。ジェノサイドは深部の世界から離れて危機感が無くなっていると思われるので人気の無い所をやります」

「へ、へぇ〜……」

「と、言うかこの事も前にLINEで話し合いましたよね?忘れちゃいましたか?」

瞬間。

その言葉に吉岡の呼吸が止まった。

暑いのも相まって大量の汗が顔を覆うほどに流れ続ける。
街は騒がしいのに自分の心臓の鼓動が相手にも聴こえているのではないかと思うほど高らかに鳴り響く。

「わ……」

それでも、吉岡は言わなければならない。
ここで疑われて作戦が終いになるわけにはいかない。
とにかく、真実であるかのような嘘を言うしかない。

「忘れちゃいました〜あははっ!すいません〜……。僕、部活のLINEが毎日鳴りっぱなしになるから他の人のメッセージを放置したり内容をごっちゃにしちゃう時あるんですよ〜……いやぁホントすいません」

「大丈夫です」

冷ややかな眼差しは相変わらずだが口調が少し穏やかに聞こえた気がしたのは吉岡の希望的観測だったかもしれないが、とりあえずその場しのぎとしての誤魔化しは出来たようだった。

「あれっ、」

吉岡は突然前を歩く足を止めた。
男も不思議そうにどうかしたか尋ねてくる。

「あれぇ〜……おかしいな〜。サンシャインまでの近道こっちで合ってたはずなのにちょっと道間違えたかもしれないです」

周りに目をやると商業施設から少し離れた場所なのだろう。
人の影が明らかに少なかった。

「あの……ホントすいませんね〜……。グダグダなオフ会で……確かこっちだったはずだ!」

「大丈夫です。お気になさらずに」

吉岡の示した道を、ヨシキと名乗った男はついて行くように歩く。

傍から見ても吉岡の混乱ぶりは誰の目から見ても明らかだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.400 )
日時: 2019/10/18 17:13
名前: ガオケレナ (ID: ix3k25.E)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「あ〜、やっぱりそうだ!こっちだこっちの道!ごめんなさいヨシキさん〜。僕、田舎者のせいで池袋とか慣れていなくて……」

「大丈夫です。お互い様ですよ」

目的地までの道順を思い出した吉岡は、記憶を頼りに見た事のある建物や地形を辿って前へと進む。
所々隠れた名店を思わせるような珍しい飲食店が目に付くも、2人はそれを華麗にスルーしていった。

「え〜っと……ヨシキさんでしたっけ?あの〜……ヨシキさんはサンシャインシティとか行ったことはありますか?」

突然、吉岡は後ろへ振り向いて彼に尋ねてみた。
何故か、先へは進もうとしない。

「え、えぇ。来た事は……ありますよ。それが何か?」

「実は〜……申し訳ない話また道をド忘れしてしまいまして……ここ曲がったら近道だということまでは覚えているんだけれど、そこから先がどうしても思い出せないんです〜……。なので、」

「道案内してくれってことですか?いいですよ」

と、ヨシキはペコペコと頭を下げる吉岡を横目に一歩前へ進んだ。

壁で遮られていたその先の道が見える。
数歩歩いて体の向きを変えたとき、異変は起こった。

「ん?」

ヨシキの目の前には、暗い石の壁が立っているのみだった。
つまりは、行き止まりだろうか。
ヨシキは少し気になりながらも、後ろに控えている吉岡へ質問をする。

「あの、本当に此処で合っているんでしょうか?行き止まりしか……」

そこで声が詰まった。

背後には誰も居なかったからだ。

「えっ?」

何が起きたのか再び壁のある方へ視界を戻したその直後、体が文字通り硬直してしまう。

「……うわっっ!!!?」

その原因は驚きにあった。
自分の目と鼻の先に鋭い眼をしたゾロアークが立っていたのだから。
まるで初見でビックリ系ホラーのFlashを見てしまった感覚。

身体から魂が抜けたような、一切の命令を効かないその一瞬をゾロアークは見逃さなかった。

ヨシキの意識と判断能力が戻った時には既にゾロアークに羽交い締めされたその時だった。

何が起きているのか分からない。
どうしてこうなった。

尚も頭が混乱している中、向かいから喜びでも表すかのような歓声が聞こえた。

「やったあぁぁ!!上手くいったかも!!」

「うおお!吉岡のヤツやるじゃねぇか!」

目の前には見知らぬ男女が2人。
1人はポケモンとは無縁そうな女子と、もう1人はこれまたポケモンなぞ知らんと言っていそうな、むしろスポーツでもやっていそうな男子。

そして、その後ろからは本物の詐欺師が現れる。

「まさか……騙したのか?俺を」

「こうでもしなきゃ……ダメかな〜と思って」

「ふっざけんなよ……」

力を緩んでくれないゾロアークのせいで身動きの取れないヨシキは本来であればガックリと項垂れたような表情を見せた。

「待てよ……?」

ヨシキの中で"嫌な予感"が駆け巡る。
何故自分を騙したのか。
ここに至るまで自分はどんな話をしたのかを。

「まさかお前ら……ジェノサイドのグルか……?言動の怪しい奴を片っ端から探し出して見つけ出してこうやって1人ひとり不穏分子を処理していくってか!?」

人間としてのジェノサイドは消えても威厳まではすぐには消えない。
昔の言論統制を行う国家のように、不満を言う国民を人づてに捕まえる。
そのやり口がヨシキの頭の中で駆け巡った。

と、なるとここまでする目的は何なのだろうか。
ジェノサイドがまだ存在しているという意味なのか。

しかし。

「半分正解だが半分間違いだ」

いつの日か、聴いた声をその耳が捉える。
かつて対峙した人物の声だ。

「ヨシキって聞いてまさかとは思ったが……お前だったとはなぁ?」

「じぇっ……ジェノサイド……!?」

拘束されたヨシキの眼前。
3人の高校生の影を縫って現れるは、ついこの前まで最強だった人間、ジェノサイド。
姿格好や雰囲気が大分違ってはいたが、本人に変わりはなかった。

「お前の仕業かっ!!」

「"元"シザーハンズのヨシキ……。いつの日か戦ったよなぁ?去年だったよな。お前も懲りねぇよな」

「何が目的だ!!お前はもう深部にはいらない存在……またお前はあの世界を滅茶苦茶にする気かよ!」

「じぇんじぇん違う。さっきよか正解から離れたぞー?。……俺はな、追っていただけだ」

高野の言葉にヨシキの体がぴくりと動く。
それを察知したゾロアークは、持ち手を変えるとヨシキをアスファルトに叩きつけた。

ご丁寧に顔と両手を縛り、全体重を乗せて殊更に身動きを封じる。

「ぐっ……がっ……」

「正直に答えろ。お前、両国で何をした」

「ぐっ……いだっ……痛てぇ……」

「お前に協力した人間は誰だ」

ヨシキは小さく呻くだけで何も喋らない。いや、喋れなかった。
それを半分分かった上で高野は続ける。

「お前の背後に……誰が居る?」

それでもヨシキは答えない。
目の前の憎い人間の存在に加え、自分の純粋な心を弄んで誑かした事に。それも、自分より歳下の高校生を使われた事に。

「答えろっ!!テメェの犯行動機と……仲間を言えっ!!」

高野はついに激昴した。
わずかに視認できたヨシキの服の襟を掴むと胸倉を掴む感覚で引っ張る。
しかし、それでも彼は答えない。

そろそろ相沢にゾロアークに対して命令しろとアイコンタクトを送ろうと真後ろへ目をやった。

その刹那。

高野の手から、ヨシキが離れた。
いや、無理矢理剥がされたといった方が正しかった。

反射的に高野はヨシキへ目をやる。
すると、何かしらの攻撃を受けたヨシキが後方、つまり壁のある方角へと体が飛び、その攻撃を察知した相沢のゾロアークはそれを受ける前に真上へと飛んだ。

彼が見たのはその瞬間の光景。

攻撃の正体は鋭い針のようだった。
目で確認できないスピードで打たれたそれは、ヨシキの掌と体へ突き刺さる。

(まさか……口封じ……!?)

高野にとって最悪の結末が頭を過ぎった。
せめて攻撃の主が誰なのか見ておきたい。
高野は改めて相沢や吉岡の立っている方へ首を動かす。

だが。

「そこまでだ。説明は私がしようか」

「お前は……?」

常に余裕を浮かべているかのようなあの声。
当然ながら聞き覚えがあった。

片平光曜。

そこには、紛れもなくスラッとしたスーツを着た議会の人間が、常にデッドラインの鍵と共に行動していた男が、自身のポケモンであるスピアーを連れて確かにそこに、彼の前に立っていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.401 )
日時: 2019/10/20 16:00
名前: ガオケレナ (ID: ovjUY/sA)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


その存在が、その登場が高野洋平にとってはあまり歓迎出来ないものだった。

むしろ、今1番会いたくない人間である。
そんな男が、何故今この場所で元ジェノサイドと元シザーハンズが接触していたのかを分かっているのか、理解が追い付かない。

「私が説明する。君たち全員私と一緒に来てくれ」

「いや、それは出来ねぇ」

否定したのは高野だった。

「お前について行くのだけはダメだ……。よりにもよって、デッドラインの鍵とずっと居るような奴なんか……」

「それも含めてすべて話すと言っているんだ」

片平は聞くのも無駄だと察してか彼の言葉を途中で遮る。

「コイツをどうにかしなきゃならねぇ……」

高野も同様に意思を変えまいと別の話題、ヨシキの元へ歩こうとした。

「"それ"は、もう少ししたら私の部下が回収にやってくる。"それ"と"それに関する疑念"には心配しなくていい」

「だとしても……っっ、お前だけは信用ならねぇ!」

「それは私も同じ事だ。だが……」

「そうよー?レン。ここは彼を……私たちを信じて」

何よりも耳を疑ったのは片平の言葉を遮ってまで聴こえてきた女の声。
飽きるほど聞き慣れた声だ。

そして、自分にとってとても密接な関係の人でしか呼ばない"レン"というあだ名。

「お前……メイ、なのか……?」

「向こうに車を用意しているわ。さぁ、行きましょう?」

ーーー

ご丁寧にも、8人乗りの車が駅のロータリーに用意されていた。
車のロゴを見るに、それは日産の車らしかった。

「乗ってくれ。話は道中でする。それから……君たち」

と、片平は3人の高校生に対して呼びかける。
これから一体何が起きるのかと若干怯えているようにも見えた。

「君たちも来てくれ。あまり関係ない話ではあるのかもしれないが……まぁ折角だ」

高野と片平、ポケモン部の3人に加え、メイを含むFirst Civilizationの人間が2人、そして車の運転手を合わせて8人。丁度であった。

疑いを向ける眼差しを向けながら乗っていく高野に片平は、

「大丈夫。乗った瞬間に爆発などしないさ」

と言うと、偶然聴いていた最後列に座っていた相沢と東堂が吹き出す。

助手席に片平が乗り、全員が乗った事を確認すると運転手へ合図を送ると車は走り出した。
2人の受け答えを聞く限り恐らく上司と部下のような関係だと高野は勝手に想像する。

何の変哲もないミニバンは都会の喧騒に揉まれながら徐々に徐々に、ゆっくりと摩天楼を抜けていく。

「これから何処へ向かうんだ?」

「別に変わった所じゃない。大会会場さ」

片平の答えに、高野は腑に落ちないようだった。
それをミラーに反射した彼の顔を見て片平は少しにやけながら言う。

「電車の方が楽だろって?普通はそうだろうね。まぁ、こうした方が議員としての立場を考えると1番楽なんだ。……それに、ここなら聞かれると困る会話も出来る」

「イマイチ分からないんだよな。何で池袋から辺鄙へんぴな会場まで行くのかが」

「それは君の勝手だろう?私たちの拠点が東京西部なだけで君が今日あそこに居ただけの話さ」

「んで?話ってなんだ?」

このままでは話は先に進まない。
高野は心の中では不満が残ったまま次へと移す。

「そうだな……どこから話せばいいかなぁ……」

片平は胸ポケットを探りながらそう言った。
中には煙草が入っているのだろう。
だが、状況が状況なのでポケットを弄ぶだけに留めた。

「あの場所に君が居た事を教えてくれたのは彼女たちだ」

片平は虚空を見つめた。
後ろの3人には理解できないことだったが、高野はすぐに意味を察した。
真隣にメイが居るからだ。

「そうだよ……何でお前がアイツと共に居たんだよ……」

「あはは〜……ごめん最後の最後まで隠してて。実は〜……」

「思えばお前は最っ初からおかしかったよなぁ?突然俺たちの前に現れたりいついかなる時も俺について来ていたり。やっぱりお前はアレか?自分の組織を潰した存在が憎くて復讐しようと機を伺ってた訳か?」

「違うわ、レン。その話は少し繋がってて……」

「言い訳は聞きたくねぇ。"はい"か"いいえ"だけで答えろ」

「静かにするんだ元ジェノサイド。此処に君の命を狙う輩は居ない。ならば急かされる必要も無い。子供じゃないんだ。黙って私の話を聴くだけでいい」

「続けろ」

小馬鹿にされた事で高野は小さく舌打ちした。

「彼女と彼女の仲間……名前は確か……」

「オサムっす」

「そうか、オサム君だ。とりあえず、元First Civilizationの2人が例の事故を独自に調査してくれていてね?」

「事故?……まさか香流のアレか」

「そうだ。今だから言えるが、私もアレには正直驚いた。こんなにも早い段階で来るなんてね。だが、君のいる手前じゃあ真実はまだ話せなかった。そこで、君に近しい人を用意して、出来るだけ君が深部の世界に入り込まないように独自に調べてくれていたんだが……」

「あなたも同様に事件を追っていた。しかも、犯人をネット上で捕まえてオフ会までするっていうとても回りくどい方法でね」

「そんな事が……いや、お前なら有り得そうだが……ん?ちょっと待てお前ら。今……」

「あなたは片平光曜を敵だと思っていたでしょ?でも、実は逆よ。どちらかと言うと仲間の部類」

「本人の前で言われても、私も少し照れるのだがな……」

いい歳したオッサンの照れるところなどに興味が沸かない高野は、意外には思うも顔には出さない。
ジェノサイドがそう簡単に本音を出してはならないからだ。

「あの事故にも……一応の意味はあったんだ」

「最強を倒した存在を自分が倒して最強になるってヤツだろ?深部ではよくある事だ」

「いや、違う。そんな単純なものじゃない。それに、最強という部分に拘わればそれは君の周囲でのみよくある事だ」

確かに、単純なものであればそもそも協力者など不要なものだ。
高野はそれに薄々気付いてはいたものの、詳細が分からない以上軽視していた。

「アレにはまた別の意味が含まれていた……。それは、大会にも関係する事なんだ」

「大会?それに香流がどう関係するってんだよ」

「あの大会を、開催する理由……目的があるって事さ」

目的。
高野は以前、メイと話したことを朧気ながらも思い出す。
表向きの目的とは違うものがあると。

「あの大会は確か……深部での人材確保ってところだろ?」

隣で聞いたメイはふふっと笑った。
自分との思い出を覚えていたことに。

「それも理由のひとつだが……。まだあるんだ。真の目的というのが」

「真の目的?」

「君だ」

「?」

「"元"ジェノサイドの高野洋平と彼を倒した香流慎司。この2人を深部の世界に招き入れる事。この2つの大きな戦力を、深部が、我々議会の管理下に置くこと。これに尽きるのさ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.402 )
日時: 2019/10/22 14:32
名前: ガオケレナ (ID: 13XN7dsw)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「次に例の事故の協力者についてだが……」

高野には分からなかった。
自分は恐らくなにかとんでもない事を聞いたはずなのだが、こちらには目もくれずに淡々と説明をこの男は続けようとしている。

「ちょっ、ちょっと待てよ!俺と香流が……?深部に必要?何を言っているのか分からねぇよ」

「黙って聞いていろと言ったはずだぞ?確かに混乱するかもしれないが今の君は話を聞くとするならば静かにしているべきだ」

「……ッ!」

「次に、協力者についてだが……その前に君たちの頭の中に入れておきたい補足情報がある。デッドラインの鍵についてだ」

膝の上に肘を乗せ、両手を口元に持っていって丸くなった姿勢の高野の体がピクリと起き上がった。

一瞬、隣のメイの顔を見つめたが何故か大きな変化はみられないようだった。

「デッドラインの鍵……彼女は」

「本名湯浅ちえみ。神奈川県の高校に通うポケモンとは無縁の女子高生。だろ?」

「へぇ……」

感心するかのような声を発したのは喋っていたのを遮られた片平だった。
口元をわずかに緩ませて、今までは全員に対してだったものを高野に限定させて話を続ける。

「どこでその情報を知ったんだい?今まさにそれら全部を言おうと思っていたのに」

「仲間が教えてくれたのさ。まだ強固なネットワークが備わっている」

「あぁ。ジェノサイドね」

"その手があったか"ばりにメイが意外に満ちた、面白い機械を見つけたかのような無邪気そうな声が伝わった。
彼女の抱く興味とか好奇心にはどこか裏がありそうで近付けたくない。そう思っていた高野は自分の発言が裏目に出てしまったことを後悔する。

「ジェノサイドは今でも強力だと言うことは今は置いといて……。彼女は確かにポケモンとは無縁だった。ゆえに、私たち議会との絡みなどあるはずもなかった。では、何故彼女はデッドラインの鍵となり得たか?……分かるか?」

「分からねぇな。わざわざ普通の子を選ぶ理由がな……。それともあれか?話題性のためか?」

「間違っちゃいない。だが、こう考えてみるとどうだ?仮に君が組織ジェノサイドを追っていた人間だとしよう。そのジェノサイドが滅び、無くなった。と思っていたらジェノサイドを継ぐなどと言っている組織が誕生した。名前はデッドライン。君なら多分追うだろ?」

「理由が理由ならな。そうなると……」

気付いた高野はそこで自分の言葉を止める。

「デッドラインの鍵などと呼ばれた少女がのこのこ歩いていたら……君もついて来るだろう?」

「デッドラインに関する情報が何もない環境で……そう呼ばれた人が居たら絶対にその罠に嵌る……っ!まさか……アイツは……湯浅は、何の根拠も無い噂話に乗せられて"デッドラインの鍵"なんて地位に乗せられたと言うのか!?」

想像するのも恐ろしかった。
ジェノサイドも深部もおろか、ポケモンそのものになんの関わりのない少女が、濡れ衣に近い形で今の立場が作られたとしたら。

高野は背筋が凍る思いだった。
だが、その凍えは瞬時にして溶けてゆく。

「いや、違う。彼女にデマや噂話が先行してあのポジションに着いたかと言えば違う。もっと別の理由だ」

「その理由は!?」

「君のその発言にヒントがあったが……まぁいい。デッドラインを追う者を捕らえる言わば餌としての要因だ。それに気付いた1人の議員が居た」

「エサだと!?だったら尚更……」

「そうだ。尚更ちえみである必要性がない。では、何故ちえみが選ばれたか?これも、偶然だったんだ」

「偶然?どんな?」

「1人の議員がたまたま見掛けたのがちえみだった。言い換えるぞ。つまりは、"誰でもよかった"。そして、"外見が目に付いた。即ち好みだったから"。これだけだ」

「じゃあ何だよ……」

高野は声が震えていた。
そこに、香流の話を後回しにされた事は最早頭に無かった。

「その、議員の勝手とワガママにのせいで1人の女子高生が深部の世界に堕とされたって言うのかよ!!」

「そうだ。それが事実だ。そして、その事実を知っていながら私は止められなかった」

「その議員とは……誰かしら?」

「倉敷敦也。私と同期にして同じ事務所で働いている男だ」

高野は顔を若干俯かせる。
それを振り返って片平は直に見つめると、

「それだけじゃない。話を戻すぞ。こいつは……こいつが深部の人間に肩入れし、君の友達を狙った。つまりは、例の事故の犯人にして協力者がこの議員だ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.403 )
日時: 2019/10/27 11:49
名前: ガオケレナ (ID: hajkbKEb)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


池袋を出たのは昼下がりであったが、街の景色を望もうと外へ出たら空は群青色に染まりつつあった時刻であった。

「時間が過ぎるのもあっという間だな……」

高野は7人の人間が同じ屋根の下にいるにも関わらず狭さを感じない建物から出ると、外で煙草を吸っている片平の背中が見えたのでまずはそちらへ向かった。

「あのー……ありがとな……」

若干照れ臭そうに高野は片平の隣まで歩いた。
それを聞いた片平は小さく「うん?」と言ったあと少しばかり考える。
感謝された意味を。

「俺はずっと勘違いしていた。アンタを敵だと思っていたよ」

「……まぁ議会の人間は疑われ敵視されがデフォルトだからねぇ。ましてや君だ。そう思われても仕方がない」

「あの場所から俺だけじゃなく、アイツらまで此処に連れて来てくれたのは助ける為……保護する為だろ?」

あの後、車で向かった先は大会会場。
その敷地内にして会場付近にある、参加者が大会期間中生活するための住宅地……所謂"選手村"と呼ばれていた区画にある片平の家だった。
3人の高校生も休みながら他愛も無い雑談を交わしている。

「背後に倉敷がいる以上、何されるか分からないからね。議会で渦巻いている派閥争いも君たちを利用する形で表立つこともある。それを防いだのさ」

「派閥争い……。今でもあるのか?」

「あるさ。上院議長と下院議長……即ち塩谷議長の確執もそうだし、倉敷の奴も何かやりたそうにしているからね。あの事故に関しては何がしたかったのか、本人に聞かなければ分からないが。あっ、そうだ。君たちや君の友達はしばらく安全だよ。……私が居る内は」

「……アンタは、そんなに凄いのか……?」

高野の脳裏によぎったのは、嘗ての権力者、杉山だった。
力もあり、深部組織を簡単に使いこなす議員と聞くと彼の影がチラついてしまう。

「いや、凄くもないし強くもない。ただ、私は塩谷議長サイドだから言い換えれば議長が君たちについているって事さ。よっぽど過激で馬鹿な人間じゃない限り心配事は起こさないだろう」

片平の吐き出した煙草の白い煙が揺らめく。
高野はそれに嫌悪感は抱くも顔には出さなかった。

「問題は、これから君はどうするのかって事だ。大会の意義もそうだし、倉敷は健在。深部の人間ではなくなった君がどこまで動くかだ」

「俺は……とにかく倉敷って奴と会う。あいつと話さない限りあんな事故を起こした理由が分からないからな。それとも……それ以上を望むとかか?」

「それ以上……とは?」

「あんたの話を聞く限り……倉敷って奴が邪魔者らしい」

「一応同期の議員なんだがね」

「でも現に、そいつは勝手に動いている」

「議員同士の揉め事に、また君のような子たちを使うと言うのか……それもどうかと私は思うけどねぇ」

「この大会に俺や香流が関わってくるのだとしたら、それについて考えるのは後だ。ほっておくのは正直怖いが、今の俺にはどうも出来ないしな。ならば、やれる事をやるのみだ」

「倉敷が香流君を狙っていたとしても、傷を負わせた理由はよく分からないからねぇ。まぁ、私は倉敷と実行犯との間のコミュニケーション不足か、実行犯が目的とはズレた行動を起こしたって気もするけれど」

会場の建っている方向から話し声が聞こえ始めた。
練習か特訓から帰ってきた大会参加者が選手村へと戻ってきた道中らしく、その会話の内容もポケモンバトルに関するものだった。

「さて。そろそろ戻るか。希望があるならば、今日1日部屋を貸すが……どうする?」

「俺はいい。代わりにあの3人を保護してくれ。俺のせいで巻き込まれたようなものだ」

「その通りにしよう」

煙草を吸い終えた片平は、吸殻を携帯灰皿の中へとしまうと、大きな家に向かって歩きだそうとしたが、高野がついてこない。
不思議に思い振り返ると、彼は街の景色を眺めていた。

「大学から眺めてても思ったけど、綺麗だよなこの街」

「だろう?私はこの街が好きなんだ。もし良かったら一度散歩してみるといい。綺麗に整備された街路樹から差してくる木漏れ日を浴びながら通りを歩くだけでも気分が良くなる」

「そうしてみる」

街から目を離し、ふと鳴り出したスマホを見てみるとLINEが来ていた。
サークルのグループLINEからで、今日のバーベキューに関する書き込みだったり、写真が貼られたアルバムなどが続けざまに投稿されていく。

高野はそれを開き、何枚かの写真を見て小さく微笑むとスマホをポケットにしまった。

高野も帰る前にひとまず片平の家に寄ろうと彼について行く。
3人の高校生に感謝と別れを告げるために。

大会再開まで残り3日。
大きな荷物を降ろしたような達成感と解放感に包まれながら、大きな1日が過ぎていく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.404 )
日時: 2019/11/04 10:27
名前: ガオケレナ (ID: joMfcOas)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


突然目を覚ました。

自分以外の誰もが居ない静かな部屋で、高野洋平は大切な用事を思い出したかのようにハッとして目を開けた。

首を右に動かし、スマホを叩く。
時刻は朝の6時になろうとしている時だった。

「なんで……急に起きるんだろう……」

時間を確認した時日付もその目に映った。
8月4日。
インターバル最終日である。
本来ならば二度寝する時間であるにも関わらず、どういうわけか、布団から起き上がり、朝食としてパンを軽く焼く。
その間に着替えを済ませ、焼きあがったトーストを頬張ると外へと繰り出した。

スマホの時間割アプリと大学のサイトを交互にチェックする。
月曜と火曜の講義は既に終了していた。
つまり、本来であれば今日は大学は休みのようなものである。

「昨日の記憶が曖昧だが……多分ずっと寝ていたんだと思う……」

一昨日。
すべての用事を済ませ、片平の家で今日までお世話になった相沢と吉岡と東堂に別れを告げて真っ直ぐ大学の近くにある自分の家に帰ったはずだったが、その日はそのまま寝たはずだ。
翌日は起きるやいなや1日中ゲームをしていた。その証拠に、今でもゲームを開けば手持ちのポケモンはファイアローとタマゴが5個という厳選真っ只中の状況にあるからだ。

理想は、月曜はずっとバトルタワーで特訓をと思っていたがそれは結局叶わなかった。
なので、折角たまたま早起きした今、そこへ向かおうという訳なのである。

時間は6時40分を過ぎた頃だった。
いくら何でも早すぎると思い直した高野は、いつかの片平の言葉がふと蘇る。

ーーー

『もし良かったら一度散歩してみるといい。綺麗に整備された街路樹から差してくる木漏れ日を浴びながら通りを歩くだけでも気分が良くなる』

ーーー

「散歩……ねぇ」

自分の家と大学周辺はほぼ毎日歩いて来たせいで景色も見飽きた。
しかし、大会会場周辺はまだ回れずにいる。
もしかしたら新たな発見があるかもしれないと、淡い期待が実り始めた高野は、普段の聖蹟桜ヶ丘駅から一直線に向かう
道のりで行くのをやめ、会場の真裏から、つまり、駅を通らない道のりで行こうと決め、全く知らなければ慣れもしない世界に足を踏み始めた。

ーーー

言うほどではなかった。
やはり山道は山道だと、無駄に疲れた気がした高野は期待外れだと言いたそうな顔をしながら山の面影の残るドームシティを登り続けていた。

「相変わらず無駄に疲れるけれど……発見はゼロじゃなかったな」

高野はこれまで歩いて来た道を振り返る。

道路の舗装、整備が追いついておらず、土や砂利が剥き出しになっていた。
これは、普段利用する表の道路とは真逆の扱いだ。

「人目につかないから適当にしているな……?確かに利用者は少なそうだけれど……」

そしてもう1つ。

駅から連なる表の道路は、地面を均したり柵を設けたりしてある程度の危険性は排除しているはずなのだが、こちらに至ってはそんなものはひとつもない。
街のある平地が望めるものの、一歩踏み出せば真っ逆さまだ。
安全面の保障がない。

「まるで登山道じゃねぇか……」

特に真下はかつての緑地の名残があるせいで木々が生い茂っている。
落下しても生きるか死ぬかギリギリのレベルだろうがだからといって落ちたいとは思わないだろう。

最終的に「しっかり仕事しろ議会」という感想を得た高野は、じきに会場に到達するという地点で2つほど異変に気付いた。

1つは、朝靄。

「珍しいな……こんな時期にこんな所で……」

支障をきたすレベルではないが、周囲を見る上では鬱陶しく思うレベル。
薄い靄が高野のいる丘周辺に渦巻いていた。

そして、もう1つは、

「お前……は……?」

何故この時間帯なのか。
何故此処なのか。
ここで何をしているのか。

全くもって理解が及ばないことだが、確かにそこに居た。

「何で、ここにいるんだよ……?」

その声に、佇んでいた女性が反応した。
それは、高野もよく知る人だった。

「湯浅……ちえみ……?」

それまでデッドラインの鍵と呼ばれていた女性は、どうしてその名を知っているんだばりに顔を硬直させ、瞳を大きくさせてこちらに振り向き、そして互いにしばしの間固まった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.405 )
日時: 2019/10/31 17:23
名前: ガオケレナ (ID: jfR2biar)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「どうして……?」

その顔は、いつものそれとは違っていた。
"デッドラインの鍵"と呼ばれて激昴するときのような表情ではなく、心の内すべてを見透かされてしまった時のような驚きに満ちた顔。

「どうして……私の名前を知っているの?」

「丁度よかった。つまり、そういう事だ。お互い無駄な話は省いて色々と確認しよう」

しかし、敵意を抱くのはこれまでとは変わり無い。
何処からか湯浅はモンスターボールを取り出す。

出てくるのは当然、エレキブルだ。

「教えてくれ。あの日……お前の身に何があった!?」

高野の問いに、湯浅は応えようともしなかった。
静かに腕を振るうのみ。

エレキブルは全身に電気を纏ってこちらに突進してきた。
'ワイルドボルト'だ。

「待ってくれ……!俺はあんたと戦うつもりは無い!!」

「聞くと思う?」

対話には応じられない。
ならば、こちらから核心を突くのみ。

「片平とはどんな関係だ!」

湯浅は答えない。
徐々にエレキブルとの距離が縮むのみだ。

「倉敷に何をされた!?一体何を握らされている!?」

湯浅は答えない。
エレキブルの駆ける足が速くなるのみだ。

高野は次の台詞を言おうとして若干躊躇した。
果たしてこれを言っていいのかと。

汗が頬を伝う。
焚き火の煙のような薄い靄が漂う。
しかし、"これ"しか高野には残っていなかった。

「どうして……」

エレキブルが拳を握り、振るう。
直撃は秒読み状態だ。

「どうしてだ……?」

それでも高野は逃げない。
姿勢を一切崩すこと無くその場に突っ立っている。
しかし、攻撃の姿勢も見せない。

彼女の目には彼がなんの意思表示をしているのかが分からない。

「なんで……お前はデッドラインの鍵を"演じている"んだ!?」

一瞬。

心臓の鼓動が1度だけ早まった。
瞳が広がった。

しかし、遅かった。
エレキブルの拳は、全体重を込めたタックルが軽い体の高野を吹き飛ばす。
更に運悪く、その体は山を越え平地へと、つまり、落下していく。

……ことは無かった。

周囲の空間が巻き戻される。
ゾワッとした妙な風が吹き荒れる。

2人が気付いた時には、高野洋平に化けたゾロアークが、エレキブルの拳を受け止めていたその瞬間の映像へと切り替わる。

ゾロアークのイリュージョン。
そして'カウンター'。

高野も同じ轍は踏まない。
倍加したダメージをエレキブルに与え、軽く吹き飛ばすと、高野はやっとこさ俺の出番だと言いたげに本題に入りだした。

「俺は……デッドラインが何者か知っている。故にお前がデッドラインとどんな関係なのかも知っている。……教えてくれないか?もしかしたら、まだ、俺はあんたを救えるかもしれない」

「今更……私が救われると思う?元の世界に戻れると思う?」

「俺がやる。元ジェノサイドとして、やれる事をやる。本来、俺が背負うはずの役目をあんたが負っているんだからな……」

「どういう……こと?」

目が潤んでいるのが遠目でも確認出来た。
なんの罪も無い少女を地獄に叩き落とす事の罪深さがどれ程のものか。高野がこのように思うのは初めてではなかった。

「あのな……湯浅、実は……」

「続けてくれたまえ。出来れば、俺にも聴こえる範囲でな」

新手。
その声は、湯浅の背後から、高野の前方から、つまり、本来高野が向かう方角から聞こえてきた。

皺が目立つスーツ。
ボサボサの頭。
明らかに歩きにくそうな横に広がっている体格。
総じてだらしの無い男が現れた。

「誰だ」

「倉……敷……?」

湯浅の力の籠っていない声で、高野も理解した。
目の前の男の存在を。
何がなんでも会いたかった標的てきに。

「洗いざらいだ。すべて話してもらうぞ」

容赦の無い声色と共に、倉敷の掌からゴルーグが現れた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.406 )
日時: 2019/11/03 14:53
名前: ガオケレナ (ID: .tpzY.mD)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「全部話せだと……?それはこっちのセリフだ」

高野はその存在に気付くと、力強く睨む。
それに呼応するかのようにゾロアークも強い敵意を放つ。

「お前のようだな。コイツを……湯浅を無理矢理深部の世界に引きずり下ろしただけでなく、香流を……俺の友達にも危害を加えたのは」

「待ってくれ、勘違いしないでくれるか?」

倉敷は小馬鹿にするように軽く、そしてわざとらしく鼻で笑う。

「香流慎司に怪我を負わせたのは俺じゃない。その……何だっけ?ヨシキだかトシキって名前の子じゃなかったか?」

「お前が奴に協力したのはもう分かっているんだ。ごちゃごちゃ言ってねぇで本当の事言えよ」

「ゴチャゴチャ……ねぇ?」

鬱陶しそうに息を吐いた倉敷は、湯浅に目をやった。
何をしていいのか分からないようでオロオロしており、倉敷とたまたま目が合ったかと思うとすぐに逸らして俯いた。

「俺が話したら、お前も話すか?」

交換条件。
そして、相手の性格と状況を考えると、こちらから話さない限り向こうもすべてを言うことなどないのだろう。

「テメェから話せ」

「いいや、お前からだジェノサイド」

緊張感と靄のみが漂う空間内において、静寂が広がり始めた。
互いに睨み、対峙してから変化の起きない時間がひたすらに流れ続ける。

その間、ゾロアークとゴルーグは命令が無いため呼吸のために体を小刻みに動かすしかしない。
湯浅のエレキブルも立ち上がるも、そこから1歩も動こうとしなかった。

3分が経とうとした頃。

「香流は……」

埒が明かないとみた高野が重い口を開く。

「香流が何故狙われたか。今はそれだけでいい」

「言ったはずだぞ。お前から言えと」

「どうして香流を狙うんだ!あいつは深部とも一切の関係がない一般人だ……。にも関わらず、お前は湯浅にしろ香流にしろ自分の目についた人間を片っ端から無理矢理引き剥がさないと気が済まないってのかァ!?」

「命令に従え。デッドラインとの……」

「香流は確かに俺に勝った存在だ!そして、その直前までお前たちは俺を危険視していたのを知っている。そんな時、俺が莫大な財産を持っているのを香流とはいえ知っていたから不意打ち同然に俺と戦った。それだけだ!」

高野はこの時嘘をついた。
香流が彼の大きな財産に目を付けていたというのは事実ではないからだ。

だが、話の流れ上、"香流が自分と戦うに足る相応の理由"が無ければ絶対に倉敷は理解してくれない。
彼に、"自分を深部の世界から解放するため"などという自己犠牲をこれでもかと賛美する真実に納得などしてくれないのは明らかだったからだ。

「ふふ……」

倉敷が不敵に笑う。
高野は何故笑ったのかその理由が分からなかったが、嫌な予感だけは感じた。

「何がおかしいんだよ」

「いや……俺の求めていたものがまさに"それ"だからだよ」

高野はしばしその意味を考えた。
相変わらず分かりにくい事ばかり言う嫌な男だと思いながら。

「まさか、お前……」

そして、すべてを理解した。
無数の線が繋がった瞬間だった。

「お前の目当ては……香流本人じゃなくて……俺の、組織ジェノサイドが持っていた財産そのものか!?」

「ご明察、と言ったところかな?」

彼の目論見が見えた。
香流も大会も、そして湯浅もすべてが罠。
狙うは、

「俺との接触機会。それが欲しかったって事か?狙いは俺に勝った香流というひとつの戦力ではなく、俺自身……。となると、何処までが俺を誘い込んだ餌なんだ?デッドラインの鍵も、この大会そのものも……。何処までがお前のために犠牲になる道具だと言うんだ!」

「もう……いいだろうか?」

突如、倉敷は歩き出した。
湯浅のもとへ。

「何……を、するつもりだ」

「お前がいつまで経っても話そうとしないからなぁ?こうするんだよ」

バッ、と走り出したかと思うと、山の斜面を背に倉敷は湯浅の両手を一際大きい左手で掴み、身動きを止めたかと思うと、あらかじめ仕込んでいたのか、右手にメスを持つとそれを彼女の首にぴたりと当てた。

「オイ……テメェ……」

高野は震えた。
どこまで彼女を利用するのかと。
どこまで人の命で弄ぶのかと。

「お前とここで会えた以上コイツの利用価値はある程度下がった。あと残るものはと言えばそれなりにエロい体とJKというブランド……かな?」

その言葉に、今度こそ高野の怒りは頂点に達した。

死ぬべきは彼女ではなく、お前だと。

左足を半歩踏み出し、右手を水平に掲げる。
それは、ゾロアークへの攻撃の命令の合図。

口で発せずとも心と性格で繋がったゾロアークには十分に伝わる。

倉敷を捻り潰せ。

ただそれだけの単純な命令。
軽く跳躍して高野洋平を軽々と飛び越えたゾロアークだったが、

「止まれ。お前もゾロアークも1歩も動くな」

と、倉敷は言うと湯浅の首元を手に持った刃物でトントンと肌の上でリズムを刻む。

「俺は本気だぞ。人の命を軽く奪うお前たち深部を束ねる人間だ。"その種の"経験も覚悟も無い筈がないだろう?」

「倉敷……テメェ……」

その言葉は強烈だった。
高野もゾロアークも1歩。ほんの1歩歩かせることすらも躊躇させてしまうのだから。

そして、無防備な様は隙を生んでしまう。

その瞬間、高野はゴルーグに、ゾロアークはエレキブルにそれぞれ動きを封じられると今度こそ一切の抵抗が許されなくなった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.407 )
日時: 2019/11/03 17:33
名前: ガオケレナ (ID: joMfcOas)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野はゴルーグに後頭部を掴まれると思い切り地面に叩きつけられる。
土と砂利だらけの硬い地面に骨が当たる鈍い音が響く。

ゾロアークはエレキブルに'でんじは'を浴びせられ、思うように体が動かせられない。
その隙を'ワイルドボルト'で体を吹き飛ばされた。

確かにおかしいとは思っていた。
何故ポケモンに触れたことの無い少女がポケモンを従えているのかを。
湯浅はただエレキブルを持たされていただけだった。
そのポケモンの持ち主が倉敷となるとゾロアークに攻撃を仕掛けるのは道理ではある。

「何度かその綺麗な顔を叩きつけようか?お前も痛いのは嫌だろう。ただ言ってくれさえすればいい」

「誰が……言うかよ……」

額を特に強く打ち付けられたせいで血が流れる高野だが、その意思は変わらない。
眼鏡が折れ、意識も若干遠くなるのも相まって視界がボヤけてきた。

それでも、高野は視線で殺さんとばかりの強い眼差しを向け続ける。

「なら、もう一度」

倉敷がゴルーグに対して頷く。
反応したゴルーグは高野の頭を掴んだ腕を再び振り下ろす。

瞼の上から額にかけて再び痛みが走った。
口の中に砂利が入る。鼻からも血が出始めた。

ゾロアークは今何をしているのか見ておきたかったが、丁度ゴルーグの後方にいるようでその姿は確認出来なかった。

(駄目……みたいだな)

どれほど最強だとか強いだとか言われても、ポケモンを取り上げられてしまえば所詮はただの人である。
無力極まりない。

その事実を突き付けられ、諦めに似た感情が生まれた高野は、唯一自由に動かせる左手を必死に駆使してズボンのポケットを探る。

何とかして目当ての物を掴むと、それを一気に引き剥がした。

「ん?なんだそれは」

倉敷が見たのはシルバーの少し長めのアクセサリーのようだった。

高野はそれを前面に、自分と倉敷の間のポッカリと空いた地面の上に放り投げる。

「なんだそれは」

倉敷は同じ事を2度言う。
高野もそれに応じて何か言っているようだったが、土に埋もれているせいでその言葉がよく聞こえない。

ゴルーグに離れるよう命令すると、高野はゆっくりと起き上がり、そしてこう言った。

「俺が……デッドラインだ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.408 )
日時: 2019/11/05 10:17
名前: ガオケレナ (ID: v2e9ZzsT)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


LINEでの返事がない。
メイは何度も高野に向かってメッセージを送り続けるが、既読はおろか通話にも出ない事に違和感を覚えた。
早朝だとしても、通話さえすれば必ず起きては出てくれるのが当たり前だったので普通でない事だけは分かる。

「何してるのかしら……」

彼女は今、バトルタワーの前でルークと高野を待っていた。
3人全員で練習しようという予定であったにも関わらず、今居るのは彼女1人のみだ。

ルークは前日に来れない旨の連絡があったために良いとして、問題は高野だ。
妙な胸騒ぎを覚えたメイは、彼を探し始める事にした。

ーーー

「……今、なんて言った?」

「だァから……俺が……デッドラインだ」

放り投げたアクセサリーは所謂深部の紋章という、身元確認に使われるものだった。
丁寧に"Dead Line"と刻まれている。

「ふふ……そうか……やはりお前がそうだったんだな?」

倉敷は思いがけない事実と迫り来る大金獲得のチャンスに笑みが零れる。
このまま彼の財産さえ手に入れられれば此処に用は無い。

「おかしいと思うのは当然だろ?だって、俺の知らない所でデッドラインを騙る奴が居たら調べるのは当然だろうが」

「俺や議会が、お前がデッドラインなのではないかという疑惑は少なからずあったが確実ではなかった……。ならば、全く関係の無い人間をデッドラインに仕立て上げればデッドライン本人か、もしくはそれに近しい人、そしてデッドラインを狙う輩を誘い込めば色々と期待出来るってもんさ」

「とんだクソ野郎だな……」

「ん?もう一度やられてみるか?それとも今度は死んでみるか?」

ゴルーグが1歩動き出す。
彼の頭を掴まんと腕を伸ばしたその瞬間。

後方からオーラが弾け飛んだ。

おどろおどろしい血をイメージしたかのような、赤黒い色をしたオーラ。
即ち、"ナイトバースト"がゴルーグを包み込んだかと思うと空中で回転させ、吹き飛ばす。

「クソっ、エレキブルっ!!」

倉敷が吠えるも、先に高野が、ゾロアークが動く。

細い脚を思い切り駆け出し、跳ぶ。
背後に回り、倉敷のスーツを摘みながら湯浅を軽く蹴り上げて2人を剥がした。

「死ぬのは……お前だろ?」

ゾロアークと倉敷は共に空中に漂う。
この一瞬の内に一体何が起きたんだとばかりの表情しかしない倉敷は己の危機を、死すらも感じる事は出来なかった。

高野はこれまでに、ある過去のトラウマから人を殺める事に躊躇していた。

バルバロッサを仕留め切れずに居たのも、彼の弱さにあった。
今度も、また"それ"を抱え込んでしまう。

果たして、殺めてしまっていいのかと。

その隙が、その一瞬、刹那が、そのタイムラグが悲劇を生むことを知らずに。

ーーー

「居ない……?」

メイは怪訝な顔をして電話の声を聞いていた。
相手は嘗ての仲間からだ。

仲間曰く、彼の家には誰もおらず、しかし大学にも姿を現していないようだった。
時刻はまだ朝の7時を過ぎているも、大学の施設はまだ何処も閉まっている。
そうなると、大学の敷地内を歩き回る羽目になるのだが、どうもそんな姿も見当たらない。

彼の日々の行動から考えられるとするならば、

「じゃあ……此処に居るってこと?」

バトルタワーに居ない以上、隣のドームへ行くしか無かった。

ーーー

その時、高野は思い切り叫んだ。

自ら大きな過ちを犯してしまったことに。
望むならば、時計の針を戻して欲しいがために。

高野は、ゾロアークは騙されていた。
ゾロアークが倉敷を掴んだ瞬間、その姿が突如消滅したからだ。

そんな非現実的な現象が目の前で起こった時、高野の頭の中はパニックを引き起こす前に真っ白に染められてしまう。

今、目の前で何が起きているのか。
遅れて目で見えてきた事実を、捉えた。

再び異変が起こった。

エレキブルがゾロアークに向かって駆けださんとしていたその時その瞬間。
その真隣に、突如ゴルーグと湯浅そして、倉敷の姿が現れたのだ。

再び遅れて事実を、そしてその現象のカラクリを、すべてを理解した。

「"イリュージョン"……だと……?」

戦慄し、か細い声で高野は呟く。
本物の倉敷は、湯浅を突き落としたその瞬間だったようで、斜面を向いて両手を突き出した格好をしていた。

エレキブルと倉敷のゾロアークが、高野のゾロアーク目掛けて走り出す。

麻痺状態のゾロアークが2体のポケモンを相手に出来るはずもなく、とにかく今は距離を離すしかなかったようで、一旦着地すると遥か後ろへと跳んで逃げて行った。

「ゆ……湯浅ぁぁぁぁぁ!!!!!」

高野は思い切り叫んだ。
喉が嫌な痛みを発しだしたが気にする間などある訳が無い。

何としてでも湯浅を助ける。
その手だけでも掴めればいい。

あと少し。あと1歩踏み出せば救える。
そんな事を考えていた時だった。

倉敷が、座り込んで丸くなっていたゴルーグの背に乗ると、ゴルーグが立ち上がったかと思えば足を収納しだした。

そして、

ゴバッ!!と、爆風が吹き荒れる。
元々足のあった部分からジェット噴射を起こして空を飛び始めたのだ。

ゴルーグは"そらをとぶ"を覚える。
その事実と、その飛び方を少しでも頭の片隅に入れていたら、まずは高野はこのポケモンから対処していた事だろう。

結果。

高野は湯浅の手に届く事は出来なかった。

斜め前方に進んでいた高野は直線上で発生したゴルーグの変形に巻き込まれた事で真後ろへと飛ばされる。

湯浅はと言うと、真横で起きた空気の噴出に飲み込まれたせいで、本来であれば届くはずだったその体は更に遠くへと吹き飛ばされてしまった。

下に広がるのは鬱蒼と茂った、人の手が入っていない緑地。
高さにして、ビルの5階か6階から飛び降りるようなものである。

「イリュージョンが……お前の専売特許だと、思うなよ?」

倉敷は最後にそう言い残すとゴルーグと共に空の彼方へと消えていく。

後方に5m以上飛んだ高野は全身を鋭い砂利に打たれながら転がり、白いワイシャツを赤く染めていたとしても臆すること無く立ち上がる。

しかし、そこに彼女の姿はなかった。

救いを求めていた女性の最期の瞬間、その瞬間の顔すらも臨む事も出来ず、ただただ、己の無力さを嘆くのみだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.409 )
日時: 2019/11/04 00:14
名前: ガオケレナ (ID: joMfcOas)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


時空の狭間

それは、偶然だった。
前回会ってから半年か1年ほどだったはずだ。

暇を持て余していた彼は、最寄りのそこそこ発展している駅で何か遊ぼうかとフラフラ歩いていた時のこと。

『あれ……?よっしー?』

懐かしい声が聴こえた。
見るとそこには、

『島……崎……?』

天使の姿がそこにあった。
変わり映えしない、これまで見てきた元気そうな彼女の顔だ。

『ひ、久しぶり……。元気にしてた?』

『うん!よっしーこそどうだった?此処で何してたの?』

無邪気そうにそう尋ねてくる天使だったが、言える訳が無かった。

此処に、敵対組織の人間が潜伏していたなどと。
それをたった今倒して来た事を。
そのカモフラージュとして遊びに来た体を装っていた事を。

『お、俺はほら……暇だからさ……こうして遊びに来た〜……感じ?』

わざとらしく微笑む。
相手が警察だったら1発で嘘をついているを見破っていただろう。
それを見た天使は、クスッと笑う。

『いつも通りなんだね』

そう言ったあとすぐの事だった。

彼女が、泣き出した。

突然の事に戸惑うしかない。
もしかしたら、自分が彼女を傷付けるような事を意図せずに言ってしまったかもしれない。

『ご……ごめん。何か……』

『ううん。違うの』

天使はすかさず原因は自分でないことを言う。
同時に、色々思う事があって感情が高ぶったのだと言った。

涙も止まる頃、天使は自分に対しこう言った。

『あたしね……大切な人に裏切られちゃった』

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.410 )
日時: 2019/11/10 21:30
名前: ガオケレナ (ID: 7hzPD9qX)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


Ep.6 時間と空間の漂う中で

8月5日。水曜日。
Pokémon Students Grand Prixの再開日にして、待ちに待った本選が始まる日だ。
数多の戦士と、興奮と喜びを求めにやって来た観客で埋め尽くされるドームシティの中で。

高野洋平はと言うと、

「どう?怪我の具合は」

「問題ねぇよ。歩けるし大きな怪我もない。骨折もしてねぇしな」

医務室にて、メイと共に休んでいた。

開いた窓から風が入り込み、完全に開いていないカーテンがバサバサと音を立てて揺れる。
音だけ楽しめば十分涼しく感じるものだが、その実蒸し暑い以外の何物でもなかった。

「俺はいいから、お前は先行ってろよ」

「えー?何でよ?あなたも合わせて3人でメンバーじゃないの。動けるのに行かないのなら私も行かない」

「ったく……やかましい」

高野は差し出された水を飲む。
大して喉も乾いていないのに一気に飲み干した。
それは水と一緒に流したい、忘れたいものがあるからか。

「どう?立てるかしら?」

「……行きたくねぇ」

この1日で高野は大会に対する目が、イメージが、印象が変わった。
最早、頂点のポケモントレーナーを目指す輝かしい祭りというイメージは遠い彼方へと消え失せてしまった。

「もう俺は……戦いたくねぇ。楽しみたいとも思わねぇ」

「ごめん……なさい」

突然、メイが頭を下げて謝りだした。
だけでなく、抱き着いてきた。

「あなたを守ると言っておきながら……私は何も出来なかった。それどころか、すべてをあなたに背負わせてしまって……。何も出来なくて、ごめんなさい」

最近CMで目にする新商品のシャンプーの香りが高野の鼻腔を刺激した。
優しく、ふわりとした甘い香りだ。

そのメイの行動に、高野の心は揺れた。
異性の意識という意味ではなく、それまで彼にまとわりついていた孤独だとか寂しさ、そしてある種の諦念といったものをまとめて取り払うかのような、他者から分け与えられた"優しさ"というものに。

これまで敵意や悪意を一方的に受け続けて来た高野にとっては到底手には出来ない正の感情。
最後にこのような温もりを感じたのは去年の12月だったはずなので、自分を含めた人間というのは日頃から優しさや温もり、そして愛を受けなければダメになってしまうのではないのか。

そうは思った高野だったが、小っ恥ずかしさから

「おい、いい加減離れろ」

と言い放ったその矢先。

「おーい、れーんー。怪我したって聞いたけどだいじょーぶー?」

噂をすれば、というやつだった。
彼の大学の友達の高畠美咲、香流慎司、岡田翔、そして山背恒平が見舞いにやって来た。

部屋の扉は元から開いていたので、その声ははっきりと聴こえた。
そして、気兼ねなく入ってくる。

だが、彼らが見たのは変に察してしまう光景。
まず最初に高畠が「あっ……」と言うと来たままの姿勢で、後ろ歩きのまま部屋から出ていこうとする。

「お取り込み中でしたかー……」

「失礼しましたー」

おふざけにも、真面目にも聞こえる友人のそれに、高野は叫ぶ。

「いや、ちょっと待てェェェ!!違う、これ違うやつや!!だから言ったじゃん早く離れろって!」

と、高野は半ば無理矢理にメイを引き離した。

すると、待ってましたとばかりに、

「……違う?だとしたら何?」

と、高畠がニヤニヤしながらひょっこりと壁から顔だけ出して覗き込むように2人を見つめながらそう言う。

「そうだぜー、レン。そこは正直になりなって」

と、この手のノリには珍しく乗ってきた岡田も何かを期待するような顔をして促そうとしてきた。

「正直ぃ!?これ以上正直になってどうしろと!?」

「これはやってしまいましたなぁ」

「ってかレンも罪だねぇ。ミナミちゃんが居ながら二股なんて」

誰1人として彼をフォローする者は居なかった。
香流と高畠が続け様に火に油を注ぐような発言をぶちかまして勝手にヒートアップしていく。

「おい待て……俺とミナミはそんな関係じゃねぇから……勝手に話盛るな高畠ァ!!」

「え?ミナミちゃんって誰?僕の知らない人?」

「あれだよ。レンの前の組織の仲間だよ。凄い良いムードだった」

事情を知らない山背は、香流にそう尋ねる。
香流は香流でここぞとばかりに高畠同様、事実だけれども盛られた話をぶっ込んで場のノリを盛り上げんとわざとらしく言う。

「お前まで乗っかるな香流ぇぇー!!」

「えー?なにアナタ他に女居た訳ぇ〜?それなのに私に突然抱き着くなんて、それってどうなのー?」

と、まさかのメイまで彼等に乗っかる始末。
今度こそ彼の味方は居なくなった。

「す……すべての元凶のお前が言うなァァァ!!!」

なお、この後医務室の看護師に高野含め全員が強く注意されたのは、言うまでもない。

ーーー

「つー訳で後で来いよ女たらしー」

「だーれが女たらしじゃぁぁ!!……分かった、後で行くよ」

最後まで岡田にネタにされた高野は、本来大会の観戦に来た友人らと一旦別れる。

「どう?少しは元気になったかしら?」

「少しは……な」

1人部屋に残ったメイは高野と会話を続ける。
思ってもみなかった副産物のお陰で笑顔を取り戻した高野を見て、彼女も内心ホッとした。

「でも俺はこれからも心から楽しめる事は出来ないかもしれない。自分だけ楽しくなろうとすると……あいつの姿がどこかチラつく」

「あの人は確かに不幸だったわ……救われるべき存在だったし、そんな目に遭わせた人は絶対に許されないわ。でもね……どんな理由であれあなたがあなた自身を強く責める必要は無いのよ?」

「……俺の行動と存在でああなっちまったようなモンじゃねぇか」

「でも、あなたはそれを意図してやった訳じゃない。ひねくれた考えを持った人間が権力を持ってしまった事が間違いなだけなのだから。……むしろあなたはその立場の割にはとても頑張ってくれたわ。亡くなった者の魂があるとしたら……きっとあなたの事を恨んではいないと思うわよ。だって、あなたは最後の最後まで彼女を本気で救おうとしたじゃない」

魂なぞ存在するかも分からないものを持ち出されてもピンと来ないものがあるが、それでも今の高野には救われるものが確かにあった。

「それに、私がもっと早く来れたら……未来は変わったかもしれない……。だからあなた1人が責められる事じゃないわ」

「あ、あぁ……ありがとう」

「え?今なんて?」

高野の声が小さくてよく聞き取れなかったが、そこには多少のわざとらしさがあった。
メイは意地悪そうな笑顔を浮かべている。

「うるせぇ、何でもねぇよ」

そう言って高野はメイの肩を叩くとベッドから立ち上がる。
窓を閉め、荷物をまとめ始めた。

「行くぞ。あいつらの顔見たら、こんな所に居るのが馬鹿らしくなってきた」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.411 )
日時: 2019/11/10 07:39
名前: ガオケレナ (ID: G/Xeytyg)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「んあ?」

初めに異変に気付いたのはこの男だった。
大貫銀次。
ドームシティ内にある自身の工房にてポケモントレーナー専用のアイテムやアクセサリーを製作していた彼は、突然の異音に集中力を乱されて手を止めてしまう。

今度の依頼主も、また高野洋平だった。
なんでも、『転んで怪我をしてメガメガネを割ってしまった。作り直してくれ。出来ればナイロールで』との事だ。
壊れた眼鏡と共に直接依頼しに来たのがメイだったというのが更に気になるポイントであるが。

「なんでい、勝手に割れやがった……」

音のする方へ見てみると、台の上に置いていたフラスコが弾けたように割れていた。
小さな破片が周辺に散乱している。

窓際に置いていたとはいえ、勝手に割れる理由が分からない。
ガラスが割れるレベルの急激な温度変化も無く、誤って刃物がそちらに飛んでいった事などもない。
まさに、"何も無い"のに起きた異変だった。

「ったく……面倒臭ぇ」

掃除する気も失せた大貫は、とにかく今ある仕事を終わらせんと机に戻った。
高野の依頼で済んでいるはずが無く、何がなんでも今終わらせられる作業は終わらせたい。そんな思いだった。

「物は大事に使えと言ったはずだがなぁ……。あいつには高く付けてやる」

ーーー

「よーし、レン。今度はどっちに賭ける?」

「んーーー……。じゃあ左のチームで」

両者のポケモンの激突と共に湧く歓声。
その盛り上がりは予選の比ではなかった。

鍛え上げられたポケモンだというのは遠目で見ても明らかだ。
ポケモンの動きとトレーナーの動かし方、そしてポケモンそのもの。
どれも質が高い。
高野は、深部の世界でも十分通用しそうな戦いを見ながら低く唸る。

「ところでさー、これってもう本選だよね?トーナメントじゃなかったっけ?」

後ろの観客席から岡田の声が聞こえる。
1試合前に来た高野よりかは事情が知っているはずなのだが、そんな事を言っている。
隣の高畠が説明してくれていた。

「そのはずだったよね?なんかー、トーナメントやる前にブロック内対戦する事になってるみたいだよ?」

大会実況者リッキーの真後ろに巨大なモニターが映っているのだが、そこにあるのはトーナメント表ではなく、各ブロックの表だった。
1つのブロックに4つほどのチームが振られており、その塊が8つか9つほどあった。
もしかしたら、その塊が"グループA"みたいな感じでもっと有るのかもしれない。

「じゃあ、そのブロック内で1番勝ち数が大きいチームが次に……トーナメントに進める的なやつ?」

「だと思うよー?」

果たしてこの2人はバトルを見ているのか互いの顔を見ているのか分からなかったが、高野は高野で思うところがあった。

「でも、分かってるよな?レン。この賭けが外れたら……」

「分かってるっての。近くのファミレスで全員分のメシ奢るんだろ?」

「レンさっき外したからリーチだぜ?」

大会参加勢の香流、山背、豊川と夕食を賭けた予想の最中だった。
バトルの観察にも集中出来て一石二鳥じゃないか、という高野本人の提案だったのが言い出しっぺの法則というやつである。

徐々に押され気味の左側チームのムードを見て高野の心も同様のムードを放っている。

「あのー……別に全員じゃなくていいんじゃないかな?こっちたち参加者だけでも……」

「いやいや香流、それじゃつまらんだろ!どうせならサークルの人全員!それにどうせレンの仲間も来るだろうしそいつらも追加で!これの方が燃える」

「うわー、容赦ないね豊川ぁ……」

賭けの相手が自分でなく高野で良かったと内心ホッとしつつ山背は苦笑いする。

右側のチームのヤドランの'サイコキネシス'が、左側のチームのギガイアスに命中し、倒れる。
最悪な事にこれで左側チームの敗北が決定した瞬間だった。

リッキーの熱い実況に応えるが如く周囲の観客も熱い声援を送っている。
しかし、高野だけは真逆の思いだ。

「おーーっしゃぁぁ!勝ったぁ!んじゃあ今日のメシよろしくなーレン」

「あー……ごめん、俺眼鏡壊れてよく見えなかったわー。勝ったのどっち?右?左?俺確か最初右側ってー……」

「レン、今日あんたがコンタクトなの知ってっから」

後ろから高畠のにやけを含んだ声がした。
恐らく、色々思い出す過程で先程の光景も思い出したのだろう。

「コンタクトか。どーせさっきの女に付けるの手伝ってもらったんだろ?」

「それで我慢出来なくて抱きついちゃったかー……」

「流石女たらし」

「ってかレン絶対マザコンだよね?すぐに抱き着くとか」

「おめーらさっきから辞めろやうっせーーよ!!だから違うって言ってんだろうが!」

必死で否定している割には口元が微かに緩んでいる。
自分でもそんな違和感に気付きながら、いつまでネタにされ続けるのだろうと戦きつつも真の仲間たちとの時間が過ぎてゆく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.412 )
日時: 2019/11/07 17:31
名前: ガオケレナ (ID: TdU/nHEj)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


観戦を始めて2時間経過。
そろそろ飽きてきたようで、スマホに目を落としていた豊川は、自分たちのチームに通知が来ていたことにいち早く気付く。

「オイ!次の次俺らの番だぞ!」

談笑していた香流と山背に向かって叫び、3人は足早に観客席から去っていく。

「あっ、そうだ。レン!今度俺が無双してやっからな!よく見てろよ!」

と、首から下げたメガイカリを握りながら自信満々な笑みを豊川は浮かべた。

「出来んのかよーお前に」

高野もまた、小さな笑みで返す。

ひと試合3体のポケモンで戦うとなると、その分時間も長引く。
1ブロック6試合する内の、1試合目を今日1日使う予定ではあるのだが、これを全ブロック行うとの事だった。
今観ている試合が何ブロック目なのかは最早覚えていないが、高野が来るまでに幾らか試合は行われていた。

もしかしたら自分の番もそろそろ来るかもしれない。
そう思っていたら、いつの間にか試合は終わり、彼の仲間たちの出番がやって来た。

3人の友が入場し、対戦相手とフィールドを挟んで対峙する。
その姿を何千何万という人々が見つめる。
ここまで来ると聞き慣れた、何処かの高校の吹奏楽の演奏が雰囲気を殊更に燃え上がらせる。
はじめは特定の高校の応援の為の演奏かと思っていたが、予選を終えてその面が弱まりつつある今、どうやら参加者を鼓舞するためのもののようだ。
と、なるとボランティアだろうか。

などと考えるのは高野洋平1人のみである。

試合開始を告げるリッキーのラップが合図となった。

「おっしゃぁぁー!!俺から行くぜ」

と、瞬間的に豊川が前へ出る。
予選では勝つことは勝ってはいたがあまり目立っては居なかったせいか、そのやる気が傍から見ても分かる。

「いけっ、ペンドラー」

私服姿の対戦相手がその予告通りメガムカデポケモンのペンドラーを繰り出した。
対して豊川は「とにかくエースで倒しまくる」という考えなのか、ヘラクロスのボールを投げる。

「豊川気をつけろー。多分相手のペンドラーは'かそく'だぞ」

後ろの控えベンチから香流の声が聴こえる。
豊川は振り向き、頷いた。

「見てろよ……メガシンカ使えるのは山背や香流……そしてレン、お前だけじゃないんだからな?」

と言うと巨大なネックレスにしか見えない、かなり重そうなメガイカリの鎖の部分を強く握る。

それは共鳴の合図。
瞬時にしてメガイカリから光が放たれ、ヘラクロスは眩い光に包まれる。

そして、

「でっ、出たぁぁーーー!!メガシンカの中でも強力と言われているポケモン……メガヘラクロスの爆誕だぁー!!」

リッキーが叫ぶ。

表の世界では珍しいメガシンカに、観客は湧いた。
この大会におけるメガシンカとは、一種のパフォーマンスにも見えなくもない。

豊川の指示のもと、ヘラクロスは'ロックブラスト'を撃つものの、相手のペンドラーの行動は'まもる'。
防がれると思いきや、5つの巨石はあらぬ方向へ飛んでいってしまった。
技が外れたのだった。

「うわー……やっぱり外れるものかー。でも助かったー。相手守ってきてて良かったわホント」

一旦はホッとする豊川だったが、これで相手のペンドラーが加速持ちだと言うことが確定した。
と、なるとバトルを早めに終わらせる以外に道はない。

相手は'メガホーン'を命令する。
ペンドラーも角を剥き出しにして駆けて来た。
だが、そのスピードが尋常でない。

命令が飛ばされた瞬間、まるでロケットスタートでもしたかのような加速をすると距離は瞬間的に半分に縮む。

これでは間に合わない。
ヘラクロスのスピードで避ける事は不可。
かと言って技を打って迎え撃つのも間に合うとは思えない。

ならば。

「仕方ねぇ、一旦受けるしかねぇな……」

豊川はあえて命令はしない。
迫るペンドラーに対し無視を決め込んだ。

結果、真正面から'メガホーン'を受けたヘラクロスは真上に弾き飛ばされた。
だが、防御面が一層厚くなったヘラクロスである。
この一撃では倒れない。

減速しきれずに真っ直ぐへと進み続けるペンドラーに対しヘラクロスは、豊川は。

「今だ!ヤツの背中に岩の3つ4つブチ込めぇぇ!!」

再び'ロックブラスト'が放たれた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.413 )
日時: 2019/11/10 07:35
名前: ガオケレナ (ID: G/Xeytyg)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ペンドラーは倒れた。
リッキーはこれでもかと言うぐらいにヘラクロスを、豊川を称えた。

「素っっ晴らしいィィ!!あのメガシンカを……しかもヘラクロスという男ならば是非使いこなしたいポケモンをこんなにもカッコよく扱える彼に拍手だァァーー!!」

実況というものは本来中立でなければいけない気がするのだが、ここまで煽てるのは正直どうなのかと思いつつ高野は周りに合わせて拍手を送る。

ここまでされると潰れてしまう対戦相手だが、それは予選までの話。
ここまで勝ち上がった人間はそうそう簡単に折れるはずもなく。

むしろ反発してでも勝ちに行くという貪欲な姿勢を見せてきた。
その証拠が、

「うおっとぉぉ!出たぞぉー!今度のポケモンはファイアローだぁー」

豊川の対戦相手の2体目はファイアロー。
この大会でやたら見るポケモンである。

「チッ……」

反射的に舌打ちをした豊川はヘラクロスをボールに戻すと今度はバンギラスを出す。
と、同時にどこからか砂嵐が巻き上がった。

「くそっ、戻れファイアロー」

対戦相手もまた、自身のポケモンを戻してゆく。
そして、入れ替わって出てきたのはカバルドンだ。

「交代&交代のオンパレードぉぉ!!さぁ、互いのポケモンが入れ替わった今!決着は着くのだろうかぁ!?」

2人のトレーナーはその後しばし固まった。
互いのポケモンもそれに合わせて動かなくなる。

2人の、特に豊川の頭の中では無数の展開が流れている。
自分の動き1つで変わる相手の対応。
それの裏を、さらにそのまた裏を、その更なる裏を……と、考えていくうちに瞬時の判断が出来なくなる。

それは相手も同様であった。

砂嵐が吹くだけの何も起きないバトル。
次第に観客からもブーイングが巻き起ころうとしたその時。

「しゃーない。戻れバンギラス」

豊川が1つの動きに出た。
それに応じて相手もカバルドンを交代させる。
豊川はヘラクロスを、相手はファイアローに。

しかし、相手も交代して来たのが予想外だったのか、驚きに満ちた顔を見せた豊川は、再びバンギラスに任せんとボールを2つ構える。

それを見た対戦相手も同様にファイアローとカバルドンを入れ替えた。

それを見た豊川は、

「かかったな!?ヘラクロス、'タネマシンガン'だ!」

この時この瞬間を待っていたとばかりにヘラクロスをボールに戻すはずもなく、試合を続行。
俗に言う"交代読み"を決めた瞬間だった。

相手がきちんと見れたのかどうかは不明だが、相手が交代したのも、わざとらしく自分が驚いたのも、ボールを2つ手にしたのもすべてが演技。
すべてはこの場を作るために用意した下準備に過ぎない。

地面タイプに効果抜群の草技が、それも連続技が炸裂する。
巨体を誇るカバルドンの顔あたりにヘラクロスの技が幾度か当たると、銃火器の名を冠した技名に恥じる事はないと言ったほどに黒煙を伴って爆発、炎上した。

フッと煙が晴れながら審判の声が上がる。

「カバルドン戦闘不能!」

これで恐れるものは無くなった。
この状況でのファイアローなど恐るるに足らず。

この1戦の後。
そして、いつかの宣言通り豊川は本当に自身のみで勝利を収め、その無双ぶりを周囲に、観客に、そして高野洋平に見せつけた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.414 )
日時: 2019/11/10 21:21
名前: ガオケレナ (ID: 7hzPD9qX)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


大会本選が始まって3日目の昼。
前日に1勝を済ませ、あと2勝且つ残り3日で今あるブロック内対戦が終わる事を考えながら高野洋平はドームシティを歩いていた。

と、言うのも先程まで彼は大貫銀次の工房におり、彼から新しくなったメガシンカ用のデバイス兼眼鏡を受け取ったその帰りだったのだ。
お昼時と言うのもあり、そろそろ何か食べたいと思いながらそれぞれの店を見つつ歩いていたその時。

「やーっと見つけたわ!レン!何処に居たの?」

メイがマニューラを従えながらこちらに向かって普段は出さない大きな声を発していた。
大声なのは周りに多くの人が居たからだろうか。

だが、高野としてはいい迷惑である。

「どこって……さっきまで大貫さんの所に居ただけだ。……ったく、怪我や他人に壊されただけなのにクソ長い説教垂れてきただけじゃなく多めに取りやがって……」

「仕方ないわよ。おじーちゃんはそちらの事情を知らないんだから。いつか今日取られた分倉敷とか議会相手に請求しちゃいましょー!」

「……俺がそんな事出来る人間に見えるのか?」

「いつか、って話よ。それくらいあなたも私も大きくなりましょうって話で……あれ?何処行くのよ?」

メイが話している最中であるにも関わらず、高野は勝手に歩を進め、飲食店が立ち並ぶ大通りから遠ざかってゆく。

「お前の顔見てたら途端に食欲が失せた」

「何よそれ酷くない?私のせい?」

「そうだ、お前のせいだ」

「むっ……私が何をしたって言うのよー?」

「俺の食欲を消し去った」

「堂々巡りやめて?」

ふざけ合いながらも、高野は大会会場や飲食店とは真逆の道を進む。
即ち、街のある方であり、聖蹟桜ヶ丘駅の方向だ。

しかし、今となっては駅まではバスが出ている。
つまり駅に向かいたければ停留所へ行けばいいのだが、そちらに行く気配が無い。
徒歩で街へ下る道を進もうとしていたのだ。

「ちょっと、何処へ行くつもりなのよ?」

「大学」

「歩きで?なんで?その間に試合始まるわよ?それに……あなたもう講義はすべて終えたんじゃなかった?」

嘘が見破られた。
やはり彼女の前で適当な嘘は吐けないと痛感した高野は舌打ちをしながら振り向いた。

「あのな……1人で居たいんだよ!少しは察してくれ!」

「それならそうとはっきり言ってくれれば良かったのに……でも、どうして?何かあったの?」

「別に何かがあった訳じゃない。気分的に」

「なによそれー……」

高野洋平という男はこれまでメイに確かに振り回される所があったが、こういう意味では彼もメイを振り回している。
ここはお互い様だと言うところだが、高野がそのように思ったかどうかは不明だ。

「あっ!そうだ!どうせこれからどっか行くんでしょう?その前に1つだけいい?」

と、言うとメイはポケットではなくポーチからモンスターボールを1つ取り出す。

「なんだよ、何をするつもりだよ?」

「じゃーん!この子についてです!」

言いながらメイはそのボールからポケモンを、スリーパーを呼び出した。
メイがマニューラ以外のポケモンを使う事が珍しいが、バトルでも深部組織絡みでも滅多に見ないポケモンのチョイスに違和感を感じる。

「……なんで、コイツを?」

「さて問題です!この子の特徴は何でしょう!?」

「……は?」

そんな事を言われても高野には分からない。
エスパー単体の第1世代のポケモンとしか言えない彼はそれでも必死に何かあったか色々な情報を引き出しては思い出そうとする。

そして、1つの回答を導いた。

「催眠術使って子供を攫うやべーやつ」

「あの……なんと言うか……私が悪かったわ」

目を逸らし、頭を軽く掻いてメイは言い直す。

「特徴は……この子の進化前のポケモンでいいわ」

「進化前?となるとスリープか。それがどうしたんだよ?」

スリーパーがやべーやつなら、スリープも同様にポケダンで似たような話があったようなとよく思い出せずにいた高野だったが、またしてもロクでもない答えしか出なさそうなのを察したメイは自ら正解を言った。

「いい?スリープは夢を食べるポケモンよ!」

「特徴ってそっちか。それは知ってる。それがどうした?」

「そして、スリープはたまにだけれど、食べた夢を見せてくれるのよ!」

「だから……それがどうしたんだよ?」

「私のスリーパーは、そんなスリープの長所をとにかく伸ばして育てたわ。いつどんな時でもこの子は夢を見せてくれるわ」

「?」

「ところで……夢と記憶の関係性についてはご存知かしら?」

「あー、あれだろ?寝ている時に見ている夢は記憶の整理だとか、強い思いが夢として出たりとか……そういうやつか?」

メイが何を伝え、何をしたがっているのかがよく分からない。
だが、突然記憶について話してくる事に更なる違和感を高野は覚えてしまう。

「そう!極端な話、この子は人の記憶を見せる事が出来るのよ!そこでね……?いつか話したじゃない?過去の事についてどうとか……」

「まさかお前……そいつを使って俺の記憶を……過去を見るってのか!?」

確かに以前、予選を終えた日に山背の家で飲んだ時にそんな話をしていた気がするが、まさかそのような手段に出るとは高野も予想していなかった。
エスパータイプのポケモンを出されては抵抗するのに限界があるからだ。

「ふっざけんな!俺の事を見て……お前に何のメリットがあるんだよ!」

「そ、それは〜……」

単純に知りたいから。

そうとしか思えないメイは言い訳に困った。
目を尖らせているあたり、本気で嫌がっているようだがそれのせいで更に答えに悩む。

「うん?メリットかい?財産の在り処だろ?」

唐突に響いた声。
いつか聞いた嫌な声。

高野とメイは音の発信源のあった東へと振り向く。

「ムシャーナ、'さいみんじゅつ'!!」

そして、その先に居た人間の放った命令と、その命令に従ったポケモンの放った精神攻撃は高野の体に命中した。

「お……前、は……」

催眠術を受けた高野の体はまるで無理矢理変な力で浮かせられ、体も見えない鎖で縛られたかのように固められる。
一切の抵抗が出来ない状況の中、必死に呟いた言葉だ。

「やぁ。元気にしていたかい?あの時回収出来なかったモノを取りに来たぞ?」

倉敷敦也。

気が動転した事と利用価値の低下という理由だけでデッドラインの鍵を殺した黒幕。
そんな人間が今、再び高野の前へと姿を現した。

「ムシャーナも、スリープやスリーパーと同様に夢や記憶を実体化させる事ができる。お前の記憶を見る事でジェノサイドの財産の在り処を見せてもらおうか?おっと、そこの嬢ちゃんは決して攻撃するなよ?俺は殺せるかもしれないが、その瞬間夢はパーン!!……弾けてしまう。俺の言いたい事が分かるよな?」

メイは歯噛みした。
ここで倉敷を倒す事は出来ても、その代償として1つの願望が消え失せてしまう。
高野の過去や記憶には大いに興味のあった彼女は複雑な思いを抱きながら、敵意丸出しのマニューラに対して自身の腕を広げて"待て"の合図をする。

ムシャーナのエスパーによって宙に浮かされ、力の一切を封じられた高野は、自身の真ん前に1つの大きな煙が出た所まではその意識で確認できた。

3人を阻む壁のようにそれは出現した。
1つの、大きな紫色の煙。その塊だ。
どうやらこれが、ムシャーナの力によって現れた、今から流れる夢、記憶を映すモニター代わりになるもののようだ。

これから始まろうとしていた。

高野洋平という、1人の男が歩んだ過去。
その記録を辿る、1つの旅が。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.415 )
日時: 2019/11/12 15:05
名前: ガオケレナ (ID: DXOeJDi3)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


はじめに流れた映像に。

メイは咄嗟に、体を避けるような仕草をした。
何故ならば、突然眼前に人の足が、蹴りが迫ってきたからだ。

「えっ……?なに?これ……」

メイはまず最初に戸惑った。
高野の記憶の映像ならば目の前で映り、その中で話が続いている。
だが、その映像の見え方に問題があった。

視力を使って、目の前の煙の塊の中にある動画を見ている訳では必ずしもなかった。

頭の中。

まるで、直接脳内に届いている感覚。
視ている訳ではなく、脳で見ている。
物で例えるならば仮想空間だろうか。

現実ではないのに、現実だと錯覚させてくる。
分かっているからこそ、段々と気分が悪くなってくる。

これがムシャーナの力なのか、記憶を覗く結果こうなっているのかは分からない。
だが、こうなってしまった以上、彼の記憶を見る義務があるように思えてきた。

本人の意思に反し、それは続く。

ーーー

『とっとと死ねや雑魚!』

『早くくたばれクソが』

浴びせられる罵声と暴力。

彼の記憶の始まりは華々しいものでは無かった。
そこにあるのは言葉と力による暴行、傷害。即ち、いじめの現場だ。

ーーー

「待って……視点が……」

メイの戸惑った理由の1つ。
見えてくる映像の視点にあった。
そこに見える人の顔は知らないもののみ。
それも、どこかに幼さが見える。
決してその中に高野洋平は居ない。

人の虐めている現場を第三者視点で見ているものではなく、明らかにそれは被害者からの視点だったのだ。

(じ、じゃあ……これは……レンが虐められている場面!?)

ーーー

雰囲気や風貌を見るに中学生の頃の記憶のようだ。
その割には容赦という物がなく、飛んでくる言葉にも子供特有の優しさや甘さ、幼さが無い。

好奇心や趣味で動物や虫を殺す感覚に近いものがあった。

廊下の端に追いやられ、殴打と蹴りが続く。
だが、数分もすればそれらは止んだ。

チャイムが鳴ったからだ。

時間的に昼休みと午後の授業の合間。
その内の昼休みの終了を告げ、授業の準備をさせるためのものだ。
でなければ、さも余裕そうに平然と教室の外を歩いている人が少なくないのもその事から読み取れる。

そこでも異変を感じた。

何人かの生徒が明らかに"彼"の前を通るのだが、誰もが見向きもしない。
怪訝そうな目を向ける事も無ければ声を掛ける者も現れない。

その光景が生徒たちにとって当然の場面だったからだ。
"彼"が暴力を受け、晒しの目に遭っているのがその学校の日常であるから、誰もがおかしいと思わない。
決して素通りする人がおかしい訳ではなかった。

それらの生徒たちも、自室に突然ゴキブリが出てきたら叫ぶような人間である。
"彼"の記憶という物語で構成されている人物に、そういう意味でのおかしい人は居なかった。

ただ1人を除いて。

『あの……大丈夫、ですか……?』

それは、知っている顔だった。
同じクラスの人間であるにも関わらず敬語。
よっぽど"彼"がクラスメイトとのコミュニケーションを取っていないかが分かる。

その1人の少女は、大して仲も良くなければ大して会話すらもしない"彼"に手を差し出す。

だが。

『いいよ、1人で起きれる』

"彼"は恥ずかしさからその好意を拒否した。

それからは何事もない風景だった。
先程の虐めが嘘であるかのような日常。
その中で"彼"は普通に授業を受け、普通に掃除をして普通に家に帰り、普通にゲームで遊んでいた。

ーーー

「2007年……今から8年前の記憶を見ているの?私は……」

「一体何処から遡るつもりだ?コイツは常にこんな事を考えながら生きているのか?どーでもいいんだよ、深部と関係ない記憶なんざ」

ーーー

彼の日常に少しの変化があったのは、春になり学年が上がった時だった。

いじめがピタリと止んだ。
仲のいいクラスメイトにも恵まれ、それなりに人と会話する事も増えてきた"彼"の姿があった。

理由は単純だった。
いじめの首謀者とその片割れらと、クラスが離れたからだ。
しかし、それは"彼"にとっても良い意味でも悪い意味でもさほど覚えていなかったせいか、その1年はあっという間に過ぎ去っていく。

ちょっとした変化があったのは、それから翌年の中学3年の冬に差し掛かろうとしていた頃。
2学期の終わり頃か。

友人が1人増えた。

きっかけは些細な事だった。
昼食時にクラスの唯一の友達と食べていた時、その友達が他の人と、しかも女子と一緒だったので割り込み同然でその輪に入ったことだった。

『へぇ〜。白石と高野って家近いんだ〜』

『そ、そう。だからかな?小学校の頃からよく遊んでたよ』

その友達となった女子の顔に見覚えがあった。
2年前、"彼"のいじめに唯一助けの手を差し伸ばしてきたその少女だった。

『おーい、島崎。お前放課後音楽室で集まりあるからな?忘れるなよ?』

『うん!大丈夫!』

ーーー

「少女の名前が分からないけれど……島崎って呼ばれていたわね?」

メイの脳に、絶えずその後の話が続いてくる。
"彼女"に声を掛けたのはクラスメイトの男子。
音楽室の集まりとは委員会の事で、その男子と"彼女"が同じ委員会に所属していた、という本当にどうでもいい事である。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.416 )
日時: 2019/11/12 16:44
名前: ガオケレナ (ID: DXOeJDi3)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


本来、中学時代に生まれた友情とは、その後はどうなるものだろうか。
何も、中学時代に限った話ではないのだが、その大半は環境が変わって少し経てば風化していくものではないのだろうか。

だが、"彼"の場合、それは違った。

『よっしー!やっと来たぁー!』

"彼"は"彼女"からあだ名で呼ばれる程仲が近くなっていた。
既に中学を卒業し、新たな環境にそれぞれ身を置いて2ヶ月。
しかし、彼等はかつての友情そのままであった。

『ねぇ、よっしーって何処の高校通ってるんだっけ?』

『俺?俺は……隣町の境あたりにある高校だよ。皆とは真反対じゃないかな?』

『白石は?』

『僕は私立。だから都内だよ。神東商業高校ってところだよ』

『じゃあ私だけなんだねー。この街の高校生は』

『いや、俺も境ってだけでギリギリこの街だから』

傍から見てもその仲は親密そのものだった。
ある時にはそのメンバーの中の誰かの誕生日を祝っていたり、お互い離れているにも関わらず、それぞれの高校の文化祭に寄っている景色も流れてくる。

だが、一見平和に見えるその光景も、この後の大いなる変化に翻弄されるのは明らかであった。

ーーー

「そろそろ来るわ……"歓喜の誕生"が……」

「待たせすぎだ。下らない記憶ばかり持ちやがって……」

メイと倉敷。
2人の観客を相手にした映画はまだ続く。

ーーー

今日もゲームに変化があった。
"彼"は、下校中に寄ったゲーム屋にてWiFiを繋いで海外のポケモントレーナーと交換したばかりだった。
それから、ある変化に気付いた。

それまで行けなかったマップに、地点と名称が加わっていたのだ。

『ユナイテッド……タワー?なんだ?それ』

"彼"は知らなかった。
地球儀に新たに登録された国、地域が出てきた場合、そのトレーナーに会えるマップ"ユナイテッドタワー"に行けるようになる事を。

「グアドループ島の人かぁ……どんな所なんだろうなぁ……」

家に着き、ベッドに横になりながらゲームをしている"彼"。
夢中になってシナリオを続け、ジムバッジを幾つも手に入れていると、いつの間にか日が落ちていた。

もうそんな時間かと"彼"は寝転がっていた体を起こす。

その瞬間。狭い家に絶叫が響いた。

その日の日付は2010年9月20日。

歓喜の誕生と後世呼ばれた、ポケモンが実体化した日だ。

初めて見たその時こそ多少の恐れという感情があったものの、徐々にそれは失せていく。
代わりに、喜びや楽しみといった別の思いが芽生えてきた。

ゲームのデータの実体化のはずなのに、確かにそれには触感があった。
重みがあった。感情があった。そして、命があった。

小さな頃に夢見た、"ポケモンとの共存"が叶った瞬間でもあった。

しかし、当時はポケモンが突如世に現れた混乱期。
その力を別の意味で利用しようとしている者が特に闊歩していた時代。

その刃は、"彼"にも迫ろうとしていた。

『……?うっ、うわあぁぁぁぁ!!!』

突然だった。

ゾロアを連れ、見慣れた街を歩いていた日だった。
ただ、歩いていた。それだけで。

死角から突然、ゲーム機を手にし、パルシェンを従えた男がこちらに向かって猛ダッシュをしてきたのだった。

『ポケモンを持っている奴だ!問答無用で殺っちまえ!!』

パルシェンの'つららばり'が全身を鋭く刺してゆく。
存在だけでなく、技そのものも実体化されている。
しかし、そんな事を思える程の余裕を持てていない"彼"は、両手と両足、そして胸に5本の氷で出来た破片をその身に受け、今度は5つの岩の塊をその顔で受け止めると、地に倒れた。

ポケモンを持っていようがいなかろうが、無差別的に彼らの様々な欲や多くの目的。それらを満たすためだけに犠牲になった人々が居た時というのも、確かに存在していた。
後に彼らは"暗部ダークサイド"と呼ばれる形になって。

ある程度の攻撃が止んだ時、"彼"は生まれて初めて自覚した。
自身の死を。
死ぬ瞬間とはどんなものなのかを。

『ポケモン持ってる癖にあっけねぇなぁー?金持ってんのかなぁ?こいつ』

自分を今正に死に至らしめんとしている男が、そう言いながらこちらの顔を覗き込む。
死ぬ間際でも眺めていようというのだろうか。

だが、次の瞬間にはその男はそこには居なかった。居なくなったのだ。

突如現れたオノノクスに思い切り全身を切り裂かれ、"彼"が死ぬ前にその生を終えたせいだ。

自身の後ろから新たな声が聞こえる。

『大丈夫か……?まだ生きているだろうな、お前さん……』

しわがれた、老人の声。
遂に幻聴も聞こえてきたかと思ったが、離れつつあった意識がそこで戻りかけてゆく。

『安心しろ。もう大丈夫だ。お前さんを狙う不届き者はもう居ないからな……』

顔が見えた。

日本では、お洒落な雑貨屋か輸入品を扱っているお店でしか見れなさそうな煌びやかなオリエンタルなイメージを持たせる服に、長く白い髭。

その現実離れした姿に、やはり自分は幻でも見ているのではないかと朦朧とする意識の中でぐるぐると渦巻くが、そのまま何処かへと連れていかれ、次に目を覚ました時に見た光景を見てそれはやはり間違いだったと気付かされる。

『おや、お目覚めかい?』

自分を助けてくれた老人が優しい眼差しでこちらに来た。
どうやら、"彼"は老人の家か何かで寝かされていたようだった。
横になった時の感触も柔らかい事から、ベッドの上のようだ。

『俺は……どこで何をしているんだ……?』

だとしても、自分の身に一体何が起きたのか全く分からない。
混乱したまま、"彼"は問いかける。

『あなたは何処の誰で、俺は何をしていたんだ……?』

『まぁ待て。ゆっくり、1つひとつ話していこう』

自分が殺されそうになった所を救われた。

これが、後に巨大組織となる"ジェノサイド"のリーダーと、"彼"を補佐する男、バルバロッサとの出会いだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.417 )
日時: 2019/11/13 16:34
名前: ガオケレナ (ID: twODkMOV)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


それから、"彼"の深部生活が始まった。
なんでも、今はポケモンの力を利用して悪さをする人間が多いらしい。

『お前さんにとって、ポケモンとはどんな存在だい?』

『どんな存在って……』

『孤独な自分を埋めてくれる愛玩動物ペットかい?人1人では難しい仕事もこなしてくれる仕事仲間かい?それとも、ゲームの中で冒険を進めるにあたって活躍してくれる相棒かい?』

『な、なぁ……何が言いたいんだ?』

『現実はどれも違う。そんな幻想を置いてけぼりにするほどの真実。周りを見てみろ。誰もが気軽に手に入れられる生物兵器だ。これのせいで、なんの罪も無い無垢の民たちが命を奪われ、平和を脅かしている』

『……』

『ならば、我々がすべき事は?お互い救われた者同士、救われぬ者に救いの手を差し伸べるべきなのさ』

『分かったよ……やるよ。その、ナントカってやつに……』

深部ディープサイドだ。お前さんはこれから、闇に生き、光のために為すべきことを為すのだ。覚悟はいいな?』

大仰な事を言われたものの、仕事は簡単だった。
街で暴れている人間をその場で捕まえるだけだった。

ある時は見知った駅で、ある時は人の流れが激しい繁華街で。

事ある毎に"彼"は深部の人間としての役割を担っていた。

『対象者はその場で処分しても良し。生きたまま捕まえて議会に引き渡すのも良し。お前さんの自由だ』

『じゃあ、人が死ぬ所は見たくないから生け捕りで』

彼の信念は確固たるものだった。
その言いつけをこの時も、そしてこれからも守るのであったのだから。

記憶の場面が急展開した。

それは、"彼"が坊主頭の大柄な男に絡まれたところから始まる。

『おうおうおう!!テメェどこに目ぇ付けて歩いてんだ!?おぉん??』

『ごめん、急いでてー……』

『ゴメンで済ますと思うかゴルァァ!者共、やっちまうぞゴルァァ!!』

"彼"は大柄な男とその取り巻き数名に囲まれる。
だが、彼は既に身に付けたアイデンティティーとも言えるべきポケモン、ゾロアークを従え、彼らと戦う。

結果は言うまでもなかった。
悪タイプだと油断した彼らは、カイリキーやその他格闘タイプのポケモンを使うも、そのすべてが'カウンター'の前に散る。

『ひ、ひぃぃーー!!悪かった、許してくれ……生きる為にはこうするしか無かったんだ……』

『お前も他の暗部ダークサイドのヤツら同様、放っておく訳にはいかない。殺しはしないから、このまま議会に引き渡す』

『や、やめてくれ!!俺達が議会なんかに連れてかれたら……それこそヤツらに殺されちまう!』

"彼"は少しばかり困った。
ここまで命乞いされるのは初めてだったが、彼等も訳あってそのような生活をしている節があったからだ。
確かにその誰もが身に付けている服はボロボロで汚く、日常的に風呂に入っていないせいか悪臭も酷い。

このまま貧しい人々を議会という名の保健所に連れて行って殺処分しても良いのだろうかと。

『お前さ……俺の仲間にならないか?』

『へっ?』

『俺と共に、深部組織を名乗って今のお前らのような人間を取り締まるのさ』

ーーー

「そうやって……あなたは仲間を増やしたのね……」

「ジェノサイドの馴れ初めだと?そんな物を俺は求めていないんだが」

相変わらず不満を漏らす倉敷を横目に、メイは真剣な眼差しで見続ける。

ーーー

『ケンゾウ、ハヤテ、居るか?行くぞ』

『ハイ、リーダー』

『ハイっす!』

彼の元には50を超える同志が集っていた。
仲間全員で掟を共有し、治安の改善の為、自らの生活の為、任務をこなす。

『随分と賑やかになってきたな?』

『やぁ、バルバロッサ。まぁ、これも1つの手かなと思って』

部屋の奥から、バルバロッサが姿を現す。
屋内でも、その格好は健在だった。

『救われぬ者に救いの手を。バルバロッサが教えてくれた事だろ?』

『まさか生活苦の暗部の人間を引き入れるとは……お前さんの性格の良さにはただただ驚くばかりだ。……だが、気を付けろよ?裏切られても知らんぞ』

『仲間を信じているからヘーキヘーキ』

場面は変わってゆく。
それはまるで、走馬灯のように多くの出来事が、続々と、そして早々と過ぎ去ってゆく。

『暗部が消滅……?』

『そうだ。これで1歩、世は平和に向かったぞ』

『やったぞぉぉ!!みんなぁぁ!!!』

ーーー

『大変ですリーダー!!我々の基地が攻撃を受けています!!』

『くそっ、やむを得ない……ここを捨てて別の住処を見つけよう……』

『八王子の林の中に、良い寝床を見つけました!棄てられた工場の跡地です!』

ーーー

『よぉ、高野ちゃんよぉ……お前、深部組織の"ジェノサイド"らしいなぁ……?』

『なんで……クラスメイトのお前が……俺と戦わなきゃならないんだよっ塚場ぁ!!お前は……俺と同じクラスの……友達だったんじゃなかったのかよぉ!!』

『ザーンネン。俺もお前と同じ深部の人間でしたってね。ところで今、この環境が……世界がどうなっているか知ってるか?』

ーーー

『塚場!!俺は決して人を殺さない!それは組織を作った時から……そして今になってもこの気持ちは変わらないっ!!』

『掟に従え!半端な気持ちで戦うな!!どんな御託を並べても俺もお前も深部ディープサイドだろう?命を差し出す覚悟を持って戦え。……俺は、この通り……持ったからな?』

ーーー

『お願い……高野……私の友達を……助けて……』

『お前の友達は今何処にいるんだ……?ポケモンを使っている奴に捕まっているんだって?場所を知っているなら教えてくれ、今すぐ助けに行く!!』

ーーー

『ごめん……高野。ウチ、深部ディープサイドなんだ……。高野を……ジェノサイドを殺す為の……人間なんだ』

『だったら、お前ごと救ってやる!黙って俺と戦って負けやがれ!!』

『見事だジェノサイド。見知った同じ高校の女子高生を救わんと戦ったその姿はまさに勇ましい。だが、これはゲームだ。この女がお前を殺すか、お前がこの女を殺すか。道は2つに1つだ。選べ』

『だったら俺は……お前を殺す。こんな気味悪い殺人ゲームを楽しんでいる奴を……俺は見過ごす訳にはいかねぇ!!』

『そこまでだお前さん。あとは私に任せておけ。此処は大人の話し合いと行こうじゃないか』

ーーー

『Cランク?俺達が?』

『そうですよ!リーダー!遂に我々"ジェノサイド"は組織のランクがCになりましたよ!』

『そうか……じゃあこれからもっと狙われるだろうし、頑張らないとな』

ーーー

『高野、お前正気か?春の学年旅行の合間に現地でAランクの人間倒すなんて……』

『滅多にないチャンスだ。このままAランクの人間倒して、俺達がAランクになろう』

『この期に及んでCランクの餓鬼が儂の前に現るとは……良い度胸だ』

『引っ込んでろ"ジェノサイド"。コイツはこの俺"ゼロット"が前々から狙っていた標的。雑魚のガキは大人しく引き下がってろ!』

『雑草を抜く感覚で人の命を奪う奴なんかを知らんぷり出来るかよ!!こればかりは許せない……俺がお前をぶっ倒してやる!!』

ーーー

そこに映るのはそれまで彼が戦ってきた猛者たちの姿。
隣の席の友人から、同じクラスの大人しめの女子だったり、Aランクに恥じない風格を見せる大男。
組織間抗争が激しくなった時期の、彼の生きた記録。
彼と彼のポケモンが紡いできた戦績だ。

「これらの戦いを元に……あなたは最強の座に近付いていった訳ね……」

メイは記憶の中の高野の生身の体に傷が付く度に目を逸らす。
それは、余りに生々しく、そして自らが傷付いているかのような錯覚を与えてくるからだ。

そして、その記録は思わぬ方向へと進んでゆく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.418 )
日時: 2019/11/16 16:10
名前: ガオケレナ (ID: GbYMs.3e)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


それは、偶然から始まった。
"彼"も突然の事で動揺していたようだ。
その証拠に、心臓の音が強く、速く、響いてくる。
ただ、"彼女"に遭遇しただけで。

2011年10月。
忘れられる訳がなかった。

『あれ……?よっしー?』

懐かしい声が自分を呼んだ気がした。
思わず後ろを振り返ったり、辺りをぐるぐると何度も回ってしまう。

そして、遂にその姿を見つけてしまった。

『島……崎……?嘘だろ?久しぶりだなー』

冷静に考えれば、2人が出会ったのは地元で尚且つそこそこ発展している駅である。
中学、高校の友人や知り合いに出会わない方が珍しい位だ。

"彼"は、此処で遊びに来た風を装ってはいるが、実際は此処に潜伏していた敵対組織の長をたった今倒して来たところである。
そんな"彼"の組織、"ジェノサイド"は既にAランクになっており、周辺の声も無視出来ない位に大きくなってしまっていた。
そんな中での出逢い。

"彼女"から見れば1年ぶりの再会。
"彼"からすればタイミングの悪すぎる幸せのひと時。

いつか出会いたい"彼女"だったが、今この状況ではあまり宜しいとは言えない。
どうにかして、改めて約束の1つでもしておこうかと思っていた頃。

"彼女"が突然泣き出した。
その理由は無いに等しいぐらいの、"感情の高ぶり"。

だが、"彼"にとっては見過ごせない一面。
勇気を振り絞って恐る恐る聞いてみる。

『白石とかから、色々聴いたんだけど……。島崎、お前の身に一体何が起こっているんだ?』

溢れる涙を拭いながら彼女は応えた。

とてもシンプルで、とても難解な"それ"を。

『あたしね……大切な人に裏切られちゃったんだ』

ーーー

基地に帰った"彼"は怒りを覚えながら、しかし苦しみ悶えながら自室のベッドに飛び込んだ。
今、自分のこの感情を何処にぶつければいいのか分からないでいる。

『大切な人……?裏切り……?島崎、お前まさか……』

『彼氏に……"お前はつまらない女だ"って言われて……別れられたんだ』

"彼女"の言葉が頭に焼き付いて離れない。
今日1日で"彼女"の身の回りに起きた事の情報の多さに捌ききれない。

"彼"は1人暗く冷たい自分の部屋で、頭を抱えながら呟いた。

『島崎は……高校の部活で彼氏と出逢い、付き合い始めた……。でも、弄ばれただけで挙句の果てに"つまらない女"だと……?クソふざけた事ぬかしやがって……』

その事実が、"彼"には辛かった。
これまで決して言えなかった、"彼"の本音。
勇気が出ずに言えなかった本心。

"彼"のこれまでの人生で出会った、何処の誰よりも可愛くて、綺麗で、そして美しい人。

誰も助けてくれない中、天使の慈悲の如く救いの手を与えてくれた、人の心の割には綺麗すぎる心を持ってしまった人間。

そんな人を罵倒し、侮辱し、見捨てた男が居る。

恋を通り越して愛に似た感情を持ってしまった"彼"の見出した"とある決心"は揺るぎないものだった。

一方的且つ、歪んだ愛だと気付く事もなく。
自分こそが正義で、相手が完全な悪だと自身の心の中で決めつけて。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.419 )
日時: 2019/11/16 17:12
名前: ガオケレナ (ID: GbYMs.3e)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


翌日。

"彼"は珍しく、そして人生で初めて学校をサボった。
目的のため、出掛けるためにだ。

『島崎の学校の場所は……知っている』

名前を何度か聞いたことがあった。
場所は携帯で調べるなり、古典的な方法では駅に立てられている周辺MAPでも見れば分かることだ。

『クソ野郎の顔は……覚えている』

"彼"の記憶は色褪せなかった。
いつか来てくれた高校の文化祭にて、"彼女"が連れて来ていた男。
彼こそが"彼女"を裏切った男。

もう後戻りは出来ない。
ゆっくりと、正義と罰を胸に誓って"彼"は何の変哲もない平日の昼間に、目的の地へと進み続ける。

ーーー

その日はいつもと何の変化も無い、文字通りの日常だった。

島崎しまざきかなでは授業の合間に、クラスの友人と笑い話の1つでもしながら次の授業の準備を始めるためにノート類を机でトントンと叩く。

そんな時の、友人の言葉に、胸が突き刺さった。

『かな〜。アンタあれから大丈夫?もう忘れられた?』

『あ、うん……もう、大丈夫……』

『あ、ごめん。もしかして思い出させちゃった……?』

『いや……そうじゃなくて……』

"彼女"もまた、罪を1つだけ犯していた。
それは、同情して欲しかったから。慰めて欲しかったから。憐れんで欲しかったから。味方が欲しかったから。

事実のある事ない事をでっち上げて1人の友人の心を惑わせてしまった事に多少の罪悪感を抱いていたのだ。

『あのね……あたし……』

友人にそれを打ち明けようと声を発したと同時、無駄に響く階段を駆け上がる何者かの足音に意識が向くはずも無く。

『オイ!今なんか学校内でポケモンが暴れてるらしいぞ!』

どこかの誰かの疑わしい噂話。
しかし、たったそれだけの情報であるにも関わらず、"彼女"は異常なまでの胸騒ぎを覚えた。

ーーー

『はぁっ……はあっ……ッ!!』

彼は走った。
夢中で、辺り構わず駆け回った。
いつかどこかで会ったらしい人が、突然鬼の形相でこちらを睨んだかと思うと、そのズボンのポケットからポケモンが飛び出てきては彼の腕を裂いたからだ。

自分の腕から血が吹き出るという、珍し過ぎる光景に自分も周りもパニックを引き起こす。
理性が追い付いた時、彼は自分が叫びながら校舎内を走り回っていた事を理解する。

後ろを振り向けば"彼"が相変わらず人でも殺しそうな顔をして追って来ている。

"彼"は部外者のはずなのに、誰も"彼"を止めようとしない。
"彼"は不審者のはずなのに、誰も"彼"を追おうとはしない。

自分は血を流しながら助けを求めているのに、誰も救ってはくれやしない。

視界が捉えたのは、基本閉じられている屋上の扉。
開くはずもない扉がその日、開いてしまった。

理由は1つ。

後方から"彼"が、"彼"のポケモンの放った技が扉を物理的に破壊したからだ。

彼は外へ投げ出される。
そして、追い詰められる。

後ろからゆっくりと、"彼"が忍び寄ってくる。
ジリジリと、ジワジワと。

『お前……誰だよ……っ!何で俺を狙うんだよ……!』

『島崎奏。コイツを知っているよなぁ?』

"彼"は裏の世界でしか見せない顔を、表の世界の住人に向ける。
裏の惨劇の一切を知らない、一介の男に。

『島崎……?あぁ、アイツか……。アイツとなら別れたよ』

彼は息を切らしながら淡々と事実だけを述べる。
決して誇張などが存在しない、"真実"を。

『何であいつを捨てた……?つまらない。そんな理由で捨てて良い理由があるのかよ!!』

『……なぁ、お前何なん?俺らの話にカンケーないよな?何で割り込んで……』

『他の誰よりも美しくて誰よりも優しいアイツが……幸せになるべき人間が……何でよりによってお前みたいなクズに好きなだけ遊ばれて捨てられなきゃならねェんだよっっ!!!』

"彼"は反論の余地を与えない。
例え必死に弁論していようと、例えどんなに真実や常識を述べようとしても、その瞬間そのものを許さない。

"彼"の心の奥底にあるのは、

"彼女"を侮辱したことへの"怒り"。
"彼女"を否定したことへの"失望"。
"彼女"と付き合っていたという事実への"嫉妬"。
そして。
"天使"と崇めていた"彼"そのものに対する否定への"怨み"だった。

『アイツは……本当に素晴らしい人間なんだ……。人間という枠組みに当て嵌めていいのかと思うぐらいに……綺麗なんだよ……?そんな人が何でお前と恋人になれた?お前がアイツと同じぐらい美しい人だから?違うよな?一方的にお前がアイツに好意を抱いて、お前が一方的に捨てた!ただそれだけの事だろ!!お前に出来て俺に出来ない事が何よりもおかしくて許せねぇんだよぉぉっ!』

"彼"の自己中心的で、幼稚で、信仰を否定された事への心の叫びは続く。

『アイツが善ならお前は悪だ!悪はこの世にあってはならないし、善を汚した事こそが大罪!お前はこの世の誰よりも真っ黒な大罪人だ!!』

"彼"は無意識なまでにポケットから別のモンスターボールを取り出す。
出てきたのは、最近育て終えたゴルーグだ。

『大罪人は……アイツを汚した人間は……この場で今すぐ死ね』

命乞いはさせない。

"彼"はまず、ゴルーグにその大きな拳で1発殴れと命令する。
心のないそのポケモンは実直なまでに従う。

巨大な拳は彼の顔と接触すると、その小さな体は屋上のフェンスへ、つまり、中心地点から端へと飛んだ。

全身がフェンスに打ちのめされる。
顔から、鼻や口から血が溢れ出る。

力が抜けて伸びたところを、"彼"は見逃さない。

『足を掴め』

ゴルーグは、片足を左手で掴むと持ち上げた。
人1人の体など、楽に浮かせてしまう。

『回せ。思い切りな』

ゴルーグはその手を、腕を回し始めた。

例えるなら、濡れたタオルをぶん回す光景。

それに全くそっくりであった。
この時、タオルと人の命が同等になってしまっただけで。

いつしか、回転が止む。
彼の足が少しばかり歪んでいたように見えたのは"彼"の錯覚か、記憶の誇張か。
ただ分かったことは、彼の意識が抜けかけていたことだった。
まともな息が出来ず、体のあちこちが痛みを発している。
どうして自分がこんな目に遭っているんだと思いつつ。

そんな彼の耳に、止めの一撃が放たれた。

『よし、ゴルーグ。此処から投げ捨てろ。その際、頭を思い切りフェンスにぶち当てながらな?』

語尾が若干笑みを含めていた事以外、覇気の無い言葉。
遅れつつある脳の処理機能がその言葉の意味を理解しようとした時、

彼の視界は闇に包まれた。

ーーー

遂にやった。

"彼"は忌々しい血を浴びながら何とも言えない達成感に包まれる。
これでまた1人、悪を滅ぼした。
目標を終え満足気に、帰ろうかと身を翻す。

目の前には、一部始終を見ていた、"彼女"の姿が有り。

『えっ……?』

『あっ……、えっ……。よ、よっしー……。なん……で?』

その声は震えていた。
上手く呂律が回らず、本来言うべき言葉が言えない。
その細い足は震え、顔も真っ青だった。
だからだろうか。

"彼"にはその姿が、その光景が、その言葉が忘れられないでいた。

『なん、……で?そんな、事したの……?よっしー?』

"彼女"は動転してその場で泣き出した。

"彼"はどうしたかと言うと、

『な、なんで……?何で泣いているの?』

その問いに、"彼女"は答えない。

『裏切ったクソ野郎を……なのに、なんで……?笑わないの?』

"彼"の感情にも大きな揺れが起き始める。

『なんで……。何であんな奴に対しても……泣ける……の?』


決して直せない過去。
たった今舞い戻った理性、良心。

大きな過ちを犯した"彼"もまた、その場で声を上げて泣き始めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.420 )
日時: 2019/11/19 11:31
名前: ガオケレナ (ID: O62Gt2t7)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「これが……あなたの、過去?」

メイは高野の視点で見続けながら、呟いた。
それは、深部とは無関係の惨事。

目の前の男に、今とはまるで違う雰囲気に大きな惑いを抱きながら、流れ出る映像が目を、脳を刺激する。

『人を殺してしまった』と泣きながらバルバロッサに助けを求める"彼"。
深部や議会の圧力で引いた警察。
そして処理される、"深部組織同士の争いの果ての事故"。

事実は全く違うにも関わらず。

『お前さんは……殺さないんじゃなかったのか……?人を』

『殺しちまった……。ポケモンなんて関係ない人を……表の世界の人間を……』

そこに在るのは長い永い時の中で後悔する"彼"の姿。
その時の心の中の圧迫感が記憶を伝って直接送られてゆく。

ーーー

『なぁ。俺……大学に行きたい』

2012年7月。
あの時の事件が忘れ去られようとしていたある日。
"彼"は突然似合わない進路の話をバルバロッサに持ち出した。

『何故……だい?大学の費用はお前さんが持っているだろうからそちらは問題ないが……何か理由でもあるのか?』

『深部に生きる以外の道が無い俺だけど……。大学に行けば他の道も見いだせると思うんだ』

ーーー

2012年12月18日。
この日、この世にSランクの組織が1つ、誕生した。
理由はひとつ。
特殊なツールで召喚したゼクロムを操る深部の人間を、数多の仲間を虐殺したその男に"彼"が勝ったからだ。
しかし、"彼"にとってはその話題はさほど大きくなかったようで、当たり前の日常の如く過ぎ去っていった。

ーーー

2013年。
"彼"は神東大学へと入学する。
今ある仲間やサークルメンバーと知り合う反面、深部の活動はより活発に、より過激に突き進む。

ーーー

『神の到来。それこそが私が追い求めていたものだ』

『クッソ下らねぇ理由で俺たちを裏切った訳かよ……バルバロッサぁぁ!!!』

映るのは大山でのバルバロッサとの戦闘。
3体の伝説のポケモンを操る嘗ての仲間を、親をその手で下す場面。

そして映像は更に切り替わる。

赤い龍との出会い。
メガストーン集め。
解散令状を携えた過激な思想を持った議員。
その戦闘。

ゼロットとの戦い。
崩れてゆく大学のサークルの平和。
アルマゲドンとの戦闘。
そして、最後の決戦。
"彼"の敗北。

去年までに起こった記憶、そして記録。
それは、あまりにも鮮明だった。
その記憶の旅は、ついこの前に発生したデッドラインの鍵の死で幕を閉じる。

「待……て……」

倉敷は驚きの表情でうつつへと戻る。

「何故だ……?何故、無かったんだ?」

見るべきでない記憶のみが残り、有るべき記憶が無い。

「お前の記憶に……ッッ!!何で財産に関するものが一切存在しないんだ!!」

倉敷は叫ぶ。
同じく、現世へ舞い戻った高野洋平は頭を手で抑えながら、よくも見たなと言いたげな忌々しい目付きで2人を睨む。

「答えろジェノサイド!……いや、デッドラインッッ!お前は……金を何処に隠した!?その記憶を何処に隠したんだ!!」

「そんなモン……ハナからねぇよ……」

ひたりと。
高野はゆっくりと足を踏みしめながら2人の元へ歩む。
その顔は、記憶の中で見た"あの時の"ものと同じだ。

「俺の知らないところで……俺の見ていないところで組織ジェノサイドの財産が移動した……。議員を勤められる頭の良い人間が……どうしてそんな答えを導けない?」

「クッッソッッ!!」

こうなれば力づくで。
あの日彼を苦しめたゴルーグとエレキブルで再び押さえ込んでやろうとボールを取り出したその時。

一直線上に現れた毒針が、彼を、倉敷の体を突き刺した。

「なっ……?片、平……?」

「倉敷。悪いが君の身柄を拘束させてもらうよ?一般人を手にかけた容疑だ」

スピアーを従えた片平光曜。
そんな彼が、遅すぎるタイミングで現れては無法者を捕らえにやって来る。

「倉敷。お前の話はそこの女性から聞いている。ご同行願うよ?今から君は議長の前で証言をしてもらう。方法は……先程のムシャーナの力を使うのがいいかな?自分の首を絞めるとは正にこういう事か」

呑気な口調のまま、片平は煙草に火を付ける。
その目はメイを、そして大きな告白をした高野を横目に見つめて。

「……まぁいい。君には色々と言いたい事が……感謝したい事でいっぱいだが、それ所じゃなくてな。とりあえずは、ちえみを殺したコイツをどうにかするのが先だ。おっ、そうだ。過去に学ぶのが主義だ。君と同じ轍を踏もうとはこれっぽっちも思っちゃいないよ」

「礼なんか誰が受けるかよ……」

すれ違いざまに高野は吐き捨てる。
片平と倉敷の姿が見えなくなったのを確認すると、高野は大きく息を吐いた。

「よりによって……お前に見られるなんてな」

「貴方が強く抱いた信念……。すべて"その子"の為だったのね?」

「いや、結局は自分の為だ。無実の人間を殺した罪は一生消えない。俺は死ぬまでコレを背負う。その中で……俺は決して表と裏の世界を混同させない。表の人間は表の世界で。裏の人間は裏の世界で。キッチリと分けられるよう深部を生きる。そう決めたんだ」

「だから、貴方はバルバロッサが裏切った時強く怒ったのね」

今ある世を破壊する。
それは、"彼女"と"彼女の世界"を破壊するに等しかった。

例え闇に生きる事になっても、自らの罪を背負いながらも、光という"彼女"とその世界を守る為に闇の世界で生き続ける。

その為の"すべての脅威ジェノ殲滅サイド"。

これまでの過去、記憶。
その1つひとつを噛み締めて、彼は。

ジェノサイドは、デッドラインは。

高野洋平は、現在いまを生き続けると決めた。

すべては過去の罪の為。そして、"彼女"の未来の為に。

ーーー

目的を失い、会場へと戻ろうとした彼と彼女は見た。

一際大きな星が瞬いたのを。
その瞬間、空が、空間が震えたのを。
空の色が塗り替えられたのを。

それは、一瞬だった。

空は突如として、"かつて見た空色"を高野に、メイに、地上に座すすべての人間に見せつけてゆく。

「あれは……?そんな、まさか……」

高野は絶句した。
それはまさに、いつか見た物と同じであったからだ。

「空が……金色に輝いている……!?」

嘗ての敵が見せた芸当。
天国の再現。

現実の物理法則では有り得ない現象が、再び、その目の前で起こっていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.421 )
日時: 2019/11/17 12:51
名前: ガオケレナ (ID: TaHLTR3K)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


世界は1度、崩壊する直前にあった。
こう話して、信じる者がどれ程居るだろうか。
少なくとも、その場に居た当事者のみが容易く頷くことだろう。

だが、今回は違う。

「えっ……なぁに?あれ」

「すごーい!きれーい!!」

「うおっ!凄い晴れ方してやがる!」

「なんか星見えてね?」

観測者の数が桁違いだった。

それだけではない。

『はーい!皆さん本日もドームシティから中継していま〜す!天気はぁ……晴れ!なのですが……凄いんです!空が黄金色に輝いています!こんなの観たことがありません!!』

それは、ラジオやテレビ、そして動画配信を通して多くの人間へと伝えられてゆく。

その数は何千何百……。計り知れない事だろう。

「一体……何が起きているんだ……?」

呆然と立ち尽くす高野と、その景色を確かにたった今見たばかりのメイ。

お互い、言いたい事が山積みで上手く言えずにいるのもまた確かな事だ。

「この空……さっきのあなたの記憶で観たわ?……何かを、知っているわね?」

「うるせぇ、そんな事は後だ。とにかく……今あそこで何が起きているのか調べる必要がある!」

そう言って高野は走り出す。
本来歩いていた方向、ドームシティへ。

緩い坂を登りきり、会場の敷地内に足を踏み入れた彼が見たのは、荘厳な景色に圧倒され、見つめている多くの人々と、ポケモンを従えて隊列を組むように歩く集団の姿。

その中に。

「お前……は……?」

ーーー

第1段階は成功した。
算出された演算結果に従い、空間に数値を入力。
その結果。

「見てる?お父さん……」

神を崇め、その道に突き進んだ1人の老人。
その子供たち。

「いつか……見たよね?この世界。今度は……アタシ達が、お父さんの夢を叶える番だよ……」

その少女は佇んでいた。
バトルタワーの屋上。ヘリポートの上で。

金色の空と真っ白の星で埋め尽くされた天国を表した空。
人工的に作り上げた、自然現象では決して起きない不気味な空をただ眺めていた。

だが、ここで彼女の仕事は終わりではない。
"計画"に則って、彼女の数値を入力する作業の手はまだ、止まらない。

ーーー

「おい!何やってんだよ!!レンとはまだ連絡付かないのかよ!!」

「やってるよ!でも、回線がパンクしてて中々繋がらないんだよ!」

香流慎司と岡田翔は狼狽していた。
今繰り広げられている世界は、2人にとっても必ずしも無関係ではなかったからだ。

「これ……綺麗だけど、前にも見た事なかったっけ?」

「ほら!あれだよ!レンが……」

自分たちの背景と化している高畠と石井がそんな事を話している。
どうやら、彼らの中でも記憶の中に留めてある断片程度にはなっているようだ。

「絶対何かが起きているはずだ!早くレンに知らせないと……っ!」

香流は必死な思いで何度も何度も通話ボタンを押しては消し、押しては消しを繰り返して遂には繋がった。

ーーー

「これは……香流か?」

高野は突然鳴り響いたスマホを片手に首を傾げた。
こんな状況に何なんだ、と。

「もしもし?お前……」

『レン!!今何処にいるんだ!?大変な事になっているんだ!』

「なら大丈夫だ。俺もその場に居る……」

高野は異常までに光る空を、バトルタワーを睨む。

『これって前にもあったよね!?何か知っていたりする!?』

「いや、俺は何も……つかお前今どこよ?」

高野は念の為に辺りを見てみるも、そこに彼らの姿は無い。
冷たくも熱くもない風を頬に受けて高野は顔をしかめながら。

『ドームから出たところだよ……人の流れが凄すぎて中々動けないんだ!』

そこで高野は通話を切った。
それだけ知っていれば、後は無駄に長話する必要はない。

目の前にいる"おそらくどこかで見たような顔"をした人間と接触し、状況次第では香流たちと合流する。

彼の中での行動パターンが作られていく。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.422 )
日時: 2019/11/24 09:06
名前: ガオケレナ (ID: tDifp7KY)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


テルは改めて、空を見た。
いつか大山で見た、天国を模した空。

それにそっくりである。
湧き上がる思い、感情をとにかく押し潰して我慢し、今自分が置かれている状況とこれからの計画を頭の中で再構築していく。

(レミがやりやがった……。と、なると俺の役割は此処で……"時間"まで邪魔が入らない為の足止め……)

黒く、わざと鋭く尖らせたような髪型をした褐色肌の男。

アルマゲドンのテル。

彼は今、仲間を引き連れてドームシティの入口付近にて佇んでいた。

まさか本当に上手く行くとは思わなかった。

元々怪しいデータであったのに加え、下準備が地味で小難しく、更に時間を要した。

これで上手く行きませんでしたとなるとその場限りの大いなる怒りが湧くものであったが、結果はいい意味で裏切られたといえる。

「まさか……本当に演算結果でこうなっちまうんだな……」

「テルさん。自分たちは何を?本当にこのままこの場に居るだけでよろしいので?」

伝達が上手く行き渡っていなかったらしい仲間の1人がそう尋ねてきた。
懐かしさに浸っていたテルは水を差された事でしかめっ面をしながらその仲間を見る。

「あそこ。あのテッペンにレミがいる。お父さんの夢見たこの空が見えた、という事はレミが上手くやれたという事だ。俺たちに求められている作戦内の動きはなんだ?ズバリ、敵の排除と足止めだ」

「で、ですが……こんな状況を理解出来る者など居ないのでは?」

「その通り。ほとんどはな。だが……」

言いかけたその瞬間と。

攻撃を仕掛けた瞬間が。

偶然にも交差した。

テルが見たのは、赤と黒で染まった光線。
それを掌に圧縮して今すぐにも放とうとしていたゾロアークが、眼前にも駆けてきたその刻だった。

「テメェみたいなのがいちいち沸いてくるんだよなぁ!!」

テルは叫ぶ。
そしてボールを地面に叩きつけるように投げ、出てきたポケモンに命令する。

「グレイシア、'ミラーコート'っ!!」

グレイシアの身にまとった薄い膜のようなベールが、その特殊技を防ぎ、跳ね返す。

「見たことあるぞ、その顔……」

「それは俺とて同じだ。また何か企んでやがるな?テメェら……」

高野洋平とテル。
互いに顔が割れ、命のやり取りを何度も繰り返してきた猛者が再び邂逅する。

ーーー

「これは……?」

本選中のブロック内対戦が滞りなく進み、名勝負の数々が生まれたということでバトルとバトルの休憩時間中に、これまでのダイジェストを大きなモニターに流しながら暑さを逃れて日陰で飲み物を飲んでいた実況のリッキーは見た。

その空の有り様を。

即座にマイクを切り替えた。
ラジオのスタジオへ。

「リッキーです。今のお天気は流したでしょうか?」

まだその声は公共の電波には送らない。
あくまでも、現地からの報告、そして状況確認だ。

同じ局の天気予報士から返事が来た。
たった今NOW ON AIRのDJが伝えていると。

「一体……何が起きているんだ……?」

念の為にリッキーは大会運営事務局に一報を入れた。
このまま大会は続行するか、一旦中止にするのかを。

ーーー

「すべて話してもらおうか。アルマゲドン……。お前たちは何を企み、何を行っているのかをな」

「その顔、その声……。やっぱりお前はジェノサイドだな?あの後どさくさに紛れて行方不明になっていたみたいだが、まさか此処に居たなんてなぁ。ワイシャツに黒のズボン、そして眼鏡……。随分とイメージが変わっているが?」

一向に本題に入ろうとしないテルに、高野は舌打ちをする。ゾロアークを動かそうと手を振ろうとしたが後ろにいるメイの「待って」に動きが止まった。

「いつか見たよなぁ。この空……」

テルは見上げながら口元を緩める。我慢していた感情が溢れる一歩手前だ。

「なぁ、ジェノサイド。この空は一体何を意味していると思う?」

「前置きなんていらねぇんだよ。お前は今すぐ事実だけを言えばそれでいい」

「いや、事実を話すにはこんな前置きが必要なんだ。お父さんの夢が叶う……まさにその日なんだからな?」

その言葉を聴いて高野は瞬きした。
気になった単語を彼は繰り返す。

「お父さん……?お前らの……?バルバロッサの事か!?じゃあこの異変はやっぱりお前らが原因なんだな!?」

「異変なんて言うな。これは、不完全で悪に染まったこの世界を光で満たす、完全な世界に生まれ変わらせるための反動……余震みたいなものだ」

高野は知っている。
嘗ての仲間であり、敵であったバルバロッサが何を考えていたのかを。
何を抱き、心の支えにしていたのかを。

「また神の到来だとか、神世界だとか言って荒し回るだけのテロか。それに何の意味がある?」

「言い分や行為を正当化しようとして宗教とか正義を持ち出そうとするような奴らと一緒にするな!俺は……俺たちは真の意味で新しい世界を作るだけだ!!」

テルは激怒した。
彼らの想い。宗教観、哲学観。
それらに無知であるが故に蔑ろにするような言葉。
高野洋平の上辺だけしか知らないような軽んじるその発言に怒りを発せずにはいられなかった。

「何も知らないお前が……世界で何が起こっているのかを全く知らないお前が……知ったような口聞くなっ!」

「だからってその行動が許されると思っているのか?お前たちは」

「許されるんじゃない。俺たちが許すんだ」

彼が何を言いたいのか全く理解出来ずにいる高野は、ゾロアークを呼んで立ち塞がっているだけのテルの仲間の1人2人を'ふいうち'で倒してゆく。

「お前の難解な言葉を聞いているより、こうした方が早い」

「堪え性の無い男だなぁ……?素直に言えよ。俺が邪魔だと」

ピリピリとした触感が全身を包む。
火花が散り、今にも衝突が起きてもおかしくない空気。
戦いの予感を高野は、テルは、メイは悟った。

「お前と戦ったとして、お前は話すのか?一体どんなポケモンを使ってこんな事をした?」

「分かってんじゃねぇか……俺が本当の事を言うとも限らねぇしなぁ?」

テルは既に出ているグレイシアを前に、つられて高野もゾロアークをそのままの姿で戦場に送る。
2人のトレーナーの放つ戦意がそれぞれのポケモンにも呼応するかのように。

「また3体の伝説のポケモンか?写し鏡も無いのに、どうやってトルネロスとボルトロスとランドロスを用意したんだ?」

「ふはっ……。お前、全然分かってねぇのな?考え方が古すぎる。もう時代はデジタルなんだぜぇ?」

悪意のある笑みを浮かべるその様は、時代に取り残された年寄りを嘲るようだった。
同じ時代、これから大きなうねりが来るであろう時代を生きる同じくらいの歳の人を見るような目付きでないのだけは明らかで、自分とは違う考えを持っているという事だけは高野も薄々感じたようだった。

「コイツは今までのやり方とは全然違う。前回、お前に邪魔された時。あの時は、ポケモンの潜在能力を使って現したものだったが、今はそんな手間は要らない。他の方法を見出したのさ」

「その、他の方法って何だよ?」

「AKS」

「……はぁ?」

「聞いた事ないか?スーパーコンピュータAKS。コイツの力ってワケさ」

すると突然、ゾロアークが'かえんほうしゃ'を吐いた。
一直線に向かう単純な戦略に、テルもグレイシアも容易に避けることが出来る、正に無意味な手の内。
その炎はグレイシアとテルの横を過ぎるように進み、虚空へと消えてゆく。

「そろそろキレていい?」

「ホンットに我慢ってのが出来ねぇのなジェノサイド!!……だったらいいさ、俺も面白くなってきた。バトルしながらお話でもしようぜ?」

グレイシアが走り、ゾロアークも迎え撃たんと進む。
グレイシアの口から'れいとうビーム'が、ゾロアークも負けじと'かえんほうしゃ'を互いに放ち、炸裂。
白い煙が2人を包みだした。

「結果、俺たちは真理を見出した。この世の在り方やポケモンの存在そのものまでも。……だからこそ、俺たちやお父さんの意思がより強くなった」

「言い方を変えよう。いつまでも調子良く話が出来ると思わない事だな」

「脅しか?ジェノサイドらしいな。……まぁいい加減この場にいる当事者として少しカラクリを教えてやろうか」

気持ちを改めた意味なのか、テルは土の上で座った訳でもないのに、腰部分をパンパンと手で払う仕草をする。

「お前さ、"2045年問題"って聞いたことあるかな?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.423 )
日時: 2019/11/24 12:35
名前: ガオケレナ (ID: tDifp7KY)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


特殊技が悉く跳ね返される。
不毛なバトルを感じた高野はゾロアークを引っ込めてゴウカザルを呼び出す。
それはテルにも読めていたようで、同様にグレイシアをオスのニャオニクスへと交換させた。
その手に"ひかるねんど"を握りながら。

「また厄介なポケモンを……」

「時間はあるんだ、楽しめよ……?'リフレクター'だ」

"いたずらごころ"の影響で先制技となったその技はバトルフィールドと化した空間内を区切るような壁を展開し、特にテルとニャオニクスの前面に厚い盾を形成する。

「ゴウカザル、'じしん'」

即座に大地を大きく揺らす技を放つものの、ニャオニクスは姿勢を崩され四つん這いになるも、その時だけだ。
つまり、ダメージは全く入らない。

「2045年だと?今はまだ2015年なんだがな」

「ワザと言ってんのか?だとしてもつまんねぇぞジェノサイド。文字にしても面白くない」

「今……2045年問題と言ったわね?聞いた事があるわ、それ……」

その声は後ろに控えているメイだ。

「人間がコンピュータに置き換えられるとか、そういうのよね?」

目の前の彼とは違って話が分かる人が居たということに気分が高鳴る。
テルは自分だけが知っている話を言いたくてしょうがなかった。

「いいね……そこのレディは分かっているようだ。だが惜しい。正式にはコンピュータではなく人工知能だ」

「人工知能だぁ?それとこの空に何の関係があるんだよ」

ゴウカザルはニャオニクスの'サイコキネシス'を受ける。
宙に浮かされ、念波で体を押し潰されるような不可思議な力を受け、そして地面へと叩き落とされる。

だが、ニャオニクスの貧弱な攻撃面でもってしても、さすがのゴウカザルを倒す事は出来なかった。
とはいえ、"きあいのタスキ"を持っていたので当然といえば当然なのだが。

「そろそろかな……じきにシンギュラリティを起こすに足りる存在が現れる……。お前たちは正にっ!!神の降臨を目撃する事になるのさ!!」

ーーー

「んん??」

香流は見た。気がした。
まともに歩けるスペースも無い中、明るく綺麗な空を見上げながら歩いていた時のこと。

空が、空間が震えた気がした。

「どうかしたか?香流ぇー」

隣を歩く吉川だ。
前を進めずにいるせいか、煙草が吸えないせいか少しイライラしているようだった。
その声のトーンがとても分かりやすい。

「いや……今、空が」

「空ぁ?相変わらず変な天気してるだけじゃねぇか」

「これは天気じゃないよ!前にレンが言っていたじゃないか!ポケモンの力でおかしくなったって。これは前と同じ……。多分これも、ポケモンだ。それで今……空が揺れているように見えた気がしたんだ」

例えるなら震度0。
確かに起きてはいるが人間が感知出来ない小さなゆらぎ。
それが空の中で波を起こすように星が輝き、そして徐々に徐々にその揺れは強くなっていく。

「ほら!また起きた!」

まるで流れ星でも見つけたかのような声と指の差し具合でアピールをするも、吉川や高畠が見上げた時には波はもう消えていた。

ーーー

「イマイチ読めねぇな……2045年に起こりうる事をそっくりそのまま再現するのがお前たちの目的か?そんな未来を綺麗に作れるものなのか?」

「分かってねぇなら黙って眺めているがいいさ!所詮破壊する事しか出来ねぇジェノサイドには無縁の話さ!」

「人類が人工知能に置き換えられるという事はお前たちの最終目的は人類を支配出来るほどの人工知能か!?それがお前たちの言う神か!」

「無駄に深読みできるってのも才能の無駄遣いってヤツだよなぁ?そんなモンはチラシの裏にでも書いてろ」

ニャオニクスは追い打ちを与えるが如く'ひかりのかべ'を展開していく。
今、彼の前には赤と青の淡い色をした壁が立ち塞がった。

「簡単な話さ。本来であればあと30年待たなければならない事を今日までに短縮させるってだけさ」

「あなたたちはシンギュラリティを起こしたとして、その先に何があるのか分かっているのかしら?人工知能がヒトを支配するとは限らないのよ?」

ヒトを超える存在がヒトの考えうる事を成し遂げる筈がない。
この手の問題によく見られる批判、反論だ。

だが、テルはニヤニヤしながら首を横に振る。

「40点。落単だよレディ。何と言うか2人とも何も分かっていない。シンギュラリティを起こす事こそが目的なんじゃない。シンギュラリティを起こす存在に意味を見出しているだけだ」

「起こす存在?そんな高度な人工知能があると言うのかよ?それこそ2045年まで待たなければならねぇじゃねぇか」

「お前も落単だジェノサイド」

高野のゴウカザルが倒れた。
次に使うはメガストーンを手にしたヤミラミだ。
"いたずらごころ"の恩恵を受ける間もなく直後にメガシンカをさせる。

「既に存在しているんだよ……お前にはピンと来ないだろうけどな……?強いAIの代替となる存在がなぁ?」

「まさか……ポケモン!?」

メイは驚いているようだったが、本気かどうかまでは分からない。
彼女は感情を隠す事に長けている。

「シンギュラリティを起こした後に"あるポケモン"を降臨させる演算をコンピュータに施した。いいか?俺たちの目的は今日この日に2045年を到来させる事でも、人類を支配する程のAIを持ち出す事でもない。その先に起こる……新たな世界の創成だ。それを可能にできる程のポケモン。それを出現させる事」

「まさか……アルセウス……?あなた達はアルセウスを……世界を創るというポケモンの中の神話の記述を……」

「少し違う。初めに言っただろうがよ?完全な世界に創ると。だが鋭いな。アルセウスの部分は正解だ」

空が震える。
星が不可解な輝きを魅せる。
それは最早人の目でもはっきりと映るほどに。

テルは1つ戦い方を誤った。
マイナー故にその特性を知らずにいたメガヤミラミに対し、'あくび'を打ってしまう。
その結果、跳ね返された'あくび'がニャオニクスに移り、交代を余儀なくされる。

再びグレイシアが舞い戻った。

「どうやら時間だ……そろそろ現れるぞ。神が。刮目することだ!お前たちは今日、奇跡を視るのだからな!!」

テルは両腕を広げ、空の広さを、スケールの広さをその身をもって知らしめようとする。
背景の星空が映えているようだった。

そして、その時。
高野は見た。

1つの星が一際明るく輝いたかと思うと、それはゆっくりと地上に迫るかのように大きくなっていくのを。

少しづつ、ポケモンの形を造りながら。

時間が、終わりが、確実に迫っていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.424 )
日時: 2019/11/24 16:09
名前: ガオケレナ (ID: tDifp7KY)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


それは、まるで流星だった。

遥か上空から舞い降りた1つの星は大きなスピードに乗りながら地上へ降りてゆく。

「降りてくる」と分かった時には、もうその形は星を思わせる楕円形から、ポケモンに詳しい者ならば絶対に分かるはずのシルエットへと変化していた。

「なっ……?あれは、まさかっ!!」

メイが言いかけたと同時。
そのポケモンは衝撃波を伴って地表へ衝突した。

場所はドームシティの敷地内だが辺りに何も無い地点。
緑地の名残として木々が生い茂るだけの、ドームからも、立ち並ぶ飲食店とも離れたその場所で。

神と呼ばれしポケモン。

空間を司るとまで云われた大いなるポケモン。

パルキアが、その姿を現した。

「な……何なんだよあれは!?」

隕石落下のニュースと比較して、落ちた際の衝撃波が小さすぎる事に違和感を感じていた。
それは、大きな風が吹いた程度のものでしかなかったからだ。

高野はそのように叫び、パルキアが地上に立ち蠢いている姿をその目に焼き付ける。

「俺たちは世界の破壊が目的ではないからな。あんな風に落ちてこられて自分たちにも被害が及んだら本末転倒だ。だから、'まもる'を覚えさせておいた」

言われてみれば、パルキアはベールを纏いながら落ちてきたようにも見えたが、問題はそこではない。

「んな事はどうだっていいんだよ!!大山の時もそうだったが……お前らはどうして毎度毎度呼び出せないはずの伝説のポケモンを操る事が出来るんだ!」

「操る事が出来ない……即ちデータに伝説のポケモンのそれが無いとするならばこちらから入力すればいいだけの事じゃないか?言っただろ?これは演算結果だと。まだ分からねぇって顔しているなぁ?」

'シャドーボール'を打つと見せかけてヤミラミは'イカサマ'で不意打ち紛いの拳の攻撃をグレイシアに見舞った。
そのため、グレイシアの'ミラーコート'は不発に終わる。

「ポケモンの正体。今この世に存在するポケモンの真の姿。それはな……。量子コンピュータによって生み出された人工知能だ」

ーーー

やけに店内が騒がしくなった。
吉岡桔梗は、3人で行動する際の行きつけのファストフード店で昼食代わりのハンバーガーを食べ終えたその時、やたらとうるさくなっている事に気が付いた。

東堂煌はゴミを捨てに行き、相沢優梨香はトイレに行っているため、席に居るのは彼1人だ。
そのため、何やら外で起きているらしい騒ぎが何なのかよく分からない。

「おう、相沢が戻ってきたら店出ようぜ」

東堂が戻って来る。
自分もゴミを捨てようかと席から立ち上がる。

「なぁ〜、東堂。なんか騒がしいと思わないか?」

「あ〜?まぁうるせぇっちゃうるせぇが、どーせ馬鹿騒ぎしたいだけの奴らだろ。あっ、ほら相沢戻ってきたし早く出よーぜ」

「あっ!!ちょっと待ってってば〜!」

相沢と東堂が吉岡を置いて先に行こうとしていたので、駆け足気味に事を済ませると3人横に並んで店を出る。

涼しげな顔をした3人が見たものは、

「うっわなんだアレ!!」

「ポケモンだよポケモン!伝説のポケモンじゃない?」

やけに空を見て騒いでいる人だかりであった。

「伝説のポケモン?」

東堂が真面目に2人に尋ねた。

「そんなモンって確か使えないハズだったよな?」

「そのはずだけれど……」

周囲の人間が見上げている方向へ、3人も振り返りつつ眺めてみる。

そこには、大空を悠々と翔ぶポケモン、パルキアの姿が、

「えええええぇぇぇぇぇーーーー!!!?」

信じられないモノを見てしまった時の絶叫がこだました。

ーーー

「なん……だって……?」

高野洋平は震えた。
その真実に。今まで全く分からなかった問題の答えを突然突き付けられたことに。

確かに今まで、組織ジェノサイドに居た頃はよく仲間と論争をしたものだった。
ポケモンはデータの塊か、生き物かについてと。

そんな哲学にも倫理にも関わる問題に対し、この男は平然と答えを告げた。
それは、あまりにも残酷で信じ難く、そして生々しく。

「ポケモンが……人工知能だと?だって待てよ……。ポケモンには命が、血が通っているじゃねぇか!」

「確かにお前の言う通り、ポケモンは命と密接に繋がっている。胸の辺りに耳を近づけてみれば心音が聴こえるし、時には食べ物も欲する。そこらの生き物と何ら変わりはない。ただ、強いってだけのな。だが、それを"込み"でコンピュータから生み出したに過ぎないんだよ。何故だか教えてやろうか?そのコンピュータの生みの親がお父さんと知り合いだったからだ」

確かにおかしいとは思っていた。
ゲームと連動しただけで何故ポケモンが姿を現せられるのか。
モンスターボールは何処から出てきたのか。

「何も無い空間にデータを打ち込んでいるのさ。だからモンスターボールもゲームから無事に反映されている。スーパーコンピュータを超える量子コンピュータAKS。これがこの世のことわりだ」

「じゃあ……あなたたちは……。その、コンピュータの製作者と同じような作業でパルキアを呼び出したって事?」

メイも同様に震えていた。
あまりにも続く現実離れした光景は、精神が強いはずの彼女を戦かせるには十分だった。

「そういう事だ。そして、俺たちが打ち込んだポケモンは何もパルキアだけじゃない……」

言ったそばで異変は既に起きていた。

何も無い空間。
漂うものが何も無い空が突然、真っ二つに引き裂かれた。
別次元から来たとしか思えないそれも、パルキア同様に地上へと落ちてくる。

「あれは……ディアルガだとっ!?」

「さぁ顕現した……あとは時を待つのみ!!この日この世界は……新たに生まれ変わる!!」

神と呼ばれし時を司ると云われた伝説のポケモン、ディアルガ。

そのポケモンは再び空へと翔んで行くとパルキアと対峙する。
互いが互いを見つめ合い、暫くの間静まり返る。

だが、平穏を破るかの如く。

2柱のポケモンは突如大きく叫び出した。

「何よ!?今のは……?」

メイは耳を押えながらポケモンを見つめる。
その瞬間、体が少し重くなるのを彼女は直感で感じた。

「えっ?これは?」

「合図だ。これから神によるシンギュラリティが始まる……。今まで概念上の存在でしか無かった時間と空間が3次元において発現するようになったんだ!!これで……このポケモンが存在するただそれだけの理由で……本来30年掛かる作業があと4時間で完了する!!全人類の夢が……俺やお父さんの夢が叶うその時が遂に来たんだ!!」

高野は歯噛みした。
自分の思っている以上に敵は高度な力を持っていた事。
自分はひたすらにバトルする事しか出来ないこと。
そして、そのバトルが単なる時間稼ぎでしかない事に気付いたことに。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.425 )
日時: 2019/11/27 12:57
名前: ガオケレナ (ID: UQpTapvN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


グレイシアは倒れた。
ヤミラミは'おにび'と'イカサマ'を連発し、こちらが受けた攻撃の分は'じこさいせい'で回復することでジワジワと攻撃を与えた。
だが、嬉しい結果ではない。

相手の望み通りの、時間を要したバトルとなっていたからだ。

「時間とはなんだ?空間とはなんだ?お前はそれを説明出来るか?存在を証明出来るか?」

手持ちのポケモンが1体倒れたというのに、テルは役目を全うしているが為に満足気に叫ぶ。
と、同時にハッサムを繰り出した。

「1つ目の答えは、"時間とは記録であり記憶"であるという事。"空間とは隔たりの認識"であるという事。2つ目の答えは不可だ。これらに実体は無い。故に構造が説明出来ない。そんな構造の変化をお前は説明出来るか?出来ないだろう?」

けどな、と一旦間を置いてテルは空を見る。
そこには、2柱の神がいる。

「時間を司るポケモンと空間を司るポケモン。この2体のポケモンが姿かたちを伴って現れた事でこの世界……この次元はより高度になる。そうする事で……」

「特異点に行き着く……と、言う事ね?加速させるだけで良かったって訳?」

「その通り。それは第2段階。今の状態だな。あとは時間まで……あと4時間待てばいい」

ハッサムは登場と同時に拳を固め、殴る。
'バレットパンチ'だ。

だが、ヤミラミは倒れない。
上昇した防御の前では気にも留めないダメージだ。
高野は'おにび'を指示する。

しかし。

ぽすっ、と。

妖しい炎の揺らめきはハッサムの真隣で落ちて消えた。

「何処を狙っているんだ!?ジェノサイド」

「クソっ……黙ってろ!!」

高野はヤミラミをボールに戻し、ゾロアークを出す。

「馬鹿がっ!」

テルは見逃さなかった。
本来ゾロアークが持っているはずの道具、"きあいのタスキ"は既にゴウカザルが所持していた事を。
即ち、今のゾロアークの手持ちはタスキでは無いことを。

「タスキの無いゾロアークに怖いモンなんてねぇ!さっさと倒れなぁ!!ハッサム、'バレットパンチ'っ!」

ハッサムは再び鋼の拳をもってゾロアークを殴り飛ばす。
"テクニシャン"も相まった威力がゾロアークに乗っかる。
耐久が無に等しいゾロアークは。

「まだだ!'カウンター'!!」

ギリギリ耐えたゾロアークは裏拳を放つ。
確定2発の技を倍加して打てばどうなるか。

「なっ……耐えた、だとっ!?」

殴り飛ばされたハッサムは。
逆に地に伏せられてしまう。

「もうお前に時間を割くつもりはねぇ……さっさと退け」

「仮に俺が消えたとして……お前に何ができる?物理的にあのポケモンらを倒す気か?無理だろうな!」

テルは思い出す。
時間稼ぎはまだ出来ると。
残ったポケモン、ニャオニクスで再び壁を造ればまだまだ足止めは出来ると。

この戦いに勝ち負けは無意味だ。
この時点で作戦は上手くいっているのだから。
薄く笑みを浮かべながらテルは最後のポケモン、ニャオニクスを放つ。

遠慮はいらない。
テルは即座に'ひかりのかべ'を拡げた。

「チッ……クッソうぜぇ……」

高野は無意識に舌打ちをする。

突然、何処からか別の人間の叫び声が上がった。
そちらへ反射的に振り向く。

「テメェェェ!!何やってんだジェノサイドォォ!!!」

見ると、ルークがニンフィアの'ハイパーボイス'とクチートの'じゃれつく'でテルの仲間を1度に数人まとめて吹き飛ばしていた所だった。
その後ろには彼の仲間、モルトや雨宮といった面々や、組織ジェノサイドの頃から居た構成員の何人かが見受けられる。

「お前……ルーク?さっきまで何処に?」

「それはこっちの台詞だクソジェノサイド!この状況を説明しやがれ……っ!そんな雑魚相手に何手間取ってやがんだ」

「しょうがねぇだろ……奴の作戦に引っ掛かっちまったよ……」

「ありゃりゃー……仲間が来ちゃったか。ってか仲間なんて居たのか?ジェノサイド」

テルは軽くため息を吐く。
ダメ押しにとニャオニクスは'あくび'をした。

「もうお前には付き合ってられるか……」

高野とシンクロするが如く、ゾロアークは湧き出る感情を1点に集中しながら両腕からオーラが立ち始めた。

「ゾロアーク……一気に吹きとばせっ!フルパワーで'ナイトバースト'!!」

ゾロアークも獣の遠吠えを上げながら腕を、オーラを纏ったそれを大地に叩きつける。

それは、暴走する列車のように。
視たが最後。
避ける暇も与えること無く。

周囲に、周りにあるモノすべてを、無にせんと吹き飛ばす。
有り余ったその力を、ゾロアークは天へと掲げた。

赤と黒の破壊光線は空へと、広大な光に向かって放たれる。
まるで天に、大いなる力に反抗するかのように。

ーーー

「おい!香流、あれ見ろ!」

一瞬ボーッとしていた香流は吉川のその声によって意識が戻った。

彼の指し示す方向には。

「あれは……レン!?」

見慣れた赤黒い'ナイトバースト'の光が天へと伸びていたその光景だった。

「まだレンとは決まった訳じゃねぇが……可能性としては有り得るよな?」

「そう言えばレンは……自分の居場所を教えてくれなかった。こっちの場所を伝えた途端通話が切れたから……」

「急いでいるか、戦いに巻き込まれたかのどちらかだろうよ?後者だとしたら尚更可能性が高い!」

吉川は先に動く。
目の前に集う人混みなど構うもんかと邪魔な人間に対して突進をかます。
直後に怒号や困惑の声が広がるが、それの相手をいちいちすること無く彼は突き進んでいった。

香流も彼の後ろをついて走る。
と、自分より後ろを歩いていた高畠らが、

「ちょ……吉川っ!香流ぇー。何処に行くのよ?」

「ごめん高畠。ちょっとレンに会ってくる!!」

と、言って香流も手当り次第に体当たりして道を作りながら高野が居るであろう目的地まで突っ走る。

「ごめん、オレも行くわ」

そう言って岡田も後をついて行った。

ーーー

技は急所に当たった。
目の前の障壁となっていたニャオニクスは倒れ、戦いは決した。

「お前の不毛なバトルには付き合ってらんねぇ……首謀者は何処だ。言え」

「言ったところで止まらねぇよ……」

テルを含め、アルマゲドンの面々は全員が'ナイトバースト'に巻き込まれ散り散りとなる。
それは彼の仲間も同様にであるが。

「言ったろ……?これは、次元の高度化だと。ディアルガと、パルキアが現れた時点でもう……俺たちには止める事が出来ねぇんだよ……」

どうにも出来ない腹いせに高野は立ち上がったばかりのテルを突き飛ばす。
そんな彼のもとに、文句や愚痴を言いながら仲間が集まって来た。

「俺たちを巻き込むか?普通」

「あー痛てぇわぁー。コレ頭打ったなー。後で治療費請求するしかねぇわぁー」

「あー……その、悪かった……お前ら」

言って、高野は転んでいたメイを立たせる為に手を貸した。
メイはその手を握ってよろよろと立ち上がる。

「どうするの?手はあるの?」

「ある訳ねぇだろ……俺たちにどうしろってんだよ?」

高野は改めて空を、2体のポケモンを眺めた。
ディアルガとパルキアが吠える。

テレパシーで地上からの悪意や敵意を感じたのか、時折そちらに向かって攻撃も始めてきた。

パルキアは腕から刃のような光を、
ディアルガは翼を膨張させて力を漲らせ、口から光線を放つ。

それぞれ、'あくうせつだん'と'ときのほうこう'だ。

飛行機が墜落したような、爆弾が着火したかのような爆音が響き渡る。

それを、彼らは呆然と眺める事しか出来ずにいた。

「……アレをどうやって止めろと?」

「何処までふざけてやがんだ……コイツら……」

どうにも出来ない脅威。
どうすればいいのかと今更考える余裕も暇も与えずに、大いなる存在は天からの裁きを地上へと堕とす。

そんな最悪のタイミングで。

「おーーい!!レンっっ!!」

「ジェノサイドさぁぁ〜ん。やっと見つけましたぁ〜〜!!」

香流慎司と吉岡桔梗。
2人の場違いな人間が、戦地の中心へとやって来てしまったのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.426 )
日時: 2019/11/27 17:42
名前: ガオケレナ (ID: UQpTapvN)
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「ウッソだろお前ら……」

高野は背筋が凍る思いだった。
砂埃の向こうから、絶対に今は聞いてはいけない声を聞いてしまったからだ。

「どうして……ここに?」

「どうしてってこっちは大会参加者なんだから……会場に居てもおかしくないだろ?」

香流の当然すぎる言葉に、高野は我に戻る。
その目は、あとからやってくる東堂煌と相沢優梨香、そして吉川裕也と岡田翔の姿を確認していた。

「あっ、そっかぁ……」

「とにかくジェノサイドさん!!いや……高野さん。今何が起きているんですか〜!?」

「あれ?そう言えばこの前に……」

香流は隣に居る、どこかで見たような背格好を見て思い出した。
自分の家に来ていた高校生だ。

「この前レンと一緒にいた……」

「あっ、高野さんの友人さんの〜……」

吉岡は軽く頭を下げる。
対する香流はそんな事しなくていいと逆に緊張する思いでそう言う。

「久しぶりだね。元気にしていた?大会では勝ち進んでいるのかな?」

「はい!お陰様で〜……。なんとか!ご無事に残っています!」

「お前らこんな時に何呑気に会話してんだ!!とにかく避難するぞ……場所は、何処か屋内がいいな」

「この状況見て呑気だなァジェノサイド!!」

物理的に、自らの拳でアルマゲドンの人間を倒しながらルークが叫ぶ。
改めて見ると、あらかじめ潜んでいたのだろう、林の中から彼らの仲間が邪魔をさせまいと道を塞ぎつつこちらへポケモンや武器になりそうな道具を持ちながら迫って来ていた。

「もう既に此処はアルマゲドンのヤツらに包囲されていると見てもいいな……。テメェは此処でおトモダチと共にくたばるか、あのポケモンを引き摺り降ろすか、逃げるか今すぐ考えな!!」

最早組織間抗争の"それ"だった。

それぞれの組織の人間が、それぞれの思惑を持って互いが互いを傷付け合っている。
自分の周りで、血で血を洗う戦闘が既に始まっていたのだ。

「お……俺は……」

高野は迷った。
今自分が何をすべきか、最善手が何なのか、候補があり過ぎて上手く答えが出せないでいる。
周りを見回しながら、高野は口を震わせるしか出来ない。

「早く答えろ!!テメェの仲間は……テメェの指示を待ってんだよぉ!!」

見ればルークの他にも、ケンゾウやハヤテ、ミナミにレイジ、リョウやショウヤといったジェノサイド時代の仲間が大勢駆け付けては戦いを始めていた。

抗えない巨大な力と、混乱を極め混沌と化す地上。
そんな、どうしようもない状況で。

高野は。

確実に心を蝕まれていき……。

「大丈夫。安心して」

その腕を、ぐっと握る温もりがあった。

高野はおそるおそるゆっくりとそちらへ顔を向ける。

片方の耳が、大砲でも放たれたかのような轟音を掴みながら。

「メイ……」

「まずは落ち着こう。解決策は……必ずあるはずよ」

ーーー

「これは……っっ!!」

大貫銀次は慌てて工房から飛び出した。
外で大きな物音が、それも物騒な類のものが聴こえたからだ。

大貫の目には確かに映っていた。
決してポケモンに詳しくはない彼であるがゆえに、そのポケモンがどんな存在なのか。なんて名前なのかは分からずとも。

禍々しくも神々しい、絶対的なオーラを放つ2体のポケモンが。

「クソッタレめ!!やけに最近おかしい事ばかり起きていると思ったが……」

彼の工房から人の声が微かに聞こえる。
それは、ラジオから流れていた。

『皆さ〜〜ん!!見て下さい!!桜ヶ丘ドームシティに……物凄いポケモンが出現しています!!この綺麗な空と相まって……素晴らしい演出ですね!』

女性アナウンサーの声は、その災厄とは裏腹に、はしゃいでいるような、元気な、まるで明るいニュースを告げているかのようなテンションであった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.427 )
日時: 2019/11/27 18:36
名前: ガオケレナ (ID: UQpTapvN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平は動き出した。
逃げるように走りながら、その際彼の存在を見つけてやって来た面々の名前を叫んだり、肩を叩きながらすぐ近くの店の裏側に回って隠れた。

彼の後ろをついて回ってきたのは香流と吉川と岡田、稜爛高校の3人とメイだ。

「なんだよ……レン……急に走らせるなよ……」

タバコのせいで最近運動をしだすと息切れが酷くなってきた吉川が苦しそうに呟く。

「お前さっきまで走ってただろが」

「あの〜……高野さん?急にどうしたんですか?」

店の表方面からはルークの、「ジェノサイドォォ!!テメェ何処消えやがった!!」と怒鳴っているのが聞こえたがそんなものは無視しながら高野は、全員の目を見ながら意を決した。

「みんな。俺だけじゃどうしようも無いんだ。こんなザコの為に……力を貸してくれ」

ーーー

バトルドームにて変化があった。

逃げ惑うように、大量の人々がわっと押し寄せて来たからだ。

「えっ?……えっ!?」

やはり、ただ事ではないのを見て取ったリッキーはこれから予定していた試合を運営の答えが来るよりも前に独断で中止させる事を決め、近くのスタッフにそれを伝え、その様を眺めた。

誰も彼もが、怯えたような、強い恐れを抱いているようだった。
中には怪我をしている人までいる。

「一体……何が起きているんだ……?」

何度同じような言葉を呟いたか自分でも分からなくなっていたリッキーは、避難してきた人とたまたま目が合った。

その人は、女性で、助けを求めているような目をしていた。

「リッキーさん!助けて下さい……っ!外でポケモンが……。ディアルガとパルキアが暴れています!どうかこれを……ラジオで……」

「な、なんだって!?」

ーーー

一通りの説明を終えた。
主に、テルから、敵から与えてもらった情報をそのまま彼らに伝えただけの簡単なお仕事だったが。

それぞれが異なる目をしていた。
困惑している者。すべてを受け入れた者。逆に諦めた者。認めなかった者。そもそも理解出来なかった者など。

「分からねぇよ……何が何だか……」

頭を抱えていたのは吉川だ。

「レンの仲間だった人が……育てた奴がコレを引き起こしていて世界を滅ぼす?意味が分かんねーよ……」

深部こっちの話は理解できないかもしれないけれど……恐らく今の話は本当だ。アイツは良くも悪くも正直だから」

「そうじゃなくて!!いっぺんに大量の情報が入ってこられたらキツいんだよ!!何だよ!?世界が終わるって!?何だよ!?ポケモンの正体が人工知能って!!」

「吉川……気持ちは分かるんだが今は……」

「レン……つまりそれは……前にも似たような事が起きたってこと?」

香流は鋭かった。
彼はこの景色を見るのは2度目になるからだ。

半ばパニックに陥り、頭を抱えてしゃがんでいる吉川を、岡田が肩を叩きながら慰めのような言葉をかけていた。
そちらは彼に任せて、香流の言葉に応える。

「あぁ。前の時も……バルバロッサの仕業だった。奴の思想は丸ごと今のアイツらに引き継がれているんだろうな……」

「レン!何か手はあるのか?このままじゃあ本当に……」

「あぁ分かっている。まずは1つ頼みたい。豊川と山背を呼んで欲しいんだ。もし、出来れば石井も。もしも此処に居るのなら……先輩にも。みんなポケモンが使える。もしもの時にと戦いに備えるように伝えて欲しい」

高野の提案に、吉川は顔を上げる。

「この戦いに石井を巻き込むのかよ!」

その実直すぎる叫びは高野の心を突き刺した。
たとえ大学の仲間であったとしても、ポケモンが使えるのならば、自分の代わりに敵と戦って欲しいという彼の本音を揺さぶったのだ。

「そう……だよな。そう、なるな……」

「レン。とにかく連絡だけはするよ。あとは……こっちたちはどうしたらいい?」

ディアルガの'はかいこうせん'がすぐ近くに墜ちた。
本来聞こえたはずの悲鳴は爆発音に掻き消される。

舞散った土埃が顔に付く。
高野はそれを手で軽く払った。

「本当だったら……共に戦ってほしい。敵の数が多すぎる……。俺は今から此処に必ずいる首謀者の元へ行ってコレを止めに行く。その足止めに来る敵を倒して欲しいんだ」

「でも、アレはもう止められないってさっきの人は言っていたわよね?」

メイの放った事実に、苦し紛れの解決策が崩れてゆく。

「じゃあどうしたらいいんだ……」

再び高野の思考は止まった。

そんな緊迫した状況をよそに、そもそも何が起きているのかよく分かっていない東堂は空を、ディアルガとパルキアを見つめていた。

「あー……やっぱカッコいいなぁあのポケモン」

「ちょっとキー君何処を見ているの?」

「いやあのさー。あのポケモン見てたらアレ思い出してさ。いやぁー。あの映画そっくりの姿してるよなぁー」

「あの映画って……?」

相沢は東堂の馬鹿さ加減に呆れながらも、話に付き合う。それは現実逃避に似ていた。

「ほら、ダークライの映画だよ。小学生の頃吉岡と観たっけなぁ。最後のあの曲がカッコよかったんだよ!!ほらーえっと……"オラが春"って名前の……」

「とーうどーう……それを言うなら"オラシオン"だろ〜……」

吉岡が重いため息を吐いた。
こんな状況でも東堂は東堂だと己の仲間の図太さにはただ驚くのみだ。

「オラシオン……?それだっ!!」

高野はたまたま盗み聞きしていた彼らの会話をキッカケとし、俯いていた顔を十分なまでに上げさせた。

人の思考回路とは不思議なものである。
どんな困難な状況でも、少しでもヒントとなるワードが飛び込めば突然加速するドラッグマシンの如く脳が活性化し、留まることなく回り続けるのだから。

今この瞬間がスローモーションしているのではないかと思うぐらい、数多の単語や言葉、発想、そして記憶が生まれては消えを繰り返し、遂にそれは突破口を見出す。

「みんな、1つ……思い付いたんだ。やってみないか!?」

覚悟を持ち直した瞬間。
守るべきものを見つめ直したその男は。

絶対に諦めてはならない事を思い出させた彼は。

高野洋平は、抗う事の出来ない存在へと、戦いを挑む事を決意する。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.428 )
日時: 2019/11/30 18:26
名前: ガオケレナ (ID: UQpTapvN)
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彼らは駆け出した。
それまで建物の裏で隠れるように息を潜めていた彼らだったが、高野の「走れ!」という合図で各々動いてゆく。

高野とメイは仲間達が繰り広げている戦いの中へ、香流と岡田と吉川はそれぞれ友人やサークルの先輩へ連絡をするためその場に留まりながら命を守り、高野について行かんと吉岡と相沢と東堂も混乱の渦へと自ら突っ込んで行った。

突然舞い戻った高野の姿を見てルークは吠える。

「テメェ何処に居やがったっ!!」

そんな事を言っている間にルークのポケモンはアルマゲドンと思しき人間たちを5人いっぺんに技を使って弾く。

「あぁ!?ちょっとした作戦会議だ!そういうお前こそ何でこんな状況って分かったんだよっっ。あまりにも動きにキレがあるんじゃねぇの!?」

もっともこれは、ルークに限った話ではない。
高野は、「どうして事情も知った訳でも無いのにまるで想定していたが如く戦えているのか」と言いたかったのだ。

ルークは鼻で笑ったあと軽快に答えた。

「リーダー気取りのアホ娘の指示だ。あいつ……何も出来ない雑魚だと思っていたが事前に不穏な動きを察知するとはなぁ!!良いリーダーを持って幸せモンだぜ俺はっ!」

恐らくミナミの事を言っているのだろう。
大混戦の群れの中から彼女の声で「うるさいっ!」と聞こえたのでその通りだ。

高野はモンスターボールを2つ取り出し、空へ向かって投げた。

それぞれゾロアークとリザードンだ。

「っつかテメェこそ今更どうした?作戦会議とか抜かしやがってよ。何か突破口でも開いたってのかよ?」

突如としてメガシンカしたメガリザードンYと、それの放った'だいもんじ'を眺めながらルークが高野に尋ねる。

「一応な。今どうなっているのかの説明は後でするから……とにかく今俺は会わなきゃならねぇ人がいる……」

高野はドームへ続く道を真っ直ぐ見つめた。

敵味方入り乱れて思うように進めそうには見えない。
距離は目測でおよそ500メートル。
直線とはいえ一気に駆け抜けるのは不可能だろう。
足を踏み入れれば別の戦いに巻き込まれるか敵に捕まるかのどちらかだからだ。

「だからァ……。そこを……、どけえええぇぇぇぇぇ!!!!」

叫ぶ。

高野が走ったのを合図に、ゾロアークも技を放つ。

実体のある'ナイトバースト'と、実体の無い地割れだ。

それまで目の前の障壁となる人間全員が目で見た訳では無いが、ある者は闇の光線に飲み込まれ、またある者は地響きに恐れて逃げ出した。

一瞬にしてモーセの海割りの如くドームへと通ずる道が完成した。

リザードンとゾロアークが敵を薙ぎ払っている間に高野はとにかく走り続ける。
体力の無さを憂う暇はない。

とにかく、波が戻るまでに走り切る。
それが今彼に課せられた使命だからだ。

「う……うおおおああああああっっっっ!!!」

無意識に心の内からの叫びを放っていた。
それは、昂りすぎている精神を落ち着かせる応急処置でもあり、本来迎えるはずの限界を一時的に超える為の本能的な反応であった。

徐々にドームの扉が近づいてくる。
あと少し。

あと2、3歩踏み出して手を伸ばせば届くという位置で。

上空からの裁きの刃が振り下ろされた。

ーーー

「だーいじょうぶですかーぁ?我が愛しのリィィダァァァ!!!」

「うっさいわバカっ!いいから戦いに集中しなさい!」

おフザケが一切許されない生と死のラインを歩いているミナミは仲間のレイジから毎日必ず言われるであろう言葉を聞いて、つい本気になってしまった。
と、言うのも普段は彼のこの言葉を聞いた時は軽くあしらうか無視していたかのどちらかだったからだ。

「ホンットにアンタってばアホよねぇ?こんな時に戦い以外に集中する事ってあるのかしら?」

ミナミのエルレイドが相手のナットレイを殴り飛ばす。
少しづつだがこちらが押しているかに見えるようだった。

「当っったり前じゃないですか〜〜。私にとって1番大事なのはズバリ!!大会でも戦いでも明日のご飯よりもアナタですよリーダーァァっっ!!」

などと言って興奮のあまりその場でグルグル回っていた白装束の男レイジは敵のチャーレムの'れいとうパンチ'を直に受けて「ぶべら!!」などという間抜けな声を発しつつ余計に回転しながら宙を舞った。

「ほら言わんこっちゃない……」

ついレイジの居る方へ余所見していたミナミはその時、真上の光に気付くことはなかった。

悪寒が走り、見上げた時は遅かった。

ディアルガが今まさに'はかいこうせん'を自分に向かって発射したその時だったからだ。

呼吸が止まり、体も固まる。
死を覚悟した瞬間。

ぐいっ、と胸の辺りに手を回されて思い切り体が引っ張られる。

「……えっ?」

何が起きたのか分からなかったミナミは、自分の声がブレて聴こえたような錯覚を覚えながら、すぐに地べたに放り投げられて痛みを感じながらすべて理解した。

「あっ……雨宮……?」

「しっかりしろよテメェ……。こんな所で死なれたら俺ら全員も生きていけなくなるって事を自覚しやがれ……」

彼女は助かった。
衝突の寸前、真後ろにいた雨宮が自身の腕力ひとつで彼女を引っ張り、救ったのだ。

「助けて……くれたの?ありがとう……。でも、」

今まで喧嘩腰だった彼からすると有り得ない行動。
何か裏があるのではと読めてしまうものの、それよりも気になった事が彼女にはあった。

幼気いたいけな女の子の体を放り投げるってのはどうなの!?足が痛いんですけどー……」

「テメェ助けて貰ってふざけた事抜かすなっっ!!テメェ俺が助けなかったら死んでたんだぞ!?っつーか自分で幼気とか言うな俺はいつまでもテメェの胸に手が当たってたのが嫌だったんだよ!!」

「ちょっ……アンタ、ウチの……」

どすっ、と2人の間に割って入るようにドラピオンが地面に向かって'クロスポイズン'をぶち当てる。
それが功を奏してか(?)2人ともピシャリと口を閉じた。

「ちょっと黙ってよーぜ。おふたりさん♪︎今どんな状況だい?」

ドラピオンの主はモルトであった。
戦いそっちのけで隙だらけの2人に対し怒りの鉄槌を振るう。

ーーー

「ハァ……ハァ……。クソっ、たれが……ッッ」

高野はよろめきながら立ち上がるとゆっくり歩き出した。

頭を打ったせいでほんのちょっと前の記憶が遅れて戻ってくる。

パルキアの'あくうせつだん'に呑まれるその瞬間、自身のゾロアークに蹴飛ばされて射程圏内ギリギリを抜け出したかと思ったのも束の間、大地に穴を開ける程のその技の衝撃波は避けられず、そのまま前へ前へと吹っ飛んだ彼はバトルドームのガラスを生身で突き破ってしまったのだ。

衝撃で吹っ飛んだ際に体が若干丸まったお陰で大した傷にはならなかったが、それでも皮膚の至る所は切れて血が流れ、ワイシャツも所々赤いシミで染まっていた。

「……まぁ、結果オーライっちゃそうなるけどさ……」

高野は目当てのドームの中へ突き進み、人混みを押し退けて前へ前へと歩く。

バトルフィールドに恐らく目当ての人物が居るはずだからだ。

見れば、建物内は人で埋まっていた。
怪我をして医務室に運ばれた者や単に避難している者など、人によって様々だ。

何故かコートに通ずる扉が閉められていた。
高野は立ち塞がっている係員を突き飛ばして勝手に開く。

そこで繰り広げられていた光景は、

バトルの最中でもなければ昼休憩の途中でもなく。

ただひたすらに自分の命を守る為に逃げてきた人々で埋め尽くされていた。

「な……。こんなにも人が居たのかよ……っ!?」

最早そこは輝かしい戦いの舞台の面影はなく、まるで大災害が起きた時のような、地域の避難所の様相を思い起こすかのようだった。

観客席は先着順で既にすべて埋まり、確保出来なかった者たちがその場で怯えたり休みながら本来はバトルフィールドであった敷地に腰を下ろしている。

「おいっ!!君何をやっているんだ!勝手な真似は止めなさい!」

先程突き飛ばした男性係員に肩を掴まれ、動きを止められる。

だが、高野は事情を知らない人間に1からすべて話す暇も余裕も優しさも今は無い。

「うるせぇ!今それ所じゃねぇんだよ!」

「避難したい気持ちは分かるがそれは皆一緒だ!とにかく整理するまでは扉の向こうで待っていなさい!」

高野を避難してきた人と勘違いしている係員は注意しながら肩を掴んだ指の力を強めながら退出を促す。

そんなおかしな光景を見たせいだろうか。

「ん?」

高野のもとに、見知った人が近寄ってくる。

「君は……一体どうしたんだい?怪我をしているじゃないか!?」

避難所と化したドームを見つめながら、今後どうしようか考えていたリッキーが高野を見つけ出したのだ。
高野も長い間探していた落し物を見つけた時のような顔をしてこう言った。

「やっと……やっと会えた……。少しお話したいんですが、よろしいですか?」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.429 )
日時: 2019/12/04 19:58
名前: ガオケレナ (ID: /p7kMAYY)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


リッキーはひたすらに困惑した。
1度か2度くらいしか顔を合わせたことの無い知り合いから、突然「世界を救って欲しい」と言われて素直に引き受ける事など出来るわけがないからだ。

高野洋平は今起きている事のすべてを話した。
深部に一応は通じている彼なら香流や吉川あたりとは違って理解の質にも違いが見られる。
いちいち遮って固有名詞に対する質問が一切無かった点からそう思った。

だが、リッキーはその話のすべてを信用する事は出来なかった。
あまりにも突飛で、非現実的だからだ。

「リッキーさん……お願いがあるんです。今すぐラジオを使って……」

「高野くん……で合ってたっけ?出来れば協力したいんだがー……その、申し訳ないが本当の話とは思えなくて、ね」

「ちょっ……この状況見てまだそんな事言ってんのかよ!?」

高野は驚き目を丸くした。

「今外で仲間達が戦っているんだ……。確かにアルマゲドンがどうとか、宗教観とかそういうのが理解できないってのなら分かるが、」

「そうじゃないんだ。いいかい?高野くん。シンギュラリティとか、技術的特異点だとかっていうのは近年騒がれ出しただけであって、本当に予想通りの結果になるとはほとんど思われていないんだ。それに……」

「あらゆるポケモンを再現した量子コンピュータがあるんだぞ!?」

「その量子コンピュータを個人が持っているのも普通におかしい!そのコンピュータは実在するのか!?」

その問いに、高野は怒涛の言葉の連鎖が止まり、口を閉ざす。

「それだけじゃない。君はその話を、敵の人間から聞いた。特に尋問した訳でも、無理矢理喋らせた訳でもない。そこに罠が無いと思う方がおかしい。何らかの意図を持って全く違う事実を抱えていると思った方がいいだろうね」

「それじゃあ……どうしたらいいんだ!」

「とにかく今の僕は君たちに協力出来ないっ!此処の対応で手一杯なんだ。君は……真実を見出した方がいいと思う。その上でまた僕の所に来てくれ」

「そんな……」

どん底に突き落とされた気分だった。
死に物狂いでやって来たはいいものの、返事はNoときた。
これまでの苦労とか、これからの策もすべて潰えた。

リッキーの言い分にも一理あるものの、バルバロッサやアルマゲドンの面々の思想を1番理解しているのは高野洋平。彼自身だ。

わざわざ聞こえるようにわざとらしく大きく舌打ちをして高野はコートを、ドームを出た。

建物から外へ出ると、仲間達が、3人の高校生とメイが出迎えてくれた。

「どうだった?」

「どうもこうもねぇよ……。話を信じてくれなかった……。どうしようもねぇよ」

1歩外へ出て状況を見ようと高野は少しせのびをする。

ドームへ繋がる直線上……つまり、今彼らが立っている周りには敵は既に居なかった。
全員倒れているか離脱している。

「今ルークたちは追撃の為にこのドームシティからは離れていっているわ。この緑地周辺に敵はまだいるみたい」

「だからお前たちはここで待つことが出来たんだな……」

こうなると脅威は上に鎮座するディアルガとパルキアのみだがそれぞれ空を優雅に飛びながら時折何処でもない方向へ技を放っている。

「あなたはどうするの?」

メイの声だ。

「俺はこれから……もう1人のアルマゲドンの人間に会いに行く。そいつは、俺の事も知っているし何より誰よりもバルバロッサに近かった奴だ。と、なるとこの騒ぎについてもよく知っているか、そもそもの発端であるかのどちらかだ。……そいつと話す。んで、事実を携えてもう一度リッキーに伝える。"オラシオンをラジオで流せ"とな」

周辺が静まった事を受けて出歩いても無事だと思ったのだろう。
それまで隠れていた香流たちが姿を現すとこちらへ向かって来た。

「オラシオン?どうしてですか?」

相沢がよく分かっていない風な表情をして聞いてくる。
もしかしたら、ポケモンの映画を観ていないのかもしれない。

「なんて事は無い。ただ単にポケモンの感情を歌で刺激するだけさ」

香流たちが到着した。
手にはスマホを握っている。

「レン……。先輩たちは今は此処には居ないようなんだ。それで、石井と豊川それから、山背にも連絡はしておいたよ。皆ドームの中に居るって」

「よし分かった!それじゃあ皆はドームの中に居て避難している人たちを守っててくれ。いつ上空からディアパルが攻撃してくるかも分からないし、中に敵が紛れているかもしれない。俺の注意を引くために一般人を惨劇に巻き込む……というのは十分考えられるからなぁ……。だから香流と吉川と岡田。お前たちはここの守備を任せたい。まぁ本当は戦わないのが一番なんだけどな……」

「ほんとだよ……深部の戦いに……巻き込みやがって……」

と、いう吉川の小声が聴こえた。
高野はそれを無視しようと思ったがたまたまその耳が捉えてしまったので言わざるを得なかった。

「すまない、吉川……。だが、今回は世界を、この世全てを巻き込んだ戦いである事には変わりないんだ。世界を救うため、守る為に共に戦って欲しい」

しかしここは男の吉川裕也である。
英雄になりたいと男なら誰もが1度は願ったその想いを未だに持ち続けている彼は、その言葉につい心が揺らいでしまう。

すると、今度は一通りの戦いを終えたためか、ミナミとレイジがこちらに駆け寄ってきた。

「レンっっ!」

「ジェノサイドさんっ!お元気でしたかぁー?」

「お前ら!?こっちに来て大丈夫なのかよ!?」

「もうウチらが撃退したからねー。とりあえずは」

「いやぁ〜吹っ飛ばされた時はあっ、死んだなって思いましたけど何とか生き延びれましたよ〜。これもリーダーを思っての奇跡ですね!」

こうして言葉を交わしたのも久しぶりだというのにレイジは相変わらずのリーダー愛に溢れているようだ。
逆に高野はそれを見て安心した。

「そうか。じゃあついでだ。お前ら2人もコイツらと一緒について行ってくれ。知り合いの助っ人とか頼もしい以外の何物でもないだろ」

「高野さん〜。僕たちはどうすれば?」

吉岡が手を上げる。
そちらには、きょとんとしている表情をした3人が彼を見つめては言葉を待っているようだった。

「そっか……お前らか……」

高野は悩んだ。
深部の人間とはいえ、まだ高校生だ。
自分と共に首謀者を探すのも、ルークたち赤い龍のメンバーに混ざって戦うのも危険に思えてならないのだ。

「任せる」

「えぇっ?」

「3つの選択肢があるから、お前らで話し合って決めてくれ。1つ、俺と共に首謀者の元へ行くか。その際ディアルガとパルキアに最も近付くから1番危険だ。2つ、赤い龍の構成員と共にアルマゲドンと戦うか。今は追いやっている途中だからこちら側が有利といえば有利だが。3つ、コイツらと共にバトルドームで待機するか。選べ」

その言葉の後に3人で円陣を組むように顔を見合わせながら話し合う中、高野は最後に残された人影へと視線を向けた。

「メイは俺と来てくれ」

「えっ?私が?」

「この中で俺の次に実力があるのは香流だが……だからと言って死なせる訳にもいかねぇからな。その次に実力があって尚且つ死んでも良さそうなのがお前だしな」

「ちょっ、私に死ねと!?」

状況も忘れて高野洋平は笑い出した。
迫り来る危機と、それによって押し潰されそうな精神が、周りで繰り広げられている彼の日常を思わせるかのような面白おかしい交わし合いとのギャップが彼をおかしくさせたのだ。

自分が放った冗談に対するメイのガチトーンが面白かったというのもあったのだが。

「ちょ……レン?大丈夫……?」

「ははっ……大丈夫だよ。ちょっと……笑いたくなっただけで……くくくっ……」

笑いすぎて涙が出たようだ。
彼は手で拭うと気を改めて「よし!」と言った。

「決めたようだな」

「はい!僕たちは〜……。ドームに行きます」

言うと思った。
そこが1番安全だからである。

「それでいいと思うよ。俺としては本当は戦いに混ざって欲しかったが、だったら最初からそう言うからな。俺としても迷ってたんだ。だから自分たちで決めた事に対して俺からも感謝するよ」

言い終えて、さっさと行けと示すように手をドームの方向に向けて手をはらう仕草をする。
それを合図と読み取った彼らはそちらへ向け走り出した。

「さて、と……」

高野は空を見る。
相変わらずの金色の空に2体の伝説のポケモン。
そして、何処かにいるであろう首謀者ことレミ。

「この戦いは……恐らく誰かが死ぬだろうな」

ため息を軽く吐く。
思えば、誰かが死ぬ程の大きな戦いをするのも、自身の死を予感するのも共に久しぶりだった。

「それは、此処に居る誰かかもしれないし、俺かもしれないし、今戦っている奴の誰かかもしれない。だが、俺たちは死んではならない。死ぬ訳にはいかないんだ。誰かが犠牲になって平和になる世界なんて間違っている。そいつの死を悲しむ奴がいる時点で平和な訳がないからだ」

高野はこの場に残っているミナミ、レイジ、メイの顔をそれぞれ見た。
各々強い覚悟を持ったり、不安を抱いていたり、そもそも、愛しき人を常に見つめているなど全員が違う目をしていた。

「俺はデッドラインであり赤い龍ともジェノサイドとも関係が無いが、たった今宣言するぞ。デッドラインと赤い龍を合併させる。その上で命令する。死ぬな。いいな?」

その言葉を合図に、全員が頷き、走り出さんと1歩踏み出した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.430 )
日時: 2019/12/08 18:16
名前: ガオケレナ (ID: 8comKgvU)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野とメイはそれまで自分たちが戦っていた場所まで走り続けた。
とにかく、情報が欲しかったからだ。

「ねぇ、一体どうするのよ?」

後ろを走るメイの声だ。
だが、高野はそれを無視する。すぐに解決するからだ。

高野は目当ての場所へ近寄り、徐々に速度を緩めてゆく。

「おい敗北者……。俺の質問に答えろ」

高野は戦いに敗れてアスファルトに直に座ってボーッとしていたテルに話しかける。
当のテルは疲れ切った顔をこちらに見せた。

「この事件の首謀者……レミは何処だ」

「答えると思うか?」

ジェノサイドが自身の仲間の名を知っていた事に意外にも感じたテルだったが、顔色ひとつ変えずにそう言う。

いかにも、怒りを滲ませているんだぞと言いそうな顔をして、高野はテルの胸倉を掴んだ。

「言え。今起きているこの異変を何としてでも止めてやる……。奴が此処に居るのは分かってんだ。言え!!さもなくば殺すっっ!!」

文言通りの表情にテルは思わずくすりと小さい笑みを零した。
奴はいつもそうだと。
脅すだけで決して人の命は奪わないと。
そんな事を知っているからだ。

「殺せよ。俺はもう役目を果たした……。本当だったら世界が変わる様を見たかったが、こんな状況だしなぁ?ほら、言わないのなら殺すんだろ?殺せよ。殺してみせろよ?」

物騒な言い草の割にはその顔には余裕が読み取れた。
今更彼が自分を殺すとは思えないし、今自分が死んでもあまり意味は無いからだ。

高野は腕を震わせると、テルを突き飛ばす。
舌打ちをしながらスマホを少し操作し、出現したモンスターボールを頭上へと投げた。

出てきたのはシンボラーだ。

「何を……するつもり?」

「こうなる事ははっきり言って分かりきってた。そう都合良く敵がペラペラとバラすはずがねぇからな……。だからコイツを使う。コイツは俺の意識とシンクロさせることで、コイツの視た情報が俺の意識にも写る。つまり、何処に誰が居るのか分かるのさ」

既に主人と意識が繋がっているのか、何の指令も無しにシンボラーは翼を羽ばたかせて上昇していった。

上空からの景色が、状況が、そのまま高野の意識に、目へと視界へと入り込んでくる。

サーモグラフィーで見ているかのように、人が立っている地点だけ赤く反応しているようだ。
シンボラー越しに、自分やメイ、そしてその場に伸びているテルや彼の仲間が次々に見えていく。分かってゆく。

自分自身が空に浮かんでいるようだった。
目に見えるものが上から捉えたものなのだから。

「これは……?」

上へ上へと登るその途中、不自然な場所で不自然な反応を見つけた。

そこは、どうやらバトルタワーの屋上のようだった。
人影がひとつ、赤く輝いている。

「待て……誰か、居る……」

誰なのかまだよく分からない。
そちらをしっかり捉えるよう、シンボラーにテレパシーのように念を送る。

しかし。

ブツっと、それは突然途切れた。

「ぐああっっ!!」

突然の事に、高野は目を押さえて地面へと倒れ込んだ。

「ちょっと!どうしたのよ!?」

メイが心配そうに駆け込み、彼の体を支えながら改めてうえを見た。

どうやら、シンボラーがディアルガと衝突したようだった。
思い切り弾き飛ばされて地上へと強く叩き落とされる。

ガン、と聞くだけでも耳が痛くなりそうな音が響いた。

高野は呻きながら手を離し、目をゆっくり開ける。

「ねぇ、大丈夫……?」

「シンボラーが……落とされたようだな……。でも大丈夫だ。痛みまでシンクロはしないから」

今自分は地上に居るんだと改めて強く意識に働きかける。
少し酔ったような嫌な気分になってしまったが、ヨロヨロしながらゆっくり立ち上がり、歩くとシンボラーをボールへと戻す。

「バトルタワーの上に……誰か居た……」

「もしかして……」

「いや、まだ分かった訳じゃねぇが……こんな状況でディアルガとパルキアに1番近い距離に居るなんて少しおかしいもんな……。その線は大いにあると思う」

そこにレミが居るか居ないかはもうどうでもいい。
怪しいものは片っ端から調べ尽くす。

もう、そうするしか無かったのだ。

「行くぞ。ゴールはきっとそこにある」

ーーー

「オラァくたばれやクソ雑魚共ォォ!!!」

わらわらと無限に湧き出る敵対組織の人々に向かい、ルークは叫んだ。

呼応するかの如くサーナイトの'はかいこうせん'が放たれる。

既にルーク含む赤い龍の面々はドームシティを下り、街へと繋がる長い坂道の途中に居た。
このまま下ってしまうと聖蹟桜ヶ丘駅に到達してしまう。
果たして市街地のド真ん中で戦いを繰り広げてもいいものなのか本来であれば多少は悩むものの今はそんな事をしている暇も余裕も無い。

迷いは即死だからだ。

敵味方入り乱れての大混戦。
ポケモンが、人が、それぞれを奮い立たせてはせめぎ合う。

「ルークッッ!どうすんだ!?このままじゃあ奴ら街になだれ込んじまうぞ!?」

仲間のモルトの声だ。
ドラピオンが倒れたのか交代したのかまでは分からないが、今度はその代わりにドラミドロが毒を周囲に撒き散らしている。

「知ったことかァッ!それが嫌なら今の内に殲滅させる事だなァ!!」

言っている内に、彼のポケモンのチラチーノが回転しながら'ロックブラスト'を放っては人もポケモンも纏めて宙へと飛ばしてゆく。

「チマチマと戦っていられっか!!全員まとめてぶっ殺してやるっっ!!」

チラチーノとサーナイトだけでは飽き足らず、今度はフレフワンとクレッフィをも呼び出さんと2つのボールを取り出した。

「おいっっ!アレ見ろ、ほら……ナントカって奴!!」

すると。

何やら肌の茶色い大男がこちらに向かって叫んでいるような気がした。

が、彼はそちらを振り向かない。
眼前に移る敵を屠るのみだ。

「ケンゾウ……ナントカって誰だよ……。ルークだろ?」

「あぁそうだルークだルークっっ!」

「あァ!?」

やはり茶色い大男は自分に対して何かを言っているようだった。
こんな忙しい時に何なんだと怒りを込めた目で彼もといケンゾウを見る。

ケンゾウはルークの視線に気付くと、強く主張したげに空を指した。

そちらへ目を向けてみる。

「なんだ……?ありゃあ……」

異変が発生してから1時間は経とうとしていた。

明らかに新たな異変が起きているようだ。

空に、1点に光が集まっている。
白く眩い光が1箇所に集中し、更に強く輝いているように見えた。

まるでそれは。

天国に繋がる門のようだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.431 )
日時: 2019/12/10 17:14
名前: ガオケレナ (ID: .p4LCfuQ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野とメイはバトルタワーに向けて走り出した。
最早一刻の猶予も無い。
そもそも、これは事件解決に直接関わりのあるものではなく、第三者に説得させるための作業なのだ。
残り3時間となった今、ゆっくりせずにはいられなかった。

「ねぇ、レン……。また何か起きたわ」

メイが指し示した方向、遥か上空に、白く輝く光が集まっていた。
しかも丁度バトルタワーの頂上付近と来ている。

「クソっ……また何か始まったな……」

「彼らの言葉を当てはめる限りだと、あそこからアルセウスが出てくるのかしら?」

「知らねぇよ!!ンなもん今考える事じゃねぇだろっっ!!」

2人はバトルタワーの扉付近へと辿り着く。
ドームの時と同じく自動ドアが2人に反応して開き、そのまま入場する。

「ここも……避難している人がいるようね」

メイは自分らがいる1階付近を見た。
ドームほどでは無いが外の異変から逃げて来た人で溢れ返っていた。
向こうとは違って1つの空間に限りがあるので更に満杯になっているように見える。

「どうする?このままじゃあ人混みに紛れて上に着くのは大分時間が掛かりそうよ?」

メイは隣に居たはずの高野に向かって話しかける。
しかし、彼女が振り向いた時には彼はそこには居なかった。

高野洋平はと言うと、

「すいません……屋上のヘリポートに行きたいんですが……」

近くの大会運営スタッフに話し掛けていた。
スタッフも、突然の騒ぎのせいなのか苦々しい表情をしているように見える。

「何か、用でもあるのかい?」

「ラジオ局に勤めている友人が機材を置き忘れたとかで……」

「?」

即興の嘘なせいか、相手もよく分からないと言った顔をしている。
見兼ねたメイが、手に何かを持って2人に近付いた。

「塩谷議長の命令なんです。通して下さい」

その手に握っていたのは、手帳のような本だった。
左端には、議員がよく見せびらかしているバッジが縮小されて付けられている。

スタッフの男性は少し怪しみながら、不満な表情をしつつ2人をエレベーターのある方角を指した。

「アレだけでは屋上には行けないよ。行けるのは20階まで。そこからは関係者用の別のエレベーターがあるけれど、今は使えない」

「何故ですか?」

「マスコミ関係の方々を上の階で避難、保護しているからだ」

その、あまりの優遇っぷりに高野は思わず「はぁ?」と声を上げる。
しかも、この異変を異変としてしっかり見ているにも関わらず、だ。

これではリッキーが言っていたことと反している。

ある種の闇を垣間見てしまった高野ではあるが、

「行くとしたら……非常階段かな?」

またも、嫌な予感が駆け巡る。

ーーー

「最っっ悪だ……」

高野洋平の勘はまた1つ当たってしまった。

エレベーターで20階まで登ったところ"まで"はよかった。
彼は、2階に相当する距離を登ったところで1度立ち止まる。

息が切れたのだ。

「あなた……大丈夫……?そんなのでこれからディアルガとパルキアを止めるつもりで居たのかしら?」

「うるせーなー……。階段だけは駄目なんだって俺……。ってかさぁ!!」

高野は見上げた。
今まで自分たちが登った距離の半分はあったようにも見える。
単純に見て10階。その内の2階なので残りは8階というところか。

「なんでこんな目に遭うんだ俺は!!」

「……あなたが訳の分からない事言うからじゃない。今からでも作戦を変えるとか……」

メイの言っているそばから。

高野洋平が突如駆け出した。
体力の無さを憂う暇は無い。

先程までの気弱な面はどこに行ったと言わんばかりに足音を大きく響かせて全速力で走る。

「ちょ……ちょっと!大丈夫なの!?」

傍から見ても無理しているのは分かりきっていた。
本来ならばこれ以上のスピードは出せないにも関わらず、あと少しの距離だからと苦しいのを承知で走るゴール手前のマラソンを思い起こすかのごとく。

心臓が張り裂けそうだ。
普段は聞かない、耳で捉えただけでも縮こまりそうになるほどの、早すぎる鼓動。
それでも、止まる訳にはいかない。

あと少し、今ここで少しだけ無茶をすればすべての片がつく。
そう信じて。

「レンっ、危ないっっ!!」

通過しようとした階の非常扉が突如高野の目の前で開く。

中から現れたのは、銃を手にしたアルマゲドンの人間だった。

ーーー

爆弾の落ちるような爆音は未だ止まなかった。

見ると、互いに抱き合って怖がっている子供たちや、そわそわとウロウロしている大人が居る。

香流慎司はそんな混沌とした状況を見つめることで精一杯だった。

「香流ぇーーっ!!大丈夫だったか!?」

北川弘が観客席の方からやって来るのが見えた。
香流は大丈夫だという合図として手を振る。

「さっき……一瞬だけど外に出て戦ってたって聞いたんだが……」

いきなり走り回ったのだろう。
北川はぜーはーぜーはーと苦しそうだ。

「あぁ。でも、こっちは大丈夫だよ。今レンの仲間たちが外で戦っている」

「怪我は無いか!?」

「うん。大丈夫」

その言葉を聞いて北川はすっかり安心したようだった。
一緒に外に出ていた岡田と吉川も自分の目に見える範囲にいるのが分かったのでひとまず彼の中の不安は消え去った。

石井と高畠も、久しぶりの再会ということでミナミに抱きついている。

「レンは?あいつだけ居ないようだが……」

北川もこういう時は鋭いなと香流は頭の中で思いつつ、これまでの出来事を話す。
今彼はこの異変を止めるべく動いていると。

「そうか……あいつ、深部辞めたと思ったんだけどな……」

「レンはもうジェノサイドじゃないよ。その……たまたま色々な事に巻き込まれちゃうだけで……」

香流も彼の言葉を聞いて少し不安になった。
この大会にしてもそうだ。

高野洋平は自分たちよりも、深部の人間と動いている時の方が多い。
正当化出来る言い訳を並べても、楽観的に考えても何処かでまた、新たな不穏な種が出てくる。

「ねぇねぇー。香流。豊川は?」

女子3人で固まっていた高畠美咲がこちらへ話しかけてきた。
香流は、「あれ?」と思い辺りを見回すも、それらしい人影はない。

「あれー……。こっちはさっきまで皆と一緒に居るとか、ドームの中に居るって聞いたけれど……」

しかし、仲間も誰もが彼の存在を否定する。
確かに、バトルドームの中に豊川修は居なかったのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.432 )
日時: 2019/12/11 16:04
名前: ガオケレナ (ID: .p4LCfuQ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


リッキーは苦悩した。
そして愕然とした。

ラジオで流れている事実と、今目の前で起きている事実の乖離が凄まじかったからだ。

「何なんだ……これは……」

リッキーはあまりにも避難者からの助けの声を聞くので、きちんとラジオで放送されているのか、その確認を自分のスマホで聴いてみた。

「全然……違うじゃないか!?」

その耳から流れてきたのは、現実離れした現象を前にはしゃぐリポーター。
即ち、今の惨事を惨事としてではなく、ある種の演出のようにして嬉々として伝えていたのだ。

「何なんだこれは!?誰がこんな発表をしろと言ったんだ!!事実とかけ離れているじゃないか!?」

「し、しかし……私としても何が何だか……」

彼に捕まえられた大会運営スタッフも困惑していた。
スタッフの女性とラジオに関しては何の関係もないからだ。

「これで分かったよ……。何で状況が変わらないのかを。避難者が減るどころか徐々に増えていっているのを!!本当にこれが大会の演出だったらこの異変の発生から1時間経った今!増える必要が無いだろう!?」

そんな1人の男性の騒ぐ声を偶然にもミナミが、レイジが、そして香流が捉えた。

すぐさま彼らもリッキーの元へ駆け付ける。

「あの……リッキーさん、」

「ごめんよー今忙しいんだ。あとにしてくれるかい?」

「そうじゃなくて!!私はジェノサイドの仲間のミナミって言いますっ!」

ジェノサイド。
その聞き捨てならない言葉に、深部の一端を担っているリッキーは妙なまでの偶然性を感じざるを得なかった。

ーーー

銃声が響いた。

高野洋平は頭で考える前に手が伸びた。
相手の銃を握っている腕を必死な思いで掴み、曲げた。
銃口が真上を向く。
そのタイミングで引き金が引かれたのだ。
隙間を通って銃弾はぽっかりと空いた空へと吸い込まれてゆく。

高野はその手を離さなかった。
次は確実に撃たれること、そして今この場にて起こるデメリットを把握していたからだ。

「待っててレン!今すぐ助けるから……」

メイは迷わずにマニューラの入ったボールをポケットから引き抜くと投げる。

しかし、そのポケモンは姿を現す前にボールの中へと吸われるようにして消えていった。

「あ……、」

メイは忘れていた。
大会の会場を包むようにして、電波が溢れている事を。

しかも、それを高野に伝えたのは自分自身だった事を。

「お前だろうが!!一定の範囲超えたらポケモンが使えなくなるって言ったのは……特殊な電波が流れているからポケモンで移動出来ないって言ったのは……お前だろうが!」

今2人が居るのは地上を遥かに超えた地点だ。
奇しくも電波の範囲と一致してしまっている。

「そんな……」

だからこそ、敵は銃を所持していた。
ポケモンに代わる兵器を。

その時、銃声に気付いたパルキアがこちらに向かって'はどうだん'を放ってきた。

淡い紅玉は3人纏めて吹き飛ばす……

ことは無かった。
転落防止の為の非常階段の柵にぶち当たり、大きな穴を空けたに過ぎなかった。

「うおあああっっ!!危ねぇっ!」

堅固な壁に守られていた認識が突如として覆る。

今、高野の真後ろには地上へと直結する大穴が出現したのだから。

咄嗟に高野は相手の手首を捻って銃を取り上げる。

その際、相手が痛みに耐えきれず呻き、自分に対し蹴りを放った。
真横の柵に体がぶち当たる。
バランスを崩し、転倒したが落ちることはなかったので一瞬の合間だったが安心はした。

奪い取った銃が手の中に無い事に気付く。
相手も取り返した様子はない事から、落としたようだった。

「あなたは先へ行きなさい」

座り込んだ高野の肩を叩きながらメイが前へと、敵と対峙するかのように立ち塞がる。

「でもお前……ポケモンも何も使えないだろ……?」

「それはあなたとて同じでしょう!?でも、あなたには先を行く必要があるわ。あなたでないと話せない人が居るんでしょう?」

「だとしても危険すぎる!ここは2人で……」

「いいから行きなさいっっ!!」

メイが叫んだ。
その珍しい光景に、つい高野も相手も、周囲の空気もシーンと静まり返る。

「あなたを此処で死なせる訳にはいかないわ。かと言って私も死ぬ訳にはいかない。此処で時間を浪費すれば間に合わなくなるかもしれないのよ?」

汗が伝った。
高野洋平は仲間を置き去りにすることに罪悪感を覚えつつも腰を上げると階段を駆け登りだす。

「それからっ!!」

メイの言葉だ。
まだ、彼女の言葉は終わっていない。

「ひとつ約束して。生きてこの異変を止めて帰ってくること。私もあなたも、お互いに話していない秘密があるでしょう?」

高野は体を止めた。
はやる気持ちを理性で無理やり押さえ付けて。

「戻って来たら……話してあげるわ。私があなたに接触してきた本当の理由を」

「言ったな。約束だぞ」

捨て台詞のように吐き捨てて高野は再び登り始めた。

味方を捨てて。
しかし、必ずまた会うと心に誓って。

カンカンカン、と金属の階段を登る音が聞こえなくなった頃、メイは「さて、と」と言う合図代わりの言葉を発して敵と向き合った。

お互い何も持たない丸腰状態。
しかし、相手が男である為に純粋な力では向こうが上。
そのうえ、自分の背後には大穴があると来ている。

(あまり……良い状況ではないわね……)

絶体絶命であったとしても、諦める覚悟は無かった。
理由は単純である。

彼の秘密を知りたかったからだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.433 )
日時: 2020/01/23 18:57
名前: ガオケレナ (ID: DKoXxdqY)
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ルークは立ち上がることが出来なくなった。
既にその体には、殴打の痕がある。

「く、そっ……。体が、もう……」

その頬、腕、足、腰には明日にでもなれば痣にあるほどの攻撃を受けていた。
体が普通でない、気持ち悪さを覚えるような震えを発している。

ルークのポケモンの4体は既に倒れていた。
このような大混戦の場合、とりあえず仕掛けているバトルを終わらせ、ポケモンを戻せばそれらは完全に回復し、次のバトルに臨めるものなのだが、それが成されていない。

つまり、たった1つの小休憩はおろか、バトルとバトルの間にポケモンをボールに戻すという簡単な作業すらも受け付けてはくれないのだ。
そうしようとするならば、次の敵とポケモンが現れては狙われる。

レシートが無くなりそうで替えたいのに、人の波が止まないスーパーのレジの状況に似ていた。

そして彼は、限界を迎えたのだ。

意思に反して、右手が震えている。

(やっぱり……さっきの'アイアンテール'がマズかったか……?)

相手のエビワラーの'メガトンパンチ'を肋骨を犠牲にして受け、怯んだところをハブネークの'アイアンテール'を右腕を中心に喰われてしまった。

暑さも痛みも忘れて眠くなってきた。
いや、それから逃れたいが為に本能が働いたのだろう。

(これで……俺、も……、行けるだろうか…………?アイツの、元へ……)

ゆっくりと、目を閉じる。

「ォイ……休んでんじゃねぇよ……起きろォォ!!」

仲間の声だ。
閉じかけた目が再びゆっくりと開いてゆく。

「雨……宮……?」

「勝手に此処で死のうってかァ?そんなザマが許されると思ってんのか!?」

仲間の雨宮が、フェアリーテイル時代からの見る事すらも飽きたと思わせるぐらいの仲間の顔が、必死に叫んでいる。
周りの状況も考えずに。

「此処で死んだら……これまでに死んだ仲間はどうなる!?仇はどうするってんだよォ!?」

「仇なら……。杉山は、……、もう、討ったろ……?」

「違う!!」

雨宮は強い眼差しを向けながらルークを見、彼の肩をがしりと掴むと思い切り揺すった。

「これからもだ!!俺たちの復讐は……こんな所で止まるほど弱っちょろいモンなハズがねぇ!これまでも……これからも……俺たちは歩み続けるッッ!そう言ったよなァ?お前はァァ!!」

強く揺すられながらルークの目は段々と穏やかになってきた。
それを見て、雨宮も揺さぶりを止める。

「痛てぇのはお前だけじゃねぇよ……。俺も、俺だって……痛てェよ……」

真正面からは見えなかった。
しかし、それは事実だった。

雨宮の背中は斜め一閃に斬られ、足の裾から滴り落ちている。

血が止まらないのだ。

「さっき……ダイケンキに斬られちまった……。俺だって痛てぇよ。血が止まらねぇよ…。死にてぇとも思うさ。けどなぁ……」

雨宮は手を差し伸べる。
しかし、その手は震えていた。

「アイツらが喜ぶまでは進み続けるって……。そう決めたよなぁ?」

ルークはその手を掴んだ。
体重を乗せて彼は立ち上がる。

だが、今度はその重さに耐えきれず雨宮が転びかけたが、それを起き上がったルークが支える。

「そうだよな……。決めたもんな。俺たち……。アイツが喜ぶまで復讐を……すべての敵をブッ殺すまで決して諦めないってな」

「アイツじゃねぇ……。アイツ"ら"だ」

ルークは静かに微笑んだ。
まだ、仲間が全員居た頃の、杉山に虐殺される前の記憶が脳裏に蘇った。
確かにそこに居たのは、"アイツら"だ。

ツンベアーが迫って来た。

背を見せた雨宮を狙っているようだったが、ルークは怒りも込めた眼差しをそのポケモンに放ち続ける。

しかし止まらない。

ルークはポケットの奥底に埋まっていたボールを掴んではそのままそこで開ける。

瞬間、ポケットが裂けた。
中に入っていたボールの幾らかが弾け飛び、どこぞへと転がる。

ボールを掴んでは取り出し、投げつけるという1連の動作を面倒だとして嫌ったルークは収納に適した空間を犠牲にしてそれを放ったのだ。

出てきたポケモンとはドータクン。
かつて、彼の仲間が愛したポケモンだった。

「'アイアンヘッド'」

ミサイルの如く飛んだドータクンは、目の前のツンベアー目掛けて突撃する。

弱点補正と重さと速さのエネルギーが相乗して骨が軋むような、聞くに絶えない音が響く。

だからだろうか。
敵のツンベアーがそれ以上攻撃をする事はなかった。

「ドータクン……だと……?お前……いつも使っているフェアリータイプのポケモンは、どうした……?」

「それは趣味の範囲内だ……。もう2度と……コイツは使わないって決めたんだがな。アイツが……死の淵から"使え"と命令してきやがった気が……したんだ」

「やれやれ……」

雨宮は呆れながら、それまでルークに預けていた体の体重を掛け直してはその足で立ち、彼から離れた。

「いつまでも男同士抱き合ってたって気持ち悪ィだろ……」

「さぁな……?アイツなら喜んだんじゃないか?」

「今頃草葉の陰から悶えながら見守ってくれてんだろうな……」

ーーー

「お願いですリッキーさん!レンのため……いや、ジェノサイドのためにも!今この場で苦しんでいる人々の為にもっ!ラジオでオラシオンを流して下さい!!」

言ってミナミは何度も頭を下げた。
それを相手されてリッキーも困った顔をしている。

「うーん……だけどなぁ……。彼も事実に即して動いているのかどうか……」

「その事実を伝えていないのがあなたたちマスコミじゃないの!!このまま見殺しを決め込むつもり!?」

「いや、それは……」

途端に強気になったミナミの相手がしんどくなってきた。
リッキーにも1人のDJとはいえ、やれる事など限られているのだ。
そもそも、本部の指令と相談無しに勝手に大会を中断している事さえも怪しいのだ。

「じゃあ、せめて今此処で起きている真実を伝えて下さい」

「いや、無理だ」

リッキーは即答する。
最早その返事には慣れが見えていた。

「数多くの、それこそ日本全国のマスコミ、メディアが1箇所に集まっている中で……1つだけ皆とは全く違う報道をしていたらどうなると思う?ネットでは英雄扱いされるかもしれないが……テレビやラジオ越しでしか見聞きしていない人からすれば"デマ流してんじゃねェよ"と思われてしまう。そうなれば僕たちは……FM田無はどうなる!?やって行けなくなるんだぞ!?」

「そんな……ひどい」

「一般の民衆なんてそんなもんだ!!本来あるべき事実から目を背けている!それは何故か?伝えないからだ!!伝える必要が無いと上が判断しているからなんだよ!?だから僕たちも……その判断に従って、民衆向けに報道をしなくちゃならない!!アフリカで子供たちが何万人と死のうと、君は気にも留めないだろう!?それと同じことが!これが今回此処で起きてしまったと考えるしかないんだ!!」

我ながら無力だと、諭しつつも悟ったリッキーが居た。
人々に楽しみを与えたくて、自らがエンターテインメントになる事を願って手に入れた職のはずなのに、今はどうだ。

人々に苦しみと痛みと悲しみしか与えていない。

理想と現実のギャップに誰よりも深く苦しみながらリッキーは訴えるしかなかった。

自分は何も出来ないと。

「……じゃあこっちがやります」

香流が静かに吠えた。

「やる?……何を?」

「レンはオラシオンを流しさえすればいいと言ってくれた……。そうなればこの騒ぎは収まるって。だったら、こっちが引き受けますよ。今からラジオ局ジャックして、オラシオンを流す」

「なっ……!?何を言って……!?」

誰よりも慌てふためいたのはリッキーでもミナミでもレイジでも無かった。

友人の高畠美咲だった。

「誰もがやりたがらないのなら……こっちがやる。やるしかない」

「だからって……香流がやる事じゃないでしょ!?」

「もう、やめてくれ……」

高畠と香流の言い合いに、リッキーは苦しそうに喚くような声で無理矢理にでも止めさせる。

「君たちは動いちゃダメだ……。これはもう、別の大きな力が動いているとしか思えないんだよ」

「大きな力?」

ミナミのオウム返しに、リッキーは静かに頷く。

「大きな……なるほど……」

これまでの流れを黙って見ていたレイジが呟く。

「リーダー。つまり、こういう事ではないでしょうか?」

「レイジ。アンタ居たんだ」

「むっ……私も影が薄くなったものですね……じゃなくて!……つまりはですよ!?何者かが我々に不信感を抱かせたいのですよ!」

「不信感?どうして?」

「そこの人の言う通りだ。メディアに対する目を変えたがっている者が居るとしか思えない。でないと、今のこのふざけた状況が説明出来ない!」

レイジの考えが偶然にも一致していたのか、リッキーが熱くなりながら彼の代わりに説明を、自身の考えを述べる。

「いいかい?黒幕という存在が居たとしよう。その人は、ここに居る人を対象にマスコミやメディアに対する不信感を与えたがっているんだ。事実と報道が全く違うからね。そうなるとどうなるか。今この場に居る人達は酷く怒るんじゃないかな?"どうして本当の事を言わないんだ"とね」

「その結果……どうなるんですか?」

「その結果……。対象者は不信感を募らせる。日本のマスコミは政府と癒着している。その不信感は……日本政府に……。国そのものに向かうんじゃないかな?」

「と、言うことはもしかして……」

香流は忘れていた。
これが1人の男の推測だと言うことを。
しかし、本業の人間だという事も合わさって真実に聴こえてしまっているのだ。

「変な話だけど……改革を……。国そのものを変えたがっている勢力があるって事じゃないかな?」

だからこそリッキーは言った。
君たちは関わるべきではないと。

必然的に動くべき人間が決まってくる。

「……よし。僕も覚悟を決めたぞ。……僕が、僕がやる。ココは1つ……。ジェノサイドに、協力してやる……っ!」

これまで培ってきた物すべてを捨てる覚悟で。
たった1人の無力な男が立ち上がった。

世界を救う為でも、黒幕に泡を吹かせる為でもなく。
1人の男の夢物語に付き合う為に。
最期の最期まで自身がエンターテインメントとなるために。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.434 )
日時: 2019/12/14 14:39
名前: ガオケレナ (ID: mG18gZ2U)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


メイは自分の身を守る為の護身術といった類のものは持ち合わせていなかった。
ポケモンこそが身を守る術だったからだ。

しかし、ポケモンが使えない状況下では。

己の肉体しか使えない世界では。

「うっ……ッ!」

相手の蹴りを受けて足を踏み外し、何段か階段を転げ落ちる。

息をするのも苦しい。
体のどこかから、染みるような痛みがした。
膝に手を当てると若々しさを象徴するような真っ赤な血が付着する。

「ひ、ひどくない……?か弱い女の子に……暴力を振るうなんて……」

痛みに耐えながら、手すりを使って立ち上がる。
これが無いだけでも彼女は立つことは出来なかっただろう。

「敵に女も子供も関係あるかよ?」

アルマゲドンの男は冷たく言い放つ。
余裕そうだが、大したものでもないのは分かっていた。
蹴りを受ける時にも感じたことだが、彼も喧嘩や肉弾戦は得意では無さそうだ。

そもそも、日頃はポケモンを使い、余程の時に限って銃を手にする者が強いはずが無いのだ。

それを分かっていながら、攻略できない。
前に進めない自分が居た。

「そう……ね。でないと、深部で戦う意味など無いものね」

髪は乱れてグシャグシャになっていた。
自身の視界さえも奪っている。
本来であれば髪も整えたいところだが、ひとたび腕を動かせば激痛が走る。

無駄な動作をする訳にはいかなくなったのだ。

「吾は先の戦いから、ジェノサイドが必ず来る事を知っていた……。だから吾はここに居る。奴を殺すことこそがここに居る理由だ……。だからお前とて殺さない理由は無い」

「別に私のことなんでどうでもいいでしょう?……それよりも、ここまでするアナタたちの目的を……理由を知りたいわ」

「父さんの願いを叶える……それだけだっっ!!」

話を交えるのは不可能。
それが知れただけでも収穫モノだった。

メイはチラリと背後を、パルキアが'はどうだん'で空けた大穴を見た。
空の向こうでは、互いに衝突したせいかディアルガとパルキアがじゃれ合っている。

「ところであなた……。あの2体が時々地上に向かって攻撃してくるけれど、なんでなのか……分かる?」

男はトドメを刺さんと走る。
拳を突き上げ、殴り飛ばさんとして。

「知らんな!!無力で汚い奴らに意識を向けるとでも思っているのかね!?」

「そう?私は気付いたわよ?」

タン、と。
足をわざと響かせて大穴を背にするよう何歩か歩いた。

「さようなら。せめて新たな世界で救われるといいわね……?」

そう言うとメイは体重を後ろに預ける。

ゆっくりと、穴に吸い込まれるように、

地上に向かって落ちて行った。

「なん……だとぉ!?」

男はその不可解な行動を、緩やかな自殺を見届けた後。
異変に、もう後戻りが出来ない事を察した。

ディアルガが、こちらに向かって'ときのほうこう'を撃つその瞬間だったからだ。

それまで女の影で見えなくなっていた景色が、鮮明に見えてくる。
パルキアはこちらを睨み、ディアルガは技を放つ。
ここまでがメイの策謀だったと、果たして気付けたであろうか。

それまで2人が立っていた非常階段がまとめて消し去る様を、絶望を与えるのみの轟音を響かせる。

その様子をメイは、落ちながら眺めていた。

階段は2つに裂けた。
ポケモンが使えない以上、そこから先へは行く事は出来ない。

「はぁー……。でも、仕方ないよね」

落下しながらメイはため息をつく。
状況を見るとかなり呑気だ。

(ディアルガとパルキアは悪意を汲み取って攻撃する……。私があそこから敵意や悪意を放ち続けていれば、いつか来るとは思っていたわ……)


重量とエネルギーに逆らって首を曲げる。
そろそろ墜落する頃だ。

そして、ここまで下ればポケモンを使う事が出来る。

「お願い!ムクホーク!」

メイは自分の体の真下に向かってボールを投げる。
出てきた猛禽ポケモンが羽ばたきつつ主人を包むと、ゆっくりと着地していった。

そのふたつの足で地面を掴むと、感謝の意を述べながらメイはポケモンを戻す。

「もしもポケモンが使えなかったら……私死んでたわね。これ……。今後もしかしたら、ポケモンのお陰で平均寿命上がるんじゃないかしら?」

それまで自分と高野が2人で暴れていたバトルタワーを眺める。
屋上に行く事は出来なくなってしまったが、約束は守れそうだ。

あとは、彼の無事を祈るのみ。

ーーー

自分たちより先頭に立つ者が騒ぎ立てていた。
このまま橋に到達すると街になだれ込んでしまうと。
無関係な人々も巻き込む恐れがあるなどと喚いている。

「いちいちくっだらねェんだよ……」

敵の波が引いた今、ルークはやっと初めてポケモンをボールに戻しては回復させた。
その間に自分たちの怪我の手当も簡単ながらに済ませた。
とは言っても、消毒液を吹きかけたり包帯を巻く程度の事しか出来なかったが。

「どうする?ルーク。このまま進むか?」

「俺は行く。だがお前は雨宮抱えて戻れ」

ルークは仲間のモルトにそのように指示した。
モルトは包帯代わりに何処かから持ってきた、あまり綺麗でない布を巻き付けられて寝かされていた。
当然息はまだある。

「ルーク……それだとお前が」

「分かってる。今先頭で戦っているジェノサイドの仲間がクソの役にも立たない事も、この状況で2人離れればキツくなるのもな。だが、俺や周りがその分動けばいい。お前らは戻れ。リーダーと共に避難してろ」

「俺が……許すと思うか……?」

巻いたはずの布をもう既に赤一色に染め上げた雨宮が、モルトに抱えられながら呟く。

「こんなところで……逃げると……思ってンのか?」

「いいからやれ。ほら、敵が来た」

見ると、前方で捌ききれなかったアルマゲドンの勢いがこちらに溢れ出てきた。
上り坂である事を気に止める様子もなく、彼らは自分たち目掛けて駆けてくる。

「早く行け!!ここで死なせる訳にはいかねぇんだよォォッッ!!」

ルークは叫ぶ。

「だったら戦えやアホがぁぁッッッ!!」

後ろから声がする。
しかし、それは雨宮でもモルトの声でもない。
ルークも聞いた事のない人間の声。

その声の主は、

追い付いた敵を己のポケモンの拳で吹っ飛ばした。

「お前は……?」

ルークは戸惑った。
突然、今このタイミングで助太刀が入るとは思わなかったからだ。
ヘラクロスを従え、その男は1箇所に固まっている3人を眺める。

「どんな状況だ?」

「いや、まずお前誰よ」

一変して空気が白けた。
助けに来たかと思えば第一声が「誰だお前」なのだから。

「あーーーっ!!クッソォォ!雰囲気台無しじゃねぇかカッコよく登場したと思ったのによぉぉぉ!」

「だからお前誰だっつーの!」

「いや、待て……お前、見た事がある……」

ルークの突っ込みも、彼のボケも無視してモルトが訝しんだ目を向ける。

「お前……ジェノサイドの友人とかだったよな?」

「あぁそうだよ!!アイツが大人しく避難してろとか言うから馬鹿らしくなって無視して来たところだ。自分こそ危ねーことしてるらしいしよォ!!」

胸から提げたメガイカリを周囲に見せつけながら、怪しい輝きを灯らせて豊川修は怪我をした3人を無視して前へと進む。

「いや、待て。テメェ……一般人だろ」

「え?」

ルークが、彼を不意に止める。

「テメェはジェノサイドの人間でも無ければ赤い龍の人間でもねェよぉだなぁ?そもそも、これらの言葉の意味が分からねぇ奴は文句無しに一般人だ。コレは赤い龍とアルマゲドンの戦いだ。テメェは下がれ」

「はぁ!?何お前味方2人下げてまでそんな調子のいい事言ってんのかよ!?」

「あのなァ……此処は危険だからとっとと消えろって言ってんだよド素人がぁぁ!!」

ルークが昂り、豊川は軽く舌打ちした。
そんなやり取りをしている間にも、軍勢は近付いて来ている。

「俺は誰にも従わねぇ」

豊川は小さく、しかしルークにだけは聞こえるように宣言する。

「どいつもこいつも勝手に動きやがって……うぜぇったらありゃしねぇよ……。とにかく!俺はレンやお前にも……誰の命令も受けねぇ!勝手にやってやる!」

そう言っては豊川は走り去った。
勿論、敵が待ち構える方へと。

「ったく……。コレで死んで俺のせいになるとかだったら知らねぇぞ?」

ルークは面倒事に巻き込まれたような顔をしつつもボールを改めて構える。
しかし、これほどまでの幸運に巡り会えた事もまた事実だった。

「お前らの仕事はさっきのアホに任せてやる。お前ら2人は戻れ」

「悪いルーク……。後は頼んだぞ」

雨宮を抱えながらモルトはクロバットとドラピオンを呼び寄せ、それらに飛び乗ると大会会場へと戻って行った。

見送った後にルークは空を眺めた。
未だ、変化は起きていないようだった。

ーーー

砂利を踏む音が聞こえた。気がした。
今自分が立つ場所はアスファルトで完全に舗装しているため、音がするとしたら下から持ち込んだ物が靴に付着し、それが今落ちたのだろう。

「やっと……やっと辿り着いたぞ……」

高野洋平は一点を見つめる。
1人の少女が佇んでいる様を。

黄金に染まった空と、その中を飛び回る2柱の神を見ている1人の少女を。

「お前が全ての元凶だな?一体何をしようとしているのか……すべて話せ」

高野はスマートフォンを取り出した。
犯人にすべて告白させ、それを証拠として地上の人間に伝えるために、だ。

「アナタはいつも……いつもいつも邪魔をするのね……」

その声を聞いたのは久方ぶりだった。

「でも残念。もうすぐお父さんが望んだ、幸福に包まれた世界が生まれるわ。だから今更アナタが何をしようと……何の意味も無いの」

涙を含んでいるような声だった。
そこで高野は確信した。
レミは泣いていると。

改めてよくみると、彼女の隣には見慣れない機械が置いてあった。
まるで、デスクトップパソコンを無理矢理屋外に持ち出したような感覚。
そんな場違いな機械がポツンと置いてあった。

(いや……場違いなハズがねぇ……!?)

この時この場所で置いてある謎の機械となると、思い浮かぶのは1つしかない。
実物を見た事がない故に本物かどうかは分からない。
しかし、高野は自然と体が動いた。

ゾロアークが彼の背後から突如として現れる。

「ゾロアーク、あの機械を破壊しろ」

1つ頷いて、ゾロアークは'ナイトバースト'を放った。
少女を掠めたそれは、正確に機械を飲み込んでは爆発音を轟かせ、木っ端微塵になる。

確かに今、高野は量子コンピュータを破壊した。

「よし……これで全部元通りに……」

なるはずが無かった。
相変わらず空は金色だからだ。

「な……っ、俺は今壊したはずだぞ!?」

「此処に量子コンピュータがあるはず無いでしょう?」

言って、遂にレミは振り返った。
確かにその目には涙を浮かべている。

「あなたが壊したのはディアルガとパルキアを数値化したモニター。アタシが確認する為だけに此処に置いておいたものよ。AKSとは一切関係無い」

「そう来ると思ったよクソッタレ……」

「アナタが何をしても意味が無いの。もう止まらない……止まれないのよ……。このポケモンを呼び出した時点でもう……世界は、未来は変わったの」

「勝手に言ってろ。もうお前らの夢を聞くのは飽きた」

「夢じゃない!!もうこれは……現実なのよ」

突如として。
まるで応じられたかの如く、ディアルガとパルキアが彼女の背後に現れた。

どちらも、高野を睨み付けている。

「えっ、まさかお前……操れんの?」

「だからもう……死んで」

ディアルガとパルキア。
2体が同時に彼に対して'はかいこうせん'を放った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.435 )
日時: 2019/12/14 17:58
名前: ガオケレナ (ID: mG18gZ2U)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「いいかい……?これで準備は整った」

リッキーはひどく息切れしながら呟く。
特に走った訳でもない。
これから起こす事と、その後のことを考えただけでも心が押し潰されそうだったからだ。

「今これで……ドームとタワー……。そしてこのドームシティ全域のスピーカーの出力を最大にした……。今から、放送しているラジオの音量が突然大きくなるけれど心配しないで」

「あのポケモン達に聴こえるようにするためですよね?」

ミナミは最後の最後に確認を取る。
リッキーもこれまでに2、3度聞かれた事なので頷くだけの反応だった。

「はっきり言わせてもらうと……これで成功するとは僕は思えない……。本当にやるんだね?残り時間すべてを費やしてでも……やるんだね?」

リッキーは全員の顔を見た。
ミナミもレイジも香流も山背も吉岡も相沢も東堂も、理解を示し、覚悟を決めた凛々しい顔をしている。

「僕は今から田無のスタジオに行く。場所は当然、西東京市にある駅近くだ。そこまで今から移動する……。酷い混雑が無ければ2時間で着けると思う」

「その間あなたたち3人は此処で避難している事。ウチとレイジは此処に居ながら状況を見て動く。それからー……あなたたちについてだけど……」

リッキーに続いてミナミも今後の作戦の確認のための解説を行う。
今悩んだせいで言葉が詰まった。
香流と山背についてだ。

「こっちは何処へでも……。リッキーさんと共に動けと言われたら行くし、戦ってもいい。豊川が居なくなったからそっちを探しに行ってもいいしレンと連絡するのも、やれと言われたら……やるよ?」

「うーーーん……」

「リーダー、これはどうでしょうか?」

レイジが横から割り込んだ。

「少なくともリッキーさんのお供が必要です。2人ほどは。私が仲間の助けに参ります。アナタは此処で待機を。それからー……」

「待って!?アナタだけが仲間の応援に行くつもり!?」

「ですが、状況的に厳しいらしく。1人でも多く行くべきです」

と、言ってレイジは若干後悔した。
香流と山背までもが、「じゃあこっちも……」などと言い出したからだ。

「あぁもう!!待ってくれ!このままじゃ時間だけが無駄に過ぎてゆく!!もう僕が決めるよ!君と君は僕と来なさい!君はジェノ……高野君と合流もしくは連絡係!これでいいね!」

リッキーは自分の付き添いとしてミナミと香流を選んだ。
残った山背が高野との連絡。
あとはミナミの案に乗るとのことだ。

「待ってください!リーダーを外へお連れするつもりで!?」

「そうだ。ある意味1番安全……。そう思ってね」

「なるほど……」

「よし、決まったね!?さぁLet's Go!!!!」

リッキーが合図を放つ。
同時に行動を開始した。

レイジはアルマゲドンと戦う為に街へと下り、山背はバトルタワーへ。
ポケモン部の3人の高校生はドーム内で待機&リッキーたちへの報告。
そして香流とミナミとリッキーはドームの裏を抜けてスタッフ専用通路を抜けると表れた、リッキーがロケでよく使う車に急いで乗り出した。

「あの、リッキーさん!」

「なんだい?香流君」

「ミナミを選んだ理由はいいとして……何故こっちを選んだのですか?」

「君を選んだ理由かい?」

リッキーは答えながらセルを回す。
乗り心地が売りの軽自動車は見た目に反してパワフルな排気音を鳴らせた。

「君は……面白いからさ。そして強い」

「えっ……?別にこっちは……強くは無いですよ」

「いいや、そんなことは無いさ」

リッキーは思い切りアクセルを踏む。
法定速度など知るもんかと決められたスピードを超え、更に許容内の20kmをも無視して山の名残を残しているドームシティ周辺の道を走ってゆく。

「君は僕に対してジャックすると言ってみせた……。この僕だぞ?FM田無と言えばリッキーと言うほどのイメージと知名度のある僕に対して畏れを抱かずして言ってみせたんだ。その豪胆さに惚れたんだ」

「は、はぁ……」

「君は見たところ……深部とは関わりが無いように見えるね……?なのにその強さは一体何処から来るんだい?」

ーーー

単純な攻撃を避けるのは簡単である。
たとえそれが、大きな存在であっても。

2つの光線は高野洋平に命中した。
しかし、神でも騙される時は騙されるようだ。

何も無い虚空から、ゾロアークにシャツを引っ張られた高野が突然出現した。

つまり、幻相手に'はかいこうせん'を撃ったのだった。

「なんだ?もしかしてこの程度……だったら」

「倒せるかも。なんて思ったの?」

今度はパルキアが'あくうせつだん'を、ディアルガは身を守らんと'まもる'をそれぞれ放った。

高野は刃が当たる前に逃げ回る事でそれを回避する。

「ってか……此処はポケモンが使えるのか……?」

電波が拡がっている範囲よりも上に居るようだった。
むしろ逆に、頂上から地上に向かって放たなくていいのかと思ったが、今はそれによって救われている。

「ゾロアークっっ!'ナイトバースト'だ!」

着地したゾロアークは禍々しい光を放つ。
対象はディアルガでもパルキアでもない。

「……!?」

レミだ。

驚き満ちた彼女だったが、逃げる事はしない。
間に合わないというのもあったが。

だが、光はレミの目の前で曲がる。
まるで、見えない透明の壁に守られたかのように。

「……やっぱりお前のポケモンか」

カクレオン。
自身の姿を透明にして彼女を守ったのだ。

「別にアナタの真似じゃないわ?優秀な特性に擬態する能力。コレよ」

「だが今ので分かったぞ。お前はディアルガとパルキアを扱えていない」

その言葉にレミはギクっとした。
体が瞬間火照ったのを感じた。

「まずお前は2体のポケモンに命令していないよな?技構成ぐらい把握出来ると思うのだが……何故かそういうのが無い。パルキアは俺に攻撃したのにディアルガは何故か守ったぞ?勝手に動いたのか?俺のゾロアークは別として……恐らく俺の他のポケモンでも勝手に攻撃するんだがなぁ?」

膨大なデータ量故に1個人が操るスロットが無かったのだ。
そして、今顕現しているディアルガとパルキアは入力し終えて間もない。
謂わば生まれたばかりの存在なのだ。

AI自らが考え行動するという力が弱かった。

「凄いのね?よくそんな所まで分かったわね?」

「良くも悪くも勘が鋭くてな。お陰でモテない」

「そういう所よ」

ディアルガが少しばかり浮いた。
と、思うと天に向かって吠え出す。

何事かと思いきや、

「なっ……なんか落ちて来たっ……!?」

無数の星が隕石となって決して広いとは言えない空間を、屋上を包む。

'りゅうせいぐん'だ。

あくまでも狙ったのは高野のみ。
レミはディアルガの真下で白い煙が昇るのを眺めているのみだった。

星が堕ちた音が、耳が破壊されても可笑しくない音が暫く響く。

逃げ場はない。
そんな状況で、

「居ない……?もしかして死んだの?」

煙が晴れた頃。
高野の姿がヘリポートから消えていた。

アスファルトは割れ始め、バキバキになってはいたが人体が原型を留めていない程の威力ではないのは確かだ。

レミは辺りを何度も何度も見た。

そしてふと、後ろを振り返る。
そこには、

タワーを半周して戻ってきたリザードン。

と、その足を掴んでいた高野洋平が彼女に蹴りを放った、その瞬間だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.436 )
日時: 2019/12/19 17:56
名前: ガオケレナ (ID: l2ywbLxw)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


レミは体を3度か4度回転して止まった。
その後すぐに、カクレオンに体を支えられながら立ち上がる。

「容赦ないのね……?17歳の女の子なんですけどー……」

「世界ぶっ壊そうとしてる奴の年齢なんて関係あるかよっっ!」

とは言ったものの、レミは鼻血を出し、手で鼻の周りをおさえている。
我ながら少しやりすぎたかと罪悪感が芽生える。

と、そんな風に余計な事を考えていると、彼女のカクレオンが拳に力を溜めながらこちらへと走ってくるのが目に映った。

'グロウパンチ'だ。

「お前馬鹿か!?目の前にいるポケモンが何なのか分かってんだろうなぁ!?」

リザードンはボールに戻した。
今、高野の前には'カウンター'で迎え撃たんとするゾロアークの姿が。

しかし。

突如として背後の空気が震える。

「……はっ?」

ディアルガがゾロアークに向かって後ろから'ときのほうこう'を放ったのだ。

高野はただ、目を真ん丸にして放心することしか出来なかった。

砲撃にも思える大きな音と衝撃が全身を打つ。

「うっ……ぐあぁぁっっ!!」

高野は、この衝撃だけで屋上から吹っ飛び、真っ逆さまに落ちるのではないかと勘違いしたことにより、うつ伏せに倒れようと両手を突き出した。

(いや……ダメだ!)

背中から攻撃してきたのはディアルガ"のみ"だ。
つまり、パルキアが追撃してくる可能性が突如として過ぎる。

高野は無防備にはならんと倒れる寸前で体のバランスを保ち、そのまま回れ右をする。

案の定、パルキアが腕を振りあげようとしたその瞬間だった。

「この戦い……コイツらにも注意しなくちゃいけないのかよ!?」

バトルの対象がレミとカクレオンだけだったらどれほど楽な戦いだっただろうか。

だが、今は"世界の崩壊を防ぐ"という目的意識を持つ以上伝説のポケモンには敵意を注がねばならなくなる。

敵が3方向から向かってくるのは必然的であり確定的だった。

その意味では、高野洋平はここに立つに足る意識を持ち合わせていなかったことになる。

「ふっざけんな……俺はただ証拠を押さえようと此処に来ただけってのによぉ……」

パルキアの'あくうせつだん'が放たれる。
高野は転がってそれを避け、ゾロアークも高く翔んで躱した。
同時にカクレオンからも距離を離す。

だが、高野はと言うと。

「てめーらの理不尽バトルには付き合ってられるかってーの!!ふははははは!!!」

むしろお前が悪役だと言わんばかりの高笑いをしながら屋上の手すりを掴み。

そのまま飛び降りた。

「えっ……?ちょっ、ええっ!?」

誰よりも驚いたのは敵であるはずのレミだった。
それまで戦う気満々だった男が捨て台詞の1つを吐いて落ちて行ったのだから驚くのも無理は無い。

しかし、無策で飛んだ高野ではない。

「ふんっ!」

重力に逆らってボールを真上に投げた。
それだけでもとてつもなく重く感じてしまう。

出てきたのはリザードンだ。

リザードンは視界に映った、地上へと落下している主人を何とか守らねばと早々に白いワイシャツをその手で掴んでは思い切り羽ばたく。

下手をすれば死へと一直線のそんな状況で、

「もしもし?香流か!?」

リザードンに助けられた身でありながら、彼は呑気に電話していた。

呆れたリザードンが主を真上へと放り投げる。

「あぁぁぁあアアア!!!!やめろリザーァァァドォォォォン!!!」

ーーー

「レン……?」

香流は硬直した。
突然高野から電話が掛かってきたと思ったら断末魔の絶叫が彼の鼓膜を直撃したからだ。

「れ、レン……大丈夫?何があったんだ!?」

「ちょ……あまり騒がないでくれ、ラジオが聴こえないっっ!!」

リッキーの軽自動車で尚も移動中の香流だったが、当の本人にそのように注意されるものの意識がそちらに向くことはなかった。

『もしもし……悪い、心配させて……』

「レン!?無事か!?」

『大丈夫ダイジョーブ……』

電話越しの呼吸は整いつつあった。
放り投げられた高野は、そのままリザードンにキャッチされてタワー外周をぐるぐると回っているのだから。

『いや今さ……何してるのかなーと思って』

「丁度よかった!今の状況を伝えたいと思っていたんだよ。ずっとね!!」

香流はとにかく喋り続けた。
今までに何があったのかを。
今、たった今何をしているのかを。

ーーー

「えっと……確かレンはこの辺りに居るんだったよな……!?」

山背恒平は走り続けた。
高野が居るとされているバトルタワーに向かって。

その入口手前に差し掛かろうとしていた頃だった。

「あら?あなたは……」

「あれっ!?レンと一緒だったはずじゃ……」

山背は地上に舞い戻ったメイと鉢合わせした。

「どうしてレンの大学の友達が此処に?」

「そういうあなたこそ!僕はレンが何をしているのか……今の状況を説明にと思って此処へ……」

「あのねぇ……今の時代スマホがあるのよ?それくらい連絡で済ませなさいよー」

「それだけじゃ足りないから来たんだよっ!!レンは何処だ!?」

あまりの迫力にメイは若干圧された。
そして一瞬迷った。

この人は一般人のはずだろう?と。
自分を深部の人間と知っているはずだろう?と。

相手が誰であれ引かない彼の強さにメイは思わず引いてしまったのだ。
だが、あくまでも一瞬。

すぐに我に返る。

「ダメよ、やめなさい」

グイッと、メイは山背の半袖のシャツを掴んでは引っ張った。

「ちょっ!!何するんですか!」

「やめなさいと言っているの。レンは今この建物の屋上。そこでディアルガとパルキア2体のポケモンを相手取って戦っているのよ」

「なっ……、何でそんなことを!?」

自分が聞いていた話と大分違う。
大きく戸惑いながら山背は、そこで足を止めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.437 )
日時: 2019/12/27 18:38
名前: ガオケレナ (ID: iTYEVpoy)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「な……何をしているのですか……?」

息を切らして戦地へと到着したレイジは戦慄した。
そこには見慣れた、しかし今このタイミングで見るには不自然すぎる人間が居たのだから。

「何故……あなたが此処に居るのですか!?」

「うるせぇぇ!突っ立ってる暇あったら戦え!!」

そこには、誰よりも深部の人間らしく戦う豊川の姿が。

メガシンカを果たしたヘラクロスがツノをぶん回しては人間ごとポケモンを弾き飛ばしている。

「コイツ……勝手に来て勝手に戦ってやがってよォ……どうなってんだ?」

「私に聞かれましてもねぇ……?とりあえずは……」

レイジは、既にバテており血まみれのルークを見つめつつ更にその奥にいる敵を見据える。
ボールを投げ、ゲンガーをメガシンカさせては'シャドーボール'を放つ。

「ここを平定させて宜しいので?」

「勝手にやれ。ついでにアレも連れ戻せよ」

ルークの尖った言葉に反してその表情は柔らかかった。
一時は死を覚悟した。
しかしその実、味方が来てくれると有難いのが正直なところだ。
いつの間にか、彼は恐れを抱かなくなった。

ーーー

「そういう事か……わかった。ありがとう」

リザードンに乗って急降下しながら高野は1から10までの話を聞くと通話をやめてはスマホをしまった。

「良かった……状況は俺の予想に反して良い方向に向かっている……!」

あまりに傾きすぎて本来の自分の目的が根こそぎ意味を失ったものとなったが、それはこれから直していけばいい話だ。

高野はリザードンに再び登るように指示する。

「もう一度屋上に向かってくれ。作戦を変更する」

高野は突風を体に受けながらこれまでに起こったこと、これから行うこと、そして自分自身に課せた使命を思い出しては決して引かずに進み続ける。

「このまま降りて仲間と合流するなり、作戦の練り直しをしても良かったが……それだけじゃダメだ。またあのポケモンたちによって地上が攻撃される……っ!!俺がどうにかして時間稼ぎするんだ」

ディアルガとパルキアは悪意を察知して、そちらへ攻撃を行う。
それは、天空から遥か彼方の地上であってもだ。

しかし、高野は身を持って気付いたのだ。
自分が屋上にいる間、自身がレミと戦っていた間は2柱のポケモンは地上への攻撃をしなくなった。
理由は簡単で、目の前に自分という名の明確な敵が居たからだ。

「アイツらが局に到着するまでの間!時間にして1時間か2時間するかしないかだが……その間世界を守ってやるよ……。俺は、世界最強と呼ばれたジェノサイド様なんだからよォ!!」

無謀なのは分かっていた。
ひとたび気を緩めば簡単に命が散ってしまう戦いである事も知っていた。

だが、ここで引いては駄目なのだ。
地上で逃げ惑っている力の無い罪無き人々を守る事。
そんな強い想いが己を鼓舞する。

しかし、それだけでは無かった。

世界の崩壊。
それは、彼にとってはもう1つの意味があった。

(俺は"あの日"決めたんだ……。殲滅者ジェノサイドに込めた意味を……。必ず、守り抜くと決めたはずだ)

その瞼の裏に映るのは、1人の少女。
これまでの人生で、そして、この世界で誰よりも愛した1人の少女。

「"アイツ"の世界を守り続ける!!だからこそ、下らねぇ理由でこの世を壊される訳にはいかねぇぇんだよぉぉぉ!!!!」

高野は叫びながらリザードンから飛び降りる。
屋上に到達するだけでは飽き足らず、更にその上を飛び続けようとしていたからだ。

ドン、と硬い物にぶつかった音が響く。
高野がヘリポートの真上に着地した音だ。

足から体の頂点にかけて痺れが伝う。
股間がやけに痛み出した。
その間高野は少しだけ時を戻したい衝動に駆られる。

翔ぶ距離が高すぎたと。

「あら?理不尽なバトルはしないはずじゃあ?」

「事情が変わったんだよ……。俺は今から本気でテメェに勝ちに行く!!」

ポケットの中で1つのボールを握り締めながら高野は堂々と宣言した。

彼女の背後で睨むディアルガとパルキアに臆すること無く。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.438 )
日時: 2019/12/28 18:09
名前: ガオケレナ (ID: Rzqqc.Qm)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「えーーっとぉ……待ってね……?」

リッキーは強く念じた。
運転に集中しろと。
香流コイツの話は聞くなと。軽く流せと。

その内容が衝撃的だった。
そのせいで集中力が乱れる。フロントを見つめる視界がぼやけるほどに。

「つまり君が……ジェノサイド、じゃなかった。高野君がジェノサイドでなくなった原因なのね?」

「原因って……まぁ、そうですけど」

知らなかった。
まさか高野洋平ともあろう者が普通のトレーナーに負けたことで深部を去った事を。突然失踪したとしか聞かされていなかった話の裏にまさか彼が関わっていたなどと。

だが、その結果リッキーは理解した。
放送局をジャックすると突然言い出す気の強さ。
その根本的なキッカケはこれを含めた彼の深部との関わり。その戦いにあった事を。

「で、でもあれなのよ?あの時は本当に厳しい状況で……」

「分かってる」

ミナミはフォローのつもりだった。
当時のジェノサイドが敵対組織と議会全体から追われていた、正に詰み状態であった事を伝えようと。
しかし、それは外から見ても公表されている言わば周知の事実。

「あの頃の彼等が八方塞がりだったのは知っていたよ。世界のパワーバランスを破壊したSランク組織ゼロット、その戦いの結果もう1つのSランクアルマゲドンからも狙われ、そのような混乱の結果議会が見捨てた。流石のジェノサイドでもどうしようも無かったはずだ」

戦いの果てに。
彼は、高野洋平は仲間に何と指示したか。
その間自分は何をしていたのか。

「僕はね……今の話を聞いて正直ゾッとしたよ」

「香流君の正体に?それとも、意外な事実に?」

「それもそうだが。ちょっと違う」

リッキーはもう後ろを見なかった。
前方の車の速度が下がってきたからだ。

「あまりにも都合が良すぎる。そう思わないか?」

「都合?ウチはてっきりあの人の考えた事だと思っていたけど……」

「あんな状況で君たちが来るなんて予想もしていなかったはずだ。なのに君たちは本当に深部とは関係ないのに戦いに混ざり、散々翻弄された挙句にジェノサイドに辿り着いた。ここだけでも奇跡に近いよ。……なぁ、香流君。君は本当にジェノサイドと……簡単な口約束を交わしただけで戦ったのかい?」

リッキーの重い口ぶりからの質問。
それに対し、
香流はすぐに返事した。

あの日。
2014年12月18日。

長池公園という煉瓦の橋と森しかないごく普通の自然公園で。

2人は確かに交わした。

「はい。こっちとレンは……。レンは自分が負けたら深部を辞めると宣言してこっちと戦いました」

「その時の彼は……本気だったかな?」

遂にリッキーの車は前の車に追い付いた。
法定速度よりも20㎞スピードを落としてノロノロと走る。

「えっ?」

「僕はね、こう思えて仕方ないんだ。"このチャンスを逃してはなるものか"ってね」

リッキーの抱いた思い。

それは、高野洋平が"わざと"戦いに負けるよう仕向けたのではないかと。

「そう言えば……レンはラティアスを使って来なかった!」

あの時、実は香流は煽ったはずだった。

ゼロットを完膚無きまでに叩き潰し、正に力の差を見せつけたポケモンを。
準伝説とは言えど、普通のポケモンとは全く別物だとすべての傍観者に見せつけたあのバトル。

それを再現しろと。

「でもレンは……何故か拒否した。何か強く躊躇うような感じだったけれど……確かにレンは使えば絶対有利だったポケモンを使わなかった!」

「……な、何で君たちは、そうやってぶっ飛んでるのかなぁ!?準伝説のポケモンなんて我々には使えないはずなんだよ!?今回の騒動といいジェノサイドといい……何で彼らには特別なポケモンが使えるんだい!?」

それを聞かれても困ると言いたげな顔を香流とミナミは同時に示した。
理由があるとしても分かるわけがないのだ。

「だが……これでハッキリしたね?ジェノサイドは状況を変えるためにわざと負けた。君達を利用する形で。それが成功したか否かは君たちが1番知っているはずだ」

車内はシンと静まり返る。
香流は香流で色々な目に遭ってきたし、ミナミはミナミで上手く立ち回ることが出来たからだ。

「おっと、ダメだ。ここまでだな」

そして、リッキーも残念そうに呟く。
車は完全に停まってしまった。

渋滞である。

「あと1時間から半で着く予定だったのに……此処で停まっちゃあ2時間は掛かるな」

「2時間ですって!?」

ミナミが突如として叫ぶ。

「異変が起きて2時間経とうとしているのよ!?このままじゃあ間に合わないわよ!!」

場所はドームシティと西東京市の中間地点を通り過ぎて暫くした辺りだ。
幅の広い都道の真ん中らしかった。

「どうするのよ!?大体あなたがもう少し速く運転していれば……」

「こんな日にスピード出したって大した変化などある訳がない!……と言うかこの為に君たちを用意したんじゃないか!」

リッキーはギアをパーキングにしてサイドブレーキを掛けると足を離して後部座席の方へと振り向いた。

「香流くん、ミナミさん。どちらか空を飛べるポケモンは持っているかい?」

瞬間に察する。

1人を置いて残りの2人で空を移動するのだと。
そしてその役目は自分なのだと。

香流は人2人を乗せて速く飛べるポケモンなど持っていないからだ。

「ウチがカイリュー持ってるけど……」

「ナイス!じゃあ説明はいらないね?香流くん。車を任せた。今から僕と彼女で直接ラジオ局行ってくるからさ!」

「ええっ!?ちょ、こっちは運転したことなんて……」

香流の言葉を無視してリッキーはドアを蹴破ったかのように勢い良く開けると外へと飛び出し、ミナミの元へ走る。

「早く!さっさと行くぞ!間に合わせるんだ!」

ミナミは取り残される香流を心配しつつ相当に動揺しながらボールを取り出しては窓を開けて外へと放つ。

「ゴメン……ウチ……」

「こっちは何とかするよ……」

その場を任せるかのように、しかし仲間を見捨てる素振りにも見えるようにしてカイリューはリッキーとミナミを背に乗せると上空へと羽ばたくと。

突如として疾風の如く飛び去った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.439 )
日時: 2020/01/02 19:40
名前: ガオケレナ (ID: 8ZwPSH9J)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「僕はどうすればいいですか?」

「何も出来ないわ。あなたも私も。素直に戻った方がいいかも」

山背とメイは時折バトルタワーを眺めた。
これより上に登ってはみたいと言う思いがあることはあるものの、屋上までの通路は途中で破壊されたために行くことは不可能。
ポケモンの力で飛ぼうとしても電波の力に遮られるのでこちらもまた不可能だ。

山背はメイと共に避難所に戻る他はなかった。

「別に悔しがる必要はないわ?あなたはあなたのやれる事は最大限果たせた」

「でも、レンとは接触出来なかった……」

「逆に考えるべきよ。今のこの状況でレンに会えたとしても、目の前にはディアルガとパルキア。あなたには戦える覚悟と逃げられる勇気があるかしら?あるのならばいいけれど」

あるはずが無かった。
山背は幾ら知識で深部の事を多少知っていたにしても、ただ知っただけに過ぎない。
それを活かす行動が出来るかと問われたら恐らく彼には出来ないだろう。
決してメイも山背を責めたわけでも煽ったわけでもない。
言葉はキツいかもしれないが、そうでないと若さ故の狂気というものは抑えられない。
特に、彼を含む高野の友人は深部の戦いに少なからず影響を与えているのだ。
それなりに釘を刺さないといけないのは時折聞いた高野の話と彼の記憶で教わった。

「さぁ、戻りましょう?平穏な世界へ」

ーーー

ゲッコウガの'ハイドロポンプ'が天を貫く勢いであるかのようだった。

それはディアルガの顎部分に突き刺さると水流に圧されて体がぐらついた。

バランスが崩れ、片足が浮く。
しかし、倒れるにいたらない。

「クソっ、駄目か!?」

「まさか本気で倒す気でいるの?とうとう狂っちゃったかしら?」

上空から攻撃したゲッコウガが着地したその地点をあらかじめ狙っていたと言わんばかりに、'グロウパンチ'を纏っていたカクレオンが迫る。

'へんげんじざい'でタイプは変化しているため相手から抜群を取られることは無いのだが、

「うっぜえええぇぇぇーー!!」

高野が叫び、ゾロアークが間に割り込む。
カクレオンに打つのは'ふいうち'だ。
細く黒く長い肘がカクレオンの喉元へと刺さる。

カクレオンはえずきながら、モロに直撃した部分を手で抑えながら手足をばたつかせて悶える。
敵の技は不発した。

しかし直後にディアルガの'はかいこうせん'がやって来る。

その光線は仰向けになっているカクレオンの鼻先を掠め、ゾロアークはひゅんと姿を消すようにしてそれを躱し、高野も真横に走ってそれから逃れる。

「メンドくせぇぇぇ!!なんで全員の相手しなきゃならねぇんだ!」

と、いう高野の本音はパルキアの敵意を生む。

パルキアは体全体の力を拳に込めると、1つの球を生み出し、打ち出した。

'はどうだん'だ。

必ず直撃する技。
どんなに回避を重ねても、波動を込めたエネルギー弾はどこまでも追尾してくるのだ。

高野の危機を案じたゲッコウガが先に動く。
'ハイドロポンプ'を打ち込み、'はどうだん'と相殺、爆発し霧散させる。

「'はどうだん'そのものに自我が無くて良かったぜ。でなければ、ゲッコウガの技すらも避けて俺に向かってくるだろうからなぁ?」

一応皮肉のつもりだった。
それまで生き物か機械かという論争を繰り広げていた自分自身やそんな世界そのものに、終止符を打った現実そのものに対する。

「だが変だなぁ?神ともあろうポケモンが、ほんの少しばかりの工夫も凝らせないのか?俺がこの前戦った杉山とかいう奴のルカリオは、打ち出した'はどうだん'を操作出来ていたぞ?それすらも出来ないのか?」

「ルカリオにはルカリオの……この子たちにはこの子たちの特徴ってものがあるのよ!その気になれば、時間そのものを操って……」

「やれよ。出来るものならな」

高野洋平はこれでもかと挑発する。
レミもそれを理解していながら、歯痒く感じていた。

「アナタ……知っているのね?……この子たちの特徴を……」

「まぁな。そしてそれは、もう少しすればやって来る。俺を此処で嬲り殺しにしても構わないが、果たしてそれだけでお前らにとって勝利となるのか……よーく考えた方がいいぞ」

ゾッとする違和感の塊のようだった。

何処で、どのように彼がディアルガとパルキアの特徴及び弱点を見出したのか。そして何故分かったのか。
レミは、それが不思議でならなかった。

「やはりアナタとは……今此処で決着を付けるべきなのね」

「まぁ……それは俺も同じだ。俺だってバルバロッサの世話になった人間の1人なんだからな?」

ゾロアークは真正面に向かって'かえんほうしゃ'を吐き、カクレオンは回転しながらジャンプしてそれを躱す。

そのまま飛び膝蹴りの要領でカクレオンは突っ立っているだけのゾロアーク目掛けて飛び掛った。

身体中から力が溢れているようだった。
それが'おんがえし'だと気付くのに時間が掛かったが、

「それが来るのを待っていたぜ!」

高野は叫び、ゾロアークに命令した。
迎え撃つように。

「ノーマルタイプに変化したアイツにぶっぱなしてやれ!'ナイトバースト'ォォ!!」

ゾロアークの腕から、口から、全身から大量のオーラが溢れ出ると押されることなくカクレオンを呑み込んでいった。

「'へんげんじざい'のカクレオン……。確かに厄介なポケモンだがタイミングさえ計れば負けない相手じゃない……。俺がゲッコウガをよく使う人間だと知っておくべきだったな?」

誇らしげに語る高野の声を聞きながらレミは墜落し倒れたカクレオンをボールに戻す。

「随分と余裕ね?何か見出したから?でもそんな事これからも言っていられるかしら?」

レミは再び構える。
手にモンスターボールを握りながら。

「アナタのゾロアークなんか……この子の前では怖くも何ともないわ!」

出てきたポケモンとは。
最強最悪と言わざるを得ないものだった。

「出てきてちょうだい……ガルーラ!」

その刹那、首から下げていたロケットから眩い光が灯る。

「メガシンカ……それも、メガガルーラだと?」

高野は確かに感じ取っていた。
今から起きるバトルはこれまで以上に、沼にはまるような深いものになる事に。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.440 )
日時: 2020/01/04 16:36
名前: ガオケレナ (ID: aOtFj/Nx)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ガルットモンスター。
かつて、そのように呼ばれた時代があった。

6世代で初めて実用されたメガシンカにて、それまで陽の当たらなかったマイナーなポケモンにスポットが当てられた画期的なシステム。
しかし、蓋を開けてみればそれはガルーラの暴走の他ならなかった。
公式大会においてはメガガルーラが跋扈し、ランキング上位者は全員がガルーラを使用するというゲーム環境が地獄と化したその様。
その様子を皮肉った言葉がそれだ。

では、高野洋平らが在籍する深部ではどうだったか。
メガシンカはゲームとは違い、現実世界で使おうものなら相応の手間が掛かる。
元々限られた人間しか使えないシステムとなった今、ゲームのように全員が全員気軽にメガガルーラを使うような環境ではなかった。
そんな意味では深部では、現実世界では各々が好きなポケモン、強いと思えるポケモンを使える、ある意味では理想的でバランスの保たれた世界が維持されていた。

しかし、とは言え。
ゲーム環境に準じた世界にバランスブレイカーが放たれればどうなるか。

高野洋平の前には、その元凶が御見えだ。

「俺はレートだとかネット対戦だとかが嫌いなんだ。その理由が……分かるか?」

「アナタが最強じゃなくなるから?」

「惜しい。半分正解だがな」

高野のゲッコウガが動いた。
手に手裏剣を握りながら走る。

「退屈だからだ。ゲーム空間だけのバトルと、この世界のすべてがバトルフィールドの戦いを比べると戦略の幅が違いすぎる。つまらないんだよ」

'みずしゅりけん'を打つと見せかけて、その瞬間武器を消してみせる。不意打ちだった。

ガルーラが身構えたとき、放たれたのは'れいとうビーム'だ。

(不意打ち!?ジェノサイドらしいと言えばらしいけれど)

しかしレミは終始落ち着き、頭の中で組まれたシュミレートを再現するのみだ。
恐れはない。抱く必要もない。

「'ねこだまし'」

どういったわけか、瞬間的に移動したガルーラがゲッコウガの眼前で手を叩き、動きを止める。

「チッ、"そっち"だったか……」

「まだ終わらないわ!!」

ガルーラの攻撃は終わらない。
メガシンカの影響で急成長した子ガルーラも母に続く。

子の'ねこだまし'も加わり、ゲッコウガの技は中断され動きは完全に止められた。

「あぁ、でもこれだったら'れいとうビーム'を待った後でもよかったかも」

次にガルーラは拳に力を込めた。
それは、カクレオンのせいで見覚えがあった技だ。

「'グロウパンチ'」

怯んだゲッコウガには難なく命中した。
1度とならず2度までも。
母ガルーラの大きな拳と子ガルーラの小さな拳がゲッコウガの顔にぶち当てられる。
距離は前の攻撃のお陰で目と鼻の先であったため、これも問題ではなかった。

「'グロウパンチ'は一撃ごとに攻撃力が増す技……それが2回攻撃となると……」

「そ。これがメガガルーラの恐ろしさよ。バランスの良いステータスに加えて1度に攻撃力が2段階上昇するのだから、果たしてのんびり戦ってていいのかしらね?」

「ほざいてろ!好きに言え。俺も好きにやらせてもらう!」

交代という選択肢はなかった。
高野も高野で今この場を耐え忍ぶ。
それだけで良かったのだから。

ーーー

「あばばばばばば……」

「ちょっとしっかりして!慣れないかもしれないけれど……あなたが正気でいてくれないとウチも困るの!方向コッチで合ってる!?」

カイリューは全速力で空を飛び回った。
ミナミとリッキーを乗せて。

深部の人間にしてジェノサイドの構成員から赤い龍のリーダーというとんでもない経歴を持つせいか、カイリューに乗る事に抵抗は無かったが、反面生身で強い風を浴びる事に慣れるほどリッキーは出来た人間ではない。

強い吐き気と目眩に襲われる。

「ぐっ……おろろろろろ……」

「ねぇちょっと!聞いているの!?」

「き……聞いてる聞いてる……大丈夫だぜぃ愛しのハニー……」

「……」

こりゃダメだとミナミは呆れ、ならば自分がと移り行く街並みを眺めるも、そこは見たことの無い街だ。

上空から線路や駅を見つけはするも、それが何処のものかまでは分からない。

「もう少しだ、もう少し真っ直ぐで……。あの辺で車から降りたんだから遠くはないはずだ。もうちょっと進んで〜。あ、でも僕は降りたいかも」

「だったら降ろしてあげようか!?ここから真下にね!」

車酔いにも似た症状が出ているせいか、最悪な気分を表すかのように「もう二度とカイリューには乗らねぇぇー!!」と大声で叫びながらこがね色の空を突き抜ける。

もう少し。その言葉を信じながら。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.441 )
日時: 2020/01/07 12:06
名前: ガオケレナ (ID: UEHA8EN6)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


圧倒的だった。
相手をする度に初見であるかのような感想を覚えてしまう。
それ程ある意味では強烈なのだ。

メガガルーラ。
高野洋平がこのポケモンと戦ったのは今回が初めてではなかった。
深部の戦いにしても、友達との遊び半分のバトルにしても。
だから、高野はこのポケモンが好きにはなれなかった。故に使う事はまず無かった。

ボロボロだったゲッコウガはガルーラの'グロウパンチ'に倒れる。

今レミのガルーラは攻撃が3段階上昇している。
この状況で"普通の"ポケモンを出してしまうと確実に負ける。
かと言って防御が極端に高いポケモンを呼び出しても泥仕合になるのは必至。

(ナットレイを使うか……?それともメガボスゴドラにするか?……いや、どれも'グロウパンチ'の餌だっ!)

詰み。

高野の脳裏に、シンプルなまでの2文字の言葉が浮かび上がる。
用意出来るポケモンすべてを想像し、頭の中で戦いを組み上げても勝てるビジョンが思い浮かばない。
それはつまり、最強と持て囃された人間であっても、メガガルーラの恩恵を受けた人間の前では為す術がないことと同義だった。

結局彼は強くも何ともない人間で……。

「……?」

空気が変化した。
高野は思わず俯きかけていた頭を上げる。

そんな事をしている最中にも、2柱のポケモンは自分を抹殺せんと攻撃を放ち、ゾロアークがそれを防ぎ、守っている。

そんな中の出来事だった。

「これ……は……?」

ーーー

「着いた!!あれだぞ!」

リッキーはほぼ毎日見ている建物を指して叫んだ。

上空に居ては現在地が分からない。
なので地上から約15mの位置を維持しながら、地上に被害が出ない程度にスピードを抑えて翔んでいた時のことだ。

「あれだ!あれが僕の職場……あの電波塔のすぐ隣!!」

休日である事も相まって広い道路に車がびっしりと張り付いている。
下町を思わせる、しかし都内らしく駅周辺は現代的な街並みで綺麗に整備された景色。
そんな駅を越え、やや拓けた土地の、学校や住宅地、そして畑と懐かしささえも覚えそうな街中に突如として現れた電波塔。
その真隣に、パッと見てスタジオだと分かる商業施設が凛とそそり立っていた。


「あの真ん前で止めてくれ!すぐに突入するっ!」

リッキーは街のランドマークでもある電波塔を示す。

「考えはある訳!?」

「勿論だろう!?念の為君も着いて来てくれ!1人じゃ心細い……やや手荒なやり方だからその気で居てくれよっ!」

そう言って着陸したカイリューからジャンプするように飛び降り、駆け出したリッキー。

それを追いかけるようにミナミも必死に走る。
警備の一切が無い無防備な入口をすり抜けるようにして侵入し、広いとは言えないスタジオを駆け回る。

「あれ……?リッキーさん?どうして此処に?」

顔見知りらしき仕事仲間の1人が声を掛けるも、彼は全速力で走っている最中である。
反応する間もなく廊下を走り抜ける。

「リッキーさん?」

「えっ?どうした?」

「大会会場に居るはずじゃ……」

「オイ誰だ!部外者入れた奴!!」

1つ1つのスタジオの前を通り過ぎる度に声が上がる。
ミナミは少し申し訳なさそうな顔をして通り過ぎてゆくと、

リッキーが突然乱立するスタジオの中の1つの扉を開けた。
そしてサッと入る。

「君も入れ!」

怒鳴られたミナミはその言葉通りに行動した後に返事をした。

「そうなんですか〜。ラジオネーム"たーくんママ"さんはこの大会がきっかけでポケモンを始めたのですか〜。いやぁ、影響かなり大きいんですね!」

スタジオの中は当然ながら収録中であった。
放映中の番組に沿ったDJがリスナーの便りを読み上げつつ曲やニュース、そして雑談を交えながら己の職を全うする。

変わり映えしない、当たり前の光景だった。
そんな空間を、1人の男が踏み荒らす。

リッキーは目の合図で「コイツを外に追い出せ」とミナミに送っているようだった。
その次の瞬間。

「ではー、今日のゲストです!現在注目度MAXのー……」

「ハイどもーーー!!お疲れSummer!!大人気DJ注目度MAXPOWERのリッキーでぇぇぇぇーーーす!!」

マイクを取り上げ、電波ジャックさながらにリッキーが番組に乱入。
その声は全国に放送された。

「えっ!?ちょっ……リッキーさん……」

女性DJは彼に思い切り両手で突き飛ばされ、その後すぐにミナミがその腕をぐいと掴み、瞬時に扉を開け、スタジオの外へと放り投げる。
それが済むと鍵をしっかりと閉め、密室空間へと変貌させた。

「ちょっと!!リッキーさん!?何をやっているの!!開けなさい!」

扉の向こうで何度も何度も女性DJがドンドンと扉を叩きながら叫ぶ。
その異変に気が付いた、周辺に居たスタッフ達がぞろぞろと集まってくる。

「いやねー。今日は多摩市の大会会場からではなく、直接スタジオからお送りしまっす!」

その声、その振る舞いはいつものテンションそのままだった。

普通ラジオ番組には台本が存在しない。
基本的なマニュアルのような、必ず言うべき文言を纏めたものならばあるのだが、番組内はDJがゲストやリスナーからのメールやハガキを元にオリジナルで進めていく。

その上で、今のこの非常事態。
占拠したも同然のこの状況において、リスナーに違和感を一切与えない。

本物のプロが、そこには居た。

それをまざまざと見せつけられてミナミは心が震えたのを感じていた。

(凄い……!?こんな時なのに……世界が終わりそうって時なのに……平然としている……。いつものリッキーが居る……!?)

ミナミは破壊されないようにと、扉を押さえつけながらその声をただ聴いた。

「みんなー。見てくれ。今のこの空を……。綺麗だよなぁ。凄いよなぁ!?……まるでカミサマでも降臨しそうな神々しい空だよねぇ……。そんな時に相応しい曲を聴いてみないかー?」

その間に、リッキーは機材を操作する。
とにかく時間の一切を無駄にせんと、告知しつつも目当ての楽曲を探す。

「おい開けろ!!何をしている!」

外から怒号が飛んできた。
役職が上らしい男性が息を切らしてやって来たかと思うと怒鳴りながらドアに突進をかます。
押さえるので精一杯のミナミは、ポケモンの手も借りようと必死な思いで巡らせていた頃。

リッキーの手が止まった。

「それじゃあ聴いてくれー。ラジオネーム"最強な雑魚"さんからのリクエストでー……"オラシオン"」

そう言って、彼の指が何か、"ボタンのようななにか"に触れた。

そして。

ーーー

「おや?何やら外が騒がしいね?」

「議長、これはスピーカーの音ですな」

塩谷利章は、バトルタワーの12階の応接室にて、数多くのマスコミ関係者と共にそこに居た。
突然この建物と会場、そして周辺敷地内のスピーカー音が大きくなったかと思うと、それまで放映されていたFM田無のラジオ番組が誰の耳にも届くレベルで行き渡り出したのだ。

「ちょっと……うるさくないかな?」

塩谷は隣に立っていた議員に苦笑いする。

「私が音を下げてきましょうか?」

「あぁ。済まないね」

去りゆく背中を見つめながら、塩谷は今後の展開を考える。
今も自分が此処でのんびりと大人しくしている間にも戦いは始まっている。
自分が思い描いた未来を現実とする為に、次なる一手を打つ。

その1つが情報統制だった。
現に、日本のメディアは真実を伝えていない。
桜ヶ丘ドームシティで繰り広げられている惨状の一切が闇の中に葬られている。

……その予定だった。

『みんなー。見てくれ。今のこの空を……。綺麗だよなぁ。凄いよなぁ!?……まるでカミサマでも降臨しそうな神々しい空だよねぇ……』

その声に、塩谷は耳を疑った。
異変は先程の議員が去ってすぐに起こった事だった。

(なん……?どういう……事だ?)

決して伝えるべからずと今居る報道各社に固く伝えたはずの事柄を易々と述べ続けている存在がいる。
何処で、どうやって漏れ出したのか。
塩谷は必死に頭の中を探るが答えは出ない。

すると、先程の議員が戻って来た。

「議長!ダメです!ドーム裏手の放送室でないと調節出来ませんっ!」

「その〜……放送室には行けないのかい!?」

「鍵が掛かっています!それから……ポケモンを使う怪しげな者に封鎖されていて近付けません!!」

「何だとっ!?」

塩谷も確信した。

深部の人間が絡んでいる事を。

自身の目論見が自身の駒によって潰えた。
完全に失敗した事実を噛み締めながら、ただ流れるラジオを聴くことしか出来ない。

『それじゃー聴いてくれ。"オラシオン"』

その直後、聖なる調べが奏でられ始めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.442 )
日時: 2020/01/07 16:23
名前: ガオケレナ (ID: 9/mZECQN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


叫び声が響いた。
それも、1番聞きたくない声だった。

「やられたか……」

いつ出血したのか、自分でも定かでない血で顔を真っ赤にしながらルークは呟いた。
声の方向は先頭。

ちょうど、豊川が進んで行った方向からだ。
そして、紛れもなく彼の声だった。

「ルーク様……今の声はもしかして……」

「考えんじゃねぇ。全部自己責任だ。どうなろうが知ったことじゃねェよ」

「では……あれも無視して宜しいのですか?」

と、レイジは空を指した。
不思議に思い見上げると、

「また何か始まりやがった……」

白く輝く空に開いた天国の門。
そこから、蠢く影があった。
時折、手の指のようなものまで見えてくる。

既に2人は坂を下り、街に着いていた。
それはつまり、豊川を含む前線が市街戦を行っているという事。

しかし、止まる訳にはいかない。

終わりが見えない深い戦いへと身を投じ……。

奇しくも、聖歌が流れたのはそんな瞬間だった。

当然、彼らにそれは聴こえない。届かない。
しかし、"変化"は確実に起きていた。

蠢く指が止まる。
敵意剥き出しの2柱の神の動きもそこで鎮まる。

ーーー

その唄は、届いていた。

天に最も近く、そして神の鎮座する天辺に。

「なに……?これは……?」

レミは突然の変化に驚き戸惑いが隠せない。
'ときのほうこう'と'あくうせつだん'を放つその直前にあったにも関わらず、それらのポケモンの動きが突如として止まったからだ。

止まり方も異常だった。
外から無理やり縛り付けるような力で抑えているようなものでなく、自ら変化に気付いてそれに伺おうとしているような、柔らかい動きだったのだ。

それは確かに、唄を聴こうと集中しているかのように。

"たかだか人に満たないAI"が。
ヒトが造ったモノに揺らいでいる。

「間に……合ったのか……?」

高野は安堵した。
これ以上の救いは無いというほどに。
そして成功した。

ディアルガとパルキアの無力化に。

「ちょっと……どうして……?動いてよ、戦ってよ!!」

「無駄だ。コイツらはもう……動かない」

レミは叫ぶ。
しかし、外部からの侵入を悉く防ぐファイアーウォールの如くそれを受け付けない神の姿があった。

美しき歌は尚も紡がれる。

それに聞き惚れながらも、高野は続けた。

「お前は……ダークライの映画を観た事があるか?」

「はぁ?ダークライの映画?まさか……その通りの結末を再現しようと……」

「違う。だが、あれがヒントになったのは確かだ。……お前は、お前たちはポケモンの事を人工知能だと言ったが、それにしては不自然で、尚且つ不要なものがある。感情だ」

それは、これまで生きてきて見つけた事実。

昨今のSFで描かれる、無感情なAI。
それを否定するかのような、ポケモンと言う存在。

彼らには感情が確かに存在していた。

戦いに傷付けば痛みを感じ、敵を前にすれば敵意、悪意、殺意をぶつけ、そして最愛の人と共に在れば笑いさえ傾けてくれる。

高野洋平の日々が、それを証明していた。

「ディアルガが本当に時間を一方的に進めて敵を倒せば最初からそれをやっていればよかったんだ。だが、お前はしなかった。いや、出来なかったんだ」

時の証明。
それをレミやアルマゲドンという組織が手に持つ量子コンピュータで打ち込む事が出来なかった。

だから、

「お前たちは自分たちで思い描いた時空そのものをディアルガとパルキアという存在で定義した後に証明しようとした。その結果が"タイムラグのあるシンギュラリティの到来"だろ?」

ディアルガは確かに時間を操れる。
しかし、それは、本調子を取り戻してからの話だ。
その本調子とは、シンギュラリティ到来"後"そのもの。

故にレミは、アルマゲドンは神と呼ばれしポケモンを完全に操る事が出来ていなかった。

「そこで俺は考えたんだ。本調子でないのならば、力を振るうにはどうするんだろうとな。そこで脳裏に過ぎったのが……」

バルバロッサが嘗て操った、3体の伝説のポケモン。
トルネロスとボルトロスとランドロスだ。

バルバロッサはこの時、3体の本来の力を超えた"潜在意識"を利用して更なる力を得ていた。

真の力を使えない今、このポケモン達が時空を広げていると言う事は?

拳を振り上げ、殴りかかろうとしてくる人間が居た時、どうやって止められるか。

拳を振り上げるに足る戦意がそもそもな話存在しなければ良いのだ。

そういう事となれば。

「このポケモン達は止められる。その答えが……オラシオンだ」

空が、天国の門が、広がりかけていた時空が止まる。

祈りは終わった。
そして、その祈りは遂に届いたのだ。

ーーー

スタジオからは変化が臨めない。
曲を流し終えたリッキーは、静かに椅子から立ち上がる。

無言で歩き、椅子を尚も支えているミナミの肩を叩いた。

「もういいぞ……ありがとう。あとはいいから、テレポートか何か使って逃げてくれ」

「でも……それじゃあ……」

「いいんだ」

そう言って彼女を扉から離し、自らそれを開けたのでミナミも応じてキルリアを呼び出すと'テレポート'で屋外へと逃げる。

「自分が何をしたか……分かっているんだろうな?リッキー……」

「勿論です……。室長」

明らかに自分よりも立場が上の男を前にしても、リッキーは淡々とそのように言うのみ。
その目には強い覚悟が据わっていた。

ーーー

まず初めに、天国の門が消えた。
その後にディアルガとパルキアが飛び去るようにして消えた。

空も徐々に徐々に元通りの夏の青空へと戻ってゆく。

「そん……な、……。いやっ、嫌ァァァァァ!!!」

「お前らの目論見もここまでだレミ!!お前達がどんな理由を持ってしてこの世界をブチ壊そうとするならば……俺は如何なる状況でも必ず立ち塞がるっっ!それを手土産にさっさと消え去れ!」

頭を抱え、髪をグシャグシャにして半狂乱になりながらも、レミは高野を睨む。
殺意を通り越して怨念をも宿しているようだ。

「どうして……アナタはいつもいつもいつもいつも!!!!邪魔してくるのよっっ!!」

「当然且つ単純な理由だ。何としてでも守りたい人がいる。それだけだ」

その言葉を、彼女は呆然として聞いていた。

なんだ。それではまるで、自分達と全く同じじゃないか。

最愛の父親が目覚めない今。
野望も潰えた今。

父の思想に染め上げられた少女は、止められなかった。
その足を。

高野洋平は静かに歩む。
憎しみを抱いているであろう敵に向かって。

呼び出したばかりのヤミラミを通り過ぎ、どうやっても倒せなかった相手のメガガルーラの横を通り過ぎ、男は少女の前に立つ。

「お前はお前の父親同様……世界を敵にした。失敗し、損害を蒙った今お前は責任を取らなくてはいけない」

尚も歩む。
段々と近づくそれにつられて、レミは振り返らずに後ろへと下がる。

「俺もジェノサイドだった頃……口癖のように言われたよ。この世界は不完全だと。つまらなく汚く、最低な世界だってな。恐らくあいつは……バルバロッサは絶望していたんだろう。その想いは……不幸にもお前たちに受け継がれてしまった」

高野は足をふと止める。
レミも続いて足を止めた。
しかし、片足に違和感がある。踏む感触が無いのだ。

ディアルガとパルキアの攻撃で手すりが吹き飛ばされたせいで端へ端へと追いやられた。

つまり、自分は今落ちる寸前にあった。
レミはそれを自覚した。

「お前はこの世界に絶望しているか?」

高野は問いかける。
しかし、レミは答えない。
全身を震わせて静かに涙を流すのみだ。

「確かにこの世界はクソだ。俺らみたいな人間がどんなに頑張っても、富を得た"支配者たち"には及ばない。どんなに努力しても……どんなに苦しみに打ちのめされても……どれだけ悲しんでも……!!誰も助けてくれない……ッ!此処はそういう世界だ」

「アナタは……」

か細い声だ。
辺りが静まり返った今でも、注意深く耳を澄ましていないと聴こえない声だった。

「アナタは……絶望、している……の?」

「当然だ。でも俺には……使命がある。打ちひしがれている暇は無い程にな。だから俺は生きていける」

訳が分からないといった顔だった。
レミは、年長者の言っている言葉の意味が理解出来ない。

「お前は今から償え。それがお前に課した使命だ」

と、言って。

トン、と
彼女の体を軽く押した。

ーーー

退却命令。

自分たちにそんな情報が流れてきたのは、音楽が止んですぐのことだった。

「目的は成功。戦いは終わったので各々すぐに戻るように」

そんなメールが組織の長から届いた。

「ルーク様!ルーク様!!」

「ンだようっるせぇな……」

「空が!!空が元通りになっています!!」

物静かなレイジが叫んだと思ったら、その通りになっていた。
水に滲んだインクのように、金色の要素が抜けながら、青い空が姿を現してきている。

「まさか……やりやがったのか!?」

敵からの動きも無くなっている。
これ以上進む理由が無くなった今、ルークは現実を確かに受け止める。

ーーー

レミは突き落とされた。
死を覚悟した。

距離がある分、その死は突然ではなく緩やかに来るのだろう。
我ながら嫌な死に方だと思った。

そして、いい人生でも無かったと思い出すかのように巡った。
母親に棄てられてから歯車は狂った。
いや、もしかしたら産まれた瞬間から歯車のパーツが足りなかったのかもしれない。

いつまで経っても死はやって来ない。
恐ろしくて目を開ける事も出来ない。
瞑っているせいで視界は真っ暗だ。
もしかしたら、もう既にこれが死なのかもしれない。

「案外……あっさりしてるなぁ……」

その刹那、驚きと共に目を開けた。
どういう訳か、自分の呟いた声が耳を通して聴こえたからだ。

そして今の自分の状況を理解した。

パルキアが'はどうだん'で吹き飛ばした非常階段。
そこの、破壊されてひしゃげた鉄の網に服が絡まってぶら下がる格好でいた。
まさに彼女は九死に一生を得ていたのだった。

「えっ……生きて、いる……?この世界で……死ねなかった……?」

唐突に涙が溢れて来た。
理想の世界に立ち会えなかった事に。
愛する者の理想を叶えられなかった事に。

そして。

最後に、突き落とされた瞬間に発せられた彼の言葉を理解出来た事に。

高野はレミが落ち始めたその瞬間、こう言った。

『この世界を……もっと深く見ろ。そして見つけろ。それが、お前に課せられた……償いだ』

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.443 )
日時: 2020/01/07 17:05
名前: ガオケレナ (ID: 9/mZECQN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


Ep.7 Epilogue:Lost EDEN

戦いは、終わった。
ディアルガとパルキアの降臨を主とした世界の破滅は、1つの歌で護られた。

高野洋平は本当は此処から動きたくはなかったが、仲間が待っているような気がしたのでポケモンの力を借りて地上へ降りた。

しかし、バトルタワーの入口付近には誰も居なかった。
そこで、更なる面倒みを感じたがバトルドームへ赴くと、今度は予想通りだった。

仲間が出迎えてくれた。
メイからは抱きつかれた。
岡田や高畠からは肩を叩かれたり労いの言葉を貰った。
石井や山背からは感謝の言葉を貰った。

世界は守られた。

ただ、その真実が何よりも嬉しかった。

ーーー

およそ2週間後。

騒動の混乱と破壊に見舞われたせいで、大会は一時休止となっていた。

「えっ!?大会を中止にする!?」

そんな中での、伝えられた告白。

「今メディア界も大変な騒ぎになっているんだ……。あの異変を隠し切れなくなっている。そんな中で会場や施設の復興も終わっていない状況だし、上からは大会中止にする方向でいるそうだ」

「そんな……」

職場を追い出されたリッキーが、たまたまバトルドームへ遊びに来ていた高野らと遭遇し、今に至る。

「でも……この世界が救われたのは、リッキーさんのお陰ですよね?」

確かにこの目で見たんだと強く訴えかけているミナミが彼にそう言う。

しかしリッキーは、

「そう思っていたり理解している人は此処に居る全員だけさ。後の人は何とも思っていないよ」

「そんな……」

自分たちは何の為に頑張ったのか。
これでは、あまりにも報われなさすぎる。

「でもね……。その反面、無視できない声がもう1つあるんだ。それが……」

立ち話をしていた彼らの耳にもそれは伝わった。

大会中止に反対するデモ行進が、まさかのドームシティ内で行われていたのだ。

「君たちと同じように大会中止を受け入れられない人が大勢いる。特に、僕のあのラジオを聴いた人にとっては何で大会が中止になったのか分からないらしい」

「どうにかならないんですか?」

「今室長と話をしていてね。僕を、大会が終わるまでは面倒を見ると言ってくれた。だから多分今色んな人に働きかけている最中だと思う」

なんとも遣り切れない。
複雑で微妙な感情を心に残したまま、ただただデモ隊の主張を彼らは聞いていた。

ーーー

戦いの中で尊い命が失われた。
その事実が重くのしかかった。

高野洋平は二度とは来るつもりでは無かった"そこ"に、来ていた。

デッドラインの鍵。
湯浅ちえみが亡くなった場所だ。

神の到来なぞ知らんとその土地が言っているかのように、何の異変も無いようだった。その前後で、景色が変わっていない。
あの災厄を此処だけ被っていなかったかのようだ。

湯浅が落ちたその地点。
そこに花を手向け、両手を合わせる。

「まるで人が死んだみてェなノリだな……ジェノサイド」

久しぶりだった。その声を聴いたのは。

「ノリじゃない。実際に人が死んだ」

「分かってる。それも、深部とは一切の関わりが無かった一般人だったんだってな?」

ルーク。
既に怪我からは復帰し、しかし松葉杖を片手に険しい道を歩みに此処に来ていた。

「俺やお前の見知った仲間共は無事だったらしいがな」

「知ってる。だからこそ、俺は此処に居る」

「そう言えばお前の学校の友達も俺らの戦いに乱入してたぞ?どう言った指導をしていやがる」

「豊川の件は……済まないと思っているよ。でも、あいつも怪我が無くて良かった」

叫び声が上がったその時。
ルークもレイジも確かに彼の死を予感した。

だが、実際はちょっと違ったようだった。

「アイツが真っ先に空の異変に気付いたらしい……ッたく、紛らわしい声上げやがって……」

急に黙り込んだと思ったら、高野は手を合わせて合掌していた。
彼の声を無視して。

ルークは、やれやれと思いながらも、

『残された人々の心の中で生き続ける限り……それは死ではない』

突然、彼は詩的に呟いた。

「俺の好きな言葉だ。……ところでお前……デッドラインなんだってな?」

高野はゆっくりと振り向く。
悲しげな表情でルークの声を聞いていた。

「つまりお前の軽はずみな行動で、深部はおろかポケモンと全く関係のない女の子が日常世界を奪われた挙句に、お前とお前のお友達を利用しようとした議員の思惑に沿って大会が開かれ、しかも最後にその命を散らした訳だ」

「メイに……教えて貰ったのか?」

「んな事はどうでもいい。問題は、秘密主義なお前のせいで1つの尊い命が失われたという事だけだ」

ルークは近寄り、もう片方の手で高野の胸倉を掴む。

「テメェがこれからする事なんて決まってるよなァ!?テメェの都合で死んだ命だ……。だからお前は心に刻め。誓え。絶対に奴を忘れないとな……」

だからこその、今の言葉。

生きている者が忘れていなければ、その者の志は受け継がれる。
心で生き続ける限り、受け継ぐ者がある限り、その者に死はやって来ない。

その為には忘れない事。

そして、湯浅が望んでいたこと、その想いとは。

「平和な世界……。平穏な日常……」

「それを胸にテメェは生きろ。分かったな」

「で、でも意外だな……泣く子も黙るルークがそんなに丸く……いや、そんな言葉を知っていたなんてな」

「俺の好きな言葉なだけだ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.444 )
日時: 2020/01/07 19:10
名前: ガオケレナ (ID: 9/mZECQN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


涼しい風が頬を撫でた。
大山の山頂にて景色を眺めていた神主、武内は世の移り変わりを肌で感じていた。

2週間前に起こった事件は歴史に刻まれる。
深部の、まだ新しい歴史に。

「有難う御座います。高野さま……。また貴方に救われましたね」

直接その諍いを見た訳でも無いのに、半ば閉鎖された空間である山頂であっても、情報の伝達は成されていた。
ゆえに、彼もすべてを知った者である。

「革命とはいつ起きるものだと思う?戦士の剣の切っ先同士が触れ合って初めて起こるものだと思うか?暗殺者の懐から取り出された短剣から始まるのさ」

不意に後ろから、登山道の方向から1度は聞いたような声がした。

武内は振り返らずに答える。

「そろそろ来る頃かと」

「その割には無防備すぎやしないか?俺様は言葉通り剣を携えているぞ?」

武内は物覚えが良い方ではない。
だが、1度起きた衝撃的な経験と言うものは記憶に残りやすい。

「私は貴方がどなたが御存知でいますよ?」

忘れもしない。
途轍もない経歴を持ちながら、キーストーンを手に入れた際は適当な情報で監視から逃れた悪者の中の悪者。

「すべて話せ。お前……俺様の情報を誰かに売っただろ?」

「あぁ?やはりあれは貴方だったのですね。どうしてもと言うので仕方なく……」

「殺してやろうか?」

その鋭い刃物のような一言で武内は口を閉じた。

「何処で俺様の本名を見つけ出したのやら……このせいで予定よりも早く動く羽目になったぞ?」

「遅いよりはマシです」

「黙れ。死にたくなければ言う通りにしろ。俺様の話を誰にした?」

「……その前に私からも宜しいでしょうか?」

男は懐から短剣を取り出した。
陽の光で先端が眩い。

「貴方はこれから……何処で何をするおつもりですか?」

「復讐と部族の再興。それだけだ」

暗殺者は近寄り、そして剣を振るう。
復讐の第1歩が今、踏み込まれた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.445 )
日時: 2020/01/07 20:36
名前: ガオケレナ (ID: 9/mZECQN)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


それから1週間後。

「ハーイ!皆ァァ!!盛り上がっているかーい?」

逞しいリッキーの声が会場にこだまする。
それに呼応するかのように観客席からは雄叫びが上がった。

大会再開。
復活を望む者達の声が遂に届いた。
そんな、戦士たちにとって嬉しい報せが届いてから6日が経つ。

本選のトーナメントはいつの間にか準決勝にまで進んでいた。
つまり、日本一が決まるグループはあと4つのみ。

その中に彼らは含まれていた。

「彼らに関する情報は?」

「あの戦いを通してメチャメチャ強くなった……としか」

「それじゃあ参考にならないわよ!!」

高野洋平を含むメイとルークのチームだ。

「罰としてまずはテメーからだジェノサイド」

「あのさ……ルーク。俺もうデッドライン……」

「黙れジェノサイド。とっとと逝け」

はぁ、とため息を吐きながら高野はバトルフィールドへと立つ。

その向こうで立ちはだかるのは……。

「レンが相手だよ!!僕じゃ無理だ!」

「俺もパスー」

「えぇー……」

香流慎司を含む豊川修と山背恒平のチーム。
つまり、身内同士のバトルとなってしまった。

仕方なさそうに香流はフィールドへと向かう。
夏の暑い日差しが照りつけるせいで無駄に体力が奪われているのが分かっていた。

「香流……?」

高野は己と対峙している人間を確認すると、これまでの敗北の記憶を呼び起こされ、しかし今度こそは自分が勝つと強く誓いながら白線の上に立つ。

「まさかお前とかち合うとはな」

「こっちも思ってもみなかったよ。どこかで負けると思ったのに……勝ち残っちゃって」

いつもの彼らしい言葉だった。
自信の一切を持たないのが香流慎司という人間だ。
そんな人間が深部の戦いに自ら飛び込んだ過去があるのだからそのギャップにはただ驚くばかりだ。
後ろに控えている人間も深部の戦いに首を突っ込んでいる。

まさに猛者の集いだ。

高野はモンスターボールを握る。
時を同じくして香流もポケットからボールを取り出した。

「それじゃあいいかーーーい!?Pokémon Students Grand Prix準決勝第1回戦……開始ィィィゥィ!!!!」

リッキーの叫びとブザーが鳴り響く。
バトル開始の合図だ。

「行くぜ!!香流!!」

「望むところだよ!レンッッ!」

熱い歓声がBGM代わりの。

彼らの夏は、青春は、まだ終わらない。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.446 )
日時: 2020/01/08 00:03
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


時空の狭間 ー最果てー

進学先が決まった。
神東大学という所だ。

だが、どうしても喜べずに居た自分が居た。

人を殺した。
あの事件からかなりの時が経っているはずなのに、まるで最近起こしてしまったような感覚を覚える。
完全にトラウマと化した。

更には、つい最近起きた大事件。
外部ツールを使用した改造データで無理やり呼び出したゼクロムを操った深部の人間。
そいつと戦って勝つまでに多くの仲間が虐殺された。

高校で知り合った、ジェノサイドの構成員として動いてくれたクラスメイトも死んだ。

ゼクロムが相手だったのだからこちらもレシラムを用意したかったが、どんなに頑張っても用意する事は出来なかった。

なのでレシラムに化けたゾロアークで倒してしまったのだ。

過去に抱いた恐怖と悲しみ、そして未来に抱く不安。

放心し切って死んだように生き続けた毎日の事だった。

入学前に大学周辺に何があるのか。
探索がてら色々見て回って居た時のこと。

そこで、奇跡は起きた。

『長池公園……?何だ?そりゃ……』

土地が有り余っているせいか、東京西部という地域はやけに公園が多いイメージだった。
現にその時もそうとしか考えていなかった。

野鳥や野生動物が多く棲み、農業用に蓄えた貯水池があり、四谷から移転、復元した煉瓦の橋がある広く長い自然公園だった。

そこに、彼女が居た。

『なっ……島、崎……?』

天使と呼んで恋と共に信仰に近い感情を抱いていた中学の頃からの友人が、どういう訳かそこに居た。

『……よっしー?』

『島崎!?島崎なのか!?どうして此処に……?』

『友達がこの近くに引っ越してね、その子に会う為に来てついでに此処に。広くて遊べそうじゃん?』

嬉しかった。同時に怖かった。

あの事件以来、彼女とは会わなかったからだ。

彼は震えた。

『……ご、ごめん……』

全身を、唇を震わせて精一杯伝えようとする。
しかし、覚悟が出来ない。

『ごめん!!ごめん!あの時……あの時本当に俺は……迷惑を掛けただけじゃなくて……お前を、不幸にしてしまった……』

何度も、何度も頭を下げて謝った。
涙も溢れ出た。
目を瞑りながら頭を下げているので彼女の顔が分からないが、無言で見つめていたらしい事は分かっていた。

『もう……やめて……』

彼女の声だ。
か細く、聴いているだけで不安になるような声だった。

『よっしーは確かに……いけないことをした……。でも、その責任はあたしにもあるの……』

『止めてくれ!悪いのは俺だ!俺が全部悪いんだ!!俺が"あの世界"に踏み入ったせいで……人の命を奪ったせいで……だから……』

『あたしね……悔しかったの。あの人に裏切られた気がしたから。だから……よっしーを……誘、導……して……ごめん。。なさい……。あたしも……償うから……』

涙が止まらなかった。
あの天使が、自分も罪を背負うと、償うと言ってくれた。

その言葉に彼はまたもや救われてしまった。

『俺……絶対に守るから……。お前を、島崎と……島崎の世界を……。もっともっと強い男になるから……。だから、どうか、平和で居て……くれないか?』

涙で視界がまともに見えなかったが、彼女は無言で微笑んでいるように見えた。
もしかしたら、それは自身が望んだ幻想だったかもしれないが、それでも良かった。

この日、彼は誓った。

最強の存在になると。
立場上だけでなく、実力を伴った人間になると。
すべての悪を、世界を、平和を、平穏を破る人間と戦うと。

この日、彼は正式に自身の名を"ジェノサイド"と改めた。
その意味は、愛する者にとっての脅威の殲滅ジェノサイド

彼にとっての戦いは此処で終わりではなかった。
より深い深い闇の戦いは、ここから始まる。

光の世界の人間を護るために。