二次創作小説(新・総合)

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.447 )
日時: 2020/01/10 07:13
名前: ガオケレナ (ID: WVWOtXoZ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


歴史に埋もれた人々というのは、不幸だ。
それまで受けた理不尽、苦痛……その他あらゆる負の側面を決して理解されないからだ。

私の知人も、その1人である。
とある事実から、悩み、抱え、深く悲しんでいる。

そんな、歴史に埋もれた人々をどうやって救おうか。
発見する事から始まるのだろうか。

ともすると、私が彼を救うには一体どうすれば良いのだろうか。
私たちはこれから、何処へ向かうのか。
それが上手く見い出せない。

「何か書いているのか」

「あぁ。日記のようなものだ」

蝋燭の灯りが頼りの暗く狭い空間で、2人の男の会話が聴こえた。
筆を置いた男は、その不便さに渋い顔をしているようだ。
この部屋には蛍光灯が無い。
普段は発電機を利用しているのだが、利用出来る時間がルールとして決められていた。つまり今は利用時間外だ。
なので、最終手段として小さな火を灯らせたに至る。

「お前は不便には思わないのか」

「この生活がか?思わないね。これは長い永い時間の中で人間が紡いだ物語だ。固定観念に囚われているから不便に感じる」

「そうじゃない。いつまで我々は砂漠の真ん中に居ればいいのか。と、言うことだ」

彼らが今居る場所。

それは、世界で最も広大と言われている砂砂漠の真ん中。陸の孤島に相応しい不毛な大地。

聞くだけでも場所や物に恵まれないイメージが付き纏い、恐ろしくなる。

「まだだが……例の物はじきに見つかるだろう。何故かって?ここ最近世界が急速に変化したのだからなぁ?」

砂漠の中に突然立ったような、土と岩と砂だけで構成されている屋根の下、白い布を纏った男は上機嫌そうに言うと、去り際にポツリと呟いた。

「心配するな。同胞はらから以上に大切なものはない。お前の生命はこの俺様が守る。だからお前はすべてを俺様に委ねろ……。な?"バラバ"」

バラバ、と呼ばれた男は閉じた日記帳の表紙を見つめた。
自身の名前と、無題のせいか無駄に余ったスペース。
確かにそこには、"バラバ"とだけ綴られていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.448 )
日時: 2020/01/10 19:09
名前: ガオケレナ (ID: T3oqfZAk)
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Ep.1 第一の道、片翼の天使

夏の一大イベント、Pokémon Students Grand Prixが終わってからもうすぐ2週間が経とうとしていた。

高野洋平はと言うと、思い出の1ページとして思い出に馳せつつ余暇を楽しんでいた。

生活においても変化があった。
もう、深部から一線を退いた身を演じる必要は無くなった。
彼は今、"赤い龍"の基地に出入りしている。

団地を丸々所有して基地代わりとしている様は、自分が秘密裏に計画していた事とはいえ圧巻の一言だった。
規模も敷地も大きい。
ここが深部の隠れ家だと誰が気付くだろうか。その隠密性も凄まじかった。

「あれっ、リーダー。此処に居たのですか?」

その声を聴くのも久しい感覚だった。
高野洋平はそれがハヤテだと知りつつ振り返る。

あの日。
ハヤテは前線に立ってアルマゲドンと戦っていた。
ルークの仲間が大怪我をしていたと聞いていたので彼も覚悟していたが、ハヤテも相当な状態で帰ってきた。

右腕をギプスで巻いている。
顔も怪我したようで、左目の周りを包帯で巻かれていたが失明まではしていないようだった。

「だから……俺はもう組織の長ではないって何度も言っただろ?」

「そうなんですけどねーあはは〜……。でも、僕としてもその方が呼びやすいと言うか……今更変えることなんて出来ませんよ」

ハヤテとの交流は5年にも及ぶ。
その内4年を「リーダー」と呼ばれてここまで来たのだ。
突然変えろと言われても難しいのだろう。
本来の長であるミナミを「ミナミさん」と呼んでいるあたり差別化はされているようだが。

「第一、俺はこの組織の人間じゃないんだぞ?赤い龍とデッドラインは別物だ。そう考えると俺の此処での立場なんかも……」

「デッドラインって、リーダー以外に人居るんですか?」

鋭いツッコミだった。
高野は何も言い返せない。

初めからカモフラージュでしかその名を持ち出さなかったのだから、言ってしまえば高野の異名以外の何物でもない。
つまり、組織の名でありながら組織の呈をなしていない。
主権と領土と国民を持つにも関わらず独立国家として認められていないシーランド公国のようなものだった。

一応、これについては塩谷議長直々に認められてはいるが。

「いや、いねぇな……」

「赤い龍と一緒にしない理由は何故ですか?ネームバリュー凄まじいと思いますが」

「だからこそだよ。危ない。次期ジェノサイド候補なんて呼ばれてそれなりに名があるんだ。こっちの方が皆安全だと思うよ」

「リーダーは赤い龍に加わらないんですか?」

何とも面倒見のいい性格だ。
高野も一瞬素直になり掛けたが、プライドが邪魔をする。

「しらねっ、」

「えぇー……」

意識を少しでも逸らそうと高野は自分のスマホを立ち上げて見てみる。

1件のLINEが入っていた。
相手は、香流慎司からだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.449 )
日時: 2020/01/13 16:58
名前: ガオケレナ (ID: aAxL6dTk)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


9月15日火曜日。
高野は突然、香流に呼び出される形となって都心にして千代田区の真ん中に位置する神保町へとやって来ていた。

突然前日に、『明日遊びに行かない?』とLINEが送られてきたのだ。
彼にしては珍しい誘いだった。

「どちらかと言うと香流はこちら側が誘うか、本人が勝手に1人で遊びに行くかのどちらかだよなぁ。明日雪でも降るのか?」

「真夏に雪が降るかよバーカ」

神保町と言えば、カレーと古書店で有名な街だ。
これらの店が並ぶ通りには、平然と江戸や明治の頃の地図も売っていたりする。
当時の初版本も見かけることもあるので本好きにはたまらない街だろう。

事実、香流慎司や後輩の宮寺正彦は本や映画を好む。
やはりと言うか、その2人も来ている。
だが、その割には珍しい人間も居たことには居た。

たった今、高野にツッコミを入れたその人がそうだ。

「しかし、此処に来るなんて意外だよな。お前も。お前はどちらかと言うと秋葉に行ってそうだよ」

「確かに新作ゲームやエアガンの為なら行く事はあるけどよ?」

吉川裕也。
まず基本彼は本をほとんど読まない。

香流と宮寺というガチ勢が揃った中だと、どうしても「どうして此処に来たの?」と問いたくもなってくる。
香流は文学部所属であり、宮寺もそれに関する論文を書いていたりするからだ。

「まぁ暇だからな。香流が何で誘って来たのかは知らんけど。でも、珍しい本とかあったら見てみたいだろ?」

「お前の言う珍しい本とやらは沢山あるから追い切れないだろうよ。ってか、お前金は大丈夫なのか?もう今週だろ。サークルの旅行」

よく忘れられるが、彼らに共通している事は旅行サークルのメンバーだという事だ。
この夏季休暇の間、それも今週の末に山梨に行く事が決定している。

バイトを2つ掛け持ちしていて多趣味な吉川には常に金欠のイメージが浮かんでくる。
こんな所で金を使って大丈夫なのだろうかと思うのは彼を知る人からすれば当然といえば当然だった。

「大丈夫だろ。その為の金はもう別で用意しているし。それに何かあったら……お前が居る!!」

ビシッと吉川は高野を指差す。
高野は嫌な汗をかいたが、それは確かに暑さのせいではない。

「レンが居る!お前の深部時代の金が俺たちを助けてくれるッッ!!」

「おまっ……他力本願なのもいい加減にしろよっ!ってか俺のあの頃の金は既に仲間たちに幾つか渡しているんだから今持っている金なんてお前らとそんな変わんねーよ」

またしても嘘をついてしまった。
"そんな変わらない"とは果たしてどれほど変わらないのだろうか。
言った本人がそれを1番気にしてしまう。

と、2人で集合場所の駅前で話をしていると2人がやって来た。
香流と宮寺だ。

「おっ、レンも来たね」

「こんちはーっす!レンさんに吉川センパイ!」

宮寺がひとつに纏まった本の束を抱えてやって来た。
割と重そうに見えるのだが、どうやら鞄に入り切らないようだ。

「見て下さいよーレンさん。コレ、『三銃士』の全巻ですよ!?」

「それは珍しいのか?」

「結末まで描かれているのは絶版です。本屋でよく見る三銃士の上下巻なんて全体の中の序盤でしかありませんよ」

「そうか」

それはそうと、今日呼び出された理由を知りたくて香流を呼ぶ。
相変わらず大きなバッグを肩に掛けていた。

「それなんだけどね……。遠いところから来てくれた所悪いんだけど本を探して欲しいんだ」

「本?どんな本だ?」

「120回本の『水滸伝』なんだけど、実は中々無くて……」

「おいおい、中国の四大奇書なんて全く読まない俺にわかる訳が……」

「難しいかもしれないけど、頼む。予め回って欲しい本屋をピックアップしてLINEで送っておいたから確認して」

なるほどなと思った。
4人も居れば全員で個別に回る事が出来る。
たった今、自身のLINEに4店舗ほどが挙げられた簡単なメッセージが届いた。

「場所はマップのアプリで調べれば出てくるからそれを参考にして!それじゃあ皆悪いけどよろしく!」

と、言うと香流は大通りに沿って走って行った。

「なんだ、そういう事か。まぁ暇だからいいけどよ」

言いながら吉川も香流とは反対方向を進む。

「俺は自分の欲しい本探しながら回るけど……レンさんは大丈夫っすか?」

「お前そんなに抱えてまだ欲しい本とかあるのかよ!?……いや、俺は大丈夫」

そんな会話を交わして宮寺は香流の進んだ方向の裏手にある細い通りを、高野は吉川の進んだ大通りの裏を、つまり、宮寺の反対方向へと進んだ。

(丁寧に、俺の進む方向に香流の挙げた本屋が集まっている……)

高野はまず、リストの真上に載った本屋へと進むことに決めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.450 )
日時: 2020/01/19 08:36
名前: ガオケレナ (ID: VbQtwKsC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


靖国通りという最大にして点在する店舗数も最多の通り。
その真裏の細い道。

そこに、目当ての書店があった。

「黒薔薇堂……書店だと?」

高野はそのギャップに足が止まる思いだった。
今は平成27年である。
周りの土地、地形も現代的な建物や景色に沿っている。

しかし、此処だけは違っていた。

まるで、戦前の建物を彷彿とさせるようだ。
石造りの西洋風の外観で、扉は古い木で出来ているのか、上から塗り直している。
見た目のイメージのせいか、建物自体古く感じる。

何故ここまで存在感の大きい書店が表通りにないのかが不思議だった。
高野は妙に勘繰りつつも扉を開ける。

「うわっ……」

開けた瞬間、別世界が広がった。

濃い茶色の床の上に、縦に広い空間の中に天井まで届く本棚が奥まで続いていた。

無造作に本を積み、人1人が歩けるスペース程しかない周りの書店とは雰囲気も構え方もすべてが違う。

西洋ファンタジーにありがちな、魔法使いだとか古いメイド服を着ている司書が出てきそうなイメージを瞬間的に連想させた高野は、わざと鳴らすよう設計させているかのような見た目だけが古い木の床を踏みながら、臆しながらも目当ての本を探し始めた。

(水滸伝……だよな?本が多すぎて見つかんねぇよ……)

本棚の高さは4mと言ったところだろうか。

よくある書店にありがちな、ジャンル毎に仕切っていないせいでひとつひとつ時間を掛けて見ていくしかない。
流石に店内は暗いとは感じる程ではないので目を凝らせばどんなタイトルなのかは確認出来る。

「ごめんなさいね。待たせてしまって」

奥から女性の声が聞こえた。

「?」

高野は声がしたと思しき方向を見るも、そこには誰もいない。
と、思っていると真正面から床の音を響かせて女性が1人やって来る。

「いらっしゃいませ。何かお探し?」

見た目だけで理解した。
彼女は外国人であると。
日本人には見られない褐色肌をしていたからだ。
にも関わらず、日本語は堪能だった。日本人から見ても完璧に使いこなせている。

しかし、何処かで独特なイントネーションが見受けられた。
自分が嘗ては海の向こうで暮らしていた事を証明するかのように。

「あ、あぁ……。120回本の『水滸伝』を。ネットで調べたら文庫本でも出ているらしいんだけれど」

「えぇ。ちょっと待ってて」

客の対応と言うより友人同士の会話に近いやり取りだった。
高野はここでも、ある種のギャップを感じてしまう。

2分もしない内に彼女は戻って来た。

「これの事かしら?」

手渡されたのは、『水滸伝』の1巻。
訳者の名を見て、これが120回本だと理解出来た。

「おぉ。これだ。全巻ある?」

「勿論。買っていく?」

「頼む」

バタバタとした足音を聞いた後に袋を広げた音を聞いた。
どうやら奥にレジがあるらしく、高野はそちらへ向かう。

案の定、歩いた先に彼女がおり、8冊の本を紙袋に入れていた。

「凄いでしょう?全国から集めたのよ。ここの本は」

「図書館か何かと思ったくらいだよ。しかし……珍しいな。海外の方が都心で本屋を営んでいるなんて」

「趣味の戯れ……と言ったところかしら。はい」

と、紙袋の取っ手を笑顔でこちらに差し出した。

高野はそれを握りつつ、指定された8350円を表情を変えずに取り出す。

袋を掴み、背を向けようと瞬間だった。

「待って。……実は、他にも用があるんじゃない?」

呼び止められる。

「いや?特には何も無いが……」

「ごめんなさいね。実は私にはあるの」

「へっ?」

高野は不自然な空気を感じ取り、彼女の顔を見つめた。

「これを見てほしいの」

彼女は1枚の写真を取り出し、高野に見せる。

「彼を知っているかしら?」

「お前……いや、知らないな」

明らかにわざとらしい反応だった。
何故なら、出された写真に写っていた人間は彼には馴染みがあり過ぎたからだ。

「彼の名前はキーシュ。"ゼロット"という名前の過激派組織を束ねている人間よ」

砂漠の中に作られた街。
そこを背景に男が仲間と共に歩いている姿だった。

「知らない?」

「知らねぇな。過激派組織と繋がっている大学生とかヤバすぎだろ」

「では、これは?」

高野の気分は最悪だった。
まだ有るのかと。
いつまで地味な尋問紛いな事をされるのかと思うだけでも気が沈んでくる。

「これは、そんなキーシュと共に行動している……と思しき写真よ」

「えっ……はぁ?……いや、いやいやいや……ちょっと待てよ」

砂漠の中に伸びた1本の道路。
そこに、"彼ら"が写っていた。
1人はキーシュ。何かを指示しているようにも見える。
問題は彼と話をしている2人組にあった。

「彼らを知っているわね?」

「有り得ない……何で、こいつらが?」

「その上でもう一度尋ねるわ。この人を知っているわね?」

高野は睨むように彼女を捉える。
同時に強い怒りも生まれるが、それは彼女に向けても仕方が無かった。

「あなた……"デッドライン"よね?」

「俺を……ここまで呼んだと言うのか?」

見せられた写真。
そこに写っていたのは深部とは一切の関わりが無くて当然の人間たち。

石井真姫と山背恒平。

高野の在籍する大学の同級生にして、同じサークルに所属しているはずの明らかな"表側の世界"の住人だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.451 )
日時: 2020/01/19 20:12
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「キーシュ・ベン=シャッダード。彼の本名よ」

「そんな事はどうでもいい。もう何が何だか意味が分からない……。一体コイツらは何をしている!?コイツらは何処だ?」

「それをあなたに調べてほしいの」

「はぁ?」

高野は思わず声を荒らげる。
自分の介入する余地などあるのだろうかと。
寧ろ、知人が巻き込まれているのだからどちらかと言うと被害者だ。
高野はその事を強く訴える。

「中々そう上手くは行かないわ。あなた、本当に自分が被害者だと思ってる?逆に加害者ではなくて?」

「……お前は何が言いたい」

「あなたにもある種の責任があると言いたいの。ゼロットと闘った際、あなたは勝敗を有耶無耶にしたまま彼の元を去っているわね?此処で、もしもあなたが再起不能までにキーシュを叩いておけば……少なくともこうはならなかったはずよ」

「あの時は……っっ!!」

高野は思い出す。
自身がゼロットと、キーシュと戦い、勝利した日の事を。
直後に自身の組織の基地が燃やされたと聞き、彼を放っておいて直ちに帰還した事を。

「あの時は……非常事態だった」

「理由になるかしら?当時は身内の問題で済んだのに、今となっては世界規模の危機にまで膨れ上がってしまった」

あの時。
基地には少ないながらも仲間が残っていた。
少しの間だけ彼らに任せ、自分はしっかりとゼロットと白黒付けていれば……と思いはしたものの、去年の話をされてもどうしようもない。

「俺に何をしろと言うんだ?」

その時、扉がゆっくりと開いた。
木製なせいかそれらしい音が響く。

その正体は香流と宮寺、そして吉川の3人だった。

それぞれに思うところがあるのだろう。
各々が考えに耽っているようだ。

「そうね……。1番望むのは、私たちと行動を共にして欲しい、と言ったところかしら」

「……私"たち"だと?」

高野は聞き逃さない。
自分を誘いこみ、深部の話をする辺り普通の人間では無い予感はしていたが、やはりそれは本当だった。

本の入った紙袋を香流に渡しながら高野は聴く。

「あっ、ごめんなさいね。自己紹介がまだだったわ。私は"エシュロン"という組織のルラ=アルバスよ。宜しく」

「エシュロン??ルラ……アルバス?」

全くと言っていいほど聞き覚えのない単語たち。
それのせいか高野の中で不信感が募ってゆく。

「まず、お前のそれは本名ではないな?」

「正解。私の組織は少し変わっていてね。身を守るためにそれぞれをコードネームで呼び合っているわ」

「それでお前は片翼天使アルバスと言うわけか」

一体何処にそんな要素があるのか不思議で堪らない高野ではあったが、一々そんな事で突っ込んではいられない。
続けて彼女からの情報を待つ。

「キーシュ改め"武装組織ゼロット"は、新たな力を手に入れて怪しげな動きをしているわ。私含めあなたには、彼らの対処をして欲しいの」

「それで……場所は?写真を見るに日本には居なさそうだが……」

「サウジアラビア……もっと言うとルブアルハリ砂漠ね。そこに行ってもらうわ」

「嘘だろお前……」

予想以上のスケールだった。
まさか、こんな形で海外に行くとは思ってもみなかった。
彼の人生初の海外旅行がまさかの中東で、しかも世界最大と言われている砂漠になるとは、本人としても夢のような事実である。

ーーー

「知っていたのか?」

「実は……ある程度は」

黒薔薇堂書店を出た高野らは、帰る為に駅へと向かっていた。
その時の、高野の香流に対する問いだ。

「大会が終わって……1週間経つか経たないかって時にあの人が……こっちの家に来たんだ」

香流の家は和菓子屋である。
恐らくルラ=アルバスは客として来たのだろう。
高野は勝手にそう予想する。

「そしたら、例の写真を見せられて……。それから言われたんだ。レンを呼べってさ」

「俺を?じゃあ今日のここまでの流れは……」

「全部あの人が考えた事なんだ。レンにはその……申し訳ないとは思っているけれど、あの人がレンと話をしたがっていたし、その……何より……」

信じ難い事実に違いなかった。
まさか、1年の頃からの仲だった石井が、3年になって初めて知り合った同じゼミの山背と共に深部の組織に所属していたなどと。

それも、危険極まりないSランクの組織にだ。

「最初合成写真か何かだと思ったよ?……でも本当みたいなんだ。山背と石井は、何か大きな目的意識を持っている……っ!でなければ、あんな奴と手を組んだりしない!!」

嘗ては自分たちも彼と協力しようとしていた癖にと思った高野だったが、逆にそこを付け込まれたのだろう。
それは、香流だからこそ知っている風だった。

「キーシュと山背と石井……。特に石井は以前にキーシュと会った事もある。奴らと行動しているのもそれが一因って訳か」

「多分……。あぁ……、あの時あんな事しなきゃ良かったんだ……」

香流は酷く落ち込んでいるようだが、今更過去を悔やんでも仕方が無い。

「それらすべてを、俺が解決させればいいだけの話だ。直接エシュロンと現地に行って、2人から事情を聞き出す。ついでに連れ戻す。それでいいだろ」

神保町駅に到着した。
ここで、彼らとはお別れである。
家から直接自転車でやって来た香流は最後まで何度も謝りながら、その場を去って行った。

「さて、と。じゃあ俺らも帰るか」

大学のある方角へ向かう電車のホームへ行こうとした時だった。

「おい、待てよレン」

明らかな、敵意を含んだ喧嘩腰の声色。

それまで、あまり喋っていなかった吉川の声だ。

「お前さ……俺らに隠してる事あるだろ?」

その目は、その声は、正に憎い敵に対して放つものに相応しい姿だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.452 )
日時: 2020/01/21 16:10
名前: ガオケレナ (ID: ZH3Zd89o)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「隠し事?」

それでも、高野はとぼける。
空気が、相手の気が一変しても尚。

「いいや?そんなモノは無いな?俺は正直がモットーさ」

「黙れよ」

ドスンと落ちるような吉川の声。
些細な事で気分を浮き沈みする事が多い彼だったが、こうも恐ろしさを振りまこうとしている姿を見たのは初めてかもしれない。

「調子に乗るのもいい加減にしろよ?デッドラインさんよぉ!?」

「……」

高野の顔から偽りの笑顔がフッと消えた。
遂に彼にも吉川の怒りに迎え撃つ準備がやって来てしまった。

「さっきの女から聞いたぞ全部!!……お前は、約束を……っ、香流との、『バトルに負けたら深部を辞める』っていう約束を破ったな?」

「吉川先輩……少し落ち着いた方が……街中ですよ?」

「落ち着いていられるかよクソが!!テメェのせいで……テメェが居たせいで何もかもが滅茶苦茶じゃねぇかよ!!」

最早反論も言い訳も、余地が無かった。
未だ平静を保っている宮寺の言葉を吉川は彼方へと消し去る。
こういう時は、ひたすら相手の言い分を聞くしかなかった。高野はそう悟る。

「テメェが深部だと……ジェノサイドだと言った日から全部狂っちまったじゃねぇか!戦わなくていい戦いに命を賭けるような流れが出来た時もあったし、香流は怪我するし、石井は目に付けられた挙句過激派の仲間入り!!そんな石井と仲良かった山背もお前の影響で同様にテロリストだよ!!どう責任取ってくれんだ?あぁ!?」

それは彼の正義感から来るものでは無かった。
奥底にあるのは1つの感情。

彼は、吉川裕也は石井真姫のことが好きだったのだ。

「俺はあいつと一緒になりたくて……好きだと伝えたくて奴や山背と同じゼミにも入った!!テメェが俺の居ない1年の頃に培ったサークル内での仲間意識と同様のものを、俺もあいつと近くなってみた!!その結果がコレだよ!何でなんの罪も無い石井が犯罪者にならなきゃならねぇんだ!!それもテメェがサークルに深部を持ち出したのがすべての原因じゃねぇかよ!!」

怒りが頂点に達した。
吉川はピカチュウの入ったボールを直接高野に投げ付ける。
顔に迫った硬いボールを腕で防ぐも、中までは防げない。

直後、尻尾を硬化させた攻撃が飛んできた。

「'アイアンテール'」

その尾は眼前、正に目の前だった。
高野の高い鼻に尻尾の先端が掠る。

血を見ることになるかもしれない。

しかし、そんな予想を高野自らが破る。

瞬間。

尻尾を掴まれたピカチュウは地面に叩き付けられた。

ゾロアークの'カウンター'だ。

どこからともなく現れたそのポケモンは、一瞬の内にピカチュウの動きを封じる。

「クッ……ピカチュウ……ッッ!」

「俺がすべての原因……?お前本気で言ってんのか?」

流れるような風が吹いた。
しかし、それはゾロアークの魅せる幻影である。
夕刻に差し掛かろうとする、夏もそろそろ過ぎる季節にそんな都合のいい風など吹くはずがないからだ。

「俺の知っている話と違うな?確かに深部の存在を知らしめたのは何を隠そうこの俺だ。……あの時、俺は強い覚悟を持ってこれまでやって来たにも関わらず、お前たちを見てきてそれが揺らいでしまった。それは事実だ」

昔の話になるが、
高野にも想い人が居た。

その人を守る為ならば、自分はどんな深い闇の世界に入っても構わない。
そんな思いでこれまでやって来た。

しかし、『traverer』という常に全員が笑顔でいられる平和で自由な世界に踏み入れてしまったせいで、その信念が崩れかけた。

自分は確かに罪を犯した。
しかし。

この世界に居られるという事は、そろそろ赦されてもいいのではないのだろうか?

身勝手極まりないが、これまで数多くの悲劇、苦しみを見てきた高野にとっては救いの手以外の何物でもない。

「俺はあろう事か、全員の前でネタばらししたさ。"俺はジェノサイドだ"ってな。だがお前らも餓鬼じゃねぇだろ……。自分に興味の無いもの、知ってはいけないもの、何より自身の命の危機に関わるものなんて、その時点で放っておけばいい話だろうが!……俺は知っているんだぞ?お前が先輩たちをそそのかすようにして言ったせいでここまで拗れる一因になった事をな!?」

例えば。

高野が深部の人間だとサークルの先輩たちに問題提起したのも、彼の深部での行動を逐一サークル内でチクったのも吉川本人だった。

高野がSランク組織ゼロットと戦うと知った時も。

『ゼロットに自分たちが協力してレンを負けさせる。それでレンを深部の世界から救おう』と提案したのも、歪んだ正義感から溢れた彼の考えだ。

つまり、追及している吉川にも原因は確かにあったのだ。
そして、それを知っているからこそ、今彼は怒りをぶちまけているにすぎない。

やり場の無い怒り、悲しみは更なる悲劇を生む。
それら負の感情は連鎖する。

事実を突きつけられ、思い切り叫んだ吉川はピカチュウに技を命令しつつ、自身も拳を握って駆け出した。

高野の元へ。

「うああああああっっっ!!レン……!!レンンンンンンンッッッッッ!!!」

「いい加減黙れ、ガキみたいに喚くなッ!」

しかし、彼の拳は届く事は無かった。

腕で押さえつけられていたピカチュウはその体勢のまま、ゾロアークに'10まんボルト'を放つ。
電撃に身を包まれ、確かにダメージを受けたゾロアークだったが、幾ら耐久が低いポケモンとはいえ、これだけで倒れるはずがない。

お返しにと'ナイトバースト'を放って吹き飛ばしたゾロアークは主を守る為にと、吉川に応じるように拳を固めて、そして放つ。

ポケモンと人間は基礎からして強さが違う。

結果として。

アスファルトの上で頬を腫らし、顔を腕で隠しながら泣く男の姿があった。

「うっ…………、ううっ、あっ……ちくしょう、ちくしょう!!……」

余りにもレベルの低い戦い。
深部の世界ではまず見られない甘い戦い。

しかし、決してそんな事は言わずに高野は吉川の元へ駆け寄り、腰を下ろした。

「お前の気持ちはよく分かる」

「分かって……たまる、かよ……っ、ううう……ぅぅ……」

その言葉は本心だった。
しかし、心の優しいはずのカビゴンはその意味を知らない。理解のしようがないのだ。

だからこそ、高野は高らかに宣言した。

「いいか。ヤツらは俺が必ず連れて帰る。ゼロットをぶっ潰して、石井と山背を必ず元の世界に連れ戻す。嘗ての、平和で豊かで自由なサークルの環境を戻してみせる。そこに2人を連れ戻してやる。……だからお前は、そこで寝ていろ」

それは、ある種の決別だった。
二度と優しい世界には戻れない。

サークルメンバー全員が揃って最後までの青春を楽しむ日々はやって来ない。もう存在しない。

高野洋平も、1年と2年の間に過ごした時間は再びやってくることは無い。
それを嫌でも痛感しつつも、何度も何度も否定したくなる本音を抑えつつも、闇に生きる道を選択する。

仲間を救う為に。
高野は、その足を止める事はしなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.453 )
日時: 2020/01/26 17:57
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


日本から中継地で乗り継ぐこと約13時間。

リヤド。
そこは、文字通りの別世界だった。

「お、おぉ……」

高野洋平は正に言葉を失っていた。
自分の想像していた"国"とは全く違う景色が繰り広げられていたからだ。

現地時刻は夕方16時。
辺りはまだ明るかった。

「ちょ……っ、ちょっと待てよ?中東だよな?俺今海の向こうの国に居るんだよな!?」

「珍しくはしゃいでますねぇ〜。ジェノサイドさん?」

「ウチも海外は初めてだけれど……サウジアラビアって……」

今回、高野は仲間を連れて来ていた。
ジェノサイド改め『赤い龍』の面々である。
彼らには出発前日、つまりは、神保町にて騒動そのものを知ったその日に高野は真っ直ぐ基地へと戻ると仲間たちに報せた形となったのだ。

しかし、それは"普通の海外旅行"とは程遠いものだった。

「でも不思議ねぇ。中東の国って聞くと街中で銃声が聞こえるものだと思ってた」

「私も同様ですリーダー。テロが頻発してるものかと……」

「お前らの中東のイメージって驚く程に印象操作の賜物、って感じなんだな!?イラク戦争なんざとっくに終わっとるわ」

たとえ深部に身を落としていたとしても、そこ以外を切り取ってしまえば"普通の人間"なんだなと高野は不思議な感覚に陥る。

ミナミとレイジを見てそう感じた。

「サウジアラビアは平和な国だ。観光ビザが存在しないって言うそこらの国での当たり前がこの国には無いがな。その他にも、他国との違いを挙げればキリが無いが……」

キング・ハーリド国際空港を歩き回りながら、高野は見覚えのある顔を探そうと懸命にすれ違う人々の顔を見つめるも、上手くはいかなかった。

それもそのはず。

行き交う人々全員が外国人だからである。
顔や掘りからして日本人離れしている。恐らくその大半がアラブ人だろう。
むしろ、こちらを訝しんだ目で見られている。

(俺のような日本人顔なんてほとんどと言って見ないんだろうなぁ……。名目上"イスラム教徒の巡礼"って事になってるから尚更だ……)

そしてもう1つの理由。

女性は目以外黒い布でその顔を覆っているからだ。
誰が誰なのかも全く分からない。
ゆえに、この場所にルラ=アルバスが居てもその存在に全く気付かない。

此処は右も左も知らない異国の地。
何も出来なかった。

(勘弁してくれ……出来れば此処には長居したくないんだ……。ただでさえ怪しさMAXなのによ……)

高野が懸念する理由。
それは、この旅行の特異性にあった。

彼らは誰しもが"自分の"パスポートを所持していない。
つまり、不法入国だ。
手に持つそれは、偽造以外の何物でもない。

(確かにあの時、アイツはパスポートは要らないって言ってた……。って言うかそもそも時間が無くて準備が出来なかったからよぉ……。これから遭遇するアレも表沙汰にしたくない問題だしなぁ……。でも、だからって此処にずっとは居たくねーよ!!)

高野は頭を抱える思いだった。
いつまで広すぎる敷地内で彷徨っていればよいのかと。
どのようにして彼らと合流すればいいのか、そんな発想が思い付く余地が無い。

それほどまでに、知らない土地と言うのは不安で、恐怖そのものなのである。

傍から見れば家族かどうかも怪しい風にしか見えないミナミがやたらと喋る。
周りの目も気になる。

声を掛けられたら一巻の終わり。

そんな時だった。

「おい、お前……何処かで会ったか?」

プツン、と。
高野の中で命綱が切れる音がした。

当然、肩を叩かれ、話し掛けてきた男の人は見た事も無ければ会ったことも無く、全く知らない赤の他人であった。

ーーー

何度も家のチャイムが鳴った。
しかし、出る事は無い。
いや、出ようともしなかった。

時間は高野らが外国の空港で迷っている時から幾らか遡る。

吉川裕也は、既に明るくなっているにも関わらず、布団の上から起きようともしなかった。
タンクトップと短パンという格好で、未だ鳴く蝉の声を網戸越しに聞きながら仰向けに寝ていた。

右足に掛け布団が絡まっている。
どうやら、寝ている時に暑くて蹴飛ばしたようだ。

どれだけ無視しても、家のインターホンの嵐は止まない。
確か1階には母親が居たはずだ。
にも、関わらず出ない。

あんな事があった直後だ。
人前に出たいと思う気力など湧く訳がないのだ。
もうずっと、このまま寝そべっている間に時が流れてはすべてが終わって欲しい。
いっそこのまま、死んでしまいたい。

そんな気で居た吉川は、

「裕也ぁー。アンタいい加減起きなさい!チャイムくらい出なさいよー!」

と、言う母親の階層越しの言葉も右耳から入っては左耳を通り抜ける。

もはや、何かをする気力も起きなかった。

ぼーっとしていると再び母親の声がした。

「アンタにお客さんだよー。メイさんって女の子のー」

それまでの魂の抜けた思いが嘘のようだった。
がばっと起き上がると一目散に階段を駆け下りる。

玄関で見たその姿は。

「おっはよー!と言うよりこんにちはー!久しぶりね!」

大会期間中に何度も顔を合わせた、高野たちと普段一緒に居た少女、メイがどういう訳か自分の家に来ていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.454 )
日時: 2020/07/20 23:42
名前: ガオケレナ (ID: InHnLhpT)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「……えっ?ちょ、な、なんで……?」

吉川はただただ驚くのみであった。
何故、ほんの少しだけ絡んだ程度の人間の家が分かったのか。
何故に来ようと思ったのか。

"そういう事"にこれまで恵まれてこなかった吉川にとってはこの手のサプライズに憧れがあったため、内心としてはとても嬉しかったものがあったのだが。

「うん?どうして家の場所が分かったかって?あなたの在籍している神東大学の人だったり、あなたの友達だったり……とにかく人ずてに聞いていったからよ。ここまで辿り着くのに苦労したわ〜」

「どうしてそこまで……」

吉川には分からなかった。
メイと言えば、常に高野と行動していた人物である。
自分なんてモブでしかない。
にも、関わらず自らの手間と時間を惜しんで目の前にやって来たことなど、逆に理解に苦しんでしまう。

しかし、次の一言で彼の迷いは消え去った。

「ねぇ、今から遊びに行きましょう!海よ海!もう皆集まっているから……早く行こう!」

最早彼に、選択肢などなかった。

ーーー

遂に来てしまった。
終わりの時が。

治安当局に見つかり、身元も調べられ処罰される。
高野洋平はこれから起こるであろう地獄を見出しつつ、虚ろな目で呆然とするしかなかった。
自分に掛けられた声が日本語であったことにも気付くこともなく。

「おい……もしかしてお前じゃないのか?それらしい顔で話している言葉も日本語だったからお前とは思ったが……。符丁にも反応が無いな……。まったく、また探さなきゃならんのか」

レイジは見逃さなかった。
高野が手すりを掴みながら身を屈め、小さく独り言で「終わった……俺の人生終わった……」と、聞き飽きる程に繰り返し唱えている所を白人の男が日本語で彼に声を掛けていた場面を。

そして、"その言葉"を聞き逃さなかった。

「おや?あなたとはハンプトンズで会いましたよね?」

すかさずレイジが男に向かって語りかける。

まるで反射のような反応だった。
男が高野からレイジへと視線を切り替えて接近し始める。

対面した2人は、すべてを知ったような涼しい顔をして固い握手を交わした。

ーーー

即座に軽いシャワーと着替えを済ませた。
まだ暑さも残っている気温だと言うのに、メイはにこやかに待っていてくれていた。

「ごめん。お待たせ……。どこに行けばいいんだ?」

「湘南よ。西浜と東浜……どちらがいいかしら?っと、その前に移動よね。空を飛べるポケモンは持っているかな?」

と言いながらメイはムクホークを繰り出し、もう片方の手でぺリッパーのボールを握っていた。

「だ、大丈夫だ……。オオスバメ持ってるから」

吉川は『オメガルビー』の手持ちに、オオスバメが居ることを頭の片隅に置いていた。
瞬時に、ポケットの中にゲームと全く同じポケモンのボールが6個出現する。

吉川はその中から、オオスバメのボールを掴み、ポケットから引き抜いた。

「それじゃあ行こうか!折角の夏だもん。楽しもうよ!」

メイの言葉が合図となり2人は空へと飛び立った。

ーーー

高野は自分の身に降り掛かっている今の状況がイマイチ理解出来ていなかった。

彼を含むレイジとミナミは砂漠の横断も難なくこなすという広告で何度か見た事あるオフロード車に乗っている。
既に、街を離れて砂漠の中に敷かれた道路を延々と走っていた。

「そもそも……」

レイジが口を開く。
放心している高野を思っての発言らしかった。

「符丁の確認についてはジェノサイドさん本人が私たちに伝えてくれたじゃないですか?もしかして言っておきながら忘れていたんですか?」

「符丁……?確認……?」

高野は混乱している頭で記憶を頼りに探る。
まず、思い浮かんだのは神保町から帰って基地の中で2人に話した会話だ。

すると、泡が弾けるが如く次々に記憶が復活していく。

「……え、待てよ?もしかしてさっきのアレが合図だったの!?」

飛び上がるように驚いた高野は、自分に声を掛けてきた白人男性を見つめた。
金髪にして翠眼。やや筋肉質な体型をした、欧米人のイメージぴったりの男だ。

「……ジェノサイドさんが言ったんじゃないですか……。それらしい人に声を掛けられたら、"ハンプトンズで会った"と言えと。もしかして、他の事で頭いっぱいになってそれどころでは無かったのですか?」

ため息でも聞こえそうなレイジの声色。
だが、むしろ高野にとっては見知らぬ土地で冷静さを維持している事そのものに凄さを感じていた。

「とにかく、本人確認が取れて良かった。これからルラ=アルバスと合流する為に空軍基地へと向かう。そこでお前たちは指示があるまで待機するんだ」

「空軍基地?そんな所に俺たちが立ち入って大丈夫なのかよ?」

「俺たちエシュロンが既に許可を取っているから心配するな。だからと言ってそこのお嬢さんはアバヤを脱ごうとするなよ?」

エシュロンの男は、ミナミがさりげなく車内だから問題はないだろうと、顔を覆う黒い布を脱ごうとしたのを見逃さなかった。
特例中の特例とはいえ、"そういうものだけ"は何としてでも譲れないのだろう。

「暑いから脱ぎたいんだけどな〜」という彼女の不満が漏れるのも仕方がないのだが。

「これからどうするんだ?どう動くかとか、作戦のようなものはあるのか?そもそも、俺たちは何をどのようにしていればいいんだ」

「それに関しても基地に着いたらすべて伝える。それまでは待っていてくれ。じきに到着するさ。砂漠のど真ん中という訳ではないからな」

ふと窓を見れば砂利道の遥か彼方に砂の山が見えてきた。
普段砂漠と思い浮かべる姿そのものだ。

あの中で戦うと考えると、灼熱のような気温も相まって意識が遠のく。
だが、逆に石井と山背も此処に居る可能性を考えるとおざなりには出来ない。

本当に面倒な場面に出くわしてしまったと思うばかりであった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.455 )
日時: 2020/02/17 11:11
名前: ガオケレナ (ID: 02GKgGp/)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「予定……変わっていないか?」

高野は日が沈んだ景色を窓から見つつ、ホテルの一室で呟いた。

「話違くね!?」

「仕方が無いだろ。ルラ=アルバスはまだ到着出来ていないんだ」

リヤドを出て4、5時間車に乗ったかと思うと突然降ろされた。
なんでも、オマーンから来る予定のルラ=アルバスが未だサウジアラビアに着いていないとの事だった。
なので、本日は陽も落ちた事もありこれ以上動いてもどうにもならないとの事でこちらに立ち寄った次第だ。

「明日こそは空軍基地に向かう。そこで皆と合流して調査開始だ」

空港で出会い、ここまで案内してくれた男が今後の予定の為に部屋に来ていた。
今日この部屋を使うのは高野1人のみである。
レイジとミナミはそれぞれ別室だ。

「調査だと?結局俺たちは何をやらされるのかも分かっていないのに、どうしろと言うんだ」

「簡単な話だ。砂漠内で奴等と戦い、捕まえる。それだけの話さ」

この男、イクナートンと自称した男は簡単な仕事を伝えるかの如くスラスラと言ってみせる。
果たして、Sランクの組織の人間を相手取るという事をこの男はよく分かっていないようだ。

「砂漠である必要性は?そもそも戦う理由は?捕まえるにも相応の言い分が無ければ駄目だろう?」

「本当にお前は面倒な奴だな……日本語でここまで付き合っている俺の身にもなれ」

やれやれだとジェスチャーで示したイクナートンは念入りに部屋をキョロキョロと見回したあと、ベッドに座っている高野に合わせてか屈むとやや小声でこう言った。

「奴は"アードの民"の末裔だ。少なくともそれを自称している。何かを求めて例の砂漠に来ているのは確かでな……。その為の砂漠での戦闘だ」

ーーー

時刻は1時を過ぎていた。
吉川はその眩しさに、目を眩ませていた。

(一体……俺は何を見ているんだ?)

彼の眼前にはまず海が広がっていた。
9月も過ぎて波も高くなっているというにも関わらず、命知らずな若者たちがはしゃぎながらダイブする姿が映る。

次に見えたのは、友人たちの姿だった。
決して人前では脱がずにひたすら風景の写真を撮る岡田翔、体が砂に埋もれた北川弘、その北川を埋めようと砂を盛る高畠美咲と豊川修、早速波に飲まれて水中でひっくり返っている香流慎司、そして。

「みんなー!用意出来たよぉー!ビーチボールやらない?」

荷物を預けている海の家で空気を入れて膨らませて来たのだろう。
平均的なサイズのビーチボールを持ったメイがやって来た。
水着の上に、派手な暖色のパレオを穿いている。

これのせいで、吉川の目が眩しかったのである。

「やるやるー!混ぜて混ぜてー」

「おいちょっと待て、北川の胸が微妙なほどアンバランスだからもう少し砂盛れって」

「ちょっ、オイ高畠ぁー!普通に放置すなー!」

「うっわーダメだこれー。逆光のせいで江ノ島上手く撮れねぇや」

「いやぁ〜頭底にぶつけちゃったよ〜……今日の波ヤバいね?」

「相変わらず好き勝手やってんなオメーらァァァァァ!!」

吉川は構わず叫んだ。
本当にこいつらは自由だなと思うと叫ばずにはいられなかったのだ。
今まで、特にサークルの行事として何処かへ出掛けるとなると顕著になるのだが各々が好きなように、それも勝手に行動し出す。そこに集団行動の文字は存在しない。

それが今になっても表れたのだ。

すると、突然吉川の顔面にボールが当てられる。

「ぶはっ!!」

「え?なに?吉川、やるの?やらないの?」

柔らかいビーチボールをぶっ放したのはメイだった。
額を抑えながら吉川は転がっていくボールを拾いにいく。

「……やるに決まってんだろ」

ニヤリと笑いながら吉川はメイに向かってお返しとばかりに腕力に任せて強く打つ。

「させるかあぁぁーーー!!」

と、砂山からの封印から解き放たれた北川がメイの真ん前に躍り出るとジャンプしながら打ち返す。

「香流ぇー!きみに決めた!」

向かってきたボールを、今度は豊川が香流のいる方向へボレーし、香流もここぞとばかりにシュートの姿勢を取るものの。

ぶん、という風を切る音と共に空振りし、ボールは可愛い音を立てて砂の上に落ちた。

「何やってんだおめーは」

「ごめーん……こっちバレーとか苦手でさ……」

「って言うかコート!!範囲!!何も決まってない中普通に試合しちまったじゃねーか。自由すぎんだろーが!」

「あら?今のは些細な練習代わりでしょ?本番はこれからよ」

メイがボールを拾い上げると不敵な笑みを吉川に向ける。
この時の全員の心の声が必然的にも一致したのは言うまでもない。

体力がもたない、と。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.456 )
日時: 2020/02/17 12:01
名前: ガオケレナ (ID: 02GKgGp/)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野はイクナートンが離れた部屋の中で1人、話の整理を始めた。

かつて戦ったSランク組織、ゼロット。
その長キーシュが隙を見て暴走をし始めている。
キーシュの本名はキーシュ・ベン=シャッダード。
その意味は『シャッダードの息子キーシュ』。
彼は古代アラブ民族アードの末裔。またはその自称。
キーシュは"何か"を求めに徒党を組んで砂漠に居るらしい。

『アードという名前はイスラム教の聖典クルアーンに見られる滅ぼされた民族だ。俺の勝手な予想だが、キーシュは復讐の為に行動をしているとみている』

高野洋平は先程のイクナートンの言葉を思い出す。
全く理解に及ばないが、どうやら自分の知る由もない歴史が拗れて今に至っているようだ。

「益々俺がすべき事が分からねぇ……最優先は山背と石井。これのみだな」

興味が湧かなければ歴史を学ぼうとする意思は生まれない。
キーシュがどう生きたとか、キーシュの祖先がどうだったかなど、自分の一切に関係がないためか正直な話どうでもよかった。

仲間の安否以外何の興味もなかった。

ーーー

夕陽に空が、地上が染まる。
約4時間という短い時間だったが、目一杯遊びに遊んだ吉川は沈みゆく太陽とそれに光る海を眺めていた。

「ありがとう。突然だったのに来てくれて」

シャワーを浴びて着替えも済ませたメイが吉川の隣に座って同様に夏の終わりを彷彿とさせる景色を見つめ始めた。

「話は聞いたわ。まさか……あんな事になるなんてね」

「……俺ずっとへこんでたんだ。事実が受け入れられなくて……。だから嬉しかったよ。アポ無しとは言え皆と集まって楽しむ事が出来た。疲れたけどな!」

「私も嬉しかったわ。苦労して皆の連絡先集めた甲斐があったわ」

他愛も無い会話。
だが、暫くすると吉川のすすり泣く声が波の音に紛れて聴こえてきた。

「もう……来ないんだろうなぁ……。こうして、全員が集まって遊ぶことが。あんな、……あんな事になっちまったから急遽皆集めたんだろ?せめて……せめて最後にいい思い出を残そうって事で9月に入ったにも関わらず海に来たんだろ?そうだろ!?」

メイは少し戸惑った。
グズグズに泣く男の姿を見るのは好意を持たれた男を振って以来だったからだ。故にそれを思い出させる。

「……私はサークルの人間じゃないから、これから先どうなるかは分からないけれど……これだけは言えるわ。未来はどうとでもなるって」

「どうとでも?俺に何が出来るって言うんだよ……。石井は、山背はもう……帰って来ないんだぞ!?俺みたいな無力な人間には何も……出来ねぇよ」

「でも、だとしても。だからこそ、今レンが動いてくれている」

その間、吉川が一瞬睨んだ気がした。
そこでメイは察した。
吉川が高野に対して抱いている感情を。

「今、レンはアラビアに向かっているわ。何も知らない土地で、友達を助ける為だけに。それがどれだけ大変なことか……想像するのも難しいわ」

「だが、アイツのせいで石井も山背も闇堕ちしちまった……!アイツが居なければこうはならなかったはずだ!」

「それは間違っていないわ。レンがこのサークルに来ることがなければ、少なくともこのような悲劇を迎える事はなかった。だから、彼も責任を感じている……」

メイは自身の記憶を甦らせる。
大会期間中に垣間見た、高野洋平の過去の記憶について。

過ぎてしまった過去は変えられない。

だが。

「レンほどの人間だったらね、本来であれば無数に居る手下に任せて自分は安全地帯で待っていればいいものなのよ。そういう組織はザラにある。でも、レンはどういう訳か自ら前線に赴いて行動しているの。どうしてだと思う?」

「ど、どうしてって……」

メイは迷った。
ここで高野の過去を暴露すべきかどうかを。

「レンはね、過去に過ちを犯した事があるの。決して赦されない過ちを。でも、その過程でレンは強い決意を持ったのよ?」

『光の世界の人間を守る為に闇に生きる。決して闇の世界に光の世界の人間を招き入れる事はしない。許さない。すべての愛する者のために』

「だから……彼をあまり責めないで?レンもきちんと理解しているから。自分のせいでこうなった事をね」

「俺は……どうしたらいいんだ……」

とうとう涙が止まらなくなった。
吉川は優しさを求めてメイに抱き着きたくなったが、メイはするりと身を躱して代わりに彼の両肩を優しく掴んだ。

「一緒に待っていようよ。無事に皆が帰ってくる事を。レンが無傷でこの国に戻ってくる事を」

過去は変えられない。
未来は変えられる。

ハッピーエンドになるもバッドエンドになるも本人次第。
その為の行動をせよとメイは暗に示した。

だが同時に察知してしまった。
吉川が自身に対して好意を持ってしまった事を。
これまでの行動は、落ち込んだ吉川を励ます為の行動だった。そのため、それ以上をメイは求めていない。

吉川は目移りが激しい事でサークル内でもそれなりに話題になっていた。
それが今回になって石井からメイに移った。

勘が鋭いメイはそれを理解するも、応えるつもりは更々無い。
だからだろうか。

彼に対する憐れみという感情が強くなった気がした。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.457 )
日時: 2020/02/17 12:31
名前: ガオケレナ (ID: 02GKgGp/)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


予言者の回顧録


私は只の相談役でしかなかった。
民の話を聞いて回る内に評判が上がったらしく、当時のカリフ直々に命令を与えてくださった。

『南西の砂漠の果てへと赴き、ウバールの乳香とその住民アアドをイスラム教徒として連れて来ておくれ』

私は命令に従った。
駱駝に乗り、ルブアルハリを延々と歩き続けた。

水も果てた。
私にも限界が訪れた。

死を覚悟した。
そうして、ゆっくりと目を閉じて熱を帯びた砂の上に倒れた。

しかし、私は死ななかった。
通りがかったバダウィーが私を助けてくれたのだ。
彼は言った。

『ここには誰も居ない。去れ』

私は言った。

『ウバールの地とその民を求めにやって来たのだ。それまでは帰らぬ』

彼は言った。

『アアドの人間はもう居ない。みな死んだ』

私は何故かと問うた。
彼は教えてくれた。
それはもう過去の姿だと。
どうしても見たくばシバールという土地を目指せと伝えてくれた。

私は再び旅に出た。
シバールという地を求めて。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.458 )
日時: 2020/02/18 11:23
名前: ガオケレナ (ID: 02GKgGp/)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


第二の道、力与えし神

紙片の一部の解読に成功した。
その内容は、アードの地を訪れようとした予言者の回顧録だった。

その内容とは、イスラムの指導者に気に入られた回顧録の作者が、信者と乳香を手にアードの地へ行くよう命じられた場面だった。

だが、気になるのはその言語。
どういう訳か、エジプトの古語であるコプト語で書かれていたのだ。
そのせいで、1ページ読むのに途轍もない苦労を要した。

「それがお前の求めていたものか?」

「あぁ。やはり俺の目に狂いは無かった。予言者フードは確かにアードの地を求めにやって来たようだ」

現代語に書き写した紙をくるくると丸め、掌で弄び始めたのはひと仕事を終えたキーシュだ。
ドバイの露天商から交渉を続けて受け取った紙片がまさか自身の先祖に関するものだったとは最早奇跡以外の何ものでもない。

そんな感想を抱きつつ、

「だが、まだ足りない。俺様が本当に欲しているのはこんなモノではない」

「……次は、何処に行くつもりだ?」

薄暗い部屋の中でキーシュの仲間、バラバはごくりと唾を飲み込む。

「本来であれば……ウバールの遺跡に行きたいところだが、どうやら邪魔が入ってきたようだ。ベドウィンのキャンプで各地にバラ撒かれた紙片の続きを探しつつコイツらの迎撃をするとしよう」

キーシュの持つ予言者の回顧録。
それは、完全な状態では無かった。
彼は今1冊の本として纏まっている物を持ってはいるものの、所々のページが存在しない。
曰く、意図的に散逸させたとのことだ。

当然、その理由は未だ分からない。
しかし、紙片の目星は付いている。

「俺様の希望的観測だが、失われた紙片はすべて見つかる。俺様の手元に、"例のレーダー"がある限りはな?」

「だが、見つけたところでどうする?それがお前の野望に直結するのか?」

「さぁてな。まだ分からん。だが、俺様の先祖がどのような道を辿ったか……。それを知る事も野望の1つに入ってはいる」

「仲間全員が納得するのか?それで誰かが死ぬような事になったら……。それでもいいのか?」

バラバの懸念に、キーシュは小さく笑う。
いつまで経ってもその心配性は治らないものだと懐かしい記憶を思い起こさせながら。

「何を言っているんだ?俺様に力を貸した神が居るんだ。だからこそ今回行動を移した。いや、移すことが出来た。違うか?」

その言葉を聴いて、バラバは黙り込んでしまった。
その恐ろしい力の片鱗を垣間見た彼だからこそ、その言葉の意味が分かるのだ。

「今こそ怒りの鉄槌を下ろす時だ。全世界の愚かな人間共に……俺様たちの先祖が受けた苦しみを受けてもらうぞ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.459 )
日時: 2020/02/19 13:36
名前: ガオケレナ (ID: 2N4onKWr)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


朝になって叩き起されると、すぐ様出発するから準備しろと何の予告も無しに言われた。
そのせいか、準備が遅いとイクナートンに怒られもした。

そんな気分の悪い1日の初めを迎えて、高野洋平はイライラしているのが丸わかりな顔で行きとは違う車になっているジープに乗る。
勿論そこにはレイジとミナミ、そしてイクナートンの姿が。

「……あの、大丈夫ですか?」

ピリピリとした空気を感じ取ったレイジが、高野に向かって声を掛ける。

「気分が優れないのですか?」

「別に、何ともねーよ……。クッソ、めんどくせぇ……」

高野はボソリと呟きながら窓の景色を眺める。
砂と岩石の山と時折建つ店と適当に生えている植物以外何も無い光景だ。

すると退屈でもしたのか、高野はスマホをいじり始めた。

「何かありました?」

「そうじゃねぇよ。とりあえず応援を呼ぶ。今この段階で俺たちはゼロットと戦うのが目に見えているんだ。俺たち3人だけじゃ幾ら強くても無謀すぎやしないか?」

確かに尤もだが、ここは海外である。
通信など出来る訳がないとミナミが2人の会話に口を挟んできた。

「どうやら他人に迷惑を掛けているという自覚があるみたいでな……Pocket WiFiを貸してくれた」

「あぁ。本当に申し訳ないと思っているよ。どうやら飛行機がお好きなようだからな」

盗み聞きしていたイクナートンが皮肉を込めた、全く謝罪の意思がない謝罪を繰り広げる。
だが、高野も高野でこんな所で面倒な口喧嘩はしたくなかったのか、軽いため息をわざとらしく吐くのを最後に車内は静けさに包まれた。

(ひとまずハヤテとケンゾウに連絡を入れてみよう……。簡単な事件の概要と、要件だけ伝えればあとはあいつらが勝手に理解し、応えてくれる)

彼らに対し、メッセージを送信してスマホをしまうと、まだ少し残っていた眠気を体から追い出すために高野は軽く目を閉じた。

しかし、運命というものに悪戯は付き物である。
車が曲がりくねったかと思うと停車した。

「お前たち、一旦降りてくれ。食糧の買い出しだ」

またも、高野の眠りはイクナートンに邪魔をされた。

ーーー

今週末に控えていたサークルの旅行が延期になった。
その報せが吉川裕也の元に届いたのは、バイトの休憩中の事だった。
薄々予想はしていたが、改めて公式の情報が届くと落胆してしまう。

恐らく、昨日の海での集まりの段階でほぼほぼ決まっていた事だったのだろう。
そもそも、宿の手配をしていたのが今や日本を離れてテロ活動をしている石井真姫なのだから当然だ。

複雑な感情を心に溜め込みながら吉川はスマホを叩き割りたい気持ちを抑えつつ仕事場へと戻って行った。

ーーー

とにかく驚きの連続だった。
まず、日本ではインドカレー屋でしか見られないナンがずらっと並んでいた。
こちらの国の料理には欠かせないのだろうひよこ豆が袋に入って売られていた。

キロ単位で。

「物価安くねぇか!?こんなモンなのか?」

「日本とは大違いですね〜。飲み物のラベルもほら、紙ですよ。しかも多言語まで書かれていて本当に海外にいるんだと思わせてくれますよね〜」

「う〜ん……お菓子無いのかなぁ。なんか甘いのが食べたい」

「悪いがお前はあんま喋るな」

高野は日本のテンションのまんまでいるミナミに注意を促した。
サウジアラビアと日本では女性の扱い方がまるで違う。
ましてや、家族でもない男と共に歩き話している姿を周囲に見せるのは向こうの事情からして良くないらしい。と、言うか本来は禁止されている。

「お菓子ならありましたよリ〜ダ〜っ!ほら、砂糖を固めたものだとか……」

「ちょっとそういうのは違うかな〜」

「お前らいつまで居るつもりだ?早く乗れ。行くぞ」

荷物を車に詰め込んだイクナートンが彼らを急かす。
レイジはその言葉に急いだせいでその辺にあった日本のものと比べると甘すぎるチョコレートと、ミントの主張が激しいガムを買うと車に飛び乗った。

「ひとつ、お前たちに今日これからの予定を伝える」

助手席に乗ったイクナートンが後部座席に座る3人にはっきりと喋り始めた。

「今日の夜頃かな。その時までには空軍基地に到着するつもりでいる。その時まではこの車の中でひたすら移動すると思ってていい」

「聞いてた予定と随分違うようだが?大丈夫なのか?」

「……それでこの後は4時間から5時間の間にベドウィンの中継地で休憩する。それまでは好きにしていろ」

高野の不満をまるで無視したイクナートンだったが、ここに来てやっと今後の行動が見えてきた。
それでも4、5時間はこの車の中に居ることになるが、寝るなりポケモンを育てるなりの事ぐらいならば出来る。
高野は今度こそは暫く邪魔が入らないと思うと、安心して眠りに入った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.460 )
日時: 2020/02/21 16:00
名前: ガオケレナ (ID: XpbUQDzA)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「おい起きろ。聞いているのか?」

高野洋平は本日2度目となる最悪な目覚めを経験してしまった。
思い切り体を揺さぶられて強制的にその目が開かれる。

「んだよ……やめろやめろ……」

「いいから起きろ。きっかり5時間経ったんだぞ?ベドウィンの中継地だ。ほら降りろ」

寝惚けて老人のような顔をした高野は若干フラフラしつつ車から降りる。
その間イクナートンはミナミとレイジを起こすために車の中を回っていた。

時計を見ると確かに5時間ほど経過していたようだ。
だが、高野本人からすると全くその感覚がない。
長旅と時差のせいで普段以上に疲労が激しいからか、1、2時間程度の感覚しか無かったのだ。

降り立った場所はベドウィンの地らしく、露店が幾つか並び、駱駝や馬の類が大人しく留められている。
だが、それよりも先に生まれた思いは"暑い"に尽きた。
この国に来た時からずっと思っていたことだったが、日本と比べて暑さの質が違う。

直接肌に熱が痛みを帯びて突き刺さるかのようだった。
湿気を伴ったべっとりとした暑さとは違う"暑い"なのだ。

「こんな所で休憩出来るのか?俺には耐えられん」

「此処は街と街の間だ。それに、この地下には湧き水もある。彼らからすれば決して悪くない場所さ」

「そしたらさ……」

高野はとりあえず近くに立てられていた出店の内2つほどを見つめる。その上で続けた。

「走り始めてすぐに買い出ししていたが、別に此処でも良かったんじゃないか?途中で荷物を積んだのと此処で降りた理由がイマイチ分からんのだが?」

「至極単純な理由さ。最初に降りた所の方が安い。それからここに来た理由も分かりやすいぞ?車のドライバーも万能にして無敵とはいえない。休ませてやらないとな」

「あっ、そーですか……」

結果がどうでもよかった不満と、思うようにいかない現状と喉の渇きに飢えた高野にはもはやどうでもよかった。
とりあえず、与えられたペットボトルの水を飲もうとした時。

「ひゃっ!!」

突然、ミナミが叫んだ。
しかし、高野は彼女に連鎖して驚くことはしない。
彼女が叫んだ理由が何なのか、知っているからだ。

「これは……」

高野は思わず見上げた。
人の声で紡がれた、歌のような不思議なリズムがスピーカーから流れたからだ。

「びっくりした〜。いきなりなんだもん……。何これ、歌?」

「いや、これは歌じゃねぇ……」

スピーカーから流れる"それ"に耳を澄ませる。
どう考えても歌にしか聴こえない、まさにThe Arabianを思わせる異国の旋律は、慣れない海の向こうの人々を魅了する、ある種の美しさがあった。

「これは……アザーンだ」

「アザーン?なにそれ?」

偶然だった。
テレビや書籍でのその分かりやすい解説を行うジャーナリストの番組をたまたまその時見ていた高野だったからこそ、それを知っていたのだ。
だが、改めて本物を聴くのは初めてでもあった。

「イスラム教ってのは1日に何度もお祈りするだろ?そのお祈りを始めるための合図みたいなもんだ。これからお祈りするから集まれ〜的な?」

「へぇ〜。歌で時間を伝えるなんてお洒落なのね」

「いやだから歌じゃねぇって」

暫く聴いている内に、それまでキャンプ内でばらけていた人々が1箇所に集まる。
そして、全員が同じ方向を向いてお祈りをし始めた。

「ね、ねぇ……」

ミナミが喋ろうとした所をイクナートンに遮られる。

お祈り中は喋るな。

そんなジェスチャーをされながら。

決して待たされていた訳ではなかった高野たちだったが、幾らか見つめていると人々はお祈りを終え、それぞれの生活へと戻ってゆく。

この時、陽は頂点に達していた。
1日の中での2回目のお祈りの時間という訳である。

ジープのドライバーも、飲み物を片手に戻って来た。
どうやら、もう出発するようだ。
休憩はして来たのか尋ねたかったが、現地の言葉が分からない高野たちはもどかしさを覚えながら車へと近付いてゆく。

「いっっ……てぇ……」

車のある方へ向こうと首を動かした時だった。
高野は、巻き起こった砂嵐に思わず目を瞑り、手で押さえる。

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、平気平気……ちょっとビビっただけだ」

レイジの返事に対しても普段の調子で答える。
本人の言った通りオーバーリアクションだったようだ。

しかし、途端にレイジの視線がおかしくなる。
高野の立つ後方、ベドウィンのキャンプの敷地の真ん中に意図的に作ったかのような揺らめくように、歪んでいるようなウネウネとした動きをした砂の竜巻が巻き上がっているのだ。

人々はそこから離れ、竜巻周辺はぽっかりと穴が空く。
決して人に対しては脅威とはならない小さい竜巻。
本来ならば無視していればよいものを、

「ジェノサイドさん!ジェノサイドさんっ!!」

「なんだよ……俺はもうデッドラインであってジェノサイドでは……」

「あれです!あれをっ!!」

レイジは目を擦る高野に対し、必死に叫ぶ。
不可思議な竜巻を指しながら。

高野も応じるが如くそれを見つめる。

瞬間、駆け出した。

その竜巻の中から人が、"キーシュ・ベン=シャッダードが現れた"からだ。

「キイィィィ……シュゥゥゥゥ!!!」

「久しいなぁ!ジェノサイド……。だが今は貴様と戯れている時では無いのだよ!?」

突如姿を現したキーシュ。
その手には砂の大地を掘り起こしたのか、それともお祈りの時間を見計らって露店から盗んだものなのか、それは分からないが1枚の紙片を掴んでいる。

「これで俺様の此処での用事は済ませた……次を急ぐぞ」

「テメェェェ……!!石井と山背を……何処にやったぁぁぁぁ!?!?」

走りながら、高野はボールを構え、投げる。
出てきたリザードンがキーシュに向かって灼熱の炎を吐く。

しかし、キーシュは顔色ひとつ変えない。
その身を纏っていた砂嵐を炎にぶつけると、共にそれは消え去る。

「貴様の相手をしている暇は無いと言っただろ?」

「だったら尚更だ……俺にはあるんだからよぉ?ムカつく奴の嫌がらせも出来れば俺としては満足だ」

嘗て、それぞれの思惑を抱いた2人は国内で戦いを繰り広げ、そして今。

遠い異国の地で奇妙な再会を果たす。

これもまた、ひとつの運命なのだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.461 )
日時: 2020/02/21 19:39
名前: ガオケレナ (ID: XpbUQDzA)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「待て、デッドラインッッ!人目のつく所でポケモンを使うな!」

「うるっせぇ!!俺の知り合いの命が掛かってんだよ!手段なんて選んでらんねぇよ!」

イクナートンの必死の静止も振り切り、高野はメガシンカのデバイスと化したメガネを光らせる。
その光に呼応し、リザードンも全身を光と外気から取り込んだ膨大なエネルギーに包まれた。

その力が生命と融合したその瞬間。
エネルギーの爆散する音が響き渡る。

純粋なまでの黒いボディと禍々しさを感じさせる深い蒼の翼。

「メガリザードンXか……」

キーシュはそれを見てニヤリと微笑む。

「ここまでされたんだ……俺様も応えなければ無礼ってものだろう?」

そう言ってキーシュは両腕を広げる。
しかし、その手には紙片以外何も見当たらない。
モンスターボールがそこには無かった。

「見せてやろうか?この、高貴で逞しいこの俺様と……いつしか落ちぶれて只の雑魚に成り果てた……貴様との差をなぁ?」

「……!?」

空気が震えている。
しかし、風は今は止んでいる。

空間が、キーシュの周囲の空間が丸ごと震えていたのだ。

「俺様は今!!新たな力を手に入れたっ!だからこそこうして行動しているのさ!?貴様なぞ相手にならんその意味を……しっかりと脳に刻め!!」

震えた空間から突如、漆黒の大きな穴が空いた。
そしてそこから、大きな影が蠢き出す。

高野は一瞬、見てしまった。

その、"あまりにも見慣れた、妙なまでに刺々しく禍々しい翼"の一部を。

「なっ、まさか……お前!?」

「さぁ神よ!!この俺様に力を与えし神よ!!もう一度躍り出て……目の前のちっぽけな塵を払ってしまえ!!!」

その場にいた、ポケモンへの造詣が深い者たち……即ち、高野洋平、ミナミ、レイジは戦慄した。

確かにキーシュは呼び出したのだ。

裏の世界に棲むと云われ、封印されし抹消された神と呼ばれしポケモン。

ギラティナを。

ーーー

「みんな!早く!僕に呼ばれた者は素早く準備して!!」

組織、赤い龍の基地と化した団地ではそろそろ日が沈む時刻に差し掛かっても大騒ぎであった。

「リーダーから連絡が来てもう6時間になろうとしている!!早く、準備を済ませないと……」

ハヤテは焦っていた。
高野洋平直々に増援の連絡が来てしまったからだ。
部屋中が走り回る音と何か物を落としたような音が響き渡る。

「どうしよう……どうやって外国まで行けばいいんだ……」

「落ち着け!とりあえずまずは人数と荷物の確認だろ!?」

頭を抱えてウロウロしているハヤテを見かねてケンゾウがそう言って平静を促す。

「そ、そうだね……。とりあえずリーダーのように犯罪に走るのはよくない!……と言うか予定人数が100人だろ?そんな大人数で世界を誤魔化すのは不可能だと思うんだ……。かと言ってこちらで飛行機を準備するのも遅すぎる!と言うか出来ないっ!」

「ど、どうするんだ?そんな状態で」

財布とスマホとボールを改めて確認したケンゾウが1つのアイディアを出さず、すべてを投げる。
しかし、ハヤテはその点を気にする素振りを見せない。そんな事など頭に入らないのだろう。

暫く唸りながら考えて、

「他の一般客と紛れよう。これから行く人はパスポートを持っている人のみ!……これだけで100人から一気に人数は下がるだろうけど……仕方ない!リーダーもそこは承知のはず。時間と手間はどうしても掛かるよ。でも仕方ない」

「でも、そんなハヤテきゅんはパスポート持ってんの?」

「持ってないよ!だから持っているけどあまり実力の無い人から借りるしかない。あとは乗り切るから!」

「えぇー……」

準備が出来次第、それぞれ勝手に空港に向かえという指示のもと、既に何台かの車が走り始めた。

窓から確認しただけでも4台は出ている。

「よし!」

準備と連絡を済ませたハヤテが部屋から外へ出る。

「行こう。少しでも早く、リーダーの元へ行くんだ!」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.462 )
日時: 2020/02/23 21:21
名前: ガオケレナ (ID: ejGyAO8t)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ギラティナ。
4.5mあるその巨体を、高野は思わず息を飲んで見上げた。

無理に創られたとはいえ、ディアルガやパルキアに似た"なにか"や、"おそれ"を感じつつも、ギラティナの放つ"おそれ"は明らかに"恐れ"であった。

「ど、どうして……?」

何故キーシュが。
よりによってギラティナと共に在るのか。

何故ギラティナが。
よりによってキーシュを選んだのか。

「分からねぇな……何故お前がギラティナというチョイスなのかを。もしかして自分とギラティナを重ねたとかか?だとしたら相当気持ち悪……」

「黙れ、殺すぞ」

キーシュの静かな言葉と共にギラティナが翼を振るう。
大きく、広いそれはひとりの人間にとっては凶器へと変わる。

猛烈な風が生まれた。
強い横からの衝撃に、高野は、リザードンは意図せずに砂に着けた足を離してしまう。

「ジェノサイドさんっ!!」

2回か3回砂利の上を転がった高野であったが、その目に、心に乱れは無かった。

無言で起き上がっても尚強い眼差しを向ける。

「?……貴様、まさか怖くないのか?」

キーシュはそれまで見てきた反応とは違う事に早速気付く。
このポケモンを前にして、逃げ出さなかったのはこの男が初めてだったからだ。

「このポケモンが……。神が、恐ろしくないのか?」

しかし、高野にも思うところはある。
それは、自身に対する強い自信へと変わった。

「怖いか、だと?ハハッ、怖いわけねぇだろ!俺は……この俺は……神と呼ばれしポケモンを2体相手取った男だぞ?今更1体だけ出されたところで怖気付くわけがねぇだろ!」

口だけなのは分かっていた。
例え自身がそうでなくとも、ギラティナに対する有効な手立てが無い。
手元にオラシオンは無い。

そもそもギラティナにオラシオンを聴かせたところで何が変わると言うのだろうか。

「2体の神……なるほどなぁ……。あの騒ぎ、その渦中に居たのはやはり貴様か」

「……知っているのか?」

「知っているに決まっているだろう?あの騒動があったからこそ、今の俺様が……この神が舞い降りてくれたんだからなぁ?」

高野は聖蹟桜ヶ丘の大会会場でキーシュを見たことはなかった。あれだけ派手な髪と格好をしていればすぐに分かるのだが、期間中に見ていないということはイベントそのものに参加していなかったのだろう。

「どういう事だ?」

「……なぁ?俺様は言ったはずなんだがなぁ?貴様に構っている暇は無いと。それともどうする?ここで死んでみるか?お前が幾ら丈夫な人間であっても……爆弾が目の前で炸裂されりゃ無意味だろ?」

キーシュが呟いた直後。

「逃げろおおおぉぉぉーーーー!!」

イクナートンが突然叫び出した。
言いながら、少しでも距離を取ろうと離れるようにして。

戸惑っている高野だったが、確かに変化があるようであった。
ギラティナが唸る中、その体を小さな粒がキラキラと輝いている。
なにかを操っているのだろうか。

しかし、ただ事では無いことだけは理解した高野もイクナートンに続いて走ろうとする。

そこを、

キーシュとギラティナを中心に白い蒸気が立ち上ると爆発、霧散する。

大きなエネルギーのバーストに忽ちのどかな中継地はパニックに包まれる。
叫び声とどよめきと爆発音で耳が使い物にならない。
逃げ回る人々の隙間に、イクナートンがチラリと見える。

「大丈夫か!お前ら!?」

彼の不安とは裏腹に高野もミナミ、レイジも無事だった。
発生したのは爆発に見せかけた陽動だったようで、はじめに発生した砂嵐以外にその体を痛めつけたものは何も無かったからだ。

とりあえず混乱に巻き込まれないために車の停めてある方へ走る。
高野がまず乗り込むと続けてレイジとミナミが乗り、最後にドライバーとイクナートンが必死な形相で飛び込んだ。

「おい、大丈夫か?……全く、余計な事をしてくれたな?」

「余計なことだと?身内の命が絡んでいるのにか?」

「あそこに居ない事なんてすぐに分かるだろうが!何故お前は分析しながら戦わなかった!?そのせいで奴が何をしていたのか、何処へ逃げたのかまともに知る事さえ出来なかったんだぞ!?」

見ると、キーシュとギラティナの姿は消えていた。
白い蒸気で目くらましをした瞬間にギラティナの力で空間転移したのだろう。

「……だがもう過ぎた事だ。急いで空軍基地に向かい、合流するぞ」

「……」

高野はしばし考えた。
キーシュの興味が自分ではなく、別の事に注がれていた事がどうしても気になったからだ。

(キーシュの目的が……何なんだ?それが分からねぇ……)

自分が下手に動けば山背と石井の命に関わる可能性も否定出来ない。
もう少し話をすればよかったのか、無理をしてでも戦い続ければよかったのか、最善策が見えなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.463 )
日時: 2020/03/01 14:27
名前: ガオケレナ (ID: At2gp0lK)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


息が苦しい。
喉を絞められている感覚を覚えて高野洋平は目を覚ました。
そこで、気が付いた。

自分は移動用のジープに乗っていたこと、ミナミもレイジも寝ていること、自分が疲れのあまり寝てしまい、深い眠りに陥ってしまったせいで無呼吸になってしまったこと。
ジリジリする喉の痛みの感覚を覚えながら高野は深く座っていた体を起こす。

「起きたようだな」

前の助手席に座るイクナートンの声だ。

「よほどさっきの騒ぎに疲れたようだな。3時間ぐっすり寝た気分はどうだ?楽しい夢でも見れたかい?」

「楽しい……もんかよ……」

高野が起きれた理由はもう1つあった。
見ていた夢だ。

「さっきのキーシュのポケモンを見たせいで……最悪な気分だ」

「ギラティナ、か」

夢と言うのは、その人の寝る前の精神状態に強く左右される。
強い願望だったり、ストレスだったり、それが頭の片隅にあるだけでそれらに関連する夢を見れてしまう。
例えば、今欲しい物や食べたい物の場合もあるし、何かから逃げる夢は避け難い困難がある時など。

今彼が見た夢も、寝る前の状況が反映されていた。

「キーシュが……ギラティナか」

「お前のさっきからの反応を見る限り……知っているようだな?」

「何をだ」

「奴が何故ギラティナを扱えているのかを」

高野はギクリとしつつ黙った。
素直に認めずにいる自分がいるのを分かっていたからだ。
それに、この男の言う通りにするのが個人的に負けた気がする。

高野はそれまで見ていた夢を、嘗ての記憶を思い出す。

それは、3年前に遡る。

ーーー

2012年、夏の終わり。

まだ高校3年前の高野洋平は、自身が犯した罪に苦しみながら組織ジェノサイドとしての活動を、高校生としての生活を行っていた。

『……あれ?リーダー。今日は登校日のはずでは?』

『行きたいとも思わねェ』

8月も残すところ3日か2日と経った頃、高野は組織の仲間のハヤテにそう問われた。

夏休み中の登校日。
連絡事項だとか、課題の提出などそれなりに用事のある日なのだが、彼の精神状態が"それ"なのでとても行く気分にはなれなかった。

と、言うかそもそも他人であるハヤテが自分のスケジュールを知っている事にも気持ち悪さに似た感情を覚えて仕方がない。
何故、知っているのだろうか。

『お前さん、今日は何処かへ出掛けるのかね?』

広間にて、朝食を食べ終えたバルバロッサが彼に声をかける。
この時はまだ、彼が仲間だった頃だ。

『別に、何も用なんてねぇよ』

『……そろそろ向き合うべきではないのかね?』

『?』

『いつまでも過去に拘っては何も変わらないさ。それよりもこれからだ。お前さんは……何がしたい?何をするか?変えられない過去を思い続けているだけでは何も……変わらないぞ?』

重みのある声だった。

高野にとって唯一、例の事件について泣きついた人でもあった彼は、彼だけがそれについて勘づいたのでアドバイスのつもりだった。

しかし、高野は彼に対しては何も言わずに広間を、基地を飛び出して行く。

時間はとうに過ぎている。ちょっとの遅刻の範囲を超えた時間だったが、それでも行かないよりはマシだ。

ケンホロウを呼び出すと'そらをとぶ'で広い空を駆け回った。

ーーー

『けーっきょくこのザマじゃねぇか……』

高野は心底ウンザリした。
教室に入り、教師にやんわりと注意されたものの、席に着いてまず友達が来ていない事に気が付く。
むしろ、クラスの半数近くの席が空いていた。

『ほとんど来てねぇじゃん……来なきゃよかった……』

『何を言ってるんだ。2時間近く遅刻したお前は中途半端に真面目、という事じゃないか』

教卓の前に立っている教師に珍しく冗談を言われる。
それに釣られて何人かのクラスメイトが笑った。

『ところで高野、お前榎と松井はどうした?いつも一緒だろう?』

えのき帯刀たてわき松井まつい紅華こうか

高野の数少ない高校の友人にして、同じ組織に属する仲間。
高校1年の頃に出会わなければ、少なくとも2人が深部の人間として生きることはなかっただろう。

教師は、そんな簡素なイメージを浮かべるも高野から帰ってきた返事は『知らねぇ』だった。

2人は基地で生活していない。
それぞれ家族も居れば、お互い恋人関係だからだ。
だからと言って高野も強要はしない。
それぞれが好きなようにすればいいというのがこの時から抱いていた持論なのだ。

ーーー

すべて終わった。
高野は、校門に向かって歩きながら、何枚か受け取ったプリントの束を肩から提げた鞄にしまい込む。
そろそろ境界に差し掛かる。

『探したぜ?……お前が、ジェノサイドだな?』

真隣から乾いた男の声がする。
しかし、高野はまるで何も起きていないかの如く無視して通り過ぎた。

『オイオイ釣れねぇなぁー……。お前がジェノサイドなの分かってんだっての』

白衣を来た茶髪の男。
高野と比べて3,4歳年上だろうか。
そんな男はわざとだと分かるようなため息を吐いたあと、右手にスナップを掛けたように何かを投げるように振るう。

その直後、女子の叫び声が上がった。

高野は思わず足を止める。
声の上がった先はテニスコート。
夏期登校が終わった今、そこに居るという事は部活の練習か何かだろう。

『あらあらぁー。お前が無反応のせいで何の関係もない子が傷付いちゃったぞー?』

高野は駆けた。
すぐさまテニスコートに入る。
そこには、

キリキザンに刺された、バドミントン部に所属していた女子が2名ほど血を撒き散らせて倒れていたのだ。

『お前……何を……?』

『最初から大人しく会話していればよかったのになぁー?お前が可愛くないからちょっと悪戯したくなって……』

最後まで言わせない。
高野は無言でゾロアークを放ち、その鋭利な爪で引き裂くよう念じる。

ゾロアークは高野の考えている事が分かっている。
性格が驚く程に"同じ"だからだ。

だから、一々口に出して命令せずとも動く事が出来る。
敵からすれば情報のない中ポケモンが自分に迫る。
つまり、不意打ちに近い。

『おおっ?』

しかし、その中にキリキザンが割って入り、ゾロアークの攻撃を受け止める。

『珍しいな。命令無しに動けるのか』

『テメェは……誰だ』

『まずはこっちの質問に答えようぜーぃ。お前はジェノ……』

『いいからテメェは誰だって聞いてんだよクソ野郎!』

ゾロアークは'かえんほうしゃ'を吐く。
効果抜群であってもキリキザンはその一撃だけでは倒れない。
しかし、目の前の壁を除ける事は出来る。

敵が無防備になる。

ゾロアークは再び爪を尖らせる。

『いいぜ。自己紹介してやろう……。俺の名は横谷よこや絶影ぜつえい。Aランク"白隠はくいん"のボスだ』

その宣言と共に彼の背後から黒い龍が起き上がるようにして現れた。

ーーー

「急に昔話をされてもな」

「そういう気分なんだ。少し話をさせろ。聴いてなくていいから」

幾ら進んでも景色は変わらない。
岩と砂の山しかないつまらない外を時折眺めながら高野は見ていた夢の話を続ける。

いつの間にか、レイジが起きていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.464 )
日時: 2020/03/03 17:07
名前: ガオケレナ (ID: 1UTcnBcC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


昔話は続く。
レイジは、ミナミの肩をつんつんと叩いて起こそうとしていたが、そちらに高野の意識は向かなかった。

ーーー

今自分は有り得ないものを見ている。気がする。
思考停止した使い物にならない頭がそれだけのシグナルを鳴らすとそこから考えることをやめてしまう。

『な、なん……で……だ?』

『んんーー?きっこえねぇぞぉ?ジェノサイドぉ……。俺のポケモンがそんなに珍しいか?』

横谷の背中から浮き出ているかのようだった。
だが、それは徐々に実体を伴っていく。

『俺のポケモンが……俺の力が……凄いと思わないか?』

『凄いなんてモンじゃねぇ……。テメェは一体、何処で何をしやがった!!』

それは、この世であってはならない光景。
起きてはいけない場面。
そして、存在してはいけないポケモン。

この世界において、その力を振り回すのはおろか、呼び出す事の一切が出来ない……誰をもってしても不可能と言われている伝説のポケモンの実体化。

黒き龍……ゼクロムの嘘偽りのない姿がそこにあったのだ。

『さぁゼクロムぅぅ……。目の前のガキ諸共殲滅だ』

ーーー

「存在も行使も不可能、ね。じゃあ何でソイツは扱えていたんだろうな?」

「それは後々話す。ってかお前、見たところポケモンはやっていなさそうだが……どれが伝説のポケモンとか分かるのか?」

ジープに揺られながらイクナートンと高野の互いに多少の悪意を込めた合戦は続く。
イクナートンは少し考えながら、

「確かに俺はポケモンは子供の時以来遊んでいないな。だから今のポケモンはサッパリ分からないしそのゼクロムとやらも分かるわけがない。だが、ギラティナとキーシュは別だ」

「別?何でだ」

「こちらで独自にこれまで捜査していたからだ。奴がアラビアに居る事も、不可思議な力を操っていることも、その力がポケモンであり、世界でありふれた分類のものではないこと……とにかく調べ尽くして最後に行き着いたのが"ギラティナと思しきポケモンを使っているであろう"って事だ」

「そこまで出来たんなら俺らの力は必要無かったんじゃねーの!?」

「いいから続けろ。ま、お前が今此処に居るという事はゼクロムに殺されるなんて事は無かったんだろうが」

イクナートンに無理矢理抑えられた挙句、続きを催促された。
高野は仕方なしに、不満げにそれを紡いでいく。

ーーー

初めてだった。
この世界には、ポケモンの中にはそれほどまでの力を誇るポケモンが居た事に衝撃が走った。

ゼクロムの周囲に青い電撃が発生すると四方八方に飛散、辺りを歩いていた生徒たちを次々に昏倒させる。

『やめろ、テメェ……何が目的だ!?』

『お前だけは特別だ。直接ゼクロムの技をブチ当ててその身体を粉微塵にさせてやろう……。''クロスサンダー'っっ!!』

直後にゼクロムの体は雷光に包まれる。
宙に浮くとそのまま斜め下に落下するようにして高野へと迫る。
一直線へと落下し。

接触の瞬間。

ズン、という重々しい音が横谷の耳に響いた。
これでジェノサイドは死んだ。
その体をバラバラにしたうえで。惨たらしい最期で。

だが、彼の元へ飛んできたのは高野の体の一部ではなかった。

"ゼクロムそのものが、巨大な砲弾となって跳ね返ってきた"のだ。

『なん……だと……?』

油断を取られた横谷は間に合わず、首を僅かに傾ける事しか出来ない。
その空間を含めて、真横をゼクロムがすっ飛んでいく。

その体は校舎に激突した。
途轍もない轟音と埃と破片を散らせ、一先ずの脅威を払い除ける。

『お前……何を……?』

『効くみてぇだな?伝説のポケモンにも'カウンター'は……』

ゼクロムの技は物理寄りである。
ならば気にせずにゾロアークを放てる。
その莫大なエネルギーを前に、押し潰される不安もあったが、それは問題無かったようだ。

いける。
ゼクロムが相手でも勝てる。

真っ暗闇の中から見出した小さな光の筋を見つけたかの如く活路が見えてくる。

『おい!!お前ら!何やってんだ!!』

異変と騒ぎを聞きつけて2人の元へ高野にとっても見知った男性教師が出てきた。
騒動を止めようとやって来たのだろうが、あまりにも無謀にもみえる。
だが、高野にとっては効果は抜群だった。

(な……何でよりによって今なんだよ!?)

破裂でもするんじゃないかと思わせる鼓動を心臓が発している。
暑いせいか汗も止まらない。

高野洋平という男は、一定の知人以外にジェノサイドという裏の顔を知られていなかったのだ。
つまり、ここで騒ぎを起こしているのがバレたら1発で退学決定だ。

高野の選んだ道はひとつ。

ケンホロウに乗ってその場から逃げる事のみだった。

空へと羽ばたいた瞬間、教師の絶叫が響いた。

ーーー

「……死んだのか?そいつは」

「その場にいた俺以外の生徒も、止めに入った教師も皆死んだ。地元のニュースにも取り上げられたしその日に家……と言うか基地に連絡来たし学校の始まった9月早々に全校集会があったよ。……本当に大変な騒ぎだった」

「それで?お前はこの話を通して何が言いたかったんだ?夢の話か?」

「確かにこれは俺がさっき見た夢の内容でもあるし実際に見てきた記憶でもある。……その後はお察しの通りだ。横谷を倒して今の俺がいる」

イクナートンはそっちじゃない、と唸る。
知りたいのはそれだけではなかったからだ。

「お前は伝説のポケモンに遭遇した。それに今回の件と関係あるのか?」

「大ありだ。俺はこの件をきっかけに目覚めたんだからな……。"それ"に気付いたのは大山でバルバロッサと戦った時……かな」

これまで誰にも話して来なかったが、高野洋平はその時気が付いてしまったのだ。

それは去年の9月バルバロッサの操る3体の伝説のポケモンと対峙した時。

"あらゆる手を持ってしても使えないはずの伝説のポケモンが手持ちに反映されていた"ことに。

それがすぐにゲームの進行の都合で手持ちに入れていたポケモンだと思い出し、それが現実世界に反映されたものだと分かったが、高野は恐ろしくなりすぐにスマホアプリのポケモンボックスを起動して手持ちを入れ替えた。

「伝説のポケモンと戦った人間は例外なく種類を問わず伝説のポケモンを使えるようになる……。実戦に使ったのはその後。ゼロットとの……戦いの時だ」

高野洋平は仲間を人質に取られた焦りからか、手持ちにラティアスを入れて戦いに臨んだ。

つまり。

「俺が……。俺が今回の騒動を引き起こしたってことかよ!?」

あの時。
取り返しのつかないミスを犯していた。

もしもあの戦いでラティアスを使うことが無ければ、きっとキーシュがギラティナを使う未来が来なかったはずなのだから。

それを考えると、責任を追うという意味で彼が出向いた意義はあるのかもしれない。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.465 )
日時: 2020/03/03 17:36
名前: ガオケレナ (ID: 1UTcnBcC)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


報せが入った。
構成員の1人であるリョウが目にうっすらと涙を浮かべながら焦りのせいで時折吃りながら報告してきたのだ。

『え、……榎と松井が死んだ……。例の白隠のボスに……殺されて……』

高野は頭が真っ白になった。

榎帯刀と松井紅華が死んだ。
高校1年の頃に出会い、すぐに意気投合し、ジェノサイド結成後もすぐに引き入れて多くの苦楽を共にした最大にして最高の仲間が。

リョウと榎も仲が良かった。
彼のその表情の意味も、すぐに分かった。

クラスメイトの塚場と戦った時も、初めてAランク組織と戦ってボロボロになり、死にかけながらも辛勝した時も常に一緒だった2人が。

下校中に待ち伏せしていた横谷に声を掛けられ、それを強い言葉であしらったのが原因らしかった。

強い怒りに駆られた高野は、それから1週間もせずに場所を特定、敵の組織を掃討して横谷も半殺しにした上で議会へ突き付けた。
それから1週間後に彼が処刑された報告だけが届いた。

ーーー

なんとも、後味の悪い夢だったと高野はしみじみ思い出す。
夢の話が途中で途切れてから話す機会を失ったので仕方なく思い出してはその後の展開を広げていたのだった。

「伝説のポケモン……。じゃあ、ウチやレイジが使えなかったのはそんなポケモンたちと戦った事が無かったから……だったのね!?」

「まぁお前に関しては大会中にパルキアと少し戦っているから分からんがな。まぁ、あれはタイミングと言うか正式なポケモンバトルではなかったから微妙なところだけどな」

驚くミナミをよそに、高野は冷静だった。
それは、彼女が伝説のポケモンを使ってもあまり脅威にならなそうというバイアスが働いたせいだろうか。

だからこそだった。
早い段階で気付けたからこそ、使用を躊躇出来る時もあった。

仲間を率いて杉山渡を倒そうとした時や、去年の12月。
香流慎司と大切なバトルをした時も、使用を留める事が出来た。

もしもあの時。
ゼロットの時と同様に伝説のポケモンを使っていたらどうなっていただろうか。
香流戦に至っては本人から使うように勧められさえもした。

今のゼロット同様、香流も伝説のポケモンを今頃使えるようになっていたはずだ。
そうなれば、今以上に深部から狙われる。

そんな気がしてならない。
だから決して使わなかった。その選択は正しかった。そう思う他なかった。

「じゃあ決まりだな」

イクナートンは席の中の姿勢を正す。
変な座り方をしていたせいで体から悲鳴が上がったようだ。

「今の話を、基地に着いたらルラ=アルバスに必ずしろ。それでお前が罪に問われる事はないだろうが……今後の作戦の為だ。いいか?必ず全部話すんだ」

「別にいいが……その基地まではあとどの位で到着するんだ?」

「あと4時間だ。我慢しろ」

何故そんなにも自分たちは車に揺られるのか。
それならばわざわざサウジアラビアの空港からではなく、ルラ=アルバスと同様にオマーンから来れば良かったのではないのか。

そうは思ったものの、口に出すことはしない。
なんだか、それを言うのは違う気がしてならなかったからだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.466 )
日時: 2020/03/04 09:39
名前: ガオケレナ (ID: aDJkQigu)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『あなたのご先祖さまは立派だったのよ。だからあなたも……しっかりとした人になって、立派になりなさい?』

自分が小さかった頃の記憶の断片が突然蘇る。
特に意識したわけでもないのに、突発的に起こるこの症状に、時折悩む事があった。
それは、彼の母親の言葉だった。
だが、幼すぎる頃の記憶だ。
顔も場所も覚えていない。
ただ、膝の上に乗っていた時に聴いた言葉だったということのみがうろ覚えだった。

「つくづく便利だ……コイツの力は」

キーシュはギラティナが作り上げた異空間の穴をくぐり抜けて潜伏先の土と岩と砂で作り上げた建物へそそくさと入って行く。

ギラティナは異空間、"やぶれたせかい"に棲むポケモンである。
この世の常識が通用しない世界がこの世に存在していた。
つまり、この世を、宇宙を満たす機械的な法則が存在しないのがギラティナというポケモンであり、やぶれたせかいであるのだ。

「奴の特異性を応用すればこのように……広大な土地を縦横無人に駆け巡ることが出来る……。誰にも邪魔されずにな?」

たとえ1000kmの距離を誇る砂漠だろうと、異空間にて現世を接続してしまえば移動は容易い。
何故ならばやぶれたせかいに空間という概念が存在しない、もしくはあやふやな危うい状態であるからだ。

座標を打ち込んでしまえば移動出来る……という点はポケットモンスターダイヤモンド・パールにて確認された有名なバグ技を想起させてしまう。
だが、似たようなものなのだろう。

「戻ってきたか、キーシュ」

「あぁ。この通り紙片の1枚を手に入れてな?」

キーシュは紙片と呼ぶには長く大きい白い紙を取り出した。
当然中身はコプト語である。

「だが厄介な事に、懸念していた邪魔が入った。じきに此処も見つかる」

「そんな……。相手は誰だ!?」

言葉の割にはそこまで焦っていないようであった。
この建物の特徴を理解しているせいだろう。

「例の諜報組織が絡んでいる。正直かなり厄介だ……。ギラティナの力を知っているクチもある。あとは……オマケ程度にジェノサイドがいる程度だな」

「これから……どうする?」

「作戦通りだ。奴らは無抵抗の現地民には手を下さない。仮に奴らが此処に来たら装え。そこからは好きにして構わねぇ。俺は紙片の続きを探しながら邪魔しに来た敵を倒す」

「テロ組織との連絡はどうする?武器や弾薬を分けてもらうとかは?イエメンに行けばすぐに済むぞ」

「必要ねぇな。ギラティナ1体だけでそれらすべては霞む。俺様自身が抑止力になれば奴らも下手に手出しは出来ねぇよ。つまり、今はまだ平和って事だ」

今は、という事は今後争いが生まれる事は周知の事実だった。
だからこそ、彼らは立ち上がった訳でもあるのだが。

「メナヘム、お前に1つ頼みたい」

「なんだ?」

キーシュと今後の作戦について話していた男、メナヘムが返事をする。
キーシュは机に1冊の本を置いた。

「この"予言者の回顧録"の写本を頼みたい。これ自体複製本なのだが……念には念をと思ってな」

「真実をより多く広める為……だもんな」

「その通りだ」

その本には定説を覆す内容が書かれている。
それも、キーシュの先祖に関わる事柄で。
当然キーシュ本人が紙片を探しているという事はその写本にも失われたページが存在するが、それを込みで頼んでいるのだろう。

「今回……1つ誤算があった……」

写本の作業を始めたメナヘムの隣で、キーシュは低く静かに呟いた。

「よりによって奴らとジェノサイドが手を組んでいるって事だ……。これが何を意味するのか……奴は全く気が付いていないらしいな」

キーシュの中で怒りが募ってゆく。
彼らのやり方に、これまで歩んできた彼らの歴史を見るとそんな感情が湧き出て仕方がないのだ。

「エシュロンなんて組織は存在しねぇ……。それは偽名だ。何で……ジェノサイドは奴らに協力してやがるんだっ……!アメリカ諜報組織、NSAに……」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.467 )
日時: 2020/03/04 18:56
名前: ガオケレナ (ID: T3oqfZAk)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


予言者の回顧録

新たな街に着いた。
ハドラマウトと言うらしかったそこは、小さな王国が乱立し、その数だけの王がいた。
今私が立っている此処にも、幾多の王がいる。

私は食物と助言を求めにアル・ムカッラーという所に落ち着いた。

『お前は何処から来たのだ』

現地の宿屋の主人からそう言われた私は、正直に答えた。

『アル=マディーナ・アル=ムナウワラ』

『なんだって?』

『アル=マディーナ・アル=ムナウワラ』

『お前ふざけているのか?そんな街見た事もなければ聞いたこともないぞ?』

宿屋の主人は怒っているようだった。
私は何故彼が怒っているのか分からない。
だが、少し考えてこの地名を彼が分からないのではないかと思い、こう言い直した。

『ヤスリブから』

『なんだって!?』

今度は宿屋の主人は慌てふためいた。

『お前そんな遠い所から来たのか?一体何のために?』

そこで私は、本来の目的を話す事にした。
地名を知らなかったあたり期待はしなかったのだが。

『アアドの民?シバール?お前、そんな所に行きたいのか?』

『何か知っているのか。私はそこへ行きたいのだ』

『それはずっとずっと向こうだ。此処ではない』

『私はカリフの命の元、来たのだ。どうしても行かなければならない』

『ならば分かった。私が案内しよう。私の名はムフタールと言う』

予想だにしない出会いだった。
神は私に素晴らしい出会いを与えてくださった。

私は彼と共にアル・ムカッラーを出発し、シバールに向かった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.468 )
日時: 2020/07/02 16:14
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


第三の道、執念の激突

「やはり、ハドラマウトか……」

キーシュは新たに手に入れた紙片の解読を行った。
その内容は予言者フードがイエメンの街に着き、現地の男と親しくなって再び旅に出た、というものだった。
その中で、今にも残る地名が現れたのだ。

「ハドラマウト……ムカッラー。今で言うイエメンだな。どうやら予言者はサウジアラビアから南下してイエメンに辿り着いたようだ」

目的地が絞られてくる。
アードの遺跡が今自分が予想している箇所と一致しているとするならば、周辺地域で探索活動を行っている仲間たちを呼び戻すことが出来る。

「バラバ、居るか?」

「あぁ。居るが?どうした?」

「アレクサンドリアで調査しているヒゼキヤと、ドバイで遺跡の探索を行っているユダに連絡をして帰ってくるように伝えてくれ。場所が絞られた」

「分かった、そうしよう。……ところで」

部屋を去る手前、バラバは背中を向けながらキーシュに問いかける。

「メナヘムから聞いたぞ。邪魔者が来ているらしいな」

「あぁ。日本で連れて来た奴の仲間とそいつに手を貸しているNSAの職員だ……。正直厄介だ。大きな戦闘が起きる前にすべて終わらせるぞ」

「……だと、良いけどな」

「?」

「俺はダーイシュが気になって仕方がないよ。奴らはいつまであんなクソみたいな事をするつもりなんだ」

「ダーイシュ……あぁ、ISISか」

「シリアでまた拠点が奪われたらしいじゃないか。現地のムスリムは反抗的だと言って皆殺しにしたらしいし……一体奴らは何をしている!?奴らは詐欺師だ。人殺しのグループだ。イスラムを騙った大罪人だ!!」

「……俺も同じ意見だ。だが……」

「なぁキーシュ。お前にやりたい事があるのは分かっている。だが、本来もっと他の事に……その力を振るうべき別の事柄があるんじゃないのか?」

言いかけたところで遮られた。
だが、バラバのその熱弁を聴いている内に、言おうとした事が余計だったと思えてきたキーシュはそのまま彼のペースに乗ることにした。

「俺はポケモンがどうとかあまりよく分からないが……お前の持つ力が凄い事は分かっている。その力のほんの一部を振るうだけで街が燃えると言うじゃないか?その力を……ダーイシュに向けるべきじゃないのか?」

「俺も1度ならず何度も考えた事があるさ……。だが今はまだ早い。アードがどのような末路を辿ったのか……それを世界にアピールしなければな。その為には、アードは悲劇を辿った民族でなければならない」

「そこまで言うなら任せる。……だが、いつかその時が来た時は……頼むぞ」

心ここに在らずな声色だった。
きっとバラバにとっては不満であったのだろう。他に心配でならない事があるのが丸分かりだった。
そう思いながらキーシュは現代語に書き写したノートをたたむと、椅子に座ったまま、軽く目を閉じる。

今日1日で色々な事が起こった。
それに疲れたキーシュは、次第に寝息を立てて静かに眠りへと入った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.469 )
日時: 2020/03/06 16:59
名前: ガオケレナ (ID: aDJkQigu)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「遠路はるばるお疲れ様。疲れたでしょう?皆の寝床は用意してあるから、今夜はそこで休んでて頂戴」

「なーにが休めだよ……車の中で寝すぎて今更寝れねぇよ……」

高野洋平は精神的に疲れた顔をして彼女を眺めた。
遠い地での再会のためか、ルラ=アルバスはニコニコしている。

陽がどっぷりと沈んだ時刻にて、高野たちは予定通り空軍基地へと到着する事が出来た。

アル=フーラ空軍基地という砂漠の真ん中に位置する、サウジアラビアが管理している施設にて、軽装備兵が警護しつつ自分らを囲んでいた。

正直、居心地がとても悪かった。
そこに居る歩兵全員が銃は勿論武器を所持している。
国家機密に関わる施設故に仕方の無い事なのだが、それに加えて高野は外国人、更に偽造パスポートで入国した身である。

(い、今すぐに逃げ出して日本に帰りてぇ……。何で俺がこんな所でのほほんと突っ立ってんだ!?)

およそ深部最強とまで言われていた男とはとても思えない精神の有り様だった。
そんな感じでソワソワしていると、準備が出来たのか入室の許可が降りる。

ルラ=アルバスの合図と共に高野らも歩き出した。

「いい?明日から移動と追跡を始めるわ。あなたがするべき事はひとつ。キーシュ・ベン=シャッダードを追い掛けて捕まえること。若しくは戦って勝つこと。それだけよ。あとは私たちが処理するわ。あっ、あなたの場合ふたつだったわね。友達の救出。これも成功させないと」

「処理って……。秘密裏に埋めたりとか……
「ごめんなさい言い忘れていたわ。普通軍事基地というのは国の機密事項に関わるから派手な事は言わない方が身のためよ。何処で盗聴されているか……私たちですらも分からないのだから」

本人からしたら冗談で言ったつもりなのだが、やけに強く遮られる。
冗談が通じない性格なのだろうか。

「キーシュ・ベン=シャッダードは紛れもないテロリストよ。ポケモン……それも、普通じゃないポケモンを使って世界に対して恐怖を与えようとしているわ。なんの罪も無い人々が標的になるのよ。当然赦される事ではないわ」

「ギラティナな。お前はポケモンを分かっているのか?イクナートンと同様あまり知らなそうに見えるが」

「あぁ、イクナートンと一緒だったわねそう言えば。彼、少し気難しいでしょう?ごめんなさいね。でも、それが彼の良いところでもあるのよ。……えっと、ポケモンだったかしら。そうねぇ、私は……」

特に悪い事をした訳でもないのに謝られてきた。
身内が関わると謝るのは日本だけで見られる光景ではなく、世界共通なのだろうか。

(いや……無いだろ。コイツも肌の色と言い、被っている頭巾といい恐らくイスラム教徒なんだろうな……。信心深いから優しい性格なだけだろ)

高野の隣を歩くルラ=アルバスは頭巾と言うよりイスラム教徒の女性が被る"ヒジャブ"を巻いている。
ミナミが強制的に被らされたアバヤとは違い、顔全体を覆うものではなく、頭と髪を隠す簡素なものである。
それでも、彼女はオシャレ意識の為か茶色い前髪は出しているが。

「……聴いてる?」

「あぁ悪い何だっけ」

「だから、私はあなたほど詳しい訳ではないけれどイクナートンよりは深いわ。今回、彼の……キーシュの使うポケモンの異能をメンバーの中で最初に知り得たのは私なんだから」

「異能??まさか……今回の伝説のポケモンにも特殊な力があると言うのかよ!?」

もういい加減にしてくれと叫びたくなった。
高野が戦う伝説のポケモンは何故こんなにも不思議な力が備わっているのだろうかと。
もしかしたらそれを含めた"伝説のポケモン"なのだろうが、だとしても相手にするには骨が折れる。
それだけは間違いなかった。

「ギラティナは反物質を操るポケモンよ。これが何を意味するか……分かるかしら?」

「反物質?」

聞き慣れない単語だった。
だが、ベドウィンの中継地でイクナートンが何か知った気な風で「逃げろ」と叫んでいたあたり、とても危険な香りが漂ってくる。

「物凄く簡単に、大雑把に説明するわね。要は爆弾よ」

「……爆弾を振りまく伝説のポケモン……かぁ」

容姿に反してとてもコミカルなイメージが浮かんできた。
高野の頭の中では小さくデフォルメされたギラティナが焦りながらドクロマークの付いた爆弾を投げまくる、どこか可愛げのあるシーンが流れるも直後のルラ=アルバスの言葉ですべて塵へと変ずる。

「この世の物質が正の性質を持っていて、物質を構成する素粒子の性質もプラスだとすると反物質はその逆……マイナスの性質を持っているのよ」

「せんせー……眠いでーzzz」

「ふざけないで。いい?反物質は物質と衝突した際"対消滅"を起こして全質量がエネルギーと化すわ。ここが反物質の、ギラティナの怖さでもあり、キーシュの怖さでもあるの」

高校の頃に受けた物理の授業を受けている気分だった。
要するに、彼女の言っている言葉がさっぱり分からないのである。

「対消滅が発生した時のエネルギー……例えば反物質がたったの1gとするわよ?その時のエネルギー量は1014ジュール。これを核爆弾クラスのエネルギーに換算すると42.86KTとなるわ。つまり……」

「おっ、俺の部屋此処かな〜?あっ、違うわ何かめっちゃマッチョな男の人が筋トレしてたわ」

高野はあまりの退屈さから勝手に自分の部屋と思しき扉を開けるも、そう言ってはそっと閉じる。
中の男性は終始きょとんとしていた。

ルラ=アルバスは彼のそんな気持ちを理解しつつも、大事な要件でもあるためくるっと振り向くと彼の両頬を手でパチンと叩きつつ抑えた。

「いってぇ!?……ってお前にゃにを……」

「いいから聞いて!!42.86KTというのは広島型原爆の約3倍よ!?1g……。たった1gでそこまでの威力の大きい兵器が作られるのよ反物質というのは!!でも本当に恐ろしいのはココじゃないの。いい?ギラティナは反物質を"操る事が出来る"ポケモンよ。……これの意味が分かるかしら?」

要は。
ただでさえ現代の技術でもコストの高さからその1gすらも利用出来ない反物質を際限なく使いこなせるポケモンが存在し、あの男が持っている。

「原爆とかツァーリ・ボンバどころじゃねぇ……。人類とか文明すらも……それこそ星や惑星レベルの破壊力を持った兵器を奴は手にしちまったって事かよ……っ!?」

どんなに難解な問題でも聞き手の頭の良さに見合った例え話を与えれば易々と理解される。
高野洋平は遂に理解した。

己の対峙する敵を。
その敵の持つ脅威を、真の恐怖を。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.470 )
日時: 2020/03/08 15:24
名前: ガオケレナ (ID: wUNg.OEk)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


結局、高野洋平はよく眠ることが出来なかった。

目の下にくっきりと隈を作って朝を迎える。
イクナートンからは「戦いを嘗めているのか」と嫌味たらしく言われ、ルラ=アルバスからは「どうして寝なかったのか」をしつこく追及され、これまでの居心地の悪い生活が幾度も続いたせいでそのストレスは限界に達していた。

軽く朝食を済ませると炎天の下、少し歩いただけで顔に砂がかかる外へ出る。

「これから飛行機で砂漠周辺を飛び回るわ。何か小さな発見でもあったら連絡を頂戴」

「連絡だぁ?おめぇは来ねぇのかよ」

高野はパイロットを含めると3人程乗れる戦闘機のタラップに片足を掛けながら彼を見送ろうとしているようなポジションに立っているルラ=アルバスに声をかける。

「私も行くわ。別の飛行機で別エリアへ。キーシュとその連中を空から探して見つけ次第拘束するという作戦だもの。全員が一緒に行動していれば捕まるものも捕まえる事が出来なくなるわ」

「そぉかよ」

高野は乗り込んで機体ドアを閉める。
機内には自分の他にやけにソワソワしているレイジが居た。

「いやぁ〜……リーダーと離れ離れになってしまうと不安と言いますか……。もしもリーダーの乗った飛行機が墜ちてしまったらと考えたらですね〜……」

「どんだけ心配性だお前は」

飛行機は不規則に揺れ、爆音と共に加速すると体が傾いた。
直後に離陸した事だと気付く。

(少しの発見があれば報告とは言ってたけどよぉ……)

高野は小さな窓から地上を見下ろすように見てみるも、既にうっすらと雲が掛かってまともに見ることが出来ない。

「何も見えねぇじゃねぇかよ」

『聞こえているわよー。デッドライン』

ヤケ気味にわざとやや大きな声で発すると、直後にルラ=アルバスの声が機内に響き渡る。

「は、はぁ!?ここでの会話も盗聴してんのかよ!?」

『人聞きの悪いことを言わないで。複数の機体同士連絡を取れるよう通信機器を接続しているの。いい?よく聞いて。これから複数の目標地点に向かって飛んでいるわ。機体αと機体βは過激派組織ゼロットの基地と思われる施設の近くに到着予定。機体γと機体δは"予言者の道"に到着予定よ。何か質問はあるかしら?』

「おいおい、予言者の道って何だ?そもそも俺の乗っている機体は幾つなんだ?」

分からない事だらけの高野は即座に質問を飛ばす。
途中に聞こえた聞き慣れない言葉は恐らく暗号か作戦における専門用語なのだろうが、その作戦に加わっている以上訊いてもいいはずだ。

だが、

『おいデッドライン……。聞いている質問ってのはそう言うんじゃねぇんだよ。無駄に時間を浪費させるのは辞めていただきたいな』

聞こえてきたのはイクナートンの声だった。

「はぁ!?確かに俺はド素人だが参加している以上知る権利があるだろ!はっきりと言えよ」

叫んではみるものの、返事は無い。
無視された事だけは何となく理解した。

「おいおい……あんまりだなぁ?これ好き勝手やっても文句言うなよって感じだよなぁ」

「やめておきましょうジェノサイドさん。気持ちは分かりますが」

しかし、ここは大人なレイジ。
エシュロンの面々の事情までは分からないものの、高野の思いを理解したうえで終始静かに徹する。

「ここで降りてくれ」

高野たちが乗る飛行機の操縦士が片言の英語で彼らに命令する。
しかし、その意味の理解と、突然の発声に戸惑う2人は、その操縦士に何度か怒鳴られた事で今自分たちが何をすべきかを理解する。

「……ここから降りる、んだよな?」

「そうでしょうねぇ」

「パラシュートが無い……ってことは……」

「ポケモンで降りるしか無さそうですね」

敵地の真ん中で着陸するようなご丁寧な事はしない。
空中から空を漂うことの出来るポケモンを使え。

恐らく彼らはそう言いたかったのだろう。

「クソッタレ!こうなったらキーシュも山背も石井も全員確保してとっとと日本に帰ってやるーっ!!」

重い機体ドアをやっとの思いで開く。

地上はやはりと言うか、砂一色に染まっていた。

「ほら行くぞ、オンバーン!」

高野は真下に放り投げるようにしてボールを落とす。
中身のポケモンが出るのを確認すると何の合図もなしに飛び降りた。

1秒か2秒ほど重力に任せて落下し、あまり柔らかいとは言えないオンバーンの体毛の上に着地する。
その時、オンバーンは自身に対して叫んだ。
恐らく落下のエネルギーが合わさって痛かったのだろう。

軽く謝って高野とオンバーンは着地する。
遅れてレイジがキルリアのサイコパワーによって浮かされながらゆっくりと落ちて来た。

「さて、と」

キルリアをボールに戻してレイジは彼方を眺める。
その先には監視をする為の塔のような建物が立っていた。

「恐らく、あそこを今から攻めるのでしょうね。距離は目視で4〜5kmといった所でしょうか。ジェノサイドさん、動けますか?」

「大丈夫だが……本気で言ってんのか?相手はポケモンだけじゃねぇ。火器の類で武装しててもおかしくねぇんだろ?こんな生身で突っ込むとか死ねって言っているのと同じじゃねぇのかよ?」

至極尤もなことを言う高野であったが、

『その通り。よく分かっているわね2人共。今からその建物を攻略して欲しいの。当然、2人の実力を理解しての配置よ。ポケモンを駆使して行ってちょうだい』

事前に手渡された、耳に掛けたハンズフリーの無線機からルラ=アルバスの声が響く。

自分らの強さは単体で軍隊に通用する。
と言うことだろうか。
だとしても無謀の2文字がよぎってしまう。

「私のポケモンエーフィで'リフレクター'を貼りつつ進みましょう。これなら、普通の銃弾くらいなら防げるはずです」

「普通ってなんだよ……」

常人の思考回路とはかけ離れている発想だが、実際に銃で撃たれた経験のある彼だからこそ導き出した答えなのだろう。
引き気味の彼をよそに特性'マジックミラー'のエーフィは'リフレクター'で2人を包む。

「行きましょうか。徒歩だと1時間ほど掛かりますが……焦って急いで狙撃されるよりはマシでしょう」

ーーー

キーシュは再び"探しもの"をしに基地を出て行った。
どうやら、彼らにとっては何よりも重要なものらしい。
そちらの事情に疎い"彼"は言葉では表しにくい不安を抱きながら待機していた。

『恐らくだが、今日ヤツらが此処に来る。貴様に任務を与えよう。ここで俺様が戻って来るまで足止めをしろ。無力化しても良し。生け捕りにしても良し。それは貴様に任せる。とにかく時間稼ぎをするという認識でいる事だ』

去り際のキーシュの言葉だった。
果たして自分に努まるのかどうか。
どうしても上手く想像できないがやるしか無い。
ここまで来てしまった以上、引き下がれないからだ。

熱風を頬に受けながら外を眺める。

人影が見えた。

"その時"は近い。

ーーー

「ジェノサイドさんっっ!!」

レイジが突然叫んだ。
遅れて高野が反応したあたり、初めに敵の存在に気が付いたのはレイジのようだった。

砂の山の影に隠れていたのか、2人が近付いたその瞬間。

大きく口を開けたポケモンが2人に、高野洋平に迫る。

「なっ……コイツは!?」

おおあごポケモンのオーダイル。

それが、高野洋平に狙いを定めては思い切り腕に噛み付いた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.471 )
日時: 2020/03/08 18:27
名前: ガオケレナ (ID: DWh/R7Dl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


鋭い歯が右腕に突き刺さり、食い込む。
大きな顎の力が加わって骨がミシミシと音を立てて痛みが、強い力で、まるで万力に潰されているのではないかと錯覚するような痛みが身体の芯部に行き渡る。

「うっ……ぐっ、があああぁぁぁぁっっっ!!!」

「ジェノサイドさん!?」

レイジの叫びとオーダイルの出現のせいで高野自身行動が遅れる。
必死に左手でスラックスの左ポケットからボールを出そうと伸ばすものの、指を動かすだけでオーダイルが顎の力を強くする。

そのせいで力が入らない。

「く、っっ……そぉ……ッ!!」

苦悶の表情を浮かべ、恨めしい目でオーダイルを睨む。
レイジが慌てて次なるポケモンを出そうとポケットを漁っているその時。

「今だっっ!!奴を狙え!!」

何処かで聞いた事のある声で叫びが上がった。

それぞれ建物の方向から、砂山から、陰から隠れていたポケモンが、人が、一斉に高野に向かって群がって来たのだ。

「なん……!?これは、この声は!?」

違和感を感じずには居られなかった。
聞こえてきたのは日本語。そして日常生活においてのみ聞くはずの声。

山背恒平の声だ。

およそ5体ほどのポケモンが高野に対して獲物を捕らえる直前の獣の目を向ける。

およそ6人ほどの人間が高野に対してハンターの如く鋭い視線を放つ。

(そもそもこのオーダイルの時点でまさかとは思ってたんだ!!此処に、今目の前に山背が居るって事は間違いねぇ……。このポケモンは石井のものだ!!)

かつて。

ポケモンの全国大会が開催される直前。
高野洋平は石井真姫に対してポケモンを与えてしまった。
本人からすれば、"自分の身を護らせるため"渡したポケモンだ。

よりにもよって、孵化余りの、夢特性の高個体のポケモンを。
彼女が割と気に入っているポケモンだと公言していたワニノコを。

以前、デッドラインの鍵とかち合った際に助けてくれたポケモンが。

今回、自身に強く刃を向けている。

(俺が……自分で撒いた種に足元をすくわれているってのかよ……ッッ!!)

それだけでない。

敵に囲まれ、一斉攻撃をされるのが高野洋平にとって、そして、ゾロアークにとっても非常に対処し難い戦い方だった。

直後に高野の背後からゾロアークが登場するも、既に敵からの攻撃は始まっている。

(ゾロアークの幻影は広範囲に広がるが……。敵全員がそれに引っ掛かるとは限らねぇ……。特に、"幻影だと見抜いている"人間には)

'カウンター'は相手1体のみでの範囲しか持たない。
幻影は囲んだ敵全員に通用するほど万能ではない。
特に、自身が幻影使いだと"既に知られている人間が相手"では。

だが、やらないよりはマシである。
走って来た人間が銃を撃つ瞬間、すべてのポケモンが攻撃を放つ瞬間にゾロアークは辺り一面に闇を広げる。

それは、突然夜が訪れたような単純な黒い闇ではない。
それぞれ、1人ひとりが、1匹1匹が、目潰しをされて視界が役に立たなくなったかのような文字通りの闇。

その間に自分は少しでも相手から距離を離し、逃げられるタイミングを作りたかった。
だが。

「惑わされるな!!これは幻影だっっ!」

それでも、建物の方向から猛ダッシュしてきた山背が叫ぶ。
それでも効果はあったようだ。

ポケモンからの攻撃が来ない。
腕を噛み付いているオーダイルの力も弱まってきている。

「ゾロアーク、コイツに'カウンター'は打てるか?」

1歩か2歩、後ろに下がりつつ高野は隣に佇むゾロアークに尋ねるも、首を横に振られる返事が帰ってくるだけだった。

「やっぱり、自分が技食らってないとダメか……。ならゾロアーク、'ふいうち'だ」

オーダイルが自身に向かって"攻撃している"以上、有効と見た高野はそのように呟く。

直後に腕で突いた接触技がオーダイルの顎に直撃する。

「いっ、……っ」

振動が、技が突き刺さった際に顎の力が強まった痛みが腕に広がる。

しかし、それは一瞬だ。
腕から顎の力が抜けた今、高野は思い切り引き抜く。

遂にオーダイルが体から離れた。

「サンキューゾロアーク……。これで気兼ねなく放てるっ!'ナイトバースト'ッッ!」

腕がくっ付いた状態では千切れる可能性があったがために放てなかった大技を、今ここで炸裂させる。

体全体から発生させた赤黒いオーラがゾロアークの身から離れ、衝撃を伴って、辺りの砂山を吹き飛ばしつつ爆発させた。

あまりの必死さのせいで、山背や石井が巻き込まれるといった懸念を抱く事が出来ずに。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.472 )
日時: 2020/03/10 16:17
名前: ガオケレナ (ID: bp91r55N)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


背中がぐいっ、と引っ張られる。
高野は闇の中、吸い込まれるような不思議な力に身を任せて漂った。
それに不信感は抱かなかった。正体が分かっているからだ。

「ジェノサイドさん、数歩下がっただけでは距離を取るとは言いませんよ。これくらいしないと」

レイジのエーフィだ。
念波の力で高野はレイジと共に数メートルほど、それまで敵が居た位置から瞬時に移動する。

まだ目の前は真っ暗だ。
念の為にと高野はゾロアークに'ナイトバースト'と'かえんほうしゃ'を交互に、レイジもエーフィに'サイコキネシス'を感覚を空けて打つよう指示をする。

ボールに戻していなかったオンバーンにも'りゅうせいぐん'を打たせる。

耳から聴こえるのは爆発音と隕石が着弾した打撃音だけと相手の人数を考えると何かしらの反応があってもよかったのだが、それが一切ない。
それが高野にある種の不安を煽るが、

「そろそろいいだろ。イリュージョンを解いてくれ」

ゾロアークは全身から力を抜く。
空間を上塗りするかのように、背景が、砂の景色が、現実が姿を現していった。

「!?」

そこで高野は目を疑った。
幾度か転げ回ったのだろう。全身に土と埃と煤と少量の血を付けた山背が必死の顔を浮かべてすぐ目の前に迫っていたのだ。

「なっ、山背……まさかお前っ!?」

降り注ぐ'りゅうせいぐん'と他2体のポケモンの猛攻を音と感覚で躱しつつ時には身を受けながらそれでも高野に食いつく。

その一心でやって来れたのだろう。

「お、お前がそこまでする理由が……」

「お前をここで止めるっっ!さっさとくたばれジェノサイドぉぉぉ!!!」

片手でモンスターボールを、もう片手で握り拳を構えた山背は高野に眼前に到達し。

1発。
彼を殴った。

ーーー

「ね、ねぇ……此処は何処なのよ?」

「やかましい。黙って言われた通りのことをしろ」

ミナミはイクナートンと共にまたもや赤土色の砂漠の上へと降り立つ。
しかし、1つだけここまで見てこなかったおかしな跡がそこにはあった。

「大昔のキャラバンか、巡礼者の跡地……とでも言うべきか?とても遺跡とは言えない代物だがな……」

2人の前には白い岩で出来た櫓のような監視塔がデカデカと力強く立っていた。
それが古代に立てられた割には新しく、最近作られた割には粗末でつまらない外見で、いつか崩れ落ちそうなほどに劣化が目立っていた。

「ゼロットが此処に居座って周囲の探索を行っていても不思議じゃないな……。奴らは何か探し物をしているらしいからな」

「探し物?」

「アードの民族とその最期が記された書物だとか。都合良く砂の中に紙の切れ端が埋もれているなんておかしな話がある訳がないだろう?……恐らくキーシュは知った上で書物を探しているんだろうな。……全く無駄なことを」

「どうして、そんな事をしているの?」

「俺に聞いてどうする。どうせ目眩しの類だろう。ギラティナの力でアラビア半島中を短時間で逃げ回れる事を知らしめたいのだろう」

「それってどういう事かなー?ウチらが追い掛けている事を相手も知っているってこと?……だとしたら、どうやって知り得たんだろう……」

「あぁもう!無駄に勘のいいガキだな!いいから見ろ!ほら、早速出てきたぞ。ポケモンを持つ君の出番だ」

状況に反して呑気な会話を交わす2人の前に、数体のポケモンを従えた男が建物のある方角から、ゆっくりとこちらへ歩んで来る。

ーーー

高野は崩れかけた体のバランスを両足で固めんと砂を強く踏みしめる。

左手で殴られた頬を撫でつつ、ゾロアークの'ふいうち'で山背を小突く。

「似合わねぇなァ……?山背、てめぇにとってはなぁ?」

転ぶ寸前の体勢をピタリと止める。
かなりの前のめりになりつつ、高野は痛みを訴える様子を一切見せずに呟いた。

「深部のあれこれを知らねぇお前からすると……その一切が似合わないし真似事にも程がある」

「……真似事、だと?」

山背はボールをポトリと足元に落とす。
衝撃でジュカインが姿を見せた。

「僕は真似事なんて、してないよ。全部……本気だ」

ボールを拾いながら普段の口調で、大人しめで穏やかな声を奏でる。
場所とシチュエーションさえ無視すれば何事も無い日常の風景だ。

「本気、ねぇ。じゃあ深部の人間らしく今この場で俺を殺せるか?」

「出来るよ」

その発声と同時に。

砂を駆けるジュカインが腕に生えた刃を高野の首筋にピタリと当てて静止した。

視線を下に移す。陽の光が反射した淡い碧色の光が眩い。
しかし、芸術的な美しささえもがあったのも事実だった。

「今、ここで僕が……。1歩、いや……半歩踏み出しただけでジュカインは合図と見なしてその刃を振るうよ。つまり、お前の命は僕の足と意思にかかっている」

「ハッ、だから甘ぇんだよ。似合わねぇって言ってんだよ」

体を、首を数ミリ傾けただけで鋭い痛みがほんのりと走る。
少なくとも山背のジュカインは殺意満々のようだ。

が、高野は剣という脅しに対しても少しも臆せずに余裕さえも放ち続ける。

「俺は過去にこんな隙を与えられることなく斬られた事だってあるぞ?俺の背中を見てみろ。その時の傷痕が残っている」

「なに?修羅場をくぐり抜けてきた自慢?さっすが最強のジェノサイドは違うねぇ……」

「違うのはお前だよバカが。本気で殺すのならコレぐらいしろって言ってんだよ」

語尾が裏返る。
まるで、その瞬間からテンションが突如上がったかのように。

高野がその時見せた薄笑いが合図と化した。
幻影を見せつつ姿を隠していたゾロアークが山背の背後に突如として躍り出る。

瞬間的な殺意を感じ取った山背は即座に振り返るも、ゾロアークの動きには間に合わない。
襟首を捕まれ、真横に薙ぎ払うかのように地面に叩き落とされた。

主の危機に怒りが沸いたジュカインは短く叫ぶとその首を引き裂かんと腕を引く動作を行う。

が、それも遅い。

レイジのゲンガーの'シャドーボール'がジュカインを飛ばす。
共に地に伏したトレーナーとポケモン。
圧倒的な力の差を見せつけられて尚も。

無名の戦士は立ち上がる。

「何でだよ……。何でお前はそこまで戦おうとする?お前は何を思って……奴と行動を共にしているんだ!」

高野は叫ぶ。
山背は口の中に入った砂を吐き出しながらヨロヨロと立ち上がった。

「何で……って。生きる為以外に何があるんだよ……」

山背は背中に隠していた白い杖を取り出した。
それは、高野洋平にとっても、そしてレイジにとっても見覚えのあるファッション用の小物道具。

「僕と……"真姫"が生きるためなら……、こうするしか無いんだっ!!」

ジュカインが周囲の砂を巻き込みながら白い輝きを放ち始めた。

「"あの人"は間違っちゃいないっ!!あの人は真実の為に……己の正義の為に動いて、戦っているんだ!!外野のお前らがとやかく言うのは許さないっっ!」

莫大な風と衝撃が飛ばされた。

遺伝子を彷彿とさせるオーラが瞬きをするその一瞬にだけ魅せる。
より派手になったその格好をまざまざと高野に、レイジに見せつける。

「僕は生きる力と金と……真実を求める為にここに居る。僕は本気だ」

つくづく高野洋平は自分の愚かさを呪った。
山背に手渡したメガシンカの術が今、敵の手に渡って行く手を阻んでいるからだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.473 )
日時: 2020/03/15 13:31
名前: ガオケレナ (ID: Mt7fI4u2)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


迂闊だった。
まさかこちらに於いても追っ手が放たれるとは予想だにしていなかったからだ。

「だとしても意味ねぇけどな」

キーシュは炎天下の広々とした土地をゆっくりと歩く。
その手には短剣を携えて。

「つくづくNSAの捜査網は徹底的だな。今回の件にほとんど関係ないこの地をピックアップしておいて、俺様が来た所を狙う……。実に良い。だが、だからと言って何が出来るんだ?」

キーシュは、最早誰も居ない、生きている者が自分以外存在しない中嬉々と喋り続ける。

彼が今在る地。
オマーンのバット遺跡。

そこは古い遺跡であると同時に、古代の墓地が並ぶネクロポリスだ。
見ると、石を積み上げた蜂の巣状の墓が幾つか見られる。

「俺様とギラティナの力をまだ上手く知り得ていないようだな?生身の人間が銃を持った程度で捕まえられると思うなよ?」

キーシュを捕らえるべくやって来たエシュロンの面々は既に息絶えていた。
彼の周りにバタバタと倒れている人影がそれだ。

「しっかし、此処まで来るのに大変な手間が掛かったんじゃないか?首都のマスカットからでも車で40分かかるんだぞ?それを、俺様が来るまで待ち伏せでもしていたのだろうか?……憐れだ」

キーシュは歩く。ひたすら暑さに耐えながら少しづつゆっくりと。
墓を見つめては通り過ぎる。その繰り返しだ。

「俺様はギラティナの力を使えば……異空間からアクセスすればどれほどの遠い距離だろうと2~3分で着けるのだがな。その点でも情報は共有しないとなぁ?」

その声はまるで語り掛けているようだった。
何千年も前から眠り続けている者たちに向かって。

「しかし、そう考えると死ぬというのもある意味幸せだな。悩む必要がなくなるのだから」

着ている服が、1枚布のトガが風で翻る。
あまりにも吹くので解けて吹き飛ぶのではないのかと最初は思ったが今はもうそんな感情は無い。

「悩みというのは生きているうえで非常に厄介な問題だ。死にさえすれば解放されるのだから奴等は幸せ者だろう」

キーシュはまたも石の墓に横目で見ては通り過ぎる。目当ての物はそこには無い。

「……本当は知っているのさ。俺様の集めている予言者の回顧録に原本はもう存在していないという事を。集めているのは写本の1つに過ぎないとな。……それを付け込まれてNSAから狙われる要因になっている事もな?」

予言者の回顧録は幾らか失われたページが存在する。
そのページをキーシュは探している訳だが、その事を知っているのは相手も同じだった。
エシュロンはその在り処を先回りして突き止め、独自の捜査網をアラビア半島中に広げるに至った。

「知っているのさ。ページを集める度に、本が完成に近付くにつれて狙われる頻度も増えるという事をな。だが、止まらない。止められないのさ。真実を知りたいという好奇心は」

見れば、キーシュの眼前に高い塔が見えた。
まるでそれは、世界史の教科書で少しだけ載っていた聖塔ジッグラトを思わせるようだ。

「知りたいのさ。俺様の先祖がどんな道を歩んだのかを。それを知るにはクルアーンやアルフ・ライラ・ワ・ライラだけでは足りない。歴史に負けた者たちの歴史だからな」

文献によれば、アードの民とは非常に長命で背も高くそれは巨人の如くであったという。

だが、

「本当に有り得るだろうか?3000年近い間たった4人の統治者が治めていたなんてな。幾ら長寿でも長すぎやしないか?」

その疑問を払拭するための行動。
バット遺跡のネクロポリスへと訪れた最大の理由。

それはつまり、

「このジッグラトに……シャッダード王の墓がある」

墓を見ただけでは、暴いただけで何かが分かるとは限らない。
それでも何もしないよりは、身に付けた知識量として考えれば差は生まれる。

その足に迷いは無かった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.474 )
日時: 2020/03/15 16:31
名前: ガオケレナ (ID: Mt7fI4u2)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


白い煙が晴れる。
その中からはドラゴンタイプが追加されたせいか、より猛々しく、より攻撃的な見た目になったジュカインが居た。

「僕はね……悔しかったんだよ」

メガジュカインと化したポケモンは前のめりになるとその口から光線を発する。

'りゅうのはどう'だ。

高野のゾロアークはと言うと主人からの命令も無く勝手に、しかし彼がもし仮に命令をしていたとするとその通りにやっていたであろう行動を取った。

'ナイトバースト'で'りゅうのはどう'を食い止め、抑え込む。

「レン、お前はいいよね?何がって力があるからだよ」

「……何が言いてぇ」

次にジュカインは'きあいだま'を放たんと両手を構えた。
そして、その一点に、その箇所にのみ全身の力を篭める。

「香流にも力があったよね。だってお前に勝つんだもん」

「だァから何が言いてぇんだ山背……」

ジュカインは放った。
格闘タイプの大技を。
当たればゾロアークを一撃で退場させる事の出来る弱点技を。

「僕は……お前たちが羨ましかった!そして悔しかった!僕に力がない事を……。僕1人ではどうにも出来ない事を!!」

しかし、その強い思いも虚しく、'きあいだま'は外れてしまう。

ゾロアークの居る位置を大きく逸れて砂山に直撃、大きな穴と共に膨大な量の砂埃が舞い散る。

「それを強く思い知ったのは大会の"あの日"だ!お前はすぐにあの異変の原因を突き止めて走ったよね?香流もどうにかすべしとすぐに行動したよね!?その結果がどうなったか……僕は知っている」

あの日。
アルマゲドンの人間らが現世においてディアルガとパルキアを召喚した日。
世界が終わろうとしていたその時、何としてでも止めようと高野洋平は首謀者の元へ駆け出し、神とも戦った。

香流慎司は協力者と共にこの異変を終わらせようと、オラシオンを流すべく走った。

その結果、世界の崩壊が止められた。
つまり今、この世があるのは紛れもなく高野と香流たちがあってこそなのだ。

だが、そんな中。
山背恒平は何をしていたかと言うと、

「僕は何も出来なかった……。本当ならば僕もお前と一緒にディアルガやパルキアと戦いたかった!出来る事なら……香流と一緒にオラシオンを届けたかった!でも出来なかった……僕には強さも勇気も無かったからさ」

高野のゾロアークは'かえんほうしゃ'を放つ。
しかし、直後にドラゴンタイプの存在を思い出したのでそのチョイスが間違いだと気付かされる。
しかし、ジュカインも'りゅうのはどう'で相殺して来たので結果オーライへと終わった。

「あの時のお前は格好良かったよ?勇敢だったよ?だって神と呼ばれるポケモンを相手に怯みもしなかったし躊躇すらもしなかったからね!?でも僕はどうだ!?未だにそんな事に後悔している……。自分が如何に弱い存在か……」

「だからお前はゼロットに加わった……ってか?」

「あぁそうだ!結局は強くなりたいから!好きな人1人守る事の出来るぐらいでいい……強くなりたかったからだ!お前や香流のようになりたかっただけだ!!」

ジュカインの周囲につむじ風が広がった。
それは次第に、葉や枝を含んだ大きな風へと、暴風へと変わる。

'リーフストーム'だ。

「僕だって真姫の事が好きだったんだ!だから……だから、僕は真姫と共に生きると決めた!ゼロットに加わって彼らに協力する代わりに……居場所と金と強さを手に入れる!!それが僕の想いであり、本音だァァ!!」

渾身の一撃が放たれた。
ジュカインを中心に渦巻いた嵐は直接ゾロアークにぶつけんと投げる。

しかし。

ゾロアークが軽く身を捻る。
それだけで。

「アアァァァァ!!!!また……また外れやがってエェェェェ!!!!」

山背は叫んだ。
ジュカインの必殺技はまたも命中を外してしまったからだ。

「強さが欲しい?だったらお前は何でもっと合理的な道を選ばなかったんだよ!?」

ゾロアークが大きく1、2歩飛ぶ。
その手には赤黒い光線を含んでいる。

「合理的?深部に入るってのが最も合理的じゃないのかよ!?」

ゾロアークがジュカインの目の前で'ナイトバースト'を放つ。
だが、ジュカインも立ち往生と言う訳にはいかない。
'りゅうのはどう'を撃つと見せかけて、横へと飛ぶように避ける。

「ただでさえ貧乏な大学生にとって……手軽に金を手に入れられる手段じゃないか!それなのに何でお前は否定するんだよ!」

「それは……」

直後に高野は言葉を詰まらせる。
言い分が通用するか途端に分からなくなった。

相手がゼロットだから?
そのゼロットがテロ組織だから?
一般人が深部の世界に踏み入ったから?

だがそれは。

「お前が……善良な市民が深部に肩入れしたからだ」

「それを言ったらレン、お前もだろ!?なんでレンは……5年前に深部の世界に入った?理由があったからじゃないのか!」

その通りだった。
高野は山背の言葉に反論出来ずに居る。

言い換えれば、5年前の自分に他の深部の人間が「ここには来るな」と言っているのと同じだからだ。

「お前は……お前には正義があるんだな」

「あるよ。そして、それはお前が止める事は許されないよ。これこそがお前に勝つ手段だからな」

決して分かり合えない。
それを垣間見た瞬間だった。

ある種の悟りを得た高野は、
その瞬間意識が遠のくのを感じた。

何かが頭を強く強打する。
固くて冷たい何かが。

ぐらっと自身の体が揺れる。
倒れるその時、瞼が閉じるその一瞬。高野は見た。

真横からオーダイルが、石井のものと思われるポケモンが自分に向かって'れいとうパンチ'を打ったと気付いた事に時間は要さなかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.475 )
日時: 2020/03/20 10:40
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


情報が届いた。
オマーンのバット遺跡に送った部隊が全滅したという報せだ。

それを知り、ルラ=アルバスは悔しさのあまり唇を噛んだ。

戦略を間違えた。
予想を裏切られた。

完全だと思っていたこちらの追跡網を悉くくぐり抜け、嘲笑う。
それほどまでにキーシュとギラティナという組み合わせは強敵だったのだ。

「まさか……予言者の道を後回しにしてバット遺跡に向かったなんてね……。回顧録を集める上では完全に余計な地点。やられたわ」

部隊がどのように全滅したのかまでは知られていない。生存者が存在しないからだ。
だが、短時間で遂行されたとなればキーシュ直々に手を下したとしか思えない。

それぞれの機体から続け様に連絡が届く。
デッドラインがゼロットの人間と戦闘を始めた事、イクナートンとミナミのグループも敵の拠点にて戦い始めた事。だが、それらの中に最重要項目が見当たらない。

自身を含め共通する報告はひとつ。
キーシュの姿が無い。

以上の事から、彼がバット遺跡に赴いた可能性が濃厚となった。

ルラ=アルバスは『予言者の回顧録』の一部を手に持っている商人が活動している市内のバザールにて、誰一人として仲間はおろか敵すらも現れない中、行き交う人々の群れへと紛れてゆく。

ーーー

墓標らしきものが見当たらない。
聖塔自体地上階しか存在しなかったため、それがただの高い建物のオブジェでしかなかった。

「ジッグラトみてぇだから階層だとか……最上階に有るのかと思っていたが……」

キーシュは期待外れもいいとこだという表情をしながら塔を出る。
だが、その外見には少しばかりの変化があった。

「何処にも墓らしきものはねぇなぁ?まさかシャッダード王は普通の者共に混じってこのネクロポリスの何処かに蜂の巣のような墓を立てて眠っているのか?」

彼の頭に何かが載っている。
装飾品の類に見えなくもないが、それにしてはみすぼらしい。

「実際は違った。"悟られないようにして"墓を作ったんだ。あの聖塔の地上階の床……その真下にな」

王冠。
およそ1500年前の代物である。かつての栄光は既に消え、面影は辛うじて保たれた形と茶色く濁った錆色でしか残っていない。

「俺様やこれまで参ってきた人は無意識のうちにシャッダード王を踏んづけていた訳だ。何でそんな風に埋めたのやら……結局は分からなかったがな」

その床下を掘って出てきた出土品。
最後まで誰のものか断定出来なかった墓を、誰の物かも分からない冠を盗んで被った自称救世主の男。
"調べたけど分からなかった"ほどの虚しさは無い。
しかし、それを如何にも悟らせんと彼は無表情を貫く。

「……そろそろ戻るか。あの薄い壁はとっくに突破されているかもしれん」

キーシュは意識を何も無い空間に向ける。
すると、1つの小さい裂け目が生まれ、その中からギョロりとした目が向けられた。
ギラティナがこちらを見ている。

「俺様だ。さっきまで俺様が居た所まで頼む」

告げた途端、まるで瞬間移動の如くその姿は裂け目と共に消える。

ーーー

高野洋平は顔に砂がかかった事でその目を覚ました。
よく見ると、自分は柔らかい砂の上に寝ており、自分の代わりにレイジが1人で戦っていた。
ゼロットの人間が追撃して来ないという事は以前の暗闇に紛れた'ナイトバースト'と'サイコキネシス'と'りゅうせいぐん'によって全滅したからか。
相手方も戦っているのは山背1人のみだ。

「いや、1人じゃ……ねぇ」

高野は見た。
山背と共にお互い背を向けつつ代わり代わりに攻撃を仕掛けている新手の姿を。

モデルのように細身で背の高い一見、大人しめで気品さも持ち合わせた美女を。

即ち、石井真姫を。

「大丈夫?まだ戦える?」

「僕は平気だけど……仲間はどうした!?レンのオンバーンも気になる!」

「ゼロットの連中はやられたみたい。元々捨て駒としか見られてなかったんだろーね。私らと比べてもポケモンを持っている人も居ないしレンが来てから逃げた奴も居るよ……。あの建物には今は誰も居ない。それから、オンバーンは安心して!私のオーダイルがもう倒したから」

石井と山背は互いの死角を補いながら情報伝達を行う。
そんな2人の姿を恋人同士と見ても違和感は無さそうである。

高野は自分がオーダイルに殴られたこと、そのオーダイルが砂上で滑った事で溢れた砂が顔にかかって意識を取り戻した事を、すべて思い出す。

高野が立ち上がった事に気が付いたレイジはエーフィと共にテレポートして彼の隣に立つ。

「大丈夫ですか?目を覚まされましたか?」

「……どの位寝てた?俺」

「2分ほどですよ」

確かに頭を殴られたとはいえ、普段頭をぶつける感覚に近かったというのもあった。そのぶつかった対象が普段のものよりも少し固かったというだけで。
言い換えれば、当たり所が悪くなかったのだ。
痛みと連日の疲れで倒れたに過ぎないと知ってホッとした高野は、改めて2人を睨み付けた。

「丁度いい……2人居るんなら此処で捕まえて日本に戻っちまうかな?もうすべてが面倒だ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.476 )
日時: 2020/03/23 18:42
名前: ガオケレナ (ID: yrys6jLW)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平は倒れた際にズレた眼鏡を直そうと手で押さえる。
それでも目元とピントが合わない。どうやら曲がってしまったようだ。

「また……壊しちまったか」

帰国した後のやる事がひとつ増えてしまった。
また説教されるのかと頑固親父の顔を思い浮かべながらうんざりした顔をして高野は改めて新しく姿を現した人物に意識を向ける。

「よう。大会以来だな?元気にしてたか?」

まるで友達に対して掛けるような声。
実際、相手は友達である事に変わりはないのだが、

「呑気だね……?こっちは必死なんだよ!?」

その言葉と共にオーダイルが眼前に迫る。
やはりと言うか付き合ってはくれないようだ。

オーダイルの'れいとうパンチ'を予想して'カウンター'で迎え撃つ。
しかし、背後から特殊技で固めたメガジュカインがゾロアークを狙う。

オーダイルの技が炸裂する前に既に分かりきっていたことだったので、高野は'カウンター'は打たずにあえて避ける事に集中するよう命令した。

(くっそ……埒があかねぇ……。タイミングさえ計れば物理一本のオーダイルはゾロアークの'カウンター'で倒せる……。だがその隙に山背のジュカインがやって来るのは明白だ。山背はレイジとエーフィに任せるか?いや、倒しきれるとも限らねぇ……)

高野は思考を巡らす。
敵は山背と石井の2人のみと至ってシンプルなものだが、いつ新手が迫ろうともおかしくは無い。
特に、突然現れる事の出来るキーシュだ。
砂に隠れたゼロットの面々が武装して襲いかかって来る事も十分に考えられる。

そこをレイジに任せるのも負担が大きすぎる。

「ところでよぉ……山背ォ……。お前、大学はどーすんの?」

突然の雑談。
あまりの唐突さに山背もピタリと動きを止めてしまう。

「……なに?」

「だからァ……、大学はどうすんだって聞いてんだよ。これからもお前ら……まさかずっとゼロットの人間として生きていくわけじゃ……

「辞めるよ」

空気が、風が止まる。

目の前の男の一言。
それに、強い意識を感じざるを得ない。

「え、じゃ……じゃあさ……」

「辞めるよ。何もかも。大学も、サークルもバイトも……全部。僕は、彼女と……真姫と共に此処で生きると決めたんだ」

そう言って、山背は石井と強く手を握る。
互いが互いの精神的支柱と化した今。

それを破るのは容易いものでは無いことを実感する。

「石井、それはお前の意思なのか?山背やキーシュに無理やり連れて来られ……

「これは私が決めたこと。私が選択した道だから。あんたなんかが口を挟まないで」

3年間共に過ごした"友人"の言葉では無かった。
最早、彼女にとって高野は敵としか映っていないようである。

ここで高野は確信した。
やはり、2人は自分たちの強い決意を持って此処に居る事に。自分たちが進んでこの世界に踏み入ってしまったことを。

「そう……かよ……」

高野は俯いた。
悲しそうに呟きながらゾロアークをボールに戻す。

脳裏に過ぎってしまった。
この如何ともし難い状況において、ラティアスを、伝説のポケモンを使うべきかを。

高野洋平は伝説のポケモンを扱える。
少なくとも、禁止級を除く準伝説のポケモンを。

果たして、今此処で使ってしまっていいのだろうか?
使えば勝つ事は出来るが、それによって新たな悲劇がもたらされないか。

そこが1番怖い。

「くっ、くくっ……」

高野は、自分で自分を嗤った。
一体自分は何に対して恐れているのかと。

「らしくねぇなぁ?ジェノサイドさんよぉ……?」

足元の砂粒に視線を落としながら、自身に対しそう言って自分を鼓舞する。

結局、自分を救えるのは自分だけだ。
これまでの孤独だった過去を振り返りながら、高野洋平は新たなボールを掴んで構えた。

ーーー

『いつまでも……ずっと一緒にいようね!』

遠い過去の、嘗ての友人の言葉。
その優しさから天使にたとえた人。ずっとずっと好きだった女性ひと

だが、その優しさを、友情を破壊したのは誰であろう己だった。

『何かあったら必ず叫べよ?俺たち仲間だもんな!』

遠い過去の、嘗ての仲間の言葉。
時にはぶつかり、時には励まし合った友人という枠を超えた、お互いの背中を、命を助け合う人。

だが、その命を守り切る事は出来なかった。救えずに居たのは誰であろう己だった。

高野洋平は、決して孤独だった訳ではなかった。

これまで自分が起こしてきた軽はずみな言動や失敗で、儚くも消えていったそれまでの人間関係や命そのものを失うのがいつの日か怖くなってしまったのだ。

だから、必要以上に干渉するのを止めた。
いつしか、"何考えているのか分からない"とまで言われるようになっても。

再び彼は、そんな恐ろしさに駆られて……

ーーー

一瞬だった。

一瞬にして、相手の2体のポケモンは倒れた。

高野の眼鏡からは、メガシンカの共鳴を果たしたせいかほんのりと薄く白い煙が出ているようであった。

オーダイルとジュカインは倒れた。

高野洋平の、メガメタグロスによって。

まず、通常の姿で現れたメタグロスは即座にメガシンカ。
大幅に向上した素早さを持ってジュカインの元へ迫ると'れいとうパンチ'を放って一撃で沈め、翻ってオーダイルに'しねんのずつき'を撃つもそれだけでは倒れず、見かねたレイジが即座に対応、エーフィの'サイコキネシス'で遂にその壁は崩れるに至った。

「山背……石井……」

戦闘を終え、ポケモンという名の武装を解いた高野はそれでも2人に歩み寄る。
そこにはある種の無防備さえも魅せながら。
だが、それが逆に2人に対して信頼性をチラつかせる事をも意味していて。

「帰ろう。元の……世界に。いつまでも、此処には居るべきじゃない。もしも……直せないものがあるってんなら俺も手伝うから……」

そう言って手を差し出す。
最早彼からは敵意といったものが感じられない。

後に引けなくなった山背は、反射的に手を伸ばそうとして、

『やはり俺様の思った通りだな?……無様に敗北を喫していやがる……』

何も無い空間。
そこには居ないはずの声が聴こえる。

「この声は……キーシュ、お前か!?」

『その通り。そして俺様はこの通り、此処に居るぞ』

その宣言通り、キーシュは空間を引き裂いてその姿を見せつける。
男の割には長く、真っ茶色の髪、純白のトガ。頭に被った錆びた王冠。
そして、背後で睨むギラティナ。

正真正銘の、過激派組織の長にして大量破壊兵器を所持する危険人物。

「あれだけ威勢よく主張していた割には当たり前のように負けたなぁ?ヤマシロォ……」

「す、すいません……。あと1歩のところで、ジェノサイドに一矢報いる事が……」

「どんな御託を並べようと負けは負けだ。さっさと来い。族長命令だ」

そう言ってキーシュはギラティナの作り出した"やぶれたせかい"への入口の方へ向き、足を1歩踏み出す。

「待て!!山背と……石井は此処に置いていってもらうぞ……」

決してチャンスを逃さない。
高野は叫んで再びメタグロスを繰り出す。

今ここで対話を呼びかけて2人を思い留まらせる。
その上で日本へ連れて帰る。

その一心で突き進む。

だが。

「ジェノサイド……貴様も少し考えろ?貴様が誰と何をしているのかをなぁ?」

「……何が言いたい?」

ニヤニヤと笑いながらキーシュは答える。
どのように行動していいのか困惑している山背と石井をよそに。

「貴様のその行動が……新たな火種を生み出しかねないと言いたいのさ。そもそも、何故貴様が此処にいる?貴様は関係ないだろう?」

「関係?あるに決まってんだろ。そこの2人の救出だ」

「コイツらは自分たちの意思で此処に、俺様の元に来たんだがな。初めは俺様も拒否したんだがー……どうしてもって言うからよぉ?」

「そいつらとは話をする!!だから置いて行け……

「この2人を抜きにしてもテメェは関係ねぇだろって言ってんだよォォ!!!!」

突如、キーシュは怒りに震えて叫び出す。
威圧を込めたものだけでない事は確かだ。

「テメェの背後に居る奴ら!!エシュロンなんざ組織は存在しねぇ!テメェと共に居るのはアメリカのスパイ組織……NSAだ!何でテメェがヤツらと共に居る!?何を目的に……戦争の火種が欲しくて此処に来たってか!?ハッキリしろ!!」

高野はキーシュの言っている言葉の一切が分からなかった。
ひとつひとつの言葉の意味を理解しようと固まっていると、

「NSA……ですって!?」

隣のレイジが絶句する。

「それじゃあ……まさか、彼らはそれらを駆使してあなた達の居場所を特定して……」

レイジの言葉は途中で途切れる。
莫大な砂嵐を巻き起こしてキーシュが、山背が、石井がやぶれたせかいに飛び込んで瞬間移動を始めたからだ。

高野洋平は再び失った。
彼らの足取りを、嘗ての友人たちの友情を。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.477 )
日時: 2020/03/28 19:49
名前: ガオケレナ (ID: vLvQIl5U)
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予言者の回顧録

ムフタールという男は粋な人であった。
よほど顔が広いのだろう。
これから出発する、という段階で馬車を用意してくれていた。

『私はこう見えてもこの町では有名なのだよ。求めるものはすぐに集められる』

『誠にありがたい。駱駝で行くよりも、こうして馬2頭を繋げて走れば早く着く事が出来る』

そんな話をしたのを覚えている。
私は、ムフタールと共にアル・ムカッラーを出た。

どの位が経っただろうか。
アル・ムカッラーで見た時とは違う景色の海が見えてきた。

『ここはどこなんだ?』

『ハドラマウトだ』

『それは知っている。ハドラマウトの何処かを聞いているんだ』

『そんなの分かる訳がないだろう?私は私の町しか知らないのだぞ』

ムフタールという男はいい加減だった。
案内すると言ったはものの、いざ移動をしたらこれなのだから。

だが、いつまでも何処に居るのか分からない不安が付き纏うのは気分が悪い。盗賊に狙われる可能性もある。

どうしたらいいのだろうか。
そんな時。見ればバダウィーのテントがそこにあったのだ。

救いを求める思いでそこへ走った。
中を覗くが誰も居ない。
もしかしたら持主が目印の為に置いていったのだろうか。
"صلالة"とだけ書かれた羊皮紙が置いてある以外は何も無かった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.478 )
日時: 2020/03/29 10:08
名前: ガオケレナ (ID: 0zrQTctf)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


第四の道、哀しき真実

現代語に訳していく中で気になる箇所がひとつだけ出てきた。
とある地名が前後とは違い、コプト語ではなく何故かアラビア語で表現されていたのだ。

「これは……どういう事だろうな?予言者フードは見たものそのままを写した、ということなのだろうか?ベドウィンの残した羊皮紙にアラビア語が書かれていた、と解するべきか……」

考えながら、キーシュは筆を進める。
たとえ言語が変わっても解読に支障はない。

「次に降りた街は……サラーラか……。イエメンの海沿いをひたすら走り続けて今のオマーンに辿り着いたのか。と、なるとやはりゴールはウバールか」

サラーラからウバールの遺跡は近い。
仮にフードがウバールの地に着いたとしたならば、初めから此処を重点的に調べていけばよかったかもしれないが、

「ウバールがアードの遺跡というのはよく知られた話だ。確定的ではないにせよな?……となると敵方も此処に陣を張っている可能性もあるって事だ。早かれ遅かれ違いはそんな無いって訳だな」

キーシュは訳し終えたノートをパタンと閉じる。
長いため息を吐いて目を閉じ、ゆっくりと開けながら今度は別のものに意識を、視線を向ける。

「なぁ、お前は嘗めていないか?この深部の活動……そのものを」

キーシュの部屋には申し訳なさそうな顔をした山背と、彼に着いて来た石井がいる。

「お前は威勢よく啖呵を切っていたよな?ジェノサイドを必ず倒すと。それはどうした?まさか口だけか?意識だけ高いって人間か?お前は」

「も、申し訳……ありません」

「いい。いい。謝るな。謝る暇があるならやれる事をやれ。だが状況も無視出来なくてなぁ……?いちいち時間を割いてもいられねぇのよ?」

「で、でも……っ!私と山背に任された砦にポケモンを使える人は他に居なかったわよ!?かと言って銃器もまともに扱えていなかったし……。初めから私たちを貶めるつもりで……

「口には気を付けろ?お嬢さん」

キーシュは睨みながら頭に被った王冠を優しくゆっくりと手で持つと机の前に置く。

「俺様は、お前たちが自分を強いと宣伝していたからお前たちにあの砦を任せたに過ぎない。俺様の組織の全員が全員戦える人だと思うなよ?戦えない非戦闘員も居るって事を忘れるな。比率が傾いただけだ」

「で、でもっ……!ロクに協力も出来ずに結局私たち2人でジェノサイドの相手をしたのよ!?少しはそこを加味してもいいでしょう!?」

「だから、嘗めてるって言ってんだよ……」

その一言に、山背も石井もピシャリと黙る。
キーシュの背後に渦が巻き始めたというのもあったが。

「いいか?これは戦いだ。戦争だ。己が己の正義を掲げて戦っている……。100%正しい答えなんてものはねぇんだぞ?勝った者が正しいんだ。そこをまず理解してもらわねぇとな……。そして、そんな世界にお前たちは自ら入ってきたという訳だ。楽に簡単に大金が手に入る世界だと思ったか?それはあるかもしれないが非常にリスキーだって事を1番初めの段階で理解すべきだったな?」

キーシュは立ち上がり、拳を握ると棒立ちしている山背を1発、殴り飛ばした。

「や、山背くん!?」

「次はこうはいかねぇ……。次ヘマしたらお前たちに残された道は死だけだと思え」

そう言ってキーシュは小部屋を出る。
残された山背と石井は、

「真姫……ごめん、俺のせいで……」

「ねぇ、大丈夫?怪我は……」

「いい……大丈夫だから、」

殴られた頬を手で押さえながら山背は呻きながら言う。

「帰りたい。……僕、帰りたいよ……」

次第に呻き声は啜り泣く声へと変わり始めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.479 )
日時: 2020/04/03 15:02
名前: ガオケレナ (ID: CWUfn4LZ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


戦闘が始まった。
ミナミは、ブルカを被る都合上顔の周りに充満する熱に鬱陶しさを感じながらボールを、エルレイドを繰り出した。

真隣の草むらからズルッグが飛び出す。
それを見ての選択だった。

「もう、邪魔っっ!エルレイド、'インファイト'!」

殴打の連撃が打たれる。
ズルッグは弾き飛ばされ、視界から消えた。

「もー少し穏やかに行こうぜぃ?お嬢さん」

砦の方向から、向かって来た人影から声が発せられる。
麻布で出来たフードを被った青年風の男のようだ。
彼は、ポケモンのズルズキンを出しつつ叫ぶ。

「俺はゼロットが構成員、テウダ!族長の命令により此処を死守する。行けぇ者どもぉぉ!!」

その号令と共に。
無数の、優に100を超える歓声が上がった。

「えっ、ちょっ、多くない!?」

ミナミとイクナートンの目の前に、テウダを含めておよそ100人の武装した兵士が立つ。
彼らが持つ武器は小銃から弓、剣と様々だ。

このままでは勝ち目がないと悟ったミナミはまたひとつボールを出す。
そこから出てきたのはエンブオーだ。

「おい、何をする気だ?」

イクナートンが訝しげに尋ねる。
ミナミは何の迷いも無いかのようにスラスラと、そして早口で答えた。

「いい!?ウチは今から目の前のトレーナーと戦う!その間エンブオーでその周りを薙ぎ倒して行くから、アンタも武器のひとつやふたつで応戦してっ!」

「はぁ?お前誰に向かって命令なぞ……」

間髪を入れずにミナミはカイリューに乗って縦横無尽に宙を飛び回る。
少しでも武器の餌食にならない為の措置だ。

ガラ空きとなったイクナートンに、先頭に立つ小銃を持った兵士の標準が定まる。

「クソがっ!あとでルラ=アルバスに文句言ってやる!」

イクナートンは懐から自動式拳銃を取り出すと引き金を引き、撃つ。
1人の兵士が倒れた。
次なる標的にならぬよう、イクナートンは逃げ回りつつ姿を隠せそうな岩や木の裏に回る事で身を守る。
イクナートンが隠れている内にミナミのエンブオーが炎を体に纏った大技、'フレアドライブ'を回転しつつ止まることなく放ち続ける。
1度の接触で5人から10人は吹き飛んだ。

その間ミナミは空中で辺りを見ながらエルレイドに指示を飛ばす。

「エルレイド、'インファイト'よ!」

「舐めんなぁ!'みがわり'」

ズルズキンは分身を作り出すと姿を消した。
そこにあるのはまるでぬいぐるみの類にしか見えない"みがわり"だ。

エルレイドの打撃を身代わりが受ける。
その結果、ぬいぐるみは消えてしまい、本体が再び姿を現すが結果としてエルレイドの防御と特防が下がっただけとなる。

「そう簡単には終わらせねぇぞぉ?こちら側にも部族のメンツってモンがあるんだからよぉ?」

「部族?それってアードの民の事!?」

武装集団が徐々にだが消えてゆく。
いつしか、イクナートンも隠れながら狙撃するのを止め、走り回りながら銃を乱射している。

ミナミは速度は落としつつも空を飛び回る中、辛くもテウダのその声を聞いた。

「……へぇ?お前のような異国の人間でも分かるのか?」

「すべては分からないわ!人から聞いた程度だもん!……でも、アンタたちが何をするのかは知っている」

「ハッハ!!面白ぇ事言うんだなお前。お前なんかに分かってたまるかよッ!!」

テウダはズルズキンに命令する。
身代わり状態を利用した、'きあいパンチ'を。

「!?」

「何もいたずらにズルッグを蒔いたり、'みがわり'を連発していた訳じゃねぇ……'インファイト'で疲れた所をブチ抜けば倒れるモンも倒れるだろぉがよぉ!?」

先手を打たれた。
その為、エルレイドが技を放って身代わりを消したとしても、本体にはノーダメージな以上'きあいパンチ'の発動を許してしまう。
たとえ効果は今ひとつであり、攻撃能力もずば抜けて高いとは言えないズルズキンの技だが3度ほど防御面が薄くなればその不安は拭えない。

戦闘不能にはならなくとも、確実に2体目のポケモンで倒されるのは必定だ。

ならば、やれる事は1つしかない。

「仕方ない、か。エルレイド!メガシンカよ!!」

ブルカで隠れた、頭に差したかんざしから光が灯る。
それに応じるかのように、エルレイドも光に包まれた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.480 )
日時: 2020/04/01 20:38
名前: ガオケレナ (ID: ZsN0i3fl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平とレイジは呆然と砂漠の真ん中で佇んでいた。

既に高野の友人である山背恒平と石井真姫の姿はおろか、キーシュも、彼の仲間の誰一人として此処には無かった。

「さて、と……。如何しますか?ジェノサイドさん?」

レイジは苦しそうに息を吐く高野を見やる。
暑さと疲労とこの戦いのせいで消耗しているようだ。

「お前は……辛くは無いんだな」

対して高野はレイジを見て驚いた。
汗を全くかいていないのだ。
気温は40度に差し掛かろうとしていると言うのに、彼は涼しい顔でそこに立っている。
もしかしたら着ている服が白作務衣であるからして通気性が良いからかもしれないが、だからといってそれだけでは無いはずだ。

「体質まで……変わっちまったようだな。あの時、銃で撃たれて死んだとは思ったが……九死に一生を得る過程で色々変わったみてぇだ」

「リーダーには内密にお願いしますね」

レイジという男は1度、死にかけている。
去年の秋、議員の杉山渡と戦った際に彼は銃で狙撃されて倒れている。
誰もが死んだと思っていた中、彼は別の戦いで復帰した。その服を乾燥した血で彩りながら。

「何かの胡散臭い番組で観たことがあるんだ……。死の淵に立った人間は、"あの世"に片足を突っ込んだせいで不思議な力を得るって。内容が霊視だけに全く信用出来なかったけどな。だが……」

「流石に霊視とまでは言いませんが……少なくとも暑さに悩む事は無くなりましたね。でもこれ、本当は危険なのでは?」

暑さや寒さを感じなくなる。
単なる体質の変化ではないのだろう。
「体の防衛機能が失われてんだからお前早死にするかもな」なんて冗談を言いたかった高野だったが、言えるような心境ではない。

「しかしどうするかな……キーシュはまた姿を消しちまったし、あの建物も何も無さそうだしな。一旦エシュロンの誰かと落ち合って情報の連絡をしてみるか?」

『ありがとうデッドライン。1度戻って来てくれると私も助かるわ』

無線機からルラ=アルバスの声が響く。
どうやらここでの高野とレイジの会話はすべて筒抜けのようだ。
最早突っ込むのも飽きた高野は、

「お前は何処にいるんだ?普通に飛行機呼ぶだけでいいんだろうな?」

『私は『予言者の回顧録』を手に入れられる場所に居るわ。でもだーれも居ない。相手も予想していたみたいね。そうね。落下地点を計算して今あなたたちが居る所をこちらから特定するわ。じきに乗ってきた飛行機が来るはずだから、ひとまずそれに乗ってちょうだい』

「つくづく恐ろしい事を平然と言ってのけるな……」

やや声のトーンを落として独り言のように呟くも、それに意味は成さない事を言い終えてから気付く。
空を見上げながら高野は適当に歩き始めた。

「待って下さい、ジェノサイドさん」

不意にレイジに呼ばれ、足を止める高野。
振り返った瞬間、耳に掛けていた無線機を彼に外されてしまう。

「ちょっ、お前何すんの!?」

特に怪我も無く痛みも無いのだが、両耳を押さえる高野。
相変わらずレイジの顔は涼しげだ。

「少し……お話があります」

そう言ってレイジは自分と高野の無線機を砂の上に放り投げる。
2人の両耳に掛ける合計4つの小さな機械は柔らかい音を立てて落ちた。

「無線機を外したって事は……聞かれたらマズい事か」

「えぇ……。先程ゼロットのキーシュが叫んでいた言葉……。それに違和感を覚えましたので」

無線機を付けている以上会話はすべて伝わる。
キーシュと交わしたものも、恐らく手元に向かったはずだ。

「私はすべてを知っている訳ではありません。知識としてはあなたと同等……若しくはそれ以下かもしれませんが、お話しておきましょう。アメリカ国家安全保障局……NSAについて」

ーーー

秀麗なシルエット。
風になびくマントを翻してメガシンカを果たしたエルレイドは駆けた。

身代わり状態のズルズキンへと。

「もう構わないわ……エルレイド!'インファイト'よっ!」

「こっちも迎え撃て!'きあいパンチ'だ」

互いが互いの拳に力を溜める。
エルレイドの乱打が、ズルズキンの渾身の一撃が、腕を交差しつつ当てられる。

身代わりに1、2発当てた所でエルレイドは身体が浮いた。
'きあいパンチ'の衝撃により吹っ飛んだのだ。

だがメガシンカした力はそこまで脆くはない。
地に足を付けて思い切りブレーキを掛ける。
4、5メートルほど滑ったエルレイドだったが、踏ん張ったお陰で飛ばされる事はなくなった。

攻撃の威力も上がったお陰か、その2発でズルズキンの身代わりも消える。

「クソがっ!普通に耐えやがって」

もしかしたらテウダという男はあまり相性というものを理解していないようだ。
その途端、ミナミの頭の中でのこの戦闘に対する難易度のイメージが急激に下がってゆく。
エンブオーとイクナートンが邪魔な敵を蹴散らしてくれているのも、相まって。

「なぁんだ。あまり本気にならなくてもいいのね!」

精神的な余裕を取り戻したミナミは叫ぶ。
もう一度拳を握れと。
エルレイドはそれに応じ、加速した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.481 )
日時: 2020/04/11 17:52
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


全体重を乗せた足が土を蹴る。
ひとっ飛びするようにエルレイドはズルズキンとの差を縮めていく。

「くっ、走れ走れ!とにかく奴から離れろ」

テウダは叫ぶ。
出来るだけ自分の持ち駒は長く使っていきたいという思いが正直に現れている言葉だ。
ましてや、度重なる'インファイト'の連打のせいでこちらにもチャンスが残っている場合は特に。

防御面が脆くなったエルレイドに、'みがわり'の連続使用で後に引けなくなったズルズキン。
お互いが同様な状況に置かれている中で、

拳に厚い氷を形成したエルレイドが追いつき、
そして1発、その攻撃を放って吹っ飛ばした。

ーーー

「エドワード・スノーデン。このお名前を聞いたことは?」

「あぁ。あるぞ。忘れたけど」

この時点でレイジは確信した。
高野洋平という男は一切の情報を持ち合わせていないと。
あらかじめ"同様もしくはそれ以下"とまで知識に対する予防線を貼ってはおいたが故に、直後としてそれが嘘になる。しかし何も知らない人が相手では気付かないものである。

気楽になったレイジは声のトーンが自然と高くなっていく。

「2013年6月。この男は途轍もない秘密を暴露しました。国際的監視網についてです」

まだ高野洋平がジェノサイドと呼ばれ、最強の座に君臨していた頃。
世界では動きがあった。

『NSAはPRISMを通して、世界中のデータ通信を監視している』

ある日のこと。
1人の男性が香港にてインタビューの際に発した暴露だ。

「つまりアメリカは協力国の援助の元、全世界を対象とした情報収集……と言うより監視や傍受をしていた訳です。何より問題だったのはこの男性がNSAの元職員だった事なんです」

「そもそもNSAって何だっけか?……聞いたことあるんだがなぁ。ウェブサイトの名前だっけか」

「それはMSN」

この状況でふざけるなよと本当ならば言いたかったような顔をしてレイジは簡単に説明した。

人を使ったスパイ組織がCIA。
電子機器を使った組織がNSAと。

「エドワード・スノーデンが内部告発した事で初めて、PRISMの存在が明るみになりました。それまでは都市伝説扱いだったのですよ?」

「な、なぁ……複雑で何が言いたいのかよく分からないと言うか……結局お前は何が言いたいんだ?」

「単純なことです」

レイジはひたすらに戸惑う。
目の前の男は本当にジェノサイドという男であって、彼に説明しているのだろうかと。
初めて会った頃と比べると外見も変化しているせいもあった。

黒を基調とした赤みも混じったローブと異様につばの長い帽子を被っていた怪しさ全開の男は今、ワイシャツと黒のスラックスを履いて眼鏡を掛けた優男へと変貌している。

威厳が最早存在していなかったのだ。

「敵の言動に振り回されている訳ではありませんが……キーシュは言いました。"何故NSAと共に居るのかと"。そこから……いいですか?私なりにひとつ思い浮かぶものがありまして……」

エシュロンという組織は存在しない。
そこはキーシュは本当の事を言っていた。

エシュロンという"通信傍受施設"ならば存在する。

つまりは、

「エシュロンってのは偽りの名で、NSAの暗喩だってか……?」

「それだけではありません。キーシュたちゼロットをここまで追っているように、彼らエシュロン……ではなく、NSAは電子機器を用いて独自に捜査しているとしか思えないのですよねぇ?」

そこで更に現れる疑問。

ゼロットの目的とは?

本当にテロ紛いの行動をしている、もしくはしようとしているのか?

ギラティナという爆弾を抱えているからという理由で追っているだけなのか?

「キーシュという男はどうやら『予言者の回顧録』という書物を集めているそうですね?この本がどういった内容なのか私はまだ分からないのですが……果たしてこれがどうやってテロに結び付くのでしょうかね?」

「いやだってお前……。それはあれだろ?奴らは、外部に滅ぼされた先祖の恨みを晴らすために何かするってのが今回のこの騒ぎなんじゃねぇのか?」

「それだとまだしっくり来ますが……本当にそうだと決まった訳ではありませんよね?ゼロット側の人間が言った訳ではありませんよね?」

その通りだった。
高野が言ったこの言い分はエシュロン側の、イクナートンの台詞だ。
それが事実とは限らないと言われても高野もピンと来ないし、逆に疑い始めているレイジもピンと来ない節がある。

「じ、じゃあ……これからどうするってんだ?」

「どうにかしてゼロットの人間と接触しましょう。そこで、彼らの目的を吐かせるのです」

レイジは携帯を取り出す。
相手はミナミ。彼女に今何しているのかとメールを送るためだ。

「私の疑念が訴えているのです……。もしかすると、これ以上エシュロンと関わるのは危険なのかもしれないと。嫌な予感がして堪らないのですよ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.482 )
日時: 2020/04/11 19:21
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


ズルズキンは倒れた。
'れいとうパンチ'が炸裂する瞬間、インパクトの瞬間に再びズルッグに邪魔をされるも、エルレイドは華麗に無視をする。

そのため純粋に目の前の敵を倒す事が出来た。

「クソがっ……ふっざけやがってよォ!!」

テウダは次なる手を打つ。
ボールを握り締め、遥か前方に向け投げる。

そのポケモンが現れると、たちまちにして熱気が充満した。
ふんかポケモンのバクーダ。

その姿にミナミは小さく体を震わせた。

(この……タイミング!?キーシュの手下となると……メガシンカしてくるのかしら?)

ミナミは未だ地上には降りられない。
テウダの仲間がまだ残っており、各々銃器などで反撃しているからだ。

そんな中地上を彼女のエンブオーが蹂躙する。
敵地のド真ん中で'フレアドライブ'を放っては敵の戦力を大いに削いでゆく。
途中、テウダの元にも迫って来たが辛くも身を捻る事で避ける事が出来た。

「遠慮するな……バクーダ……。'ふんか'だっ!!!」

その叫びが合図となる。
"メガシンカするかもしれない"というミナミの予想は大きく裏切られる形となった。

こだわりスカーフ。
それを巻いたバクーダが、通常よりも速くなったはずのエルレイドをも上回る。

巨大な砲声に似た轟音を響かせながら。
大きな爆発がすべてを包んだ。

敵も味方も巻き込んだ文字通りの噴火が地上も上空も真っ黒な黒煙で埋め尽くされた。


ーーー


しばらくすると、行きの際に乗っていた飛行機が戻って来た。
砂に埋もれかかった無線機を拾い、耳に付け直す。
案の定ルラ=アルバスから連絡があった。

『そろそろ飛行機が戻って来る頃じゃないかしら?ひとまず乗って頂戴』

「乗ってどうするんだ?何処に迎えと?」

『私と合流して貰うわ。たった今回顧録のページを入手したわ。上手く行けばこれに引っ掛かってゼロットの面々が現れるかもしれないわね』

要するに自分たちは罠に掛かった敵を捕らえる為の猟師という事だ。

「あのー……私としてはですねぇ……?今すぐにでも仲間のミナミと会いたいのですがー……」

レイジが高野とルラ=アルバスの会話に紛れ込む。
その意図は当然、本音と建前とで別だ。

『ごめんなさいね。もう少し我慢してちょうだい。集団での行動である以上勝手な真似は許されないの。私の指示に従ってもらうわ』

「だと思った」

高野は用心そうに呟く。
ミナミが仮にゼロットの人間と戦い、接触しているとしたら。

何とかしてその戦闘に混じって相手を確保し、彼らの目的を聞く。

その目論見は潰えた。

「仕方ありませんね。次にシフトしましょう。彼女が『予言者の回顧録』を手にしたのならば内容の確認ついでに現れるであろう敵の相手をしましょう。まだ何とかカバーは出来ますよ」

「上手くいけば良いけどな」

2人は乗り心地が良いとはいえない飛行機に乗り込むと直後に離陸を始める。

「ところで……場所は?」

高野はルラ=アルバスからの傍聴と返答を前提に発した。
やはりと言うか、無線機から女性の声が聴こえてきた。

『サラーラのバザールよ。私もまだそこに居て、待っているから出来るだけ早く来て欲しいわ』

「サラーラだと?何処だそりゃ」

『オマーンの街よ。その場所からならば……そうねぇ。飛行機ならば1時間程度で着くはずよ』

自分たちは今サウジアラビアの砂漠の中に居たはずである。
ただでさえ初めての海の向こうの世界だと言うのに、更に国境を超える事になるとは此処に至るまで高野は予想の範疇をも超えられる。

「サウジだけで終わると思ってたわー……」

『もう少し地理や歴史を学びましょう?』

ルラ=アルバスの裏表の無さそうな優しい声。
だからこそ余計に不信感が募ってゆく。
レイジの"これ以上関わるのは危険"という警告の説得力がじわじわと彼の中で上昇していった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.483 )
日時: 2020/04/15 12:50
名前: ガオケレナ (ID: uwN5iK1I)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


重く、深い黒煙が徐々に晴れてゆく。
テウダは、自分以外の位置から物音が完全に閉まっていることを確認した。

やった。
終わらせた。

今の一撃で残りの仲間も巻き込んではしまったが、その大半が既にエンブオーに突撃されて動けなくなっている。
あまり危惧するほどのものでもないように思えたのだ。

しかし、状況が分からない。
テウダは何度かグルグルと歩き回ってはみるが、

(何も……ねぇな?空を飛んでいた女はどうした?銃を使っていたNSAの野郎は?エルレイドは?)

視界が見えない以上どんなに考えていても意味は為さない。
意を決して煙の中へ1歩踏み出そうとしたその時。

(なんだ……!?熱を、感じる……っ!?)

熱い何かがまるで1本の線になったように、それはテウダの頬をなぞった。
それは前方、黒煙の中からだ。

何かが来る。
必死に本能を働かせて察知し、テウダは逃げるように走り回る。

その予感は的中した。

今まさに、それまで立っていたところへ、'フレアドライブ'を纏ってまるでジェットのように噴射したエンブオーが飛び込んで来たからだ。

それはテウダの立っていた地点を超え、彼を無視するかの如く突き進み、その先のバクーダが待ち構えている方へと迫る。

果たして、エンブオーの攻撃はバクーダに突き刺さった。
しかし、幾ら特性の'すてみ'で威力が強化されとはいえ、ほのおタイプのポケモンにそれは効果はいまひとつだ。

「あっ……いや、違う、これは……!?」

途端に理解した。
今の攻撃はダメージを与えるためのものではなく、近付く為のものだったと。
既にテウダは走り回ったせいでバクーダとの距離が離れてしまっている。
ここから叫んでも命令が届く保証がない。

踵を返すように足の向きを変えたところへ、

エンブオーの'じしん'が、地を揺らした強い振動の攻撃が始まった。

「クソったれ!!噴火の直前に命令していやがったな!?」

揺れる大地に対して、身を守らんと足を止めてしまうテウダ。
見れば、'ふんか'の範囲を超えるために遥か上空へと逃げた影があった。
放たれる直前の、音で掻き消される前にあらかじめ命令したのだろう。

苛立ちが募り、思わず立ち尽くした彼の元へ、

場の空気の読めない1発の銃弾が彼の肩へと深々と当たった。

ミナミが地上に降りた頃にはもう煙は晴れていた。
完全に無音と化した世界で、ミナミとカイリューとエンブオー、そしてイクナートンが突っ立っている。

「終わったの?最後に銃声が1度だけ聞こえたけど」

「こちらが撃った……。早く奴を確保しろ」

木の影から、煤で顔が汚れ、腕を押さえながらヨロヨロと弱々しく歩きながらイクナートンが現れる。

「俺も敵から狙撃を受けた……怪我は大したことはねぇからどうでもいい……。とにかく奴だ。1発撃った。生死の確認をしろ。生きていたら捕まえて、死んでいたら報告だ」

「ウ、ウチにそれをやれって言うの!?」

「いいから黙ってやれ。無傷のお前がやるんだ」

ぜーぜーと苦しそうに息を吐くイクナートンは普段以上に目つきを鋭くさせてミナミを見つめる。
そこには、任務に対する彼女の動きの遅さや、このような結果になった事への恨みさえも抱いているかのようだ。

ミナミは倒れたテウダに近付いて、彼が初めて呼吸をしている事を発見する。

「生きているわ!」

「なら、手足を縛って連れて来い。このまま場所を変えて尋問する」

イクナートンは怪我のない方の手で携帯を操作する。
ヘリの要請なのだろう。
その数分後にここに来るために乗っていたヘリがやって来たからだ。

「乗れ。俺の怪我の治療も兼ねて奴から話を聞く。そのまま奴も乗せろ」

イクナートンに命令されたミナミは、手足を手錠で拘束され、余計に叫ばれないためにテープで口を塞がれたテウダを抱えながら、不満そうな嫌な顔を浮かべながら、見慣れた空を飛ぶ機械へと乗り込んだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.484 )
日時: 2020/04/18 10:16
名前: ガオケレナ (ID: PY11CXvD)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


特別行政区にあるその街は規模において、オマーンの中でも第2の都市であった。

その中でも最大を誇る市場にて、ルラ=アルバスは1人、椅子に座っては襲いかかってくる暇と格闘していた。

(遅いわねぇ……。そろそろ1時間経つのだけれど……)

流石に場所を伝えておけばよかったかと頭の中を過ぎらせるものの、連絡さえ来れば気軽に言えることである。
とにかく今は、ひたすらに戦うしかなかった。

「お姉さん、どうした?一緒に紅茶飲まない?」

それは、幾度となくやって来る。

「ごめんなさいねー。人を待っているの」

女性が1人で出歩いているのを好機とみた男たちによるナンパであった。

ルラ=アルバスは内心喜びさえするものの、かと言って相手にする訳にはいかない。
そう言って席を立ってバザール内をフラフラしながら先程の椅子に腰掛ける。
ずっとこれの繰り返しだ。

「本当だったら、此処も楽しみたかったのだけれどねぇ……」

ルラ=アルバスは立ち止まってはぐるっと見回した。

サラーラ中央スーク。
この街で1番広く、大きい露店が集う市場だ。
しかし、この市場は平均的なイメージとは若干違う。

一般的なバザールがやや狭い露天が連なり、通りに面するようなアーケードを形作っているものであるのに対し、こちらは、ひとつの空間内で露天が密集している。
店と店の仕切りも完全に遮断した壁ではなく、平均身長の男性がなんとか背伸びしてしまえば覗ける程度の低い壁しかない。

根本的なものは同じなのだが、魅せる色が違うのは確かなようだった。

ルラ=アルバスは一通り野菜売り場を見た後に先程ここで入手した巻物を歩きながら広げる。

『予言者の回顧録』その1ページである。
解読を試みようとするも、最初の1文字を見た後の2文字目で完全にその熱意は冷めてゆく。

(私の……知っている文字じゃない、わね?これは一体……)

謎の文字列を睨みつける事に意識が集中して、足が止まる。
往来が激しい歩道のド真ん中で立ち止まる彼女は周囲からの視線や注目を浴びる中、文字の配置の仕方や繰り返し使われている単語に注視しつつ規則性を探ろうとするも、やはり解決には至らない。
あまりにも熱心なせいでそれまで使われていた例の椅子が空いたことも、ついさっき絡まれた男性に再び声を掛けられた事にも気が付かない。

「ヘイヘイ!そこのお姉さん?」

「……」

「お姉さん?そこの綺麗なお姉さん!お茶でもどうかな?」

「後にしてくれるかしら?」

肩を叩かれて初めて自分に声が掛かったと理解はするも、意識は向かない。そちらに対して返事だけをする。

「あのー……お姉さん?」

「うるっさいわねぇ!!つまらないナンパなんかで私の時間を奪わないで頂戴!!」

遂にしつこい誘いにルラ=アルバスは文字通りブチ切れた。
そこら辺に居ても違和感のない茶褐色の肌をした男という印象しか持てなかったその男性は、笑いかけていたまま表情が固まり、あまりの剣幕に肩に触れた手もビクッと震える。

「お姉さん、お茶……」

「どおりで聴いた声だと思ったわ!さっきそこで突然話しかけてきた人よねぇ!?いいわ、そんなにお茶がお好きならこの巻物を読んでちょうだいよ!あなたにこれが読めるかしら!?」

バッ、とルラ=アルバスは男の前で巻物を両手で広げる。
他の歩行者に腕がぶつかるも、お互いが気にせずにやり過ごす。

「う、うーん?これは……?」

「はい、読めないわね!終了!さっさとあっちに行ってちょーだいっ!!」

「これは……コプト語だね?」

どうせ分からないと答えると分かっていた彼女は広げた紙をくるくると巻き戻し始めたとき。

それは、あまりにも早すぎるタイミングだった。

「えっ……?」

「コプト語だよ!イスラーム化される前までに使われていたエジプトの言語だね!」

まさか固有名詞が聞けるとは思わなかった。
ナンパの為にデタラメを言っている可能性も否定は出来なかったが、何故に目の前の男がそんなチョイスをしたのかが少し気になるのも事実だ。

「どうして、分かったの?」

「そんなの見て分かるからさ!」

彼女の機嫌も戻ったからか、男もそれまでのヘラヘラとしているおどけた態度を取り戻したかのように明るく話す。

「僕もこれは何度か見たことあるよ!何でだと思う?知りたい?知りたいよね??」

と、男は声を掛けられるまで彼女が座っていたテーブルと椅子を指す。いつの間にか椅子は2つに増えていた。

「そしたらさー……話そうよ。こちらで」

その瞬間、ルラ=アルバスの視界が、意識が暗く深く沈む感覚に襲われた。

ーーー

「ッッ!?あっ、あの野郎……」

ヘリの中で弾の取り除きをメディックから受けているイクナートンが突然呟いた。
その片手には端末が握られている。

「どうしたの?何かあったの?」

「ルラ=アルバスの位置情報が突然消えた。何者かに素性が知られて端末を外されたか!?……オイ、デッドラインッッ!!」

イクナートンは無線機越しに叫ぶ。
返事は少し遅れて来たものの、予想通り不満げだ。

「お前は今何処に居る……。無線のやり取りでお前がサラーラに向かっている事は知っているんだ。到着に1時間掛かるとして……その1時間だ。お前たちは何処に居る!?」

『さっきから指図ばっかうっぜえええええ!!!言われた通りサラーラだよ!サラーラ国際空港!!』

「なら、そのままサラーラ中央スークに行け。ルラ=アルバスがそこで行方不明になった」

『はぁっ!?アイツ何やって……』

言いたい事をすべて言い切ったイクナートンはそこで通話を切った。無意味なやり取りだと解したからだ。

彼は時折心配そうにこちらを見るミナミに対し、

「捕らえた奴はどうしてる?」

「すぐそこで寝てる。と言うより気絶?」

「丁度いい。奴の目を布で隠せ」

と、イクナートンは壁に掛けてあった白い布を掴み取っては彼女に手渡す。
体を起き上がらせたせいでメディックから「まだ終わってないですよ!」と注意されながら。

「これから尋問を始める。俺の言う通りに、お前がやれ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.485 )
日時: 2020/04/21 16:51
名前: ガオケレナ (ID: xGY5.0e4)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


自分が今生きていると理解したとき、ルラ=アルバスは漆黒の世界の中に居た。

「う、……ん?なによ?これ……」

一体何が起きているのか。何をしに何処にいるのか。それらすべてが分からない。
ただ覚えているのは、それまでは、下手くそなナンパをパキスタン人のような男性から受けていただけということだ。

「私は……ここは何処?」

「目覚めたかい?お嬢さん」

遥か遠くから、直接脳内に届くような男の声がする。
それは、直接やり取りした事はないものの、聞いた事のある声だ。

「その声……と、言うことはゼロットのキーシュ……ね?」

「ご名答。貴様の言う通り、俺様だ。そして此処は……言うならばそうだなぁー。"反転世界"と呼ぶべきかな?」

永い闇の中を遠くから歩いてきたはずだが、どういう訳か彼は今傍にいる。

「反転世界?どういう事かしら?」

「やぶれたせかいとも言う。俺様もよく分からないのだが……まぁ言ってしまえばギラティナの住処だろう」

見れば、彼女らの背後に世界が浮かび上がる。
上下逆さまとなった通路や家のような建物。
真横から吹き出る湧き水、真っ直ぐ歩いているつもりなのに壁を垂直になって立っているゼロットの構成員など。

そして、そんな空間を悠々と泳ぐように漂っているギラティナだ。

「存在して……いたのね。パラレルワールドが」

「パラレルワールドと断定出来た訳ではないが……少なくとも世界のバランスを保つためには必要となった世界だろうな。これは例の出現とは無関係ではないだろう」

「例の出現とは?」

「なぁ……?NSAのレディさんよぉ?俺様の質問に答える前にまず差し出すものと何か言わなきゃいけないものがあるんじゃないか?」

キーシュの脅しと共に、ルラ=アルバスを取り囲むようにゼロットの構成員が現れる。
その中には山背と石井の姿もあった。

「差し出すもの?言いたいこと?なんの事だか分からないわ?」

「面白い事を言うなぁ?この状況で貴様が無事で居られる保証はあるんだろうか?」

「さぁね?でも、あなたが何を言いたいのか……私には本当に分からないの」

嘘とも本音とも取れるその発言。
意識のこもっていなさそうな眼差しが更なる疑いの念を激しくさせる。
キーシュは舌打ちをして、

「分かった。ならばはっきりと言おう。貴様の持つ『予言者の回顧録』を渡せ」

「何でお前なんかが持っているんだ!何処で在り処を知りやがったんだ!」

囲んでいるうちの1人のバラバが叫ぶ。
今にも殴りかかりそうな勢いを、キーシュは腕を広げて遮った。

「バラバ……コイツはNSAだ。世界中の情報を持つ人間だ。"それくらい"知ろうと思えば容易いだろうよ?早く寄越せ」

「私が持っていると……確実に言えるのかしら?」

「惚けてやがるな?だったら見てみるか……?レーダーとやらを」

キーシュは身を返して道を作る。
彼の立っていた背後あたりに、世界を模した地図が浮かんだ。

「世界地図が何かかしら?この赤い斑点は……」

「残りの『予言者の回顧録』その位置だ。俺様がそのように設定した……。いいか?此処は元の世界と繋がった言わば"もう1つの世界"だ。いつでも、好きなタイミングで接続できる……。空間の情報を入力するだけでギラティナはすべて教えてくれるって訳だ。つまり、この世界に居るだけで俺様は世界中のあらゆる情報を手にする事が出来るって訳さ」

まるで自分たちの持つエシュロンと同じようなものだとルラ=アルバスは思った。
彼は『予言者の回顧録』というキーワードを空間の情報に付け加える事でこちらから監視、位置の特定をしていたということだ。

「その内のひとつ……。サラーラ中央スークにあった位置情報が消えた。奇しくも貴様が降り立って暫くして、だ。そして今、その反応は貴様を示している……」

自身で気付くことは出来なかったが、どうやら彼女の持つ回顧録が赤く示されているらしい。ギラティナを従わせているキーシュのみに見えるのか、それともギラティナのみが確認出来ているのか、それは分からない。

「さぁ、渡せ。それさえ言う通りにすれば元の世界に返してやるよ」

「……私の命を奪おうとは思わないのかしら?」

山背はこの時震えた。
敵の根城に居て、更にそんな彼らにいつ殺されてもおかしくない状況にある中で平静を保っていられている。
自分にはとても出来ない芸当だ。

「そんな事よりも優先度の高い事柄があるというだけだ……」

「果たしてそうかしら?私を此処で殺して奪う……正にあなたたちの先祖がやりそうな事じゃないの?」

「黙れっ!!お前の為に情けを……寛大であるだけだ!」

侮辱を受けて今にも飛びかかる気持ちを抑えてバラバは叫ぶ。
しかし、その内心は彼女と同様であった。

「組織と言うのは常に最新で無ければな……?いつまでも時代錯誤的であればついてくる人間も来なくなると言うわけさ。必要なのは敵に対しても抱く寛大な心さ」

「そんな敵を殺したくて堪らないんじゃないの?」

「そう思う奴も居る……この中にはな。だが、俺様は少し違う。そんな感情よりも先に思うものがある」

言いながらキーシュはチラリと、浮かび上がっている地図を横目に見た。
彼の意識が反映されてか、そこはひとつの国を指している。

「俺様にはやる事がある……。俺様だからこそやらなければならない事があるんだ」

「それと回顧録がどう関係するのかしら?」

「関係はない。俺様が小さい頃から抱いていた、自分自身に関するルーツ……。それが知りたいのさ。先祖がどう生き、今の俺様に行き着いたのか……。好奇心が抑えられない。だから俺様は今貴様が持つ書物を求めている訳だ」

「……そう?現状の根本たる原因である合衆国あたりが憎くて憎くて仕方がないって顔をしているわ?」

「もう黙れ!殺すっっ!!!」

1人の男がポケモンを、トリデプスをボールから取り出す。
現実世界で彼女をナンパした男、アスロンゲスだ。

「おいアスロンゲス……待て」

「待っていられるか!!どこまでも俺たちを馬鹿にしやがって!自分たちがどれほど世界に混乱を齎しているのか……自覚が無いようだなぁ!?それを、今っ!!お前の死体を手土産に知らしめてやる!!」

「お前が黙れアスロンゲス!何もするなと言っただろうが!?」

アスロンゲスは振り向いた。
普段の柔和で口ひげの似合う男の顔はそこには無かった。

それはまるで、自分にとって近しい人を殺した犯人に向かって放つような、殺意を持った目だ。

「……なぁ?お前は甘すぎるぞキーシュ……。何でお前は、そんなんでいられるんだ?回顧録がそこにあって、アメリカ帝国の人間がそこに居て、先祖も俺達も侮辱しやがって、あいつを殺した張本人が目の前に居るってのに……どうしてお前は平気でいられるんだ?」

「……やめろアスロンゲス。今その話はするな」

「お前が今此処に居る意味は?……理由は何だよ!?……死んだラケルに……報いる為じゃ、無いのかよ?」

1人の人物名が放たれた瞬間。
キーシュは強く目を瞑ったような残念そうな表情を見せる。

誰もが己の族長に意識が向いている。

ルラ=アルバスが視線を自身の足元に向けたとき、偶然にも現実世界の景色が映った水泡が浮いていた。
そこには、2人の仲間の顔がある。

ーーー

「おい!!ルラ=アルバス!聞こえているか!?おい!!」

高野洋平は叫ぶ。
無線越しに彼女に声を届けるためと、その場に居るであろう彼女に対してだ。

「言われた通りサラーラ中央スークとやらに着いたけど……何処にいるんだ?あいつは……」

「此処に居るとも限りませんよ。先程の連絡があったのがおよそ45分前です。既に連れ去られているのかも……」

言いながらレイジも首をやたらと振る。
だが、見えるのは多彩な露天のみだ。

「いや、連れ去られても位置情報くらいは残ってるだろうよ……?それが未だ無い事がおかしいんじゃないのか?」

「ルラ=アルバスさんからは……まだ連絡が来ないのでしょうか?」

レイジは無線機に手を当てた。
しかし、無意味な仕草でしかなく、何も変化は無い。

「ったく……捜査のプロが何やってんだか……」

高野は露天に置かれたショーケースを眺める。
中には壮麗な装飾品や宝石の類が並べられている。
そのショーケースに反射した自分の顔は息が乱れてとても慌ただしそうだ。

「ったく……本当に……、何やってんだよ……?」

高野は見逃さなかった。
鏡の代わりと化したショーケースが、内側から水面を発している事に。
そんな非現実的な現象を目の当たりにして注意深く訝しげに眺めていると、

「……えっ?うわ、うわっ!?」

その叫びにレイジが反応し、振り向く。
しかし、その時既に彼の姿は無くなっていた。

「えーっと……あのぉー……。ジェノサイド……さん?」

ただひたすらにレイジは困惑した。
ルラ=アルバスはおろか、高野洋平までもが忽然と姿を消したからだ。

そこには、バザールでの物音や人の声の騒がしいさましか残っていない。

何か途轍もなく恐ろしい現象に出くわしているのではないかと、そんな思いに駆られてしまう。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.486 )
日時: 2020/04/21 18:37
名前: ガオケレナ (ID: ZsN0i3fl)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


異変が起きてからは彼は驚きはしなかった。
既に非論理的な現象が発生しているものの、その片鱗さえ見てしまえば沸き立つ感情よりも目的意識が強く働く。

ショーケースに水面が発生したかと思うと、そこからなんと人間の腕が生えてきた。
と言うよりは、腕がぬっと迫って来たと表現する方が正しいのかもしれない。

それが高野を掴むと、その細い腕のどこから出ているんだと思いたくなるような予想外すぎる強い力で引っ張られた。

ショーケースの中の、鏡の内側へと。
吸い込まれるようにぐんぐんと突き進む。
しばらくすると、放り投げられたような感覚と共に反射的に目を瞑ってしまう。

すぐに目を覚ますと、高野洋平は辺り一色が闇に包まれた真夜中の世界に居た。

(こ、ここは……?)

キョロキョロと首を動かしてみるものの、手がかりとなるものは何も見つからない。

しかし。

「待て……!!アスロンゲス!」

「…………待っていられるか!!…………お前の死体を手土産に……!!」

「お前が黙れ!……何もするなと…………」

遠くの方で怒鳴り声が聴こえた。

「なんだ?喧嘩か……なにかか?」

高野はゆっくりと、穏やかな足取りで声のする方へ向かうつもりだったが、どこか聞き覚えのあるその声で意識はガラリと変わった。

キーシュの声だ。

間違いなく、彼の声がした。
それを捉えた瞬間、足がピタリと止まり、背筋が震える。

この時、彼はすべてを理解した。

自分が何処に居て、何をしようとしているのかを。

頭が、処理能力が追いついてきたからか、闇の世界は反転世界としての景色を突如として見せてくる。
今、彼の目には現実では有り得ない姿をした世界が繰り広げられているのだ。

高野は走る。
声のする方へ。敵のいる方へ。

100メートルほど走ると、彼等の姿が見えてきた。
そこで高野はゾロアークを使う。
イリュージョンを使って、自分の姿を少し変える。
ポケモン本体の姿は悟られないように一切を消しながら。

「……死んだラケルに報いるんじゃなかったのかよ!?」

「……やめろ、今その話はするな」

喧嘩はまだ続いているようだった。
だが心做しか、少し落ち着いているようにも感じる。

タンっ、と1歩踏み込む。
距離を大幅に詰め、キーシュに迫る。
彼らが自分の存在に気付いた時にはもう遅い。

既に頂点に差し掛かった高野は、その手に古い装飾を纏った剣を握って今、己らの族長を叩き切ろうとしたその時だったからだ。

「なっ……ジェノサイド……だとっ!?」

キーシュはその外見やイメージに反してひどく驚く顔を見せる。
高野は剣を振り下ろし、誰もがキーシュが死んだと思わせる。

だが、彼は死なない。
その剣はイリュージョンで見せた幻影であるからだ。
剣を持った高野も、斬られたキーシュもそれぞれ感触を感じない。そう思って一連の騒ぎは終わりを告げる。

だが高野もただのアホではない。
自分が何故此処に、何故突然腕が自分を掴んだのかその理由さえも知ったからだ。

つまり自分は不思議な現象に巻き込まれたのではなく、誰かに求められて今此処に居る。

姿を消していたゾロアークが高野の背から飛び出すと彼とルラ=アルバスを囲むようにして立っていたゼロットの仲間たちに向かって'ナイトバースト'を放つ。

アスロンゲスのトリデプス共々、彼らは吹き飛ばされ、散り散りとなった。

「どういう……つもりだ?ジェノサイド……」

「街を歩いていたらコイツの腕が急に出てきてな?鏡と繋がっているみたいだな?この世界は」

高野はすぐに此処がギラティナの住処だと察知した。
確かにそのポケモンが自由そうに好き勝手に飛んでいるというのもあるが、非現実的な世界とキーシュの声というキーワードだけで分かったのだ。

「……んで?寄って集ってルラ=アルバスを虐めていた訳か?なんの為?」

「貴様は呼んでいない。帰れ」

「今しがた声が聴こえたぞ?ラケルって誰だ?」

「……黙れと言っているだろうが!!」

彼の叫びと共に、キラキラとした物体が放たれた。
それは猛スピードで、一直線に高野とゾロアークへと迫る。

高野を庇うようにゾロアークが躍り出てはその光線を一手に引き受けると爆発した。

「ゾロアーク!?」

膝を折って跪く。
きあいのタスキのお陰で体力が残されたようだ。

「不意打ちとは卑怯だぞ?……お前が例のジェノサイドか」

何人かが吹き飛ばされ消えた暗闇。
そちらから、先程までキーシュと喧嘩していた男の声がする。

トリデプスを従えながら。

「今の技……'メタルバースト'か」

「バーストとバーストのぶつかり合いとか少し面白いな?場所が此処でなくて、しかもお前が邪魔をしなければ尚良かったよ!!」

アスロンゲスが高野に立ち塞がる。
それは、戦う意思を示していた。

高野は呆気に取られ気味のルラ=アルバスへ叫ぶ。

「お前……どうやって俺を連れてきたかは知らないが、出来る事なら今すぐ元の世界へ戻れ。どうせ今も、"持っている"んだろ?」

「ごめんなさい、向こうの世界の人をこちらに連れてくる方法は今のあなたのお陰で分かったのだけれど、戻る方法はちょっと……」

「だったら、とにかく走れ。コイツらから逃げろ。コイツ倒したらすぐにお前と合流するっ!!」

それを聞くと、ルラ=アルバスは一目散に逃げ出した。
キーシュは2人の会話を聞いてクスッと笑う。

「俺様から逃げられると思っているのか?」

「トリデプスと1体の神……。問題ねぇな」

「ほざいてろ雑魚が」

ギラティナがこちらへと向かってくる。
やはりと言うか、姿はよりドラゴンらしいオリジンフォルムだ。

その間に高野はゾロアークを他のポケモンと入れ替える。
流石にタスキで体力が1だけ残ったゾロアークがトリデプスに勝てるとは思えないからだ。
しかし、代わりに出したのはゴウカザル。
勝負はもう見えている。

「そのトリデプスはさっきの'ナイトバースト'で特性の'がんじょう'を失った!!……ならば、これを打つのみだ。'インファイト'!」

一気に駆け出したゴウカザルはその拳と脚で打撃を、乱打を放つ。
動きの遅いトリデプスはそれらを避けるまでのポテンシャルは持ち合わせていない。
岩と鋼タイプを持ったトリデプスにとって格闘技は4倍弱点。

最早勝負は決した。
次なるポケモンが来ることを予測しつつ、高野はキーシュが佇んでいた方へ見るも、

「……居ない?」

薄々気配が無くなった事を察してはいたものの、やはりと言うか彼の姿は無くなっていた。

ルラ=アルバスはひたすらに走るも、とにかく混乱の連続だった。
まともに動けない。

壁だと思っていたものが道だったり、重力が弱いせいで予想以上に跳ねたり、突然足場が無くなって落下したりするのだ。

「あぁもう!何が何だか分からないわねこの世界は!」

「当然だ。元ある世界が正常であり続ける為の世界なんだからなぁ?」

そんな、四苦八苦する彼女の目の前に突如キーシュが現れる。
背後にギラティナを従えて。

「ど、どうして!?あれからかなり走ったはずよ?」

「あのなぁ……俺様がどれほど長くこの世界に居たと思う?景色はその都度違うが一定の規則性があるし、それに何よりギラティナの力で瞬間的に移動することも容易い」

キーシュは片手を差し伸べる。
まるで、転んだ自分を助けるかのように。

「回顧録を寄越せ。そうすれば、貴様とジェノサイドの命は助けてやる」

「ジェノサイドも?貴方にとって、彼は敵のはずよ」

「深部としての、な。だが俺様の最優先はジェノサイドの殺害なんかじゃねぇ……。本来奴はこの件に何の関係も無いんだからな?貴様らが連れてきただけだしな。さっさと差し出せ」

キーシュは掌を見せた方の手を執拗に振る。
催促のつもりだ。

ルラ=アルバスは服の内側から巻物を掴んでは少しだけ取り出す仕草を見せる。
それをしながら、言った。

「確かに私たちは、システムを使ってあなた達の会話、通話、電子上のやり取りを見聞きしてここまで辿り着いたわ。……でも変ね?"ラケル"という単語は初めて聞いたわ?」

「だから余計な事を言うなとあれほど……。目的に表と裏があったとしても何らおかしな事は無いだろう?イラク戦争なんて正にそれじゃないか?」

「私たちは、貴方方がそんな戦争紛いな事をしようとしている事に危機感を抱いているの。反米的な思想を持った人々を集めて組織を作ってギラティナの力を振るう。それが貴方の最終的な野望にしてゼロットと言うテロ組織の目的だと。諜報員の記録にはそうあるわよ」

「じゃあ今ココではっきりと言ってやろう。俺様の野望はそんな非現実的でつまらないものじゃない。そうでないのなら、貴様らが危機感を募らせる理由にもならない。さっさと本国に帰れ」

「その野望とは?交換条件としてそれを言いさえすればコレをあげるわ」

ルラ=アルバスは今後こそ、バザールで手に入れた巻物を衣服から取り出す。
完全にその手に握られていた。

キーシュは覚悟を決めたような顔をすると1回だけフフっと軽く笑った。

「ラケルは……アレッポに住んでいた」

「何ですって?」

「俺様の目的さ。コイツの力を使って、今現在、シリアで繰り広げられている騒乱を終わらせる。それが俺様たち……ゼロットの真の目的だ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.487 )
日時: 2020/04/24 14:16
名前: ガオケレナ (ID: B0dMG1jJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


予言者の回顧録

サラーラに到着して3日が経とうとしていた。
私は、今何処に居るのかが相変わらず分からない。
その内、もう1つの不安にも悩んだ。

『ムフタールよ、よいだろうか?』

『なんだ?友よ』

『私が初めに砂漠で迷っていた時の話だ。駱駝乗りが私に教えてくれた。"ここには何も無いからシバールへ向かえ"と。シバールにアアドに深い関わりのある何かがあると思った。そこで問いたい。私たちは何処へ向かっているのだろうか?』

『そんなの決まっている。アアドの民が生きていた港の街……サラーラだ』

『……それは今居る場所ではないのか?』

私は嫌な予感がした。
もしかしたら、私が1人で砂漠で彷徨っていた時のように、人が1人増えた状態で同じ状況に陥っているのではないかと。

『私はその駱駝乗りではないし、その駱駝乗りを知らない。なので何とも言えないが、シバールという街は存在しない。私ですらも聞いたことが無い』

ムフタールはそのように言ったのを今でも覚えている。
その時だけ体に神の雷光が走ったような感覚だったからだ。

『どういう事だ?』

『シバームという街ならば有ると言いたいのだ。駱駝乗りがシバールと言い間違えたか、お前が聞き間違えたかのどちらかだ』

『そ、それならば……!!今すぐそこへ寄ってくれ!私は何としてもアアドの民に会わなければならない』

私は必死に懇願した。
しかし。

『それは出来ない。シバームはお前と私が出会った街、アル・ムカッラーの近くだ。こことは真逆なのだ』

『それをどうして早く言わなかったのだ!?私たちは一体何処へ向かおうとしているのか!』

私は怒りに満ちた。
途轍もない裏切りに遭ったような気分だったからだ。

『シスルだ』

『何だって……?』

『シスルに、お前の求めているものがある。シスルの居場所は私が知っている。どうかここは落ち着いてついて来て欲しい』

シスル。当然ながら聞いたことが無い土地の名前だった。
一体何が待ち受けているのだろうか。

大いなる恐怖に包まれながら、私は馬の走る音をただ聞くのみだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.488 )
日時: 2020/04/24 15:14
名前: ガオケレナ (ID: B0dMG1jJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


第五の道、古を刻む針

『これが……お前が過ごした地か』

『違う……。逃げて来ただけさ』

2015年2月。

レバノン、ベイルート。

キーシュはその光景を、特に魅入ることも無いと言いたそうな目を放って仲間と共に歩いていた。
仲間の名はバラバ。彼が日本を一旦離れて初めて会った男だ。

2人の歩く通りには白いテントがびっしりと、正に埋め尽くさんばかりに立てられていた。
正確にはそこは"通り"ではなかった。

戦争や内戦、テロから逃れて来た難民のテント。
即ちそれは、

『難民キャンプ……ねぇ。此処まで連れて来てお前は何がしたい?何を見せたかったんだ?』

『すまん、そういう訳じゃ……。ただ、その……此処に来るのも最後になるかなと思って』

『最後?どういう事だ?』

『"ジャポン"に戻るんだろう?』

『ジャポン……?あぁ、日本か』

キーシュは少し惑った。
ここで知り合った仲間を日本に連れたとして、そこから先は何をすべきなのかを。

彼には目標が無かった。
2ヶ月前にジェノサイドという組織と争ってから、世界から置いてかれたように感じられたのだ。

ジェノサイドという組織はある日突然この世から消失した。
自分と戦った事が遠因らしいのだが、最早負けた身としてはどうでもいい事だった。
少なくとも、100%客観的に判断して負けたという記録ではなかったが深部という狭いコミュニティでは噂は瞬く間に広がるだろう。

ゼロットはジェノサイドに負けたと。
それも、"Sランク同士の戦い"という前例の無い話題ともなれば尚更だ。

『日本に行っても何も無いさ』

『何も?何を言っているんだお前は。日本なんて平和で安全で、自由な国じゃないか。こんなに素晴らしい国が他にあるのか?』

意外だった。
海の向こうの人間の見る日本がそのように見えたとは。
確かに、食べ物だけでなく飲水には困らず、政府への不満や文句を言ったところで命の危機に及ぶ事がない点を見れば平和かもしれない。
それは深部組織として見ても同じだ。

『俺にとってはつまらないね。日本に戻るくらいならば、俺は人類のルーツを探ってそこでひっそりと暮らしたいね』

『何を言っているんだお前は……』

顎髭が少し生えた自分よりも歳上にも見えそうな男はそのように呆れてみせる。

互いが互いの気持ちの理解が出来ないのだ。

そして、キーシュはバラバには話していない事があった。
自分が古代のアラブ民族アードの民の末裔の可能性があると。
だが、ここで話せばバカにされるのが目に見える。
それに、"かもしれない"のだ。確定でない。

その悲惨な光景に気が沈み続けてウンザリした頃。
キーシュはいつまでここに居るのかと文句を、第一声を発した頃だ。

入口の空いたテントから啜り泣く声が聞こえた。
それは、小さな女の子の声のようだった。

『オイ……どういう事だ?ここでは小さい子供すらも放置ってか?』

キーシュとバラバはそのテントの前で立ち止まる。
その中では、小汚い女の子が1人でただ泣いていた。

『あぁ、またか……。この子は父親と一緒に来たんだが、父親が出稼ぎだとか何とかで子供を置いていくんだよ』

『おい、ガキ……。どうした?腹でも減ったか?』

それは彼から見てただの背景でしかなかった。
そのはずなのに、特別気に触ったのだ。
彼女が気になってしょうがない。
気付けば彼は屈んで話し掛けていた。

女の子はキーシュの言葉に首を横に何度も振る。

『じゃあどうした?具合でも悪いか』

女の子はまたしても同様の反応を示す。

『じゃあ何なんだ……。その泣き声は気分悪くなるから静かにして……
『おうちに……かえりたい』

『何だと?』

『お家に……アレッポに帰りたい』

キーシュは理解した。
その女の子が何故此処に居るのかを。何処から来たのかを。

『お前も……難民か。シリアの騒乱の』

すべては、ここから始まった。

今日こんにちまで続く数奇な運命を辿ることとなるキーシュ・ベン=シャッダードの、"ラケル"と名乗った少女との奇妙な出会いによって。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.489 )
日時: 2020/04/29 16:34
名前: ガオケレナ (ID: g41dHign)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『よう。腹減ってんだろ?食えよ』

まさに早速といった行動だった。
本来であれば行きたくもなければ、眺めることさえも嫌になるはずの難民キャンプではあったのだが、どういう訳かキーシュは再びこの地を訪れた。

そこで1つのテントの前でしゃがむ。
ラケルと名乗った女の子が1人、そこに居たのだ。

『少し離れた所にナンを焼いている屋台を見つけてきた。味が無い訳ではないが何も食わないよりはいいだろう?ほら、食べろよ』

キーシュはそう言ってビニール袋から1枚のパン生地を女の子に手渡した。
お世辞には綺麗とは言えない手だった。

ラケルはゆっくりと食べ始める。
程よい焼き加減で上手くついた焦げ目がパリッとした食感を生む。
竈で焼いていたからか、風味も合わさって生地はしっとりでさっぱりとした味だ。

『おいしい。ありがとう』

『……なぁ、オマエはここで何やってんだ?』

終始無表情というのもどこか目につくものがある。
キーシュは真っ白なトガを着ているにも関わらず気にもせずに、しゃがむのを止めて膝を曲げて座り始めた。ナンを食べながら。

『昨日見た時もそうだったが、ずっとそこに居たよな?何もしてないのか?』

『お父さんが此処から出るなって言うから……』

『そのお父さんとやらはこっちに戻って来たか?』

ラケルは首を横に振る。
キーシュはこの時、言い方を間違えたのかと思った。
彼女の父親が来なかったのは昨日に限った話だったのか、それとも、無いとは思うがこれまでに1度も来ることは無かったのか。キーシュは前者の事だと思ってラケルは首を振った。そのように勝手に解釈した。

だが、迷いが生まれた以上答えははっきりと出したくなるものだ。
再度尋ねた。

『それは昨日1日だけの話か?それとも今までずっと?』

『ずっと。1度もお父さんは来てくれない』

まさにため息の出る思いだった。
内戦中でありながら、子を1人難民キャンプに置いて自分は1人勝手な行動をしている。

いや、もしかしたらという可能性も脳裏に過ぎった。

『お父さんに会いたいか?』

キーシュの問いにラケルは静かに頷いた。

『お父さんにもお母さんにも……お婆ちゃんにも弟にも会いたい』

『家族は何処にいる?それもアレッポか?』

『うん……。アレッポに、皆いる……』

『おーい、キーシュ?此処に居たのかー?お前は』

そんな時だった。
自身が目立つ格好をしていたお陰で遠くからでも仲間がその存在に気付き、こちらへと走って来た。
バラバが、男を1人連れて来ている。

『よう、バラバか。……そいつは?』

『紹介するよ。メナヘムという。考古学と古代史に造詣が深いんだと。メナヘム、彼が仲間のキーシュだ』

『宜しく、キーシュ』

そう言ってメナヘムは手を差し出してきた。
北方の血を継いでいるからなのだろう。
その肌は白かった。

『あぁ。宜しく』

キーシュはまだナンが何枚か入った袋を地面に置くと立ち上がり、握手を交わす。

『お前の言われた通り……考古学に詳しい人を連れて来たが、一体何をするつもりなんだ?』

『丁度いい。たった今出発しようか考えていた所だったんだ。一旦行ってみるとしようぜ』

『ど、どこに?』

バラバが言う。
場所を明かさない以上そのように質問するのは当たり前だった。

『アレッポだ。此処にいる4人で……今すぐ行こうぜ』

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.490 )
日時: 2020/05/15 17:57
名前: ガオケレナ (ID: lEZDMB7y)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12355


4人はすぐに行動を始めた。
しかし、言葉通りすぐに国境を越えてシリアに向かった訳ではなかった。

『お前は一体何を考えているんだ……』

ため息をつきながらバラバは2人を見つめた。
その相手とは当然、キーシュとラケルである。

3人は今、少し広々とした立派な家にいた。
と、言うのもこれは誰の持ち主のものでもない。
バラバが暫くレバノンで滞在するために、金持ちから借りた建物だったのだ。
しかも、此処は持ち主曰く別荘とのことだ。

『だから言ったじゃねぇか。これからアレッポへ向かうと』

『見知らぬ少女を連れ回してか?なんて言い訳するつもりだよ?』

バラバはウンザリしているようだった。
その表情からも、声色からも感じ取れるほどに。

『別に。そん時はそん時だ』

『お前なぁ……』

バラバはキーシュの動かす手を眺める。
バスタオルを手に、ラケルを包むかの如く彼女の髪をわしゃわしゃと掻き乱すように拭いている。
土気色をしたその顔は既に血の巡った真っ白な顔色へと様変わりしていた。
彼女にとっても久々のお風呂だったのだろうか。
気分も良さげでとても喜ばしい笑みを振り撒いている。

『……大体よぉ、お前さっきメナヘムに話したアレ。何なんだよ?アード人の末裔って……』

『まぁ、な。本当はあまり話したくはなかったが……俺はどうやら古代アラブ民族、アードの民の子孫らしい』

『"らしい"って……。本当のところは分からないんだよな?』

『当たり前だ。小さい頃、顔も覚えていない母親にしつこく言われてただけだからな。その母親が日本人なのかそうでないのか……それすらも分からなかったがな』

さてと、と言いながらキーシュは言うとタオルを動かす手を止めて立ち上がる。
反射的にラケルも不思議そうに見上げた。

『俺にはよく分からねぇ……。本当に自分がアードの民なのか。仮に嘘ならば何故アードの民という単語を使ったのか。その為に専門家の話も聞きたかったんだ』

『俺にはその子を連れ出す名目にしか聞こえねーけどな』

バラバも背を向けた。
彼も彼で買い出しに行く途中だったのを思い出したからだ。

『頼むから変な事だけはするなよな。此処は暫くの間俺の名前で借りている家なんだからな?』

『する訳ねーだろアホか』

パタンと言う音を最後に、部屋は静まりかえった。
キーシュはタオルを片付けた後、ポケモンの育成の為にゲームの起動を始めた。

ゼロットという組織は死んだかどうかも怪しいところではあるが、戦力は多く持っておいて損は無い。
やれる時にやれる事をやるのみだ。

暫く3DSをいじっていると、部屋から完全に音が消える。
気になったキーシュは向かいのソファに目だけを動かして確認した。
広いリビングには自身が座っている1人がけの椅子と、人ひとりが寝るには十分なソファが備え付けられている。
そこに、ラケルは寝ていた。

『ったく……少し歩けば寝室だろーが……』

リビングの端には溝がある。
引き戸の仕切りのためのそれだ。

その先には2人ほどであればギリギリ寝そべる事が出来る大きめのベッドがあった。
これも持ち主のものなのだろうか。その辺はバラバしか知らない。

しかし、余計な事は考えずにキーシュはラケルを抱きかかえるとベッドまで運び、起こさないようにゆっくりと降ろした。
シーツの肌触りがとても柔らかい。どうやら絹で出来ているようだ。

布にくるまった彼女は穏やかな寝息を立てながら相も変わらず寝続ける。
妙に目に付いたキーシュはその隣で肘を立て、その手で自身の頭を支えた横向きな、まるで側臥位のような姿勢で横になりながら眺めた。

こうして見ると外国の子とはいえ、普通な、平和な世界で生きる可愛らしい子供そのものだ。
見た目的に11歳から13歳くらいのように見える。

本来であれば学校に通い、生きるのに必要な事や自分の好きな事を学び、友達や家族と同じ刻を過ごし、巡り会えたのならば、好きな異性の人と淡い青春を過ごす。

そんな事が出来たのだろう。

しかし、彼女は難民である。
その事実を再認識した時、キーシュの中にもある種の感情が渦巻いてきたのを感じる。

幸せそうな寝顔を見つめていた時、家の扉の鍵を開けようとする音がしたのでキーシュは慌てて飛び起きた。

『やぁ。遅くなってすまないね』

声の主はメナヘムだった。
数冊の書物を持って此処に来た次第のようだ。

『君の話を聞く内に調べ物が増えてしまってね。先程解散してから時間が経ってしまった。すまない』

『いや、こちらこそ。助かる』

『ところで、連れて来た女の子は?』

メナヘムはさほど重要でない事柄を思い出したかのような顔をしてそんなことを尋ねる。
キーシュは無言で寝室の方向を指した。

『君は自身をアードの子孫だと言っていたが……正直情報が足らなすぎる。だから証明のしようがないね』

『俺の出自についての話か?』

『いや、両方だ。君の家系の話とアードそのものについての記録。この2つの大部分が欠けているせいで上手く調べる事が出来ない。そこで、別のアプローチを見出そうと思ってね』

そう言ってメナヘムはコーランを取り出してはその場でページを捲り始めた。

『その昔、アードの同胞はアード族に対し警告を放ったらしい。その警告を無視したアード族は暴風によって一夜にして滅んだ』

『……それは史実じゃないだろ?開いている書物は何なんだ』

『まぁ待て。アードについて調べるとまず此処に突き当たる。そこでだ。この、警告を放ったアードの同胞とやらについて調べてみよう。彼には名前がある。その名も、預言者フードだ』

『預言者フードだと?それもコーラン限定の話か?』

『どちらかと言うと旧約聖書の登場人物エベルだな。だが、確定ではないにせよ、どうやらこのフードらしき人物が書き残した書物が存在しているらしいのさ』

『その書物は?お前が持っているものか?』

『いいや、古すぎて持っていないな。だが、ここで可能性が生まれるだろう?預言者フードを追うことで君の"それ"が真実に近付くのかもしれない』

アードの民そのものを追うのではなく、近しい人物から探りを入れる。
尚更気が遠くなるが、面白い試みではあった。

『どうやらこれから我々はアレッポに行くらしいな?』

『あぁ。コイツを……家族を会わせる為にな』

『ならば早く行くに越したことはないな。早い内に行かないと。今向こうは不謹慎な話、美術館や博物館も狙われる可能性があってな。奴らに貴重な資料が奪われる前に手に入れないといけない』

シリアに、しかもアレッポにあるとは限らないが。と最後にメナヘムは付け加える。
だとしてもキーシュにとっても無関係ではない。

その決断に、迷いは無かった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.491 )
日時: 2020/05/23 16:48
名前: ガオケレナ (ID: QXFjKdBF)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


日本の暦では3月を越えた頃であるようだ。
その証拠に、彼の持つスマホの日付は現地のイスラム教徒が使う暦と大分違う。

4人は現地人などの伝手を使って国境を越える事が出来た。
シリアの首都、ダマスカス。

そこに彼らは居た。

『この国で1番発展している地域とはいえ、油断はするなよ。いつ空爆が起きてもおかしくないからな?』

『とはいえ、政府が支配できている地域だからな』

メナヘムが語り、バラバが言い終えた直後。
遠くから砲声が響いた。

明らかに着弾した音だった。

『……なぁ、俺たちは呑気に出歩いている場合じゃないだろうよ?』

『分かっている。とにかく今は身を隠せる場所を探す』

出歩いている人はほとんど居なかった。
居たとしても物資を運んでいる救援隊か、銃を持ってうろついている物騒な兵士、そして怪我人を運ぶ現地民だ。

街はまだ全体的には綺麗ではあるが、それでも崩れた建物や瓦礫やガラス、石礫が散乱しており不穏な空気はどうしても隠し切れていない。

現に近郊地区は破壊尽くされている。
先程の爆発音もそちらに向かって放たれたものだろう。

『お前たち!!何をやっているんだ!さっさと避難しろ!!』

救護にあたっている現地人が現地の言語で怒鳴る。
このような状況では必ず言われる文言だ。

『な、なぁ。この近くで大きな図書館とかあるか?』

しかし、キーシュは危険というものを顧みず、さらりとそんなことを言ってのけてしまう。
そんな彼の言動に仲間2人はポカンと口を開けて固まるのは無理もないことだった。

『お、お前さ……何を言っているのか分かっているのか?』

『勉強熱心なのは分かるが、状況見ようぜ?』

ダマスカス市内の瓦礫を見つめたバラバとメナヘムは命の危機を悟り、救護に走る住民と同じ意見を放つ。
唯一キーシュと手を繋いでいるラケルが彼らの顔を見ようとじーっと見上げていた。

『まさかここまでとはな……』

メナヘムが歯軋りをする。

『去年あたりから戦闘が激しくなったとは聞いていたが……それでも此処は安全だと思っていた。その点に関してはキーシュ。君とは同じような考えを持っていたと思う』

名前を呼ばれたキーシュは若干足を弛めながら彼の方を向く。
よそ見をしてしまうのは、それまで平和な世界で生きていた名残のせいだろうか。

『だが駄目だ。此処では……この国での調査は出来ない』

『俺もそう思ったんだがなぁ……。第一、アードとシリアに何の関係があるんだよ?』

2人の意見に、初歩的な知識しか持ち合わせていないキーシュは唸りはするも黙ってしまう。

そもそもな話、バラバとメナヘムに関してはアードの民とは何の関係も無い。
つまり、命を張ってでも探る必要性もメリットも何も無いのだ。

『分かった。今日は避難所に潜り込む。それでいいだろ?』

バラバは、そうじゃないと言いたくなるような気持ちを抑えて足を速めた。
本音を言えないのには理由があった。

手を引っ張られたラケルがあまりにも、無垢な表情をしていたからだ。

ーーー

それから3ヶ月が経った。

彼らは自分の身を守る為に身を隠す場所を何度も変えながら無事で居続けた。

と、言うのも、度重なる轟音に徐々に恐怖を覚えたからだ。

ある時は多数の現地民と共に過ごす避難所へ、またある時は病院に、更には人気の無い廃屋、体制派の武装集団の潜伏先、逆に反体制派の基地など、状況を見ながら徐々にアレッポに向かって北進して行った。

すぐ隣の建物に爆弾が落ちた事もあった。
病院に避難していた時は別の病院が反体制派によって爆撃されたとの報せを受けた事もあった。
武装集団の世話になった時にはポケモンが重宝された事もあった。
その過程で仲間になると名乗り出た人にも出会った。

そのようにして様々な世界を、色を、地獄を見てきた"ゼロット"の面々は。

『なんだこれは……』

『見ない方がいい』

更なる地獄を、現実を突きつけられる。

武装組織の操るピックアップトラックに揺られながら、キーシュの問いに対して、既に仲間となった兵士の1人がただそれだけを言う。

路肩には長く伸びたシートが広げられている。
それも、一定の間隔を挟みながら。
何を包んでいるのか、そこに居る誰もが察していた。

『近くに……学校があったんだ。当然、体制派だとか反体制とかは関係無い』

『誰の仕業だ?』

『ダーイシュか、誤爆のどちらかだ』

『ダーイシュ……、だと?』

何もかもが消えて無くなった中を、列を為した複数の車が無情にも走り去ってゆく。

『ところで……キーシュと言ったか?』

兵士の装備をしている、テウダと名乗った青年が話題を変えようと彼の名を呼んだ。

『アンタ、不思議な力持ってんだな。ポケモン……だっけか?此処に来るまでに一体何をしてたんだい?』

『何をって言われてもな……』

キーシュははっきりと言えずにいる。
確かに自分はこれまでに血で血を洗う戦いを日本という一見平和な国で繰り広げてきた。

だが、それでも戦いと呼ぶには甘さや弱さ、優しが垣間見えていた世界に思えて仕方がない。

深部などという世界は、この国の惨状と比べてしまえば温くて優しい。
地獄と評するには奇妙なことに、居心地が良いとしか思えなくなってしまったのだ。

それを今になって言えるはずもない。

苦そうな顔で黙っているとテウダも察したようで、簡単に謝るとその会話は途切れた。

『アレッポはそろそろか?』

『あ、あぁ……。今日中には着くさ』

『そうか。ありがとな。正直助かったよ』

体制派の部隊の1人、ヒゼキヤと名乗る男性ドライバーが前方と空を注意深く見つつキーシュに対して答える。
バックミラー越しに彼が小さい女の子の頭を撫でる様子も確認出来た。

『その子は……娘か妹かい?』

『着いたら話すさ。行き先にも関係する事だからな』

先頭を走る車の窓から、新たな街の影が見えてきた。

アレッポは近い。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.492 )
日時: 2020/06/04 17:20
名前: ガオケレナ (ID: P0kgWRHd)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『なんだ……これは』

その光景に、思わず絶句した。

『これが、今のアレッポだ』

声を震わせたキーシュの隣から、ヒゼキヤが疲れ切ったような声で呟く。

そこに、最早文化の街は存在していなかった。
辺り一帯は破壊し尽くされ、瓦礫と廃墟の山へと様変わりしていた。
騒乱前のアレッポを知る者が見たら言葉を失い、悲しみに打ち拉ぐのは当然といえば当然だった。

『な、なぁ……ラケル。此処に本当にお前の家族がいるのか?』

『……うん。きっと、ここにいるよ……?』

これまでまともな会話を交わさなかったキーシュとラケルだったが、ある程度共に過したお陰でそれなりな言葉を交わすようにはなった。
キーシュはまず、きちんと言葉を話せる事に安堵したものだった。

『そうか……。じゃあ、探すしかねぇよな』

『キーシュ、ちょっといいか』

横からメナヘムが口を挟む。

『悪いが此処での調査は無理だ。ダマスカス以上に酷い有様だ……。この様子だと生き延びるのも難しそうだ』

『なんとかならないのか?脅威に対しては俺のポケモンで防げるだろ』

『そっちじゃない。"生き延びる"のが難しいんだ。見たところ飲み水すらまともに無さそうだ』

崩れた建物の脇で溜まった泥水を見つめる。
販売業者の存在も無ければ、救援物資も満足に行き渡っているとはとても言えなかった。

『クッソが……。じゃあどうしろって……』

『キーシュ、お前はパルミラへ行け。そこの考古学者を頼るんだ。アードとは必ずしも密接とは言えなさそうだが……それでも現状を考えたらマシだと思う』

『パルミラだと?ここからまた随分と離れるじゃないか?』

『だが、行かないよりはいい!今回の事は……此処での調査は止めてそこへ行くべきだ』

『じゃあコイツはどうすんだよ!!』

キーシュは少し怒鳴りなからラケルを指す。
普段見せない荒んだ勢いに、少し戸惑っている様子だ。

『それは……お前が勝手に……』

『コイツが可哀想だと思わないのか?他人の子だから放っておけってか?お前は救いの手を差し出そうって気にはならないのか?』

『だが……っ!自分の命を賭けてまでする事じゃねぇ!世界中には彼女のような子供は沢山いるんだ。彼女だけが特別扱いされる訳にはいかないんだよ』

『じゃあ見捨てろってかぁ?救われぬ存在だからここでおサラバするって事か。言ってる事がアサドと変わんねぇな』

『もうやめろ2人とも!何も今この場で話す事じゃねぇだろ!!』

耳を塞ぎたくなるようなやり取りに、とうとう我慢出来なくなったヒゼキヤが間に入って遮る。

『お前たち2人の言い分はよく分かる。だがお前らよく考えろ……。俺たちは、無力だ。だから、最低限のやれる事をやるしかない』

『無力だと分かっててお前は武器を手に取ったって事か?随分と半端なんだな』

『最初は俺自身が立ち上がるしかないと思っていたよ。だが……お前のポケモンの存在を見て、自分の実力がちっぽけに見えてしまって……』

皮肉にも、1人の戦士の気を削がせたのはキーシュ本人であった、という訳だ。
しかし、現実問題としてポケモンが居なければ今この場に生きていなかった場面は少なからずあった。
なので、キーシュはそれに対し申し訳なさそうな感情を抱く事はない。

そんな時だった。

『アム!アムハサン!!』

ラケルが突然叫んでは、通りを歩いていた男の元へ駆け寄った。

『なんだ?父親か?』

『いや、違う……。今彼女は"おじさん"と呼んだ……』

その男は、自分たちよりかは幾分か歳上に見えた。
本来であれば家庭を持っていてもおかしくない。見た目だけでの判断ではあるが。

キーシュはそれまでの口論がまるで無かったのかの如くピッタリと止めると、ゆっくりと2人の元へ近寄る。

2人は今、感動の再会のように強く抱きしめ合っていた。

『おい……お前ら、知り合いか』

口ひげを生やした愛想の良さそうな男性はその一言に肩を震わせる。
純白なトガに身を包んだというあまり見られない格好も相まって驚くのも無理はないのだろう。

『あ、あんたは……?』

『いいから質問に答えろ。お前はこの娘の何だ?親か?』

『待て、違う!……僕はそんなんじゃ、ただ……この娘の親戚みたいなものだ』

そう言っては少し考え、ハッとしたような表情を見せると、

『まさか……アンタなのか?ラケルをここまで連れて来たのは……。僕は風の噂で外国の難民キャンプに連れて行かれたと聞いていたが……』

『そうかそうか。ならば丁度いいな。少しお話をしようじゃないか?』

本名はハサン。
ゼロット所属後は自らを"アスロンゲス"と名乗った男との遭遇はこの日果たされたのだった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.493 )
日時: 2020/06/08 19:01
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『この娘の父親には会えない。諦めてくれ』

アレッポにて出会ったハサンと名乗った男性からの一言は、親戚という彼の肩書きのせいで絶望するには十分すぎた。

キーシュのポケモンと共に遊ぶ彼らを横目に、彼は舌打ちを軽くする。

『……それは何故だ?まさかもうこの世には居ないとかか?』

『いや、実の所彼は生きている。だが、もう会えないんだ』

ハサンは少しばかり俯きながら答えた。
そんな雰囲気から、どうしてもラケルの父親が騒乱絡みで酷い目に遭っているというイメージが脳裏を過ぎった。

しかし、

『彼は……シモンは反政府組織の人間なんだ……。何処に居るのかも分からないし今も何処かで戦闘行為を行っている』

ハサンから語られた真実。
それは、たった1人の少女を実の父親に合わせることすらも実現できないという事実だった。

しかし、予想に反してキーシュの心は晴れた。
と、言うのも彼はラケルの父親が死亡、若しくはその間際に居るものだとばかり思っていたからだ。

『なんだ、その程度かよ?ならまだ会えんだろ?』

『な、何を言っているんだ君は!?シモンが何処に居るのかすら分からないんだ。彼は……彼らは組織丸ごとゲリラを展開してこの戦争を引っ掻き回している!彼に会うことすらも危険極まりないんだよ!?』

『俺は似たような危険な目とやらに、ここまで来るのに何度か遭ってみたが?』

言いながらハサンに対し、視線で何かを追わせる。
不思議そうにそれに応じたハサンが見たのは、彼の持つボーマンダだった。

『なぁお前……。"ポケモン"って知ってっか?』

そんなボーマンダは現地の子供たちや、これまでキーシュについて来た仲間たちとじゃれあっていた。

ーーー

『やぁキーシュ。元気そうだね?』

『ヒゼキヤか。お前こそ大丈夫か?飯は食えているんだろうな?』

アレッポに着いてから数週間。
キーシュらはこの地で半ば無理矢理に生活圏を確保していた。

彼のポケモンを利用して物資の輸送と入手を試みながら。

『そんな事気にするなよ。飯は仲間と子供に食わせてやりぁそれでいい』

『その通りだな』

相変わらず子供たちはキーシュのポケモンと共に遊んではいるが変わった景色がひとつ。

ポケモンが異様に増えた事だ。

と、言うのもキーシュはサブROMを含めた、ゲームカセットを複数所持している。
その理由は個人の厳選という目的もあるが、仲間たちに戦力を配布するという面も持ち合わせていたのだ。

『まさかコイツらにポケモンを与えて訓練するとはなぁ。これで俺たちも強くなれるな!』

『かと言ってコレだけでこの争いが終わるとは思えねぇけどな』

ヒゼキヤが動かす武装組織の面々が特に顕著だった。
彼らがこの中で一番ポケモンを駆使している。

『トラックを持っておきながら一番食料を運んでいるのがポケモンとはな……つくづく無力さを感じるよ』

『お前も運べや。街幾つか越えてけっての』

『その街を越えるのが如何に大変かって事なんだがなぁ……』

そんな会話をしている間に、格闘タイプを主としたポケモンの集団が大きな荷物を抱えながら街へと入ってくる。
中には生活に必要な物品が含まれていた。

『なぁ、ところでお前はこれからどうするんだ?話ではアレッポに着いたら俺らとはお別れだって……』

『その約束だったが忘れてくれ。俺は暫く此処に留まるしお前たちにポケモンを貸し与える。その方がお前らもやり易いだろ』

ヒゼキヤとその連中は戦力を手にした事でかなり大雑把に言うとアレッポを支配下に置いたことになる。
彼等がどう思っているかはキーシュには分からないし理解もしないつもりだが、この領域がISに奪われていないだけでもまだマシに思えたのだ。

『だが、お前は?此処に来る目的があったんだろう?その目的ってのは俺たちに訓練をさせるつもりかい?』

『それは付加価値のつもりだったんだがなぁ。ハサンからの新しい情報も無いしそれまでは此処で佇んでいる事しか』

『ところで、お前とあの女の子の関係って何なんだい?兄妹?』

『何の関係もない。たまたまレバノンの難民キャンプで出会っただけだ。ソイツがアレッポ出身だって言うから連れて来た。それだけだ』

キーシュはありのままの事実を伝えた。
つもりだったが、それを聞くとヒゼキヤは低く笑う。

『それは……彼女をそこに留まらせた方が安全だったのでは?』

『そう思ったが……いつまでも帰ってこない親を知らない土地で待つのと、知ってる街で親を探すのとどっちが良いかって話だろ』

『どっちもかなり危ないと思うが……』

ヒゼキヤは引き気味になりつつ恐れた。
見ず知らずの子供の為に勝手気ままにこんな事をしでかす彼そのものに。

同時に惹かれてもいた。

その気の強さは何処から沸くのかと。

『悪いなキーシュ。待たせた』

そして彼がこの日不用心さながらに外を歩いていたのには理由があった。

彼の仲間がまた1人、街へと入って来る。

『こちらこそ悪かったな。大した護衛も無しに御遣い頼んじまってよ』

今日はパルミラへと赴いたメナヘムが帰ってくる日でもあったのだ。

『大きな情報を持ち帰ってくる事は出来なかったが……とりあえず知り得たものをお前に伝えようと思う』

『頼むわ。是非聞かせてくれ』

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.494 )
日時: 2020/06/08 19:44
名前: ガオケレナ (ID: 0vtjcWjJ)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


『アードの民だと?私は忙しいんだ。帰ってくれ』

『私の仲間が必死に自身のルーツを探っているんだ!それも、命を懸けてだ。そのヒントが知りたい。その為ならば私はあなたの活動の手助けをするよ』

キーシュたち一行がアレッポに着いてすぐの事。
メナヘムが取った行動は単身パルミラに飛んでアードに関する情報を手に入れようとしていた。

話に聞いた通り、その遺跡には現地の考古学者が石像の移送を行っている。

『今の情勢を理解しているんだろうね?いつこのパルミラがダーイシュに狙われてもおかしくないんだ。私はそれこそ命を懸けているんだがな』

ーーー

『今のパルミラはまだ……大丈夫なのか?』

『正直かなり危険だ。すぐそこにISの連中が迫っている。流石に命の危機を感じた日々だったさ』

『それで……その頑固な考古学者から何を得たんだ?』

『これを』

メナヘムは端末の画面から、ひとつの写真をキーシュに見せる。
そこに写るのはショーケースに入った古い書物のようだった。

『説得と手伝いを続けたお陰で教えてもらった……。どうやら、預言者フードの生きた同時代に彼が書き上げた書物があるみたいなんだ。その名も"預言者の回顧録"』

『フードが書いた……本だと?』

その話に、キーシュの興味は大いに膨らんだ。
アードの同胞が書き上げた、それもこれまでの彼の見聞きしてきた人生をまとめた本。

どう考えてもアードに関する書物以外の何物でもない。

『それは……何処にあるんだ?』

『それが問題なんだ……。実は現存していない』

メナヘムの言葉に、キーシュは「よくもここまで期待させやがって」とでも言いたそうな恨めしそうな目で、拳を握り震わせる。

『ま、まぁ待て!これは原本の話だ。まだ写本が残ってる』

メナヘムが見せたのは写本の一部の写真だった。
と、なれば今の自分でもその中身を見る事は可能だ。

『写本はどこに?』

『実は……バラけているんだ。今見せたこの写真はその一部分。それも、書物の大部分を占めている。残りは紙片と化して分散されているようなんだ。それも、冒頭部分と結末あたりを中心にな』

『なんだそりゃ!?どんだけ保存状態悪ぃんだよ!』

『まぁ待て!考古学者が言うには、"ある時代"に意図的にバラ蒔いたらしいんだ。どんな理由でなんの為にかは彼にも分からなかったが……、とにかくこの写本を集める事が答えに繋がるんじゃないのかな?』

何が大した情報は無いんだとキーシュは心の中で突っ込んだ。
何も持ち合わせていない自分にとってはかなり大きな手がかりだ。

そもそも、自分の祖先がそのような書物を後世に残した事すらも初めて知った。
自分の親は自身の子にアードの民であることを自覚させておきながら何故この事実を教えなかったのか。多少の怒りすらも覚える。

『それじゃ、その写本の中身を知っておこう。それは何処にある?』

『アラビア半島を中心に……としか。範囲はかなり広くてな……?』

ーーー

『ありがとうございました。お陰で大変助かりました』

『こちらこそさ。君のおかげで作業も捗った。そのお礼も兼ねて、ね』

パルミラを離れる直前。
メナヘムはこの地で1人の友人を得た。

『君の友人は遠い地から遥々やって来たんだってね?歴史を大事にする、とてもいい人じゃないか』

『ありがとうございます。これを元に私たちの作業も進むこと必至です』

パルミラの考古学者は遠くを見つめると、メナヘムの肩を叩いた。

『さぁ、行きなさい。じきにダーイシュがやって来る。私が守るはずだった遺物を避難させたんだ。もう君が此処に居る必要は無い』

『ですが、それだと貴方が……』

『私の事はいい。きっと彼等と話をしてみせる。話せば分かるさ』

メナヘムには分かっていた。
この男がこの先無事で居られるはずがないと。
しかし、この遺跡を守ると言い張る彼を引きずりだしてでも助ける事はメナヘムには出来なかった。

『だが、いいかい。忘れないでおくれよ。歴史とはそれまでの人が……人類が歩んできた記録そのものだ。我々の親や祖先がどのように生き、私たちに命を繋いだのかそれを知るツールだ。だから我々はこれを大事にしなければならないんだ。特に、私が生まれ育ったこの地は尚更にね』

『どうがお元気で……えっと……』

『アサドだ。私はアサド』

『ミスターアサド。貴方の事は忘れません。本当にありがとう……』

『私の事など覚える必要は無い。さぁ、行け』

手にした情報と大きな喜び、そして悲しみを胸に、メナヘムはキーシュから借りていた空を飛べるポケモン、バルジーナに乗ると、アレッポ目掛けて飛び去っていった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.495 )
日時: 2020/06/13 19:46
名前: ガオケレナ (ID: 0zrQTctf)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


また、さらなる月日が経ったようだ。
キーシュは仲間と共に、時折砲撃を受ける街の中で、それでも変わらず生活を続けていた。
何処からか噂を聞いたのか、その力を欲して別の街から他の武装勢力がやって来る始末だった。

『キーシュ、大分強まってきたんじゃないか?俺たち』

『そのようだな……。次の一手を考えておかなきゃな』

絶望的な状況下とは裏腹に、彼等の中に活気が溢れていた中、キーシュはバラバにぼそっと呟いた。

『新たに入った奴らの中にはシリアを治めるなんて勘違いしている奴が居るが俺の本来の目的はそんなんじゃない。拠点を移さなければな……』

『ジャポンは?皆でジャポンに行くのはどうだ?』

『それも案の1つさ』

捨て台詞のようにそう言っては歩き出す。
その先にはタツベイと遊んでいるラケルの姿がある。

『よう。初めの頃と比べると元気になったんじゃないか?』

そこらに生えていた細長い植物を手に触れ合っていたラケルは聞き慣れた声に振り向く。

『うん!とっても楽しいんだもん!』

『それはよかった』

キーシュは瓦礫として飛んできた大きな破片の上に腰を下ろす。
途中、タツベイとも目が合った。
このポケモンは、彼が孵化余りとしてボックスの中で放置していたポケモンだ。
このような形ではあるものの、地上に出られたのだから内心嬉しい思いではあるのだろう。
ポケモンに感情があるのか、まだはっきりと分かっていないとはいえ。

『なぁ、ラケル。少し話があるんだがー……』

『うん?いいよ』

当初と比べて性格も本来持ち合わせていたのだろうか。明朗快活な姿がそこにはあった。
言葉遣いや会話にもその影響が表れている。

『お前を家族と合わせる約束だが……果たせられないかもしれねぇ』

『……』

眩しい陽射しが体を焦がす。
そう言えば暦の上では夏のはずだ。

『勿論今もこの街に居るという仮定で探してはいる。……だが、』

仲間が増えすぎてしまった。
彼らを守るためには、もっと快適で安全な場所に身を移さねばならない。

だが、彼女を見捨てる事も出来ない。

『もう、……大丈夫だよ?』

残酷な世界、過酷な真実。
それを突き付けてなお、彼女の声色には絶望が無かった。

『もうおじさんには会えたもん。おじさんも言ってた。お父さんを探しに此処に来ているんだって。それに、私たちは家族でしょ?違うの?』

思わず息が詰まった。
暑いという感情が渦巻く中、背筋が凍りそうにもなった。
子供とは、予想だにしないタイミングで驚くような事を発するものだとキーシュはこの時身を持って知ったのだった。

『誰よりも優しくしてくれた。美味しいご飯や楽しいお話をして、私を守ってくれた。皆は仲間だって言っていたけど、仲間ってなに?友達とは違うの?家族とも違うの?』

その言葉に、ついキーシュは呆然としてしまう。
あまりにも考えさせる言葉のせいで、答えが見つからない。
可愛らしい顔からは想像を絶する、大人びた発言だったからだ。

もう家族は此処に居るから大丈夫。
彼女は案にそう伝えたのだが果たしてそれは彼に伝わったのかどうか。

それは、誰にも分からない。

『あっ、そうだ』

ラケルは立ち上がった。
キーシュの手を握った状態で。

『ここに、私が小さい頃から遊んでいた大事な場所があるの。来て』

唐突すぎるタイミングに、キーシュは驚きを隠せない。
どうして今なのか。
今の会話でこの街を離れると彼女なりに察したのだろうか。

ラケルに手を引かれ、走ること数分。
それは、姿を現した。

『なぁーんだぁ?これは……』

大きく広がった広場の中に、一際大きな丘がある。
それは、昔の古いお城のようだった。

『ここ。ここでいつも遊んでいたの』

『遊んでたって……え、逆に遊べるのか?ここで?何をして?』

『えーっと、かくれんぼとか、かけっことか』

無邪気すぎるその答えにキーシュは思わずクスリと笑ってしまう。
反面、子供らしさに安堵した。

『おいおい……何処に行くのかと思ったら……アレッポ城じゃないか、ここは……』

2人の後ろから声が掛かる。

『メナヘム?居たのか!?』

『突然2人がどこかへ走り出したのを見掛けてな。何事かと思ってついて来ていたのだが……まさか中世の時代に立った歴史ある要塞が遊び場だとはなぁ……』

『勝手について回った挙句に盗み聞きまでしてたのか!?お前は……』

『まぁいいじゃないか。私もこの子がどのように生活していたのか……少し興味があったもので』

などと話して目を離していた隙に、ラケルは広場を走り回り始めた。
彼女本人からしてもどこか懐かしさがあるのだろう。

ーーー

『懐かしいなぁ……そう言えばそんな事もあったな』

その日の夜、キーシュはラケルと共にアレッポ城を眺めたことをハサンに話すと昔の事を思い出すような反応を示した。

『ラケルは……小さい頃から元気な娘でなぁ。よく友達と一緒にはしゃいでたよ。アレッポ城を走り回ったりしていたっけなぁ』

『……な、なぁ。あの城って確か世界遺産だったよなぁ?大丈夫なのか?そんな事してて』

『問題は特に起きなかったよ。城内でふざけ合っていたとはいえ、何かを壊すって事もしなかったし。そもそも観光客も多かったからな。むしろそんな人達からもにこやかな目で見られていたよ。それでついたあだ名が"古城の天使"』

『なんとも平和な光景だな』

特に意識もせずに放った本音。
そう言いながらキーシュはパンをちぎっては頬張る。

しかし、突然にハサンが静かになったのを怪しんでそちらを見ると、

『あ、あぁ……平和だったさ。本当に……』

拳と声を震わせていた。

『あの騒乱が起きるまでは……平和だったよ。まさかこんな事になるなんて……誰が思ったか』

『俺もだ。こんなハズでは……と何度思ったことか』

『な、なぁ!!』

ガシッと、キーシュは目に涙を浮かべているハサンに服を掴まれた。

『お願いだ!お前のあの力で……クソ共を全員殺し回ってさぁ……またこの街を……、俺たちの国を平和に戻してくれないか?頼むよぉ!!なぁ!』

感情に任せで布を掴んだ手をばたつかせるその様は、小さな子供の駄々のようだった。
朝に見たラケルと、どちらが子供っぽいのだろうか。その光景が脳裏にぼんやりと浮かんでくる。

自分たちの知らない世界で、彼らの日常が確かにあった。
だが、それを知るという事は今繰り広げられている世にも恐ろしい事実に胸を締め付けられる覚悟が無ければ、到底理解には追い付けないのだった。

ーーー

翌日。

まだ空が完全に白んでいない時間の事。
導かれるかのようにキーシュはそこに来ていた。

昨日訪れたアレッポ城だ。

騒乱で少なからず影響を受けていると聴いてはいたため中に入る事はしなかったが、嘗てはどのような姿でどのような光景だったか、頭の中で想像してみる。

すると、装備品で身を固めていた男が小走りにやって来ると、辺りを少しキョロキョロと見回した後に建物の中へと入っていった。

明らかにそれは、武装して戦闘に加わっている人間以外の何者でもない。
もしかしたら何か手掛かりを掴めるかもしれない。
その一心で、キーシュは男の後をついて行くようにして寂れた要塞へと足を踏み入れていった。

『これは……。おいおい、世界遺産のハズだろ?』

城内も瓦礫の山だった。
それまで煌びやかな装飾の類はすべてくすんで朽ちているようだ。

ゆっくりと歩いていると、先程の男の背中と出くわした。
彼はこちらに気付いてはいないようだ。

『オイ、お前』

男は体をビクつかせるとその場に固まった。

『そこのお前、何者だ。少し話を聞こ……』

話の途中。
にも関わらず男は持っていた小銃を向けると発砲する。

遂に拠点が敵にバレた。
男は男なりの身を守る理由をもっての行動だった。

発砲音を聞きつけて続々と彼の仲間がやって来る。
自分たちの秘密基地の中で不穏な物音がすればやって来るのは仕方のない事だ。

キーシュはと言うと、持っていたコモルーをその瞬間に自身を守らせる事で脅威を取り払った。

『これは……どういう事だ?』

自分を取り囲むように数人の男が各々恐ろしい形相で銃を手に握っている。
その銃口は当然ながらもキーシュに向いていた。

『こんな所で……武装勢力が隠れていたって事か?』

『そんな事はどうでもいい!貴様は誰だ!』

囲んでいる内の1人が叫ぶ。

男にしては長い髪と真っ白の1枚布の着物という格好のせいで益々不審さに磨きが掛かる。
最早言い訳を放てる余裕も無さそうだ。

『俺は別に……お前たちの敵ではない』

『黙れ、ならば何故此処に潜入した!?貴様も政府の手下なんだろう!?』

『違ぇよ!』

キーシュも同様に叫ぶ。
敵意が無いことを両手を上げてアピールしながら。

『俺は人を探している!此処を拠点にしていた"古城の天使"その父親だ。この中で知っている奴が居れば名乗り出ろ』

小銃の類など、今の手持ちを軽く振るえば怖くも何ともない。
現にコモルー1匹で防げるのだから。

『古城の……天使……?もしかして……、ラケルの事か?』

予想に反して小さな声が響いた。
先程後を追っていた男だ。

『そいつは……俺の娘だ。娘は……居るのか?生きているのか!?』

『それを知りたくば今すぐ此処から出ろ。見せてやるからよ』

『い、いや……』

だが、男から銃を下ろす姿勢が見られない。

『それは……出来ない。俺は……自由を勝ち取らなければ……いけないんだ』

『実の娘よりも自由を選ぶのか?とんだ毒親だな?』

『俺がっ!俺たちが戦わなければ決して争いは終わらないんだっ!!戦いが終わってから迎えに行く!』

『その娘が今お前に会いたがっているんだよ!!このすぐ外でな!そんなクッソくだらねぇモン今すぐ捨てて会いに行けって言ってんだよ!!』

立場も状況も捨ててキーシュは必死な思いを叫ぶも、返ってきたのは彼が求めていた純粋な親としての返事ではなく、弾丸の雨だった。

1人の男が発したのを契機に、続いて連中が放つ。
全方位から撃たれ、硝煙に巻かれる。

だが、1度撃たれて無傷であったように、彼の前では粗末な銃など怖くも何ともない。

ポケモンバトルではあまり役割を持てないコモルーがこの場においては大いに役に立った。

'まもる'。

この一言だけで彼は命を保つことが出来るのだから。

最早説得が叶わないと判明した瞬間、キーシュはその場から逃げる様に走り去る。

タイミングを測って輪から抜け出し、壁を挟んで身を隠すとコモルーをボールへ戻す。

あとは容易かった。
背後を気にしつつ城から抜け出せばあとは何の問題もなかった。

父親を連れ戻す。
それが出来なかった事を除けば。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.496 )
日時: 2020/06/18 00:34
名前: ガオケレナ (ID: FpkpxrNh)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


その日すぐにハサンに伝えた。
ラケルの父親が生きていること。彼の所属する反政府組織がアレッポ城の地下に穴を掘って通路を作っていること。そして、こちらに来るには微塵も無い事を。

『なんてことだ……そうなってしまえば、もう……会ってはくれないのだろうな』

『アンタはこれまで知らなかったのか?』

『あぁ。知らなかった……。いいや、』

確かに否定したつもりだったが、すぐさま無かった事のように更なる否定を重ねる。
首を横に振りながら。

『実は……少しは知っていたんだ。アイツが……ここに居る事は』

『だから俺が初めてこの街に来た時にアンタと会えた訳だ』

ハサンは知っていた。
ラケルの父親が頻繁にアレッポを訪れていた事を。
もし出来るならば、娘に会いに行け。
そんな風に説得したかった。

だが、それが不可能なのは目の前の男によって証明された。
自分よりも力のある人間が出来なかったのだから。

『この事を……ラケルに伝えるのか?』

『いいや、言わねーよ。誰の為にもならねぇ』

キーシュは家の扉の前に造られた、腰掛けていた石作りの階段から立ち上がる。
向こうから無垢なる少女が走りながら笑顔でやって来たからだ。

『だがこれからの道は決めたぞ。アイツも連れて行く。ここに居る仲間全員でもっと安全な場所に移る。何ならお前も来るか?"ゼロット"は歓迎するぜ?』

そう言ってはラケルと手を繋ぐと彼女に引っ張られて何処かへと去っていった。
行先は方向からある程度の予想は出来た。

『どうしたんだ?ラケル。昨日も歩いたよな?この道』

『うん。どうしても見せたいものがあって……。昨日の場所』

『アレッポ城か?』

『うん。そこにね、実は宝物を埋めて隠してたの。それを見てほしいんだ!』

なんて可愛らしいんだとキーシュは心をほぐされる。
こんなにも絶望を持っても可笑しくない環境で、彼女は彼女なりの希望を持って生きている。
その逞しさが不覚にも眩しい。

通りを少し歩くとそこには辿り着く。
昨日も、つい先程も見てきた景色だ。
古の文化を示す建物が見える。

『着いた』

もしかしたら、まだ地下には彼等が居るかもしれない。
だが、少女はそんな事を知らずに握っていた手から離れていく。

大きな広場に残されたキーシュは、

『待ってて。すぐに戻るからね』

『いや、待て』

止めたい。

何も知らないという事は幸せでもあり不幸だ。
そんな目に彼女を遭わせる訳にはいかない。

だが。

(言えねぇ……。すぐそこに、お前の父親が居るんだぞ、なんて……)

呼び止められたラケルが不思議そうに見つめる。
それもそのはず、止めたっきりキーシュは何も言おうとしないからだ。

『あ、……危ないからな。すぐに来るんだぞ』

結局真実を告げる事は出来なかった。
その瞬間ラケルはとびきり笑顔で頷くと、要塞の大きな扉へと呑み込まれていった。

これでいい。
なにもあんな小さな歳ですべてを知り、教える必要は無い。
どうせこれからも皆で行動し、生きていくのだから。今言う必要は更々無いのだ。
その内にすべて話そう。

どこか心が晴れやかになった。

そんな時だった。

ーーー

耳が、聴力がバグった感覚に襲われた。

飛行機がやけに飛ぶ日だったのを覚えている。
だからと言って、そんな事想像出来るはずも無かった。

気が付けば石畳の上に横たわっていた。
何処かから生じた強い衝撃で倒れたようだった。

『……ーシュ、!!……おい、キーシュッッ!!』

バラバが必死な形相でこちらに駆けて来た。

『おい、お前大丈夫か!?無事だったら返事を……』

『黙れうるせぇ、俺は平気だ』

バラバがやってきた方向。
そちらを見れば、幾人かの仲間が異変に気付いてやって来ていた。
その誰もが、力無く立ち尽くしては目を見開いてただただ見つめている。

『一体何だってんだ?近くで爆発が起きたと思ったんだがー……』

そちらへ首を傾けた瞬間、思考が止まった。

今見ているものが、起きている事がどうしても信じられない。
あまりにもリアルな映画を観ているのか、それとも夢なのか。

そうであって欲しかった。

『お、おい……待て……』

キーシュはゆっくりと立ち上がる。
もくもくと上がる煙が自身の冷静さを奪ってゆく。

『アレは……。あの建物は……歴史的価値があるんだろう?……世界遺産なんだろう?』

どうしても認められない。
何が起きているのか、理解したくない。

『なのに何で……煙が上がってる!?何でアイツらは此処を狙えているんだ!?』

爆撃を受けた。
後にその出来事は世界に向かって一報が放たれる。

"シリア政府軍が反政府勢力一掃の為にアレッポ城の外壁を吹き飛ばした"と。

後になれば分かることであった。
だが、今となっては状況が違う。

『ラ、ラケルが……入って行きやがった』

『何だとぉ!?』

迷いは無かった。
キーシュは一目散に飛び出した。

建物の中に彼女が居る。

まだ間に合う。
いや、間に合わせる。
間に合うかもしれない。

余計な考えはすべて失せていた。
Sランクだと言うことも、自分がアードの子孫であることも、ジェノサイドに負けたことも、今この場においては全てがどうでもよく、要らない情報だ。

今欲しいのはラケルの安否。
その居場所だ。

『ラケルッッ……!ラケルーーーーッッッ!!!』

瓦礫と砂埃と煙のせいで大声を出してはいけないのは分かってはいたが叫ばずには居られなかった。
城中を走り回り、躓き、声を上げるが見知った女の子の姿は見えない。

朝に潜入したのがここで役に立った。
地形がミサイルのせいで変形しているとはいえ、少しは知っている風景ではあったからだ。

武装組織に囲まれた地点にまでやって来た。
それでもラケルは居ない。

もしかしたら異変を察知して早々と外に出たのかもしれない。
次々と降ってくる轟音と衝撃によろめきつつも、そんな淡い期待を持って来た道を戻るべく振り向く。

少し遠くの方で呻き声のようなものが聞こえた。
だが、それは男のもので尚且つ、朝に聞いたものと同じだったので無視することにした。
どうせ押し潰されているのだろう。そんな事は知ったこっちゃない。

『ラケル……頼む、返事を……どこに居るんだ!!!』

いつの間にか背中がズキズキと痛みを発していた。
今すぐに倒れたかったがすぐそこに彼女が居ると思うと諦めずにはいられなかった。

ついさっき上った階段を駆け下りる。

1階の広間の奥。
来た時は目もくれなかった空間に、

『オイ……オマエ……』

鼓動が早まる。
あまりにも鳴動するのでそれだけで胸部から圧迫感に近い痛みが発しているようだった。

ーーー

ゾクゾクとする胸騒ぎを覚えた。
ハサンがそちらへ向かうと、丁度黒煙の奥から1人の男が姿を現したその時だった。

『キーシュ!!お前何やってんだよ!?』

ハサンは思わず叫んだ。
自ら危険な大地を踏むとはこれ如何に。
そう思ったのだが、

『キー……シュ……?』

何やら大きな荷物を抱えているようにも見えた。
横長の、重たそうなそれは、

『嘘だ……嘘だと言ってくれ……』

すべてを知った時。
突然ハサンの目から涙が溢れた。

城から抜け出し、仲間の待つ広場に戻ってはある程度の安全が確保されたと理解したキーシュは。

どっと倒れた。

両腕に抱えた、亡骸をゆっくりと下ろしながら。

『やめろぉぉぉーーー!!嘘だ嘘だっ……嘘だと言ってくれよキーシュゥゥゥ!!!!』

『うる……せぇな……いい歳した大人が……喚いてんじゃ、ねぇ……』

息が苦しい。
喉の焼けた感覚とは裏腹に比較的マシだと思える街の空気を吸いながらガックリと全身の力が抜けていく中、それを見た。

『ラケルが……死んじまった』

今にも城から出ようと思った矢先に彼が見たのは、飛んできた破片を眉間に受けたラケルが倒れたその現場だった。

何度か揺さぶった。
何度も声を呼んだ。
だが、その閉じた目が開く事は無かった。

まだ外に出て運べば起きるかもしれない。
勝手に願望を抱いてはその通りにしたものの、見えるのは綺麗な寝顔とハサンの慟哭だけだった。

『コイツが……何をしたってんだよ……』

『キーシュ、一体何が?』

『まだ俺が……俺が最後まで一緒に居ればコイツは……。いや、そもそも引き止めておけばこんな事には……』

すべて終わってから蘇る記憶。そして後悔。
どんなにほんの少し前の事を思い出しても何も変わらない。何も起きない。

『ラケル……すまない。本当に……すまない……』

これまで作り上げたプライドとか、Sランクの立場など、全てがどうでもよかった。

胸に顔を埋ませて静かに肩を震わせる。
どんなに自分が強いと言われようがこんな事しか出来ない。

1人の女の子の命すらも救えない、ただ涙を流す事しか出来ない、無力な人間なのだから。

ーーー

仲間の啜り泣きを聞きながら自身も涙を微かに流した時。

胸の辺りに違和感を覚えた。

ゾッとする感情が覚えるほどに硬かったのだ。
それは、皮膚の上に見てはいけないレベルの異常があるのかと思うくらいに。

もしかしたら彼女の身に自分の知らない異変があったのかもしれない。
状況をそっちのけで上着を裂いた。
女の子である事も今だけは忘れていた。

そこで、また1つ真実を知った。
ラケルの宝物が、そこにはあったのだ。

ーーー

つまらない過去を思い出したようだった。
今となっては過ぎ去った記憶。
追い求めたところで彼女は帰って来ない。

「シリアの騒乱を止める……ですって?あなたが?」

それでも、果たすべき使命が彼にはあるのだ。

「そうだ。俺様とギラティナで、な。ほら伝えたぞ?俺様の……ゼロットの目的を。約束だ。そいつを寄越せ」

真っ暗な世界の中、キーシュはルラ=アルバスの持つ巻物に強い眼差しを向ける。

ルラ=アルバスも戸惑いを隠せない。
それまで自身や他のNSAの職員たちが集めた数多の報告には無いその告白に。

故に悩んだ。
果たして、この書物を彼に渡してよいものかと。

ーーー

神がこの世に存在するならば、それは非情だ。
決して人の気持ちなど分かりはしない。
仮にそうでなければ、罪の無い子供たちをいたずらに殺す事などしないからだ。

神がこの世に居るとするならば、それは邪神でしかない。
そうでなければ、こんな目に遭わせる必要が無いからだ。

二度と目覚めない古城の天使。
その体を強く抱き締め、その死を嘆くその時。

仲間達が次々に空を指しているのを見た。

ラケルが死んでいると言うのに、何故他に目を逸らせるのか。
そんなにも政府軍用機が目に付くのかと不信感が芽生えつつ、つられている自分が居た。

神というのはつくづく非情な存在だ。
困難を与えておいて更なる悲劇と苦痛を与えるのだから。

"それ"の存在を知る者は、彼以外に存在しなかった。
キーシュは今眼前に君臨している"それ"を見た。

何故この地に、
何があって、
何のために、
何の仕組みで、
現れたと言うのか。

古城に竜が現れた。

まるで、地上の怒りが体現されたような禍々しい姿形をした竜が。

キーシュ・ベン=シャッダードは知っている。
その竜の正体を。
その、性質を。

ラケルが見せたかった宝物を片手に、王は、今、立ち上がった。

ーーー

「くそっ、テメェ……邪魔だぁぁ!!」

ゴウカザルの前に、砂嵐を生み出したギガイアスが鎮座する。
'インファイト'を難なく耐えたアスロンゲスのギガイアスが、大地を揺らしつつ砂粒を投げつけてくる。
高野洋平は完全に足止めを食らっていた。

「いかせるかよ……僕とキーシュは決めたんだ……誓ったんだよ?悲劇を無くそうって」

「その、お前らの行動が別の誰かの悲劇だって気が付かないのかよ!?」

黒い世界の中で高野は叫ぶ。
だからと言って何かが変わるわけではないのだが。

『そこまでにしろ、アスロンゲス』

高野とアスロンゲス、ギガイアスとゴウカザルの間のぽっかりと空いた空間にそれは突如響いた。

大地の裂け目からキーシュがその姿を見せる。
片手に巻物を抱えながら。

「目的は果たした。それ以上戦う必要は無くなった」

「アメリカ帝国の連中はどうした!?」

「今は見逃してやったさ。何の価値も無い人間だしな」

「おい、キーシュっっ!!」

高野は怒りの矛先をバトルの相手からキーシュへ変更する。
彼の目的が果たされても高野の目的は一向に終える気配すらも無いからだ。

「丁度いい、ジェノサイド……。貴様に1つ約束を守ってもらおうか?」

「はぁ!?お前、何を……」

「明日の早朝、シスルという小さい集落にあるウバールの遺跡に来い。貴様1人でな」

「勝手に話を進めんじゃねぇよ!!」

高野はゴウカザルに指示を出す。
邪魔をしたキーシュに'フレアドライブ'をぶつけてしまえ、と。

「いいか?言ったからな?俺様は」

しかし、その命令は果たされない。
突如、キーシュとアスロンゲスが眩い光に包まれた。
その姿は段々とぼやけながら消えてゆく。

「ウバールで待つ」

姿が完全に消え、直後として世界全体が大きな爆発でも起きたような強い光を発する。

思わず腕で顔を覆った高野だったが、しばらくの間隔を経て、目を開けるとそれまで自分たちが居た現実世界、即ちサラーラ中央スークへと戻っていることに頭が遅れて追い付いてきた。

「ジェノサイドさん!?ルラ=アルバスさん!?ご無事ですか!?」

慌ててレイジが駆け寄る。
無理もない。
脈絡無しに忽然と姿を消せば誰だってふためきはするだろう。

「何があったのですか!?お怪我は?」

「大丈夫よ。私も……彼も」

ルラ=アルバスが重く悩んでいそうな暗い表情を見せつつ静かに呟くが、周りがうるさいせいで2人にはよく聞こえなかった。

「キーシュだ……。奴に会って来た」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.497 )
日時: 2020/07/21 00:40
名前: ガオケレナ (ID: InHnLhpT)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


予言者の回顧録

愛する友が、何度も私の名を呼んだ。
疲れ切っていた私はぐったりしながら馬車から顔を出す。

『着いたぞ。着いたぞ!!』

ムフタールは叫ぶ。

『何処に?』

『ウバールだ!お前が行きたがっていたウバールだぞ!』

その言葉のせいで私は飛び起きた。
見れば、寂れた荒野の中にそれはあった。

『お前が見たかったものが、そこにあるぞ!』

私の心は突然晴れやかになった。
これまで本当に辛い毎日だった。

手掛かりのすべてを持ち合わせていない中、"アアド"なる伝承の民に会う事が出来る。

天国をその地表に再現した、夢の空間がそこに広がっている。

私は走ってその地へ足を踏み入れた。

『こ、これは……?』

私は疑った。
彼曰く、場所は此方で合っているとの事だった。

『わ、私は今……何を見ているんだ?』

『これで分かったかい?此処が……アアドの生きた"証"さ』

『な、なんてことだ!!』

私は叫んだ。
とても不思議な夢を見ている気分にさせられて堪らなかった。

そこには、何も無かった。

アアドの民も、伝説のシャッダード王も、聖なる円柱も、彼等が住んでいた建物も、すべて。

『アアドはもう居ない。あるのは、この廃墟だけだ』

『嘘だと言ってくれ!私は……私は確かに聞いたのだ!遥かなる大地にアアドの民があると!彼等を仲間とせんとやって来たと言っても過言ではないのに!!』

『アアドは滅んだ。……もう、諦めるんだ』

私は絶望した。
認め難い世界を前に、私はただ天を仰いだ。

そこにあるのは、絶え間なく続く熱風と、大地を2つに裂いた、巨大な穴のみ。

どうか、これを手にした同胞よ。聞いてくれ。
アアドの民は既に在らず。

これは、私が観た記録なのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.498 )
日時: 2020/06/21 02:00
名前: ガオケレナ (ID: J3GkpWEk)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


第六の道、真との遭遇

「おい、待て……」

キーシュ・ベン=シャッダードはNSAの人間から奪い取った巻物を読んでいる中で、絶対に翻訳ミスだろうと思いたくなるようなその内容に言葉を失った。

「俺様は……何を見ている?何を読んでいる……?これは、偽物か?」

「さっきから1人で何をブツブツと……」

後ろの建物から1人の男が寄って来る。
嘗ての名はハサン。今の名はアスロンゲスと言う口髭を生やした男だ。

「アスロンゲスか……。丁度いい。お前、サラーラで例の女と会ったんだよな?奴が持っていたのはコレと同じか?」

そう言ってキーシュは手に持った書物をヒラヒラと風になびかせて見せつける。
ルラ=アルバスと会話を交わしていたアスロンゲスだからこそ分かる話だ。

彼はその、ややふざけた調子の言動に不満があるからか、見せてくるそれにはまともに見もせずに「同じだ」とだけ言った。

「そうか……」

そう言ってはキーシュは紙を丸めつつ後ろの建物を見つめる。

ウバールの遺跡。

即ち、アードの民が太古の時代に生きていた大地だ。

「コレを書いたのは写本とはいえ予言者フードその人だ。奴は"聖典"の記述に沿っていけば、アードの民だけでなく時の王シャッダードに会い、警告を発し、最後にはアードが滅んだ様をその目で見ている。だが、コレはどうだ?直に見ようとウバールまでやって来たものの、そこに映っていたのは今と変わらない廃れた街と化した遺跡だけ。何で2つの書物で記述が違うんだ?……一体どちらが正しいんだろうな?」

「そんなもの……僕には分からないね」

熱が入り、つい早口になってしまったキーシュだが、感情の籠っていない声で軽くアスロンゲスはあしらう。
最早、そこに一片の興味も無いようだ。

それをキーシュは十分に察している。

「……なぁ?アスロンゲス。不満か?」

「……」

アスロンゲスは無言で顔を見上げる。
力の抜けた、間抜けそうな表情なのだが、いつもの口髭が妙にアンバランスに感じて笑いが混み上がりそうだ。

「ここまでの流れに……なにか不満を抱いているよな?」

「不満……か。人生なんて上手くいく事ばかりじゃないだろう?」

「お前は、あの戦争の原因はアメリカにあると考えているよな?それは正しいかもしれないし間違っているかもしれない。それは俺様が判断することじゃねぇ。何故なら明確な答えがあるからだ。俺が殺した。それだけだ」

「それは……僕はそこまでは……」

「なぁ、アスロンゲス。教えてくれないか?」

キーシュは無言で遮る。
無駄なやり取りを好まないことと、当時の事をあまり思い出したくない思いが重なった。

「ラケルがこの本を持っていた……。それは何故だ?」

キーシュはもう片方の手で持っていた『予言者の回顧録』をアスロンゲスに見せびらかす。
キーシュが今探している失われた断片を除いた、それ以外のページが予め揃っている写本。

「お前とアイツの家系にも関わる事か?そうなると、お前はアードの民の可能性が……」

「それはアレッポ城から持ち出したものだ。血筋は関係ない」

「?」

曰く、小さい頃から縄張りだったアレッポ城はラケルにとっては知らないものなど無い程にすべてを熟知していたそうだ。
何処に階段があり、どの部屋に繋がっているのかを目を瞑っていても分かるレベルな程に。

それこそ部屋を彩る装飾品の類までも、すべて。

「天井で塞いだように偽装された物置と化した空間で見つけたみたいなんだ。明らかに今の物とは思えない古い壺を……それも、分厚い本が1冊入る程の歪な形のものを」

「つまり、ただの偶然と?」

「そういう事だ」

あまりにも都合の良すぎる話にしか聞こえない。

それならば、一体何だったのか。

レバノンの難民キャンプで見かけた少女と勝手に行動を共にし、アレッポに着いたと思ったら今自分が1番求めていた情報、書物を知っていた。それも、偶然に。

あまりにも重なりすぎて必然的にも思えてしまう。
ならば、何故彼女は死んだのか。
これは逆に考えたくなくなってしまう。

「この本をラケルが持っていた以上、そして俺様がアードの子孫である以上、必ず明らかにしなくてはならない……そう思ったのは俺だけなのだろうか?」

「それは……。さぁ、どうだろうな」

「どちらにせよ、答えはすぐそこまでに来ている。もう少しだけ待っててくれないか」

「果たして僕に肯定も否定も出来るのかな?」

「さぁな」

キーシュは遺跡を見つめたまま歩き始めた。
辺りは暗くなり始めたと言うのに、まだ発掘調査をするらしいようだ。

「それ位、自分で決めろ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.499 )
日時: 2020/06/22 21:03
名前: ガオケレナ (ID: 8rukhG7e)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


どうしても、忘れられなかった。
あの日見た姿が目に焼き付いて離れられない。
寝ていれば夢に現れるし、起きていても頭の中では嬉しそうにはしゃぐ姿が蘇る。

1人で勝手に苦しみ、悶えるのが我慢ならなくなった。

なので、

「どうしたの?話って」

「ホントにごめんなー。特に用も無かったよな?」

「いや、そんな事は無いわよ?」

吉川裕也は相も変わらずドギマギしていた。
そこらの街中で見ても違和感の無い普段着な姿であるにも関わらず、3日前の水着姿のせいで変なバイアスが掛かってしまっている。
とはいえ、それでも露出度は高いのだが。

「このまま出掛けようと思っていたし。だから此処を指定したのよ」

「そうなのか……」

そう言って吉川はそこから景色を眺めた。
夏の大会が行われた会場。
小山の上からだと、聖蹟桜ヶ丘の街が一望できる。

「な、なぁ……」

「メイ、でいいわよ」

「あのさー、メイ……」

突然胸の鼓動が速まる。
あの日にときめいてから、想っていない日など無い。
忘れた事など、一刻として無かったのだ。

「旅行、延期になっちまった」

海に行った翌日に入った連絡。
主導していた石井が"向こうに"いるせいで。

「それは残念ね。何処に行く予定だったの?」

「富士五湖。あんま遠くには行けねーからな」

吉川はいつもの癖でポケットから煙草を取り出す。
口に咥えようとしたところで我に返り、ハッとしたような顔でメイを見たが嫌な顔をされる事は無かったのでそのまま火を付けた。

「メイ、お願いだ。付き合ってくれ」

まさに唐突な告白。
これまでもそうだったが、彼はこのような言い方しか出来ない。
自分の心が先に押し潰されそうになるからだ。

「ごめんね。今はそういうことをやってる場合じゃないの」

だが、メイの返事も意外にもあっさりとしたものだった。
顔色変えることなくさらりと言い返してしまう。

「あの日から君の事が忘れられないんだ!君が居なきゃ俺は……ダメ、なんだよ……」

「ごめんなさい、それでも無理なの」

「どうして!?俺がデブだからか?眼鏡掛けてるからか!?」

「レンだって眼鏡掛けてるわよ。……それに体型の問題じゃない。太ってようがガリガリだろうが魅力的な人は魅力的だし好きな人に対しては好きだと思えてしまうわ」

「それじゃあ……」

「あのね、今はそんな事をしていられる程私"たち"は呑気でいられないの。明日死ぬかもしれないのよ?」

それならば。
吉川にも当然とも言えるべき疑問が沸いてくる。沸かないはずがないのだ。

「じゃあ何でそんな環境に居られるんだよ?嫌なら辞めちゃえばいいじゃないかよ!?」

深部から離れてくれ。

吉川が伝えたい言葉はそれだけだった。
幸せな事にメイにもそれは伝わっている。

「辞める、と思いたくて辞められるのならば簡単よ。それを考えると"あの人"も軽はずみよねぇ。唯一の悪いところだわ」

「辞められない?それはどうして?」

「機密事項に触れているから」

深部とは言ってもその力の根源は得体の知れない実体化したポケモンである。
その正体が暴かれるのも、その世界の裏側を知る人間を俗人と戻す事を良しとしない人間、勢力が居るのが事実である。

つまるところ、許されないのだ。

「それじゃあ……石井や山背は……」

「戻れないかもしれないわね。私は戻る前に死んじゃうと思っているけれど」

2人は帰ってこない。
それは、高野の行動も全て無駄になると言う事だ。
恐らく高野もそれを知ってはいるのだろう。
だが、諦めきれない。
それがこの騒動の一因でもあるのだ。

「そんな……」

「半端な気持ちで深部なんかに首突っ込むからこうなるのよ。自業自得ね」

私も似たようなものだけど、と最後に付け足す。
案の定「どういう事か」と尋ねられる。

「私の組織ね、レンに潰されているの。基地を燃やされたオマケ付き」

「はぁ!?なんだそりゃ!?」

今の吉川ならば憤る事必至だった。
好きな人は守りたい。そんな正義感を持つ人間だからだ。

「しかも向こうから一方的に喧嘩を売られてね。……あれは悲しかったなぁ。結構楽しくていい環境だったのに」

「ぶ、無事だったよな?」

吉川は突然不安に駆られる。
もう3年も前の話であるにも関わらずだ。

「死人は出なかったわ。そこは中途半端に優しい彼らしいわね。被害は基地が無くなっただけ」

「それなら……どうしてそんな奴と仲良く出来るんだ?恨みとか無いのかよ?」

似たような場面に本人と出くわしたようなデジャヴを感じつつメイは、

「完全に無いと言えば嘘になるけど……深部なんて普通そんなモノよ?負けたら死んだと思った方がいい。私も死ぬかと思った。でも、レンはそこまでしなかった。もう少し前なら基地を燃やすこともしなかったんだけどね」

本人曰く「当時は気を病んでいた」らしく、自身の力を誇示するためにやっていたのだとか。
大会が終わってからそんな話をしていた記憶があった。

「でも……そんな奴と一緒だなんて……」

「もう、いいかしら?何の為に呼ばれたのか分からなくなってきちゃった」

吉川の声が途切れる。
ここまで辛うじて続いて来た細い線が今切れた、そんな気分だ。

「これから私、レンの仲間たちの所に行かないといけないの。何人かが勝手に向こうに行っちゃったのよねぇ。とりあえず状況の確認と門番の代わりしないと」

「ど、……っ、どうしてそこまでするんだよ!!お前の仲間を引き離した人間だろ!?」

吉川は叫ぶ。
だが、威勢に反してその声は震えていた。

メイは残念そうな目を彼に向ける。

「あのね……3年前と今とでは状況が違うの。嘗ての敵が〜とか言ってられないのよ?」

「それじゃあ、一体何が?」

「……ポケモンの正体がなんなのか……あなたはもう分かるのよね?」

悩んだ。
そこらの一般人でしかない彼に、議会の人間から伝えられた情報を言うか否か。

だが、彼は大会時に"事実"と出会ってしまった人間だ。
その時その一瞬だけすべてをバラした高野を恨んだ。

「あ、あぁ……知ってる……。完全にではないが」

なにが完全なのか言っている意味が分からないが聞かなかった振りをするメイ。
ここまで来ては引き下がれない。

「自然発生したポケモンがいるわ。誰の意にも介さずに、勝手に……。それは突然産まれたの。そんなポケモンが……よりにもよって危険な人物の手に渡ってしまった」

「おい、その人物ってまさか……」

「もう2人は帰って来れないわ。本当に残念だけど……もう諦めて」

もしも。
もしもギラティナなんてポケモンが現れなければまだ"それ"も可能だったかもしれない。

だが、渡った敵とその背後、そして関わり出した勢力に問題があった。あり過ぎる。

直視するには、あまりにも悲しい事実だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.500 )
日時: 2020/06/23 00:37
名前: ガオケレナ (ID: 8rukhG7e)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


早朝の5時。

高野洋平は言われた通り、約束の地を歩いていた。
彼にもその意味が分かっていた。
敵であるキーシュから、日時と場所の指定。
それは、アラビア半島を舞台にしたこの逃走劇の終わりを示している。

はじめはミスリードかと思った。
言われた通りに従えばその場所において悲惨な結末を迎えるのではないか。
何かとんでもない罠があるのではないか。
そう思ったのだが到着して1時間、まだ何も無い。

そこは、確かにシスルという小さな街の中にあった。

「ウバールの……遺跡……。アードの街か……」

陽は昇り、既に明るくなっている。
場所は変われど、知らない土地であることに変わりはない。
不安を抱きつつも砂利を踏む。

「よう、本当に来たんだな?マジメか?」

「お前が……そう言ったんだろうが」

高野洋平はその目で見た。

まるで狐が化けたかのような、男の割には長い髪、純白の一枚布。
紛れもなく、キーシュ・ベン=シャッダードだ。

「本当に1人で来ているみたいだが……?何処かにオトモダチは隠れているのか?」

「俺だけだ……。いや、"今は"居ない」

「なるほど、じゃあ早くしないとだな」

仮にも敵地に1人で突き進んでいる。
無茶なことこの上ない。
なので、ある程度の時間が経ったうえで仲間がやって来るよう相談した。
すべて、昨日の夜の内に話し合ったことだ。

「それじゃあ始めようか?ジェノサイド、貴様にも協力してもらおうか」

「何をする気だ?ギラティナを扱う為の実験か?」

「発掘調査だ」

ーーー

包み隠さずすべてを吐いた。
NSAのイクナートンに捕まったテウダは、命の惜しさ、そして組織での決まり事を守った上で今回の騒動について喋った。

"捕まった際はすべて話しても構わない"

それは、キーシュがあらかじめ仲間に対して命令したものの1つであった。

命を優先にして敵の言う通りにしろ。あとは俺がやる。

何とも男らしい彼の言葉が記憶の中で唱えられる。
確かに、拘束された事は変わらずとも、目隠しは解かれ命の保証も約束された。
一先ずテウダは安心していた。

「シリアの騒乱を終わらせる……か。ギラティナの力ならば不可能ではないのかもしれんな」

「で、でも……そんな事実があったら……」

テウダの尋問のせいで狼狽えているミナミ。
聞いていた事実と全く違う話により慌てるのも無理は無かった。

「初めにお前達に嘘を付いた事は謝ろう。実の所、あまり分かっていなかったというのがある」

出会った当初、高野洋平を含むミナミらは、「ゼロットはギラティナを使ってテロを画策している」と聞かされていたのだから。

「で、でも……」

だが、戸惑う最大の理由とするものは。

「それだと……本当に彼等は悪い集団なの?」

シリアの騒乱を終わらせる。
世界一危険とまでに言われてしまった国の平安。
それが達成されてしまえば、救われる人間の方が数としては多いのではないのだろうか。
そうなってしまえば、そんな人を捕まえようとしている自分たちは本当に正しいのか。
それが、分からないのだ。

だが、イクナートンはつまらなそうにため息を吐く。

「いいか。何が善くて何が悪いかではない。奴等がギラティナを持っている事が問題なんだ。仮にシリア騒乱を終わらせてみろ。次は何をする?その次は?……。偏った思想の集団に持たせる事が1番の問題だって事を理解しろ」

少なくともイクナートンは騒乱後に彼等が憎む国々を攻撃すると読んでいるようだ。
そちらの話に疎いミナミにはどうしてもピンと来ない。
故に彼等が絶対悪なのか否かに揺らぎを覚える。

なんとも言えない思いだ。

「デッドラインから話は聞いているだろうが……」

イクナートンは空を眺めた。
早朝にも関わらず、既に外は暑い。
空も青白かった。

「奴は今単独で遺跡に向かっている。奴がどうなろうが知ったこっちゃないが……昨夜の作戦通りに動くぞ。合図があるまでは決して動くな。いいな?」

そう言っては無傷な方の腕で腰に手をかけた。
そこには銃がある。

「分かっているわよ……でも、アイツは皆の為に動いているの。どうでもいいなんて言わないで」

見れば、彼女の目が若干潤んでいた。
敵が敵だけに色々と想像してしまったのだろう。
だが、イクナートンは何も言わず、何事も無かったように無言でそっぽを向いてしまった。

ーーー

「発掘調査だと?」

「あぁ、そうだ。普段、此処では専用の作業員が居るのだが、どうもやる気が無いみたいでな。全く捗っていない」

適当に歩くと看板が見えてきた。
此処がウバールであり、嘗ての街であった旨を伝えている。丁寧に地図付きだ。

「貴様は、アードについてどれ位知っている?」

妙だった。
これまで互いに敵意を向き合って来た人間が世間話をするなどと。
それも、彼の仲間が堂々と闊歩している中でだ。

危険な香りしかしない。

「いや、全然……。知る術が無いからな」

「だろうな。ま、それが普通だろう」

言葉に反し、キーシュの顔は軽蔑で満ち溢れていた。
傍から見ても分かるほどに。

「俺様はこれまでに『予言者の回顧録』の写本と断片を集めて来た」

「知ってるよ。だから何度も会ったんだろうが」

「言語が外国語なせいであとどの位の断片があるのか正直分からないが……それなりに読んだところすべて集まったか、残り1枚らしいところまでは来た」

「だからなんだよ?」

「内容がおかしいのさ」

キーシュは突然足を止め、振り向く。
油断した所を不意打ちするのだろうかと深読みした高野は反射的にポケットの中のボールに触れる。

「アードについて書かれた書物に『クルアーン』ってのがある。イスラームの聖典だ」

「バカにしてんのか?それぐらいは知ってる」

「これによると、アードとサムードの連中は神の警告を無視したが為に滅んだらしい。だが、俺様が最近手に入れた古い本には全く違う記述があってだな?」

神殿でもあったのだろうか。
建物跡の前まで2人はやって来た。

「そこでだ。戦いは一旦止めにして、貴様にも発掘を手伝ってもらおうと思ってな」

「……は?いや、待て。話について行けないのだが」

文献によって記述が違うのはよくある事なので分かる。
キーシュがアードを追っているので遺跡に来ることも分かる。
だが、それを敵である自分が手伝うと言うのが分からないのだ。

「細かい事は気にするな。確かに俺様の仲間には少なからず貴様を敵視する者もいるが安心しろ。俺様がよく言って聞かせたし、ギラティナも居る。流石に神に対して勝てない戦いをしようとは思わんだろ」

見れば、上空には黒い翼を大きく広げたギラティナが地上を睨みつけている。

「……俺は何をすればいい?」

最早考えば考えるだけ無駄だと悟った高野は、何かあれば仲間が駆けつけられる状況とキーシュの言葉を信じてまずはそこら辺の砂利をどかす。

「そうだな。無闇矢鱈と掘るのはやめろ。貴重な出土品に傷がつくかもしれねぇ」

「……何故俺を呼んだ?」

「待て待て。貴様は目視で探せ。特に大穴を見つけたら俺様を呼ぶことだ。いいな?」

「大穴?それだけでいいのか?」

益々訳が分からない高野だが何かしらの意味があるのだろう。
そう思いつつチラリと時計を眺めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.501 )
日時: 2020/06/24 10:38
名前: ガオケレナ (ID: 8rukhG7e)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


1時間が経った。
と、言うよりそろそろ2時間が経とうとしている。

高野洋平は開始早々に飽きが回って退屈でならなかった。

(暇だ……暇すぎる……。遺跡なんて大層な事言うけど何も無い"跡地"だからなぁ……。俺には良さが分からん)

作業を頼まれても高野は地表を掘る事は許可されていない。
言われた通り眺めて回る事しか出来ないのだ。

(大体アードが何だってんだよ……俺には関係ないだろ?そもそも、山背と石井は何処だ?)

ならば、と高野は2人を探す方向にシフトする。
これならば辺りを見て回る動きに変化は無い。

だが不思議なことに、見方を変えたせいでまた別の景色が見えてくる。
それは、主にゼロットの構成員と思しき人達だ。

その手に詳しいのだろうか、2、3人ほどが掘り進めているが、それ以外は高野同様石ころや砂利を払う程度に留めている人から高所から外を見ている者までいる。

だが、その中に2人の姿は無かった。

「俺様は……最近までシリアに居た」

唐突にキーシュが語り始めた。
自分が通り過ぎた時に声を掛けられたかのような雰囲気だったので、恐らくそれは高野に向けて放った言葉だろう。

冷静に考えれば、この中でその事実を知らないものは高野洋平ただ1人だ。

「シリアだと?本気で言ってんのか?」

「貴様に負けたせいってのもあるがな……。とにかく、俺様はそこで今の仲間と出会った」

「そう言えば大会にはお前のような人間は見かけなかったな。ずっとか?」

高野は探すのを止めてキーシュの背中が見える位置で岩の上に腰を下ろした。
本人としては休憩のようだ。

「ルラ=アルバスが軽く言っていたが……シリアでの戦争を終わらせるんだってな」

「あぁ、そうだ」

「俺とお前が此処に居る事に意味なんてあるのか?ギラティナがあるならこのまま攻撃しちまえばいいだろ」

仲間たちの視線が強くなった。気がした。
果たして彼らに日本語が理解できるのかまでは分からないものの、何かが変わったような空気を肌が感じ取る。

「俺様と……俺様の今の仲間達が集まった事にアードが少なからず関係しちまったのさ。同じ様な事を仲間にも言われたがな……。だが、俺様的には今知りたいのさ」

高野はラケルの話までは聞いてはいなかった。
それはルラ=アルバスも同じなのだが、そこまでは話す気が無いのだろう。
結局は分からずじまいだ。

「ギラティナは……あの日突然出現した」

「?」

「これは貴様にも関わりがあるんじゃないか?少し調べたら理由が分かったぞ?」

風が少し強くなった。
しかしだからと言ってちっとも涼しくならない所に苛立ちを覚えてしまう。

高野はそれもあってか、勢いをつけて着地するように立ち上がる。
そのまま彼へと近付いた。

「あの日……。ラケルが死んだあの日。8月の3週目の事だ。心当たりは当然あるよなぁ?」

そう言って彼は八重歯をチラ見せしながらニヤリと笑う。
敵対関係も相まって非常に不気味で、突如として緊張感が全身に回る。

「8月……だと?大会でのあの騒ぎしか……」

それでもピンと来ない。
ディアルガとパルキアが出現したのは8月8日。
2週目の土曜だ。

「原因はそれだ。何処ぞの阿呆がやらかしたようだな?」

「Sランクの人間が……よりにもよって量子コンピュータを使って直接データを打ち込んだ」

「知っている。貴様こそ馬鹿にしているのか?」

キーシュは発掘途中の地層から石の破片を取り出した。
だが、ただの砂粒だったようで、じっと見た後に放り捨てる。
土まみれの手を臆することなく真っ白なトガで拭く仕草をすると、高野と向き合った。

「まだ分からないか?ディアルガとパルキアが地上に放たれた結果、どうなった?」

「どうなったって……戦いを鎮めてからは何も……。何処かへ去って行ったぞ?」

この世のポケモンはすべて、あらかじめ入力されたデータが元となっている。
だが、言い換えてしまえば未だデータ入力されていないポケモンも存在する。
ディアルガとパルキアが"それ"だったので彼等はあのような騒動を巻き起こした。

では、ギラティナは?

キーシュがギラティナを持つと言う事は、

「まさか……お前が量子コンピュータを用いたのか?」

「全然違う。期待外れどころか殺意すらも覚えるぞ?」

キーシュはゆっくりと、ユラユラと体を揺らしながら近付く。
空を飛ぶギラティナを見つつ。

「奴らはディアルガとパルキアを使いこなせなかった。コンピュータで時空を表す事が出来なかったからだ。だから、2体のポケモンのあらゆるデータを初めに打ち込んだ。その2体のポケモンで時空を再定義して表現し直そうとしたんだな」

だからこそのタイムラグ。
その間に高野たちはオラシオンを起動する事に成功した。

「だが、貴様はそれで終わった。成功したと思っているな?」

「まだ……何かあるのかよ……」

ひどく追い詰められた気分と、海に面しているせいでジメジメとした暑さとで最悪だった。
今すぐにでも倒れたい。

「実はな……?ディアルガとパルキアはただ世界から消えただけじゃねぇ……。この世界と一体化した。この世界において曖昧な存在だった時間と空間が、ふたつのポケモンによって存在が証明させられたのさ」

「言っている事の意味が分からねぇぞ?それとギラティナが……」

まさか、と。
高野の中で大量に汗が流れ出た。
今、自分の思った事が正しければ、途轍もない大失敗を晒した事になる。

「世界の……バランスが、崩れた……?」

「そうだ。そのバランスを保たせる為にギラティナが産まれた……。自然発生したのさ。いや、世界"そのもの"がそうさせるようにバージョンアップしたのさ」

ポケモンが、人工知能が世界の有り様に介入した。
それは、法則そのものを塗り替えてしまう事への証明。

高野洋平はここで、自分ひとりではどうにもならなかった事をたった今、自覚した。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.502 )
日時: 2020/06/24 14:03
名前: ガオケレナ (ID: 8rukhG7e)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


休憩時間をいただいた。
暑さに敵わないのはキーシュらも同様であったようで、あまりにも発掘が進まないのも相まって不満が高まりだしていた。

そんな中での休憩時間の宣言。
彼がその旨を叫んだ瞬間、彼の構成員たちは道具を放り投げて走り去った。
もしかしたら、彼等の中では忠誠心や仲間意識というものが低いかもしれない。
それを思わせる光景を垣間見た高野洋平は、

「8時半……クッソ、まだまだじゃねぇか……」

時計を見ては項垂れた。

そこには、建物があったのだろう。
崩れた跡地には、上階なのか屋根なのかよく分からないが陽射しを防いでくれる天井と壁があった。
高野はそこで1人、水を飲む。

燃えるように熱くなった全身に冷えきった水が注がれる。
その瞬間、全身から汗が吹き出た。
高野はこれが感覚的に気持ち悪さを覚えるため、大嫌いである。

こうなる前にしっかりと休みたかったのだが、本人からは言えない。
だが、先程の仲間たちのやる気のなさを見て、自分もやる気を出さなくていい事が分かったのでその代償と考えればまだ許せた。

今、自分の号令1つでシスルに潜んでいるミナミやレイジ、そしてNSAの人間らが此方に突入する事が出来る。
そのタイミングを何度か伺っていた高野だったが、それが必ずしも正しいこととは思ってはいない。
ギラティナの存在もあるし、勘違いも甚だしいが少なからず敵対関係に変化が表れている。

(最後まで付き合う気はねぇが……しょうがねぇ。もう少し付き合うか)

少しは外の様子が見てみたい。
そう思った高野は日陰から離れてみる。

やはり、遺跡には誰1人として残って居なかった。
各々が休憩に行ってしまったせいでキーシュ位しかそこには居ない。

「ん?」

だが、それでも1人だけ作業しているのを彼は見た。
もしかしたら、キーシュの言葉を理解できない外国人なのだろうか。
休憩である事を知られておらず、1人黙々と作業しているのかもしれない。

高野は、彼に近付いた。

「えーっと……、今休憩時間だぞ?」

その人は、男性であった。
だが、高野の発した言葉が理解出来なかったのか不思議そうな顔をしてこちらを見る。
それに高野が戸惑うと、男は再び作業の手を動かした。

「えっと……Why……did、you……」

慣れない英語で会話を試みようとする高野。
当然発音も適当でたどたどしい。

「放っておけジェノサイド。奴は好きにやらせろ」

背後から聞こえるのはキーシュの声。
振り向いた瞬間に刺される事を頭の片隅に置きながら、用心するような面持ちで振り向く。

「奴の名はメナヘム。考古学に興味がある奴だ。奴は好きで勝手にやっている。そのままでいい」

「他の仲間は……?お前が叫んだ途端どっか行っちまったぞ?」

「それぞれ休んでいるだけだ。問題ない」

「とか言って、逃げられてちゃいねぇだろうな?」

キーシュは高野の指摘に苦笑いしたようだった。

「……貴様も気付いちまったか。その通り、この組織は俺様に対する不満だらけだ。俺様が好き勝手動いてきたってのもあるからな……」

「アードへの探究か」

「ゼロットの大多数の人間はシリア騒乱の終わりを望んでいる……。俺様が振るえば終わっちまうからな。だが、それを後回しにしてまでこんな事をしている事に不満を持つ人間たちが居るってことさ。逃げられる可能性に関してはさほど大きな問題ではねぇ。俺様は去るものは追わず……ってな。勝手にやってろと言いたい。ま、逃げて尚も生きていられればの話だがな」

どうにもモヤモヤしていて仕方がない。

NSAの連中はキーシュとその仲間たちを極悪人に仕立てあげたかったのか、恐ろしいイメージを植え付けているところがあった。
恐怖と力で支配し、組織を意のままに操る。

どこか、そんな姿でキーシュを捉えていた。

「じゃあ、その気になれば……石井と山背も?」

「コレが終わって本人達が帰りたいってんなら解放してやるよ……。自分たちから志願しておいて辞めたいなんて言うのは身勝手極まりねぇがな……。ま、その時ぐらい1発殴っても問題ねぇだろ」

高野としては、2人を保護出来ればあとはどうでもよかった。
その過程で平和的に解決出来ればそれに沿いたい思いもあることにはあった。

「あの2人は……どう言った形でお前の元へ行ったんだ?」

「夏の大会が終わり、俺様が一時日本に戻って来た時の事だ。どういった情報を手に俺様の所へ来たのか分からないが……突然こう言った。"僕と彼女を仲間にしてくれ"ってな」

それはつまり、その段階で石井と山背が付き合っていたと言うことだろう。
そしてその言葉から察するに、山背からの申し出である事が伺える。

「俺様ははっきりと答えた。Noとな。だが、やけに男の方が引き下がらなくてな……。何故そこまで深部に拘るのか聞いてみた。そしたら言ったのさ。"ジェノサイドが再び深部に身を落とした"と」

「……」

高野の大学の友人たちに共通する事は、"高野洋平はジェノサイドだった。だが、香流慎司に破れた事で深部からは手を引いた"という認識を持っていたことだ。

だが、それは大会時に粉々に砕けることとなる。

「ジェノサイドはデッドラインとして新たに活動している……。あの時の行動が無駄だった。そんな事を言っていたっけなぁ?」

他にも、"深部にはチャンスがある"、"稼ぐにはピッタリ"、"強くなれる"などと山背は何も知らない癖に堂々と主張していた事をキーシュは教えてくれた。

確かに山背という男は深部という世界に少なからず興味を持っていた人間だ。
そこに、高野洋平というある種の魅力に溢れた人間と関わる事が出来て尚且つ、再び深部の世界に身を落としたと聞けば、行動にも変化が現れてしまうのだろう。

「要するに、俺のせい……。って事か」

「だろうな。試しにジェノサイドを殺せるかと聞いてみたらなんの根拠もなしに"殺せる"なんて言いやがってなぁ……?こういう人間を何て言うんだっけか?意識高い人?」

カテゴリがあるとするならばどちらかと言えば"意識高い系"だろう。
見せかけでしかないのだから。

「休憩時間はあとどの位だ?」

「1時間だ」

「そぉかよ」

高野は時計を見つめながらそう尋ね、そして元の建物の跡へと戻って行った。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.503 )
日時: 2020/06/26 17:21
名前: ガオケレナ (ID: 8rukhG7e)
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そろそろ休憩時間も終わりとなる頃。
キーシュが高野の元へとやって来た。

「大穴は見つかったか?」

「ねぇよ……あったら伝えてる」

WiFiを繋いだ状態で高野はスマホの画面に集中している。
今更キーシュへ意識が向くわけが無い。

キーシュは日の陰に入りつつ壁とその向こうを上半身を乗り出すように眺めた。

すると彼は、無言で真下に座っている高野に拳を振り下ろした。

「いてっ……」

「見つけたら言えと言ったはずだ……貴様、まともな探し物すらも出来ねぇのか?」

小声で文句を垂れながら高野はキーシュの合図のままに、それまでよりかかっていた壁をよじ登り、その向こう側を見る。

そこは暗くてよく見えなかったが、更なる闇が広がる事だけは瞬時に理解出来た。

そちらへスマホの画面をかざす。

「あれは……?」

巨大な裂け目がそこにはあった。
まるで、巨人が大地を掴んでは思い切り真横に引き伸ばしたかのような、決して不自然には見えない、大きな穴が。

「おい、あそこに何か変なのが……」

「メナヘム!!メナヘムッッ!!」

高野が振り向いてキーシュに声を掛けたのと、仲間の考古学者を呼ばんとキーシュが叫んだタイミングが偶然にも一致する。

声を聞き、メナヘムが走ってやって来た。

「あれなんだが……分かるか?」

「見てみよう。少しライトをいいかな?」

高野が立っていた位置に今度はメナヘムが登る。
何かを求められているのを察した高野は、明らかに彼の手の先にあるスマホを与えた。
辺りが陽の光で明るく、画面の光量を最大且つ照明時間を15分程に設定したせいで最早電灯代わりになっている。

何もそこまでしなくていいだろうに、自分のを使えよと心の中で呟いた高野は、言葉が通じない代わりに表情でそれを示す。

「……」

メナヘムは2分ほどその先を眺め、すました顔をすると壁から降りる。

「どうだ?分かったか?」

「やはりな……思った通りだ」

メナヘムは、高野には通じない言語でキーシュと会話しつつ感謝の言葉のひとつも無しにライトを彼の手の上に置く。

「穴の先は暗く、深すぎて見えない。恐らく何十メートルとあるだろうな」

「流石にその先は無理か……」

「だが、あれでハッキリとした。建物の真下にポッカリと空いた穴……。今でも仮説でよく唱えられているものと一致している。アードの滅んだ原因はズバリ地盤沈下だ」

「そうなってしまうのかよ……」

キーシュはどこか落胆しているようにも見えた。
互いの言語が外国語なので、後になってキーシュが高野に日本語でそれを教えてはくれたが。

「聖典の記述は少なからず間違いではあるな。じっと耳を澄ませばそれでも遠くからではあるが水の流れる音が聞こえる。地下水の地盤沈下。それ以外に答えは無いね」

「ハハッ、じゃあなんだよ?それは……」

キーシュは突然、ふざけた物を見る調子で笑い出す。

「俺様の先祖は……好き勝手やった挙句にこんな事にも気付けず、この地下に埋まっちまったって訳か?」

「流石にこんな事が突然1つの街規模でやられたらどうしようもないだろ……。恐らくコレから逃れる事の出来た人々がイスラーム勢力などと合流して同化したのだろう。そして、その子孫が……」

「俺様……か」

そこに、聖典の記述のような暴風は無かった。
あるのは、過去の栄光と共に埋没したただの"跡地"だ。

「預言者の回顧録にも大穴の記述がある。この時代から既にあのような状態だったのだろう」

「コレで……終わりだな」

キーシュは、2人がどんな会話をしているのかさっぱり分からないせいで、きょとんとしている高野を見ると、

「此処での調査は終わりだ……。貴様の友達は此処には居るはずだから話でもなんでもして連れ去るなりしろよ」

「それは……ちょっとアッサリし過ぎてないか?いいのかよ?そんなんで」

「黙ってろ、これは俺様の事情だ。貴様は貴様の用事だけ済ませてしまえばいいだろうが」

状況がうまく飲み込めず、本当に言う通りにしてしまっていいのだろうか。
最後まで戸惑う高野だが、そこに2人が無事に居てくれれば問題は無い。
言われた通り遺跡の中を走り回り始めたのだが、

銃声が間隔を空けずに鳴り始めた。

姿を隠して潜んでいたゾロアークが、彼の襟を掴んではぶん投げる。
高野はその反動で倒れ込んだ。

「一体……なにが……?」

明らかに拳銃1つで鳴る音では無かった。
ライフルを装備した人間が乱射し、更に乗り物に取り付けた火器も加勢しているような身の毛もよだつ恐怖の音だ。

「遅ぇな……。連絡が遅すぎるぞデッドライン」

入口方向から聴こえたのは彼の知る人物の声。

「イクナートン……?」

「お前は個人で動いているのではなく、集団で動いているという自覚が足りないよなぁ?何度注意した?何度同じ事を言わせた?本当に……連絡は必ずしろと言ったはずだ」

ハッとして高野は時計を覗く。
だが、示されている時刻は10時。
逆に、彼の行動が分からない。

「お前こそ何をやっているんだ!?俺は"連絡を攻撃合図とみなす"としか伝えられていないんだ!何時に送れだなんて聞いていないぞ!?」

「それで?悠長に穴掘りしてましたってか?ふざけるのも大概にしろよ」

彼の背後から。
銃火器で武装された兵士が数名なだれ込んで来る。
一方的な攻撃が、戦闘が始まった。

ーーー

「やられたな……」

「大丈夫か?キーシュ」

物陰に隠れたキーシュとメナヘムは外を気にしつつ上空を飛ぶヘリに憎しみの眼差しを向ける。

「奴のことだ……。こうなる事は予想していた。少し乱暴な所はあるが……、まぁNSAの連中のことだしな。俺様を殺したくて仕方がないらしい」

キーシュは無言で腕を掲げる。
ギラティナがそれに気付くと同時に挨拶代わりのように巨大な尾を使ってヘリコプターを両断した。

「"敵"が攻めてきたぞっ!!全員持ち場に着けっ!!」

キーシュが叫ぶ。
すると、休憩で離れていたはずのゼロットの面々がこれを待っていたかの如く、方々にバラけるとそれぞれの反撃を展開し出す。

無防備に寝ていた高野も流石に危機感を感じ、隠れられそうな場所を探しに駆ける。

その間にも敵味方関係なく倒れる人影があった。

(クソッ……なんだよこれ……、これじゃあまるで戦争じゃねぇかよっ!!)

高野はそれまで自分が休んでいた建物跡の中へ飛び込んだ。
しかし、助走が強すぎたようで岩の壁に背中を強打してしまう。
痛みに悶えつつ身を屈めて様子を見た。

味方は人間とポケモンを使って攻めているようだった。
対してゼロットはポケモンを主として、そうでない人間が手榴弾を投げて抵抗しているように見える。

当然ながら、状況が分からない。
高野洋平が昨日、やぶれたせかいから戻って来た後もこのような展開を見せる作戦など1つとして知らされていなかったからだ。

どちらに向かって攻撃すればよいのか、判断出来ない。
一瞬そのように過ぎるも、

一つの爆発で数十人が吹き飛ぶ。
その誰もが武装した兵士であり、その爆発の原因はギラティナがやぶれたせかいから発した遠隔操作である事に間違いは無かった。

「一方的じゃねぇか……」

ギラティナの前ではどれ程までに身を固めても無意味だと言うことを知らしめてくれる。
その圧倒的な力に、人間もその辺のポケモンでも及ばない事がたった今証明された。

徐々に味方からの勢いが弱くなっていく。
主戦力であるだろう部隊が尽く潰され、そちらから響くのはポケモンの発する技の音のみという始末だ。

「イクナートンっ!!イクナートンッッ!!」

高野は無線機越しに叫ぶ。
だが、どうせ文句が飛んでくる事を感じ取っているのか、そちらからは何も聴こえない。

暫く固まっていると、一方から物音が全くしなくなった。
どうやら、味方はどれもギラティナに倒されたらしい。

高野は、今姿を現しても大丈夫かどうか、試しにとボールを1つ投げる。

出て来たのはラティアスだ。

そのポケモンは地上に出されるやいなや、空を、宙を飛び回る。
状況に反して楽しそうだ。

「大丈夫……か?」

しかし、そのポケモンに対し誰も彼もが攻撃を放とうとしない。
あくまでも、戦意が無ければ互いに様子を見ているようだ。

高野は恐ろしさを抑えつつ外へと出た。

NSAの面々とミナミ、レイジが、

5m程の高さのある岩の上に座り、地上を見下ろしたキーシュとその真上を飛ぶギラティナを睨んでいる。

「どういう……つもりだよ?」

一転して静寂に包まれた中で、高野はキーシュらに対し背を向ける。
その先に居るのはルラ=アルバスとイクナートンだ。

「テロリストを確保する。それ以外にあるか?」

「ふざけんな!!此処には俺の友人だって居るんだぞ!?勝手な真似すんなよ!!」

「その友人も……テロリストの仲間だろ?捕まえようとして何が悪い?」

「てめぇ……」

今この場で彼を殴りたくもなったが、思わぬ反撃が飛んできそうなのでそれは思い留めた。
彼の他にも銃を持った人間が3人ほど見えたからだ。

「そういう事だ!!貴様は少し違うようだったが、NSAの連中は何としてでも俺様と戦いたいようだ。ならば……それに応えるのが礼儀ってモンだろう?」

「何が礼儀だよ……俺は、」

しかし、敵も言い訳が答えられる時間を与えてはくれない。

ポケモンを手にしたゼロットの構成員が溢れ出てきた。

「クソッ……結局こうなるのかよっ!?」

今度はイクナートン達を見る。
ポケモンを使う人間が限られているのか、相手の期待に答えようとしているのがミナミとレイジのみとなっている。
このままでは、袋叩きにされるのが目に見える。

高野も対抗せんとボールを幾つか握っては放り投げた。
ラティアスとゾロアークと合わせて5匹程のポケモンが高野の周囲に展開される。

「貴様もその道を選ぶのか?」

「勘違いするな。俺は……お前たちと戦う為じゃねぇ。……俺の仲間を守る為に戦うんだ」

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.504 )
日時: 2020/06/29 22:09
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「ニャオニクス、'リフレクター'だ」

呼び出したポケモンの内の青い体色の1匹が誰よりも早く半透明な壁を自身の周囲にめぐらす。
ここに来て昨日の経験が役に立った。
これならば、高野洋平が拳銃の餌食になる事はない。

前を見る。

相変わらず、ポケモンとその使い手で溢れていた。
明らかに数で圧倒されてはいるが、もうここまで来て引き下がれない。

やるしかないのだ。

(とにかく俺の方へ引きつけるしかねぇ……。幻影の映る範囲に寄せるしか方法が分からないっ!!)

メガシンカさせたメタグロスで迫り来る前線を、ゾロアークの'ナイトバースト'で左翼の一部分を吹き飛ばす。

こうする事で少しでも自分に意識を集中させる。

「おい、この野郎!!」

前方から声が聴こえる。
昨日やぶれたせかいで戦った男だ。

「お前は……昨日の……」

「僕達はもうすぐで悲願が達成されるんだ!!1番大事な所で邪魔するなよおおおおぉぉ!!!」

その、口髭を生やした男は怒りのあまり涙をうっすらと浮かべているようだった。
高野はいまいち、その男が何に怒っているのかが分からない。

「とか言ってよぉ!!お前さっきまでの発掘調査ロクに協力もせずにサボりやがってたよなぁ!?なのに何が悲願だよ訳分かんねぇんだよ!」

「そんなのどうでもいいんだよぉ!僕達にはもっともっともっと大事なものがあるんだ!!それの……邪魔をするなよぉぉぉっっ!!」

彼の叫びがポケモンにも直接響いているようだった。
それと同時に彼の操るポケモン、ノクタスの'ニードルアーム'が大きく振るわれる。

大胆且つ大きな攻撃なため避けるのは容易だった。
ゾロアークは難なく翔ぶ。

しかし。

「うっ……ぐあっっ!!」

高野は不意に声を漏らした。
ノクタスの技は問題なかった。
その腕から吹っ飛んだ棘が彼に突き刺さったのだ。

右腕で顔を覆ったのが幸いだった。
その痛みは腕に集中していたからだ。

だが、高野も目の前のアスロンゲス1人に集中している訳にはいかない。

その後ろから、既に追っ手が迫っている。

(やるしかない……。前線の敵が俺に集中している今だ……っ……!いっ、、けぇーーーっ!!!)

高野とノクタスの間に入ったゾロアークが両腕から光線を発する。

射程圏内を暗黒に包んで目くらましをさせる。
その間に不意打ちを当てて無効化させる。

高野の作戦が今、成されようとする中。

「俺様の事忘れてんじゃねぇよバァーカ」

離れた位置に居るはずのキーシュの声が響く。

突如として突風が吹かれた。
ゾロアークが幻を魅せようとしたその瞬間を、ギラティナが巨大な翼と尾を使って撹乱して来たのだ。
技と同じで発動されなければいい話。

「だったら……貴様のゾロアークに幻影を魅せる暇を与えなければいいだろう?」

5m越しの声が何故か聞こえる。
どうやら、異空間を伝って届けているようだ。

吹き飛ばされたゾロアークは上空で何度か体を回転させるものの、その瞬間は来た。

今度こそ幻を発動させようとした所を、

ギラティナが虚空から現れてはそのポケモンを薙ぎ払う。

「なっ……なんだよそりゃあ!?」

動きが読めない。

高野洋平という1人の男の、これまで培って身に付いた常識をこのポケモンは軽々と破ってしまう。

その間にも、ゼロットの軍勢は今にもやって来る。

(どうしたら……?)

現世と異界を行ったり来たりするギラティナは捉える事が出来ない。
それどころか、やぶれたせかいから放った、世界線を無視した遠距離攻撃がレイジとエーフィを掴んでは遥かに飛ばしてしまう。

「レイジ!?」

ミナミは血を撒き散らしたレイジのその姿を見て動揺する。
いくら以前にディアルガとパルキアとほんの少し戦ったとは言っても性質が違いすぎる。

「どうしたら……どうしたらいいの……?」

彼女はまた別の戦いを見る。

弾き飛ばされた高野のゾロアークが、回り込んで待機していたバラバの手持ちポケモン、カポエラーが'フェイント'をかます。

技を受けたゾロアークが'カウンター'を打とうとしたその隙を、背後に現れたギラティナの'シャドーダイブ'で叩き潰される。

完璧なまでの連携。
隙が存在しない。

戦えるうちの1人、レイジが離脱した今、その結末は誰が見ても明らかとなり。

高野洋平は視線を腕に落とした後に目を瞑る。

その時。

近くで爆発が起きた。

白い煙が立ち上る。
その中から、カメックスと思しきポケモンが姿を見せては変身しつつ、技を放つ。
その鉄砲水はカポエラーを呑み込むことで、しばしの余裕がゾロアークに生まれた。

「だ、誰だ……?」

キーシュは突然の事に驚くも、その刹那その瞬間だけは赦しを与えてしまった。

視界を奪う闇が、目が使い物にならなくなったのではと思いたくなる程の、あまりにもリアルすぎる錯覚がゼロットの構成員の"すべて"を惑わせる。

結果として。
全体的な攻撃が止んだ。

そこへ、

「待たせてごめんなさい!!やっと会えましたね、リーダーっ!!」

それは、親の声よりも聴いた声だった。

「いや、時間通りじゃねぇか助かったぜ……ハヤテ」

それは、日本に居た赤い龍の構成員たち。
元ジェノサイドの仲間がこの為にと駆け付けて来たのだ。

彼らはゾロゾロと遺跡の中へと入り込んでくる。

「3日も掛かってしまいました……」

「何言ってんだ、後から連絡した事の方が多いのによく此処まで来てくれたよ……。それで、相手なんだが……」

「ギラティナ……ですか」

ここで戦士たちは見た。
この争いの根源ともいえる、圧倒的な力を。その正体を、その目で見たのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.505 )
日時: 2020/06/30 23:21
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平の両隣にハヤテとケンゾウが守るようにして立つ。

一体どれだけの仲間が来たのだろうか。
高野はきょろきょろと辺りを見た。

「とりあえずは20人くらい集めました。この後に遅れて2,30人ほどが来ます。間に合えば全体で100人ほどが……」

「そんなに集めたのか!?どうやって此処まで来たんだ?」

「そ、それは……」

と、ハヤテが吃る。
隣のケンゾウも若干ニヤける。

「いやねリーダー……。流石に全員分の座席を取る事は出来なかったんすよ。だから、その……パスポートとか、座席をすり替えたりとか……ちょーっと、ね?」

「だと思ったよ……」

よろしくない方法だと言うのは薄々ながら分かってはいた。
でないと間に合わない可能性が出てくるからだ。

こんな事なら塩谷辺りに協力を求めても良かったと過去の行いを若干ながら後悔しつつため息を吐いた。

「ところでハヤテ……お前メガシンカは使えるのか?」

「この通りですっ!」

高野をそのまま15cmほど小さくした男は歯を見せて笑うとメガバングルと1つのボールを取り出す。

中から出てきたのはアブソルだ。
と、忽ちにメガシンカが始まる。

ポケモンから発せられた衝撃と突風、そして遺伝子を模したような模様が空に一瞬浮かび上がった。

故にその力は本物。

「敵はギラティナ及びキーシュと有象無象共だ……。お前ら、いけるか?」

「当たり前っす!」

「行けますよ」

果たして2人は神と呼ばれたポケモンを相手取った事があっただろうか。
その経験があった上で絶対的な自信を持ち合わせているとするならば相当な物である。

「よし……行け!!」

深くは考えない。
相手が化かしで怯んでいる今、突き進むしかないのだ。

まずは3人。
高野とハヤテとケンゾウが先陣を切る。
後に続く仲間を鼓舞する為と、大きな戦力を持つ3人がより多くの敵を一掃するためだ。

「大した自信だ。掬われなければいいのだがな」

どういう訳か背後から男の声がした。
誰のものでもない、聞いた事のない低い声だ。

高野は直後に振り向く。

「誰だ……」

やはり、見た事のない顔だ。

銀色の髪、色白の肌。
そして目の下の隈に黒のペイントを施したのだろうか、不気味さがより際立つ雰囲気を放つ見知らぬ青年だった。

「お前は誰だ」

仲間やイクナートン達で出来た群れの中に紛れていたのだろう。

その男は高野目掛けてモンスターボールを放つ。

「キーシュのポケモンがそんなに珍しいか?かと言って後ろがガラ空きだぞ。ジェノサイド」

「知っているのか……その名前」

ボールの中身はゲッコウガ。
そのポケモンが鋭く尖った手裏剣を手に、今にも投げようとしている。

「ッッ!?……っざけんなぁ!!」

既に顕現していた高野のポケモンの内の1匹、ヤミラミが小走りで戻って来ては身を呈して主を護らんと飛び出す。

高野からすれば予想外の動きではあったが、悪くは無い運びだ。

(相手のゲッコウガが物理型ならば'おにび'で、特殊型なら'バークアウト'でジリジリ削ってやろうか……?)

早期に決着を付けてはキーシュを叩く。

だが、そのような甘い想定は脆くも崩れ去る。

ヤミラミが手を伸ばしたせいでゲッコウガの水手裏剣が逸れた。
そのせいでゲッコウガはトレーナーの元へ翔び、距離を取られてしまう。

「邪魔だな、そのポケモン。それさえ無ければお前の首は私の手の中にあると言うのに」

「そんなに俺を殺したいか?やれるモンならやってみろよ……。お前に神と戦える程の度胸があれば相手にしてやる」

自分の二柱の神と呼ばれしポケモンと戦ったという滅多に無い経験から、驕りが生まれてしまう。
だが、高野洋平という男はジェノサイドの頃から挑発を繰り返してきた男だ。今更という訳でもない。

「嘗められたものだな。私も……ゲッコウガも」

「オイオイ、この俺だぞ?第六世代になってからどれだけのゲッコウガを相手したと思ってんだよ?今更'げきりゅう'だろうが'へんげんじざい'だろうが怖くはねぇんだよ!!」

今ともなれば'ダストシュート'を使う物理型も増えたが、'カウンター'を主とするゾロアークの前では脅威にも満たない。

「そうか……。お前にとっては鎧袖一触という訳か?私のゲッコウガも」

異変は、突如として起きた。

男のゲッコウガに、水がまとわりついた。
その水は波を伴い、全身を包む程の大きな渦となる。

そして見た。

メガシンカが発せられた時に瞬く、"遺伝子を模した模様"が。

「ちょっ、お前……」

信じられないものを見ているようだった。
高野は、あの時のように幻を魅せられては化かされている。
そんな予測を立ててみる。

渦から現れたゲッコウガは、全体的に尖ったビジュアルをしていた。
背中の水で出来た手裏剣はより巨大になり、その頭部は赤く鋭い。
まるで、帽子でも被っているようだ。

「何を驚く?お前のポケモンにも有り得る事象だぞ?」

「違う!!お前は……お前は自分のポケモンに何をした!?改造か?解析か?そんなポケモン……見た事も聞いた事もねぇんだよ!!」

高野の脳裏には過去の惨劇が蘇っていた。
組織ぐるみで改造データを操り、ふざけたポケモンを使用してきた悪人たちの姿が走馬灯のように流れてゆく。

彼にとっては"それ"と同じにしか見えなかったのだ。

「少し考えてみることだ。これは、お前にも可能性があるのだからな?」

「はぁ?……どういう事だよ」

「こういう事だ」

そのポケモンは速かった。
瞬きする暇もなく、変身したゲッコウガはヤミラミの前に踊り、背中に備えた手裏剣を握ると、まるで棍棒のように振るい、跳ね飛ばしてしまう。

「か、堅いポケモンだよなぁ……?ヤミラミって」

呆けたケンゾウが無気力そうに呟く。
だが、真の問題はそんな事ではなかった。

「お前のゲッコウガ……勝手に動いたのか?」

銀髪の男は現に、その間何も言葉を発していなかった。
手で何かしらの合図を送った訳でもなかった。

それはつまり、

「俺のゾロアークと同じ……。勝手に状況を判断して……動けるのか?」

「そうだ。奇しくも私が理想だと思った動きをな。すべて再現してくれる」

恐ろしい。

そんな感情を抱いたのは久々だった。

今まで自分が強力だと思っていた力を、相手も使用している。
日頃使い慣れているからこそ、その強さが分かるのだ。

それに、ただでさえ速いゲッコウガである。
たった今まさに、剣が放たれた。

「……?」

しかし、高野洋平は倒れない。貫かれない。

「確かに未知なポケモンは怖ぇよ?でも、ゲッコウガはゲッコウガだろ?」

'みずしゅりけん'を多用する。
それさえ分かれば良かったのだ。そんな意味ではヤミラミの犠牲は無駄では無かった。

投げられた鎌は、空中で静止していた。

男の放ったゲッコウガと同等の力によって。

「'カウンター'」

化かしを解いた狐が拳をはらう。
'みずしゅりけん'の速度は倍となり、持ち主の元へと返っていく。

「やはり……お前のポケモンも面白い」

「未知のデータ気取るなら……もっと別次元のポケモンを引っ提げる事だな?……失せろ、卑怯者」

高野は躊躇しない。

避ける間もなく跳ね返った手裏剣を受けたゲッコウガに対し、'ナイトバースト'を命令する。

ゾロアークの全身から放たれた赤と黒の閃光はゲッコウガを、その直線上にいた銀髪の男をも巻き込んでは吹き飛ばす。

一時的な戦闘を離脱させるには十分だ。
足らない時間を無駄に割く訳にはいかない。

高野は再び、キーシュと神を見る。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.506 )
日時: 2020/07/01 13:57
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


余計な戦闘に時間を費やしてしまった。
見れば、自分たちは最前線からは外れ、また別の仲間達がそれを担っている。

「なんか……敵の動きが鈍くないですか?そうでない方もいますが……」

「俺がさっきイリュージョンを放った。目が見えなくなるものをな。だから突破は容易いと思うんだが」

基本的にゾロアークの放つ幻影に時間の縛りは無い。
自ら解く場合と、対象者が"欺かれている"と気付き、打ち勝った場合によって解かれる。

問題は、その判別を自分たちが出来ない点だ。

(対象が1人の人間と1匹のポケモンならば経験則で分かる。だが、ウン10人ともなれば話は別だ……。演技している人間が1人でも居れば……突破は止められちまう!!)

かと言って止まる理由にはならない。

キーシュを叩く。
そうすれば、この戦いは終わる。

足の震えを無視して突き進み始めたその直後。

ウバールの遺跡全体を巻き込む程度の衝撃が突如として発生した。

戦闘の起きる中心地。
そこが爆心地でもあったかのような、近くで起きたかと思えてしまうようだった。

最早敵も味方も関係なかった。
戦っている人間のすべてがその大きな爆発に巻き込まれては吹き飛ばされる。

高野洋平もその1人だった。
銀髪の男と戦っていたのが幸いして、その中心地から離れていたお陰で飛んでくる砂利を全身に受けたのと、5回ほど体を回転させるほどで済んだのだ。

「な、何が……?」

後方で控えていた仲間とNSAの連中も同様で皆が倒れている。
イクナートンに至っては短機関銃を手にしていた。

前を見ても同様であった。
彼にとっては仲間であるはずのゼロットの面々が地に伸びている。

「なぁ、ジェノサイド……」

土煙が舞う中、それまで戦闘を傍観していたキーシュが地上に舞い降りたのだろうか。
その声は煙の先から、つまり、倒れた仲間たちの山から聞こえてきた。

「貴様……シャルリー・エブドの襲撃事件って知っているよなぁ?」

「なん……、何を、言っているんだ……?」

全身から鋭い痛みが発せられる。
立ち上がるだけでも苦痛を感じる。
このままずっと寝ていたかったのだが、大親分が目の前に居るとなれば弱音を吐いてはいられない。

「フランスで起きたテロだ。貴様が日本でぬくぬくしている時であったとしても耳にしたことくらいはあるだろう?」

相手の意図が読めない。
自らの戦力を削いだ上で悠長に長話など愚の骨頂だ。
その一方で、彼を護るかのように背後にギラティナが鎮座する。

「クソ下らねぇ低俗な風刺画を得意とした新聞社を襲撃した事件だ。貴様はコイツらの絵を見た事があるか?」

「お前、今何をしたんだよ?今どんな状況か分かってんのか!?俺がお前に'ナイトバースト'を放ってみろ。誰かがお前に銃を撃ってみろ。最悪お前は死ぬぞ?」

「……話を聞けよ?ンなモン理解した上での行動だ……。貴様の幻影とNSAの連中が放たんとしたサブマシンガン。それらから俺様含め仲間を護るための行動だ」

「だからって……自分自身を危険に晒すのは誤りだな?お前は……」

「いいから答えろ!!貴様は……あの事件で何を知った?何を学んだ?」

果たしてキーシュ・ベン=シャッダードという男は話の通じない人種であっただろうか。
ほんの数10分前までは共同作業を行い、雑談を交わしていた男とは別人にも思えてしまう。

「知らねぇよ!!日本とは関係無いテロだろうが……やり合いたいのなら勝手にやり合ってろよお互いに!!」

物事の進み具合に苛立ちが募る。
山城と石井が見つからない。
キーシュに打ち勝つ事が出来ない。

そんな背景から、問答についても粗暴になってくる。

「本気で言っているのか?……だとしたら残念だ。現役大学生の声が"それ"ともなると憐れに思うよ」

戦地の真ん中であると言うのに。

キーシュはのんびりと散歩しているような足取りでゆっくりと周りを眺めつつ歩く。

「風刺自体はフランス人お得意の芸だからな……それを言ったら日本人を対象にしたふざけた落書きもある。確かにその風刺に対して本気でキレた俺様の仲間も居る事には居る。流石にイスラームを馬鹿にするのはマズイよなぁ?」

「結局何が言いたいんだお前は」

「おぉ、そうだ。本題に入らなければだな?俺様は酷く絶望したよ……。事件後の世界の動きについてな?」

事件のあと。
世界では様々な動きを見せていた。
流石の高野もそれ位は知っている。

「過激な風刺を批判する者、表現の自由を叫ぶ者、テロを非難する者……。その姿はそれぞれだった。だが、俺様が1番気に入らなかったもの、それは"私はシャルリー"というスローガンだ。あろう事か、奴等はクソふざけた人間に同情して、その死を悲しんでいた……」

高野洋平は掴めずにいた。
彼が何を伝えたいのかを。一体何を訴えているのかを。

「テロは確かに卑劣な行いだ。それを行う者も、それを助長する存在もすべてが悪だ。だから、本来はこんな事で比べたくはないのだが……12人だ。このテロの犠牲者数だ。つまり、世界はフランスで起きたがために、たった12人の死を悼んだのさ。……では、一方で紛争地では?シリアではどうだ?」

それは、嘗て自分自身の目で見てきた真実。
決して海の向こうで平和に過ごしている人間には絶対に理解出来ない理不尽そのもの。

「シリアでは……罪の有無に関わらず大勢の人間が死んでいたよ。貴様らがテロの死を悼んでいる最中、ミサイルの誤爆を受けた現地の子供たちが一遍に何百人と死んだのさ。この違いが……貴様には分かるか?」

「それは……今、話すことなのかよ?」

「人間の命は平等では無いのさ。アメリカで9.11が起こった際はこの世の終わりを叫ぶ有様でありながら、それ以上の罪無き人々が死んでも貴様らは無関心。貴様らが悲劇に祈ってはいても、アレッポの子供たちが何千何百と死のうが決して祈りはしないっっ!!…………、なぁ、祈れよ?」

感情を上乗せした、怒りにまかせた口調から一転、キーシュの声色は穏やかとなる。
そのギャップから、彼の本気度というものが伺える。

「本気で平和を……。本気でテロを憎むのならっっ!本気で世界を愛するのならば祈れよっっ!!バグダッドに、トリポリに、アレッポに!!!貴様らの勝手な偽善で勝手に人の命の価値を変えてんじゃねぇよっっ!!」

1人の男の心の叫びがあったからだろうか。
呼応するように続々と彼の仲間が立ち上がる。

「俺様は……そんな腐った世界の根本の原因たるシリアの戦争を終わらせる為に此処に在る。その為の力を手に入れた……。そして振るう!!貴様が今ここで邪魔をすると言うのなら、貴様の思う平和を今ここで訴えてみせろよ……。俺様の考えを否定してみせろよ!!」

「じゃあ何でこんな所で油売ってんだよ!?本気でギラティナ使って戦争を終わらせるって言うのなら、今すぐそっちに行くべきだろうが!!何がアードだよ?何が先祖だよ!?何でお前はこんな所に居るんだよっ!!」

本当に彼の主張が本心に基づいているのならば。
"普通の"人間ならば当然に抱く感想だ。
現にキーシュは言っていた。"同じような事を仲間からも言われた"と。
仲間内からでも唱えられているのならば、その声とは真剣に向き合うべきである。

だが、高野が知る術は無かった。

キーシュという男の背後には騒乱で亡くなった少女の姿がある事を。
その少女の持つ唯一の形見が『預言者の回顧録』である事を。

「貴様には……絶対に分からないだろうな……」

「あぁ。分からないだろうね。偽善者を叩く偽善者の考えなんてな」

決して分かり合えない。
世界には必ずそう言った人間が存在する。
故に争いが生まれる。

キーシュの眼差しは、冷ややかながらも寂しそうで悲しげだった。

しかし、だからと言ってギラティナそのものを攻略する術の一切を持ち合わせていない。
如何にして立ち向かおうか攻めあぐねていたその矢先。

1発の乾いた銃声が、辺りに響いた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.507 )
日時: 2020/07/01 19:55
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
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読まれなかった回顧録の1ページ

私はすべてを諦めた。
アアドの民が存在しないとなれば、夢の都がそこに無いとなれば、私は何の為に命を懸けたというのか。

ムフタールとはその後に別れた。
彼は一人でアル・ムカッラーまで戻る事を事を告げ、最後に私に別れの言葉を紡いでくれた。

『とても素晴らしい旅だった。もしも、また私の力を欲したければ来てくれ。私は引き続きアル・ムカッラーで宿を営んでいるよ』

『ありがとう、友よ』

私はサラーラに残った。

アアドが存在していなかった事を認めない訳では無かったが、もしかしたら別の形となって残っているかもしれない。
そんな妄想染みた期待を背負いつつ、今更カリフの元へ戻るのも一族の恥だと感じた私は一人、探し物をしては収穫の無い日々を送っていた。

旅を終えてから3年ほどが経った頃だろうか。

アル=マディーナ・アル=ムナウワラから、使者がやって来た。

『予言者フードその人であるか?』

『私に名乗るほどの名前などない』

『あなたは、予言者フードでありますか?』

三日三晩に渡ってその使者は私から離れることはなかった。
遂に折れた私は、名を名乗り、何故使命を捨てたか、そして何を見たのか。

全てをありのままに告白した。

『そんな事があったとは……』

『私もとても残念だった。天国を再現した"イラム"をこの目で見たかった』

『我がカリフは、クルアーンの統一を望んでいます。今こうしている間にも、捻じ曲げられた文章を手にした憐れな信者の間で争いが起きています』

『だが、クルアーンに書かれたアアドは存在しなかった』

『ですが……』

『使命を果たせなかった。そんな私に価値など、ない』

『この事は……我がカリフにお伝えしますか?』

『好きにしてくれ。だが、私は戻らない』

そのように伝えると、使者は帰っていった。

それから10年後。
私は、我がカリフが天に召されたと伝え聞いた。
聖典の統一を成し遂げた、理想の君主であった。

私はある時、改まった内容の聖典を見た。
アアドとサムードは、我らの強さを誇示する為に、敗れた事になっていた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.508 )
日時: 2020/07/01 22:27
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
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第七ハフトハーン、真実と偽り

銃弾は後ろから放たれた。
高野洋平は、おそるおそるそちらを見てみると、頭から血を流したイクナートンが小銃を手に佇んでいる。

全身から嫌な汗を流しながら、目で軌跡を辿ってゆく。
それは、真っ直ぐに進み、遂にはキーシュの右腹部へと繋がっていた。

「イクナー……トン……?」

「ったくよぉ……。クソふざけた妄言垂らしやがって……。戦争を終わらせる?子供たちに祈れだぁ?"命令無しに動けない"置物だけ持って大層なことを抜かしやがる」

彼の右腕は今使えていない。
慣れない左手で当たるかどうかも分からない1発を放ったに過ぎなかった。

だからだろうか。

胸を狙ったはずの銃弾は少し外して腹部へと命中した。

流石のSランクのリーダーであっても、ギラティナを扱える人間であっても、人である以上銃には勝てない。

キーシュは、静かに膝をついた。

「おい!?キーシュ?キーシュッッ!!返事をしろっ!!」

バラバが駆け寄っては彼の体を支える。
その時点で既に呼吸は乱れていた。

「やかま……しいな。少し、黙ってろ……」

「死ぬなキーシュ!!お前……お前にはまだやる事があるんだろ!?あのポケモンの力を使えば……勝てるんだろ!?今此処で使っていいからよぉ!まずはアイツらを纏めて殺しちまえよ!!」

仲間が撃たれて動転するバラバ。
その腕に抱かれたキーシュの体はガクガクと不規則に揺れている。

「もしかして反物質爆弾の事か?それなら無理だ。奴は絶対に使えない」

バラバの声を捉えたイクナートンが吠える。

「理由は簡単だ。自分たちも巻き込まれるからだ。"反物質を扱える"とあるが、どこまで、そしてどのように扱うのか本人ですらも知る由もない。使った事がないからだ。そうだろう?アードの生き残りさんよぉ?」

そして、ギラティナはキーシュの命令が無ければ動くことは無い。
自然発生した存在故にその中身は不安定なのだ。

高野のゾロアークや銀髪の男の変身の出来るゲッコウガのようにはいかない。

「それからー……戦争を終わらせるだとか言っていたよなぁ?その理由が本当で、更にもっと早くから知っていたとしても、俺は今以上に本気でお前を狙い、確実にその胸に拳銃を突き付けていたよ」

高野は一瞬、耳を疑った。

そして、イクナートンが何を言ったのかその頭で深く意味を探る。

「オイ……どういう……意味だ?それは」

「なぁデッドライン。お前にもちゃーんと説明しなきゃ駄目か?今俺が言った通りの言葉をひとつひとつ理解してみろ」

「俺はっっ!奴等がテロリストだから……絶対的な悪だから追えとお前は言ったよな?俺はその言葉を信じていたぞ?だが、今のはどういう意味だ?それはつまり、シリアの戦争を終わらせるのがゼロットの目的だと早くから知っていたとしても、同様に追うって意味になるのは俺の間違いか?」

その言葉を聞き、イクナートンは低く笑う。

熱風が吹き荒ぶせいで意識が無駄に削がれていく。
戦いが終わるのならば早く終わってほしかった。

「デッドライン……その考えは間違いじゃあない。……困るんだよ」

「あぁ?なんだって?」

「困るんだよ!!今ここでシリアの騒乱が終わってしまうのがね!合衆国の為にも、あの国ではあと少なくとも5年は戦いを続けて欲しい位だ」

状況を無視して一人高笑いをするイクナートン。

仮に今の告白が真実だとするならば。

(それはつまり……俺達は騙されていたって事か?)

高野の中で疑念が膨らむ。
初めから募り始めていた不信感が溜まりに溜まり、今にも溢れ出さんとしている。

キーシュの叫び。
やぶれたせかいで聞いた"ラケル"という名。
そして、イクナートン含めNSAの目論見。

それらすべての事象が、点と点が線で繋がり、すべてが交わった瞬間。

高野洋平は、真の敵を見出した。

ーーー

「来た」

組織赤い龍の基地と化した集合団地の一角で。

メイはハヤテからのLINEを見て準備に取り掛かった。
赤い龍の構成員のほとんどが基地から離れ、アラビアへと向かっている。
ほんの少しの居残り組たちを守るため、彼女はこの組織へと赴いていた。

『今すぐGTSを開いて下さい!リーダーからの指令です』

一見何を表しているのか理解に苦しんだが、今回の騒動にNSAが絡んでいる事は塩谷議長からの事前情報で掴んでいた。

それはつまり、ネットを介した連絡はすべて読まれてしまう事だ。
重要なやり取りが別の勢力にバレてしまう。

それを念頭に置けば、ハヤテからのLINEの意味も少しは理解出来る。

ゲームを開き、ネットに繋いだ上でGTSを開く。
直後に、ある人物から交換の申し込みが届いた。
当然、誰かは分かっている。

交換画面へと変わり、相手が提示したポケモン。

そのニックネームを確認すると、

「把握したわ。議長に連絡した上で準備に移ってあげる」

メイは次なる手段を打つ。
すべては事態の収束のため。そして、"彼等"の安全のために。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.509 )
日時: 2020/07/02 16:50
名前: ガオケレナ (ID: pkc9E6uP)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


高野洋平はラティアスを除く4匹のポケモンをボールに戻すと、くるりと振り向いた。
その中には大活躍をしたゾロアークや、それまで倒れていたヤミラミが含まれている。

「どうした?デッドライン?まだ作戦は終わっていないぞ?」

じっと見られている気がするイクナートンが暗に"戦え"と命令する。

だが、どうも彼の様子がおかしい。

その目はイクナートンを見つめ、鋭く怒りに満ちているようだった。
そして、今にもボールを構え直している。

「デッドライン?」

「お前は……騙したな?俺を」

「少し大人になれ。それくらい許せる人間になろうぜ?悪意があった訳じゃない」

「お前は……平和を否定して戦争を望んでいるな?」

「いい加減にしてくれ。それは俺の意志じゃない。合衆国の意志だ」

「黙れ」

高野は静かに吠えた。
明らかに殺意を伴っている視線に、イクナートンも少しばかり応じる羽目になる。

「……なぁ、デッドライン。分かってくれ。これも平和の為だ。ご存知の通り合衆国は世界で一番借金を背負って……」

「だからってシリアでやり合う事はねぇだろォがよォォォ!!!」

高野はスライダー気味に投げる。
中から現れたガチゴラスが、今にも噛み砕こうと大口を開けて。

「分かってねェな!!合衆国にとって脅威だから巡り巡ってこうなってんだろうが!!シリアもリビアも反米国家であるが故だ……大人しく歩み寄っていれば良かったものを!!そこは現地の政治家を恨む事であって俺に怒りを向けるのは筋違いだ」

「じゃあギラティナとキーシュが脅威だってんなら、アイツからギラティナを取り上げちまえばいい話じゃねぇか……今すぐそうしろ!!でなければ俺は今からお前らに牙を向けるっっ!」

「銃で死なない自信があるのならば……やってみるがいい」

イクナートンはギリギリのタイミングで屈んでその猛攻を避けた。
もしかしたら、本当にやる気の可能性が彼の中で浮上してくる。

何やら騒がしい。
力の抜けていくキーシュは、目の前で何が起こっているのかの説明をバラバに求めた。

「どうやら……仲間割れをしているようだ。ジェノサイドが……NSAと喧嘩している」

「そうか……お互い……馬鹿なことだ……」

弱り果てているキーシュの対処を巡り、ゼロットの仲間たちでも意見が割れ始めてきた。
今にも逃げ出して病院に行くべきだと主張しているヒゼキヤと、この場で銃弾を取り出すべきだと叫んでいるアスロンゲスが無駄に声を張り上げている。

「苦しそうだな、キーシュ」

そんな彼の元へ、また別の人影が増えた。
銀色の髪、隈を生やした物静かそうな青年。
その服は土埃で汚れていた。

「ユダか……。久しいな、その顔……」

今にも死にそうなほどに苦しいと言うのに、目の前の男は涼しい顔を保っている。
1つの組織にとっては非常事態であると言うのに、どこか他人事のようだ。

「向こうに手強い奴が居てな。命令が必要ないポケモンなど私のゲッコウガ以外にも居るものなのだな」

「ソイツは……ジェノサイドだ……。奴の、ゾロアークと……ラティアスは……危険、だな」

キーシュは反射的に呻く。
だが、事態に何ら変化は起きない。
後ろでガヤガヤ叫び合っていても、何も変わろうとしなかった。

「苦しいだろう?ならば私が助けてやろうか」

ユダはそう言って、ゲッコウガを召喚するとそのポケモンはゆっくりと巨大な手裏剣に手を触れる。

「すまんな。これも世界の為だ」

変身を済ませたゲッコウガとユダの凍てつく視線でキーシュも悟った。

自分を殺りに来ている、と。

(結局……この、ザマかよ……)

キーシュは残念そうに目を瞑った。
ここで夢も目標も絶えてはしまう。

が、心のどこかで望んでいた"死"が今にもやって来るようで若干喜ばしかった。

アードの結末を知る事が出来た。

戦争は止められなかったが、これからラケルに会うことができる。

もう、悩む必要もなくなる。

その事実を受け入れる準備の整ったキーシュは今、完全に目を閉ざす。

そして、それを見届けたユダは、ゲッコウガは、静かに手裏剣を放った。

"遥か後方の、高野洋平の元"へ。

ーーー

高野はその瞬間を見た。

キーシュと銀髪の男が一言二言交わした後にゲッコウガが手裏剣を放ったその時を。

次に意識がハッキリした時。
自分は砂利の上に横たわっていた。

その直前に、"誰かに突き放されたような"痛みを帯びながら。

そして、見てしまった。

「ハヤ……テ?」

仲間が鋭利な刃物で貫かれたところを。
右肩が斬り裂かれ、大量の血を吐き出している。その姿を。

嫌な予感が的中してしまった。
敵のゲッコウガが高野を狙わんと殺意を潜めつつその期を狙っていた事を。

危ない、と思った時既にハヤテは自身のリーダーを、仲間を突き飛ばしていた。
だが、自身は逃げられなかった。
庇うような形となり、その刃に倒れる。

尻餅を着く形となって、ただ呆然と見つめた後に。
高野の中の止まった時計の針は再び廻り始めた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.510 )
日時: 2020/07/03 20:20
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「外したか」

銀髪の男ユダは事の顛末を見届け、もう一度高野洋平を狙おうか悩んだ。

「ユダ……お前、何をやっている?」

「ジェノサイドを殺そうと思ったが……失敗したようだ。奴は今後脅威となるだろう」

「とにかくっっ!!このままじゃあキーシュが死んじまう!どうにかしてくれよユダぁ!」

バラバがキーシュを抱えつつ叫ぶ。
だが、ユダは顔色一つとして変えようともしない。

「知らんな。死にゆく人間になど微塵も興味は湧かない」

「ユダ……」

何処も彼処も絶叫だらけで非常に煩い。
他人にとってはとにかく耳に悪い場所だった。

ーーー

「ハヤテ……?おい、ハヤテ……」

高野は開ききった瞳孔でハヤテをただ凝視した。
片腕を千切られた仲間は、向こうの首領以上に深刻そうである。

「リー……、ダー……」

「ハヤテすまない!!俺が油断していたばっかりに!!頼む、すぐに助けるからっっ!!あと少しだけ……」

「ごめん、なさい……。リーダー……」

そう言うと、ハヤテは二度と口を開かなくなった。
半開きの生気の無くなった目が、無常なる事実を告げながら。

「ハヤテ……」

高野は彼を抱き、頬に手を触れる。
実感が無かった。
まだ生きている。

そう思いたかった。
そうとしか思えなかった。

だが、瞳は決して動かない。
少しだけ開いた口から息が吐かれる事もない。

高野洋平は、諦めた。

肩の力をがっくりと抜き、無念そうにゆっくりと目を閉じる。

「リーダー……まさか、ハヤテは……」

ケンゾウが駆け寄った。
だが、彼には見せられない。
誰にも見せたくない。

特にハヤテを溺愛していた彼だ。
何も、言える事が無かった。

「そんな……ハヤテが、死んだ……なんて言うんすか?」

筋肉質で逞しい彼からは普段見せることの無い、震えた声。静かに流す涙。

「俺の……せいだ。俺が、殺した……」

高野は、誰にも聞こえないほどの小声でそう呟いた。

「そろそろいいか?」

イクナートンがわざとらしく咳払いをしながら小馬鹿にするような声色で2人に声をかける。

そんな時だった。

「ギラ……ティナァァ……」

呼吸音と共にキーシュが真上を向く。

そして。

「ギラティナァァァァアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!」

死にかけの人間が発する言葉とは思えない絶叫が響いた。
その場に居た誰もがそちらを見た事だろう。

そして。

次の瞬間には、ギラティナ含めゼロットの人間諸共完全に姿を消した。

キーシュの叫びにギラティナが応え、彼等をやぶれたせかいへと飛ばしたのだった。

「逃げ……られたか……?」

イクナートンが出来うる限りの彼等なりの抵抗をいくつも幾つも頭の中で浮かべては消えてゆく。

「おい、起きろデッドライン」

仲間との別れ。
それすらも許さないと言いたげに。

イクナートンは彼を睨み付けたまま命令する。

「キーシュがギラティナと仲間と共に逃げやがった。今すぐ追え。そして捕まえろ。今すぐだ。ほら、起きろ」

「起きろ……だと?」

全速力で走ってきたミナミとレイジにハヤテの体を預けると、負けじと彼もイクナートンを強く睨みながら立ち上がる。

「ほら、起きたぞ?次は……どうしたらいい?それとも、今この場でテメェを殺してやろうか?」

「フッ、ハハッ……。面白いジョークだな?ネタの1つくらい言えるのだな?」

だがそれは、明らかに面白いものを見ている反応では無かった。
鼻で笑い、瞼はピクリとも動いていない。
嘘であることが丸分かりだ。

「キーシュが異世界を伝って逃げた。反撃をされる前に叩くぞ。幾つかの候補地をピックアップし、先回りするんだ。……まぁ、俺からすれば実際に国を攻撃してくれた方が理由付け出来て非常にやり易いのだがな」

「仲間が……死んだ」

「気の毒な事だ」

「5年間連れ添った仲間が死んだんだ!!コイツを弔ってやりてぇんだ……」

「そいつは残念な事だな。だが、よくある事だ」

「イクナートン……悪いがこれ以上は協力出来ねぇ。ひとまず日本に帰らせて貰うぞ……」

「敵はそこまで待ってくれるとは思えないんだが?」

「うるっせぇよぉぉ!!何が気の毒だっ!!何が理由付けだクソ野郎!!テメェからすれば自国民すらもどうなってもいいってのかよ!?」

「オイオイ、何もそこまで言っていないだろう?愚民が幾ら死んだところで、誰が悼むってんだ?」

怒りの限界だった。
ここまで他人に殺意を抱いたのはいつ以来だろうか。

ボールに戻したと見せ掛け、姿を隠したゾロアークを忍ばせた今。

再び、変化が起きた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.511 )
日時: 2020/07/04 12:20
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「イクナートン!!イクナートンっっ!!!」

ただ事では無いことをその声の主から判断したエジプト系の男は振り向く。
ルラ=アルバスが大いに焦っていた。

「大変なの!確保していたゼロットの男の子が居なくなっちゃったわ!!」

「なんだと!?」

前日に捕らえたテウダの事だろう。
拷問を加えつつ情報を吐き出させてやろうと思った途端にベラベラとすべて喋った情けない人間というイメージしか無かったせいでその衝撃は大きい。

「拘束されたり撃たれたりでダメージはデカい筈だが……よくもまぁ逃げやがって」

高野洋平とのやり取りは一先ず保留とし、テウダが居残っていたヘリへと向かう。

確かに、そこには誰も居なかった。
逃げるわけが無いと高を括ったのがどうも間違いだったようだ。

「どうする?」

「どうもしない。キーシュの真の目的を吐かせるために連れて来たようなものだ……存在価値など最早無いさ」

悪いな、と軽い調子で高野に対して言う。
対象が対象なので余裕さを保ち続けている風を装いつつイクナートンは彼等が立っていた場所へと戻ろうとして、

ふいに立ち止まった。

「……なん、だと?」

今まで見てきた物は何だったのか。
それまでのやり取りは現実か。

高野洋平の姿が消えていた。

彼だけではない。
その周りに漂っていた彼の仲間の一切が、事切れて動けなくなった人間の姿も無い。
何10人といた仲間の誰もが消えている。

痕跡そのものが丸ごと無くなったようだった。

「一体……ヤツは何処へ行った……?」

有り得ない。
一体どんな手段を講じて逃げたというのか。

周りに使える乗り物は無い。
ポケモンの'テレポート'では一度に遠距離を移動するのは不可能。

「どこへ……消えやがったあの野郎!?」

四方八方を睨むイクナートン。
その際に、見てしまった。

そして、発覚した。

空の遥か遠くに、数機の飛行機が飛んでいるのを。

ボン、とふざけた爆発音のような異音が鳴る。
自分の周りの景色が超スピードで流れていくような映像を見せられる感覚に陥らせる。

「やられた……」

イリュージョン。

高野洋平は、彼がテウダに意識が向いたその時から、もしくはそれよりも以前に自分の周りの景色を、イクナートンと彼の仲間全員を対象に化かして見せたのだ。

『ひこうきだせ』

メイに見せたゲーム画面には、そんなふざけたゾロアが表示されている。

ーーー

「よかった……上手く行けたようだ」

高野は10人程が乗れる飛行機に乗り、窓から地上を見下ろしながら言った。

「あらかじめサラーラ国際空港に用意しておいて良かった……奴の事だ。携帯でやり取りしていればバレちまう」

「それで、ゲームを合図に使った訳ですね」

破れた白作務衣姿のレイジが今初めて理解したように反応する。

「ですが……貴方にはやるべき事が残っていたのでは?」

「山背と石井は……あそこには居なかった……。こんな事になっちまった以上2人の保護は無理だ……。もう、諦めよう」

続けて2機の飛行機がついて行くように飛んでいる。

結局何も手にする事は出来なかった。

仲間の生命と2人の友。

海の向こうで多くのものを失った。
それを抜きに彼が手にした物と言えば、更なる混乱だろう。

まさに、最悪な旅だった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.512 )
日時: 2020/07/06 22:13
名前: ガオケレナ (ID: ix3k25.E)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「着いたぞ。ここでいいのか?」

「本当にありがとう……なんてお礼をしたらいいのか……」

ピックアップトラックの運転席に座っているテウダはその景色を眺めていた。

丁度、飛行機が真上をかっとんでいた所だ。

「これも何かの縁だろう。あの時お前達に会わなければ、1人で逃げていた所だからな……」

彼はぼんやりとその光景を思い出す。

その時。
誰もがキーシュに意識が向いていた時の話。

チャンスだと感じた。

自分はNSAのヘリコプターの中で取り残されていたのだが、戦いが始まる頃には手枷足枷は解かれ、たった1人の監視を付けられるに留まっていた。

だが、"その時"にはその監視役の兵士も異変を感じたのだろう。
短機関銃を手に戦地と化した遺跡へと走り去ったのだ。

キーシュ達が消えたのは突然の事であり、そして一瞬であったのでその間に逃げるのは不可能であった。

高野洋平がイクナートンといがみ合いを始めた直後から。

誰も彼を意識していなかった。

一目散にヘリから逃げ、彼等から1番遠い位置に置いてあるピックアップトラックに乗り込み、エンジンを始動してはバック走行で"陣地"から逃げ出す。

遺跡の敷地から離れ、まずは近くの街へでも繰り出そうと考えていたその時だった。

壁を挟んだ向こう側から、2人の男女が飛び出してきた。

走り始めた直後でスピードが乗っていない事が幸いし、彼等を轢く直前で停止する。

『危っねーーんだよクソがっ!!』

大声で怒鳴るも、2人はきょとんとしていた。
そして、その顔を見て理解した。

最近仲間入りした、コウヘイとマキの2人だったのだ。

『お前ら……どうしてこんな所に……?』

『あいつらから逃げて来たところだったんだ!!』

2人はキーシュにより、戦わないよう指示されていた。
全く使い物にならないのと、高野洋平の目の前で姿を現してしまえば彼の意識に変化が現れてしまう。

悪い方向に向かってしまうことを恐れたのだ。

『あの場所には……遺跡には来るなと言われていたな……?隙を見て逃げたのか』

特に見捨てる理由も無かったのでテウダは2人を乗せた。
そして、その果てに彼等を空港まで連れて行っては降ろしたのだ。

「本当に……ありがとう」

「行けよ。日本にさっさと帰れ」

「あの……あなたは、どうするの?」

心配そうな眼差しで石井が覗き込んできた。
キーシュと仲間がいなくなった今、特にする事がない。

「そうだな……今更国に帰っても意味無いし……。キーシュ達を探すさ。ギラティナと共に異世界に逃げたんだろう?お前たちと会えたのと同じように、どこかで突然会えたりするようなもんだろ」

希望を望んでいるような言いぶりではあったものの、期待しているようには聴こえなかった。

山背はテウダに対し大きな不安を覚えたが、

「いいから行け。追っ手が来てもおかしくないぞ」

その場で立ち止まってはどうしようもない。
彼の素人から見て説得力のありそうな言葉に影響され、山背はぺこりと一礼すると石井の手を握り空港へと走り去って行く。

それを見届けたテウダも、2人の姿が完全に消えた事を確認すると再び車を走らせた。

ーーー

日本に到着したのはそれから3日後の事だった。
荷物が無くて本当に良かったと何度も飛行機の中で思った。

「まさか……メイさんと繋がっていたとは……意外ですね?」

「正確にはそのバックに控えている塩谷議長だな。アイツには本当にお世話になったよ」

高野がルラ=アルバスと知り合い、日本を離れる直前。
彼は塩谷利章と連絡を取り合い、如何なる理由で日本を離れ、何をするかをすべて伝えていた。

その結果が、

「メイを挟んで連絡をしろってさ。だがその甲斐あってゲームでやり取りが出来た。ゲームを操作するだけだったら俺じゃなくてもいいもんな」

高野がレイジに説明を続ける。
確かにあの時、彼がイクナートンに怒りを向けていた最中にゲーム画面を開きメイとやり取りをしていたのは高野本人ではなく、仲間の1人であった。
そのお陰で高野洋平とレイジ、ミナミとその仲間たち全員は飛行機に乗れていたのである。

飛行機が着陸姿勢に入った。
ガタガタと揺れるその動きは、決してそんなわけは無いのだが、前時代に作られた機体なのではと変に想像を膨らませてしまう。

暫く待つと、飛行機は完全に止まった。
どうやら空港に着いたようだ。
地上に足を付ける時が来た。

1週間ぶりの日本の土だ。
施設の中を暫く歩き、ふと振り向けば、成田空港と示された案内が掛かっている。

国内に残っていた面子が事前に準備をしてくれていたからか、特別チェックを受けること無くゲートを抜ける。
その先に、メイが居た。

そして抱きつかれた。

どういった思いなのか。
それは彼女本人にしか分からないが、

「おかえりなさい」

その言葉は、とても優しく響いた。

「ただいま」

得るものよりも失ったものが多かった、追って追われての逃走劇が終わった瞬間だった。

「ハヤテが……死んだ」

「うん」

「山背と石井を……連れて帰る事は出来なかった」

「うん……」

魂の篭っていない、力の抜けた報告をする高野だったが、その間メイは彼から離れない。
抱きつく手の力を強め、そして後ろに控えているミナミらの視線にも臆すること無く彼の言葉を聞き続けている。

「キーシュは……逃がしちまった」

「……」

「アメリカのスパイ組織に……目を付けられちまった」

「全部知ってる。でも……」

メイはやっと埋めていた顔を上げる。
そこで初めて彼女の表情を見た。

「あなたが無事で……よかった」

嘗ての敵だったとして、誰がその言葉を、事実を信じるだろうか。

その目は腫れていた。
彼の為に涙を流していた。

高野洋平という1人の男の無事。
それが知られた事が、彼女にとって何よりも良いニュースだったのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.513 )
日時: 2020/07/07 20:35
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


眠れない日が続いた。
これまでの7日間が非日常過ぎたせいもあったからか、すべてから解放され、これまでにあった1つひとつの出来事を思い出しては考える余裕が生まれてきた。

だが、それでも認め難いものや理解できないことの1つや2つが蘇る。
それを思うだけで眠れなかったのだ。

動けない日も続いた。
時差ボケと言われればそれまでだが、この時までに蓄積された疲労で起き上がる気力すらも湧き上がらなかった。
一日中ベッドの上でスマホを見ては寝るサイクル。
大きな怪我が無かっただけマシなのだろう。
それでも、何をする気にもなれなかった。

高野洋平は、ジェノサイドというこれまで自分が動かしてきた組織の残党が多く残る人間の中に紛れていた。

ミナミとレイジが主とする組織、赤い龍。
嘗て、ジェノサイドにも組み込まれた連中の集まりだ。

赤い龍の基地は高野が通う大学からでもほど近い団地を丸々利用していた。
傍から見れば団地住みにしか見えない為カモフラージュにも適している。
いいセンスだと初めて聞いた時は思ったこともあった。

その中のワンルームに彼は居座っていた。
空き部屋ならまだ数多くあるとの事なので心配は無かったのだが、自分には関係の無いことだ。

「な、なぁ……ジェノサイドのヤツ全然出てこねぇぞ……?」

「ほっとけや。勝手に行って勝手に死んでんだろ」

やることが無いと周りの音がいつもよりもよく聞こえてくる。
自室の扉の前で、ルークとリョウが自分の事で会話をしている。

身近な仲間であっても、自分の事で盛り上がっていてもひどくどうでもいい。
普段通りならば隠れて喜んではいられたのだが。

「でもよぉ、ルーク。聞いた話だとジェノサイドの仲間が死んだらしいとかで……」

「だから何だよ?組織の人間なんざその辺の戦いでバタバタ死ぬぞ?たまたま見知った奴が死んだだけの話だ。そう考えると奴にとって俺たち構成員ってのは生きてても死んでても変わらない道具なんだろ。今までそんな目で見てたって事だろ」

「ルーク……何もそこまで言わなくても……」

自分が突っかからないと知ると好き勝手に言うのは高野洋平という人間も同じなのだが、そういった愚痴の類は本人の知らないところでやるものである。

このように自分が聴ける範囲でやられると非常に複雑な気分になってくる。

いつになったら扉越しの会話が途絶えるのか。
そんな事を思いつつスマホを操作していると、

「ほらほら、ちょっとそこどいて男子たち!私はその部屋の人間に用があるのっ!!」

「あぁ?何でお前が此処に……」

「め、メイさん!?一体どうして……」

声で分かった。
この組織には所属していない人間が此処にやって来たに過ぎない。
にも関わらず何故ルークとリョウの2人はそこまで狼狽えているのだろうか。
不思議に思ったのもつかの間、

バキッという色々な意味で不安になりそうな音を立てて無理矢理開けたメイが部屋へと上がり込んでくる。

と、言うより扉は破壊されている。

「おはよっ!レン」

「もうこんにちはー……の時間だろが」

「起きないの?」

「勝手に起きるから心配すんなー」

「……」

メイは突然黙り出しては横になっている高野を眺める。

そして、バサッと彼から掛け布団を剥ぎ取った。

「おい何すんだよ……まだ眠い」

「いつまで寝ているつもり?」

「……」

「誰も……敵は待ってちゃくれないよ」

決して絶望している訳では無かった。
その目を見れば分かるのだ。

「お前も……俺に戦えと言うんだな」

「当たり前でしょ。あなたしか頼れないもの」

「またそんな嘘を……」

と、言いつつまるで何事も無かったかのように起き上がっては部屋から出ようとする高野。
何故こうも上手く行くのかと不思議そうに眺めているリョウは反射的に声を掛けた。

「ど……何処へ行くんすか?」

「適当に。夜までには戻る」

ーーー

「んで?何の用だ」

「先生が会いたがっているわ」

高野とメイは外に出て散歩がてら団地の周りの整備された公園のような敷地を悠々と歩く。
彼女が来るということは相応の理由がある筈だからだ。

「先生?お前にそんな奴が居るのか?」

「塩谷議長」

「なら素直にそう言えや」

恐らくアラビアで起きた事の顛末を知りたいのだろう。
生きて帰ってきた自分以外に説得力のある人物が他に居ない事が悔やまれるが、彼としても主張したい事があるのは確かだ。

「塩谷議長は何処にいる?」

「先生は毎日出掛けているわ。そこらの議員と違って決まった事務所や議会場に居る訳じゃないの」

「じゃあ会うのは無理だな」

「ところがね!今日は知り合いに会いに行くとかで神東大学に居るのよ!」

「何でだよ都合良すぎだろ本当に居るのかよあんなチンケな大学で」

「もう少しゆっくり話しましょう?」

団地からは離れ、山の名残が残っている坂道を2人は歩く。

大学も団地もいずれも山の上に立てられたものだ。
少し歩くだけで校舎が見えてきた。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.514 )
日時: 2020/07/08 19:34
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


神東大学に到着した。
この学校を見るのは1ヶ月ぶりだ。

講義は休み明けにも再開……つまり、夏休みは残り2日との事なので単位の足りていない高野は毎日来る羽目になる。

「議長はどこに?」

「あそこよ」

メイは1つの建物を指す。

「食堂前のラウンジ」

「あのなぁ……」

ひどく呆れた。
議会の重役が来ているのなら、もっと安全で安心出来る場所に居るべきだ。
知り合いに会うと言うのなら、その人の研究室が手っ取り早い。
不特定多数の人間が入れ替わる所に居座るのは不用心と言うのではないのか。

そこへ行ってみると本当に彼が居たので尚更に拍子抜けしてしまう。

塩谷利章は2人の若者を見つけると木製の椅子から立ち上がった。

「やぁやぁ。騒動の後に呼び出してすまないね」

「いえ……もう休めたので」

「んん?」

塩谷は高野の反応に思わずにやけてしまった。
彼とは1月にも会ってはいるが、明らかに初対面時と比べて丸くなっている。
色々経験した、ということなのだろう。

「さて、と。それじゃあ話を聞こうかな?」

「まさかここで話を?もっといい所でもいいのでは?」

「高野くん?この大学は……とてもいい所だよ。でも君の直感は正しいね。一箇所に留まって話をするのは危険だから……そうだね。歩きながらでもいいか」

どこまで此処を気に入ったんだと疑問に思った高野だが、ここは無言で応じる事にした。
色々とお世話になった人に口を挟むのは好きではないのだ。

「先生……私は離れていましょうか?」

「いや、君も一緒でいいよ。3人で共有するのが1番だ」

塩谷はそう言って歩き始めた。
行先は決まっていなさそうな足取りだ。

「それじゃあ……アラビアで何が起きたのか、高野くん。まずは話してもらっていいかな?」

「え、えぇ……分かりました」

高野洋平はこれまであった事。

友人の香流慎司たちに誘われて神保町に行ったところから始まったこと。
"エシュロン"を名乗る人物に出会ったこと。
組織"ゼロット"が暗躍していること。
サウジアラビアへ赴き、キーシュとも邂逅したこと。
どういう訳かギラティナを操っていたこと。
自分の友人がゼロットに関わっていること。

そして。

ギラティナの正体が自然発生したポケモンであること。
キーシュの目的がシリア騒乱を終わらせること。
エシュロンの正体がNSAで、戦争を継続させたいが為にキーシュに突っかかったこと。
仲間も死に、結局友人とは会えなかったこと。

一切を話した。つもりだった。

「ふむ……報告にあった事とほとんど同じだね。ゼロットとNSAの目的も知る事が出来て良かった」

「じゃああなたは……ギラティナが何処へ消えたのか分かっていないのね?」

キーシュとギラティナ、そして彼らの仲間は一斉に世界から姿を消した。
恐らくはやぶれたせかいに潜めているのだろうが、そこを経由して世界の何処かへ瞬間移動するのも容易い。

今となっては素人の高野が居場所を掴む事など不可能だ。

「メイくん。ギラティナの事はどちらかと言えばいいんだ。彼も平和を愛していた……と言うことだろう?」

塩谷はそろそろ70にもなる年寄りだ。
声に張りはあるものの、その顔や皺は色々な事を見てきたのだろう。
実年齢よりも老けて見える。

ほとんど白髪の頭を掻き上げながら塩谷は言った。

「高野くん。君なら察しが付いていると思うが……今回の騒動で一番恐ろしいのはギラティナじゃないんだ。いや、ギラティナも怖いんだけどね?」

「NSAか」

「それもあるが、一番の問題は君たちが外国でポケモン絡みの騒動を起こした事だ」

「……」

「ポケモンによって治安の悪化が進んでいるのは何も日本だけではないんだ。同様の問題は各国で起きている。一番危ないのはアメリカかな?毎日殉職者が出ている始末だしね」

「でも、アメリカは犯罪者……つまりポケモンを使う側も毎日警察か軍によって死んでいるのよね?」

「その通り。ポケモンはトレーナーが居なければ動けないからね。最新の武器だけでは勝てないポケモンでも、ただの人間なら簡単に死ぬ事が出来る」

「おいおい……俺は今のアメリカ事情なんて興味もねぇしそんな話をする為に来たんじゃねぇぞ?」

おっと、と。
塩谷はそこでメイとの会話を止めた。

「すまない、脱線したね。実は……深部という存在は諸外国からは追及を求められていてね。それに我が国の政治家が四苦八苦しているというのが現状なんだ。中々すべてを話す事は出来ないからね?」

「そりゃそうでしょうねぇ。世間を守っているのが深部という名の自警団で、警察は使い物にならない。でもそんな自警団は金と名誉の為に同じような組織と殺し合いをしているだなんて口が裂けても言えないだろ?」

「正式には、あとは議会の補助金削減の為だね。組織間抗争と言うのは君たちだけに利がある訳じゃないんだ」

結局のところ。
政治家たちの面子を保つためなのだと言う事に高野は心底ウンザリした。
その為だけに塩谷が派遣され、「勝手な事をするな」と言われてしまっている。

最早何の為の戦いなのかが分からない。

「勘違いしてはいけないのが……」

「……?」

「NSAの手引きで今回の争いが生まれてしまった事にあるんだ。今後、日本の深部を快く思わない連中が攻撃をする可能性も否定できない。それが明確化された事が今回の事件の真の恐ろしさにあるのさ」

「それは……つまり政治家の面子がすべてじゃないと?」

「それもあるが……コレと比べたら弱い。もっと大きな要因があるのさ」

「もう、分からねぇな。俺はそんな事意識して行動した訳じゃねぇのに……」

「戦争屋なぞそんな物さ。傍観してはある事ない事でっち上げて作り上げる。昔からその手口は変わらないものさ」

ーーー

会話の内容が内容だけに不安を覚えた高野は立川の議会場まで塩谷を送る事にした。
過去に襲撃を行った議会場だけに行くことに抵抗が非常にあったものの、彼の安全の為にはやるしか無かったのだ。

「何もそこまでしなくてもねぇ……でも有難う。助かったよ」

「いえ、こちらこそ……話が聴けてよかったです」

「先生!どうか今後もお気をつけて……」

それぞれが最後に言葉をかけ、塩谷は議会場へと入ってゆく。

それを見送った高野とメイはくるりと後ろを向くと基地へ戻らんと歩き始めた。

「俺がずっと寝ていた事なんだが……」

「部屋に引き篭ってたアレのこと?」

「悩みが……いや、なんでもねぇ」

高野にとってメイは幾度も助けてくれた恩人のような存在である。

だが、それでもこの手の相談には一歩引いてしまう。
年齢が近い事も、異性である事もその理由の1つだがそれ以上の抵抗感が存在していた。

さっさと帰って明日に備える。
その事しか高野の頭の中には無かった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.515 )
日時: 2020/07/08 20:54
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


大学再開の月曜日。
高野洋平はぼんやりした頭で新学期を迎えていた。

どのように残り半年を迎えようとか、どのような講義を受けようとか、そんな気分にはどうしてもなれなかった。

「レンさん!おはようっす!」

「おう、宮寺か」

宮寺正彦。
サークルの後輩が、高野を見つけるとそちらへ駆けては声をかけてきた。

「夏休みどのように過ごしてました?」

「どのようにって言われてもな……前半は大会だったし後半はだらーっと……」

そこで思い出してしまう。
すべての発端となった神保町へ繰り出した時、彼も居た事を。

「ごめんな……結局夏の旅行中止になっちまって」

彼らは旅行サークル所属である。
1年に3度ほどある長期休暇中に彼らは全員で旅行に出かける。
とは行っても冬期休暇は日数が少なく、上京組は皆実家に帰ってしまうため集まりが悪く、その時期に行くことはないのだが。

「レンさんは悪くないですよ!悪いのは……その……石井先輩と山背先輩を唆した奴だったんでしょう?」

「いや……アイツは決して……」

言えなかった。

キーシュが完全に悪では無かったことを。
山背と石井が自らの意思で深部に堕ちた事を。
そして、その2人を連れ戻す事が出来なかったことを。

「1週間アラビアに居たんですよね?と、言うことは先週には戻って来れたんすね?」

「あ、あぁ。まぁな……」

「2人にも連絡しようと思ったのですが……LINEの返事が来ないんですよねー。何かあったんすかね?」

宮寺が軽い調子で笑う。
高野にとってはその光景が余計に苦しかった。

真実を言えない弱い自分が憎い。
真実を知る事の出来ない彼等が可哀想だ。

そんな事を思っても所詮は"思う"に留まっている。
自分が情けなかった。

そこへ。

「ん?レンか?」

最も会いたくない人物が現れてしまう。

「よ、よぉ……吉川」

吉川裕也。

石井を想うあまり特にショックを受けていた同じ学年の友人だ。

「今日初日だろ?今週一週間は講義のお試し期間って事で単位入らねぇのに……どうした?」

「俺単位足りてねぇからな。ちょっとばかし真面目になんねぇと割とヤバくてー……」

時間はお昼時。
既に敷地内のコンビニの周りには学生で溢れている。
吉川もその一人なのだろう。

「お前夏休みどう過ごしてたよ?」

「どうって……」

何故皆して知り得ている情報を聞きたがるのか。
新手のドッキリか何かかと不審に思う高野だったが、

「俺は三年の何人かで海に行ったよ。もう海開きって時期じゃねーから波高かったけど。あ、あとメイちゃんも居たぜ」

「メイ!?あのメイか!?お前ら繋がりあったのかよ……」

当然ながら知らない話だった。
だが、メイの考えそうな事である。恐らく中止になった夏の旅行の代わりとして彼女から提案したのだろう。

「楽しかったよー。本当は皆で行きたかったけどな」

「あぁ、……そうだな」

言わなければならない。
何が起き、結果として何があったかを。

「すまん、吉川……。2人を連れ戻す事は出来なかった……」

殴られる覚悟で高野は勇気を振り絞った。
それもそうだろう。
その本人を目の前にして「連れて帰る」と堂々と宣言してしまったのだから。

それを聴くと吉川は顔色ひとつ変えず、だがタバコを取り出してはその場で吸い始めた。

彼がタバコを吸う時にはパターンがある。
嫌な意味で心情に変化があった時などだ。

「なんで?」

ピシャリとした冷たい一言だった。
それが今言えるという事は彼なりに高野を信じていたのだろう。

「実力不足だった」

「お前がか?深部最強とか言われてた癖に?」

「そうだ。全部……俺の責任だ」

煙をくゆらせて吉川はため息を漏らす。

「あのな……レン」

思っていた反応と違っていた。
彼の事だからその場で静かに怒ったり胸倉を掴んでは文句の一つでも言うのかと思っていたのだ。

その隣で宮寺も静かに聴いている。

「実はメイから少し聞いたんだ。お前が何をしていたのかを」

「お前……っ!!いつの間に……?」

「大変な戦いをしていたみたいだな。でも、それはいいんだ。2人がどうなったのかを聞きたい。山背と石井は……死んだのか?」

答えに困った。
その結末を彼は知らないからだ。

「ごめん……それは分からない。最後に戦った時……二人の姿をどうしても見つけられなかったんだ」

「生きているのか死んだかも分からないのか?」

「仲間が死んで……確認する術も無かった」

戦いが始まる発掘調査の時点で二人の姿は見えなかった。
と、なると自然と意識は散って行った仲間に向かうのは、彼としてはごく当然な流れだった。

「2人が自らゼロットに行った事は聞いている。だから、お前が100パー悪いとは思っちゃいないよ」

「吉川……」

「だが話せ。なんでお前……メイの基地燃やした?」

「……はぁ?」

「いいから話せよ!お前なんでメイの居た基地を燃やしたんだよ!?」

高野には理解出来なかった。
彼は今何を言っているのかを。

「それは……上手く思い出せない……が、多分Sランクとしての威厳と言うか見せしめ……?」

「お前ふざけんなよ?」

「……」

「一方的に襲撃して、メイの基地燃やして起きながら今では仲良しってか??ふざけるのも大概にしろよ!?」

「お、おい吉川……ちょっと待て」

「吉川先輩?何の話してるんすか?」

「俺はお前が心底ムカつくんだよ!お前は俺からすべて奪っていくからよ!平穏も、旅行も、力も……女も!!」

彼の話に追いつかない。
あらゆる事象を高野洋平という一人の男に結び付けて言い掛かりを付けているのに過ぎないからだ。

だが、そのように理由付けしないと精神が持てないのだ。
吉川は決して強い人間ではない。
彼にとって絶対悪が存在しなければ、現実を認める事が出来ないのだ。

「悪かったな……俺がいて」

高野洋平は静かに、彼にとっての自己の存在の在り方を察すると、捨て台詞を吐くようにその場を去った。

これでいい。
今更嘗ての日常を取り戻す事は出来ないのだ。

一人の友人を失うとしても、その代償が自分が悪なる存在になりきるだけで済むのならば、それで良かったのだ。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.516 )
日時: 2020/07/08 22:32
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


「突然いかがしたので?」

「そうよー?ウチならまだしもー、レイジまで呼ぶなんて」

「ま、まぁいいだろ。久々に3人で話がしたくなった」

その日の1日の講義を終えた高野洋平は、夏に大会を行っていた聖蹟桜ヶ丘の駅からほど近い、東寺方緑地とその周辺の住宅地を丸ごと整備して造られた大会会場、桜ヶ丘ドームシティへと来ていた。

大会が終わってからはかなり静かになったものの、その賑やかな土地には学校帰りの学生達がたむろしている。
また、ポケモンを扱うのに適しているのでバトルの練習として使うトレーナーも多い。

高野とミナミ、レイジの3人も修行という名の練習としてやって来ていた。

「レンー、何かあったの?」

赤い龍の中では数少ない少女、ミナミが隣から顔を覗き込んでくる。
その短い髪型から幼さがイメージされるも、年齢は彼とは近い。
最も、1番の年上は白作務衣を着ているレイジだが。

「……分かるのか?」

「そりゃー分かるよ。これでも200人近い構成員を抱える組織のボスよ?たかが1人の精神の変化なぞ分かるってーの!」

コイツ前からこんな調子だったかと色々と思い出そうとする高野だったが答えは出ない。
レイジがこっそりと、

「レンさんと一緒に居られて嬉しいのでは?」

と、教えてはくれたがその途端彼女の視線が鋭くなる。

しかし、そんな険悪なムードも大きなバトルドームが見えてしまえば変化が訪れるものだ。

大会期間中は何度も見たというのに、青空の下のその建物は圧巻の一言だ。

戦士なら誰もが心躍る。

だからだろうか。
ミナミの足取りが自然と早くなっては男ふたりを置いて行った。

「レイジ、ありがとうな」

「何がです?」

「アラビアでは……色々と世話になった」

「何を言っているのですか。仲間として……命を救われた身としては当然です」

途端に心が洗われるような、救われた気分になった。
誰かにとっての悪人であっても、別の人からすれば善人なのだ。

「レイジ……俺にはどうしても分からない事があるんだ」

「何でしょう?」

「あの戦い……何が善くて何が悪かったのか……分からないんだ」

NSAからするとキーシュは悪だった。
キーシュとしては邪魔をするNSAが悪だった。

だが、事の本質はそこまで単純でない。

「簡単ですよ。真実も偽りも……善も悪も存在しないのですよ」

「存在しない……?真実が?そんな訳ないだろう?」

「有るのは解釈だけですよ」

ピンと来なかった。
善と悪ならまだしも、真偽すらも存在しないと言うのがよく分からずにいる。

「傍観者が……周りの人間が見る、解釈だけですよ。存在するのは」

ぽかんとした表情でレイジの言葉を聞いていた。
理解しようと何度もその言葉を頭の中で再生するも、今ひとつ答えが出ない。分からない。

すると、レイジが先を歩くミナミに声を掛けられたので、そちらへ反応した。

「おっと、リーダー……いつの間に」

保護者ゆえだろうか。
高野に目もくれずレイジは彼女を追いかけ、追い付こうと走り始めた。

1人残された高野はこれまでの出来事と今の言葉を重ねようと思いに耽ける。

(キーシュも……NSAも悪ではない?)

戦争を終わらせたかったゼロット。
テロを未然に防ぎたかったNSA。

「……あ」

その時、高野は見た。

仲良さそうに、木漏れ日が照らされた綺麗な歩道を歩く2人の若い男女の姿を。

どういう訳かその2人は山背恒平と石井真姫に見えた。

「……えっ?あいつら……なのか?」

瞳が霞んで先がよく見えない。
いや、2人の位置が遠すぎてよく見えなかった。

だが、決して願望が幻となって見えている訳ではなかった。
そこに、ぼんやりだがはっきりしている"なにか"があったのだ。

彼らがどうして此処に居るのかは分からない。
どのようにして来たのかも知らない。

だとしても。良かった。

これから先、2人と巡り会う事はなくとも。
二度と出会うことはなくとも。

2人の中で幸せが築けていれば、それですべて良かったのだ。

願わくば。
もう一度。あと一度でいい。

せめて、話だけでもしたかった。

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.517 )
日時: 2020/07/08 22:47
名前: ガオケレナ (ID: pACO7V1S)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


最後のページ

つまらない書物を書いてしまったと我ながら思う。
私は生涯をかけて、アアドを追った。
だが、そこには何も無かった。

太古の昔に憧れの民族は、国は滅んでいたのだ。

私はアアドになりたかった。
同胞とまでに呼ばれたフードになりたかった。

しかし、叶わなかった。

この本を手にした者に告ぐ。
どうかこの書物を読み、この文にまで目を通したのならば、燃やしてこの世から亡くしてほしい。

この本には都合の悪いことばかりを書きすぎてしまった。
それはこの世の、私たちの指導者にとっては邪魔でしか無いのだから。

だが一つだけ。
どうかこれだけは叶えて欲しい。

この本の傍には私の亡骸があるはずである。
その亡骸を、マガンはバットもしくは、アル=アインの墓地にあるジッグラトに埋めて欲しい。

私は願う。
この本を同胞が手にすることを。