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二次創作小説(新・総合)
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.518 )
- 日時: 2020/07/10 13:18
- 名前: ガオケレナ (ID: 4J23F72m)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
非常に退屈な毎日だった。
何かやりたいこととか、夢とか無いのか。
何も知らない、知ろうともしない大人たちはいつもそんな事を聞いてきたが、同様に彼も答えようとはしなかった。
目標がないが為に彼は次第に荒れていった。
誰かに必要とされていない。
誰からも見向きされない。
そんな漠然とした不安や怒り、恐れから喧嘩に明け暮れる毎日。
いつものようにつまらない授業をサボり、一人静かな校舎を歩いていたときだった。
音楽室から、演奏が聞こえてきた。
もう何週間かサボってきた光景である。
本来であれば今日のこの時間に音楽の授業はない。
更には、授業では今聞こえるようにヴァイオリンを使う機会も無い。
音源はひとつだけ。
つまり、演奏者も一人という事である。
おかしい。
そう思った彼は半開きになっている扉を少し開けて中を覗いた。
細身の長身。
春風になびく金髪に近い赤髪。
その髪は、肩の位置まで伸びている。
そこから相手の顔は見えなかったが、確かに彼は瞬間的に惚れていた。
心地よい音色。
非現実な容姿。
何故こんな時間に一人で、それもヴァイオリンを操っているのか。
不思議なことは幾つも浮かんだものだが、出来ることならこのまま聴いていたい。
あとの事は、最早どうでもよかったのだ。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.519 )
- 日時: 2020/07/10 21:41
- 名前: ガオケレナ (ID: 4J23F72m)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
Ep.1 夢をたずねて
涼しい風が吹く季節となった。
一人の青年は、部屋の中の開けっ放しになっていた窓を睨むと網戸を閉め、窓も半分閉じた。
「ルーク、いるか?」
コンコン、と部屋の扉を叩く音と共によく聞く仲間の声が聞こえた。
「どうした。何かあったか?」
低い声色でルークと呼ばれた青年は答えつつ扉を開く。
「暇だろ?今から雨宮誘ってドライブに行かね?」
「奴がその気から、俺も行こうか」
そう言うと、部屋の中で無造作に放り投げてあった深緑色のジャケットを手に取ると腰に巻いた。
組織"赤い龍"のルーク。
彼の経歴は他の構成員とは少し変わっていた。
中肉中背。
黒髪の短髪。
そして、腰に巻いた緑のジャケット。
"フェアリーテイル"のルークと聞けば、その手の者は何も言わずに道を開ける。
深部の中ではそれなりに名のあった戦士の一人だった。
2014年9月にジェノサイドに敗れるまでは。
その後は紆余曲折を経てジェノサイドを引き継いだ組織"赤い龍"の一員となっている。
「だーめだ。雨宮の奴だるいから行きたくねぇってよ」
「だと思った。奴の事だからな」
「とか言って出掛けようとしてない?」
「暇だしな。最近ジェノサイドも帰ってきたみてぇで居心地がヒジョーに悪い。聖蹟のドームシティにでも行く」
「ご一緒するぜぃ」
そう言うと同じく赤い龍の構成員リョウは彼について行く。
リョウも少し変わった経歴の持ち主だった。
坊主頭をした長身の男性。
その頭には常に中折ハットを被っている。夏でもお構い無しだ。
彼は組織としてはジェノサイド出身だったが、その時代からルークとは交流があった。
出身の中学校が同じだとかでルークがジェノサイドと共に行動を始めた頃に再会を果たした。
「目的地まではどうやって?ポケモン使うか?」
「駅を経由するが直行バスがあるだろ。それでいい」
桜ヶ丘ドームシティ。
そこは、夏に大規模な大会を行って以来、トレーナーと呼ばれる人々の聖地と化していた。
聖蹟桜ヶ丘とその駅の程近い所に位置し、元々広かった緑地と周辺の住宅地の上に造られた新たな町とも呼ばれる代物である。
大会が終わってからは静かになったとよく聞くものの、実際は学校帰りの学生と一日中暇している深部の人間が集まるバトルに適した施設である事には変わりない。
期間中は選手村と呼ばれていた住宅の集合地も貧乏学生の救いとなっていたようで、ゴーストタウン化は免れているようである。
この地域が好きだと公言していたどこぞの議員も喜んでいる事だろう。それらを見越してまちづくりをしているのかもしれないが。
赤い龍の基地と化した団地の敷地内には広い駐車場とバス停も設けられている。
偶然時間が合っていたようで、着いた瞬間にバスはやって来た。
2人はそれに乗り、聖蹟桜ヶ丘駅を経由してドームシティへと到着、その地の足を踏んだ。
「何する?」
「タイプ縛りだ。手持ちのポケモンのタイプを統一して負けるか百回勝つまでひたすら戦う。これでどうだ?」
「うっわだりぃ……」
そう言うリョウだったが口元にはうっすらと笑みがこもっている。
2人は適当にスマホを操作し手持ちのポケモンを変えるとドームへと突撃する。
それから、彼等の特訓と言う名のある種の日常が始まった。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.520 )
- 日時: 2020/07/11 20:27
- 名前: ガオケレナ (ID: joMfcOas)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
勢いのままに手当たり次第バトルを挑み挑まれて一時間が経過した頃。
屋外のバトルコートのわきに置かれたベンチにルークが無言で座るのを見たのだろう。
リョウは、あっさりと目の前で起こっていたバトルをそそくさと終わらせると彼の元へ近付いた。
「どうした?負けちった?」
「悪い……俺もどうかしてたわ。死ぬほどだりぃからこれで終わりにしねぇ?」
「お前っ、準伝の色違い厳選じゃないんだからさぁ……」
下準備を終えたからと半端な覚悟で色違いのポケモンを粘るも、あまりの苦行にギブアップしてしまうその様にそっくりだった。
リョウも体験したことがあるので彼の気持ちは十分に分かるのだが。
「ひとつ誤算だった。いくら相手が格下だろうとかなりの実力者であろうと一回のバトルに時間がめちゃめちゃ掛かる。大会の時や深部の戦いとは大違いだ」
「そりゃ……あたりめーだろお前。まともに大会のバトル見ないで実戦だけこなすからここで参っちゃうんじゃねぇのか?ちなみにオレはまだまだ行けるぜぃ。そういや、何回勝ってる?オレは十七連勝ってとこ……」
「二十一……いや、二だな。さっき勝ったばかりだ」
「うっわオレ負けてるー……」
仮にここで止めてしまえば二十二対十七でリョウの敗北である。
このまま終わりにはしたくない反面、ルーク同様面倒臭さと言うかバトルの張合いの無さに苦痛を覚え始めていた。
あと五戦すれば彼には追いつくものの、それを考えただけで気分が悪くなってくる。
「し、しゃーない、ここは元フェアリーテイルのトップとジェノサイドの下っ端というキャリアの差と言う事で諦めるかなー……」
リョウもポケモンをボールに戻し、ルーク同様ベンチへと腰掛ける。
「ジェノサイドの奴の様子がここ最近おかしいな?お前何か知ってるか?」
「いやー?詳しいことは何も。オレもジェノサイド出身とは言ってもレンとはまともに会話した事が一度か二度あったくらいだからなー?」
リョウはほんの数秒前まで自分が使っていたバトルのコートを眺める。
既に二人の学生が向き合い、それぞれのポケモンを繰り出してはバトルが始まったところだ。
「……なぁ?ずっと前から気になってたんだがー」
「んぁ?」
「何でジェノサイドの奴色んな人間から"レン"って呼ばれてんだ?」
ルークは自分の財布を開けつつ中を見た。
ジュースの一本でも飲もうかと思ったが予想以上に小銭が少なかったので途端に諦めた。
「え?ルークお前知らなかったのかよ?……そういやお前ずっと"ジェノサイド"って呼んでんもんな」
「とにかく何でだ?クッソどうでもいいのだが」
どうでも良ければ反応しなければいいだけなのだが、そこに彼の性格が読み取れる。
リョウはそんな事を頭の片隅で思いつつもその訳を思い出す。
「確かアレだよ。リーダーのミナミちゃん曰くー……」
「お前"あんなのに"ちゃん付けかよ」
「レンが中学生の頃?だっけ?何かのテストの答案にEUの正式名称を漢字四文字で答えるところを、どういう訳か"EUの創設者の名前"と勘違いして"レーーン"って書いたんだとさ。それを先生がクラスにバラして奴はお笑い者。高校卒業までずーっと人からはそうやって呼ばれてたらしいぜ」
「本当にくっだらねェのな……」
真面目に聞いていて損をした気分だ。
何か深い訳があるのかと思ったらまさかの深部とは無縁の現実世界の話である所に拍子抜けした。
「これを機にルークもレンって呼んだら?」
「ふっざけんな……俺は奴とは馴れ合いたくねぇ」
「なんでー?……。ところでさ、ルークは何でルークって呼ばれてるん?やっぱり由来とかあったり……」
「オイっっ!!」
リョウの言葉を遮るようにしてルークが怒鳴った。
血走ったような目でこちらを見ている。
リョウはすぐに静かに謝った。
「いや、こちらこそ……突然悪かった」
「そうだよな。話したくないことの一つや二つあるもんな……」
それから、二人の会話は途切れた。
途中、どこかの高校生の「今日学校で飛び降り自殺の騒ぎあったじゃん?」という、物騒な会話を聞いた以外は特に記憶に残らなかった。
「そろそろ帰るか?無言で出掛けてるとリーダー煩くなるし」
「あの女……無駄に面倒見だけいいもんな。この前だって大した用でも無かったのに夜遅くに帰っただけで目真っ赤にしてたからな」
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.521 )
- 日時: 2020/07/18 13:58
- 名前: ガオケレナ (ID: 0.ix3Lt3)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
寄り道をした結果、二人が帰ったのは日も暮れて組織のメンバーは既に夕食を済ませた後の事だった。
案の定、「何故何も言わずに出掛けたのか」、「だとしても帰るのが遅い」などとミナミからは説教を受けて。
どうやら、彼女曰く二人は組織にとっても重要な戦力らしく、突然手元から無くなるのが嫌。とのことなのだが、
「いや全くもって知らねェがな。こちらから望んで赤い龍に入った訳じゃねぇ……。全部成り行きだ」
「まー、それを言われたらオレも似たようなモンだからなぁ。何とも言えんよなぁ」
部屋に戻ったルークとリョウはそんな感じに愚痴を交わす。
この組織、このメンバーではよくある光景のひとつだ。
「明日はドコイクナニスル?」
「何も決めてねぇよ。ってか毎日毎日出掛けるのもダルい。特に用もねぇのにな。厳選もしたいし明日は家から出ねぇぞ俺は」
「じゃあオレも明日はお休みにしようかなぁ」
とは言いつつ、リョウはルークの部屋から出ようとしない。
むしろ、彼のベッドに腰掛けてゆっくりとくつろいでいる。
プライベートの空間の中では一人で居たいルークは居心地の悪さを感じつつも親密な仲間柄の内は口の悪い彼でもそんな事は言わない。
「雨宮の姿がねぇな?」
「うん?」
ルークとリョウはこの一日、仲間の一人である雨宮を見かける事がなかった。
基地へと帰って来た際に通り過ぎた食堂にもその姿は見えなかったし、かと言って何処かですれ違う事も無かった。
駐車場を見れば彼の所有するスポーツカーがあるので一発で分かるのだが、車を持たない二人がそちらを見ることは無い。
「奴は今居るのかな……暇だし見てみるわ」
「飯は食わねぇの?」
「腹減ってねぇし寝る前にでも食うわ。どうせ残してくれてんだろ」
そう言ってルークは翻るように部屋から出ていく。
だが、一人でボーッとしているのも退屈なようで、すぐにリョウも後ろを歩いて来た。
階段を降りて正面玄関という名称のついた、やや広い出入口を出る二人。
すると、二人の目の前の、駐車場でも無いのに一台の車が歩道とも車道とも言えないやや広い敷地に停められていた。
群青色の、べったりと低い車高をした競技用にも見える自動車。
よく見ると、タイヤを付け替えている雨宮の姿があった。
「何してんだ?」
「見て分かるだろ。かなり摩耗してたからな……タイヤを交換してんだ」
雨宮騎龍。
ルークがリーダーを務めていた組織の時代からの仲間の一人だ。
白髪が一本でもあれば目立つ程の真っ黒な髪、その前髪は目に若干かかっているからも見て分かる通り、男としては少し長めだ。手入れは普段からされていないのだろう。ボサボサで一定していない。
それらの出で立ちから、雰囲気を見るに暗めな印象を抱く。実際それは間違いではない。
「ジャッキなんて持ってたか?」
「知り合いの居るガソリンスタンドから借りパクしていたのを思い出した。いつ借りたかも分からねぇが何も言われてないし問題ないんだろ。これが終わったら返しに行く」
ルークはタイヤを持ち上げていたその器具を見つめつつそう尋ねた。
彼の持つ道具としては見慣れないものだったからだ。
「ちょっと待て。タイヤが摩耗って……そんなに激しい走り込みしてたのか?」
「この前峠を攻めに箱根にな。初見ではかなりキツい下りだった」
「いつの間に……言ってくれりゃオレも言ったのになぁー」
リョウが雨宮の作業を眺めつつ会話に割り込む。
だが、彼が誘わなかったと言う事は何かしらの理由があるのだろう。そう思った矢先、
「あのなぁ……男が隣に乗るだけでどれだけ荷重が掛かると思う?余計な負担はかけたくねーんだよ」
「ちぇっ」
「だが山はもういいや。そろそろサーキットに行きたいね」
「サーキット?近くにあったか?」
「ねぇよ」
取り付けを終えた雨宮がやっと二人に振り向く。やっと顔を見られた。ルークはそんな心境だった。
「無いから困ってる。思い切って富士スピードウェイにでも行こうかと思ってたところだ」
「えっ、マジでマジで!?オレも!オレも行きてぇ!!」
途端にリョウのテンションが上がる。
雨宮としては内心引き気味だ。
「な……何で?」
「あそこの飯美味いって評判だろ?レースだって観てぇし走らなくても楽しめそうじゃん?」
「あぁそう……」
と、三人で会話が盛り上がっていたせいだろうか。
真っ暗な闇の中、ぼんやりと一つの影がこちらに近付いているような景色をルークは見た。
「?」
「アンタたち?何やってるの?」
「うわまた来た……」
その可憐な声で一発で正体が判明する。
安全や防犯の為に敷地の見回りをしていたミナミが怪しげな目でこちらを睨んでいた。
「もう遅いんだけど?何やってるの?」
「おいおい、よく見ろよ?タイヤの交換だ」
「今やらなきゃダメなの?」
その地味な説教に雨宮はわざとらしく重くため息を吐きながら、
「ったくよぉ……んなの自分の勝手だろ?お前は何なん?ウザってぇからさっさと戻ってくんね?」
「ちょっ、何よその言い方!!この組織のリーダーが誰だか分かって言ってるの?」
「だぁからそのリーダーがこんな夜遅くに外で出歩いてんのがおかしいって言いてぇんだよ!お前は考えた事あんのか?その木の上にお前を狙っている敵が潜んでるとかよぉ!!」
ビシッと風切り音を鳴らして雨宮は決して太くはない一本の木を指した。
周囲の草むらに囲まれて確かに敵対者が隠れるには最適のようにも見える。
「そ、それは……」
「いいか!リーダーのお前が死ねばその時点でこの組織は終いだ。それが何を意味するのかよーく考える事だな。分かったらこんなアホな見回りとか言うのを止めてさっさと消えろ」
「結局自分の都合のいいようにしたいだけじゃない!」
とは言いつつミナミは正面玄関を通して中へと入って行った。そういう意味では彼の警告は響いたようだ。
「お前にしてはらしくねぇ事言うんだな?」
「ルーク……お前だとしても今の発言は気に入らねぇぞ。アイツが邪魔だっただけだ。誰が聞きてぇよ?クソつまんねぇ説教なんかをさ」
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.522 )
- 日時: 2020/07/16 23:42
- 名前: ガオケレナ (ID: OSvmcRAh)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
それから四日後の朝。
ルークは駐車場に自慢の車のフードを開いては中のエンジンを凝視している雨宮を見つけた。
「よう。どうだ、調子は」
「当然だが全然違うな。タイヤひとつ変えただけで車の止まり具合が全然違う」
ルークは車を持たないので彼の気持ちはいまひとつ分からないが、だとしたら何故今度は違う所を訝しげに見ているのか。
聞いてみると、
「いや、さっきオイルを足していたんだが……特にトラブルは無いのだが不思議と見とれていてな」
「機械にか?よく分かんねぇな」
「ただの機械と同じにすんな。コイツは心臓だぞ?」
雨宮は誇らしげに言いながらバン、という激しい音と共にボンネットを閉めた。
「お前こそどうした?何か用か」
「あぁ。またリョウを連れてドームシティに行きたいんだが……此処から行くとちょっと面倒でな」
「要するに足が欲しい訳か」
「お前もたまにはどうだ?最近ポケモン使ってねぇだろ」
というルークの誘いを空を見ながら彼は少し考えた。
ルークの言う通り、雨宮は例の大会以降ポケモンをまともに操っていなかった。
長い間療養していたという側面もあるのだが、空間を伴うポケモンバトルとは日頃の慣れも非常な重要な要素である。
ルークはその点も案じていたのだ。
「どうかな……。だが、これからもあるのか?あんなふざけた戦いが……この後も」
「あるだろ。現にジェノサイドの野郎が疲れ切ったふざけたツラして戻ってきたろ?」
今思い出してもイライラする。
ルークは高野洋平の憔悴した顔に嫌悪感を抱かずにはいられない。
「こうして基地に居ても奴と鉢合わせしそうで嫌だ。って訳でいつものメンバーで行こうぜ?」
「奴は今大学だろ……。でもいいや。折角だし行こうかな」
ーーー
度々渋滞に揉まれること40分後。
群青色のスポーツカーは"桜ヶ丘ドームシティ駐車場"と立てられた看板の傍を通り抜けて若干埋まりつつある駐車場に無事に停まる。
「やっぱダメだ。この街は好きになれねぇ……走っててイライラするわ」
「まぁそう言うなよ。野猿街道なんて夜中以外は混んでるもんだろ」
車から降りてドアを閉めて早々に雨宮が不満を顕にする。
リョウはそんな二人の会話がつまらな過ぎたのか、はたまたこの会場が好きなのか、一目散に駆けてはその姿を見失わせた。
「そんで?今日はここで何を?」
「そうだなー……俺とバトルするか?」
「はぁ?」
雨宮は間抜けな調子で叫ぶ。
チームメイトで且つ実力も上なルークが彼と真面目に戦うのは滅多に無いし、かと言ってそういう仲でも無かったのでその提案は意外だった。
「正直此処に来たからって満足のいくバトルは中々出来ねぇもんだ……。見ろよ」
雨宮はつられてドーム周辺の景色を見る。
しかし、まだ昼にも達していないせいか人気は少ない。
ルークが何を言っているのかよく分からない。
「ここは学生の聖地だ。ポケモンを使っていない人でも此処では外食を済ます事が出来るから尚更学生が多い。故に"ガチな奴"も中々居ねぇもんだ。ライトな層が多いからそういう意味では張り合いは無いかもな」
「だったら何で退屈な運転させてまで連れて来た?」
「たまーにお前深部だろって言うような奴も紛れて来る。そういうのと戦えるところが利点かな。ほら、深部の人間と戦うと大体組織絡みになるだろ?」
街中で突然絡まれない限り、深部の人間は他の深部の人間と中々戦う事が出来ない。
それは言い換えてしまえば組織間抗争の一因にもなり得てしまうからだ。
「ノーリスクで戦えるって事か……」
「そういう事だ」
そんな二人の会話とは裏腹に、リョウは早速周りの学生を巻き込んでバトルを繰り広げている。
本当に同じ深部の人間かと思うほど楽しげに、大はしゃぎで戦っているせいで目立ちがちだ。
むしろ、それを狙っている節もあった。
ーーー
「っつー訳だ。一勝負付き合ってもらうぜ」
「あんま乗り気じゃねぇんだけどなぁ……」
ルークと雨宮の二人は20分ほど経ってやっと空いたコートに立った。
「試合形式はどうする?一対一?三対三?六→三か?」
「三三にしてくれ。後は面倒だ」
「オッケー!」
そう叫んだルークは同時にフレフワンを繰り出した。
それを見た雨宮は軽くため息を吐く。
「まーたそれかよ……」
'トリックルーム'の始動役。
つまりそれは、背後にエースが控えているという事だ。
雨宮はそれを見越してハガネールの入ったボールを投げる。
「これってよぉ……意味あんの?」
「あぁ?」
「仲間な訳だから使うポケモンも知ってるだろ?対策しちまえばつまらないバトルになっちまわねーか?」
「それは……工夫次第だ」
ハガネールはメガシンカをせずに突っ込んで来る。
見下ろしていた首を突如として天を仰いだかと思うと突然ジャンプをした。
'ヘビーボンバー'だ。
400kgという重量を誇る巨躯がちっぽけに見えてしまうフレフワンに襲いかかる。
防御が半端なフレフワンでは"きあいのタスキ"でも無い限り一撃で沈む事は間違いないだろう。
しかし。
直前でその技は外れてしまう。
「!?」
「早速上手くいきやがったな……」
技が当たる直前にチカチカと妙な光が灯ったようにも見えた。
そもそも、'ヘビーボンバー'の命中率は100。
相手が余計な事をしない限りは外れない技だ。
「"ひかりのこな"か……ふざけたチョイスだな?」
「だが実際翻弄されてないか?」
そう言っている内にフレフワンの'トリックルーム'が展開されていく。
二人と二匹を包むように、空間が捻じ曲げられて不可思議な様相を見せてゆく。
その直後にルークはフレフワンをボールへ戻した。
唯一の欠点。退場技が無い。
代わりに出てきたのはランクルス。
恐らく今回のエースだ。
「ランクルスだァ?お前フェアリー統一じゃ無かったのか?」
「それは昔の話だ……今の俺なら何でも使うぜ?」
結果的に互いの手持ちを把握し切れず、妙な読み合いを展開して予想外に進むバトル。
長丁場になるだろうと一人呟いたリョウは少し離れた位置に置いてあるベンチに座って二人のバトルを眺めようと腰を降ろそうとしたその時だった。
「あの……すいません、ちょっと……いいですか?」
それは突然だった。
リョウは、声も顔もその姿も知らない、全くの他人から声を掛けられた。
「いいけど……どちらさん?オレはー……ちょっと君を知らない気がするんだ」
「あ、あのっ!多分お互い知らない人同士だと思いますが……いや、わたしは知っているのですけれど、ね……」
その人は少女だった。
まだ真新しさがにわかに残っているところを見るに、今年入学した歳なのだろう。
「えっと……高校生?」
「はい!保科萌花って言います」
「あぁ……名前ね」
リョウは何が何だか分からなかった。
知らない人に声を掛けられたかと思うと一方的に自己紹介されたのだから。
とにかく反応に困る。
「あの……お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
はじめは下手な逆ナンかと思った。
だが、誰も予想など出来なかった事だろう。
ここからひと騒ぎ起きるなどと。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.523 )
- 日時: 2020/07/17 20:58
- 名前: ガオケレナ (ID: OSvmcRAh)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
「ランクルスっっ!!'きあいだま'だッ!!」
ルークは勝ち誇るように叫び、呼ばれたポケモンは即座に動く。
全身に力を込め、長い腕の先に一点へと集められ、凝縮された"気"が一つのボール大の大きさになると途端に打ち出された。
まるで技のスピードにもトリックルームが掛かっているのではないかと錯覚してしまうほどだ。
巨大が故に隙だらけのハガネールにその技はぶち当たる。
直撃の余波として妙なエネルギーの残滓がその周囲に吹き渡った。
「っざけんなァァ!ハガネールの特性は'がんじょう'だっつーの!!」
乗り気でなかったはずの雨宮が勝負に燃えて口調も乱暴になってゆく。
深部の人間の性とでも言えるものだろうか。
結局のところ、どんな人間でも極みに至ってしまえばその根底には万人に共通する"思い"があるのだ。
ポケモン勝負が好き。
それ故に彼らは上位とも言える立ち位置を手にしたのだ。
「やり返せ!'ヘビーボンバー'!」
再びハガネールは地上に向けて小さく、軽くジャンプする。
動きの鈍いランクルスではそれを避ける事は出来ない。
地響きのような音を鳴らしてハガネールはフィールドごと潰す。
ランクルスは戦闘不能。
このような状況でも死なないという点が不思議でならない。
そう思いつつルークはポケモンをボールへ戻した。
代わりにニンフィアを出す。
「結局フェアリーかぁ?」
「'でんこうせっか'」
「チッ……」
その一言で雨宮のポケモンも倒れる。
雷光の如き動きでニンフィアはハガネールに一撃を込めた。
次に彼が出したのはドサイドンだ。
「お前って重量級好きだったっけか?」
「俺は特に縛りはしねぇよ。偶然だ」
と言いつつこれまでに使ってきたポケモンは二体とも地面タイプである。
恐らく練習も兼ねていたのだろう。
「'ハイパーボイス'」
「'じしん'」
トリックルームはまだ続いている。
先に動いたのはドサイドンだ。
意図的に揺れる地響きと衝撃にニンフィアは翻弄される。
動くはずだった足は止まり、目眩を起こしたようにフラっと倒れ込んだ。
「お?一撃か?」
「んな訳あるか。急所に当たらなければな」
ルークの予想通り、ニンフィアはすぐに立ち上がると負けじと衝撃波を放った。
本来であればノーマルタイプの技だが、
「やっぱり'フェアリースキン'かよぉぉっっ!!」
威力が増幅された不可避な技にドサイドンは飲み込まれる。
だが、堅いのはお互い様のようでそれだけでは倒れない。
トリックルームが残されたターンはあと1つ。
つまりそれは、ドサイドンが先に動く事が確実だという事だ。
「'じしん'……」
「飛べ、ニンフィア!避けるんだっ!!」
「と、見せかけて'がんせきふうじ'だ!」
ニンフィアが飛んだ方向に腕を向けていたドサイドン。
穴の空いた掌から岩が数個打ち出された。
動きを封じるかのように視界を遮るその岩は、
「'ハイパーボイス'だ」
実体の無い衝撃の前に粉々に崩れ去る。
その技は見事なまでにドサイドンの元へと届き、突き刺さり、遂には倒れるに至らせる。
しかし、ドサイドンの技も終わっていなかった。
タイムラグで発射された幾つかの岩の塊はニンフィアの四肢に直撃し、痛みに悶えた。
「あと一匹か……アギルダー、行けっ!」
雨宮は最後のポケモン、アギルダーを場に出した。
相手は虫の息にして素早さの下がったニンフィア。
「'でんこうせっか'」
「'むしのさざめき'」
トリックルームは終わった。
しかし、先制技は健在だ。
ニンフィアの性格の下降も相まって決して高いとはいえない威力だが、その体当たりは素早いアギルダーを捉える。
だがそれで見逃す雨宮とアギルダーではない。
ゼロ距離からの音波を発した特殊技が残り少ないニンフィアの体力を削り、
「……やられたか」
「お前のニンフィア化け物だろ……。残りはフレフワン……だが、」
ニンフィアは静かに倒れる。
入れ替わるようにフレフワンが再び舞い戻った。
その持ち物は"ひかりのこな"。
技が当たるかどうかは運試し。
「'むしのさざめき'!」
果たして、広範囲に広がる音技はフレフワンの耳を刺激してよろめいた。
「よし、まずは当たったな!?」
「'ムーンフォース'」
フレフワンが祈るようなポーズをすると、はるか上空にうっすらと視える月が一瞬、ときめいた。
そして。
バトルコート全域を包むようにして、眩しい光線が降り注いだ。
「はあっ!?こんなん避けられるかっつーの!!」
速いアギルダーでも全方位から迫れば余地はない。
眩い光に包まれたアギルダーはタスキを失ったせいでそのまま倒れた。
「対戦ありー」
「チートかよってレベルだな……」
やや不満げな雨宮は呟きながらアギルダーをボールに戻し、こちらの試合を眺めていたはずのリョウを確認すると、
「テメェェッッ!!試合そっちのけでナンパかぁ??おぉん!?」
せめて自分たちの戦いを参考にするものかと内心感心しかけただけにいらぬ苛立ちを覚える雨宮。
ダッ、と砂埃でも立ちそうな勢いで走り抜ける。
「ちっ、違う違う!!逆!むしろオレが声掛けられたからっ!!」
と、相手が見知らぬ人間だけに必死に説明するリョウ。
そうしている内に怪しいものを見る目付きでルークも戻って来た。
「……本当に知らねぇのか?」
「知らないって!」
「その割には楽しそうに会話してなかったか?」
「相手へのペースってものがありますしね〜」
無理に作り笑いをしているリョウだが、相手の少女はどうも自分を見ているらしかった。
「あのぉ……あなたがルーク……さん?ですか?」
「何で俺の事を知っている?」
「ポケグラの模様をテレビで見ていましたっ!」
「あぁ……」
しくじったと彼は思った事だろう。
夏に開催された大会は地上波で放送されていたらしい。
その時にテロップか何かで自分の名前、それもエントリー時のものが流れていたようだ。
深部の人間からすれば対象者を判断するいい材料以外の何物でもない。
「やられたな……」
「えっ?何が?」
「何でもねぇよ」
ルークは改めて少女を見た。
薄い橙色、眉が軽く隠れる長さの前髪、しかし肩にかかるほどにも満たない全体的に短い髪型だ。
その目は大きく裏表が無さそうな正直者を表すように眩しく、高校の制服は新しさがまだ残っていた。
総じて元気で活発そうな、純粋そうなイメージを持ちそうな子であった。
「保科萌花って言います!」
「俺はルーク。こっちは仲間の雨宮、そしてこっちのナンパかましてたのがリョウだ」
「ちょ、オレはナンパしてないって……」
冗談のつもりだったのだが、勝負の結果に不満を少なからず抱いていそうな雨宮の鋭い視線と殺意を感じ取ったリョウは、彼の本意に気付く余裕がなかった。
「それで?何で俺を知ってまで声を掛けたんだ?」
ルークはつまらない冗談のやり取りを強制的に止め、保科に問いかける。
「は、はい!実は……ちょっとお願いがありまして……」
「それは俺じゃなきゃダメか?」
「はい!どうしても強い人じゃなきゃ駄目なんです……」
意図が読めない。
そのせいで、迂闊に行動に移すことが出来ない。
敵対心を抱かれている別の深部組織のスパイの可能性が頭に浮かんだルークは、
「どうする?」
雨宮に察しろと言いたげな視線と共に雨宮に投げる。
「どうしろって……基地に連れてきゃいいんじゃねーの?」
「お前さぁ……」
ルークはそうじゃねぇと大きくため息を吐いた。
しかし、雨宮にも考えはあるようで、
「仮にスパイだとしてもだ。基地に放り込んで人質にしちまえばいいんだ。その間にお人好しな性格のリーダーに投げちまえばいい。洗脳させてこっちの陣営に引き込んじまえ」
と、少女に対して聴こえないように、回れ右をしてルークに小さく耳打ちをした。
「お前……えげつない事こんな短時間でよく思いつくなぁ?」
面倒な役回りは勘弁なルークはその意味では思いが一致している雨宮の意見には賛同気味だ。
「なぁ悪い。決してヤバい意味では無いから誤解しないでもらいたいんだが……」
仮にスパイでなくとも、ルークより強い人間は他にもいる。
そういう人たちに任せたかった彼等は早速行動を開始する。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.524 )
- 日時: 2020/07/18 02:30
- 名前: ガオケレナ (ID: OSvmcRAh)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
「それで?」
赤い龍のリーダー、ミナミはしかめっ面をして基地の出入口を塞ぐようにして仁王立ちをしていた。
連絡を受けてルークらの帰りを待っていたのだ。
「あー、だからなァ?この子は訳あって強い人を探しているらしい。誰か紹介するなり話をするなり何かしろ」
「それがウチに頼む態度なの!?」
本気でダルい。
何でこんな先の見えないやり取りをしなければならないのかとルークは酷く困惑する。
「フツーに考えろよ。得体の知れない男共に囲まれてんのと、同じような人と話すのだとどちらか楽って話だ。圧倒的に後者だろーが」
「……そうじゃなくてぇ、無言で基地から離れたり突然素性の知らない人を連れて来るところが……」
「あーハイハイ。サーセンしたぁーってな」
雨宮がミナミの言葉を遮り、叫ぶ。
彼は中途半端に停めてきた車を駐車場に移動させる為にそちらへ向かい、その隙にルークも足早に自室のある方へと去っていった。
残ったのはミナミとリョウ、そして連れて来られた保科の三人だ。
「えーっと……。ごめんね?名前はー……」
「保科です。保科萌花」
「じゃあ"もえちゃん"で!」
「あのー、オレもそろそろいいっすよね?」
と、リョウは別の棟の窓を指した。
戻らせてくれ、と暗に示している。
「アンタはダメ。二人は勝手にどっか行っちゃうし、一番はじめに話しかけられたのもアンタだって言うじゃん?とにかく……何が起きているのか話してもらうわよ?」
「うわぁ……逃げればよかった」
「もう一度言ってみて?」
ゴメンナサイナンデモナイデスと小声かつかなりの早口で念仏のように唱えるリョウ。
三人が今話し合いのために談話室へ行こうと入口を潜ろうとすると、
「あっ、」
一人の新たな影が迫って来た。
「レン。おかえり」
「お、おう。ただいま……」
大学の講義を終えた高野洋平が帰って来た。
「火曜ってサークル無かったっけ?行かなかったの?」
「あんな事があった直後だ……気まずくて行けねぇよ」
さらっと言うと三人の隙間を抜けてそそくさと建物の中へ入ってゆく。
異国での一件以降、彼は元気が無かった。
この世界に通じていない人間が「あの人は嘗てこの世界で最も強い人だったんだよ」と知らされると恐らく誰もが驚く事だろう。それ程までに面影はもう無かった。
ーーー
基地に戻ってから三時間程が経過した。
ルークと雨宮が一つの部屋に集まってゲームをしているのは、ついさっきのバトルが少なからず影響しているのだろう。
時折会話を挟みつつポケモンの育成に励んでいた。
時計を見れば十五時を過ぎたところだった。
ノックもせずにリョウが入って来る。
「もう〜……勘弁してくれよ〜〜ルークぅ……雨宮ぁ……」
ハットが頭からズレた状態で、長時間重い荷物を肩に背負った後みたいな顔をした彼が開いた扉に背中を預けて寄りかかった。
「お前どこに居たんだ?」
「どこに居たじゃないよずーっと話してたんだよ!!さっきの女の子とさ!!」
「へぇー……」
既に二人の興味は失せていた。と、言うより目の前の画面に移っている。
リョウは、なんて奴等だと内心で思いつつハットの位置を元に戻す。
「ミナミちゃんが色々聞いてくれたよ。何処から来たのかとか、何を求めたりとかさ」
「あっそ」
「……」
そんな単調な返事しか出来ないのならばいっその事無言で聞いていてくれと言いたくなる気持ちを抑えつつ、リョウは続けた。
ちなみに彼の体勢がそのままなので、ドアは開けっ放しである。
「保科萌花……。言いにくいな、もえちゃんでいいや……。その、もえちゃんは都内の高校在住の一年生で、なんて言ったっけなー。ちょっと難しそうな名前の学校の……えっと……稜爛高校!そこの一年生なんだとさ!」
「なんだと?」
ルークは反射的にゲームを操作する指の動きを止め、見開いた目でリョウを見た。
「オマエ、今何て言った……?」
「えっ、だから……りょうらん高校って……」
「稜爛高校だと?俺の知っている制服じゃなかったぞ?」
「えっ、そこォ!?」
3DSを閉じてルークは立ち上がった。
口元を手で押さえて、あたかも悩む仕草をしつつ。
「制服のデザインが変わっただけか……?いや、言っても2年だろ……?たまたま変わっただけか」
「あのー、ルーク?どうしたの?」
「俺、その高校出身だわ」
思わず雨宮も手を止めた。
リョウも間抜けな顔を曝け出して驚く。
「え、ええぇぇぇっっ!?」
「だが妙だ……。奴は一年だろ?俺は二年前に卒業している。何処で知り得たんだ?」
「あっ、それに関しては〜……」
リョウが三時間掛けて得た情報のため説明を始めた。
稜爛高校には夏の大会にも出た程のポケモンの強い同好会があるのだという。
"ある理由"でそこを訪ねた保科が、『ポケモンの強い人は誰か』を訊いたとのことだった。
「そこの会員曰く、『それはジェノサイドだ』って言ったんだが、もえちゃんはそんなの知る訳がない。明確な答えを出せなかった会員たちは悩んだ挙句、そんな彼と大会時同じメンバーだった女の子?とルークの名を挙げたんだとさ」
「おいちょっと待て。……じゃあ何だ?本来であればジェノサイドの野郎が適任だったって事か?」
とんだとばっちりを食らったようだった。
本当にポケモンの強い人を求めるのならば高野の元へと行けばよかったのだが、どういう訳か、果たしてどのような手がかりを掴んだのか、こうして自分たちの前に姿を現した。
「なんだそりゃ……。それで?目的は?」
「目的はー……。何だかなぁ……。もえちゃんが持つ、ポケモンの中古ROMの元の持ち主を探して欲しいとかで……」
「はぁ?それ強い弱い云々関係ねーじゃん!!」
決してリョウは嘘を言っている訳ではない。
言われたこと、聞いたことをそのまま彼らに伝えているに過ぎないのだ。
なので、ルークが怒りや不満を示しても、リョウにとってはどうしようも無いしどうも出来ない。
「でも実際にもえちゃんはそう言ってるぜ?」
「おい、それって持ち主を探しに色々出掛けるってことか?」
珍しく雨宮が口を開く。
「それで車出せなんて言っても……無理だからな?」
「そこまでは言ってねぇだろうが」
長時間移動するとなると車の負担も掛かるしガソリン代などの金も掛かる。
持ち主ゆえ雨宮は少し嫌な予感を覚えたのだ。
「んで、それからお前はどうしたのさ?」
「オレ?オレはミナミちゃんが戻っていいって言うから今此処に来ただけさ?その後は二人で少し話をしたらしいぜ?」
「そぉかよ……」
ルークは少し考え、遥か彼方の景色を見つめるような、遠い目をして軽く息を吐く。
「よし、俺も色々尋ねたい事があるしな……。少し話でもするかな」
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.525 )
- 日時: 2020/07/18 13:52
- 名前: ガオケレナ (ID: 0.ix3Lt3)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
少年とも青年ともいえる男は確かに虜になっていた。
学のない彼が、演奏されている曲が何なのかまでは知らないし、使われている楽器がヴァイオリンでなければ答えられなかっただろう。
音と音楽の違いすらも知らないし理解しようともしなかった。
しかし。
何も知らない人間であっても。
何も知らないからこそ。
予備知識なく、ただ純粋に音楽に感動する事が出来るのだ。
半開きの扉という狭すぎる入口を恨んだ。
出来ればもっとはっきりとその世界が見たい。
自分の目の前で聴いていたい。
だが、自分のような爪弾きをされた人間が忍び込めば、たとえ望んでいなくとも他者の世界は簡単に壊れてしまう。今までに何度もそんな光景を見てきた。
だから隙間からじっとして見ることしか出来なかった。
もしもその手の世界に詳しい人間がいたとするならば、例えば音楽の教師がその場に居れば仰天していた事だろう。
使用楽器はヴァイオリン。
奏でている曲はアルカンジェロ・コレッリの『ラ・フォリア』。
かなり難易度の高いものを、一人で悠々と奏でていく。それはまさに狂気だ。
不思議な音色だった。
緩やかに優しく包み込むような柔らかさを掻き立てる反面、"フォリア"の名の如く荒々しく騒がしい。
聴いていて心地よくなると共に不安を抱きそうな、何とも言えない思いを抱かせる。
うっとりと聴き惚れていたせいだろうか。
扉を押さえていた手に力が篭ってしまい、その意に反して徐々に、気付かぬままに二人の間に築かれていた境界線が消されていく。
「あっ、」
青年は体のバランスを崩し、音楽室へ倒れるように侵入してしまった。
異音に気が付いた少女はピタリと演奏を止めると、静かにゆっくりと振り向いた。
「だ、誰……?」
くっきりとした二重、大きな瞳。
その目は琥珀色に輝いていた。
外国の出で立ちを思わせるも、鼻はそこまで高くない。
まさに居るだけで浮きそうな、異質な姿だ。
追及されることを恐れた青年はそのまま走り去ろうとバタッと上履きから軽やかな音を発するも、
「ちょっと待ってよ。聴いていたんでしょ?いいよ!もう少し聴かせてあげる」
てっきり授業を抜けている事を厳しく言われるものかと思ったが、そういう訳ではないようだ。
見れば少女も同じ制服を着ているあたり、教師ではなく生徒のようだ。
つまり、彼女も授業を抜けている。
終始目を丸くしていた青年だったが、もうしばらくそこに留まることを決めた。
それが、始まりだったのだから。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.526 )
- 日時: 2020/07/20 22:20
- 名前: ガオケレナ (ID: InHnLhpT)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
Ep.2 隠したかった秘密
7日の早朝。
珍しく早起きできたルークは、涼しい風を浴びに部屋から外へ出た。
だが、予想以上に10月の朝というものは肌寒いものであり、これといって特にやる事がなければ屋内に戻るつもりであった。
彼は朝の日差しをゆっくりと浴びるような性格ではない。
そこに、保科萌花さえ居なければ。
「よう。お前も起きてたのか」
ルークは団地の敷地内にちょこんと設けられた公園内で、背伸びをし腕をうんと伸ばしながら日光浴をしている彼女を見つけ声を掛ける。
「おはようございます!本来は学校のある時間ですからねっ!」
その発言といい、彼女の身なりといい、ルークからすると怪しい点しか浮かんでこない。
なので、思い切って彼は尋ねた。
「昨日少し話をしたつもりだが……まだ分からねぇことがあるんだ。お前、学校は?」
「……」
一転して彼女の表情が曇った。
恐らく言いたくない事の一つ二つがあるのだろうが、ルークからすればスパイの可能性のある人間でもあるのだ。相手の心境などを気遣う余地は無い。
「行ってないんです。もう……何日も」
「それは何故だ?何かやましい事でもあったのか?」
「いえ……そんな事では……」
俯きながら否定はするも、嘘であることがバレバレだ。
こちらを見ようともしないし、人に聴かせる事を念頭に置いた声色でもない。
「大体なんだよその髪……。染めてんのかよ?それで注意とか受けねぇのかよ。戻せ、それくらい」
特に目がいくのが彼女の髪色だった。
光の加減によっては白や銀髪にも見えなくもない薄い橙色。
世間的に見ても珍しい色だ。
「あの……これ、信じてもらえないと思うんですけれど……地毛なんです」
「はあっ!?」
これも嘘なのだろうか、とルークはまたも疑った。
相変わらず目は逸らしっぱなしだが、だとしても嘘をつくメリットが無さそうにも見える。
いたずらに不信感が募るばかりだ。
「これのせいで何度も嫌がらせを受けました。学校からも注意を受けました……でも、事情を話したら特別に許してくれたんです」
「だとしても……かなり目立つだろ?」
「はい……」
ルークの過去にも似たような境遇の人間が居た。
あまりにも偶然が重なり過ぎて出来過ぎた話のようにも見えるし、気持ち悪くもなってくる。
「まぁいい」
これ以上プライベートな話は望めないとふんだルークは、
「昨日あの後にリーダーや仲間と少し話をした。……なんでも、探しものがあるんだってな?」
本題へと入った。
一瞬身構えたようにも見えた保科だったが、途端にハキハキとしだす。
「は、はいっ!人を探しているのでどうしても時間は掛かってしまう分迷惑をかけてしまって申し訳ないのですが……」
「ンな事はどうでもいい。問題は何処まで行って何をするかだ。それによっては仲間の動かし方も変わる」
「……と、言うと?」
「車で行くかそれ以外で行くかだ」
ルークの脳裏に、雨宮のスポーツカーがよぎる。
目的地にもよるが、彼の速い車ならば早く済ませそうでもあるし、人員も変わってくる。
だが、彼の中では早く終わらせたい。
その一心しかなかった。
ーーー
「つー訳で車出してくれ」
「嫌だよ。何で俺が……?」
朝食を食べに来ようと食堂に降りてきた雨宮にルークは頼み込むも、秒で拒否される。
「本当だったら組織の人間何人かで行きてぇよ?俺としても。だが、そうはいかねぇだろ。この組織も暇そうに見えて小競り合いかましてるんだし、それならお前の車に四人まで乗っけて戦える人間の最低限だけ確保しようってな」
「結局は都合のいい足が欲しいだけじゃねぇか……」
雨宮が本気で嫌そうな顔をするあたり、協力したいとは思っていない事が明白だ。
確かにルークにとっては便利な交通手段が欲しかったのはある。
だが。
「あー、分かった。じゃあ協力してくれたらサーキット連れてってやる」
「はぁ?」
「四人で行動する途中でも、終わった後でもいいからサーキットで走ってこいよ」
「ふっざけんなよ……だったら俺が勝手に行くわ」
「費用は全部出すぜ」
「なに?」
「それだけじゃねぇ……保科の探しもので費やした交通費……ガソリン代から高速代その他諸々……全部俺が出す。これでどうよ?」
甘い誘惑でしかない。
しかし、雨宮からすると、一切金の掛からない旅というのも悪くない。
自分は好きな運転だけしていればよいのだから。
「つまり……テメーは車走らせてろ、って言いてぇのか?」
「そうだな。自分以外に三人居て多少は重いだろうが……荷重移動を駆使出来るいい機会じゃねぇか?」
人間と荷物やパーツの類とは重さのベクトルが違うと反論した雨宮ではあったが、だとしても断る理由が無かったのも事実だ。
答えは最早決まっていた。
「ところで、四人って言ったな?お前と、俺と、保科とかいう女とあと一人は誰だ?」
「誰でもいいが……まぁ、リョウあたりかな」
珍しくルークにしては適当な返事が返ってきた。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.527 )
- 日時: 2020/08/07 15:24
- 名前: ガオケレナ (ID: WZc7rJV3)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
「よし、行くぞ」
ルークは雨宮のスポーツカーの前でそう宣言し、リョウがこちらにやって来るのを確認すると自分が座るはずの助手席のシートを突然倒した。
見ると、後部座席に座る為の小さな通路が出来ている。
「あのー……ホントにオレが行くの?モルトでもよくない?」
「モルトは今頃大学だ。いくつになるか学年忘れちまったが、それを捨ててまで俺らと行動を共にする必要はねぇよ」
「オ……オレはいいってこと!?!?」
「オメーは常時暇してんだろうが……。退屈している位なら協力しろ」
「いいから乗るならさっさと乗ってくんね?要らぬ手間掛けさせんなー」
持ち主の雨宮の催促により、二人は乗り込む。
車はすぐにでも発車した。
「まずは何処へ行けばいい?」
ルークはシートベルトをしつつ後ろに座る保科に質問した。
保科は運転手である雨宮の真後ろに座っている。つまりは上座である訳だが、客人として持て成してのその位置なのか、そもそもそんなマナーを気にせずに適当に乗っただけなのか。恐らく後者なのだろうが、雨宮も保科本人も何も言わないので誰も気付いていないのだろう。
保科は少し考えたような顔をすると、
「あの……申し訳ないのですが、ちょっと学校までお願いしたくて……」
「学校?稜爛高校か」
「はい!」
ルークは彼女の返事を聴きつつ前を見た。
車は団地を抜けて街の方……やや大雑把だが聖蹟桜ヶ丘の方向へ進んでいる。
そこを更に進めば国立市へと繋がり、首都高へと入れば都心へと向かうのは容易だ。
「いきなり都市部か……走りにくいから面倒なんだがなぁ……」
「そう言うな雨宮。ナビにセットしておいたからその通りに進んでくれ。高速代は俺が出す」
「りょーかいっと」
何故初めに学校なのか。
様々な憶測がルークの頭の中でぐるぐると流れるも、直接問いただす事に抵抗感が生まれてしまう。それは自身の過去が少なからず関係しているのか、それとも彼女が難しい問題を抱えて居ることをどこかで察してしまうからなのか。
その理由を探す事すらもタブーのように思えてしまう。
開始七分ほどで車内は沈黙に支配された。
少しの隙間だけ生まれている運転席側の窓から入り込む、無駄に騒がしいエンジン音以外そこに音は無かった。
……はずだったが、
突然ルークの背後でポケモンがレベルアップした。
「は?」
「え?……。『は?』って、何に対しての『は?』なん?」
不意打ちを受けたような気分だった。
リョウが早速暇である事に苦痛を感じたのだろう。手持ちの3DSと"アルファサファイア"を起動し始めていたのだ。
「いや……リョウお前、今やるのか?」
「だって暇じゃね!?もえちゃんもいいよね?隣でポケモンやってても」
「え、えぇ。わたしは特に何とも……」
とは言ったものの内心うるささを感じていた。
狭い空間というのもあるが、リョウは最大に近い音量でゲームを始めている。
要するに全員が共通して「やかましい」という感情を抱いているのだ。
「保科、ところでお前は……」
だが、彼の勝手な行動はルークの中にも意外な変化を助長させる。
「ポケモンはやってないのか?」
「昔はよくやってましたよ!今は部活と勉強で忙しくてそれどころではなくて……」
「部活?」
もしや、と彼は微かな偶然性を見出した。
ここで彼女が"吹奏楽部"と答えたならば違った意味で見る目が変わったかもしれない。変に期待した彼だったが、
「はい。陸上部なんです。わたし……」
「あぁそう……」
「ポケモンは……中学上がって少しで終わっちゃいました。周りでポケモンやっている子は居るんですけどね〜」
ルークと雨宮は二人して表情を暗くさせる。
同じような軽いノリでリョウが相槌を打ってくれるのみだ。
「……お前さ。ロクにポケモンやってねぇんだろ?」
「……え」
「ド素人以下のお前は今俺たちと共にいる。それが何を意味するのか……。俺たちの元へ来た事自体にどんな意味があるのか……。考えた事はあるか?ねぇよな?」
「……」
表の世界に生きる人間が自分たちと同じ世界を渡る事。
その罪深さと重みを背負った上で、自覚したうえで生きていくこととなる。
そしてルークは知っている。
自覚が足らなかったせいで悲劇を迎えてしまった事例を、その目で見た事があるのだ。
「この車は学校へ向かっている。……その間まででいい。よく考えるんだ。まだ引き返せる、そのチャンスが残っているからな。何もお前も、これまでのすべてを失いたくはないだろう?」
中古ROMの持ち主を探すだけの旅に深部の人間を頼りにする必要はない。
このままでは要らぬ犠牲を払うことになるだけだ。
しかし、
「わたしはすべてを知り得た訳ではありませんが……でも言わせてください。もう、わたしには……失う物はありません」
「なんだと?」
ルークはどうしても分からなかった。
彼女がそこまで深部に拘る理由が。
そして、もしやとも思った。
果たして彼女の目的がそんなに安易なものなのかと。
幸いにも彼にもチャンスは巡って来た。
これから向かう学校に何かがあるとしたら、それは絶好の機会でもあるのだ。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.528 )
- 日時: 2020/08/09 20:12
- 名前: ガオケレナ (ID: ZZRB/2hW)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
「ほら、着いたんじゃねぇの?」
四人を乗せた群青色のスポーツカーは首都高に入っては途中のジャンクションを降り、都心部を悠々と走った末のこと。
いかにも、最近建てられましたと主張したがっている外観は真新しさを放ちつつ、また敷地内も整備が行き届いているようにも見える。
そんな、現代的でもありどこか近未来を感じさせるまさに"新しい"建物は四人を快くお出迎えしているのだが、
「どうやって入ればいい?」
「そのまま校門をくぐれ。門と校舎の間の広い通路の両端に車が幾つか停まっているはずだ。ここの教師共のものになる。少しぐらい借りたって文句はないはずだ。その内に……保科」
保科萌花は苗字を呼ばれ、顔を上げた。
ルークはそのまま続ける。
「保科。お前はその間に用事を済ませとけ。今の時刻は……十二時か。と、なると丁度お昼時か?」
「は、はい!そうですね……。今頃みんなお昼ご飯食べていると思います」
「よし。じゃあ手短に済ませてこい」
そう言うと、車が駐車されたタイミングを見てルークは扉を開け、自身が外へ出た。
保科を外に出す為でもあるが、自分も少し野暮用が出来た。その為だ。
「あれ……?ルーク、さん?車に乗らないんですか?」
「俺にも少し用事が出来た。まぁ、それについては歩きながら話そうや」
彼女が降りたのを見てルークは助手席のドアを閉め、そのまま校舎のある方へ歩き始めた。
「しっかし……懐かしいなぁ。この学校も」
「えっ!?来た事あるんですか?」
「俺はこの学校出身だ」
保科はこれでもかと言うほど驚く素振りを見せた。
此処は私立の高校。それに、授業料も高い事で評判の学校だ。
即ちそれは、お金持ちが通う学校という事となる。
しかし、保科にとってルークという男は、さほどお金を持っているようにも見えず、そして決して良いとは言えないような環境で育ったとしか思えなかったのだ。
本当にこの高校に通っていたのか、疑いたくもなる。
「お前に俺の情報を教えた、同好会の奴ら……。そいつらに用がある。何処に居る?」
「えっとですね……」
一体何をしでかそうと言うのか。
その手の情報を持ち合わせていない保科には想像すらも出来ない。
「放課後は空いている教室を……一年のクラスの教室に居るのですが今ですかぁ……。図書室かテラスに居ると思いますけど、」
「けど?なんだ?」
「ルークさんはどなたかご存知なのですか?多分この時間のテラスには普通の学生も大勢居ると思いますが……」
遂に昇降口が見えてきた。
途中、生徒らしきひとりの学生が二人とすれ違ったが、少しも変な顔をされなかったあたり警戒心は薄いようだ。
「大会時にジェノサイドの野郎と絡んでいる場面を見たことがある。顔さえ見つけてしまえば問題ない」
「……騒ぎだけはやめてくださいね?」
ルークは軽く睨んで立ち止まった。
その目は秘密を覗き込むような、裏を見ようとしている目だ。
「そんな風に見えるのか?」
「いえ……ただ、嫌な予感がしたので」
「うるせぇ。早く行け。どうせ俺より時間掛かるんだろうからよ」
二年ごときでは校舎の大きな配置は変わらない。
記憶を頼りにルークは三階のテラスへと、保科は自身のクラスの方へと進んで行った。
ーーー
広い廊下から直に繋がるテラス。
時間のせいかその扉は開いている。
六人は座れるだろうテーブルが四つほど確認出来た。
もしかしたらまだあったのかもしれないが、ルークの意識はそんなつまらないものに向くことはない。
途中で目当ての人物達を見つけたからだ。
確かに生徒たちには人気そうな空間だった。
明らかな定員オーバーであるにも関わらず、人で密集している。
座席を確保出来なかった生徒たちは各々何人かで固まってしゃがんで弁当を食べていたり、手すりを利用して立ち食いしている者までいる。
そこまでこの場所に拘る必要があるのかと何一つ理解出来ないルークは無言のまま彼らの座席へと近寄っていき。
「悪い、どいてくれ」
三人だけでは無駄に持て余すテーブル。
隣の空いたスペースに別の女子たちが数人で集まり談笑していたところを彼が割って入る。
ルークは目当ての男子生徒の隣に座っていた女子生徒の肩を掴んでは座席から引き剥がした。
「ちょっ……オメー何すんだよっ!!」
突然の出来事に戸惑い、怒り狂う女子ではあったがルークは知らんぷりを決め込み、呆然とこちらを見ている三人の顔をそれぞれ見定める。
「よう。何とか見つけて来たぜ……。俺は"赤い龍"のルーク。この名を知らないとは言わせないぜ?」
その自己紹介とも取れる言葉に、
「はぁ?」
隣に座っていた運動部にでも所属していそうな男子生徒は間抜けな声を発する。
唯一周りと違う反応を示していたのは彼から見て斜め左に座っていた女子生徒だ。
無表情を貫き、チラ見でルークの顔を確認すると
「知らないわね。あたしもう授業あるから」
そう言って彼女は食べ掛けの弁当箱に蓋をして席を離れようとする。
「まぁ待てよ。保科萌花。コイツの身柄を俺が保護している……。知ってんだろ?コイツの事」
その言葉に。
稜爛高校ポケモン部の相沢優梨香はピタリと立ち止まった。
「どうして……それを……?」
「奴はお前らから俺の情報を手にしたと言っているぜ?っつー事は俺の事も奴の事も知ってんだろ?」
「だとしたら……何が〜……目的なんですか……」
ルークの向かいに座る、気弱そうな男子生徒が俯きつつも呟いた。
その表情からは恐怖が隠し切れていないでいる。
「ん?まさかお前達を殺しに来た人間だとか思ってる?もしかして勘違いさせちまったか?悪ぃ悪ぃ」
「……あなたは」
相沢は改めて席に座った。
丁寧に弁当箱も開け直して。
「本当に……ジェノサイドさんの友人さんの……ルーク、さんですか?」
「奴の友人って印象が気に入らねぇな?俺は何度か見たぞ。お前らがジェノサイドとつるんでいる所をな。……まぁいいや。その通り。俺こそが大会時ジェノサイドの野郎とチームを組んで暴れてたルーク様本人だぜぇ?」
本気とも嘘とも取れるふざけた発言に、吉岡桔梗は一瞬だけこちらを見た。
自身の記憶と目の前の男の顔とを照らし合わせているのかもしれない。
「ご要件は?」
「保科萌花について教えろ。あいつがここの生徒だって事は知っている。だがそれ以外は何も知らない。何も言おうとしねぇんだ。奴がどんな生徒だったか……。どのようにして俺の情報を手にしたかその一切を話せ。それだけだ」
相沢は弁当を食べつつ必死に彼を分析しながら、そして目をこれでもかと合わせずにその要望に答えてみせる。
ーーー
保科萌花は先日まで日常の一部と化していた教室の前までやって来た。
今の自分の境遇も相まってそれまで当たり前だった世界が、目の前の教室の扉が恐怖でしかなく、非常に恐ろしい。
ほんのりと手が震えているようだった。
だが、二つある内の後ろにある扉だけが開いていたのを見ると、目当ての道具がロッカーにある事も相まってそちらへと駆けた。
そこはいつも通りの世界だった。
理不尽とか争いとか恐怖を知らない、平和で優しく甘い世界がそこにはあった。
二学期が始まって暫く経っている。
最早そこには一人で黙々と弁当を食べている者は一人もおらず、全員が全員何かしらのグループを作っては他愛もない会話を繰り広げている。
誰も自分の存在には気付いていないようだった。
足早に自分のロッカーの前まで来ると、パチンと音を立ててロッカーを開けた。
確かにあった。
この旅で必須とも言える彼女にとって重要な道具のすべてから、これまで使っていた勉強道具一式が。
それらすべてを手持ちのバッグに無理やりにでも詰め込もうとしているその時。
「おい、あれ……」
「保科じゃね?」
「まさか……保科の奴来たのかよ?」
「えっ……、今?」
その存在を完全に隠すことは出来なかった。
一変して平和だった世界は混沌と醜さで溢れた暗黒に包まれる。
ヒソヒソと耳打ちする声しかそこには無かった。
それまで友人だった者たちは彼女についてある事ない事一緒くたにして勝手に盛り上がっている。
恐らくだが彼らに害意はない。
だが、噂話という人の好奇心をくすぐる話題が突如現れては普段の生活の中では隠しているはずの負の側面、愚かな点が浮かび上がらずにはいられない。
その世界を誰よりも、何よりも嫌悪する保科はまたも無言で走り去った。
もう自分を守ってくれる世界はそこにしかない。
保科萌花は一目散にスポーツカーの停まっている方へと必死に走った。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.529 )
- 日時: 2020/08/13 00:02
- 名前: ガオケレナ (ID: VTNklIIG)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
保科萌花が駐車場に辿り着いた時、心から安心した思いに浸ることが出来た。
群青色のスポーツカーは彼女を待っていてくれたからだった。
「やっぱりお前の方が遅かったな?」
ドアにもたれかかっていたルークは彼女がこちらにやって来るのを見るとドアを開ける。
助手席のシートは倒されたままだった。
それまでルークの後ろに座っていたリョウも隣に移動しており、乗り降りが大変スムーズな形になっているようだ。
「乗れよ。行くぞ」
特に引き止める様子を見せず、ルークが乗るのを見ると雨宮は無言で車を走らせた。
「次はどこへ?」
「えっと……南浦和まで……お願いします」
「今度は埼玉かよ」
ため息を重く吐いて雨宮は再び高速に乗るためそちらへと進める。
ここまでと同様に首都高経由で行くつもりのようだ。
「でも……なんでそんな所へ?ってか、覚悟の方は出来たんか?もう降ろさねぇぞ」
「待て雨宮。それについてはもういい」
稜爛高校ポケモン部の面々から聞いた話で彼女の一連の動きを知ったルークは、自分から脅かしておいてそのように遮った。
「あ?なんでだよルーク……。いいのか?一般人だぞ?」
「コイツは別だ。俺が許可する……保科」
ルークは真後ろに座る彼女に声を掛ける。
スマホを見ていたのだろうか俯いていた彼女は途端に顔を上げた。
「さっき野暮用と言ったが……。実はさっきまでポケモン部の三人とお前について話していた。何でお前が俺たちに近付いたのか、それまでに何が起きたのか……全部な」
「えっ……それじゃあ……」
「だが別に此処でそれを話すなんてふざけた真似はしない。そこでだ。俺たちがどんな存在か話しておこうと思ってな。もしかしたら少し知っているかもしれないが、悪いが聞いてくれるか」
保科萌花は隠し事をしている。
その事実があったとしても、深部という世界に棲む連中も同じように闇の部分を隠して尚日常を築いている。
そんな対比をさせたかったルークは自分たちが何者なのか。長い永い物語を語り始めた。
そんな、意味合いがあったのだ。
ーーー
「……そんな訳で、俺たちは自分たちの命を守る為に生きている。生半可な世界じゃねぇ。だが、奴らからお前の話を聞いて俺も決めたよ。目的を果たすまでお前の面倒を見てやる。だがいいか。この世界では簡単に人の命が消える。途中で誰かが死んでも決してビビるなよ」
「えっと……はい。分かり……ました」
少し話し過ぎたかもしれない。
たかだか普通の女子高生に、深部とはなにか、赤い龍とは、フェアリーテイルが何かなど話しても絶対に理解などしてくれないに決まっている。
それも、ポケモンの扱いがまるでない人間などに。
だが、それでも良かった。
お互い得体の知れない者同士というのは居心地も雰囲気も悪くなるものだ。無駄にストレスを抱えて気分も悪くなってゆく。それはいつか控えていてもおかしくない戦いにも影響されてしまう。
少なくとも、こうしてルークが自分の話をしてしまえば彼女にとって自分が得体の知れないなにかではなくなる。
そう思うと少しだけ気が楽になってきた。
一方的に喋っていたとはいえ、手短に纏めていたせいで車はまだそんなに進んではいないようだった。高速の真ん中だ。
さて、これからどうしようかと景色を見ながら考えていたルークだったが、
後部座席からルネシティのBGMが聞こえてきた。
「リョウお前……ブレねぇな」
「えっ?なにが?」
一般人相手に深部の存在を教えたという割と普通でない出来事が起きたあとであると言うのに、彼は終始ゲームに意識が向いている。そう言えば会話中もBGMが合いの手を挟んできたのを思い出す。
「あー!わたしコレ知ってます!小さい頃を思い出すなぁ」
「え?もえちゃん知ってんの?」
「小学生に上がる前とかちょくちょく遊んでました!」
オメガルビーやアルファサファイアは第三世代のリメイクである。
嘗て聞いた事のあるBGMが今の技術のアレンジも加わって復活しているのだ。
プレイしていた過去を持つ者ならば、そこに懐かしさを感じずにはいられない。
「懐かしいなぁ……あんな事もあったなぁ……」
保科は思い出す。
遠い過去の記憶を。まっさらだった時代の思い出を。
「おい、リョウ。今すぐ消せ」
だが、その光景にルークは懸念を示す。
彼女以外で唯一、本人の過去を知った人間なのだから。
「……へ?なんで?何を?」
「そのふざけたゲームをだよ!!今すぐ消すなり閉じるなり音消すなりしろォ!」
当然ながらリョウは彼が豹変しだした理由を知らない。
だが、穏やかな性格に変わりつつあったルークがここまで態度を露わにするのも今となっては珍しい。
そこに普通ではない何かを感じ取ったリョウが小さく謝っては3DSを閉じてリュックにしまった。
「どうした?敵でも居たか?こんな所に」
「奴らはこう言う音にも反応するからな。少しは警戒しとけってな」
そんな訳があるかと運転しながら雨宮は内心でルークをおちょくる。
南浦和まであと30分は掛かりそうだ。
ーーー
保科萌花は、鞄を開いた。
そこには、今まで学校に置きっぱなしにしていた資料集や勉強道具で詰まっていた。
それは、もう二度とあそこへは戻らないという強い覚悟の表れであり、ある種の諦めでもあった。
その中にシンプルでモダン調のステッカーが紛れていた。それも大量にだ。
一見すると、それはお洒落な雑貨屋にでも置いてありそうな売り物にも見えた。どこかの企業のロゴマークにも見えた。
だが、それはそのどちらでもない。
(これさえあれば……少し、変わるかもしれない……)
誰にも聞こえない声で呟くと、鞄の口を閉じた。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.530 )
- 日時: 2020/08/16 20:45
- 名前: ガオケレナ (ID: 1UTcnBcC)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
南浦和駅に到着した。
雨宮の自動車は東口のロータリーへと停止すると四人全員が降りる。
「これと言って地味で何も無さそうな駅だが……ここで一体何の用があるってんだ?」
「いえ、此処でいいんです」
保科の、ルークへの答えになっていない答えを述べながら座席を押しのけるようにして狭い車から出ていく。
駅自体に強烈な特徴がある訳ではなかった。
京浜東北線が通る事で、乗り換える為に利用されるのが大半な駅だ。
「ここまで来たんだ。新都心まで行ってもいいんだがなぁ?」
「あっ!大丈夫です。そっちまで行く用事はありませんので……」
イマイチ彼女のチョイスが分からない。
利用者も多く規模も大きいことを考えれば、さいたま新都心駅まで行ってもいいはずである。
ここからならば遠くはない。
「えっとー……何だっけ?中古ROMの持ち主探し……だったよね?もえちゃん」
リョウが手持ちの端末を操作しつつ、それらしい店舗を探そうと首を捻る。
「でも……そんなお店あるのかぁー?中古用品の専門店なんかさぁー……」
「あるじゃねぇかよ。ほら、こっち」
ルークは端末に表示されている、今ある東口とは正反対の西口。
そちら付近に、名前が"たつや"の人はもれなくイジられるレンタル屋がそこにはあった。
「此処って……中古ROM取り扱ってんのかなぁ?」
「有るだろ。俺だって買いに行ったことぐらいある。とりあえず行ってみるのがいいだろ」
と、二人の間で行き先を勝手に決めたことにはなるものの、
「おーいもえちゃーん?場所分かったし行かねー?」
と、三人からやや離れた位置に突っ立っている保科にリョウが叫ぶ。
少し遅れたタイミングで彼女は走ってこちらにやって来た。
「ごめんなさいっ!ちょっとボーッとしてて……」
「なぁにやってんだよっ!ほら、もえちゃん向こうにその店あるからちょっと行ってみよーぜぃ」
リョウは西口へと繋がる通路を指し、誘導する。
雨宮が怪訝な表情で彼女を追いながら。
ーーー
「ちょっと流石に分かりませんね……」
店員からのその一言で四人全員は硬直した。
詰んだ、と。
ゲームソフトを売る際に身分証や個人情報の提示などをする事はあっても、それを「元の持ち主の物かもしれない」という怪しすぎる理由だけで教えてくれる程甘い話ではない。
結局どうする事も出来ない四人は黙って店を出た。
「な、なぁ……。これって何処行ってもダメじゃね?」
「そうですねぇ……。ちょっと探し方を変えなきゃですね」
保科が苦笑いしつつ車の置いてある東口へと先導するように歩く。
出来ないと分かれば次の行動に即移る、そんな性格なのだろうか。
誰よりも早く車に到着し、助手席のドアを開ける。
「いや、この方法でも割と……上手くいくかもしれないぜ?」
雨宮が薄ら笑いを浮かべながら車のロックを解除する。
我先にと保科が引っ込むように車内へと入り込んだ。
「どういう事だ?今みたいなやり方でもいいってか?」
ルークはややウンザリするように言うと、
「あぁ……いずれ……尻尾を表す時が来るさ」
雨宮はロータリーに設置されていた標識の方をチラリと目をやるとそそくさと自分も運転席へ座った。
「さて、と。今度は何処へ行けばいいかな?お嬢さん」
「え、えっと……」
「待て雨宮。これってどうするんだ?解決するまで道の旅を続けるのか、日毎に改めるのか……どうするんだ?」
「と、言うと?」
雨宮は隣で誰よりも早くシートベルトを閉めているルークに問いかける。
「この駅に着いたのは午後の一時だが、今はもう二時だ。ここから基地へ帰ろうとすると二時間はかかる。……お前、リーダーには何も言っていないよな?帰りが遅くなる事も、外で夜を過ごす事も」
「だから何だってんだよめんどくせぇな?外にいてもアイツの事考えなきゃいけねぇってのか!?」
「違ぇよ。帰った時が面倒じゃねぇかって話だ。奴のことだし変なペナルティ掛けられてこの行動に支障が出たら嫌だろ?」
ルークの言葉に。
雨宮は暫く黙ってトントンとハンドルを指で叩く。
そして、
「他にどこか行く所はあるのか?無いのか?」
「えっ!?……えっと……時間が難しいようでしたら、今日はもういいですよ……?」
本人からの許可を得た。
ならば行先はひとつ。
「帰るぞ」
これまで来た道を逆走するかのように、一台のスポーツカーは爆走するかのように駆けて行く。
ーーー
基地に到着したのは夕方の五時を過ぎていたようであった。
日が暮れがかる黄昏時だ。
「あれっ」
ルークはそこで二度見する。
今日確かに見た顔がそこにあったからだ。
男子の部屋が連なる男子棟のエントランス。
そこに、昼に見た三人の学生が居た。
「あいつら……?何があった?」
「あの子たちはレンのお客さんだよ」
後ろから聞こえたのは最早振り向かずとも分かる声だ。
「通したのはお前か……リーダーさんよ?」
「いいじゃないのよ?彼らからレンに会わせてくれってお願いがあったのだから!」
冷めた目でルークはミナミへと振り向く。
つくづく彼女は苦手な人間だ。
「今日は何処まで行ってきたの?」
「奴の学校と……南浦和。それだけだ」
「えっ!?……ちょっと、学校で問題起こしてないわよね!?」
「なぁーんでオメーまでそう言うかなぁ!?俺がそんな人間に見えんのかぁ??あァ!?」
と、声を荒らげるルークではあったが、一応という気持ちで今日あった事をミナミに話す。
そうしていると、車を停めてきた雨宮がやって来た。
「ルーク。ちょっといいか?話がある」
呼ばれたルークは彼について行くように駐車場の方向へと歩き出した。
「おい……お前来た道戻ってねぇか?どうした?車の相談か?」
「違う。……ったく、お前も変わっちまったな?悪い方へ」
「どういう意味だよ」
「保科……萌花だったよな?アイツ、スパイかもしれねぇぞ」
「なんだと?」
感情につられて足も止まった。
ルークは周りに誰も居ないことをその目と勘とオーラで確認する。
「……何処で気付いた」
「アイツは駅で何もしていないように見えたか?しっかりとその証拠を残していたぞ」
と、言って雨宮はスマホの画面を見せた。
他愛もない学生のSNSでの呟きだったが、
「気付くといいけどな?あのガキスパイにも俺の言った言葉の意味が」
その呟きは誰かが意味不明なステッカーを学校の校門に貼り付けていた。それに対する愚痴だった。
「C.R.C.参上……、だとぉ?何だそりゃ」
まるで一時期都市伝説扱いされていたBNEに酷似していた。
特定の地域に「BNE参上」と書かれたステッカーを公共の場で貼り付けていたそれに。
ステッカーのデザインもかなり似ていた。
白地に黒のゴシック体で書かれている。最早違うのは文字だけだ。同じように黒文字で「C.R.C.参上」とある。
そしてその呟きに添付されていた写真にも見覚えがあった。
稜爛高校の正門だ。
「な、なぁ雨宮。これは一体……」
「恐らくだが保科とかいうガキはこのC.R.C.という組織のスパイだろうな。どうする?明日あたりにでも問い詰めてみるか?」
「任せる……が、やりすぎるなよ」
平和に見えた観光は、突如として闇の香りに包まれた。その瞬間でもあった。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.531 )
- 日時: 2020/08/30 20:14
- 名前: ガオケレナ (ID: vLvQIl5U)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
翌日。八日の朝。
珍しく早起きしてしまった雨宮は、練習ついでに一走りしようと、部屋を抜けては地上に立ち、芝生の生い茂る敷地を抜けて駐車場へと向かおうとノロノロ歩く。
どうせ今日も市街地を走り回ることになるのだ。
そのドライブは味気なく、ひどくつまらない。
スピードは出せないし渋滞にも嵌る。
その上でメンバーがやかましい。
それらすべてを嫌悪する訳ではないのだが、ストレスになる事に変わりはない。
ならば、折角山の上に住処を構えているのだから本格的な峠と比べると生温く物足りないが、この辺りで走り回ってあらかじめ自己満足に浸ってしまえばいい。
今は早朝の五時だ。
暗がりは既に去り、空は青白い。
平日といえども、この時間の人通りは街道に出ない限り皆無だ。
芝生の柔らかい草を踏んだその時。
雨宮は見た。
白いベンチに座り、無機質な様を呈している、保科萌花のその姿を。
その様子は、不気味でしかなかった。
十月の早朝ともなればどこか肌寒さを感じるものである。
特に、細身の彼女ならば尚更のはずだ。
荒々しくも静かな雨宮でも、この時ばかりは恐ろしさに駆られた。
目は丸くなり足が一旦はピタリと止むも、その外見以上にひどくビビった。
敵組織のスパイの疑いのある人が、こんな時間に姿を見せていたことに。
「……あっ、おはようございます!早起きなんですね?」
「テメェ……何していやがる?」
「嫌な夢を見てしまって〜……、目が覚めちゃったんです。雨宮さんは?」
「奇遇だな。俺もだ」
そう言うと雨宮はスペースの空いている、彼女の隣にどんと座る。
「どうせつまらねぇドライブになるんだ。今の内にかっ飛ばしておこうと思ってな」
「雨宮さんは、スピードを出すのが好きなんですね」
「あぁ。速くなければ価値はねぇ。一秒はおろかコンマ数秒でも違えば負けは負けだ。時計は絶対だからな……。モータースポーツってのはそういうもんだ」
「わ、わたしにはよく分からないなぁ〜」
作り笑いにも似た甘い笑みを浮かべて、保科は彼の美学に耳を傾ける。
雨宮は、モータースポーツに詳しい女子高生など物好きでしかないだろと心で突っ込みつつ、冷たく彼女を睨んだ。
その瞬間まで、悩んだからだ。
「なぁ……?C.R.C.って何なんだろうな、保科ちゃん?」
雨宮は見た。
優しい顔をした彼女が忽ち顔を強ばらせたのを。
「い、……今、何て?」
「知らねぇとは言わせねぇ。俺はこの目で確かに見たぞ。お前が南浦和の標識に確かに黒いステッカーを貼ったのをな?見られてないとでも思ったか?」
「……」
分かりやすいほどに顔を青ざめる。
それは、寒さに震えているようにも見えた。
「答えろ。テメェは何処の組織の人間だ。何を目的にこの敷地に入った?……このC.R.C.ってのは何だ。テメェの所属する組織の名前か?」
「やめて……下さい」
雨宮という男は容赦しない。
どこぞの最強だった男と違い、奪い去る事にも迷いはしない。
雨宮は立ち上がると彼女の顎を掴み、それまで自身が座っていた方向へと押し倒した。
あたりに騒音と怒号が響いた。
「テメェが今此処にいる事に深い意味があんだよ!!敵が縄張りに入り込む事の恐ろしさが……どれ程のものかスパイのテメェには十分承知のはずだろうがよォ!?今すぐ吐け!どちらにせよ今ここでテメェを殺してやる!!」
顎を掴む手に力が意思に関係なく強まっていく。
見た目に相応しく骨も柔らかそうだ。このまま力を加えてしまえば変形でもしてしまうのではないかと思えてしまうほどに。
「やめろ雨宮ァ!」
そこに、相棒の声が邪魔をする。
「来るなルーク。コイツにすべて吐かせた上で死なせる。安心しろ。手を汚すのは俺でいい」
「何をしている……。その手を離せ」
その声に、雨宮は期待を裏切られた。反射的に手の力が弱まった。
「ルーク?オメェ今なんつった?」
「いいからその手を退けろ。保科に怪我させるんじゃない」
「オイオイ!お前いつからそんな弱気になったんだ?お前もつい去年までは恐れも知らぬフェアリーテイルのルーク様だったじゃねぇかよ!?それが何だ?在り処を暴かれた上に『怪我させるな』だァ?随分と甘いじゃねぇかよ……」
「お前はそいつの正体を知らないからこそ疑っているだけだ。俺は……その正体を知っている」
「ほぉ?ならばC.R.C.もご存知と?」
「いや……」
ルークは目を逸らした。
ベンチに横たわり、顎を押さえつけられている保科は恐ろしい目に遭っている訳でも、死を悟った顔をしている訳でもなかった。とにかく無表情なのだ。そこに違和感を覚えるのにはあることにはあるのだが、少なくとも目には良くない光景だ。
「だとしたらお前がわざわざ止めにくるのも変だよなぁ?どちらにせよ疑惑がコイツにはついている訳だ。そんな時、去年のお前ならどうしたよ?殺しても構わねぇツラしてた筈だが何だ?今のこのザマは。甘々なジェノサイドに感化でもされたか?それともコイツに特別な欲でも湧いちまったか?前の女と重ねたとか」
「雨宮やめろ。尚更保科は関係ないだろ」
何年も居るとすべて見抜かれてしまうのだろうか。
それに比べて自分は、仲間の心の内を見透かせる程立派ではない。
「じゃあ言え。お前知ってんだろ?コイツの正体。ならここで言えよ」
騒ぎを聞きつけてやって来たのはルークだけでは無かった。
すやすやと寝ていた所をルークに叩き起されたリョウと、血相変えたミナミがやって来る。
リョウに至っては何故かハットまで被るという謎の徹底ぶりだった。
「チッ、」
増えてくる足音に具合を悪くしたような顔をした雨宮は、彼女が顎を動かそうとしているようなので更に力を弱めた。
「わ、わたしが……話し、ます……から。……」
「その手を放して。雨宮」
口うるさいリーダー様がそう言っては彼を睨み付ける。
全方位から視線を向けられた雨宮は、
「まるで俺が悪者じゃねぇかよ?本当にコイツが敵だったら功労者だってのに」
そう言っては顎から手を離し、しかし不満な彼はその顔を小突く。
「わ、わた、わたしは……。もう、何処にも友達も家族も居ません」
ルークは内心やめろと何度も呟いた。
しかし、本当に発してしまえば納得しない者も居るのも事実だ。
「深部のスパイ、とか……そういうのじゃないんです……。でも、ごめんなさい。嘘、つきました。本当は深部のこと、前から知って、いたん……です」
その声は徐々に涙も混じり、時折詰まらせる。
当然ルークはその理由を知っていた。
「私の父が……唯一残った家族であるわたしを捨てて……深部に、身を墜したんです……。その、組織の名前が、」
「バラ十字……だろ」
そこにルークが口を挟む。
彼女がただの被害者である事を唯一知る彼が、すべてを語らせるには可哀想だと判断したためだ。
「雨宮……。コイツは違う。深部の存在を知ってはいてもスパイでも何でもない。突然日常を壊された、ただの不憫な高校生でしかないんだ」
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.532 )
- 日時: 2020/09/02 16:13
- 名前: ガオケレナ (ID: V9P9JhRA)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
『これは〜……。僕が直接見たのではなく聞いた話だという事を念頭に置いてもらいたいのですが〜……』
まず初めは、リーダー格にも見えそうな少女ではなくその隣に座っていた男子からだった。その名を吉岡桔梗というらしい。
『てっきり最初は飛び降りの騒ぎかと思ったんです。……実際、人が落ちたので〜……』
『いやだから、まず何が起きたのかを話してくれ』
ルークはただでさえ声の小さい男子生徒が、恐怖のあまり俯きながら話すので更に聞き取りにくかった。それに対し段々と物騒な感情が湧き上がってくる。時間は限られているからだ。
夏の大会も忘れ去られ、十月に入りだした頃。
騒動は起きた。
『三年生のある生徒が、それまでの虐めを苦に暴れ出したんです』
雰囲気を察した相沢優梨香が彼の代わりに答えた。
その様は、それまで仲間が見せていた気弱さと打って変わってスラスラとして落ち着いている。
『その生徒はいじめの加害者に対し、隠し持った小さなナイフで刺して回ったんです。その際に刺された一人の生徒が恐怖のあまり窓から落ちたとか……』
『つまり、その生徒が虐められていた側で、刺された何人かの生徒は虐めていた側って事か』
ルークの確認に、相沢は静かに頷く。
まず最初に、彼女の言った"三年"というワードに引っかかる。
高校の三年ともなれば進路を本格的に意識し始める時期である。
それに、十月ともなれば種類によれば受験もぼちぼち始まる頃だ。
そんな状況において弱者をいたぶる者達がいる事にため息を吐きたくなる。
自分には関係の無い話なので話を聞いているだけのルークがいちいちリアクションする必要は無いのだが。
『それで?』
『その生徒はそれまで自分を虐めていたクラスメイト達を刺したあと、他の人たち……先生や他の生徒に詰め寄られて……その、自殺したんです。その場で』
恐らく。
傍から見れば精神をきたした一人の男子生徒が暴れ出したのでひどく恐れたのだろう。
周りの者たちは彼を責め立てたのか、それとも強く糾弾したのか、はたまた逃げ出した彼を大人数で追い掛けたのか。
何があったのかは分からないが結果的に犯人を追い詰めてしまい、はっきりとした理由も聴けずに死なせてしまった、という事なのだろう。
『その犯人というのが……保科の兄だったんです』
『なるほど、自分の兄が事件を起こしたせいでとばっちりを受けた訳か。その実、被害者だったのにな』
『問題はその後で……。聞いた話なのですが、保科の両親にも動きがあったみたいで……。父親が行方不明になった上に、母親も事件を苦に自殺したみたいなんです』
『……』
少しずつ見えてきた気がした。
家庭にも学校にも居場所を無くした彼女が、何を見出したのかを。
『噂によると、保科の父親は深部のある組織に身を隠したなんて話もあります。本当に、何が起きたのか……サッパリで……』
『さっきから聞いた話だの噂だの……。本当に深部の人間かぁ?アンテナ低すぎだろ、まぁいい』
ルークは立ち上がった。
彼女の話が分かった以上、テラス内という狭い空間で余計な騒ぎをこれ以上起こす気はない。
下手をすれば彼らにも追及という目が向けられかねない。
『こうなってしまえば何処にも奴の安全の保障が無いわけだな……。そこは"赤い龍"に任せてもらうとして、』
ルークは最後に相沢の目を一瞬だけ見、合わせた。彼女は途端にそらす。
『お前らは保科とはどんな関係だ?』
『何もありませんよ?学年が同じだけで、クラスも授業も違いますからね……。同じクラスの人だったら何か知ってはいるかもしれませんが』
『あっそ。じゃあいいや』
そう言うとルークは手すりを飛び越えてその身そのままに地上へと落下していった。
その姿を見ては、テラス内でちょっとした騒ぎになる。中には例の飛び降り騒動を思い起こす者も居たのだろう。
落下地点に彼の姿が無かったのも拍車がかかった。
一人の男の勝手で都合が悪くなった三人は混乱に乗じてそそくさとその場を立ち去った。
そんな彼等がこの日の午後の授業終わりに、確認のために高野洋平を求めて赤い龍の基地にやって来たのはまた別の話である。
ーーー
ルークは全く同じ話を聴いてしまった。
それも、この手の話をするのが誰よりも嫌なはずの本人からである。
「その兄とやらも憐れだな?やられたからやり返した話なだけじゃねぇか。そいつが深部の人間で、この出来事も深部での話だったら許されたのにな?つくづく表の世界ってのはやりにくくてつまんねぇ」
「雨宮……少し黙ってろ」
ルークは余計に疑っていた事を謝ることもせずに無責任で無関係な言葉を投げた彼にそう言った。
保科萌花と言うと時折涙を流しながら、自分は決して他の組織の人間では無いことを訴えている。
ミナミは案じて隣に寄り添い、肩を叩く。すると、彼女は今度こそ思い切り泣き出した。
「な、なぁ……ルーク?」
「何だ。今更聞く事でもあんのかよ」
とりあえずその場は流れた。
保科はミナミに連れられ、ルークとリョウは部屋での待機を命じられ、しかし雨宮は予定通り車を走らせて何処かへと行ってしまった。
そんな中、今更寝る事も出来なくなった二人は朝食の時間になるまで一つの部屋に集まり、ただ時が過ぎるのを待っていた。その時での会話である。
「ルークは知ってたのか?もえちゃんの話」
「昨日知った。学校で俺も降りたろ?」
「あぁ……、あの時に」
「ま、どォでもいいだろ。これで奴がスパイの可能性は消えた」
「いや、でもまだ完全に消えた訳じゃない……よな?」
どういう訳か部屋の中でもハットを被っているリョウ。そんなに坊主頭が気になるのだろうか、しかしこれまでに特別気にしている様子も無かったのでその理由が更に分からない。単に帽子を脱ぐ事を忘れているだけかもしれない。
「確かにその背後に怪しい名が見える……。C.R.C.別名薔薇十字団。これまでの深部生活でまともに聞いた覚えは無いが、そこに何かがあるはずだ。それを追えば……」
保科萌花という人間のすべてが分かる。
そんな気がルークの中で廻る。
「奴の父親も行方不明だと聞いている。噂によると深部組織に隠れてしまったとか、な」
「もえちゃんの父親が深部の人間、てわけか……。あと、もえちゃんの持っていた黒いステッカー、あれも気になるよな。C.R.C."参上"って何なんだ?」
「それについては保科本人にも考えがあるんだろう。暫く奴の作戦に乗ってみてもいいんじゃねぇか。その過程でC.R.C.の正体も分かれば万々歳だろ」
そう言ってルークは時計を見るが、時間は経っていない。すると今度は3DSを取り出した。
「今俺たちがやる事はただ一つだ。ポケモン育てとけ」
朝食が出来るまでの一時間が、これのせいで二人の中でとても短く感じられた。要するに、何も進まなかったのだ。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.533 )
- 日時: 2020/10/29 20:17
- 名前: ガオケレナ (ID: YrPoXloI)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
「よう。さっきはすまなかったな」
朝食の時間を少し過ぎた頃、ルークは食堂でたまたま見かけた保科萌花にそう声を掛けた。
泣き疲れたのだろうか、どこか疲弊している顔色をしている。
食も進んでいないようで、パンをひとかじりしたっきり何も減ってはいないようだ。
「奴を許してやってくれ……とまでは言わないが、ああいう奴なんだ。奴も俺も元に居た組織を壊滅させられて仲間も……」
「いいんです。大丈夫です、何も……悪くはありませんから……」
保科は彼の言葉を遮った。その後に発せられるであろう物騒なイメージを抱いたのもそうだが、ずっと素性を隠していた自分にも非はあると逆に謝ってきたのだ。
居心地も気分も更に悪くなったルークは、
「なぁ、お前は……何も悪い事をしちゃいないだろう?癖かもしれないがお前はすぐに謝る癖をやめろ。少なくともここではするな。弱い者と見なされるぞ」
尤も、彼女はポケモンのゲームプレイヤーではない。深部の基地に居ながらポケモンを所持していない所謂"表の世界の人間"だ。それでいて、この世界を知る歪な形をした人間なのだ。
「えっと……わたしは……」
「待て。話さなくていい。事情はある程度察したしお前がやりたい事も分かっている」
彼女の話とこれまでの行動で、何をしたいのか。何を求めて自分たちと接触して来たのか。
気まずさも相まって中々その手の話に踏み込めないが、容易に想像が付く。
「お前は本来やりたかった事をすればいい。俺は協力するぜ。次は何処に行けばいい?」
「……え?」
「だから、次は何処に行って何をすればいいんだと聞いているんだ。雨宮の奴がまた何か言うかもしれねぇがその時はぶん殴ってでも黙らせてついて行かせるからよ」
「あ……ありがとうございますっ!そうしたら、次は……」
ーーー
「……と、言う訳だ」
「どういう訳だよ分かんねーよ」
その後の行動は早かった。
ルークは雨宮とリョウを呼ぶと即座に基地を出ては近くの駅で電車に乗り、保科の行きたがっていた場所へと移ったのだった。
その間、ルークは「黙ってついて行け。着いたら話す」としか言わなかったのでどれほど長く電車に揺られようと誰一人として言葉を発することは無かった。
「気のせいかもしれねぇがよぉ……俺恐らくだが二時間近く電車に乗っていたと思うんだがよぉ……。なぁ、リョウ。今顔上げたら駅の名前見えんだろ。言ってみろ」
「え、えっと……千葉駅……」
リョウの正直な言葉に、雨宮はため息を吐きながら"してやったぞ"とでも言いそうな目をルークに向ける。
「分かった分かった。今から説明する……。今からお前たちは保科からステッカーを貰って適当でいい。全部貼り付けてくれ。それから〜……」
「じゃなくて、なんで電車でここまで来たかを説明しろよ。俺に金払いたくなくなってきたのかぁ?ルークちゃん?」
昔からだ。
昔からルークは雨宮という男が少し苦手だった。
これまで嫌々ながら車を出しておきながら今となっては何故か不満げであるし、それに一々一言多い。
言っていることとやっている事が一致せずにどこかで必ず文句が出るのだから対応に困るのだ。
なので、どこか吹っ切れたルークは思い切ってすべて話すことにした。
「これから、保科の持つ中古ROMの持ち主を探すなんてマネはしねぇ」
「分かってるわそんなん」
「分かってるならまず静かにしてくれ!いいか、俺たちはとにかく、このC.R.C.とかいう団体の尻尾を掴む。少なくとも此処に保科の父親が居ることは確定しているからな……。それで、」
「今日電車で来た理由は?」
「それは今話す!今後を見越しての事だ……。様々な場所で奴等にとってはある種の妨害工作をしている俺たちだ。何処かでかち合う可能性も出てくる。そういう時の逃げる手段をだな……」
「オイ待てやルーク……。この俺様の運転が下手だって言いてぇのか?」
「そうじゃねぇ!仮にお前の車に四人全員乗っていたとして、その状態で追われてみろ!仮に奴等が手段を問わない連中だとしたらかなり危険だと思わないか?……そこで、電車なんかに慣れてもらって一人だけでも逃げ切れるようにする。それが狙いだ」
「予測だけですべてを語ってもねぇ……?」
雨宮の正論の後に沈黙が訪れ、誰もが口を閉ざす。
しばらくした後にそれを破ったのはこの空気を作り出した張本人の雨宮だ。
「まぁいいや。とりあえずお前の案に"妥協"してやろう。俺も自慢の車破壊されたりでもしたらどうしようもねぇからな?」
そう言っては保科の前に立って手を振った。
催促のつもりである。
「幾つ貼ればいい?」
「あ、あの……。ありがとうございますっ!それじゃあ三十枚ほど……」
「アンタエッグい事言うねぇ?」
彼女の鞄から取り出された黒いステッカーの束を受け取ると、雨宮は軽やかに去って行った。
「まだ説明終わってねぇんだけどなぁ……。まぁいいや、それじゃあ保科。範囲は駅周辺でいいんだな?」
「はい!出来るだけ目につきそうな所を……」
「適当でいいよな?じゃあ俺も貼ってくるわ。奴からして、俺が邪魔していると知るとある意味動きやすいだろうしなぁ……」
ルークも彼同様の束を受け取ると、雨宮とは反対方向の、東の方角へと進んで行った。
「あの……さっきルークさん変な事言ってましたけど……大丈夫でしょうか?」
「ん?今のか?オレはよく分かんねーけど……まぁヤツのことなら大丈夫でしょ!ヤツにはヤツの考えがある事だし!」
残ったリョウは忘れ物が無いか入念にリュックを覗いたあと、彼女からステッカーを手にして暫くウロウロした後に行動を始めた。
- Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.534 )
- 日時: 2020/11/20 00:13
- 名前: ガオケレナ (ID: VnmAEQod)
- 参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no
怪しいステッカーを手当り次第に貼るという地味な行動を初めてそろそろ一時間が経つ頃になって来た。
間隔を空けての同じ作業のため、スタートした位置からは大幅にズレている。
気付けば駅を大きく離れ、市民館のようなやや大きめな建物の前にまで辿り着いていた。
そんな建物の門の脇に並んでいるタイルで出来た壁にペタリと黒いステッカーを一枚貼ったルークは、
(怪しい者は居ません……ねぇ。少なくともそう感じ取れる)
敵を探しているオーラを醸し出しつつそう念じていた。
すれ違う人々は多い訳では無い。
だが、敵意が存在しない。ざっくり言うと一般人である。
深部の人間とはそんな一般人に上手く紛れて日常生活に潜んでいる。
どうしても経験値によるのだが、中にはそんな悪意や敵意を隠し切れていない者も居ることには居る。
加えて自分は言わば、「この世界にはヤバい奴等が居ますよ」と、わかる人にはわかる警告を発しているのだ。つまり、危険な行為をしている割には隙を見せている。
そんな、格好の的であるにも関わらず手応えが得られていない。
それはつまり、ここで工作をする意味があるのかと邪推してしまう。
まだステッカーは手元に残っている。
適当にアスファルトの地面や標識、ガードレールの裏にペタペタと貼っては保科が居るであろう駅へと戻りに、それまで進んでいた道に背を向けた。
駅に戻ると、自分以外の仲間が揃っていた。
どうやらこの作業に熱中していたのは自分だけのようで、保科を除く男二人は退屈で仕方ない風な顔をこちらに見せつけている。
「そんな早くに終わったのか?」
「お前と違って適当に貼ってきただけだからな。お前だけだぜ?駅から離れてまで熱心にシール貼ってたの」
「お前らと違って探りを入れながらだったからよぉ……」
どうやら真面目に取り組んでいたのは自分と保科だけのようだ。
ここでルークは思い出す。
雨宮とリョウは所謂"真面目系クズ"だと。
真面目な風を装ってしかし心の奥底には不真面目と無責任が渦巻いている。
故に彼等を引っ張る事が出来るのは自分しか居ない。
「それで?今日此処を選んだのは何か理由があったのか?」
ルークは帰る為にまだ発車前の電車に乗り込み、ガラガラに空いた席へと腰掛ける。
その隣に保科萌花が座ると彼の返事に臆すること無く答えた。
「はい!元々この駅はお父さんの職場の最寄り駅だったんです。もしもお父さんが仕事先で何か忘れ物があったとして、この駅に降りていたら……」
「例のステッカーを見掛けた訳か」
ここで、ルークも一定の理解を得られた。
保科萌花という女は決まったパターンの元に地点を定めては行動している。
それは、不特定多数の街ゆく人に見られるためだけでは無い。
特定の人間に対して発せられたメッセージ。
つまりそれは。
「なぁ保科。お前は俺らと会う前にも一人でこんな事していたんだよな?」
「はい。まずはわたしの通っていた学校に……。それから人の多い街に……。渋谷と新宿でも同じ事をしていました。幸いにも誰かに見られたり咎められたりなどはありませんでしたけどね」
「運のいいガキめ……」
「車じゃないだけでそんなに機嫌悪くなるのか雨宮ぁ……?長い電車旅なんだ。少し落ち着けよ」
ーそれはつまり。
非力な己の姿を晒すのと同じ。
ルークは、見た。
走る気配のない、車窓から駅のホームを。
ぽっかりと空いた車内へ滑るように忍び込んできた小さなポケモンの姿を。
「来やがったな!?……クソ野郎!!」
そのポケモンとはエレキッドだった。
両腕をブンブンと振り回しながらこちらを、ルークを睨み付けている。
小柄故に細く小さな電撃が走った。
それは、それまでルークが座っていた座席を丁寧にピンポイントに狙い撃つ。
だが、その体を貫く事は出来なかった。
事前に"嫌な予感"を察知したルークは叫びと同時に飛び跳ね、車外へと躍り出る。
その隣に座っていた保科はリョウに抱き締められ、その身を包まれる事で無傷で済んだ。
「コイツの持ち主はテメェか?困るなぁー……。躾がなってねェぞ」
ルークの背後。
不器用ゆえに世間に溶け込む事がイマイチ上手くいっていないようで、経験則とそれにより導き出され、纏わりついているオーラがその存在感を発している。
およそ十mといったところだろうか。
目の前のエレキッドを見つめつつ、背後に敵意を放ち、その手にはボールをポケットの中で握り締める。
「案ずるな。ボクの思い通りにこの子は育ってくれたさ」
細身にして平均的な身長の男からはそぐわない男児のような声。
無邪気と裏返しの狂気を併せ持つような、恐れを知らない子供のような声だ。それが背後から響き渡った。
「……それで何だ?世界のことなどまるで知らない子供が、同じく無知な俺に何の用だ」
「ふざけた事を言うなよ……。『フェアリーテイル』のルーク。いや、今は『赤い龍』のルークかな?」
この瞬間にしてルークは居心地がとても悪くなった。
市井の中で互いの事情を知り得た者同士がぶつかり合ったためだ。
にわかには信じられないが、深部という世界は表の世界の人々にとっては未だに知られている存在ではなく、人によっては都市伝説クラスらしい。
そんな噂レベルな自分たちが、そんな噂を信じている人々の前で戦いを始めようとしている。
そしてそれは、自分たちだけでなく、恐らくだがより多くの、より強大な者にとっても都合が悪くなる事だろう。
そうなれば、更なる苦難は必至だ。
「……目的は何だ」
「キミについて。キミ、さっきまでこの辺りで何か変なことしてたでしょ?」
喜ぶべきか怒るべきか。
この時ルークは複雑な気に駆られる。
ターゲットが現れたためだ。
「……お前、素人だな?」
ルークは一つの答えを導く。
ニヤリと笑ったまま、ゆっくりと背後の少年へと振り向くことを決めた。
「今のお前のソレは、自ら正体をバラしたのと同じだ」
「正体ってなに?ボクの何を知っているの?」
「オイオイ……バレバレの嘘吐くんじゃねぇよ。俺がさっきまで何してたか知ってん…………」
「嘘ってさ、バレる前提で吐くもんでしょ」
エレキッドが動く。
電車内に取り残された、他の仲間を狙う。
のではなく、無防備と化したルークの後頭部目掛けて電気を纏いつつ腕を振るいながら。
「真実を知っちゃった人は消される!お決まりでしょ!?」
少年は叫んだ。
仮に非力なポケモンであっても、生身の人間に、しかも弱点でもある頭部に打撃と電撃を打ち込んでしまえばその命は取れる。
だが、果たしてそれのどこまでが演技だったのだろうか。
何処からか突然、直線上に伸びた光線がエレキッドを撃ち抜くように放たれた。
それと同時期。
発車を告げるアラームと共に、仲間たちを乗せた電車は動き出した。
ルーク自らが囮となる事で。
一番に守るはずの仲間を無事に送り届ける為に。
その時点でルークの作戦は成功した。
後は自然に流してしまえばいいだけだ。
流れの速い河に呑まれていくように、電車は消え去ってゆく。それを横目で流しつつルークは、
「一つ教えてやるよ小僧。嘘にはまだ別の使い方がある」
技は急所に当たったようだ。
撃たれたエレキッドは攻める力を残すこと無く倒れている。ゲーム風に言うならば戦闘不能か。
「バレる前提で発するか、決してバレない嘘をつくか、事実を半分混ぜ込むか、だ。暗号と一緒だ。折角だから覚えとけ」
「偉そうだねぇ〜。そんなにキミは凄い人なのかなぁ?」
「オマエの見方次第だろ」
少年はエレキッドをボールに戻さない。
何かの意図があるのか、妙に勘繰ってしまう。
「ボクに気付いたって事はさぁ……"知っている"んだね?その存在に」
「そりゃそうだろ。むしろ俺はいつか尻尾を現すだろうと念頭に置いてわざとやってたんだからよぉ……」
ルークは確信した。
目の前の少年はC.R.C.だと。
「C.R.C.またの名をバラ十字団。噂によると長が存在しない組織らしいな?ここで刻まれたくなければ話しな」
「ふっ……ふふふ……」
不気味だ。
目の前の少年は口元を押さえて笑っている。
どう見ても少年には見えない外見だ。
ひとつひとつの仕草、口調が見合っていないせいで吐き気を催す。
彼の身に何があったかまでは知らないし知りたくもないが、まともな環境では生きていないのだろう。
「キミもそんな噂を信じるんだね……」
「何がおかしい?少なくともお前を笑わせられる程のギャグを俺が言ってみせた訳か。センスあるんだなぁ?俺って」
「仕方ないよね。キミレベルであっても手に出来るのは信憑性ゼロのその程度の情報でしかないって事だよね。ふふふっ……」
ルークは頭上の時刻表を見る。
次の電車まで十五分はかかりそうだった。
「でもね、その情報は半分合ってて半分間違い。ボクたちにリーダーなんて存在しない」
「つまりアレだな。バラ十字団は非正規の組織って訳だ。議会にチクれば一発だな。サヨウナラ」
「"組織"前提だったらね?」
少年が笑い終えた。
その両手には新品に見えるモンスターボールが見えている。
「いいかい?これは警告だよ。本当は此処で殺さなきゃいけないんだけど、ボクは弱いんだ。殺せないからそこは運に感謝しなきゃね」
「おい待てよ……逃がさねぇぞ?此処にはまだ俺の仲間が潜んでいて…………」
「過去にキミは悲劇を見ている。仲間を……愛する人を失っているね」
反射的にルークは声を詰まらせた。
ハッタリでしかないその嘘が似合わない。そんな気がしたからだ。
「もう一度見たいかい?……ならばそれ以上触れない事だね。キミが貼ったステッカーは剥がしておくよ。あっ、でもキミにはもう仲間なんて居なかったね!」
「テメェ……黙れっっ!!」
胸倉を掴もうと一歩踏み込んだその時。
少年の体が突如爆発した。
「テッ…………めぇぇっっ!!!」
ある程度距離があったお陰で助かった。
彼の持っていた二つのボールからゴローンが放たれ、突如として'じばく'したのだった。
だが、それだけで目眩しをするのは困難だと分かっていたのだろう。
間隔を空けて別地点から爆発が起きる。
駅のホームから離れて、線路の上から。
立て続けに道に沿うようにゴローンが'じばく'していく。
その都度少年が用意しては命じているのだろう。
追えば捕らえる事は出来たが、ルークはそうしなかった。
保科の顔が過ぎったからだ。
それだけではない。
ハッキリとは見えなかったが、エレキッドの技を受けてリョウも負傷しているはずだ。
遂に掴んだ敵と、味方の安否。
昔からルークの選択は変わらない。
念の為にと一旦改札に戻り、千葉駅を出ると隣駅まで歩いてから、そこに到着した電車へと乗り帰路に着く。
(ヤツらがどうであれ……、俺の過去を知っている……?)
ルークは深く席に座ると、考える事はと言うとそれに限られていった。
昨年に起きた悲劇。
一人の暴走した議員によって命を奪われた当時の仲間たち。そして、
「和泉 玲奈……。お前の事を知っている人間が、まだ居たなんてな」
脳裏に響くはヴァイオリン、コレッリの『ラ・フォリア』。そして、共に過ごした中学、高校時代の生活。その日々。
それらを思い出さずには、いられなかった。
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