二次創作小説(新・総合)

Re: ポケットモンスター REALIZE ( No.525 )
日時: 2020/07/18 13:52
名前: ガオケレナ (ID: 0.ix3Lt3)
参照: http://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no


少年とも青年ともいえる男は確かに虜になっていた。
学のない彼が、演奏されている曲が何なのかまでは知らないし、使われている楽器がヴァイオリンでなければ答えられなかっただろう。
音と音楽の違いすらも知らないし理解しようともしなかった。

しかし。

何も知らない人間であっても。
何も知らないからこそ。

予備知識なく、ただ純粋に音楽に感動する事が出来るのだ。

半開きの扉という狭すぎる入口を恨んだ。
出来ればもっとはっきりとその世界が見たい。
自分の目の前で聴いていたい。

だが、自分のような爪弾きをされた人間が忍び込めば、たとえ望んでいなくとも他者の世界は簡単に壊れてしまう。今までに何度もそんな光景を見てきた。

だから隙間からじっとして見ることしか出来なかった。

もしもその手の世界に詳しい人間がいたとするならば、例えば音楽の教師がその場に居れば仰天していた事だろう。
使用楽器はヴァイオリン。
奏でている曲はアルカンジェロ・コレッリの『ラ・フォリア』。

かなり難易度の高いものを、一人で悠々と奏でていく。それはまさに狂気だ。

不思議な音色だった。
緩やかに優しく包み込むような柔らかさを掻き立てる反面、"フォリア"の名の如く荒々しく騒がしい。
聴いていて心地よくなると共に不安を抱きそうな、何とも言えない思いを抱かせる。

うっとりと聴き惚れていたせいだろうか。
扉を押さえていた手に力が篭ってしまい、その意に反して徐々に、気付かぬままに二人の間に築かれていた境界線が消されていく。

「あっ、」

青年は体のバランスを崩し、音楽室へ倒れるように侵入してしまった。

異音に気が付いた少女はピタリと演奏を止めると、静かにゆっくりと振り向いた。

「だ、誰……?」

くっきりとした二重、大きな瞳。
その目は琥珀色に輝いていた。
外国の出で立ちを思わせるも、鼻はそこまで高くない。
まさに居るだけで浮きそうな、異質な姿だ。

追及されることを恐れた青年はそのまま走り去ろうとバタッと上履きから軽やかな音を発するも、

「ちょっと待ってよ。聴いていたんでしょ?いいよ!もう少し聴かせてあげる」

てっきり授業を抜けている事を厳しく言われるものかと思ったが、そういう訳ではないようだ。
見れば少女も同じ制服を着ているあたり、教師ではなく生徒のようだ。
つまり、彼女も授業を抜けている。

終始目を丸くしていた青年だったが、もうしばらくそこに留まることを決めた。

それが、始まりだったのだから。