二次創作小説(新・総合)
- Re: 題本のあるエチュード ( No.1 )
- 日時: 2019/01/07 18:50
- 名前: 燈火 ◆flGHwFrcyA (ID: aMCX1RlF)
第1練習曲 ドラゴンクエスト5 天空の花嫁 序幕「誕生」
世界の北東部、峻厳なる山々に囲まれた一角にその城塞国家グランバニアはあった。周囲を森に囲まれた天然の要塞に囲われ、広大で透き通った水質の湖を北部に有す。まさに慈母のごとく民たちを包み込むその大国は、代々より賢君や猛将を輩出し今日まで大渦なく成り立ってきた。そんな大国の王室にて物語は始まりを告げる。
「パパス王……お気持ちは分かりますが。少し落ち着いってお座りになってはいかがですかな?」
大臣と思しき禿頭の恰幅の良い男と、神官と思しき紫の法衣を羽織った白髪しらがの男が並ぶ。彼らの眼前で筋骨隆々とした体に銀色の鎧を着こみ、その上に国の紋章が入った深紅のマントを羽織った男が歩き回っている。堀の深い精悍な顔には焦燥感が滲む。時折立ち止まりまるで獣の王者のように逆巻く黒髪を掻きむしり溜息を吐く。
そんな落ち着きのない彼に大臣と思しき人物が咳払いをしながら具申。パパスと呼ばれた人物は立ち止まり一呼吸を置く。そして自分に言い聞かす。自分はこの大国を背負って立つ王だ。そしてこれから一児の父となる身でもある。できることがないからと状況だからといって焦りを全面に出すなど王として失格であると、と。いまだ鼓動は高鳴るが、大臣の言うことは至極真っ当。上に立つ者は厳しい時ほど冷静さが求められる。心の中に浮かぶ小波さざなみを無理矢理押し込みパパスは王座に座り込む。
「うっ、うむ! そうだな」
「パパス様! パパス様っ! お産まれになりました!」
「そっ、そうか!」
座り込み15分程度したころ。分娩室からの伝令役として茶髪の太った40絡みの男が降りてくる。瞬間立ち上がらりパパスは2階へと走り出す。
「パパス様、おめでとうございます! 本当に可愛いたまのような男の子で!」
助産師の歓声を聞きながら、王妃の部屋を抜け颯爽と分娩室へと進む。そこには大きなベッドに横たわる自分の妻がいた。白く美しい顔には憔悴しょうすいが浮かんでいる。パパスは彼女の手を握った。
「貴方……」
安心したのだろう。妻は薄く品のいい唇を動かし吐息を漏らす。
「良くやったな! おうおう、このように元気に泣いて。早速だが、この子に名前をつけないといけないな。うーん」
そして赤子を抱いた助産師に子を抱いて欲しいと言われ子を抱く。逞しい腕で壊してしまわないように優しく。無邪気に笑う赤子に相好を崩しながら、パパスは悩む。妻の心配ばかりしていたせいで、生まれ来る我が子の名を全く考えていなかった。唸りながら脳内の引き出しを開けていく。自らの記憶と向き合い、この幼子に臨む名を探す。
「よし、浮かんだぞ! トンヌラというのはどうだ」
結果、胸中に浮かんだ名前。それは遠い過去、牢獄の町と呼ばれていた魔物により築かれた人間収容所を、勇者とともに救った人物の名。グランバニア領近くにあった町で❝力の出る種❞についての研究をしていた人物だったと伝わっている。
「まぁ、素敵な名前! 勇ましくて賢そうで。でもね、私も考えていたのです。アベルというのはどうかしら?」
マーサもその人物については知るところで、パパスの提案を褒めて目を細めた。実際、トンヌラという人物は彼女の評す通りの人物だったのだろう。城内図書館にある「城塞都市の英雄」という小説の主人公モチーフにもされている。そんな残影を心の瞳で追いながら、強い口調で彼女はつなげた。それは彼女なりのワガママ。普段の優しさが幾分消えた真剣な眼差しからは、彼女の強いこだわりが見て取れる。
「アベルか……どうも、パッとしない名だな。しかし、お前が気に入っているのなら、その名前にしよう!」
パパスはマーサの意を汲んで、自分の案を切り捨て彼女の意見を迎合。
「神に授かった我らの息子よ! 今日からお前の名はアベルだ!」
そしてパパスは授かりし新たなる命を日出ひいづる方へと掲げ、真剣な眼差しで宣言する。マーサにはそれが新たなる家族の繋がりの誕生に思えてむせび泣く。
「まぁ、貴方ったら……うっ、ごほんごほん!」
しかしその情動が体に応えてえづく。
「おいっ! どうした、大丈夫か!?」
そして彼女は気を失う。父パパスの荒げた声に反応したアベルは大声で泣き出す。その小さな体のどこから出るのかという大音量は、悲痛に響く。
助産師及び医師や神父の必死の介護の果て、マーサは一命を取り留めた。しかし1ヵ月もしないうちに悲劇は襲う。彼女の故郷を魔物の群れが襲ったという情報が、瀕死の兵士によってグランバニア城にもたらされたのだ。伝令の者は治療も虚しく3日後に命を引き取った。
「マーサはどこだ、か……奴らめ。さすがに目敏いな」
「王パパスよ。マーサ様の護衛、私にお任せください!」
命を賭して伝えられた情報を無駄にはできない。パパス自身彼女に特別な力があり、魔族がそれを忌避していることは分かっていた。駆け落ちということになっているが、実はマーサの出身地エルヘブンのお長に匿ってくれと頼まれている。彼は軍幹部及び側近たちを集めすぐに会議を開く。結果、この国最強の騎士❝神剣のドラグニア❞が彼女を護衛することが決定された。だが、彼は妻を護りきることはできなかった。
モシャスという魔法がある。一度見た生物に姿を変換するという特殊な効果の魔法だ。高い力量の持ち主は、相手の力量や思考まで模倣できるらしい。魔族の間者は商人を殺害し入れ替わり内部に潜入。そしてマーサ専属のメイドと接触し遺体を残さぬように処理しすり替わったのだ。
「くそっ! やられた……この俺が魔族の気配に気付けんとは。王パパスよ、申し訳ない!」
「違うドラグニア。無能なのは俺だ……モシャスの使い手たる間者を想定できていなかった」
想定できたところで、それほど高度な変異呪文ならば検査魔法の網もすり抜けるだろう。ただ相手が予想以上に狡猾で本気だったというだけである。ドラグニアもそうパパスをなだめるが、彼はそれに答えない。
程なくして、彼は弟であるオジロンに王位継承の義を行わせ退位。従者として教育係だったサンチョと我が子を連れ妻を取り戻す旅へと。
「王パパスよ、俺も……俺も連れて行ってくれ! 絶対に役に立つ!」
「駄目だ。お前がいなくなっては、強大な魔物に国が襲われたとき戦える者が居なくなってしまう。短い旅ならばともかく、恐らくは長い戦いになる」
自分が警護した女性をみすみす奪われた自責の念もあるのだろう。パパスたちにドラグニアがすがる。それをパパスは強い口調で断った。瞳に映る瞋恚の炎を察しドラグニアは口を紡ぐ。自らが王と定め忠誠を誓った人物は堅い意志の持ち主だ。彼は絶対に自らとサンチョの2人で事をなすと覚悟しているのだろう。自らの心に住む偉大なる王と共に歩み続けたかった気持ちを彼は抑え、敬礼する。
「……王パパスよ。分かりました。サンチョ殿、どうか王をよろしくお願いします」
そして従者サンチョに主を託す。主が命を護ることを心に誓いながら。
「分かりました。とはいっても我らが王は私より遥かに強いですがね……」
お道化てみせるサンチョに頼もしさを感じ、彼とパパスなら大丈夫だとドラグニアは思う。
「お前ら、もう俺は王ではないぞ?」
旅立つ。うそぶきながら。愛する故郷を。振り返らず強い足取りで。そんな先代王の後姿を見つめながらドラグニアは呟く。
「たとえ権利はオジロン殿に移ったとて、俺の中の王は貴方だ。だから……だから、絶対生きてマーサ様を連れて帰ってきてください」
頬を熱い涙がつたう。