二次創作小説(新・総合)

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.10 )
日時: 2019/01/31 15:37
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

 船着場から出たときは、太陽が高く空を焦がしていた。それが今は傾いて沈もうとしている。青く透き通っていた空は、茜色に黄昏たそがれて心をざわつかす。アベルはこの時間が嫌いだ。魔族が活性化するのとは別の意味で。吸い込まれて消えてしまいそうになるから。夜は嫌いではないのに。
 数百mだろうか。その程度先の地平線に人工物が映る。横数百m続く高さ5mていどの柵だ。魔物から人々を護る防波堤。全ての柵は真樹しんじゅクールムと呼ばれる、魔族にとって毒となる光素こうそを放つ素材でできている。この辺に群生している場所は見当たらないことから、どこかから輸入しているのだろう。
 正面にいる巨大な木槌を持ち茶色の羽織を被ったモンスター・おおきづちと巨大な芋虫のようなモンスター・グリーンワームをパパスは一振りのもと両断。わざとスライムを残しアベルに渡す。アベルはそのスライムに道すがら彼からは預かったひのきの棒で殴りかかり倒す。すでに今日1日で10体のスライムを狩っている。
 最初は嫌悪感と恐怖を覚えた命を奪う行為も慣れてきた。そしてスライムの単調な動きなら完全に見切れる程度にもなったと思う。賢いだけでは嫌だ。強くなりたい。目の前の先駆者のように。父は強大な敵に立ち向かっているとサンチョから聞いた。いつまでも足手纏いの子供ではいられないはずだ。

「もう柵が見えてきたか。増築したようだな。夕刻前につけてなによりだ。夜は魔素の濃くなる時間。奴らの動きも活性化するからな」

 アベルの様子を一瞥しパパスは万感の思いで声を震わす。どうやら昔より少し広くなったらしい。たったの2年で敷地を広くするというのは、この世界では珍しい。なにせ世界は魔族の支配下にほとんどあり、人間たちは僅かな土地をなんとか護っている状況だ。衰退し討滅された場所を訪れたこともあった。

「ややっ! パパス様では! 2年も村を出たまま一体どこに!? ともかくお帰りなさいませ! すぐに皆に伝えます!」
 
 鉄製の門が設けられている場所へと行く。すると見張り台から驚いた様子で、夕焼けでも目立つ紅の鎧を装備した壮年男性が下りてくる。左目には傷があり歴戦の勇士だと感じさせるいかつさだ。肌は良く焼けている。声は大きいがえぐみはなく通りが良い。その男はパパスと一度アイコンタクトするとすぐさま門の内側へと駆け出した。

「ほぉ、君はヨシュア君じゃないか? 試験を突破できないと言っていたが合格できたんだな」

 赤鎧の男が門の中へと入って行ってしばらく立つ。するともう片方の見張り小屋の梯子を下りてくる人物がいた。こちらは水色の鎧を着た少し頼りなさそうな顔立ちの若い男だ。幾分色白で痩身である。

「はい! パパス様が旅に出る直前に教えてくれた技術が役に立ちました! おかげで先輩の負担も減らせて感無量ですよ!」

 パパスに声をかけられると、ヨシュアと呼ばれた男は存外溌溂はつらつとした声で答える。どうやら彼は、父に指導を受けたことがあるらしい。見張りが2人いるからこそ先程の人物は、パパスの帰還を伝えに仕事場を外すことができたのだ。
 
「おーい、皆ぁ、パパス様が返ってきたぞぉ!」
「リガルドは相変わらず良い声を出すな。吟遊詩人ミンストレルなどでもやっていけそうだ」

 パパスがヨシュアとの邂逅かいこうを喜んでいるとき、大きな声が響く。大気を震わせ、どこまでも届くようなしなやかなテノール。それだけで人を引き付ける魅力だと思う。世界には風と会話をできる人物や未来を見ることができる人物などもいると聞く。
 母マーサは破魔の加護という特別な天恵を得ていたとも。リガルドの声もそういった類の特殊能力なのかもしれないなのどと、パパスは思う。確か吟遊詩人やオペラ歌手などは美声の加護というのを得ていた記憶がある。

「ははっ、俺も進めたことがありますよ。さぁ、俺となんか話してないで、皆に顔を見せてやってください!」

 どうやらヨシュアも先輩であるリガルドに進めているらしい。

「なんか、などと卑下するな。まぁ、他の人たちにも声をかけるべきなのは確かだがな。では、余裕ができたら改めで酒場で話でもしようか」
「はい! 楽しみにしています!」

 パパスはヨシュアを才能ある俊英と知っている。晩成型の大器であり、その条件は整っているのだ。ゆえにこそ彼は自己否定的なヨシュアの言動を直したいと思う。だが今はその時ではない。実際にヨシュアの言う通りにするべきだ。彼は1つ会釈して、その場を去った。
 しばらく歩く。村道は石畳で整備されているが、道の広さにしては閑散としている。仕事帰りの時間に当たる黄昏時にしてはなおさらだ。そんな人気のない通りの一角。この規模の集落にしては珍しい5階建てにもなる建物。看板を読むに鳴風なるかぜ亭という集合宿屋らしい。

「おっ! 本当にパパスの旦那じゃぁないか! 生きてたんだね本当に! 子供のほうも随分大きくなって」 
 
 そこにたたずむ白いひげが立派な老人が話しかけてくる。どうやら本気で心配していたようだ。心労を察しパパスは小さく謝辞を述べる。
 
「えっと……叔父さんは?」
「宿屋のラチェット老人だ。覚える必要はないぞ」
「ひでぇよパパスさん。でもまぁ、あんたの旅の話とか聞かせてくれよ。夜にさ」

 初めての場所だから知らない人ばかりなのは当然だ。しかし自意識が目覚めてからというものの、父パパスにとってもそういう土地ばかりを歩いていたためか。父親は知っている人物だというのにはなにか違和感を覚える。思えば根無し草のように放浪してきた。詰られたというのに満更でもなさそうだ。関係がはぐくまれているのだろう。
 宿酒場を後にして、すぐ近くの通りを左に曲がる。八百屋や道具屋が並ぶ。そこでも幾度かパパスは村民たちに声を掛けられそれに答えた。かさねがさね彼は村民たちに好かれているようだ。女性の中には恋慕の情を抱いている者も見えた。筋肉質で整った顔立ち。落ち着いた低い声と成熟した人格。その辺りが高評価らしい。
 しばらく歩いていると、剣や槍といった物を飾っている店に辿り着く。どの武器も高級品とはいえないが、だいぶ手入れは行き届いている。店主の心意気が感じられるいぶし銀の店といった風貌だ。売り子と思わしき銀髪の知的さを帯だ麗人と、黄色のマスクを被った筋骨隆々とした男。後者が主人だろう。気づいたのか店主と思しき男が、店の奥から出てきてパパスに話しかける。

「よぉ、パパス! 久しぶりだな! 喧嘩相手がいなくなって寂しくて仕方なかったんだぜ!?」
「そいつは悪かったな。今度もいつでも相手してやるよベン!」

 いきなり男は殴り掛かり、パパスはそれを利き腕ではない左手で受け止める。空気が震撼するほどの打撃音が響く。おそらくこの武器屋の店主もかなり腕が立つのだろう。そんな主人は手薬煉てぐすねをひきながら、思いのたけを打ち明ける。余裕の態度でパパスはそれに応じる。しばらく滞在するという意思表明でもあるのだろう。2人はしばらくの間、握手をしてから各々の行動へと戻った。

「ふむアベル。協会の近くにあるあの建物が俺たちの家だ。あと少しだぞ」

 村についてからさらに日が沈む。星も2つ3つとまたたき始めた。川をまたいだ先に聖なる十字架を掲げる、この村ではほとんどない石造りの建物が見える。その区画は家が少なく、パパスが指をさした家屋を含めて3か所しかない。つまり集中的に付き合う隣人は十数人ていどということだろう。
 今までのように一期一会いちごいちえではない、濃密な関係を開くことになるのだろうか。そんな予感にアベルは心を躍らせる。新しい出会いの連続は確かに嬉しい。だが集中して1人の人物と付き合うという関係を、アベルはした経験がないのだ。父やサンチョを除いては。

「パパス殿、よくぞご無事で。神の導きに感謝しますわ」
「シスター・エルシア、猫を被るのは止めないか?」
「……今夜、教会の裏で待っていますわ」
「さすがにそういうのは子供の前では止めてくれ」

 教会の前を通る。桃色の髪をしたたれ目の愛らしいシスターが、パパスを出迎える。どうやらこのシスターも彼に好意を寄せているらしい。シスターとは思えない恥じらいのなさで耳打ちするも、すげなく断られる。忸怩じくじたる思いなのだろう、たっぷり数秒うつむき、十字を切った。 
 そのあと少しの間、エルシアと会話をまじわす。しばらくして協会内に入り、教区長や懺悔をしていた知り合いに挨拶をする。ついでに祈りを捧げて教会を後に。そして自分の家へと進む。家の近くにある井戸にサンチョは座っていた。主の姿を視界に入れると、すぐに彼は立ち上がりパパスのもとへ歩き出す。体格に見合わぬ俊敏性だ。

「待たせたなサンチョ。長い間留守をまかせてすまなんだ」
 
 パパスは普段通りの調子で帰りの挨拶をする。

「いいえ、旦那様! サンチョめは……サンチョめは旦那様が帰ってきてくださっただけで嬉しくて涙が。坊ちゃんも少し見ぬ間に成長されて……あぁ、とにかく中へ! 外長い旅路で疲れたでしょう? 温まる料理を準備しますね」

 相当に待ちわびたのだろう。少し鬱陶うっとうしいくらいの調子だ。サンチョが料理の話をすると、アベルはお腹を鳴らす。どうやらもう待ちきれなさそうだ。
 
「久しぶりのサンチョの手料理だぁ。嬉しいなぁ!」
「そう言って貰えるとサンチョも嬉しく思います! ささっ、旦那様も早く!」

 サンチョは料理が得意だ。3人で野営をするときなどはもっぱら、彼が炊事役だった。宮廷料理人の経験もあるらしい彼の、包丁さばきは凄まじい。まるで得物を自分の体みたいに操る。彼の手札はほとんどが故郷である、グランバニア料理だが旅の最中さなかいくつもの町や国を周りレパートリーは相当だ。
 今日はどんな料理が食べられるのか。アベルは思わずよだれをたらす。その様子にサンチョは相好を崩す。扉を開きアベルの手を引く。そして主人であるパパスが先に入ったのを確認すると、彼は軽快な足取りで台所へと向かった。

「おう、サンチョ。いつになく張り切っているな」
 
 張り切る理由は分かる。そう思いながら帰ってきた安堵に厳しい表情を崩す。荷物袋をテーブルの下に強引に置く。

「叔父様、お帰りなさい」
「ん? この女の子は?」
「あたし? あたしはビアンカっていうの。覚えてないの?」

 すると2階から誰かが下りてくる。アベルより少し年上ぐらいのおさげが似合う金髪の少女だ。知らない人物に❝叔父様❞と呼ばれパパスは怪訝けげんに眉をひそめる。すぐに少女は自分の名前を答えた。その名には聞き覚えがある。実際に抱き上げたこともあるのだ。隣町の友人であるダンカンの娘。

「……そうか、2年か」

 随分大きくなった知り合いの娘を見て、パパスは唸った。自らの息子も随分育ったのだから、考えてみれば当然なのだが。子供の成長は早いものだ。時の流れを感じさせるほどに。改めて自分が長い間、サンタローズを離れていたのだということを実感するパパスだった。