二次創作小説(新・総合)

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.11 )
日時: 2019/01/13 17:19
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

 ビアンカが自己紹介してから少しして、2階からもう1人降りてくる。派手な赤いワンピースが目立つ金髪。胸は大きめで腰は括れているラインが魅力的。顔立ちは基本的に鋭く怜悧な印象を受ける顔立ちの女性だ。彼女はストレアと名乗り、パパスと村に来たいきさつなどを話す。

「成程、ご主人の薬を取りに来たのか。あいつの持病も難しいものだからな。もっと医用技術が成長すれば見込みがあるのだろうが……」

 パパスはストレアの話に得心が行きうなずく。そして望外の念を浮かべつぶやいた。祖国グランバニアは軍事力や防衛力には優れる。だが世界に存在する大国の中では、医療後進国のレッテルを張られていた。人命が思いの外儚はかなく消える現実を握りしめ、彼は憂う。それに対しストレアも思うところがあるのか神妙なおも持ちだ。

「ねぇ、大人の話って長くなるから上にいかない?」
「うん、僕もそうしたい。ねぇ、サンチョ、ご飯できるまであとどれくらいかかる?」

 子供ながらにビアンカとアベルは、自分たちが不要になるだろう話を2人がしようとしていることを察す。

「そうですなぁ。30分ていどかと。そのころにはちょうどお話も終わっているでしょうな」
「じゃぁ、行こう」
「もう、仕切らないでよ!」

 サンチョはアベルの本音を的確に察す。おそらく最初からこうなることを想定して、パパスたちを迎えてから調理を開始したのだろう。ビアンカの手を引こうとするアベル。彼女はバツの悪い顔を浮かべ、彼の手を握った。少女の手は少し冷たかった。船――ストレンジャー号というと、道すがらパパスから聞いた――の階段と比べて、簡素な階段。子供が2人乗るとけたたましく軋んだ。

「私はビアンカっていうの。覚えてる?」
「ごめん、分からないや」

 記憶にない。いくら頭の中をこねくりまわしても思い出せず、申し訳なさそうに言う。

「そうだよね、あなたまだ小さかったものね。私は8歳だから、あなたより2つもお姉さんなんだよ。ねっ、本を読んであげようか」
「うん、お願い。僕、本を読むのを聞くのは好きだよ」

 少し寂しそうな表情を浮かべるビアンカ。強がって正論を口にしてはいるがやはり寂しいのだろう。そんな彼女の提案にアベルは間髪入れず従った。

「素直で良いわね。じゃぁ、ちょっと待っててね」

 機嫌を直したのか、軽やかにスキップして髪を揺らしながらビアンカは書斎へと進む。そしてひとしきり本を眺め赤い羊皮紙で包まれた本を手に取る。分厚くて小さなビアンカには、とても重そうだ。実際、重いのだろう。彼女は唇をかみしめている。

「よしっ、これが良いわ。じゃぁ、読んであげるね。えっと、空に……く……せし……えっと。これは駄目だわ。だって難しい字が多すぎるもの」

 どうやら読めなかったらしい。この書架に蔵書されている本はパパスが集めたものだ。正直、子供向けの簡単な本はほとんどないだろう。父は旅路でも良く本を読んでいた。なぜ本を読むのかと聞いたら、想像力と知識を得るためだと、教えられた。
 ビアンカは書斎に本を戻し、違う本を運ぶ。今度は少し薄めの簡単なつくりをした本だ。しかし最初の本位上に彼女の口調はたどたどしい。どうやら今回引いた本のほうが、先程の書類より難しい字が使われているようだ。

「ビアンカ、そろそろ宿に戻りますよ」

 ビアンカは次々と、本を取り換えていく。しかし、まともに読める本は見つからない。そんなおりストレアの澄んだ声が1階から届く。案外早く話が終わったのだろうか。それとも思いの外、彼女との時間が楽しかったのかもしれない。パパスとストレアの話は終わったようだ。

「はーい、ママ。サンチョさんの手料理食べたかったなぁ」
 
 ビアンカは駆け出す。階段をきしませながら。

「おやおや、そう言えってもらえると嬉しいですな。でも、今日は宿で夕食を頼んでいるのでしょう? 日を改めて」
「そうよね。仕方ないわよね。宿のご飯よりサンチョさんの料理のほうがおいしいのに」

 サンチョの作った料理を食べたかったのか、ビアンカは未練たらたらにその場を去った。彼女たちを外まで見送っていると、サンチョが「食事の準備ができました」とアベルを呼ぶ。

 供えられた円卓に料理が並んでいく。30分ていどで作られたとは思えない、品揃えと盛り付けの美しさだ。手前側に主菜。その少し奥に副菜。左横にサラダが並ぶ。そして主食のグラタンが主菜の横に。もっとも食べやすさを配慮された位置づけといえるだろう。食膳にならぶ献立の多さにアベルは歓声を上げた。外にいるときなどは、酷いときは1日1食で干し肉だけなどという場合もある。船で出された料理と比べても豪勢だ。
 
「さて、グランバニアグラタンと温野菜サラダにコンソメスープ。そしてサンタローズ産の川魚を使用したムニエルにございます。ジェラートはおって出しますので」

 サンチョ本人としては前菜まで用意しコース形式にしたかったようだ。しかし今回は、久しぶりの3人による食卓ということもあり、前菜は省き一緒に食すことにしたのだろう。グランバニアグラタンはサンチョがもっとも得意とする料理の1つ。グランバニアと名づいてはいるが、グラタン自体がグランバニア地方発祥だかららしい。
 おそらくはグラタンに盛り合わせられている野菜などは、サンタローズ産だろう。アベルにとって、もっとも興味があるのはムニエルだ。彼は小さいころから魚が好きで、当地ごとの魚料理は父に良く頼んでもらう。
 サンタローズ産の魚は当然初めて食べるので、楽しみで仕方ない。神への感謝を捧げるとすぐにナイフで小分けして、フォークで口に運ぶ。適度な塩気とパリパリの皮。柔らかくジューシーな白身魚の味わいが口内に広がる。吐息を漏らす。

「なぁ、サンチョよ。アベルは俺似か? マーサ似か?」
 
 おいしそうに食べるアベルを眺めながら、唐突な様子でパパスはつぶやく。サンチョと別れて数か月の間、強く意識するようになったのだ。昔から自分に似てはいないと思ってはいたが、成長するにつれアベルは母に似ていく。それが嬉しくも彼は少しつらい。もし彼にもあの力が有ったらなどと思ってしまう。

「分かりきっているでしょう? 母親似ですよ昔から。ますます、母親に近い顔立ちになってきましたな。線の細い美男とった感じでしょうか」
 
 パパスの憂慮を杞憂きゆうであるとでも言いたげな様子で、サンチョは言い切る。そして彼は強い眼差しをパパスに向けた。それは絶対にアベルを2人で魔の手から守り切りる覚悟。マーサを魔族から奪還する意思も宿っている。パパスは思う。この従者がいるから、数々の協力者がいるから今まで来れた。
 これからもそうでありたい。しかしアベルは守られてばかりを良しとするか。永遠にこの状況が続けられるのかとも思う。もしも魔族たちが本気で自分たちだけを殺戮するために大挙してきたら。護り切れるのか。何より息子自身がそれを良しとしていないのは分かっている。これからはアベルにも力を付けさせたほうが良いかもしれない。

「母親似ってなんだか嫌だなぁ」
 
 少しの間思案気な表情を浮かべるパパスを他所よそにアベルは嫌がる。図らずも違う意味ではあるが、息子と考えていることがあってしまい彼は表情をなくす。アベルはちょうどサンチョのほうに顔を向けていたため見られてはいない。パパスは胸をなでおろす。戸惑いの顔で子供を惑わせてはならない。

「女性は弱い者とお思いでしょうか坊ちゃま? 言っておきますが、マーサ様は旦那様より強かったのですぞ」
「本当!? お父さん!?」
  
 サンチョはアベルを諭す。的確にアベルの心情を理解した発言だ。アベルは女性的な容姿であることにコンプレックスを抱いているのではない。彼の中では女性は男性に守られる存在だという認識がある。つまり母親は弱いという考えだ。サンチョは力が全てでは無いと胸中では思いながら、今のアベルに最も効果のある言葉を選んだ。 

「あぁ、悲しいことに事実だな。マーサの魔法の力は尋常じゃなかった。しかしサンチョ、このムニエル旨いな」
「ふふっ、旦那様たちと別れて4ヵ月、鍛えに鍛えましたからな」
 
  サンチョとしては良いフォローを入れたつもりなのだろうが、パパスは逆に苦虫を噛んだような表情だ。その大きな力が魔族に脅威と映ったから、マーサは奪われた。息子が力のほうまで受け継いでいることを危惧してしまう。そんな焦燥を隠すように、彼は話を逸らす。そうして話は少しずつずれていく。
 気づけばどんな出会いがあったかとか、魔族相手に大立ち回りをしたとかいつも通りの冒険譚に話は変わっていく。サンチョによって運ばれてきたジェラートを食べた辺りで、アベルは疲れて眠ってしまった。
 
 日の光が出始めて、空を薄紅で燃やす。気化熱によって発せられる夜より鋭い寒さを感じさせる清涼な気配が立ち込める。早起きの村人もほとんど起きていない時間。

「サンチョ、俺は少し出かける。アベルのことは任せた」
「いつものあそこですかな。私も……」
「あのていどの場所、1人で十分さ」
 
 パパスは剣1つを片手に、歩き出す。サンチョにアベルを任せて。