二次創作小説(新・総合)

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.12 )
日時: 2019/01/13 19:01
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

 アベルは武器屋『デッケン』にいた。サンチョには挨拶周りに行ってくるというていにしてある。夕方までには帰るとも。道すがら歩いていると、昼前だというのにやけに寒いと感じた。春も中盤に差し掛かっているのに。寒さに体を震わせながら、武器の品定めをする。何度も武器屋は覗いてきたため最低限の知識はあるつもりだった。

「おいおいパパスの息子。その辺はガキにゃはえぇよ。金銭的にもな」

 しかしすぐにベンに指導してもらうことになった。結局は銅の剣と皮の鎧、木の帽子を購入。得物は思いの外軽い。家を出る前に、サンチョから貰った護石——サンタローズストーンという、この地特有の石らしい。7色に乱反射する魔力を感じさせる石――のほうが重いくらいだ。剣は腰に携帯するのは体格上無理だったので、皮ベルトで背中に固定して貰った。数秒後ベンは店員と思しき、冷静そうな美女に小手投げにされ倒れこむ。

「貴方、幾らパパス殿の身内だからって子供に、剣なんて持たせないの!」
「見てなかったのか? この小僧自身が望んでることだろうが?」

 ベンは頭を抱えながら立ち上がり、憮然ぶぜんとした様子でつぶやく。彼はアベルの瞳にくすぶる渇望を見抜いたのだ。昨日初めて会った時から、嘗め回すように武器を見ていた。おそらく子供ながらに、父親に守られてばかりなのが嫌だったのだろう。さらに「あのパパスさんの」と言われるのも苦痛に感じる年ごろのはずだ。

「……子供が望んだ通りにするだけの親を無能って言うのよベン。戦時下でもないのに。ほら、アベル君。その剣を返しなさい」

 ベンを睥睨へいげいしながら、女性はアベルに近づく。左右前方、アベルがどちらに逃げても捉えられるような隙のない動きだ。彼女自身頭の中では分っている。少年の取り巻く状況は、サンタローズとは違う。そしてパパスとマーサという優秀な両親を持っていることから、才能には溢れているだろうことも。

「嫌だよ。僕が自分で選んで買ったんだから」
 
 アベルは涙を浮かべながら反論した。女性は呻吟を漏らす。護衛だなんだと理由付けをしても、武器とはなにかを傷つけ奪うためのものだ。幼い精神がそれに耐えられるのか。自惚れが取り返しのつかない事態を招き、崩壊を招く。

「ほれ見ろ」
「黙りなさい。過ぎた力に目が眩くらで自殺特攻する馬鹿を量産するのが、武器屋の本懐なの?」

 ふんぞり返るベンを睨みつける。周りの温度が数度下がった気がする。全身に氷の刃を押し付けられたような感覚。睨みつけられたベンも一歩後ろへと後退った。

「剣は買ったけど、僕これを今から使うつもりはないよ。サンチョに預かってもらうんだ」
「そういう問題じゃないわよ。良いアベル君。武器を持つってことは……」

 それでもなおアベルは食い下がる。彼に現実を教えようと女性はおごそかな語調を作る。

「お姉さんに言われなくても僕分ってるよ。父さんと旅して武器が怖いことなんて知ってるもん! 父さんの剣はモンスターの命を奪って、魔物の牙や爪は人の命を奪う」
「どうしても、欲しいの?」

 アベルの頬を涙が伝う。力を手に入れ、正義感に駆られ魔物に挑み殺された幼馴染を思い出す。銅の剣と皮の鎧を身に着けて外に出て行った少年は、翌日死体で発見された。スライムによって捕食されたのか。胴体から上が溶け消えていた。間違いなく少年が買ったと思われる銅の剣がすぐ近くには落ちていた。
 現場には自分も立ち会っている。不条理で好きな人を失う恐怖をこれ以上味わいたくないから、ラインハットに渡り幾つもの武術を学んだ。月に1回行われる城下町の武術大会で5回連続優勝などという偉業もなした。それでも行商人だった家族を失い、力だけでは何も守れないと悟る。

「……なにがなんでも欲しいよ」
 
 女性はたじろぐ。今までも多く武器を求め自殺行為をして逝く者たちを見てきた。武器を持つということは入り口にしか過ぎないのに。身の丈に合わない武器を買い、強すぎる魔物に挑み殺される者。復讐を誓いそこから抜け出せなくなる者。戦争に参加し帰らぬ人になる者たちも沢山いた。
 武器は理性を奪う。人間の最大特徴たる智を失い、欲望に溺れて死ぬ。それもあるていど長く生きた者なら自己責任だ。そこまで生きてその道を歩むと決めたのなら止める気はない。しかし目の前にいるのは、年端もいかない少年だ。

「なぁ、セルカ。お前が今何を思っているのかは分かってる。でもな、俺たちは武器屋だ。ガキに武器を売っちゃいけないってルールはねぇし、客が買ったものを取り上げる権限も俺らにゃねぇ……そいつはその年で覚悟もできてる。もう駄々このねるのはやめて、アベルの道を防ぐのは止めろ」

 ベンの発言は武器屋として正論だった。性別や年齢の区別をつけないのが武器屋だ。それが平等。どこで死に誰を殺すかも自由。セルカは唇を噛みしめた。

「貴方はこの子が死んでも……」
「構わないわけねぇよ? でもな、男が一度決めた道を遮るのは筋違いだ。お前は武器を取ったらそいつは絶対死ぬと思ってるんだろうがよ。それこそ侮辱だぜ」

 それきりセルカは黙り込む。彼らの様子を見ながらアベルは歩き出す。
  
「困ったことになったぜ。親方が薬の材料を取りに行ったまま戻らないんだ。材料はこの村の洞窟に群生しているパルキア草ってのなんだが……」

 教会の後ろにある穴倉式の住居で、アベルはそんな話を小耳に挟む。そういえば、ここ最近は、季節の割には随分寒い日が続くなどという話も聞いた。アベルは洞窟はどこにあるのかを、村人に聞きそこへと向かう。初めて買った武器を試したい。今の彼は剣の魔力に囚われていた。
 地域に住まう魔物の強さは大体似通っている。村の外にいる魔物は低級といって差し支えない程度だ。スライムていどならその辺にある木の枝でも倒せた。まともな武器があれば、後れを取ると思える存在も確認していない。魔物に囲まれないように慎重に進めば大丈夫だろう。
 力を付けるには魔物を倒すことだ。倒した魔物の魔素を光素に返還させることにより、レベルアップが可能なのだ。レベルアップに必要な魔素の量は、個々人の資質によって決まっている。教会の教区長に聞けば教えてもらえるとパパスから聞いた。人助けをしてレベルも上がれば認めてもらえるかもしれない。

 アベルにセルカの憂慮は届いていなかった――