二次創作小説(新・総合)
- Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.15 )
- 日時: 2019/02/14 16:54
- 名前: 燈火 ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)
スライムを斬る。真っ二つになったスライムの死体を蹴り飛ばしながら、一角ウサギが突進。頭部にある鋭利な角でアベルの首を貫く。まだ子供の細い首は、角にえぐられれば胴体と首を繋いでいられない。重い頭は一瞬、鎌首をもたげるが、すぐに薄皮が悲鳴を上げ千切れた。
「夢?」
どうやら夢だったらしくアベルは目を覚ます。丸太づくりの天井に安堵し深く息を吸う。あの状況。かわしようがなかった。なぜ生きているのかは分かっている。運よく父パパスの応援が間に合ったのだ。1人だったら間違いなく死んでいた自分は、頼りたくなかった男の手で生かされている。
「目が醒めたかアベル」
「…………父さん」
消え入りそうな声でパパスの声にアベルは答えた。燦々と太陽の光が窓から注ぎ込む。今は日中のようだ。それにしてもどれくらい眠っていたのだろうか。相当長かった気がする。父はもとよりサンチョや、武器屋の人たちにも迷惑を掛けただろう。説教されるのは間違いないだろう。下手をしたら見捨てられるかもしれない。子供ながらに思った。
「怯えるなアベルよ。別に俺は怒っていない。何れお前が自意識を持ち、守られてばかりの状況に歯がゆさを覚えるだろうことは分かっていた。俺の方が見誤ったんだ。セルカさんを説得してお前に武器を調達してやるのは、俺の仕事だったのにな」
意外な言葉にアベルは瞠目する。これはいったい何の間違いだ。逡巡していると、パパスは咳払いして続きを話し出す。
「正直、魔の物たちに俺たちの行動は鬱陶しく映っているだろう。行動を開始して数年、奴らもいい加減に我々の抹消に乗りかかるだろう時期だ。お前はまだ10に届かない子供だが、護られてばかりではいられない立場になりつつある。不肖の父を許してくれ。今回の件と前のことで思い知ったろう。半端な力で通用しない世界があることを。これからみっちり鍛えてやる!」
父は何もかもを見ていたのだ。偉大過ぎる父に護られるばかりの情けなさを感じていることも。何れ自分1人の手では、切り抜けられない局面が来るだろうことも。自分より遥かに深く遠くまで見通していた。自分は焦燥から早合点し、空回り。そして死にかけた。3日足らずの期間で2度も死にかける自分の無力。
短時間の自己流で魔物たちと渡り合うなど不可能だということを思い知る。そして何より魔物を征伐するにあたって現在地上で最も長けているだろう人物の1人に師事を受けることができること。それが父であることも含めて誉高く喜ばしい。パパスは厳しくも優しい笑みを浮かべていた。
「さて、アベル。ビアンカちゃんを覚えているか?」
アベルは頷く。多少記憶は混濁しているが、あの活発で大きな声の少女をそう簡単に忘れるはずもない。そもそもがそのビアンカの父のために必要な薬の調達が遅れていることを知ったからこそ、洞窟にいったのだ。薬の原料は入手できたのだろうか。原料を採取しにいった人物の安否は。ぼやけた頭で考える。自分は人探しはできなかったし、原料も見つけられなかった。
「俺がお前を助けた後、落石で動けなくなっていた薬師の主人を救出して、彼とともに原料を採取した。アルカパで寝込んでいるダンカンのところにビアンカちゃんたちを送迎する手筈だ。無論お前もつれていく。アルカパでしばらく滞在するから、到着した次の日から修業を開始するぞ。いいな」
「うん! 分かったよ!」
どうやら全てパパスの手によって解決していたようだ。人命が助かった安堵感と、空虚な情けながないまぜになって、胃のあたりが切ない。どうやら今度はアルカパという町に行くらしい。そこにしばらく滞在するようだ。ダンカンとは友人でもあるとのことなので、経過を見届けたいのだろう。父は顔が広いからアルカパの人たちに挨拶周りをする気もあるのかもしれない。
「あっ! アベル! 起きたのね! サンチョさんが凄い心配してたのよ!」
溌溂とした声が響く。ビアンカの声だ。声音は元気だが泣き腫らしたあとが丸わかりだ。勇み足で役立とうなどとした結果が迷惑を掛けるばかり。誰かのためになるには力が必要なのだと感じる。サンチョが心配していたのは想像に難くない。パパスの言いつけもあって相当に焦っていたことだろう。すぐに謝らなければ。
「ごめんビアンカ。迷惑ばかりかけて」
「本当よバカ! あんたが洞窟の方に行ったって聞いて、あたし……あそこには魔物も出るって言うし、うえぇぇぇぇん!」
泣かせた。配慮が足りなかったから。自分の命に関する管理が甘すぎたのだ。これからは強くなる。もっと賢くなって状況の判断もできるようにならないといけない。そして護るべきものを護る力を手に入れよう。泣いてしまったビアンカをどう宥めれば良いのか分からなくてアベルは天井を仰ぐ。するとパパスが助け舟を出す。
「彼女のことは私があやしておくさ。お前はサンチョに謝ってこい」
キッチンにサンチョはいた。心なしか多いな体が震えているように見えた。
「サンチョ……サンチョ!」
サンチョの体が僅かに跳ねる。
「坊ちゃまですか? 坊ちゃまお起きになられたのですね! このサンチョめ! 坊ちゃまの横におられず……」
「勝手なことをしてごめんなさい! 僕弱いくせに調子に乗って迷惑を掛けて……」
サンチョの涙交じりの声に合わせてアベルは頭を下げた。振り返った彼の表情を見たくなかったから。
「坊ちゃま……誰でも最初は弱いものです。そう卑屈になられないで良いのですよ。これから強くなれば良いのです。このサンチョめも微力ながら助力申しますゆえ」
そうすると相手からも自分の表情が見えないことにはたと気づく。アベルは頭を下げたまま泣き出す。怖かった、痛かった。死の恐怖が体中を伝播し薄氷で全身を覆われているような感覚に襲われた瞬間を思い出す。今でも明確に覚えていて手が震え、嗚咽が漏れる。無謀な突貫の結果がこれだ。呪うようにアベルは言い聞かす。
『これが僕の罪だ。弱いやつがほかの人を助けるなんてできるはずがない。自分さえ護れない奴が剣なんて握る資格はない』
—―—―—―—―—―—―—―—―
二階。
苦戦の末、ビアンカを寝かしつかせたパパスは久々に煙草をふかす。息子やサンチョの前では吸えないので、本当に久しぶりだ。本当は子供がいる今の状況も芳しくはないのだが、久々に疲れた。早朝にいつもの場所に行き、昼頃に戻ってくると息子がいない。サンチョに聞けば挨拶に行ったと言うので、方々を探し回ると、武器屋『デッケン』で一悶着あったことを知る。
「なぁ、パパスよ。いつまでも息子さんを護りながら旅を続けられると思うか? 魔王軍にはイブールやらゲマなんていう凄まじい使い手どもがいるらしいぜ」
なんで武器を売ったと喧嘩友達のベンの胸倉を掴んだ時に言われた言葉。棘となって胸を突き刺す鋭い痛みを纏っていた。自分よりも遥かに冷静に現状を彼は見ていた。そして友の今後を憂いてくれていたのだ。そう、このままでは何れじり貧になる。護りながら戦うというのは、本来の力の半分も発揮できない。そして魔王軍に名を連ねるイブールとゲマについては自分も知るところだ。それらほどの強敵を前にしては、アベルを護って戦うなどということはまず不可能だろう。そして今後自らが起こすだろう行動を考えれば、奴らが動き出すのも間違いないはずだ。ここ数年の調査で分かっている。自分の想像以上に魔王軍にとって妻マーサは重要な存在となっていることを。
「許せアベル。できれば戦いの世界になどお前を引きずり込みたくはなかったのだが」
こうなることを予見したことがなかったわけではない。だが、実際息子を火中に置くことになるとやはり苦しいものだ。溜息が漏れる。