二次創作小説(新・総合)
- Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.17 )
- 日時: 2019/02/15 18:07
- 名前: 燈火 ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)
第1章「少年期編」第2話「凋落城の亡霊」
鮮血が舞う。魔物の血だ。宙を舞う赤い水滴の塊が空を覆い醜悪な夕焼けを表す。逢魔が時という言葉がある国に行ったことがある。太古の昔、魔物との戦いで戦火に飲まれたさいに生まれた言葉だそうだ。赤々と燃え上がる炎が天まで焦がし、不吉な夕日を思わせたかそう呼ばれているらしい。
魔の根源と逢う時、世界は朱く染まる。魔族は血肉舞う鉄錆びた絶望を好む。赤が堆積した果てに黒が生まれるからこそ、更に夜を愛す。そんな話を鷹揚に語った老人の姿を思い出す。アベルは場所の中でそれを眺めている。パパスの言いつけだ。心身を休ませることも戦士の務めだと教わった。
無駄な疲労は只管に集中力と視野を狭め力も奪う。適度に休息を取り希望に触れることで体力と気力は充実する。そして何より遠くから考えながら俯瞰することは、成長の大きな一助となるのだ。
「ねぇ、サンチョ。お父さんはさっきなんで攻撃にわざと当たりに行ったの?」
「パパス殿にとってみれば、ここに生息する魔物の攻撃は無力に近いですからな。逆に相手の一撃を受け、無駄だということをモンスターに植え付けたかったのでしょう。結果、敵方の動きが目に見えて鈍り、逃げる物も現れたでしょう?」
アベルの質問にサンチョは朴訥とした調子で応じる。強者には選択肢が多いということか。そうアベルは解釈した。自分がやれば間違いなく、大怪我をしていただろう。人体急所に命中していれば、死ぬ可能性さえある。
モンスターにも動物的な学習能力と恐怖心があるがゆえにできる策だろう。と、さらにサンチョは補足。動物的な種の保存を優先させる本能がある魔物や、人間のように知性を持った魔族には通用するが、機械などの無機物や精神を失った幽霊ないしゾンビ系には通じない戦法でもあるらしい。機械系は機械系、幽霊には幽霊の対処法も教えてくれるだろうか。サンチョ曰くこの辺は、ほぼ全てが動物的な精神を持つ魔物ばかりなので、すぐに提示することはできないだろうとのことだ。
「うっ、気持ち悪い。アベルはいつもこういうの見てきたの?」
「えっと、うん、そうだけど……」
目を背け口を押えながら言うビアンカに、アベルは少し困惑しながら答える。自分はパパスによって惨殺されたモンスターの遺体を気持ち悪いと感じたことがない。横にいるストレアの表情にも曇りが見えるし、それは普通ではないようだ。モンスター自体が不浄な存在だから嫌悪しているのだろうか。
「サンチョ、僕おかしいのかな?」
「うむ……まぁ、確かに坊ちゃまの生い立ちは普通とは違いますな。しかし、私はそれが悪いことではないと思います。確かに死は一般的に忌避されます。しかし我々と魔は結局一部を除いては共存しえない。坊ちゃまは人に優しく、魔に厳しくあれる稀有なお方です」
怖かった。嫌われてしまうのではないかと思って。しかし自分でどう切り出せば良いのか分からず、結局はサンチョに頼ってしまう。助けられ教えを乞う。自分の力で達成できることが何一つない状況に、内心アベルは忸怩たる思いだった。対してサンチョは忌憚ない意見を口にする。
しかしアベルには彼の言っている言葉がよく理解できない。それは結局ただの差別主義ではないのか。それに答えになっていないように感じる。言い分からすれば一部とは、共存できるということらしいし、本当にそうならば魔と人の融和も可能なように見えてしまう。それなのに魔を排斥することが才能なのだろうか。
「うー、良く分からないよ。僕は別に魔物の死を見るのが好きなわけでもないよ……」
本当に分からない。そもそも魔物の死体に恐怖は感じなくても、彼らの絶望に死に際の表情に胸を締め付けられることはあるのだ。それこそ普通分からないのではないかと思う。普通の人間にとって、恐怖と駆除の対象でしかない魔物に共感さえしていることがあるように感じる。こんなことを考えるのは久しぶりだ。
「アベル君、君が良ければ私のところで暮らすというのはどうかしらね?」
ふいにストレアが口を出す。アベルを憐れに思ったのだろう。
「うーん、僕、お父さんと離れるのは嫌だよ。母さんに会う旅に一緒に行かないのも嫌だ」
「パパス殿も君も死んで母親を見つけられない未来だってあるかもしれないんだよ?」
アベルの胸中を曝け出した言葉。それは子供に強く表れる離れたくない心が透いて見える。対してストレアが提供するのは両者が討ち死にする厳しい未来だ。たった数人で強大な魔の軍勢に挑む。それは現実的に考えれば余りに達成困難なことだ。不可能と言ってもいいだろう。父の我儘のために子供が殺されるなど母親として許せない。
「お父さん死んじゃうの?」
「可能性の話さ」
目を潤ませながらアベルは言う。どうやら本気で心配しているようだ。ストレアは努めて冷静な口調で切り返す。
「だったら僕はお父さんについていくよ。だって、お父さんが可能性なんかに殺されるわけないんだから」
安心したような口調でアベルは一言。ストレアはそれに茫然とした。父親を信じ切っているだろうその目。それは言葉で動かせるものではない強い意志が宿っていた。自分が口を出すようなことではないと口を紡ぐ。
「アルカパの町が見えてきましたな」
峻厳な山々に囲まれて隠れていたアルカパの一部が眼前に見えてきた。10回近くあるだろう巨大な建物だ。アベルは町についたのちに知るそれは、ビアンカの父と母が経営者を務めるアルカパ最大の目玉である有名宿「風見鶏の宿」だった。サンチョは馬に鞭をうち速度を上げる。