二次創作小説(新・総合)
- Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.4 )
- 日時: 2019/02/15 18:06
- 名前: 燈火 ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)
第1練習曲 ドラゴンクエスト5 天空の花嫁 第1話「サンタローズにて」
眩暈がするほど広くまぶしい部屋。奢侈の限りを尽くした調度品の数々が回りを覆っている。赤貧生活といって差し支えない贅沢を廃した父親との旅の中では到底ありえないような光景の中、自分と思しき赤子は父パパスの腕に抱かれていた。
自分との未来を祝う喜びに満ち溢れていた空間が、高級なベッドに横たわっていた美しい女性の喊声によって絶望へと転落していく。そこで彼は目を覚ます。その先の絶望を見るのが怖くて。
「おう、アベル。目が覚めたようだな」
周りは夢に見た部屋とは比べ物にならないほど狭かった。普段止まっている宿屋などとは比べ物にならないほど広い場所ではあるのだが、頭に浮かんでいた風景がそう感じさせない。内装も質素なもので、洋服箪笥が北部中央に1棹と四つ足のテーブルが1卓。親子2人で眠るには狭く、飾り気のないベッドが1台。そして幾つかの給水用樽があるていどだ。隣室にトイレやシャワールームが備え付けられているが、それも貧弱に感じる。父の挨拶に目を擦りながらアベルと呼ばれた少年は訥々とつぶやく。
「お早う父さん。なんだか変な夢を見たよ……僕が赤ん坊でお城の中にいて」
王城になど入ったこともないはずなのに。そうだ。自分は物心ついた時から、パパスとともに放浪の旅をしていて、それ以降は城になど入った覚えはない。遠目から眺めることはあったが、窓の奥の様子など確認しようもないほどの距離からだ。父は度々、招かれることもあったが、アベルはその旅に牛車の中や安宿で待たされた。
「なに? 夢を見た? 赤ん坊の時の夢でどこかのお城みたいだったと? わっはっは、寝ぼけているな。眠気覚ましに外に行って、風に当たってきたらどうだ? 父さんはここにいるから、気を付けて行ってくるんだぞ」
パパスの表情にわずかなあいだ翳りのようなものが表れる。しかし彼はお道化た様子でアベルを煙に巻く。彼自身いづれは話すべきだと思ってはいる。しかし今の息子は幼すぎだ。そのような経緯を話しても反応に困るし、呑み込めまい。もう少し成長してからが良いと判断したのだろう。アベルは父の反応に少しの違和感を覚えたが、思い過ごしだと頭を振るう。
「もう、こんな狭い船の中なんだから危ないことなんてないよ父さん。そもそも、僕、父さんと冒険して色々経験してるんだよ?」
危険なことは沢山あった。パパスは呻吟を漏らす。こと旅は自らの妻でありアベルにとっての母マーサを取り戻す旅だ。しかし一国の王妃を魔族から奪還するという危険極まる血濡れの戦いでもある。彼は旅路の中で確信している。
息子アベルが大いなる異能をマーサから受け継いでいること。そして今は小さいアベルの力とはマーサが有していた異能は桁違いに膨大であることも。膨大で熟達した妻の異能は、魔族にとって猛毒だ。彼女を中心に人間脳たちが納める各国が連携を取り合えば、畏怖すべき魔の眷属が壊滅に追い込まれるほどに。
「ふむ、そうだな。俺もお前を子供扱いしすぎか……まぁ、楽しんで来い」
アベルの青く澄んだ瞳は妻マーサを思わせる不思議な魅力がある。そんなことを思いながら、出生の秘密をアベルに教えるのは思ったより早くしても良さそうだと胸中でつぶやく。アベルは駆け出し、部屋の南部に設けられた扉を開いた。少し潮の香りを感じる心地よい風が頬を撫で、パパスの逆巻く黒髪を靡かせた。
「元気なものだな。さっきまで不安がっていたのに」
離れていく息子の背中を見守りながら、パパスはテーブルに置かれていた葡萄酒でのどを潤す。