二次創作小説(新・総合)

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.6 )
日時: 2019/01/08 23:48
名前: 燈火  ◆UbVDdENJSM (ID: aMCX1RlF)

 階段を駆け上る。頑丈な作りで、軋む音もしない。外に出ると四方を囲む広大な海。アベルとパパスは今、船に乗っている。通常の客船ではなく、とある富豪の私有船だ。聳える2本の巨大なマストに夫々、家紋と思わしき炎が描かれている。
 潮騒の音を聞き、雲がたなびく青空をしばらく眺めた。全身に自然の息吹を感じながら、手を広げ吐息を漏らす。そして再び少年は走り出した。しばらく動き回っていると、はたと気づく。自分と父以外には、乗組員しかいないと聞いていたのだが、武装した人物がいることに。興味を持って彼はその人物に近づく。

「おや、なにか用かな? この先は特別室だ。ルドマン様がお留守の間に勝手に入ってはいけないぞ?」

 先に武装した兵士然とした人物が気づく。中々に背が高く、パパスほどではないが相当に体も鍛えられている。肌は白目で面長。目の色は左が緑だが、片方は眼帯を掛けていて分からない。男の自分から見ても、端麗な顔立ちだ。

「ルドマン様って誰?」

 アベルは気になったことを、直球で尋ねる。純粋な子供だからこそできることだろう。兵士の男は微笑みながら。

「あぁ、いかに父親とともに苦難の旅を繰り広げてきたとはいってもな。流石に行ったこともない場所の有名人を知らないのも仕方ないか。ルドマン様はある町を長年に渡って統治する名家の主だ。世界でも有名な資産家でもある。まぁ、つまり多くの国とパイプがあるわけだな」

 最初のほうの言葉に少し苛立つ。アベルは父と厳しい旅を乗り越えてきた自負がある。それがアイデンティティーでもあるのだから、子供ながらにイラつくのも当然だろう。もっとも兵士は悪意が有っていってるわけではなく、むしろ感慨深げだ。
 最後の言葉は、パパスが国際人であるという事実に掛けている言葉でもあったのだが、当然ながらアベルは気づけない。怒りを飲み込むのに必死で、固唾かたずを呑む。そして次の質問を真剣に吟味する。

「ふーん、凄く偉い人なんだね。でもお部屋にお留守ってことは、部屋の外に居るのかな? 僕とお父さん以外お客さんは見当たらなかったけど」

 単純なことだ。そう、自分たち以外にこの兵士と水夫たち、そして船長、一部の料理人しかこの船旅で見ていないのだから。そんな人物がいるのなら、それは部屋から一度も出ていない。そして恐らく給仕きゅうじか何かがいて、料理などは運ばせているのだろう。

「あぁ、パパス殿と君はルドマン様を迎えに行くついでにという融通で乗せてもらえたようなものだね。まぁ、君の父親は大人物ってことでもあるな」
「お父さんは凄い人なんだね!」

 どうやら予想は外れたらしい。単純にその主人の迎えのついでに乗せてもらえたようだ。最も私用船であり、本来一介の人物を乗せるということはないと兵士は付け加える。それを聞いてアベルは満面の笑みを浮かべた。単純に身内を褒められることは嬉しい。何より父は彼にとって誇りだ。

「そりゃぁ、そうさ! あの隙のない身のこなし。俺は兵士長の地位にいる身だが、とても勝てる気がしない。そしてあの篤実とした態度と、知的な発言。間違いなく大物さ」

 ベタ褒めである。サンチョの嘘の見分け方講座を聞いた時を思い出す。褒めに徹している詐術を使っている場合が多いらしい。しかし、嘘をついている時は隠しきれない表情の変化などがあるので分かるものだと教わった。彼は自然体で話していてよどみもない。心底からの本音なのだろう。
 ルドマンという人が納める土地の兵士長をして、武術で勝てる気がしないと言わせる冴えわたる剣技。そして人格や知性まで。常に一緒にいすぎて感覚が麻痺しているようだが、想像以上の存在だと改めて気づく。
 
「そういえば、この船の船長さんを助けたこともあったって聞いたよ?」
 
 思い出したようにアベルは呟く。他でもない船長とパパスの会話から聞き取ったのだが。
 
「あぁ、その通りだ。今この船の船長をしている男は、実は俺の前の兵士長だったんだがな。ある日、魔王軍の尖兵せんぺいであるとても強い魔物にあって大怪我をした。それであいつは兵でいることを辞めたんだ。その魔物から彼を護ってくれたのがパパス殿だったのさ」
 
 現船長が先代兵士長であったこと。そんな兵士長が歯が立たなかった魔族の戦士から、パパスが船長を護るぬいたことを教えてくれた。

「でも僕、そんな記憶がないよ?」

 アベルは疑問符を浮かべる。そのような話なら流石に船長たちの話を聞く前から少しは知っていそうなものだと思ったからだ。
 
「そりゃそうさ。その時君はサンチョ殿と一緒に街の宿屋に居たからな。それに何よりアベル君、君はそのころ2歳になったばかりだったよ」
「そっかぁ。僕覚えてるわけない年だったんだね」
 
 どうやら単純に自分が物心ついていなくて知らなかっただけらしい。旅に出て2年から3年程度のころの話なのだろうと理解する。

「魔族にとらわれた妻を救うという主目的を持ちながら、多くの命も救っていく。器の大きさと愛の深さを感じるな」

 思案に耽るアベルを見つめながら兵士は思う。自分がアベル程度の年だったころこれほど大人びていただろうか。母親もいない状態で大望を持ちながら行動し、子育ても疎かにしないパパスという男への大いなる崇敬を感じた。男は今の表情を見せたくないと、空を見上げながらつぶやく。
 兵士との会話に集中していて気づかなかったが、陸地が大分近づいてきていてた。波止場へと船が接していく。そして――

「港に着いたぞぉ! 帆をたためぇ! 錨いかりをおろせぇ!」
「おっと俺も手伝わないといけないな。アベル君、パパス殿を呼んできてくれ」

 水夫の怒鳴り声が響く。弾かれたように乗組員たちが動き出す。一糸いっし乱れぬ連帯感溢れる所作だ。だ兵士長と名乗った彼も配置につこうと走る。帆が瞬く間に畳まれていき、錨が降ろされる金属音が響く。

「うん、分かったよ! そうだ。ところでお兄さんはなんて名前?」

 兵士のいうままに走り出すアベルは、少し進むと思い出したように立ち止まり彼に問う。

「あぁ、名乗ってなかったな。俺はゼクトールってんだ。少しの間だったが君と話せて楽しかったぜ」

 男は名を名乗り破願した。