二次創作小説(新・総合)

Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.7 )
日時: 2019/01/09 14:05
名前: 燈火  ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)

「そうか、港に着いたか。村に戻るのは2年ぶりになるな。アベルはまだ小さかったから覚えていまい。サンチョが先に帰っているはうだが。では行くとするか」
「父さん、その村ってどんな感じなの?」
 
 アベルが部屋の外へ出てから読み始めたのだろう。羊皮紙製の分厚い本を彼は音もなく閉じる。そして彼は1つ伸びをして懐古の念を声に滲ませる。船に揺られること4日。意識していなかったのだろうが、郷愁のようなものを感じているのだろう。よく第二の故郷だと言っていた。

「そうだな。小さな村だが、皆、大国に屈さない強い精神と、いざとなれば従うふりもできるようなしたたかさを持っているよ。気に入っているんだ。ふふっ、まぁ、百聞は一見に如かずさ。すぐに会えるだろうから、楽しみにしていろ!」

 その村は小いらしい。ここに来る前に寄ったポートセルミと比べれば100分の1にも満たない人口だと、乗船の最中聞いた記憶がある。アベルは幼く数字については良くわからないが、とにかく今まで見て回った小さな集落を思い出す。
 ほとんどの村が質素で施設も乏しい。一方で団結力が強く情に厚い。ただ流されやすく自分の意思を軽視するところがあるようにも感じた。新しいものを受け入れる懐の深さも欠けていたように感じる。今回行く父の拠点というべき場所は、そうではないらしい。懐も深く個々の強い意志があるのだろう。

「うん! 分った! 僕本当に楽しみだよ! 新しい人たちに会うときが1番楽しいんだ!」

 そんなことを想像していると、凄い人たちにまた会えるのだろうと思えて心が躍った。

「そうか……俺もさ」

 楽しそうに笑うアベルの肩を叩き、パパスも笑う。そして立ち上がり必要最低限にまとめられた道具袋を担ぐ。アベルの手を引き彼は歩き出した。息子の歩幅に合わせて。

「あれ、ゼクトールさん。港に立っている人はだれ?」

 架け橋のほうへ行くと、ゼクトールと船長のやや後方に豪奢な服を着た恰幅のいい男が立っていた。整えられた髭や髪は清潔感があり、太ってはいるが暑苦しさを感じさせない。身振りや手ぶりも洗練されていてそれなりの教育を受けている人物と見受けられる。 

「おぉ、アベル君か。あれがお迎えに来たルドマン様さ」

 軽くウィンクしながら、ゼクトールは応じた。アベルは彼との会話で出てきた大人物を目にすることができて喜ぶ。おそらく目的地に着くのが早すぎては、目にすることなく下船することになっただろう。遅すぎれば、宿舎のなさそうなこの小さい港からは離れていた可能性も高い。
 
「ふむ、いつの間にアベル君に名を教えたんだゼクトールよ?」
「ついさっきさ……」

 白いマドロス帽を目深に被ったゼクトールより、20は年上であろう船長が問う。元上司と元部下の関係だったことは聞き及んでいる。ひょうひょうとしていたゼクトールも少し表情が固い。口数少ない様子だ。

「さて、船長にゼクトールも。世話になったな。アベル、そろそろ降りるとしよう」
「叔父さん、邪魔よ!」

 颯爽とした所作でアベルを腕に乗せ下船しようとするパパスの横を、疾走する影が通り抜ける。少し体と体が接触したがパパスは揺らぐ様子もない。通り抜けた人物を目で追いながら、彼は微笑む。後姿は子供。体つきから女性だろう。女性ならしとやかなほうが良いという者も多いが、小さなころは活発であるべきだとパパスは主張する側だ。
 瀟洒な赤のドレスに身を包んだ黒髪の少女だ。青い空をたなびく髪が、その部分だけ夜のように染める。長い年月をかけて伸ばしたのだろう髪は、手入れされていて美しい。少し振り向いた顔も切れ長な二重の瞳と、薄っすらとした品の良い桜色の唇が麗しい。活発ではあるがルドマン家の娘なのだろう。洗練されている。

「ふむ、元気な子供だな」
 
 子が元気なのは良いことだ。圧制や飢饉で楽しく遊べない子供をたくさん見てきた。

「デボラ様か。俺は少しじゃじゃ馬過ぎると思うけどな」
「ティアゼン! 口が過ぎるわよ!」
 
 そんなパパスの感想にすぐ横にいた船長――ティアゼンという名――は溜息を漏らす。彼は自分とは違う女性への価値観を持っているのだろう。人間皆考え方が違うのだから当然だ。むしろ多くの価値観と意志があるからこそ面白い。
 おそらくこの先、デボラと呼ばれた少女と対面することはあまりないだろう。しかしパパスはある予感をしていた。彼女のような気風きっぷが良い人物が何かをなすと。妻マーサも優しく見えて、自分の前ではとても毅然としていて実際尻に敷かれかけていた。生涯、彼女以外の妻をめとらないと覚悟した旅。強い女が好きなのだと自覚する。

「ふむ、そちらがパパス殿か。上の娘が粗相をしたな。すまぬ。いやはや、確かに気品と剛健さを併せ持ったお方だ。貴方のような人物を乗せることができて、儂も船長たちも鼻が高いですな」
「そのように言われるとこそばゆいですな。ふむ、中々良いお旅をできた様子。肖あやかりたいものですな」
  
 初対面だと聞く。一目で見抜く慧眼けいがんに驚きながらアベルは、パパス大富豪ルドマンが生み出す強烈な存在感に呑まれた。柔らかな物腰なのに、凄まじい圧があるのだ。たたえる笑みが波1つ立たぬ湖面のように穏やかなのは、構える必要もない強者の余裕か。2人は目を合わせて数10秒で固い握手をかわす。

「はっはっは、お互いさまです! さて儂のもう1人の娘も紹介しよう。フローラや。こちらへ上がっておいで」

 一頻り握手をした後、ルドマンが切り出す。フローラと呼ばれた少女が、港の小さな小屋から出てくる。流れるような瑠璃色の髪にショッキングピンクのリボンで飾ったスタイル。顔立ちは先ほどの娘と比べ穏やかで、眼尻は優しく口角も緩い。体つきも少し肉付きが良いようだ。活発なデボラと比べ動作もおとなしい。 

「はい、お父様」
 
 そう言って父のそばまで来るが、どうやら彼女はそこで立ち往生してしまう。

「ふむ、フローラにはこの入り口は高すぎたかな」
 
 娘を持ち上げてやろうと動くルドマン。パパスはアベルを桟橋におろす。

「私が手を貸しましょう」

 そして制すように手を差し出し、彼女を持ち上げた。自分の父親以外の男性と触れ合ったことがないのだろう。少し恥ずかしそうだ。目をそらした彼女とアベルの視線が重なる。赤い顔が可愛くてアベルも少し恥ずかしくなった。

「あっ、ありがとうございます」
 
 焦った口調で感謝を述べ、内気なのだろうフローラは父の後ろへ隠れてしまう。

「パパス殿ありがとうございます。フローラや長旅で疲れたろう。ゼクトールよ、フローラを部屋へ連れて行ってやってくれ」
「はっ! 了解しました! アベル君、パパス殿。貴方方の旅に幸があることを願っているよ!」
「ふむ、ゼクトールこそ盛栄を願う」

 ルドマンはフローラの髪を撫でながらねぎらう。そしてゼクトールに彼女を任せる。ゼクトールは彼女を手招きしてから、アベルたちを一瞥しエールを送ると退場した。そんな彼にパパスもまた労いの言葉をかけた。彼は後姿のまま左腕でそれに応じ歩み出す。フローラの歩調に合わせながら。

「では、お暇させてもらおう。行くぞアベル」
「うん! 皆ありがとうね!」

 最後にパパスは船長たちを見やり一礼。アベルもそれに続く。

「中々に利発そうなお子さんですなパパス殿」
「えぇ、素直に育ってくれて私も嬉しい限りです。では、船の手配本当に助かりました。ティアゼンも体には気をつけてな」

 最後にルドマンたちと言葉をかわして、パパスは船着き場を後にした。