二次創作小説(新・総合)
- Re: 題本のあるエチュード(ドラクエⅤ編) ( No.8 )
- 日時: 2019/01/09 16:13
- 名前: 燈火 ◆flGHwFrcyA (ID: xJUVU4Zw)
波止場を出て少し歩く。この港はビスタといい、夫婦による家族経営の小さな規模だということを教わる。そんなおり監視所と思しき場所から声が届く。
「あっ、貴方はパパスさん! やっぱりパパスさんじゃないか! 無事に帰ってきたんだね!」
改めて顔が広いと思う。緑色の飾り気がない服を着た恰幅のいい男だ。ルドマンに似た体系だがどことなく脂身があるように感じられる。しかし体躯に反して足取りは軽快だ。それなりの速さでパパスに近づいてきたというのに息切れもない。
「ハッハッハッ! 痩せても枯れてもこのパパス! おいそれとは死ぬものか! アベル、父さんはこの人と話があるので、その辺で遊んでいなさい。とりあえずお前にこの地図を渡しておこう。世界地図より細かくこの辺を測量したものだ。眺めてみるのも良いだろう。父さんの昔の友達が作ってくれた大切なものだ。なくさないように注意するんだぞ。あまり遠くには行きすぎないようにな」
笑いながら男の腹を勢いよく叩きパパスは言う。アベルはなぜここでそのような大事なものを渡すのだろうと思いながら、それを受け取る。絶対に落ちないように服の後ろに備えられている内ポケットにいれた。話をしている間に地図の見方を覚えておけということだろうか。さすがにそれは無理だとアベルは頭を振った。
「うん、分かった。どれくらいでお話は終わりそう?」
「そうだな。アベルがこの港を一回りするくらいには終わっているだろうさ」
早く新しい村に行きたいという欲求を抑えアベルが問う。どうやらそれほど時間は取らなさそうだ。見たところこの波止場はかなり狭い。父の話が正しいなら新しい職員でも雇っていない限り、ここにいる人物もあと1人――子供が生まれている可能性もあるが――といったところだろう。
「それぐらいだったら全然平気だよ!」
「それにしてもナハト。昔は精悍な船乗りといった感じだったのに」
「よしてくれ。結構気にしているんだ」
ナハトと呼ばれた男は船乗りから引退したらしい。そんなことを小耳に挟みながらアベルは駆け出す。そしてほどなくして見張り小屋とは別の家屋を見つける。窓から様子を見るに、どうやら誰もいないようだ。アベルが窓から離れるとそこにはエプロンをかけた茶髪をシニョンにした四十路くらいの女性が立っていた。
「おや、子供1人とは珍しいね。さっきの船できたのかい? 2年ほど前だったかね。パパスという人がこの港から旅に出たんだよ。大切なものを探す旅だって言ってたけど、小さな子供を連れたままでどうなったことやら。その子供、今も生きてたら坊やと同じくらいかね」
どう考えても自分と父のことだ。
「えっと、僕がその人の子供で、今帰ってきたんだよ?」
素直にアベルはそれを告げる。
「えっ? 本当かい!? 噂をすればなんとやらだねぇ」
女性はそれを疑うこともなく信じた。
「今、でっぷりした緑の服を着た叔父さんと話してるよ」
「あぁ、そらぁ、あたしの夫だねぇ。全くここ2年でだらしなく太ったからねぇ……まぁ、魔物の襲撃とかもなくて順風満帆だったって証拠かね。いや、子宝には恵まれなかったけど……それはもう良いか」
どうやらやはりこの港は夫婦2人による経営らしい。港の跡取りにしたいのか子供は欲しかったみたいだが諦めたようだ。
「順風満帆?」
「順調でなにより、ってことさね。そうだ坊や。お茶くらい飲んでくかい?」
また1つ賢くなったとアベルはほくそ笑む。今度、パパスやサンチョの前で使って驚かせてやろう。そんなことを思っていると、女性が手招きをする。アベルは招かれるまま屋内に入り、テーブルに座った。
「うーん、僕熱いのは苦手だよ」
「そうかいそうかい、じゃぁ、フルーツジュースかミルクにするかね」
アベルが猫舌を伝えると、子供向けのソフトドリンクの品揃えを女性は教える。
「フルーツジュースが良いな!」
「よしよし、分かったよ。ちょっと待ってておくれ」
「ありがとう」
「ほれ、できたよ」
注文して程なくしてフルーツジュースが運ばれてくる。大き目のグラスになみなみと継がれたルベライトに輝く液体。グラスの淵にはオレンジが添えられている。アベルは目を輝かせて、ストローに口をつけた。上品な甘酸っぱさが口内に広がる。真夏を思わせる爽やかな果実の香りが漂う。
「うわぁ、凄く甘くておいしいねぇ。こんなの普通、お金も払わないで飲めないよ!」
「坊やがパパスさんの息子ってんで特別だよ!」
純粋に嬉しかった。身内が褒められているのが自分を褒められているように感じたから。本当はそんなことはないのに。父の七光に過ぎないとは気づきたくなかった。ご馳走様の会釈をしてアベルは、女性のもとを去った。そしてしばらく歩いていると、いつの間にか人工物がほとんどない草原へと出る。
「あれ、ここは外かな?」
アベルは地図の読み方を知らず、ここがどこだか分らない。不安になって立ち尽くしていると、草叢から青く透き通ったゼリー状の丸い生物が飛び出す。数は3体。アベルの膝までない程度の小柄な存在だが、間違いなく体内に魔素を宿した魔族の一端。
「えっ? スッ、スライム!?」
スライムだ。世界でもっとも有名で危険が少ないとされる魔物。だが子供程度なら仕留めてしまう力がある。それが3匹。アベルを凝視している。体当たりが必中する距離を見計らうように、少しずつ迫ってくるスライムたち。アベルの頬を嫌な汗が伝う。魔物は見慣れている。しかし魔物の処理は父頼み。見慣れているだけだ。
アベルとの距離が1m程度になった瞬間、スライムは弾かれたパチンコ玉の如く速度で彼に迫る。1匹の突進をなんとか回避するも、草叢を死角にして迫り来たもう1匹の攻撃を受けてしまう。なんとか気合で持ちこたえスライムの頭部を掴み、3匹目に向かって投げ飛ばす。突進体勢に入っていた敵に見事命中。2匹は悶え苦しむ。
しかし最初に回避成功した1匹が、次の攻撃を敢行していた。アベルの背中をしたたかにうつ。なんとか踏ん張り地面に落ちたスライムを蹴り飛ばすも、アベルは大地に腕をつく。
「ぐうぅ! お父さんなら何匹いても簡単なのに!」
いつも颯爽としていて余裕のある戦いをする強靭な戦士の姿が頭を過る。日の傾きの変化も分らない短い間で、どれほど父が偉大な存在なのか痛感した。普段から高潔で豪胆な人物と評されてはいるパパスだが、1日でこれほど称賛の言葉を聞くのは珍しい。
『中々に利発そうなお子さんですなパパス殿』
ふいに蘇るルドマンの言葉。パパスが讃えられるのは当たり前だが、自分が称揚されるのは珍しい。利発という言葉の意味をアベルは知らなかった。父に聞くと賢いということらしいが、やはりパパスを間近で見てきた身としてはもっと単純で焼き焦がれるような力が欲しい。つまるところ子供ながらに❝強そうな子だ❞と言われたかったのだ。
アベルは近くに落ちてあった木の枝を掴む。求める称賛も浴びないままこんなところでスライムなんかに殺されたくない。逆に倒してやる。そう悲鳴を上げる体を叱咤する。そして剣など握ったことのない身で、見様見真似の構えを取る。
「うわあぁぁぁ! 馬鹿にするなあぁぁぁ!」
痛みで悶えていたスライム2匹に向かって突進。見事1匹の脳天に枝を突き刺す。小さく悲鳴を上げて痙攣。口内から自分の体液を滝のように流したと思うと、スライムは消え去った。目を見開き後退する眼前の1匹。スライムの体は酸性だからか、枝からは解けたことによって放たれる臭気が漂っている。
倒せるかもしれない。子供ながらに鍛えてはいた。いつまでも護られていてはいけないと、サンチョに指導を受けていたのだ。1対1なら負傷を差し引いても勝てる。今のアベルからは、もう1匹のことは抜け落ちていた。眼前の存在に集中しすぎていたことが原因だろう。後ろに回っていたスライムの突進を脇腹にうけ吹き飛ぶ。
草叢のクッションもない、砂利道だ。頬が擦れて痛い。左腕から倒れたためそちらも擦過傷をを負っているだろう。立ち上がろうともがいている間に、敵が近づく。どうやら突進の衝撃で武器として持った枝は放してしまったようだ。立ち上がった瞬間、正対していたほうの突進を腹部に受けまた吹き飛ぶ。
「あっ! うがあぁぁ! 痛い……イダッ! あぁ」
呻吟を漏らす。喉が焼けるほどに熱い。体中が痛くてどこに傷を負っているのか分らないほどだ。強がって立ち向かわなければ良かった。逃げて父に助けを求めれば良かったと心が騒ぐ。死ぬのだろうか。こんな年で。船着場から近いこんな場所で亡くなれば、父に見つけられてしまう。死んだ自分を見た父はどう思うだろうか。そんなことはどうでも良いほどに、忍び寄る死の鎌を持った案内人の手が怖い。
涙が流れ出す。頬を焼くほど熱い涙が滂沱と。しかしスライムたちの追撃はなかった。後ろから突進を敢行したスライムは空中で真っ二つに切り裂かれ、もう片方は投擲されたナイフにより全身を爆散させた。
「大丈夫かアベル。まだまだ表の1人歩きは危険だ。これからは気を付けるんだぞ」
「お父さん、ごめんなさい」
父の声だ。結局まだ親離れできる能力はないらしい。アベルはべそをかきながらそう思う。そしてパパスは❝ベホマ❞と唱える。通常魔法は詠唱が必要であるが、熟達者はそれを省いて通常の使い手が詠唱した程度の魔法を放つことができる。彼は魔法さえ並以上に使いこなすのだ。アベルの体を包む神々しい光は、凄まじい速さでアベルの体を癒す。だが無力であるという悔恨と死への恐怖は消えることはない。
「生き延びられたんだ。次から気を付けることを考えろ。では、サンタローズへ行くとしよう」
憔悴しきったアベルの顔から、十分な反省と絶望感を感じ取ったのだろう。パパスは最低限の言葉だけを彼にかけた。1から10まで言うべきではないとうのが彼の方針だ。彼は知っている。アベルが思いの外、多くを説明されるのを嫌うことを。そして打てば響く利発な少年であることも。歩き出す。第二の故郷サンタローズへと。アベルの前を。少年がついてこれる速度で。