二次創作小説(新・総合)

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.105 )
日時: 2020/04/04 12:55
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

恋に落ちないなんてできなくて

「じゃあいってきまーす!」
「レッスンまでには戻りなさいよー?」
「うん!」
 緑のツインテールを揺らし、マンションの共有くつろぎスペースにいたMEIKOに手を振ってミクは出かける。その足取りは軽く、彼女の脳内には今一人の男性しか存在していない。
 少し早歩きで、待ち合わせ場所の駅前に着けば、よく待ち合わせ場所に指定される音符像の前に立つ。彼はよく待ち合わせに遅れてくるがそれでも愛しさが勝った。
 今か今かとそわそわしていれば、こちらに手を振る男が一人。彼が今ミクと付き合っている男性であり、ミュージシャンをしているバジラと言う。
 そもそもアイドルが恋愛していいのか、と言われればNOかもしれないが、こちらではボーカロイドに属するアイドルたちはMEIKOとKAITOのカップルにより恋愛を容認されていた。だから他のアイドルから『羨ましい』とか『私もそっちの事務所に行けば良かった』も言われることも少なくなかった。
「悪い、待った?」
「ううん、全然! 早く行こっ!」
「あはは、はしゃぐなよー」
「えへへ、ごめんね」
 バジラはミクの頭を撫でて笑う。その笑顔にミクはときめいてしまう。最初は何とも思っていなかったが、仕事が少しずつ被るようになり、彼からのアプローチによって彼に惹かれ、付き合うようになった。
 周りからは注目を浴びてしまうが、それもミクは気にならない。幸せの絶頂とはこのことだろう。










「MEIKO姉、ミク姉は?」
「あらリン。あの子ならまたデートよ」
「そっかー。……大丈夫かなぁ」
「何が?」
「あー……噂なんだけどね? バジラってさ、


女の子取っ替え引っ替えしてるらしいんだよね」






 楽しい時間はあっという間に過ぎる。ピピピ、というアラームの音にミクは慌ててスマホを取る。
「あ、ごめんねバジラくん。もうレッスンだから行かなきゃ……」
「ええ? これからもっと楽しいところ行こうと思ってたのに……ねえ、一回くらいサボったってミクの歌声もダンスも悪くならないって。サボろ?」
「ううん、ダメだよ! もっともっと上手くなりたいから……今度、必ず行こう、ね?」
「……分かった」
「じゃあ、またねバジラくん! あ、そうだ!
大好きだよーっ!!」
 走りながら恥ずかしげもなくそう叫んだミクは手を振りながら帰っていく。そんなミクをバジラも笑顔で手を振りながら見送っていた……が、ミクが見えなくなると笑顔を消してスマホを取り出し、操作して耳に当てた。
「あ、もしもし? うん、俺だよ、バジラ。
ねえ、これからデートしない?
ん? あはは、やらしいことなんて考えてないって。ほんとほんと。でも、『アヤ』がそうしてほしいならそうしてあげるよ?
……オッケー、じゃあ今から迎えに行くよ」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.106 )
日時: 2020/04/04 13:00
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

 一週間後。スケジュールが埋まり、バジラになかなか会えないミクはこっそりとバジラの家の近くまで来ていた。所謂「来ちゃった」をしようとして。
 迷惑かもしれないとは思ったのだが、ほんの少しだけでも話したいという気持ちが勝ってしまった。
 ふと、ミクの目にバジラが映る。
「あっ! バジラく……え?」
 確かに、バジラだ。その隣を、見知らぬ女性が歩いていた。明るい茶髪に、化粧をした派手な美人。
 それだけならまだ家族なのかな、と思えたけれど、女性は自分の腕をバジラの腕に絡め、しなだれかかっている。
「ねえバジラぁ、またホテル行くのぉ? どうせならバジラの家の方がいいなぁ」
「いいじゃん別に。たっぷり可愛がるからさ」
「うふふ、じゃあ私もたっぷり愛してあげる」
 甘い声で愛を語らい、往来にも関わらずキスをし出した。頭を鈍器で殴られたような衝撃を感じ、つい手に持っていたバッグを落とす。その音を聞いてようやく二人はミクに気づいたらしい。
 けれど驚いていたのも一瞬、女は一切気にせずバジラにくっついたままだ。
「ねえバジラ、あの子、初音ミクよね? どうしたのかしらぁ?」
「……知らねっ。そもそも、俺、初音ミク好きじゃないんだよなぁ」
「……え?」
「くすくす、どうしてぇ?」
「だって天然ぶってウザいんだよ。お前に比べたら芋もいいところだし」
「あははっ、可哀想よぉ! 事実でもっ!!」
「っ……」
 息ができない。苦しい。
 気付けばミクは走り出していた。二人の笑い声を背にして。








 ふぅ、と息を吐いてイソップ・カールは夕方の帰り道を歩いていた。元の世界でも納棺師をしていた彼は柊の紹介でこちらでも納棺師として働いていた。とは言え、基本的に一人でやっているが。
 今日は災難だった。仕事仲間と故人と会いたいという遺族がいるからと立ち会えば最初こそ泣いていたが徐々に遺産を巡る争いになっていった。大人たちは醜く争うし、子どもたちは泣いて大混乱。あれは葬式の際も、終わった後も絶対争うなと思いながら肩を揉む。
「故人が眠っている隣で、あんな醜い争いやめてほしいですね……全く」
 故人は安らかに眠るべきだ。なのにあんな醜い争いを真横でやられては安心して眠ることすらできないだろう。大泣きするならまだしも、遺産で。重要性は分かっているがせめて取り繕うべきだろうに。
 ふと人気のない公園のベンチで、見知った髪色と髪型をした少女を見かけた。彼女は顔を伏せており、時折嗚咽が聞こえる。
 普通ならば「どうしたんだろう」と思うところではあるが今のイソップには『うわぁタイミング悪い』としか思えなかった。そもそもイソップは生きた人間が苦手なのだ。社交恐怖は伊達じゃない。
 とは言え。今この場にいるのは自分一人。その上、人気のない公園。もうすぐで辺りは暗くなる。そんな状況の中、【アイドル】である彼女を放っておくのはあまりにも危険だし、何かあったら寝覚めが悪い。生きた人間が苦手でも、さすがにそこまで非情ではない。
 またふぅ、と息を吐いて公園に入っていく。近付けば近付くほど嗚咽がよく聞こえるようになる。本当に何故このタイミングで会ってしまったのだろう。
「どうしたんですか?」
「ぐすっ……イソップ、くん?」
「もうすぐ夜ですよ。帰らないと」
「あ……どうしよう、レッスン……」
「とりあえず、連絡入れたらどうですか? すぐに帰るからと」
「うん……」
 ミクはどんよりとしたままスマホを持とうとしたが、手が震えている。画面を開けないようだ。それにはあ、とまた息を吐けばミクからスマホを取る。
「ロックナンバー、教えてもらえますか」
「え……」
「後で変えてくださいね」
「う、うん……」
 ミクが言うロックナンバーを打ち込む。開いた画面の受話器のアイコンを押してミクに手渡した。ミクはそのままスマホを操作してから耳に当てる。
「……もしもし、MEIKO姉? うん、うん……ごめんね、レッスン行かなくて……うん、うん。
すぐに帰るから。うん、じゃあ……」
 通話は切れたようだ。ぐす、と鼻を鳴らす彼女は立ち上がる素振りを見せない。
「で、何かあったんですか」
「っ……う、う〜っ……!! イソップくぅ〜ん!!!」
「うわ、抱きつかないで……!! ちょ、ほんと離れてくださいっ……!!」
 イソップの社交恐怖はアイドルであろうと発揮される。とは言え無理やり引き剥がすことはしない。
 ぐすぐす泣き続ける彼女の頭を恐る恐る撫でてなるべく穏やかな声で問えば、彼女は途切れ途切れに話し出した。
 バジラに浮気されていたこと。その浮気相手の目の前でひどい言葉を投げられたこと。そんな二人に、逃げてしまったこと。
「私っ、私……本当に、好きだったの、本当に……」
「そうですか。バジラ、でしたか。
もうそこまで言われたらさすがに嫌いになったのでは?」
「……」
「え、まさかまだ好きなんですか」
「分かんない、分かんないよ……。好きなのか、嫌いなのか……ううっ……」
「……そうですか」
 正直、イソップにはミクの気持ちは一切分からなかった。そこまで言われて好きか嫌いか分からないなど。
 けれど、一つだけ分かることはある。
「初音さん」
「……?」
「なんか、ぎゃふんと言わせてやりたくありません?」
「え?」
「正直そこまで言われて、悔しい気持ちがないとは思えないんですよね。だから、僕が協力しますよ。
ところで社交ダンスの経験は?」
「えっ?」
「ないならないでいいですが、そうですね、一ヶ月後くらいまでにはマスターしてください。
社交ダンス……あっ、しんど……けど仕方ない……とりあえず後で社交ダンスを教えてくれそうな人に連絡させますので、マスターしてください」
「えっ? えっ?」
「何か質問は」
「たくさんあるよ?」
「一つにしてください」
「ええ……じゃあ、なんで社交ダンス?」
「ぎゃふんと言わせるのに必要だからです」
「何も分からない……」
 困惑するミクを置き去りに、イソップはハンカチを差し出す。ミクがイソップとハンカチを交互に見た。
「目、赤く腫れてますから冷やした方がいいです。ハンカチ貸しますから」
「あ、ありがとう……濡らしてくるね」
 そう言ってようやく立ち上がったミクは離れた場所にある水道へと歩いていった。
 これなら少しの間は時間があるし、【好都合】だ。
 先ほどミクのスマホを見た時、バジラからメッセージアプリでメッセージが来ていた。最後に来ていたメッセージは【無視してんじゃねえよ】というものだった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.107 )
日時: 2020/04/04 13:05
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

 ミクのスマホにロックナンバーを入力し、メッセージアプリを開き、バジラの名前をタップする。
『さっきはごめんね、あの人の前であんなこと言って。でも俺が好きなのはミクだけだよ』
『ミク?怒ってんの?』
『無視しないで』
『ちょっとした冗談だろ』
『あーはいはい嘘だよ。全部思ってたことだよ。ガキかよてめえ』
『だいたいデートも何回かたかがレッスンで切り上げやがって』
『ちょっと可愛いからやらせてくれたら本命にしてやったのに』
『今からでも遅くないけど?』
『俺の本命になれんなら一回くらい安いもんだよ?』
『無視してんじゃねえよ』

「うわあ殺意湧きますね」
 思わず呟いて、一瞬考える。まあいいか、なんて考えながらメッセージを打ち込む。

『その自意識過剰なんとかした方がいいですよ』
 メッセージを送って即ブロック、即連絡先削除。そしてスマホを元に戻す。これがミクのためだ。
 はっきり言おう。正直あの遺族たちの鬱憤も溜まっていたので勝手に発散しただけである。
 それにしても、実に”タイミングが良い“。あのバジラにぎゃふんと言わせる機会が来るとは。バジラにはイソップもそれなりに腹を立てていたことがある。ミクの復讐も兼ねれば構わないだろう。
「イソップくん」
「戻りましたか。もう少し目を冷やしてから行きますか?」
「……うん。じゃあイソップくん、また」
「え、なんでそうなるんですか」
「え?」
「いくら何でも女性をこんな人気のない、それも夜近くに置いていくほど僕人の心がないと思われてるんですか?」
「それって」
「送って行きますよ。良いタイミングで声をかけてください」
 そう言ってイソップは黙って空を見上げた。だから気づいていない。
 その優しさがミクの涙腺を刺激したことなど。けれどまた泣いて目を腫らしてはいけないと我慢していることも。
「(バジラくんは、送ってくれたこと、なかったな)」
 レッスンで切り上げた日は仕方なかった。けれどそれ以外も全く送ってくれたことはない。でもそれが普通だと思ったから、何も言わなかった。
「(バジラくんは、きっと送って行かないタイプだったんだ。仕方ないよね)」
 それなら仕方ないと、また自分の気持ちを飲み込んだ。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.108 )
日時: 2020/04/04 13:11
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

 翌日。ミクは集まった面々に緊張を隠せないでいた。
「今日から一ヶ月、よろしくねミクさん」
 FGOのマリー・アントワネット。
「緊張しなくてもよろしくてよ? ダンスは楽しくやらなくては」
 第五人格の血の女王、もといこちらもマリー。
「マリーさん(第五)の言う通りよミクちゃん!
まずは緊張をほぐすためにお茶でもしましょうか」
 ピーチ姫。
「私も参加させていただくことになったんだ。よろしくお願いするよ」
 シュヴァリエ・デオン。
 本物の貴族たちを目の前にしたミクが緊張するのも無理はない。イソップは確かマリー(第五)に声をかけたと言っていたし、彼女からしか連絡は来ていない。余談だが、これがスマブラ勢でまともな初登場である。
 何故、と混乱しているとピーチがごめんなさい、と謝ってきた。
「マリーさん(第五)から聞いて、私たちも協力したいって思ったの」
「そんな酷い人、許せなかったもの!」
「私も許せなくてね。それに、社交ダンスと言うなら男性役も必要だと思ったんだ」
「皆さん……ありがとうございます!」
 ミクが頭を下げればいいのよ、気にしないで、とそれぞれ声をかけてきてくれた。この好意を、無駄にはできない。
 ミクは、その日から社交ダンスを練習を始めた。
 マリーたちやピーチから手本となるダンスを見せてもらい、それをデオンを相手に練習していった。








「そう、その調子。やはりキミはアイドルともあって、ダンスは飲み込みが早いようだね」
「え、えへへ……あっ!」
 褒められて油断していたら、デオンの足を踏んでしまった。慌ててごめんなさいと謝れば大丈夫、と微笑まれる。
「本番で相手の足を踏んでしまっても慌ててはいけない。慌ててもっと大きな失敗をしてしまえば、相手にも恥をかかせることになってしまうからね」
「は、はい!」
「二人とも、そろそろお茶の時間にしましょう」
 ピーチから声がかけられ、返事をする。デオンは少しだけ気まずそうだが。
 一度ダンスをやめてそちらに行けば、特徴的すぎる鼻をした、赤い帽子と青のオーバーオールの世界一有名な配管工がいた。
「マリオさん!?」
「やあミクちゃん。頑張っているね」
「どうして……」
「ピーチ姫から聞いてね。ボクも何かお手伝いできないかなって。紅茶を淹れに来ることくらいだけど……」
 どうぞ、と椅子を引かれてそこに座る。そして手慣れた様子で紅茶を淹れ始めた。
「ミクちゃんはミルクティーにするかい?」
「あっ、いえ、皆さんと同じで……」
 分かったよ、と返事を返した彼はすでに温めていたカップに紅茶を注ぐ。ふわりと紅茶のいい香りがした。
 出された紅茶を一口飲む。それだけでホッとできる。
「美味しいです……」
「そうでしょう? マリオの淹れてくれる紅茶はとても美味しくて、いい香りなの」
「ルイージには負けます」
「ふふ、そうかもしれないけれど、私にとってはマリオが淹れてくれたって言うのがポイントなのよ? ルイージの紅茶も美味しいけれど、そこは彼ではできないでしょう?」
「はは、ボクは本当に姫に愛されてるなぁ」
 穏やかに話す二人に、ついミクはバジラを思い出す。もっと分かり合えていれば、こうなっていたのかな、なんて。
「ミクちゃん?」
「っ、あ、すみませ……」
「ミクちゃん。キミは何も悪くないんだよ」
「え……」
「マリーさん(第五)から聞いたんだ。キミは何も悪くない。気にしないでというのは難しいかもしれないけど、あの人のことでキミが悩む必要はないよ」
「……はい」
 ミクは泣き出してしまう。それを全員が優しく慰めてくれた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.109 )
日時: 2020/04/04 13:16
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

 そして、一ヶ月後。ミクは仕立てられたドレスを来て高級ホテル【ハイルング】に来ていた。ほんのり緑のような白いドレスに、緑のリボンがあしらわれている。
「わあ……! ここで、合ってるよね」
「合ってますよ」
「ひゃあ!?」
 後ろから声をかけられ、びっくりしながら振り向く。そこには、衣装【命の翻弄者】のような格好をしたイソップがいて。いつものマスクはなく、きゅ、と一文字に結ばれた口元が見えている。
「はぁあ……僕が言い出したことではありますが、憂鬱だ……。何が悲しくて、人混みに飛び込まないといけないんでしょうね……」
「え、ええ、と、や、やっぱり、帰る?」
「いや……行きましょう」
 そう言ってイソップは歩き出した。慌てて追いかける途中でふと思い出す。
 今日は、待ってないと。
 バジラとのデートで待ち合わせると、いつも最低二十分は待ち、最悪一時間半待ったこともある。……こうして考えれば、この時から分かったことなのに。恋は盲目とはよく言うなと思ってしまう。
「初音さん」
「っあ、ごめ、ぼーっと、して……」
「? どうかしました?」
 顔を上げれば、そこには手を差し出しているイソップがいて。何故、と考えていると、ん、と手をもっと差し出してくる。
「手を繋ぎましょう。先ほどからぼうっとしているので、いざと言う時助けやすいです」
「あ、ありがとう……」
 きゅ、と繋がれた手は細くありながらも男性らしい。それについドキリとしてしまう。
 イソップはまるで何でもないようにホテルへ入り、警備員に招待状を見せて会場に入る。
「そ、そういえば、今日はなんでダンスパーティーに……」
「……あれ、話してませんっけ?」
「話してないよ!?」
「あ、すみません……。目的は」
 イソップの視線の先を追って、目を見開く。鼓動は早くなっていく。嫌な意味で。
「バジラ、くん」
 バジラは複数の女性を侍らせて楽しそうに談笑している。その中に、あの時の女性もいた。
 何故、何故と考えているとイソップが続きを話し出す。
「あの男を、ダンスでぎゃふんと言わせます」
「え……!?」
「どうやらあの人、ダンスパーティーに現れては女性を口説いて何股もするそうです。しかもダンスで注目集めて。……はあ、全く。どこでもうるさいですね」
「…………」
「初音さん。少し、ドリンクでも貰いましょうか」
 イソップが近くに来たボーイに声をかけ、ドリンクを二人分受け取る。その内一つをミクに渡した。
 ミクが一口それを飲む。少しだけ、落ち着けるような気がした。
「そういえば、初音さん、今日薄くメイクしてますか?」
「あっ、う、うん。MEIKO姉やルカさんがパーティーなんだから、って」
「へえ」
「へ、変かな」
「いいえ。初音さん元がいいのでしなくてもいいとは思いますが、パーティーですからね。少しでもしていた方がいいでしょう」
 元がいい。そこについまたドキッとしてしまう。顔が熱い。
「初音さん? 顔赤いですけど、どうしました? 熱でもあります?」
「うっ、ううん! 大丈夫、大丈夫!」
 ドリンクを一気にあおる。こうでもしないと顔が熱いままだ。
「おい、ミク」
 びくりと身体が震える。振り向きたくない。けれど振り向かなければ。
 恐る恐る振り向けば、不機嫌そうなバジラとミクをニヤニヤしながら見ている女たちがいる。
「バジラ、くん」
「お前、よくもあんなメッセージ送ってきたな。優しくしてやったからって勘違いしてんじゃねえの?」
「メッセージ……?」
「ああ、それ僕ですけど。そもそも何ですかあなたたち。邪魔なので離れていただけます?
あとそちらの女性たち、香水キツいです。化粧品の匂いがすごいです。鼻曲がります。付けすぎもよくありませんよ」
 唐突なイソップの言葉にバジラも女性たちも、それどころかミクもぽかんとした。
「な、なんだてめ」
「うるさいです。ここ、パーティー会場ですよ。確かに騒ぐのもいいですが騒ぎ過ぎはよくありません。摘み出されますよ」
 暗に、これ以上騒ぐようなら警備員に摘み出してもらうという言葉にバジラはぐっと黙り込んだ。女性たちはイソップにこき下ろされたのが気に食わないのか彼を睨んでいる。
「何よ、地味男のくせして。バジラにそんな口聞いていいと思ってるの?」
「思っていますがどういうことです」
「バジラって、すっごい会社の社長さんの息子なの。あんたなんてすぐに捻り潰せるのよ?」
「そうですか。恋人の父親の権力でそこまで胸を張れるのすごいですね。僕は真似できそうにありません」
「!!」
「用件はそれだけですか? それでは僕らはダンスまでゆっくりしたいので」
 と、そう言ってイソップはミクを連れてそそくさと離れていく。会場はそれなりに広く、人混みに紛れれば姿は見えなくなった。
「す、すごいね、イソップく」
「っはぁああ〜〜〜緊張した、緊張したというか無理。もう無理帰りたい。なんでいきなり絡んでくるんですか意味が分からない。帰りたい。帰って一人でぼーっとしたい。むしろ納棺の仕事していたい。故人の相手していたい。なんで僕ここにいるんだろう」
「イソップくん?」
「あ、すみません。取り乱しました」
「取り乱したの???」
「はい」
 イソップの姿についふ、と笑ってしまう。先ほどの嫌な鼓動などどこかに行ってしまった。
 二人は、ダンスが始まるまで穏やかに話していた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.110 )
日時: 2020/04/04 13:21
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

 曲が流れ始める。周りは女性を誘う男性ばかり。
「ああ、始まりましたね。……では」
 す、とイソップが手を差し出して、ほんの少しだけではあるが微笑んだ。
「僕と踊っていただけますか?」
 最初からそのつもりだったのに。それなのに、胸がきゅうと締め付けられる。ドキドキする。
 こんな簡単に、好きな人を変えていいはずがないのに。なのに、好きになっていってしまう。
「はい……」
 ドキドキしながら手を取り、ダンスを始める。こんなに近いと心臓の音が聞こえてしまう気がして、優雅な音楽に感謝した。
「(あ、まつ毛、長い。肌も綺麗)」
 そんなことにまで気付いて、もっとドキドキして。まるで夢の中にいるみたいで。
 もしも、本当に夢なら、このままがいい。このまま、ずっと彼と。
 ドン、と後ろから衝撃を受け、転んでしまう。イソップまで巻き込んで。
「あらぁ、ごめんなさぁい? いるなんて気付かなかったわ、地味過ぎて」
「だよなぁ、不釣り合いにも程があるっての」
 バジラと、あの女性だった。周りからもくすくす、という笑い声が聞こえる。バジラの周りに侍っていた女性たちと、その取り巻きのようだ。
 また、嫌な鼓動が始まる。汗がつぅと流れる。
 初音さん、というイソップの声が聞こえて辛うじて立ち上がるがそこからはダメダメだった。イソップの足を踏んでしまったり、ステップを間違えてしまったり。
 その度に聞こえる笑い声が、ミクの心を容赦なく傷つけていく。
「初音さん、落ち着いて」
「ごめ、ごめんなさい、イソップくん、迷惑かけて、恥かかせちゃって、ごめんなさい」
 イソップの顔が見られない。視界がにじむ。
「初音さん」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私、私」
「ミクさん!」
 イソップの珍しく張り上げた声に、初めて下の名前を呼ばれて顔を上げた。イソップの目が、ミクを見ている。
「……周りなんて気にしないでください。大丈夫です」
「でも、私、イソップくんにまで」
「別に、こんなの恥じゃありません。安心してください、ミクさん」
「だけどっ」
「ミクさん」
 名前を呼ばれ、手が離れる。その手は、頬に添えられて。
「大丈夫です。安心してください。貴女は、この会場にいる女性の中で


一番、可愛らしくて美しいです」
──ドキッ
「え……」
「周りなんて気にしないでいいんです。だから、今は僕だけを見ていてください」
「っ……!!」
 ああなんて忙しない心臓だろう。今は甘い鼓動が支配している。
 まるで告白のような言葉に、まるで少女マンガのような場面。ミクが叶わないと思いながらもいいな、なんて思っていた場面。
 こんなの。
「(恋しないなんて、無理だよ)」
 足取りが軽くなる。いつの間にか、二人はパーティーの主役にまでなっていて。バジラとその取り巻き以外はほう、と簡単のため息を吐き、二人に見惚れていた。
 音楽が終わる。会場中から拍手が起こる。その内の一組の男女が二人に歩み寄ってきた。
「素晴らしい!」
「まるで絵画のようだわ!」
「お褒めいただき、ありがとうございます。ですが、まるで主役を奪ってしまったようで」
「構わないさ! 素晴らしかったよ、ミスター・カール!」
「可愛らしい恋人の方もね」
「こっ……!!」
「残念ながら、恋人ではないんです」
「あら、そうなの?」
「ええ」
「あ、あの、イソップくん、この二人は」
「ああ、このお二方は」
「ミク」
 甘い声。振り向けば、微笑んでいるバジラがいる。
「すごく綺麗だったよ」
「……ありがとう」
「ミク、その……俺たち、やり直せないかな」
「え?」
「今のミク見て、やっと分かった。目が覚めた。俺にはミクが必要なんだ。ミクしか見えない」
「ちょっと、バジラ!?」
 あの女性が近づいてくるがバジラは迷惑そうに顔を歪めている。が、バジラに対して会場中が冷めた目で見ていることに気付いていないらしい。
 バジラは片膝を付いて手を差し出す。これもまるで少女マンガのようだ。けれど。
「ミク、どうかこの手を取って欲しい。ミクも、俺が必要だろ? 俺しか、見えてないだろ?」
「……ふざけないでよ!!」
 ミクの大声にバジラはへ? と間抜けな声を出して目を丸くしている。
 何が目が覚めた、だ。何が必要だ、だ。そんなの、全部嘘に決まっている。
「あんなに酷いこと言って、なんでそんなので許されると思ってるの? 私は、もうあなたなんて大っ嫌い!!」
「なっ!?」
「二度と私の前に現れないで!! 仕事だって、一緒になったら断るから!!」
「ま、待って、ミク!!」
「いや当たり前ですよね。本当になんで許されると思ったんです?
そもそも彼女に近づいたのも身体目当てでしょう? えーと、なんでしたっけ。あのメッセージ。一回やらせてくれるなら本命にしてやるでしたっけ。
興味なかったんで覚えてないんですけど」
「!? な、な、なんでっ、なんでお前がそれをっ」
「……つまり、本当にそんなメッセージを送ってたんだね。……最っ低!!」
「…………ちょっと、バジラ。どういうことよ。
確かにあんたが女の子に手を出してるのは知ってたけど、本命に? 私を馬鹿にしてんの!?
もう頭きた、別れる!!」
「なっ!? ちょ、ちょっとま……!!」
「いやなんであなたまで被害者みたいに振る舞ってるんですか。被害者はミクさんでしょう。
えーと……あ、思い出した。あなた、まあ、二週間くらいに一度、男九人女あなただけのパーティー(意味深)開いてるらしいですね」
「!? ちょ、ちょ……」
「はあ!? お前っ、浮気してたのかよ!」
「えええ、あなたが言います……?
あ、ダールマンご夫妻。そろそろこの二人摘み出すことをお勧めします」
 イソップがそう言えば夫の方がもうするところだよ、と言い、二人はぎゃあぎゃあ言い合いをしながら会場……どころか、ホテルから摘み出されるらしい。
「あ、結局このお二人……」
「ああ、そういえば途中でしたね。このお二方はダールマンご夫妻。夫のフォルクハルト・ダールマンさんとその妻のマヌエラ・ダールマンさんです。このダンスパーティーの主催で、ここ、ハイルングのオーナーなんです」
「ええええ!?」
「挨拶が遅れて申し訳ない。フォルクハルト・ダールマンだ。よろしく頼むよ」
「マヌエラ・ダールマンです」
 優雅だと思ってしまうほどのお辞儀に、ミクを慌ててお辞儀して挨拶を返す。
「あああ、は、ははは、初音ミクでしゅっ!!」
「思い切り噛みましたね」
「言わないで……!」
 いきなりこんな高級ホテルのオーナーと会うとか思いもしない。それどころか、イソップがそんな大物と知り合いなんて誰が想像するだろう。
 ダールマン夫妻は微笑ましそうにミクを見ている。
「ミスター・カールには、父の葬儀で世話になってね」
「お義父様を、とても綺麗にしていただいて……本当に、まだ生きているようだったわ」
「そうだったんですね……」
 葬儀のことを思い出しているのだろうか、二人とも涙を滲ませていた。
 イソップは何でもないような顔をしている。けれど、これが彼の仕事の結果なのだ。
 後に聞くことになるが、バジラ含め取り巻き、バジラと共にミクを嵌めたり嘲笑った女性たちは今後ハイルングを含めたダールマン夫妻が経営するホテルから出入り禁止を食らったらしい。とは言え、ダールマン夫妻が経営しているホテルはほとんどが高級ホテル。贅沢さえしなければお互いに関わることもないだろう。一部、一般人向けのホテルも経営しているが困ることもないはずだ。
 ……バジラたちが「高級ホテルじゃなければ泊まりたくない」と言っていることは、ミクたちは知らなかった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.111 )
日時: 2020/04/04 13:26
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: PF4eFA6h)

 帰り道。マンションボカロ近くを歩いていたミクとイソップは、お互いに黙って歩いていた。沈黙なのに、気まずいと思わない。
 が、ふと思い出したことがある。
「そういえば、イソップくんはどうしてバジラ……さんたちをぎゃふんと言わせたかったの?」
「ああ。それも言ってなかったですね。あの人……あー、あの女性もそうなんですけど、墓地で猿みたいにうるさくて」
「え? 猿?」
「ええ」
「きーきーって騒いでたってこと?」
「……まあ、そういうことにしておいてください。
何度も何度もあるものでしたから、ダールマン夫妻も墓地の所有者の方も故人が休めないと僕に相談してきたんです。正直、僕に相談されても、とは思っていたんですが僕としても故人が安らかに眠るのを邪魔されるのが腹ただしかったんです」
「……じゃあ、私をパーティーに連れて行ってくれたのは」
「……完全にこちらのわがままですね。軽蔑しました?」
「ううん。だって私のわがままも叶えてくれたんだもん」
「そうですか。怒りそうなものですけどね」
「いいの! あ、もう大丈夫だよ。送ってくれてありがとう!」
「いいえ。では、良い夢を」
 イソップが頭を下げて帰っていく。少しだけ惜しい気持ちを押し殺して、まるで夢みたいな経験、そして、新しい恋と共にミクも歩いていく。











「イソップくーん!!」
「えええほんとなんで僕懐かれたんですかやめて来ないで来ないで陽キャこわい近付かないでぇえええええ」
 ミクに追いかけられながらイソップはそう叫んでいた。ただでさえ職場で人付き合いを若干強制されているのに仕事じゃない時までミクに会うことは社交恐怖なイソップにとっては厳し過ぎた。
 そんなコントみたいなやりとりを、ナワーブ・サベダーとウィリアム・エリスは呆れた目で見ていた。
「別にいいじゃねーかよイソップ」
「可愛い女の子に好かれること以外で欲しいものあんのかよー」
「ロッカーと板と窓枠くださいぃいいいいいい!!」
「「本格的にハンター扱いかよ」」
「えへへー、イソップくん大好きだよー!」
「好かれるのはいいですし僕も嫌いじゃないですけどお願いだから今日は来ないでくださいぃいいいいいいいいいい!!!!」
 でもミクのアプローチは続く。程よく、根気よく続く。
 果たして、生者嫌いの彼にミクの想いがきちんと届いて結ばれる日は来るのだろうか。

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