二次創作小説(新・総合)

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.369 )
日時: 2021/04/09 23:18
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: bD140njr)

※こちらは所謂『山姥切問題』を取り扱う内容になります。
※結構胸糞悪いシリアスです。ご注意ください。
※物語の展開上、扱いの悪いキャラが出てきます。

手を振り解かれ、手を取って。

 ざあざあと音を立てて降り頻る雨の中、ナワーブはくそ、と毒づきながら走っていた。場所は山の中、彼は自主トレーニングのために山に入っていた。
 入った時はからりと晴れていたくせに急に暗くなって雨が降って。山の天気は変わりやすいとは聞いていたが完全に油断した。戻ったらシャワーでも浴びなくては、そう考えて走っている。ぬかるんだ地面が容赦なく足元を汚していく。
 ふと、目の前に誰かが倒れているのに気が付いた。雨のせいでよく見えず、かと言って気付いた以上、そのまま放っておくのも寝覚が悪い。駆け寄り、ナワーブはまず目を見開いた。
 そこに倒れていたのは、間違いなく刀剣男士の山姥切長義だった。髪も服も顔も倒れたせいで汚れているようだ。しかし、それだけならナワーブも目を見開くようなことはなかっただろう。
 その山姥切長義の下の地面が、透けて見えるのである。普通に生きていればこんな事態に遭遇することはない。
 ……少なからず柊本丸に所属している山姥切長義ではない。そう考えたナワーブはとりあえず、近くの木の下に彼を連れて行くことにした。背は低めだが、傭兵として鍛えた体は伊達ではない。あっさりと山姥切長義を持ち上げて、さっさと木の下へ避難した。とは言え、雨はそこそこ強く、木の下にいても対して雨は防げない。
 どうするかと考えて、ふと一つ思い出した。そういえば出る前に山伏らがたまに使う小屋があると。いざとなればそこを使ってもいいとも。場所は……ここからそう離れてはいなかったはず。ちらりと山姥切長義を見て、脱いでから絞った上着をかけてやる。もう濡れていない場所はないが……多少はマシだろうと思って。
 一度彼から離れ、その小屋を探す。予想通りそこまで離れていなかったこと、そして鍵を確認して彼の元まで戻る。上着をそのままに抱え上げ、小屋まで走った。
 小屋に着き、器用にも山姥切長義を抱えたまま入る。そこそこ広めの小屋の中の中央には囲炉裏があり、左側には引き戸。いくつか部屋の隅に座布団が置かれている。必要最低限の物だけなのだろうが、正直雨風凌げるならそれでも充分だ。
 一旦彼を床に下ろし、引き戸を開ける。そこには着替えや布団、タオル、少しの食料などがある。着替えの服はジャージ(芋ジャージである)と簡単な浴衣が置いてあり、ナワーブは躊躇いなくジャージを取った。浴衣の着方なんぞ知らん。
 タオルも取り、まずは山姥切長義を着替えさせてやる。いつまでも濡れた服を着ていては風邪をひく。(刀剣男士が風邪をひくか否かはともかく)濡れた服をとりあえず放り、体を拭いてやる。それが終わったらさっさとジャージに着替えさせた。文句言われるかもしれないがどうでもいい。
 山姥切長義の着替えが終わったら次は自分が着替える。さっさと着替えれば多くの水を吸った衣服とは違って体が軽い気がした。
 次に布団を出し、そこに山姥切長義を寝かせてやる。床に直で寝るより布団の方がいいだろう。事前に教わった手順で囲炉裏に火を付ける。雨が入らない程度に扉を少し開け、火を見る。燃え移ったらまずい。
 ……聞こえるのは火が爆ぜる音と、雨の音、微かに聞こえる山姥切長義の寝息。存在が本当に薄れているが、死んでいるわけではないようで少しホッとした。
 しかし、一体何があればこんなことになるのだろうか。柊本丸の刀剣男士は皆、こんなことになっていない。そもそも、何故あんなところに一振りでいたのだろう。
 そこでふと、山切たちを思い出す。彼らの身体の変化は確か審神者による影響だった。……だとすると、この山姥切長義も同じような目に遭ったのだろうか。そうだとして、結局あそこにいた理由が分からない。
 と、ぐぅうう、とナワーブの腹の虫が鳴いた。……考えていても仕方ない。今はこの腹の虫を黙らせるとしよう。
 ナワーブは少しの食料を拝借することにした。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.370 )
日時: 2021/04/09 22:53
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: bD140njr)

 ……雨の音。火が爆ぜる音。ほんのり甘い香り。ゆっくりと山姥切長義はその青い目を開いた。視界に入るのは青い空でも地面でもなく、木の天井。ここは一体どこだろうか。
「ん、目を覚ましたか」
「……?」
 ゆるりと顔をそちらへ向ける。明るめの茶髪を一つに纏めている男が、何かを串に刺して火で炙っていた。甘い香りはそれから発しているらしい。
「ここ、は……」
「山の中の小屋だ。お前が倒れていたからここまで連れてきた。服は濡れたから勝手に着替えさせたぞ」
「……そう、か……」
 どうやら自分は奇跡的に生き延びているようだ。……。
「腹、減ってないか」
「……?」
「これやる。食え」
「それは……」
「焼いたマシュマロ」
 わざわざ自分の近くまで来て、起き上がらせてくれる。その串を持たされ、その串に白い何か……マシュマロが刺さっていた。
 熱いから気を付けて食えよ、と支えたままの彼に言われ、ぼんやりとしたまま、口を付けた。
「っあつ」
「だから言っただろ……ほら、少し冷ませ」
 ふぅふぅと息で冷ます。そして再度口を付ける。
「……美味しい」
「だろ? まだ食うなら焼いてやる」
「……ありがとう」
 男は別に、と言って少し離れる。さっさと一つ用意して、自分を支えながら焼いてくれた。
「あの……別に、支えてもらわなくても平気なんだけれど……」
「ん? そうか? ならいいんだが……そこまで薄らしてると心配になる」
「心配……俺を?」
「ああ。俺が知っている『山姥切長義』はそこまで薄らも、声が小さくもないからな」
「……貴方は、審神者なのか?」
「違う。が、まあ……少し特殊な立場でな。お前たち刀剣男士のことは知ってる」
「そうか……」
 そんな話をぽつぽつとして、男が焼いてくれるマシュマロを少しずつ食べる。……何というか、まともに食事したのが久しぶりのように感じた。いや、食べてはいたのだけれど、何故かそう感じる。
「ところで、貴方は……」
「そういえば名乗ってなかったな。俺はナワーブ・サベダーだ。よろしく」
「……よろしく」
 そう言葉を軽く交わして、またマシュマロを口にする。
 上手く言葉にできないが、焼いた熱だけでない温かい何かが、体に流れ込んできているような気がした。











「と、言うわけで連れて帰ってきたぞヒイラギ」
「なーーーーーーーーんでうちのサイドの連中は人……いやこの場合人じゃないけど、人を犬猫のように拾ってくるんですかねぇ!?」
「な、なんか申し訳ないね」
「いいけどさぁ!!」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.371 )
日時: 2021/04/09 22:59
名前: はい ◆K1DQe5BZx. (ID: bD140njr)

「山姥切長義の保護、感謝いたします。ナワーブ様」
「いいや、偶然だしな」
 柊本丸へ戻ってきたナワーブが拾ってきた山姥切長義はすぐさま柊の担当職員の東雲の耳に入ることとなった。今、応接室には柊、ナワーブ、東雲、そして近侍の静形薙刀がいる。
 山姥切長義は別室で検査、及び聴取を受けていた。発見された時、ナワーブは気付くことはなかったがもう少し発見が遅ければ彼は完全に消滅していたと聞かされて全員が肝を冷やした。ナワーブが発見してからどうしてかまでは分からないが、少しずつ回復し、今は多少の検査なら受けさせても問題ない。
「それで、あの山姥切長義はこれからどうなりますか?」
「まず、元々所属していた本丸を探すことになりますね。もちろん、ナワーブ様から聞いた状態であった以上、彼を返還するわけではありません。
そこで念入りな調査をし、問題がないと判断され、返還となってもしばらく監査が付きます。問題ありと判断された場合はそこの審神者を捕縛、山姥切長義は本刃の意思次第ですが基本的には刀解、異動、再度政府所属となるかと」
「まあ、それが妥当だろうな」
「しかし、山切の時もそうだったが……未だそのような審神者がいるのか」
「悲しいことに、どれだけ手を尽くそうともどこかからひょこりと現れるんですよああいう人間は。最近では泛塵にもそういう人間が出てきましたからね。……政府としても頭が痛いことです。
刀剣男士の前で言うのはどうかとは思いますが、一振や二振、何だったら一つの刀派丸々いなくとも戦いには支障がないんですよ。それこそ、数の多い粟田口がいなくとも本丸運営及び戦いには支障は出ません。
審神者様も人間ですから、どうしても性格などで合わない刀剣男士も出てくるでしょう。審神者様に心を病まれても困りますから、政府も刀剣男士の刀解、連結に関しては何も言いません。むしろ言うなら、そもそも刀解、連結自体させるわけないんです。
それをどうしてかせずに心を病ませたり問題行動を起こす審神者も少なくありませんし」
 そう言って東雲は茶を飲む。まああまりにも多ければ調査はしますが、と付け足して。
「そこは、山姥切長義が当時は特殊な立場だったというのもあるんでしょうけどね」
「……そうですね。その上あの話を聞いた審神者様も多くいますし」
「少し気になるんだが、そもそもあの話でなんで『どちらかが悪い』としか考えられないんだ? それでどちらかを糾弾するのも分からん。第三者が首を突っ込んで解決するならとうにしてるだろ」
「……しかもそういう方々に限って余計に事態をややこしくしていることも多いんですよね。中には解決に導く方もいますがそれは稀ですし、審神者様が解決したと思っていてもそれは刀剣男士の方が気を遣って表面上はそうしているだけで、水面下ではまったく解決していないなんてこともあります」
 全員が思わずため息を吐く。それで割を食わされる刀剣男士たちが不憫だと。
 ただ、あの山姥切長義に関してはもう何もしてやれることはない。せめて彼がまともな本丸への異動となるか、あるいは政府へ戻れることを祈るしかない。
 ……そう、思っていたのだが。
 バタバタバタと騒がしくなる。それに全員が首を傾げ、静形薙刀は警戒を強める。引き戸が開けられ、そこにいたのは検査のために来ていた役人であった。その後ろには少し困惑した顔の術師がいる。
 一体どうしたのか。いや、その前に術師は一体いつ来たのだろう。
「どうしました?」
「そ、それが……少しややこしい事態になっていまして……」
「ややこしい事態、ですか?」
「ナワーブ様、でしたか。こちらを握って頂けますか?」
「俺か?」
 術師が渡したのは、山姥切長義の手袋の入った袋に何か細いガラスの棒が差し込まれた物だった。首を傾げながら彼がそれを握る。
 少しして大丈夫ですと言われ、術師にそれを返すと術師は何か機械を取り出し、ガラスの棒を袋から抜いた後、機械に差した。
『霊力一致率100%。霊力一致率100%』
「は?」
「ああ、やはり……」
「だから持ち直せたのか……」
「ちょ、ちょっと待ってください。霊力一致、って……」
 柊が戸惑いを隠せぬ声色で聞けば、役人も術師も頷いた。
「ナワーブ様、貴方様は審神者になる資格が……いいえ、この場合、なっていただかなくてはならないかと」
「は???」
「その、ナワーブ様、山姥切長義に何か食べさせたりしませんでしたか?」
「あー……焼いたマシュマロを。まさか、それだけでか?」
「本来ならば、それだけではどうともなりません。ただ……今回、山姥切長義と本来の審神者との縁が普通であればあり得ないほどに細く、山姥切長義にまともに霊力が供給されていない状態でした。また、あの山姥切長義は自身を否定されていた、とのことです」
 それを聞き、思わず全員が顔を顰める。だからあれほどまでに存在が消えかかっていたのだろうか。
 役人は続ける。
「そこに、ある程度霊力を持ったナワーブ様が簡単だとは言え手ずから作った物を与えたことで、霊力が供給される形となったのでしょう。
……我々も驚きましたよ。山姥切長義の言う審神者ではなく、別の所に……ナワーブ様にもっと太い縁が繋がっていたのですから。
もはや主従が書き換えられていると言っても過言ではありません。無論、無意識でのことでしたからナワーブ様は罪には問われません。むしろそんな状態になるまで山姥切長義を蔑ろにした審神者の方が罪に問われるでしょうね」
「ちょっと待て、なら俺が審神者にならなくてもいいだろう」
「それが、そうもいかないのです」
 今度は術師が口を開いた。術師は困ったように眉を八の字にしている。
「山姥切長義には、ただでさえ弱っているというのに『口封じの呪』がかけられていました」
「! だから貴方が来ていたんですか」
 東雲の言葉に術師は頷く。その呪いを解くためならば納得できるが……それ以上にふつふつと怒りが沸いてくる。
「口封じの呪を解除したとは言え、このまま貴方様からの供給がなくなれば山姥切長義は消滅しかねません。
その上で、彼には何やら執念じみた念が纏わりついていてそれも消滅に手を貸すでしょう。
確かに彼がいなくともこの戦いに大きな支障はないでしょうが、助けられるならむざむざ消滅させたくは……」
「……なるほど、な……。どうしても俺でないとダメなのか? 供給自体ならここに一人適任いるぞ」
「おいこら売るんじゃねえ」
「……あと。どうせ契約するなら貴方がいいと」
「は?????」
「ワロチ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「まあ早い話があれですよね。『政府と契約して、審神者になってよ!』ですよね」
「ブフォwwwwww」
 東雲が真顔で言ったセリフについ吹き出した柊は、頭にナワーブの拳を落とされた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.372 )
日時: 2021/04/09 23:04
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: bD140njr)

 その後、考える時間が欲しいと答えたナワーブの言葉に山姥切長義も頷き、役人たちも許可を出した。今は療養のために柊本丸に滞在しており、ナワーブも念のためと柊本丸で寝泊まりすることになった。
「よ、調子はどうだ?」
 数日経った今日も、ナワーブは山姥切長義の様子を見に来る。彼は布団から起き上がり、山切が持ってきた本を読んでいた。
「だいぶ落ち着いているよ、主」
「……お前なぁ……俺はまだお前の主になるとは決めてないんだぞ?」
「ふふ、すまないね。ただ、俺は多分、貴方以外を主とは呼べそうにないかな」
「助けてもらった恩からか?」
「まさか。それならむしろ乗り気ではないと聞いた時に俺も断るさ。迷惑だろうし」
 くすくすと笑う山姥切長義に、少しだけ安心する。しかし、それでも生半可な覚悟で彼と契約するべきではない。ただでさえ、自分は……。
 すると、外が騒がしくなる。よく聞けば何やら「おやめ下さい」「何をするんです」と聞こえてきた。警戒を強めた瞬間、部屋の障子が勢いよく開け放たれた。
「なっ……!?」
「ようやく……見つけたぞ、長義」
 かなり体格の良い男が、山姥切長義を睨みつけていた。その後ろからは少々派手目な女が男を睨みつけている。
 一体何が起こっているのか、理解が追いつかなかった。















「大変申し訳ございません!!」
「い、いや東雲さんがいきなり土下座って相当やばいレベルなんですね!? とりあえず顔上げて!?」
 一室にて、東雲がナワーブ、柊、陸奥守に土下座をしていた。あの東雲が早々に土下座するなんて相当な問題が起きたに違いない。
 ゆっくり顔を上げた東雲の顔色は悪い。今まで淡々とした彼しか見たことがなかった。
「……まず。あの山姥切長義は、確かに男性の審神者、弟切草から冷遇を受けていました。そして、とある審神者によってすでにその冷遇は暴かれていました。が、また山姥切か、と言われるのを恐れた役人アホが秘密裏に処理しようとして、その通報した女性審神者……栗梅にあの山姥切長義を引き取らせようとしたのです。
無論、栗梅も被害刀剣を弟切草から引き離せる、弟切草も大嫌いな山姥切長義の顔を見なくて済む上に表面上は何の咎めもなく解決すると円満に終わろうとしていた……ように見えていました」
「見えちょった、とはどういうことや」
 陸奥守が聞けば東雲は眉間に皺を寄せた。そして、その先を話し出した。
「まず、栗梅の方ですが。彼女もまた冷遇審神者だったんです」
 その言葉と、彼女が山姥切長義を保護すると聞き、嫌な予感がする。
 東雲は皆様の予想通りかと、と前置きした上で続けた。
「彼女は『山姥切国広』を冷遇する審神者でした。それを聞いた弟切草は激怒。……そもそも、彼が山姥切長義を冷遇したのは山姥切長義の偽物発言に怒ったからだったんです」
「ある意味最悪ですね。長義冷遇審神者と国広冷遇審神者って組み合わせ」
「ええ。そこから二人はお互いに罵り合い、栗梅に至っては弟切草の頬を叩くという暴力行為にまで及んでいます。
その過程でどうしてそうなったのかは分かりませんが……いつの間にかあの二人はお互い『自分の所に冷遇されている山姥切を保護できれば自分が正しいことになる』と思い込んだのです」
「……馬鹿らしいぜよ」
「あの手この手で、時には誘拐じみた手法でお互いの冷遇されている山姥切たちを求める日々。それを見ていた弟切草側の燭台切光忠がこのまま相手に引き取られても、この本丸にいても山姥切長義は精神的に、あるいは物理的に壊される、そう思った彼は山姥切長義と遠征に行くふりをして彼を咄嗟に別の場所へ転送し、逃したんです。それが……」
「あの山の中だったってわけか」
 頷く東雲。これでようやく合点が行った。あの場所に倒れていたのは、弟切草の本丸にいた燭台切光忠の勇気ある行動だったのだ。しかし、少し気になることがある。
「東雲さん、山姥切国広と南泉一文字はどうしたんですか? 他にも縁のある刀はいるでしょうけど、パッと思いつく二振りは何も言わなかったんですか?」
「……それが。山姥切国広は何故か顕現が解かれて審神者の執務室に、南泉一文字に至っては山姥切長義が下りてすぐに刀剣破壊されているとの報告が……南泉一文字はそれ以来、顕現されていないとのことです」
「……明らかに関係がある二振りを消しに行ってるな」
「矛盾しちゅーやないか。国広のために怒っちょったはずやろう!」
「本人の言葉を信じるならば『あいつは優しいからきっと傷ついたはずだ。長義が矯正できるまで顕現を解いておき、確実に会えないようにして、矯正できたら再度顕現して会わせるつもりだった』とのことです」
「どう見ても嫌いな奴を好き放題虐めたいから文句言う奴を消してるんだよなぁ〜」
 思わず全員が呆れてため息を吐いた。
 しかし弟切草は同じ所蔵元の刀剣たちはともかく、流れを汲んでいる長船……その祖である燭台切光忠にまでは気付かなかったらしい。そのおかげで彼が気付かれずに山姥切長義を逃がせたのだが。
「燭台切光忠も複数枚の封印札が貼られて監禁されていたところを保護しました。それも本人曰く『長義に呪われて正常な判断ができないだろうからやったことだ』とのことですが。
燭台切光忠は山姥切長義のみならず、栗海の本丸にいる山姥切国広のことも気にかけていました。違う本丸だから彼のことを助けられないと」
「…………」
 本来なら一枚で充分な封印札を、複数枚貼られていた彼は相当な苦痛を負っただろうに。それでも山姥切長義だけでなく、別の本丸にいる山姥切国広のことまで気にかけていた。
 ぐ、とナワーブが膝の上で拳を握った。
「話が、逸れましたね。山姥切長義がいなくなったことに気付いた二人は政府に押しかけて彼を探し始めました。
おそらく、どちらもどこかで思っていたのではないですか? 『このまま山姥切長義の口からこの事がバレれば、相手はどうでもいいが自分まで巻き添えを喰らうかもしれない』と。
そこで……一人の役人が二人に恫喝され、ここの事を話してしまったんです。そして止める暇もなく、ここへ乗り込んできた、という事です」
「だから早々に土下座を……」
「ええ。本来であれば秘匿にするべき情報を恫喝されたからと話してしまったのですから。
その役人にも然るべき処罰を下します。大変申し訳ございませんでした」
「いや、いいんですよ。……とは言え」
「厄介なことになっちゅうね」
 この本丸は別の本丸と違い、おいそれと移動することができない。規模はともかく、少し離れたところにいるポケモンたちや柊の統治人としての役目がそれを難しくしているのだ。(その代わり時間遡行軍による襲撃は滅多にない)
 もし今日何もせずに帰せばあの二人は日を改めて乗り込んできたり、山姥切長義を、下手をすれば柊本丸の国広や山切、長義まで誘拐されかねない。いちいちあの二人だけに時間も割いていられない。
 それをさせないためには、あの二人に納得して帰ってもらうことなのだが……。
「東雲さん、一応聞きますけど別室にいるあの二人はなんて?」
「……それぞれが山姥切長義を渡さない限りは帰らないとのことです」
「無理やり追い返してもダメってことかぁ……」
「下手すればこっちが誘拐犯にされてそうだな」
「よく分かりましたね、ナワーブ様」
「マジかぁ……」
 全員が頭を悩ませる。……廊下がドタバタと騒がしい。またかよ、そう思いながらそちらを見ると加州と獅子王が顔色を悪くし、それぞれの端末を持って障子を開け放った。
「どうしt」
「大変だよ主!!」
「ここが山姥切長義誘拐本丸ってサニスタグラムとかサニッターに拡散されてる!!」
「はあ!?」
 全員が立ち上がり、端末を覗き込んだ。加州の端末にはサニスタグラム、獅子王の端末にはサニッターが映し出されており、それぞれ審神者が使えるSNSだ。
 そこには確かに『山姥切長義誘拐本丸』としてこの本丸が晒されていた。IDは幸い書き込まれていないが、どこから撮ったのか柊の顔写真が一応目線付きで拡散されている。どちらもアカウントは違うが……タイミング的にあの二人としか思えない。
 そのコメントには『こいつ前の山姥切問題のやつじゃん』『うわサイテー』『通報しました』『山姥切ハーレム希望者でちゅか〜?www』などと書き込まれている。一応前の山切の騒動があったからか庇うコメントもあったが悉く『信者』として片付けられてしまっていた。
「……おい、これ」
「早急に対処させます。柊様、しばらくの間演練は控えてください」
「わ、分かり、ました」
「主」
 流石にこれほどの悪意は耐えられなかったのか、柊の顔色は悪い。陸奥守が支えて落ち着かせようとしている。
 東雲が電話していると獅子王があっ、と声を上げた。そして一気に殺意を振りまいてしまう。
「獅子王!? 何してんだよ、どうしっ」
「これ、ふざけんなよ!!」
 獅子王が柊以外に画面を見せる。そこに書いてあったのは……おそらく、弟切草のアカウントだろうか。
『○月○日、大演練場にて山姥切長義誘拐犯と戦うことになった。しかも審神者同士で。だいぶふざけた奴だ。
絶対に許さない! 俺の長義を返してもらう!』
「……は?」
「何じゃこれは」
「っ!? そんなことできるはずがありません!! そもそも大演練場!?」
 しかし東雲の叫びなぞ知らない人々はその情報を拡散していく。盲目的な正義感で。面白半分で。
 東雲が慌てて電話で話しているが情報は覆せないスピードで、しかもそれに便乗したらしい栗梅のサニスタグラムアカウントでも拡散してしまっている。ここで中止としたらまず間違いなく、弟切草は柊が逃げたと言うつもりだ。
 そうなれば被害を被るのは柊一人になる。だが、柊が勝てるはずがない。それは柊本人が一番分かっている。
「……シノノメ」
「な、何でしょうか、ナワーブ様」
「あいつらを呼べ」
「えっ?」
「……早く呼んでくれ」
「わ、分かりました」
「ナワーブ殿、何を」
「……すまない、ヒイラギ」
「え……?」
 ナワーブが頭を下げる。
「俺が軽率にあいつを連れて帰ってこなければ、こんなことには」
「それは違うっ! だって、だってそうしなきゃ、あの長義がっ」
「それでも。……それでもこんな事態になったのはそれが、俺が原因だ。……俺にも、責任を取らせてくれ」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.373 )
日時: 2021/04/09 23:09
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: bD140njr)

 一室。ニヤニヤと笑う弟切草と栗梅は顔色が悪いものの気丈に振る舞おうとする柊とほとんど無表情に近いナワーブを見ていた。柊の隣には射殺さんばかりに二人を睨む陸奥守がいる。
 そして、明らかに二人を嫌悪感たっぷりの目で見ている東雲が口を開いた。
「審神者、弟切草。審神者、栗梅。これは一体どういうことですか。
名誉毀損は当然のこと、勝手にこのような告知まで」
「名誉毀損? そんなわけないだろう! お前が長義を誘拐したのは明白なんだ。だから少し脚色したが、迷惑料にはなるだろう?」
「そうよ。しかもこの本丸、あんなに小さな山姥切国広までいるじゃない。どうせその女がなんかしたんでしょ? 山姥切国広なんて優遇しても、山姥切を害するだけの鈍だって言うのに」
 栗梅の言葉に弟切草が彼女を睨むがふん、と今回は無視を決め込んだ。
「……私は、山姥切長義を誘拐なんてしてない」
「はっ! 嘘も大概にしろよ。何言ったってお前が誘拐して、俺がお前から長義を取り戻す!
それに変わりないんだからよ」
「はぁ? 私が取り戻すの間違いでしょ? この冷遇クソ審神者」
「あ? なんか言ったか冷遇クソアマ審神者」
「……は?」
「そちらで勝手に喧嘩を始めるのはやめてください。迷惑です。
……あれほどまでに広まってしまえば、取り消すのは容易ではない。政府も渋々、それを承諾しましたよ」
 東雲の言葉に二人は少し意外そうにしながらもまたニヤニヤと笑い始める。……どうやらある意味では似た者同士のようだ。
「ただし、こちらは審神者、柊のみではありません」
「は?」
「なんだそりゃ! 審神者同士だろ!? そっちは刀剣男士でも付ける気か!?」
「何よそれ!! この卑怯者!!」
「勝手に話を進めるな馬鹿どもが。そもそも二人相手に一人なんて無理に決まっているだろうが。卑怯なのはどちらだ」
「っ……」
 東雲が失礼、と言い、一回深呼吸をする。そしてまた淡々とした口調で話を続けた。
「刀剣男士ではなく、こちらのナワーブ様とのタッグになります」
「ちょっと……いくら不利だからって部外者を出す気なの? 意味分からないわ!」
「部外者? 俺が山姥切長義を保護したと言ってもか?」
「!?」
「……容易に犯人はそこの審神者だと決め込んで。恥ずかしくないのか?
いや、恥なんてないからそんなことができるんだろう。失礼。
何にせよ、これでお前たちの行動は立派な『名誉毀損』に当たるわけだ。いいや? 何なら『誹謗中傷』も付いてくるかもな?」
 ナワーブの言葉に二人は一変、ぐっと黙り込んだ。
 だがこれで引き下がれば問題など起きるはずもないのだ。
「だ、だが!! その女がここで匿わなきゃ誘拐犯だと思われなかったはずだろうが!!」
「『匿う』? ああ、自分のしていたことに自覚はあるんだな?」
「ぐっ!!」
「だ、だけど、貴方は審神者じゃないでしょう!? 審神者同士の戦いならやっぱり部外者じゃ」
「ならなればいいんだな?」
「え?」
「……シノノメ。確定ではないがあの話、受けるぞ」
「!!」
「俺があの山姥切長義の主になる。これで文句ないだろう?」
「なっ……」
「もちろん現段階では暫定ということにしておく。お前たちが勝てばその話は無しになるだろう。だがこれで俺も審神者ということになる。
審神者ではない、という理由は使えないぞ」
 それに二人がまたも黙り込んだ。……どうやら薄くなっている縁の話はされているようだ。
 明らかに納得はしていないがあえて東雲はそれを肯定と断じ、さっさと説明だけして二人を刀剣男士たちに追い返してもらった。部屋に次々と刀剣男士や、この本丸に特例で住んでいる鳳翔、春雨たちがやって来る。
「主、大丈夫!?」
「あいつら、好き勝手言いやがって!!」
「塩撒け、塩!!」
「なんならぶつけてもいいんじゃないですかね!?」
「提督、水をお持ちしましょうか?」
「司令官、手を握りますね。……大丈夫ですよ」
「ん……大丈夫。みんな、ありがとう。……怯えてなんかいられないってのにね」
「怯えるのは当然じゃ」
「柊様。今回は完全に政府の不手際です。もう少し厳しく監視させておくべきでした。
……審神者同士の試合、なるべく柊様たちが優位に立ち回れるように致します」
「……すみません。お願いします」
 本当ならば断るべきなのだろう。しかし、それはできない。今回は演練ではない。人間同士の戦いなのだ。しかも、負ければ自分はともかくあの山姥切長義は精神的か物理的かの違いはあれど、どちらにせよ壊されてしまう。
 プレッシャーで押し潰されそうな柊に、その言葉に甘えないということはできなかった。
「……シノノメ、もしできればで構わない。今から言う事で叶えられるものは叶えてほしい」
「はい、出来うる限り交渉致しますから」
「助かる。まずは……」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.374 )
日時: 2021/04/09 23:15
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: bD140njr)

 夜。ナワーブは山姥切長義の部屋に来ていた。役人から弟切草、栗梅と会ってから憔悴していると聞いて心配になったのだ。
「起きてるか?」
「……主」
「入るぞ」
 ナワーブが障子を開ける。そこにはあの日のような目をした山姥切長義が起きていた。
 布団のすぐ隣に腰掛ける。
「大丈夫か?」
「……すまない」
「?」
「……俺の、前の主が」
「ああ、気にするな」
「…………」
「……おい、本当に大丈夫か? 気分が悪いなら早く」
「見えるんだ。貴方との間に、綺麗な縁が結ばれているのが」
 山姥切長義は微笑みながらぽつりと呟く。その目は、少しずつ潤んでいく。けれど、そこに喜びは一切ない。
「きっと、俺は貴方と契約できたんだろう。……だけど。だけど。
こんな形で、貴方と契約はしたくなかったっ……!!」
 耐えきれなくなったように、ぽろりと涙が溢れた。そこから止めどなく溢れて、くそ、くそ、とぶつけようもないのに毒づいている。
 ……ナワーブが知っている山姥切長義という刀剣男士は。プライドが高く、きっと仲間の前でも涙を見せない。そんな刀剣男士だ。
 なのに。彼は今こうして泣いている。
「なんで……なんでこんな……っ! くそっ、くそくそくそっ……」
「……」
「貴方とは、双方がしっかり、同意した上でって、思っていたのに……!! なのに……!! くそっ!!」
 自分の軽率な行動が、柊を怯えさせた。
 軽率な行動が、山姥切長義を深く傷つけた。
 だから、ナワーブは。わしゃりと頭を撫でた。
「!?」
「確かにな。ほとんど勢いのようなものだった。覚悟なんかできちゃいない。だがな。
あんな奴らにお前を渡すくらいなら、と思ったのも事実だ。……今度は、軽率な行動になんかしない。
お前を、絶対にあいつらから守ってやる。任せておけよ」
「ある、じ」
「……そろそろ寝ろ。少しでも体休めておけよ」
 そう言ってナワーブは立ち上がり、部屋を出て行った。
 そうだ、次こそ軽率な行動にしてはいけない。
 絶対許さない? それはこちらのセリフだ。周りを使ってまでこちらを追い詰めてくる、あんな奴らに負けてやるものか。
「まずは、しばらくハンター連中と刀剣男士たちに特訓の相手にでもなってもらうか」
 そうと決まれば今日はもう休むべきだ。明日から泥のように眠ることになるのだろうから。食事などに関してもいろいろと考えないといけない。エミリーを始めとするメンバーに相談しなくては。
 ああ、その前に柊には体力を付けさせないとななんて考えながら、ナワーブは割り当てられた部屋へと戻って行った。

















 そして、迎えた当日。大演練場。客席はほとんど埋まっており、入り切ると刀剣男士が出入り口の警備を固めた。
 大演練場のフィールドはいつもは開けているのだが今回は中央だけが開けており、周りは森で覆われている。その中央に柊、ナワーブ、弟切草、栗梅が立っていた。
 柊はあの騒動の時と同じような格好をし、弓矢を持っている。ナワーブは通常の衣装を着ており、見えていないが腰には軍刀を差していた。
 弟切草は水干で、その袖は切り取られている。また、栗梅はきっちりとした巫女服であった。
 それぞれ柊と栗梅だけは短刀を忍ばせている。柊は秋田藤四郎を、栗梅は分からない。これはナワーブが提案したもので、女のみ短刀男士一振の持ち込みを許可させた。なのでナワーブの軍刀はノーカンである。
 周りの客席からは主に柊に対する野次や暴言、中には中身の入ったジュースなどが飛んできているのだが……フィールドを囲うように張られた結界で全て防がれている。
『では再度ルールを説明致します。それぞれ審神者様方の手首に付いている機械にて、受けたダメージで『生存』を減らしていきます。
ゼロになった時点でその審神者様は脱落となります。
生存値は全員『五十』で統一されております。
なお脱落となった審神者様による攻撃は、どれだけダメージを与えてもゼロとさせていただきますのでご了承ください。
基本的に実際に怪我を負うことはございません。
反則行為などを監視するため、全員に飛行する式を付けさせていただきます。
反則行為は『女性審神者様から刀剣男士を奪う、また、奪った彼らを用いて攻撃する』、『故意に式を攻撃する』、『観客らを煽り、他の審神者様を妨害、侮辱する』、『殺害』、『脱落後に他の審神者様を攻撃する』とさせていただきます。
それでは、準備は宜しいですか?』
 全員が頷く。
『承知しました。それでは』
「いいかヒイラギ、最初の作戦、しくじるなよ」
「分かってる」
 ぽそりと呟いた会話は聞かれることはなく。法螺貝の音が、鳴り響いた。

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