二次創作小説(新・総合)

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.390 )
日時: 2021/05/13 21:00
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: Vy4rdxnQ)

扉問答
「じゃあまた明日ね!」
「うん!」
  小豆沢こはねは杏に手を振り、家路に着く。すっかり遅くなってしまって、空はもう真っ黒だ。一応連絡はしてあるが、あまり遅いと両親に心配させてしまう。
 自然と早足になりながら、こはねは歩いていた。すると、曲がり角からよろよろとした男性が出てきてお互いに避ける暇もなくぶつかってしまう。こはねも男性も尻餅をついてしまった。
「いたた……」
 すぐに謝ろうと顔を上げる。男性も顔を上げていて、彼が先に口を開いた。
「す、すみません! ボーッとしていて……大丈夫ですか?」
「い、いえ、こちらこそごめんなさいっ」
「いえいえ」
「いえいえいえ」
 お互いに頭を下げる。日本人にはごく稀によくある光景である。適当なところでお互い切り上げ、本当にすみません、と口にしてからその場を後にした。
 少し離れた頃だろうか。こはねは突然ぐらりと眩暈を覚えた。どうしたのだろう、そう思いながら一度立ち止まる。だが眩暈は回復するどころか酷くなっていく。とうとう立っていられないほどになり、こはねは座り込んだ。
 目の前がぽつ、ぽつと黒くなっていく。こはねはそれに対抗する術を持たず、可能性の意識はそこで途切れた。
















 こはねと少し離れた彼はふぅとため息を吐いて肩を揉んだ。
 ここ最近、妙に肩が重い。ありとあらゆる原因を疑い、ありとあらゆる場所へ赴いた。しかしどこでも原因不明と言った結果しか出ず、友人たちの伝でかなり評判のいい医者にかかっても困った顔で何の異常も見られないと言われたのだ。
 娘、息子や妻にも心配をかけて、仕事にも身が入らない。そのせいでさっき、小柄な少女にもぶつかってしまって。困ったとまたため息を吐いた時だった。
「……あれ?」
 肩を回す。肩が軽い。あれだけ自分を悩ませていた肩の重さはいつの間にかすっかり消えていた。
 一体何故、と首を傾げるがそれ以上に久々の軽さで気分も軽くなっていく。まるで体が軽くなったように、彼は少し早足で帰路に着いていく。
 こはねがどうなっているかなんて、彼は知らないままに。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.391 )
日時: 2021/05/13 21:06
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: Vy4rdxnQ)

「っん……」
 ゆっくりと目を開く。辺りを見渡し、ここは、と呟いた。
 三人と別れたところまでは覚えている。けれど……道を歩いていたら人とぶつかり、その後の記憶がない。
 今分かること、それは。
「ここ、どこなんだろう……?」
 自分はどこかに連れ去られてしまったということだけだった。今いるのはがらんとした広い広い家のような場所。ような、というのはいくつかの柱と何かが乗った小さな机以外は、何なら部屋も見当たらない。とにかく広い部屋なのだ。
 引き戸越しに見える外はすでに暗く、月明かりだけがその部屋を照らしていた。そのせいで奥は暗く、この状況も加えて恐怖を煽る。
 ここはどこなのか、お父さんとお母さんが心配してしまう、など考えているとコンコン、と引き戸が音を立てた。
「もし、もし。そこのお人。私は旅の者です。
どうかどうか、この戸をお開けになり、私を泊めてはいただけませんか」
 ……いつものこはねなら、何の疑いもなく開けてしまうだろう。開けなくても、「私はここの家の人間じゃありません」と素直に打ち明けていたかもしれない。けれど、今のこはねはそんな余裕はなかった。顔は今にも倒れそうなほど青くなり、引き戸を見ている。
 そう。『影すらない引き戸』を。
「っ……!!」
「開けてください。開けてください。開けてください開けてください開けてくださいください開けてください開けて開けて開けて開けてあけてあけてててあけあけあひあひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひはひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
「ひっ……!!」
「あな口惜しや、口惜しや……」
 どこか笑っているようなその声と同時に、一度だけドン! と大きな音を立て、それはいなくなったようだ。
 早く逃げなくてはと思うのに、体は震えて力は出ず、それ以上にまだ『あれ』が外にいたらと思うと、出ようと言う気にはなれなかった。
 結局、その日、こはねは長い間震え続け、気絶するように眠って意識が途絶えたのは、外がほんのり明るくなってからだった。











 『人間』が、自分の縄張りで倒れている。これで何度目だろう。全く、人間は理解し難い。軽い気持ちで自ら危険な目に遭おうとするのだから。そのくせ、実際危険な目に遭うと怯え、泣き喚きながら助けてくれと叫ぶのだ。そろそろいい加減、人間は学ぶべきである。
 倒れている人間を叩く。しかし起きやしない。何だったら噛んでやろうか。そう思って口を開く。
「ダメだよ。その子は好きでここに来たわけじゃないんだ」
 声がする。なんて言っているかは分からないが、この声は少し前にここに『置き去られた』人間である。口を軽く塞がれたので、多分噛むなということなんだろう。
 この人間に免じて、倒れている人間を噛むのはやめてやった。有り難く思って欲しい。
「ありがとう」
 起きてる方の人間が微笑む。オボーサマといたから分かる。これは威嚇じゃなくて優しい気持ちなのだ。
 しかし、この人間……ややこしくなってきた。元からいた人間を白い人間、ここで寝てる人間はどうやら人間の雌らしいので人間の雌としよう。人間の雌は目を覚ます気配が全くない。よく見ると顔色が悪いようにも感じた。
 そして、『何だか悪いものがぐるぐると人間の雌を取り巻いている』。これは嫌いだ。何となく思う。
「……何か食べさせてあげなくちゃ。頼める?」
 白い人間が前足を差し出してくる。その不思議な形の前足にこちらも前足を乗せてやる。ちょっとだけ、桃色の花びらが舞った。
「ありがとう。……『あれ』に気付かれてなければいいんだけど……。
キミはこの子の側にいてあげて。今は昼間だから、『彼ら』は彼女を害することはできないと思うけど、念のために」
 とんとんと人間の雌の側を軽く叩く。多分、この人間の雌の側にいてほしいということなんだろう。数回外を案内してやってから、人間がここにやって来ると必ずこうだ。散歩の気分だったと言うのに。
 仕方ない。いてやろう。一声鳴けば白い人間は笑った。
 白い人間が出て行く。人間の雌の側で丸くなる。散歩日和なのに散歩には行けないが、昼寝日和でもあるので昼寝しよう。それくらいは許されるべきである。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.392 )
日時: 2021/05/13 21:11
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: Vy4rdxnQ)

 ふと。こはねは目を覚ました。ずいぶんと長いこと気を失っていたらしい。外はもう黒に染まりつつあった。
「あ……!」
 すぐに帰らなくては。そう思って跳ねるように起きる。
「に゛っ!!」
「え!?」
 思わぬ声にそちらを見る。そこにいたのは……。
「しゃーっ!!」
「ね、猫……?」
 こちらに思い切り怒っている、白い猫であった。白い猫は赤い前掛けをしていて、何だか丸っこい。怒っているせいで毛が逆立っているのもあるだろうが、元々丸いようだ。
 ……もしかして、自分が気を失っている間に側で寝ていたのだろうか。
「ご、ごめんね、いきなり起き上がって……」
「にゃーっ!!」
「ご、ごめんね、ごめんね……!!」
 しばらく猫に謝っていると、気が済んだのか猫はその場に丸まった。外を見る。……あのやりとりで完全に陽は落ちてしまったらしい。暗い中、外に出る気にもなれない。
 すぐに帰らなくてはいけないというのは理解しているが……昨夜のことを思い出す。もし『あれ』と出会ってしまったら。そうなったらどうなるか分からない。
 ぶるりと体を震わせ、体を抱える。そもそも、昨日は偶然助かっただけかもしれない。今日は入ってくるかもしれない。そんな不安が次々とこはねを襲う。じわりと涙が滲む。
 ふわりとした感覚。驚いてそちらを向けば、猫が頭をぐりぐりと押し付けている。
「……慰めてくれてるの……?」
「にゃあ」
「ふふ……ありがとう、白猫さん」
 猫の頭を撫でる。少しだけほっとした。そして……漸く気が付いた。少し離れたところに、何かがある。
 恐る恐る近づいてみれば、それは複数個の桃。その側には手紙と、短刀が。
『よかったら、食べてください。貴方を害する物は入っていません。』
 たったそれだけの手紙。正直、この状況では怪しく見える。でも……何故かこはねはこの手紙の主を疑う気にはなれなかった。
 少し悩むこはねの背中を押すかのように、こはねのお腹が控えめに鳴る。……そういえば何も食べていないのだった。勇気を出して桃を一つ取る。甘い香りがこはねを誘う。
 皮を剥き、一口齧った。甘い果汁と果肉がこはねの口内に広がる。心なしか、体も軽くなったように思える。あっという間に一つを食べ終え、もう一つ、もう一つと食べれば桃は無くなった。
 どうせなら眠れればよかったけれど、流石にそれは叶わない。しばらく猫と戯れる。と言っても一方的に撫でているだけだが……猫はそれを受け入れていた。猫に癒されながら、眠気を待っていた。

──コンコン。

「えっ?」
「すみません、警察です。こちらに行方不明者がいるとの情報があって来ました。開けていただけますか?」
「!!」
 警察。きっと両親たちが探してくれたんだ。そう考え、こはねはすぐに立ち上がろうとした。
 カタリ。そんな音がして、不思議とそちらへ視線が移る。
 あの短刀が、一人でに震えていたのだ。
「ひっ!?」
「大丈夫ですか? 早く開けてください」
「っは」
「ふしゃーっ!!」
「え……?」
 猫が外に向かって威嚇し始めた。短刀も震えて、こはねは混乱しきっていた。だから引き戸を開けることもなかったのだが……ふと、気が付く。
 ……中の騒動は聞こえているはず。引き戸だって、鍵はかかっていない。なのに、どうして入ってこないのだろう。仕切りに、開けて欲しいと言うだけだ。
「……」
 ぞわりと、寒気が体を駆け巡る。まさか、もしかして。
「ひ、ひひ」
「!!」
「ひひひひひひヒひひひひひヒヒひひひひひひヒひヒヒひ……ああ、ああ……!! あな口惜しや……!!」
「っ!!」
「忌々しい、忌々しいぃいいいいいいいいいいいイイイいいイいいいいいい……!!」
 ガリ、ガリと引っ掻くような音が聞こえる。こはねは動けない。
「次こそ、次こそ喰ろうてやろうぞ、小娘ぇええええ……!!」
「〜っ!!」
 そんな恨みがましい声が聞こえて。こはねは、意識を手放した。














 こはねが目を覚ますと、外はすでに暗くなっている。そんな日が何日も続いた。食料は目が覚めると置いてある複数個の桃のみ。そして夜にはあの何かが様々な人間を騙って引き戸の向こうから声をかけてきた。
 ある日は友人、ある日は親戚、ある日は親。何度も騙されかけ、その度にあの短刀が震え、猫が威嚇してくれたから気付けた。最初は怖がってしまったけれど、今ではあの短刀が震える時、猫が威嚇する時は外にいるのは得体の知れない何かなのだと分かっていた。だから夜になれば短刀を持ち、猫が側にいてくれることで安心していた。
 けれど心の奥に根を張った恐怖はそう簡単に拭える物ではない。今日も恐怖と不安に震えながらその時を待つしかなかった。
「こはね」
「……えっ……?」
 この声は。引き戸を見る。その影は、こはねの親友とも相棒とも呼べる少女。
「こはね、いるの!?」
「……杏ちゃん……?」
「良かった、無事!? ねえ、すぐに開けて!! こはね!!」
「っ……杏、ちゃ……」
 立ち上がり、吸い込まれるように引き戸へ手を伸ばして……。
「しゃーっ!!」
「えっ?」
 猫が、今までにないほど引き戸の向こうの影に威嚇していて、短刀も同じように今までにないほど震えている。ダメだと。絶対に行ってはいけないと言っているように感じられた。
 どうして、と考えているとまた声がした。
「こはね? どうしたの? ねえ、早く開けて」
 ふと、違和感に気が付いた。こちらに、開けさせようとしている。まるで、あれ、みたいで。
「……あ、杏、ちゃん。わ、私、今、足を怪我してて。だから、開けてほしいな」
「……小豆沢」
「!!」
 今度は彰人。影も二つに増えた。
「そんなに距離はないはずだろ? 大丈夫だって、開けてくれ」
「っ……」
「小豆沢」
 今度は、冬弥。影が三つに増える。
「小豆沢。開けてくれ」
「開けて、こはね」
「開けてくれ、小豆沢」
「開けて」
「開けて」
「開けて」
「開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けて開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろぉお゛オ゛おおお゛おぉおおおおおお!!!!!!!!!」
「っ……!!」
「しゃーっ!! しゃーっ!!」
「忌々しいっ、忌々しイ猫めが!! 忌々しい忌々しい忌々シい!! おのれ、おのレおのれ!! いずれそノ小娘を貴様の目の前で喰ろうてやる……!!」
 恐ろしい声に、こはねは震えるしかできない。猫は声に対して威嚇をやめなかった。こはねを守るように、ずっと威嚇を続けていた。
 そして、こはねは今回も抗えずに、気を失ってしまった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.393 )
日時: 2021/05/13 21:16
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: Vy4rdxnQ)

 あれから一体、何日過ぎただろう。目を覚ますのは決まって夜に近い夕暮れ。食料は誰かが採ってきてくれる桃のみで、夜になれば『あれ』に怯えてばかり。
 こはねの精神はもう限界に近づいていた。誰も来てくれない。誰も気付いていないのだろうか。こんなことならいっそ……そんな思いが渦巻いていく。その思いに拍車をかけたのが、猫がぐったりとしてきたことだ。今のこはねには猫を撫で、少しだけ労ってやることしかできない。それが、辛かった。
 その日も、また夕暮れに目が覚める。桃も少なくなってきた。今日もまた耐えなくてはならない、そう思って涙が浮かぶ。


「…………!」
「…………!」

 何やら、声が聞こえる。けれどあの声ではない。

「…………ね…………こは…………!!」

 自分の名前。この声は。またあれが騙そうとしているのかもしれない。……でも、時間が早すぎる。
 足元に何かが触れる。見れば、猫が頭を押しつけている。まるで、大丈夫、行って、と言うように。短刀も、震えてはいない。

「こは……!! こはねーっ!!」
「小豆沢、どこだ!?」
「いたら返事をしてくれ、小豆沢!」

「!! 杏ちゃん……東雲くん……青柳くん……!」
 三人の声が、はっきり聞こえる。けれど、少しずつまた遠ざかってしまう。
 ここで勇気を出さなければ、二度と会えないかもしれない。こはねは、口を開いた。
「杏ちゃんっ、東雲くんっ、青柳くんっ……!!
ここだよーっ……!!」
「!! こはねっ……!?」
 足音が近づいてくる。三つの影が、駆け寄ってくる。
 引き戸が、開かれる。
「こはねっ!!」
「杏ちゃん……」
 目の前にいる、三人の少年少女。それは間違いなく、こはねのチームメイトで……。
 立ち上がる。ふらふらと歩み寄る。それを、杏が抱きしめながら支えてくれた。
「こはね……!!」
「杏、ちゃんっ……!!」
「良かった、良かった、生きてて……!! 本当にっ……良かったぁ……!!」
「っ、杏ちゃ、杏ちゃんっ……!!」
 その温もりに、とうとう涙が溢れる。彰人と冬弥も安心したように微笑んでいた。後ろに黒いスーツの男たちがいたが、誰も気にせずに再会を喜んだ。
「ぐすっ……さ、帰ろ、こはね! こはねのお父さんとお母さんも心配してるし!」
「うんっ……あ、でも待って、猫さんが……」
「猫?」
 一度杏から離れて、ぐったりとし続けている猫を抱え、短刀を持つ。
「この子たちが、ずっと守ってくれてたの……」
「そっか……じゃあ帰ったら、動物病院にも連れて行こっか」
「うん!」
「……? 小豆沢、その猫は……」
 冬弥が何かを言いかけた時だった。
「あはははハハはははははハハハはハハはははははははは!!」
「っ!?」
「な、なんだ!?」
「あ、ああ!」
 全員の視線が、こはねの見ている方向へ向かう。
 そこには、人間の手足が生えている黒い『何か』がいた。手足は痩せ細り、爪は伸びており、その黒いモヤには裂けた口とぎょろりとした目がいくつもある。蜘蛛のように木にぶら下がった『それ』はいくつかの目でこはねを嬉しそうに、いくつかの目で猫を忌々しそうに睨んでいた。
「ようやく!! ようやく喰らえる!! あア、ああ、なんと美味そウな!!」
「ひっ……!!」
「な、何あれ……」
「皆さん、お下がりを!」
 黒いスーツの男たちが札を構える。しかし『それ』は気にすることもなく、男たちをあっさり返り討ちにしてこはねたちに勢いよく迫ってきた。その裂けた口が大きく開かれる。
「こはね!!」
「小豆沢!!」
 杏がこはねの前に、その杏の前に彰人と冬弥が立ち塞がる。
 こはねの腕の中にいた猫が暴れ出した。猫はこはねの腕の中から飛び出し、『それ』に噛み付いた。
「ぐォっ!?」
「フーッ!!」
「くっ……忌々しイぞ、猫めがァああ!!」
  『それ』の腕が猫を殴り飛ばす。に゛っ、と短い悲鳴を上げて猫が地面へ叩きつけられた。
「猫さん!!」
「シね、猫め!!」
 足が上げられる。彰人と冬弥が駆け出すが、間に合わない。

──ごめんね。

「っ!? あぁぁっ!?」
「こはねっ!?」
 力が急速に抜けていく。膝から崩れ落ちる。それとほぼ同時に、桜の花弁が、一つ。花弁が、目も開けられないほどの光を放った。
「ぎぃいイいいいいイイいいイいいいいっ!?」
「えっ!?」
 やっと目を開けられるようになった頃に、目を開ければ。猫と足が斬られた『怪異』の間に立つ、一人の少年。
 こはねたちは、彼のことを知っている。
「実体が出てきたなら、もうこっちのものだよ」
 彼は。
 刀剣男士、日向正宗。
「な、ァ゛ッ、き、さま、刀の、付喪カぁッ!」
「ああ。……今まで、この子の霊力で一時的にしか顕現できなかったけれど……今は違う。
僕は、君を倒せる力がある」
「ホザけぇえエエええええエえエエえ!!」
 怪異が彼に飛びかかる。危ないと思わず口に出た。
 けれどむしろ彼も飛び込み……怪異の懐への潜り込んだ。
「懐に飛び込めば、こっちのもの!!」
 一閃。怪異が斬られる。しかし日向は何度も斬りつける。逃しはしない、ここで仕留めると言わんばかりに。
 怪異が逃げようとしてもそちらに回り込む。終始、有利に立ち回っていた。
「ぎ、ィい、」
「これで、終わらせる!」
 また一閃。それがトドメとなり、怪異は消え去った。
 ふぅ、と一息吐いた彼は本体を鞘に収め、こはねたちの方へ振り返り、微笑んだ。
「もう大丈夫だよ」
 そう聞いた途端、杏もへたり込んでしまった。冬弥が猫を抱えてくる。
「良かっ、た……」
「猫がだいぶ弱っているな。……早く病院へ連れて行ってやりたいが……雑種なんだろうか……」
「まあこんなところにいるくらいだし、雑種だろ」
「……なるほど。雑種にもいろいろ種類があるのは知っていたが、尻尾が二つある種類もいるのか」
「は? いや、尻尾が二つ……?」
 思わず全員が猫を見る。……確かに、尻尾が二本生えている。いつもは暗かったからよく分からなかった。
「わぁ……珍しい猫さんだったんだね」
「だな」
「いや珍しい以前の問題だろ!!」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.394 )
日時: 2021/05/13 21:25
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: Vy4rdxnQ)

 それから。先に両親と再会したこはねはお互いに泣き、少しの間だけ時の政府が預かることとなった。今回の怪異に目を付けられたせいで、穢れが付着し、また別の怪異が襲って来ないとは限らない。あの怪異の穢れを祓うため、時の政府の施設内にいた方が対処しやすい、という理由からだった。
 護衛には政府の役人数名と政府直属の刀剣男士が数振り、そしてあの日向正宗がおり、割り当てられた部屋にはあの猫がいた。
 どうにも、こはねが怪異に直接手を付けられなかったのはあの部屋……というより御堂が猫……もとい、『猫又』の縄張りだったかららしい。しかもこの猫又、ちょっぴり神に足を突っ込みかけているという猫又だったため、縄張りというより『神域』に近かったようだ。
 怪異も力はあったが(神域に近いとは言え、御堂ごと隔離していたことからその力の強さが窺える。また、そのせいでこはねが見つかりづらくなっていた)室内となればその力は猫又の方が強く、手出しができなかったのだとか。実のところ、あの御堂に放り込んだのは怪異自身。ずいぶんと間抜けな怪異である。それに気付いた怪異はこはねに自分から出て来させようとしたのだがそれも猫又と日向により失敗していた。
 そして日向だが、彼は元々別の審神者の刀剣で、練度も上限まで上がっていた。だがその審神者が老いと霊力の低下を理由に審神者を引退。日向は複数ある道の中から、新しい審神者に仕えることを決めた。
 刀に戻り、政府内施設で保管されていたのだが、ある日、政府役人の手によってあの御堂へ隠された。その理由が、奇しくもあの御堂で別の審神者が扉問答をすることになったためだ。怯え切っていた審神者を憐れんだその役人が、せめて刀剣男士が力になってくれれば、と思って隠したのである。
 が、その審神者の元に御神刀がやってきて、怪異を退けてしまった。役人は理由は何であれ無断で持ち出したことから暫しの謹慎処分となり、更に最悪なことに、政府内でのゴタゴタが続いたせいで誰もが日向がまだ回収されていないことを忘れてしまったのである。
 日向は一振でずっと、あの御堂にあるはずだった。だが役人が隠したのを見ていた猫又が取り出したおかげで彼は一振ではなかった。そして、いつしかこはねがあの御堂へ怪異によって放り込まれた。すぐに気付いた日向は、毎日こはねが気を失っていて、怪異の力が弱まり、引っ込んでいる昼間に猫又の霊力を借りて一時的に顕現、昔に植えられた桃の木から食べられる桃を採って彼女に食べさせていたのだ。もちろん、桃が魔除けに良い果物だと知っていたから。
 しかし徐々に削られていく霊力に猫又は弱っていき、日向もだんだんと顕現できる時間が短くなっていった。幸いにも柊本丸の石切丸が気が付いてあの御堂にまで捜査の手が伸びたおかげで猫又は死ぬことはなかったが、あの怪異が襲ってきたことで日向はこはねや猫又たちを守るためにこはねの霊力を勝手に使って顕現したのである。
 結果、こはねと日向は縁が強く結ばれることとなり、こはねが一応は審神者になれる霊力の持ち主であることが判明したのだ。
 とは言え、こはねはまだ学生。その上でどうにも顕現できる数も少ないという結果に、時の政府はナワーブと同じ、特殊な任務に当たる審神者になる……というのは名目上。やるとしたら危険のない書類仕事が中心になるだろう。また、学生という立場から回ってくる仕事も相当少ない。
 日向はと言えば、こはねの「私がいない間、一人は寂しいかも……」という気遣いから基本的にナワーブの本丸で世話になることが決まった。ナワーブも「別に切国と切長しかいないし問題ない」という返事だった。
 そろそろ政府施設から解放される日。部屋のドアがノックされ、返事をするとナワーブ、柊、東雲(柊の担当役人)、そして目つきが鋭い男とどこかほわほわしている大男がやって来た。
「やっほ、こはねちゃん」
「元気そうだな」
「柊さん、ナワーブさん! あの、東雲さんは分かりますけど……他のお二人は?」
 目つきが鋭い男が初めまして、と会釈する。
「この猟犬の担当、赤鐘あかがねと申します。本日は小豆沢こはね様の担当となる役人を紹介しに参りました。
……せいぜい、あの弟切草の代わりくらいにはなってほしいものですね」
「!!」
 弟切草。ナワーブの長義の元審神者だ。だとするとこの赤鐘は彼の……。
 そう考えていると赤鐘は大男におい、と声を投げた。
「初めまして、小豆沢様。貴方の担当となります、熊谷くまがいと申します。よろしくお願いしますね〜」
「よ、よろしくお願いしますっ」
「はい〜」
「……」
「……」
「……」はわはわ
「……」はわはわ
「まずは審神者名を決めていただくんですよ、熊谷」
「あっ、そうでした〜」
 頭を抱える赤鐘とどこか呆れている東雲。そんな二人に気付かず、審神者名は決まっていますか〜? とのほほんと聞いてくる熊谷にこはねは戸惑ってしまった。
「え、ええと、まだ決まっていなくて……も、もし良ければ、決めていただけませんか?」
「そうですか〜。ん〜……はっ。『小羽こばね』様はいかがですか〜?」
「え、ええと……」はわはわ
「本名に濁点付けただけだろーが!!!」
「あいたぁ〜!!」
 すかさずに赤鐘が頭を叩く。しかし、指摘はもっともである。
「なんで叩くんですか先輩〜」(´;ω;`)
「本名を少し変えるやつがあるか!! もう少し捻れ!!」
「ええ〜と、ええ〜と……あっ! あずき様はどうでしょう〜!?」
「本名から取ってんだろうがぁあああ!!」
「あいたぁあ〜!!」
「本名から!! 離れろ!! このくまの○ーさんが!!」
「それ罵倒なんですか?」
 担当役人がわいのわいのしているのを見せられているこはねたち。ナワーブに至っては「俺たち何を見せられてるんだろうな」と口にした。同意だった。
 こはねの審神者名は『浜簪はまかんざし』で落ち着き、こはねは少し変わったけれど、元の生活へ戻っていった。














 ぽかぽか。いい天気。昼寝日和。隣にいる緑の人間は自分を撫でていた。くるしゅうない。
「よっ、鶯丸」
「おお、鶴丸か」
 真っ白の人間がやって来る。
「その猫又、またここに来てるのか」
「ああ。あの御堂、取り壊されてしまったからな」
「猫又がいなくなった途端に取り壊すなんて、酷いことするやつもいたもんだ」
 何を話しているのか分からない。どっちも猫の言葉で話してほしい。まあいいけど。
「まあ、存外ここが気に入っているようだからいいじゃないか。なあ、ねこじぞー」
「猫地蔵? また大層な」
「猫地蔵、じゃなく、『ねこじぞー』だ。平仮名で、伸ばし棒」
「なんでそんな拘ってるんだキミ」
「その方が愛らしくて、可愛がられやすいだろう。なあ?」
 なでなでなで。そろそろ鬱陶しい。がぷり。
「あいた」
「構いすぎて怒られてるじゃないか」
「怒られてたのか、これ」
「何回噛まれてんだ」
「覚えてないな」
 はあ全く。構うのもほどほどにしてほしいものである。

次はねこじぞーの設定です←