二次創作小説(新・総合)

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.411 )
日時: 2021/08/26 21:58
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

Real or Dream

──ねえ、『アリスドリーム』って知ってる?

──その名前のまま、アリスになれる夢なの! とっても素敵な夢で、夢の中で望んだことが現実でも叶っちゃうんだって!

──でも、気を付けて? 戻ってこられない人もいるんだって……。










「……はぁぁ……」
 ノートンは憂鬱そうにため息を吐いた。原因はその手にある、可愛らしい女の子のぬいぐるみだ。
 とある店でやっていたくじ引き。決められた金額ごとに一回引けるくじで、本来なら目もくれないはずのそれに、売れば高額になる品があったのだ。その品は買うだけでも相当高額。当たればとんでもない儲け。
 そうしてノートンは一回分だけ、と買い込み、くじ引きができる券を貰ってその列に並んでいたのだが……よりにもよって、目の前でその品を当てられてしまったのである。しかも、最後の一つ。虚無状態で引いた賞品がこれだった。
 いらない。心底いらない。首元の水色のリボンに付いている石が本物の宝石ならばそこだけ売れるかもしれないが、くじ引きの、それもぬいぐるみに付ける訳がないし、それ以前にこの石は黒ずんでいる。とても高値が付くとは思えない。
 思い切りため息を吐き、屋敷に入っていく。部屋に戻るまでに談話室を横切るのだが、ふと目に入ったナワーブと……彼が頬を引き攣らせながら見ている、今自分の手元にあるぬいぐるみと同じもの(三つもある)を見て談話室へ入っていく。
「ナワーブ」
「ん、ノートンか……ってお前、それ」
「ナワーブも当たったんだ。目当ては……一等の肉かな」
「ぐっ」
 やはり。一等は高級そうな肉で、ナワーブが好きそうだなとぼんやり思っていたのだ。……自分以上に引いたんだろうか。
「ほんと、ナワーブって食いしん坊だよね」
「いや違う。俺は食える時に食ってるだけで別に食いしん坊とかじゃなくてだな」
「つまみ食い常習犯が何言っても説得力ないよ」
「うぐっ!」
 と言っても毎回バレて説教されたり、食べた分だけ減らされているが。
 ぬいぐるみを見る。色こそ違うが、こちらも首元の水色のリボンに石が付いている。どうせ作り物だろうけど。
 しかしどうしたものか。ぬいぐるみをどうしようかと悩んでいた時、談話室に誰かが入ってきた。
「こんにちは、ナワーブさん! ノートンさん!」
「ああ、ウッズさんか。こんにちは」
「こんにちはー!」
「こ、こんにちは……」
 エマに加え、花騎士フラワーナイトのリシアンサス、KAN-SENのユニコーンとプリンツ・オイゲン(アズレン)だった。リシアンサスとユニコーンならまだしも、そこにオイゲン(アズレン)が入るのは珍しい組み合わせだ。それについナワーブが珍しいな、と口に出した。
「エマから花の話を聞いて、少し興味が湧いたのよ。今日も話を聞きにきたら、この子たちとも会ったの。
ところで……二人とも、ずいぶん可愛らしいぬいぐるみを持ってるわね」
「あー……これ?」
「わ! 本当なの!」
「とっても可愛いですね!」
「うん、とっても可愛い……!」
 エマ、リシアンサス、ユニコーンがキラキラと輝く目でぬいぐるみを見ている。つい少し吹き出して、ノートンはエマにぬいぐるみを渡す。
「これ、欲しいならあげる」
「えっ、いいの!? ありがとう、ノートンさん!」
「どういたしまして」
 わぁあ、と感嘆の声をあげてぬいぐるみを見ている。それを羨ましそうに見ていたユニコーンとリシアンサスにはナワーブがそれぞれ一つずつ渡している。
「お前らにもやるよ。ほら、オイゲン(アズレン)も」
「わぁあ! いいんですか? ありがとうございますっ!」
「あ、ありがとう、ございます……!」
「あら、私にもくれるの? ふふ、ありがとうサベダー」
 四人がそれぞれ抱きしめたり、見つめたりして喜んでいるのを見て、まあ悪くないと思いながら談話室を出て部屋に戻っていく。ナワーブもほぼ同時に出て、別の場所に行くようだった。
 談話室には四人が残された。



「本当に可愛いぬいぐるみさんなの!」
「ユーちゃんに新しいお友達できて、嬉しい……!」
「私も貰えるとは思わなかったけれど……部屋に飾ろうかしら」
「そういえばこの子たち、まるで『アリス』みたいな服ですね!」
「ああ、何か見覚えがあると思ったら……この石も綺麗ね。多少、黒ずんでるのが残念だけれど」
「磨けば綺麗になりますかね?」
「うーん、どうだろう……」

















──ようこそ、アリスたち。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.412 )
日時: 2021/08/26 22:07
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

「……ん」
 ふと。エマは目を覚ました。数回瞬きをしてゆっくり起き上がる。目を擦り、また数回瞬きをして……やっと気が付いた。
「ここ……どこ……?」
 周りを見渡す。そこはとても立派な部屋だった。センスの良い調度品、きっちりと並べられた本棚、綺麗に磨かれた床、うっとりしてしまうほど白い柱、大きなシャンデリアに、華美に、けれど上品に赤と金の絨毯。しかし、何故かどこか不気味に感じられる。
 エマは、その部屋のソファに座らされていた。ふかふかなそのソファには、ところどころ小さくスペードやハートと言った、トランプで使われるマークが入っている。
 エマの目の前のローテーブルを挟んだもう一つのソファには、リシアンサスとユニコーンがくったりと眠っていた。彼女たちの服装は水色と白のエプロンドレス。それはまるで『アリス』のようだった。
「リシアンサスさん! ユニコーンさん!」
「んん……」
「あれ……エマさん……?」
「どうしてお二人とも……あ、あれっ!?」
「こ、ここ、どこ!?」
 リシアンサスとユニコーンが目を覚ました。少しだけ寝ぼけていたようだが、すぐにここが自室ではないことに気が付いたらしい。二人ともキョロキョロと部屋を見渡している。
 体調が悪くない様子にホッとしつつ、二人に落ち着いてと声をかけた。
「す、すみません、エマさん……」
「エマさん、リシアンサスさん、その服……」
「えっ?」
 服、と言われてエマは体を見下ろす。エマも二人と同じく『アリス』のような服を着ていたことにようやく気が付いた。
「ど、どうして……私、寝る時にはパジャマを着て……」
「な、何だか……怖いよ……」
 ユニコーンが涙を浮かべ、ぬいぐるみのユーちゃんをぎゅっと抱きしめる。無理もない。普段通り眠ったはずなのに、目が覚めたら見たこともない部屋にいて、服が変えられている。それに恐怖を感じないはずがない。
 立ち上がって隣に座り、そっと頭を抱き寄せる。エミリーにしてもらうと安心できることの一つで、そのまま彼女の頭を撫でた。反対からはリシアンサスも彼女の頭を撫でている。
「大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫なの」
「そうですよ! 心配しないでください、ユニコーンさん!」
「エマさん……リシアンサスさん……うんっ」
 安心したのか、笑顔を見せてくれたユニコーンにこちらも笑顔になる。
 コンコン、とノックの音が部屋に転がってきた。びくりと震えた瞬間、こちらの返事も待たずに扉が勢いよく開かれた。
 そこにいたのは、様々な可愛らしい動物や体がトランプの兵士たち。彼らは皆一様に陽気に楽器を鳴らして踊りながら、ようこそ、ようこそと口にしている。
「ようこそ、新しいアリス!」
「なんてめでたい日だろう!」
「さあアリス、今日はお祝いだよ!」
「たくさんのごちそうが待ってる!」
 彼らは皆、三人を『アリス』と呼び、歓迎している。あまりにあり得ない光景に、ふとリシアンサスが口を開いた。
「もしかして、これって夢なんでしょうか?」
「夢……そっか、だから……」
「じゃ、じゃあユニコーンたち……今、アリスなの?」
「夢でもいいさ! お祝いしようアリス!」
「さあ行こう! 『王様』が待っているよ!」
 王様、と聞いて三人は首を傾げた。本来なら『ハートの女王』のはずなのだが……しかしこれは夢と分かっている。それなら違いがあっても不思議じゃない。
 三人は軽やかに、踊るように取られた手を引かれてどこかうきうきした気分で部屋を出て行く。なんて素敵な夢なんだろう。覚えていたら、エミリーに教えたいなんて思うくらいに。
「お祝いだ、お祝いだ!」
「とっても素敵なパーティだ!」
「さあ行こう、アリス!」
「アリス!」
「アリス!」
「世界の花嫁アリス!」







 どこか。
「んー!! んーっ!!」
 ガシャンガシャン。
「んーっ、んー!!」
 捕らえられた花嫁オイゲンは、白いドレスを着せられて、拘束されていた……。



────────────────

「っあ゛ーもう!! 全然資料見つかんない!!」
 と、柊が苛立ったように声を上げた。普段ならここまで苛立つこともないが今回は話が別なのである。
 エマ、リシアンサス、ユニコーン、オイゲン(アズレン)が目を覚さない。そう聞いて、四人が本丸に担ぎ込まれた。四人は確かに眠っているだけだが、本当に何をしても目を覚さなかった。
 御神刀等の面々に見てもらったところ、四人は【何か】に捉われて目を覚ませなくなっていると言うことだった。そこで思い出したのが最近、統治人たちの間で問題になっている目を覚さない人々のことだ。
 マスターハンド、クレイジーハンドに聞いては見たものの、彼らも原因は分かっていないという。……正直、神々の分かっていないことが資料に残ってるとも思いづらいが、藁をも掴む気持ちで探していたのだ。
「ちょっといい?」
「ん? あー、姫鶴さんどうしたん?」
 つい最近鍛刀された刀剣男士、姫鶴一文字が支給されたスマホを片手にひょこりと顔を覗かせた。
 そのまま歩み寄ってきて、画面を見せてくる。
「もしかして、これじゃない?」
 と、姫鶴が見せてきた画面を見れば『アリスドリーム』なる都市伝説のページだった。
 内容はとてもシンプルで、アリスの姿になった夢を見るとその夢で望んだことが全て現実でも叶う、というものだった。……それと同時に、戻ってこられない人間もいる、と書かれている。
「四人がこれを見てるなら、目を覚さない理由もまあ納得できない?」
「た、しかに……でも、四人同時に?」
「それについて、俺も気になったからさ聞いてみたら、昨日ナワーブくんとノートンくんがぬいぐるみ渡したらしいんだよねぇ。
しかも。『ありす』っていう登場人物にそっくりらしい」
「それって!」
「とりあえず、持ってきてもらってるからそれを見てからかな。……間違っちゃいないと思うけど」
 そういう姫鶴は、いつもはゆるりとした表情を少し引き締めていた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.413 )
日時: 2021/08/26 22:13
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

 数分後。ナワーブとノートンが持ってきたぬいぐるみを見て、ほとんどの刀剣男士が顔を顰めた。唯一姫鶴だけがうわあと笑いながらそれをつまみ上げた。
「こんなにかあいいのに、凄い禍々しいなぁ。……多分、取り込んだから調子乗ってるっぽいか」
「ぬいぐるみではなく、この石が本体だろうね」
「だが、これをこのまま破壊すれば……」
「間違いなく、取り込まれている彼女たちも死んでしまいますね」
 石切丸、祢々切丸、太郎太刀の言葉にほとんどが何も言えなかった。特に、このぬいぐるみを渡してしまったナワーブとノートンは顔色が悪かった。
 どうにかして取り込まれた四人を目覚めさせてこちらに戻すしかないが、その手立てが見つからない。全員が頭を抱えていた時、誰かが入ってきた。
「失礼します」
「信徒、か?」
 入ってきたのは信徒と呼ばれる黒髪の少女だ。彼女はイドーラこと夢の魔女の信者であり、ゲームではサバイバーに直接手出しできないイドーラに変わって攻撃したりなどしている。
「魔女様より、お伝えすることがございます。サバイバー、エマ・ウッズさんを始めとする四人を取り戻す方法です」
「本当か!?」
「どうすればいい?」
「彼女たちを捕らえている夢に入り、彼女たちを取り戻せば良い、とのことです。相手が『夢』を使うのであれば、魔女様に軍配が上がりますが……魔女様が直接介入すれば夢の主もそれに抵抗するでしょう。その際、四人にどのような被害、影響が出るか分かりません。
よって、魔女様ではなく、誰かを送るという形で魔女様が力を貸す、と申されております」
 その言葉に全員がなるほど、と頷く。イドーラ、夢の魔女と呼ばれる彼女なら、夢に出入りさせるのも難しくはないのだろう。
 なら早速という時に、信徒は「ですが」と言った。
「魔女様が介入できるのはせいぜいそのくらい。相手の夢の中は、相手のフィールド。無事に済むかも分かりません。場合によっては、ミイラ取りがミイラになる結果になることだって充分考えられます。
あまりにも被害が大きくなれば、魔女様も強く介入するようですが、失敗した場合、四人だけの犠牲で済まないでしょう。
よく考えて、行くか行かないかを決めてください」
「俺は行くぞ」
「僕も。……ほとんど押し付けたようなもので危険だから行きません、っていうのも寝覚め悪いし……」
 ナワーブとノートンが手を挙げる。
「じゃあ俺も行く。逸話的にも、少しは相性いいと思うし」
 次に手を挙げたのは蛍丸だ。小柄な身体ではあるが大太刀であり、極めている彼なら戦力的にも問題はないだろう。逸話、というのは夢で刃毀れに蛍が集まり、目が覚めたら直っていた、というものだ。
「んー、じゃあ俺も行こうかな。俺も夢の逸話あるし、相性悪くないんじゃない?」
 次にゆるりと手を挙げたのは姫鶴。磨り上げられる際に夢に姫が出てきて、磨り上げをしないでほしいと懇願した逸話だろう。現に、彼は夢について言及することも少なくない。
 四人の立候補の後に石切丸、祢々切丸が手を挙げ、残りは失敗した際に控えていて欲しいということで六名で行くことになった。
 イドーラが見えないがすでにその場にいるらしい。ナワーブが頼む、と言えば意識がふっと消え、その場に倒れるように眠ってしまった。











 次に目を覚ましたのは、真っ白な部屋だった。ただ広い部屋には何もなく、二つの扉があるだけだ。一つは茶色の扉で『うつつ』と書かれ、もう一つは豪華な装飾が施された『幻』と書かれた扉だ。
「ここは……」
「魔女様が創り出された空間です。現の扉をを潜れば夢から覚め、幻の扉を潜れば四人を捕らえている夢へ行けます」
「そうか……ってお前!?」
「何でいるの」
「? 着いていかないとは申し上げていませんが」
 信徒は心底不思議そうに首を傾げている。それについ苦笑いが出てしまう。姫鶴だけ信徒ちゃんもかあいいね、と頭を撫でているが。
「……全員で行く? 俺としては、何人かここに残ってた方がいいと思うけど」
「ま、それが無難な気もするよね」
「では、ナワーブさんとノートンさんはここで……」
「待て。俺は行く。俺があのぬいぐるみを渡さなきゃ三人は捕らわれなかったんだ」
「僕も行くって。ウッズさんに渡したの僕だし」
「けれど……」
「いや。ここは行ってもらう方が良かろう。我と石切丸は身体が大きい。速さも、ここにいる四人より劣る。
だが、決して無理だけはするな」
「分かってる」
「さすがに無理するつもりはないよ」
「決まりましたか? ……魔女様より言伝です。この空間は最後の準備のための部屋でもあります。
武器を持たないナワーブ・サベダーさんとノートン・キャンベルさんはここで武器を思い浮かべてくだされば、出来うる限りの物を用意するとのことです」
 イドーラの言伝を聞いたノートンがずいぶん気前のいいことで、と呟く。……正直、次のゲームでイドーラがハンターだった場合、彼女の気の済むまで嬲られそうな気もするが……この際、気にしてなどいられない。
 二人が武器を思い浮かべる。するとガシャン、と音がして、そちらを振り返れば二人が思い浮かべていた武器があった。
「お前、それでいいのか」
「そっちこそ。メイン、そっちじゃないの?」
「ああ。だが、なるべく隠しておきたい」
「なるほどね。……OK。行こうか」
 二人が武器を身に付けると、姫鶴、蛍丸、信徒も歩き出す。気を付けて、という石切丸の声に手を挙げて答えた。

───────────────

「美味しいの〜!」
「甘くて、幸せな気分になっちゃいます!」
「美味しいね、ユーちゃん」
 三人は『お祝いのパーティ』でたくさんのご馳走やデザートを食べていた。周りはお祭り騒ぎでもはや誰もが主役であるはずの三人を見てはいないがご馳走もデザートも美味しくて気にならない。
 ユニコーンが新しくデザートに手を伸ばす。その時、ユーちゃんが急に暴れ出して、逃げ出してしまった。
「あっ、ユーちゃん……!」
 ユニコーンはデザートに伸ばしていた手を引っ込めてユーちゃんを追いかけた。それを見ていた二人も咄嗟に追いかける。お祭り騒ぎを背にしながら。






「あれ?」
「あれ?」
「おかしいな。おかしいな」
「アリスがいない。花嫁アリスがいない」
「アリスがいない。アリスがいない。アリスがいない。アリスがいない」
「世界の花嫁アリスが。王様の花嫁アリスが」

生贄アリスが逃げたぞ」
生贄アリスを捕まえろ」
「アリス、花嫁アリス生贄アリス!!」
「世界の生贄アリス!!」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.414 )
日時: 2021/08/26 22:18
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

「ユーちゃん、待って!」
 ふよふよとしていながら素早く飛んでいくユーちゃん。しばらく追っているとユーちゃんはある部屋の前で止まった。良かった、とユニコーンがユーちゃんを抱き、追ってきた二人もホッと息を吐いてパーティの会場へ戻ろうとした。
 中から、ガシャ、という金属のような音と誰かの声がしてきて、三人は足を止めた。
「え……だ、誰か、いるの……?」
「もしかして、閉じ込められているんでしょうか……!?」
「た、大変なの!」
 エマがドアノブに手をかける。扉はすんなりと開き、薄暗い部屋にいたのは……手首を手錠で拘束され、猿轡をされたオイゲン(アズレン)だった。
「お、オイゲンさん!?」
「い、今助けますからね!」
 エマが彼女を起こし、猿轡を外す。リシアンサスが手錠を壊そうとしているがいつもの武器はなく、壊せそうにもない。
 それに四苦八苦しているとそんなのいいわ、とオイゲン(アズレン)が言う。
「まずはここから逃げないと……!!」
「逃げる……?」
「ど、どうしたのオイゲンさん?」
「……あなたたち、もしかしてあの『紙』見てないの……?」
「紙……?」
「本棚に挟まっていた紙よ」
「う、ううん。見てない……」
「……なら、簡潔に教えてあげる。ここは、『不思議の国のアリス』をモチーフにした夢の中に存在する世界。この世界は、『ハートの女王』と『アリス』を失くして崩壊が始まったらしいわ。
……それを止めているのが『王様』。そしてその『王様』が欲しているのは、アリスという花嫁……生贄よ」
「!!」
 生贄。だとするならアリスと呼ばれた自分たちは……ゾッとする。お祝いのパーティとは、生贄アリスが来たお祝いだったということなのだろう。
「それに気が付いた人間が、こっそりあの本棚に忍ばせてたのね。後に来る人間が逃げられるように……。
ただ……逃げてとしか書いてなかった。だから、多分その人間はもう……。
私は逃げようとして……捕まって無理やりこれに着替えさせられてここに閉じ込められたの。……手が使えないのは不安だけど、仕方ないわ。早く逃げるわよ」
「う、うん……!!」
 全員で立ち上がる。そしてドアを開き、そっと出て……。
「いたぞ!!」
生贄アリスだ!!」
「っ!!」
「っ、走れっ!!」
 オイゲン(アズレン)の声に全員が弾かれるように走り出す。後ろに迫る、可愛らしかったはずの、もはや猛獣と呼ぶべき動物、トランプの兵士たちを背にして。
 走って、走って、走って。辿り着いたのは、だだっ広いどこかの部屋。けれど……すでに、囲まれていた。
「そ、そんな……」
「いつの間に……!?」
「ちっ……夢の中だから、ってことかしらね」
「ど、どういうこと……!?」
「ここは夢の中。だから、『王様』やこっちの住民が自由に作り替えられるってことよ」
「それって……!!」
「最初から、私たちは逃げられなかった、ってことですか……!?」
 オイゲン(アズレン)はただただ黙った。それが肯定だと……三人は嫌でも理解してしまう。
 どうすれば、どうすれば、頭の中で考えを巡らせるのに、全て『捕まるしかない』としか出なくて。リシアンサスとユニコーンの目に涙が浮かぶ。エマもいっそ泣いてしまいたいのに、涙が浮かんできやしない。
「や、やだ……やだ……っ。助けて……助けてぇっ……!!」
 ユニコーンの小さな叫びは、捕まえろ!! の叫びに掻き消された。
「いやぁまあ。夢の中で相手が自由にできるならと思ったけどさー」
「まさか真上に出るとはねー」
「くっそこうなったらもう好都合だと捉えるしかない……!!」
「しかないも何も、好都合でしょ、これ」
「エマ・ウッズさん、皆さん、避けてください」
 上から、聞き慣れた声がして。見上げれば、五人が、落ちてきていた。避ければ、五人は何とか上手く着地する。
「ノートンさん、ナワーブさん!! 信徒ちゃんも……!!」
「あの、お二人ともその格好は……」
 リシアンサスが言いながら二人を見る。ノートンは『ロナード』、ナワーブは『Mr.リーズニング』の衣装を着ていた。
「俺たちも知らない間に変わっててな……あの魔女、絶対楽しんでいるだろ……」
「いいんじゃない? 別に不利になることでもないし」
「まあ、そうだが……」
 そんな風に話す四人。ユニコーンは涙を少し溢して姫鶴と蛍丸に駆け寄った。
「姫鶴さん、蛍丸くん……っ!!」
「全員怪我なさそう……あー、オイゲンちゃんだけ拘束中か」
「んー、これ俺たちだと手ごといっちゃいそうだよね」
「絶対にやめろ」
「ねえ、そんな悠長に話してる暇あるの?」
 オイゲン(アズレン)の言う通り、周りは相変わらず猛獣やトランプの兵士たちが囲んでいる。事態は特に好転しているとは思えなかった。
 しかし五人は落ち着いて、それぞれの武器を取り出す。姫鶴と蛍丸は本体を、信徒はいつも使うツルハシを。ノートンは剣を。ナワーブは仕込み杖を。
 すぅ、と姫鶴が息を吸う。垂れた目がギラリと吊り上がる。
「全員、突撃!! 退路を確保することを優先、絶対に四人に手ェ出させんな!!」
「りょーかい!!」
「おう!!」
「分かったよ」
「承知しました」
 五人がそれぞれ返事を返し、突っ込んでいく。最前線は蛍丸と姫鶴。特に蛍丸は大太刀、普段でも一回に斬り伏せる数は多く、今回に至っては相手は基本的に薄っぺらい体だからか、いつもより多く斬り伏せている。
 姫鶴は斬り伏せ、襲ってくる猛獣たちは足で蹴飛ばして複数を巻き込んでいた。見た目に反して雄々しい戦い方だ。
 ノートン、ナワーブは慣れない武器というのもあるのか決して無茶な戦いはしない。信徒はそれをフォローする形で。確実に、それでも四人を守っていく。
「ああなんてこと!」
「このままじゃ花嫁アリスが、生贄アリス現実どこかに攫われる!」
「王様! 王様!」
 どこか芝居がかった声が上がる。……ぞわり、と寒気がした。エマは思わず立ち止まり、周りを見渡した。いや、全員がそうした。
 兵士たちが距離を取り始めている。
「ああいけない」
「このままでは巻き込まれちゃう」
「王様、王様」
 巻き込まれる? 姫鶴が呟いた時、床がぐにゃりと歪んだ。下を見れば、まるで生き物のように床が動き、ヒビが広がっている。
「っ!! 全員逃げろっ!!」
 姫鶴の声に全員がその場から逃げたり、飛び退く。ヒビは一気に広がり、全員は四手に分かたれてしまった。
 姫鶴と蛍丸。信徒。ノートンとエマ。そして、ナワーブ、リシアンサス、ユニコーン、オイゲン(アズレン)。
「まずいな……」
 ノートンが呟きながらヒビを見た。いいや、もはやヒビなどではなく、穴だ。エマたちには到底飛び越えられそうに無いほどの。
「大丈夫ー!?」
「こっちは平気だ! ノートン、ウッズ、お前らは!」
「こっちも無事。信徒も大丈夫そうだね」
「はい。……ノートン・キャンベルさん、ナワーブ・サベダーさん、魔女様が助力下さるとのことです。私が皆さんと合流しますので、出来うる限り耐えてください」
「俺たちも多分、縁を辿ればいけると思うから耐えてくれるー!?」
「分かった!」
「了解。なるべく早く頼むよ。……でも、ナワーブを優先してくれればありがたい」
「承知しました」
 その場から全員が離れていく。あの穴の近くにいて落ちてしまったらどうなるか分からないから……。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.415 )
日時: 2021/08/26 22:23
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

 あ、と信徒が呟く。目の前には通路を埋め尽くす兵士たち。
「どうやら、私の方に敵が集中したようですね。……」
 見渡す限り、敵、敵、敵。けれど信徒は慌てることも、怯えることもなく。
「……っふ、ふふふ」
 笑った。嗤った。楽しそうに。愉しそうに。
「ああ、いけません。そんな場合じゃないのに」
 口元に手をやり、口角を下げるもすぐにふふふ、と嗤いが込み上げた。だって、無理もない。
「なんて勇敢なのでしょう。なんて愚かしいのでしょう。そんな貴方たちは……どんな風に、絶望に歪んでくれるのでしょうか!!」
 音がして。赤い赤い信徒たちが増えていく。兵士たちは予想もしていないこちらの増援に明らかに動揺している。
 それの、なんと面白いこと!!
「さあ参りましょう、寄生たち。魔女様に生み出された、私の姉妹たち。
これ幸いとばかりに、楽しみましょう、愉しみましょう、この宴を!!
あはっ。あはははははははははははははは!!」

────────────────

「今度こっちかな」
「そうだね、こっち」
 時折遭遇するトランプの兵士を斬り伏せながらまったりやりとりをする姫鶴と蛍丸。が、後ろで何かが蠢く気配を感じてはあ、とため息を吐いた。
「また?」
「というかあいつら、いくら斬っても無意味なのかもね」
「は〜……やだねぇ」
 振り向けば、明らかに体がちぐはぐに繋がって元通りになっている兵士。先程からこの繰り返しだ。
「ちぐはぐ? つぎはぎ? 何でもいいや、生贄アリスを、生贄アリスを取り戻」
「黙ってろ、三下」
 不機嫌になりながら斬り伏せる。それでも少ししたらまたちぐはぐになって戻るんだろうなと思うとため息が溢れる。
 もう相手は最小限にしよ、と蛍丸に言えば同じことを思っていたらしく、彼は頷いた。そしてその場を後にしようとして……足を止めた。
 姫鶴の視線の先には、ぽつんと、それでも隠れるように存在している『魂』。どこか怯えるようなそれは、姫鶴たちを見ているのが分かった。
 姫鶴はそちらに足を向ける。すると魂はびくりと震えるも、動きはしない。目の前に行き、片膝を着いて手を差し出す。
「キミも一緒に帰る?」
 おそらく、何とか逃げ回っていたであろうその魂は恐る恐ると姫鶴の手に乗った。姫鶴は魂を抱えたまま、歩き出した。

────────────────

「ほんっと、キリがないな……!!」
「の、ノートンさん……!!」
「絶対離れないでウッズさん、離れたら連れてかれるから!」
 エマを背に、兵士たちを斬る。探鉱者と呼ばれるだけあって力も体力もあるノートンだが、さすがに疲れてきた。
 逃げ回って、景色は変わらない。それでもここで諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら彼女の命だけじゃない。自分の命だって危うい。
 二人で走り出す。……合流できるまでこれで何とかできればいいが。
 ぐにゃり、と床が歪み出す。下を見ればヒビが入っていた。
「しまっ……!」
 言い切る前に、ヒビが一気に割れてエマとノートンを引き裂いた。
──カチャッ……。
 勢いに背中から倒れるも、すぐに起き上がって対岸となった通路を見る。
 エマの後ろには、兵士、猛獣たち。先ほどよりは大きくはないけれど飛び越えられるかは分からない。エマはノートンと後ろの兵士たちを交互に見ている。
「の、ノートンさんっ……!!」
「ウッズさん……飛んで!!」
「えっ、で、でも!!」
「大丈夫」
 手を広げる。真っ直ぐに、エマを見る。
「僕を、信じて」
 戸惑っていたがノートンを信じたようで、少しだけ下がり、勢いを付けてエマは跳んだ。そしてノートンは、剣を床に突き刺し、しっかりと握った。
 ぐ、と引っ張られる。力が強い。けれど、ここで自分が引き寄せられては彼女もろとも暗い穴へ真っ逆さまだ。絶対に、この剣を離さない。
 エマもそれでようやくノートンが何をしたのか気が付いたらしい。精一杯手を伸ばして……ノートンの腕の中へ、エマが飛び込んだ。
 しっかりと抱き止め、いつの間にか止めていた息を吐き出す。
 ノートンはあの引き裂かれる寸前、彼女に磁石を付けていた。自分と、引き寄せられる極のものを。一度だけ仲間を引き寄せて救助したことを思い出したのだ。
「っはぁ……上手くいって良かった……」
「の、ノートンさん……」
「ごめん、怖い思いさせて。……怪我は?」
「ないの……」
「良かった」
「ノートンさん……ありがとう」
 エマが安心からかほんのりと頬を染めて、ふんわりと笑った。その笑顔から、目を離せない。……少しだけ、鼓動が速くなった気がする。
「ノートンさん? どうしたの?」
「あ……何でもないよ。さ、早く行こうか」
 二人で走り去る。後ろでは、穴などないように歩いては穴に落ちていく兵士たちが悲鳴を上げていた……。

────────────────

 ナワーブはすでに肩で息をしていた。後ろには怯えるユニコーン、そんなユニコーンを守るように抱きしめるリシアンサス、そして四人の前に立ち塞がる兵士たちを顔を青くしながらも睨むオイゲン(アズレン)。
 多勢に無勢に加え、三人を守らねばならないナワーブはノートンよりも体力の消耗が激しかった。それでも、三人を狙う兵士たちから目を逸らさずに睨み続け、切先を向け続ける。
「手錠さえ付いてなければ……」
「ううう、私も、武器さえあれば……!」
「ナワーブさん……」
「大丈夫だ、お前たちは必ず守る。安心しろ」
 ユニコーンに笑いかける。とは言ったものの、状況は変わらない。
生贄アリス!」
生贄アリス!」
「こっちへ戻るんだ、生贄アリス!」
「我々の生贄アリス!!」
「世界の、生贄アリス
「黙れ紙切れどもが! こいつらはアリスじゃない! お前らの生贄になんぞさせるか!!」
 あまりに三人を生贄アリスと呼ぶ兵士たちに怒鳴る。効果などないが、それでも苛立ちを隠し切れなくなっていた。
「戻らないのか」
「戻る気がないのか、生贄アリス
「なら」
「冷たい体にしてしまおう」
「冷たい体にして、連れて行こう」
「!!」
 雰囲気が変わった。兵士の一人が、槍を投げる。……ユニコーンに向けて。
 咄嗟に弾くも、今度は全員が槍や剣を振り上げた。……とてもではないが、弾ける量ではない。汗がつぅ、と頬を伝う。
「さよなら、温かな生贄アリス
「させないよっと!!」
 上から、二人の影。蛍丸と、姫鶴だった。
「蛍丸、姫鶴!!」
「危機一髪だったねー、大丈夫?」
「なんとかな」
「あ、信徒ちゃんも着いたっぽいかな?」
 姫鶴が見る方向を見れば、どんどん兵士たちが殲滅されていく。……寄生たちもいるのか、そう思わず呟いた。しかし、よく見ればノートンとエマもいる。
 全員が合流できた。そのことにふぅ、と息を吐いた。
「とりあえず、ナワーブくんは休んでなよ。俺たちが何とかするから」
「そーそー。休んでて」
「……すまんが、そうさせてもらう」
 無論、一切狙われないことはないだろうが……それでも充分休めるだろう。思わずどかりと座り込む。
 ユニコーンが慌てたようにナワーブさん、と名前を呼びながら隣にしゃがんだ。
「大丈夫? ごめんね、ごめんね、ずっと一人で……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「……謝るな。俺があのぬいぐるみを渡さなきゃお前たちはこんなことに巻き込まれなかったんだ。
それより、怪我はないか?」
「うん、ない、ないよ……リシアンサスさんも、ナワーブさんも、守ってくれてたから……」
「そうか」
 ユニコーンの頭をぽんぽん、と撫でる。安心から頬が緩んでいるが、まあ仕方ないだろう。
「良かった、無事で」
「っ……!」
「? どうした?」
「っあ、な、何でも、ないよ!」
「そうか……?」
 首を傾げるが、まあ、何でもないならばと気にしないことにする。
 短い間に兵士たちは殲滅され、ナワーブも立ち上がる。あとは、この歪んだ夢から脱出するだけだ。
 ふ、と。地面の感覚がなくなる。下へ、落ちていく。
「は……!?」
「ええ、こんなのありぃ……?」
 さすがに、姫鶴も頬を引き攣らせる。悲鳴を上げながら、全員落ちていくしかできなかった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.416 )
日時: 2021/08/26 22:32
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

 しばらく落ちるような、浮かぶような訳の分からない感覚を味わう。落ちてはいる。なのに、浮いているような気がして妙に気持ちが悪い。が、突然何かにぶつかる感覚がした。
「いてて……」
「もー何なのさあ!!」
 蛍丸が怒りながら体を起こしている。ナワーブもぶつけた箇所をさすりながら起き上がる。……どうやら白黒のチェック柄の床の上に落ちたらしい。しかし、この空間はやはりおかしかった。空は薄いピンクで、周りを見渡しても壁も柱もなく、階段もないというのに明らかに空に存在しているのだ。
 そして……自分たちの前に、鎮座する大きな影が一つ。見た目こそかなり太った人間のようだが、影は何故か蠢いており、首は不安定にぐらぐらと揺れている。目だけははっきり認識できるが、とても正気だとは思えない。
「あり、ありありありす、生贄ありす、まち、ままま、待ちくたびれた」
「貴方は?」
「よ、よよよよ、よは、お、おう、おおおおおう、王、王、王、おう、おおう、王、おう」
「王……まさか、王様……!?」
 あまりの大きさに、全員が言葉を無くしてしまう。しかし、ノートンと姫鶴だけが顎に手を添えて何かを考えていた。
「……」
「……」
「ねえノートンくん」
「何」
「俺たち、同じこと考えてるかも?」
「……かもね」
「じゃあせーので言おうよ」
「いいよ」
「おい、お前ら何を……」
「せーのっ」

「「オットセイ」」

 少しの沈黙。そして。
「ブッフォ!!」
 思い切り、吹き出した。
「っ……っ……!」
 オイゲン(アズレン)も顔を赤くして笑いを堪えていた。蛍丸は思い切り笑っている。そんな三人を他所にノートンと姫鶴は何故かやりきった顔をしていて、エマ、ユニコーン、リシアンサスだけがポカンとしていた。
 そんな中、ああ、と信徒の声が上がる。
「なるほど。オットセイはオウ、オウと鳴きますね」
「ごふっ!!」
「そうそう」
「オットセイみたいなやつだね」
「お、前ら、も、やめ……ぶふっ」
「ななななにをわら、わらっているるるるるるるるる? おお、おう、おおおおおうの、御前だぞぞぞぞだぞぞ!!」
 そう叫んだ『王様』は空中に剣を生み出した。黒い影のような剣。しかしそれが一振りされると雲が一気に吹き飛び、ナワーブたちも吹き飛ばされる。
「うわぁあっ!?」
「ちょっ、それ反則じゃない!?」
「よよよよよよ、よは、おお、おう、王だぞぉおおおおおおおお、はん、はんそ、反則は、ななあななあいいぃいいいいぃいぃいい」
「地味に意思疎通できてるの、なんかやだ」
 姫鶴がそう言いながら、しかも気持ち悪っ、と吐き出した。ナワーブたちには分からなかったが、信徒と蛍丸は頷いた辺り、何か分かったのかもしれない。
 しかし『王様』はまた剣を振り上げる。今度は雲一つなくなった空から雷が落ちてきた。
「なっ!?」
「ちょーっと、まずいかも?」
「ここここここ、ここ、ははははははははゆめ、ゆめめめめのせかかいいぃいいい、すべべべて、ががががががよのおもおもおもおいどおりりりりりりりり」
「……ふーん? つまり、思い通りの世界を保つために、生贄が欲しかったわけ?」
 蛍丸の言葉に全員がハッとする。
「げげげげんじつつつつつつ、は、よわよよよよよよわいものに、ひじょじょじょじょじょ非情、だぁああああぁぁああぁぁあぁあ。
ゆめ、ゆめ夢ゆめくらららららい、思い通りにににににににに」
「その割には、夢に喰われてそうだけどね」
 ……明らかに言語はおかしい。夢に喰われている、というのもあながち間違いではないだろう。
「アリス、ありすありすすすすすさすすすすありす、よこせ!! よこせ、よこせせせせせせせせせせせせせせせせせせ!!」
 『王様』が手を挙げれば、アリスとされるエマたちのそばに巨大な黒い手が床を突き破って現れる。ノートンが咄嗟にエマの手を引き、ユニコーンは姫鶴が抱き寄せて離れ、ナワーブはリシアンサスを抱き寄せて飛び退く。
「なっ、ナワーブさ……」
「大丈夫か?」
「は、はいっ、あの、その」
「無事ならいい……」
「きゃああああああああああっ!!」
「!! オイゲン!!」
 見れば、オイゲン(アズレン)だけが手に捕まっていた。手錠が付けられている彼女では、いくらKAN-SENと言えど抵抗しきれない。
「つつつ、つか、捕まええたたたたたたたたぁああああ」
「っく、離しなさいっ、この!!」
「ありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありすありす花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす 花嫁ありす花嫁ありす生贄ありす生贄ありす 生贄ありす 生贄ありす生贄ありす 生贄ありす 生贄ありす生贄ありす 生贄ありす 生贄ありす生贄ありす 生贄ありすぅううううううううう」
「ぐぅっ!!」
 手がオイゲン(アズレン)を締め付ける。
「オイゲンさん!」
「くそっ、どうにか顔までいければ……」
「顔まで、行ければいいの?」
 姫鶴が、ナワーブを見ながら聞く。ああ、と頷けば分かった、と返してくる。
「それなら、俺連れてけるかも」
「は?」
「説明は、行く途中でしたげる。はい、掴まって」
 手を差し出され、ナワーブは戸惑ったが手を掴む。
「信徒ちゃん、ほたほた、下であいつの気を引いてくれない?」
「承知しました」
「ちょっと、ほたほたって俺のこと?」
「うん。かあいい」
「……やるけど、後で覚悟しといてね」
「えー。かあいいのに……」
 ぶー、と膨れるがすぐに姫鶴は目を瞑った。すると、白い膜に覆われてふわりと浮かぶ。
「うお!?」
「お、やった。できた」
「な、何をしたんだ!?」
「んー? イドーラさんの力もあるけど……俺、夢にちょっとなら介入できてたからさ。飛べるんじゃないかなーって。『姫』である前に『鶴』だし」
「そ、んな緩い理由でか!?」
「そんな緩い理由で出来ちゃった。この膜、少しなら目に入らないようにしてあるから、とっとと行くよ。オイゲンちゃん助けなきゃね」
 緩い姫鶴に軽く頭痛を覚えるが、そうも言っていられない。ナワーブは膜の中で準備を始めた。






「っは、ぐぅ……!!」
 オイゲン(アズレン)の意識は朦朧とし始めている。締め付けが強すぎて、とても意識を保っていられない。
 ……自分たちの前に連れてこられた『アリス』たちは、こんなに苦しんで死んでいったのだろうか。それに言いようのない感情を抱く。
「こんな、やつに……」
 自分は、殺されるのだろうか。
 下では蛍丸と信徒が足を主に攻撃しているが、全く無意味のようだった。
 悔しい。憎たらしい。こんな下らない何かに。
 ぎり、と歯を鳴らした時だった。
「今だ!!」
 ぱん、と音がして。何とかそちらを見ればコートを脱いだナワーブが落ちてきている。ナワーブはコートを『王様』に投げた。軽いはずのそれはしっかりと『王様』の顔に当たり、視界を遮った。
 よく見ると、コートのベルトに杖を縛り付けてあった。それでしっかりと狙った場所に落ちたのだろう。
 ナワーブはそのまま手に降りてきた。
「オイゲン!!」
「さ、べだ……」
「すぐに助けるからな!!」
 ナワーブが取り出したのは、彼が愛用しているナイフだった。それを大きく振りかぶり、勢いよく『手』に突き刺せば『王様』は悲鳴をあげてオイゲン(アズレン)を手放した。
 ナワーブはナイフを引き抜き、手を蹴って落ちていくオイゲン(アズレン)を上手く抱き留めて床に転がる。
「大丈夫か!?」
「っ……え、ええ」
「……良かった」
 はぁ、とため息を吐くナワーブ。……体勢的に、彼がオイゲン(アズレン)を押し倒しているように見えるのには気が付いていないのだろうか。しかもコートを着ていたから分からなかったが、胸元が見える程度にボタンが開いていて、先程ので髪が少し乱れていて……思わずドキリとさせられた。
「あああああああああああああああありす!! ありすをかえかええかえかえかえせせせせせせせせせせせせせせせ」
「返せ、はこちらのセリフだ」
 聞き慣れぬ女の声に全員がそちらを見る。……羊のような耳で、上半身は人であるのに、下半身は蛇。明らかな異形に誰もが言葉をなくした。……信徒以外は。
「魔女様」
「よくやった、信者よ。すでに目当ての魂は取り戻した。妾が出ても、問題はあるまい」
「みんな!!」
「石切丸! 祢々切丸!」
 魔女……イドーラの後ろから、石切丸と祢々切丸が来る。二振は『王様』見て顔を顰めていた。
「さて、皆の者。残りは妾が引き受けよう。お前たちは道を辿り、夢から覚めるがいい」
「……感謝致します、イドーラ様」
「くく、素直な者は好きだぞ」
「行くぞ」
 石切丸と祢々切丸が殿を務め、全員がイドーラの指した道を走り出す。その先にある、小さな光を目指して。ナワーブはそのままオイゲン(アズレン)を所謂お姫様抱っこで運んで走り出した。
「悪いな、少し我慢していてくれ」
「……分かったわ」
「あありりりりりりりりりりすすすすすすすすすすすすす!!!!! かえせかえせかえせかえせかえせかえせぇええええええええええええけえええてえてけけえええ!!」
 手が一つだけ、イドーラや石切丸たちをすり抜け、近くにいたエマを捕らえようとする。しかしそこにノートンが割って入り、手に磁石を投げる。
「あーよかった。丸ごと来られてたらさすがに無理だったからね」
 ノートンと手に付けられた磁石が反発し合う。距離を取り、全員が光の中は入り、そのまま意識を手放した……。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.417 )
日時: 2021/08/26 22:43
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 1T0V/L.3)

 数日後。オイゲン(アズレン)は荘園の方へやって来ていた。……リシアンサス、ユニコーンと共に。ナワーブたちにお礼を言うためだ。
 あの夢は、負の感情の集合体である『王様』が無理やり介入したせいで狂った夢の世界だった。そのせいで世界は保てなくなり、本来は消えるはずだったがこれまた『王様』が生贄となったアリスたちを喰らうことで無理やり世界を保っていた。……当然、歪んだ形で。
 いつしか『アリスドリーム』という都市伝説となり、現実でも願いが叶うと分かっていた人々は皆しばらく帰ろうとしなかった。できる限りの望みを叶えてから、帰ろうとしたから。それはあの夢の住人たちには好都合なことで、気づいた時にはもう遅い、ということが多かった。中には帰ろうとした者もいたようだが……結果は言わなくても分かるだろう。
 そして、そこに誘っていたのがあのぬいぐるみに付いていた石だった。ありとあらゆる形で被害者たちの手元へ転がり、今回はぬいぐるみの装飾としてノートンたちの、ひいてはエマたちの手元へ来た、ということだ。
 原因は確かに二人かもしれない。それでも助けられたのは事実。だから、三人は二人にお礼を言いに来た。蛍丸や姫鶴たちにはすでに済ませてあるし、ついさっきエマと話しているノートンと会ってお礼を言ったから、後はナワーブだけだ。
 ……エマを見るノートンの目と、ノートンを見るエマの目に、甘酸っぱい気配がしたのはきっと気のせいじゃないし、それを陰でぎりぎりと睨んでいたピアソンもきっと気のせいではないだろう。とは言え、リシアンサスもユニコーンも気付いてないようだが。
 途中でウィリアムと会い、どこにいるか聞けばナワーブは部屋にいるという。そのまま部屋に案内してもらい、ウィリアムがドアをノックした。
「ナワーブ、客だぞー」
「おー……入れていいぞー……」
「あ、これ寝起きだな。じゃあ入るからなー」
 躊躇いなくウィリアムがドアノブを捻り、ドアを開ける。……と、同時にオイゲン(アズレン)は思わず固まり、ユニコーンとリシアンサスはひゃああ!? と顔を赤くして目を塞いだ。そして、ナワーブも客というのがオイゲン(アズレン)たちと知って顔を少し赤くして吹き出していた。
 と、言うのも中にいたナワーブは着替えている途中だった。上半身は何も身に付けておらず、下も脱ぐ途中だったのか少しだけ下着が見えている。すぐに上げたが。
「おっ、ま!! 言えよ!! オイゲンたちだって!! 言えよアホ!!」
「あれ、言ってねえっけ」
「言ってねえわ!!」
「あーわりい! あ、ちょっと出てやってくれな」
「え、ええ」
「ひゃあぁぁ……」
「はわわわわ……」
 全員で出つつ、オイゲン(アズレン)は少しだけ早くなった鼓動を落ち着けようとする。
 少しすれば、ナワーブが部屋から出てくる。服はきちんと着ているが目を逸らしていた。
「あー……すまん。見苦しいもん見せて」
「別に見苦しくはなかったけれど、ね?」
「そういう冗談はやめてくれ……」
「冗談じゃないのに、ねえ?」
「え、ええと、あのっ……」
「その、そのぉ……」
 あわあわとする二人にオイゲン(アズレン)は悪戯っぽく笑う。
 ナワーブが咳払いをしてから、用件は? と聞いて来た。
「この前のことで、お礼を言いに来たの」
「お礼? ……恨み言なら分かるんだが」
「そっ、そんなことないよ!」
 ユニコーンが声を上げる。それに続いてそうです! とリシアンサスも声を上げた。
「ナワーブさんたちが来てくれなかったら、私たち死んじゃってました! それに……それに……あ、あの時のナワーブさん、絵本に出てくる、王子様みたいで……か、カッコ良かったです……」
 徐々に小さくなる声は、きっちりナワーブに届いた。彼は照れ臭そうにそうか、と言ったがその後にありがとな、と小さく笑った。
 それにリシアンサスが見惚れているとあの、とユニコーンが再度声をかける。
「どうした?」
「あ、あの、あのね……な、ナワーブさんのこと、な、ナワーブお兄ちゃんって、呼んでもいい……?」
「ん?????」
「あ、い、嫌ならいいの! む、無理だったら、いいから……」
「あー、いや! 少し驚いただけで、嫌ってわけじゃないぞ」
「ほ、ほんと……?」
「ああ」
「じゃ、じゃあ……な、ナワーブ、お兄ちゃん……」
 照れながらそう呼ぶユニコーンに、ナワーブも少し照れながら頭を撫でて答えてやる。それにユニコーンは嬉しそうに笑顔を見せた。
「本当に、私もこの子たちも感謝してるのよ」
 唇をナワーブの耳元へ近づける。それに動揺はしているが嫌がりはしていない。
 そっと、耳打ちをするように。言葉をかけた。
「ねえ、ナワーブ……♡」
 ちゅ、と頬に唇を押し当てる。
「んな……っ!?」
 それには流石に顔を真っ赤にして離れ、キスされた部分を抑えている。リシアンサスやユニコーンも顔を真っ赤にしていた。
 それが何だか楽しくて。オイゲン(アズレン)はくすくすと笑っていた。

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