二次創作小説(新・総合)

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.46 )
日時: 2020/02/03 20:07
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

虎と春
──お姫様みたい。
 白い、大きな家。そのベランダからぼうとどこかを見つめる彼女に、五虎退はそう思ったのだ。






「と、虎くーん、どこぉ……? ぐすっ、お、大きくなってから、いなくなることなんて、なかったのに……ぐすっ……」
 涙が溢れそうになるのを必死に我慢しながら、五虎退は森の中、虎を探していた。虎は極になってからもうほぼ成体となっている。万が一にでも、何も知らない人たちが集まる街に出てしまっていたら……そう考えてまた涙が溢れそうになった。
 だいぶ探していて、一度本丸に帰ってみようか。五虎退が足を本丸へ向けようとした時、がう、と鳴き声がして、大慌てでそちらに走る。虎がひょっこりと顔を出した。
「虎くん! もうっ、ダメだよ。小さな頃より、逃げ出したら大変なことに……あれ?」
 少し離れたところに、何やら開けた場所がある。そこに、小さいが立派な白い屋敷が建っていた。
 そぅと近づいてみる。屋敷の周りをシンプルでありながらも恐ろしさは感じない、そんなデザインの鉄格子が高く囲っていた。五虎退の目の前には金色に彩られた、これまた鉄格子の門があり、左右に白いレンガの柱が建てられている。その中の庭も広く、何羽かの小鳥がさえずりながら遊んでいた。
 白い屋敷を見る。こんな屋敷があるなんて、初めて知った。とても綺麗な状態から最近できたのかな、と思いながら視線を上げて、目を見開いた。
 ベランダに出された小さなテーブルと椅子。椅子に座っている少女に、目を奪われた。
 ぼうとどこか遠くを見つめる、紅色の瞳。陽に照らされたピンクの髪の毛先は水色のグラデーション。白いワンピースを着た少女は喉が渇いたのかテーブルに置かれていたらしいティーカップを取って口にする。そしてまたティーカップを置いてどこかを見つめた。
「お姫様みたい」
 五虎退が思わず呟く。その後に虎は少女に向かって一つ、がうと鳴いた。
 少女がこちらを見る。目を丸くして、それでもすぐに微笑んでひらひらと手を振ってくれた。五虎退がつい、近づくと今度はびくりと震えて顔を青くした。さらに言えば虎も鋭く鳴いて五虎退の襟を噛んで勢いよく引っ張る。するとついさっきまで五虎退が立っていた場所に、銃弾が降った。ひっ、と喉から引きつった声が出る。
 屋敷が慌ただしい。少女を見ると少女は口をパクパクと動かしている。

に・げ・て

 それを読み取った五虎退は少女に頭を下げてから、虎くん、と虎に声をかけ、虎に乗って逃げていった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.47 )
日時: 2020/02/03 20:12
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 その日の夜。五虎退は全ての業務が終わった柊の執務室にいた。
「森の中に、屋敷? んー、そんな報告は……あ、いやあったわ。どこかのお金持ちが土地を買って建てさせたって。
今にして思うと、なんであんな奥の方に土地を買ったんだろうねえ」
「そ、そうでしたか」
 なら、彼女はそのお金持ちの娘なのだろうか。五虎退の頭の中は、彼女のことでいっぱいだ。
 失礼します、と執務室を後にする。彼女と話してみたいけれど、あの銃はどこでも反応するのだろうか。だとすると彼女に出てきてもらうしかないのだが、どうやってそれを伝えればいいのだろう。
「ああ、五虎退。いいところに。少し手伝ってくれないかな?」
「いち兄? あれ、みんなも、どうしたんですか?」
 粟田口派が使う大部屋に粟田口に類する刀剣男士たちが集まっていた。彼らは皆一様に何か紙に書いているようだ。
 少しだけ見せてもらうと手紙のようだった。
「実は、アステル殿たちの世界で身寄りがなくなってしまった子どもたちへ、交流と文字の勉強も兼ねて文通をすることになってね。みんなで書いているんだけれど五虎退にも書いて欲しくて」
「は、はい、分かりました。あの、このお手紙はあちらの世界に合わせるべきなんでしょうか……?」
「いいや、事前に『異世界である』ということは伝わっているようだから五虎退が書きたいように書くといい。文字などに関しても問題ないそうだ。
今、五虎退の分の便箋と筆を用意するよ」
 一期一振が立ち上がり、部屋を出て行く。近くにいた秋田にどういう手紙を書いているのか聞けば先日行ったフルーツ狩りのことを書いているらしい。
 他にもご飯のことや、この本丸から少し離れたところにいるポケモンたちのことを書いている者もいた。それなら虎について書こうかと思った時、あ、と口からこぼれていた。
「どうした五虎退?」
「あ、厚兄さん、何でもないです」
 そうだ、手紙だ。手紙を書けば良かったのだ。読んでくれれば出てきてくれるかもしれない。そう考えた五虎退は子どもたちへの手紙を書いたあとに早速書こうと決め、内容を考え始めた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.48 )
日時: 2020/02/03 20:19
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 翌朝。早速彼女へ手紙を書いた五虎退はそれを投函しようと本丸を出た。長い坂を下るだけなのにどこかわくわくしている。ふと前から一人の男が歩いてきているのを見た。彼は最近こちらの世界に飛ばされてきたらしいという集団の一人だ。
「イライさん!」
「やあ、五虎退くん」
 目元を布で隠しているが口元に優しげな笑みを浮かべ、片手を挙げて挨拶してくる彼の名前はイライ・クラーク。第五人格(正式名称Identity V)に登場している男性で、肩には相棒であるフクロウが乗っている。
 イライは五虎退の前まで来てどこかに出かけるのかい? と聞いてきた。五虎退は頷き、あの少女に書いた手紙を投函しに行くことを伝える。
「なるほど、確かにそれは良い手段だけれど……そんな厳重な警備をする人が、見知らぬ人からの手紙を簡単に開くかな? もしかすると、開く前に捨てられてしまうかも……」
「えっ、あっ、た、確かに、そうですね……」
 まったく考えていなかった。最初に手紙を手にするのは彼女とは限らない。そうなるとどうすればいいのか……五虎退は悩み始める。
「もしその少女だけに手紙を届けたいならば、私に考えがあるよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ああ。彼女に届けてもらおう。いいかい?」
 と言って手紙を受け取ったイライはその肩に止まるフクロウに差し出す。返事をするように一声鳴いたフクロウはその手紙を咥えた。そして任せて、と言うように羽を広げて羽ばたかせる。イライの頬を叩いていることには気付いていないようだ。
「これは夜に届けさせてもらうよ。こんなに明るい昼間からだと、彼女が撃ち落とされてしまうかもしれない」
「はっ、はい……! あの、すみません……危険なことをさせて……」
「構わないよ。ね?」
 イライがそう言い、フクロウがまた一声鳴いた。人と鳥だと言うのにお互いに信頼し合っているのがよく分かる。それが何だか微笑ましくて、五虎退は顔を緩ませた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.49 )
日時: 2020/02/03 20:22
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 その少女──駆逐艦の艦娘、春雨はぼうと夜空を自室から見上げていた。本来、艦娘というのは基本的には海に近い鎮守府や艦娘に与えられる寮で生活を送るのだがこの春雨は山の中にある屋敷で生活しており、もう軽く一年は海に出ていない。
 海に出ずとも、この屋敷の主人であり春雨の提督である男は春雨に何でも買い与えた。本に服に調度品に。春雨が何も言わずとも買い与えられ、服も本も着ても読んでもいない物が増えてきた。この上品かつシンプルに纏められた部屋も男から与えられたものだ。
 こんこん、と部屋のドアがノックされる。どうぞ、と声をかければ失礼しますと一声かかって入ってきたのはこの屋敷で働くメイドだった。メイドは湯気の立つ紅茶を持っており、春雨の座るテーブルの前に置いた。
「お待たせいたしました、春雨様」
「……ありがとうございます」
「いいえ。飲み終わりましたら、外のカートに置いてくだされば回収いたしますので」
「……はい」
 必要最低限のやり取りだけ済ませたらメイドはお辞儀してから部屋を後にした。これも仕方のないことである。何故なら、春雨は『不幸を呼ぶ』からだ。だから提督である男以外は必要以上に関わろうとしてこない。寂しくはあったが仕方ないことだと言い聞かせて紅茶を一口飲んだ。
 すると。またこんこん、と音がした。それには驚いてドアを見るが声はかからない。もう一度、こんこん、と音がする。窓からだ。
 春雨が窓を見ると、ベランダに何かがいた。もっふりとした体を持ったその鳥は首から何かをかけている。
「フクロウ……?」
 ホー、と一声鳴いてまたフクロウはくちばしで窓を叩いた。開けて、と言っているのだろうか。
 窓に歩み寄り、鍵を開ける。そっと窓を開けばちょこちょこと控えめに中に入ってきた。何だか愛らしくて、しゃがんでそっと手を差し出せばフクロウは手元に歩み寄ってきて撫でてと言わんばかりに頭を手に擦り付けてくる。
「ふふ、可愛いですね。フクロウさん、首にかけているのは……?」
 フクロウがそれを聞くとじっと春雨を見た。首を傾げたが、もしかして、と思いそっと首にかかった何かを手にする。フクロウは一切抵抗せず、それどころかどうぞと言うように自ら頭を引き抜いた。その『何か』は手紙だった。
 淡い桃色の横型封筒を開き、中に入っていた手紙を開く。
【初めまして。僕は五虎退ごこたいと言います。先日、虎くんと一緒にこの近くにいました。
 突然手紙をお送りする無礼をお許しください。僕は、貴女とお話ししてみたいと思い、この手紙を送ることにしたのです。
 もしよろしければ、お屋敷の外に出てきてお話ししていただけませんか?もちろん、いきなりこのようなことを言って失礼なのは承知の上です。
 お返事、お待ちしています。】
「あの時の……?」
 春雨も、彼のことは覚えていた。白くてふわふわとした髪をした少年を。その隣には大きな白い虎がいたからよく覚えている。……そして、昨日からずっと彼のことを思い出していた。会って話してみたい、と思っていたのは春雨もだった。けれど、春雨はこの屋敷から一年間ずっと出ていない。いや、出てはいけないと言われていた。
 仮に彼と会いたいと言っても許可をもらえるだろうか。もらえないと思う。残念に思いながら返事を書こうとして、封筒にもう一枚紙が入っていることに気が付いた。それを取り出して読む。
【初めまして、私はイライ・クラークと言う者です。五虎退くんの手紙と、この手紙を届けたフクロウの相棒、と思っていただけると幸いです。
五虎退くんと会えないとしても、せめて手紙を送り合うのはいかがでしょう? そのためなら私は、フクロウに頼んで手紙のやり取りをお手伝いさせていただきます。

貴女の現状を変える、ほんの少しのお手伝いでよろしければいくらでも】
「!!」
 春雨は目を見開く。……このイライ・クラークという人物はどこまで知っているのだろう。少しだけ薄ら寒いものを感じながらも『貴女の現状を変える』の一文から目を離せない。
 これは自業自得なのだと。むしろ自分はまだ自分を生かしてくれる提督に感謝しなくてはならないと思ってきた。だけど。だけど。
 春雨はフクロウに少し待っててくださいと声をかけて、『春雨のように可愛らしいから』と買い与えられた、けれど春雨には使うことはないと思っていた便箋を取り出し、一枚を破り取り、ペンを走らせた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.50 )
日時: 2020/02/03 20:29
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 数日後。五虎退は複数の便箋を嬉しそうに眺めている。この便箋は全てあの少女──春雨からの手紙だ。最初は出ていくことはできないと書かれていて残念に思ったが文通をすることになったのだ。ただ、屋敷の主に見つかってはいけないからとイライがフクロウを飛ばして、と言った形でだが。
「五虎退っ」
「ひゃあっ!? あ、乱兄さん……」
「最近、便箋を見て嬉しそうだね! あの孤児院の子たちから?」
「あ、いえ、これは……その」
「ん?」
「……さ、最近知り合った、お友達です」
「そうなんだ! ねえ、どんな子? 名前は?」
 乱が聞いてきて、五虎退は一生懸命に返していく。そんなやりとりの最中だった。
「はぁあ!? 艦娘の監禁!?」
「声が大きいですよ、審神者様!」
 こんのすけと柊の声に五虎退と乱は顔を見合わせ、そっと聞き耳をたてた。
「あ、ごめん……ってかそれは本当?」
「はい。とある提督が一人の艦娘に一目惚れし、その艦娘を追い詰めて精神的に弱らせてから山奥の屋敷に監禁しているという情報がその提督の鎮守府より入りました。厄介なことに、提督としての仕事はまだしていたらしく、報告も遅れに遅れたようで」
「胸糞悪い話だな……あーなるほど。それで私に話が来たってことか」
「そのようです」
「……こんのすけ、詳細を」
「承知しました。審神者様の予想通りではあると思いますが、屋敷はごく最近購入された土地に建つ屋敷にございます」
 五虎退は目を見開いた。その屋敷に、心当たりがありすぎたから。
「監禁された艦娘の名前は」
「……白露型駆逐艦の五番艦、春雨様です」
「!!」
 五虎退は一瞬だけ息を忘れ、乱は目を丸くして手紙を見た。五虎退の文通相手の名前だ。
「了解した。あちらは何と言ってる?」
「第一は春雨様の救出及び保護、第二に提督の捕縛、できることならば監禁に関わった者の捕縛です」
「分かった、なら早速部隊を」
「あのっ!!」
「どひゃぁ!?」
「ひゃあっ!? ご、五虎退様!?」
 五虎退が思わず飛び出し、大きな声で話しかければ柊は大きく体を震わせ、こんのすけの体毛も逆立った。けれどそれどころではない。
「あ、主さまっ、彼女の救出、僕にも手伝わせてください!!」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.51 )
日時: 2020/02/03 20:36
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 それから、また数日後。五虎退の文通相手である春雨もまた、五虎退からの手紙を繰り返し読んで顔を綻ばせていた。誰にも見つからないように隠しながら、時々取り出して。
「いつか、会いたいなぁ……」
「誰にだい?」
 体が大きく震え、すぐに手紙を隠そうとするも春雨の華奢な手は捻りあげるように掴まれ、無理やり手紙を奪われる。春雨が見た先には整った顔立ちの青年──春雨の提督がいた。
 青年は冷えたような目で手紙を読み、舌打ちすると手紙を破き始めた。
「っ!! 司令官っ、や、やめて、やめてくださいっ!!」
「ねえ春雨。キミは、何故ここにいるのか分かっていないのかな?」
 それに春雨の体がまた震える。呼吸がうまくできない。
「それはね、キミが、『周りに死をもたらす死神』さんだからだよ?」
「あ、あ……!」
 聞きたくない。なのに耳を塞ぐことすらできない。
「キミのせいで、白露も、時雨も、村雨も、夕立も、他の白露型の駆逐艦たちも沈んだんだよ? でも私はキミを失いたくなかった。だから私以外との接触を最小限にしたんだよ?」
「う、あ」
「なのに。恩を仇で返すなんて。春雨はなんて恩知らずな子なんだろう。
ねえ春雨。勝手に他の誰かと交流を持つなんて。私に対して……いいや、今までキミのせいで沈んだ艦娘たちに対しての、ひどい裏切りだと思わないかい?」
「い、や、いやぁ……ごめんなさいっ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
 春雨の目から涙が溢れる。止まらない。止まるはずがない。
 青年の、幼子に優しく語りかけるような口調が余計に春雨の心を追い詰める。青年がそっと春雨の頬を包み、顔を上げさせる。涙でボヤけているから、どんな顔をしているのかが分からない。
「大丈夫。私はキミがだぁいすきだからね。キミがいくら恩知らずでも、いくらでも助けてあげるし、いくらでも許してあげよう。
ああ、でも今回は……うん。ちょっと、『謝罪の気持ち』を示してもらおうかなぁ?」
 青年が頬から手を退いたと思うと手を引かれ、ベッドに押し倒される。それが何を意味するか、分からないほど春雨も無知ではない。
「っ、や、やめてっ、やめてくださいっ!! いやっ、いやぁっ!!」
「暴れるな!! ああそれとも今まで沈んだ艦娘に対して悪いとも思ってないのか!?」
「!! う、うぅ……」
「大丈夫、大人しくしていれば酷くはしないよ」
 青年の手が服にかかる。春雨は恐怖で目をキツく瞑る。
「助けて……助けて」
 ──五虎退くん……!!

 その時。屋敷に警報音が鳴り響いた。
「なっ、なんだ!? 警備システムは、くそっ」
 青年は慌てた様子でスマホを取り出すと慣れた手つきでどこかに電話をかけた。
「おい、警備システムはどうした!? ……突破された!? ふ、船が壊しただと!? 馬鹿も休み休み言え! ……白い虎!? なんなんだ一体!!」
 白い虎。それに春雨は五虎退が来てくれたのだと考えてしまう。でも、もしかすると。
「くそっ!! とにかく、引き留めろ!!」
 荒々しく切ると青年は暗い笑みを浮かべてまた春雨を押し倒した。
「さっきは大人しくしていれば酷くはしないと言ったけど、そんな余裕はなさそうだ。
……せめて最後に。キミの純潔を私に差し出しなさい」
 さっきまでは、罪悪感と恐怖で彼の『慈悲』に従うしかないと思っていた。だけど、五虎退が来てくれたかもしれないと考えるだけで、彼の『慈悲』に従おうとは思えない。
「いや、いやです! 離してくださいっ!!」
「なっ!? さ、逆らうのか!? キミのせいで沈んだ艦娘にっ」
「絶対にっ、絶対に嫌です!! 助けてっ、助けてください!! 助けて、五虎退くんっ!!」
 春雨の叫びに応えるように、部屋のドアが開かれる。
 そこに立っていたのは。
「その子から、離れてください!!」
「あ、あ……五虎退くん!!」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.52 )
日時: 2020/02/03 20:41
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 五虎退の目の前には、天蓋付きのベッドで押し倒されながら、涙を浮かべながらも自分を見てホッと笑みを浮かべてくれた春雨。そして春雨を押し倒している青年だ。
 虎が唸れば青年は顔を青くした。虎以外にもイライ、カヴィン・アユソ、ウィリアム・エリス、景光りゅうこ、乱がいる。青年にとってはあまりに分が悪い。
「その子を、こちらに渡してください。あなたが罰を受けることは変えられませんが、主さまや他の方に罰を軽くしていただけるようにしてもらうことはできます」
「ぐ、く……!! ふざけるなっ!! 私からこの子を奪うつもりか!? それならっ、それくらいなら!」
 青年は春雨の細い首を両手で掴もうとする。目的は容易に分かった。だが。
「そんな隙だらけじゃあ、どんな子猫ちゃんも捕まれられる訳ないだろう?」
 ヒュッ、と音がした。瞬間、投げ縄が的確に春雨だけを捕まえ、りゅうこが駆け出し、青年を蹴り上げると同時に春雨がこちらへ引き寄せられる。
 慣れた様子で、カヴィンが引き寄せられた春雨をそのまま担いだ。
「えっ、えっ!?」
「そう、こんな風に横から掻っ攫われても仕方ない! 特に、僕は子猫ちゃんたちの扱いには慣れているつもりだからな」
「その割にはフラれてばかりな気もするぞ」
「余計なことは言わなくていいんだよウィリアム!!」
「まあまあ。カヴィンさんは手筈通り、このまま春雨さんを連れて逃げてほしい」
「分かってる。後は頼んだ。
ああ、それとりゅうこちゃんは後でデートでもしないかい?」
「なぁにバカなこと言ってんだ、とっとと行きな!」
「はは、つれないところも素敵だよ!」
 そう言いながらカヴィンは混乱する春雨を抱えたまま走り去っていった。
「待て!! 返せっ!!」
「返すわけないだろうが!! あまつさえ、あの子を手に入れるためだけにあの子の姉妹艦を目の前で沈むように仕向けたお前なんぞに!!」
 りゅうこの言葉に全員が青年を嫌悪した目で見る。
 そう、青年はわざと春雨を追い詰めるために姉妹艦である白露型の駆逐艦が春雨の目の前で沈むように仕向けていた。時には、春雨を庇うように仕向けて。青年の思惑通り精神的に追い詰められた春雨は青年が言う通りに自分を『死神』と思い込み、青年に願った。
 もう自分のせいで誰も沈めたくない。どうか、自分を解体してほしいと。そしてその資材は、使わずに廃棄してほしいと。だが青年はその願いを退け、彼女をここに監禁した。接触を最小限にすれば、誰も被害は被らないと宣って。
「ぐっ、なぜ、それを!!」
「……あなたの所業を、どうしても許せない艦娘たちがいた。彼女らは全員で結託してあなたに気付かれないように証拠を集めて報告したんだよ。
今頃、あなたの鎮守府は解体されてみんな清々してるかもね!!」
 乱の言葉に青年も気づいたらしい。自分の鎮守府の艦娘が結託し、青年を告発したのだと。
「……私には分からないな」
 イライが静かに口を開く。
「な、にが、だ」
「どうして、愛しいと思った人を平気で傷つけられるのか。傷つけて、追い詰めて、それで手に入れても喜べるはずがないのに。
普通なら、愛しい人は守りたいと思うんだ。本当に、あなたは春雨さんを愛していたのかい?」
「っ!! 黙れ、黙れぇええっ!! 私はっ!! 私は春雨を愛していた!!
だからあの子が絶望した顔だって愛しかった!! 知っているか? あの子の絶望した顔は、笑顔よりも美しいんだ」
「……だから、なんだって言うんですか」
 

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.53 )
日時: 2020/02/03 20:46
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 五虎退が涙を浮かべて男を睨んでいる。虎の唸り声も大きくなった。
「あなたが言う愛しいは、嘘に決まってます。だってそんなことできるはずがないです。もし自分の兄弟がそんなことで折られたと思ったら……僕は、できないです。
それに……好きな人には、笑顔でいてほしいから」
「五虎退の言う通りだよ。あなたは春雨さんを傷つけるだけ傷つけて、思い通りにならなきゃ殺そうって? 春雨さんを何だと思ってるの!?
彼女はあなたのおもちゃじゃない、所有物でもない!! 彼女は艦娘だ、本来なら、美しい海を駆けて戦う美しくて勇ましい子たちなんだよ!! あなたのそんな下らない欲望を満たすために生まれたんじゃない!!」
 乱と五虎退の言葉に青年はぐっと黙り込んだ。しかし、その口はいやらしく歪んでいる。
 それを見られたのは一番近くにいたりゅうこのみで、彼女は嫌悪に満ちた目をそのままに青年を見ている。
「何がおかしいんだい!」
「ははっ、そろそろのはずだよ……ここには、お前たちのような者が入り込んだ時のためにガードロボットがあってね?
侵入者は、蜂の巣にされてしまうんだよ!
ああ、先に行ったお仲間はすでにやられてる頃じゃないかな?
……春雨も巻き添えを喰らったのは惜しいが、あんなに反抗的ならもういらない。他の鎮守府から奪って、新しい春雨を作るさ」
「っ!! あんたっ……最低な野郎だね!!」
 りゅうこがさらにキツく青年を睨みつける。しかしもはや青年は感覚が麻痺でもしているのか笑っているだけだ。
 だから誰も気付かない。イライだけが薄く笑っていたことを。イライの肩にいるはずのフクロウが、いつの間にかいなくなっていたことを。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.54 )
日時: 2020/02/03 20:51
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 一方、カヴィンはまさしく窮地に立たされていた。
「うおっ!!」
「きゃああ!!」
「ごめんね、春雨ちゃん! 今キミを下ろすとキミが余計な被弾を喰らいそうだ!」
「だっ、いじょう、ぶ、です! でもっ、あなたが!」
「気にしなくていいっ! ハンターがっ! 封鎖空間っ! 持ってる時っ、よりはマシっ、だ!」
 カヴィンは春雨を抱えたまま、出入り口付近でガードロボットに追いかけられていた。幸いにも数は少なく、念のためにと付けてあったサバイバー内在人格『割れ窓理論』と『膝蓋腱反射』を駆使して逃げ回っている。
 しかし出入り口にはガードロボットがいてとてもではないが無理やり突破できるような状況ではない。これがカヴィンと同じサバイバーであるナワーブ・サベダーならば多少の無理は効いたかもしれない。あるいは、ウィリアムに付いてきてもらってタックルで動きを止めた後に三人で突破する手段は取れていただろう。部屋を移動しようにもその隙が見当たらない、というか下手に入ってガードロボットが増えたらさすがにお手上げだ。
 さてどうするか、そう考えていた時にピュイィ、と鳴き声がする。それにニヤリと笑い、春雨にしっかり捕まってくれと声をかけた。
 階段の手すりを乗り越え、『割れ窓理論』で加速を付ける。向かうのは出入り口。ガードロボットの銃口がカヴィンたちに向く。
「あっ、カヴィン、さん!」
「大丈夫だ! 『イライ』を信じてくれ!!」
 銃口から銃弾が放たれる瞬間。
──ピュイィ!!
「えっ、フクロウ……さん……!?」
「ナイスガードっ、イライ!!」
 すぐにカヴィンは外へと飛び出す。ガードロボットたちは完全に屋敷の中だけを守る設定なのか、それ以上追いかけてくることはない。
 そのまま走り続けていれば、何人かの集団が集まっている。カヴィンは躊躇いなくそこへ駆けていく。
「カヴィンお疲れ!」
「ああ、この報酬は女の子たちからの愛で結構だ」
「だが断る。私がさせん。おこ。春雨ちゃん、無事で何より」
「えっと、あの、あなた、は」
「私は柊。五虎退くんの主だよ」
「! 五虎退くんの……」
「大きな怪我がなくて良かった」
 頭を撫でられ、春雨はどうしていいか分からないようで、それでも後ろからやって来た姉妹艦たちからも撫でられると嬉しさと安堵からか泣き出してしまった。
「……柊、少しだけ戻っていいか? 嫌な予感がする」
「……一人で平気?」
「ま、何とかするさ」
「待て、カウボーイよ」

…………………

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.55 )
日時: 2020/02/03 20:57
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

「銃兵っ、展開!!」
「放てー!!」
 金の銃兵からの銃弾がガードロボットを倒していく。しかしその後ろからまたガードロボットが湧いて来た。
「くっそ、何体いるんだよ!!」
「キリがないっ、ねえ!!」
 青年をがっちりと抱えるウィリアムを守るようにりゅうこは竹刀を振るう。イライは天眼を使い、ある程度出てくる場所を特定して最後尾を守る乱と五虎退にガードロボットの位置を教えていた。
「っ、う」
「イライさん大丈夫!?」
「む、無理しないでください……!」
「大丈夫、だよ。さあ、そろそろ出入り口だ、早く行こう」
 イライの言葉に全員がまた足を進める。出入り口付近にもガードロボットは大量にいたがまた金の銃兵である程度壊してから突き進む。
「乱くん、五虎退くん。ここを最も安全に出られる策が私にあるんだ」
「えっ?」
「な、なんですか、それは?」
「……いいかい、私が合図を出したら振り返らずに全員で走ってくれ。それでみんな大した怪我も負わずに済む」
「……分かったよ、イライさん」
 出入り口が見える。その横を守るようにいたガードロボットはりゅうこが先に行って破壊する。
「今だっ、全員走れ!!」
 イライの声に全員が走り出す。誰もがガードロボットからの攻撃を喰らわずに、出られた。

 ドサリ。その音に誰もが振り返る。
「……!! イライさん!!」
 イライだけが屋敷の中で倒れていた。ガードロボットたちはイライに銃口を向ける。……イライは起き上がらない。いいや、起き上がれない。
「助けにっ」
「行くんだっ!! 私は……もう走れない。歩けもしない、だから、『私以外の全員が大した怪我も負わずに済むように』したんだ!!」
「そんな!」
「今ここで私を助けたら、誰かが犠牲になる、早く行ってくれ!!」
 多分、自分たちが助けるよりもイライをガードロボットたちが撃つのが速い。
「……大丈夫、分かってたんだ。あの日から。五虎退くんが、春雨さんと出会った日から、分かっていたから。怖くはないさ」
 そのイライの呟きは、誰にも聞こえない。
「全く、敵にまでモテてくれるなよこの色男!!」

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.56 )
日時: 2020/02/03 21:03
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 ヒュ、と音がして。イライの視界は急にぐるりと変わったことだろう。銃弾は、微かに捕らえた巨大で冒涜的とも思える触手に阻まれた。
「えっ、あ、カヴィンさん!? どうして」
「ったく嫌な予感がして戻ってきてよかった! 降ろすぞ、僕は女の子ならいつまでも抱いて走っていてもいいが男を抱いて走りたくない」
「あだっ!?」
 乱暴に降ろされ、少しだけ視界がぐらつく。そんなイライの前に巨大な影ができて顔を上げる。
「無事だな、占い師よ」
「ハ……ハスター、様」
「後は我に任せるがいい」
 後ろから確実にガードロボットが壊れる音がする。何度も何度も触手を生やす時の動作をしているからガードロボットが全滅するのも時間の問題だろう。あと、ついでに言うとあの屋敷の使用人たちも触手を見ていたら正気を失う気はする。
「イライさん、やっぱりダメだったんじゃん!」
「む、無理はダメですぅう……!」
「乱くん、五虎退くん……そうだね、すまなかった」
「うんうん、反省してくれてるね? でもだーめっ♡
罰として、イライさんは集合場所までボクが運ぶから!」
「えっ」
「も、もっと、反省、してくださいっ」
「えっ、ちょ、あの、運ぶって」
「安心して、イライさん」
 乱が、妖艶に笑う。

「ちょっとお姫様抱っこするだけだから♡」
「……!!」
 成人男性が、見た目中学生くらいの女の子(実際は男だが)にお姫様抱っこされる。それは精神的にキツすぎる。
 しかし悲しきかな、乱は極、イライは疲労困憊。後は分かるな、イライに抵抗は許されないのであった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.57 )
日時: 2020/02/03 21:12
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: FBVqmVan)

 それからまた数日。春雨は柊本丸で暮らしていた。縁側でふう、と息を吐く。
 本来ならば鎮守府で暮らすべきなのだが、春雨にとっては悲しい思い出が多すぎた。その上、あの青年に刻まれた傷は深く、海に出ても体の震えが止まらず、酷い時には過呼吸に陥ることさえあった。ちなみに青年は当然のことながら逮捕、提督を解雇された。
 そんなことがあり、春雨は海から遠い本丸に数少ない特例として住むことになったのである。部屋は柊と、もう一人の数少ない特例である鳳翔に挟まれていた。
「あの、春雨さん」
「! 五虎退くん! お帰りなさい!」
「はい、ただいま帰りました。あの、これ。主さまが、渡してもいいと仰ってくれたので、どうぞ」
 差し出された菜の花にわあ、と感嘆の声を上げて受け取る。五虎退がそのまま隣に座り、ゆっくりとお互いに話し始めた。
 いつまた海に出られるかは分からない。けれど、もう春雨を不必要に傷つけ、一方的な愛を押し付ける存在はいない。だから、またいつか海に出られると信じている。
 ただ、それまでは。
 優しい笑顔を向けてくれる、その笑顔を見て、心が暖かくなる彼の側にいたいと、春雨は密かに思っていた。
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