二次創作小説(新・総合)

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.511 )
日時: 2022/07/04 21:06
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 7Hzptsk2)

レオ・ベイカー争奪戦・終

 どこが底なのか分からないほどの、闇。そこに、ふわりと落ちていったのは麦わら帽子だった。
「リサ」
「っ、う、うぅ〜っ!!」
 黒い蔓に巻き付かれ、今まさにその底へ引き摺り込まれそうだったレオの腕を掴んでいたのは、エマだった。思い切り目を瞑り、強く強く力を込めて。けれど庭師をしているとは言え、体格差が大きすぎる二人。その上、この蔓はダーズの力によるものだ。
 レオはエマの奮闘虚しく、少しずつ嬲るように底へと連れて行かれる。
「リサ、放しなさい。このままだと二人とも」
「いや、なの。絶対に、離さない!」
「リサ!」
「嫌!!」
 ぽたり、とレオの顔に一粒の涙が落ちてきた。
「絶対に、絶対に嫌。離さない。だって、だってやっと! やっとパパが帰ってきてくれたのに! また、離れ離れになるの? そんなの、絶対に嫌!!」
「リサ……」
「く、ぅう……!」
 ずるり、ずるりと確実に下がっていく身体。本当にこのままでは二人とも底へ連れて行かれてしまう。
 離すんだ、レオがそう言うがそれを無視して、二つの手が増えた。
「なっ……?」
「ぐぅ……!」
「くっ……!!」
「ライリーさん、ノートンさん……!」
「リサ、絶対に離さないでやれ、俺もできる限り離さんから……!!」
「ねえ、さっきさ。ウッズさんに幸せになれって言ってたよね? その幸せに、アンタがいなきゃだめなんだって何で分からないんだよ!」
「……」
「そうやって、また勝手にいなくなって。それで幸せになれ? 自分勝手なのもいい加減にしろよ!!」
「ははっ、まあ、それは同意、だな!」
「はあ? あんたもだよライリーさん!」
「知ってるに決まってるだろ! 何のためにここまでやってると思ってんだ!」
 軽く言い争ったがすぐにレオの手を引っ張ることに集中する。それでも、確実に下がっていく。
「誰か、手を貸してくれ!」
 ライリーの声にウィリアムやカートが来て同じく手を引っ張る。さすがにもう上がってもおかしくはないのに、上がるどころかやはり下がっていく。
 これ以上は増やせない。レオの左腕は蔓に巻き付かれていて上げることができない。
「パパ……!」
「もう、もうやめろ! このままだと……!!」
「だからって、諦めるわけには……!!」
 その時だった。エマたちの後ろから淡く輝く何かが飛び、エマたちが掴んでいるレオの腕に絡みついた。それは、温かく輝く縄であった。
「えっ!?」
「それを掴んで!」
 後ろからした声に思わず全員が振り向く。そこには、エルゼがいて。
 エルゼの声に、飛び出して光の紐を掴んだのは司と類、そして彰人と冬弥だ。
「あ、あなたは……?」
「わたくしはエルゼ。女神とされるものです。そして、それはわたくしの力を使って作り上げた紐です。頑丈に作りましたから、そうそう切れることはありません。
皆さま! どうかこの方を助けるために力をお貸しください!」
 次々と学生組の面々や戦っていたメンバーが縄を掴み、引っ張る。サバイバーたちもそれに続いた。
 その甲斐もあってか、レオの体は持ち上がらないものの、これ以上下がることもなかった。それに思わずホッと息を吐きそうになるが安心はできない。ここからレオを引き上げない限りは。
 ぞわり。寒気を感じる。思わず視線を前に向ければ、レオに巻き付いている黒い蔓に赤黒い爪が生えたものがいくつもいくつも登ってきていて。
 赤黒い爪の生えた蔓が、縄を掴む者たちを襲おうとする。
「させないよ」
 金の鎖が蔓を的確に貫いていく。この声で、この鎖を使うのはエルキドゥしかいない。鎖は貫くばかりではなく、複数の蔓を纏めて縛り上げもしている。
「女神エルゼ、何か案はないかな」
 エルキドゥがエルゼにそう問う。
「……今、探っています。もう少し時間をいただけますか」
 どこか突き放すような声に、短いとは言えエルゼと行動を共にした栗松たちは少し動揺した。が、その声で返されたエルキドゥ本人はそう、と大して動揺はしていないようだ。
 とにかく、エルゼが何か見つけるまではレオを底へ引き摺り込ませないのがここにいる全員の役目だ。
「パパ、頑張って……!」
 エマも縄を握り、改めて力を込める。
 エルキドゥに加えて刀剣男士や真剣少女たちが刀で蔓を斬り伏せていく。それでも蔓は無尽蔵に溢れてくる。
「誰か! あっちに戻って何人か……いや! あっちに残ってる学生組以外は全員連れて来い!」
「俺が行きます!」
 ライリーの言葉に風丸が駆けていく。他にも圭一や石丸、足の速さからか愛染、博多も共に駆けていった。
 なるべく早く解決してくれればいいが。全員の体力が切れてしまう前に。そう願わずにはいられなかった。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.512 )
日時: 2022/07/04 21:14
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 7Hzptsk2)

 扉の前。そこに穂波たちは着いていた。鯉登に抱えられていた穂波とガーディ以外は全員少し肩で息をしている。特に身体の弱いスプリングフィールド(R)は顔色が悪く、一番大きく息を吸ったり吐いたりして、軽く咳き込んでいた。
「っけほ、こほ」
「スフィー(R)大丈夫? あともう少しだけど、休む?」
「いいえ……大丈夫、です」
「そっか、じゃあ早く……」
「皆さん!!」
 こちらを呼ぶ声に全員が振り向くと、風丸や他のメンバーが駆けてきていた。鯉登、月島を見て知らない人間がいたことに少し動揺したようだったが彼はすぐに口を開く。
「人手が欲しくて……このままだと、レオさんがまた連れていかれます!」
「えっ!?」
「何があった?」
「実は、レオさんを元に戻すこと自体は成功したんです。ただ……レオさんを連れて行こうと、黒い蔓が出てきて、それが力強いんです。
俺たちのほとんどが引っ張っても、レオさんを持ち上げられないくらい……だから!」
「分かった。スフィー(R)はみんなと一緒に他の人たち呼んできて、俺とジーグブルートが先に行くから!
こっちに来てるメンバーには向かいながら通信機使って連絡しとく!
「わ、分かり、ました」
 未だ顔色の悪いスプリングフィールド(R)を気遣った判断に、ジーグブルートも特に反対はしなかった。二人はこちらです、と先導してくれる石丸と共にレオたちの元へと向かっていく。
 それを見ていた鯉登は穂波に再び失礼と言いながら下ろす。そして踵を返した。
「我々も向かうぞ月島、礼は返さねばならん」
「はい、鯉登少尉」
「すまないが、お嬢さんのことを頼めるか」
「は、はい」
 風丸が頷くと二人もシャルルヴィルたちを追いかけ、走り出す。
 人手が欲しいと言っていた。なら二人程度でも行かないよりはマシだろう。




















 シャルルヴィルたちが見たのは、黒い沼に引き摺り込まれかけているレオ、そのレオを輝く縄で引っ張って連れていかれるのを阻止しているメンバーたち、そして、沼から次々と溢れる蔓との戦いであった。
 シャルルヴィルとジーグブルートがレオを引っ張るために縄を握る。鯉登と月島もそれに続き、何本もある内の一つを握った。
「手伝おう!」
「っ悪い、頼……あっ!?」
 鯉登の前にいた男が振り返る。その男は鯉登と月島を見てお前ら! と声を上げた。鯉登と月島も目を見開いた。
「なっ……貴様、杉元佐一(スギモトサイチ)!?」
「その前にいるのは、谷垣か?」
「つ、月島軍曹に鯉登少尉……? 何故ここに」
「手伝うのは構わねえが、足引っ張るなよ!」
「貴様を手伝うのではない、勘違いするな!」
「なんだと!?」
 ぎゃあぎゃあと言い合う二人に離れたところから「そこ、喧嘩してないで!!」とシャルルヴィルから注意を受ける。それにどちらもお互いをギリギリまで睨み合いながらも力を入れることに集中し始めた。

──本当にこの二人、相性が悪いな。

 ムッチリした男──谷垣源次郎(タニガキゲンジロウ)と月島はつい同じことを思いながら、手元に集中する。とにかく、彼を沼へ沈めないことだけを考えて。
 その時だった。一人の少女……エルゼの声が見つけました、と響いたのは。
「その沼の中に、ダーズの力の結晶があります! 小さくも黒く、おぞましい力の結晶が……!
わたくしが援護します。あなたはそれを、鎖で撃ち抜いてください!!」
「分かっ……」
 分かった。エルキドゥが答えようとした。だが沼から今まで以上の蔓が湧き、一気にエルキドゥに襲い掛かる。
 エルキドゥはすぐに鎖で貫いたり避けたりしたが、とうとうその内の一本がエルキドゥの腹部を貫いた。
「っ……!」
「エルキドゥ!!」
「この、程度……!!」
 隙を突き、蔓は次から次へとエルキドゥを襲った。例え消滅とまでは行かずとも、とてもではないがその結晶とやらを撃ち抜くことはできないだろう。
 誰か代わりに、その声がエルゼのダメです、という声にかき消された。何故、とエルゼを見れば彼女もどこか悔しそうに顔を歪めている。
「あの結晶は、ダーズの力で守られている……あの結晶に攻撃を届けるには、生半可な力では届きません。わたくしと、彼の力で届くはずだった。単純な距離でも近くにあるようで、とても遠くにありますから。
これでは……もう……」
「そんな……」
「完全に方法がないわけではありません。
正確にあの結晶に当てることができ、なおかつ眩い光のような、そんな力を持つ攻撃ならばあるいは……」
「正確に……眩い、光……」
 エルゼの言葉にハッと、オリヴァーがケンタッキー(R)とペンシルヴァニアを呼んだ。それにオリヴァーと同じく何かに気付いた者が多かった。
「二人とも、絶対高貴を使って心銃を!!」
「!!」
「ああ!!」
 二人が縄を手放し、本体である銃を取り沼に近付いていく。当然、蔓はそれを好機と捉え、エルキドゥに集中していた三分の一程度を二人に向けた。
 だがすぐにアブラナとむつみが二人の前に立ってアブラナはレイピアを、むつみは『歌仙兼定』を使って斬り捨てた。そうして、二人は沼の近くに立つ。見下ろし、目を凝らせばやっと見える程度のそれは禍々しい黒い、小さな真珠のようだった。
 数回、息を深く吸い、大きく吐く。この一撃にかかっているのだから、緊張しないわけがない。
「ペンシルヴァニア」
「うん?」
「足、引っ張んじゃねーぞ」
「……ああ。必ず、成功させよう」
 後ろで柊のケンタッキーがペンシルヴァニアの兄貴になんて口ききやがる! と騒いでいたが、ペンシルヴァニアは大丈夫と笑い、ケンタッキー(R)は無視していた。
「「……絶対高貴!」」
 二人を、眩く気高い光が包む。絶対高貴は、古銃の貴銃士が使える奇跡の力。これならば、あるいは。
 銃口を結晶へと向ける。たった一発の勝負。だが、ケンタッキー(R)とペンシルヴァニアならば。
 心銃を発動し、引き金を引く。響きながらも乾いた音がする。光に包まれながら放たれた銃弾は真っ直ぐに、襲いくる蔓を物ともせず飛んでいく。
 結晶に、届く。
 パキ、と小さいはずのその音は確かにケンタッキー(R)たちに届いて。
 ヒビが入っていく。結晶に成す術などない。パキン、と綺麗な音を立てて、結晶は粉々に割れて沼の底へと散っていった。蔓は苦しむように暴れ出す。しかし幸いにも誰にも当たることはなく、蔓はぐったりと萎れ、塵となって消える。
 それとほぼ同時に、あっさりとレオを引き上げることができた。ただ、全員が力を入れっぱなしだったせいで勢いがついてしまい、殆どが転んだり尻餅をついたりしてしまっていた。
 レオたちが沼を見る。沼も、風に吹かれて砂が飛んでいくように消えてしまった。
「……やった」
「終わった、の? 今度こそ、本当に……」
 勝ったのだと、レオを今度こそ取り戻したのだと、全員が飲み込んだ瞬間。先ほどとは比にならないほどの、歓声が上がった。中には感極まって泣き出す者もいて。(ガンジだけ、いつの間にかいなくなっていたシルヴィーを探していたが。)
 出会ってほんの少ししか経っていない杉元たちも、それがどれほど彼らにとって待ち望んでいたものなのかが分かって、自然と笑っていた。
「パパ……」
「行っておいでよ、ウッズさん」
「あのバカに、どれだけ心配かけたのか今度こそ分からせてやれ」
 ノートンとライリーに背を優しく押され、エマは少しだけレオを見つめる。その視界は、すぐに歪んでしまって。
「パパ……パパぁ!」
 今度こそ、泣きじゃくってレオに抱きついた。声を上げて、泣いた。バカ、と震える声で言った。ぽす、ぽす、と叩いた。それを、レオも泣きながら、微笑みながら受け入れていて。
 二人は、やっと再会できた。

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.513 )
日時: 2022/07/04 21:35
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 7Hzptsk2)









 とある場所。フェセクは作戦が失敗したと聞いて少しばかり喜んでいた。表には出さなかったが。
 そうだ、あんなひどい作戦失敗してしまえばいい。人のことを言える義理ではないと分かっていながらも、そう思ってしまう。
「おや、フェセク。何やらご機嫌ですね」
「っ!!」
 体を大きく震わせて勢いよく振り向く。この組織のリーダー的存在で、『ハーフエルフ』のクリフォードが優しく笑いながらどうしました、と聞きながらこちらへ歩み寄っていた。その側によく連れている黒猫の姿はない。
 そういえば、最近黒猫の姿を見ない気がするが、まずは目の前のクリフォードに何か反応を返さねば。
「え、えと。実は長いことやっていた実験がやっと成功しかけまして」
「そうでしたか。こちらの作戦は失敗に終わりましたが、おめでとうございます。ヒナコやウィリディスもさぞや喜んだでしょう」
「は、ははは……」
「ところで」
 一歩、クリフォードが近づいてくる。
「この作戦を、マスターハンド側に流した『裏切り者』がいたんです」
「っ、そ、うなんです、か」
「ええ。フェセク、心当たりはありませんか?」
 その一言に、心臓が大きく跳ねる。もしこれがバレていたら……どうなるのか、分かりはしない。ただ、とてもではないが無事で済むとは思えない。
 なんとか知らないと返せば少し様子を伺うように見つめられる。一瞬であるはずのそれは、非常に長く感じられた。
 するとクリフォードはそうですか、と笑った。
「心当たりがないのであれば、それで構わないです。それに……ああ、帰ってきたようですね」
 荒い足音が聞こえる。クリフォード様、と叫ぶような声に弾かれるようにそちらを見れば、息を切らせた黒猫が……血塗れで立っていた。
「く、ろねこ!? どうしっ……お前、血が」
 フェセクの心配する声など聞こえていないように、黒猫は足をもつれさせ、転びながらもクリフォードに必死な形相で縋りついた。
「クリフォード様、クリフォード様、貴方様に言われた通り、命を果たして参りました、鴉は、鴉は」
「ふふ、落ち着きなさい。『どのような命令を果たしてきたのか』、きちんと報告しなくては、ね?」
「っ……あ……」
 顔を青ざめさせ、ガタガタと震え始める黒猫。異様なものを感じたフェセクは一度落ち着かせてからでいいだろうと提案しようとしたが、それよりも先に黒猫が口を開いた。
「あっ……う……く、クリフォード様の、ご命令通り……指示された村や街、計……五つ……全て……


滅ぼして、参りました……」
「は……?」
 今、なんと。思わず口を挟むよりも先に、黒猫は震えた声で続けた。涙を浮かべながら。
「住民たちは……すっ、全て、殺害、いたしました……。老人……子ども、赤ん坊に至るまで……すべ、て……」
「ふふ、素晴らしいですよ黒猫。これで作戦失敗よる損失はゼロ……いいえ、むしろプラスにさえなりました。ありがとう、下がって休みなさい」
「そ、れよりも、鴉、鴉は」
「ああ、彼は無事ですよ。あなたはきちんと仕事をこなしてくれた。鴉の待遇改善は考えましょう。そして、『しばらくの彼の命の保障』もしましょう」
「っ! ありがとう、ございます……!」
 今のやりとりで何があったのか、分かってしまった。
 作戦を流したことを、事前に知られてしまっていた。ただ、犯人まで分かってはいなかったのか、どうかまでは分からない。それでもこの作戦の代わりに……黒猫が、いくつもの村や町を滅ぼすことになってしまった。
 彼と仲の良い鴉の待遇改善ももちろんあっただろう。だが、何より鴉を人質に取られた。だから、黒猫は嫌でもその命令を実行するしかなかったのだ。
 おぼつかない足取りで去っていく黒猫の背中を見送る。ふふ、とクリフォードの笑い声が耳に入った。
「独りよがり、というのは恐ろしいですね? 『裏切り者』のせいで、黒猫はあんな命令をこなさなくてはならなかったんですから……」
 ねえ、フェセク?
 その声が、まるで自分を責め立てているようで。声にならない声を何とかして出そうと口を動かす。餌を求める魚のようで、側からみれば滑稽に見えることだろう。
「クリフォード」
 少年のような、それでも少し低い声が聞こえる。この声は。後ろを向けば、乱雑に切られたような黒髪に、赤い瞳、そして白眼になる部分が『黒い』青年がいた。
 その青年は目だけで人ではないと分かるのに、それを確信づけるかのように背から黒いモヤで出来たような触手が生えていた。
 クリフォードが彼を見たとほぼ同時に微笑みながらこれはこれは、と言いながら恭しくお辞儀した。
「人の身でいかがなさいました、『ダーズ』様」
 ダーズ。それが、彼の名である。
「いいや、お前が何やら楽しそうな声をしていたので、気になった。それだけだ」
「そうでしたか。いえ、私も特に楽しいことがあったわけではないのですよ、ふふふ」
「そうか。……もう一つ。謝らねばならないことがあった」
「謝ること、ですか?」
「ああ。レオ・ベイカーをあちらの手に戻してしまった。まだ必要だったろうに」
 本当に申し訳なさそうに目を伏せるダーズ。それにクリフォードは珍しくきょとりと呆けていた。
「……おや。お気になさらずとも。それどころか、私は貴方がまだレオ・ベイカーを必要なのかと思っておりましたが」
「む……そうだったのか。ならば、余計なことをしたようだな。すまない」
「いえいえ。……ならばこちらの損害はほとんどないようなものですね」
「そのようだ。黒猫もよくやってくれた。奴が屠った魂が我の中にあるのが分かる。クリフォード」
「はい」
「鴉、と言ったか。奴の待遇を改善せよ。まともな食事をやれ。寝具がないようであれば、多少くれてやれ。体の調子が悪いのであれば、多少まともな治療をしてやって構わない。
必要であれば、奴の願いを一つ叶えてやっても構わない」
「承知いたしまたした、ダーズ様」
「ああ。フェセク」
「っはい」
「いつもご苦労。ウィリディス、ヒナコにも伝えておいてくれ。
クリフォードもそうだが、お前たちの働きが充分と判断した場合、我がこの世界を支配できようができまいが、必ずやお前たちの望みを叶えよう。働きには、対価で応える」
 そう告げるだけ告げて、ダーズは去っていった。いつの間にか呼吸を止めていたのか、ぶは、と吹き出すように酸素を求める。
 ダーズのことは、正直苦手だった。表情も声色もほとんど変わらず、何を考えているのか本当に分からないから。まだウィリディスやクリフォードの方が分かる。
「さて、私は行きますか。ではフェセク、ご機嫌よう」
「は、はい……」
 クリフォードが去る。……。
「俺の、せいで……」
 黒猫が、余計な心の傷を作ってしまった。軽率な行動のせいで……。
 フェセクはしばらくその場に立ち続け、ゆっくりと離れていった。

─────────────

 さて、少し時間は遡り。ショッピングモールではまだみんな喜びに浸っていた。誠もその内の一人である。
「やったね、伊藤クン、前原クン!」
「はい!」
「ああ!」
 行動を共にしていた苗木、圭一と喜びを分かち合う。離れたところでは親友の澤永や、この世界に来て親交を持った花村が喜び合っていた。
 別のところに視線を向ければ、八九と十手がこのショッピングモールのオーナーであるグリーズを縛っていた。どうやらあのオーナー、テンプレート通りと言わんばかりに十手の足にしがみついてこれまたテンプレート通りなことを言ってお縄になっているようだった。遠くからでも八九の「テンプレかましてんじゃねえ」という声が聞こえてくる。
 喜びが支配していた脳に少しばかり余裕が戻る。ふと、この状況なら女の子に抱きついても許されるのではないか、と考えてしまった。
 目に入ったのは花騎士のハゼ。ウフソーという埴輪を持つ可愛らしい花騎士だ。
 そそ、とハゼに近づいていく。よく見ると隣には見たことがない少女──アシリパが立っていた。よし、一緒に抱きつこう。
 そう思った瞬間、口を塞がれて男数人がかりであっという間に全員から引き離され、人気のない場所まで連れてこられてしまった。
「むぐ! んー!!」
「名前は、何だったか。ええと……そうだ、誠」
「!!」
 この声は。聞きたくなかった声に弾かれるように顔を上げる。そこにいたのは……実の父親である、沢越止であった。
「ぷは! おや、じ……?」
「ああ。久しぶりだな」
「……」
 黙って睨みつける。そうすればわざとらしく肩をすくめる。まるで、ワガママを言う幼子に対するような態度に少し苛立った。
「そんな顔をしないでほしいな。久しぶりの再会だと言うのに」
「俺は、会いたくもなかったけどな」
「ははは、ずいぶんと嫌われているようだ」
「当たり前だろ! あんたみたいな奴と血が繋がってることが俺はっ」
「嫌だ、という割には私に似ているけれど?」
「は……ど、こが!」
「複数の女子との、身体の関係を持つところだ」
 ひゅ、と喉が鳴った。薄々感付いていながら、その快楽に無理やり見て見ぬフリをしてきたそれが、よりにもよって大嫌いな父親から、真正面から突き付けられる。
「いいんだ、誠。それは正しいことなんだ。子は、将来また子を産む。そうして人間は成り立つ。だから、たとえ実の子に手を出そうと別に間違ったことじゃないのさ」
「っ、やめ、ろ!!」
「それに、私はそんなことを説教しに来たんじゃない。お前に一つ、提案しに来たんだ」
「提案……?」
「確か……そう。桂言葉、西園寺世界、清浦刹那……彼女たちを、私たちに売ってくれ」
「っ!?」
 理解ができなかった。言葉たちを、売る? 混乱している誠に追い討ちをかけるように止は続けた。
「そうだ、彼女らと仲良くしている罪木蜜柑という少女も付けてくれていい。楽しめそうな身体をしているからな。当然、その分の追加も支払おう。
そして……お前も混ざるといい」
「な……」
 何を言っているか、理解できない。いや、『したくない』。けれど嫌でも理解ができてしまう。
 俯く。心臓の音がやけに大きく聞こえた。
「まあ、突然言われても困惑するだけだろう。答えはまた後日聞きに来るとしよう。どうすれば得なのか、分かるだろうけれど」
 そう言って止はいつの間にか出来ていた黒い穴へと入っていく。抑えていた男たちもそこへ入っていった。
 残されたのは、中途半端に手を上げた誠のみだった。

2022/07/04 加筆修正

Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.514 )
日時: 2022/07/04 21:28
名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: 7Hzptsk2)

 空中宴会場。いくつか増設された広い仮眠室で、何人もが雑魚寝をしていた。それを苦笑いしながら覗いていたイリヤは側に立っている紅閻魔に対し、首を横に振る。何も食べていないのは気がかりだが、ここまでぐっすり眠っているなら起こさない方がいいだろう。
 紅閻魔がそうでちか、と笑う。
「では、おにぎりは保温庫に入れておきまちょう。お吸い物も作ってあげまちょうか」
「わぁ、それいいね! ふふ、まさかパーティーの準備までしてくれてたとは思わなかったけど」
「そうでちね。……ただ、それはそれとして学生組のみなちゃんには明日、お説教でち」
 じと、とした目になる彼女にまた苦笑い。あまりひどく叱らないであげてほしいがどうなることか。
 そよりと、外から風が吹く。
「気持ちいいね……」
「風も、あちきたちを祝ってくれているようでちね。ふふふ」
「だね。そうだ、私、少し散歩してこようかな」
「安全とは言え暗いでちから、足元には気をつけるんでちよ」
「うん!」
 イリヤはそう返事して、外へと歩き出した。

─────────────

「ぅ、ぐぐぐ……は、ハスターたちめぇ……!!」
 ちょっとした森の中。人型(男性)を取っているニャルラトホテプはげっそりと倒れていた。理由はハスター、イドーラ、白黒無常に追いかけ回されたことだ。しかも何やらドーピングでもしていたのか、以前と同じだと若干舐めプしていたらめちゃくちゃ追いつかれた。(月詠さんからの加速剤等である)
 それだけでなく、今回は悪質と言われてギリギリまで力を吸われてしまったのである。一番嬉々としていたのは謝必安(白無常)であった。
 それが原因で、ニャルラトホテプはここで倒れてしまっていた。
「くっそ、少し遊んだだけじゃないかぁ……! 悪質ってなんだよ、あいつらだってぇ……うぐ……」
 ぐちぐちと不平不満を溢すも、その力すらなくなってくる。とりあえず、神域に、とそこで気が付いた。
 指が、崩れてきている。
「は、マジ、でぇ……?」
 さすがにこれはまずい。存在が消えかねない。そこまで吸っていたのかあいつらと思いながら最終手段を取ることに決めた。
 今ある力全てを一つにまとめ、小さな結晶となって力を蓄えることだ。正直これはしばらく『遊べ』ないから嫌いなのだが、そんなことを言っている場合ではない。意識を集中させる。
「あの〜……大丈夫ですか?」
「……へ?」
 突然聞こえた声に顔を上げる。そこには心配そうにこちらを覗き込む少女──イリヤがいた。尋常ではない魔力量に目を疑いながらも目の前の人間エサに笑いそうになる。こんな偶然があるのかと。
「あの……?」
「ああ、ごめんねお嬢さん。呆けちゃって。ところで、突然で申し訳ないんだけど、少し血をくれないかな?」
「……」
 イリヤが少し離れる。
「え、新手の変態ですか?」
「キミ初対面の人によく失礼って言われない?」
「いや、だって会っていきなり血をくれとか……変態ですよね?」
「変態じゃないから! おいこらいつの間にその防犯ベル取り出してんのヒモから手を離せ手を!!
ったくもう……ボクは……実はまあ、吸血鬼でね? 数日飲まず食わずなんだ。
本当に少しで構わない、くれないかな?」
 そう言って、ああ、自分でももう頭も回ってないな、とぼんやり思った。吸血鬼って。安直すぎるだろう。もし目の前にイリヤがいなければ自分の言ったことを鼻で笑うところだった。
 イリヤは少し考えた後、ちょっと待っててください、と踵を返した。あーこれは通報パターンからの消滅。確定。と半ば投げやりになってその場に寝転ぶ。
 こんなくだらない終わりがあるものか。いっそ残った力全部使ってここだけでも道連れにしてやろうか。まだその方が楽しそう。
「あの!」
「うわっ!? え、な……え?」
「思ったより出ちゃったんで、どうぞ!」
 戻ってきたイリヤに差し出されたのは、指から出ている血だった。なんで、と思わず声が出た。さっき、変態だとか言ったくせに。
「本当はですね? もう少し、控えめにするつもりだったんですよ? それが思ったより深くなっちゃって」
「いや、そうじゃなくて……怪しいと思わないわけ?」
「正直、すごく怪しいなぁって」
「おい」
「でも、お兄さん本当に辛そうだったから。私の血を分けて助かるなら、それでいいかなって」
「……は」
 お人好し、とはこのことを言うのだろう。これで自分が敵だったらどうするつもりだ、この娘は。
「……」
「お兄さん? あれ、指じゃダメですか!?」
「いいや、充分。ありがとう、頂くよ」
 イリヤの手を取り、指を優しく咥える。鉄臭さと鉄のような味が口に広がるが、この程度どうということはない。
 ゆっくり血を飲んでいく。少しずつだが、力が染み渡る。それに伴い、彼女の顔色は少しずつ悪くなっていく。当然だ、血を介して彼女の魔力とちょっとだけ生命力を吸っているのだから。
 本当は、全て吸い尽くすつもりだった。でも。
「ぷは。ありがとう、助かったよ。はい、治療はこんなもんで」
 少しだけ余分に吸った分で傷を塞ぐ。わ、と彼女は驚いたように指を見ている。
「本当に大丈夫ですか?」
「うん。あとは神域いえに帰って休めばいいから」
「……そっか。良かった」
「……本当の本当に、助かったよ。いつか、必ずお返しに来てあげる」
「え、いいです。あまり変態な人と会ってたらみんなに心配されそうなので」
「はっ倒していい?」
 わりと失礼な物言いに苛立ちながらも、はぁ、とため息を吐く。さっきの本当に安心したような笑みに、怒りは霧散してしまう。
 吸血鬼のような翼を生やす。じゃあね、と言って飛び去る……フリをして、神域への入り口を開いてそこへ入っていく。
「……イリヤスフィール・フォン・アインツベルンね。なかなか面白そうだけど……あの失礼な物言い、なんとかならないのかな」
 勝手に読み取った情報は、名前と彼女の過去。多分これ知ったら、また変態呼ばわりだろうなぁとぼんやり思った。

─────────────

 柊は、両手足などに包帯を巻いて縁側に腰掛けていた。だいぶ重傷ではあるが、治らない傷ではない。説教は免れないだろうがまあ、今回は事情が事情だ。そこまでひどくはならないだろう。
「主」
「ひゃいっ!? な、長曽祢さん……」
「隣、いいか?」
「あ、は、はい、どうぞ!!」
 すまない、と長曽祢が隣に腰掛ける。心臓が急にうるさくなる。仕方ない、片想い何年拗らせてると思っているんだ。
「今回は、本当に犠牲が出なくてよかった。レオ殿も、療養は必要だが無事で。本当に……」
「ええ、そうですね。まあ戻ってきてライリーと早々に言い合いしてたのは笑いましたけど」
 思い出す。ぽつぽつと話していたライリーがレオに「悪かったな、いろいろと」と謝ったのだ。少しの沈黙の後にレオはこう返したのである。
『いや許さんが?』
 レオのされたことを考えれば当たり前である。しかしそれで今の流れは許すところだろ! とかなんで流れで許されると思ってるんだお前は、とか言い合いになったのである。
 だが、それでも流れる空気はどこか以前とは違っていた。
 思わずくすくすと二人で笑う。そんな時だった。
 響くような音。一気に明るくなる視界。見上げれば、花火が打ち上がっていた。
「わぁ……」
「そういえば、赤海町では花火大会だったか」
「そうですね、今日だった……」
 二人で花火に見惚れる。ふと、長曽祢を横目で見た。
 花火で照らされる、穏やかな横顔。それに心臓はさらに鼓動を打ち始める。
 多分、いろいろな疲れとか、怪我とかで思考がまともじゃないんだ。そう思いながらも。
「……長曽祢さん」
 花火の音に紛れ込ませて。
「……好きです」
 そう、呟いた。聞こえていないようで、安心した。
 もっとバレないように、視線を外しながら、花火に合わせて。
「好きです」
「大好き」
「長曽祢さん、好き」
「大好き、です」
 呟くたびに、心臓は大きく跳ねる。聞こえていないことに、安堵しながら。
「長曽祢、さん」
「その、主!」
 突然大声を出されてびくりと震える。勢いよく見上げれば、顔を真っ赤にしながら彼はこちらを見ていて。
「ど、どうしました?」
「その、あの……さ、先ほどから、好き、という、のは」
「……え」
「本当、か? おれを、好きと……」
「……え。え……ええええええ!?」
 こういう時、聞こえていないのが定石だろう!?
 そう叫ぶこともできない。
 少しは、進展がある……のだろうか?

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