二次創作小説(新・総合)
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.536 )
- 日時: 2022/09/26 21:01
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
※今回は仲違いや関係悪化の描写がございます、ご注意ください。
※作中に登場する『悪夢の影』の描写がおかしいかもしれません、その時は「まあこれ二次創作だしな…」と流していただけると幸いです。流したらいけないけど←
※途中がかなり胸糞悪い展開になると思います、どうかご注意ください。
いっそ『大嫌いだ』と思えたら
とあるショッピングモール 。そこに不二咲千尋は左右田和一、トレイシー・レズニック、ルカ・バルサーと共に来ていた。
フードコートでどかりと座り、大きなため息を吐いた左右田とぐったりと机に伏せているトレイシーに不二咲はつい苦笑いしてしまう。
「あーもう! バルク人使い荒いよ!!」
「本当にそれな! いや、まあ、あれだと来るのも厳しいけどよぉ……!!」
彼らの側には大量のパーツ等が入った袋。細かい物だが、基本鉄等でできたそれはとても重い。持てないほどではないのだが。一番多く持っていた左右田にとってはある意味地獄だったろうに。……とは言え自ら持つと言っていたのだが。
「でも……」
「おう……」
「「あの店めちゃくちゃ品揃えいい……!!」」
「なんでバルクあんな店知ってるの!? それでなんでボクらに教えてくれなかったの!?」
「手に入りにくいようなパーツがめちゃくちゃあって、何だよあの店っ!! 宝の山じゃねえか!!」
「カズイチ、帰ったらバルク問い詰めよう!!」
「おう!!」
絶対話さないような気もするが、多分この二人は食い下がって聞き出す気もする。ほどほどにしてあげてね、と言ったがどうなることか。
なんだかんだ言って、バルクは二人に甘いから教えるかもしれない。そう考えていると四人分の飲み物と軽くつまめるポテトなどを買ってきたルカ(第五)が戻ってくる。
「カズイチはコーラ、トレイシーはアイスティー、チヒロはココアで間違いなかったか?」
「はい、ありがとうございます、ルカさん」
「サンキュー、ルカ!」
「ありがと!」
「ま、これくらいはな。カズイチ、やはり帰りはもう少し持つぞ? 結構厳しいだろう?」
「いや、平気だって」
「しかしなぁ……」
いくら何でも年下である左右田に持たせっぱなし、というのも良心が痛むのだろう。しばらく持つ、平気だと言うやりとりが続く。
「あれ? 不二咲さんたち?」
「あ、小豆沢さん」
声のした方を見れば、こはねが日向(こは)とナワーブ、切長、切国とこちらに歩いてきていた。刀剣男士の面々はそれぞれ現代に合わせた服を着ており、本体である刀には何か札が貼ってある。周りを見てもそれを気にするような人はおらず、刀を見えなくする札なのかもしれない。
五人の手にも少しずつ荷物があり、ナワーブは両手に飲み物と食べ物が乗ったトレーを持っている。
……結構な量である。
「不二咲さんたちもお買い物?」
「うん。バルクさんに頼まれて来たんだぁ」
「うげ。あいつ今度は何作る気だよ……」
「さあ? でもさあ、行った店の品揃えすっごく良くて……帰ったらカズイチと一緒にバルク問い詰めるつもり」
「待ってくれ、それ私も行っていいか」
「いいぜ」
「よし」
「ほどほどにするんだよ?」
切長の言葉にテキトーに返す三人に彼は苦笑いを浮かべた。多分、ほどほどにはならないなと思っているんだろうし、実際ならなそうだ。
たまたま空いていた隣の席に五人が座り、時折話しながら休憩する。そんな時だった。
「やー!!」
小さな女の子の声がして、思わず誰もがそちらに視線を向けた。そこには弟らしい小さな男の子を、おそらくは六歳くらいだろうか? それほどに小さい女の子が庇うように抱きしめて、泣きながら目の前にしゃがみ込む男を見ていた。
「ほら、お父さんを困らせないでくれよ」
「やー!! お父さんじゃないもん!!」
「またそんなこと言って〜」
なんだ、小さな子どもが駄々を捏ねているのか。そう判断したのだろう。ほとんどはすぐに我関せずと話に戻ったり、やりとりをどこか微笑ましそうに眺めていた。
しかし、子どもはどこか困ったように、そして怯えながら周りを見渡している。
不二咲はそれに違和感を感じた。具体的に説明はできないが、放っておいたら取り返しのつかないことになる。そんな不安が胸中を過った。
「ごめん、ちょっと手伝ってきても良いかな?」
「うん、いいよ日向くん」
ありがとう、と日向(こは)が席を外す。思わず不二咲も立ち上がって共に歩み寄っていく。
「すみません、何かお手伝いしましょうか?」
「えっ?」
男はきょとんとした顔で日向(こは)を見上げた。すぐに笑顔で大丈夫ですよ、と答えたが。子どもたちはじっと、どこか縋るような目でこちらを見ている。
「可愛らしいお子さんですね」
「はは、ありがとうございます」
「ふふ、ところで、この子たちの……」
「あ、あの!」
急にした声にびくりと体を震わせてそちらを見る。そこにいたのは、紛れもなく刀剣男士の五虎退だ。
五虎退は怯えながらも男を真っ直ぐに見つめ、真剣な顔をしている。
「どうしたのかな?」
「……そ、その……あの、その子たち、なんですが」
「うん」
「……ほ、本当に、
あなたの子どもですか……?」
その一言に周りはざわついた。中には「何を言っているんだ」と言う目で五虎退を見る者もいる。
ちらりと男を見た。……頬をひくつかせている。
「い、いきなり何を言うんだ、失礼な」
「で、では! そ、その子たちの名前、分かりますよね……!?」
「え……」
途端に男は狼狽え、視線をあちこちに彷徨わせている。そこでようやく、誰もが異常さに気が付いたようだった。
左右田たちもそれに気付いたらしく、こちらをじっと見ている。
「そ、その、あ、ああ、分かりますよ!
彩芽に佐和子、そうだろう!?」
「ちがう!! わたしたちそんな名前じゃないもん!! ようことあやかだもん!!」
決定的な一言に周りがざわつく。左右田とルカ(第五)もこちらへ向かってきて、遠くから姉弟の名前を呼ぶ本当の両親らしき男女も駆け寄ってきている。
「っ!! く、くそっ!!」
男は逃げ出した。それを左右田とルカ(第五)、切長、切国が追う。少し遅れて日向(こは)とどこかの本丸の五虎退も追った。
男が向かったのは出入り口の一つ。目の前には駐車場へ入ったり、呼び出されたタクシーが止まるための車道があった。そこをちょうど出ようとしていたベビーカーを押す、妊婦の姿を男が捉えるとニヤリと笑って妊婦を押し退けた。
「きゃあっ!!」
「オラっ!!」
ベビーカーが押される。その勢いで時折揺れながらベビーカーは外へ出てしまう。
「なっ!!」
「やべえぞ、外っ……!!」
大きな揺れで目を覚ましたのか、ベビーカーに乗っていた赤ん坊が大声で泣き始める。しかしその先に人はおらず、ベビーカーは止まらない。
何台かの車が車道を通っていく。もしこのまま車が通れば、当然赤ん坊の命はないだろう。
左右田とルカ(第五)が無理やりスピードを上げる。途中、乗り越えやすそうな台があったのを見つけたルカ(第五)はそれを乗り越えてこっそりと『窓割れ理論』によりさらにスピードを上げた。
「カズイチ! 私が前から止めるからカズイチは後ろからベビーカーを掴んでくれ!」
「は!? 普通逆じゃっ」
「どうこう言ってる暇はないぞ!!」
「あああもう分かったよチクショウ!!」
ベビーカーが車道に迫っていく。速度は先ほどよりマシで、少しずつルカ(第五)たちも追いついている。
右を見れば、車が一台入ってきていた。とても止まれるような距離ではない。止まれても本当にギリギリだろう。車の運転手もこちらとベビーカーに気付いたようで、ギョッとした顔で急ブレーキを踏んでいる。
何とかルカ(第五)が前に飛び出てベビーカーを止め、ほぼ同時に左右田が後ろを掴んで完全に止めた。車道に出る寸前に、ベビーカーも車も止まっていた。
「「せ、せぇーふ……!!」」
一気に気の抜けた二人は赤ん坊の泣き声を気にすることもなくぐったりと力を抜いた。車の運転手が出てきて大丈夫ですか!? と聞かれてどうにか頷いていたが。
後ろではあの混乱に乗じて逃げようとしたらしい男は切長と切国、そしてナワーブに取り押さえられて警備員に引き渡されていた。このまま警察行きだろう。
二人がベビーカーを妊婦に返せば彼女は涙を流しながら二人に何度も何度も頭を下げた。それに気にしないでほしいと告げながら、やっと泣き止んだ赤ん坊に小さく手を振ると赤ん坊は二人の真似をしてその紅葉のような手を振るような仕草を見せた。
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.537 )
- 日時: 2022/09/26 21:04
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
彼らがフードコート前に戻ると、不二咲に頭を下げていた姉弟の両親が彼らに気づいた。彼らにもありがとうございます、と頭を下げられ、大層なことはしていない、と返す。それでも何度も何度も頭を下げ、子どもたちも不二咲と日向(こは)、五虎退にありがとう、と笑顔を見せながら言った。
しばらくして一家が離れると、遠くから五虎退、とどこかの本丸の五虎退を呼ぶ声がした。
そちらを見ると、二十歳前後と思わしき青年が駆け寄ってきていた。五虎退が彼を主様、と呼ぶのを見て、彼が五虎退の本丸の審神者なのだと分かる。
「聞いたよ。誘拐を防いだんだってね。すごいね、五虎退」
「え、えへへ……」
褒められ、照れ臭そうにする五虎退。青年はナワーブたちを見てあ、と声を上げたと思えば頭を下げた。
「初めまして、同じ審神者……ですよね?」
「ああ」
「良かった。私は忍冬。五虎退の主です。刀剣男士の手前、審神者名で名乗る無礼をお許しください」
「……?」
刀剣男士の手前、という言葉が引っかかる。何か不都合でもあるのだろうか。
あの? と心配そうな忍冬の声にナワーブはハッと我に戻り、自己紹介を返した。
「あ、と。俺はナワーブ・サベダー。審神者名は猟犬だ」
「私は小豆沢こはねです。審神者名は浜簪って言います」
何の躊躇いもなく本名を名乗る二人に忍冬は少しきょとりとして……しかし特に何も言うこともなくよろしくお願いします、と頭を下げる。
そちらの方々は? と聞かれ、それぞれが自己紹介をすると彼は優しく笑ってまたよろしくお願いしますね、と返した。
「五虎退と共にいてくださり、ありがとうございました。何かお礼でもできれば良いのですが……」
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。それに、キミの荷物を見る限りもうそろそろ帰るところだったんじゃないか?」
どこか冷たく切長が言えば、その冷たさに気付かない忍冬ははい、と返した。
「……礼はいらない。主がいる、と言うのであれば、話は別だが……」
「いいや、俺も構わない。他の奴らは?」
ナワーブがそう聞けば満場一致で謝礼は不要、と答えた。少し忍冬は気にしているようだったからか、ナワーブがまたいつか会えた時にでもしてくれればいい、と返せばやっと納得してくれたようだ。
もう一度ありがとうございました、と言って、彼は五虎退と帰るために背を向ける。そんな彼に追従し、五虎退も背を向けた。
「……ご、五虎退くん!」
「は、はい?」
「……あ……え、と。また、ねぇ!」
そう言って笑顔で手を振る不二咲。
「! はい……また、です!」
彼はにっこりと笑って手を振り返した。そんな五虎退を見て、忍冬もふわりと微笑む。しばらく手を振り合い、二人が見えなくなると全員が今度こそフードコートへ戻っていく。
ポテト冷めちゃったかな、コーラの炭酸抜けてんだろうなぁ、と話し合う面々とは裏腹に、不二咲はどこか浮かない顔をしている。どうしてかは分からない。それでも、何故か五虎退にとって彼はあまり良い主ではないように思えてしまったのだ。
あんなに優しそうな人なのに。どうして。そう考える不二咲に切長が声をかけた。
「さっきの五虎退とその審神者のことかい?」
「えっ、あ……」
言い当てられてこくりと頷いた。そういえば、先ほど切長はどこか忍冬に冷たい目を向けていたように思う。いや、思い返せば切長だけではない。切国もどこか睨むような目をしていた。
どうして、とそれを問う前に彼は口を開いた。
「確かに彼は良い人間だ。おそらく本丸の刀剣男士ともある程度、上手くはやれているんだろう」
「じゃあ……」
「だが、それまでなんだ」
「え?」
「良い人間は、決してイコール良い審神者ではない」
「……?」
「難しかったかな?」
「う、うん……」
「彼は、きっと近しい人間に騙されたことがないんだろうね」
そう言って、切長は少し困ったように笑っていた。その答えを、不二咲は数日後に思い知ることになる。
「本当にすごいね、五虎退。すぐに見抜いたんだろう?」
忍冬と五虎退は、紅く染まりつつある時の政府の施設への道を歩いていた。和やかに話す二人は、何の問題もない審神者と刀剣男士に見える。
「は、はい……み、見抜いた、と言っても、なんとなく、ですけど……」
「それでもすごいよ。これ、みんなに教えようか」
「そ、そんな、大したことじゃ……」
「ううん。五虎退はすごいってみんなにもっと知ってもらおうよ。もちろん、みんな言われなくたって分かっているとは思うけど……五虎退がもっとみんなに褒めてもらって、自信をつけてほしいんだ」
忍冬がそう言うと、五虎退は少しだけ顔を明るくした。だが……
「きっといつか、五虎退も自信を持てるよ。長曽祢みたく、ね。
『贋作でも、立派なんだ』って」
その言葉を聞いた瞬間、五虎退の喜びは全て消えてしまった。悲しそうに、それでも無理やり微笑んで、はい、と答えるのが精一杯だった。
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.538 )
- 日時: 2022/09/26 21:11
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
それから数日後。不二咲はトレイシー、ルカ(第五)たちの元へ向かうために希望ヶ峰学園を出ようとしていたところだった。
「あれ?」
校門に、誰かがいる。よく見れば、それは五虎退であった。何故ここに、と思うが足元にいる子虎たちを見て彼が柊本丸にいる五虎退ではないと気が付く。柊本丸の五虎退は極、虎は成体に近い。だとすると彼は一体、と思った矢先、五虎退と目が合う。
五虎退は目を見開き、次にはうるりとその目に涙を滲ませ、駆け寄ってきたと思えばぎゅっと不二咲に抱きついてきた。
「え、えええ!?」
「う、うう、ひっく……」
「え、と、ど、どうしたの? どうして泣いてるの?」
「ぐすっ、うぇえん……」
「う、うぅ、な、泣かない、でぇ……何だか、ボクも……ううぅ」
思わずもらい泣きをしてしまう不二咲。しばらく二人で泣いているとたまたま通りかかった石丸清多夏と大和田紋土が大慌てで駆け寄ってきて話を聞こうとするも五虎退は泣き続け、結局何人も集まってちょっとした騒動となってしまったのだった。
─────────────
柊本丸に連れられ、やっと落ち着いた二人は客間で柊とその担当である東雲を待っていた。この五虎退は以前ショッピングモールで出会ったあの五虎退で、不二咲との僅かな縁を辿って希望ヶ峰学園までやって来たらしい。五虎退が自分の本丸を飛び出して来たのは、数日前のことだったようだが。
そして五虎退が飛び出したその日に忍冬から時の政府に五虎退の捜索願いが出されていた。忍冬はすでに五虎退が誘拐されたものと考えており、五虎退を心配する傍ら、犯人に強い憤りを覚えているらしい。
ちらりと隣に座る五虎退を見る。自分と同じく目を赤く腫らした彼は時折ぐす、と鼻を鳴らしていた。
「あ、あの、五虎退くん」
「は、はい」
「だ、大丈夫だよ、忍冬さん優しい人だから、きっと話せば分かってもらえると思うんだぁ」
「……多分、ダメだと思います」
「えっ?」
どうして、と聞く前に柊と東雲、陸奥守が困った顔で入ってきた。
「あっ、ど、どうでしたか?」
「……それが」
「今回は、今までの審神者とは違って少し厄介なことになっていまして」
「え? な、何か問題が?」
「ええ。……相手の忍冬は善良かつ優良な審神者です。始めた時期を考えても成績も上々で、近いうちに見習いを受け入れさせても良い、という話も持ち上がっているほどなんです。
ただ……刀剣男士との関係は、決して良好とは言い難いのです」
「えっ!?」
あんなに良い人なのに、と思いながら五虎退を見る。五虎退もどこか分かっていたのか、少し悲しげに目を伏せて一回だけ頷いた。
あれほど仲が良さそうに見えたのに、そうではないなんて。そう思いながらも不二咲は話の続きを聞くために改めて三人に向き直った。
「忍冬殿は、思い込みが激しゅうて。それでも親しい人間を疑わん純粋さを持っちゅう。忍冬殿かつて送られた研修先の審神者の影響でいくつか刀剣男士に対して間違うた知識を植え付けられちょるんじゃ」
「間違った知識?」
「代表例ですと、『本名を知られると刀剣男士に神隠しされる』ですかね。できなくはありませんが……それはあくまで双方合意の上で成り立つこと。そうでないならば、本霊より分霊に神罰が下る、とのことです」
不二咲はふと思い出す。そういえばあの日、忍冬は『刀剣男士の前だから』と本名を名乗ることはなかった。ナワーブはそれに何か引っ掛かっていた様子を見せていたが、そういうことだったのか。
では、あらぬ疑いをかけられているせいで仲は良くないのだろうか。そう思って聞けば東雲はいいえ、と首を横に振った。
「忍冬本人も『私の刀剣男士がするとは思えない。ただ、他の刀剣男士は分からないから、念のため』と話していました。
刀剣男士との諍いを生んでしまっているのが……彼は、刀剣男士『五虎退』を、『贋作』だと思い込んでいることなのです」
驚きで声すら出ない。贋作、というのは偽物だと言うこと。しかし五虎退が贋作という話は聞いたことがない。
今度は柊が口を開いた。
「全員が五虎退は贋作じゃない、と言っているんだけどそれよりも前に親交があった研修先の審神者がまさしくその思考の持ち主だったんだよ。ただ、そこの審神者も忍冬さんも五虎退が贋作でも良い刀剣男士、良い刀だと話しているから強く言えなくて、五虎退と厚藤四郎が出陣していた際に五虎退をちょっぴり揶揄うような発言で余計にその考えが根付いたみたいで……。
贋作に関しては長曽祢さんって言う前例もあったし、その上、他の審神者とはわざわざそんな話しない。したとしても相手にその考えを押し付けたりしないから余計に発見が遅れたんだ」
「じゃ、じゃあ……五虎退くんは」
「……はい。僕は、顕現してからずっと、主様に『贋作』として見られて来ました」
「!!」
五虎退は悲しそうに顔を伏せ、そのままぽつぽつと話し始める。
「最初は、きっとちょっとした勘違い、誤解だって思っていました。いいえ、今でもそうだと思っているんです。だけど、みんなで言っても主様は困ったように笑って、『心配しなくても、私は五虎退が贋作だからと差別しないよ』とだけ仰るんです。
……いつか、誤解は解けるって信じてました。でも……もう……限界、でした……」
五虎退の手の甲に涙がこぼれ落ちる。……どれだけ辛かっただろう。主張を怒りや侮蔑を込めて否定されるのではなく、ただただ優しさで否定されてしまう。前者であれば、いっそ彼も嫌い切れたろうに。
「それに、今回の件はもう一つ問題があるのです」
「もう一つ……?」
「忍冬の本丸には、『冷遇』などの行為が一切見られないことです」
「え……?」
「確かに五虎退への発言は彼を傷つけるものだけど……それ以外は全く問題がない。むしろそれを除けばさっきも言ったように善良かつ優良。政府の大部分は重い罰は与えなくて良いだろう、五虎退とのこともよく話し合えばお互い分かり合えるって人が多いんだよ。
だから、以前……山切とか、ナワーブのところの長義の時とは違って表立って「返さない」と言えば今回は『他本丸からの刀剣男士の奪取』と見做される可能性が高いんだ」
「そ、そんな!」
冷遇自体はないかもしれない。それでも五虎退が思わず飛び出してしまうほど傷ついているのに。確かに話し合えば忍冬のことだから、きっといずれは分かってくれるだろう。だけど、それまでに五虎退や刀剣男士たちはどれだけ傷つくだろう。
せめて一度離して、忍冬に考え直す時間を与えられないのだろうか。
「とにかく、明日忍冬さんがこっちに見える。その時にちーたんも同席してもらえないかな? 一応はちーたんを訪ねたわけだから……」
「は、はい!」
「安心しぃ、きっと話せば分かり合えるきに」
陸奥守が背を優しくさすってくれる。だが、五虎退の表情が晴れることはなく。
どうか、話し合いが無事に終わりますように。思わず、そう願ってしまった。
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.539 )
- 日時: 2022/09/26 21:15
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
後日。柊本丸の客間は大荒れだった。
「ですから! 何度も申し上げますように五虎退は贋作ではありません!!」
「そのように五虎退を真作として扱うのは構いませんが、彼だって言い出せずに苦しんでいるんですよ! どうか押し付けることだけはやめてください!!」
「おい、それは上杉謙信も見下した発言だって分かってんのか」
「姫鶴一文字、私は決して上杉謙信を見下してなどおりません。むしろ彼は五虎退やあなたたちになくてはならぬ存在と考えております。
不快に思われたならば伏してお詫びいたしましょう」
「で? ごこのこと贋作ってのは撤回しねえと」
「……はい」
「なめてんのか」
最初こそお互い、なるべく冷静でいようとしていた。お互い引っかかることがありつつも、話し合いに支障がなければ触れなかった。忍冬も忍冬で、時折引っかかることがあったのか反応することはあったがそれ以上は何も言わなかったのだ。
が、五虎退を可愛がっている姫鶴にとっては真作である五虎退を冷遇までは行かずとも贋作と決めつける忍冬が許せなかったらしい。入ってきて最初こそ彼も冷静で居ようとしたようだが徐々にお互いヒートアップしてしまい、止めようとした柊までもが、いっそ不自然なほどにそれに流されてしまったのである。同席している陸奥守や東雲の言葉も聞こえていないようだった。
五虎退は顔を伏せ、不二咲は涙目になりながらも三人を止めようとしていた。しかし、止まることはない。
「とにかく、五虎退は連れて帰ります!」
「待て、まだ話はっ」
「もうやめてくださいっ!!」
五虎退の声に全員がハッとしたように止まる。見れば彼はその目からボロボロと大粒の涙を流していた。
慌ててハンカチで五虎退の涙を拭くが、止まらない。客間には五虎退のしゃくりあげる声だけがあった。
だが、このままでは互いに譲ることはないだろう。どうすれば、と考えていると一瞬視界が揺らぐ。それを認識した直後に差すのは、障子越しの人ならざる影だった。
「何やら面白そうな話をしているではないか」
くつくつと愉快そうに喉を鳴らして、それは話し出した。その声に柊側の者は……特に姫鶴は聞き覚えがある。夢の魔女イドーラだ。しかし彼女は現実では見ることができないはず。影だけとは言え、何故。
その疑問に答えるように、されども平然と彼女はまた言葉を話し出す。
「暇を持て余して出歩いてみれば、何とも面白そうな話。しかし信徒がいなくては話すこともできぬ。故に、一時的にお前たちを夢の中に誘ったぞ。
さて、そこな短刀の所有権を巡って争っていたようだな」
「っ! 所有権って……!」
彼女のことを知らないであろう忍冬は五虎退に対して明らかな『物扱い』に影は首を傾げた。
「何を憤る? その短刀は人の形をしているが『物』だ。所有権と言うことに、何の間違いがある。
まあ、良い。我がその所有権を決める勝負事を提示しよう。柊のみは、分かっているだろうがな」
「イドーラ様の提示する勝負事って……まさか……」
床が崩れていく。ゆっくりと全員が落ちていく。
それはほんの少しだけ。すぐに地面に下ろされ、全員が辺りを見渡した。そこは『月の河公園』で、目の前にはスタート、と書かれたゲートがある。
「やっぱり、『悪夢の影』か……」
「悪夢の影?」
「イドーラ様が行われる、サバイバー六人によるレースだよ。いろんなギミックがあって、それを避けたり利用したりしてゴールを目指すゲーム。
二周でゴールになる。チームでやるなら、ポイントの合計数だね。一位が十点、二位が八点、三位が六点、四位が四点、五位が二点、最下位はゼロ、って具合にポイントが得られる」
「その通り」
見れば、そこには衣装『アナウンサー』に着替えたイドーラがいる。初めてイドーラの姿を見た忍冬と東雲は少しだけ動揺していたが、すぐに落ち着いた。イドーラが何かしているのだろうか。
「このレースにおいては三人チームを組み、合計ポイントが多い方を勝利とする。その勝利チームがかの五虎退の所有権を有することとしよう」
イドーラがゆるりと指した方には、大きく座り心地の良さそうな大きな椅子がある。が、五虎退には大きすぎてむしろ座り心地は悪そうだった。その側には陸奥守と姫鶴がいた。
忍冬と不二咲が五虎退の名を呼べば彼は困惑しながらも無事であることを伝える。それに二人はホッとして、再度イドーラを見た。
「一つ質問がございます、イドーラ様」
「良いぞ、柊」
「チーム戦と申されましたが、忍冬はいかがなさるのですか? 彼は一人ですし、その上現在ここにいるのは四人。東雲さんを忍冬側に付けるとは考えにくい」
「それについても考えてある」
パチン、と指を鳴らすと三人、新しく地面に降り立ち、東雲だけは陸奥守たちの方へと移動させられていた。
「東雲さん!」
「あの者はどうやら足を怪我しているらしい。それではつまらぬだろう?」
そう言ってくつくつと喉を鳴らして笑う。しかしこちらとしても怪我人を出すのは気が引ける。イドーラに一礼して、新しく現れた三人を改めて見た。
二人が女性、一人が男性……というか。
「ナワーブさん!?」
「いてて……なんだ一体?」
ナワーブはぶつけたらしい肘をさすりながら辺りを見渡し、とりあえずここが悪夢の影で使われる月の河公園であることを理解した。が、周りにいる人間や刀剣男士を見てどういう状況だと呟いている。
「ここは……」
「……イドーラ様」
「良くぞ参った」
神妙な顔をした柊を無視してイドーラが三人に声を掛ければ女性二人はきゃあ、と悲鳴を上げた。だが、忍冬や東雲と同じくすぐに落ち着いた。やはり、イドーラが何かをしているようだ。
イドーラは三人に同じ説明をして、このゲームに参加するように伝える。どうやら一人は忍冬が見習いとなっていた本丸の審神者、もう一人は二人共通の担当らしい。
審神者、大雪待と担当の美津原はイドーラの話を聞くと頷き、ナワーブも少しばかり鋭い目をイドーラに向けながら頷いた。
「とは言え、経験者一人に経験がなくとも熟知している者が一人では不公平と言うもの。よって、身体能力は当然のこと、知識も分け与えよう。少しばかり苦しいが、耐えろ」
再び指を鳴らすと、頭を押さえて四人が苦しみ出す。すぐにそれも収まるが、息も荒く、焦点が合わない。
「どうだ、知識は入ったか」
「は、い……」
忍冬が息も絶え絶えに答えれば良い、とだけ答える。
「ああ、そうそう。負けて何もなしというのは些か面白くない。負けたチームは妾の気が済むまで、罰ゲームでも受けてもらおう。何があってもな」
にやりと笑うイドーラ。それに寒気しかしないのは、気のせいではないだろう。彼女は五虎退にもそれで良いな、と聞けば五虎退はびくりと震えて頷いた。
しばらく四人が落ち着くまで休み、それぞれがもう大丈夫と言った後に信徒たちが現れ、六人を並べていく。インコースから忍冬、大雪待、不二咲、美津原、柊、ナワーブ。経験者とルールやコースを熟知した二人が外側に配置されたのは、微々たる差とは言え、当然だろう。
カウントダウンが始まる。スタートの合図が鳴る。全員が一斉に駆け出した。
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.540 )
- 日時: 2022/09/26 21:18
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
インコースを取ったのは忍冬、大雪待、不二咲の三人。美津原はそのまま後を追うように走り、柊とナワーブは少し大回りして目が描かれた光る球体を取る。迫り上がる壁が行く手を阻むものの、柊のみがそれに阻まれてしまっただけで他の五人はそのまま通り抜けた。
ショートカットとなる滑り台に忍冬のチームが先に登り、不二咲も登っていく、が、ナワーブはそのまま過ぎ去る。
「(あれだけ集まっていたら、むしろ遠回りした方が早い)」
そう考えて再びアイテムを手にし、大雪待が滑り降りてきたところで滑り台を通り過ぎる。
柊もようやく抜けて、滑り台を通り過ぎてからアイテムを再び手にした。
その後の三つ続く壁に何人か引っかかり、トップにナワーブが躍り出る。それでも忍冬は上位を保ち、美津原も三位となった。そこから柊、不二咲、大雪待となる。
橋には何もない。つまりここは、と考えた瞬間、目の前に触手が生え、全員を襲ってきた。
「ぐっ!」
「うわあっ!」
ナワーブと忍冬は避けきれず、一度だけ触手に当たってしまう。だが抜け切った……と思った瞬間、ぐるりとナワーブの視界は回った。
「ごめんなさい、でも、忍冬くんと五虎退を引き離さないためです!」
「くそっ……!!」
いつの間にかいた大雪待が縄を使ってナワーブを戻し、加速で一度も当たらずに走り去っていく。急いで追いかけようとしたが、美津原にぶつかり、そのまま再度触手に当たってダウンしてしまった。当の美津原は一度も当たらずに走っていった。
不二咲も触手を避けきれずにいた、が。
「触手なら任せろおっ!!」
柊は外側から走り、触手が生えると触手を抜いて右へ、という避け方で避けていく。
「柊さん!」
「はっはー! ハスター様使いなめんなオラァ!!」
そう調子に乗りながら一階建てのテントに入っていく。そこでは美津原と大雪待が避けきれなかったのかダウンしており、忍冬は出口近くまで走っている。ここは橋以上に密集する。避けきれなかったのも無理はない。それでも確実に避け、回る壁で一番短い距離を走る場所で忍冬はタイミングを見ていた。縄を使おうとした瞬間に壁と障害物の間を抜けてしまい、舌打ちをして縄を振りながら振り向く。
そこには起き上がった不二咲とナワーブが来ている。不二咲に縄を使って引き寄せる。
「わっ」
「よし行くよ、ちーたん!」
「あ、ありがとう、柊さん!」
「ナワーブも頑張れ!」
「おう」
二人で壁を抜けていく。そこを抜ければ板が二枚、そして一つの箱がある。板はスルーし、不二咲が進行方向の面、柊が左の面に触れて肘当ての要領で走っていった。
柊だけ振り向き、ちょうど肘当ての効果が終わりそうな地点に泥を投げる。ナワーブも巻き添えを喰らうだろうが、うまく一人だけ抜けられるように隙間は作ってある。ナワーブなら気付くだろう。
再び走るとメリーゴーランドと大きな橋、その先の大きな建物が目に入る。こちらも橋の上には何もない。が、よく見ると橋の上で忍冬がダウンしていた。
「忍冬さん!」
「っ! ちーたんダメ!!」
あまりに痛そうな忍冬に心配する気持ちが勝ってしまい、不二咲が駆け寄るが何かが飛んでくるような音がしたと思った瞬間、二つの衝撃があって不二咲もダウンしてしまった。
心配そうに不二咲を見ながらも柊も走っていくが、何かに一度当たってしまったようだった。
「あ、そっか、ここ……」
ここは霧の刃、あるいはアントニオの使う弦がある場所だ。何もなかった、ということと今のを見れば、霧の刃だったんだろう。
起き上がろうとしてもできない。そうしている間に三人が追い上げてきていた。忍冬も起き上がって、走っていくと思った。
「大丈夫ですか?」
「えっ……」
「さっき、私を心配してくださったでしょう?
ありがとう」
「……ううん」
その気持ちに、不二咲は泣きたくなってしまう。こんなに優しい人なのに、どうして五虎退の気持ちを汲み取ってあげられなかったのだろう、と。もしそうであったなら、きっと……。
もはやあり得ない『過去』を考えて不二咲は首を横に振る。このレースに負けるにしろ勝つにしろ、何とかしなければならない。立ち上がり、忍冬と共に走っていく。二階建てのテントを通り抜け、二人が一周目を終える頃には四人はもう滑り台のところまで着いていた。一位はナワーブ、二位が美津原、三位が柊と大雪待で入れ替わりになっている。
ここまで距離が開いてしまうと、少なからず一位にはなれない。そう思った不二咲は同じことを思ったらしい忍冬とともにアイテムを取った。
「えっ……じゅ、う!?」
忍冬の声にそちらを振り向けば、忍冬の手には金色に輝く銃が握られていた。確かイドーラに入れられた知識の中にあった、信号銃だ。人に当たっても害はないが一定時間、動きを止めるというもの。痛みはおそらくあるはずだ。
まさか『同じ物』を引き当ててしまうとは。つい呆然としてしまう。するといつの間にか付けられていた通信機から誰かの声がした。
『忍冬様、銃を引き当てたんですね! どうか撃って、一位の彼を止めてください! 今撃てばちょうど橋の上で止まるはずです!』
穏やかながらに明るい女性の声だ。忍冬への要望に、彼は困惑する。
「えっ、み、美津原さん……で、でも! こんなの、撃ったら」
『大丈夫、怪我はしませんよ!!』
「けど! けど……いくら五虎退のためと言えど、人を……怪我しないからって!」
『……』
「忍冬さん……」
「……できませんよ……」
本当に彼は優しい。……もしかしたら、五虎退を彼の元に帰せば、今度こそ仲直りできるかもしれない。なら、勝つんじゃなくて負けた方が……。
そう思った矢先だった。チッ、と舌打ちするような音が、通信機から聞こえた。
『うだうだ言ってないで撃てって言ってんのよこのクズ!!』
「……え?」
あまりに違う声と言葉遣いに、忍冬だけでなく不二咲も呆然としてしまった。通信機の先で、美津原が叫ぶ。
『さっさと撃って、止めなさいよ!! じゃないと五虎退を連れ戻せないで、私が昇進できなくなるのよ!!』
「え、え……?」
『ああもう!! トロっくさいわねぇ!! 命令よ、【撃ちなさい】!!』
それと同時に、彼の意志とは反対に忍冬の手は信号銃をしっかりと持って構えた。
「え、なっ、にが、い、いやだ!!」
悲鳴じみた声。なのに体はそれが全く聞こえていないように動いて。
ドン、と音がして信号銃の弾は不思議な軌道を描いて、何かに着弾した音がした。
「あ、あ……」
『次は大雪待ね、アンタも【撃ちなさい】!!』
通信機越しに聞こえる大雪待の悲鳴のような声、着弾した音とナワーブの声がする。
一体何が起こっているのか、忍冬も、不二咲も理解しきれない。だが、いつまでもここで立ち止まるわけにはいかない。忍冬は怪我をさせているわけでも命を奪ったわけでもないが、人を撃ってしまったことに激しく動揺している。
「忍冬さん」
「!!」
「……大丈夫、大丈夫だよ。行こう?」
「……はい」
きゅ、と忍冬の手を取ってゆっくり走り出す。本来ならばこんな行為、咎められても不思議ではないが、誰も何も言わなかった。
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.541 )
- 日時: 2022/09/26 21:21
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
橋に着くと、柊がダウンから復帰したところだった。ナワーブはとっくにダウンから復帰して走っていったようだ。それは良い。だが、目の前には一周目とは違う光景が広がっていた。
自動的に動く石像だ。それが等間隔で三列、左右に動いており、時折走っている者を狙うように地面から競り上がる。どうやら今度はそれを避けながら行かなくてはならないらしい。
ここでやっと手を放す。お互いに目を見た。……先ほどの美津原の豹変。それにお互い、思うことはあった。
もしかすると、忍冬たちが勝たない方がいいのかもしれない。美津原は何か企んでいる。昇進、と言っていたから、今回のことを利用する気なのかもしれない。それに、あの【命令】で忍冬と大雪待は自分の意思とは関係なく体が動いていた。……五虎退を思うのであれば。勝つべきなのは。
しかし、それは叶わない。通信機から美津原の声がした。
『ああ、わざと負けられても困るわ。忍冬、大雪待、【勝ちなさい】』
「っ!!」
「忍冬さん!」
忍冬は石像に突っ込んでいく。不二咲も、怖くて堪らないが……きっ、と石像を見る。そして、小さく胸の前で手を握り、走り出す。よく見て、石像を避けていく。
テントの中に入れば、二列の長椅子もあり、先ほどより避けづらい。一回だけ当たってしまうものの、なんとか走り抜ける。
回る壁は先ほどと同じく内側から通って、箱の前にあるはずのアイテムはなかった。それでもあの箱にもしっかり触れていく。忍冬の背中は見えている。この背中を見失うわけにはいかない。
メリーゴーランド横のアイテムを取り、大きな橋へ差し掛かる。両端には音符があり、そこを一定時間で弦が張られる。それに触れればダメージを食らってしまう。だから慎重に、と思った瞬間だった。
『美津原、一位にてゴールです。今より三十秒のカウントダウンが開始します。カウントダウン終了時点でゴール出来なかった場合、よりゴールに近い順に順位が付けられます』
淡々とした信徒の声に、目を見開いてしまう。三十秒。ここから、ゴールまで。
いいや、大丈夫。絶対に。
橋を渡り始める。
『二位、ナワーブ・サベダー。三位、柊』
「!!」
二人の名前が読み上げられた。忍冬の背中はまだ見える。なら次は。
『四位、大雪待』
……同点だ。五位にならなければ、負けてしまう。
忍冬は良い人だ。確かに、良い人だ。大雪待も、きっと。だけど、その担当である美津原は、どうしても信用できない。五虎退が忍冬の元に帰れば、その美津原の元にも帰ることになる。
忍冬には申し訳ない。けれど、絶対に勝つ。そう決めて、忍冬が上に上がっていくのを見て……不二咲は下を通り抜ける選択をした。
もちろん、上がショートカットになっているのは分かっている。が、忍冬が成功した場合、もう追いつけない。だから、あえて下から行く。
曲がり角を曲がったくらいに、忍冬はやはり成功したらしい。目の前に降りてくる。そして近くにある箱に触れ、不二咲との距離を取った。
不二咲は一つ、アイテムを使う。一定の距離を早く走れるボールだ。効力が切れる頃には、忍冬とほぼ同じ位置にいたがまた箱を使われる。だが、途中で少し引っかかり、ゴールから少し離れた場所で止まっていた。
……最後の一つ。ゴールにいる美津原はにやにやと笑いながらこちらを見ている。
「どうせ、銃なんて使えないでしょうね」
そう呟いたのが何故か聞こえた。でも、その通りだ。銃は使えない。……使いたくない。
「(だけど)」
ぐ、とそれを持つ。そして……『もう一度早く走り出す』。
「えっ……!?」
先ほどのアイテムを取って、銃はとっくに『消えている』。運良く、ボールを二つ持っていたのだ。
真っ直ぐ駆け、ゴールの目の前で止まる。忍冬が追いかけてきていたのが分かる。
ごめんなさい、そう胸中で謝って、不二咲はゴールした。
『五位、不二咲千尋』
『六位、忍冬』
『忍冬チーム、合計ポイント十四点。不二咲チーム、合計ポイント、十六点。よって、このレース……不二咲チームの勝利!!』
イドーラの宣言に、柊とナワーブは安心したように微笑んだが、すぐにそれは消えてしまう。不二咲は、最初から笑うことができない。
膝をついて、呆然と涙を流す忍冬。顔を覆って泣きじゃくり、忍冬に謝る大雪待の姿を見て。
「ごめんなさ、ごめんなさい、忍冬くん、ごめん、なさ、あああっ……!!」
「…………」
「う、嘘よ、こんな、こんなの、認めないっ……!!」
「さて、良きレースであった。約束通り、刀剣男士、五虎退の所有権は不二咲千尋に移るものとする。そして、お前たち三人には罰ゲームを与えよう。
……妾の気が済むまで、夢の世界にて妾の玩具となるがいい」
「っ!? イドーラ様っ」
「何か、柊」
柊を見るイドーラ。その目は布に隠されているはずなのに、まるで睨んでいるように感じられて誰もが思わず身を震わせた。
「……彼らを、壊すおつもりですか」
「壊す? さて……奴らの精神次第よ」
そう言ってイドーラが手を動かすと三人が浮く。美津原だけが、ぎゃあぎゃあと喚いていた。
「五虎退……」
「……あ……忍冬、さま」
「っ……。五虎退……」
忍冬は少し悲しそうに手を伸ばす。五虎退も思わず手を伸ばそうとした。
「それにしても哀れよ。忍冬と大雪待は誰もが気付かぬうちに、この女に『呪われていた』せいで、己の所業に気付けなかったのだからなぁ」
「……え?」
「の、ろい……!?」
「っ!? ほ、本当、ですか!?」
「ああ、本当だとも」
イドーラは非常に愉快そうにくつくつと笑っている。美津原を見ればひどく顔を青ざめさせ、なんで、と呟いていた。
それだけで事実だと分かってしまった。
五虎退が身を乗り出す。
「忍冬さまっ!!」
「五虎た……!!」
「ならぬぞ、付喪。神の約束は絶対。何かあっても受けてもらう。それとも貴様の身を全て滅ぼして、抗うか?」
「っ!!」
「だめだ、五虎退!!」
「でも!!」
「お、お願いですイドーラさん! 罰はっ」
「黙れ。これ以上不快にさせるつもりか」
イドーラからしてみればほんの少しのつもりなのだろうか、彼女から感じる圧にほとんどが膝から崩れ落ちる。
三人が徐々に消えていく。五虎退にできたのは、口を小さく動かした忍冬に小さく手を伸ばすことだけだった。
──ごめん、五虎退。
「あ、あ、ああああああっ!!」
忍冬が目を覚ましたのは、とっくに卒業したはずの高校だった。混乱しながら辺りを見渡す。ガラスに映った自分を見れば、背は少し縮み、制服を着ている。
「こ、こは」
そう思わず呟けば、おーい、と手を振る誰か。確か、彼女は高校時代のクラスメイトだ。顔も見えないのにそう確信した忍冬は手にカバンを持って彼女に駆け寄っていく。
「やっと起きたんだねー、みんなで早く帰ろ!」
「う、うん……」
「どうしたの?」
「い、や。何でもないよ……」
忍冬には確かに、あの不可思議なレースの記憶がある。そして……自分は、五虎退を知らず知らずに虐げていたことに気付かされた。
あのイドーラという異形は、その呪いに気付いていたのだろうか。わざとあのレースで、自分に罰を与える機会を作ったのだろうか。だとするとこれが罰、なのだろうか。本人に聞かねば分からぬような疑問ばかりが浮かぶ。
それを見ていたクラスメイトは少し困ったような声で大丈夫だよ、と言った。目の前に、ちょっとした人だかりを見つける。多分、彼らに向かっているんだろうか。
「……え?」
「キミが『偽物』でも、みんなキミを悪く言わないから、ね!」
「にせ……もの……?」
呆然とする忍冬の目の前にいたのは、たくさんの人に囲まれていた『忍冬』であった。『忍冬』たちと目が合うと、何もかもが普通であるように『偽物』と呼んでくる。
「ま、待って、僕は、偽物じゃ」
「いいよ、そんなに無理しなくて……さっきも言ったでしょ? キミが偽物でも、キミを悪く言う人はいないんだよ。いたとしても、わたしたちが守ってあげるから!」
「な、んで」
善意で否定され、忍冬は後ずさる。そんな彼の脳内に、一人の女の声がした。
──これが貴様への罰だ。
「っ!?」
──呪われていたとは言え、真に受け止めるべき言葉を受け止めなかった貴様への、良い罰であろう?
──この世界では、貴様こそが『偽物』、『贋作』。何人たりとも、貴様の言葉に耳を貸すことはない。
──善意からの否定、それがどれほど残忍なことか、その身を持って思い知るが良い。まあ、妾の気が済むまで耐えられたならば……褒美と共に、解放してやっても良い。
「あ、あ……」
偽物、偽物、偽物。何でもないように、それが普通であるように、誰もが忍冬を呼ぶ。どれだけ違うと叫んでもそれを善意で、優しく否定される。
いっそ、怒鳴られて否定された方がマシだ。だって、いつか通じると思ってしまうから。
だがそれでも、誰にも通じない。捨てきれない淡い期待、哀れみの目、真綿で締めるような優しい言葉が、何もかもが辛い。
「あ、ぅあ……っうわぁあああああ!!」
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.542 )
- 日時: 2022/09/26 21:24
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
ナワーブの本丸。そこに日向(こは)と共に世話になることになった五虎退は縁側で俯いていた。
「五虎退くん」
「っあ、主、さま」
「いいんだよ、ボクのこと、主さんなんて呼ばなくて……まだ、気持ちの整理付いてないよね……」
「……ごめんなさい」
「ううん、いいんだよぉ」
不二咲が隣に腰掛ける。ちょっぴり肌寒い夜風に不二咲が身を震わせ、これ、掛けよう、と大きめの膝掛けを広げて、二人で掛けた。
二人で優しく光る月を見上げる。とても大きくて近い。手を伸ばせば、届いてしまいそうだ。
「……僕」
「うん」
「……忍冬さまのこと、本当に、本当に、大好きだったんです」
「うん」
「っ、僕のこと、誤解、していたけど、それでも、お優しくて……僕だけ、って言って、美味しいどらやきとか、一緒に食べたことも、あって……」
「うん」
「ひっく、僕、僕っ、本当にっ、本当に、だい、だいすき、で、ぼく」
「……だから、つらかったんだよね」
「っ!! は、い、だから、だからつらくて、でも、でもっ、あんな、あんな目に、あってほしかった、わけじゃ、なく、なくて、ひっく、う、ぼく、ぼくが、もっと、もっと、がまん、できれ、ば、うわぁああん……!!」
思わず五虎退を抱きしめる。五虎退も、不二咲にひしと抱きついて泣きじゃくった。
どうすれば良かったのだろう。柊たちの話によれば、御神刀らにも気付かれない程度にじわりじわりと呪いを浸透させていたと言う。大雪待もその被害者で。どうやらあの美津原は昇進もそうだが、何より審神者経由でも……いや、むしろ審神者と言う存在を押さえつける形で刀剣男士を従える立場になりたかったのだと、イドーラがそう告げてきたと。
もっと根気強く、話し合えれば良かったのだろうか。それとも、何とかして呪いを解ければ良かったのだろうか。どうしたら、どうしたら。不二咲も涙を流しながら、五虎退を抱きしめ続けた。
それを、ナワーブや切長、切国、日向(こは)は何も言わず、出ていくこともできずに聞き続けるしかなかった。
─────────────
あれから一体どれほど経ったのだろう。忍冬は今日も偽物と呼ばれていた。彼は小さく困ったように微笑んで、違うよと言えばあちらも困ったような声で無理しないで良いよと言う。
目は濁り、頬はこけ始め、隈もひどい。精神的に相当追い詰められているのは、一目で分かった。それでも彼は、困ったように微笑みながら偽物ということを否定し続けていた。
そんなある日のこと。彼がいつものように夢の世界で目を覚ますと、そこはいつも目が覚める高校時代の部屋ではなく、真っ暗な空間であった。
そして、彼の目の前には、厳しい表情をした一期一振がいて。
「いち……ご……? ……はは、私は、幻を、みているのかな……」
「……主よ、どうかお答えください。何故、貴方は偽物と呼ばれ、否定し続けるのですか。事実であろうと、此処では誰も貴方の声に耳を貸さないと言われているでしょう」
「……」
「五虎退の時には呪われていたと言え、耳を貸さなかった貴方が、偽物と呼ばれるのを厭うのですか?」
「ちがうよ」
「ならば、何故」
「五虎退に、キミたちに、申し訳ないから」
「私たちに?」
目を丸くして返してくる一期に、忍冬はしっかりと頷いた。
「私は、確かに呪われていたんだと思う。ここに来て、なんであそこまで意固地になって、五虎退の言葉を、みんなの言葉を受け止めなかったのか、自分でも分からなかった。呪われていた、と言われると納得できた。思い当たる節も、あったから」
「思い当たる節とは?」
「美津原さんに、研修に行く前に落ち着いてから、とお茶を出されたんだ。あの時は全く気付かなかったけれど、何だか変な味がして、おそらくはそのお茶に呪いに関する何かを混ぜ込んだと思う」
「……なるほど。ならば、それを理由に逃げようとは思わなかったのですか?」
「……そんなことしたら、自分でも自分を許せなくなる。それに、『呪われていたんだから許してくれ』なんて、あまりに都合が良すぎるじゃないか」
視線を下に落としてしまう。しっかりと、幻であろうと目の前の一期を見るべきなのに。
「それが、逃げぬ理由ですか。それが、否定し続ける理由ですか」
「逃げない理由ではある。でも、否定し続ける理由は別にあるんだ。五虎退は、キミたちは、私がどれだけ否定しても、ちがうと、五虎退は真作だと、言い続けてくれていた。そんな風に私と向き合い続けてくれた。
ここで逃げたり、心が壊れてしまったら……みんなに、五虎退に、申し訳ないんだ。ただでさえ、許されないことをしたのに。
せめて、許されなくても……一回は、会って謝りたい。それも許されないなら、文面で。いつか、ここから解放されたら、みんなに、五虎退に謝りたいんだ」
「…………」
「ありがとう、一期。幻でも、会いに来てくれて。それから、ごめん。みんなの言葉を、聞かないで。……なんて、幻に言っても、ね」
「……条件があります」
「えっ?」
思わぬ答えに、もう一度一期を見上げる。表情は変わらない。だが……その目には、涙を浮かべていた。
「今回の件で、我々は貴方に五虎退に関して信頼が出来なくなりました。よって、五虎退のみ、我々が良いと判断するまで顕現を禁止します。鍛刀や出陣による取得は、連結、刀解……いずれのために、保管しておいても構いません。
ですが、我々の目の届かぬ所での保管は決して許しません。
また、五虎退と似たような刀剣男士の顕現は我々が話し合いの上、判断します」
「……!!」
「それでも良いですか、主」
「……うん、うん……!! それで、構わないっ……!! 一期たちこそ、いいの? そんなことで……!」
「我々が、話し合った上で決めた条件です」
やっと、一期が微笑んだ。その拍子に溜まっていた涙が一筋溢れて。それに、忍冬も涙を流した。
「……っ。ごめん、ごめん!! みんなの言葉、聞いてるつもりで、何も聞いてなかった……本当に、本当にごめん!!」
「もう良いですから。さあ、帰りましょう。主」
「っでも、まだ、彼女の気が」
「気が、済んだそうですよ」
そう言って、一期が指した先には一筋の光。何故か分かる。あれは、元の世界への道だと。本当に、気が済んだと言うのか。
さあ、と言われ、手を取られる。立ち上がり、少しよろけたのを一期は支えてくれた。手を引かれながら、ゆっくりと歩き出す。
「帰ったら、まず療養しましょう。担当の役人も変わりましたが、挨拶は落ち着いたらで構わないと。大雪待殿も彼女の本丸の鳴狐殿が迎えに行っているはずですから、どうかお気になさらず。
それから、五虎退ですが……別の方に引き取られ、我々の本丸の所属からは外れています」
「当然……だよね。あれだけ、ひどいことをしたんだから」
「ですが、主が目を覚ましたら連絡が欲しい、と」
「え……?」
「呪いが解けた貴方と、もう一度話がしたい、と。五虎退は、あなたを嫌っていないと」
「……ほん、とう、に? だって、だって、あれだけっ」
「本当です。この名に賭けても構いません」
「っ……!!」
「もうあの五虎退が我々の元に戻ることはありませんが……それでも、また新しく、関係を築きたいと言っておりました」
「うん、うんっ……!!」
また涙が溢れる。それを無理やり拭う。光がだいぶ近付いてきた。
「……あれ? あの、一期」
「はい」
「一期のマント……そんな、物だった、っけ」
今やっと気が付いた。一期のマントが、変わっている。いや、改めて見れば服装も少しずつ変わっていた。
一期は微笑みながら、そうですな、と言った。
「帰ったら、療養よりも先に。改めて名乗りを聞いていただきたい。
貴方のため、修行から帰った私の、名乗りを──」
─────────────
「して、本当に良かったのか夢の魔女」
「良かったとは?」
「あの審神者たちだ」
どこかも分からぬ空間。そこでイドーラとハスターは一つの茶菓子を摘みながら話をしていた。摘んでいるのはもっぱらイドーラだが。
「気が済んだなど、嘘まで吐いて解放する理由があったのか」
「ああ、あったとも。面白いものが見られた」
「面白いもの?」
「妾に敵わぬと、あやつらの刀剣男士たちはただ悔しそうにしていた。だがな、大雪待の鳴狐、そして忍冬の一期一振は、わざわざ『修行』へ行って、力を蓄えて妾の元まで辿り着いたのだ」
「ほう」
また一つ、茶菓子を摘む。
「そうしてこう述べた。『我々の主を返してもらいたい』『それが叶わぬのであれば、この身を、魂を滅ぼしてでも取り戻す。本霊にも許可を得てきた』と」
「ほう?」
なるほど、確かに面白いと言わんばかりにハスターは目を歪ませた。
例え魂まで滅ぼしたところで、どれだけ届くかも分からない相手に。たかが二人の人間のために。
「それが面白いこと。故に、会わせてやった。そこで見限ればそれまで。そうでなければ、連れ戻して良いと」
「そして、連れ戻したと」
「ああ」
「付喪が、たかが人間のため、貴様相手にそこまでの覚悟をするとは。それは面白い」
「で、あろう? それに……まだ玩具はある」
くつくつと笑って思い浮かべているのは現在もなお遊ばれ続けている美津原だろう。ハスターはちらりと茶菓子を見た。
その茶菓子は、よく見ると美津原の顔が浮かんでいる。それを一つまた摘み、イドーラが口に放れば、小さく女の悲鳴が上がった。
「まあ、偶には。悪役も都合の良い、幸せな終わりをすることもあって良かろうて」
そう言うイドーラの視界。それのみに映っているのは……幸せそうに笑っている五虎退、不二咲、そして……一期と、忍冬であった。
次はオマケです。
- Re: 綴られし日々-作者とキャラの日常- ( No.543 )
- 日時: 2022/09/26 21:27
- 名前: 柊 ◆K1DQe5BZx. (ID: cXmcbA9E)
オマケ:日向(こは)の気になること
「そういえば、一つ気になっていたんだ」
唐突に切り出したのは、日向(こは)だった。彼の視線は、五虎退(不)に向かっている。
「な、なんですか?」
「僕たちと初めて会った時、あの男の人と子どもが親子じゃないって見抜いていたよね?」
「は、はい」
「……もしかして、キミ、縁が見えるの?」
「エニシ?」
ナワーブが首を傾げると、切長が簡単に説明した。そしてああ、と頷くとそれが凄いことなのか、と聞き返した。
「まあ、よりけりだね。普通の刀剣男士でも見える者がいれば見えない者もいる。御神刀なんかはほとんど見えるようだけどね」
「……それが、どうしたんだ。日向」
「うん……僕もあの時、縁が変だから手伝うふりをして様子を見ようとしたんだけど、あまりにはっきりと聞いていたものだから……。
ねえ、どれくらい見えるの?」
「ど、れくらい……その……かなり、細い縁の色とか、いろんなものが見えます。見るか見ないかは、わりと自由に変えられるんですけど……」
「は!?」
「うお!? な、なんだ、そんなに凄いことなのか?」
「そ、そのレベルは、御神刀ならともかく……『五虎退』はいなかったはず!!」
「……は?」
「……多分、御神刀でも、少ないはずだ……」
「……はっ!?」
ナワーブが五虎退(不)を勢いよく見る。だが、日向(こは)はだからか、と納得したようだった。
「あの時は、なんだか女の子の様子があまりにおかしかったから見てみたら……怖い黒い糸が、女の子たちに無理やり絡み着こうとしていて……思わず飛び出しちゃったんです」
「そ、それ、忍冬知ってんのか?」
「いいえ、その……こ、これが、普通なんだと思っていたから……。ずいぶん後に、『五虎退』には希少なことなのだと分かったんですが……。言ってません」
「……マジか」
あの忍冬だから知っても無理やり連れ戻すことはないだろうが……彼は相当、希少な個体の五虎退を逃してしまったようである。
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