二次創作小説(新・総合)

第3話 亀はロマン求め戦う ( No.27 )
日時: 2019/03/22 14:30
名前: 内倉水火 (ID: JbPm4Szp)

「「さようなら!!」」

放課後のホームルームの後、別れの号令が教室内に響く。ぞろぞろと出ていく生徒達。
松田名作のクラス、7年C組は無事に1日を終えた所だった。
荷物を鞄に詰め込み、他のクラスメイトと同じく、名作は校舎を出た。親友達に用事があるというので、今日は久々に1人で帰る。

名作はいつもの通学路を歩き、何事もなく家路に着こうとしていた。
しかし耳を澄ますと、何やら妙な物音が聞こえて来るものである。
車や自転車が通り過ぎて行く音、近くの家で夕飯が作られる音の中で、何かと耳に入ってくるその音は、誰かの声のようだった。

「せいッ! やぁッ! 痛ッ!」 ドスッ、ドスッ。
「痛ッ? 今痛いって言ったよね? それにドスッって何だ?」

名作の言う通り、声は何処か痛がっているようだった。物と物がぶつかったような音も混じって聞こえる。更に声は、名作には聞き覚えのある声だった。

音と声のする方へ行ってみると、其処には_地面に座り込み、脛を押さえて痛がる親友の1人、ファンタスティック・ボルトの姿があった。
筋肉質で二足歩行の亀である。

「痛ッ…やっぱり道は遠いな」
「ボルト! 大丈夫? 何があったの?」

慌てて怪我の様子を見に駆け寄る名作。ボルトはそれを静止し、問いに答えた。

「あぁ、名作。脚はどうにもなってないから安心するまんねん。其処の大木を折ろうとしたら、こうなっただけだ」
「何で大木を折ろうと思ったの!? そりゃこうなるよ!」

2人の前にある樹木は、周りの木と比べて大きく太い。蹴りではびくともしないだろう。

「いやな、この前図書館で、冒険漫画を読んだんだ。その漫画の主人公が、回し蹴りで大木を折るシーンが最高で、こうして真似をしていた訳だ」
「ボルトがそういうの好きなのは知ってるけど! 真似にも限度があるよ!」

幾ら格好いいとはいえ、行き過ぎた物語の真似は怪我のもとだ。
名作は一応注意するが、ボルトはその情熱を抑えられないらしい。

「いや! 俺は何としてもこの木を折ってみせる! そして、あの主人公を超えるまんねん!」
「えぇ…?」

止まりそうもないこの勢いは、続く一声により、更に拍車がかかるのだった。

「その想い、熱い愛ね!」

第3話 亀はロマン求め戦う ( No.28 )
日時: 2019/03/23 13:14
名前: 内倉水火 (ID: JbPm4Szp)

名作とボルトは、声のした方向へと振り向く。
其処には、波打つ金髪を持った、美しい女性の姿があった。
2人に視線を向けられ、ニッコリと微笑む彼女の名は、フランツ・リスト。ベートーヴェン達と同じく音羽館の住人であり、常に愛を求める博愛主義者でもあった。

「チョッちゃんとの散歩中に、こんな愛に出会えるだなんて。リッちゃん感激!」
「え? 散歩中って…」

見ると、彼女の背後には、ペット用のリードに繋がれたスケートボードの上に、体育座りする青年の姿があった。
青年はフレデリック・ショパン。リストの友人であり、館の住人。日頃部屋から出てこないので、名作達も中々会えない存在であった。
そのショパンが、スケートボードに乗せられてリストと散歩中。異様な光景に、いつものツッコミが炸裂する。

「まるでやる気のない犬の散歩!」
「だってぇ、こうでもしないと外に出られないんだもの」

名作に軽く反論した後、リストはボルトに至近距離まで近付く。
まるで口付けでもするような数センチの距離で、彼女はボルトの手を取って言う。

「貴方の強い愛、しかと胸に届いたわ!」
「お、おう…」
「フィクションを超えて、強くなって誰かを守りたいのね?」
「まぁ…」
「逞しさを極めて、歪んだ心を愛へと導くのね?」
「うん…ん?」

「そんな事言ってないんだけどなぁ…」

遠巻きに眺める名作の言う通りだったが、ボルトは彼女の圧に負け、生返事しか出来ない状態であった。
軽く首を傾げた所で、もうリストの愛は止まらない。

「分かったわ! 其処まで言うなら、私が特訓手伝ったげる!」

斯くして、ボルトの特訓は幕を上げた。

第3話 亀はロマン求め戦う ( No.29 )
日時: 2019/03/24 14:18
名前: 内倉水火 (ID: JbPm4Szp)

特訓の為、竜宮町内のとある施設に移動した4人。
入った部屋の中央には、ボクシングやプロレス等で見かけるリングが鎮座しており、そのリングを囲うように、四方に椅子が並んでいた。
そう、此処は総合格闘技場である。

この場所に来たのは自分達だけだろう、と思っていた名作の予想は外れて、客席には既に人がいた。

「あれ、来てたんですか?」

名作が思わず目を瞬かせたのは、其処に桐生戦兎、万丈龍我、音羽歌苗、上井つる公の姿があったからだ。
彼等は、名作達と共に来たショパンの隣に座って、特訓を見守るつもりのようだった。
名作の後輩であるつる公は、にやりと笑んでこう言った。

「来てたもなんも、このリングは自分んちが貸し切ったんす!」
「えぇ!? そんな事出来るの?」

驚く名作に、万丈が蛇足にも近い捕捉を入れる。

「此処が安いっつーのもあるんだけどな」
「ちょい龍我さん、カミングアウトは駄目っす!」

「あぁ、びっくりした…ん? 戦兎さん、その機械なんですか?」

名作が次に目を向けたのは、戦兎の近くに置かれた、大掛かりな機械である。
機械にはホースのような物が繋がっており、その先端は拡声器に似ていた。

「これは、ムジーク専用の録音機だ。リストさんもムジークが使えるみたいだからさ、実験のサンプルに良いかなーって」
「そういえば、研究するんでしたね。こんなに大きな録音機、初めて見ますけど…」
「色々と細かい事に拘らないと。録音したムジークの効果も流れちゃったりするからな」

そんな事態が起これば、ムジークの研究どころではない。
流石だな、と改めて戦兎の本気を感じさせられた名作。

つる公は格闘技場を貸し切ったから、戦兎はムジークの研究として、後の2人の理由も訊いてみると、

「つる公の用心棒だよ。まぁ、純粋に特訓見てみてぇってのもあるけどな」
「リストさんがボルトくんの特訓するって聞いて、気になって見に来たの。ちょっと心配でもあるし…」

さて、名作がやっと席に座った直後、リストとボルトがリングへと上がって来た。
ボルトはいつも通りだが、リストは素っぴんにジャージ、ポニーテール姿である。特訓の為に着替えたのだろう。

「さぁ、始めましょう」
「かかってくるまんねん!!」

「始まるみたいっすよ!」
「あぁ待て、録音準備がまだだ!」
「もう、早くして下さいよ!」

機械のボタンを操作しながら、あたふたする戦兎。
リングの様子を見て、ショパンは一言。

「2人共、待ってる…」
「変に律儀! 申し訳なくなってくる!」

戦兎は、此方を見るリング上の2人に叫ぶ。

「ごめーん!」

第3話 亀はロマン求め戦う ( No.30 )
日時: 2019/03/25 13:52
名前: 内倉水火 (ID: JbPm4Szp)

録音機の準備が完了して、ようやく特訓が始められるようになった。
リストは待ってましたとばかりに、着ていたジャージを脱ぎ捨て、ピンクのタンクトップ姿になる。同時に露になった白い腹筋は、美しく形成されている。
息を深く吸い、彼女は高らかに叫ぶ。

「『ラ・カンパネラ』!!」

その掛け声と共に、周囲の景色が変わっていった。
彼等彼女等がいるのがリングと客席である事に変わりはないのだが、安っぽかったはずが一転、リングがライトアップされ、まるでテレビで観るような場所へと様変わりしたのだ。

「リストのムジーク…」

ショパンがぼそりと呟く。確かに耳を澄ますと、何処からか音楽が聴こえてきた。
その隣で、拡声器に似たマイクを翳して、ムジークを録音する戦兎。
そのまた隣では、万丈が名作に尋ねている所だった。

「『ラ・カンパネラ』だったか? どんな曲なんだよ?」
「確か、最初はバイオリニストのパガニーニが作曲した曲だったんですけど、フランツ・リストがピアノ用に編曲した曲…だった気がします」

客席の会話もそこそこに、彼等はリング上の2人に目を向けた。

ムジークの効能なのか、リングには次から次へと、金の小振りな鐘が出現していた。
鐘達は宙を飛んで、リストやボルトへと向かっていく。

「はぁッ!」
「てやぁッ!」
「「おらァァァ!!」」

それらを、2人は拳で殴り飛ばしていく。
拳がぶつけられる度に、鐘の音が辺りに鳴り響いた。

ごーん! ごーん! ごーん!

その音は、響く度に名作達の煩悩を打ち消していくようだった。
まるで除夜の鐘。名作はそう感じた。

「いつ聞いても、心が洗われるわ…」
「本当、除夜の鐘って素晴らしいですね…」

誰か2人が、名作の心境と同じ事を呟く。
一方は歌苗、そしてもう一方は_驚くなかれ、つる公であった。表情もやけに穏やかである。

「つる公!? どうしたの!?」
「どうしたって、鐘の音に心を清められたんですよ」
「それにしても効きすぎじゃない!?」

他にも異常がないか、辺りを見回す名作。
彼の目が捉えたのは、リングへと上がろうとする万丈の姿であった。

「あんたもあんたで何してんだ!」
「あれ見てたら、元格闘家の血が騒ぐってもんだろ!」
「だからって乱入すな!」

しかし、注意する名作を他所に、リストは告げる。

「良いわ、万ちゃんもいらっしゃい! 愛の特訓は平等よ!」
「良いのかい!」

という訳で、万丈も加わった彼女等は、鐘を鳴らし続けた。

ごーん! ごーん! ごーん! ごーん!

すると、天井から何やら大きなものが吊り下げられる。
それは何と、本物そっくりの除夜の鐘であった。
リスト達は、それにも果敢に挑んでいく。

「心頭滅却ッ!」
「「煩悩退散ッ!!」」

ぼーん! ぼーん! ぼーん!

除夜の鐘は、格闘技場の全体に鳴り響いた。

第3話 亀はロマン求め戦う ( No.31 )
日時: 2019/03/26 13:16
名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)

その後、鐘の音は止み、辺りには静寂が訪れた。
ムジークを停止したリストは、ボルトの元へと歩み寄る。

「今の貴方なら、あの大木に立ち向かえるわ。大いなる愛で、フィクションを越えてらっしゃい!」

乱入した万丈も、手の甲で汗を拭いながら笑いかける。
2人の激励を受け、ボルトは自信満々に頷いた。

一方、客席の面々はその様子を見て、感動しているようだ。

「マジエモかったっすわぁ。この後公園行き確定っすね」
「此処まで来たら見届けるしかないわね…あれ、つる公くん、口調戻ったんだ」
「意外に即戻れたっす」

「万丈が乱入した時は、どうなる事かと思ったな。まぁ良いもん見て録れたけどさ」
「…フィクションはハードルじゃない」
「そんな事言うなよ。でも…アスリートとファンじゃ考えが違うのも分かる」

其処まで話して、戦兎はある事に気が付いた。
名作が先程から一言も喋っていないのだ。
見ると彼は、何か物思いに耽っている様子。

「おい、どうした?」
「いや…何か特訓見てて、違和感を感じたというか…」
「違和感? 何が変なんだ?」
「…良く分からないです」

こうして、妙な違和感を抱えながら、彼等は大木のある公園へと向かう。

公園に戻ると、其処には件の大木がどっしりと聳えていた。
ボルトは大木の前に立ち、脚の筋肉に力を込め始める。

「はぁぁぁあああ…!!」

「あ、分かった!」

その様子を見て、名作は思わず叫んだ。
違和感の正体に、たった今気付いたのだ。

しかし、時既に遅し。ボルトは力を込めた脚で、思い切り大木の幹を蹴った。

「…いっでぇえええ!!」

再び脚を抑えて唸るボルト。その光景は、特訓を見た者からすれば、訳が分からなかった。

「ボルトパイセン!? 大丈夫っすか!?」
「失敗…」
「ど、どういう事だよ!」

目を瞬かせた戦兎は、名作に違和感の正体を訊いた。
名作はこう説明する。

「実はボルト…最初は蹴って折ろうとしてたんです。でも、特訓は…手で殴ってたから意味ないんです!!」

その言葉には、全員がずっこける他なかった。

しかし後日、ボルトが大木を拳で叩き折ったというニュースが、クラスで持ちきりになったそうな。

めでたしめでたし!