二次創作小説(新・総合)
- 第4話 平和の音楽を貴方に ( No.33 )
- 日時: 2019/03/30 14:29
- 名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)
今回ですが、前作『ハウスオブ音羽』の設定を引き継いでおります。
先に前作を読んでから、今回の話を読む事をお勧めします。
***
その日、松田名作率いる5人組は、揃って音羽館に遊びに来ていた。
館には今、5人と音羽歌苗、ベートーヴェン、リストがおり、その全員が、思い思いに時間を過ごしていた。
例えばベト、ノキオ、ボルトは、ノキオの保護者であるパペットが製作したゲームで遊んでいる。
「ベトさん! その魔法で敵をぶっ倒せ!」
「これかッ! …しかし、何故敵がシュウマイなのだ?」
「…おぉ、遂にボスの登場か!」
「俺が討ち倒してやろうぞ!! …何故ボスの頭がこし餡饅頭なのだ!」
ベトが首を傾げながらゲームに集中している一方、後の5人は茶菓子を楽しみながら、冷めた目でベト達を見ていた。
「…本当に何、あの変なゲーム。何で敵がシュウマイとこし餡饅頭なの?」
歌苗が紅茶を一口啜る。
普段ゲームをやらない彼女も、内容の異様さには驚かざるを得ないらしい。
彼女の疑問には、一度パペットのゲームをやった事のある、名作が答えた。
「パペットじいさんのゲーム、嫌いな食べ物とかが敵になるんですよ」
すると、空になったカップをテーブルに置いたリストが口を挟む。
「何でも良いのよ。皆でワイワイやって、其処に愛が生まれるなら。それにしても、ボルちゃんの足もすっかり良くなったみたいで良かったわぁ」
むすびも無い首を縦に振って、リストに同調した。
「シナリオがどうであれ、面白ければそれで良いです」
「そうかな…ゲームのシナリオが感動ものだから、名作になる例だって沢山あるんだよ?」
名作が反論した事によって、その場の雰囲気は悪くなり始めた。
2人の周りは、空気がずっしりと重くなっていく。
「最近のゲームはシナリオが多すぎるです!」
「それでこそ感動の名作が生まれるんだよ!」
見かねたスウィーツは、言い合いを続ける2人に言った。
しかし、その注意は名作達にはね除けられてしまう。
「ちょっと2人共、喧嘩は良くないよ」
「「喧嘩なんてしてない!!」」
「もも…」
「大体むすびは…」
「名作くんこそ…」
目の前で口喧嘩をヒートアップさせる2人に、歌苗が怒鳴るのと、インターホンが鳴るのが同時だった。
「2人共! いい加減にしなさい!!」
ピンポーン。
「「えっ…」」
その2つの音に驚いて、全員が顔を上げると、音羽館に、少しの間の沈黙が訪れた。
ピンポーン。ピンポンピンポーン。
- 第4話 平和の音楽を貴方に ( No.34 )
- 日時: 2019/04/01 15:42
- 名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)
ピンポーン。ピンポーン。
全員が呆気に取られている中、歌苗は一番に口を開いた。
「えっと…出るね」
それから、インターホンの鳴らされる玄関へと歩いて行く。
インターホンは、尚も鳴らされ続けている。何度も何度も。
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポーン。
そう、何度も。何度も何度も何度も。
歌苗が扉を開けるまで、何度でも鳴り響くようだった。
流石に苛立って来たのか、扉を開けた後、歌苗はその相手に、
「いや煩いんですけど! 何回鳴らすんですか!」
と文句を言う気満々になっていた。
しかし、その怒りは相手の顔を見た途端に鎮火される。
怒鳴るのも文句を言うのも不発に終わっているが、そんな事はどうでもよかった。
彼女の目の前には、意外な来客_憂城が立っていたのだ。
憂城。本名でさえ不詳の、謎の人物。
歌苗や名作達を「お友達」と呼び親しんでいるが、彼の周りには何処か危険な雰囲気が漂う。強いて言えばそんな人物であった。
彼ならば、インターホンの連打は何となく頷ける。
雪のように真っ白な髪を持つその青年は、歌苗を見てにっこりと笑う。
「こんにちは、大家ちゃん。館のお友達がいたから連れて来たよ」
「え、お友達?」
歌苗は目を瞬かせながら、"館のお友達"が誰か、頭の中で候補を上げる。
確かに、今の音羽館には何人か欠員がいた。
ショパンは自室にこもっているとして、出掛けているモーツァルトか、それとも奏助か。
其処まで考えて、歌苗は1人の住人を思い出した。
同時に、"館のお友達"は扉の陰から姿を現す。
「大家殿、お久し振りじゃまいか!」
「シューさん!」
赤毛のドレッドヘアに、紫に染まった瞳、黄緑の蝶ネクタイ。
格好こそがらりと変わっていたが、彼は間違いなく、音羽館の住人、フランツ・シューベルトであった。
- 第4話 平和の音楽を貴方に ( No.35 )
- 日時: 2019/04/03 13:54
- 名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)
歌苗は、取り敢えず2人を館のリビングへと招き入れた。
言い争いやゲームの最中だった面々も、2人の座ったテーブルの近くへと集まった。
心なしか、名作とむすびの距離は離れていたが、今は誰も指摘はしなかった。
其処で、レゲエ歌手姿のシューベルトはこう切り出す。
「いやー、凧に拐われたせいで、帰って来るのに時間がかかったじゃまいかー」
「…ジャマイカまで?」
「お、大家殿、何故ジャマイカだと分かったじゃまいか!?」
図星を突かれたような顔で、歌苗の顔を凝視するシュー。
服装や「じゃまいか」という語尾からして、図星を突けるのは当然なのだが。
驚いた様子のシューはさておき、憂城が補足を入れる。
「帰って来た時も凧だったらしくてね、ゴミ箱に頭突っ込んでたのを、僕が連れて来たんだ」
「ゴミ箱に!?」
すると、ノキオがくんくん、とシューの臭いを嗅ぐ。
「…確かに寄ってみると臭いな!」
「臭いって言ってやるな! 失礼だろ!」
反射的にツッコミを入れる名作。
しかし、シューはにまにまと笑いながら言う。
「大丈夫じゃまいか。ハッピーでピースフルな音楽の申し子は、そんな事気にしないじゃまいかー」
「「おぉー」」
ノキオ達が感嘆の声を上げる中、名作は目を伏せた。
何となく、些細な事でむすびと言い争った自分が恥ずかしくなってきたのだ。
彼から離れた場所で、むすびも同じように俯いていた。
- 第4話 平和の音楽を貴方に ( No.36 )
- 日時: 2019/04/05 15:22
- 名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)
名作が黙りこくっている中、スウィーツが威勢よく手を挙げた。帰国したてのシューに夢中で、名作とむすびが口論になったのは忘れてしまったのだろうか。
「はいはい! シューさんってジャマイカで何してきたの?」
対するシューは、少し困ったように笑いながら考え込む。首を傾げた際に、ドレッドした赤毛と、レゲエ帽の飾りが揺れた。
数秒間考えた末、彼はこんな答えを出した。
「…ジャマイカでアーティスト活動してたじゃまいか! 色んな人達が絶賛してくれたじゃまいかぁ」
思い出を振り返りながら楽しそうに語る彼を見ながら、先輩であるベトは言う。
「ふむ。そういえばシューベルトは、以前も"ザ・グレート"として活動していたのだったな」
「はい! 暫く活動休止でしたが、晴れて再開したじゃまいか! …でも、日本に戻ったからまた休止になったじゃまいか…」
スウィーツから流れるように、今度はノキオが挙手する。
「はい! ジャマイカってどんな国なんだ? 治安は良いんだろ?」
質問が終わるか否か、シューは即答した。
子供達の想像とは真逆の、衝撃の事実を。
「治安は悪いじゃまいか」
「「えぇ!?」」
あまりに信じられなかったのか、一同はスマホや電子端末を用いて、ジャマイカの治安について調べ出す。暫くして、その殆どが有り得ない、と言わんばかりに口をあんぐりと開けた。
名作にも衝撃的な答えだった。平和の音楽に溢れているはずの国が、物々しい雰囲気に包まれているだなんて__。
すると、ノキオの端末の画面を覗きながら、憂城が口を開く。
「平和じゃない国だからこそ、平和を歌ってるんじゃないかな?」
「平和じゃ、ないから…?」
歌苗が目を瞬かせながら訊き返した。分かるようで分からない。そんな疑問符が、殆どの頭の中を渦巻いていた。
「うん。僕のお友達にね、そういう子がいたんだ…僕は、その子の考えが良く分からなかったけどね」
憂城もぴんと来ていなかったようで、そのまま考え込んでしまう。
しかし、リストは何か通ずるものがあったのか、さらりと答えてみせる。
「確かに、元々平和な国で平和を歌ったって意味ないわ。分からなかったり、忘れてしまった人にこそ教えるものなんじゃない? 愛と一緒よ」
成る程、と全員が頷く。
その言葉を拾って、シューはにこやかに続けた。
「リスト殿の言う通りじゃまいか! 平和を忘れた心にこそ平和を教える。それが私のレゲエのルーツじゃまいか。ジャマイカに行って、また自分の音楽を、ヒップホップもレゲエも奏でようって思えたじゃまいか!」
- 第4話 平和の音楽を貴方に ( No.37 )
- 日時: 2019/04/07 17:28
- 名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)
「という訳で、Let's ムジーク! じゃまいか!」
シューは天井へと拳を突き上げ、高らかに叫ぶ。その拳に木製のタクトが握り、館中を平和の音楽で包み込む_と、想像した名作達。
しかし、彼は一度その拳を下ろすと歩き出し、玄関の扉へと手を掛ける。
不思議に思ったボルトは、シューに尋ねる。
「わざわざ外に出て演奏するのか?」
「その通りじゃまいか」
音羽館の住人以外の頭に、再び疑問符が浮かぶ。
町中にムジークを響き渡らせたいのだろうか、それとも、館の中で演奏すると何か不都合があるのか。
シューが庭へと出ていく。疑問など何もないベト達に、名作達も続いた。
今度こそタクトを握り締め、シューは良く通る声で歌い出す。
一同がその深い歌詞と、柔らかな歌声に心を預けていると、不思議な事が起こった。歌うシューの身体が、みるみる内に大きくなっていくのだ。終いには、音羽館を遥かに越える、巨人になってしまった。
「館を出なきゃいけなかった理由って…これ!?」
「わぁ、おっきいねぇ!」
その光景に驚く名作と、陽気にへらへら笑っている憂城。だが、曲を聴いている内に、歌い手が巨人である事はどうでもよくなった。
段々、心が暖かくなって、苛立ちは小さくなっていって。
気付けば名作は、むすびの元へ歩み寄っていた。
「…ごめん、むすび! 僕、自分の意見ばっかりで…」
感情の押し付けはいけない。歌を聴いていて、強く思った。
対するむすびは、歌声から名作へと向き直った。そして、ぺこりと頭を下げる。
「僕こそごめんなさいです。反対の意見もちゃんと考えておくべきでした…」
気が付けば、2人は隣で歌を聴いていた。
その美しく壮大な歌が、終わってしまうまで。
- 第4話 平和の音楽を貴方に ( No.38 )
- 日時: 2019/04/09 14:26
- 名前: 内倉水火 (ID: yLoR1.nb)
巨人の歌に聞き惚れるのは、館の人々だけでなかった。
1人の若い女性が、正門前に佇んで、音羽館の遥か上を見上げていたのだ。彼女が掛けた眼鏡の奥の視線は酷く優しく、柔らかだ。軽く口角を上げた唇は、次第に歌詞を口ずさみだす。
同じく歌に心奪われた一同は、彼女の存在に気付く気配さえない。唯一1人、憂城以外は。
憂城の目は、音符があしらわれた門の先に、穏やかに歌を口ずさむ、彼女を捉えた。
年は20代だろうか、小柄で、愛らしいくりっとした瞳、所々跳ねた短髪__。
憂城は、彼女の姿に見覚えがあった。容姿は勿論、優しい表情も、この歌のように平和を愛する心も。
憂城が彼女に声を掛けようとした、その時だった。
その場の全員の視界が白く埋め尽くされたのだ。目を射るような眩しさに、思わず目を覆い隠す。
ムジークが終わる。目を瞑りながら、全員がそう確信した。
暫くして、恐る恐る瞼を開き、手を退けると、視界はもう元の庭の景色に戻っていた。
巨人がいた方向を見ると、巨人から人間サイズになったシューが、足の泥をほろっている所だった。
「あれ?」
正門の方を見た憂城は、彼女の姿が消えた事に気付く。ムジークが見せた夢かと錯覚させるように、彼女の痕跡は1つたりとも残っていなかった。
憂城が首を傾げている間、ドレッドヘアを揺らしながら靴を履き直す後輩に、ベトが歩み寄り、納得したように頷いた。
「シューベルト。以前聴いたものとは比べ様もなく素晴らしい曲だった。平和とは何か、自分の音楽とは何かを理解したようだな」
その言葉を聞いたシューは、一寸の間目を瞬かせた後、表情をぱぁっと輝かせる。
「…先輩! 有り難う御座いますじゃまいか!」
これからも彼は、自分の音楽を奏でていくのだろう。
名作は、二度と自己否定感に飲み込まれる事のないように、と密かに祈った。
めでたしめでたし!