二次創作小説(新・総合)

第1話 天才と子供と音羽館 ( No.7 )
日時: 2019/03/09 17:10
名前: 内倉水火 (ID: 8topAA5d)

此処は竜宮りゅうぐう町。人々から愛される作品、"名作"を目指す子供達が暮らし、その創造性を豊かにする街。彼等が目指す名作もくひょうは、童話からアイドルまで、古今東西に広がっていた。
その子供達が通っているのは、竜宮小学校。名作を目指す少年少女が学ぶ場所というのもあって、この学校は他とは違う取り組みをしていた。更に、小学校と銘打っている癖に小中一貫校である。

竜宮町には勿論、この世の全ての名作を愛する子供も存在する。もうすぐ8年生を迎える少年、松田まつだ名作めいさくも、その内の1人であった。
今日も松田少年は、軽く鼻歌を奏でながら小学校への道を歩く。因みに鼻歌のメロディは、ベートーヴェン作曲の『田園』である。
その名作に、着物姿の子供が駆け寄って来た。

「名作! おはよう!」

彼の名は御尻川おしりかわスウィーツ。桃太郎に憧れる、PTA会長の息子だ。名作より幾ばくか幼い体躯だが、同じく13歳である。
名作は笑いかけて、スウィーツに挨拶を返す。

「あ、スウィーツ。おはよう」

この2人と同じクラスのウインドウズノキオ、団栗林どんぐりばやしむすび、ファンタスティック・ボルトの計5人は、竜宮小でもかなり仲の良いメンバーとして知られていた。
スウィーツは名作と横並びになると、こう言った。

「今日の放課後、音羽おとわ館に行こうよ!」
「良いよ、他の皆も一緒?」
「それはまだ分からないから…教室に着いたら訊いてみるよ」

音羽館。隣町のハママツに建つ、古びた洋館の名前だった。
洋館といっても、上品なドレスを着た老婆家主は居らず、1人のうら若き大家が管理する、新手のシェアハウスである。
其処には個性的な住人達が住んでいて、皆が名作達の知り合いなのだ。
徒歩でも行ける距離に建つ館なので、この日の会話が示すように、彼等は定期的に館へ通っている。

そうこうしている内に、2人は校門の中へと入って行った。
今日も、1日が始まる。

第1話 天才と子供と音羽館 ( No.8 )
日時: 2019/03/09 19:28
名前: 内倉水火 (ID: 8topAA5d)

その日の放課後、名作とスウィーツは音羽館への道のりを歩いていた。他のメンバーの姿は見当たらず、2人の表情も浮かない。

「まさか3人共断るなんてね」

名作の言う通り、ノキオ、むすび、ボルトの全員が、スウィーツの誘いを断ったのだ。
無論、各々理由があっての事である。

「むすびは今日飼育委員の仕事があるみたい」
「ポチのお世話か。仕方ないね」

因みにポチとは犬の名前ではなく、学校で飼育している象の名前である。
一度教師に危害を加えてしまい、追い出されそうになったが、スウィーツの父のお陰で学校に留まる事が出来たようだ。今も校庭でのびのびと暮らしているのを見かける。

「ボルトは裏山で熊と決闘の約束をしてたんだ」
「約束か、それなら…いや! そんな危ない約束止めた方が良かったよね!?」

どうにも心配が過る。名作は冷や汗をかきつつ、スウィーツの話を聞き続けた。

「ノキオは家でだらだらするから忙しいって」
「つまり忙しくないじゃん! 何だ彼奴!」

どんどん理由が酷くなっている気がするが、無論、気のせいではない。
ボルトの安否が気になる所だが、恐らく明日は平然と登校してくるだろう。

そうこうしている内に、音羽館の門の前へと辿り着いた。
いざインターホンを押して、館へ入ろう_名作がボタンへ手を伸ばしたその時だった。

ドカーン!!

爆音が2人の耳をつんざく。咄嗟に耳を塞ぎながら館の方を見ると、もくもくと煙が昇っていた。

「えっ? 爆発?」
「早く見に行かないと!」

ただ事ではないと思った名作達は、慌てて館の中へと突入する。

第1話 天才と子供と音羽館 ( No.9 )
日時: 2019/03/10 14:08
名前: 内倉水火 (ID: 8topAA5d)

「だ、大丈夫ですか!?」

2人が入って行った玄関では、全身煤にまみれた4人の人物が転がっていた。恐らく今の爆発に巻き込まれたのだろう。
名作とスウィーツは、この4人にはっきりと見覚えがあった。

まず1人は、自称天才物理学者、桐生きりゅう戦兎せんと
2人目は、此処から少し離れた街で暮らす男子高校生、墨野すみの継義つぎよし
3人目は、音楽家の生まれ変わりにして音羽館の住人、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
4人目は、ベートーヴェンと同じく生まれ変わりの住人、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
その全員が玄関に折り重なるように倒れていて、失神してしまっていた。

「う…うぅ…」

どうする事も出来ないまま、名作達が彼等を心配そうに見つめていると、呻き声が聞こえてきた。
見ると、倒れていた戦兎が薄目を開けて、天井を見上げた所だった。後の3人も、次々と目を覚ましつつある。

「皆生きてる! 良かった!」
「一体何がどうしてこうなったんです?」
「あぁ…それはだな」

4人は記憶を思い起こしながら、事故の原因について語り出した。

先程まで、戦兎は館の居間で実験をしていた。画期的な発明品を見つけたので、自らの手で調べていたらしい。
ベトは台所でいつものように餃子を焼いていた。いつも通り、見るからに危険な火炎放射機で。
モツはというと、手当たり次第にバナナを貪っていた。その皮はきちんと捨てられずに、床にぽいぽいと放り出される。事故が起きる直前には、まるで絨毯のように広がっていたのだ。

もう既に嫌な予感がしているだろうが、これだけではない。
大好物のチーズを食べた継義が、ステップを踏むように歩いて来たのだ。彼はこの好物だけには弱く、異常にハイテンションになってしまうようだ。
案の定バナナの絨毯を踏んでしまい、つるりと転ぶ。
運が悪い事に、其処に出来上がった餃子と火炎放射機を持って来たベトと、頭を掻き乱しながらうろつく戦兎の姿があった。
継義はあえなく2人と激突、転倒する。

そして、4人はとんでもない事に気が付いた。
実験器具に放射機の炎が引火していたのだ。
其処から先は、全員気を失っていたので覚えていないらしい。

話を聞いた名作とスウィーツは絶句した。
そもそも、何処からツッコんで良いのかさえ分からないのだ。
ふと、その4人が表情を固くし、名作達の後ろを凝視し始めた。

「今の話って、全部本当の事ですか?」

振り向いた途端、名作達の顔も凍りついてしまった。悪い事をしている訳でもないのに。
その理由は__そう。

「なぁんで私の家を荒らす人達ばかりなのかしら、此処は?」

逞しき女子高生の大家、音羽おとわ歌苗かなえの、怒気を帯びた笑顔であった。

第1話 天才と子供と音羽館 ( No.10 )
日時: 2019/03/10 16:00
名前: 内倉水火 (ID: 8topAA5d)

その後、爆発の被害で少々煤けた居間で歌苗による説教が始まった。
当事者であり事故を起こした張本人である4人は、歌苗の前に正座させられている。
彼等の殆どが歌苗より年上であるにも拘わらず、あろうことかその彼女から叱責を受けているというのは、何とも滑稽なものであった。

「良いですか! 此処は生活の場であって、実験室でもキャンプ場でもないんですよ!」

直ぐ側にあるソファーに座って、名作達2人は彼等の様子を見ていた。事前に出された紅茶を啜りながら、呆れ半分である。

歌苗の説教の対象は、まず住人であるベトに向かった。

「ベト、餃子を台所で焼いていたのは良しとします。でも、何で其処にあるコンロで焼かずに、そんな物騒なもので調理したんですか!」

と言うと、彼女は黒焦げの鉄屑と化した火炎放射機を指差した。誰の目から見ても、その原型は武器というように見えただろう。
すると、ベトは負けじと反論する。

「何を言うか小娘、ギョーザーもまた芸術、常識を超えてこその芸術なのだぞ!」
「人に迷惑をかけるのは芸術でも何でもありません!」

ベトの話を一蹴した後、その矛先は同じ住人であるモツへと向き直る。

「モツ、家のバナナを勝手に食べて良いなんて誰が言ったの? そのバナナの皮を床にポイ捨てして良いだなんて誰が言ったの?」
「だって捨てるの面倒なんだもん」
「余計に面倒な思いをする事になるじゃない! 後で掃除して貰いますから!」

大人とは思えない程の言い草である。
痛い目を見たばかりだというのに、何故此処まで無反省でいられるのだろう。名作は思った。きっと女子高生に負けていては、男としてのプライドが許さないのだろうと、勝手な解釈も加えて。

続いて戦兎。

「どうして居間で実験なんてしたんですか?」
「いや、今の泊まり先で1回実験したんだけど、怒られちゃってさ」
「此処でも駄目に決まってるでしょう!」

完全に火に油を注いでいた。一応言っておくが、火炎放射機の話ではなく、比喩である。
戦兎は怒鳴る歌苗を見て、慌てて訂正した。

「あぁ、嘘嘘!! …お前の父親の発明品を見つけたんだ」
「お父さんの?」

父親の発明品と聞いて、名作とスウィーツは2人で顔を見合わせた。何の事かさっぱりだ。

「お前の父親の部屋で、沢山の発明品を見た。しかも、どれも今の科学じゃ解明出来ないような仕組みで出来てる。それを調べてみたかったんだ」
「…そうですか。まぁ確かにお父さん、色々なものを研究して発明してたみたいだけど、そんなに凄いものだったなんて」

すっかり落ち着いた歌苗を他所に、スウィーツは驚いて言った。

「えっ! 歌苗さんのお父さんって科学者だったの!?」
「そうみたいだね…」

名作自身も、驚きを隠せなかった。
気を取り直して、歌苗は告げる。

「でも! だからって爆発を起こして良いなんて事はありません。4人共ちゃんと掃除する事! 継義くんもウロウロしてたんだから、勿論協力して下さい!」
「はい…サーセン」

このまま逃げ切れるとでも思っていたのか、継義はやけに肩を落としていた。
ついでに、と歌苗は続ける。

「ベトは餃子を焼くの禁止。モツはおやつ食べるの禁止。戦兎さんも館内での実験は禁止!」

第1話 天才と子供と音羽館 ( No.11 )
日時: 2019/03/11 12:23
名前: 内倉水火 (ID: 8topAA5d)

粛々と掃除をする4人の顔は、眉に皺を寄せているか、目元に濃い陰を落としているかだった。
その表情のせいか、名作とスウィーツは、わざわざ声を潜めて話していた。

「皆凄い顔だね」
「仕方ないよ、継義さんはまだしも、後の3人は色々禁止されちゃったんだもん」

話している内に、掃除は終わったらしい。名作達が顔を上げた頃には、4人は掃除用具を片付けに行く所であった。
表情の割には良い働きぶりである。

「おい、2人共」

掃除中に着用していたエプロンを脱ぎながら、戦兎が此方へと近付いて来るのが見えた。
声は明るく、さっきまでの眉の皺は何処かへ消え去っていた。

「あ、戦兎さん」
「さっきは見苦しい所見せちまったな」
「ううん、大丈夫だよ! ね、名作!」
「うん、それで、僕達に何か?」

名作が尋ねると、戦兎は少しばかり声の音量を下げていった。

「…これから歌苗の父親の、音羽博士の部屋に行くんだ。お前等も来るか?」
「え? 発明品見れるの!?」
「僕も見てみたいな!」
「決まりだな、今から行くか」

そうして3人は、博士の部屋がある廊下へと歩いて行った。

一方、ベトとモツはというと、未だに不機嫌なままだった。
料理と間食禁止。これは住人の彼等にとって、相当不利な条件だったらしい。

「歌苗ったら、バナナの皮ポイ捨てしただけでおやつ禁止だなんて。僕はこれから3時に何を食べれば良いのさ!」
「おのれ小娘…俺のギョーザーへの追求を邪魔するなど、不届き千万!」

明らかに自分達に責任があるのだが、構う事なく愚痴を続ける音楽家達。
非常に残念である。

かと思っていたら、ベトが何かを思い付いたのか、突如として高らかに笑い出した。

「フフフ…フハハハ! そうだ! 小娘に禁じられているのなら、小娘の目の届かない場所で続ければ良い! 俺の情熱は誰にも止められん! フハハハハハッ!」

すかさず、モツも賛同する。

「おぉ! ルーくんやるぅ!」
「よし、まずはあの空き部屋にギョーザーの材料を持ち込み、こっそりと焼いてやろうではないか! ギョーザーへの情熱は2割増しだがな!」

やけに喧しいやり取りを聞きながら、継義は椅子に腰掛けてうとうととまどろんでいた。どうにも疲れてしまったらしい。
仮眠をとる前に、彼はベト達からは死角である、階段の方に目をやった。

其処には、2人の会話に目を光らす、大家の姿があったのだ。
きっと、計画は失敗に終わるのだろう。そう思いながら、継義は目を閉じた。

第1話 天才と子供と音羽館 ( No.12 )
日時: 2019/03/11 13:49
名前: 内倉水火 (ID: 8topAA5d)

さて、話は戻って名作達だ。
彼等はドアを確認して、「KYOGO」_音羽博士の名前が書かれたプレートがかかった部屋のドアを開けた。

「「わぁ…」」

名作とスウィーツは、思わず声を上げた。
部屋の中には、瓶詰めされた薬が陳列され、ランドセルやルービックキューブのような形の機械が所構わず置かれていたのだ。
要するに、発明品だらけだった。
戦兎がその仕組みを明らかにしたくなるのも、何となく分かる気がした。

目を瞬かせる2人を他所に、戦兎は告げる。

「さぁ、物色していくぞ」
「えっ…ちょっと待って下さい! 持ち出すんですか!?」
「泥棒は駄目だよ!」

慌てて止めようとする名作達を見て、戦兎は肩を竦めて否定した。

「そういう意味じゃない、発明品を調べていこうって意味だ。興味深い物は細かくメモして、後からそれを考察する。というか、勝手に持ち出すなんて、天才物理学者の名折れだろ?」
「成る程…何かすみません」
「もしかして、さっき凄い顔してたのも、これをどうするか考えてたの?」

スウィーツの問いは当たっていたようだ。

「まぁな。実験を禁止されても、どうしてもこいつ等が気になって…何とか出来ないかってずっと考えてたんだよ」

似たような表情を浮かべていたのにも関わらず、ベトやモツとは偉い違いだったのである。
戦兎は楽しそうな笑顔見せれば、再び告げた。

「さぁ、気になる奴があったら、俺に教えてくれよ」
「「はーい!」」

その頃ベトとモツは、オルガンの設置された広間で、再び歌苗からの説教を受けている所だった。
継義の読み通り、計画は筒抜けだったようだ。

「全く! 貴方達はいつも悪知恵ばっかり働かせて! そんな悪い人に育てた覚えはないわよ!」

まず育てている筈がないのだが、というツッコミは、其処にいる2人には不可能だった。
下手に口を出せば、更にヒートアップするかも知れない。そう思うと、口を閉じているしか出来なかった。

「取り敢えず、この材料とおやつは没収ですから! 良いわね!」

言いたい事は言い切ったのだろうか、歌苗は自ら禁じた餃子の材料とクッキーの箱を持ち去っていってしまった。

「あーあ、結局駄目だったねー、ルーくん」

伸びをしながらモツが声をかける。
しかし、その声はベトには届いていなかった。
彼はわなわなと震えた後、勢いよく立ち上がったのだ。

「何故だ…俺の情熱は、何故小娘に伝わらん…何故ッ!」
「えっ、ルーくん?」

彼は怒っていた。その怒りの矛先は、最早歌苗ではない。自分でもない。
自分をこの窮地に置いた_運命にだ。

「Spielen wir unsere Musik!!」

途端に、広間中が真っ赤に照らされた。