SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

宇宙より愛を込めて。 ( No.21 )

日時: 2015/11/03 13:27
名前: 故草@。 ◆vna4a5IClM

 Hello,hello.
 地球の皆さんこんにちは。私は火星のイキモノです。ジュディ・ロイスとお呼びください。私は、地球の皆さんにお話があります。電波ジャックはお許しくださいね。
 私達は、あなた方の言う三日後、八月十日の朝に地球を訪問します。火星が死んでしまう前に、地球に移住したいのです。突然のことで驚かれるかもしれませんが、どうか受け入れてください。火星は地球よりも進んでいます。私達は争いが嫌いです。わかりますよね?


 八月七日の朝だった。味気ないトーストをかじりながら、寝癖もろくに直さずにテレビを眺めていた。楽しみにしている占いコーナーの直前、ニュースの画面は、見たことのないような綺麗な女性の映像に変わり、その人がなにかおかしなことを言って、またすぐにニュースに戻った。しかし、再びニュースが流れ出した頃には、占いコーナーは終わっていた。がっくり。どうなってんのこれ。失意の波に飲まれながらも、朝食だけは済ませてしまおうとしたとき、机の上の携帯が、ムーッムーッと音を立てた。電話だ。バターの油でべとべとの指をウエットティッシュで拭き取り、携帯を手に取る。画面をスライドして緑のボタンをタップ。そのまま耳に当てて。

「もしもーし」
『おはよ、薫。俺だけど』
「あぁ、竜くん」
『さっきの、火星の電波ジャック、見てた?』

 竜太郎の言葉に、目の前に彼がいないにも関わらず、こくりとうなずく。

「うん。占いコーナー、見れなかった」
『あぁ、お前、楽しみにしてるもんな。……って、違うわ!』

 竜太郎のキレのあるノリツッコミに、思わず笑いが零れる。くすくす。そうすると竜太郎は『しょうがないなぁ、お前は』って、柔らかい声で言う。優しい竜太郎。愛しの人。

『そうじゃなくてさ。十日って、俺ら出掛ける予定だったじゃん』
「え、そこなの」

 今度はこっちがツッコミ。でも、竜太郎みたいにはいかない。声に抑揚がないし、キレもない。でも多分竜太郎はそれでも普通に理解してくれる。本当にありがたい。時々、この人がいなかったら、自分はどうなってしまうのだろうかと不安になるくらいだ。

『そこ? って、それ以外になんかあるの?』
「いや。だってあれ、完全に地球侵略宣言じゃんか。地球、平和じゃなくなっちゃうよ」
『なんだ。そんなことか』

 あっけらかんと言い放った竜太郎の言葉に、肩の力が抜けていく。多分、竜太郎の「しょうがないなぁ」は、こういうときに出てくるんだと思う。なんか、ぜんぶがどうでも良くなって、ただただ、相手のことが愛しくて愛しくて叫んでしまいそうだって感じ。でも、そういう感情が素直に表に出てこない自分は、つまらない人間なんだろうな。そう思うと少し悲しくなるけれど、そんな自分を好いてくれる竜太郎という大きな存在がいるから、けして自分のことを嫌いになったりはしない。竜太郎が好いてくれる自分のことが、自分は好きだ。

『だってさ、なんだかんだ言って、どうせ前と同じだって。俺は、薫と出掛けるほうが大事なんだって!』
「そんなこと言ってもさ。今回も成功するとは限らないし」

 とはいうものの、実はそれほど心配してない。だって――

『あ、臨時ニュースじゃん』

 竜太郎の言葉に、意識をテレビの方へと向けた。臨時ニュース、という明朝体の文字が映し出されて、すぐ消える。いつものニュースのスタジオには、難しい顔をしたキャスターさんと、その後ろのスクリーンに映し出されたとある星だけ。いつものちょっと奇抜な装飾なんかは、一切ない。

「あ、懐かしい」

 スクリーンに映るその星に、小さく呟くと『そうだな。懐かしい』と竜太郎が答える。その声はいつも以上に真剣で、なんだかんだで心配してるんだなぁ、なんて思う。邪魔してはいけないな、と私もニュースに集中する。


 おはようございます。臨時ニュースです。
 先程の火星からの通信を受け、政府は移星の方針を発表しました。詳細は八月八日の午前十時に、市民端末に文書が送信されるとのことです。
 母星から地球へと移星してきたのが三年前。このような非常に短い期間での移星は初めてで、専門家は――


「移星だって」
『そうだな』
「地球、気に入ってたのに」
『うん。ちょっと酸素が多すぎたけど』

 軽口を言いながらも竜太郎の声は少し寂しそうだ。

「……竜くん」

 窓の外を見る。いい天気だ。

『何?』
「今日、予定あいてるかな」
『うん。暇だけど』
「じゃぁ、デートしようか」

 そう言った瞬間、携帯の向こうから聞こえてくる大きな物音。何かをひっくり返したらしい。やべぇ、とか、うわーとか唸っている竜太郎の声に、ひっそりと笑う。そんなに驚かなくてもいいでしょ。

『珍しいな。薫から誘ってくるなんて』

 ちょっと間が開いてから、返事。平然を装っているけど、ぜんぶ聞こえてたよ、竜太郎。

「きまぐれ」
『そっか』
「新しいワープスーツ。おそろいで買お」
『前のは?』
「着れるけど、新しい方がいい」
『そうだな』

 と、それきり竜太郎は黙ってしまう。おしゃべりな彼が黙ってしまうなんて、自分は何かおかしなことを言ったのだろうか。不安に胸がドキドキする。ドキドキ? ぞわぞわ? とにかく、嫌な感じだ。

『なぁ』
「なぁに」
『……俺らは、変わらないよな?』

 何を言われるのか、と不安に思っていたら、予想外な言葉が聞こえてきた。不安そうな竜太郎の声と、その言葉に、少しだけ戸惑う。でも、竜太郎の気持ちはわかる。

「大丈夫。星が変わっても、ワープスーツが新しくなっても、二人の関係が崩れたりなんかしない。だってほら、竜くんのこと、大好きだしさ」

 また、携帯越しに大きな音。動揺する竜太郎の声に、笑う。


 大丈夫だよ。
 だって、三年前もそうだったんだから。


End

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