SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
オレ氏とワイセツ物とヒバリ様。 ( No.29 )
- 日時: 2015/11/09 18:19
- 名前: 名無したろう
「皆様、グーテンモルゲンにございます」
艶やかな黒髪が標準装備の乙女は、眼鏡の奥で黒曜石のように輝く瞳をまぶたで隠す。そして、薄い唇をゆっくりティーカップへ近づけた。
「…皆様って、まだオレしかいないのに。ヒバリ、他の奴等は遅れるって?」結構呑気をしている彼女に、オレは問いかける。
彼女の手元のティーカップへマシュマロを投入した数は、現在10個を越えている。白いふわふわがしゅうしゅうと足掻くさまを彼女は微笑のまま見つめていた。
「…そうですね…はい。ずばり」ゆっくりティーカップを机に置き「言われておりませんね」一息ついて、ゆっくり口を動かし「おや携帯が…」ゆっくりと手袋をはずし、ゆっくりと耳にそっと近づける。
動作を全て終え「ごきげん麗しゅう……」と、電話に出たと思うと、ふふふと三回息を吐き、目をきゅっと細めてまた笑う。今日の彼女はよく笑うなあ、と、気持ちの悪い感想を頭に浮かべる。頬を叩く代わりにマシュマロを口に放り込んだ。
しばらくして「……誰からだった?」なんて、何気ないふりをしつつ、会話終了のボタンを押す彼女に訊く。
「ゴフミ様からにございます」これまでに無い、幸せそうな笑顔で答えた。
思わず「ごふ…?」などという変な声が出てしまった。さては、ジョニーの野郎だな…と、内心で呟く。電話番号が0523だからゴフミ様らしい。全身の毛穴から汗が吹き出て死ぬほどどうでもいい。
「はい。あのお方はいつも甘美なるお菓子を持ってきてくださる…」嬉しそうに彼女は声を弾ませる。
「ハハハ。よかった」オレは普通にそう答えた。(本当に…よかった…」いやらしい目付きを隠して、歪ませた口元だけで笑っていることを伝えた。
時間がたって、現在地をお知らせすると…ここは商店街の一角の郊外のひっそり佇むビルの中のスナックの上の喫茶店である。
今日もオレたちと同じ、帰宅部の連中がうじゃうじゃと沸いてやがる。和気藹々とするそれらの姿を、アリを見るようにして彼女は眺めている。
傍らにおわするは…女子がエクレアを食べているのを見ると、興奮するお年頃のオレと、助平な目線で乙女を舐め回す、ゴフミことジョニーことイケメン。
目があった上級生の女に投げキッスをし「…ところで、たっちゃん(はあと)はヒバリ様とキッスとか接吻とか口づけとかしてないの?口吸いとか?」この落ち着く、まるで教会のごとく神聖な場所で、神の御前ならぬヒバリ様の前で言った。
「はあ?!死ね!何いってんの?!破廉恥!助平!変態!えっちぃ!」オレは奴の頬を叩いた。
「ベッラに言われたかったぞお?あっはっはは」
オレより気持ちの悪い高笑いを漏らしつつ、奴はにっこりと顔を歪ませた。
「…お前さ、マジで空気読めよ。ヒバリが聞いてたらどうするつもりなんだよ…」
「ええー!うらやましいじゃん。お前ごときの道端に落ちている犬の糞みたいな奴にちゅうしてくれるかも知れないんだぜ?」
「……そう…だけどよお…」
「あっ!顔とか耳とかその他もろもろ…赤くなってるぅー!照れてるぅー!かーわーい…いたいっ!ゴメン!やめてっ!そこは…あっ」
歩く猥褻物陳列罪野郎の口に、角砂糖を何個か放り込んでやり、少しは黙らせておく。
大体から…オレと彼女は付き合っていない。しかも彼女の家はお金持ちだ。そんな相手の初めての接吻を奪えば、オレは国際的窃盗犯になり、まるでルパンのようになるのだろう。『奴はとんでもないものを盗んでいきました…それはアナタのファースト接吻です』なんて言われるのだろう。
「…タク様?」
「ふえっ!?」
すっとんきょうな声に、彼女のアーモンドのような目が点。
「あっ、い…今のはなし聞いてないよね…?」いつも以上に口を歪ませ、あの人気有名小説家も唖然とする暗黒微笑をオレは作る。
「聴いておりましたが?」大真面目に一言。
「ふええっ!?」そしてオレ。
言わなければよかった。後悔が頭をメトロノームの最高速ばりに行ったり来たりする。神様に羞恥心を捨てて頼むが、オレの家系は仏教徒だったことを思い出す。
「確かに、サハラ砂漠は砂漠砂漠…デザートデザートになりますよね…」
あれ、なんの話だ。
「違うよぉ、恋のABCは済ませたかって話だよお」
黙れこの猥褻物。
「ABC?」
「はぁい」
「ABC…つまり」
さっきまでニヤニヤと笑っていたスケコマシ野郎の顔が一瞬真顔になった。なにかと思えば、彼女はおもむろに立ち上がり、小さな手を使って文字を書き始める。
オレの目の前のコーラの泡が少なくなった頃に「できましたわ…」大真面目な顔で、彼女は続けた。
「暗黒、微笑の君に…えーと…」
「ちゅう?」淫猥野郎は言う。
「それでいいです」
「よかねーよ!!」
興奮したように声を出したオレに向かって、ジョニーはプッと頬を膨らませる。さすが、本当にいっぺん死ねと思った人物だ。
「オレら、付き合ってな………」
オレは目を疑った。彼女の顔がこちらへと迫り、次の瞬間見事にクリティカルヒット。口の中の二億個の細菌が、行ったり来たり。
柔らかいあの憧れが触れあう。ジョニーはガン見。オレはばたんきゅー。彼女は「いいえ、付き合っております」と、笑う。可愛かった。
「それでは皆様。ごきげんよう…」
ちなみにジョニーの本名は『上地 新』です。