SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】

秘密のキスはシーツの下で ( No.41 )

日時: 2015/11/15 22:43
名前: 妖狐

『秘密のキスはシーツの下で』

「好き」って言った彼の口を塞いだ。

 言わないで、お願い。
 そんな笑顔で、そんな甘い声で、すべてを包み込むような優しい瞳で。
 彼の口から零れる音をシャットアウトしたくて私は耳も塞ごうとした。でも、もう既に手で彼の口をふさいでいるからできない。
 一瞬うろたえた私の手を彼はそっと掴んだ。触れられた部分が熱を帯びたように熱くなる。
「……っ!」
 肩をびくつかせる私に彼は困った表情を浮かべた。ゆっくり自分の口から私の手をはがし、両手を包むように握りしめる。
「聞きたくなくても言うよ。僕は君が好き。とても好き」
「嫌、止めて」
 私は眼をギュッと閉じて首を振った。これ以上、聞きたくない。
「大好き」
「やだっ」
「好きなんだ、どうしようもなく」
 雨のように降る愛しい言葉が私に降りかかってくる。逃げたくても、私を掴んだ手がそれを許してくれなかった。
 心が震えるように切ない想いが湧く。涙が溢れそうだ。
『私も好き』と言えることなら今すぐ言いたい。けれどその言葉を口に出すことは、今の私には許されなかった。きっと口にしてしまえば今まで築いてきた関係が壊れてしまう。
「もうこれ以上はやめて……!」
「ごめん、それはできない。眼をそむけても辛くなるから、僕は逃げないって決めたんだ」
 はっきりした声にはっと彼の顔を見た。決心をした顔つきに胸が痛くなる。幼い頃から知っている彼の人懐っこい表情はもう、大人に変わったのだと今更気づいた。
 それでも私は言葉から目を背けたかった。先ほどから彼が口にするのは、ずっと欲しかった言葉。けれどその気持ちに答えられない今の私には残酷な言葉だ。
「もうこれ以上やめて! だって私たちは……――!」
 言葉を紡ぐ前に、今度は彼が私の口を塞いだ。
 一気に距離を詰めてきて、額同士がくっつきそうなほど近くなる。はりつめた空気に二人の息遣いだけが響いた。
「大丈夫だから。僕たちが例え……でも、僕が必ず守ってみせるよ」
 かすれた心地のいい低い声が耳元でささやかれる。なだめるような声に高ぶった気持ちがおさまっていった。
「だから教えて、君の本当の気持ちを……」
 まるで誘惑するような言葉に私は吸い込まれるよう、ゆっくり口を開いた。頭がぼーっとする。
「私もあなたが……」
 そのとき小さな音が辺りから聞こえた。瞬間的に二人して体を強張らせる。静まり返った空間の中で耳を澄ませるが、それ以外の音はもう響かなかった。
「多分、猫か何かだよ。今日両親は帰ってこないだろ」
「でも、やっぱり駄目なんだよ……」
 私は苦しい想いに涙が溢れた。ただの物音でびくつかなければならない私たちはきっとこの先、平和な恋は出来ないと悟った。
 どうして好きになったのが彼なんだろう。どうして彼は私を好きになったんだろう。
 泣き出した私に彼は眼を見張った。
「……ごめん、泣かせて」
 彼は私の涙をついばむようにそっと頬に唇を当てる。昔からされてきたその行為に熱を感じるようになったのはいつからだろう。
「それじゃあ、こうしよう」
 彼は突然立ち上がると、押入れにしまってあった大きなシーツを取り出してきた。そのまま空中に広げると、かぶるように頭上へ落とす。シーツに囲まれた辺りは真っ白だ。
「この中は僕と君しかいない世界だ。だから外の世界は関係ない」
 いたずらっ子のように彼は笑う。その意味を理解して私は彼に近づいた。もし私と彼がこの世界でただの他人になれるのなら、そんな素敵なことはない。
 今だけ、この一瞬だけでいいから彼に恋することを許してほしい。
 ぎゅっと彼の裾を握ると彼は愛しそうに私の肩を抱き寄せた。
「ずっとこの世界にいれたらいいのに」
「……うん」
 小さくうなづく私の頭を撫でながら緩やかに頬へ手を下した。顎を少し持ち上げて、微笑する。
 私たちは毛布の中で秘密のキスを交わした。

 たとえそれが『兄弟同士』という許されない行為だとしても。

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