SS小説(ショートストーリー) 大会【平日イベント】
アストロノーツは地に墜ちる ( No.45 )
- 日時: 2015/11/21 07:08
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik
僕らは今、大きな一歩を踏み出した。
そう表せてしまうほどに、簡単な行動。僕らの目の前には、さっきまで僕らと同様にしていた『何か』が蹲っている。よく分からない、聞き取れない言葉で呻いていた。けれど残念なことに僕らは『何か』と違うから、何を言ってるのか分からないし、そもそも言葉なのかも分からない。
僕らは今日、素晴らしい一歩を踏み出した。
■アストロノーツは地に墜ちる
僕以外の仲間が帰ってしまった空間。それは誰もが驚くほど排他的で、閉鎖的な空間だった。僕は『何か』が帰るまで、この空間から出ることが出来ない。それが僕とリーダーとの約束事。僕らが監視し続けている『何か』は、多分数日前までは苦楽を共にした仲間だったんじゃないだろうか。
重たいカバンを背負う『何か』の後姿を見て、僕自身もカバンを背負う。見た目から軽いカバンには、きっと『何か』の三分の一以下の物しか入っていないのだと、目測で感じた。
「午後五時三十六分帰宅」
口に出して時刻を確認すると、『何か』は肩をビクつかせ、内に入れながら怯えたように室内から出て行く。それの数メートル後ろを、僕はついて歩いた。とてつもなく面倒くさいけれど、リーダーの意向で寮の部屋も一緒にされたため、四六時中僕は『何か』を監視している。
一歩閉鎖空間を抜ければ、忙しなく動き回る仲間の姿や、通路で話しに花を咲かせる仲間の声が聞こえてきた。全員が僕の役回りを知っているからか、『何か』の後を着いて歩いていると、労いの言葉をかけられることが多い。
一定の距離を保って歩くことに、たった数日しか経ってないが慣れてしまっている自分がいる。猫背で、僕らと同じように二足で歩く『何か』は、確かイトウミホとかいう名前を持っていた。僕らはお互いの名前は知っているけれど、ただ知っているだけ。
そこに意味を見出すことは無いし、見出されることも無い。ただあるだけというところは、酸素とかそういうのと同じだと思う。
「五時五十三分、帰着」
寮の部屋に戻った時刻を、口に出す。萎縮しているけれど、僕は別にサトウミホが嫌いというわけではない。寧ろ顔立ちやその平々凡々な風貌は好みで、周りの煩い仲間達よりは断然いい人だ。
「あの……」
「用件は簡潔に述べてください」
あくまで、マニュアル通りに僕はサトウミホと関わる。部屋割りに疑問しか感じない。サトウミホには一瞥もくれず、僕は荷物を順に片付けていく。僕の背後で感じる視線に気付かないフリをして、机上に置かれたミネラルウォーターをゆっくり嚥下した。
「シュンペイくんは……私がどうなってほしいと思う?」
一度聞いただけでは精確な判断が出来ない問い。僕は変わらずサトウミホを見ないまま、しっかりとその問いへ考察しないまま、いい加減に言い放つ。
「僕は君の監視役であって、君個人に何かを思うことは無い。それにこれから君の一日の報告書を書かないといけないのだから、無駄なことに時間を割く暇なんか無いんだ」
椅子に座り、カバンから分厚いファイルを取り出す。今までの報告書と、これからの予定が書かれた報告書。それを開いて、ボールペンを持ち記入していく。それからサトウミホが何をしていたかは、全く記憶に無い。
報告書を書き上げ、ベッドに寝るときにサトウミホの方をみれば、電気を消しカーテンで仕切っていたから、もう寝たのだろう。既に深夜の一時を過ぎていた。電気を消し、僕もベッドへ寝転んだ。明日もまた、変わらずサトウミホの監視役。そろそろ飽きてきつつある役割のことを考えないように、瞼を閉じた。
朝、僕が目覚めると、外は騒がしく、叫び声や廊下を駆け回る音が聞こえた。一体何があるのか分からないまま、普段通り着替えて、部屋を出る。玄関に向かって歩いていくと、リーダーが焦った様子で
「シュンペイ!! お前サトウミホが死んだ理由分かるか!? アイツが出て行った時刻は!」
と、言った。よく回らない頭に、リーダーの大声が嫌なほど響く。まてよ、と浮き上がった疑問を、僕は小さく口に出した。
「サトウミホが、死んだ……?」
「その様子じゃお前も気付かなかったのか、とりあえずお前が一つに集中しすぎることは分かった!! アイツ遺書書いてやがって、今警察が俺らのこと調べてる!」
サトウミホが死んだ? 遺書? 警察?
今現在何が起こっているのか、全く分からない。僕らのあの空間は? 一体どうなっているんだ。目の前が瞬く間に眩んでいく感覚が、体中を走り回る。走り去ったリーダーの背中を追うように、僕の足は動き出した。何処を目指しているかは分からないけれど、ただ、声が聞こえるほうへと急ぐ。
サトウミホが死んだ理由が分からない。どうしてだろう、そもそもサトウミホは『何か』である以上死ぬ死なないなんてあるのだろうか。一周回って落ち着いてきた頭で、そんなことをうすぼんやり考える。
「そこの君! その場から動くな!!」
僕らのいつもの空間。排他的で、僕ら以外を寄せ付けない鳥かごが。
「どうして」
震える唇、全力疾走後で忙しなく動く心臓。
僕の目の前には、僕らの空間を踏み荒らす、何人もの大人がいた。
「君! サトウシュンペイくんだね?」
僕に気がついた強面の男が、苛立ったように声を出す。恐る恐る頷くと、男はこっちに来いと手招きした。今から踏み入る空間が、まるで今新しく出来たかのように、いつもの僕達を歓迎はしてくれない。知らない土地の未開の場所へ、迷い込んでしまったかのようだ。
「サトウミホさんの自殺の件で、みんなから話を聞いて回っているんでけど」
男の唇の動きが、スローモーションのようにゆったりとしている。僕のほうは、真空の中にいるみたいで、段々と息が苦しくなる。
「皆、オオツキユウタくんがリーダーで、自分達は一緒になってただけ。そう言うんだけど、シュンペイくんは、何か知っていることはあるかな」
張り付いた笑顔が少しずつ迫ってくるたび、空気が僕の周りから逃げていって、息がしにくい。一歩あそこに入れば、僕の呼吸だって正常になって、何でも話すことが出来るはず。
「シュンペイくん?」
近づくな。頭の中ではそう言うのに、言葉にならない。得体の知れない恐怖が、足先からぞわぞわと這い上がってくる。指の先が冷たくなって、背筋には冷や汗が出ていた。
「君も皆と一緒に、サトウミホさんへのイジメに関与していたのかな?」
瞬間、息が詰まる。呼吸が出来ない、考えることも。あれはイジメなのか? 僕はただ『何か』と認識していなかっただけで、もしサトウミホが人間だったら『何か』なんて思わなかった。それに僕はサトウミホの行動の全てを見て、記していただけだから、僕は『何か』とは無関係で、イジメだなんてことあるはずが無い。
だというのに、声が出ない。反論の一つも、出来やしなかった。
「……取り敢えず、皆と一緒に警察署まで来てもらおうかな」
手首を取られ、ゆっくりとその場から連れて行かれる。教室には、誰もいない。皆はもう行ってしまったのかもしれない。
手の平に感じる、皮の厚い男の手。何が起こるか分からない恐怖が、全身を支配する。僕はただ、僕を連れて行く男の人の背中を呆然と見つめるだけだった。ただ呆然と、僕らの世界が壊れていくのを感じることしかできない。特別から、僕らは地に落とされた。